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バイデン政権の困難 その5内政上の困難は、外にもあります。バイデン大統領は、誕生した1月20日その日に、二酸化簡素削減からゼロミッションに向かうパリ協定に復帰する大統領令に署名しました。そして翌日には、グリーンエコノミーに逆行するとして、石炭や重質油などをカナダに近い地域から、テキサスやニューメキシコなどに輸送するルートの建設に対し、ストップを命じました。当然炭鉱労働や産油産業に従事する大勢の労働者は仕事を失うことになります。ほとんどが肉体労働ですから、低学歴低賃金の労働者がほとんどです。彼らの大部分は、グリーンニューディールの流れをストップし、自分たちの仕事を保障して、失業の危機から救ってくれたトランプを救世主のように慕っていました。バイデン大統領は、低所得の彼ら労働者たちを、トランプ支持から引きはがして自らの味方にしてゆく、或いはそこまで行かなくとも、少なくとも中立の状態ぐらいには、持って行く必要があるのです。そのためには、失業する炭鉱夫や産油業従事者たちに、新しい仕事場を提供し、今までより多少とも高い賃金を提供する場を、創り出さなければならないのです。近代社会における工業化の進展は、農林漁業などの第1次産業から、製造業中心の第2次産業に、社会経済の本丸を移しました。それが20世紀後半には商業・金融・輸送その他のサービス産業(第3次産業)が中核を占めるようになり、AI化の進行する21世紀前半は、サービス産業の中でも、特にレジャーに関わる遊民産業が社会や経済を支える立場になりつつあるのが現状です。バイデン政権、どのような形で、こうした新産業の導入に成功しなければ、沈みゆくままになりそうな地域の活性化に辿り着けるのか、かなり難しい状況にあります。そんな中、バイデン政権にとっての一筋の光明は、20日の大統領就任式で、史上最も若い詩人として、自作の詩を読み上げる大役を担ったアマンダ・ゴーマン嬢の光輝く姿でした。ある人は、彼女をバラク・オバマの再来だと、最大級の誉め言葉で賞賛しています。就任式でゲストが自作の詩を朗読するのは、アメリカの慣例になっているのですが、詩の朗読は彼女が良いと推薦したのは、大学教授として文学に造詣の深い、バイデン夫人だったそうです。オバマ大統領が彗星のように現れ、予備選と大統領選を勝ち抜いて黒人初の大統領になった12年前、ゴーマン嬢はちょうど10才でした。そして昨年副大統領候補受諾演説で、カマーラ・ハリス女史は、「私は女性として最初の副大統領になるけれど、最後ではありません。大勢の子ども達が、私に続いてくれるから…」と述べました。アマンダ・ゴーマン嬢は、『私たちが登る丘』と題した自作の詩の中で、「我々はこの国の継承者だ。そこでは奴隷の子孫である痩せた黒人で、シングルマザーに育てられた少女が、いつかは大統領になることを夢見ることが出来る。今はその前で、詩を読む立場だけれでも…」と歌い上げたのです。今はまだ被選挙権年齢に達していない彼女は、堂々とこれから政治家の道を目指し、いずれは大統領選にチャレンジする旨を堂々と宣言したのです。ハリス副大統領も、ミシェル・オバマ元大統領夫人も、ジル・バイデン新大統領夫人も、盛んな拍手で、ゴーマン嬢にエールを贈っておりました。私は4年前に一度途切れたオバマ元大統領が紡いだ「アメリカの物語」が、4年の時を置いて、よりたくましく、輝きを増して、1人だけではない沢山の子ども達や若い人たちの手で、復活したように受け止めました。バイデン新大統領とハリス新副大統領を待ち受ける道は、とても厳しいけれでも、早くも新しい後継者たちを得たことで、勇気をもって前に進む可能性にかけることが出来るかもしれないと、受け止めました。 続く彼女の演説は、ユーチューブに、日本語の字幕付きでアップされています。【日本語字幕】22歳のアマンダ・ゴーマンさんが詩を朗読「分断を終わらせよう」米大統領就任式で - YouTube
2021.01.31
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バイデン政権の困難 その4バイデン政権の議会対策において、当面の最大の懸案は、1.9兆ドル(日本円換算、約200兆円弱)にのぼる補正予算案を通すことが出来るかどうかにあります。既に配布した600ドルに加えて、総額2,000ドルとなるよう1,400ドルの個人支給分を含め、様々な困窮者対策、ラストベルトを含む経営難企業への救済策、家賃が払えずに借家を追われた或いは追われそうな人たちの救済策、失業対策などなど、種々な貧困対策を盛り込んだ意欲的な補正予算案です。左派の要求をある程度汲みながら、トランプ政権が重視した構造不況業種に対する経営支援なども盛り込み、トランプを支持したラストベルト地帯の労働者や労働組合に対する配慮も、抜かりなくちりばめた意欲的な補正予算なのですが、予算措置として考えていた富裕層増税が、当面共和党との全面対決を避けなければならない事情から(事情とは上院の議席配分50:50にあります)、実現しがたいことにあります。当然議会での審議が始まれば、共和党側は当然財源を問題とし、全てを国債の新規発行で賄うとすれば、財政赤字の急拡大を招くことになると、財政保守派の立場から反対に出ることが確実視されます。トランプ弾劾裁判の開始を間近に控え、(弾劾裁判は、上院議員たちが裁判官となって、審議するのですから、上院の議場が裁判所の法廷と化して、審議が行われている間は、他の法案の審議は判決が確定するまでストップしてしまうのです)補正予算の審議時間は、大きく制約されてしまっているのです。ここは、共和党穏健派の主張に耳を傾け、譲るべきは譲る妥協の精神で、名を捨て実を取る妥協が欠かせないことになります。議論が決裂して、補正予算が流れてしまう事態は、共和党主流派にとっても望むとところではないでしょうから、落としどころは見つかるはずですが、減額補正された補正予算が1,5兆ドル程度に落ち着くなら、サンダースら民主党左派も議会対策上やむなしと受け入れるでしょうが、共和党側に押し込まれて、1兆ドル近くにまで減額することになると、こんな案では賛成できないと、民主党内の亀裂が表面化し、今は覆われている党内対立が表面化することになりかねません。いわばバイデン政権にとって、茨の道が続くのです。これもシューマーのへまで、7日の週から弾劾裁判を始めることになったツケなのです。バイデン大統領とマコーネル共和党院内総務とは、民主・共和両党の対立で縺れた糸を、何度も解きほぐした議会対策の盟友で、個人的には親しい仲でもあるのですが、マコーネルはなお共和党内の多数勢力であるトランプ支持勢力の手前、現時点でバイデン寄りの妥協案を簡単に飲むわけにいかない立場にあります。どこに解を見出だすのか、まだ読めない状態にあります。 ヤレヤレ大変だ。 続 く
2021.01.30
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バイデン政権の困難 その3昨夜、もう日付の変わった日本時間29日の午前0時40分頃から、菅首相とバイデン大統領との電話会談が開かれました。これまで、日米首相の電話会談は、日本時間の午前中、10時から昼ぐらいにかけて行われるのが常でした。米国時間の夜、大統領のその日の執務の終わりに、いわば超過勤務の形で行われてきたのです。その点で今回の時間は大変珍しかったのですが、この時間帯は、ワシントン時間では、午前10時過ぎの時間でした。今回の会談は、カナダ並びに欧州諸国に続く形でした。日本側としては、アジアではトップバッターとして、会談に臨んだことが確保され、メンツを保てたというところのようですが、官邸職員並びに外務省関係者は、大変だったでしょう。何故従来と違う形になったのか。会談の開始時のワシントン時間にヒントがあります。あちら時間は、午前10時半頃です。バイデン大統領の日々の執務時間内に、今回の電話会談がセットされたことが分かります。通常、電話協議であっても首脳同士の会談となれば、事前に事務方同士で日時の擦り合わせが行われます。従って、今回の時間設定には、米側の強い要請があったことが伺えます。つまり、ホワイトハウスのメンバーは、首脳の協議に常に同席するよう要請されているカマーラ・ハリス副大統領を含め、揃ってアイデン大統領の健康問題に気を配り、大統領の執務が重くなりすぎないよう細心の注意を払っていることが伺えます。バイデン大統領自身、4年間の長丁場を見通し(この点ではオバマ大統領下の2期8年の副大統領を経験していますから、自分である程度の見通しを持てるはずです)、力の入れ加減を調整できるでしょうが、国際政治の分野では、いつ何が起きるかは分かりませんから、どこかでオーバーワークが生じる可能性は否定できません。つまり、内政問題の困難とは別に、78歳という私と同年齢の大統領は、もし自分に不慮の事態が起きた時に、政治経験の浅い、特に外交分野についてはズブの素人に近いハリス副大統領に、自分が元気なうちに、可能な限り自らの知見を教えておこうと考えているのでしょう。バイデン政権、特にバイデン大統領にとって、もう一つ内輪の頭痛の種は、シューマー上院民主党院内総務にあります。共和党のマコーネル上院院内総務が、下院が可決したトランプ前大統領の弾劾決議について、2月14日の週から審議することにしたいと提案してきたことに対し、ハリス副大統領票を加えると51票の多数となることに舞い上がって、1週間繰り上げて7日の週から審議すると通達したのです。バイデンさん、俺の気も知らないで、まんまとマコーネルに乗せられたなと、残念がっているでしょう。焦って前倒しで議論を始めれば、未だ選挙を盗まれたと本気で思い込んでいる共和党多数派の議員たちが、弾劾否決に持ち込むことは、誰にでもすぐ分かることです。ここは一番、弾劾審議をさらに後方にずらして、トランプ熱が次第に覚めていくのを待ち、その間に進むバイデン政策の進行で、低所得者に優しい政治が多少でも実感できるようになってから、審議すれば、共和党議員の弾劾賛成票を増やすことも可能になるかもしれないのです。まして、弾劾審議が始まれば、この審議は全ての議案をストップして行われますから、上院の承認が必要な官邸スタッフの承認も遅れることになるのです。長い上院議員生活で、日本の国対族のような裏方の仕事を手掛けてきたバイデン大統領は、未熟さを露呈して、共和党のマコーネル総務に軽くあしらわれてしまったシューマー総務の尻拭いをどうするのでしょうね。ここにも、彼の悩みのタネがあります。 続く
2021.01.29
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バイデン政権の困難 その21月6日、連邦議会議事堂での上下両院合同会議で、選挙人投票の開票結果の承認作業が行われました。この議案の審議の進行中に、暴徒の乱入事件が起きたのですが、騒乱の中、辛うじて避難した議員たちが議場に戻り、審議が再開したのは、夜に入っての事でした。全米50州について、1州づつ結果が良い上げられ、異論がないかどうか確認してゆくのですが、疑義を提出できるのは、当該州の選出議員に限られます。アルファベット順に、全米50州の名が一つ一つ告げられ、疑義のあるなしが問われてゆきます。過去の大統領選挙では、この一コマが話題になることは全くなく、単なるセレモニーとして粛々と進められてきたのですが、今回ばかりは、現職大統領自身が選挙の不正を声高に叫び続けてきたがゆえに、にわかにこの手続きが脚光を浴びることになったのです。議事は、最初のアリゾナ(Arizona)州で異議申し立てを受け、審議が中断。異議を申し立てた側の意見陳述が2時間まで認められるのです。2時間後にようやく投票が行われ、賛成多数で異議は否決され、ようやく選挙人投票の結果が承認されるのです。その後ジョージア(Geogia)州やミシガン(Michigan)では、暴徒の乱入を受けて、上院議員が態度を変えて、異議を提出しなかったため、時間をとらずに投票結果が承認されたのですが、終わり近くにペンシルヴェニア(Pensirvenia)州から異議が出されて、再び2時間の意見陳述が繰り返され、最終的に議事が終了し、バイデン候補の当選が最終的に確定したのは、日付が変わった7日の午前3時40分でした。異議を提出したところで、結果がひっくり返るわけではなく、議長役であるペンス副大統領も、議会人として淡々と議事を進めており、異議の申し立ては時間の浪費とパフォーマンスに過ぎなかったのですが、トランプに忠臣振りをアピールしたい議員たちにとっては、欠かせないパフォーマンスだったのでしょう。それは、未だにトランプの主張を信じ、バイデン第46代大統領は、民主党の不正によってトランプの大統領再任を盗んだのだと信じて疑わない、トランプ教信者たちに対するアピールでもあったのです。そのためバイデン大統領は、自分を大統領と認めていない人たちとの対話の糸口を見出だしていかないと、米国民の団結を回復できないという難題を背負っているのです。 それは果たして可能なのでしょうか。 続 く
2021.01.28
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バイデン政権の困難 その11月20日、日本時間21日の早暁、厳戒のワシントンでバイデン政権が船出しました。大統領選挙で敗者となったトランプの居座りによって、政権移行が遅れたために、閣僚人事の議会承認が遅れ、現在でも主要閣僚の一部しか承認されていない状況が続いている状況が、前途の多難を思わせます。軍と警察の物々しい警備が、現在の米国の引き裂かれた状態を如実に示しているのですが、そうなったのは1月6日の暴徒集団の連邦議会議事堂襲撃事件の再来への警戒であると同時に、200名を超える襲撃事件の逮捕者の中に、連邦軍兵士、州兵、警察官らが、10名以上含まれていたからでした。20日の警備に動員した兵士や警官の身元を、丁寧に洗いなおした結果、二けたを超える数の兵士や警官が、Qアノンの信者とか右翼過激派のメンバーであるとして、職務から外されています。具体的な根拠を示せない妄想に近いQアノンの陰謀論を、信じて疑わない人々が広くアメリカ社会に根を下ろしつつある状況は、身近にテロの恐怖が存在することを示しますから、バイデン政権の幹部を護衛するSPの負担を重くします。昨年の米国内のテロの件数の75%以上が、Qアノンを含む右翼過激派によるもので、イスラム過激派によるものではなかったことを、指摘しておきます。実は陰謀論のQアノンの信者であることを公言して、昨年11月の下院議員選挙を勝ち抜き下院議員となった人物が、4人います。そのうちの1人の女性議員は、トランプ弾劾を決議した下院本会議で、バイデン新大統領こそ弾劾にかけるべきだと主張して、一部の支持を得たそうです。共和党過激派にも、和解の手を伸ばそうとするバイデン政権の、アメリカの団結、一枚岩になることこそ、アメリカの強さを復活させる最重要課題だという認識と意欲は、早くも大きな試練にぶつかっているのです。 続く
2021.01.27
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トランプの落日 その9上院では、トランプ弾劾に関する議案は、2月8日の週から審議に入ることが決まりました。どんな結果が出るのか。弾劾決議は、上院の会議で出席者の3分の2以上の賛成が必要です。上院議員は各州2名の計100人ですから、全員が出席したとすると、67名の賛成が必要になります。民主党の上院議員はちょうど50名ですから、共和党から17名の議員が弾劾支持に回らないと否決されることになります。共和党のマコーネル上院院内総務は、トランプの行状や言動について、徹底的に審議すると語っていますから、昨年11月の選挙に関する事柄と選挙後の言動に限っても、かなりのボリュームがあり、審議には相当の時間がかかることが予想されます。弾劾裁判の開始を遅らせたのは、共和党、民主党双方の思惑が先延ばしで一致したからです。民主党にしてみれば、バイデン政権の閣僚の承認や経済対策の審議を優先したいとの思惑があり、共和党のマコーネルや中道系の議員にとっては、トランプに見切りをつけて弾劾に追い込むことが可能か否か、時間をかけながら、ゆっくり見極めたいとの思惑を働かせたのでしょう。さて、現時点での情勢を見ると、今のところ親トランプの議員たちが一致して弾劾に反対しようとする動きばかりが目立っているようです。議員たちにとって重要な判断材料になるのは、トランプの支持率です。それも22年の中間選挙に向けて、どのような影響が残るのかと言うことです。この点で、世論調査の結果はマチマチで、どちらとも決めかねるため、弾劾への賛成票が大きく膨らむことはなさそうに見えます。共和党上院議員の多数派にとって、トランプの影響力は、少なくとも党内では低下するが、正面から敵に回すのは、尚得策ではない。適度な距離を保ちながら、22年選挙に臨むのがベターだ。今のところこのような雰囲気になっているようです。そうだとすると、弾劾決議は否決される確率が高いように思えます。ただし、トランプの悪業がいくつも暴かれるでしょうから、彼に対する問責決議は、可決される可能性が高いでしょう。さらに、暴動や反乱、暴徒に対する煽動などを、犯罪行為とみなして刑事罰として立件することも検討されるでしょう。私人となったトランプと彼の一族を、その経済上の違法行為を問うかたちで、訴える動きも加速するでしょう。憲法修正第14条3節は、暴動、叛乱、反逆などに加わった者は、議員や選挙人に選ばれることはない。と規定しています。この条項の適用は、単純過半数でOKですし、弾劾とは別ですから、提案されれば可決の可能性が高いです。ただ、トランプ支持者の暴動勃発は避けられない可能性が高いですね。次回から バイデン政権の困難 をしばらく記します。
2021.01.26
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トランプの落日 その8大統領を退任し、普通の人に戻ったトランプは、彼お得意のフェイクニュースを乱発するための武器だった、ツイッターやフェイスブックの利用を禁じられ、事実上ネット社会から締め出されました。金融機関との取引も、多くが停止に追い込まれました。当然彼自身の発信力は大きく制約されることになりました。トランプの影響力がどのくらい残っているかを測る、一番近い機会は2年後の中間選挙です。米国の下院議員の任期は2年ですから、全員が改選議員として選挙の洗礼を受けます。上院は任期6年ですが、2年ごとに議員の3分の1が改選期を迎える仕組みになっていますから、3分の1が入れ替わります。この時、トランプ支持の議員たちがどのくらい生き残るかで、彼の影響力の残り具合が測れます。4年後の大統領選に、トランプが再出馬するかについて、私はそれはないと見ています。彼は盛んに再出馬を臭わせていますが、臭わせることで寄付金が集まるから、そうしているのです。無役の2年間は長いです。まして4年となると、さらに長いのです。その間、刑事や民事、様々な裁判の場に立たされることになります。4年後の再出馬は現実ではありません。彼が狙っているのは、フィクサー、即ち影の黒幕として(日本にもいましたね、闇将軍と呼ばれた方が…)、共和党に君臨することでしょう。ここが共和党の議員たちにとって悩ましいところなのです。トランプが大統領として君臨した4年間、トランプ主義を支持することが、共和党の大部分の議員にとって、自らの議員生命を保つために欠かせないことになっていました。しかし、彼が大統領という権力を失った今、彼の影響力はどれだけ残るのか。大統領選では、僅差ではなく、実質的には大差で負けた。しかも、ジョージアのような共和党の牙城で、民主党との一騎打ちになった上院選では、二つも議席を失った。トランプに頼っても選挙には勝てない。一部の熱烈なトランプ教の信者の票を獲得するために、表面的にトランプ支持の顔を続けるか、トランプとは距離を取るのか? 迷っているのでしょうね。トランプ教信者=熱狂的なトランプ支持者の票に頼っていたのでは、トランプ不支持の共和党支持者の票獲得は難しく、それでは選挙に勝てない。今回のジョージア州上院選の結果が示しています。しかし、トランプ教信者の票は、共和党予備選を勝ち抜くためには有効だし、確保しなければならない。共和党の候補にならなければ、選挙に無所属で出るしかなくなり、それは事実上無理なのです。現実に、1月6日の連邦議会議事堂乱入の叛乱についてのアンケート調査を見ると、米国の有権者の62%強が、それは民主主義への脅威であり、憲法上許されない行為であると考えていることが分かります。しかし、また共和党支持者に限ると、そのように考える人たちは27%に留まり、半数近い45%が議事堂乱入と占拠を是認しているのです。占拠反対の43%と拮抗した数字になっています。下院を通過したトランプ弾劾決議、上院でどのような結果に繋がっていくのか、もう少し考察してみようと考えています。 続く
2021.01.25
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トランプの落日 その71日、空きました。続けます。ここで、改めて2020年の大統領選挙を振り返ってみましょう。確かにトランプは7,400万票を獲得しました。この得票は、過去の大統領選の敗者の得票としては最多ですし、勝者の票をも上回っています。その点でトランプ候補が善戦したことは確かです。そして彼は、選挙が終わった後も、自身の勝利を叫び、それを盲目的に信じる支持者の熱気を見ると、トランプの勢いはまだ続いているようにも見えます。議会選では民主党のパフォーマンスは予想を下回りましたから、バイデン政権になっても、米国政治はトランプの影が付きまとうとみる人も少なくありません。しかし、本当にそうでしょうか。トランプの7,400万票に対し、勝者のバイデン候補の得票は8,100万票に達しています。その差は700万票も開いており、バイデン候補は大差で勝利したのです。2人の得票率はバイデン51.3%、トランプ46.8%と、4.5ポイントも差が開いています。ご承知の通り、前回選挙では、獲得選挙人で敗れたヒラリー・クリントン候補が得票数では上回っています。大接戦となった2000年選挙では、最後の最後、フロリダ州での票の数え直しが認められなかったことで、ブッシュ候補が僅か537票ウィスコンシン差で勝利しました。フロリダを獲得したブッシュ候補が271人の選挙人を獲得して、266人のゴア候補に、文字通り辛勝したのです。2人の得票率の差は僅かに0.01%でしかなかったのです。60年のケネディ対ニクソンの際も、大変な僅差でした。2人の得票率はケネディ49.7%、ニクソン49.5%と0.2%でしかなかったのです。確かに一部激戦州、ジョージア、ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシン、アリゾナ、ネバダといった激戦州では、バイデン、トランプどちらの候補が勝っても、そのリードは僅かでした。しかし、ここから2020年選挙は大接戦だった・バイデンの勝利は紙一重だったと言うことは出来ません。どの大統領選挙をとっても、激戦州、大接戦となる州は、必ず出てきます。今回の選挙、やはりトランプは過去の選挙に比べれば、はっきりと大敗に近い負け方をしているのです。全体としてみれば、選挙結果が示しているのは、バイデンの大勝と言えるものでした。議会選の共和党の善戦、これもトランプの終盤の追い上げのおかげという方がいますが、この見方も同でしょう? 議会選における共和党の予想以上の善戦は、トランプの勝利に繋がりませんでした。このことは、共和党支持者の一部が、大統領選ではトランプに投票せず、バイデンに投票するか白票を投じ、議会選では共和党候補に投票したことを示しています。典型例はジョージアです。1月5日の決選投票ではひっくり返りましたが、上院選では、過半数に届かず再選挙になりましたが、二つの選挙で共和党候補が、民主党候補を上回る得票を得たのに、トランプ票はバイデン票を1万票以上下回りました。トランプは共和党の候補で、世論調査でも共和党支持者の8割の支持を得ていました。ですから投票率が上がれば、得票数が大きく伸びるのは、ある意味当然の結果であるのです。トランプを過大評価する必要はない。私はこのように考えています。 続く
2021.01.23
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トランプの落日 その6バイデン新大統領の就任式は、無事に終了したようですね。懸念された各州政府への襲撃も警察と州兵の鉄壁の守りで不発となったようですね。しかしこれからも気の抜けない日々が続きます。不発に終わったのは、CIAやFBIの情報の下に、州兵や警察官の身元調査を徹底して、右翼過激派やQアノン信奉者との繋がりが疑わしいメンバーを警備担当からすべて外し、かつ厳重な警備で、内部に潜り込ませなかったこともありますが、6日の叛乱後に、右翼過激派もQアノン信奉グループも、その幹部が次々に逮捕され、警察の留置場送りとなっており、指導部が大きく弱体化していたことが大きかったようです。議事堂へ乱入したメンバーの殆どが、覆面をするなど自分たちの素顔を隠すこともせず、積極的に動画などをSNSに投稿しています。メンバーの中心部には、Qアノン・シャーマン(本名ジェイク・アンジェリ)など、著名なQアノン支持者や極右団体の幹部としてFBIに顔を把握されている人物が多く、次々に身元が特定され、逮捕されていたのです。何故身元をさらすような愚かなことをしたのか? それは彼らが確信犯で、自分たちは「正義」を遂行しようとしているのだから、犯罪として処罰されるわけがないと考えていたようです。なかには捕まったら法廷で自説を主張できると考えたメンバーもいたようです。また、トランプの支持者たちは、議事堂へ乱入したのは、我々のようなトランプ支持者ではなく、我々に罪を着せようと画策したアンティファの連中だと、盛んにSNSに投稿しています。アンティファとは、アンチ・ファシストの略語で、アナーキスト(無政府主義者)たちを指します。彼らは身元を隠すために覆面をして行動しますし、南軍旗を持ち込み、反ユダヤの言動を繰り返す乱入者の様子からして、アンティファの偽装とは見えません。トランプ支持の弁護士リン・ウッドがアンティファの証拠として公開した人物の写真は、Qアノン・シャーマンだったことが明らかにされています。この情報もトランプ支持グループの偽ニュースの一つです。トランプ自身は、米国時間20日の退任演説で、また戻ってくると語りましたが、これは以前に書きましたが、政治活動を続けるとしないと、政治献金を集めることが出来ず、献金を借金返済に流用することも出来なくなることを避けるためです。ロッキード事件発覚後の田中角栄元首相と同じく、キングメーカーとなることを狙う可能性は残りますが、自らが再び政治権力の座に就くことには、興味を失ているように見えますし、また現実的に再登板の可能性は否定されるように考えます。
2021.01.21
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トランプの落日 その5「選挙が盗まれた。私は勝っている。」と叫び続けても、何の根拠も示すことが出来ず、支持者が訴えた訴訟では、連戦連敗を続け、ついには支持者たちに国会議事堂の占拠を唆すという悪手を打ち、金融資本や富裕層らエスタブリッシュメントにも見放された敗軍の将トランプ。彼は、その上弾劾訴追され、SNSでの発信も封じられたのです。いわば、一戦敗れてボロボロにされたトランプを見た熱狂的なトランプ支持者たち、とりわけ右翼ミリッタン(英語発音ではミリシアでしょうか)や陰謀論のQアノン信奉者らは、ディープ・ステート(Deep StateDS=闇の政府)と秘密の戦争を繰り広げている救世主であるはずのトランプに対抗すべく、DSが擁立したバイデン新政権に対する敵意を、さらに強めているだろうことが想像できます。陰謀論者の始末の悪いことは、彼ら彼女らとは論理的な議論が出来ないというか、話がまるで通じないことにあります。完全に洗脳されてしまっていて、最初から最後まで同じ話を何度でもオウム返しに繰り返すだけなのです。彼らの主張を裏付ける物が何もなくても平気なのです。ですから、死者が何千人も投票しているなどという、完全に否定されている内容をいつまでも繰り返し、バイデン派の不正とわめきたてることが出来るのです。こういう連中が、トランプの敗勢にいきり立ち、攻撃的で怒りに満ちた投稿が彼らの仲間内で飛び交っているのです。彼らは、我らが救世主トランプ氏は、政治的に殉教した。トランプ氏を通じた上からの「アメリカ政治と社会の改変が不可能となった以上、今や可能なのは、我々草の根の民兵たちの一斉蜂起、叛乱しかないと記したSNSに、多くの支持が集まっているのです。今のところ、警察と州兵を大量に動員した連邦と各州との二重の厳重な警戒で、彼らの動きはある程度抑え込まれていますが、本日日本時間深夜からのバイデン大統領の就任式は、厳重な警戒の中で行われることになります。こんな就任式は、世界にアメリカの恥をさらすことでしかないのですが、これがげんじつなのですね。注意すべきことは、右翼ミリッタンの多くが、そしてQアノン信奉者の多くが、トランプ支持者である前に、白人至上主義者であることです。彼らにとってバイデン政権は、その幹部に女性、黒人、ヒスパニック、先住民、」そしてLGBTらを登用している点でも、受け入れがたい政府となっていることです。こうした新政府の繰り出す政策に、彼らが強く抵抗するであろうことは、今から推測できます。昨年8月までの統計ですが、2020年1月~8月までの8ヶ月で、米国内で起きたテロ事件の3分の2は、白人右翼によるものでした。米国の国土安全保障省も、「白人至上主義過激派が、米本土における一貫して最も致死性の高い脅威だ。」と指摘しています。彼らが、高性能の武器を次々と入手し、武装を強化している事実も報告されています。20日が過ぎても、彼らの脅威が続くことは間違いありません。 続く
2021.01.20
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トランプの落日 その46日のトランプの行動と発言は、トランプファミリーにとっても、大きな痛手となりました。それは、トラン一家のファミリー企業群、トランプ・オーガニゼーションと永年取引関係にあった、日本流にいえば主取引銀行出会ったドイツ銀行が、トランプファミリーとの取引停止を打ち出したのです。ドイツ銀行は、トランプ・オーガニゼーションに3億ドル以上を融資しており、融資期限は2023年と24年に設定されているため、新規融資は全てストップ、実行済みの融資は、期限ごとに延長を認めず融資を回収すると発表したのです。国内では、トランプと彼のファミリーに対する最大の支援者であった大富豪のアデルソン氏が1月12日に、87歳で亡くなっています。(彼はラスベガス・サンズの経営者であり、日本のIRにも手をあげていたのですが、日本政府というより、財務省主税局の出す条件では採算に合わないからと撤退してしまいました。)永年の友人にして、最大の支援者からの支援も得られなくなったのです。まさに泣きっ面に蜂でした。まだあります。全米プロゴルフ協会は、1月10日、2022年の全米プロ選手権について、会場に予定されていたニュージャージー州のトランプ・ナショナル・ゴルフ・クラブでの開催を取りやめると発表したのです。さらに電子商取引ソフトウエアを手掛けるカナダのショップファイは、トランプファミリー関連のネット店舗を閉鎖してしまい、トランプ陣営のウェブサイト向け決済サービスを提供していたストライブもトランプ関連組織との取引中止を発表したのです。トランプファミリーの資金繰りの困難を見越した点もあるのでしょうが、米国の建国以来の国是を冒涜し、踏みにじろうとした暴徒を仲間扱いし、暴徒に氾濫をけしかけたトランプの行動への嫌悪が、経済界のトランプ並びに彼のファミリーに対する絶縁として表面化したのです。この状況に、トランプは、バイデン政権誕生後の自身や家族の逮捕を見越して、自分や家族に対する将来の有罪宣告に対する、事前恩赦を画策したようですが、さすがに側近に諭され、この手は諦めたようです。何故素直に諦めたか?ですか。それは音写すれば、自分や家族が、実は有罪であることを認めてしまうことになるからです。側近はこのことを指摘して、「恩赦したら、あなたは自分が有罪であることを、支持者に宣言することになるんですよ」と迫ったそうです。金融機関にソッポを向かれたトランプとトランプ一家、資金調達が出来なければ、即あちこちで訴えられ、そうした裁判に忙殺されるのでしょうが、前途は暗そうです。出来ることは、ゴルフ場やトランプタワーなどの資産の売却しかないのですが、それですべての債務が返済できるわけではなさそうです。 続く
2021.01.19
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トランプの落日 その3叛徒が議事堂に乱入し、議員たちが逃げ惑った時、トランプに近い共和党議員たち(この日の会議で、いくつかの州について、選挙結果について異議を申し立てるつもりの議員たち)は、トランプに電話連絡をして、議事堂への乱入者に、これ以上の暴挙を慎むよう説得してくれと、依頼しようとしたのです。しかし、トランプは電話に出ず、電話は繋がりませんでした。やむを得ず、議員たちは、トランプの側近や親族を通じて、トランプに動いてもらおうとしたのですが、この計画も失敗に終わりました。この時トランプは、議事堂乱入という国権の最高機関に対する攻撃を映し出しているテレビに釘付けになり、自分の支持者たちの「勇敢な行動」を、興奮しながら見ていたというのです。側近たちに促されて、ようやくトランプが重い腰を上げ、ツイッターにメッセージを書き込んだのは、事件発生から30分以上が経過した後だったのです。しかもこの時、議事堂内にいたペンス副大統領の安否すら確認していないのです。問題はツイッターに書き込んだ文章にもありました。「議事堂の警察官に協力してください。彼らは我々の側の人間たちです。」トランプにしては、命令口調の一切ない穏やかな表現です。そして警察官はみな非白人に暴力を振う白人至上主義者とその支持者で占められていると認識しているような表現とも読める内容です。 側近に問題点を指摘されたのでしょう。それから数分後に軌道修正を諮り、「議事堂にいる全ての人々に平和を維持するようお願いします。非暴力です。我々は法と秩序の政党ですよ。」と打ち込みました。ここでも、直ちに議事堂から退出しなさいとは、一言も言わないのです・そして2時間後に流されたビデオメッセージは、こうでした。「君たちを愛している。君たちは特別だ。…… 君たちがどう感じているかは分かるが、今は家に帰ってくれ。平和に家に帰るように。」ここでも議事堂を襲撃し、警察官を殺害するという無法を犯した暴徒たちに、親愛の情を示しているのです。これは明らかにトランプの失態でした。共和党の議員たちの多くは、反トランプの姿勢を見せると、次の議会選の際に、まず共和党の候補者になるための予備選があるのですが、そこにトランプを信奉する対立候補を立てられ、落選の憂き目を見ることになるのを恐れて、少なくともトランプに忠誠を誓うポーズをとらなければならない立場にあるのです。 そんな状況にあるにも関わらず、トランプの6日の行動から、公然とトランプを批判する共和党議員たちが増えてきました。そんな状態ですから、保守系マスコミや経済界のトランプ離れは、もっと露骨に進んでいます。1月7日、ここまでトランプ擁護の論陣を張ってきた保守系マスコミのウォールストリートジャーナル紙が、トランプの大統領辞任を求める社説を掲げたのです。「6日、行政府のトップが群衆を煽り立て、立法府に対するデモ行進をさせた。その明確は目標は、選挙人投票でのバイデン氏を勝利を覆すために、議会とマイク・ペンス副大統領に対し、複数州での豆腐おう結果を認めないよう求めることだった。群衆の一部が暴徒化して連邦議会議事堂を占拠した際、トランプ氏はつまらない理屈を並べ立て、彼らに退去を呼び掛けるのにあまりにも長い時間を要した。ようやく口を開いた時には、選挙結果に関する不満を交えて支持者に訴えた。」「これは選挙を経て権限を委譲する憲法上のプロセスへの攻撃であり、米国の法律を守ると誓った行政府から立法府に向けられた攻撃でもあった。単に敗北を認めることを拒んだだけの問題ではない。我々の見解では、トランプ氏はこれまでは越えなかった憲法の一線を越えてしまったのだ。これは弾劾に値する。」ビジネス界に大きな影響力を持つ同紙が、大統領の憲法違反を痛烈に非難し、弾劾に値すると論じたのです。又事件後、ツイッターヤフェイスブックなどのSNS大手が、次々にトランプのアカウントを凍結したり、右翼活動家や過激団体のアカウントを停止する動きを見せ、大手企業の間には、バイデン氏の勝利認定に反対した議員への、今後の献金を停止する動きが広がっているのです。6日のトランプの行動は、明らかに彼にとって大きなマイナスとなったのです。 そして… 続く
2021.01.18
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トランプの落日 その21月6日、SNS上では「議事堂に突入するには、こうやると良いよ」とか、「俺は議員たちの手を縛る結束バンドを持って行く」とか、「俺はロープを持って行く」といった、さながら決戦の場に向かうようなムードが溢れていたのです。決戦を前に、トランプ支持派の右翼活動家たちは、こんなやり取りをしていたのです。FBI(アメリカ連邦捜査局)も、こうしたネット上の情報をキャッチし、内部ではアラートを出していたのです。後に明らかになったFBIの内部文書には、右翼活動家たちの過激なやり取りが記載されていました。こんな記載もありました。「戦う準備をしろ。議会は窓ガラスが割られ、ドアが壊される音を聞かなくてはならない。BLMやアンティファの奴隷兵士の血が流されるのだ。暴れるのだ。もうこれを行進とか集会や抗議活動などと呼ぶのはやめだ。戦争のつもりで集まるのだ。われわれの大統領を勝利させるのだ。さもなければわれわれは死ぬ。この目標を達成する方法は他にはないのだ。」FBIが監視を継続していた、テロリスト監視対象のリストに載せていた白人右翼活動家も、数十名規模でワシントン入りしていたことも、後に明らかにされました。こうした状況にある中、ワシントンに終結したトランプ支持者たちは、ペンス副大統領に選挙人団の投票を拒否するつもりがないらしいという情報に、怒りを募らせて、戦闘モードを一挙に高めたのです。トランプの70分間の演説は、こうした状況で行われたのです。「私たちは今回の選挙で勝った。しかも大勝利を収めた。」「過激な民主党左派が選挙を盗んだのだ。」私たちは盗みをやめさせる。」「私たちは決してあきらめない。決して敗北を認めない。そんなことは起きない。」「盗みが行われたのに敗北を認めるなどと言うことはしない。」「もうこれ以上受け入れられない。非合法の大統領が存在する事なんて。そんなことを許してはならない。」トランプは、繰り返し繰り返し選挙の不正を強調し、バイデンの勝利を許してはならないと、聴衆に訴えたのです。そして演説が終盤に差し掛かった所で、彼の発言は過激さを増し、ボルテージは最高潮に達します。「我々は共にワシントンを水浸しにし、わが国会の腐敗を一掃するのだ。」「死に物狂いで戦わなければ、もはや国を失ってしまうのだ。」トランプはこう述べて、議事堂に向かって行進するよう呼びかけたのです。その後に起きたことは、既にご存知の通りです。ここで注意すべきことは、デモに加わった全員が、反乱の意志を持っていたわけではないということです。一部に混乱に乗じて国会内に入り、自分たちだけが窓を割ったり、扉を壊して建物内に入り、議会の会議場や民主党の控室を占拠する計画を立てていた強者たちがいたのです。戦闘服に身を固めた民兵たちの一団は、敷地内に入ると、リーダーらしき人物の合図に従って、一列縦隊となって、群衆をかき分けて、まっすぐ建物に向かっています。SNSに動画がアップされた著名なQアノン戦士のQアノン・シャーマンら胸にQの文字を書いたQアノンらが、武器を手に国会内になだれ込んだのです。覆面を被り、武装し、壁をよじ登り、まるで映画スターのように議事堂内に降下し、群衆を統率するなど、特殊部隊員やその司令官のような動きをする乱入者もいました。乱徒の死者4名、警官の死者1名と合わせて5名の死者が出ましたが、内1名が女性で、彼女は元軍人で、民兵として民間軍事会社に属していました。こうしたプロの連中がついてきた群衆を統率して大事に至ったのですから、これはまさに合衆国連邦政府と議会に対する叛乱でした。幸い爆発はしませんでしたが、何個かパイプ爆弾も発見されています。幸い、上下両院合同会議で、選挙人団の投票結果を審議中だった議員たちは、警備が破られたことを知らされ、一時避難を勧告されたために、審議を一時中断して非難したため、無事だったのですが、裏切り者ペンスと謗られたペンス副大統領や、下院民主党の顔ペロシ院内総務などは、叛徒に見つかっていたら無事で済んだかどうかという、危機一髪のところもあったのです。叛徒は議場を占領して、ペンスの据わる議長席をめちゃくちゃに恐し、下院民主党の院内総務室も荒らしまわっているのです。占拠は3時間にわたり、そこでようやく叛徒が引き上げたのです。では、なぜ簡単に警備が破られたのでしょうか。これには警察もグルだったという人もあるようですが、そうではありません。米国では、行政府であるホワイトハウスの警備は厳重ですが、議事堂のセキュリティはあまり厳重とは言えない状態なのです。それは議会は国民に対してオープンであるべきだという、建国当初からの伝統的な思考があるからです。そして大統領をはじめとする政府高官に比べて、議員は外敵のターゲットにされる可能性が低いこともあります。その結果、大群衆の押し寄せる勢いに対し、多勢に無勢でした。しかも警官の中には、叛徒にシンパシーを抱き、叛徒を招き入れたりする不心得者も散見されたのです。(警察改革の議論も今後勢いづくことになるでしょうね)こうした事態が生じたとき、トランプは何をしていたのか? その点は明日書きます。 続く
2021.01.17
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トランプの落日 その11月6日の米国での国会議事堂乱入事件、あの事件でトランプは墓穴を掘ったようですね。日を追って、共和党議員たちの対トランプの姿勢が厳しくなってきている様子が報じられています。警察の調べが進むにつれ、国会占拠事件の背景が次第に明らかになりつつあるからです。16日~20日にかけて、6日を上回る規模の叛乱がワシントンばかりでなく全米各地で同時多発的に起こるかもしれないという情報も、捜査が進む中で明らかになってきました。そうなんです。6日の国会占拠事件は、ハプニングで起きたような偶然の産物ではなく、最初から周到に計画されたものでした。当日の主役は、トランプ支持の一般民衆ではなく、白人右翼のミリッタン(民兵)たちでした。警察も右翼ミリッタンの動きを察知していたようですが、国会周辺に派遣した州兵や警官が少なすぎ、3時間にわたる国会占拠を許すという醜態を演じてしまったのです。白人右翼によるデモや抗議行動、それに伴う暴力事件は、昨年5月末の黒人男性ジョージ・フロイド氏が警官に殺害された事件を受け、各地で発生したデモに対抗する形で各地で発生したデモに対抗する形で、各地で活発しましたが、6月をピークに減少しました。その動きが一気に急造したのが、11月3日の大統領選挙後でした。トランプの自作自演ですが、彼が選挙当日の夜に、一方的に勝利宣言をし、翌日に選管発表で不利になると、何の根拠もなく「選挙が薄まれた」とバイデン陣営の不正を主張したことがきっかけでした。そこから、「数万人の死者が投票した」とか「投票機がトランプ票をバイデン票と読み替えるように細工されていた」とか、大掛かりな不正を主張する投稿が飛び交い、こうした根拠の全くないフェイクニュースが、トランプ支持者の間でだけ信じられ、それが「民主党の黒幕連中が勝利を盗んだ」と主張する陰謀論と共に広く拡散され、「我々は勝利したのに不正で選挙が盗まれた」と繰り返すトランプの主張が、支持者の間でだけ通用する「定説」になっていきました。こうしてトランプは、「闇の権力者と秘密の戦争を繰り広げるメシアだ」とする「Qアノン」の陰謀論が広く信じられたのです。11月7日にバイデン候補の勝利が確実と伝えられると、トランプ支持者たちは、14日にワシントンで、「100万人行進」を実施、ホワイトハウスに近いフリーダム広場に数千人が集まり、ブラウド・ボーイズのような右翼ミリッタンやQアノンの信奉者たちが参集しました。しかし、その後各州の裁判所で、トランプ陣営や共和党支持者の訴えが、次々に敗訴する中で、右翼活動家の行動は、次第に攻撃性を増し、激戦州の選挙管理委員会で働く選管幹部やスタッフに対する脅迫や嫌がらせが増加しました。特にバイデン勝利を確認したジョージア州では、共和党の知事や州務長官、それに投票システムの責任者のを務めた共和党員たちが、裏切り者などと、しつこく攻撃されるに至りました。12月14日の選挙人投票の2日前の12日には、ワシントンで2度目の「選挙を盗ませるな」集会が開かれ、著名な右翼活動家、Qアノンの信奉者、右翼ミリッタン団体が集結。しかし、14日の選挙人投票で、バイデン候補の勝利が確定。法的手段によるトランプ再選の望みは最終的に絶たれたのです。残されたのは、直接行動のみとの認識が、トランプ支持者の中で広まったのです。もはや実力行動で、選挙結果を覆すか、選挙をやり直させる実力行動しか方法はないと考えるようになったところで、ニューヨークタイムズ紙が、マイケル・フリン元大統領補佐官がトランプに対し、戒厳令を発動し、軍を投入して大統領選挙をやり直すように進言したことを報じたのです。この報道を受けて、Qアノンや右翼ミリッタンの集団は、内戦や反乱の時が来たと受け止めたのです。こうして1月6日がやってきました。連邦議会の上下両院の合同会議で選挙人投票の認定手続きは、トランプ支持者にとって、最後の望みでした。「ペンス副大統領が、上院議長の資格で、選挙人団の投票を認定せずに、トランプ大統領の当選を認定する。混乱が起きても大統領が軍を派遣して鎮圧する」こういうシナリオに期待を寄せたのです。これは荒唐無稽な考え方でした。トランプ支持者は、選挙の不正を訴えた裁判闘争でも、連戦連敗を繰り返し、イギリスの植民地時代からの草の根民主主義に端を発するアメリカ民主主義の伝統を踏みにじることが、自分たちには出来ると思いあがっていたことが、敗北に繋がった事実に気づかないほど頭に血がのぼっていたのでしょう。白人右翼やQアノンの信奉者は、トランプやペンスが力づくで選挙結果を覆すことを支援するために、この日ワシントンに終結したのです。彼らは陰謀論を信じ、トランプを助けて自分たちのアメリカを取り戻すために、一戦交えることを覚悟して、ワシントンに馳せ参じたのです。こうして6日の事件が起きるのです。 続く
2021.01.16
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クロニクル エリザベス1世戴冠1559(永禄2)年1月15日1561年が桶狭間の戦いのあった年ですから、戦国時代も後半戦に差し掛かった頃の出来事です。460年前になります。この日、当時はまだヨーロッパ大陸の西にポツンと浮かぶブリテン島の南の半分を占める小国イングランドで、日本では良く名の知られたエリザベス1世が戴冠式を行い、即位しました。彼女はテューダー朝の2代目ヘンリー8世の次女でしたから、王位継承順位は3番目でした。彼女は姉のメアリーと弟のエドワードとの3人姉弟の真ん中でしたが、3人は夫々母親が異なりましたから、宮廷の儀式でもない限り、殆ど顔を合わす機会もなく、姉弟仲特に姉のメアリーとの関係は非常に悪かったことが知られています。その上、イギリスは当時宗教改革の最中、父のヘンリー8世によって、ローマ教会との関係を断ち切り、修道院は全て解散とされ、修道院領は全て国有地とされていました。ところがヘンリー8世の最初の妻キャサリンはスペイン王室から迎えられた筋金入りのカトリック信者でしたから、その薫陶を受けた姉のメアリーもまたカトリック信者で、従兄のスペイン王フェリペ2世の妻となっています。対して弟エドワードの母は、ピューリタンでしたから、こちらはカトリックに敵意を持つカルヴァン派の信者でした。でエリザベスの母はというと、こちらはヘンリー8世と同じく、カトリックでもプロテスタントでもあるような、ないような良く言えば中道を行き、悪く言えばどっちつかずの立場にとどまっていました。そのため、父の死後弟エドワードが即位し、英国教会をピューリタンに近づけ、エドワードが流行り病で亡くなり、姉のメアリーが即位すると、今度はカトリックの教義が幅を利かす世になり、どっちつかずのエリザベスは、姉の女王ににらまれ監視下に置かれ、一時は命を危険にさらされる怖い体験もしたのです。その姉もまた亡くなったことで、彼女は命拾いをしたのです。こうして1559年彼女に王位が巡ってきたのです。ここから彼女が亡くなる1603年まで、44年間という長い統治が始まりました。彼女によって、イギリス国教会の立場(カトリックでもプロテスタントでもないその中間)はしっかり定められ、また財政赤字も綺麗に整理されることになったのです。最もこちらは、ともかく借金が大嫌いな彼女が、とにかく赤字を嫌って、野心的な事業などに決して手をつけなかったことに依るのです。
2021.01.15
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クロニクル インディラ・ガンジー3度目の首相に1980年1月14日41年前のこの日、インディラ・ガンジー女史が総選挙に勝利し、不死鳥のように3度目のインド首相の座に着きました。彼女は独立インドの初代首相となったネルー氏の娘で、64年にネール首相が急死すると、後継含みでインディラは政界に担ぎ出され、シャストリ内閣の放送大臣に就任。66年、シャストリが心臓発作で急死すると、国民会議派の内部で、インディラを首相に担ぐ立場が強まり、ここにインドで最初の女性首相が誕生を見たのです。当初インディラは、看板だけの傀儡首相で、実際の政治は脇を固める会議派の重鎮たちの合議で決まるものと思われたようですが、インディラは食糧の完全自給を目指すという看板を掲げて、緑の革命を強力に進めたり、東パキスタンを強力に支援して、西パキスタンから切り離すことに成功、バングラデシュのの独立に道を開くなど、強いリーダーシップを発揮し、重鎮たちを驚かせました。
2021.01.14
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クロニクル 東京の最低気温を記録1876(明治9)年1月13日今年の冬は寒いですね。それに全国的に大雪、関東の一部だけが雪を免れているようですから、なんだか気が引ける昨今です。冬将軍が闊歩している昨今ですが、寒さでコロナウィルスも元気100倍の様子なのは困ったものですね。同時に入試シーズンにも突入しました。本番が大雪にならないといいですね。 古い記録です。145年前の今日、東京の気温がマイナス9.2度を記録しました。この記録がいまだに破られず、東京の最低気温として記録に残っています。
2021.01.13
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クロニクル 日本で最初のスキー1911(明治44)年1月12日 「山は白銀(シロガネ) 朝日を浴びて すべるスキーの 風切る速さ…」そうなんです。110年前の今日が、日本にはじめてスキーが紹介された日なんです。この日、オーストリア陸軍のレルヒ少佐が、新潟県高田(現在の上越市高田)の陸軍歩兵連隊の青年将校たちに、日本で初めてスキーの指導を行なったのです。これが、分かっている限りでは、日本で最古のスキーに関する記録です。 オーストリアは、宿敵ロシアに常に悩まされており、そのロシアと対等以上の戦いをした日本陸軍に強い関心を寄せ、双方の陸軍の交流を申し入れてきたのです。これは日本陸軍にとっても、大変好都合でした。降雪地帯の進軍には、全員がスキーになれているなら好都合であることに気づき、スキーを教練に取り入れたいが指導者がいない。どこかにスキーの名コーチを派遣してもらえないかと考えていたからです。そこでオーストリア陸軍の申し出に、これ幸いと、オーストリアにその人ありと知られたスキーの名手レルヒ少佐の派遣を要望したのです。やってきたレルヒ少佐は、高田の雪質を見て、2本ストックではなく、1本ストックのスキーを伝授しtのです。 2本ストックは、北海道で普及し、やがて全国に広まったのです。
2021.01.12
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クロニクル 中国に日本大使館設置1973(昭和48)年1月11日48年前になります。前年の1972年に田中角栄首相(当時)と大平正芳外相らが訪中、日本と中国の国交正常化が実現しました。 両国で国交正常化に関する協定書を批准し、この日、日本での中国大使館と中国での日本大使館が、同時に設置されました。 中国からは陳楚駐日大使が、日本からは小川兵四郎駐中国大使が、初代大使として同時に着任したのは、3月29日でしたから、大使館設置の約2ケ月半後のことでした。なお小川初代中国大使は、後に首相となる宮沢喜一代議士の叔父に当たる方でした。
2021.01.11
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クロニクル 第1回国際連合総会開催1946(昭和21)年1月10日ちょうど75年前になりますね。この日、英国の首都ロンドンで、第1回国連総会が開かれました。第1次世界大戦後に創設された国際連盟が、世界恐慌と列強の対立・抗争に翻弄され、第2次世界大戦の始まりによって、雲散霧消した後を受けて、対独戦に勝利の展望が開けてきた1943年秋頃から、米・英・ソ・中の連合国を中心に(当初は独軍占領下にあったフランスは蚊帳の外でした)新たな国際組織の創設の必要が考えられ、43年10月には「国際平和と安全の維持のために、全ての平和愛好国の主権平等の原則に基づく、世界的国際機構の設立が必要である」という意向が表明されました。こうして、1945年2月のヤルタ会談の席上、中国の合意もとりつけて、後の国際連合憲章の原案が出来あがったのです。 この原案を土台に45年4月に全ての連合国が参加する国際会議が開かれ、一部の手直しを経た上で、全加盟国が署名する満場一致で、憲章が決められ、同年10月24日に国際連合は正式に設立されました。 本部はニューヨークに置かれ、そして本部敷地はロックフェラー財閥が3分の2を、残りをニューヨーク市が拠出した土地を無償で入手しましたし、建物の建設費も米国が無利子で貸し付けてくれることになったのですが、建物はすぐには出来ません。 そこで、第1回の総会はロンドンで開かれることになったのです。ところで、国際連合の設立について、指摘すべき事は、 1、国連の原加盟国が、中立国すら一切含まない、連合諸国のみで構成されているという、戦勝国の機関として出発したこと。 2、憲章の53条と107条に見るような、旧敵国に対する特別措置を認めている(敵国条項といい,現在もそのまま残されています)こと。 3、主として日・独・伊と戦った米・ソ・中・英・仏という5大国に優越的地位を認めていること → 安全保障理事会の常任理事国に賦与された拒否権。の3点です。 大国の優越的地位を保つために、新規加盟を認めるか否かは、先ず安保理に測られ、安保理から新規加盟議案が提案された場合のみ、総会は加盟申請を審議する仕組みになっています。 従って、拒否権を持つ5大国の1国でも、加盟に反対すると総会に議案もかからず、加盟は許可されないことになります。実際に日本の場合、当時国連議席に座り続けていた中国民国政府(台湾政府)の拒否権行使にあって、1952年の独立後も1956年まで加盟を引き伸ばされました。
2021.01.10
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クロニクル 米国原子力潜水艦の日本寄港を申し出1963(昭和38)年1月9日 もう58年前になるのですね。大統領の示唆を受けたトランプ教の狂信者たちの連邦議会占拠という、一種の反乱があったばかりですが、日本でも61年前の6月に全学連の国会突入事件がありましたね。その後の過剰警備で、6月15日には女子学生が1名殺されました。戦後最大の反政府運動、安保改定反対闘争の盛り上がりにも関わらず、日米安保条約の改訂が承認されました。それから2年半が少し過ぎた頃のことでした。この日、ライシャワー駐日米国大使は、大平正芳外相に対し、原子力潜水艦の日本寄港を承認することを求める申し入れを行いました。原子力潜水艦は、原子力を燃料とするため、長時間の潜水行動が可能であり、核ミサイルを常時搭載した動く核兵器基地として知られる存在でした。また、常に移動しているために、捕捉が難しく、存在がわかっている地上、地中の核基地からの攻撃よりも防御には著しい困難があるとされていました。そのため米ソは競って原子力潜水艦の大量配備を進めていました。1960年に成立した日米新安保条約(1952年に日本の独立と共に発効した旧安保条約が一方的に米国が日本の安全保障を請け負う片務条約であったのに対し、新安保条約は極東における両国の相互安全保障を脅かす戦闘行為に対し、協力して対処することを約した双務条約となっていました)に基づき、対日要求をエスカレートさせたい米国は、日本国内の反対運動の大きさを考慮して、知日派のハーバード大学教授ライシャワー(ハル夫人は日本人でした)氏を駐日大使に引き抜き、2年程の期間を日本人の安保アレルギー解消の期間として、池田首相の低姿勢路線を是としてきたのでした。しかし、米ソ冷戦下に核兵器開発競争が激化する中、原子力潜水艦の日本近海への進出が重要となり、この日の日本寄港申し入れとなったのでした。しかし、寄港許可は実質的に核兵器の日本持ち込みを意味しますから、原潜の寄港に対する国民の反発は強く、同月26日に,官房長官が「首相は原則了承の考え…」とのコメントを発表したものの、国会審議でも次々と問題点が指摘され、日本政府が米国政府に正式に受け入れを回答したのは、東京オリンピックが大成功裡に終了した後の翌64年の8月28日のことでした。この時も「政府は米国に対し、日本寄港の際は、原潜が搭載する核ミサイルの弾頭部分は取り外して入港することを申し入れ、米国政府はその申し出を受け入れた、よって核弾頭を搭載しない形での入港である」という、苦しまぎれの言い訳をつけてのことだったのが、この問題の根の深さを示していました。 原潜は核攻撃基地そのものなのですから、核弾頭を日本寄港の度に取り外し、出港後に装着するような面倒なことを、するはずがないことくらい、想像力を働かせるまでもなく、常識として理解出きることなのですから、この政府答弁も、まさに世紀の茶番劇でした。
2021.01.09
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クロニクル 美浜原発2号炉で放射能漏れる1975(昭和50)年1月8日お正月のお屠蘇気分がなお残る水曜日のこの日、福井県で関西電力所有の美浜原発2号炉が、放射能漏れ事故を起こし、同炉は運転休止となりました。新聞やテレビは、「あわや大惨事」と大々的に報じ、お屠蘇気分は全国的に雲散霧消、原発の危険がクローズアップされました。その後もこの年は各地の原発で同種の事故が多発、通産省と科学技術庁の縄張り争いによる縦割り行政のマイナス面から、行政の事故対応は遅れがちであるという、問題点も浮き彫りになりました。 その後、電力各社や原子力委員会によって、事故対応の詳細なマニュアルが作られ、現在はマニュアルに基づいた対応が義務化され、現場職員に徹底されているので、大事故は起こらないというのが公式見解となっています。しかしです。世界的に有名になった日本の詰込み教育で育った受験エリートは、マニュアル通りの対応には無類の適性を発揮し、過去の例に習う場合や過去に経験のあることについては、実に見事な対応能力を示すのですが、ひとたびマニュアルが予想もしなかった想定外の事態に遭遇すると、たちまちにして思考停止状態に陥り、立往生してしまうマイナス面も併せ持っています。その最たる例が、バブル崩壊後の大蔵官僚や金融界、政治家の対応でした。土地神話を信じつづけた彼等は、土地神話の崩壊という現実の前に、ひたすら先送りという最悪の手段にしがみ付き、日本の財政赤字を、大幅に膨らませる(私は詳細に調べていませんが、おそらく1993年~2003年までの10年で、赤字幅は3倍増程度になったものと推測しています)という大犯罪を犯したのです。阪神大震災も、東日本大震災の津波による大被害も、いずれも想定外の事態とされました。自然界の異変にしても、人間の行動にしても、想定外の事態はかなりの頻度で発生します。そう考えているが故に、私はマニュアルがどんなに良く出来ていても、マニュアルに頼りきる、そしてマニュアルがあるから大丈夫という発想には、大きな落とし穴にはまってしまう危険があるのではないかと、不信感を拭えずにいます。
2021.01.08
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クロニクル グレース・ケリー現代のシンデレラに1956(昭和31)年1月5日65年前のことになります。この日ハリウッドの人気女優グレース・ケリーとモナコのレーニエ大公の婚約が発表されました。グレース・ケリーは、1951年22歳のときに『真昼の決闘』でゲーリー・クーパーの相手役に抜擢されて、一躍スターダムに乗ったシンデレラ・ガールでした。その後ヒッチコック監督に可愛がられて演技派に成長、55年ビング・クロスビーの妻役を演じた『喝采』でアカデミー主演女優賞を獲得しました。 同年のカンヌ映画祭で、レーニエ大公に見初められ、グレースも大公の人柄に惹かれて意気投合、この日の婚約となったのでした。同年結婚。公妃となったことで、映画界を引退しました。1男2女をもうけましたが、82年に高速道路を運転中に脳梗塞を起こして、交通事故を誘発、52歳の若さで亡くなりました。
2021.01.05
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クロニクル 鳥羽・伏見の戦い1868(慶應4)年1月3日 幕末・維新期の話しが続きます。 この日は、翌69年(明治2)年5月の函館戦争の終結まで続く戊辰戦争の開幕を告げた鳥羽・伏見の戦い が始まった日です。 前年10月、将軍慶喜は大政を奉還、12月には王政復古が宣言されていますから、政権は京都の朝廷に移っていましたが、旧幕府はなお隠然たる勢力を持ち、フランス公使ロッシュは、なお旧幕府への支援を継続する姿勢を見せておりました。これに対し、イギリス公使パークスは薩長連合中心の政府構想を強く支持し、幕末の日本を舞台に影では、英・仏抗争が深く渦巻いていたのです。(日本の開国に決定的な役割を果したアメリカは、1861年~65年まで続いた大内乱、南北戦争で国内が大きく傷つき、対外進出は80年代末まで休止状態に陥っていました)。 ここに、薩長連合側が旧幕府側を徴発、この日鳥羽・伏見において戦闘が開始されたのでした。兵力は旧幕府軍が新政府軍の3倍を擁していたのですが、最新鋭の兵器を装備した新政府軍が優勢のうちに戦いを進め、翌日には勝利を決定付けたのでした。両軍の兵器の差が意味するところは、江戸、京、大阪をはじめとする各地の富裕商人層が政治の変革を望んで新政府側を支持、新政府側への資金の提供を拒ばなかったということです。豊富な資金力を誇る新政府軍は新兵器を大量に購入することで、兵器の質で旧幕府軍を圧倒することができたというわけです。 民意は幕府を見放していたのですね。
2021.01.04
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クロニクル 長州藩の内乱勃発 倒幕派台頭1865(元治2)年1月2日禁門の変(1864年7月)で幕府軍に敗れた長州藩は、京の都を灰燼に帰した責任を重く問われ、主だった幹部が戦死した尊皇攘夷派の勢力は著しく後退しました。ここに8月の4国連合艦隊による下関砲台の砲撃事件が加わり、攘夷論がいかに現実離れした空論であったかを思い知ることになったのでした。こうして、11月の第1次征長軍の攻勢に敗退後、幕府に屈服してひたすら恭順の意をあらわす「恭順派」が藩政を握りました。ここに、上士層のみでの戦闘にあき足らず、時代の将来を見据えて、下士や町人・農民層らにも門戸を広げた奇兵隊を初めとする諸隊にも解散命令が出されたのです。当然、諸隊には大きな不満が残ります。こうした情勢下に、吉田松陰門下の高杉晋作ら急進派は、12月中旬から叛乱の機会を伺い、この日1月2日、高杉は諸隊の一つ遊撃隊を率いて下関を襲撃、恭順派の門閥士族を「俗論党」と断じて、藩内に広く決起を促しました。この呼びかけに呼応して、奇兵隊や伊藤博文の力士隊などの諸隊は各地に決起、次々に上士中心の藩庁軍を撃破、萩城下に迫りました。内乱は急進派の勝利に終り、ここに長州藩は大きく倒幕の方向に舵を切ることになります。5月には、但馬の出石に潜伏していた桂小五郎も帰藩、木戸孝充と改名して藩政に復帰、藩の実権を掌握すると、村田蔵六(後大村益次郎)を登用して軍政改革を推進、予測される第2次征長への備えを固めるに到るのです。幕末の動乱に新しいページを開く一齣でした。
2021.01.02
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年頭の御挨拶皆様、明けましておめでとうございます。covid19に悩まされ、振り回された1年がようやく終わりましたが、新型コロナウィルスとの戦いは、いままさに決戦の時の雰囲気ですね。医療関係や保健所関係の皆様は、正月どころではないフル回転の日々が続いていらっしゃるのでしょう。何もお手伝いできないのですが、大変なご苦労をおかけしていることを胸に刻み、暑く御礼申し上げます。思い起こせば、約100年前にも人類は似た経験をいたしました。1918年の第一次世界大戦末期から、翌年にかけて猛威を振ったスペイン風邪の大流行です。手元に米国の資料しかないのですが、第一次世界大戦の戦死者116,516人に対し、スペイン風邪の死者は675,000人と、約6倍となっています。大西洋を渡った米国ですら、この数字ですから、震源地の欧州各国の死者は、もっと多かっただろうことが推測できます。スペイン風邪のパンデミックを経た欧米世界は、互いに欲に駆られて植民地獲得競争に走ったことが神の怒りに触れて、パンデミックという天罰にあったことを重く受け止め、植民地獲得競争を棚上げして、1920年代は国際協調に舵を切りました。この時日本は、第一次大戦に参加はしても派遣兵士はごくわずかで実質被害はほとんどなく、スペイン風邪のパンデミックも遠方なるがゆえに軽度で済んでしまい、欧米世界の変化について行くことが出来ず、戦後の軍縮協議に立ち遅れて不利益を蒙ったり、対華21ヶ条要求が何故欧米諸国から総スカンを食らったのか理解できず、30年代の孤立への道をひた走り、遂には破滅的な戦争へ突っ走ってしまうことに繋がりました。100年後covid19でも、欧米に比べ日本の被害は軽微です。12月に入り、感染者は大きく膨らみ、政治の対応のまずさが非難の大合唱に晒されていますが、今日現在の死者は3500名を少々超えたラインに過ぎず、人口10万人辺りの死者は3.5人に留まっています。これは世界平均の22.6人を大きく下回り、欧米の数字と比べると格段に少ないのです。同じ人口10万人当りの死者は、英国で102.7人、米国は98.4人、フランスは92.3人、ヨーロッパの優等生ドイツですら33.8人と日本の10倍に近いのです。米国の死者は、先週末で322,765人を数えていますから、第2次世界大戦の戦死者405,399人を抜くのは確実でしょうし、スペイン風邪の死者数に迫ることもあり得るかもしれません。これだけの被害の出た欧米世界、さらに南米やアフリカ大陸、さらにはインドやアラビア世界のcovit19への思いと、比較的被害軽度のコロナ禍後の世界に対する思いは大きく違うように受け止めねば」ならないでしょう。日本では、コロナ禍後の世界は、元の世界に戻れるだろうという理解が一般的なように思えるのですが、欧米中心に世界の趨勢は、100年前と同じく、我々はもう元の世界には戻れないのだ。これから世界は新しい現実と向き合っていくしかない。こういう受け止めが主流になって動いていくでしょう。その新しい世界がどのような形になっていくのか? 世界的な潮流に乗り遅れないようにしてゆかないと、さらに世界との距離が開いてしまいかねず、経済的にも厳しい立場に追い込まれかねません。我々も、もう元の世界には戻れない。新しい社会の形を模索しなければならない、そんな現実を受け入れざるを得なくなる日が近いかもしれない。年頭にあたり、こんなことを考えています。本年もどうぞよろしく
2021.01.01
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