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6月1日、安倍晋三首相は官邸記者クラブのキャップとの懇親会で中国との戦争を想定していると受け取れる発言をしたようだ。オフレコの会だったようだが、そこで「安全保障法制」、いわゆる戦争法制は「南シナ海の中国が相手」だと口にしたという。この話は週刊現代のサイトで取り上げられ、国外でも問題になっている。 安倍晋三政権が成立させようとしている戦争法制が集団的自衛権と密接な関係にあることは言うまでもない。その関連法案を夏までに成立させると安倍首相は4月29日、アメリカ議会の上下両院合同会議で宣言している。 しかし、安倍政権が中国との戦争を想定していることは端から明らかだった。「誰もがうすうす感じている」レベルの話ではない。安倍政権はバラク・オバマ大統領に対して強気の発言をすることがあるが、これは安倍がオバマを担いでいる勢力のライバルであるネオコン/シオニスト/イスラエル第一派に従属しているからだ。ネオコンは1991年にソ連が消滅した後、軍事力で世界を制覇するプロジェクトをイスラエルやサウジアラビアと推進、兵力不足はイスラム武装勢力やネオ・ナチで補ってきた。 ネオコンのスポンサーとして知られているシェルドン・アデルソンはウクライナ系ユダヤ人で、カジノ業界の大物だが、イランを核攻撃で脅すべきだと2013年に主張した好戦派。2013年11月には自民党幹事長代行だった細田博之に対し、東京の台場エリアで複合リゾート施設を作るという構想の模型を披露しながらスライドを使って説明、14年2月には日本へ100億ドルを投資したいと語った。同年5月にはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が日本政府高官に対し、アデルソンへカジノのライセンスを速やかに出すよう求めたとイスラエルのハーレツ紙が今年2月5日付け紙面で伝えている。 ネオコンが国防総省の主導権を握っていたジョージ・H・W・ブッシュ政権では世界制覇プロジェクトが始動している。その時の長官はリチャード・チェイニー、次官はポール・ウォルフォウィッツ。同省のシンクタンクONAで室長だったアンドリュー・マーシャルのアドバイスを受けながら、ウォルフォウィッツたちは1992年に作成されたDPG(国防計画指針)の草案にプロジェクトの概要は描かれ、ウォルフォウィッツ・ドクトリンと呼ばれている。 このドクトリンではアメリカを「唯一の超大国」と位置づけ、潜在的ライバル、つまり西ヨーロッパ、東アジア、旧ソ連圏、南西アジアを潰すという方針を示している。ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官によると、ウォルフォウィッツは1991年にシリア、イラン、イラクを殲滅すると話していたようだが、このプランは今でも生きている。 クラークはビル・クリントン政権がユーゴスラビアを先制攻撃した侵攻作戦を指揮した人物で、今もウクライナでの軍事作戦には積極的。この点はネオコンと同じだ。ユーゴスラビア侵攻のキーパーソンはマデリーン・オルブライトで、1997年にウォーレン・クリストファーから引き継ぐ形で国務長官に就任してから戦争へ向かって突っ走ることになった。 オルブライトはアフガニスタンで戦争を仕掛けたズビグネフ・ブレジンスキーの教え子で、バラク・オバマ政権で国家安全保障問題担当の大統領補佐官に指名されたスーザン・ライスの師でもある。また、オバマ大統領はブレジンスキーの教え子だ。 DPGの草稿を作成した1992年当時、ネオコンはソ連を破壊し、ロシアを属国化したと認識していた。実際、ボリス・エリツィンはアメリカの傀儡。2000年にネオコン系シンクタンクのPNACは1992年のDPG草稿をベースにして「米国防の再構築」という報告書を公表、その中で東アジアを重視するとしたのは、そのためだろう。ソ連消滅後、アンドリュー・マーシャルは中国脅威論を唱えていた。 この戦略を揺るがせているのがウラジミル・プーチン。アメリカ支配層と手を組んでロシア国民の資産を盗み、巨万の富を築いて政府を支配していたオリガルヒをコントロールすることに成功、ロシアを再独立させた。ネオコンの好戦的な政策は、そのロシアを中国へ接近させることになり、今、アメリカは崩壊の瀬戸際だ。 本ブログでは何度も取り上げたように、アメリカ支配層はプーチン体制を破壊するためにウクライナを昨年2月のクーデターで再支配、今年2月には国防長官が戦争に消極的なチャック・ヘーゲルから好戦的なアシュトン・カーターへ交代、東アジアでも軍事的な緊張が高まってきた。カーターは2006年にハーバード大学で朝鮮空爆を主張している。 ウォルフォウィッツ・ドクトリンが作成された2年後、国防大学のスタッフだったマイケル・グリーンとパトリック・クローニンがカート・キャンベル国防次官補を介してジョセフ・ナイ国防次官補やエズラ・ボーゲルに会い、日本が自立の道を歩き出そうとしていると主張、そして発表されたのが1995年の「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」。 1997年には「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」が作成され、「日本周辺地域における事態」で補給、輸送、警備、あるいは民間空港や港湾の米軍使用などを日本は担うことになる。「周辺事態法」が成立した1999年にはNATOがユーゴスラビアを先制攻撃した。 2000年にナイとリチャード・アーミテージを中心とするグループが作成した「米国と日本-成熟したパートナーシップに向けて(通称、アーミテージ報告)」では武力行使を伴った軍事的支援が求められ、「日本が集団的自衛権を禁じていることが両国の同盟協力を制約している」と主張、「この禁止を解除すれば、より緊密かつ効果的な安保協力が見込まれる」としている。 ネオコンに担がれたジョージ・W・ブッシュがアメリカ大統領に就任した2001年9月11日のニューヨークにあった世界貿易センターやワシントンDCの国防総省本部庁舎が攻撃され、それを利用してアメリカ支配層は国外で侵略戦争を開始、国内ではファシズム化を推進した。 日本では2002年に小泉純一郎政権が「武力攻撃事態法案」を国会に提出、03年にはイラク特別措置法案が国会に提出され、04年にアーミテージは自民党の中川秀直らに対して「憲法9条は日米同盟関係の妨げの一つになっている」と言明、05年には「日米同盟:未来のための変革と再編」が署名されて対象は世界へ拡大、安保条約で言及されていた「国際連合憲章の目的及び原則に対する信念」は放棄された。その延長線上に今回の戦争法案はある。 2006年にキール・リーバーとダリル・プレスはロシアと中国の長距離核兵器をアメリカの先制第1撃で破壊できるとする論文をフォーリン・アフェアーズ誌(CFR/外交問題評議会が発行)に書いているが、ネオコンはそう考え、その子分である日本の「エリート」もそう信じたのだろう。日本の防衛省幹部の中には、「オフレコの会」で「今なら中国に勝てる」と公言している人もいるようだ。
2015.06.30
不正な手段で多額の借金を背負わされ、返済は不可能な状態だと仮定しよう。しかも貸し手は高利貸し。取り立てに応じていれば、生活が成り立たないのだが、カネ貸しは身ぐるみ剥ごうとする。そこで高利貸しが生活のさらなる切り詰めを条件にして生活資金を貸そうと言ってきたとき、これを「支援」と言うことはできない。 ギリシャを財政危機に陥れたのはゴールドマン・サックスをはじめとする巨大銀行やヘッジファンド、そうした集団と手を組んでいたギリシャの腐敗した支配層だと言え、その責任を問うためにも金融機関を徹底的に調べる必要があるのだが、そうしたことは行われていない。IMF、ECB(欧州中央銀行)、EC(欧州委員会)のトロイカはギリシャの庶民に責任を押しつけ、年金や賃金を大幅に減額、社会保障の水準を下げ、失業者を増やそうとするばかりだ。 ロナルド・レーガン政権で財務次官補を務めたロバート・クレイグ・ロバーツなどは、財政危機への対処として通貨を刷るという手段もあると指摘している。ECBはヨーロッパの金融システムを守るために行っていることをギリシャに対しても行えば良いと言っている。こうしたことをするとインフレを招くと教科書は説明しているが、今の世界では通用しない理論。実際、そうしたことは起こっていない。 日本でも日銀の黒田東彦総裁が「量的・質的金融緩和(異次元金融緩和)」を推進しているが、インフレにはなっていない。生産力をなくしたアメリカでは物を買うためにドルを発行するが、それは金融市場へ流れ込んでバブルになり、インフレにはならない。 つまり、IMF、ECB、ECがその気になれば、ギリシャは助かるのだが、このトロイカや、その背後のウォール街はギリシャを助けるつもりはないのだとロバーツは言う。その通りだ。先日、ギリシャは天然ガス用のパイプラインを建設するためにロシアから融資を受けることになったが、助かる道はロシアと手を組むしかない。 勿論、ウォール街は決して許さないだろう。歴史を振り返ると、アメリカの支配層は自分たちのカネ儲けを邪魔する人びとを排除してきた。暗殺やクーデターは珍しくない。ウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ大統領もEUと組んで国を破綻させるのではなく、良い条件を出したロシアへ接近しようとした結果、ネオコン/イスラエル第一派が主導するクーデターで排除された。NATO加盟国であるギリシャにはイタリアのグラディオとつながっている秘密部隊(テロ部隊)が存在していることを忘れてはならない。 ボリス・エリツィン時代のロシアでも財政は破綻、金融緩和と私有化で一部の人びとは巨万の富を築いた。ギリシャの遺跡を巨大資本は、よだれを垂らしながら眺めていることだろう。そうした状況をギリシャ政府も熟知しているはずで、だからこそ7月5日に国民投票を実施すると発表、トロイカ側もそうした事情を理解しているので「金融支援プログラム」の延長を拒否したわけだ。 IMFの出したGDP(国内総生産)の見通しによると、2010年には−4.0%だが、11年になると−2.6%に改善、12年は+1.1%、13年は+2.1%になるはずだったが、実際は遥かに悪く、−4.9%、−7.1%、−7.0%、−4.2%と下がり続けた。失業率は11.8%、14.6%、14.8%、14.3%になるとIMFは見通していたが、実際は12.6%、17.7%、24.3%、27.3%だ。 ギリシャ国民はトロイカの政策を明確に拒否しているが、こうした経済の悪化を見るだけでも、その理由はわかる。それでもトロイカは獲物が逃げることを許さない。激しい戦いが始まりそうだ。
2015.06.29
今年2月までNHKの経営委員を務めていた百田尚樹は「本当につぶれてほしい」新聞として朝日新聞、毎日新聞、東京新聞を挙げたという。この3紙の評価は上がったかもしれないが、日米支配層のプロパガンダ機関という点で読売新聞、産経新聞、日経新聞と大差はない。百田はリベラルを装いたい朝日新聞の回し者ではないか、と思われても仕方がないような発言をしている。 ジャーナリストのむのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」が主催する講演会の冒頭、「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言、その後、マスコミから疎んじられるようにようになったらしいが、この指摘は事実。(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)竹中労の表現を借りるならば、「言論」は「強権のドレイ」にすぎない。 最近の「報道」を見ても、TPP/TTIP/TISAの問題点、例えばISDS条項の話は避けているほか、イラク、リビア、シリア、イラン、ウクライナなどでの戦闘に関する話はアメリカ(ネオコン)が作り上げた偽情報を垂れ流しているだけ。アル・カイダが何を意味しているのか、あるいはIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)にどのような歴史があるのかといったことは知らん振り。日米支配層にとって都合の悪い事実は決して伝えてこなかった。 IMFの元ギリシャ代表によると、IMFは自分たちに都合の悪い事実を隠し、都合の良いストーリーを広めるためにギリシャのジャーナリストをワシントンDCで訓練してきたそうだが、日本の記者も同じだという話を聞く。それだけでなく、国内では記者クラブという仕組みでシステム化されている。 ウォーターゲート事件を暴き、リチャード・ニクソン大統領を辞任に追い込んだワイントン・ポスト紙を「言論の自由」の守護神であるかのように考え、信奉している人もいるようだが、その事件を実際に取材していたカール・バーンスタインは1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、その直後に「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いている。それによると、まだメディアの統制が緩かった当時でも400名以上のジャーナリストがCIAのために働き、1950年から66年にかけて、ニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供しているとCIAの高官は語ったという。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977) ちなみに、デタント(緊張緩和)へ舵を切ったニクソンが排除された後、ジェラルド・フォード政権ではドナルド・ラムズフェルドやリチャード・チェイニーを中心とする好戦派が主導権を握り、デタント派は粛清された。ポール・ウォルフォウィッツなど後にネオコンと呼ばれる「イスラエル第1派」が台頭したのもこのとき。 昨年8月にはドイツの経済紙ハンデスブラットの発行人、ガボール・シュタイガートは「西側の間違った道」と題する評論を発表したが、その中で軍事的な緊張が高まったのはロシアがクリミアを侵略したためだったのか、それとも「西側」がウクライナを不安定化したからなのかと問いかけている。 勿論、仕掛けたのはアメリカ。2013年11月に始まった反政府行動は翌年2月中旬から暴力的になるが、その中心グループはNATOの訓練を受けたネオ・ナチだった。2月18日頃からネオ・ナチはチェーン、ナイフ、棍棒を手に、石や火炎瓶を投げ、ブルドーザーなどを持ち出し、ピストルやライフルを撃つ人間も現れた。 2月21日にヤヌコビッチ大統領と反ヤヌコビッチ派が平和協定に調印したが、22日に狙撃で多くの死者が出始め、議会の議長を務めていたボロディミール・リバクは「EU派」の脅迫で辞任した。この日、後任のアレクサンドル・トゥルチノフを議会は大統領代行に任命するが、これは憲法違反。このクーデターを日本では「護憲派」も支持していた。 事態を劇的に悪化させた狙撃を行ったのが反ヤヌコビッチ派だということはEUも知っていた。2月25日にキエフ入りして調査したエストニアのウルマス・パエト外相は翌日、キャサリン・アシュトンEU外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)に対し、反政府側が実行したと強く示唆しているのだ。 こうしたことを念頭に、シュタイガートは問いかけたということ。「西側」は戦争熱に浮かされ、政府を率いる人びとは思考を停止して間違った道を歩み始めたと彼は批判している。 西側の「ジャーナリスト」が事実に反する「報道」をする理由について、ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング紙で編集者を務めていたウド・ウルフコテは、ドイツを含む多くの国のジャーナリストがCIAに買収され、例えば、人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開していると告発している。 そうした仕組みを作り挙げるため、アメリカの支配層はドイツの有力な新聞、雑誌、ラジオ、テレビのジャーナリストを顎足つきでアメリカに招待、そうして築かれた「交友関係」を通じてジャーナリストを洗脳していく。日本にも「鼻薬」を嗅がされたマスコミ社員は少なくないと言われている。 ウルフコテは今年2月、この問題に関する本を出しているが、その前からメディアに登場し、告発に至った理由を説明していた。ジャーナリストとして過ごした25年の間に嘘を教わったことは、嘘をつき、裏切り、人びとに真実を知らせないことだという。彼が告発を決意したのは、ドイツやアメリカのメディアがヨーロッパの人びとをロシアとの戦争へと導き、引き返すことのできない地点にさしかかっていることに危機感を抱いたからのようだ。 こうした買収工作がなくてもメディアはプロパガンダ機関になる構造的な問題がある。マサチューセッツ工科大学のノーム・チョムスキー教授はその原因として5つの理由を挙げている。 第1に、新聞にしろ放送にしろ、相当の資金力がないと情報を発信する体制を整えることができないため、中低所得層の立場から報道するメディアは少なくなる。巨大資本にしてみるとメディアを維持するコストは小さく、規制緩和でメディアは巨大資本に所有されるようになった。 第2に、主な収入源である広告主に逆らうことは困難だということ。手間ひまかけて内容のある報道をするよりも、当たり障りのない記事を書き、番組をつくって広告を取った方が「コスト・パフォーマンス」が良いと考えるマスコミ経営者は少なくない。2008年11月にはトヨタ自動車の相談役だった奥田碩は首相官邸で開かれた「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」で、「正直言ってマスコミに報復してやろうか。スポンサーでも降りてやろうか」と発言している。 第3に、メディアは支配層とのトラブルを避けるためにも情報源を政府や大企業、あるいはそうした支配層からお墨付きを得た「専門家」たちに頼っていることがある。東電福島第一原発の炉心溶融事故やイラク戦争で嘘を言っていたことが判明している「専門家」が今でもマスコミで重用されていることを見ても、マスコミが事実に興味がないことは明白だ。 第4に、支配層からの圧力や脅しへの恐怖がある。特に日本のマスコミ関係者はそうした圧力や脅しに弱い。 第5に、「反コミュニズム」というイデオロギー。大企業のカネ儲けシステムにとって障害になりそうな人物、団体、システムは「コミュニズム」のレッテルをはって攻撃してきた。ウクライナの問題では「反ロシア」、あるいは「嫌露」の感情が事実を封印している。事実を直視して分析するのではなく、感情を正当化するために事実をねじ曲げている人も少なくない。 もし、百田が本当に朝日新聞、毎日新聞、東京新聞を潰したいと考えているとするならば、彼は現状を把握できていないと言えるのだが、ほかの問題でも彼は事実を軽視しているので、自分が入り込んでいる妄想の世界に浸っているだけなのだろう。その妄想に合ったストーリーを語っている。フィクションの語り手としては優秀なのかもしれない。
2015.06.28

ギリシャは西側の巨大金融機関とギリシャ国内の腐敗したエリートの餌食になりつつある。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などを使い、国民に事態を隠しながら借金を急増させ、投機集団からカネを受け取る代償として公共部門の収入を差し出すということが行われていたという。国を借金漬けにした後、「格付け会社」がギリシャ国債の格付けを引き下げて混乱は始まった。(日本でも1970年代後半から意図的に財政赤字を拡大させ、公的な年金や健康保険のシステムを破壊する政策を推進してきた可能性が高い。) 今、そのギリシャを料理しているのがIMF、欧州中央銀行、欧州委員会のトロイカ。内外の支配層へ資金/富を流す一方、庶民へ緊縮を強要して搾り取りつつある。トロイカやその黒幕たちはギリシャを救うつもりはない。彼らの発想は闇金のそれと同じだと思った方が良い。トロイカの要求を受け入れたなら、事態はさらに悪化するだけだ。 それをギリシャ政府も承知しているはずだが、トロイカの要求を拒否するほど強くはないようだ。そこで6月27日、首相は財政緊縮の強化を受け入れるかどうかを問う国民投票を7月5日に実施すると発表した。この投票でトロイカの要求を受け入れる結果が出たなら、それは自殺行為だ。 IMFは略奪を正当化するための「見通し」を発表してきたが、現実とは大きく乖離している。今、トロイカが言っていることも信用できないということだ。IMFの元ギリシャ代表の証言によると、IMFは自分たちに都合の悪い事実を隠し、都合の良いストーリーを広めるためにギリシャのジャーナリストをワシントンDCで訓練してきたと証言している。これもアメリカの常套手段。日本でも当てはまる話で、TPPの場合と同様、ギリシャの債務問題でも西側金融資本の立場からストーリーを展開している。
2015.06.28
2013年11月から今年2月にかけてNHKの経営委員を務めた百田尚樹が自民党の議員が開いた「文化芸術懇話会」で「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」と発言、問題になっているようだ。こうしたことは裏で静かに行うもので、百田が行ったような露骨な発言は愚の骨頂だと支配層は思っているだろう。 言うまでもなく、随分前から新聞社の経営状況は悪く、銀行がその気になればすぐに倒産するわけで、実際に「つぶすぞ」と脅されていると考えてる人は少なくない。つまり、新聞は支配層に逆らえない。テレビ局はスキャンダルという弱みがあるようだ。しかも、経営者や編集幹部は取り込まれている。 百田は都知事選に立候補した田母神俊雄元航空幕僚長を応援した際、極東国際軍事裁判(東京裁判)について、東京大空襲や原爆投下を「悲惨な大虐殺」を「ごまかすための裁判だった」と語り、南京大虐殺も否定したという御仁。思慮深いとは到底言えない。そこで再任されなかったのか、というと、そうではないらしい。安倍晋三政権は慰留したが、本人が断ったという。 安倍首相は百田より1カ月遅れで埼玉大学名誉教授の長谷川三千子をNHK経営委員として任命しているが、この人物は再任された。1993年10月に朝日新聞東京本社の応接室で拳銃自殺した野村秋介について長谷川は「人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中の目の前で、野村秋介は神にその死をささげたのである」としたうえで、野村氏の自殺によって「わが国の今上陛下は(『人間宣言』が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神となられたのである」と追悼文に書いている。長谷川自身は勿論、安倍首相もNHKも埼玉大学も正気とは思えない。そうした人物がまだNHKの経営委員を務めているわけで、NHKが言論の自由に目覚めたわけではないだろう。 百田は作家らしいが、基本的にフィクションは読まないので作品自体に感想はない。プロフィールなどを見ると、放送作家として「探偵!ナイトスクープ」のチーフライターを務め、2006年には『永遠の0』なる小説が出版されて13年に映画化されたようだ。 2006年と言えば、ロシアと中国の長距離核兵器を第1撃で破壊できる、つまり先制核攻撃でアメリカは世界の支配者になれると主張するキール・リーバーとダリル・プレスの論文がCFR/外交問題評議会の発行しているフォーリン・アフェアーズ誌に掲載された年でもある。 ちなみに、その前年には「日米同盟:未来のための変革と再編」が署名されて対象は世界へ拡大、2004年にはリチャード・アーミテージが自民党の中川秀直らに対して「憲法9条は日米同盟関係の妨げの一つになっている」と言明、03年にはイラク特別措置法案が国会に提出され、そして02年には小泉純一郎政権が「武力攻撃事態法案」を国会に提出している。こうした好戦的な雰囲気の中に百田はカネの臭いを嗅ぎつけたのかもしれない。出版社や読者が何を望んでいるかを察知、『永遠の0』という作品につながったのだろう。 しかし、見方を変えると、日本のマスコミにとって百田の発言は効果的な宣伝になったと言える。確かに沖縄の2紙は全国紙に比べるとまともだが、それでも支配層におもねっていることは否定できない。NHKを含む放送会社は新聞より酷く、雑誌や出版もプロパガンダ機関化が進んでいる。マスコミは政治、経済、国際、軍事等々、日本やアメリカの支配層にとって都合の悪い情報は伝えず、彼らが流す嘘を無批判に垂れ流してきた。百田は鏡が映し出した今の日本の断片にすぎない。
2015.06.27
カネと情報が流れ行く先に権力は存在する。そうした流れに変化が生じたとき、新たな体制が生まれてきた。弱者が権力を握ることはない。民主主義を機能させようとするならば、庶民、民衆、大衆、人民と呼ばれる人びとへカネと情報が流れる仕組みを作り、その流れを維持する必要があるのだ。 そうした流れを大企業/富裕層へ向かわせ、「近代農奴制」を実現するために使われた理屈のひとつが「トリクルダウン」。こうした集団を豊かにすれば庶民もお零れにあずかれるというのだが、民主主義を破壊するためのマントラにすぎない。そうしたことが実際に起こることはないのだが、宣伝としては効果的だった。こうした流れを維持、強化するための仕組みがTPP/TTIP/TISA。本来、資本主義とはそういうもので、民主主義とは相容れない経済システムだ。 資本主義は富を一部の支配階級(アメリカでは0.01%と言われている)が独占する仕組みで、資金を社会に循環させる力は弱く、システムに永続性はない。国外での略奪も根本的な解決にはならず、問題を世界へ広げるだけだ。 国内国外での略奪が限界が近づく頃には庶民の貧困化も限界に達し、怒りのエネルギーは大きくなる。支配階級はそのエネルギーをコントロールするために強力な治安体制を築こうとしてきた。「教育」や「報道」と呼ばれる洗脳手段をつかって庶民をコントロールするだけでなく、アメリカでは監視システムを強化し、治安機関の重武装化も推進中だ。 そうした貧困層のエネルギーを革命につなげかねない勢力を破壊し、育たないようにすることにも支配階級は力を注ぎ込んできた。典型的な手法がイタリアで行われた「緊張戦略」である。1960年代から1980年頃にかけて「グラディオ」と呼ばれる「NATOの秘密部隊」が極左を装って爆弾攻撃を繰り返し、左翼勢力にダメージを与え、治安体制を強化したのだ。1990年にジュリオ・アンドレオッチが公式にグラディオの存在を認め、全てのNATO加盟国にそうした部隊が存在、連携していることがわかっている。 NATOは1949年に創設された。当初のメンバー国はアメリカ、カナダ、イギリス、フランス、イタリア、ポルトガル、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、ベルギー、オランダ、そしてルクセンブルク。 ソ連に対抗することが目的だとされたが、その当時のソ連はドイツとの死闘で2000万人以上の国民が殺され、工業地帯の3分の2が破壊され、軍も疲弊していた。西ヨーロッパに攻め込む能力がないことはアメリカの支配層も熟知していたはずだ。 第2次世界大戦が始まる前からアメリカの支配層には反コミュニスト派と反ファシスト派が存在していた。前者はウォール街の巨大資本であり、後者はフランクリン・ルーズベルトを中心とするニューディール派だ。1933年から34年にかけてJPモルガンをはじめとする巨大資本がニューディール派の排除とファシズム体制の樹立を目指していたことは、スメドリー・バトラー少将の議会証言に残っている。 クーデターに失敗した反コミュニスト派だが、戦争の終盤、1945年4月に大統領が執務中に急死したことで状況は一変した。副大統領から大統領に昇格したハリー・トルーマンは上院議員時代、「ドイツが勝ちそうに見えたならロシアを助け、ロシアが勝ちそうならドイツを助け、そうやって可能な限り彼らに殺させよう」と発言していた人物で、ルーズベルト大統領とは立場が全く違った。 こうした人物を副大統領に据えたのは支配層の意思だった。1944年の大統領選挙でも本来ならニューディール派のヘンリー・ウォーレスが副大統領候補になるはずで、その年に行われたギャロップの世論調査によると65%がウォーレスを支持、トルーマンは2%にすぎなかった。 1941年6月22日にドイツはソ連に対する攻撃、バルバロッサ作戦を開始していたが、この選挙戦の前年2月、ソ連でドイツ軍は壊滅していた。その間、アメリカやイギリスはドイツを攻撃していないが、その理由をナチスの副総統だったルドルフ・ヘスが5月11日にイギリスへ単独飛行したことに求める人もいる。ヘスがイギリス政府と何を話し合ったのかは不明。1987年に刑務所で「自殺」するまでヘスは拘束され続け、外部の人間に証言するチャンスはなかった。死亡したとき、ヘスは93歳だった。 ドイツ軍の壊滅を見て米英は動き始め、アメリカ軍を中心とする軍隊が7月にシチリアへ上陸、1944年6月にはノルマンディーに上陸してパリを押さえた。ソ連で主力が崩壊したドイツ軍を破ることを容易かったようだ。 ウクライナ南部の都市ヤルタでアメリカのルーズベルト大統領、イギリスのウィンストン・チャーチル首相、そしてソ連のヨセフ・スターリン人民委員会議長が会談したのは1945年2月のこと。その2カ月後にルーズベルトは急死、5月7日にドイツは降伏文書に調印した。 この降伏直後、チャーチル首相はJPS(合同作戦本部)にソ連を攻撃するための作戦を作るように命令、「アンシンカブル作戦」ができあがる。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていたが、これは参謀本部の反対で実現していない。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000など) ルーズベルトの死後、米英とソ連との関係は悪化しているようで、7月26日に発表されたポツダム宣言はアメリカ、イギリス、中国の共同声明という形だった。そうした中、米英独がソ連と戦争を始めた場合、日本がソ連と手を組むという見方もあったようだ。本ブログでは何度も書いたが、日本の支配層のうち皇室を中心とする勢力はウォール街と緊密な関係にあったが、その一方で反米英の勢力も存在していたので、そうした展開がないとは言えなかった。 それはともかく、大戦の終盤になると米英の一部支配層、つまりチャーチルやウォール街はソ連との戦争を始め、アメリカはナチスの幹部や協力者の逃走を助け、保護し、雇い入れている。 そうした中、創設されたのがNATO。その秘密部隊はソ連軍に占領された場合に備えて作られたとされているが、実態は西ヨーロッパをアメリカが支配するための道具にすぎない。そして、コミュニストの力が強かったイタリアではグラディオを使い、「緊張戦略」を始めた。このプロジェクトはイタリアの情報機関が「右翼団体」を利用している。 1970年代の終盤にアメリカはアフガニスタンでイスラム武装勢力を組織、その中からアル・カイダも生まれた。1997年から2001年までイギリスの外相を務めたロビン・クックが明らかにしたように、それはCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル。ちなみに、アル・カイダとは「ベース」を意味し、「データベース」の訳としても使われる。 2001年9月11日以降、アメリカは軍事侵略の口実として「テロとの戦い」を使うようになるが、「テロ」の象徴がアル・カイダ。そして2003年、アル・カイダ系武装集団を弾圧していたイラクのサダム・フセイン体制を破壊した。グラディオの黒幕、つまり米英の支配層が大規模な緊張戦略を始めたと表現する人もいる。 リビアへの軍事侵攻でNATO軍とアル・カイダ系のLIFGが連携していたことを多くに人に知られるようになり、IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)が登場してくる。この戦闘集団もアル・カイダ系だが、西側では気にしない人が多いようだ。リビアのムアンマール・アル・カダフィもアル・カイダ系武装集団と戦っていた。 ISにどう対処するかでアメリカ支配層は意見が割れているようだが、これまでアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟を中心とする勢力がアル・カイダ系武装集団やISを使って中東/アフリカを戦乱で破壊、多くの人を殺害してきたことは事実。意図的に遺跡を破壊していることから、イスラム教やキリスト教の歴史や文化を消し去ろうとしているという見方もある。
2015.06.26
歴史は大きな節目を迎え、世界の仕組みが大きく変わろうとしている。流れはふたつあり、ひとつは巨大資本が世界を支配し、大多数の人びとが隷属する「近代農奴制」とも呼べそうな体制で、もうひとつはドルが基軸通貨としての地位から陥落し、アメリカの支配体制が崩壊して多極化した体制。 政府、議会、司法の上に巨大資本を置く、つまり民主主義を否定するTPP/TTIP/TISAは近代農奴制への突破口を開くための仕組みで、いかなる憲法も意味を失う。民主主義を破壊し、そうした体制を目指すという点でアメリカと日本は同じ価値観を持っていると言える。 言うまでもなく、最大の問題はISDS条項。巨大企業のカネ儲けを阻むような法律や規制を政府や議会が作ったなら、企業は賠償を請求できるとしている。そうした事実を隠して協定の成立を実現するため、支配層は話し合いを秘密裏に進めている。事実を庶民に知られることを恐れているわけだ。 アメリカではシェロード・ブラウン上院議員とエリザベス・ウォーレン上院議員を中心とする人びとが議会に協定の承認を求める前に中身を国民へ示すべきだとする文書をバラク・オバマ大統領へ突きつけていたが、勿論、中身を明らかにすることはなかった。巨大資本が国を支配する体制を築こうとしているとは言えないからだ。 フランクリン・ルーズベルト米大統領は1938年4月29日、ファシズムを次のように定義している。「もし、私的権力が自分たちの民主的国家より強くなるまで強大化することを人びとが許すなら、民主主義の権利は危うくなる。本質的に、個人、あるいは私的権力をコントロールするグループ、あるいはそれに類する何らかの存在による政府の所有こそがファシズムだ。」 この定義はTPP/TTIP/TISAに当てはまる。国を上回る権力を手にした私的権力に大多数の庶民は隷属する体制をバラク・オバマ大統領や安倍晋三首相は目指している。つまり、彼らはファシストだ。 今から800年前、1215年の6月15日にイギリスではジョン王はマグナ・カルタに調印した。王は自らを法の上の存在だとして独断的な支配を続け、国外で戦争を仕掛けて敗れ、領土を失う。戦費負担を押しつけられた諸侯は「反王」で結束、王は自らの権限を制限することを承諾して事態の収拾を図った。そして作成されたのがマグナ・カルタ。 その憲章では、教会の権利を保護、不法な投獄から諸侯を保護、徴税の制限などが謳われ、王が議会を招集しなければならない場合も定められた。アメリカ憲法もこのマグナ・カルタがベースになっているというが、その憲法をジョージ・W・ブッシュ大統領以降のアメリカ政府は機能不全にしてしまった。こうした勢力に従属している安倍政権が憲法を無視できると考えるのは必然だ。 憲法に拘束されない体制を築こうとする動きがアメリカで始まったのは、ドワイト・アイゼンハワー政権のとき。核戦争後に国を動かす「秘密政府」で中心的な役割を果たす8名を選んだのだ。1979年にはFEMAという形で具体化、それがロナルド・レーガン政権のCOGプロジェクトにつながる。このプロジェクトで中心的な役割を果たしたのはリチャード・チェイニーとドナルド・ラムズフェルドだと言われている。ジェラルド・フォード政権でデタント(緊張緩和)派を粛清したコンビだ。 1988年にCOGの想定を核戦争から「国家安全保障上の緊急事態」に変更、政府が恣意的にCOGを始動させられるようになった。ソ連の消滅を受け、好戦派の中心的存在であるネオコン/シオニストは1992年に国防総省内でDPGの草案、通称「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」が作成された。当時の国防長官はチェイニーで、執筆の中心にはポール・ウォルフォウィッツ次官、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドといったネオコンがいた。 このドクトリンはアメリカを「唯一の超大国」と位置づけ、潜在的ライバル、つまり西ヨーロッパ、東アジア、旧ソ連圏、南西アジアを潰すとしている。この考え方の基本は同省のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めてきたアンドリュー・マーシャルのものだ。 2000年には、この指針の草案をベースにしてネオコン系シンクタンクのPNACは「米国防の再構築」という報告書を公表、それに基づいてブッシュ・シニア政権は政策を打ち出していく。その報告書では、政策を大きく変えるためには「新たな真珠湾」と呼べるような壊滅的な出来事が必要だと指摘している。「国家安全保障上の緊急事態」と言い換えることもできるだろう。 そのブッシュ・ジュニアが大統領に就任した2001年の9月11日、ニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎が攻撃されたが、この攻撃が「国家安全保障上の緊急事態」と判断され、それ以降、憲法は機能していない。国外ではアフガニスタン、イラク、リビアを先制攻撃して破壊、シリアではアル・カイダ系武装集団やISを使い、またウクライナではネオ・ナチを使って戦争を始めている。これは本ブログで何度も書いてきたことだ。 ウォルフォウィッツは1991年の時点でイラク、イラン、シリアを殲滅すると語っていたとヨーロッパ連合軍(現在のNATO作戦連合軍)のウェズリー・クラーク元最高司令官は語っているが、イランとシリアを攻撃するなら、両国と手を組んでいたリビアもターゲットになる。実際、NATO軍とアル・カイダ系のLIFGによって、リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制は倒され、シリアの体制も倒そうと目論んだ。 巨大資本が国を支配し、世界を戦争で破壊しようとしているアメリカの好戦派の前に立ちはだかっているのがロシアと中国を中心とする国々で、その中心的な存在がBRICSやSCO。アメリカは投機の国だが、BRICSやSCOの経済は生産活動を基盤にしている。このまま進めば、ドルは近い将来、基軸通貨の地位から陥落する可能性が高い。その前にロシアと中国を破壊したいとアメリカの好戦派は考えているだろうが、難しい。核戦争で脅せば屈服するとネオコンは考えていたようだが、ロシアと中国が脅しに屈するとは思えない。 2006年にキール・リーバーとダリル・プレスはフォーリン・アフェアーズ誌に論文を掲載し、アメリカは核兵器のシステムを向上させているのに対し、ロシアの武器は急激に衰え、中国は核兵器の近代化に手間取っていると主張、アメリカはロシアと中国の長距離核兵器を第1撃で破壊できるとしていた。この判断をネオコンが今も信じているなら、世界は破滅の瀬戸際に立っていると言える。そのネオコンに従属しているのが安倍政権だ。
2015.06.25
言うまでもなく、株式相場の上昇と景気回復とは直接的な関係はない。株価が「ITバブル」を超えても庶民の懐が温かくなるわけではないのだ。 昔から証券界には「不景気の株高」ということわざがあるが、物が売れなければ設備への投資は細り、「余ったカネ」を金融市場へ回すからだ。日銀の黒田東彦総裁が推進してきた「量的・質的金融緩和(異次元金融緩和)」は金融/投機市場へ大量の資金を流し込む政策であり、日銀はETF(上場投資信託)買いで相場を押し上げてきた。一種の相場操縦。日銀を本尊とする仕手戦だとも言える。「官製」という意味では、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も同じで、株式の運用比率を倍増させて相場にテコ入れしてきた。 また、仕手戦には「提灯買い」がつきもの。日銀が相場を引き上げるなら、それを利用して一儲けしようとするのは当然で、外国の投機家も買ってくるが、天井が近いと判断したら撤退する。その足は速い。つまり暴落。場合によっては年金のシステムが揺らぐ。相場を支えるために日銀は相場を引き上げ続けようとするだろうが、そんなことは不可能。つまり、日銀/安倍政権が進めている政策は早晩、破綻する。そんなことをしているから世界中で黒田日銀総裁は「狂っている」と言われるのだが、日銀/安倍政権を宣伝する「提灯記事」を書いている新聞、そうした報道をしている放送局も責任は重い。 いわゆる「リーマン・ショック」も投機が破綻した結果で、巨大金融機関の不正も発覚した。本来なら、相場での損は取り引きに参加した投機家の責任であり、違法行為があれば厳罰に処す必要がある。投機とは博奕だが、イカサマを許さないというのが賭場の掟。イカサマを許したら博奕は成り立たない。賭場での損を外の通行人から巻き上げる現在の遣り方はイカサマ博奕よりひどい。 ところが、アメリカの司法当局は「大きすぎて潰せない」だけでなく、「大きすぎて処罰できない」という姿勢。つまり違法行為を放置してきた。FIFA(国際サッカー連盟)の幹部を収賄の容疑で起訴する暇があるなら、金融機関にメスを入れるべきだ。FIFAに限らず、大きなカネが動く国際団体では賄賂は噂されてきたが、金融機関が行っていることに比べればかわいいものだ。 巨大金融機関は国も食い物にする。ギリシャやウクライナが財政破綻した原因を作り出した勢力の中枢にも金融機関は存在している。ギリシャで問題になっているのは、庶民から身ぐるみ剥いで西側支配層が儲けようとしているから。IMF、欧州中央銀行、欧州委員会のトロイカの政策で問題は解決しない。闇金が返済させないのと同じで、解決しては困るのだ。だからこそ、問題を解決しかねないロシアの提案を嫌がっている。 その一方、IMFはウクライナが破綻しても資金を投入するとしている。そうしないと支配層が儲けられないからだ。例えば、国が破綻していることから下落したウクライナ国債をロスチャイルドのファンド、フランクリン・テンプルトンは買い占めている。 安値で国債を買いあさり、満額で買い取らせるというのが「ハゲタカ・ファンド」のやり口で、フランクリン・テンプルトンも同じ手口を使うと見られている。IMFが融資した資金でウクライナ政府は国債を満額で購入し、債権者になったIMFはウクライナ政府に対して緊縮財政で庶民へ回るカネを減らすように命令、規制緩和や私有化の促進で巨大資本を大儲けさせようとしているのではないかということ。ギリシャでも似たことが行われているようだ。 こうしたアメリカ支配層のカネ儲けを批判する人は少なくないが、各国政府や国際機関の要人はアメリカに逆らわない。アメリカ支配層は自分たちの影響力を拡大するため、各国政府の要人やメディアの人間を買収したり脅迫したりしてきたのだが、脅迫の材料を集めることは電子情報機関NSAの重要な役割のひとつ。個人的な体験から言わせてもらうと、この問題に触れることを日本ではマスコミも「活動家」も嫌がった。 このNSAは四半世紀近くの間、その存在自体が秘密にされていた。明るみに出たのは1972年のことだ。ランパート誌の1972年8月号に元NSA分析官の内部告発が掲載され、その中でNSAは全ての政府、つまり「友好国」の政府も監視していると語っている。ドイツやフランスの要人を監視していると最近、報道されているが、こうしたことは40年以上前から知られていたのだ。 NSAはイギリスの電子情報機関GCHQとUKUSAという連合体を組織、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの機関が「第2当事国」として参加している。この第2当事国はNSAとGCHQからの命令で動き、事実上の「国家内国家」だ。つまり、その3カ国を操るための道具になっている。日本は「第3当事国」に含まれているようだが、アングロ・サクソン系5カ国とは根本的に違う。 このUKUSAは全世界の通信を傍受するためにECHELONというシステムを張り巡らせている。このシステムの存在を初めて明らかにしたのはイギリスのジャーナリスト、ダンカン・キャンベル。1988年のことだ。 キャンベルは1976年にマーク・ホゼンボールとふたりでGCHQの存在を明るみに出したことでも知られている。その結果、アメリカ人だったホゼンボールは国外追放になり、キャンベルは治安機関MI5から監視されるようになった。 UKUSAは相場に関する情報を集め、操作し、相場も動かしていると見られている。生産力が衰えたアメリカは基軸通貨を発行する権利だけで生きながらえている存在。ドルを発行して物を買い、払ったドルを産油国経由で回収する仕組みがペトロダラー。最近は相当額が石油取引を経由しないで金融市場へ流れ込んでいる。一種のマルチ商法だ。 そうした商法へ日本も組み込まれている。日銀の黒田総裁が行っている政策を高橋是清のそれに準える人もいるようだが、当時と現在では金融環境が全く違う。巨大資本や富裕層へ富が集中しても当時は資産を隠す手段が限られ、資金を運用できる金融/投機市場も今とは比較にならないほど小規模だった。今はブラックホール化した金融/投機市場へ資金が飲み込まれていく。そうした流れを作る上で重要な役割を果たしているのがロンドンを中心とするオフショア市場のネットワーク。巨大企業、富豪、犯罪組織などがその恩恵に浴している。 金利が低いから金融/投機市場へ資金が流れるのではない。人間が実際に生きている世界で資金を使う環境にない。つまり不景気だから金利は低く、相場は上昇しているのだ。庶民から富を搾り取り、金融で資産を増やしている巨大企業の儲けを示して景気が回復していると言うことはできない。
2015.06.24

今から70年前、1945年6月23日に沖縄の第32軍を指揮していた牛島満中将が長勇少将と自殺し、日本軍の組織的な抵抗は終わったとされている。アメリカ軍は1944年10月10日に沖縄の那覇市を空爆、翌年3月26日には慶良間列島へ上陸して沖縄の地上戦が始まっていた。 7月26日に出されたポツダム宣言を受け入れ、日本が連合軍に降伏したのは1945年9月2日にこと。東京湾に停泊していたアメリカの戦艦ミズーリ号の甲板で政府全権の重光葵と軍全権の梅津美治郎が降伏文書に調印した時だが、南西諸島守備軍代表が降伏文書に調印したのは、9月7日。沖縄での戦闘で日本人は19万人以上が死亡、その約半数が一般住民だったとされている。アメリカ軍の死者は約1万2500名だったという。ちなみに、その当時の沖縄島民は約45万人だ。 その沖縄は今でもアメリカ軍の基地に苦しめられている。日本に駐留しているアメリカ軍は約4万5000人だが、そのうち半数以上が沖縄にいて、県の面積が日本全体の0.6%にすぎない場所に在日米軍基地の74%が集中している。しかも、安倍晋三政権はそこへ新しい軍事基地を建設しようとしている。 そうした状況を作り出す上で重要な役割を果たしたのが昭和天皇だ。朝鮮戦争が勃発する前年、つまり1949年9月に彼はアメリカによる沖縄の軍事占領が「25年から50年、あるいはそれ以上にわたる長期の貸与(リース)というフィクション」のもとでおこなわれることを求めるという内容のメッセージを出している。(豊下楢彦著、『安保条約の成立』、岩波書店、1996年)要するに、沖縄をアメリカへ献上したということだ。 安倍政権は日本をアメリカの戦争マシーンに組み込もうとしているが、沖縄県名護市辺野古で新基地を建設しようとしているのもその一環。NATOがロシアとの国境近くにミサイルなどを配備して軍事力を強化、大規模な軍事演習を行っているのと同じで、中国を封じ込め、先制攻撃の拠点を作ることが目的だろう。「アメリカの戦争」などという怪しげな表現を使うべきではない。1992年にアメリカは世界制覇を宣言したのであり、その後は露骨に侵略戦争を繰り広げている。 ウクライナのネオ・ナチ、チェチェンの武装勢力、中東/アフリカのアル・カイダ系武装集団やIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)は、いずれもアメリカ、イスラエル、サウジアラビアを中心とする勢力が作り上げた戦闘集団。すでにロシア周辺や中国の西部で活動しているが、中東の情勢次第ではロシアでの活動を強化、また東アジアから東南アジアにかけての地域へ移動する可能性が大きいだろう。 そうなった場合、日本政府は「テロとの戦い」、あるいは在留邦人の保護と称して戦争へ突入していくだろうが、その実態はアメリカ(ネオコン)や日本の一部勢力が黒幕という構図だ。地中海沿岸、アフリカ中部、ウクライナなどで行ってきたことをアメリカの好戦派は繰り返す可能性があるのだが、これまで「右」も「左」も「保守」も「革新」もアメリカの暗部を見ようとせず、アメリカの宣伝に騙された、あるいは騙された振りをしてきた。日本の近くで同じことが行われても騙された、あるいは騙された振りをしてアメリカの侵略戦争に荷担することになるだろう。勿論、そのときには治安体制が強化され、支配層に都合の悪い人びとは排除されることになる。
2015.06.23
今月、ロシアのサンクトペテルブルクでは国際経済フォーラムが開かれ、天然ガスのパイプラインを建設することでロシアとギリシャは合意したが、それ以上に注目されているのがサウジアラビアの動き。国防大臣、外務大臣、石油大臣が参加してウラジミル・プーチン露大統領と会談したのだ。ここにきてサウジアラビアに関する情報が流れ始めたのも状況の変化を感じさせる。 国防大臣のムハンマド・ビン・サルマンはサルマン・ビン・アブドルアジズ・アル・サウド国王の息子で、プーチン大統領をサウジアラビアへ招待したところ快諾され、プーチンは国王をロシアへ招待し、やはり快諾された。それだけでなく、ここ数週間にわたってサウジアラビア国王はプーチン大統領と電話で連絡を取り合っていたという。 サルマン国王は王室の中で最もアル・カイダやIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)と関係が深いとされているが、実際に工作へ関与しているのはバンダル・ビン・スルタンやタルキ・アル-ファイサル(タルキ・ビン・ファイサル・アル・サウド)、あるいはアブドゥル・ラーマン・アル・ファイサルが中心だと見られている。 バンダル・ビン・スルタンは総合情報庁長官だった2013年7月31日にモスクワを秘密裏に訪問、プーチン大統領に対し、チェチェンのイスラム武装グループは彼の指揮下にあり、ソチで開かれる冬季オリンピックを守ると保証できる、つまりオリンピック会場を攻撃することが可能だと脅している。 それに対し、ロシア政府はオリンピック開催に合わせ、ソチの周辺で特殊部隊にイスラム教スンニ派の武装集団(サラフィーヤ/ワッハーブ派)に対する掃討作戦を展開したようだが、アメリカ/NATOはウクライナでクーデターを仕掛け、オリンピックが閉幕した昨年2月23日に憲法の規定を全く無視した形でビクトル・ヤヌコビッチ大統領を解任して傀儡政権を成立させた。 ファイサル・ビン・アブドルアジズ・アル・サウド国王が甥に射殺された1975年からサウジアラビアは親米色を強め、ズビグネフ・ブレジンスキーがアフガニスタンへソ連軍を引きずり込み、自分たちで組織したイスラム武装勢力と戦わせるという秘密工作を始めた時には、戦闘員と資金を提供している。 その戦闘員をCIAなどが訓練、アメリカは兵器を提供するが、その中からアル・カイダは生まれる。ロビン・クック元英外相も指摘しているように、CIAに雇われて訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルなのだ。ちなみに、アル・カイダとはアラビア語で「ベース」を意味、「データベース」という意味でも使われる。 ソ連軍がアフガニスタンから撤退して間もない1991年にソ連は消滅、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官はその年にイラク、シリア、イランを殲滅すると話していた。これはヨーロッパ連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官だったウェズリー・クラークの話だ。 ジョージ・H・W・ブッシュ政権の国防総省はリチャード・チェイニー国防長官やウォルフォウィッツ次官などネオコンが主導権を握っていた。アメリカが「唯一の超大国」になったと思い込んだその人脈は1992年に世界制覇プロジェクトDPGを作成、その中で潜在的ライバル、つまり西ヨーロッパ、東アジア、旧ソ連圏、南西アジアを潰すという方針を示している。 ソ連を消滅させる上で重要な役割を果たしたボリス・エリツィンはロシアの大統領になるが、その政権は西側の傀儡。新自由主義に基づく政策を推進、規制緩和や私有化という名目で国民の財産を一部の人間が不公正な手段で手に入れて巨万の富を築き、オリガルヒと呼ばれるようになる。 ロシアを西側の属国にしたアメリカの支配層が目を東アジアに向けるのは自然のこと。そこでDPGに基づいてネオコン系シンクタンクPNACが2000年に発表した『米国防の再構築』では東アジア、つまり中国を重視している。その報告書を作成したメンバーが2001年に始まるジョージ・W・ブッシュ政権で主導権を握り、大統領は中国脅威論を叫ぶのは自然の流れ。この年にはネオコンのプランを始動させる出来事も起こっている。9月11日にニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのである。 2000年にエリツィンの後継者としてロシアの大統領になったプーチンは西側の予想に反し、政治をオリガルヒから政府が取り戻し、ロシアを再独立させる。それでもエリツィン時代に弱体化したロシアをアメリカの支配層は過小評価していた。 例えば、2006年にキール・リーバーとダリル・プレスはフォーリン・アフェアーズ誌(CFR/外交問題評議会が発行)にアメリカの好戦派がどのようにロシアを見ていたかを示す論文を書いたのだが、その中でアメリカはロシアと中国の長距離核兵器を第1撃で破壊できると主張している。先制核攻撃を仕掛ければ圧勝でき、アメリカは真の覇者になれるというわけだ。 ロシアを軽く見ていたアメリカの支配層はイスラエルやサウジアラビアと中東での工作を開始する。2003年にアメリカ政府はイラクを先制攻撃しているが、調査ジャーナリストのシーモア/ハーシュが2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に書いた記事によると、その時点でシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作を始めていた。シリアとイランはリビアと緊密な関係にあり、リビアへ矛先が向くのも必然だった。 その後、アメリカ(ネオコン)、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟を中心とする勢力は中東やアフリカだけでなくウクライナでも戦乱を広げてきたが、その構図が崩れてきた可能性がある。 そうした動きを象徴するものとして、2014年10月に国防総省系のシンクタンクRANDコーポレーションが示した見通しを指摘する人がいる。シリアのバシャール・アル・アサド政権を倒れると、アメリカやイスラエルにとって最悪のことが起こる可能性があると主張したのだ。 アメリカ軍の中枢、統合参謀本部ではブッシュ・ジュニア政権のイラク先制攻撃プランに反対するスタッフが1年にわたって抵抗、シリアを攻撃しようとしたときは辞任の意向を示す人も少なくなかったという。 バラク・オバマ政権は今年2月、アサド政権を倒すのではなく、中東の独裁政権とイスラエルの軍事同盟を強化するという方針を示しているが、別の主張もある。軍需産業はアサドとIS、両方を倒せと主張しているが、戦争の拡大は彼らにとってビジネスチャンスであり、戦争が拡大して人類が死滅することなど彼らにとって大した問題ではない。ネオコンのジョン・マケインはイスラエルと同じで、アサド体制を倒すためにISなりアル・カイダなりを支援すべきだとしている。ISを倒すためにシリア政府と手を組むべきだという意見もあるようだが、多数派ではないようで、これまで広めてきた嘘を何とかするという厄介な問題もある。 そうした中、サウジアラビアがロシアへ接近しているのは三国同盟の限界を感じたからなのか、シリアとロシアを分離しようとしているのか、別の思惑があるのかは不明。アメリカとイランとの話し合いが影響していると見る人もいる。三国同盟を成立させているのはイラン。この国の現体制を倒したいということで成り立っていたわけで、アメリカとイランとの関係が改善されると状況は大きく変わる。アメリカでイスラエルやネオコンの政策が自分たちの「国益」に反していると感じている人が増えたなら、追い詰められたイスラエルが「狂犬」になる可能性もある。そうした中、ネオコンを中心とする好戦派の命令に従い、戦争に参加すると宣言しようとしている安倍晋三政権が正気だとは到底、言えない。
2015.06.23
サウジアラビア空軍司令官のムハンマド・ビン・アーメド・アル・シャーラン中将が6月12日に死亡した。当初、心臓発作が原因だとされたが、実際は、アミル・ハリド空軍基地をイエメン側がスカッド・ミサイル攻撃した際に戦死したようだ。基地を守っていたパトリオット(愛国者)ミサイルは無力だったということになる。 イランのメディアFNAによると、ミサイル攻撃で始まった攻撃でモサド(イスラエルの情報機関)のオフィサー20名と63名のサウジアラビア軍将兵が死亡、35名が捕虜になったという。イエメンで撃墜されたサウジアラビア空軍のペイントをしたF-16戦闘機が中東ではイスラエルのみに供給されていた機種だったとも伝えられているので、サウジアラビアの基地にモサドがいても不思議ではない。 イスラエルはIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)と戦っているシリア政府軍を何度も空爆、今年1月18日にはISを追い詰めていたシリア政府軍とヒズボラの部隊を攻撃し、イラン革命防衛隊のモハメド・アラーダディ将軍を含む幹部を殺している。 1991年にポール・ウォルフォウィッツが予告したように、シリアでは2011年3月に体制転覆プロジェクトが始動するが、その当時からアメリカ/NATOはトルコにある米空軍インシルリク基地で反政府軍を編成、訓練している。教官はアメリカの情報機関員や特殊部隊員、イギリスとフランスの特殊部隊員。それ以降、現在に至るまでトルコは反シリア政府軍の拠点であり、ISへの兵站線はトルコ軍が守っている。 例によって西側は「穏健派」と「過激派」が存在しているという幻影を作り出しているが、穏健派と言われているFSAの幹部、アブデル・ジャバール・アル・オカイディによると、FSAの約10%はアル・カイダ系のアル・ヌスラだという。 DIA(アメリカの軍情報機関)が作成した文書によると、まだISが表舞台に出て来ていなかった2012年当時、シリアの反政府軍はサラフ主義者、ムスリム同胞団、AQI。AQIは2004年に組織されたアル・カイダ系の武装集団で、2006年にISI(イラクのイスラム国)が編成された際には中核になり、今ではISと呼ばれている。 ISと戦っているシリア軍はその兵站線を叩こうとしているが、トルコ軍に妨害されてきた。例えば昨年3月23日、ISを攻撃していたシリア軍のミグ23をトルコ軍のF-16戦闘機が撃墜している。 アル・カイダ系の武装集団やISと称する勢力を編成、戦闘員を雇って訓練、資金や兵器を供給しているのはアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟を中心とする国々で、トルコやカタールも含まれるということは何度も書いてきた。 1997年から2001年までイギリスの外相を務めたロビン・クックによると、CIAから訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルが「アル・カイダ」。アル・カイダとはアラビア語で「基地(ベース)」や「データベース」を意味している。 2013年9月、駐米イスラエル大使だったマイケル・オーレンはシリアの体制転覆が最優先事項で、バシャール・アル・アサド体制よりアル・カイダの方がましだとエルサレム・ポスト紙のインタビューで語っている。シリアの体制転覆のためならアル・カイダと手を組むと公然と語ったわけだ。 調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、2007年の時点でシリアやイラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作を開始、その工作で中心的な役割を果たしたのはリチャード・チェイニー副大統領、ネオコンのエリオット・エイブラムズ国家安全保障問題担当次席補佐官やザルメイ・ハリルザド、そしてサウジアラビアのバンダルだという。 ISを攻撃するためだとしてアメリカはサウジアラビアなどと連合軍を結成したが、その中心はISの後ろ盾だという茶番。この連合軍は昨年9月にISを初めて空爆したが、最初に破壊されたビルは、その15から20日前の段階で蛻の殻だったとCNNのアーワ・デイモンは翌朝の放送で伝えている。 この連合軍はイラクで物資を「誤って」ISへ落とす一方、イラク軍の基地を攻撃してきた。例えば3月にチクリトの近くで、5月にはバグダッドの近くで、また6月にはファルージャでISと戦っている部隊を攻撃している。 今後、イラクやシリアがアメリカを中心とする連合軍やアメリカと緊密な関係にあるイスラエルに反撃する可能性もあるが、もし日本が集団的自衛権を行使できることになっていたなら、ISを守るためにシリアやイラクに対する攻撃に参加しなければならなくなる。アメリカは侵略国家であり、テロ支援国家でもあるわけで、そのアメリカに従うということは日本も侵略に荷担、テロを支援することになる。安倍晋三政権が目指しているのは、そうした国だ。
2015.06.22
不正行為が原因で消滅したロシアの企業、ユーコスからの訴えに基づき、フランスとベルギーはロシアの銀行、メディア、そして外交部門の資産を凍結した。両国はロシアの司法に挑戦したわけだが、言うまでもなくその黒幕はアメリカ。TPP/TTIP/TISAが何をもたらすかを暗示する出来事だとも言える。アメリカの意向に従って活動している団体の犯罪行為を処罰するとその国の企業は資産を凍結される可能性があるということだ。 ロシアが報復した場合、フランスやベルギーは大きなダメージを受ける。ロシアとEUとの関係は悪化するだろうが、それはアメリカにとって願ってもないこと。1992年にアメリカではリチャード・チェイニー国防長官の下、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドたちが世界支配を前面に出したDPGの草案、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」を作成した。同省のONAで室長を務めていたアンドリュー・マーシャルから助言を得ていたという。 このマーシャルはシカゴ大学で経済学を学んだ後、米軍系シンクタンクのRANDに入って核戦争について研究、リチャード・ニクソンが大統領だった1973年にONAが創設されると室長に就任した好戦派で、ソ連脅威論の発信源になる。ソ連が消滅してロシアにアメリカの傀儡政権が成立してからは中国脅威論を叫び始めた。DPGに基づいてネオコン系シンクタンクPNACが2000年に公表した「米国防の再構築」でも東アジア重視を主張している。執筆したのはポール・ウォルフォウィッツを含むネオコン。 同じ年にジョセフ・ナイ、リチャード・アーミテージ、カート・キャンベル、マイケル・グリーン、ポール・ウォルフォウィッツたち(つまり「米国防の再構築」と同じ人脈)が作成した「米国と日本-成熟したパートナーシップに向けて(通称、アーミテージ報告)」も公表されているが、ここでは「集団的自衛権」によって日本をアメリカの戦争マシーンへ組み込むことを求めている。 今のアメリカを動かしている戦略のベースになっているウォルフォウィッツ・ドクトリンではアメリカを「唯一の超大国」と位置づけ、世界支配の体制を維持するために潜在的なライバル、つまり西ヨーロッパ、東アジア、旧ソ連圏、南西アジアを潰すという方針を示している。ウクライナの合法政権をクーデターで倒して傀儡政権を樹立させて以来、アメリカはEUとロシアに潰し合いをさせようとしてきた。今回の資産凍結もそうしたプランに沿ったものだ。 ユーコスを支配していたミハイル・ホドルコフスキーはボリス・エリツィン時代に巨万の富を築いたオリガルヒのひとりで、西側では「善玉」として扱われてきた。エリツィン政権はオリガルヒに従属、ロシアはアメリカの属国になっていたのだが、その次に大統領となったウラジミル・プーチンは政府が国をコントロールする体制に作り直し、ロシアを再独立させた。 そうした流れを察知したオリガルヒのボリス・ベレゾフスキーはロンドンへ逃れたが、ホドルコフスキーはロシアに留まってプーチンと対決する道を選んだ。その結果、不正が暴露されて合計14年間を獄中で過ごすことになる。 ホドルコフスキーは権力欲に従って生きてきたようで、ジャーナリストのマーク・エイムスによると、ソ連時代にはコムソモール(全ソ連邦レーニン共産主義青年同盟)の指導者を務めていた。その当時、彼がコミュニズムに共鳴していたということはないだろう。 1989年にホドルコフスキーはリチャード・ヒューズなる人物とロシアの若い女性を「モデル」としてニューヨークへ送るビジネスを始めたのだが、出国ビザを取得するため、KGBの人脈を利用したという。これで西側支配層とのコネもできた。 アンダーグランドの世界に生きている人びとは自分の銀行を持ちたがるものだが、彼も例外ではなく、メナテプ銀行を設立してる。ソ連消滅後の1990年代半ばになると、この銀行は「世界で最も腐敗した銀行のひとつ」という評価をCIAからも受けていた。その銀行を使い、1995年にホドルコフスキーはユーコスを買収、中小の石油会社を飲み込んでいく。 ユーコスは西側の銀行から融資を受け、投資会社の「カーライル・グループ」からも資金を得ていた。この投資会社にはジェームズ・ベイカー元米国務長官をはじめ、フランク・カールッチ元米国防長官、ジョン・メジャー元英首相、ジョージ・H・W・ブッシュ元米大統領などが幹部として名を連ねていた。 権力を握ろうとする人びとは、カネやエネルギーと並んでメディアを重視する。情報をコントロールするためだが、ホドルコフスキーは1996年にモスクワ・タイムズやサンクトペテルブルグ・タイムズを出している会社の大株主になった。別のオリガルヒもメディアを支配、情報戦の武器として使うことになり、当然、「報道」の内容は西側支配層の意向に沿うものになる。それらは、西側の「リベラル派」や「革新勢力」にとっても心地良いようだ。 また、彼はジョージ・ソロスの「オープン・ソサエティ基金」をモデルにした「オープン・ロシア基金」を2002年にアメリカで創設、つまりロシアを再支配するための準備を開始、ヘンリー・キッシンジャーやジェイコブ・ロスチャイルドを雇い入れている。 ウクライナのクーデターではネオコンのビクトリア・ヌランド国務次官補が前面に出ていた。ズビグネフ・ブレジンスキーは昔からロシアを支配するためにウクライナを制圧すべきだと主張していたが、そのほかに投機家のジョージ・ソロスも蠢いている。ここにきて、経済的な支援だけでなく軍事的な支援をソロスが求めているとする情報(その1、その2、その3)も出て来た。IMFはギリシャの場合と違い、ウクライナはデフォルトしても資金を投入するという。そうしなければ、西側支配層が甘い汁を吸えない。
2015.06.21
ギリシャは天然ガス用のパイプラインを建設するため、ロシアから融資を受けることになり、EUから離脱する可能性が強まったと見られている。IMF、欧州中央銀行、欧州委員会、いわゆるトロイカはギリシャに対して緊縮財政を強要する一方、借金を膨らませて事態を悪化させてきた。いわゆる闇金と同じ手口でギリシャを食い物にしてきたと言えるだろう。 財政を破綻させたのは巨大金融機関とギリシャ国内の腐敗したエリート。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などを使い、国民に事態を隠しながら借金を急増させ、投機集団からカネを受け取る代償として公共部門の収入を差し出すということが行われていたという。借金漬けにした後、「格付け会社」がギリシャ国債の格付けを引き下げて混乱は始まる。 こうした事情を隠すため、IMFは自分たちに都合の悪い事実を隠し、都合の良いストーリーを広めるためにギリシャのジャーナリストをワシントンDCで訓練してきたとIMFの元ギリシャ代表が証言している。日本の場合、「記者クラブ」という形で官僚や大企業にとって都合の良い話を「レクチャー」されている。アメリカ駐在の日本人記者に対しては、ギリシャ人ジャーナリストと同じことが行われているようだ。 こうした情報操作が行われているが、ギリシャ国民は事情を理解、怒っている。そのひとつの結果として、今年1月25日に行われた総選挙で急進左翼進歩連合が圧勝した。「国境なき巨大資本」がギリシャの支配層と手を組んで作り上げた「危機」の尻ぬぐいを緊縮財政という形で押しつけられることを拒否したわけだ。 ところが、これまで急進左翼進歩連合も西側支配層の善意を期待する姿勢を見せ、事態をさらに悪化させてしまう。西側支配層の代理人として働いているトロイカが「民意」に答えるはずはなく、緊縮財政で富を搾り取る一方、さらに借金させ、国の資産を私有化という形で盗むという流れが続いた。 ロシアとのプロジェクトでパイプラインが完成したなら、エネルギー源を確保できるだけでなく大きな収入源を得ることになり、ギリシャの財政も好転する可能性が高い。西側支配層の意向で動いているトロイカにとっては悪夢だ。早く破綻させないと、地中海の東岸に眠っている天然ガスの開発で借金が返される可能性もある。 ロシアがパイプラインの建設でギリシャと手を組もうとしている大きな理由は、アメリカやイスラエルの属国と化したウクライナの存在がある。これまでロシアからEUへ天然ガスを運ぶパイプラインはウクライナを通過していたのだが、昨年2月にアメリカがキエフでクーデターを成功させた後、新政権は天然ガスの輸送を妨害している。 ロシアを孤立させ、経済的に締め上げようとしたわけで、ロシアとしてはウクライナを回避しなければならない。すでに黒海を横断、ブルガリア、セルビア、ハンガリー、スロベニアを経由してEUへ入るサウス・ストリームをロシアは計画していたのだが、これはアメリカがブルガリアに圧力をかけて妨害した。 こうしたアメリカの経済的な攻撃に対し、ロシアは中国との関係を強化することで対抗する。その後、ロシアは中国と経済面だけでなく、軍事面でも緊密な関係を築き始めた。アメリカへ留学させた若手エリートを使って中国をコントロール、ロシアと分断し、個別撃破する予定だったのだろうが、その目論見は崩れたと言える。 その一方、トルコを経由するパイプライン、トルコ・ストリームの建設をロシアは打ち出した。すでにブルー・ストリームが存在しているが、あらたなパイプラインの建設で輸送力を強化できる。 トルコ・ストリームはギリシャ、マケドニア、セルビア、ハンガリー、オーストリア、イタリアへとつなげるのだろうと見られていた。5月9日から10日にかけてマケドニア北部クマノボではコソボ解放軍(KLA、あるいはUCKとも表記)の元メンバーを中心に編成された武装集団と警官隊との銃撃戦があり、武装集団14名と警官8名が死亡、30名が拘束されたというが、これはトルコ・ストリームを潰す工作の一環だったのだろう。マケドニア内務省によると、5月17日に反政府デモが計画され、その中に戦闘員を紛れ込ませて混乱させようとしていたという。クーデター計画だと言えるだろう。 クーデター計画をマケドニア当局が察知したのは昨年9月頃だと言われ、今年1月にもクーデターが試みられ、失敗している。黒幕はアメリカのビクトリア・ヌランド次官補とマケドニア駐在のアメリカ大使で、NATOのジェンス・ストルテンベルグ事務局長も関与したと見られている。その背後には投機家のジョージ・ソロスもいる。こうしたことを考えると、これからもアメリカはギリシャとロシアのパイプライン建設計画を妨害することが予想でき、バルカンの不安定化を図る可能性が高い。 ギリシャと同じように経済的な苦境に陥っているウクライナでは、良い条件を出したロシアとの話し合いを進めていたビクトル・ヤヌコビッチ大統領がネオ・ナチのクーデターで排除されている。黒幕はネオコン。経済的に破綻、返済の目処がたっていないにもかかわらず、西側は多額の資金を投入している。負担はEUの庶民。例によって支配層はウクライナの資産を盗むつもりだ。アメリカはギリシャを食い物にするため、クーデターを目論むかもしれない。 ギリシャにはクーデターの過去がある。1967年に内務大臣だったディミトリオス・イオアニデス准将が実権を握ったクーデターにはLOKという特殊部隊が関与していたが、これは「NATOの秘密部隊」に属していた。つまりイタリアのグラディオと結びつき、その背後にはCIAが存在していた。このネットワークは今でも生きていると信じられている。
2015.06.20
選挙権年齢が20歳から18歳へ引き下げられるという。ベトナム戦争の最中、1965年に「明日なき世界」という歌がヒットしたが、その中で「人殺しのできる年齢だが、選挙権はない」というフレーズが出てくる。選挙権を行使できる年齢を20歳のままにしておくと、18歳の若者を戦場へ送り込もうとした時にそうした反応が返ってくるだろうが、選挙権を得る年齢を下げておけば、そうした批判はできない。 年齢面で入隊の問題がなくなったとしても、入隊したいという若者がいるかという問題が残る。ベトナム戦争中、アメリカは徴兵制があったのだが、政財界などの大物の子ども向けに、危険な任務にはつかない部隊を作っていた。いわゆる「シャンパン部隊」だ。日本で徴兵制を導入したなら、支配層の子どもが戦場へ送られないようにそうした部隊を作るか、別の徴兵回避システムを考えることになるだろう。 ジョージ・W・ブッシュもシャンパン部隊に所属していたが、同じ部隊にはロイド・ベンツェン、ジョン・コナリーのような政界の大物、あるいはジョン・F・ケネディ大統領暗殺でも名前が出てきた富豪のH・L・ハントたちの息子もいた。 徴兵制がなくても労働環境を悪化させておけば兵士の補充は可能だ。低賃金の派遣労働を拡大させ、戦闘員が必要になったら派遣切りすれば良い。戦乱で経済が疲弊している中東ではサウジアラビアなどのペルシャ湾岸産油国がカネを出しているアル・カイダ系の武装集団やIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)に魅力を感じる若者もいるようだ。アメリカでも似たことが行われている。 有権者年齢の引き下げや不安定雇用の拡大と並行し、安倍晋三政権は集団的自衛権を行使するため、安全保障関連法案(戦争法案)を成立させようと暴走中だ。2000年にジョセフ・ナイとリチャード・アーミテージを中心とするグループが作成した「米国と日本-成熟したパートナーシップに向けて(通称、アーミテージ報告)」は武力行使を伴う軍事的支援を日本に求め、「日本が集団的自衛権を禁じていることが両国の同盟協力を制約している」と主張、「この禁止を解除すれば、より緊密かつ効果的な安保協力が見込まれる」としている。 つまり、集団的自衛権はアメリカ側の命令で、「武力行使を伴う軍事的支援」も想定されている。当然、安倍政権もそのつもりだろう。「仮想敵国」は言うまでもなく中国。防衛省の幹部は「オフレコ」という条件で、今なら中国に勝てるが、10年後には勝てないとマスコミ幹部に話しているようなので、開戦を先の話だとは思っていないだろう。そう考えると、安倍政権が焦っている理由がわかる。 アメリカのネオコンなど好戦派は1992年にDPGの草稿、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」を作成し、世界制覇プロジェクトを始動させた。その2年後、国防大学のスタッフだったグリーンとパトリック・クローニンがカート・キャンベル国防次官補を介してジョセフ・ナイ国防次官補やエズラ・ボーゲルに会って日本の属国化を主張、95年の「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」につながる。1997年には「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」が作成され、「日本周辺地域における事態」で補給、輸送、警備、あるいは民間空港や港湾の米軍使用などを日本は担うことになった。「アーミテージ報告」は、その3年後だ。 何度も書いてきたが、日本の政策はアメリカ支配層の意向に左右される。アメリカと緊密な関係にあるイギリスでは1945年5月、ドイツが降伏した直後にJPS(合同作戦本部)に対し、ソ連を攻撃する作戦を作成するように命じた。そして作られた「アンシンカブル作戦」では、7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第三次世界大戦」を始めることになっていた。 この直後にチャーチルは下野するが、1946年3月にアメリカのミズーリ州で「鉄のカーテン演説」を行って「冷戦」の幕開けを宣言、47年にはアメリカのスタイルス・ブリッジス上院議員に会い、ソ連を核攻撃してクレムリンを消し去るようにハリー・トルーマン大統領を説得して欲しいと頼んだ。 1948年には破壊活動を行う目的でOPCという極秘機関がCIAの外に組織され、ナチスの元幹部や元協力者の逃走を助け、保護し、雇い入れる「ブラッドストーン作戦」も開始される。1949年にはNATOが創設されるが、その内部に秘密部隊が設置された。中でもイタリアのグラディオは有名で、1960年代から80年頃まで「極左」を装って爆弾攻撃を繰り返した。いわゆる「緊張戦略」で、社会不安を高め、アメリカ支配層にとって目障りな勢力を衰退させ、治安体制を強化されたのである。 1957年初頭にアメリカではソ連を核兵器で先制攻撃する「ドロップショット作戦」がスタート、300発の核爆弾をソ連の100都市に落とし、工業生産能力の85%を破壊する予定になっていたという。テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、作戦に必要なICBMを準備できるのは1963年の終わりだと好戦派は見通していた。日本とも関係の深いカーティス・ルメイを含む好戦派は、核兵器を「抑止力」とは見ていない。先制攻撃でソ連を消滅させる攻撃兵器と考えている。 1961年に大統領はドワイト・アイゼンハワーからジョン・F・ケネディに交代、4月には前政権が始めたキューバ侵攻作戦を実行するが、新大統領はアメリカ軍の直接的な介入は拒否した。7月になると軍や情報機関の幹部が新大統領に核攻撃のプランを説明したが、新大統領はこの計画に否定的な反応を示す。 その当時、アメリカに対抗できるICBMを持っていなかったソ連は中距離ミサイルで対抗するしかない。そこでキューバへミサイルを運び込んだ可能性がある。そこでミサイル危機になるが、これを話し合いで乗り越えたケネディ大統領は1963年6月、アメリカン大学の卒業式でソ連との平和共存を訴えた。 この演説でケネディは軍事力で世界を支配する「パックス・アメリカーナ」を否定し、「互いに寛容な心をもって共存し、その紛争を公正で平和的な解決方法」に委ねるように求め、「両国はともに無知と貧困と病気を克服するためにあてることができるはずの巨額のカネを、大量の兵器に投じている」と警鐘を鳴らし、相手国に対して「屈辱的な退却か核戦争か」を強いるのではなく、緊張の緩和を模索するべきだとしている。「われわれは人類壊滅の戦略に向かってではなく、平和の戦略に向かって努力し続けるのです」と言ってケネディ大統領は演説を終えた。 1963年11月22日にケネディ大統領はテキサス州ダラスで暗殺されるが、その翌年に戦争をテーマにした3つの映画が公開されている。一司令官の暴走でソ連を先制核攻撃するというスタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情」、クーデターを主題にしたジョン・フランケンハイマー監督の「5月の7日間」、そしてシドニー・ルメット監督の「フェイルセイフ」だが、「5月の7日間」の制作を勧めたのはケネディ大統領自身。ケネディはクーデター計画の存在に気づいていた可能性がある。 1992年に作成された「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」に基づいてアメリカが世界制覇プロジェクトを推進していると本ブログでは何度も書いたが、その中心にいるネオコンはアメリカを「唯一の超大国」とみなし、軍事力で世界を支配、公教育や医療制度を破壊して戦争ビジネスにカネを投入、ロシアや中国を含む国々に「屈辱的な退却か核戦争か」を強いている。そうしたアメリカの好戦派に従属しているのが安倍政権であり、安倍政権に従っているのが日本のマスコミだ。
2015.06.19
安倍晋三政権が言うところの「後方支援」は「兵站」であり、その兵站を軽視していた日本軍が戦場で盗賊と化し、第2次世界大戦の終盤に兵士を餓死させることになったことは少なからぬ人が指摘している。兵站は戦争の帰趨を決する重要な要素のひとつであり、敵の兵站線を潰すことは戦争の基本だ。自衛隊がアメリカ軍の兵站を担当するなら、当然、敵から激しい攻撃を受ける。 この常識を西側の政府もメディアも中東におこる戦闘では無視してきた。IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)も兵器や弾薬だけでなく、食糧がなければ戦闘を継続することはできない。つまり、ISに勝ちたいなら、まず彼らの兵站を叩かなければならない。兵站を叩かないということは、ISを倒す気がないということだ。 ベトナム戦争でアメリカ軍はカンボジアやラオスを「秘密爆撃」したが、これも兵站線(ホー・チミン・ルート)を断つため。1969年3月から70年5月にかけて、アメリカ軍は戦闘状態にないはずのカンボジアを3600回から3900回にわたって空爆、60万人を殺したと言われている。この爆撃による病死者や餓死者は100万人とも200万人とも推計されている。なお、このアメリカ軍による攻撃で台頭してくるクメール・ルージュ(ポル・ポト派)が1975年4月から78年にかけて処刑した人の数は7万5000名から15万名と言われている。また、後にアメリカはベトナムに対抗するため、クメール・ルージュと手を組んでいる。カンボジアやラオスに対する攻撃が許されるかどうかはともかく、アメリカも兵站の重要性を認識していたことは確かだ。 以前にも書いたが、トルコからシリアへ武器や戦闘員だけでなく、食糧や衣類などの物資がトラックで運び込まれ、その大半の行き先はISだと見られているとドイツのメディアDWは昨年11月に伝えている。イラクの首相だったヌーリ・アル・マリキもISをペルシャ湾岸産油国が支援していると主張していた。 この兵站線をシリア軍は叩こうとしているが、思うようにはいっていない。トルコ軍に守れているからだ。例えば、昨年3月23日にトルコ軍のF-16戦闘機がシリア軍のミグ23を撃墜したのだが、シリア政府によると、シリアの戦闘機は反政府軍を攻撃中だった。 トルコが反シリア軍に拠点を提供していることは早い段階から知られている。2011年3月にシリアで戦闘が激しくなった頃から、トルコにある米空軍インシルリク基地で反シリア政府軍は軍事訓練を受けていた。教官はアメリカの情報機関員や特殊部隊員、イギリスとフランスの特殊部隊員。そこやヨルダンからシリアへ侵攻、支配地域を広げてきた。イギリス、アメリカ、フランス、カタール、ヨルダン、トルコも特殊部隊をシリア領内で活動させていると疑われている。 この反シリア政府軍はFSAと呼ばれてきたが、あたかもシリア国内の反乱軍が存在するかのように装うため、西側がつけたタグにすぎない。2012年8月にアメリカの軍事情報機関、DIAが作成した文書によると、反シリア政府軍はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQI。 AQIは2004年に組織されたアル・カイダ系の武装集団で、2006年にISI(イラクのイスラム国)が編成された際には中核になった。今ではISと呼ばれている。DIAによると、AQIは当初から反シリア政府軍の支援を受け、戦闘員の訓練もそこで行われ、訓練終了後にイラクへ送り込まれていたという。 また、FSAの幹部、アブデル・ジャバール・アル・オカイディによると、FSAの約10%はアル・カイダ系のアル・ヌスラ。DIA文書によると、アル・ヌスラはAQIがシリアで活動するときに使っていた名前にすぎず、アル・ヌスラはISと同一組織ということになる。FSAがISと連携している可能性はきわめて高い。 イスラエルが反シリア政府軍を支援するため、シリアを何度も空爆していることも知られている。今年1月18日にはISを追い詰めていたシリア政府軍とヒズボラの部隊を攻撃、イラン革命防衛隊のモハメド・アラーダディ将軍を含む幹部を殺している。 2013年9月には、退任間近の駐米イスラエル大使、マイケル・オーレンが公然とシリアのバシャール・アル・アサド体制よりアル・カイダの方がましだとエルサレム・ポスト紙のインタビューで語っている。イスラエルはアル・カイダやIS、つまりサラフ主義者/ワッハーブ派を中心に集めた戦闘集団との関係を隠していない。 アメリカを中心とする「有志連合」がISを攻撃すると称し、初めてシリア領内で空爆したのは昨年9月のことだが、そのときに破壊されたビルは15から20日前の段階で蛻の殻だったとCNNのアーワ・デイモンは翌朝の放送で伝えている。その後、「ミス」でアメリカは物資をISへ供給、今月13日にはイラク西部でISと戦っている部隊の駐屯している基地を攻撃したと伝えられている。 イラクの首相だったヌーリ・アル・マリキは今年3月、サウジアラビアやカタールが反政府勢力へ資金を提供しているとして両国を批判し、ロシアに接近、アメリカ軍の永続的な駐留やアメリカ兵の不逮捕特権を認めなかったこともあり、選挙で勝利したにもかかわらず首相には指名されなかった。ISがファルージャやモスルを制圧して新たな「テロリスト」として売り出したのは昨年6月のことだ。アメリカはイラクへ部隊を増派したようだが、これはIS対策なのか、あるいはイラク政府のロシア接近を押さえるためなのか、それはわからない。
2015.06.19
イギリスのサンデー・タイムズ紙(タイムズ紙の日曜版)やBBCがエドワード・スノーデンを攻撃したが、それに対する反論にまともな答えを出せず、醜態をさらしている。内部告発者を中傷、支配層にとって都合の悪い情報が外部へ漏れることを防ぐ仕組みを強化するための宣伝にすぎないと見る人は少なくない。 スノーデンがロシアへ渡した機密文書の暗号が解読され、イギリスの対外情報機関MI6は敵国からエージェントを引き上げさせていると伝えられたのだが、2013年に香港でスノーデンを取材したグレン・グリーンワルドはこの話を全面否定する。スノーデンが文書を渡した相手はガーディアン紙、ワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙などのメディアやグリーンワルドだけで、ロシアへ向かう前に彼は資料を全て廃棄したとしている。つまり、ロシア政府はスノーデンから機密文書を受け取っているはずはないということ。 また、サンデー・タイムズ紙はヒースロー空港で拘束されたグリーンワルドのパートナー、デイビッド・ミランダがモスクワでスノーデンと接触していたとも伝えたのだが、実際はベルリンでドキュメンタリー・フィルムの監督/プロデューサーであるローラ・ポワトラと会っていた。これは拘束直後から知られている話だ。 サンデー・タイムズ紙の記事を書いたチームの中心人物、トム・ハーパーはCNNのインタビューで、記事の根拠を答えられず、事実上、イギリス政府の公式なポジションを伝えたのだとしている。 1980年代のイギリスでは支配システムの暗部へメスを入れる報道はあったが、アメリカを追いかける形でプロパガンダ色を強めていく。タイムズ紙の場合、ネオコン/シオニストの富豪であるルパート・マードックシオニストが会社のオーナーになって以来、信頼度は落ちていった。 イギリスの場合、イスラエルによる1982年のレバノン侵攻が節目になっている。この年の1月にアリエル・シャロン国防相はベイルートを極秘訪問、キリスト教勢力とイスラエルがPLOを排除するためにレバノンへ軍事侵攻した際の段取りを決めた。 その2週間後、ペルシャ湾岸産油国の国防相が秘密裏に会合を開き、イスラエルがレバノンへ軍事侵攻してPLOを破壊してもアラブ諸国は軍事行動をとらず、石油などでアメリカを制裁しないことを決める。 PLOの主流派と敵対関係にあり、イラクと結びついていたアブ・ニダルのグループが6月にイギリス駐在のイスラエル大使、シュロモ・アルゴブの暗殺を試み、これを口実にしてイスラエルは軍事侵攻を始める。このグループには相当数のイスラエルのエージェントが潜入していたと言われ、暗殺の目標を決めたのもそうしたエージェントだったとされているが、シリアがイスラエルの攻撃に受けて立てば壊滅、戦闘を避けたなら面目をつぶして国内やアラブ世界で信頼されなくなるという思惑がイラク政府にあったとする情報もある。この軍事侵攻で1万数千名の市民が殺されたという。 イスラエルの予想を超えたPLOの抵抗はアメリカのフィリップ・ハビブ特使が仲介して停戦になる。その際、アメリカはPLOに対し、住民の安全を保障すると約束している。8月20日にイスラエル軍が撤退し、21日からPLOもレバノンを離れ始めて9月1日に完了、12日には国際監視軍も引き揚げる。 その2日後、イスラエルと協力関係にあったマロン派キリスト教徒の中核的存在、ファランジスト党のバシール・ジェマイエル党首が爆殺され、その報復だとしてファランジスト党のメンバーがイスラエル軍の支援を受けながら無防備のサブラとシャティーラ、両キャンプを制圧、少なくとも数百人、おそらく3000人以上の難民が殺されたと言われている。この虐殺に対する反発はヨーロッパにおけるイスラエルの見方を一変させた。 イギリスの労働党は親イスラエルだったのだが、この軍事侵攻あたりから親PLOへ変化しはじめた。そうした中、登場してくるのがイスラエルを後ろ盾とするトニー・ブレア。1994年1月にブレアは妻のチェリー・ブースと一緒にイスラエルを顎足つきで訪問、3月にブレアはロンドンのイスラエル大使館で富豪のマイケル・レビーを紹介され、その後、レビーはブレアのスポンサーになる。ブレアは労働党の意向を気にすることなく、マーガレット・サッチャーと同じように、新自由主義的な政策を導入できるようになった。5月に労働党のジョン・スミス党首が心臓発作で急死、その1カ月後に行われた新党首を決める投票でブレアが勝利、その後、労働党を動かすことになる。いわゆる「ニューレーバー」の始まりだ。 その一方、イギリスを含むヨーロッパで反米感情が高まっていることをアメリカ支配層は懸念、イギリスとの同盟関係を強化するために「BAP」なるプロジェクトをスタートさせている。メディア界に君臨していたルパート・マードックやジェームズ・ゴールドスミスは最初からプロジェクトに参加している。このプロジェクトの特徴はメディアの関係者が多いこと。情報操作を重視していたということだろう。メディア幹部を取り込むことで秘密を守ることも容易になった。 ブレアの政権は2002年9月、「イラク大量破壊兵器、イギリス政府の評価」というタイトルの報告書を作成、その中でイラクは45分でそうした兵器を使用できると主張、アメリカのコリン・パウエル国務長官から絶賛された。ところがこの報告書はある大学院生の論文を無断引用したもので、内容もイラクの脅威を正当化するために改竄されていたことが後にわかる。 2003年5月にBBCのアンドリュー・ギリガンはラジオ番組でこの文書は粉飾されていると語り、サンデー・オン・メール紙でアラステアー・キャンベル首席補佐官が情報機関の反対を押し切って「45分話」を挿入したと主張した。ギリガンの情報源は7月、外務特別委員会へ呼び出された直後に変死した。 その後、ブレア政権はBBCを激しく攻撃、執行役員会会長とBBC会長を辞任に追い込み、ギリガンもBBCを離れる。政府に屈服したBBCはプロパガンダ機関化が急速に進んでいった。2004年10月に「45分話」が嘘だということを外務大臣のジャック・ストローが認めるが、その後もBBCはネオコン/イスラエル/サウジアラビアの侵略戦争を推進する道具として機能している。NHKと大差はないということだ。 アメリカの有力メディアが単なるプロパガンダ機関にすぎないことは本ブログでも繰り返し、書いてきた。第2次大戦の前から支配層はカネの力で新聞を支配、戦後は情報操作を目的としたプロジェクトをスタートさせた。いわゆる「モッキンバード」だが、メディアに対する締め付けが強くなるのは1970年代の後半からだろう。 ベトナム戦争の泥沼化した実態を一部の記者が明るみに出したほか、1971年にはダニエル・エルズバーグがアメリカ国防総省の秘密報告書を暴露(新聞は核心部分を隠した)して反戦運動を盛り上がらせ、その後、議会の調査で情報機関の秘密工作の一端が露見している。これを反省した支配層は「秘密保護」の仕組みを強化、気骨ある記者を排除、巨大資本がメディアを支配できるように「規制緩和」した。 1974年にウォーターゲート事件で辞任したリチャード・ニクソン大統領は決して清廉でも平和的でもない人物だったが、大統領に就任してからデタント(緊張緩和)へ舵を切ろうとしていた。このニクソンが排除された後の大統領、ジェラルド・フォード政権ではネオコンなど好戦派が台頭、1970年代半ばにはデタント派が粛清されている。 中でも大きな意味を持つのがCIA長官の人事。秘密工作の一端を明らかにしたウィリアム・コルビーからジョージ・H・W・ブッシュへ1976年に交代したのだ。その前、1975年には国防長官がジェームズ・シュレシンジャーからドナルド・ラムズフェルドに替わっている。リチャード・チェイニーはラムズフェルドの後任として大統領首席補佐官に就任した。このときの粛清劇を指揮していたのはラムズフェルドとチェイニーだと言われている。こうした動きと情報統制の強化が無関係だとは言えないだろう。 権力者におもねり自主規制するのが伝統の日本だけでなく、西側全体に情報統制の波は広がった。2001年9月11日にニューヨークの政界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されて「愛国者法」が登場、つまり1980年代初頭に始まった戒厳令プロジェクト「COG」が発動してからは形振り構わぬプロパガンダ。2003年のイラクに対する先制攻撃、2011年に始まったリビアやシリアでの体制転覆プロジェクト、ウクライナでのクーデターなどでも西側メディアはプロパガンダに徹してきた。その背景にアメリカ支配層による買収があることは本ブログで何度も紹介したが、今回はこの問題を割愛する。
2015.06.18
民主党の最有力候補は巨大軍需企業、ロッキード・マーチンをスポンサーとしているヒラリー・クリントンだが、共和党はジェブ(ジョン・エリス)・ブッシュ元フロリダ州知事だという。共和党やイスラエルに大きな影響力を持つシオニストの富豪、シェルドン・アデルソンの意向が反映されているようだ。ジェブ・ブッシュと組む副大統領候補としてオハイオ州知事のジョン・キシチが有力視されている。この人物もアデルソンの覚えめでたい人物。 アデルソンはカジノ業界の大物でラスベガス・サンズを所有、2013年にはイランを核攻撃で脅すべきだと主張していた。また日本にカジノを解禁するように要求していることでも知られている。2013年には細田博之に対し、東京の台場エリアで複合リゾート施設を作るという構想の模型を披露しながらスライドを使って説明したという。 その翌月、自民党などはカジノ解禁を含めた特定複合観光施設を整備するための法案を国会に提出、2014年2月にはアデルソンが来日して日本へ100億ドルを投資したいと語った。安倍晋三首相はすぐに反応、翌月の衆議院予算委員会でカジノを含む「統合型リゾート(IR)」に前向きの発言をしている。 言うまでもなく、ジェブ・ブッシュはジョージ・W・ブッシュの弟で、ジョージ・H・W・ブッシュの次男。ジョージ・Wはネオコン/シオニストに担がれた大統領で、イラクを先制攻撃してサダム・フセイン体制を倒し、中東、北アフリカ、ウクライナへと戦乱を広げる切っ掛けを作った。その基本戦略は1992年に国防総省で作成されたDPGの草案で、「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 この基本的な考え方は同省のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めてきたアンドリュー・マーシャルのもので、それをベースにして、ウォルフォウィッツ、ハリルザド、I・ルイス・リビーらが作成した。ヨーロッパ連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官だったウェズリー・クラークによると、DPG草案が作成される前年、ウォルフォウィッツはイラク、シリア、イランを殲滅すると話していた。 富豪はどの大学でも入れるのがアメリカで、ブッシュ家はエール大学を出た人が多いのだが、ジェブはテキサス大学を卒業している。卒業後、1974年からテキサス商業銀行で働くが、そこでは父親の親友、ジャームズ・ベーカーが重役を務めていた。父親は1976年から77年にかけてCIA長官を務めている。 ジェブには経済犯罪の話がついて回るのだが、それ以上に興味深いのはCIAとの関係。例えば、1976年にはCIAのエージェント、ルイス・ポサダ・カリレスやオルランド・ボッシュたちはキューバの旅客機、CU-455便を爆破した。ポサダとボッシュは逮捕され、ベネズエラで起訴されるのだが、1985年に脱獄、その直後にCIAのフェリックス・ロドリゲスと会っている。ロドリゲスはジョージ・H・W・ブッシュと親しく、コントラを支援する秘密工作で重要な役割を果たしていた人物だ。 そのベネズエラへジェブは新しい銀行の仕事を始めるために派遣される。そこでリンドン・ジョンソン第36代大統領(1963年11月から69年1月)の未亡人らと知り合いになっている。なお、ジョンソンは議員時代から親イスラエル派の中心的な存在だった。 ジェブは1979年に銀行を辞め、大統領選に参加していた父親のキャンペーンに参加するが、共和党の候補者選びで敗北する。1980年の選挙ではジョージ・H・Wと同じ共和党のロナルド・レーガンが勝利し、本人は副大統領に就任した。ジェブはフロリダ州へ移動、スペイン語が流暢だということを利用して亡命キューバ人社会と結びついた。 親しくなった人物の中には、革命前のキューバを支配していたフルゲンシオ・バチスタの下で情報機関員だったカミロ・パドレダ、あるいはイタリア系犯罪組織のボスのひとりで、ベトナム戦争の際にCIAの麻薬密輸プロジェクトに協力していたサント・トラフィカンテと親しかったというミグエル・レカレイも含まれている。 レカレイの会社は政府から資金をだまし取るという不正を働いているが、それはともかく、ジェブがニカラグアの反革命ゲリラ「コントラ」と父親との連絡係だったことは忘れるべきでないだろう。CIAの違法活動に参加していたということだ。 ニカラグアでコントラはコカインの取り引きで資金を調達する。1985年、AP記者だったロバート・パリーはこの取り引きに関する記事を書き、編集部の検閲の網をくぐり抜けて表に出したが、その後、「有力メディア」の世界から追い出される。 1996年にはサンノゼ・マーキュリー紙の記者だったゲーリー・ウェッブがロサンゼルスへ大量に流れ込んでくるコカインとニカラグアの反革命ゲリラとの関係を「闇の同盟」というタイトルで暴いた。 コントラとコカインとの関係はCIAの内部調査でも認められている事実だが、「有力メディア」はタブー視、ウェッブはワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙、ロサンゼルス・タイムズ紙などから激しく攻撃された。かつて自分たちで書いた記事を否定するなど、その攻撃は常軌を逸したものだった。新聞社を辞めざるを得なくなり、最終的には追い詰められて自ら命を絶った。これがアメリカの「言論の自由」。こうしたメディアを有り難がっている人は安倍晋三と大差がないと言えるだろう。 1999年から2007年にかけてジェブはフロリダ州知事を務めているが、兄が裁判所の裁定で「勝利」した2000年の大統領選挙ではフロリダ州で違法行為があったと指摘されている。2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された際、名前の挙がったアラブ系の人びとはフロリダを中心に活動していた。 シーモア・ハーシュは2007年3月5日付けのニューヨーカー誌で、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの「三国同盟」がシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作を開始したと書いた。工作の中心にはアメリカ政府のリチャード・チェイニー副大統領、ネオコン/シオニストのエリオット・エイブラムズ国家安全保障問題担当次席補佐官、ザルメイ・ハリルザド、そしてサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタンがいたという。 このバンダルは1983年10月から2005年9月まで駐米大使を、2012年7月から14年4月まで総合情報庁長官を務めた人物で、ブッシュ家と親密な関係にあることで知られ、「バンダル・ブッシュ」と呼ばれている。総合情報庁長官時代の2013年7月末、ロシアを極秘訪問してウラジミール・プーチン大統領らと会い、シリアからロシアが手を引けば、ソチで開催が予定されている冬期オリンピックをチェチェンの武装グループの襲撃計画を止めさせる、つまり手を引かないと襲撃させると脅したという。バンダルはチェチェンの反ロシア軍やアル・カイダ系武装集団の黒幕グループの中枢にいた。
2015.06.17
G8なる集まりがある。カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、ロシア、イギリス、アメリカの8カ国とEUがメンバーだが、昨年、アメリカはロシアを閉め出した。昨年2月にアメリカ/NATOはキエフでクーデターを成功させたものの、戦略的に重要なクリミアの制圧に失敗、ロシアを孤立化させる工作を始めたひとつの結果だ。が、この閉め出しには意味がない。G8やG7に世界を動かす力はない。だからこそ、1999年にG20が始まるわけだ。ロシアの参加しないG7とは、G1+6にすぎないとも言われている。 このグループが誕生する切っ掛けは1973年3月にアメリカのジョージ・シュルツ財務長官が西ドイツ、フランス、イギリスに声をかけ、ワシントンDCで開いた会合。その後、日本、イタリア、カナダが加わってG7になった。 ベトナム戦争が泥沼化する中、アメリカ経済は破綻し、1971年にリチャード・ニクソン大統領はドルと金の交換を停止すると発表、73年の初頭から世界の主要国は変動相場制へ移行していた。 新制度の下でドルが基軸通貨としての地位を維持できるように、アメリカ政府は1974年にサウジアラビアと協定を結んでいる。石油取引の決済をドルに限定、産油国に集まったドルはアメリカ財務省証券の購入などでアメリカへ還流させ、その代償としてアメリカ政府はサウジアラビアと油田地帯を軍事的に保護し、武器を売却、イスラエルを含む中東諸国から防衛、そして支配一族の地位を永久に保障するというもの。基本的に同じ内容の取り決めをアメリカは他のOPEC諸国とも結んだとされている。この仕組みが「ペトロダラー」だ。 サウジアラビアのファイサル国王の腹心で、石油鉱物資源相を務めたシェイク・ヤマニによると、1973年5月にスウェーデンで開かれた秘密会議でアメリカとイギリスの代表が400%の原油値上げを要求、オイル・ショックにつながる。この秘密会議を開いたのはビルダーバーグ・グループだ。石油相場の急騰でペトロダラーの機能は強化された。 相場が急騰した直接的な原因は1973年10月の第4次中東戦争。戦争勃発から10日後、OPECに加盟するペルシャ湾岸の6カ国が原油の公示価格を1バーレルあたり3.01ドルから5.12ドルへ引き上げると発表している。 この戦争はエジプト軍の奇襲攻撃で始まり、イスラエルは窮地に陥る。ヘンリー・キッシンジャーはエジプトのアンワール・サダト大統領をアラブ世界の英雄に仕立て上げると同時にイスラエルへ和平交渉に応じるようプレッシャーをかけようとしたとされているのだが、石油相場を急騰させることもシナリオに含まれていたはずだ。その結果、アメリカ国内の石油産業やイギリスの北海油田が利益を生むという結果ももたらされた。 戦況が悪化したことでイスラエル政府は核兵器の使用について議論、その際、モシェ・ダヤン国防相は核兵器を選択肢として見せる準備をするべきだと発言したとされている。それに対し、ゴルダ・メイア首相は拒否したとする情報もあるが、実際のところは不明。ソ連の情報機関は早い段階でイスラエルが核弾頭を使う準備をしているという疑いを抱き、エジプトやアメリカへ警告している。そうした中、アメリカ政府はイスラエルへ物資を空輸して反撃を支援する。キッシンジャーの説明によると、核戦争を防ぐためだった。 その後イスラエルの機動部隊が運河を越えてエジプト軍の背後に回り込みはじめ、エジプト陸軍の第3軍が窮地に陥る。実際に第3軍が壊滅したならキッシンジャーの計画は水泡に帰する。キッシンジャーはメイア首相に対し、軍の動きを抑えるように頼むが、失敗した。 イスラエルが停戦に応じない中、ソ連政府はキッシンジャーに対し、米英両国が平和維持軍を派遣してはどうかと提案、アメリカがソ連と手を組めないのならば、ソ連は単独で行動すると警告した。 この直後、キッシンジャーはすぐにアレキサンダー・ヘイグ、ジェームズ・シュレシンジャー、トーマス・ムーラーらと協議、ニクソン大統領の名前でブレジネフへソフトな内容の返信を送り、その一方でアメリカが核戦争の警戒レベルをDEFCONを通常の5から3へ引き上げることを決めた。ニクソンが決定を知らされたのは翌朝。メイアは核戦争の危機がせまっていると信じた。 戦争が拡大して湾岸の産油国が巻き込まれると、ペトロダラーの仕組みを機能させるため、アメリカはイスラエルと戦争しなければならない。が、そうしたことは実際のところ困難。エジプトのガマール・ナセル大統領(1970年に52歳で急死)に替わるヤセル・アラファトPLO議長の後ろ盾だったサウジアラビアのファイサル国王は特に困った存在だった。アメリカやイスラエルにとって好都合なことに、その国王は1975年、甥に射殺される。 この甥は事件前、博奕で多額の借金を抱えていたのだが、彼に近づいてきた女性に借金を清算してもらう。その女性はモサド(イスラエルの情報機関)のエージェントだということが判明している。甥は女性から麻薬漬けにされていたとも言われている。 こうした情勢を招く決定をしたビルダーバーグ・グループの第1回総会は1954年にオランダのビルダーバーグ・ホテルで開かれた。このグループはアメリカと西ヨーロッパのエリートたちが利権を調整する目的で設立したとされているが、上部機関が存在する。ウィリアム・ドノバン(戦時情報機関OSSの長官でウォール街の弁護士)やアレン・ダレス(OSSやCIAで秘密プロジェクトを指揮したウォール街の弁護士)などアメリカのエリートがイギリスのウィンストン・チャーチルと1948年に創設したACUEだ。ヨーロッパ統一運動へもACUEから資金が出ていた。大戦中、ロンドンへ亡命していたポーランドのウラジスラフ・シコルスキー将軍も深く関係している。 なお、チャーチルはドイツが降伏した直後にソ連を奇襲攻撃するプランをJPSに命じて作らせた。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団がソ連を奇襲攻撃するという「アンシンカブル作戦」だが、これは参謀本部の反対で実現しなかった。下野後の1946年3月にはアメリカのミズーリ州で「鉄のカーテン演説」を行って「冷戦」の開幕を宣言、その翌年にはアメリカのスタイルス・ブリッジス上院議員と会い、ソ連を核攻撃で消し去るようにハリー・トルーマン大統領を説得して欲しいと頼んだと伝えられている。これだけでも「抑止力」という議論がナンセンスだということがわかる。 今年のビルダーバーグの総会は6月11日から14日かけてオーストリアで開催された。その参加者リストに載っているジム・メッシナが現在、注目されている。この人物はヒラリー・クリントンの旧友で顧問に就任しているからだ。アメリカの大統領選挙はクリントンを軸にして回転していくと見る人は少なくない。
2015.06.16
文部科学省が6月8日に国立大学へ出した通知は、教員養成系と人文社会科学系の学部や大学院のほか、司法試験合格率が低い法科大学院の廃止や見直しに取り組むように求めている。高等教育の破壊をさらに進めるということだろう。 支配層は文系を嫌い、理工系を好む。生産に直結しているからというだけでなく、政治から引き離し、社会を批判的に見ないように育って欲しいからだ。高校や中高一貫校で理科や数学を重点的に教える「スーパーサイエンスハイスクール」なる制度を作ったのも同じ理由から。 大学だけでなく、高校でも1970年代に官僚たちは学生/生徒の統制を強めている。その直前、1960年代の後半には安保闘争が盛り上がっていたが、多くの学生は1970年に行われた万博の頃から集団転向する。第2次世界大戦の前、吉野作造の民本主義、次いでマルクス主義、そして高度国防国家の支持者へと変化していった東大の新人会と同じ。 しかし、中には本気で社会を変えようとした学生/生徒もいて、そうした種類の人間を支配層が早い段階で選別、排除しようとする。「スーパーサイエンスハイスクール」もそうした環境を整備するひとつの手段だが、内申書も活用されてきた。思想チェックだけでなく、生徒に監視の目を意識させることも目的だっただろう。生徒の監視役、教師の立場を不安定化させるのも洗脳の手段。本、音楽、絵画の好みなどから性格をコンピュータで分析、子どもの頃から「潜在的危険人物」をリストアップする研究も進んでいる。 支配層に刃向かう教師もいるが、そうした人びとへの攻撃として「君が代」の起立斉唱や「日の丸」掲揚の強制が使われている。思想信条に反することを行わせてプライドを砕き、服従させる、つまり奴隷化、あるいは家畜化のための重要な儀式と言えるだろう。それでも抵抗する教師は排除する。 アメリカでも教育の現場は1980年代、ロナルド・レーガン政権の時代から急速に崩壊していった。当時、知り合いのアメリカ人は、学校で「博奕の遣り方ばかり教えてシェークスピアを教えなくなった」と嘆いていた。強欲を善とする考え方を子どもにインプットし、無教養の人間を育てはじめたのだ。 1949年にノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹などは幼い頃から中国の書籍を素読するなど文系の教養を身につけ、必然的に哲学を学ぶことになった。が、現在、そした教養を身につけた理工系の人間は少なく、数学のできる人間が最も優秀だと言う輩もいる。 学問全般に言えることだが、特に理工系は物事を単純化して理論を構築する。思考が単純になっても不思議ではない。素粒子の世界、電気、宇宙といった分野は単純化しても問題はないが、生態系に応用することは困難。 ところが、こうしたことに悩む人は少なく、自分たちが行っていることが自然にどのような影響を与えるかにも無頓着だ。そうした結果として水俣病やイタイイタイ病といった公害病、人類の存続を危うくする核兵器の開発や原子力発電所の建設につながった。 しかし、単純化された理論であっても、事実を尊重するなら救いはある。ところが、理工系の「権威」はカネと地位を優先、事実を軽視、あるいは無視する。そうした実態は公害病のケースでも明らかになったが、東電福島第一原発でも再確認された。理工系の「権威」も単なる強欲なだけの人たちだということだ。 日本より高等教育の破壊が進んでいるのはアメリカ。大学破壊の理由のひとつは、政府/支配層の不正を暴き、批判する人びとが大学を拠点にしていることにある。日本では一時期、優秀で体制に批判的な学生や教員が大学から離れるということが流行ったが、これは支配層にとって思う壺だった。 イスラエルを厳しく批判してきたノーマン・フィンケルスタインも大学の教員だった。母親はマイダネク強制収容所、父親はアウシュビッツ強制収容所を生き抜いたというユダヤ系の人物だが、パレスチナ人弾圧を許さないという立場。こうしたユダヤ人は親イスラエル派から「自己憎悪(Self-hating)」派だと批判される。安倍晋三首相の「お友だち」が使う「自虐史観」という表現と似ている。 アメリカの大学には任期制で働いている教員と終身在職権を得た教員がいる。フィンケルスタインはデポール大学で働く任期制の教員だった。このフィンケルスタインをハーバード大学のアラン・ダーショウィッツ教授は激しく攻撃してきた。フィンケルスタインはシオニストにとって最も都合の悪い人物だ。 フィンケルスタインの著作が世に出ると聞くと、ダーショウィッツ教授はカリフォルニア大学出版やカリフォルニア州のアーノルド・シュワルツネッガー知事に働きかけて出版を止めようとし、大学が彼に終身在職権を与えようとした際には反フィンケルスタインのキャンペーンを数カ月に渡って展開、大学に圧力をかけて彼との雇用契約を打ち切らせてしまった。 それだけ終身在職権を得た大学の教員は支配層にとっても面倒な存在。カネと地位で懐柔したり脅して屈服させられないと厄介なことになる。そうした環境を支配層は壊そうとしている。日本にも「御用学者」は多いが、安倍政権を批判する大学の教員も少なくない。こうした人びとを排除したいと安倍首相の周辺にいる人びとは考えているのだろう。
2015.06.15
集団的自衛権を行使できるようにするため、安倍晋三首相は安全保障法制の関連法案を夏までに成立させるとアメリカで宣言してきたようだ。そのアメリカは戦争を始める際、よく「偽旗作戦」を使う。自衛、あるいは報復を装って侵略するわけだが、その事実を日本では政治家も学者もマスコミも決して口にしないだろう。事実を明らかにしたなら、特定秘密保護法で逮捕される可能性もある。 例えば、日本の船や航空機を日米が爆破してターゲット国が実行したと宣伝したり、日本の都市で「爆弾テロ」を繰り返し、航空機を自爆させ、ターゲット国に撃墜されたかのように装ったり、ターゲット国を攻撃、あるいは挑発し、反撃してきたなら、それを相手側の先制攻撃だと宣伝したり、何も起こっていないのに「侵略」を宣伝したり、「人権擁護団体」や「民主化運動」をでっち上げ、ターゲット国の人権侵害や民主化運動の弾圧を宣伝したり、大量破壊兵器を開発し、今にも攻撃してくるかのように宣伝したりするケースはありえる。 こうした宣伝はマスコミを利用するわけだが、そのために情報とカネで記者、編集者といった類いの人びとを支配層は飼い慣らしている。買収に応じない人びとは活動を封印したり、脅したり、場合によっては消し去るだろう。 フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙のカーステン・ゲルミス元東京支局長によると、記者が政権を批判すると「日本バッシャー」というレッテルを貼って批判、外務省はその記者を攻撃するだけでなく、フランクフルトの日本総領事が本社に乗り込み、外交担当のデスクに抗議したという。 昨年8月、FAZの本社へ乗り込んだ坂本秀之総領事は「カネが絡んでいると疑わざるを得ない」と主張、中国のプロパガンダ記事を書く必要があるとはご愁傷様ですなと続けたとしている。自分たちがカネを配っていることを自白しているようなものだ。 そのFAZで編集者を務めていたウド・ウルフコテによると、ドイツだけでなく多くの国のジャーナリストがCIAに買収され、例えば、人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開しているという。こうした話は日本でもしばしば耳にする。 そうした仕組みを作り挙げるため、アメリカの支配層はドイツの有力な新聞、雑誌、ラジオ、テレビのジャーナリストを顎足つきでアメリカに招待、そうして築かれた「交友関係」を通じてジャーナリストを洗脳していく。ウルフコテがジャーナリストとして過ごした25年の間に嘘を教わったことは、嘘をつき、裏切り、人びとに真実を知らせないことだという。 彼が「内部告発」を決心、今年2月に本を出したのは、CIAにコントロールされたメディアがヨーロッパの人びとをロシアとの戦争へと導き、引き返すことのできない地点にさしかかっていることに危機感を抱いたからだという。国際情勢はそれだけ切迫しているということ。すでにアメリカ(ネオコン)は「世界大戦」を始めたという見方もある。 ウォーターゲート事件を調べた記者のひとりとして有名なカール・バーンスタインも記者や編集者が買収されている実態を明らかにしている。彼は1977にワシントン・ポスト紙を辞め、その直後にローリング・ストーン誌で「CIAとメディア」という記事を発表したのだ。バーンスタインがこうした記事を書いた意味を軽く見るべきではない。 それによると、まだメディアの統制が緩かった当時でも400名以上のジャーナリストがCIAのために働き、1950年から66年にかけて、ニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供しているとCIAの高官は語ったという。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977) 日本の場合、1987年に朝日新聞阪神支局が襲撃された事件が脅しとして有効だった。この事件では散弾銃を持ち、目出し帽を被った人物が侵入、小尻知博を射殺し、犬飼兵衛記者に重傷を負わせているが、犯人は明らかにされていない。この脅しで自主規制は強化された。 アメリカが中東/北アフリカでアル・カイダ系武装集団/IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)を、ウクライナでネオ・ナチを使って戦争を始めていることは公然の秘密だったが、最近ではアメリカの下院でも認めるまでになっている。それを日本では政治家も「専門家」も、また大手マスコミの記者や編集者も口にせず、出版社も避けている。アメリカが「テロリスト」を支援し、自らも「テロ行為」を実行してきた国だという事実の欠落させた状態で集団的自衛権を議論するのはナンセンスである。戦争を遠い将来の話だと想定するのも現実離れしている。なぜ安倍政権が戦争の準備を急いでいるのか、あるいは急がされているのかという問いの解答はここにある。
2015.06.14
TPP/TTIP/TISAとは、私的な組織である巨大資本を政府、議会、司法の上に置き、民主主義を破壊する仕組みを築くための協定であり、集団的自衛権とは日本人をアメリカの好戦派へ寄進する仕組み。日本人を奴婢としてアメリカの支配層へ寄進しようとしているとも言える。 こうした寄進を安倍晋三政権が急いでいる理由は、それだけアメリカが危機的な状況にあるからにほかならない。日本政府も「安全保障法制」が憲法に違反していることは承知のはずで、それでも強引に成立させようとしている、つまり、それだけアメリカからの圧力が強いということだろう。 アメリカ支配層や安倍政権が日本を「戦争ができる国」にしようとしていることは間違いないが、より具体的な目的がある。すでにアメリカは中東/アフリカやウクライナで戦争を開始しているわけで、彼らが重要地域と認識している東アジアでいつ火がついても不思議ではない。日本と中国との間で開戦の危機が高まっている。 日中関係を悪化させる出来事が引き起こされたのは2010年のこと。尖閣諸島/釣魚台群島の付近で操業していた中国の漁船を海上保安庁が「日中漁業協定」を無視する形で取り締まったところから日中間の軍事的な緊張は一気に高まったのだ。 田中角栄政権が切り開いた日中友好の流れを断ち切り、「棚上げ」になっていた尖閣諸島の領有権問題に火をつけたわけだが、そのときの内閣総理大臣は菅直人、国土交通大臣は前原誠司。2011年3月に東北の太平洋側で大きな地震が起こり、東電福島第一原発が「過酷事故」を起こして日中の関係悪化は止まるが、それを12年に石原慎太郎都知事が壊す。ネオコン系の「ヘリテージ財団」が主催したシンポジウムで石原が講演、尖閣諸島の魚釣島、北小島、南児島を東京都が買い取る意向を示し、日本政府は諸島を国有化、両国の関係は急速に悪化することになったのである。 ウクライナではネオ・ナチ、中東/アフリカではアル・カイダ(CIAの訓練を受けた戦闘員のデータベース)系武装集団やIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)を手駒として使っていることは本ブログで何度も指摘してきた。かつて、ラテン・アメリカの軍人をSOA(2001年にWHINSECへ改名)で反乱鎮圧の技術、ゲリラ戦や心理戦の戦い方、狙撃の訓練、さらに拷問や暗殺のテクニックを訓練、帰国後に軍人たちはクーデターを起こしたり「死の部隊」を編成したりした。日本を東アジアにおける手駒のひとつにしようとしていると考えるべきだ。 アメリカが世界制覇へ向かって大きく前に踏み出したのは1992年、ソ連が消滅した翌年のこと。潜在的なライバルを叩きつぶし、資源を支配、「唯一の超大国」として世界を制覇しようという内容のDPGの草案(ウォルフォウィッツ・ドクトリン)が作成されたのである。 まず旧ソ連圏の切り崩しを開始、NATOを使って東へ勢力を拡大していくのだが、アメリカ支配層の傀儡、ボリス・エリツィンが大統領に就任して新自由主義的な政策を推進していたロシアを気にする必要はなかった。 1993年にアメリカではビル・クリントンが大統領に就任、ネオコン/シオニストの影響力は低下するが、この年の9月2日付けウォール・ストリート・ジャーナル紙にはボスニアへの軍事介入を求める公開書簡が掲載された。 その署名者の中には、イギリスのマーガレット・サッチャー元首相、アメリカのジョージ・シュルツ元国務長官、フランク・カールッチ元国防長官、ズビグネフ・ブレジンスキー元国家安全保障問題担当大統領補佐官、ポール・ニッツェ、ジョージ・ソロス、ジーン・カークパトリック、ポール・ウォルフォウィッツ、リチャード・パールも含まれていた。例によって、この書簡のベースを考えたのは国防総省ONAのアンドリュー・マーシャル室長たち。 ユーゴスラビアに対する軍事力の行使が動き始めるのは1997年のこと。アメリカの国務長官がウォーレン・クリストファーからマデリーン・オルブライトへ交代したのだ。新長官は1998年にセルビアに対する空爆を支持すると声明を出し、ヨーロッパ連合軍(現在のNATO作戦連合軍)のウェズリー・クラーク最高司令官も賛成したのだ。 その後、NATOによる攻撃を正当化する話が流れたが、ことごとく嘘だった。その嘘のキーワードが「人権」だが、これはかつて、ラテン・アメリカでアメリカが「死の部隊」を使って殺戮を繰り返していたことに対する批判の理由だった。これを破壊と殺戮を正当化するキーワードとして使ったわけだ。 そして1999年、NATOはユーゴスラビアに対して全面攻撃を加えている。この際、多くの市民が犠牲になったが、中国大使館も爆撃されている。大使館爆撃を実行したのはアメリカのB2ステルス爆撃機で、目標を設定したのはCIA。3方向からミサイルで攻撃されている。アメリカは「誤爆」だと強弁しているが、計画的だった可能性はきわめて高い。 この間、日本では1995年にジョセフ・ナイ国防次官補が「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表、アメリカの戦争マシーンに組み込む作業を開始している。その延長線上に集団的自衛権の問題があるわけだ。この間、日本では反対らしい反対はなかった。 すでに戦争が始まっている中東/北アフリカやウクライナで何が起こっているのかを伝えることも、集団的自衛権を実現しようとしている人びとにとっては許されない。アメリカの正体が明らかになれば、安倍政権が進めていることは侵略戦争への参加にほかならないこととが明確になるからだ。 最近、DIA(アメリカの軍事情報機関)が2012年8月に作成した文書によると、サラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQI(アル・カイダ系武装集団)がシリアにおける反乱の主力。いわゆる「過激派」で、サウジアラビアやカタールがスポンサーとして存在している集団だ。DIAは反シリア政府軍を西側(アメリカ/NATO)、湾岸諸国、そしてトルコが支援しているとも書いている。 昨年2月、ウクライナで合法政権が憲法を無視した形で倒されたが、それを西側の政府やメディアは「民主化」と強弁している。実態はアメリカ/NATOを後ろ盾とするネオ・ナチのグループによる暴力的なクーデターだった。 例によって「リベラル派」のニューヨーク・タイムズ紙はネオ・ナチの存在を隠しているが、西側でも日本やアメリカ以外の国々では、ナチズムの問題を指摘する情報が漏れてくる。 クーデター後、ネオ・ナチのメンバーを中心とする戦闘部隊が編成されているが、中でも有名なものがアゾフ。昨年4月、アンドレイ・ビレツキーがイゴール・コロモイスキーの資金で設立した部隊で、ビレツキーはドミトロ・ヤロシュと同じようにネオ・ナチの集合体である「右派セクター」の幹部。 4月20日からアメリカの第173空挺旅団の兵士290名がウクライナの正規軍兵士1200名と親衛隊の戦闘員1000名を訓練すると言われたが、その第一陣にはアゾフも含まれているとキエフ政権の内務大臣は表明している。アゾフの司令官は自分たちが白人優越主義者だということを隠そうとせず、ナチスのシンボルも彼らは使っている。 アゾフがネオ・ナチだということは明らかで、それを自国民に知らせない西側の政府やメディアは異常。「民主主義者」を装っているが、実態は「親ファシズム」だということなのかもしれない。そうした中、6月10日にアメリカ下院は国防予算法の改定でアゾフに対する軍事訓練をナチズムとの関係を理由に封じたという。西側支配層の内部で何か、変化が起こりつつあるのかもしれない。
2015.06.13
労働者派遣法を安倍晋三政権は「改正」しようとしている。企業がカネ儲けやすいようにし、労働者の働く環境をさらに劣悪化させようというわけだ。私的な組織である巨大資本を政府、議会、司法の上に置き、民主主義を破壊する協定、つまりTPP/TTIP/TISAを先取りしているとも言えるだろう。先取りしないと因果関係がばれてしまう。 1932年の大統領選挙でウォール街を後ろ盾にしていた現職のハーバート・フーバーを破って当選、大企業の活動を規制し、労働者の権利を拡大しようとしたフランクリン・ルーズベルトは1938年4月29日、ファシズムについて次のように定義している。 「もし、私的権力が自分たちの民主的国家より強くなるまで強大化することを人びとが許すなら、民主主義の権利は危うくなる。本質的に、個人、あるいは私的権力をコントロールするグループ、あるいはそれに類する何らかの存在による政府の所有こそがファシズムだ。」 今、ここに書かれていることが日米欧で引き起こされつつある。ルーズベルトの定義にしたがうと、TPP/TTIP/TISAは世界のファシズム化を目指す協定だと言える。だからこそ推進派は交渉の内容を秘密にしているわけだ。 イスラエル・ロビーや巨大資本に買収/脅迫され、操り人形になっているアメリカ議会にも強く反対している議員がいる。その代表格がシェロード・ブラウン上院議員やエリザベス・ウォーレン上院議員。両議員によると、アメリカ政府が設置しているTPPに関する28の諮問委員会には566名の委員がいるが、そのうち480名、つまり85%が大手企業の重役か業界のロビイスト。 TPPの交渉を担当しているのは大手企業の「元重役」、例えばバンク・オブ・アメリカのステファン・セリグ商務省次官補やシティ・グループのマイケル・フロマン通商代表。セリグはバラク・オバマ政権へ入ることが決まった際、銀行から900万ドル以上をボーナスとして受け取り、フロマンは銀行からホワイトハウスへ移動するときに400万ドル以上を貰っていると報道されている。こうした人たちが誰のために交渉しているかは明白だ。 こうした交渉では、ウォーレン議員が言うように、労働者に対する強力な保護などは空約束にすぎず、協定は巨大資本にとって有利、労働者にとって不利なものになる。つまり富が巨大資本に集中、そこに巣くう支配層だけが裕福になり、庶民は貧困化していく。貧困化した庶民には考える余裕はなくなり、声を上げる力もなくなる。 1929年に誕生した浜口雄幸内閣はJPモルガンを中心とするウォール街の命令に従って新自由主義的な政策を推進、その結果、東北地方では娘の身売りが増え、欠食児童、争議などが問題になった。言うまでもなく、当時のアメリカ大統領はフーバーだ。こうしたことは庶民の貧困化が進んだ社会で共通して起こること。売春問題とは貧困問題だということである。 アメリカでは1929年に「バブル」が破裂し、株価が暴落している。これが人為的なものかどうかはともかく、暴落を引き起こすエネルギーがたまっていたことは間違いない。つまり、アメリカ経済は破綻していた。その破綻をファシズム化で乗り切ろうとしていたことは、1933年から34年にかけてJPモルガンを中心とする勢力がルーズベルト大統領が率いるニューディール派を排除し、ファシズム政権を樹立しようとしたことでも推測できる。 第2次世界大戦でアメリカのライバルだったソ連とヨーロッパは疲弊、日本に侵略された中国も破壊、殺戮、略奪で無惨なことになった。その結果、領土が戦場にならなかったうえ、ドイツや日本が占領地で略奪した財宝を一部支配層が奪ったアメリカは相対的に大きな力を得て「世界の支配者」として振る舞う。 そうした経済的な優位も1971年には怪しくなり、リチャード・ニクソン大統領はドルと金の交換を停止すると発表している。ブレトン・ウッズ体制は崩壊、1973年から世界の主要国は変動相場制へ移行するのだが、その中でドルの基軸通貨としての地位を維持するため、産油国に対して決済をドルにするように求めている。 石油の時代には大多数の国が石油の取り引きに参加、貿易のドル決済を維持させるために産油国がドル決済する意味は大きい。ドルが基軸通貨である限り、アメリカは通貨を発行することで外国から物を買うことができるのだが、国外へ流れ出たドルを放置しておくとインフレ状態になり、破綻する。 そこで、産油国には集まったドルでアメリカの財務省証券などを購入させ、ドルをアメリカへ還流させようとした。その代償としてニクソン政権は産油国に対し、国と油田地帯の軍事的な保護、武器の売却、支配勢力の地位保証などが提示されたという。まずサウジアラビアと1974年に協定を結び、これと基本的に同じ内容の取り決めを他のOPEC諸国とも結んだ。 この協定ではイスラエルからの攻撃にもアメリカは対応しなければならない。当時のサウジアラビア国王ファイサルはエジプトのガマール・ナセル大統領(1970年に52歳で急死)に替わるヤセル・アラファトPLO議長の後ろ盾。アメリカとも一線を画していた。こうした体制ではペトロダラーの仕組みがイスラエルにとって都合の悪いことになりかねない。 そうしたとき、アメリカの親イスラエル派やイスラエルにとって好都合な出来事が起こる。1975年にファイサル国王が甥に射殺されたのだ。その甥はクウェートのアブドル・ムタレブ・カジミ石油相の随行員として現場にいた。 事件前、甥は博奕で多額の借金を抱えていた。そうしたときに女性が近づき、その借金を清算するのだが、その女性はモサドのエージェントだということが判明している。博奕で大損する原因をモサドが作った可能性もあるだろう。甥は女性から麻薬漬けにされていたとも言われている。 ファイサル国王が暗殺された後、当初は第1副首相として、1982年から2005年まで国王としてサウジアラビアを統治したファハド・ビン・アブドル・アジズは親米派として知られている。 好戦派がホワイトハウスで主導権を握り、ネオコンが台頭した1970年代にミルトン・フリードマンの新自由主義が世界へ広がり、富は一部の巨大資本や富豪へ集中、そこから金融/投機/博奕市場へ流れるという回路ができた。生身の人間が住む世界でハイパーインフレが起こる代わりに金融/投機/博奕市場でハイパーバブルが発生、富裕層は「評価額」に満足するわけだが、このマルチ商法的な仕組みはドルが基軸通貨だという前提で成り立っている。ドルがその地位から陥落すると、全てが崩壊する。 ネオコン/シオニストなどアメリカの好戦派は現在、ロシアを軍事的に制圧しようとしているが、思惑通りには進まず、ロシアと中国の関係を緊密化させることになった。今では経済的にも軍事的にも同盟関係に入り、ドル決済と決別する動きを見せ、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)なども同調する姿勢を見せている。 つまり、アメリカの支配層は追い詰められている。勝てば官軍、負ければ賊軍。いかなる手段を使っても負けるわけには行かない状況になってしまった。日本が中国を攻撃させられる可能性は決して小さくない。安全保障関連法案(戦争法案)、TPP、そして労働者派遣法は密接に関係していということでもある。
2015.06.12
シリアの大ムフティー(最高イスラム法官)によると、シリアには全世界から7万名ほどがIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)に戦闘員として参加するために集まり、そのうち5000名から7000名はロシアやCIS(独立国家共同体)の出身者。CISの中では、カザフスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャンが中心のようだ。そうした戦闘員はトルコでサウジアラビアからの経済的支援を受けながら、アメリカやイギリスから訓練を受けているともいう。 シリアにチェチェン人がいるとする報告はないと大ムフティーは語っているが、200名から1000名が入っているという情報も流れたことがある。チェチェンの反ロシア勢力はグルジア(最近はアメリカ風にジョージアと呼ぶらしい)のパンキシ渓谷を拠点にしているが、そこでアメリカのCIAは戦闘員をリクルートされ、シリアへもチェチェン人がISの戦闘員として送り込まれているというのだ。 先月、タジキスタン内務省特殊任務民警支隊のグルムロド・ハリモフ司令官がISに加わったことが判明している。この人物は2003年にアメリカで、08年にはロシアで訓練をうけたことがあり、4月23日から行方不明になっていた。5月27日にハリモフ司令官のメッセージ動画がインターネット上に投稿され、仲間数人と一緒にISへ参加したことを認めている。 ロシア、カザフスタン、タジキスタンはSCO(上海合作組織)のメンバー国。この組織の前身は1996年に創設された上海ファイブで、2001年に改名された。そのほか中国、キルギスタン、ウズベキスタンが加盟国。オブザーバー国にはイランも含まれている。 シリアで実戦を経験した後、出身国へ戻って破壊活動を行い、ロシアや中国を揺さぶるつもりだと見る人もいる。両国はアメリカのライバルへ成長したSCOやBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の中心的な存在だ。 ところで、シリアの反政府軍は国外から侵入してきた戦闘員が主力。ジョージタウン大学のハイララー・ダウド教授によると、反政府軍に加わっているシリア人の占める割合は5%にすぎず、残りの95パーセントは外国人傭兵。つまり、シリアでの戦闘は「革命」でも「内乱」でもなく、アメリカ、イスラエル、ペルシャ湾岸産油国の侵略にほかならない。 最も多くの戦闘員を送り出しているのはチェチェンとサウジアラビアだと言われ、累計するとそれぞれ約1万4000名と約1万2000名だとする情報もある。サウジアラビアのテレビ局MBCのダブド・アル・シャリアンがホストを務める人気番組に登場した聖職者は、一部の聖職者が同国の若者を洗脳してシリアへ送り出していると批判していた。 シリア政府によると、アメリカ/NATOやサウジアラビアをはじめとするペルシャ湾岸の産油国の支援を受けてシリアへ入っている外国人戦闘員は25万人以上で、その41%はサウジアラビア人だが、チェチェン人は実戦を経験している「精鋭部隊」だと見なされていた。 ここにきてチェチェン人がシリアから消えたとするならば、ウクライナへ移動している可能性がある。ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領は5月30日にミヘイル・サーカシビリ元ジョージア大統領を任命したと発表したが、これもチェチェンとウクライナのつながりを連想させる。 サーカシビリはイスラエルと関係が深く、彼の政権にはふたりのイスラエル系閣僚がいた。ひとりは国防相だったダビト・ケゼラシビリ、もうひとりは南オセチア問題で交渉を担当していた大臣のテムル・ヤコバシビリで、ヤコバシビリはイスラエルの市民権を持っていなかったようだが、ヘブライ語は話せるという。 サーカシビリは2004年に西側の支援を受けた「バラ革命」で大統領に就任、13年までその職にあったが、その前、2001年からイスラエルの会社は武器を提供、軍事訓練を実施、07年には同国の軍事専門家がジョージアの特殊部隊を訓練、重火器や電子機器、戦車などを提供したと報道されている。 そして2008年8月、サーカシビリは自国軍に命じて南オセチアを奇襲攻撃するが、ロシア軍の反撃で惨敗する。このとき、サーカシビリは南オセチアの分離独立派に対話を訴えた約8時間後、深夜近くにミサイルで攻撃を始めたが、この作戦はイスラエルが立てたという推測もある。 そのサーカシビリをウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領は5月30日、オデッサの知事に任命したと発表された。モルドバに対する破壊工作を始める布石をアメリカは打ったとも見られている。 自分たちの都合を押しつけるため、「凶人」や「狂犬」のように振る舞わなければならないという考え方がある。核戦争を始めかねないと脅せば相手は屈服するという理屈であり、ISやネオ・ナチその道具なのだが、ロシアや中国が相手では通用しない。ネオコン/シオニストが軍事的な緊張を高めていけば、どこかの時点で核戦争になる。その準備を安倍晋三政権は進めているわけだ。
2015.06.11
安倍晋三政権は日本をアメリカの戦争マシーンの中枢へ組み込もうとしている。ネオコン/シオニストが1992年に作成したDPGの草案(ウォルフォウィッツ・ドクトリン)ではアメリカを唯一の超大国と位置づけ、世界制覇を目指そうとしているのだが、すでにアメリカは衰退期に突入、全世界に軍隊を派遣する力はない。そこで、日本にカネと命を出させようとしている。 中東やアフリカの場合、サウジアラビアなどペルシャ湾岸産油国の資金を使ってアル・カイダ系武装集団やIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)を組織、ウクライナではネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)を使っている。東南アジアではインドネシアやフィリピンのアル・カイダ系組織、中国の西部でも同じ系統のグループが活動しているようだ。そうした武装集団と連携してアメリカのために戦う準備を安倍政権は進めていると考えるべきだろう。 中東/北アフリカで戦火は広がっているが、火をつけたのはアメリカのジョージ・W・ブッシュ政権であり、小泉純一郎政権は無条件に侵略を支持、マスコミも同調した。日本でも盛んに宣伝された「大量破壊兵器」は全くの嘘で、その結果、サダム・フセイン体制が倒れただけでなく、多くのイラク市民が殺されている。 西側メディアは確認できた犠牲者だけをカウントしているようだが、2006年10月にイギリスの医学雑誌「ランセット」に掲載された数字、つまり2003年3月から2006年7月までの間に65万4965名以上のイラク人が死亡、そのうち60万1027名は暴力行為(要するに戦闘)が原因だとしている。イギリスのORB(オピニオン・リサーチ・ビジネス)は2007年夏までに約100万人が殺されたという調査結果を公表した。嘘で始めた戦争で建造物や歴史遺産が破壊され、約100万人の市民が虐殺されたということだ。 DPG草案の作成で中心的な役割を果たしたポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)は1991年にイラク、シリア、イランを殲滅すると話していた。これはヨーロッパ連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官だったウェズリー・クラークが語っている。そのプランに従う形でシリアは攻撃されたわけだ。イランへも軍事的な圧力をアメリカはかけている。 シリアでバシャール・アル・アサド体制に対する抗議活動が始まったのは2011年の初頭。「アラブの春」が刺激になって始まったのだが、1988年から93年にかけてのフランス外相、ロラン・デュマによると、2009年にイギリスを訪問した際、イギリス政府の高官からシリアで工作の準備をしていると告げられたようだ。デュマは政府から離れているとしてイギリス政府高官の話に乗らなかったというが、その後フランス政府は誘いに乗っている。 そうした秘密工作は遅くとも2007年に始まった可能性が高い。2007年3月5日付けのニューヨーカー誌でシーモア・ハーシュはアメリカ、イスラエル、サウジアラビアがシリアとイランの2カ国とレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を開始したと書いている。 反政府活動は当初、平和的なもの。政府も容認していたのだが、3月になると活動が暴力的になり、軍事的な反乱の様相を強めていく。この頃から反シリア政府軍はトルコにある米空軍インシルリク基地で軍事訓練を受けていた。教官はアメリカの情報機関員や特殊部隊員、イギリスとフランスの特殊部隊員。そこやヨルダンからシリアへ侵攻、支配地域を広げてきた。イギリス、アメリカ、フランス、カタール、ヨルダン、トルコも特殊部隊をシリア領内で活動させていると疑われている。 2012年8月にアメリカの軍事情報機関、DIAが作成した文書によると、サラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQI(アル・カイダ系武装集団)がシリアにおける反乱の主力だとしている。いわゆる「過激派」で、背後にはサウジアラビアやカタールが存在している集団だ。DIAは反シリア政府軍を西側(アメリカ/NATO)、湾岸諸国、そしてトルコが支援しているとも書いている。 AQIが組織されたのは2004年。その前年にアメリカを中心とする軍がイラクへ軍事侵攻し、アル・カイダ系武装集団を弾圧していたフセイン体制を倒したことが影響しているのだろう。2006年にAQIが中心になってISIが編成され、今ではISと呼ばれている。シリアではアル・ヌスラというアル・カイダ系の武装集団が存在しているが、この集団はAQI/ISIと実態は同じだともいう。タグを変えただけだというわけだ。 DIAは2012年8月の段階で、東部シリアにサラフ主義者の国ができる可能性があると推測している。これはシリアの反対勢力を支援している国々、つまりアメリカ/ネオコン、イスラエル、サウジアラビアなどペルシャ湾岸産油国が望んでいる展開だという。こうした「国」ができるとシリアを孤立させられるというわけだ。ISIもイラクやシリアで活動している他のテロリスト組織と手を組み、イスラム国を宣言できるかもしれないとしている。 文書が作成された2012年には、ヨルダンの北部に設置された秘密基地でアメリカの情報機関や特殊部隊が戦闘員を軍事訓練、その少なくとも一部はISに合流することになる。トルコと同じようにヨルダンにはISのシリア侵入ルートがあると言われている。 2014年6月にイラク北部の都市、モスルを制圧したと報道されてからISは広く知られるようになったが、こうした動きをアメリカ政府は遅くとも2012年8月の段階で予測していた。そのアメリカにはCIAやNSAという巨大情報機関が存在、庶民の生活水準を引き下げる一方で莫大な資金を使っている。当然、スパイ衛星、通信の傍受、あるいは人的なスパイ網などでISの動きを把握していたはずだが、軍事侵攻を黙って見ていた。 シリアで戦闘が始まった当時の状況について、シリア駐在のフランス大使だったエリック・シュバリエは武装蜂起は外国から入ってきたグループに扇動されたもので、報道とは違い、緊張が高まるにつれて市民の運動は小さくなって激しい弾圧という事態にはならなかったとしている。これは現地にいたジャーナリストの報告とも合致する。そのとき、外国から入った勢力が政府側と市民側を狙撃したとも伝えられていた。シュバリエ大使は実態をアラン・ジュペ外務大臣兼国防大臣(当時)に報告するが、封印されてしまう。 シュバリエでなくとも、現地にいれば西側やアル・ジャジーラの「報道」が嘘だということはわかったはず。例えば、現地を調査した東方カトリックの修道院長はサラフィ主義者や外国人傭兵が虐殺したと報告、「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は、地上の真実と全く違っている」としている。つまり、破壊と殺戮の原因を作っているのは西側メディアだということ。キリスト教の聖職者、マザー・アグネス・マリアムは外国からの干渉が事態を悪化させていると批判した。 嘘を広めていた西側メディアが「情報源」のひとつにしていたのがロンドンを拠点としている「人権擁護団体」。この団体はアメリカやイギリスの情報機関と深く結びついていると言われ、実態はプロパガンダ機関だ。また、アル・ジャジーラはカタールの放送局。リビアと同様、シリアでもカタール王室は体制転覆プロジェクトの中心グループに所属、その国の放送局であるアル・ジャジーラは「国策」に従って「報道」することになる。 こうした西側メディアより日本のマスコミはプロパガンダ色が強い。アル・カイダ系武装集団/ISをアメリカ、イスラエル、サウジアラビアが作り上げた事実はともかく、反シリア政府軍の主力はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQIで、その勢力を西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコが支援しているとするDIAの文書くらいは取り上げるべきだろう。それができない人たちが本気で安倍政権の暴走を止めようとしているとは思えない。
2015.06.10
戦争の勝敗を兵站、安倍晋三政権の言い方を使うと「後方支援」が決めることは少なくない。ナポレオン・ボナパルト(フランス第1帝政の皇帝)も兵站を重視、「軍隊は胃袋と行進する」と語っていたようだが、帝政ロシアへ攻め込んだときには兵站の問題で惨敗することになった。 兵站を軽視した一例が旧日本軍。「現地調達」を主張したのだが、結局、強盗にすぎなくなる。略奪をはじめれば破壊と殺戮が伴う。そうなると野盗の集団だ。安倍政権はアメリカの兵站を日本が担当するつもりのようだが、その重要性を理解しなければならない。 昨年2月、アメリカ/NATOを後ろ盾とするネオ・ナチのクーデターで実権を握ったキエフ政権も東部や南部の民族浄化作戦で現地到達を採用、イスラエルと同じように東部の住民が難民として東へ逃げた後、移住している。その一方、空腹のキエフ側将兵は次々に投降していった。 現在、シリアからイラクにかけての地域で破壊と殺戮を繰り返しているIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)を本気で叩きつぶそうと思っているなら、アメリカ政府もISの兵站を潰し、資金源を断つことから始めなければならない。が、アメリカやサウジアラビアが行っている「ISに対する空爆」でそうした兵站を攻撃したという話は聞かず、資金源を断とうともしていない。 兵站は実際に物資を輸送するわけで、スパイ衛星、通信の傍受、そして人的なスパイ網から逃れることはできない。実際、ドイツのメディアDWは昨年11月、トルコからシリアへ武器や戦闘員だけでなく、食糧や衣類などの物資がトラックで運び込まれ、その大半の行き先はISだと信じる人が多いと伝えている。トルコ以外にもヨルダンやサウジアラビアからシリアやイラクへ運び込まれている可能性が高い。 その輸送を守っているのはトルコ軍。シリア政府軍がISの兵站ラインを攻撃しようとした際、トルコ軍機に妨害されたとも伝えられている。例えば、昨年3月23日にトルコ軍のF-16戦闘機がシリア軍のミグ23を撃墜している。トルコ政府はシリア機の領空侵犯を主張していたが、シリア政府は反政府軍をシリア領空で爆撃中に撃墜されたとしていた。これはシリア側の話が正しかったということ。 イラクの首相だったヌーリ・アル・マリキもISをペルシャ湾岸産油国が支援していると主張していた。昨年3月のことで、アメリカもIS攻撃には消極的だと不満を募らせ、その当時、ロシアへ支援を要請、受け入れられていた。 イラク政府は2011年と12年、アメリカ政府に対してF-16戦闘機を供給するように要請し、契約もしていたのだが、搬入が遅れていたのだ。そこで昨年6月下旬、ロシアに戦闘機の提供を要請、ロシアは中古ながら5機のSu-25近接航空支援機をイラクへ提供したと言われている。 また、イランの義勇兵組織、バスィージのモハマド・レザ・ナクディ准将はISの司令部がイラクのアメリカ大使館にあると語っている。ISを実際に指揮しているのはアメリカ陸軍の退役少将で心理戦の専門家であるポール・バレリーだとする情報も伝えられている。 アメリカ軍機が投下した物資がISの手に渡っているのはミスだとアメリカ側は主張しているが、これは故意だとも准将は主張する。ユーゴスラビアを先制攻撃したときには中国大使館へ爆弾を「誤投下」したが、ISに対しては物資を「誤投下」しているという説明に説得力がないことは確か。 イラン側の情報の信憑性は不明だが、アメリカが秘密工作の拠点に大使館を使ってきたことは事実。7億5000万ドルをかけ、2009年にオープンしたイラクのアメリカ大使館は異常に大規模で、従業員総数は1万5000名だとされている。 イエメンをサウジアラビアは空爆しているが、その際、サウジアラビア空軍のペイントをしたイスラエルのF-16戦闘機が撃墜されたと指摘されている。シリアの場合、イスラエルは公然と空爆し、今年1月18日にはISを追い詰めていたシリア政府軍とヒズボラの部隊を攻撃し、イラン革命防衛隊のモハメド・アラーダディ将軍を含む幹部を殺している。イスラエルが負傷した反シリア政府軍/ISの兵士を治療しているとも伝えられている。6月6日には、ISと戦っているイラク軍の基地をアメリカ軍が爆撃したという。 反シリア政府軍のタグがアル・カイダ(AQI)からISへ付け替えられる頃、2013年9月に退任間近の駐米イスラエル大使、マイケル・オーレンはシリアのバシャール・アル・アサド体制よりアル・カイダの方がましだとエルサレム・ポスト紙のインタビューで語っている。イスラエルはアル・カイダやIS、つまりサラフ主義者/ワッハーブ派を中心に集めた戦闘集団との関係を隠していない。 歴史を振り返れば、アル・カイダやISはアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟と深い関係にあることがわかる。1970年代の後半にアメリカがアフガニスタンで始めた秘密工作の一環でソ連軍と戦わせるために編成した戦闘集団の中からアル・カイダは生まれたが、1997年から2001年までイギリスの外相を務めたロビン・クックが明らかにしたように、それはCIAが訓練した「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル。 そうした戦闘集団のひとつがAQIで、アル・ヌスラと実態は同じ。2012年に作成されたDIAの文書によると、AQIはサラフ主義者やムスリム同胞団と一緒に反シリア政府軍を構成していた。AQIを中心にして2006年に構成されたのがISIで、14年からISと呼ばれている。三国同盟の傭兵という点に変化はない。
2015.06.09
衆議院の憲法審査会へ参考人招致された3名の憲法学者が、集団的自衛権を行使可能にする新たな安全保障関連法案(戦争法案)を憲法違反だと主張した。その学者の中には自民党が推薦した人物も含まれている。 こうした学者に言われるまでもなく、安倍晋三政権が憲法を無視して戦争する準備を進めていることは明白だが、安倍がその流れを作ったわけではない。何度も本ブログでは書いてきたことだが、その始まりは1992年にアメリカ国防総省で作成されたDPGの草案である。 ソ連が1991年に消滅したことを受け、アメリカが「唯一の超大国」になったと思い込んだネオコン/シオニストが作成した世界制覇プランで、そのベースは国防総省のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めてきたアンドリュー・マーシャルの戦略。当時の国防長官は好戦派の中核で活動してきたリチャード・チェイニー、実際に書き上げたのは国防次官だったポール・ウォルフォウィッツのほか、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドだという。 このDPGは「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれているが、それに基づいて作成された報告書、『米国防の再構築』をネオコン系シンクタンクのPNACが2000年に発表した。その報告書の執筆者はステファン・カムボーンやロバート・ケーガン(ビクトリア・ヌランド国務次官補の夫)などのネオコンが名を連ねている。その中心は下院軍事委員会の元スタッフで、2002年からロッキード・マーチンの副社長を務めことになるトーマス・ドネリー。その中でオスプレイの導入が推奨されていた。オスプレイもウォルフォウィッツ・ドクトリンから出て来たということ。 2000年の大統領選で「勝利」したジョージ・W・ブッシュを担いでいたのはネオコンで、『米国防の再構築』を執筆したメンバーと重なる。必然的にブッシュ・ジュニア政権の政策は、この報告書に基づくことになった。 日本の政策は基本的にアメリカ支配層の事情で決まる。1992年当時、ネオコンはソ連を消滅させ、ロシアには傀儡のボリス・エリツィンを大統領に据えることで属国化に成功したと判断していたはず。そこで、マーシャルたちは重点地域を東アジア、つまり中国へ変更した。つまり、日本を使う状況になったわけだ。 ウォルフォウィッツ・ドクトリンから3年後、ジョセフ・ナイ国防次官補は「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表する。その報告書が作成される切っ掛けを作ったのは国防大学のスタッフだったマイケル・グリーンとパトリック・クローニン。ふたりは日本が自立の道を歩き出そうとしていると主張、友人のカート・キャンベル国防次官補を説得してナイやエズラ・ボーゲルに彼らの考えを売り込んだという。 1996年には「日米安保共同宣言」が出され、安保の目的が「極東における国際の平和及び安全」から「アジア太平洋地域の平和と安全」に拡大、97年にまとめられた「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」では、「日本周辺地域における事態」で補給、輸送、警備、あるいは民間空港や港湾の米軍使用などを日本は担うことになり、99年の「周辺事態法」につながる。 この「周辺事態」とは、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」を意味し、「周辺」は「地理的なものではない」。つまり、世界中に展開する可能性があるということ。2005年になると「日米同盟:未来のための変革と再編」が締結され、日本は「日米共通の戦略」に基づいて行動するとされた。 アメリカでは1980年代の前半、ロナルド・レーガン政権の時代からCOGプロジェクト(一種の戒厳令計画)が秘密裏に推進され、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃(9/11)され、それを利用して「愛国者法」という形で顕在化した。 ブッシュ・ジュニア政権はこの攻撃をイラク侵略の口実に使おうとする。政府は2002年に実行する予定だったらしいが、統合参謀本部の反対で1年ほど延期されたと言われている。「大義」がなく、作戦自体も無謀だという理由からだった。「大量破壊兵器」が嘘だということは公然の秘密だったのである。 ネオコンは1980年代からイラクのサダム・フセイン体制を倒すべきだと主張、ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官によると、1991年にウォルフォウィッツはシリア、イラン、イラクを殲滅すると話していたという。9/11から間もなく、国防長官の周辺ではこの3カ国にリビア、レバノン、ソマリア、スーダンを加えた国を攻撃予定国リストに載せていたともクラークは語っている。 アフガニスタンやイラクを攻撃する口実は嘘だったことがすぐに判明するが、ネオコンは攻撃プランを中止しない。そして始まったのがイスラエルやサウジアラビアと組んで始まったシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作だ。その延長線上にリビアやシリアでの体制転覆プロジェクトもある。 シーモア・ハーシュが2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に書いた記事によると、工作の中心にはチェイニー副大統領、ネオコンのエリオット・エイブラムズ国家安全保障問題担当次席補佐官やハリルザド、そしてサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタンだという。 この頃、ロシアではウラジミル・プーチンが西側巨大資本の傀儡を整理、独立を回復していたのだが、まだロシアの力を見くびっていた。アメリカ支配層の「準機関誌」とも言えるフォーリン・アフェアーズ誌(CFR/外交問題評議会が発行)に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文では、ロシアと中国の長距離核兵器を第1撃で破壊できるとしていた。 つまり、先制核攻撃を仕掛ければ圧勝でき、アメリカは真の覇者になれるというわけだが、この分析が間違っていることはすぐに判明する。2008年8月、グルジアが南オセチアを奇襲攻撃したのだが、ロシア軍の反撃で惨敗したのだ。真正面から衝突するのは得策でないと彼らも考えただろう。 リビア、シリア、ウクライナなどでの戦乱を見てもわかるように、「民主化勢力」というタグをつけた傭兵が軍事侵略して体制を倒すという手口を使っている。その際、民主化を願う人びとを利用、ウクライナの西部では効果があった(判断は間違っていた)ようだが、リビアやシリアではアル・カイダやIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)による完全な侵略戦争。ウクライナにしても侵略だ。 しかし、アメリカの侵略に賛成しながら侵略戦争に反対だと叫んでいる人たちが存在する。奇妙な話だ。アメリカの支配層に刃向かいたくないのだが、ビジネス上、あるいは党利党略上、その戦略に反対しているかのように振る舞いたいだけだろう。そこで本質的な部分は知らん振りし、アメリカ/シオニストを怒らせないように注意している。 言うまでもなく、ソ連は1917年11月の十月革命によって生まれた。その8カ月前に帝政ロシアを倒した二月革命は内外の資本家階級が主導権を握り、臨時革命政権はアレクサンドル・ケレンスキーを通じてイギリス政府やシオニストと結びついていたと言われている。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005) 二月革命の際、ボルシェビキを率いていたウラジミール・レーニンやレフ・トロツキーたちは亡命中か、刑務所の中。戦争を望む資本家が後ろ盾のケレンスキー政権を嫌ったドイツは戦争に反対していたボルシェビキを支援することを決断、その幹部をロシアへ帰還させた。そして十月革命につながるわけだ。 この時以来、西側(米英)の巨大資本はソ連/ロシアとドイツが手を組むことを嫌い、この両国を衝突させ、疲弊させようとしてきた。アメリカの巨大資本がナチスを資金面から支援していた理由もこの辺にあるだろう。単に「コミュニズム」を掲げた国を破壊したかっただけではない。現在、アメリカはネオ・ナチを使っているが、これも必然。これからウクライナで軍事的な緊張を高め、EU(ドイツ)とロシアが相互破壊して欲しいと願っているだろう。 勿論、アメリカは日本と中国を衝突させようともしている。互いに破壊し合って欲しいはずだ。ウォルフォウィッツ・ドクトリンで潰すべき潜在的ライバルとしている国、地域の中には日本も中国も含まれている。中国との核戦争を覚悟せずに戦争法案を成立させることはできない。アメリカの操り人形である安倍首相は、思考力のある人間にできないことを嬉々として推進している。
2015.06.08
ウクライナの東部、ドンバス(ドネツクやルガンスク/ナバロシエ)で戦闘が激しくなっているようだ。アメリカ政府内では停戦に賛成しているジョン・ケリー国務長官とロシアとの戦争へ突き進むネオコンのビクトリア・ヌランド国務次官補が対立していたが、バラク・オバマ大統領はネオコン側についた可能性がある。 今年2月、ベラルーシの首都ミンスクにドイツ、フランス、ウクライナ、そしてロシアの首脳が集まり、ドンバスで続いていた戦闘を停止することを決めたのだが、キエフのクーデター軍が支配しているマリンカからドンバスへ砲撃が繰り返されていると反クーデター派は主張してきた。 クーデターの主力だったネオ・ナチ(ステファン・バンデラの信奉者)はアメリカ/NATOを後ろ盾とし、オリガルヒと呼ばれる大富豪でシオニストのイゴール・コロモイスキーのような人物に雇われてきた。このネオ・ナチは最初から停戦の合意を拒否すると宣言、ネオコン/シオニストも戦争の継続を後押ししている。 2013年11月21日に約2000名の反ビクトル・ヤヌコビッチ大統領派がユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)に集まったところから始まり、14年2月21日にヤヌコビッチ大統領と反ヤヌコビッチ派が平和協定に調印した直後に広場で狙撃が始まり、23日に憲法の規定を全く無視した形で大統領が解任されのだが、現場でクーデターを指揮してのがヌランド国務次官補。ちなみに、ヌランドが結婚した相手はネオコンの大物、ロバート・ケーガンだ。 この狙撃について西側のメディアは政府側の仕業だと宣伝していたが、2月25日にキエフ入りして調査したエストニアのウルマス・パエト外相は翌日、キャサリン・アシュトンEU外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)に対し、反政府側が実行したと強く示唆している。 ヌランドは「ヤヌコビッチ後」の閣僚人事について2月上旬より前にジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使と電話で話し合っている。その音声が2月4日にYouTubeへアップロードされ、その中で高く評価したいた人物がアルセニー・ヤツェニュク。クーデター後、首相を務めている。その段階でヌランドは暴力的に政権を奪取するつもりで、話し合いを進めていたEUが気に入らなかった。そこで「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」と口にしたわけである。 その後、ヌランドたちのプランに基づいて系譜政権は暴力を全面に出し、昨年5月2日にはオデッサで住民を虐殺、5月9日にはキエフ軍の戦車がドネツク州マリウポリ市に突入、民族浄化作戦を開始する。 ところが、軍や治安機関の中にはネオ・ナチとオリガルヒを柱とし、アメリカ/NATOを後ろ盾とするクーデター政権に反発する人もいて、反クーデター軍が編成される。そこに退役軍人や義勇兵が加わるのだが、その中にはソ連軍の兵士としてアフガニスタンで戦った経験のある人もいて、戦闘能力は高い。そこでキエフ軍は劣勢になり、アメリカやポーランドの傭兵会社が戦闘員を送り込み、アメリカ政府もCIAやFBIの要員を派遣したが、それでも戦況は好転しなかった。 ヌランドたちはあくまでも武力制圧を目指しているようで、停戦合意後、約50台の戦車をウクライナへ運び込むなど戦力増強に努めている。4月20日にはアメリカの第173空挺旅団の兵士290名がネオ・ナチを主力とする部隊に対する訓練を開始、イギリスも75名の軍人を派遣、カナダは200名の「専門家」を送り込むとされた。 こうした動きの中、アメリカのケリー国務長官は5月12日にキエフを訪問、ペトロ・ポロシェンコ大統領と会い、クリミアやドンバス(ドネツクやルガンスク/ナバロシエ)の奪還を目指す作戦を実行してはならないと言明したという。その足でケリーはロシアのソチを訪問、ウラジミル・プーチン大統領らと会談した。 しかし、5月14日から16日にかけてヌランド次官補がキエフへ入り、ポロシェンコ大統領のほか、アルセニー・ヤツェニュク首相、アルセン・アバコフ内務相、ボロディミール・グロイスマン最高会議議長らと会談、アメリカはウクライナの政府、主権、領土の統合を完全に確固として支持すると語った。ケリー長官に言われたことを無視しろということである。 ネオコンのほか、投機家のジョージ・ソロスはキエフ政権に対し、経済的な支援だけでなく軍事的な支援を求めているとする情報(その1、その2、その3)も出て来た。サイバーベルクトと称するハッキング・グループが公表した文書の中にそうした記述があるのだ。ソロスはソ連時代から東ヨーロッパやロシアを制圧するプロジェクトを推進していた人物で、ウクライナの制圧はそのひとつのステップ。ウクライナを破綻させたなら、彼にとっても大きな痛手になるだろう。
2015.06.07
中東で続いている戦争が新しい段階に入ったようだ。現在、ネオコン、イスラエル、サウジアラビアの「三国同盟」がシリアやイラクを攻撃、イランにも矛先を向けているのだが、シリア、イラク、イランが連携を強めて「三国同盟」との戦いに本腰を入れ始めたと伝えられている。シリア、イラク、イランはロシアの支援を受けているともいう。 2010年12月に始まった「アラブの春」を切っ掛けにして戦乱は北アフリカから中東にかけ、地中海に面した地域に広がった。最近はイエメンでも戦闘が激化している。戦乱を仕掛けたのはアメリカ/NATO、ペルシャ湾岸産油国、イスラエル。調査ジャーナリストのシーモア/ハーシュが2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に書いた記事によると、その時点でシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作を始めていた。 この工作の中心はアメリカのリチャード・チェイニー副大統領、ネオコン/シオニストのエリオット・エイブラムズ国家安全保障問題担当次席補佐官、ザルメイ・ハリルザド、そしてサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタンだともいう。 バンダルは1983年10月から2005年9月まで駐米大使を、2012年7月から14年4月まで総合情報庁長官を務めた人物。ブッシュ家と緊密な関係にあることから「バンダル・ブッシュ」とも呼ばれている。 総合情報庁の長官を務めていた2013年7月末、バンダルはロシアを極秘訪問してウラジミル・プーチン大統領らと会談、チェチェンのグループは自分たちの指揮下にあるので、シリアから手を引けば冬季オリンピックの安全を保証できると持ちかけたという。シリアから手を引かなければ配下の武装勢力にオリンピックを襲撃させると脅したわけだが、それを聞いたプーチンは怒り、「ここ10年の間、チェチェンのテロリスト・グループをあなたたちが支援していることを知っている」と言い放ったという。 チェチェンの武装勢力はロシアに押さえ込まれたが、オリンピック開催に合わせ、ウクライナではネオ・ナチによるクーデターが行われた。戦乱は今でも続き、話し合いでの解決を模索する動きをネオコンはNATOも動員して破壊しようとしている。 中東でアメリカ/NATO、イスラエル、サウジアラビアが手兵として使っているのがアル・カイダ系武装集団やIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)。 アル・カイダとは、1997年から2001年までイギリスの外相を務めたロビン・クックが明らかにしているように、1970年代の後半からCIAが訓練してきた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル。アル・カイダとはアラビア語で「基地(ベース)」や「データベース」を意味している。 ISの歴史は1999年に始まる。JTJとして組織され、アメリカを中心とする連合軍がイラクを先制攻撃した翌年、2004年にアル・カイダ系の武装集団となり、AQIと名乗ってイラクで破壊を始める。2006年は小集団を吸収してISIと呼ばれるようになった。この頃、「三国同盟」はシリア、イラン、ヒズボラに対する秘密工作を始めたわけだ。 シリアやイランと友好的な関係にあったリビアでは2011年にNATOとアル・カイダ系のLIFGによってムアンマル・アル・カダフィ体制が崩壊するが、シリアではNATOの空爆が実現せず、体制転覆は成功していない。偽情報を流し、シリアのバシャール・アル・アサド政権を悪魔化する作戦も途中で内幕が発覚する。 西側メディアが大々的に伝えていたホウラでの虐殺は、真相がカトリック教会からも伝えられた。現地を調査した東方カトリックの修道院長は、「三国同盟」が使っているサラフィ主義者や外国人傭兵が虐殺したと報告、「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は、地上の真実と全く違っている」としている。つまり、破壊と殺戮の原因を作っているのは西側メディアだということ。キリスト教の聖職者、マザー・アグネス・マリアムは外国からの干渉が事態を悪化させていると批判した。 反政府軍の残虐行為はホウラだけでのことではなく、そうした実態をシリア駐在のエリック・シュバリエ仏大使は2012年3月、アラン・ジュペ外務大臣兼国防大臣(当時)に報告したという。アル・ジャジーラなどの報道は正しくないと大使は伝えたのだが、この報告に外相は激怒し、残虐な弾圧が行われていると書き直せと脅したという。 2012年にはヨルダンの北部に設置された秘密基地でアメリカの情報機関や特殊部隊がISの主要メンバーを含む戦闘員を軍事訓練、トルコと同じようにヨルダンにISはシリアへの侵入ルートを持っていると言われている。反政府軍は事実上、ひとつ。「三国同盟」は体勢を立て直すため、ISを編成したと言えるだろう。 2012年に作成されたアメリカの軍情報機関、DIAの文書によると、シリアの反政府軍とはサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQIだとしている。DIAによると、AQIは当初から反シリア政府軍(アメリカ/NATO)の支援を受け、シリアで戦闘員を訓練、その後にイラクへ送り込まれていたという。AQI/ISの勢力拡大はシリアとイランを分断、好ましいことだと考えていたようだ。 2013年9月、マイケル・オーレン駐米イスラエル大使はエルサレム・ポストのインタビューに応じ、イスラエルはシリアのバシャール・アル・アサド体制よりアル・カイダの方がましだと答えた。実際、イスラエルはISを支援するための空爆を繰り返している。 2014年3月になると、イラクの首相だったノウリ・アル・マリキはサウジアラビアやカタールが反政府勢力へ資金を提供していると批判しているが、これは事実だと考えられている。その後、アメリカへの不信感を強めていたマリキはロシアへ接近、選挙でも勝利するのだが、首相には指名されなかった。アメリカ政府から支援を約束されたフアード・マアスーム大統領がハイダル・アル・アバディを指名したのだ。 マリキ発言から間もなく、ISはファルージャとモスルを制圧したのだが、その動きをスパイ衛星や通信の傍受などで把握していたはずのアメリカが反応していない。トヨタの自動車を連ねてISが「進軍」する様子を撮影した写真がインターネットでも流れているが、そんなことをすれば無人機や戦闘機の餌食になる。アメリカがISの勢力拡大を望んでいることは明白だ。 これまでISと戦うシリア軍をイスラエルは攻撃してきたが、ここにきてサウジアラビアの空軍機がイラク領内のISを支援するために領空を侵犯、イラク軍から砲撃を受けたとも伝えられている。そのイラク軍はISが支配していたラマディを奪還したという。
2015.06.06
1989年6月4日に天安門広場で「虐殺」があったと今でも西側のメディアは報道している。この話を最初に報じたのは香港のサウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙(南華早報)で、それを西側のメディアが利用しているのだが、それを否定する情報がある。例えば、2011年6月にウィキリークスが公表した北京のアメリカ大使館が送った1989年7月付けの電信文によると、チリの外交官は群集に対する一斉射撃はなく、広場に入った部隊の大半は棍棒を持っていただけで、武装した兵士はそのバックアップ部隊だったと報告している。 2001年に公表された中国共産党の内部資料によると、第38軍の兵士2000名が42輌の装甲車を伴って北から南へゆっくりと移動、学生のリーダーで2010年にノーベル平和賞を受賞した劉暁波を含むリーダーたちは広場から撤退するよう学生に指示、学生が南東の角から外へ出る様子が目撃されている。劉暁波はコロンビア大学の研究員だったが、1989年に中国へ戻り、天安門での抗議活動に参加していた。西側では「中国民主化闘争」の象徴的な存在として扱われている。 当時、学生を率いていたひとりの吾爾開希は200名の学生が射殺されるのを見たと発言していたが、その出来事があったとされる時刻の数時間前、彼も広場から引き上げていたことが後に判明している。 イギリスのテレグラフ紙によると、事件当時、BBCの特派員として現場にいたジェームズ・マイルズは自分たちが「間違った印象」を伝えたと2009年に認めたという。治安部隊が広場へ入った段階で残っていた学生は外へ出ることが許され、天安門広場で虐殺はなく、死者が出たのは広場から5キロメートルほど西の地点で、数千人が治安部隊と衝突したと語っている。 衝突した現場は天安門広場から1.6キロメートルほど西だとする証言もあるのだが、いずれにしろ天安門広場の外。そこでは暴徒化した人びとに火炎瓶で焼き殺された兵士もいて、その写真もインターネット上では流れている。暴動鎮圧のための衝突だったとされている。「民主化弾圧」の象徴として使われている戦車の前にひとりが立っている写真/映像は、近くのホテルから事件の翌日に撮影されたもので、戦車は広場から出ていくところだったとも言われている。 1998年には、ワシントン・ポスト紙の北京支局長だったジェイ・マシューズも、広場に到着した軍隊は残っていた学生が平和的に立ち去ることを許したとコロンビア大学で出されている「CJR(コロンビア・ジャーナリズム・レビュー)」(1998年9/10月号)に書いている。 勿論、中国が自由で民主主義的な理想国家だということはできないが、侵略、破壊、殺戮、略奪を繰り返しているアメリカより悪いとは到底、言えない。アメリカの同盟国と言えば、パレスチナ人を追い出し、生活を破壊し、虐殺し、ロシアを軍事的に恫喝している核保有国のイスラエル、アル・カイダ系武装集団/IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)のスポンサーになっている奴隷国家のサウジアラビアなど。 アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの「三国同盟」は1979年4月、ズビグネフ・ブレジンスキーがアフガニスタンでソ連に対する秘密工作を始めた頃から始まっている。この同盟は1975年3月にサウジアラビアのファイサル国王が暗殺されなければ実現が難しかっただろう。ソ連の機甲部隊がアフガニスタンに軍事侵攻したのは1979年12月のことだ。 ファイサル国王はエジプトのガマール・ナセル大統領(1970年に52歳で急死)に替わるヤセル・アラファトPLO議長の後ろ盾で、アメリカに対して一線を画し、イスラエルとしては受け入れることのできない人物だった。ファイサル国王を射殺した甥はクウェートのアブドル・ムタレブ・カジミ石油相の随行員として現場にいた。 博奕で多額の借金を抱えていたこの甥に女性が近づき、その借金を清算するのだが、その女性はモサドのエージェントだということが判明している。博奕で大損する原因をモサドが作った可能性もあるだろう。そう言えば、カジノ業界の大物、シェルドン・アデルソンはネオコン/シオニストの黒幕。その女性によって甥は麻薬漬けになり、モサドの操り人形になった。 ファイサル国王が暗殺された後、当初は第1副首相として、1982年から2005年まで国王としてサウジアラビアを統治したファハド・ビン・アブドル・アジズは親米派として知られている。 1980年代にソ連はアフガニスタンでの戦闘で疲弊、しかも1986年4月にはキエフの北にあるチェルノブイリ原発で大事故があって国が揺らぐ。「牧歌的親米派」が政府を動かしていたソ連は1991年に消滅するが、革命世代が残っていた中国は「天安門事件」という揺さぶりを跳ね返した。 それでもソ連というライバルが消滅、ロシアも属国化したことでアメリカの支配層(ネオコン/シオニスト)は世界制覇戦略を描く。これが1992年に作成されたDPGの草案。これに基づき、ネオコン系シンクタンクのPNACが2000年に発表したのが『米国防の再構築』であり、この報告書の基づいてジョージ・W・ブッシュ政権は動いている。 この報告書では新たなライバル超大国の出現を防ぎ、戦略的に重要な地域を支配するとしている。ソ連の継承国であるロシアを属国化することに成功したとネオコンは2000年の段階で認識していたはずで、重点を東アジア/中国へ移動させることは必然だ。 ところが、ロシアではウラジミル・プーチンがロシアを再び独立させることに成功、ウクライナでの強引なクーデター戦略によってロシアと中国との関係を緊密化させてしまった。経済的にも軍事的にも強力なライバルが出現したということだ。 それに対し、アメリカなど三国同盟は「カラー革命」や「テロ活動」を継続、さらにロシアを揺さぶるため、アメリカ支配層はFIFAに手を出している。中国に対しては天安門事件を使っているが、この事件に関する「西側の報道」が例によってインチキだということは時を経るに従って明確になっている。最後は軍事力に頼らざるを得ないのだろうが、アヘン戦争のようにはうまくいかないだろう。
2015.06.05
町村信孝が6月1日に死亡した。文部科学相、外相、官房長官、衆院議長を歴任した人物だが、それ以上の注目すべき事実は町村金五の息子だということ。金五は敗戦前の内務官僚で、1943年4月から44年7月にかけて特別高等警察(思想警察)の最高責任者である警保局長を務めている。そのときに金五の上司、つまり内務次官だったのが東条英機の側近だった唐沢俊樹だ。 言論弾圧の象徴として有名な「横浜事件」のシナリオを書いたのは、この唐沢だとも言われ、その背後には平沼騏一郎がいたと見られている。近衛文麿らの「旧勢力」を蹴落とすことが目的だったと言うのだ。(奥村康弘著『治安維持法小史』筑摩書房、1977年)なお、平沼赳夫は平沼騏一郎の兄の曾孫。生後間もなく赳夫は騏一郎の養子になった。 本ブログで何度も書いてきたが、日本は関東大震災からウォール街の属国。イギリスとアメリカをアングロ・サクソンと括ると、幕末から日本はその勢力に支配されていると言える。19世紀の前半、経済力で清(中国)に完敗していたイギリスは麻薬(アヘン)を清い売りつけようとし、戦争になる。1840年から42年にかけての「アヘン戦争」だ。この戦争で勝利したイギリスは南京条約で多くの利権を手に入れるが、そのひとつが香港の割譲。この戦争で大儲けした麻薬業者のひとつがジャーディン・マセソン商会だ。 しかし、南京条約では不満なイギリスは1856に「アロー戦争(第2次アヘン戦争)」を始める。その最中、ジャーディン・マセソン商会が日本に派遣したエージェントがトーマス・グラバー。日本人好みの「歴史物語」に出てくる人物だ。グラバーは1861年にグラバー商会を設立、武器取引を始め、彼の下には坂本龍馬、後藤象二郎、岩崎弥太郎たちも出入りしていた。 1863年にはグラバーの手配で長州藩が井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)をイギリスへ送り出している。渡航にはジャーディン・マセソン商会の船が使われている。明治政府の誕生には麻薬業者が協力していたということだ。 新政府が成立して間もない1872年、厦門のアメリカ領事だったチャールズ・リ・ジェンダーが来日、外務卿だった副島種臣に台湾への派兵を進めたという。このアメリカ人は1875年まで外務省の顧問を務めている。 明治政府は中央集権制を推進するため、1871年7月に廃藩置県を実施するのだが、72年には琉球王国を併合して琉球藩をでっち上げた。最初から琉球併合を予定していたなら廃藩置県の前に行うはず。順番が逆になったのは、何か突発的な出来事が起こったことを意味している。 1871年10月に宮古島の漁民が難破して台湾に漂着、そのうち何人かが殺されたと言われている。日本政府は清に対して被害者に対する賠償や謝罪を要求、1874年には軍隊を台湾に送り込むが、それを正当化するため、「琉球は日本だ」という形を作りたかったのだろう。リ・ジェンダーのアドバイスも影響したかもしれない。ちなみに、2003年に公開されたトム・クルーズ主演の映画「ザ・ラスト・サムライ」は、このアメリカ人をモデルにしている。 台湾派兵の翌年、1875年に明治政府は李氏朝鮮の首都を守る要衝、江華島へ軍艦が派遣して挑発、「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功、無関税特権を認めさせ、釜山、仁川、元山を開港させている。条規の批准交換にル・ジェンダーも陪席した。 その後、日本のアジア侵略が本格化していくが、それと並行して国内では「治安維持」つまり戦争に反対する人びとに対する弾圧が激化する。その幕開けを告げるのが1910年の「大逆事件」だ。これもでっち上げだった。 法律としては1900年に治安警察法、25年には治安維持法が制定され、思想や言論を統制する体制を強化していく。そうした法律を運用するのが特高や思想検察、そして判事たちであり、「戦前レジーム」の屋台骨だ。 町村信孝の父、金五は1945年4月に警視総監となり、戦後は衆院議員や参議院議員、北海道知事を務め、金五の上司だった唐沢は岸信介内閣で法務大臣になった。そのほかにも官僚機構に戻った特高関係者は多く、そのひとりが高村正彦の父、坂彦。 国会議員になった人も少なくない。町村金五や唐沢俊樹のほか、内務次官だった灘尾弘吉、大達茂雄、館哲二、湯沢三千男、警保局長だった古井喜実、大村清一、岡田忠彦、後藤文夫、鹿児島県特高課長だった奥野誠亮、警保局保安課事務官だった原文兵衛も国会議員に選ばれている。奥野誠亮の息子である信亮や警視庁特高部長を経て警保局長も務めた安倍源基の息子、基雄も衆議院議員を経験している。 唐沢のボスだった東条英機は東京裁判で死刑が言い渡されたが、東条と「二キ三スケ」を構成していたひとり、岸信介は戦後、首相になっている。孫の安倍晋三は首相として日本をアメリカへ叩き売ろうとしている。戦後、岸に近い政治家たちは「新日本政治経済調査会」を結成、1955年に岸は40名の同志を虎ノ門の「晩翠軒」に集めて岸派の基盤を作り、その流れの中に小泉純一郎や町村信孝もいた。 安倍晋三が言うところの「戦後レジーム」とは「戦前レジーム」にニューディール的な味付けをしたものにすぎず、本質的に戦前と戦後に大きな違いはなく、それを体現しているひとりが町村だが、安倍にとってニューディール的スローガンは自らを拘束するものに感じられ、捨て去りたがっている。つまり、安倍は「むき出しの戦前」を再現したがっている。
2015.06.04
サッカー関係者にとっては深刻な事態なのだろうが、端から見ていると、アメリカの司法省によるFIFA(国際サッカー連盟)の幹部起訴は茶番以外の何ものでもない。無法地帯化している金融界にメスを入れようとしない「当局」による「起訴」は、アメリカ支配層による「拉致監禁」。ロシアを孤立化させるとしているアメリカ政府が2018年に開催される予定のロシア大会を揺さぶり、あわよくば開催地を変更させようとしている可能性は小さくない。 アメリカが世界支配の手段としてサッカーに目をつけたのは1980年頃だとも言われている。野球、アメリカン・フットボール、バスケットボールといったアメリカで人気のスポーツは世界的にはローカルなもの。世界へ働きかけるためにはサッカーの世界へ入る必要があるというわけだ。 実際にアメリカが登場してくるのは1983年。1986年の大会ホスト国は74年にコロンビアと決まっていたのだが、82年に辞退、83年にメキシコが代替国として選ばれた。この際、カナダとともにアメリカが候補地として名乗り出ている。1988年にアメリカは94年大会の開催国として立候補、このときは選ばれたが、22年大会はカタールに敗れた。 国内ではイスラエル・ロビーが、また国連など国際機関でもアメリカ政府が買収と恫喝で票を獲得してきたことは公然の秘密。アメリカはFIFAでも同じことをしてきたはずだが、アメリカの思い通りにはなっていない。アメリカの属国になっている日本も「勝てば官軍」という発想で従っているだけだろう。イギリスを後ろ盾にした長州藩や薩摩藩を中心とする勢力が徳川体制を倒したのが「明治維新」であり、関東大震災の復興資金調達を頼ってから従属した相手がアメリカの巨大金融資本のJPモルガン。この頃から日本はアメリカの属国だ。 JPモルガンにとって好ましくない政策を掲げていたニューディール派を率いていたのがフランクリン・ルーズベルト。この人物が1932年の大統領選挙で勝利すると、すぐにアメリカの巨大資本はクーデターを計画、その事実は34年にスメドリー・バトラー少将が議会で暴露している。バトラーに接近してきた人物を取材したジャーナリストのポール・フレンチは、「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」と聞かされたという。今では、ナチスのスポンサーがアメリカの巨大資本だったことも明確になっている。 その後、1945年4月までルーズベルトの政権が続き、日本のボスであるJPモルガンは主導権を握れないが、日本にはモルガン財閥の一員であるジョセフ・グルーが1942年まで駐日大使として日本にいた。 グルーは日本の皇室にも太いパイプを持っていた。彼の妻、アリス・ペリー・グルーは「ペリー提督」の末裔で、少女時代に日本で生活、そのときに華族女学校(女子学習院)で九条節子(貞明皇后)と親しくなっていたのだ。 クーデターを計画したウォール街の巨大資本をルーズベルト大統領は追及できなかったのだが、それだけ大きな力を持っていたということ。クーデターへ参加するように誘われたバトラー少将はカウンター・クーデターを宣言、内戦を覚悟するように通告したというが、大統領がクーデター派を摘発しようとしても内戦勃発の可能性があった。 そのウォール街は当時より大きな力を持っている。「民間軍」や「民間CIA」を持ち、地上軍としてイスラム武装集団やネオ・ナチを使っている。イスラム武装勢力は1970年代にズビグネフ・ブレジンスキーの計画に従い、ソ連軍と戦う戦闘集団として組織され、ネオ・ナチは第2次世界大戦の終盤からアメリカに保護、育成されてきた。 戦後、アメリカではCIAという情報機関やOPCという破壊活動(テロ)機関が組織され、1950年に両機関は合体、破壊活動を担当する部署は計画局、作戦局、そしてNCS(国家秘密局)というようにタグを付け替えてきた。1980年代からこうした部署は「民間CIA」と連携している。 資本主義国家である以上、巨大資本が政治経済を支配するのは必然だが、その度合いが極限状態になっているのがアメリカ。今回の起訴騒動は、アメリカ資本のルールでFIFAを支配するという意思表示なのだろう。TPPやTTIPは、そうしたルールを「合法化」するものだとも言える。
2015.06.03
ウクライナで軍事的な緊張を高めている勢力を率いているひとり、投機家のジョージ・ソロスは東アジアの軍事的な緊張が高まっていると懸念している。中国と日本のような「アメリカの同盟国」が軍事衝突すれば世界大戦に発展する可能性があるということだ。アメリカの好戦派に使われている安倍晋三のような人物の火遊びが取り返しのつかない事態を招きかねない状況だと見ているのかもしれない。 それほどソロスが中国の動きに注目している理由は、ロシアとの関係が強化されているため。アメリカ支配層としては、中国とロシアを分断し、個別に倒し、略奪していく予定だったはずだが、ネオコン/シオニストの強引で暴力的な戦術がアメリカの支配層を窮地に陥れている。 狂犬を装い、脅せば何でも思い通りになると思っているらしいネオコン/シオニストのような人びとは中東/北アフリカや中国でアル・カイダ系の武装集団、ウクライナではネオ・ナチを使って体制転覆プロジェクトを展開してきた。チェチェンやジョージアのあたりはアル・カイダ系集団とネオ・ナチの結合地点である。 こうしたネオコンの暴力的なプランはロシアを怒らせただけでなく、中国人のアメリカ幻想を壊し、中露接近を招いた。この2カ国は経済面だけでなく、最近は軍事面でも強く結びつき、先月には地中海で合同軍事演習を実施している。日本海でも両国は演習を計画しているようだ。エネルギーの供給でロシアとEUとの関係が深まれば、アメリカの支配体制は崩壊の危機に直面する。ウクライナのクーデターやマケドニアへの攻撃には「アメリカ帝国」の存亡がかかっている。 ソロスは中国の通貨、元をIMFのSDRの通貨バスケットに加えることを提案、その替わり「法の支配」、つまりアメリカ式のインチキルールに従わせるべきだとしている。通貨バスケットの件は以前から言われていることで、これまで実現していないことが不自然。そうした提案は目新しい物ではなく、そうした段階は過ぎ去っている。 いわゆる冷戦の時代、アメリカの敵はソ連だった。1991年にソ連が消滅すると中国脅威論が叫ばれるようになるが、その発信源は国防総省のシンクタンク、ONA(ネット評価室)のアンドリュー・マーシャル室長。今年1月、室長を退いたときは92歳だった。 中曽根康弘は首相に就任した直後、1983年1月にアメリカを訪問した際にワシントン・ポスト紙のインタビューを受け、日本を「不沈空母」(正確には「大きな航空母艦」だったらしいが、本質的な差はない)と位置づけ、対馬、津軽、宗谷の三海峡を封鎖してソ連の艦隊を封じ込める意思を示しているが、このときのターゲットはソ連だった。現在は中国に重心が移動している。ウラジミル・プーチンのような人物がロシアに登場、再独立するとは思っていなかったこともあるだろう。 マーシャルの描いた戦略に基づいて1992年にDPGの草案が作成され、その草案に基づいて2000年にはネオコン系シンクタンクのPNACが『米国防の再構築』を発表した。執筆者はステファン・カムボーンやロバート・ケーガン(ビクトリア・ヌランド国務次官補の夫)などのネオコンが名を連ねているが、その中心は下院軍事委員会の元スタッフだったトーマス・ドネリー。2002年からロッキード・マーチンの副社長を務めている。その『米国防の再構築』では東アジア重視が謳われ、オスプレイの導入が推奨されていた。 バラク・オバマ大統領を動かしている人物、あるいは勢力は中国に対する姿勢を軍事的な方向へ変化させている。その象徴がアシュトン・カーター国防長官。今年2月にチャック・ヘーゲルから引き継いだのだが、この新長官は2006年にハーバード大学で朝鮮空爆を主張した人物。ロシアが強固な関係を結んでしまった中国を、これまでの遣り方で属国化することは難しいとアメリカの支配層は考え、恫喝と対決へ方針を切り替えたと見る人は少なくない。 現在、アメリカは基軸通貨を発行する権利を「生命維持装置」として利用、何とか生きながらえている。ドルを発行して物を買い、支払ったドルを投資/投機という形で回収するという仕組みで、一種のマルチ商法。 日本と同様、中国は低コストで生産、輸出で儲けてきたのだが、「公共投資」という形ではなく、真の意味で国内市場を育てるということになると、アメリカにとっては良くない事態。アメリカ市場が必要なくなればドルも必要でなくなり、アメリカは物を買うことも難しくなる。当然、中国とロシアとの取り引きでドルは使われない。 ドルが基軸通貨でなくなると、ドルを発行して商品を買うという手品を使えなくなり、すでに物を作る能力をなくしているアメリカは悲惨なことになる。そうした事態を避けるため、軍事的に中国を制圧して市場を支配、ライバル企業を乗っ取ろうとし、それができなければ有り余る核兵器を使って強請るしかない。最善の方法はアメリカが「唯一の超大国」という幻影を捨て、世界の一員として生きていくことなのだが、自分たちが描いた「予定」から抜け出そうとする気配は見えない。
2015.06.02
アメリカのジョン・ケリー国務長官が5月31日、アルプスのコロンビエ峠でサイクリング中に転倒、右大腿骨を骨折し、ヘリコプターでジュネーブ大学病院へ搬送されたと伝えられている。30日までイランのモハマド・ジャバド・ザリフ外相とジュネーブで核問題について協議していたようだ。 その前、12日にケリー長官はキエフでペトロ・ポロシェンコ大統領と会っている。その際、ポロシェンコ大統領に対し、クリミアやドンバス(ドネツクやルガンスク/ナバロシエ)の奪還を目指す作戦を実行してはならないと言明、その足でロシアのソチを訪問してウラジミル・プーチン大統領らと会談、ウクライナでの戦闘を終わらせるためにミンスク合意を支持する姿勢を明確にしている。 ケリーがキエフを訪問した直後、14日から16日にかけてビクトリア・ヌランド国務次官補もポロシェンコ大統領のほか、アルセニー・ヤツェニュク首相、アルセン・アバコフ内務相、ボロディミール・グロイスマン最高会議議長らと会談、さらに17日から18日にかけてモスクワを訪問した。 キエフでヌランド次官補はケリー長官に言われたことを無視するように念を押したと言われている。つまり、アメリカはウクライナの政府、主権、領土の統合を完全に確固として支持すると語ったようだ。制圧に失敗した地域、特にクリミアを奪いたいという欲望が前面に出ている。 クリミアは戦略的に重要な場所にあり、昨年2月23日のクーデターを仕掛けたアメリカの好戦派は「クリミア付き」でウクライナを支配する予定だったのだろう。2013年11月21日に約2000名の反ビクトル・ヤヌコビッチ大統領派がユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)に集まって幕が開いたクーデター劇は2月中旬に暴力が激化する。 反ヤヌコビッチ派は2月18日頃からチェーン、ナイフ、棍棒を手にしながら石や火炎瓶を投げるだけでなく、ブルドーザーなど大型車両を持ち出し、中にはピストルやライフルを撃つ人間も出始めた。21日にヤヌコビッチ大統領と反ヤヌコビッチ派が平和協定に調印すると、22日に狙撃が始まり、多くの死者が出始めた。 議会では議長を務めていたボロディミール・リバクが「EU派」の脅迫で辞任、後任がアレクサンドル・トゥルチノフ。憲法の規定を無視して新議長を議会が大統領代行に任命したのはこの日だ。首相代行に選ばれたのはアルセニー・ヤツェニュク。2月4日にインターネット上へアップロードされた音声の中でヌランド次官補がジェオフリー・パイアット駐ウクライナ大使に「次期政権」の閣僚として押していた人物だ。ポロシェンコ政権でも首相を務めている。 この音声の中でヌランドは話し合いを進めるEUへの不満を隠そうとしていない。そして「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」という言葉が飛び出した。暴力を激化させることを予告した発言とも言える。 閣僚人事にしろ、暴力にしろ、ヌランドがクーデターの黒幕、あるいは黒幕グループの一員であることを示している。日本のマスコミはヌランドの「品位」に焦点を当てていたが、そんなことは大した問題でない。下品なことは最初からわかっている。問題はアメリカ政府がウクライナの合法政権をクーデターで倒そうしていることにある。 このクーデターを見て、ヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部の住民は危機感を抱く。素早く動いたのがクリミア。3月16日に住民投票が実施され、95%以上が加盟に賛成した。そのときの投票率は80%を超えているので、棄権した人も含めても、全住民の4分の3以上が賛成したということになる。クリミアと同じようにヤヌコビッチの地盤だったドンバスでも同じような動きが出てきて、5月11日に住民投票が予定された。 こうした住民の動きを懸念したアメリカの支配層も迅速に動く。まず、4月12日にジョン・ブレナンCIA長官がキエフを極秘訪問、その2日後にキエフ政権のトゥルチノフ大統領代行が制圧作戦を承認、4月22日にはジョー・バイデン米副大統領がキエフを訪問、それにタイミングを合わせるようにしてオデッサでの工作が話し合われている。 会議の10日後、オデッサで虐殺が虐殺された。この事実を認めたくない人びと、例えば日本のマスコミは対立する勢力の衝突で死者が出たと「解説」しているようだが、実際はアメリカ/NATOを後ろ盾とするネオ・ナチによる一方的な殺害だった。 オデッサの虐殺から1週間後、5月9日にはキエフ軍の戦車がドネツク州マリウポリ市に突入、住民が殺された。9日はソ連がナチスに勝ったことを記念する戦勝記念日。街頭に出て祝っていた住民を攻撃したわけである。6月2日にはデレク・チョレット米国防次官補がキエフ入りするが、そのタイミングでキエフ軍はルガンスクで住宅街を空爆、建物を破壊し、住民を殺し始めた。アメリカ/NATOを後ろ盾にしたキエフ軍/ネオ・ナチによる民族浄化作戦の始まりだ。 この民族浄化作戦はアメリカ軍系シンクタンク、RANDコーポレーションだったとも推測されている。シンクタンク側は否定しているが、そうしたことを示す文書が見つかったのだ。その文書によると、まず対象地域に住む人びとを「テロリスト」、あるいはその「シンパサイザー」だと考えて地域を軍隊で包囲して兵糧攻めにし、放送、電話、通信手段を断つ。ついで地上軍と航空機を組み合わせて戦略的に重要な施設を攻撃する「掃討作戦」が予定され、目的を達成した後で電力や通信を復活させることになっていた。 この制圧はまだ成功していない。そこでヌランド国務次官補はポロシェンコ大統領に発破をかけているわけだ。ソ連時代から体制転覆を目論んできた投機家のジョージ・ソロスもキエフ政権の戦闘能力を高めてウクライナ制圧を完成させるように求めている。
2015.06.02

言うまでもなく、日本の進む方向はアメリカの戦略次第であり、日本の「エリート」はアメリカの支配層に従うだけである。4月27日に外務大臣の岸田文雄と防衛大臣の中谷元はニューヨークでアメリカのジョン・ケリー国務長官やアシュトン・カーター国防長官と会談して新しい「日米防衛協力指針(ガイドライン)」を発表したが、これもアメリカ側の命令に基づくもの。「安全保障法制」に関する国会の議論は儀式にすぎない。少なくとも安倍晋三政権はそう考えているだろう。 現在、アメリカを動かしている戦略は1992年に作成されたDPG(国防計画指針)の草案がベースで、アメリカを「唯一の超大国」と位置づけ、潜在的ライバル、つまり西ヨーロッパ、東アジア、旧ソ連圏、南西アジアを潰すという方針を示している。 この指針の基本的な考え方は、国防総省のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めてきたアンドリュー・マーシャルのもの。それに基づき、リチャード・チェイニー国防長官の下、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドといったネオコン人脈で作成したもので、「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。このウォルフォウィッツは1991年にシリア、イラン、イラクを殲滅すると話していたとウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官は語っている。 1993年から2001年にかけてのビル・クリントン政権でネオコンは主導権を握ることができなかったが、大統領は個人的なスキャンダルに忙殺され、好戦的な方向へ政策が向かう。キーパーソンはマデリーン・オルブライトだと言えるだろう。 オルブライトは1997年にウォーレン・クリストファーから引き継ぐ形で国務長官に就任した。オルブライトはアフガニスタンで戦争を仕掛けたズビグネフ・ブレジンスキーの教え子で、バラク・オバマ政権で国家安全保障問題担当の大統領補佐官に指名されたスーザン・ライスの師でもある。また、オバマ大統領はブレジンスキーの教え子。 ブレジンスキーは1970年代後半、ジミー・カーター大統領の補佐官だった時、ソ連をアフガニスタンへ誘い込み、そこでイスラム武装勢力と戦わせるという秘密工作を考えた人物。ロシア制圧が目標で、そのカギを握る国がウクライナだと考えていた。この工作ではCIAが戦闘員を育成、支援しているが、その登録リストがアル・カイダと呼ばれ、そのスポンサーがサウジアラビアだ。 クリストファー長官の時代から「人権擁護団体」がユーゴスラビア政府の「人権侵害」を宣伝していたが、これらは間違った、あるいは不公正な情報。アメリカ政府も軍事介入には踏み切らなかった。状況が変わったのは、オルブライトがユーゴスラビア空爆を支持すると表明した1998年だ。1999年3月にNATOはユーゴスラビアを先制攻撃、5月には中国大使館を爆撃した。アメリカ政府は「誤爆」だとしているが、状況から考えて意図的な攻撃だった可能性はきわめて高い。 2000年にネオコン系シンクタンクのPNACは1992年のDPG草稿をベースにして「米国防の再構築」という報告書を公表、その中では東アジアを重要視している。この段階ではウラジミル・プーチンがロシア大統領になったばかりで、アメリカの傀儡だったボリス・エリツィンの路線を引き継ぐ、つまり属国の地位に留まると見られていた。中国も若手エリートを懐柔、洗脳することで傀儡化に成功したとアメリカ支配層は考えていたように見える。 そして2001年、ニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃される。多くの人びとが茫然自失になる中、アメリカ支配層は「アル・カイダ」を「テロリストの象徴」にし、あたかもイラクがアメリカをすぐにでも核攻撃するかのような宣伝を始め、2003年にはイラクを先制攻撃した。1991年にウォルフォウィッツが口にしたとおりの展開だ。 その後、アメリカはアル・カイダ/IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)を使ってリビアやシリアの体制転覆プロジェクトを始めた。リビアは既に成功したが、シリアの場合はロシアがNATOの直接介入を阻止したことで目的は達成できていない。イエメンでもアル・カイダを投入していたが、ここでも思惑通りに進まず、ここにきてサウジアラビアが直接介入、サウジアラビアを装ってイスラエルも攻撃に参加し、中性子爆弾を使用したとも言われている。この推測が正しく、ロシアや中国に対する「警告」のつもりなら、逆効果になるだろう。 昨年2月にネオコン/シオニストはウクライナの合法政権を暴力的に、憲法を無視したプロセスで倒したが、その時に使った武装集団はネオ・ナチ。NATOが連動してロシアと戦争する姿勢を見せてきたが、5月12日にはアメリカのジョン・ケリー国務長官がロシアのソチでウラジミル・プーチン大統領らと会談、ウクライナでの戦闘を終わらせるためにミンスク合意を支持する姿勢を明確にした。流れに変化が見られる。ネオコンの「ヨーダ」とも呼ばれるマーシャルが今年1月、92歳でONA室長を退任したことも戦争を遠ざける要素ではある。 しかし、ロシアの周辺で軍事力を増強している状況に変化はなく、戦争に前向きのフィリップ・ブリードラブは今でもNATO欧州連合軍最高司令官/在欧米空軍司令官の職にあり、今年2月には戦争に消極的なチャック・ヘーゲルから好戦的なアシュトン・カーターに交代、アメリカはミサイル巡洋艦のベラ・ガルフ、ミサイル駆逐艦のロス、トラクストン、フリゲート艦のテイラーなどを黒海に入れ、ロシア領海の間際を航行させるなど挑発している。 東アジアでの軍事的な緊張も高まり、日米に対抗するため、中国はロシアと軍事的な連携を強めている。カーター長官は2011年から13年にかけて国防副長官を務めた人物で、06年にはハーバード大学で朝鮮空爆を主張するなど、好戦的な姿勢を見せてきた。安倍首相を高揚させるタイプの人物だと言えるだろう。 その安倍首相は「安全保障法制」を推進、全世界で侵略戦争を始め、全面核戦争も辞さない姿勢を見せているアメリカの戦いに参加しようとしている。ネオコンと同じように、安倍政権も正気ではない。
2015.06.01
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