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・10、30、土本は現在大正8年あたりを舞台としているが、大阪の人々の生活にはサイダー、ミルクセーキ、ビール、自転車などがすでにあたりまえのように入り込んで来ている。そんなころ、大きな米問屋たちが陰で政府とぐるになって米を買占め、値をドンドン吊り上げて大儲けをする話が出て来る。当時の米は、株や地価のように扱われていたようだ。そうなると貧困に喘ぐものは餓死するしかなく、大暴動が起きて多くの米屋や米蔵が焼き討ちにされ、暴動を起こした何百人という貧乏人が捕らえられ死刑になったという。国や政府は、資本家とぐるになって儲けることばかりで、貧乏な者たちがどうなるかなど考えてもいないという大テーマ。またまた勉強になる一言もある。仕事や学校で今も使われる「半ドン」は、日曜日のことをオランダ語でドンタークと言うらしく、そこから半ドンと言われるようになったということ。ドイツ語で日曜はSontagゾンタークというが、オランダ語がドンタークと発音するのかは浅学にして知らない。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.30
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・10、29、金本の中では大正7年、徴兵検査の話。口ではどんなことを言っても、やはり本人も家のものも、皆で甲種合格を逃れようと苦心する様が書かれている。当然のことだ。人間なら誰でも、外地に連れて行かれて見も知らない誰かを殺したり、誰かに殺されたりはしたくない。検査を免れるために一つの迷信がある。血縁関係の中で33歳の女性を探し当て、毛を三本もらい身に付けて徴兵検査に臨めば甲種合格は免れると信じられている。厄年の女性のものであることが大事らしく、母親たちは親戚の末端まで探し求める。手に入れたものはそれを褌に縫い付けて出かけた。それこそ藁にもすがる思いという訳だ。その時代では21歳を迎えると徴兵検査を受ける義務を仰せつかるらしく、身心共にようやく実りを見せ、これから前途有望なる国の宝を地獄へと招待する訳だ。その本人たちや家族の胸の内は察するに余りある。政府が打つ大バクチのために命を投げ出すと思うとなおいたたまれない。今も昔も同じだが、国や大企業はぐるで大儲けすることしか考えていない。それに加えて当時は何か少しでも国にたてつくような行動をすれば、即座に警察に連れて行かれ拷問だ。庶民が警察、憲兵、軍隊に力ずくで自由を奪われた姿は、どこぞやの恐怖国家と全く同じである。そしてそのような国のやり方は、本当に現代改善されているだろうか。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.29
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・10、27、水今日は日本シューベルト協会のシューベルティアーデ本番で、昼過ぎに西宮文化会館に楽屋入り。リハーサルを終え、聴きに来てくれる友人たちと食事に出かける。その後男性楽屋に戻り、出演者の皆さんと雑談。他の方々は、僕が学生の時に最も活躍されていたベテランの皆様。皆さんとても親切で、和やかに会話が弾む。いよいよ出番。僕はシューベルトのあずま屋、プロメテウスの二曲を演奏。今読み進める「橋のない川」の中で、こんな一説が出て来る。「差別を受けても、その場では何も言い返すことができない。でもそのまま何もせずに家に帰れば、自分が自分でなくなるような重い悲しみに苛まれる。だから町で暴れて警察に7日間留置される。それでかろうじて自分を取り戻すことができる。暴れたくて暴れるやつはいない。暴れないと自分が消えてしまうみたいに思えるからだ。そんな風に感じるというのは、言葉では言い表せないほどの辛さだ」その一説と今日のプロメテウスが重なる。プロメテウスは初めて聴く人には難しいという印象かもしれないが、とても複雑な思いが含まれた詩と曲だと思う。ゲーテによって、ギリシャ神話を元に神とゼウスの関係として書かれているが、もちろんこれは親と子、または子供と大人に置き換えて考えることができる。心を開き丸ごと信じたいという若者の欲求、それに対して結局開かせてはもらえない大人への矛盾と失望。そのフラストレーションでプロメテウスは暴れ、500年間山に鎖で繋がれる罰を受ける。その鎖が解かれたとき、彼の憎悪が噴出する。そういった彼の怒り、寂しさ、失望が表現したくてこの曲を選んだ。「暴れたくて暴れるやつはいない」という言葉が胸に残っていた。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.27
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・10、25、月土曜日は、朝の女声合唱団。秋の合唱祭があちこちで開催されるため、どこも追い込みの練習。また少々難しい曲に挑戦しているが団員一同の粘りで上々の仕上がり。その後あべのの鍼灸院。月の満ち欠けと我々の体が連動しているという話題。満月の時は我々の血液は末端に向かって流れ、新月の時は体の中心に向かって流れるということ。よってその月の欠け方で治療も変わって来る。海と我々の体は、月からの力で同様に変化するということ。その後NSK混声合唱団。今回は学園前の西部公民館が使えないため、生駒駅前の公民館で練習を行なう。次の演奏会に向けて、古い唱歌を混声合唱に編曲したものを数曲練習。僕が自分で選んだにも関わらず、知っている曲がほとんどない。でも団員の皆様には馴染み深い曲がほとんどらしく、懐かしんで歌っておられる。僕の時代の教科書からもすでに消えてしまっていた作品ばかりなのだ。今読んでいる本が明治、大正が舞台なので、時代が合間って何だか入り込みやすい。日曜日は伴奏あわせのため、梅田まで出向く。行き慣れないところだったので、早く着いてクラシック喫茶を見つけて時間を潰す。席についてコーヒーを注文してから、店内にものすごいたばこの煙が充満していることに気付く。出て来たコーヒーを慌てて飲んで、そそくさと店を出る。我々には安住の地はないのだ。合わせの前に喉がいがらっぽくなった。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.25
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・10、21、木昨日は鳳にある浜寺南中学に呼んでいただき、人権学習と芸術観賞を兼ねた授業の一環で、講演を行う。学校に呼ばれた場合、いつも悩むのが学生諸君が一体僕の講演を見て、聞いて楽しいかどうかである。僕が中学生ならという観点から、何が拒否反応を呼び起こすかを一つずつ考える。まず第一印象で服装だ。スーツにネクタイなどという出で立ちで現れれば、学校の校長や職員室の先生と変わらない大人だ。僕ならまずそこでアウトだ。だから思い切って少々変わったシャツにニット帯、それに砕けたジャケットとジーンズで望む。それからバンドバンドで明け暮れた僕の中学時代を思い出し、ギターを弾いて一曲ポップスを歌うこととした。後はしゃべりで引きつけられるかだ。学校に到着して軽く食事してからトイレに行く。共に小便をしながら、横の二年生ぐらいの生徒の男子が「こんにちは、今から歌を聞かせて下さる方ですか?」「うん、そうです」「へへ」と恥ずかしそうに笑って彼はトイレを出る。その当たりの生徒は皆礼儀正しく挨拶して来る。ここは随分きっちりとした学校だなと感心する。校長から僕の説明があり、ピアニストと共に入場して講演が始る。数曲歌い、その間に幼稚園時代から僕の生い立ちを追って話をする。中学のころからギターを始め、フォークソングに明け暮れる話に差し掛かるころに、ギターを手にして一曲演奏。曲はスキマスイッチの「雫」。学生の中にその曲を知っているものがいたかどうかは判断できない。500人体育館に椅子を並べて座る全校生徒は、物音一つ立てずこちらを見ている。それが先生にきつく言われてそうしているのか、僕の歌と話しに少しでも耳を傾けているからなのかは、これまた判断できない。それからも話と歌で時間が進む。盲学校から大学に進み、目の回る人の渦の中で悪戦苦闘したこと。その数年後ドイツに渡り、そこでの苦労話。とにかく我々障害を持つ者には、友人との出合いが何よりも大きく、大事な運命の道しるべであることを説明。演奏が終われば拍手をくれる。しかし私語も聞こえないし、椅子のきしむ音一つ聞こえない。ただ石川啄木の詩で「初恋」を演奏した時にだけ、ほんの少しの反応が感じられた。タイムリーに国語の授業で習っていたのかもしれない。皆の拍手ですべて終了した時には、予定の時間を大幅に過ぎてしまっていた。やはりいつもながら終われば落ち込む。僕はこの時間に一体彼らに何を伝えられただろう。何を僕は伝えるべきだったのだろう。全くポイントのぼけた講演に終わったのではないか。そのような反省が渦巻く中、学校を後にして、阿波座に向かい夜のグループレッスン。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.21
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・10、19、火デージー図書の重いデッキを持ち歩き、会う人会う人に本に出て来る奈良についての質問をしているので、僕が橋のない川かぶれと皆さん承知して下さっているようで「読んでおられる本のことですね」とニヤリとされる。最近出て来た話で興味深かったのは、今でも大企業として君臨している会社の幾つかは、日清、日露などの戦争で大儲けして大きくなったという話。しかしその営業と来たら、戦地の兵隊たちに送ったシャツのボタンがのりで貼り付けてあったり、缶詰を開けると中には小石がぎっしり詰めてあったりというあり様。そのようにして戦争が起こるごとに靴、衣服、食料品、薬品、兵器や軍艦などを製造する企業は大きくなり、国の景気が上向きとなって行く。しかしこれは戦勝すればということで、政府と軍が行なうバクチに他ならないという話。バクチのために戦地に送り込まれる兵士はたまったものではない。吉野川の話も出て来る。「わしとおまえは妹山(いもやま)背山(せやま)、中をへだてる吉野川」と歌にあるらしい。好いた同士の男女が、身分や立場によって添い遂げることができない定めを歌った歌で、川を挟んで並ぶ二つの山が今もあるのなら、ここも是非訪れてみたい。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.19
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・10、16、土木曜金曜と朝からばたばた忙しく、おまけに二日続けて帰りの電車に乗り遅れ、帰宅が遅くなった。橋のない川もようやく二枚目のCDとなり、時代も大正に変わった。でもCDにして10枚ほどあるので、しばらくは読書に事欠かない。登場人物の生活に沿いながら、その時代の様々な奈良における話が盛り込まれていてとても興味深い。中に生駒トンネル工事の話が出て来る。明治44年、北浜銀行の頭取であった岩下清周の一声で始った生駒トンネル開通工事には、多くの職人、大林組、そして貧しい工夫たちが加わり、西側と東側両方から掘り進められた。その中には多くの女性も含まれていたということ。トンネルは出来上がれば冨士山の高さとほぼ同じ長さで、当時東洋一と言われたそうだ。生駒山の上には昇天さんが奉ってあり、工夫たちは皆そこのお守りを携えて仕事に精を出した。しかし一年後に大落盤事故。東側の穴の中に150人が生き埋め。多くの人が24時間後に救助されたが、19人の人が犠牲となった。救助された全員はその足で生駒山を登り、昇天さんにお参りして、生きて帰還できたことへのお礼をしたという。その後落盤事故のことが切っ掛けで北浜銀行は倒産。それでも工事は進められ、3年後にはトンネル完成。そこに近鉄電車が開通し今に至っている。それまでは奈良から大阪に抜けたくても、暗がり峠を必死に抜けなくてはならなかったが、電車で簡単に行き来できることとなった。生駒山の山上にある昇天さんは、首が象で体は男女が抱き合った仏像とあるが、周りのものに尋ねても名前は知っていても誰も姿を見た人がいない。想像するにかなり奇妙なものだが、インドから渡来したものかもしれない。今近鉄電車が通っているトンネルは新で、旧は横にあるという噂もあるが、生駒トンネルを通る度に明治時代の先輩たちが血の汗で掘ったこのトンネルに思いを馳せている。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.16
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・10、13、水午前中に心斎橋のカットショップ。いつもの30代前半女性の美容師さんの担当。「茶木さん、また顔色が悪いですよ、それに頬も痩けています」と見るなり言われた。「痩せたのかな、やった!」「いえそれは喜ぶべき痩せ方じゃないですよ」彼女はいつも客の体調のことを気にしているようで、微妙な変化まで見逃さない。でもその後阿波座で生徒さんにも同じことを指摘された。本人はいたって元気一杯なのだが。夜のアンサンブルクラスを終え、河内長野の駅に到着するまで鞄に忍ばせたデージー図書のデッキで橋のない川を聞き進め続ける。住井 すえという作家の表現には、人の表情や心の描写などに独特なみずみずしさがあり、不思議な魅力で読み手をとらえる。どの章も全く退屈させられることがなく、電車の中の時間はあっという間に過ぎて行く。すばらしい作品だ。河内長野駅に到着し、改札を出て少し歩いたところでふと立ち止まっていると、突然横から男性が走って来て、僕のすぐ横を過ぎようとして白杖を足の間に絡ませた。杖はバリ!といってふっ飛び、男性はイテ!と叫んだ。しかし男性は立ち止まらずそのまま立ち去り、杖を探して拾い上げると見事に真っ二つ。男を呼び止め、胸倉を掴んでけりの一つも入れたい思いだったがそれも叶わず「やれやれまた出費か」と溜息を付いて杖なしでゆっくりと注意しながら階段を下りてバス停に向かう。急に男性の声が後ろから聞こえる。「あの、すみません、杖、折れたんじゃありませんか?」僕は走って通った男性かと思い「ええ、折れましたよ」と応える。しかしそれは現場を見ていた別の男性のようだ。「当たった時は見ていなかったのですが、男が走って逃げるのは見ました。警察に行きませんか?お供します。」「いえ、こんなことはショッチュウなんですよ。慣れっこですから、大丈夫です。」「そうですか、でも杖なしでお帰りになれますか?よかったらお送りしますよ」「ありがとうございます、でも慣れたところですから、何とか帰れると思います、ご心配をお掛けして申し訳ありません、ありがとうございます」それからゆっくりと歩いてバスに乗り込む。橋のない川の家族の苦難に比べれば、こんなことは取るに足らない心痛なのだ。この本を読んで、彼らの大きな運命の波に押し潰されることなく見事に力強く生きて行く姿から、我々読者も何かしらの力を手に入れることができるかもしれない。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.13
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・10、11、月土曜日から合唱団の合宿で、葛城山の上で練習に参加し指導に当たる。施設も市営から民営に替わり、食事の味と職員のサービスと料金が少々上った様子。夜は例によって大宴会になる訳だが、僕は部屋にこもって持参したデージー図書のデッキで新しい本を聞き進める。1Q84を聞き終え、次は「橋のない川」を聞き始めている。僕はもうすでに本の世界から抜け出せなくなり、何をおいてもそこに心を置きたくて仕方ない。僕は昔から物語に入り込み過ぎる傾向があるのだ。日曜日の朝食は、予想した通りバイキング。こうなると僕はお手上げで、誰かに助けてもらわないとトレーに食事を取りテーブルに持ち運ぶことも出来ない。皆自分のことでバタバタして余裕もないのだ。一層くるっと後ろを向いて部屋に帰りたい衝動にかられるが、ぐっと我慢して忙しい誰かの手を借りて皿を一杯にしてテーブルに着く。橋のない川の主人公の家族の苦悩に比べれば、こんなことは取るに足らない心痛なのだ。次の日11時まで指導に当たり、団員のお一人の車で近鉄八木まで送ってもらい、別の合唱団の特別練習に向かう。目的地は奈良学園前だったが、うっかり大阪線の電車に乗ってしまい、鶴橋からぐるっと回って学園前へ。八木駅はいろんな線が交差しているところだということを忘れていたのだ。練習開始時間にはぎりぎり間に合ったが、昼食を取る時間もなく指導。帰りの電車の中でも、また橋のない川。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.11
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・10、8、金朝の女性合唱団では、何故か練習出席者がとても少なく、この機会にみっちりと細かい練習を行なう。何故こんなに今日は少ないのかという問いに「秋はいろいろあって皆さんお忙しいようです」という答え。午後からは奈良クラス。会う方会う方に「CDはまだですか?」と尋ねられる。無理もない、もう随分前に録音が終わり、秋にはリリースしますと告げていたからだ。ところがトーンマエスターも僕もばたばたと忙しく、なかなかお会いして編修作業に打ち込む時間がない。それにライナーノーツ(添える印刷物)の仕上げも遅れていて、校正にもう少し時間が掛る。今回はすべて自分で訳詩も担当するため、校正に要する時間はますます長引く。それらが整ってからマスターCDを作り、それをプレスと印刷、梱包に出すため、今年中に完成させることも難しくなるかもしれない。とにかく少しずつでも作業を前に進める必要がある。明日から指導に伺っている混声合唱団の合宿のため、山の上に一泊する。日曜日はまた別の混声合唱団の特別練習があり、合宿の二日目を途中で出てそちらに向かわねばならない。互いの練習が重なってしまっていることについこの間まで気が付かず、ブッキングに気付いて慌てて調整したという有様。とにかく僕ほどブッキングの多い指導者はいないだろう。70歳を迎えた時、僕は一体どうなっているのか不安である。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.08
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・10、7、木CAC、NSK共に本番が終わり、すべて新しい曲への取り組みが始る。今日の夜のCACの練習のために朝早めに阿波座に行き、昨日急きょ楽譜屋に行って購入した数冊の本の中から曲を選び出し人数分コピーする。いろんな作曲家によって金子みすずの詩に曲を付けられたものを選び、一つのステージを企画することにした。今日は二人の作曲家を取り上げ、二曲譜読みする。午後のレッスンと夜のCACの間に、ドイツの友人に電話を入れる。昨晩留守中に友人から自宅に電話があり、折り返しの連絡であった。向こうとこちらでは8時間の時差があるので、タイミングを計るのが難しい。夕方の6時に電話を掛けたが、ドイツは朝の10時。彼女は僕より10歳近く年上で、向こうで最も気が合った人だ。彼女自体はルーマニア人で、少女のころにドイツに引っ越して来てドイツ人の今のご主人とケルンで暮らしている。来年ついに初めて日本に二人で遊びに来たいということだが、僕がリサイタルを行うならそれに合わせて旅行を計画したいということ。まだ何も計画していないが、話が進めば連絡すると伝える。CDのことで掛りっきりで、リサイタルのことなど忘れていた。来年中にリサイタルとなると焦らねばならないが、おそらく誰かに尻を叩かれることになっていたのだろう。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.07
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・10、5、火村上春樹の1Q84ブック3のデージー図書CDを、最後まで聴いた。青豆を追い求める牛河の心情や生い立ち、彼独自の苦しさや寂しさがたっぷり語られることはとても興味深い視点であり、そのせいで彼があえなく殺された時も、親しい友人が殺されたような気持ちにさせられた。天吾の父親が病院のベッドで昏睡しながらも、生霊となって青豆や牛河の部屋のドアをノックして、彼ら其々の運命を示唆するような言葉でNHKの受信料を請求する場面も、ちょっと思いつかない発想だ。ただこのブック3に関して、なにかしら腑に落ちないものがある。これだけ社会性に踏み込み、際どいストーリーで話を展開させて行きながらも、最後は結局青豆と天吾のロマンスで締めくくられている。リトルピープルが自分たちの遂行すべき何かを果たすために選んださきがけの正体と社会の中での意味。本来の宗教が、我々人間にどう関わっていくかという問題。そしてさきがけのリーダーが示した青豆の辿るべき運命(天吾の命を助ける代わりに青豆は命を落とす)。不気味な存在である文化人類学の学者がさきがけに対してやろうと思っていたこと。彼が後継人として面倒を見ているドータであるふかえりの正体。そういったものがすべて中ぶらりのままの結末。まず牛河の心や行動の描写があまりにも長すぎるししつこい。千倉の病院での父親にまつわる話も同様。青豆の潜伏しているマンションの部屋での考察もくどくて長い。すべて狭い部屋の中での長い時間の描写。正に村上氏が影響を受けているフランツカフカ的と言えるのかもしれないが。もちろん小説の醍醐味はストーリーにあるのではなく、ストーリーにまつわる様々な人物の心や頭の中で繰り広げられる考察や、哲学や思想にあると思っている。でも今回は、何だか時間稼ぎに感じなくもない。何度も繰り返し語られたり描写されたりする部分を整理すれば、ブック3までの長い話は一冊になるのではと思えるほどだ。村上氏がこの話を書こうと思った根本は、青豆と天吾の幸せな結末ではなかったはずだ。長い年月いろんなインタビューや個人的な調査の中からにじみ出て来た、怒りと恐怖と人間という動物の仕組のようなものへの驚きであったはずだと僕は感じる。それからすると、読み終わってみて読者の心には(少なくても僕の心には)何も残らない。彼の作品で、これほどまでに何も残らないものは他に例を見ない。それもこれも、幾つかの川の流れが一つに集約され流れ行く先が見えないからだ。ただ!ブック4が存在するのなら話はまた別だ。そうでなくてはならないと僕は思う。ここからは僕の妄想だ。サキガケのリーダーであった深田 保はリトルピープルに支配された世界を破壊し、自分の命を自ら捨てさきがけの新しいリーダー(声を聴く者)を手に入れることを目的にしていた。それが青豆のお腹にいる小さなもの。ドータであるふかえりは父の指示通り計画を進めた。とすると、天吾は深田 保の息子?そしてリトルピープルは今の我々の周りにも存在する、社会的に大きな意味を持つ存在?●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.05
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・10、4、月2日土曜日は、NSK混声合唱団ファンドレイジングコンサートを、奈良学園前ホールにて開催。僕は前日から宿泊し、朝9時に楽屋入り。運営委員全員で準備に当たり、10時にリハーサル開始。信頼の置ける方に舞台監督をお願いしていたので、スムーズに進み12時に予定通りリハーサル終了。チケットは来場率を見込んで、座席数以上出て完売となっていたが、結局来場率は約70パーセント。おそらく市内の運動会と重なった地区もあったことが原因ではと考えられる。合唱団の演奏は、課題を残しながらも声量、音楽的にも豊かなもので、お客様も楽しんでいただけたものと自負している。恙無く演奏会は終了し、その後近くの店で打ち上げ。多くの方が出席下さり、大いに盛り上がり解散。また次に向かい躍進したいと願う。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.10.04
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