2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全16件 (16件中 1-16件目)
1
・5.29.土昨日は朝の女声合唱団の練習はなく、午後の阿波座グループレッスンと、混声合唱団。数日前の急な温度の変化のせいで、多くの人が風邪を引いている。レッスンでも、風邪気味でありながら来られる生徒さんが後を絶たない。結局正常な声が出ず「風邪を引いた時は声を出さないのが一番ですよ」と僕に言われ帰ることになる。以前も説明したが、鼻が出る、喉が痛い、咳が出るなどの症状が少しでもあるということは、何処かに炎症があるということであり、声帯の周りが腫れていなければいいという問題ではない。いろんな部分が思うように動かなければ、結局声帯への負担が掛り、結果声帯まで炎症を起こすことになるととても長引く。それに周りの人への感染の問題もある。そのために我がCAでは、振り替えレッスンを必ず実行するようにしている。「このレッスンを逃しては」などと思う必要はないのだ。このことも幾度となく説明して来たが、効果はないみたいである。今日は朝の女声合唱団と、NSK混声合唱団。このところ数日僕の目の下にクマが出来ていて、余りに酷いので周りに指摘されていた。NSKの後心斎橋の鍼灸院に寄り、そのことを尋ねてみると「ああ、それは寝不足です。寝ているつもりでも、その眠りの質が悪いんです。きちんと眠れていないんですね。脈を診る限り、陽が強すぎて陰が少な過ぎます。すなわち、気が上がったまま生活されていることになります。眠っているときも脳が仕事をし続けているんです。ずっと強く考え事をされているのでしょう。「睡眠導入剤なんかを飲んでもだめなんでしょうね?」「薬は結局逆効果です。薬を飲んでもきちんとは眠れていないんです。それに胃の粘膜を荒らします。粘膜というのは、大事な陰の要素です。陰を失えば体の水分を失くし、声にも影響があるでしょうね。お肌の潤いもなくなります。10分の昼寝でもいいので寝て下さい。とにかく今の茶木さんには睡眠です。」確かに合唱指導の後などは、気が高ぶってどうしようもない。難しい問題だ。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.29
コメント(2)
・5.26.水朝のテレビでは、連日事業仕分けについての話題。確かに事業仕分けで無駄な物がどんどん中止され、結果税金の無駄使いは減るかもしれない。しかしどうやら、各団体への官僚からの天下りに渡る給料と退職金の金額は変わらないのでは。下りる予算が減らされる分何処に皺寄せが行くかというと、天下りの連中ではなく、末端の公務員職員である。天下りのためにちゃんと逃げ道がこしらえてあるのかも。政治家と官僚の癒着は、そう簡単に断ち切られないだろう。「菊池屋、お前も悪よの!いえ、お代官様ほどでは フフフ」てな具合に。やりすぎぐらい疑って丁度ぐらいなのがこの国である。最近来られるようになった一人の新しい生徒さんから今朝メールがあり、音声学の先生の所で診察を受けた結果をご報告下さった。僕が聴いた限り、肉体的な問題がある可能性があると判断したから、診察を受けてみることを勧めたのだ。肉体的問題とは、もちろん声帯のことだ。ラッキーなことにポリープや結節などはないようなので、一応ほっとした。長年の間間違った歌い方で声帯や筋肉を酷使した結果、簡単なことでは正常な働きができないところにまで来てしまったようである。若い時にはどんな酷使でも体が持ち堪え、また周りからそれなりの賞賛を受けていると、なかなか悔い改めることにはならない。しかし、年齢に随ってそんな無理は続かなくなる。皆年を取って、初めて正しい道を歩かなければ仕方がないことに気がつくのだ。僕は、この生徒さんが一人の被害者であることを言いたい。今までの生徒さんを指導することになった数人の先生方が、誰一人その発声について戒めなかったことを。こと発声法となると、日本の指導レベルは怖ろしく低い。それで皆音楽的指導に逃げているのが現状であるように僕には思える。もちろん発声法とは雲を掴むような話で、何処に正しいマニュアルが存在するかというと、そんなものは何処にもない。でもそこから目をそらさず、常に生徒と指導者の二人で探し求める努力が必要ではと思う。そこに何が必要かというと、指導者の経験と優れた耳、生徒の優れた感覚と根気だ。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.26
コメント(1)
・5.24.月昨日日曜日は、朝から京都府木津町の合唱団に臨時指導に伺う。前日がとても暑かったので、うっかり薄着で出かけ、すっかり体が冷えてしまった。練習を終えてから、団員の皆様とお茶をする。とにかく自然の多いところで、お店というものがほとんどなく、お茶をするにも限られた店しかない。今日の午後のグループレッスンで、一人の生徒さんが新しくICレコーダーを購入され見せていただく。このICレコーダーは僕が推薦したもので、常々良い音で録音できるICレコーダーを探していて、専門機器ではないが、意外とオリンパスのものが高品質であることを発見して、生徒さんから機種の相談を受けたので推薦してみたのだ。普通のICレコーダーよりも随分大きく重く、マイクが角のように出ていて、¥40,000ほどする。高音質の外部録音の需要がないため、どのメーカーもさほど研究を進めない。MDが廃れた今、それに替わる録音機が求められる。今日のレッスンを録音したものを聴かせてもらうと、MDに負けずとはいかないにしても、なるほど良い音だ。僕も購入を考えよう。夜は混声合唱団。指揮者の先生(92歳男性)が二度目の脳梗塞を起して倒れられ、一週間入院した後、今日何事もなかったように元気に練習に見えた。信じられない強運の持ち主である。練習の冒頭で挨拶され「来年第6回定期演奏会を行って、二年ごとの演奏会が第10回を数える時には僕は101歳ですよね。その辺までを目的にしますので、皆さんもそれまでお元気でいて下さいよ」とおっしゃり、大きな拍手が起こった。退院して来てすぐにそんなに前向きに言い切れるエネルギーに感服する。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.24
コメント(1)
・5.21.金昨日木曜日は、6月6日に本番を控えた合唱団のソリストとして、朝の練習にお邪魔して合わせをする。1時間半ずっと歌い詰めで、リサイタルを終えたような気がした。その後阿波座でグループレッスン。チェコのプラハを旅行されていた生徒さんから、向こうのいろんな土産話を聞く。また別の生徒さんが、ワルツ堂でフィッシャー・ディースカウのシューベルト歌曲全集のCDを買って来て下さった。昔僕が学生だったころは、21枚セットのこの全集が4万円であり、手が出なかった。今はワルツ堂で7千円。しかしまあこれだけの曲をよく録音したものだ。ディースカウはシューベルトだけではなく、他の作曲家の歌曲も随分たくさん録音している。執念としか思えない。「ほとんど誰も演奏しない埋もれた曲まで、自分が音で残さねば誰が残す」というような思いがあったのだろうか。でも演奏には100パーセントの好感が持てるとは言い難い。夜はCAC混声合唱団。font color="#6565FF">●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.21
コメント(0)
・5.19.水朝から心斎橋の鍼灸院。少し早く着いたので、向かいにあるカフェに入ってコーヒーを飲む。カウンターの中では若い女性が3人ほどで働き、中に必ずアジア系の女性がいる。とても流暢な日本語で僕を席に案内してくれ、注文を取る。大きなカップのコーヒーと、あんパンを注文。この店は特別コーヒーに拘っているような店には思えないし、チェーン店みたいな感じだが、いつもそのコーヒーの美味しさに驚く。美味しいコーヒーに巡り合って幸せな気持ちになれるというのは、そう度々あることではない。治療中にまたまた黄砂の話になる。黄砂の影響で、頭痛を訴える患者さんが多いためである。「砂だけならいいのですが、もちろんそこにいろんなものが付着しています。中国や韓国の工場の化学物質もですが、それだけではないかもしれません。長い道のりで様々なものを含むのです。そして意外な問題は、今日のように雨が降っている時に、そのような物質が水と化学反応を起し、何かに化ける可能性があるということです。雨の日こそ怖いということも考えられる訳です。」全く、鎌倉時代の蒙古襲来以来の日本のピンチである。その後ライトハウスに寄って、先日折れた白杖の代わりの新しい杖を購入する。¥4,500と、これも度々となるとたまったものではない。ライトハウスの近くのレストランに入り昼食。有形文化財の建物をレストランカフェにして、滋賀県高島市の鵜川という土地の農家で栽培された有機野菜を使った料理を出す店。ポリシーが感じられる店であった。その後阿波座にてアンサンブルクラス。皆さんの譜読みも進んで、そろそろ立ち稽古に入ることができそう。本番は来年年明けぐらいだろうか●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.19
コメント(2)
・5.18.火朝は自宅グループレッスン。午後から富田林での出張グループレッスン。その後阿波座にて夜のグループレッスン。その前に、ラフマニノフが自ら演奏している、ピアノコンチェルト第2番のCDを聴く。もちろん録音は古いもので、雑音の入るモノラル録音であるが、その優雅で繊細でロマンティシズムに溢れる演奏に溜息が出る。其々の人の心に深く染み込み、ある特別な懐かしい場所のようなところに引きずり込むような魅惑的な音楽。どうしてこのような、神がこの世に降ろしたもうたような音楽を生み出すことができるのだろう。彼の精神がある意味破壊されてしまうのも分るような気がする。精神病の苦しい淵で、多分人に見えないものを見ていたのだろう。また、アメリカに亡命していなければ、彼の音楽もまた花開かなかったかもしれないような気もする。その後同時に購入した、ルービンシュタインの演奏するラフマニノフのピアノコンチェルト第2番も聴いてみる。名ピアニストと言われたルービンシュタインの演奏は、厳格で確実で、自信に満ちた指の動きと力強い音。しかしそこには、苦悩や敗北や弱さや繊細さというものは余り感じられない。自信と確実さだけが目立つその演奏は、僕の好むものではなかった。その後もう一度ラフマニノフ自身の演奏するものを聴いてみる。無条件ですばらしい。この録音は1929年とある。彼は1873年の生まれであるから、56歳の時の録音ということになる。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.18
コメント(0)
・5.17.月昨日の夜のETV特集は、水俣病と戦う人々と、50年近く掛けて水俣病と患者に向き合って来た一人の医師の話。水俣病確認から54年が経ち、子供だった患者も今や50代。政府の患者への保障は遅れに遅れて、先日ようやく法案が通った。しかしたった3年の間にだけ受け付けるという条件付である。本気で掘り起こせば、どんどん患者と認定される者は増えて行くと踏んだからだろう。世間体を考えて、また差別を恐れて名乗り出ない人。自分の障害が水俣病だとは気付いていない人などが多くおられるという話。原田医師(75歳男性)は、50年近い年月、文字通り生涯を懸けて被害者の側に立って活動されて来た。政府と戦い、国に守られた企業と戦わねばならなかった。とにかく、僕がいつも思うことだが、この国というものを我々はもっともっと知らねばならない。日本という島に暮らす人々の生命や幸せや子供たちの将来まで、平気で奪い抹殺することを少しも非人間的だと思わないのがこの国である。民主的、平和的、先進的とは到底言えない。経済だけ発展して、それが何の先進国だろう。これではどこかの独裁主義国と何一つ変わらない。すべては、化学物質に頼る我が国の現在の儲け主義から来るのだ。今日は午後のグループレッスンと、夜の混声合唱団。昨日は一日日本シューベルト協会の話し合いで、疲れが溜まって来た感じ。そろそろ三ヶ月に一回の韓国料理ツアーの時期かもしれない。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.17
コメント(0)
・5.15.土午後のグループレッスン。土曜は教員の皆さんのクラス。名古屋からお見えの生徒さんもおられ、集中した、また成果のあるレッスンとなった。名古屋からわざわざ来られてたった二時間のグループレッスンとは短いと思うが、子供さんも待っているので仕方ない。「今度泊りがけでレッスンに参加される計画はいかがですか?それまでにこちらで子供さん二人をみてくれる託児所のような場所を探さねばなりませんね」「それは良い考えです。学校が夏休みに入ったら考えてみます」と言って、また新幹線で名古屋に帰って行かれた。夜はCAC混声合唱団のパート練習。皆さん相当家で練習して下さっているらしく、ほとんど問題なく練習が進んだ。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.15
コメント(2)
・5.14.金昨日帰りに南海電車が人身事故でダイヤが乱れ、22時の河内長野発のバスに乗れず、タクシーで帰るはめになった。今日朝のバスの中で、お年寄りが「昨日の千代田駅の事故は悲惨でしたな」と話していたので、もしやと思い携帯で昨日の事件を検索してみた。「南海高野線の千代田駅で、高校生の女子二人が線路を越えて向かいのホームの友達のところへ行き、再び自分たちのホームに線路を越えて戻って来る際、快速急行にはねられ、一人の子が死亡」とある。この事件は全国的に報道されたが、僕は「また千代田駅か」と思った。河内長野駅から各停で一つ市内の方にあるこの千代田駅は、以前にも紹介したがとにかく事故の多い駅である。事故というか、自殺が多いのだ。ホームから飛び込む者。ホームから少し難波寄りにある陸橋の上から飛び込む者。一年の間にかなりの件数がある。陸橋の片側は閑静な住宅街。線路を越えてもう片側は、古い墓場である。ほんの一瞬のタイミングの重なり。ふとしたその場の思いつきと行動が、その子の命をその時点で終わらせる。若く暖かく柔らかなその肉体は、気が付けば分水嶺を越えてしまっている。命とは、本来全く危うい所に不安定にぶら下がっているものなのだ。朝の女声合唱団の後、奈良に向かい菖蒲池公民館でのクラス。その後混声合唱団。帰り千代田駅を通過する際はすでにその事件のことは忘れ、もろもろの自分自身の問題について考えを巡らせていた。こうやって、あっと言う間に世間からはこの事件は忘れ去られていく。会ったことも、見たこともないその少女のご冥福を祈る。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.14
コメント(0)
・5.13.木朝奈良へ向かうため天下茶屋を歩いていると、突然横から男性が僕の前を横切り、白杖を蹴飛ばした。杖は勢いで見事にへし折れた。僕はその場に立ち止まり、さてどうしたものかと考えていた。折れた杖で奈良まで行くのは難しいし、何処でガムテープを手に入れて応急処置をしたものかと。しばらくして(時間にしてまるまる1分ほど)先ほど杖を蹴飛ばした男性(30代半ばぐらい)が恐る恐る現れ「すみません、どうしましょう、とりあえず駅でガムテープを借りて繋げます」と言って処置してくれた。彼は何処かでじっと僕の困った様子を眺めていたのだろう。「これ、弁償させて下さい、僕が買って来ますから住所をお教え下さい」「いいえ、貴方だけが悪いのではないし、こういうものは消耗品ですから、気にしないで下さい」と言って別れた。彼は最後まで住所を教えて欲しいと言っていたが、その誠意だけで充分であった。菖蒲池のうどん屋の後、学園前の西部公民館にて奈良クラスのレッスン。菖蒲池の公民館から、少しずつ西部公民館へのレッスン会場移動を図っている。しかし西部公民館は人気が高く、簡単には継続して部屋を取れない。今日借りた音楽室は、壁に吸音材の穴が細かく空いた響きのない部屋で、その上カーペットが一面敷いてある。全く響きのない部屋で歌うことは声に余り良くない。でも贅沢は言えないので、気を付けながらのレッスン。その後その部屋を使って、NSK運営委員会ミーティング。10月に控えたファンドレイジングコンサートについての、細かい決め事。来年6月に予定の、第二回NSK第九を歌う会に向けての予算のことに付いて。その他もろもろについて意見を交換する。その後続けて、NSK混声合唱団の練習。10月のコンサートで、演奏する曲の譜読みが滞っている。例によって、秋はあっと言う間にやって来るだろう。応急処置された折れた杖で、注意しながらの帰宅。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.13
コメント(0)
・5.12.水アドルフ・アイヒマンのサイトをもっと読み進める。ある日ヒットラーから命令を受け、ドイツ各地に設けられたユダヤ人収容所を視察し、ユダヤ人の処刑を見学する。アイヒマンはそのことに大きなショックを受け「こんなことを続けていては、若い兵士をサディストに仕立てるだけだ」と非難している。にも拘わらず、その後ユダヤ人最終問題としてアウシュビッツでの責任者を任されると、彼はその命令に忠実に従い、任務を遂行している。ドイツの敗戦が決まり、彼はアルゼンチンに逃亡し、何とそこで15年間家族と暮らす。そして1961年に逮捕されて、イスラエルで裁判に掛けられる。これが歴史的に注目されたアイヒマン裁判である。なぜドイツでもアメリカでもなく、イスラエルなのかよく分らないが。そこで「私はただ上官の命令に従っただけだ、一人の死は悲劇であるが、大量の死は作業に過ぎない」という言葉を残している。「ナチスがユダヤ人に行なったことをどう思うか?」という質問には「極めて遺憾である」と答えた。子供時代暗い顔をしているというだけで、周りからユダヤ人のようだと苛められ、勉学がおぼつかず学校を卒業できず、仕事もうまくいかず転々と職を変え、ナチ党に入ってやっと認められる成果を出すことが出来た。ユダヤ人担当の任務で上から認められたことが、彼にとっては代えられぬ喜びだったのではないかと僕は想像する。彼が逮捕された際、どんな凶悪な男が現れるのかと皆思ったが、実際は獄中でトイレや部屋を毎日神経質に掃除する、どこにでもいるただの男だった。1962年に絞首刑される前に「何か望みはないか?」と尋ねられ「ユダヤ教に入りたい」と答えた。「どうして?」という質問に「そうすればもう一人ユダヤ人を始末できる」と答えたという。ユダヤ人への憎しみとも取れるし、ユダヤ人への謝罪の気持ちとも取れる。しかし、当時各地でユダヤ人虐殺は行なわれていた訳で、アイヒマンだけが非人道的であった訳ではない。僕がドイツに住んでいたころに感じたことだが、彼らの性質として、上から与えられた責務に対して疑問を持たず、速やかに任務を遂行することに命を懸けるだろうことは想像できる。オウム真理教の信者が、何の疑問も持たず、上からの命令に従ってサリンをばら撒いたのと同じである。何かにつけて、日本人とドイツ人の気質は似たところがある。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.12
コメント(0)
・5.11.火日曜の午後にはCD作製に際して、音楽ディレクターとミキサーの方を交えて、阿波座教室にてミーティング。お二人とも民放のテレビ局でのご勤務で、専門的な業界の話も雑談の中で聞くことができ、とても興味深かった。夜22時には、NHK教育テレビのETV特集。オウム真理教が引き起こした松本サリン事件のその後、被害者の方々の知られざる苦悩が描かれた。事件後すぐよりも、3年、5年、10年経って急激に悪化していく症状。著しい視力低下、鬱症状の悪化、少しずつ体全体が動かなくなっていく。そのような症状の悪化が、余りに年月が経ってから見えて来るので、サリン中毒が原因であるとは認定されにくい。サリンの齎す人体への影響に対する資料がないから、国の認定までに辿り着けない。それだけ特種な毒薬なのだ。第一次世界大戦のころに、旧ドイツ軍によって発明された化学兵器であるらしい。どうしてドイツにその人体への影響の資料がないのだろう。サリンとは関係ないが、旧ドイツ軍から急にアドルフ・アイヒマンがふと頭に浮かび、通勤中に携帯で検索してみた。僕のイメージでは、彼は頭脳明晰で非情極まりなく、自分の組み立てた計画を遂行することに無上の喜びを感じ、与えられた責務を確実にこなして行く。そのような頭の切れる異常な男というイメージが漠然とあった。しかし彼の生い立ちの中では、勉学に優れず、オーストリアの学校を卒業できずに退学している。これは偶然ではあるが、ヒットラーもまたその同じ学校に学び、やはり卒業できずに退学している。正にいわく因縁というところだろうか。そしてその後いろんな仕事に就くが、どれもうまく行かず、そうこうしているうちに国家社会主義ドイツ労働者党に所属することとなる。そしてその後ナチ党から、ユダヤ人をオーストリアとドイツから追放するスペシャリストとして遇されていく。彼がユダヤ人の係として能力を発揮して行くに連れて、あの悲劇が起こり、そして彼自身の破滅を迎えることとなる。彼は56歳で処刑されている。部屋に入れて、少しずつ空気を抜いて行く刑がふさわしいと言われたが、実際にはどのような刑で死去したかは記載されていない。勉学にも優れず、どんな仕事をやってもうまくいかなかった男が、何かの切っ掛けである専門的な優れた能力を発揮して行く様子は、人間の運命を感じさせる。それが良い方向に向けられた能力だったとしたら。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.11
コメント(0)
・5.8.土今日は朝から女声合唱団の本番で、難波のスイスホテルに出向く。南海難波駅の三階改札を出たところでピアニストと待ち合わせたが、少し楽屋入りまで時間があったので、改札前に何時の間にかできた「サンマルクカフェ」に入り二人でコーヒーを飲む。この辺りには、ユニクロやカフェや見たこともないコンビニが新しく並んでいる。店内は禁煙で、コーヒーやパンも意外に美味しかったので、一様に満足して本番会場へ。大広間に客席が設けられ、舞台が設置されていた。ロータリークラブ20周年記念パーティーに呼ばれ、演奏を仰せつかったのだ。会場には多くの台湾の女性もおられた。向こうのロータリークラブとの合同のパーティーのようである。皆さんとても熱心に演奏を聴いて下さり、我々の出番は終了。その後阿波座に向かいグループレッスン。皆様教員をされている方々のクラス。連休は皆さんどなたも部活の顧問で、出勤しておられた様子。「担任を持たされた年は大変でしょう?」と僕が尋ねると「いえ、担任を持たない年は寂しくて仕方ありません。皆子供たちは生意気ですが、不思議と日が経つとかわいくなってくるんですよね。なんやかや言っても、寄って来てくれるから愛おしくてしかたありません」皆さん根っからの教育者として、情熱を持って職務に就いておられるのだなと感心する。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.08
コメント(0)
・5.6.木4日、5日と掛けて京都の里に帰る。5日は母と、いつもメール交換をしている叔母(母の姉)と三人で、父の墓参りに行く。急に夏のような気候となり、寺の玄関に入ると暗く気持ちよい涼しさだった。父の墓参りも久しぶりだったが、三人で父の懐かしい思い出話をしながら、墓の掃除をして手を合わせた。その後前以て母が予約していたフランス料理店に向かう。静かな住宅街にこじんまりとある小さな店で、仔牛のステーキがとても美味しかった。そこで長い間三人でいろんな話をして、京阪電車の駅で二人と別れ、僕は一人で電車に乗り込む。そして阿波座に向かいアンサンブルクラスの練習。今日は午後のグループレッスンと、CAC混声合唱団。レッスンに見えた一人の生徒さん(50代女性)の家がお寺であり、住職のご主人が敷地内に設けた施設で、身寄りのない子供たちを引き受けて養育されているお話を聞く。元々この施設は、ご主人のお父様が戦争孤児や、夫を戦争で亡くした未亡人などを援助するために建築したものだそうだ。現在そこで暮らしている子供たちは、親に育児放棄された子や、帰る家がなく男たちに酷い目に合わされた少女などがいるという。彼らの中には、身体的にも精神的にも傷つき、24時間目が離せない者もいるという。もちろん国からの予算を受けての運営であるが、そのような人間相手の大変な、また最も重要な活動を買って出る住職に敬服を覚えた。「本来は国が引き受けるべき施設ですよね」と僕が言うと「でも民間が行なわねば、子供たちへの教育に対しての思想や、信念は受け継がれません。事務的な通り一遍なやり方では、子供たちを見ることはできません」なるほどその通りだと僕も思った。今日CAC混声合唱団に、また新しい方が入団して下さった。阿波座教室まで、2時間以上掛けて来て下さるとのこと。何故か、遠くから足を運んで下さる団員さんが多い団である。僕も心して練習に臨まねばと、改めて気を引き締めた。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.06
コメント(0)
・5.3.月昨晩22:00からのNHK教育テレビ「ETV特集」という番組を見た。大体毎週この番組だけは見るようにしている。昨日は、冤罪によって何十年も獄中に入れられていた人たちの話。28年間獄中に入れられ、ようやく無罪を勝ち取って、今は冤罪撲滅のために奮闘している男性(80代半ば)を中心としたドキュメント。彼が逮捕された時のこと、地獄のような取調べによって自白に追い込まれた経緯、獄中での出来事などを語りながら、同じ冤罪で何十年も獄中生活を余儀なくされた人たちに会い、インタビューして回る。彼らの話を聞く限り、本当はやっているのに運よく無罪を勝ち取ったという風には思えない。皆其々人生を大きく捻じ曲げられた無念の思いに押し潰されそうになりながら生きている。もちろん冤罪であっても、家族も夜逃げのように身をすくめて、ちりぢりばらばらになっている。例え30年を経て無罪を勝ち取って出て来ても、世間の目はやはり差別と疑惑に満ちている。長く働けなかったせいで年金も支給されず、どの人も食うに食えない日々を過ごしている。彼は東京拘置所で、28年間に80人の死刑囚を見送ったという。朝8時半から9時の間、数人の監視員の足音が響いて、何処かの部屋の前で止る。それが死刑執行の日であることはすぐに分る。その数人の足音が朝の獄中に響く度、体が硬直し、気が遠くなる。そしてその足音が自分の部屋ではない何処かに止ると、ふと力が抜ける。そのような恐怖の繰り返しの28年間だった。彼は28年間に死刑執行された80人の死刑囚の名前をすべて記録し、何人かの名前の横に疑問符を付けた。彼らと話をしているうち、どう見ても冤罪だと思える人たちに疑問符を付けたのだ。番組が進むにつれ、今まで繰り返されて来た冤罪のほとんどが、故意にでっち上げられた策略であることを明らかにしている。容疑者の神経をずたずたにした上、身に覚えのない自白に追い込む警察。様々な証人の証言や記憶を無理に捻じ曲げ、一人の人物を犯人にでっち上げる検察。それらの証拠不充分なでっち上げに異議を申し立てることなく、そのまま判決を下す裁判官。こうして日本の検挙率は高さを保って来た。徳川幕府の悪代官、戦時中の憲兵、戦後の警察と裁判とやっていることは何も替わらない。しかし僕はふと思う。これは本当に、日本の公的機関制度の怠慢から来る話だけなのだろうかと。もし警察と検察と裁判官がぐるになって、誰かの犯罪を隠そうとして来たとしたら。考え過ぎかもしれないが、我々国民の知らないところで、様々な策略と操作が行なわれて来たのがこの日本だから、常に信用できない。陥れられ、恐怖と絶望に苛まれ、何十年も牢に入れられて来て死刑台に引き立てられた人たちが、本当に数えられないほど居たとしたら、その人たちの苦しみと無念は想像を絶する。彼らをそのような運命に陥れた者たちが、誰かの手で裁かれるべきではないのだろうか。午後のレッスンの後、混声合唱団。ようやく温かくなり、指導中汗ばむ。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.03
コメント(0)
・5.1.土朝の女声合唱団では、来週の本番のためのリハーサル練習。その後阿波座に向かいレッスン。レッスン終了のころに、今年から東京の大学に入学された生徒さん(23歳男性)が顔を見せて下さり、積もる話をする。東京に行かれてからまだ1ヶ月であるが、すでに話が積もっている。それからスタッフを含め皆で買い物に出かけ、キムチ鍋の材料を買い込む。部屋に戻って鍋パーティー。初めての挑戦にしては、なかなか美味しいキムチ鍋だった。生徒さんが、北浜までわざわざ回って美味しいケーキを買って来て下さった。食後にはコーヒーを入れてそれもいただく。皆少々お酒も飲み過ぎて、お腹一杯でほろ酔いで解散。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.05.01
コメント(0)
全16件 (16件中 1-16件目)
1


![]()