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> 当時は長崎大学や嬉野温泉で仕事があったので、何回も行ったと思う。自分は長崎市内を観光した事があった。が、妻も子どもも初めてだ。最初は王道ルートがよかろう。長崎中華街に宿を取り、ネットで路面電車の一日乗車券を買った。朝から、グラバー邸、大浦天主堂、出島、平和公園、浦上天主堂、稲佐山と回った。詳細は省くが、グラバー邸は思っていたよりも全然よかった。長崎港の眺めはよく、庭園も綺麗。こういう公園や景色が楽しめる年代になったのだろうか。天気も非常によかった。長崎港に停泊中の客船やイージス艦もよく見えた。自分は教会の雰囲気が好きなので、グラバー邸そばにある大浦天主堂も、平和公園近くの浦上天主堂もよかった。浦上天主堂はもしかしたら初めてだったかもしれない。出島も初めてだった。そして何より予想外に素晴らしかったのが、稲佐山(展望台)だった。長崎は函館、神戸とともに日本三大夜景スポットとされる。摩耶・六甲エリアからの神戸の夜景はみたことがないが、函館山から見た函館の夜景は確かによかった。ただ、自分は観光としての夜景にはあまり惹かれない。今回も娘が写真を撮りたいと言わなければ、あるいは天候が少しでも悪ければ、山に登らなかったと思う。特に観光と天気の関連性は高い。この日の日の入は18:34。行ってよかった。登ってよかった。日が暮れてからの夜景はイメージ通り。灯りの数からして、函館と比べてどちらと聞かれたら函館に軍配が上がるかもしれない。それよりも東シナ海に(正確にははるか遠くの五島列島)に沈む夕日の素晴らしいこと! 夕日や朝日の最後の瞬間、緑色に一瞬だけ輝く現象は「グリーンフラッシュ(緑閃光)」と呼ばれるが、目視で夕日の中にグリーンを見たのは初めてだ。メガネの不調を疑ったくらい、くっきりとした緑! 一生忘れないだろう。(画像、映像には録れずだが、それでいいのだ)下山は下山で印象的だった。春休みで好天だったからか、インバウンド含めて登山客が多かったようで(行きは早めに登っていたので空いていた)淵神社駅までのロープウェイは1時間半待ち。しかも結構寒かった(苦笑 こういうトラブルは忘れないので、稲佐山は印象深い。
March 30, 2026
六十路近くなると、もうこの場所に来ないのでは、もう食べないのでは、もうやらないのでは、ということが増えてくる。老後を考えるからだ。例えば今回の長崎旅行。長崎空港を使ったのも、市内に泊まるのも、30年ぶりくらいな気がする。当時は長崎大学や嬉野温泉で仕事があったので、何回も行ったと思う。あれから機会なく長崎行きが30年に1回とすれば、次は90歳前後か。その歳だと旅行はしていない可能性が高い。いや、一泊や日帰りなら長崎訪問もあるかもしれない。ただ、今回は長崎に4泊もした。さすがに最後の機会だと思う。実は長崎は、毎年旅行先候補には上がりながら、毎回外れてきた。ここ何年かでいえば、場所の魅力で沖縄に競り負け、北陸新幹線の金沢・富山に負け、身近な海外である台湾に負け、USJの関西(大阪・神戸)に負け、香港ディズニーランドにも負けた。長崎はだいたい3〜4番手だったのだ。なぜ長崎が候補に挙がるかというと、ハウステンボスがあるからだ。大型テーマパークといえば、東京ディズニーリゾート、USJ、最近ならジャングリア(沖縄)やジブリパーク(愛知)、そしてハウステンボスあたりだろう。子どもが喜ぶ。ただしハウステンボスは、長崎市内からも福岡からもそこそこ遠い。花や風車の風景は有名だが、アトラクション系のパークではないので、2日間遊べる気がしない。周辺にも強い観光地があるわけでもない。加えて羽田・成田から長崎空港行きの便も多いとは言えず、旅程が限られる。つまり、茨城から長崎は、出かけるには少し中途半端なのだ。今回は計画がわりとギリギリで、逆に長崎が競り勝った。飛行機とホテルが空いていた。円安が進みすぎて海外旅行がしにくかった時期でもある。長崎空港から入り、市内観光、島原・雲仙、ハウステンボス、そして博多に抜けて福岡空港から帰る——そんな行程はどうだろう。息子も歴史で隠れキリシタンや出島を習ったらしい。実際に訪れれば、さらに興味も湧くだろう。それに3月なら、ハウステンボスのチューリップも満開で綺麗そうではないか。
March 28, 2026

いちごは、分類上は「野菜(果実的野菜)」だが、利用・消費面では「果物」として扱われる。農林水産省の定義では、2年以上栽培する木本・草本植物を果樹と呼ぶため、1年で収穫を終えるいちごは野菜に分類される。ここでは野菜として扱う。家庭菜園でも一般的なので、少なくとも年末には店頭に苗が並ぶ。スナップエンドウや大根などとともに、代表的な冬に育てる野菜だ。そのいちごは我が家では打率が非常に悪く、収穫できなかった。だからもう10年以上育てたことがない。数ができないうえ、実がついても路地栽培ではいろいろな生き物に食べられやすい。買った方が安くてうまいというのももちろんある。昨年末に一苗だけ買って、鉢植えしてみた。品種は「よつぼし」という。食べたことはないが、「甘味」「酸味」「風味」「うま味」の4つの要素が四つ星級であることが命名の由来のようで、濃厚な甘さと適度な酸味がバランスよく、コクのある豊かな香りが楽しめるという。どうせ育てるなら、店頭で見たことのないもののほうがよい。苗は普通に越冬し、3月中旬に可愛い白い花と小さな実をつけた。これは結構楽しみだ。家庭菜園は元を取ろうと思ったら、ある程度まとまった量を収穫しなければならない。いちごならば、少なくとも大粒で10粒は必要だ。それは無理そう。が、それだけが家庭菜園の楽しみではないので、経験を積んでいこうと思う。
March 21, 2026
義務教育を終えてからの、成人してからの、子どもの進路はドキドキする。と、自分が親になって初めてわかった。これが以前から、そして心からわかっていれば、要介護の老親にもっと感謝できたものを。こんなバカ息子を学費の高い私立の薬学部に進学させ、薬剤師の免許を取らせてくれた。薬学部受験の理由は特になかった。当時は「生涯困らない免許」が重宝され、「バイオ/アグリ」が流行っていたからだ。それなのにバカ息子は、その免許を使ったことがない。製薬企業に就職もしなかった。定期的に免許更新はするが、薬剤知識を更新していないから、この先も(つまりは)死ぬまで使わない/使えないと思う。大学を志望してから就職活動に至るまでの就職状況は、誰にもわからない。行きたい会社があっても、希望職種に募集がかかるかどうか。景気や社会情勢、技術革新、流行、そして雰囲気にものすごい影響を受けるのが就職なのだ。娘は、高校2年の頃からニッチな学部を志望していた。それだと大学の選択肢も狭まる。その学部に行かずとも志望業界に就職することはできると、大人目線で話もしたが、娘は昔から良くも悪くも自分の考えを変えない。最終的には当人が決めることだ。「志望業界の何になりたいのか」「何がしたいのか」まで高校で詰めたところで、情報の多い世の中だし、現実が見えてくれば思いも変わるだろう。大学や学部のブランドが将来のある程度を占める可能性はあっても、好き嫌いも得意不得意もある。大学受験システムは複雑で、古い自分にはよくわからない。大学入学共通テストを利用すると、その結果を使って複数の大学・学部に出願できるらしい。ここでケチっても仕方がないので、塾も受験もやりたいだけやらせた。非常に幸いなことに、そのニッチな学部と、予備的な一般的な学部の数校の合格をいただいた。よかった、よかった。そうしたら。一般的な学部に決めたと言うのだ。ええー そうなの? なんで?あの高校2年生からの、学校や塾を含めた進学相談はなんだったんだ? それならもっと違う大学の選択肢もあったのでは?と、喉まで出かけてグッと飲み込んだ。だいたい適当に進路を選んだ自分も、人のことを言えた義理ではない。でも、どうにかなっている。いざ人生の選択肢が広がるとそんなものか。娘が普段頑ななだけに意外だったが、学費がすごく変わるわけでも、通学場所が大きく変わるわけでもない。良しとしよう。進路は、最終的には当人が決めることだ。おめでとう。子どもの進路はドキドキするわ。
March 19, 2026
当時90歳の父親が心原性脳塞栓症で倒れたのは2025年1月31日のこと。あれから1年以上が経過した。その間に、3つの病院と1つの老健にお世話になった。怒涛の1年間だった。心の落ち着く時間はほとんどなかった。父と(すでに特別養護老人ホームに入っていた)母の介護が、頭をよぎらない日はない。双方の施設からの連絡は度々くる。何かあった時に家族へ連絡するのは、施設側の義務なのだと思う。例えば「転倒しました」「血圧が高いです」「肺炎の疑いがあります」「当人が⚪︎⚪︎を訴えています」「転院して精査しますか」「発熱が続いています」「褥瘡の相談をしたいです」「面会に来てほしいです」「手紙が欲しいです」「⚪︎⚪︎を買いたいです」「⚪︎⚪︎を購入してください」「リハビリ計画を合意したいです」などなど。その度に判断や行動が必要になる。連絡は基本的に8:00〜18:00の、先方の勤務時間帯に来る。つまり自分の仕事時間と重なる。おかげで何度会議を中座したことか。あるいは当日休んだことか。年休は今年分をきれいに使い尽くした。今は在宅制度で救われているだけで、次年度はおそらく介護休暇取得だな。つまり、何も解決していない。というより、80歳を超えて老人の心身が前年よりよくなることなどないと思う。よくなる/変わっていないと思っているのは当人だけで、介護する側との認識ギャップはかなり大きい。介護費用の問題からも逃れられない。毎月、信じられない金額が実家の資産から消えていく。母親は、ほぼ寝たきりの要介護4。会話や記憶は1年前より怪しくなった。声はか細く、被害妄想は以前よりずっと強い。以前からすべてにネガティブだけれど、明らかな妄想するような人ではなかったのに。今年に入って唯一よかったのは、オムツが使えるようになったことだ。頻尿なのに(本人の意思で)オムツを使わないのは、かなりの行動制限があったし、とにかく介護する側が大変だった。これでだいぶ景色が変わるかもしれない。一時的な改善でないことを祈るのみだ。一方、父の体調はジェットコースターのようだ。1年前は意識不明だったし、転院先のリハビリ病院でも十分な意思疎通はできなかった。それが10月に老健へ入居して以降、会話はずいぶん可能になった。何より口調がはっきりしてきた。老健に入居した10月以降のFIMやMMSEもよくなっているのかもしれない(施設確認していない)。ただし内容はいただけない。同じ話を繰り返す、思い込み全開、短期記憶はない。当人が偉かった頃の昭和の会社習慣がより強く出てきているようで、誰に対しても命令口調。怒りの感情もコントロールできない。周囲としてはため息しか出てこない。元気な高次脳機能障害患者が出来上がってしまったようだ。ただし身体の方は、老健に入る前、車椅子に拘束帯をつけていた頃の方が歩けたような気がする。今は一度車椅子に座ると、立つことはもちろん、他に移動することも難しい。当人には「〇〇ができない」という認識がない。だから結構な頻度で転倒の連絡が来る。以前と同じことができると思い込んでいるのだ。今も、家で一人暮らしできると口にする。91歳にしてこの「折れない心」には、ある意味感心させられる。父の要介護度は期間満了で見直しされた。制度上は改善していると判断され、要介護度は5から3になった。これで老健の月額は少し安くなる。ただし、逆に特養入居のハードルは上がってしまった。優先度が落ちたからだ。いいことばかりではない。
March 16, 2026

> 今回聴いたのは、フォステクス20cm × 2+ヤマハ ホーンツイーターのバックロードホーンだ。さらっと書いたが、この日 JAZZ & COFFEE 三州亭(ミスティ)の音が出たのは、入店してから1時間後だった。マスターは結線トラブルを疑って色々確認されていらしたが、原因は結線でなくスイッチだったような。自分はマッキンのアンプを使ったことがないから、口出しするのも、と黙っていた。ちなみに駆動側も名機揃いだ。ヤマハ GT-2000にシュアー V15 TypeⅢだったり。レコードはパッと見ただけでも数千枚はありそう。大量すぎて、リクエストした Gerry Mulligan のLPを、結局マスターは探せなかった。一定のルールで並べられているようだが、聴いた後にきれいに戻せていない気はする。自分で探してほしいと言われるも、Gerry Mulligan は見つけられず。 Sonny Criss をチョイスした。注文したコーヒーが出てきたのは、音出しから更に遅れること15分。ただ、そんな些末なことを責めているわけではない。ご高齢のマスターの時間に、客側が合わせるべき店だ。仮にトラブルがあってもオーディオ雑誌もあるから退屈することはないし、声かけすれば大量のレコードを拝見することもできる。三州亭は、たっぷり時間をとって訪問するところである。大好きな Sonny Criss / Go Man! を聴いた。アルト・サックス奏者 Sonny Criss が1956年に録音したハードバップ期の名盤だ。70年も前のアルバムに何を今更だが、曲に全くハズレがないから、もっと有名盤扱いでもいいのに。聴いたのは、初期日本プレスだと思う。バックロードホーン方式は、パリッとした高能率な音はするけれど、特別な何かがあるとは思わない。音の重さよりも見通しだし、硬質なアルトサックスもとてもよい。それにウエストコースト録音ながら、クールではなくかなり熱い。長岡鉄男式は自作だから一般性はないが、スピーカーユニットに対するエンクロージュアの物量が重んじられない昨今、それらは特長だろう。80年代長岡鉄男に触れなかったオーディオマニアはいなかったので、この音は自分には源流っぽい。いつまでも あると思うな JAZZ喫茶、だ。オーディオ人気はもちろん、JAZZ人気が高いとも思わない。大量のレコードは見るだけでも価値がある。行けるときに通っておくべき店の代表格、それが JAZZ & COFFEE 三州亭だ。
March 14, 2026

茨城県民は歩かない。だから、どこまでを近所と言っていいのか、いまひとつ分からない。ただストレスなくドライブはできるので、家から車で30分圏内なら、もはや近所認定でもいいのではないか。その“近所”にJAZZ喫茶がある。その名も「JAZZ & COFFEE 三州亭」。三州亭はミスティと読む。有名曲「Misty」から引用したのだと思う。ジャズ好きなら、そのメロディが頭をよぎるだろう。あまりに有名な曲なので、「ミスティ」という同名の店は各地にある。でも漢字を当てているのは、少し珍しいかもしれない。この三州亭、自分が知る限り、トップクラスで入店しにくいJAZZ喫茶だ。何せ、関東鉄道常総線というディーゼル鉄道の新取手駅下車。生活路線なので繁華街は皆無。店は駅のそば。ただしGoogle Mapがないと通り過ぎると思う。(それくらいの場所)ビルの2階はいいとして、1階は普段誰もいないフロア。灯りも付いていないかもしれない。(1階では月1回ペースでジャムセッションがあったようだが、2026年も続いているかは不明)1階の右脇の扉を開けると階段。それを上がっていく。ここも多分暗い。2階の上がり口、左に店の扉がある。だが扉に窓はなく、店内の様子は分からない。勇気を出して扉を開けると「ここは店なの?」という空間が広がる。しかもワンフロアでやたら広い。元キャバレーらしい。マスターお一人のみ。おそらく客もいない。広さの割に座席も少ない。お世辞にも片付いているとは言えない。つまり店に入るには、3回扉を開けなければならない。JAZZ喫茶だけでもためらうのに、こんなハードルの高い店があるとは。それでも「JAZZ & COFFEE 三州亭」を、我々はオーディオ雑誌で意外に見ることができる。それは長岡式スピーカーを使っているからだ。オーディオ評論家の炭山アキラ氏が(上記基準の)ご近所にお住まいなのもあるのかもしれない。だからステレオ誌の年1回の自作特集に時々顔を出す。手持ちの中では、2022年8月号「バックロードホーン スピーカーの世界」に紹介されていた。炭山氏とTOP WING 菅沼氏のお二人で訪問されていた。今回聴いたのは、フォステクス20cm×2発+ヤマハ ホーンツイーターのバックロードホーン。バックロードホーンはモノラルながら今も自分も使っているし、以前はそこそこ長い期間、長岡式スーパースワン D101Sを使っていたので馴染みがある。
March 12, 2026

Blogは予約日記のことが多い。つまり、かなりストックがある。今年に入って、特に仕事が忙しかったわけでもないのに、子どもの進路とか(解決)、親の介護とか(未解決)、その他諸々の小さな不安(未解決多し)などが重なり、久々に予約日記が尽きてしまった。そしてX投稿とともに、Blogを更新する気も失せた。ただ、予約日記の手前の下書き保存は今も多い。だから下書きを仕上げればいくらでも出せる。オーディオ関係も、表に出していないだけで何気に品を買っている。予約投稿に割り込むのは季節ものだ。前回ならバレンタイン。家庭菜園の話も、時期をずらすと後から自分が見返したときに分からなくなる。だからこの手の話題だけは、わりとリアルタイムで上げている。なんでも、行動がやる気を生む。一回1,000字目安にはしているものの、リハビリで短文から再開し、徐々に更新ペースを取り戻したいと思う。春っぽい話を。いつの頃からか、庭につくしが生えてくるようになった。胞子が飛んできたのだろう。まさしく野草だし、傷みやすいので店にはまず売っていないと思う。茨城に越してきたばかりの頃は、物珍しさもあって、食べるために取りに行ったものだ。味は相当に苦い。プロ向け食材と言っていい。逆に、庭に生えてきたものは食べない。煮るとずいぶん小さくなるので、意外と量が必要だからだ。庭だけでは足りない。気づくと生えているので、傘が開く前の可愛いつくしを毎年見かけるかというと、そうでもない。庭は毎日見るものの、つくしの生える(一定の)場所には行かないからだ。今年はいいタイミングでiPhoneに収めることができた。次から次へと生えてくるとはいえ、丈の低い最初の状態を見られるのは多分数日もない。だから、ちょっといい気分なのだ。
March 7, 2026
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