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>まずはそれらを済ませ、その後に金融機関対応へ。四十九日などの法要、>相続手続きと続けようと思う。専門家の力も借りないと厳しそうだ。母の葬儀の際にこう書いたが、実際にはもっと細かくやることが発生する。役所の対応年金事務所の対応葬儀や法要費用の支払いの家族協議(経緯書の作成)葬儀費の支払い証券会社に死亡連絡通帳から引き落とされるもの(保険、カード)の停止連絡・手続き四十九日法要の日程・場所決定位牌の発注法要の案内香典返しの決定・発注などである。少なくとも忌中に絶対必要なのは最初の1、2程度で、あとは各家庭の状況や宗教によって変わると思う。相続手続きなどは、この後で進めることになる。(ただし、法定相続人が相続放棄する場合は3ヶ月以内)母は遺言書を残さなかったため、父との相続合意がスムーズにいくかどうかが一つのポイントだと思う。一方、実家で書類整理をしていて、気づいたことがあった。父母自身が手をつけたくなかったことが、なんと40年以上放置されていたのだ。専門家に相談した形跡も、まだ見つけられていない。心配性だった母である。ずっと心の棘となっていたと想像できる。そして黙り続けた。とはいえ先送りされた問題に対峙するのは、結局 当人達より後に残る子どもで、悩ましい宿題が一気に表に出てきた。闇の書類一式はぐるぐると紐で括られていたので、徹底的に失態を隠したかったことがうかがえた。当時主導していたであろう父の責任は大きいが、今の年齢と病状となっては記憶違いも多く、把握は難しいと思う。それでなくとも、昔から去勢を張る人で、自分が若かった頃のミスは認めないだろう。こうなると(もう叶わないが)叔父のように遺言書を残し、遺産整理しておいてほしかった。ちなみに、仮に遺言書を書かないとしても、残された側としては、少なくとも短期的に、以下は明確にしておいてほしいと感じた。これだけで喪主の負担はかなり変わる。宗教及び宗派、希望なしならなしで意思表示死亡連絡してほしい人銀行口座、証券会社口座以外の財産お墓、埋葬方法、埋葬地自分ははっきりさせておこう。四十九日法要は、戒名をつけていただいたお寺で無事に終わった。わけあってお墓を決められていないので。納骨は先の話。ここまでは葬儀会社のサービスの流れに乗った形だ。これからいよいよ「相続」と「お墓」という、本丸に入る。お墓に期限はないが、相続には10ヶ月という期限がある。
May 17, 2026
こんなBlogに書くよりも、通販先サイトの商品レビューに書いた方がよほど有用だとは思うが、一応。> MATIMARUの不織布コンポストの続報だ。前々回報告は購入時の2025年7月だった。次が9月。複数回は出来上がった堆肥を土に漉き込み、中身を空にした。だから野菜を作るための肥料は購入していない。つまり非常に役立った。今育っている野菜も、コンポストの肥料のお陰かもしれない。あれから7ヶ月以上が経ち、冬を超えた。秋には落ち葉が大量に出たし、野菜の残渣も多かった。サツマイモのツルなんて手に2回抱えるくらい。それら全てを不織布コンポストにぶち込んだ。草も抜いたし、刈った。春は春でバケツ何倍分もの花びらを咥え込んだ。米ぬかも発酵促進剤も基材商品も入れた。それでも裁ち鋏を入れて少し細かくし、かつ時期をずらすと、57Lのコンポストは全く一杯にならなかった。残渣自身の自重(重さ)がかかるので圧縮されるし、水分も抜けるし、分解されて体積は小さくなっていくからだ。つまりコンポストは大変良いものだ、とわかった。一方で、MATIMARUの不織布コンポストを一年弱使ってわかったことがある。容量 57Lは大きすぎた。我が家は一軒家なので、それなりの落ち葉も草もあるが、それでも57Lは大きかった。隙間がある方が撹拌しやすい利点はあるけれど、この下のサイズの33L、24Lで十分だ。というか、それを複数個持つ方が、よほど効率よく作業できると思う。 ファスナーはダメ(要改善) 不織布は極めて丈夫である。嫌な臭いもしない。ブラックを使えば汚れが目立つこともないだろう。コバエのような虫は0にはならないが、不快な数ではない。宣伝文句に嘘はなかった。 一方で、MATIMARUの不織布コンポストは残渣を入れるためには、あるいは肥料を出すためには、ファスナーの開け閉めがメインの構造である。しかもファスナーが円を描いているので開けづらい。このファスナーがどうやってもゴミを噛み、開かなく/閉められなくなってしまう。 ファスナー異常で、不織布コンポストは結局2年目は迎えられずに、使い捨て商品になってしまった。 鉄製品はダメ(できれば改善) ペレットとか、ところどころ鉄が使われている。屋外商品であり、半年で錆びてしまった。ファスナーほどのダメージではないが、改善してほしい。というわけで、良いものだったのにファスナーが壊れたばかりに使えなくなってしまった。時期的にすぐに、スナップエンドウやジャガイモの残渣が出る。2代目不織布コンポストを探しているところだ。
May 14, 2026

経験上、夏野菜の収穫量を上げるには、ナスでもキュウリでもトマトでも、ゴールデンウィークまでには植えた方がよい。4月中旬を過ぎるとさまざまな苗が出回り始めるし、プラスチック製の苗ドームを使えば防風・防寒もある程度対応できる。なぜ早く植えると育ちがいいのか。はっきりした理由は分からないが、初期の生育期間を地面で長く確保できるからだろうか。子育てと同じか?ただし、土地に空きがない。植えた春ジャガイモは収穫がどうしても5月下旬〜6月上旬になる(今年の目安は5月26日頃)。加えてスナップエンドウも5月中旬までは十分収穫できるため、理想通りにはいかない。スナップエンドウの支柱やネットもキュウリと共用しているからだ。花付きが落ちた株から順に引き抜き、キュウリに植え替えていく方法もあるかもしれない。連作についても、本来は避けたいが、この広さではやむを得ない。今年は玉ねぎを植えなかったので、間隔をしっかり取っても苗6本分ほどの空きがあった。それでもナス4本とピーマン2本が限界か。体がうずいて、ホームセンターへ向かった。ナスとピーマンに加え、鉢植えでも大きく育てられるゴーヤ、それにサツマイモ(紅はるか)を購入した。毎年ではないが、今年は高さ10cmほどの畝も作った。先に畝に植えたジャガイモは、葉はよく茂っている。肝心のイモは掘ってみないとわからない。昨年はナスとゴーヤが大豊作だった一方、キュウリは平年並み、トマトとピーマンは期待に届かなかった。今年はどうなるだろうか。そうそう、久々のいちご(よつぼし)は、結局4粒ほど採れた。味は店頭品にないくらい甘かったが、この収量では流石に....。観賞用としてはいいと思う。今はツールが伸び回っている。
May 9, 2026
そこそこ長かったGWだが、忌中でもあり、あまり騒ぐのもどうかと思った。それに3月に長崎旅行をしたこともあって、2ヶ月後に遠出もしにくい。近場で...アウトレットでも行くか。久しぶりに三井アウトレットパーク木更津でもどうだろう。コロナ禍前に行ったきりだと思う。電車で行く、高速バスを使う、あるいは圏央道で遠回りするなど、いくつか選択肢は考えたうえで、当日の渋滞情報から最短距離・最短時間の、首都高〜アクアラインで行けると判断した。朝7時半に家を出た。これが完全に読み間違えた。羽田空港付近からまったく動かない。驚くほど動かない。ナビで見ると海ほたる周辺までが詰まっており、いわゆる海ほたる渋滞のようだ。みんな、そんなに行きたいのか、海ほたる。羽田の時点ですでに出発から3時間。この先の見通しも立たないとなると、さすがに心が折れた。というより、薬の影響もあってトイレが持たない。この先アクアラインに突入するとSAもない。渋滞を理由に目的地にたどり着けなかったのは、20年ぶりくらい。みんな、すまん。首都高を引き返すことはできないので、行き先を羽田のさらに先、川崎方面に変更した。とはいえ、急に行き先を変えても観光先は思い浮かばない。横浜の実家も考えたが、鍵を持ち合わせておらず入れない。川崎大師くらいか。川崎大師、そう、自分がまだ実家に住んでいた頃は、両親と初詣といえばここだった。今でも日本有数の参拝者を集める場所だ。参道では、飴を切る包丁のカンカンという音がリズムを刻み、金太郎飴や咳止め飴を売っていた。だるまも買った記憶がある。家にはだるまがあった。懐かしい。ただ懐かしいのは「川崎大師に参拝した」と「飴が有名」と「だるまを買って帰った」ということだけで、参道を歩いても、境内に入っても、お寺を見ても、全く何も思い出さなかった。周囲の景色が変わったのか、それとも単に自分が忘れてしまったのか。40年も経てばそんなものかもしれないけれど、何度も来たはずなのだが。参拝し、御朱印をいただいた。次に来るのはいつだろうか。こういう出先のアクシデントの方が記憶には強く残る。今日の景色も、この先ふとしたときに思い出すかもしれない。ちなみに——。三井アウトレットパーク木更津にたどり着けなかったのがあまりに悔しく、翌日あらためて挑戦した。圏央道経由で遠回り(40kmほど余計に走る)するルートだ。7時半に出発して、10時過ぎには予定通り目的地に到着できた。この日は強風でアクアラインが封鎖された日でもあった。千葉市内もその影響なのか大渋滞で、結果的に遠回りは正解だった。アウトレットでは鬱憤を晴らすように爆買いした。この圏央道ルート、帰りに酒々井(しすい)プレミアムアウトレットにも寄れることに気づき、実際に立ち寄ってみた。酒々井は、よく行くあみプレミアムアウトレットと同じ運営会社で、レイアウトにも馴染みがあり回りやすい。同日に2か所のアウトレットを回ってみて気づいたが、同じブランド(たとえばDIESELやCAMPER)でも、品揃えは似ているようで違う。イベントによって値段も違いそう。つまり、どちらが正解ということはなく、近い方から攻めるのが正解なのだと思った。木更津が店舗数が多く観光にもよいが何せ遠い。酒々井の方が自宅からはだいぶ近いので、今後はこちらを積極的に使うとよさそうだ。いい発見だった。
May 7, 2026

> そして何よりゆずに金柑が実ったら面白いではないか。金柑は大きめの鉢に植えてあり、実をつけるまで何円もかかった。ゆずも時間がかかったのは同じだが、地植えは何せ大きくなる。そして樹勢が強い。この樹勢に金柑もあやかりたい。昨今YouTubeという便利な勉強先があるので、この手のことを調べるのは難しくない。民間ではなく、東京都島しょ農林水産総合センターのカンキツの接木を参考にした。必要な資材も資材(ポリビニール系の接合テープ、メデールテープ、癒合剤や樹木切り口保護剤であるトップジンM ペースト)もこのサイトの紹介の通りのものを発注した。2年前のYouTubeなので今は新製品が出ているのかもしれないが、公共機関の実績に頼ろう。1. 3月くらいに穂木を取る。作って冷暗所に保管する。2. 穂木を鋭角にカットする。3. 節電面にかからないようにメデールテープを巻く。4. 台木に切り込みを入れる。5. 入れた切り込みに穂木を刺し、接合テープを巻く。6. 差し込み口にトップジンMを塗る。7. これを複数行う。と書いてみれば簡単だが、やってみると難しい。テープを巻くにしても経験が必要だった。本来は台木の不要な枝葉を落とした方がよいそうだが、ゆずを丸裸にもできない。また、ゆずと金柑の枝の太さが違いすぎて(穂木が細い)、うまくいくかどうか。答えが出るのは1年以上後、実を付けるとしたら2年後となる。いずれにせよ、何回もチャレンジしてみるつもりだ。
May 5, 2026
柑橘類は、植えてから実がつくまで時間がかかる。一旦結実し始めると安定するのだが。その柑橘類、接木ができると昨年TVで知り、非常に興味を持った。うちのゆずではない柚子は、2025年は超好調で、味はまた変わってエグ味はさらに減った。そして非常に丈夫だ。この丈夫な枝を間借りし、金柑を継げないだろうか。鉢植えの金柑もたくさん実ようにはなったが、鳥に目をつけられたようで、遠慮なく食われてしまう。ゆずに紛れさせれば鳥に食べられないかも、そして何よりゆずに金柑が実ったら面白いではないか。うまくいけば、だが、柑橘類の接木には以下のメリットがあるとAIは回答した。収穫までの期間を劇的に短縮する種から育てる実生苗(みしょうなえ)とは異なり、親木の成熟した細胞を移植するため、結実までの年数が大幅に早まる。早ければ翌年には収穫が可能だ。強健な根による環境適応力の向上鬼ゆずは寒さや土壌病害に対して強い耐性を持つ。この根系を土台にすることで、金柑単体で育てるよりも冬の寒さや根腐れに強い個体へと進化する。コンパクトな樹形での多収穫(矮化効果)鬼ゆずを台木にすると、枝の徒長を抑えて樹形を低く保つ「矮化(わいか)」の効果が得られる。限られたスペースでの栽培が容易になり、収穫や剪定の管理コストも激減する。養分吸収の効率化による果実の安定鬼ゆずの強力な吸肥力を金柑へ供給することで、果実の肥大が促進され、収穫量が安定する。生理落果の軽減も期待できる。1本で2種類の収穫が実現する鬼ゆずの枝を一部残して接ぐことで、同じ木から「巨大な鬼ゆず」と「小さな金柑」を同時に収穫できる。鑑賞価値と実用性を兼ね備えた唯一無二の樹木が完成する。💡 結論:鬼ゆずは金柑のポテンシャルを最大化させる最高の土台である。必要な資材を買って、やってみよう。
May 3, 2026
半年以上前に自分が受遺者となったことを書いた。それが今どうなっているか、報告しようと思う。「受遺者」とは遺言書に遺贈先として記載されている人のことで、「遺贈」とは法定相続人以外の個人や団体に財産を無償で譲る行為を指す。亡くなったのは叔父で、自分は法定相続人ではない。ただ、叔父の遺言書に、預貯金のうち⚪︎分の1を自分に遺贈する、と記載されていたのだ。ありがたいことだ。> 漫画やドラマで、「遠くの親戚が亡くなって遺産が舞い込む」> みたいなシーンがあると思う。そんな体験をする人は極めて少ないこういう経験は本当に少ないと思う。少し前に、遺言執行者である司法書士から、遺言執行および相続手続きに関する書類が届いた。故郷の家庭裁判所で検認を受けた、叔父の自筆の遺言書(写)が同封されていた。母は遺言書を残さなかったし、実物を見るのは初めてだ。普通に生きていたら、遺言書もドラマや映画でしか目にしないものだろう。立派な遺言書だった。頭が下がる思いがした。感動を意図した文章ではないのに、読んでいて心に沁みた。財産の分け方、遺贈の内容、ご自身の葬儀や納骨のこと、先に亡くなった奥様への思い。遺言書とはここまで人の心を打つものか。終活とは本来こうあるべき、と一つの目標にもなった。遺言書は亡くなる直前に書かれたと思っていたが、令和3年に作成されていた。つまり、亡くなる何年も前から整理されていたのだ。これが考えるのは簡単だが、なかなか実行できない。すごい人だと思う。(比較するのは気が引けるが、それに比べて、口だけで何も実行できなかったうちの両親は…と、どうしても頭をよぎる)記載されている相続人・受遺者の中には、その後亡くなった親族も含まれている。相続人の合意に基づいて分割方法を決定し、遺言の執行と並行して手続きを進めるとのことだ。その合意に関する手続きは済んだ。遺言書に記載された相続・遺贈の内容に、同意しない人はいないだろう。本件はあと数ヶ月で全て終わる。遺言者である叔父の意思を、できる限り尊重したいと思う。そして帰省して、お墓参りするつもりだ。
May 1, 2026
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