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いつもご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。明日から、このブログのタイトルが変わります。私が代表を務めております、CA声楽コンセルヴァトワールのHPと兼ねたものに改造させていただきます。一層検索にヒットし易くするためです。よってこれからは、CAのHPの中で、毎日僕が日記を書いて行くという形になりますが、書く内容に変化はありませんので、今まで通りどんどんご意見やご感想をコメントいただければ嬉しく存じます。明日からのブログタイトルは「大阪CA声楽コンセルヴァトワール(CAC混声合唱団)」となりますので、どうか驚かれないように、よろしくお願い申し上げます。茶木敏行
2010.03.31
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・3.27.土朝の女性合唱団の後奈良に向かい、NSK混声合唱団。10月に予定のファンドレイジングコンサートに向けて音取り練習。新しい見学者の方も二人見え、朝日新聞への記事掲載も決まり、譜読みも大幅に進む。夕べ夜中に目が覚めると喉が痛い。特別なプロポリスの飴を舐めて眠ると、朝には痛みは消えていた。しかしどうやら体の中に風邪菌がいるような感じ。このまま何とか打ち勝たねばならない。アルコールは一切なしで、睡眠と良い食事か。電車に乗っても、合唱団に来ても、とにかく風邪を引いている人がものすごく多い。もう四月だというのに、こう寒いと体調も崩れるだろう。
2010.03.27
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・3.26.金朝の女性合唱団の後阿波座に向かう。本町経由で地下鉄を乗り換える際に、初老の男性が「何処まで行かれますか?」と声を掛けて下さる。「阿波座です」と答えると「ああ、僕もです」とおっしゃった。それでしばらくの間、腕を持たせていただく。「私は警備会社に勤務しておりますので、町で障害者の方など見かけた際はサポートするようにと上から言われております。今66歳ですが、70歳までは頑張ろうと思っております」「とすると、停年後のお仕事ですか?」「はい、今日は今から図書館の警備に行きます。館内で女性などは、座席の上に鞄の口を大きく開けたまま何処かに行ってしまい、財布が丸見えということも多いんですよ。我々がじっと見ていないとすぐに盗まれてしまいます。パチンコ屋の駐車場の仕事も多いですね。私の友人などは、退職金の三千万をたった五年で使い果たしてしまって、働かなくては仕方がないという者もいます」話を聞きながら、それはこの男性本人の事では?と感じた。阿波座に到着して、交差点でお礼を言って別れる。午後のグループレッスンの後では民主党の話になり、そこから戦時中日本軍が中国で行った事が、今我々に誇張されて伝えられているのか、それとも事実のままなのかという話題になる。世の中には様々な考えの人がいて、様々な見方と論理が存在すると改めて感心する。しかしどんな意見が錯綜しようと、すべて曖昧模糊な霧の中での話である。政府は事実をはっきりさせることに、常々からとても謙虚である。夜は奈良に向かい混声合唱団。ようやく雨が上がり、明日は久しぶりのお天道様の光にあやかれるだろうか。
2010.03.26
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・3.25.木うどん屋の後奈良クラス。生駒山を越えて奈良に入ると、2・3度気温が低く感じる。どうして奈良はこんなに寒いのかといつも感心する。河内長野の山の上から来たものがそう思うのだから確かだ。バレンタインデーのお返しに買った風太郎の無添加のクッキーを数人の方に渡しそこない、仕方なく全部自分で食べて、今日新たに買いに行った。無添加だけに足が速く、これからはちょっと考え物である。でも抜群に美味しい。その後阿波座に向かい、CAC混声合唱団。団員の中の若い方が、この春進学したり、就職したりでお二人が最後の練習となった。皆さんの前で挨拶下さり、時間が出来た時にはまた来ますと言って下さっていた。其々未来に向かっての新しい世界での活躍を祈る。「旅立ちの季節ね!」と誰かが呟いた。
2010.03.26
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・3.24.水午後のグループレッスンの前に、昔の教え子(約22歳の男女二人)が会いに来てくれる。彼らが高校生の時に僕と関わりを持ち、今年音楽関係の大学を卒業した男性と、次四回生の女性である。昼食を共に取りながら積もる話をする。話す内容も高校生だったころのたわいのない話から、今日は教育論や政治や人間性の話題など、随分大人びたものに変化した。男性の方は、四月から教員として新しい一歩を踏み出す。新任の男性教員は大体指導の難しい学校に赴任させられるようで、彼も例外ではないよう。素人考えでは、そういう学校にはベテランの先生が行くべきではと思うが、まあ荒行ということらしい。新しい世界での大活躍を期待したい。レッスン後は生徒さんと新しく挑戦する曲について話しているうち、あっと言う間に夜のレッスン時間。帰り部屋を出ると、かなり強い雨が降っている。しかしこの春は雨がよく降る。僕は雨が好きだから気にならないが、ずっと散歩に出られない犬は気の毒である。
2010.03.24
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・3.23.火「猫を抱いて象と泳ぐ」を二回目聞き始めて、今丁度真ん中ぐらいである。幾つかのポイントのようなものが見える。自分の運命として、または自ら望んで狭い限定された場所に閉じ込められ、または取り残されそこで生涯を過ごす者の精神的な開放の舞台。それがチェスの海。言葉では到底交わすことのできない他人との心の深い理解と、響き合い。そこがチェスの海。優美さ、勇敢さ、流麗さと大胆さ。絶望と希望。悲しみと楽しみ。冷淡さと包み込む静かな優しさ。そのような長い年月にまつわる人間の様々な歴史と生き方。目にも見えず聞くこともできない物を、チェスの板上に芸術として表す人々。そして彼らが死んだ後も、板上で戦われた記録が紙の上に棋譜として残り続ける。人々はその棋譜を見て、彼らの人生を手に取って味わうことができる。「この世に残す生きた印」が正にそれである。物語の中で、主人公の少年が優れたチェス指しとして名を残すこともないし、短いチェス人生で負け知らずの無敵だった訳でもない。ただ、チェスを通して人間にとって本当に意味のあること、本当の喜びを強く示す。すなわちこの物語では、主人公がチェスプレーヤーとしてどう成功するかではなく、勝ち負けに興味を置かない精神的な快感と喜びを描く。幾つかのキーワード「慌てるなボーヤ」「最強の手が最善とは限らない」「大きくなること、それは悲劇である」「象のインデラ、猫のポーン、ミーラと白い鳩、脛毛の絡まる唇」それらが齎す彼の道。
2010.03.23
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・3.22.月昨日の夜、NHK教育テレビで、永山則夫死刑囚のドキュメンタリーを放映していた。彼が28年の獄中生活の中で、16冊以上の著書を出版していると聞き、是非読んでみたいと思った。彼が残した言葉や行動を見ていると、どう見てもまともな人だ。19歳の時に彼を凶悪犯罪に駆り立てたものは、貧困と愛のない環境の中で育たなくてはならなかった生い立ちにあるという。善良なる4人の人を殺めた罪、これはどうしても死んで、または生きることで償わなくてはならなかったと思う。しかし僕は、彼の「貧困と愛のない生い立ち」というものを強く知りたい。それらがどのようにして罪のない人々の命を無雑作に奪うところに行き着くのか。当事者にしか分らない苦悩と冷え切った心の内を、ほんの少しでも知りたい。朝の電車の中で彼に関するサイトを検索して、著書について調べてみた。彼の最初の著書「無知の涙」が、デージー図書に存在するか調べてみたい。午後のグループレッスンの後、混声合唱団。今日は寒くなるとテレビでさんざん言っていたので、ダウンジャケットを着込んで出掛けたが、誰もそんな装いでいる人は居なかったみたい。
2010.03.22
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・3.20.土ある人に推薦されて、ライトハウスのデージー図書で小川洋子の「猫を抱いて象と泳ぐ」を借りて読んだ。この作家の作品はそれまで読んだことがなく、今まで女流作家はどうも馴染めなかったので、気の進まないままの試みだった。しかしこの素晴らしい作品に心から魅了された。今丁度二回目聞き始めたところで、一回目よりも遥かにその深みは増した。今思えることは、この小説を読むことと、出会うことなく読まないことでは、僕にとっての大きな違いがあるということである。主人公がチェスを通して、自ら見付けて行く真実や新しい感覚。チェスを通してだけ響き合える人との関わりと、苦難を前にしていつでも自分を見詰めることのできる力。それらから読者も知りえる、生きるために本当に大事なもの。いや、元々我々の生きることの意味。そういったことの一つの定義のようなものを示される。そして、人々が長い時間生きて来たその道程を、彼らが死んだ後もずっと味わえるような感動。それをチェスという一つの方法で伝える。 つづく
2010.03.20
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・3.18.木午後のグループレッスンに来られている一人の生徒さんが保険会社にお勤めで、貯蓄のお勧めの用紙をお持ちになった。それで運用の話になる。「平成2年までは、貯蓄を利用したら利子が相当付きましたね。今はほとんどないみたいなもんです。株だって皆大損しているし、今流行の金も変動が大きいので危険ですね。それを考えると、うちの会社で貯蓄するのが、利子は少ないにしろまあ一番安全ですよ(笑い)」「お金は手に入った分、その場で使ってしまうのが一番」と他の生徒さんの意見。夜はCAC混声合唱団。また新しい曲の楽譜を配り、皆さん「えー!」と感嘆。新しい曲の譜読みが続き、皆さんお疲れの様子。僕は仕上がりが今から楽しみ。
2010.03.18
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・3.17.水午前中に本町(心斎橋寄り)の鍼灸院。今日の担当は60歳ぐらいの男性。横に常に見習いのような若い男性が治療を覗いていた。しかしとにかくこの担当者は、脈を取りながらしゃべり続ける。手首に指を置いたまま、昔指揮者の斉藤秀雄と朝比奈隆の治療を担当していたという話で長々しゃべり続けた。僕は後の予定もあるし、いらいらしながら適当に相槌を打つ。脈なんか全然見ようとしていない様。でもようやく一本目の鍼が打たれると、手際のよい手付きで治療は進み、口にする体調への所見もかなり納得のできるもの。どうやらしゃべりながらも脈はちゃんと診ていたみたい。彼は迷うことなく関元(お臍よりも10センチほど下のツボ)に鍼を刺した。以前あべのの鍼灸院で「関元にだけは鍼を刺してはいけないと指導を受けました。患者さんにとってはもちろん効果的なツボですが、鍼を刺している方が気を吸い取られて命が縮まります」という話を聞いていたのだ。僕は驚いたが、彼は何食わぬ顔。その後彼は顔を上げて弟子を見て「関元鍼」と呟いたが、何だか意味ありげだったので、やっぱりあえて打ってくれたのかもしれない。結局彼はかなりの経験と腕を持っているようだった。話の中で、彼は昔婦人科の外科であったと説明した。「毎日ここをばっさり切っていましたよ」と僕の下腹部に縦に線を引いた。「西洋医学からこの世界に入って来る者も多いんですよ。私の妻もそうです」「今はそちらのお仕事はされないんですか?」「しません!」ときっぱり言う。夜はアンサンブルクラス。今日からまた次の本番に向けて、新しい出し物の譜読みを始める。
2010.03.17
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・3.16.火朝の自宅グループレッスンで、和歌山から来られている生徒さんを交えて和歌山ラーメンの話題。他府県の者はよく知っているが、地域の者は以外と食べたことがない。「商店街の中にある店のことは知っているけど、とにかく汚い店で入ったことはない」と言われていた。僕は食べたことがないので、いつか是非試したい。午後から富田林での出張グループレッスン。87歳の生徒さんのお茶の先生として有名なお姉さん(90歳)が、また呼ばれて今年スイスのアルプスの上でお茶会を開かれるらしい。「最後に最後にと言いながら、また行きたいらしいです。全く、何回最後があることやら。姉は私よりも元気で、付いて行くのが大変です」この姉妹が着物を着てアルプスの坂を登って行く様子は、スイスのテレビで放映されたらしい。もちろん頂上ではないだろうが、アルプスでお茶会を開くだけでも珍しいのに、その日本人の姉妹が90歳と87歳とは、テレビが見逃すはずもない。夜は阿波座。9歳の女の子は、早コンコーネ10番。日本の歌の合間に、イタリア歌曲も三曲目に取り掛かる。歌を始めてから間もないのに、さぞかし譜読みが大変だろうと想像するが、粘りのある勉強意欲。春から教員の道を歩まれる生徒さんが、学生最後のレッスン。これから忙しいとは思うが、是非時間を見付けてレッスンに来たいと言って下さっている。
2010.03.16
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・3.15.月毎日新聞のアイマスク体験ルポの記事は、最終話となる。7日目に点訳の仕事をされている案内人と、中途失明者の52歳の男性、平川記者というメンバーで山に登る。標高800メートル以上の山で、かなりの高さだ。登山案内人の松本さんの的確な手引きに感心しながら、視覚以外の感覚で山を楽しむ。帰りは平川記者と共に下山。二人の息も少しずつ合い、何とか喧嘩せずに歩けたようだ。最終日の記事では、7日間着用したアイマスクを取った時のことが語られる。真っ暗にした部屋で少しずつ目を馴らして行き、ゆっくり普段の生活に戻って行くが、見るものにすべて敏感に反応し過ぎて気分が悪い。そして7日間に鋭敏になった視覚以外の感覚もまだ鋭い。この記事を読む限り、彼は本当に7日間、顔を洗う時以外は24時間アイマスクを着用したようである。本当はそのようなことは目に良くないはずだ。長く病院に寝たきりの人が歩けなくなるように、視覚に必要な筋肉も弱ってしまう可能性だってあるのでは。そんな危険まで冒して体験した彼の五感は、読む者にまで大きな世界の広がりを感じさせたようだ。僕はこの連載に励まされた。なぜ励まされたのかよく分らないけど、たぶん健常者の者が、本気で障害者の立場に立ってみようとしたからかもしれない。仕事とはいえ、誰も7日間もアイマスクを着用して過ごそうとは思い付かないだろうから。
2010.03.15
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・3.13.土昨日の毎日新聞の記事では、手引きする人とのコミニュケーション、信頼、思いやりがテーマだったように読み取れる。アイマスク着用の萩尾記者にいつも腕を持たせてくれて手引きしてくれる点字毎日の野原記者に代わって、社会部の少し若い平川記者が手引きに当たる。視覚障害者の手引きに慣れている野原記者に比べて、平川記者の無神経さに苛立ちを隠せない萩尾記者。普通ならこのような内輪のいざこざのようなことは記事にはしないかもしれない。でも萩尾記者はあえてその心情を克明に文字にする。手引きする方とされる方の問題と人との関わりを浮き彫りにしたかったのだろうと推察する。おそらく平川記者は萩尾記者の部下なのだろう。上司としての苛立ちもそこに含まれているように思えて思わず笑ってしまった。木曜日の日記につづく話だが、以前僕はある日本古来からの民族的な差別意識について、どうすればこの先そういったものがなくなって行くか、僕なりの所見を述べたことがある。すると周りの人たちから思わぬ罵声を浴びせられたことがある。その時感じたのは「何の痛みも、長い年月に刻み込まれた苦痛も知らない者が、分ったようなことを言うものではない」という声だった。その時僕は「そうだよな、僕は何も分かっていない、僕はきっと当事者たちを余計に傷つけているだけなのかもしれない。もう余計なところに足を踏み入れず、知らない顔をしていることが一番なんだ」と思った。ようするに当事者が自ら高い壁を築き、周りとの溝を深めた瞬間だ。やはり痛みを知らないギャラリーが、当事者に意見する勇気はないだろう。もちろん傷を負っている痛みは、傷を負っているものにしか分らない。でも地域の一人のおじさんとして、我々民族の共通の問題としてそのことについてあれこれ思案してみてもいいではないか。そこには我々人間という動物の愚かな習性があり、逆にその愚かさを何だかの形で繕うことができる隙があるかもしれない。今回の萩尾記者の試みは、障害者側の何か壁のようなものを突き破って来る健常者の力強い踏み込みではないか。この世の様々な場所に、周りからのこの踏み込みを必要としている茂みがある。その結果、本当に自然に障害者が社会の中で、自分を見つけることが簡単なことになる切っ掛けになるかもしれない。僕が強く言いたいのは、障害者側の乗り越えるべき何か。開くべき何かを考えなければならないということ。
2010.03.13
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・3.12.金朝の女性合唱団の後、奈良クラス。その後生徒さんの皆さんと富雄川沿いにある「風太郎」というカフェに行き、またケーキを食す。この店は、無添加の美味しいケーキやクッキーを食べさせてくれる落ち着いた居心地の良い店である。値はかなり張るが、その分とても美味しいケーキを食べさせてくれるので時々寄る。外の駐車場にはベンツがずらっと並び、いつも店内は上品なご婦人で一杯。バレンタインデーにチョコレートをいただいた方々へは、ここのクッキーでお返しとすることにした。夜は混声合唱団。一人この合唱団でチョコレートを下さった方がどなたなのかわからなくなり(名前を名乗らずさっと渡されたら、僕には誰か知る手立てはない)、知り合いの団員さんに練習場で尋ねて回ってもらったが、誰か分らないままで諦めていた。帰り電車に乗り込むと、一人の団員さんが僕の横に座られたので、冗談で「バレンタインデーに僕にチョコを下さいましたか?」と尋ねてみた。「はい、差し上げました」と答えられてびっくりした。結局無事クッキーは一袋目的の人にお渡しできたということでやれやれ。冗談でも何でも言ってみるものである。
2010.03.12
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・3.11.木毎日新聞、萩尾記者のルポは今日で5日目を数える。生れ付き見えない者が色についてどのようにとらえているか、色にどれぐらい拘りがあるかなどをインタビューしたもの。生れ付き視力を持たない17歳の少年に「何が一番見てみたいか?」と尋ねる。「何が見たいかとは、あまり考えてみたことがない、でも尋ねられればやっぱり僕を産んでくれた両親かな」と彼は答える。そう、この少年が言うように、見える自分にさほど憧れて生きている訳ではないのだ。ないならないで、何とかやっていくしかない。どうやって行くかを考えるのに忙しくて、ないものを悔やんでいる暇は意外にないものなのだ。「見える世界を知りたい17歳と、見えない世界を知りたい54歳」という文章で締め括られている。しかし考えてみれば、この記者の記事に対して批判的なコメントはないだろうか。いや、おそらくかなり寄せられるのではないか。視覚障害者によっては「どちらにしても我慢できなくなればアイマスクを取ることだってできるし、7日間の挑戦が済めばこの仕事も終わり、また健常者の日常に戻れる。そこで何を感じようとしたって、結局は悪戯なパフォーマンスに過ぎない」なんて憮然としているのではないか。きっとほとんどの障害者が、ふとそう思っているに違いない。そう思う心の裏側に何があるかと言えば、我が人生に対する悲劇性だ。もちろんそれは仕方のないことなのかもしれないし、それを責めることもできない。でも、そう思うことで、健常者が少しでも障害者の立場に立って何かを知ろうとする心をその場で押し潰してしまうことに繋がる。たとえその気持ちが、浅い一時的な冷やかしであったとしてもだ。健常者が五体満足なのは、何も彼らの罪ではないはずだ。 つづく
2010.03.11
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・3.10.水午後、夜のレッスンに、受験で一週間離れた土地で戦って来た皆さんが顔を見せて下さった。其々いろんな思いで、次の行動に移る。毎日新聞のアイマスク着用のルポを続ける記者の記事は四日目。駅の構内での体験を語る。音を聞いて、それを頭で映像に置き換えてとらえていたものが、音そのものとして聴覚からの情報としてとらえ始めた。「キスをする夢を見た」という彼の体験。視覚なしで、感覚だけの夢だ。「見えないこととはなにか、見えることとはなにか、分らなくなって来た」と彼は締め括っていた。彼が感じている様々なことが、とても敏感で繊細な神経の反応であることに驚く。
2010.03.10
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・3.8.月毎日新聞朝刊で興味深い連載を紹介してもらった。ある記者(萩尾記者、年齢不明男性)が点字考案120年を記念した企画の記事を担当して、数人の中途失明者や、生れ付きの全盲者などにインタビューを行い、彼らの生活に密着したレポートをまとめた。しかしそれをいざ記事にする際、彼は自分自身が7日間全盲を経験し、その体験を綴りながらレポートを盛り込んで行くという形を取った。7日の間、アイマスクを常時着用し生活するのだ。何と勇気のあることをと感心する。僕なら全く聞こえない耳栓をしたり、車椅子に常時乗ったまま仕事に出かけたりする日常を7日間も体験する勇気も根気もない。彼の記事には、家の中で手探りで料理をしたり、たばこを吸ったりするときの失敗や白杖を手に新聞社まで通勤するときの苦労が詳細に語られる。その合間にインタビューした人たちの苦悩や彼らの新しい第一歩のことが語られる。世間には多くの人が突然の眼病にみまわれ失明していた。ある日朝起きると世界が真っ暗だった42歳の男性。突然発症した眼病で日々少しずつ視力を失い、自殺を考えながら、それでも家族を見捨てることができず立ち直って行った男性。生れ付き視力を持たない女子高生様々な人々の、苦悩を乗り越えて行く奇跡的な底力が記されていた。萩尾記者が自らそれを体験してみせているからこそ、人々のそれが浮き彫りに輝く記事である。今日で萩尾記者のアイマスクの日々は3日目を数えた。記事は7日目まで続く。明日の朝刊が楽しみである。
2010.03.08
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・3.5.金このところ、耳を覆いたくなるニュースに胸を痛める。親の愛を受けることができないまま何とか生き延びて大人になったとしても、自分の子供にはやはり自らが受けて来た苦しみを与えずにはいられないのか。自分が背負って来た地獄を、わが子にだけは味わわせたくないとは思えないものなのだろうか。何処かでその傷を断ち切って行くことができなければ、何代もその地獄の伝達は続いていくだろう。そして無防備で無垢な多くの子供たちが犠牲になり続ける。この金と欲望がうずまく現代社会においては、それらは拡大されて行くばかりではないか。この問題は、世界戦争と同じぐらい深刻な、今すぐ何とか食い止めて行かねばならないことがらではと思う。一つ弊害となっているのは今の法律か。朝の女性合唱団で練習している、マザー・テレサが残した言葉に作曲された曲の中に「誰も傍にいてくれない、誰からも愛されない孤独こそ、人間の経験することの中で最悪の病気なのです」という歌詞がある。その後奈良に向かいNSK運営委員会。なにしろこまごまと話し合わねばならない議題があり、長時間皆で知恵を絞る。その後混声合唱団。
2010.03.05
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・3.4.木午後のレッスン終了後、数人の生徒さんから受験の結果の連絡を受ける。だめだったという報告もあれば、二次試験通過という報告もあった。立ち向かって、希望が叶わなかったというのは悔しいものだ。自分に能力がないと判を押されたような気になる。しかしそれはもちろん錯覚で、ただ縁がなかっただけである。皆気が遠くなるほど若く、すべてはこれから始まる。次の目標に向かってまたぶち当たって行って欲しい。夜はCAC混声合唱団。練習前に、一人の団員さんと再びCACのHPについて話し合う。今日からまた新しい曲の譜読みに入る。最近入団された方々は全部が新曲で、それは大変な思いをされていることと想像する。一度に全部歌えるようにならなくてはと思わず、少しずつ一曲ずつ馴染んで行って欲しい。いつも皆さんに言っていることだが、誰でも楽しむために合唱団に入って来る。誰も苦しむために入団しない。でもインスタントにストレス発散のためにだけ何かをしようとすれば、それは全く表面的な上滑りな喜びだ。僕なら趣味の活動でもそんな一時的な喜びなどいらない。達成感のある、今まで知らなかった新しい喜びこそが、手ごたえのある生きる実感に繋がる喜びだ。そういったものは大概かなりの苦しみと煩わしさを伴う。その重い扉を必死で開いたところにだけ、本当の喜びが存在するのではないか。
2010.03.04
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・3.2.火奈良クラスの一人の生徒さんが僕の尾てい骨の痛みのことを心配下さり、お知り合いのリンパ体操の先生のところに僕を連れて行きたいと以前から言って下さっていて、生徒さんの付き添いのもと、今日ようやくその先生の元に伺うことができた。部屋に入って行くと、絨毯マットが敷いてある前に先生(50歳半ば女性)がおられ「今日は」と明るい挨拶。僕も「よろしくお願いいたします」とそこに横になる。早速いろいろ足のストレッチを行い「○○さんが男性を一人お連れすると言っておられたから、おそらく70歳は超えた方だと思っていたけど、えらく若い人じゃない。尾てい骨の痛みと聞いていたから、おそらく肝臓の問題じゃないかなと予想していたけど、どうやらそんな大きな問題ではないみたい。これは神経の問題ね。どんなものごとにも真面目に取り組み過ぎ。自分の専門以外に楽しめる、自分をリラックスさせることのできる何かを探さないと。少々のお酒とか、女遊びとか(笑い)クソ真面目だけでは神経が体に不満を訴える訳です。それと、腸と肺の冷えと固まりが酷い。膝と肘を曲げ、筋を伸ばしてやることが内臓を緩める。赤ちゃんが曲げた足と腕を揺するのにはちゃんと理由があります。」そのような話をしながら一時間半ほどストレッチを施して下さり終了。また新たな分野の話で新鮮だった。治療費は全く取られない。このようなボランティアを30年以上行っておられるというお話。しかしかなりの労働だ。その後心斎橋のヤマハに寄って、合唱団の新しい曲の楽譜探しに随分の時間を掛ける。多くの日本人作曲家が多くの曲を出版しているが、本当に良いものは非常に少ない。その後阿波座に向かいグループレッスン。
2010.03.02
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・3.1.月午後のクラスに一人見学の男性が見える。去年退職されてすぐということで、61歳。今日のクラスも舞台で活躍されている方々だったので「どうやったらあんな声がでるんだろう」とびっくりされていた。でもトランペットを長く演奏されて来たということで、譜読みには問題がないのでいろんな曲に挑戦して行けるだろうと思う。レッスン後その方を交えてコーヒーを飲みながら長く世間話。企業で活躍されていたころのことや、定年後に取り組んでおられる様々なことについてのお話を聞く。彼は某有名企業で働いておられたが、その会社では学歴による出世の違いというのは全くなかったというお話を聞いて感心する。大卒であろうが、高卒、中卒であろうが能力のあるものは評価を受け、皆一斉に同じ競争の場に立つ。もちろん学歴で現場の能力を計ることはできない。終身雇用の制度も含めて、すべて経営者の意向で方針が決められて来たということで、当時としては他ではあまり例を見ない社員の立場に立とうとした考え方にまた感心。学歴というもので人を分けて考えるというやり方は、これまたアジア独特なものではないだろうか。そのことを追求して調べた訳ではないが、ドイツでは学歴のあるものは教師、医者、研究者になるというルートは決められてはいたが、企業の中で道が分けられるという考え方はなかったように思う。新しい生徒さんがおられた企業は、かなり昔から極めてアカデミックな方針で人々を引きつけ、様々な能力の可能性の上に大きく成長した会社なのだろうと思った。夜は混声合唱団。雨が長く降っていたので、機嫌良く帰宅。
2010.03.01
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