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・11、29、月午後から心斎橋のカットショップ。僕と同年代の男性美容師の担当。彼はこれまでロック・ジャズと様々な音楽に熱を入れて来たが、今はクラシックに凝っている。それでまたモーツァルトについて談義。彼がいろんなことについて質問して来る中で、モーツァルトを含めて様々な芸術家が参加していたフリーメーソンなる宗教について話す。「フリーメーソンって何ですか?」と尋ねるので、「魔笛というオペラの中でモーツァルトとシカネーダがフリーメーソンの秘密を至る所に盛り込んだために、モーツァルトは罰を受け消されたという微かな噂もある」と説明すると、彼はとても興味深そうに唸った。いよいよオペラに興味が出て来たという話で「まずプッチーニの蝶々夫人のDVDを観ているのですが、最後まで眠れずに見通せたことがないんです。仕方ないので、次はワーグナーのマイスタージンガーに挑戦しようかな?」「そりゃ一層良く眠れることでしょう」「え!もっと眠いんですか?じゃー何を見れば眠くないでしょう?」「プッチーニで眠いのなら、もうどうしようもありません。蝶々夫人を眠らずに見通せてからワーグナーを考えてみれば?」「そうします」と肩を落とす。その後混声合唱団。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.11.29
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・11、27、土僕が指導に当たっている混声合唱団の本番を明日に控え、今日はいつもとは違うJR法隆寺駅近くの会場でオケ合わせ。午前中に第一部の練習を行い、休憩時間に入ったので一人でぶらりと外に出て昼食のできる場所を探す。ところが会場の周りは何もなく、白杖を手にぶらぶらしていると、すんでのところで池に落ちそうになってぎくりとする。そこに「大丈夫ですか?」という女性の声。見るとベビーカーを押した若いお母さん。「何かお探しですか?」「この辺りに食事のできるところはありますか?」「そこにコンビニならありますので、ご一緒しましょう」といい、彼女にとっては引き返す方向に付き添って下さる。「お子さんは何歳ですか?」「ちょうど7ヶ月です」7ヶ月といえば大変な時期だ。昼間子供とふたりっきりで毎日を過ごすとなると、不安も大きいだろう。初めての子供となるとなおさらだ。我々が話しながら少し歩いていると「あ、ここに二軒店があります。一つはラーメン屋で、もう一つは定食もある喫茶店です」「それじゃ僕はここに入ります」「後は大丈夫ですか?なんだったら出てこられるまでお待ちしましょうか?」「と、とんでもない!お忙しいのにまさかそんなご迷惑は掛けられません」とお礼を言って店に入る。すると合唱団の男性三人が奥に座っていて、僕を呼んで下さる。それから四人で様々なおもしろい話を展開し、腹を抱えて笑って食事を終える。それから会場に戻るとロビーの椅子に女性団員のご夫人方がたむろされていて、またそこに混じって世間話。話を聞くと、皆さん僕のブログを愛読して下さっていて、日記の内容について談義。「この間腎精についてのことを書かれていましたので、本で調べてみたんですよ」と一人がいうと「昔は毎日日記を書かれていたのに、最近はとびとびでサボられていますね」と誰かが手厳しいご意見。「最近はぼやきの内容がすっかり多くなりましたけど、昔のドイツの音楽紀行はとてもよかったですよ、ロマンチックで」などと、かなり昔から読んで下さっている様子。こんなに皆様に愛読していただいていると知って、僕もやりがいを感じる。でもこんな性格なので、皆様が喜んでいただける内容を選んで書くということは、僕はおそらくしないだろう。演奏でも文章でも、まるっきり自分のために行っている作業なのだ。だから僕自身と共に、人には好まれたり好まれなかったりするのだろう。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.11.27
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・11、26、金橋のない川をすべて聞き終わった。第七部を聞き終わったとき感じたのは、著者は明らかに第八部以降も書き進めたかったのだろうということ。もしくはどこかに第八部も存在するのだろうか。とにかく話は主人公の家族の生活が日常として営まれている途中で終わっている。そこには小説としての計画も校正も起伏も余り感じられない。でもそれは逆に僕をほっとさせる。すべて読み終わって、本の世界の人々との別れを愛しむ僕にとって、彼らの生活が本の外でこれからも続くことを思わせるからだ。考えてみれば、この本は画期的な部分を世界に開いて見せたのではないか。もちろん本が何度も述べているように、我々は何処に生まれようとも、何処に違いもない存在である。だから一定の人々が社会の歪から何処かの隅に追いやられたとしても、そこには優れた頭脳と、優れた才能と、すぐれた人間性が潜んでいる。たとえ貧困と差別のために学問から遠ざけられたとしても。そしてそういった人々の中に入った目で、様々なものを見る機会を与えてくれたのだ。おそらく我々の生きる根源はここから始るのだろう。そこが根源だからこそ、我々は多くのことに気付くことができる。前回にも述べたように、この本はある意味では偏っている。でもその偏りを踏まえた上で読めば多く学べるのではないか。今はまた気になる部分を読み返している。 つづく●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.11.26
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・11、24、水午前中に久しぶりのあべのの鍼灸院。何だか体に風邪が入ったような気がしたからだ。風邪が入ったというのは、いわゆる風邪を引く準備が整ったということである。タイミングを間違わずに治療に行くと、その整った状態を解除してくれる。隣のベッドで治療を受けていた年配の男性と、先生の会話を耳にする。男性はつい最近網膜剥離を起こして、入院していたという話。その原因が、腎精が減少しているからだと先生はいう。話を聞いていても、腎精とは何であるかはっきりとは分らなかったが、それは我々の命そのものであり、これが枯渇すると人は死ぬという説明。特に骨の中に含まれる成分を重要とし、これを補うためにはやはり鶏がらのスープが最も効果的ということ。そこで鶏がらスープを作る際の大事なポイントについて一通り講義。まず少なくとも、新鮮な地鶏の骨であること。鳥屋に行って「病人に食べさせるからいいのが欲しい」と言って出してもらうこと。それから、スープを決して煮立てないこと。煮立ててしまうと油が出てスープが濁る。これがなぜだか知らないが良くないということ。黄金スープでなくてはならないと先生は主張する。2・3時間ごとごと炊かねばならない手間の掛ることなので、なかなか生活の中で毎日という訳には行かない。でも昔のきちんとした中華料理は、このスープをあらゆる料理に使っていたという。でも今はそこに添加物やグルタミンなどを使用する。そうなれば体にとっては逆に負担にしかならない。年を取れば誰でも減少して行く腎精は、食事でしか補うことができないから、現代人には難しいことだ。
2010.11.24
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・11、22、月昨日日曜日は、年に一度の南大阪合唱祭。リハーサルのために朝早くホール入り。僕は二団体指揮を担当するため、慌ただしくリハーサルを終える。そこから本番時間まで延々待ち時間。一人で喫茶店に入り、デージー図書を聴きながら時間を過ごす。演奏会が始ると、最初の方にまず一団体指揮を振る。それからもう一つの団体の出演時間まで大分間があるので、客席に座って各団体の演奏を聴く。そして僕はうんざりした気分になる。何故なら、出て来る団体のほとんどが歌謡曲やつまらない映画音楽の編曲物を演奏していたからだ。歌謡曲のようなものでも深みのある詩と音楽、それにセンスの良い編曲であれば人を引きつける演奏になる場合もあるが、でもやはり商業ベースにうまく乗らすために作られたものに魅力などはない。団員がそれをせがむのか、はたまた指導者たちの趣味なのか。とにかく皆知っている簡単なもので、楽しければそれでいいという今の音楽に対する考え。僕は何だか合唱祭というよりは、カラオケ大会に来たような気持ちになった。それでもほんの数えるほどだが、きちんとした芸術性のある合唱曲に取り組んでいる団もあり、不思議なことにそれらの団の指導者は皆若い。僕の担当している団がレベルの高いものだという訳ではないが、どちらの団も僕が提案する難解な曲にけなげに挑戦し、発表の場ではいつもそれなりの成果を見せてくれている。でもそれは難しいというだけではなく、きちんと深みのある、掘り下げることに意味のある魅力のある作品を探して来ているつもりだ。しかし合唱祭が終わって、皆僕に「茶木さんの団は難しい曲をされるんですね」と一言だけ言って苦笑いを浮かべる。我々演奏者に責任があるのか、または客席にそれらを受け止めるアンテナを持ち合わせた人がいないのか。とにかく曲の内容や、その表現についての感想はめったに聞くことができない。単なるママさんコーラスの発表会に対して、僕が期待しすぎているのだろうか。しかし以前のこの合唱祭は、もっと違った空気があったように思う。リサイタルでも、このような合唱祭でも、結局自分のために演奏するしかない孤独な作業であることは充分承知なのだが。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.11.22
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・11、20、土朝の女声合唱団を終えて、阿波座へ。グループレッスンを終えて、急いで奈良に向かいNSK混声合唱団。これから土曜日はNSKの月の練習回数が増えるため、このようにばたばたした一日となり、ゆっくりケーキにお茶とも行かなくなるかも。明日は合唱祭で、また朝が早い。ということで、今日はこれで消灯。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.11.20
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本にアメリカ合衆国16代リンカーン大統領のことが出て来る。彼の名は「大草原の小さな家」にも度々出て来るので興味があった。尋常小学校の読本(教科書)に出てくる流れで内容が説明される。リンカーンは貧しい農家に生まれ、父の手伝いのために学校にもろくろく通うことができなかった。しかし彼は本を読むことが無類に好きであり、駆使して友人知人から本を借りて読み漁った。彼の家は丸太を組み合わせただけの粗末な小屋で、寝床に置いて眠った借りた本を雨漏りした水に濡らして、詫びに三日間知人の家で働いたりした。そのような貧困から大統領が生まれたことが、日本の貴賤上下の壁を越えることのできない本の登場人物たちには考えられないことだった(本の舞台である大正12年からすると、リンカーンは100年ほど前に生まれた人だ)。1800年後半が舞台の「大草原の小さな家」でも、リンカーンは偉人と仰がれていた。もちろん黒人を嫌う人々にとっては、厄介なことをした偉人だったようだが。彼のことは浅学にしてよく知らない。多くの人々に偉人と讃えられていることが、誠そうなのか調べてみたい
2010.11.18
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・11,17、水今日昨日を振り返っても、日記に書くようなネタは見付からない。本についての感想なら幾等でも書けるが、いつも過激なことを書いて周りに「そんなことを書いて大丈夫か?」と危惧されているので控えなくてはならない。本に比べれば、なんともドラマッチック性のない生活なのだ。デージー図書のCDは最後の一枚となり、いよいよこの小説ともお別れである。何故なら、規則でいつまでもCD7枚を手元に置いておく訳にはいかないからだ。すべて聞き終わった時には、周りのお叱りを覚悟でまた少々過激な感想を述べたいと思う。明日には一つ話題になるような出来事を期待したい。
2010.11.17
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大正時代に多くの韓国人が日本にわたり住んでいた理由の一つが、本に出て来る。当時日本が韓国を侵略して以来、韓国は事実上日本政府の支配下にあったようである。韓国の農民たちがいつも通り畑を耕していると、日本人の検査員と名のる数人がやって来て、この土地は日本政府に申告しているかと尋ねた。農民たちは、申告すれば多量の税金を取られるようになると聞いていたので、首を横に振る。検査員はすなおに帰って行くが、数日後また数人でやって来て彼らの土地に杭を打ち始める。「何をするのだ」と抗議すると「この土地は申告されていないので、日本政府が没収する」と答えた。そのようにして多くの農民が我が土地を奪われ、その日食うこともままならず、仕方なく皆仕事を求めて日本に粗末な船で渡った。そのようにして日本で何とか暮らしている国の人々を頼って、また多くの韓国人が日本に渡って住んでいた。そして関東大震災のどさくさの際「震災に合わせて、朝鮮人たちが暴動を起こした」というでまを触れ回り、大義名分の下虐殺を行なったのだ。何故そのようなことをせねばならなかったかということだが、多分貧困の苦しみから天皇に対して何をするか分らない者たちを、今のうちに処分するようにという指令が上から出たのだろうということ。その上というのが何処であるかが問題であるが。そしてまず横浜で80人ほどが捕まり一つの部屋に監禁された。そしてそこに日本刀を持った憲兵が大勢で乱入し、その場は地獄と化した。その後東京で震災で家を失くした韓国人(乳飲み子を抱えた女性やまだ幼い少年少女を含む)をやはり軍隊と憲兵が片っ端から虐殺した。その数万を超えるという。このような事実は現代の我々には伝えられず時代の波に黙殺されているようだが、本は克明に語っている。本を全く信用するのは危険かもと思いながらも、おそらくこれらは事実なのだろうと確信せざるを得ない。政府、軍、そして~。彼らが近い歴史に刻んで来た事実は、残念ながらこの日本でのことなのだ。そして我々はこの国の悲しい程度の低さを受け止めなくてはならないのではないだろうか。また我々は、今からでも彼らの冥福を祈るべきではないか。
2010.11.15
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・11、13、土朝の女声合唱団では、来週本番に向けての詰めの練習。その後阿波座でのグループレッスン。皆さん風邪を引いてから一ヶ月以上経ってもまだすっきりせず、中には二週間近く熱が下らなかったという人も。どうやら皆さん同じような症状で、信じられないほど長引くようである。風邪の症状も少しずつ変化して来ていて、菌が強くなり気管支や腸に炎症を起こし長引くものとなって来ている。もちろんこれも温暖化による変化ではと思われるが、このまま行くと単なる風邪もどんな症状を見せるようになるかは危惧するところである。大正時代に人々を苦しめた権力、年貢、貧困、差別などに変わって、今我々が立ち向かわねばならない相手は、我がこの世界を犯し続けて来た付けの支払い、自然からの代償請求であるのかもしれない。夜はお世話になった友人を招待してのディナー。阿波座にあるドイツレストランに出向く。僕はドイツ料理と聞いてあまり良い印象を受けなかったが、友人の希望で思い切って行ってみることとしたのだ。どうせソーセージとジャガ芋ばかりが出てくるのだろうと考えていた。店に入るとドイツ女性の店員が出迎えてくれ、やはりソーセージ、ベーコン、豚肉が中心の料理。しかしそれはとても美味しかった。最初に店員のドイツ女性が我々のテーブルにやって来て「英語が話せますか?」と尋ねた。「ドイツ語しか話せません」というと「それはなおさら結構」と言って微笑んだ。それから彼女がテーブルに来る度に、我々はいろんな話をした。彼女はミュンヘンから来ていて、日本のロックが好きだと話した。ビール、自家製ソーセージ、黒パン、ミュンヘン女性のドイツ語などで僕は何だかドイツがとても懐かしくなった。時間も遅くなり我々が立ち上がると彼女は僕のところに来て「私はもう貴方たちを開放しなくちゃいけない?」と言った。「残念だけどもう行かないと」「そう、本当に残念だわ」といって本当に残念そうな顔をした。ドイツのお決まりの店員の愛想言葉だが、まるで恋人通しのような会話だ。今日はちょっと変わった食事で楽しかった。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.11.13
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・11、10、水本は今大正12年。少しずつではあるが、世の中の考え方も変化しつつある部分も見えて来る。長い年月に人の作り上げた固定観念や習慣や常識も、時代の移り変わりと環境の変化によって崩れて違った側面を見せる部分も出て来るのだ。しかしあくまでそれは一部分であり、真の改革はまだまだ遠い。そんなころ丁度関東大震災が起こり、東京、横浜は壊滅する。本で明かされる事実に驚くが、地震のドサクサに紛れて多くの朝鮮人と社会主義者が憲兵によって虐殺されるという話が出て来る。この時代朝鮮は日本の支配下にあったのだと思うが、それにしてもかなり多くの人々が日本で暮らしていたのは何故なのだろう。彼らは自分の意思で日本に来ていたのか、もしくは拉致されて来た人々の子孫たちなのか。とにかく彼らへの差別と非道な対応は、国に対して問題を起こす可能性のある者はどさくさに紛れて消せというような、正に恐怖政治である。勉強になる一つの話。我々人間は、その昔皆右手も左手も同じように起用に動かし仕ごとをしていたという(今でも外科医は右左同等に使えないと名医にはなれないという話)。それが互いに利害や欲のために争うようになり、剣を扱わねばならなくなった。とにかく相手にやられないためには自分の心臓を守らねばならず、これを左手で防御し、右手で剣を握った。そのせいでだんだん右手が強くなり、ほとんどの者は右利きとなっていった。その昔は左利きはギッチョとからかわれたが、実は右利きこそが暴力のなごりであり、左右同等に手を働かせることの出きる者が本来の姿であるという話。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.11.10
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・11、9、月昨日日曜日は、女声合唱団の本番で朝早く会場に出向きリハーサル。午後に本番を終え、そのまま急いで京都市コンサートホールに向かう。NSKが深く関わりを持つ「京都、命輝け第九を歌う会」の二年に一度の演奏会が開催されたのだ。今回で9回目を数え、そこまで続けてこられた主催者のご苦労を思わずにはいられない。ソリストを務めていたのは学生時代のかつての旧友たちで、久しぶりの彼らの歌声に昔を思い出した。思えばもうかなりの年数が経ち、みんなそれぞれ環境や年齢や考えも変化したことなのだ。本では今、荘子老子の残した書物についてのことが出て来ている。それがまた主人公が刑務所の中で初めて手にするのだ。ところどころ書物そのままの文が紹介されるが、全くちんぷんかんぷん。でも本の中では読んだ主人公が他の者にその読んだ本の内容を噛み砕いて説明する場面も多く、それは分りやすく説明してくれているにも関わらず、やはり難解である。しかし紀元前の世ですでに彼らは国が荒れて行く原因、人間が本来どう生きるべきかを提示している。簡単に言うと、人間は自然の中でその摂理に基づいて純朴に生きることこそが正しく(僕なりに解釈するに、動物や植物と同じように生きるということだろうか)そこに利害を求める者が出て来るから教えが必要となって来る。しかしこの教えは、「仁義」というものを中心に、尊ぶ者に対しての仁義や忠義で上下関係をはっきりさせ、それがいつの日か貴賤上下に繋がって行く。だから我々は「欲」を捨てることを最も重要な課題とし、それが上下関係に不満を募らせた暴動や犯罪を生まず、争いのない国を導く(18章)というような内容のようだ。本のすべての内容を知らねばもちろん判断はできないが、いつの世も人間は同じ問題を抱えているのではないか。今の我々の時代は本当のところどうなのだろう。気が付かないうちに貴賤上下にも似た箱に押し詰められ、上が贅沢三昧するための年貢を納めさせられてはいないだろうか。
2010.11.08
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・11、6、土午前中に女声合唱団。明日の合唱祭に向けて詰めの練習。その後、別の女声合唱団の音楽祭出演のため移動。今日と明日で、演奏する曲が頭の中でごちゃごちゃになってややこしい。本はいよいよ政治的な内容が濃くなって来て、何々思想や何々主義などという相対する考え方、思惑が入り乱れる。舞台になっている村の人たちの思想から、本は社会主義的な立場を取っている。そのため資本主義や共産主義、国粋主義などを警戒し嫌悪する内容となっている。しかし僕はこの「何々主義」という区分が好きではない。其々の主義には、其々の筋の通った考えの発露があり、矛盾があり、危険があり、思惑が潜んでいるのではないか。貧乏な村の人々がなぜ自分たちが何百年たっても悲惨な貧しさから抜け出せないのかと考えた末行き当たるのは、社会の上に貴賎上下が確固と確立されていて、尊ばれる人々がいつまでも尊ばれるように仕組まれているからだ。でも言うまでもなく人間は生まれながらにして貴賎などというものはありえない裸の赤子であり、宇宙の摂理から言って平等である。そういった本の言い分は最もであり正しいことだ。にも関わらず、その平等を獲得するために組織を立ち上げ、活動となって来ると様々な問題が生じる。世の人々はそれを、主義とか思想として恐れ異端視し警戒するようになって行くからだ。元々の主張や改革の純粋な心は、いつしか「主義」という一歩間違えば一人歩きしかねない大きな影に化けて行くかもしれない。なぜなら、人々の直面する壁がどうしようもなく部厚く、動きがたく思えるからだ。だから暴力に訴えるようなことにもなり、人々との溝を深める結果となるのかもしれない。でも一方、団結して何かを主張して行かなければ、自分たちの尊厳はいつまでも損ない続けられるだろう。難しいものだ!我々人間の宿命とも言える問題は、すべて自分たちが優れていて尊く、他派それに劣ると位置づけたいからだと本は語る。日本国は他の近隣諸国を。白人は黒人を。侵略者はインデアンを。男性は女性を。言葉と実際の暴力(戦)で自分たちの尊ばれるべき地位を獲得して行く。これは学校の中や町、地域の中でも行なわれると語る。にも関わらず、本の主人公たちの立場に立ち過ぎるといつしか「主義」にどっぷり浸かることになり、客観的にものを見ることができなくなるだろう。
2010.11.06
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・11、3、水午後のレッスンと、夜のアンサンブルクラスの間に難波病院のことについて検索する。ちょうど本に難波病院が出て来るが、一体大正時代にどういったものとして存在したのかがよく分らないためである。調べると大阪球場跡、今の難波パークスの辺りにあったらしく、そこは苦界に身を沈める女性たちのための病院であったらしい。病院であれば病気を治すための安らかな場所であるかと思いきや、名ばかりなこの世の地獄と言われた場所らしい。遊郭にいるよりもなお地獄とは、一体どのようなところであったのか、本の内容では計り知れない。ただ、その病院に身を置いていた一人の女郎が、小指を噛み切った上、血で書き残した数え歌のようなものが残っている。彼女は字が書けて、しかもかなりの文才があったようである。「病院唄『人も知つたる大阪の、ところは難波の病院で、兩親そろうてありながら、お傍で養生も出來ませぬ。皆さん私の振を見て、可愛やいとしと申します。よもや是程長いとは私も夢さら知らなんだ。いつも治療に上りても、全快する期は更になし。無理なお上の仰せには、こんな病院建ち上り、長い廊下も血のなみだ、こぼし歩くも親のため、山家育ちの私でも、こんな病院戀しうない、辛苦島田に結うた髪を、病院内では亂れ髪。』」そういった運命を辿るしかなかった女性たちの大半は、貧しさに耐えかね、親に説得されて家族のためにやむなく身を沈めるもの、借金を返すために親に売り飛ばされたもの。どちらにしても親の尻拭いである。どんな貧しさに見回れているとしても、我が娘を苦界などに奉公させるなど理解不可能である。12歳を迎えるとすぐに親元を離れた大阪に売られていく少女たちの胸のうちを思うと居たたまれず、生まれる家を選べない子供たちの不運を思わずにはいられない。どの時代にも、人間を失格した人の親が存在するのだ。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.11.03
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・11,1、月先週金曜日の日記で、血縁関係の33歳の女性の毛を三本身に付けて徴兵検査に向かうおまじないの話を掲載したが、実はこの三本の毛は頭ではなく下の毛のことである。漢字二文字で掲載したところ、サーバーからクレームが出て掲載不可能となった。頭の毛では、何の奇妙なまじないでもない。昨日日曜日は京都木津の合唱団に出向き、第九の練習。朝7時のバスで出掛けたが、このところ数日朝早い日が続き少々寝不足。電車の中の長い時間も、本があれば全く苦痛ではない。貧しい村の人々が微々たる稼ぎのために毎日働く職場や、粗末な家の中で交わされる会話は常に冗談や笑いの中に潜んだ重要な哲学に満ちている。村の中にある寺の住職は、村人が何百年差別を受け、貧しい暮らしを余儀なくされているのは前世で悪いことをしたからであり、その報いであるから我慢するしかないと説く。「それやったら王家皇族や華族は前世でよっぽど良い事をしたのやな。そんなええことをしてきたんやったら、なんでわしらみたいな貧乏人をなくすことができひんかったんやろ。それは、自分たちの高貴な身分、貴賤上下を確たるものにしたいためやあるまいか。高い身分を設定するためには、低い身分がどうしても必要や。前世が悪いから諦めろやなんて、あほにするのもええかげんにし」勉強になる一つの話。明治に入って大阪では牛肉を食べるようになって来る。それまで四足の物を食べることは穢れを意味し、はやり出した牛肉も鍋で煮たりすると鍋が穢れて二度と使えなくなるという迷信があった。それでもそのうま味に虜になって行った人々は、焚き火の上に農具の鋤をかざして(七輪を使えばそれも穢れると言われたため)、その上で肉を焼いて舌鼓を打ったという。それがすき焼き(鋤焼)の発生であるらしい。こう言った「穢れ」などという意味不明なこじつけの迷信が、人間の中に身分などというものを作っていった根源ではないか。人や動物の死体や血を扱う仕事に就く者は穢れているなどと言い出したのは神社だ。その昔、神社に勤めている巫女は産婆の役目も兼ねていて、いわゆる血を扱う仕事として穢れているという理由で、町の中には住めなかったという。女人禁制の山があったり、土俵に女性が入れないこともこの理由に端を発する。だが不思議なことに医者は穢れではないのだ。そういったことを言いだす者も、それを信じる者も余りにもバカげている。そんなことを言えば、24時間体の中に血液を走らせている我々生物すべてが穢れということになるではないか。明治も時が進むと、穢れの代表であった牛肉は、一番のご馳走として敬われ出した。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2010.11.01
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