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マァ、タイトルは黒澤明の『夢』のパクリでさァ……。亡き古今亭志ん朝師匠に落語の稽古をつけてもらっているオレ。演目は『夢金』。ケチな船頭の噺だが、志ん朝師匠の魯をこぐ仕種がおかしい。どうも、ウインドサーフィンの帆を操っているようなのである。しかも、志ん朝師匠、この操船の部分だけ妙に力を入れて教えてくださる。専門用語を用いて「このナンタラカンタラをこう手前に持って来るんだ」なんて教えてくださるけど、こちとらウインドサーフィンなんかやったことないから、何言ってんだかわかんない。そもそも、「ウインドサーフィンのよう」とは言ってみたものの、一度もやったことも触れたこともないから、それが正確なウインドサーフィンの仕種なのだかわかんない。「なんとなくウインドサーフィンのよう」としか言えない。師匠の説明がチンプンカンプンで理解しようとしているうちに目が覚めた。午前五時。ちなみに、実際の志ん朝師匠がウインドサーフィンが得意だった、なんて話は一度も聞かない。
October 31, 2005
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Dragon questーダイの大冒険ー(1(誕生の章))『Wikipedia』をさまよってたら、『ダイの大冒険』の記事に行き着いた。そこで見つけた衝撃の事実。ヒュンケル…21歳。そうか、もうヒュンケルより年上になっちまったのか……。イメージでは20代後半、28~29くらいと思ってたのに。作中でいくらか歳を取っているにせよ、とっくに俺はヒュンケルよりも歳を食ってしまった。それから、アバン先生…31歳。彼も40代に手が届くか届かないかくらいだと思ってたのに。意外な若さ。まだまだ現役。いやいやこれから男盛りの桜を満開にするお歳。また、アバン先生と最後に結婚するフローラ女王は、29歳なんだそうな。これも、20代にしてみれば色気がありすぎるよなぁ。坂下千里子と同い年。いやいや、イメージでは真矢みき、それでなくても30代半ば。それはともかく、あと6年もすれば私はアバン先生の歳に並びます。年月の流れるのは早いものだわァ。ちなみに、ほかのメインキャストの年齢。ダイ…12歳。ポップ…15歳。マァム…16歳。高校生くらいの物語かと思ってたら、中学生くらいの少年少女の活躍の物語でした。つまり、『中学生日記』や『三年B組金八先生』の世界なのだ(強引すぎるか)。でもでも、ハドラーの357歳にはまだまだ時間がある。357歳のオレ、何やってるんだろう?
October 30, 2005
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楽天のメルマガの「ポイントプレゼント」をクリックしてみた。結果はハズレ。でも、その次に表示された画面を見て、ポイントが当たろうが外れようがどうでもよくなった。抹茶スイーツの画像である。……久々に参った、いや、降参。ダブルチョップ、TVや雑誌やネットから食欲をそそられることが久しくなかった。ついでに言うと、『ガラスの仮面』の北島マヤが食すハンバーガーや鯛焼きへの憧れ以来かも。食いたいものも特になく、三度のメシも、ほとんど「義務」で食ってたようなもの。なのに、数々の抹茶スイーツに生唾、生唾、生唾……。このブログで初めて知った方々に文字通り「これでも食らえ」とばかりに、一部ではあるが、このスイーツどもを紹介したい。いちご抹茶だいふく 6個入り宇治のお茶屋作挽きたて抹茶をたっぷり使った濃厚抹茶味です。【ク...◆宇治抹茶ロールケーキ【クール生もの】【賞味期限注意】◆宇治抹茶チーズケーキ【クール生もの】【賞味期限注意】宇治抹茶プリン ひきたて4個入り宇治抹茶アイスクリーム12カップ入り宇治のお茶屋作挽きたて抹茶をたっぷり使った濃厚抹茶味で...抹茶くず便り 6個入宇治のお茶屋作挽きたて抹茶をたっぷり使った濃厚抹茶味です。クール便商品との同梱不可玉露かりがね【利休】と【茶だんご】のセットグリーンティー300g袋入体に良くておいしい宇治茶そば 200g 袋入り(2人前)↓とても全部は載せきれないので、伊藤久右衛門さんへのリンクを貼っときます。あ~、ハラ減ってきた。
October 29, 2005
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このブログでも何度か言ってきたことだが、横書きというのがどうも苦手だ。日本語というものは、縦書きを右から左に読むものである。横書きを上から下に読むのは西洋のものである(だよね?)。縦書きを読むよりも、横書きを読むほうが数倍疲れる。ゆえに、このブログの記載も、長文書いているうちに疲れてきて、中途半端なところで強引に終わらしちゃう(と、出来の悪さの言い訳をしてみる)。最近はその2、その3と、内容ごとに区切って書くことを覚えたから、そういうことは少なくなった(と思ってください)。ケータイ小説というのがブームなんだそうな。携帯電話にダウンロードして読むそうだが、当然のごとく横書きである。『Deep Love』というケータイ小説が単行本となったとき、パラパラとめくってみたが、日本語の横書きの羅列を見ただけでめまいがした。見ただけでめまいがする文章は、ダブルチョップの独断と偏見で言えば、「駄作」である(てことは、このブログは「駄文」で構成されていることになる)。「読んでみればおもしろい」のだろうが、横書きというだけで、もう、受け付けない。こんなのを平気で読んじゃう人がいて、商売として成り立ってるのだから、もう「凄ぇ」としか言いようがない。ダブルチョップ、よく『Wikipedia』で調べ物をする。もともと調べ物も好きだ。でもって、あれも単語ごとにリンクが張ってあるから、「お、こいつ誰だろ」とか、「これと関係があったのか」なんて、リンクの続く限り時間を忘れて見てしまう。おっと、「時間を忘れて」ってのは嘘だぃ。これも横書きだからよほど興味をそそられない限り、疲れてしまう。さっき、評論家の宮崎哲弥について調べた。興味深い内容だったので、気になった方は調べて見られるといい。評論家だけあって、「共同体主義者」だの外国の学者の名前だのにリンクがはってあり、とんでみたけど難しい内容が横書きの読みづらさを増幅しており、あきらめてしまった。縦書きだったら読めてたけど。本当に、もう、どうしようもない。とにかく縦書きのブログを作って欲しい。ブログだけじゃなく、ネット関連のあらゆる文章を縦書きに換えて欲しい。ぢゃないと、疲れるばかりだよ、ホントに。でもね、縦書きだったらもっと質・量とも現行の何倍もいいブログにする自信はあるよ。ホントだよ。……うーん、疲れてきた。もう、おっさんを通り越してジジイになりつつあります。
October 28, 2005
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物を書くことが好きだが、筆不精だ。この矛盾によってダブルチョップは構成されている。ブログにこうやって何かしら記す行為が好きなのだが、記し始めるまでに時間がかかる。ゆえに、1回書き始めるとそれに没頭してしまい、疲れるまでネタを探して(この場合はメモ帳だったり脳内から、「書けるネタ」を探してくるのだ)。書き始めるまでが長い。「たるい」「だりぃ」などとほざきながら、ネットの中を右往左往。ようやく書き始めて、2~3本分まとめて書いちゃう。「好きこそものの上手なれ」というが、一向に上手くならない。いや、全然書かないよりマシ、てな程度か。「下手の横好き」というが、まさしくその通りだと思う。書けば書くほど上達すればいいのだが、センスの問題だからどうにもならない。このブログの初期よりかは上達してると思うヨ。でも、手探りのあの頃と八方ふさがりの今を比べちゃぁな……。書くことが好きと言ったが、メモ魔でもあり、また筆不精である。始終メモ帳を持ち歩いているくせに、メモをとらない。でもいっぺん書き出すと、それまでに脳内に溜めていたネタをほとんど吐き出しちゃう。これね、私の私見ね(って朝の早朝会議みたいな言い方だな)。絵やイラストを描くことが好きな人は、暇を見つけてはチラシの裏にでもなんか書いてると思うんだ。マンガなりスケッチなり模様なり。でもね、文章が好きな人はある程度脳内イメージで完成させちゃうから、わざわざ暇つぶしに何か書くことはあんまりしないと思う。つーか、「メモ魔・文章好き」と「筆不精」が同居してるのって俺だけ?うーん、でもこの「筆不精」がどっか行ってくれれば、もちっと上達するはずなのは確かだけど。メモといえば、仕事の休憩時間にはメモ帳になにかしら書いています。休憩時間が15分で、メシ食ったら5分ばかり余ってしまい、暇を持て余しているからです。いろいろ愚痴だとかネタだとかを書いています。自分で言うのもなんだけど、結構おもしろいよー。自画自賛の「おもしろいよー」は女子同士の「あの娘、かわいいよー」に匹敵することを前提として考えねばならないけど。
October 27, 2005
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またまた簡潔に言いたいことを言う(つもり)。前回、「そんなに平和憲法が素晴らしいのなら」というタイトルで書いたが、内容的には「平和憲法」が「正しい歴史認識」になっただけ。ここで言う「正しい歴史認識」とは、いわゆる「日本が悪かった」という歴史認識だと定義する。だから、「そんなに南京大虐殺を肯定したければ」でも「従軍慰安婦を肯定したければ」でもいいデス。※念のために言っておきますが、私は綿密な資料考証のもとで南京大虐殺や従軍慰安婦の肯定がなされない限り、そういったものは信じません。言いたいことはここでも、「正しい歴史教育が必要なら、それを中国にも韓国にもアメリカにも言ってみれば」ということ。例えば中国に「おたく、文化大革命について、チベットの民族浄化についてちゃんと教科書で教えてる?」だとか言ってみろ、と言いたい。だから、「自国の正しい歴史を子供たちに教えよう」キャンペーンを世界規模で展開したらどうか。私は歴史の授業が好きだったが、最近ふと思うのは、「歴史教育とはナショナリズム教育である」とうことだ。自国に誇りを持たせるためであり、愛国心を育てるためであり、教育と言ってはみたものの、実際は植え付けであり洗脳であるケースが多い。だから、他国は(と言ってもTVで観た中国の教科書だったりするのだが)、自国のいい面しか教えようとしない。やっぱり愛国心教育の妨げになる事件や人物は教えないのだと思う。日本の歴史教育は、逆に自虐心教育だとも言える。「世界の国々に、特に東アジアの人たちに思いやりを持って接するための教育」と、まぁ、いい面を最大級に評価して言ったとしても、事実自虐史観の植え付けであり、愛国心とはほど遠いところに、持っていこうとする。自虐史観のためには、俗説や風潮を綿密な資料検証をせずに平気で教えるし、むしろ日本人は悪人だという教育しかしない。これでは愛国心が育たないし、国民性も徐々に失われていくであろう。では、「愛国心」とは必要か?と問われれば、「うーむ……」と考えるしかない。日本には、宮崎だ、愛知だ、岩手だという「郷土愛」はあっても、「愛国心」はないように思う。ない、というのは言いすぎで、歴史的に浅い、と言ったほうがいい。聖徳太子の時代に「日本」の国号ができ、「天皇」が中国の「皇帝」と同格だとされても、織田信長が初めて(というわけでもないだろうが)「天下一統」という概念を持ったとしても、明治維新により近代的な国家ができるまでは「日本国民」よりも「おらが村」という認識の方が庶民は強かったはずだ。「天皇」という考え方も、京や畿内の民や、地方でも一部の上流階級には「天皇の臣」という考え方はあっても、地方の庶民しにてみれば、「天皇」よりも「お殿様」であり、さらに「お代官様」「お奉行様」の方が身近な権力だし、自分たちのの頭上に君臨していると言う認識が強かったと思う。だから、「国民」よりも「村の民」という意識の方が強く、「愛国心」よりも「郷土愛」の方が強いのだろう。「愛国心」については、これからいろいろと考えていこう。
October 26, 2005
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今回は簡潔に言いたいことだけ言う(つもり)。平和憲法が素晴らしいとおっしゃる方々に言う。「そんなに素晴らしいなら、よその国に押し売りしちゃったら?」当時のアメリカに、GHQに押し付けられた憲法とはいえ、平和主義は素晴らしい考えだと思う。それを守れという主張も正しい。戦争をやっちゃいかんというのもまったくその通り。でも現実を見れば、国家の体をなしている以上、軍というものが存在しているわけで、国際紛争の最終解決手段として戦争という手段がある。護憲派は、国内だけで「平和憲法を守れ」と言うだけじゃなくて、世界的に他国に平和憲法を押し付けてみてはどうか。「うちの団体はやってるよ」という方がいるかもしれない。それは私だけ知らなかったのか、それとも私を含めた大多数が知らなかったのか。いづれにしても、世界平和のために日本発の(本当はMade in USAだけど)平和憲法を「おたくも守ってみませんか」くらい言ってみることは、悪い行為ではないので、もっと知られていてもいいと思う。それが知られていないということは、マスコミが大々的に取り上げないのであって、マスコミは庶民の野次馬根性の権化と言ってもいいから、庶民はそんなすっばらしーい行動に興味がないということになる。これを「島国根性」とでも言うのかネ……、そもそも島国根性の定義すら知らないケド。分かりやすく言う。剣道の大会に、日本国だけは「竹刀も防具もつけるな」というルールで出ることになる。ま、正確に言えば「竹刀らしきものと防具らしきものはもたない」というルールである。それで剣道の試合を戦えというのは無理がある。当然、棄権すればいいのだが、悲しいことに棄権できない試合がある可能性もある。サァ、どうすべェ……。柔道や空手を極めて戦うか。でも、鮮やかに投げたり、蹴りが入って相手が失神したところで剣道のルールだから、一本にはならない。拳や蹴りで面・胴・小手を狙うか。それが鮮やかに決まったとしても、「竹刀じゃないから一本にはならない」となるかもしれない。そうなれば、少しずつ剣道のルールに擦り寄っていくか。「竹刀らしきもの」だから、「ぢゃぁ、布団たたきは認めてください」とか少しずつ剣道の体を整えていくことになる。それよりも、むしろ相手に柔道や空手のルールを押し付けたらどうか。ここで私が例えたいのは、護憲派は「正々堂々と柔道や空手で戦えばいいじゃないか」と言っているのに等しいのではないか。それだったら、むしろ相手チームに柔道や空手のルールを押し付けてしまえばいい。格闘技にこだわらなくても、野球でもサッカーでもいい。スポーツじゃなくたって、歌の上手さでも、舌戦の鋭さでも、クイズでもいい。とにかく、自分たちが素晴らしいと考えてる思想をもっと国境を越えて(おっ、ボーダレスだね。自分の口からこんな言葉が出るとは思わなかった)普及させてみろ、と。そっちのほうがはるかに世界平和のためになり、日本国内でやいのやいの騒いでいるよりかはずっといい。「それは内政干渉だ」とか言いたいなら、中国や韓国だって教科書問題、靖国問題で堂々と日本内政に口出ししているし、アメリカなんて、干渉どころのレベルじゃない。兎に角、グっローバルに平和憲法普及活動を行っている方がいたらお目にかかりたいものである。
October 25, 2005
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現在の吉本新喜劇を代表する芸人である。「おじゃましますか?」を見たいがために新喜劇を見る。ほかにも「こらー」と修羅場で叫んで、「あとでかけなおす」と携帯電話をかけているオチだったり(いっぺん生の舞台を見て携帯電話の仕込み中のところを見たいものだ)。「社長、社長ー!」と誰かを呼んだあと、「……と言ったら誰か来ると思ったでしょ?」などなど。以前は「安尾信助」名義だったように思う。それから貧弱キャラ、殴られたあと、転がりながら舞台上手(下手)にはけ、忘れたころに下手(上手)から転がったまま登場する。そして、現在のキャラ。安尾信乃助、死角をついたギャグを連発する。前述「社長、社長ー!」なんかも、新喜劇での呼び出しのパターンであり、それを見事に崩している。「おじゃましますか?」についても、初めて聴いたら、キツネにつままれたような感覚を受け、ツッコミが入って初めてどんなボケだったかわかる。例えて言うと、ドリフの点呼ギャグに似ている。いかりや長介が「番号!」と言うと、整列した四人が番号を言う。加藤茶が一番端で4番目なのに、「3」になる。長さんにツッコまれるカトちゃん。志村けんも一緒にツッコむ。実は、いかりや「番号!」志村「番号!」高木「1」仲本「2」加藤「3」という仕組みで、志村が繰り返していたために、カトちゃんが「3」と言ってしまうのだ。それをリズミカルにやってのけるから、会場や茶の間が一瞬キツネにつままれたようになり、長さんや、それに便乗する志村のツッコミに弁解するカトちゃんに笑い、仕組みを知ってさらに笑う。ドリフ賛美の記事ぢゃなかった。どうしても「おじゃましますか?」に受けた衝撃を表現したくて、ドリフのギャグを引用した。この「おじゃましますか?」はツッコミの力量あってのギャグである。その証拠に、座長クラスがツッコむとドッカンドッカンうける。でも、若手・中堅クラスだと同じギャグでもウケが今ひとつなのである。ツッコミの力量が要るということは、ツッコミの力量を試すことにもなり、「おじゃましますか?」で爆笑をとることができたら、かなりのツッコミの力量があるといってもいい。個人的には内場勝則と絡む「おじゃましますか?」がいい。辻本茂雄とは、烏川耕一のひょっとこネタを際限なく競うパターンがいい。安尾信乃助、ずっとこのままのポジションでいてほしい。ずっと、というのは観る側のエゴか。当人にもいろんな野望があるだろうから。でもでも、彼は新喜劇のストーリーを構成する上で重要なポジションにはついてほしくない。いてもいなくてもいい役どころで、ずっとボケ倒していてほしい。仮に烏川耕一や川畑泰史が座長になったとしても、座長にならずに今のポジションでいてほしい。それについては「彼に座長を務める力量がなかった」という判断をしてほしくない。座長云々ではない彼の魅力であり、ギャラについては、座長クラス、いや、それ以上与えてもいいと思う。いや、これも私のエゴかもしれないが。↓彼のギャグについては、下を参照してくだされ安尾信乃助(Wikipedia)
October 24, 2005
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マンハッタンパッセージは、意外にもこのコーナー初。そこで、マンハッタンパッセージあれこれ。【送料無料】マンハッタン パッセージ シティー3WAYプラス 2725↑ダブルチョップ、一台何役もこなせる品物が好き。特にこういったカバンなんか「リュックにもショルダーにもなる」なんか、良すぎてもう「たまんね~♪」でもダブルチョップ、背中が広いし、猫背だからリュック姿がサマにならない。だからショルダーオンリーになるかもしれない。マンハッタン パッセージ パッセージウェイ バックパック 2225↑「リュックはサマにならない」なんて言いながら、リュックは欲しい。しかもバックパック。別に流浪の旅に出るわけじゃないのに。マンハッタンパッセージで赤は珍しい。ウォレットだとか、そういう小さいものだったらカラフルに揃ってるけど、カバンクラスだと黒やグレーが主流になる。でもまぁ、流浪の旅に出たいやね……。【送料無料】マンハッタン パッセージ イージーローダー 2210↑この手の中高生専用というイメージがあり、25歳のおっさんには抵抗がある。まぁ、中高生専用というのは勝手な思い込みだが、でも移動手段に自転車を多用する人向けだと思う。電車や徒歩や車の人には向いてないかもしれない。
October 23, 2005
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以前紹介したファイヤーファーストの第2弾。【送料無料】FIRE FIRST ファイヤー ファースト キャリー FFA-112↑手で提げてもいいし、キャリキャリ引っ張っていってもいい。旅行にはいいかも。でもなぁ、旅行行かないしなぁ。たまには行ってみっかなぁ。【送料無料】FIRE FIRST ファイヤー ファースト チョークポーチ FFCK-01↑ポーチです。カラビナつきで、ベルトに下げてもいい。小物を持ち歩く人は是非。ハロウィンSALE【特別セール】FIRE FIRSTウエストポーチFFR33↑ウエストポーチって、なんかおっさんのイメージが私にある。「25歳ってもうおっさんだよなぁ」なんて思いつつ、ウエストポーチ着用には抵抗がある。でも、これって結構便利だったりする。でもなぁ……。
October 22, 2005
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平成17年10月21日午後5時30分。私は、イラクに派遣される都城駐屯地の自衛隊員を見送る群れの中にいた。正しくは、壮行会に赴く隊員たちを沿道で見送ったにすぎないし、群れと呼べるほど、一般人は集まっていない。そもそも、壮行会に赴く隊員たちをこういった形で見送ること自体、極秘と言うことではないが、公にされていなかったことである。たまたま、私の家がそのコースの近くにあっただけなのだ。自衛隊のトラックから大勢の自衛隊員が降りてきて、沿道の両脇に並ぶ。その中を、パトカーの先導のもと、数台のオープン状態のジープに分乗して通り過ぎる派遣部隊員たち。ジープには、寄せ書きの入った日の丸がはためいていた。イラクに派遣される同僚たちに対し、自衛隊員は旗や幟を振りながら精一杯の声をかける。彼らは笑顔で沿道の声援に答えていた。私と眼が合った隊員の笑顔。そこに何の邪心も無いように見受けられた。もちろん、戦闘状態のいまだ続くイラクに派遣されるのである。100%生きて返ってこれる保障は無い。それでも彼らは行くのだ。彼らの一人一人が日の丸を背負っている。「カメラで撮っておけばいい」と勧められたが、この荘厳な空気はカメラのレンズ越しに見るべきものではない。マスコミなどの、「記録を使命としている人間」なら別だが、彼らの勇姿はちゃんと両の眼で直に見送るべきだ。(話の種程度に携帯のカメラで撮るなんてもってのほか)そして、その晴れやかな笑顔を脳裏に焼き付ければいい。どこかの首相ではないが、彼らに対して「心ならずも戦場に赴く」といった言葉は不敬だと思う。そりゃ、喜んで戦場に向かう人間なんて1人もいないだろう。彼らは、そんな本心を胸に秘め、覚悟を決めてイラクに派遣されるのだ。その覚悟を汚してはいけない。一般人に日の丸を配っていたのは自衛隊OBらしい。そのOBから「また隊員が帰ってきたときに旗を振ってください」と言われた。全員の無事の帰還を祈る。PS:私が感じた空気を文章として記録するにあたり、自己の筆力の未熟さを痛感。悔しい。※訂正:日記では、これから壮行会の会場に向かうかのように書いていますが(実際、私もそう思っていた)、壮行会は自衛隊内で済んでおり、このまま空港に向かったとのことでした(どれが本当の情報なんだ)。
October 21, 2005
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談志人生全集(第1巻)最近談志師匠の本をよく読む。爆笑問題の太田氏曰く「師匠は僕の代わりに芸に対して悩んでくれている」。私は芸人じゃないけど、その気持ちは分かる。芸を通り越して、人生について代わりに悩んでくれている。ただ、そこに答えはなく、あくまで「自分よりもだいぶ答えに近づいている」のであって、談志師匠も未だに答えに達していないのかもしれない。談志師匠のみならず、お笑いの第一線にいる人たちはまだまだ悩み多き人たちなのだろう。その答えをなんとか自分の芸という形で見せてくれるから、笑えるのだと思う。逆にいえば、答えが見つかったり、見つかったつもりでいたときに笑えなくなってくるのだと思う。話が逸れた。講談社の談志師匠の本の巻末に、この『談志人生全集』の広告がある。図書館で探してみるものの、これだけはなぜかない。書店でも同じ。結局通販で買うしかないか。でも、一冊\2,800。三冊で\8,400也。高い。談志師匠の本なら当然かも。談志師匠の本ばかり読んでるから、元々ひねくれた性格がもっとひねくれるのかもしれない。談志人生全集(第2巻)談志人生全集(第3巻)
October 20, 2005
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世の中、リモコンが多すぎる。TVにビデオにチューナーにコンポにエアコンに扇風機と、まぁ、あるわあるわ。リモコンの氾濫は今に始まったことではないのに、何故リモコンを統一しようとしないのか、ギモンである。急な電話で、TVの音を消さないといけないのに慌てているから、どれがTVのリモコンだが一瞬では判断できない。「そういうおっちょこちょいなキミは、もう時代に乗り遅れてるゾ!」てなことなんすかねぇ。それでも、一台で全てを操作できるリモコンが欲しいので、今回は多機能リモコンの特集。万能CATVチューナー対応!裏技発電リモコン!前代未聞の自家発電で電池不要【LIGHT ON】↑リモコンに自家発電機能は要るのか?、と思ってしまった。LEDライトがついてるから、そのためかもしれない。つまり、急な停電のときに咄嗟に手に握ってしまうものがリモコンだ、ということだろう。自家発電&ライト機能はともかく、とりあえずリビングはこれで済むかなぁ、といったリモコン。エアコンはあんま使わないから要らないかなぁ。でも、ラジカセが要るか。EVER GREEN タッチスクリーンフルカスタマイズ学習リモコン EG-LR320↑これだと、エアコンやコンポ・ラジカセといった機器までカヴァーできる(らしい)。液晶画面に自由にカスタマイズできるので、便利。でも、ちょっと値が張ってしまうか。すまん、特集といっても2個しか紹介できなかった。↓あったらいいな、こんなリモコン。昔のTVのガチャガチャでチャンネルを切り替えるリモコン。つまり、昔のTVのガチャガチャの部分だけが手元にあるイメージで。そんなリモコンがあったらおもしろいと思わない?ネェ、ネェ?
October 19, 2005
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【FC】ポケファミ さて、ファミコン、ファミリーコンピュータである。本体の製造はもう終わったと聞いた。スーファミに近い『ネオファミコン』だったか、そんな名前で店頭に並んでいた時代も遠い昔のこととなった。でも、ファミコン仕様のゲームボーイミクロが発売されたり、いまだにFCソフトの中古販売はやっている。根強いファンが多いのだろう。ここにきて、この携帯型ファミコンである。紹介しといてなんだが、そもそもファミコンのカセットとこの本体とを携帯してどこで遊べというのだろう。邪魔にならないのだろうか。それを危惧してか、TV出力でTV画面で遊べる機能も付いている。ファミコンソフトが今も通じる世の中なんだから、いっそのことDSでいろいろ復刻してみたらどうか。現にGBAで『ドクターマリオ』だとかが出ているし。低価格の復刻版か、そこそこの値段のゲーム集か。もっと言うなら、ちょっと前まであった、ローソンで中身を書き換える機能のアレ(名前が出てこない)を復活させたらどうか。たしか、スーファミとゲームボーイだったと思う。別にコンビニの情報端末を使わなくても、ネットでダウンロードすればいいのではなかろうか(これだと、不法なダウンロード、コピー等があってダメだとか言うんだろうネ)もっといいアイディーアを考えてみない、Nintendoさん?※また愚痴っぽくなっちまった、すまねぇ。
October 18, 2005
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【DS】ウィザードリィ アスタリスク ~緋色の封印~ 12月15日発売予定 予約ダブルチョップ、RPGを長いことやってない。理由は「最近のRPGは凝りすぎている」からだ。「たかがゲームぢゃねぇか、そんなにイベントCGを派手にしたり、声優に大物俳優を起用したり、そんなものは要らねぇよ」という料簡。技術が進歩したことを誇りたいのであろうか?でも、私は声が出なくても、イベントが台詞の羅列だけでも構わないし、もっと言うならイベントは要らない。キャラがどんな表情をして、どんな声で芝居をしているか想像できる。※これを妄想力という(←アブナイね、どうも……)話が逸れた。そんなRPG嫌いの私でもウィザードリィはやりたい。と言っても、根っからのファンというわけではなく、GBA版をやってみて、おもしろかったから、というだけだが。やっぱり、ゲームには自由さが欲しい。ストーリーも、キャラも、CGも、ヴォイスも、全部人から与えられたらダメダメダメェー!やっぱり、プレイヤーにもある程度のクリエイトできる余地を残して欲しい。愚痴が多くなったが、「このゲームは良さそうだ」という日記である。
October 17, 2005
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立川談志遺言大全集(11)1985年初版の『あなたも落語家になれる』を若干の再編集を行ったもの。三遊亭円生の落語協会脱会の真相。ついで談志師匠自身の脱会と立川流立ち上げの真相が語られている。それだけではなく、談志師匠による落語史や、落語に対する考えも述べられている。談志師匠の持論として、「落語とは人間の業の肯定」というものがある。何も落語に限らず小説でも映画でも全てのフィクションについて、「人間の業の肯定」というものが当てはまると思う。つまり、人間が本来持っている業、分かりやすく言えば、本音、本心、悪心を芸人が芸という形で体現することで、一般人の持つフラストレーションを解消してきたのだ。つまり、「あいつの腕時計、いいなぁ、盗っちまおうか」だとか、「先輩の奥さん綺麗だな、俺のものにしたいな」だとか、「あいつ、俺に酷いことしやがった。殺してやろうか」だとか、そういった一般人の持つ願望を芸という形で実現して見せるのが芸人(この場合は、演技をする俳優も、文章を書く作家も入るだろう)の芸の一部なのだと思う。それらの願望は法律によって、窃盗、殺人、婦女暴行といった罪に問われるからしないし、もっと言うと、モラルというものがあったから、できなかった。しかし、現代に法律はあってもモラルがなくなったので、一般人はこういった胸に秘めたる願望を実行してしまうようになってしまった。ちょっと親に注意されただけで親を殺してしまうし、欲しいものは殺してでも手に入れようとする。全ての人間がそうだとは言わないが、人間が業を剥き出しにする時代となった。業を剥き出しにする人間を演じるフィクションの芸よりも、実際に起こったノンフィクションの事件のほうがおもしろいから、TVではそんな事件のオンパレード。「昔はこんな事件は少なかった」と聞くが、事件の量・質は現在に及ばないとしても、事件自体はゼロではなかったのではなかろうか。ただ、「報道されなかった」もしくは「報道できなかった」というだけ。今はバンバン報道する。事件が低年齢化、残酷化、意味不明化していのは、そういう需要が増えているからだという気もする。「誰が残酷な事件を好きこのんで見ようか」という人もいるが、人間の(日本人だけかもしれないけど)野次馬根性により、ワイドショーという番組は成り立っている。興味があるから垂れ流すし、見たいから見る。犯罪者にも、妙な功名心があって、そういった需要を肌で感じて、次々と犯罪をエスカレートしていくから、ネタに困らない。話が逸れた。つまり、「人間の業を肯定する」フィクションの芸よりも、「人間が実際に業を剥き出しにした」ノンフィクションの事件の方がおもしろい。よく「最近の芸人はつまらない」という意見を耳にする。全体的な芸人の質については、長くなるのでここでは省略する。仮に質は変わらないとしても、現在の「フィクションよりもノンフィクションを面白がる」風潮からすれば、実際に起こった事件よりももっと奇想天外なことをしないと客はウケないだろうし、納得しないだろうと思う。でも、「事実ハ小説ヨリモ奇ナリ」。そう事実(ノンフィクション)よりも面白い小説(フィクション)なんてないよなぁ。
October 16, 2005
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『ゴミの定理』感想第2弾。今回も短編ごとの感想から。『夢の話』小説というよりも、エッセイ。睡眠中に見る夢について、作者自身の独断と偏見を基に考察している。空を飛ぶ夢について書かれてあるが、私の見る夢もそんな感じ。案外、空を飛ぶ夢は大きな共通性があるのかもしれない。最初、「小説に夢オチはタブー」という話から入っていって、「夢論」に発展していくが、どうこの話を終わらすのかが気になった。「夢オチはタブー」と断ったうえであえて夢オチに持っていくのかと予想した。結果は遠からず近からず。気になる人は、読んでみて下され。『ガイドの話』これも、作者のエッセイに近い。ガイドの説明に耳を傾ける観光客の話から、「ガイドの全てがそうではないが、結構いいかげんな説明をするガイドもいる」という話に発展。史実から程遠い伝承をさらに膨らませて観光客に話すと、観光客はその国や地方について間違ったイメージを持ってしまう、というもの。それらを踏まえて、「もし日本のいいかげんなガイドがいたらどうなるか」ということで、京都の名所をいいかげんに説明してみたりする。『ビデオを見る』いきなり離婚を切り出され、妻に出て行かれた男が、ビデオカメラで撮り溜めした妻の姿を編集する。?な1編。編集して、そのVTRの中の妻しか愛せなくなった、という話でもなく、妻から電話がかかってくるが、現実の出て行った妻からの電話ではなく、実はVTRの中の妻が電話をしてきた、といった話でもない。VTRを編集する男の偏執さが強調されているわけでもないし、何故妻が出て行ったのかもわからない。捉えどころのない作品。『泥江龍彦のイラン旅行』売れない作家、泥江龍彦の旅行記。これまた?な1編。イランでは宗教上酒が飲めないので、旅行中断酒状態にある主人公の変貌ぶりを描いた作品、というわけでもない。架空の人物のただの旅行記。『鮫島村のデナーショー』架空の寒村で初のデナーショーを開催する人々の奮闘記。ディナーショーではなく、「デナーショー」である。これも中途半端な1編。初めて村から東京に出て行った男のアイディアで計画が進められる。デナーショーを開くにも、施設やそれにふさわしい料理を準備できないので、なんとか代用のものを準備する。その準備段階も、もっとめちゃくちゃになって良かったと思うし、実際のデナーショーも、中途半端。支離滅裂な展開になるべきだったと思う。『ゴミの定理』表題作。架空の数学者がゴミに関する論を述べている。これも小説というよりも、ひとつの論文といっていい。「ああ、なるほど」と思ってしまう1編。<全体を通して>全部読み終えたあとの爽快感がない。その理由を私なりに考えてみると、全体を通して「現実から飛躍していない」という点が挙げられる。比較するべきではないと思うがあえて比較してみると、筒井康隆さんは、現実から出発して徐々に非現実に踏み入っていく、という書き方をしている(最初から超非現実的なものもあるけど)。スタート地点が現実な、いわゆる「ありふれた日常」で始まった方が物語に入りやすい。この本だけを見ると、現実からスタートして非現実に踏み入ってはいない。架空の田舎が出てきて、それは思い切り作られた世界ではあるが、その中で生きる田舎の人間は現実的なのだ。私が田舎に住んでいるせいもあると思うが、ほとんどが「そうそう、いるいる」という人間ばかり。生まれてこの方ずっと都会にしか生きていない人にすると、それは非現実的な世界かもしれない。全編が「あるあるネタ」の小説と言ってもいい。そういう小説はあってもいいと思うし、現に『他小説』は良かった。でも、300ページ近く、全11編にわたってそれだと少々きつい。完全なエッセイなら構わないが、現実からの飛躍を求めてしまう小説としては、読後に妙なフラストレーションを感じてしまう。『他小説』なんか、支離滅裂なSF集の合間にポンと入れてみると、SF的な展開を期待する読者を裏切って、面白いと思う。ひょっとしたら、清水さんの小説ってこういうものなのかもしれない。これまで読んだ『上野介の忠臣蔵』や『苦労判官大変記』も、「歴史の解釈の仕方」による面白さだった。ほかの清水さんの小説を読んでみると、また違ったおもしろさがあるのかもしれない。ゴミの定理
October 15, 2005
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ゴミの定理清水義範氏の長編『上野介の忠臣蔵』や短編『苦労判官大変記』がよかったので、この本も読んでみた。全体的な感想としては、「良かったり悪かったり」。ムラがありすぎ。短編集なので、掲載順に簡単な感想をまとめてみる。『他小説』自分の行動や心理を書いていく「私小説」に対する「他小説」。主人公の俳人が朝起きてから夜寝るまでにTVや街で見かけた人物の行動を観察、その心理や半生を勝手に想像して楽しむというもの。まさに、他人のことを書いている「他小説」なのである。これはよかった。こういう小説があってもいいんじゃないか、と常々思っていたが、実際にここにあった。『ニュース・ヴァリュー』老齢の大作家が、自分の評価にこだわる様を描いたもの。二十世紀文学全集の中で自作の占める割合にけちをつけたり、自分の死後の追悼特集の分量について、各紙誌に誓約書を書かせたり。最後は大作家の死後、国内外で大事件が起こり、作家の追悼特集どころではなくなた、というオチ。オチが読めてしまい、「これをどう裏切ってくれるか」と期待をしたが、そのままオとしてしまい、消化不良。大作家の執念(半分老人ボケが入っているが)を楽しむ作品だという解釈をする。勝手ながら、オチについては「もう地球の最後みたいな大事件が続発するのだから、いっそのこと日常的な記事を書いてしまえ」的な展開が良かったのではなかろうか。分かりやすく言うなら、大事件が起ころうと、レギュラープログラムを流し続けるテ○ビ東京のようなもの。「大事件連発における思考停止」をテーマに持ってきたら良かったと私は思ったのだが、これだと思考停止の挙句の記事として、別に大作家の死である必要はない。これまた別の意見だが、それらの天災・人災が、大作家の祟りだというオチはどうか。これもありふれてるか……。『ドラマチック・ハイスクール』TVドラマのパロディをオムニバス形式でつづったもの。GTOだったり、ショムニだったり(舞台は高校なのに)、元ネタがわかるものから、ちょっと元ネタが分かりにくいものもある。分かりにくいものでも、「まぁ、学園ものにそういうのってあるよな」的なイメージ通りのものばかり。こういう支離滅裂な短編は最初からくだらなすぎるのだから、このオチでいいと思う。『鄙根村の歩き方』架空の寒村、鄙根村の観光ガイドという形式。『笑ってコラえて』の『ダーツの旅』のパロディがあったりする。方言は、各地の方言をごちゃ混ぜにしたもの(にしては九州方面のが割合的に多かったような気がする)。これも、もっと辺鄙な村にすれば良かったと思う。しかし「観光資源の乏しい田舎の観光とはこんなものだろう」と思わせてくれる作品ではある。『ケータイ星人』携帯電話にまつわるオムニバス集。ダイイングメッセージのくだりは良かったが、それ以外はまあまあ。これが発表されたのが5年前で、当時の携帯事情の最先端の話だから、今となっては古さを感じる。「ああ、5年前はこんなだったんだ」という回想の意味合いを持ってしまい、作品を楽しむところまでには至らず。「ケータイ星人」というくらいだから、携帯を操る若者を異星人のごとく書いているが、今となっては普通だもんなぁ。こういう感想を持ってしまうのは、時事ネタ、当時の最先端を扱った作品の宿命というべきものか。『楽しい家族旅行』父母姉弟の家族旅行を、それぞれの視点で書いた作品。小学生の弟の無邪気さ、中学生の姉の思春期の心理、父と母の家族にも言えないそれぞれの事情。まぁ、普通。続きは「その2」で。
October 14, 2005
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何かにつけてよく聞きますよネ?例えば、「この小説は現代の女子高生の実態をリアルに描いている」だとか、「あの映画の某と言うサラリーマンはリアルすぎて笑えない」だとか。うーん、リアルってなんだろう、って思うんですよ。ずばり言うと、我々がリアルだと思っていることは実は「擬似リアル」なのではないか。リアルな女子高生の映画を撮りたければ、適当に街を歩いている女子高生にカメラ渡して、「2時間、カメラまわしっぱなしでいてね」なんて言いつけて、2時間後に回収したものを映画館で垂れ流せばいいだけの話です。でも、そんなただ女子高生の2時間をお金を払って見たいかね?……あー、例えが悪かった。ただの女子高生の2時間でも商売になるような気がする。ぢゃぁ、40代のサラリーマンにしましょうか。普通のおっさんの2時間なんてお金払って見る価値があるのかね?つまり、リアルに徹したければ上に書いたようにランダムに選んだ誰かにカメラを渡して2時間まわしっぱなしにしてもらうとかすればいい。それに加工が入った時点でもうリアルではないのではないか。加工上カットした部分も実情なのであって、それを「ふさわしくない」と切り捨てた時点で100%のリアルさは消えますよ。つまり、ノンフィクションに見せかけたフィクションということになる。もっとも、ここではリアル=ノンフィクションという前提がないとそれは成立しないけど。野口英世の伝記なんかもそうですね。やっぱり、努力の人、不屈の人というイメージがありますけど、実際はかなり女遊びが激しかったらしい。アメリカへの留学費用をカンパしてもらったものの、それで飲み食いや女遊びに浪費してしまって、スッカラカン。仕方なくまたカンパしてもらったという逸話があります。もし、野口英世を「リアル」に描きたいのならこういった一面も省かずに撮って欲しい。これこそが野口英世の人間性を「リアル」にあらわすエピソードですから。でも、こういった部分はカットされるんでしょう。「リアルに女子高生の実態を描いた」というのは、おそらく観衆の「現代の女子高生はこうあってほしい」という願望を良くも悪くも描いたものでしょう。仮に「本当の女子高生は、普段ナイフを持ち歩いていて肩がぶつかっただけで刃傷沙汰になる」のが真の実情であったとしても、それが一般観衆の願望にない、もしくは要望になければ、「リアル」として映らないのだと思います。要するに、私の頭の中には「フィクション」と「ノンフィクション」という括りはあっても、「リアル」という考え方はないんでしょう。「リアル」を肯定するとしても、その定義を決めるのに四苦八苦している。だからこんな日記を書いてしまうんだ。うん、きっとそうに違いない。※今回の日記はナンダカワカラナイ…
October 13, 2005
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今回は、『黒龍の柩』の感想第3弾。上下巻を問わず、心に残った(小ネタ?)を書き連ねてみる。原田左之助。彼は新選組幹部としては珍しく京で妻子を持つが、この子供が自分の子ではないことが判明。どこかで厭世的になるが、それでも新選組として戦い続ける。作中で、原田は永倉新八と靖共隊を結成、新選組と袂を分かつが、のち上野彰義隊に参加。なんと新選組十番隊組長原田左之助の名前を彰義隊の某に売り払ってしまう。なので、「原田左之助」自体は上野で戦死したことになる。作中の原田は、蝦夷地に向かう徳川慶喜の護衛の最中、刺客から慶喜を守るために死んでいる。史実の原田左之助の消息も不明らしい。一説には上野彰義隊で戦死したとも伝えられているし、日露戦争の折、陸軍のいち老兵が「わしは新選組の原田左之助」と名乗ったとも伝えられている。作中の原田の設定は、そうした諸説を取捨選択して作られたものと推測される。沖田総司。結核を患ったあとの彼は、とある商家の離れを借りて、非番や体調が優れないときはそこで過ごすようになる。そこには同じ結核を患った女と一緒に住んでおり、ともに長くはない命、暇を見つけてはお互いに体を求め合う。沖田にとってその女は、ただの性の捌け口であり、体調的に剣を振れないときの精神的なもやもやをぶつける対象としてしか存在せず、そこに恋愛感情はない。女は自分の体調が優れなくても、沖田の体を第一に考え、ときに手厚く看病し、また沖田のなすがままに体を委ねる。しかし、女の結核が先に悪化してしまい、沖田に看取られて死んでしまう。女の死は、沖田の心情を揺さぶった。失って初めて、沖田はその女に恋愛感情を持っていたことを自覚する。これは、作者の創作のエピソードであろう。司馬遼太郎も『新選組血風録』にて沖田の恋のエピソードを短編として書いている。薄命であり、美少年であり、類を見ない剣豪であった沖田総司の恋のエピソードは作りやすく、また読者も読みたがるのであろう。主人公の土方歳三に関しては、こういった恋のエピソードはない。司馬遼太郎の『燃えよ剣』では、恋多き武人として最初から最後までいろんなエピソードに彩られている。この『黒龍の柩』では、全編土方の男のロマンであり、土方の色恋沙汰は一切ない。特定のいち個人に執着していたわけではなく、溜まった「欲望」も遊郭で発散していたようで、近藤勇のように妾を持ったり、沖田総司のように無自覚の恋愛感情があったことはないそうだ。これもほんの数行、「京ではこんなんだった」という報告のみである。久兵衛。おそらく、作者の想像した架空の人物であろう。久兵衛は、箱館において松前藩士の奥方であったであろう女を保護したが、女は気が狂ってしまい、分別定かではない。久兵衛は女の世話をするが、性の捌け口にもしている。やがて女は正気を取り戻すが、自分を保護しているのが、松前藩を滅ぼした箱館政府の者だと知って首吊り自殺。久兵衛は手厚く葬るが、その時になんと女の肉を食べているのだ。カニバリズムである。作者がなぜこのエピソードを創作したのかわからない。ひょっとしたら、この時代に、もしくは箱館にゆかりの伝承として似たような話があったのかもしれない。今までの北方作品に類を見ない猟奇的なエピソードである。もっとも、直接的な描写はない。土方歳三が、新選組の幹部を経由した「伝聞」という形で現れるだけで、カニバリズムのシーンも、久兵衛の事後報告として数行あるだけである。村垣範正。この人物は一般には知られていない。少なくとも、勝海舟ほどの知名度はないが、本作では章ごとに主観を持った準主役的扱いを受けている。北方作品の歴史ものとして、一般に知名度の低い人物を準主役級に据えることがある。『三国志』で言えば、五斗米道勢力の張衛である。彼は五斗米道の指導者である兄の張魯の補佐をしながら、天下に覇を唱えんとする。五斗米道の宗教的な面は張魯が受け持ち、自分はその軍事を含めた運営に力を注ぐ。自分は宗教に興味はない、ただ五斗米道の組織を強くするだけという、その存在感が強烈だった。話は逸れたが、この村垣範正もマイナーな人物ながら、本作において存在感十分である。実際にどのような人物であったかは、下のページを見てくだされ。村垣範正について黒龍の柩(下)
October 12, 2005
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北条五代の当主はいずれも傑物ぞろい、というのは言いすぎだとしても、暗愚な殿様はいなかったようだ。これは、関八州の盟主を名乗りたくても実際に関八州を完全に北条一色に染めたことがあるわけではなく、磐石な地盤は伊豆・相模くらいで、その実力にあぐらをかく暇がなかったからではなかろうか。実力者であっても、内情はいっぱいいっぱいだったのである。その北条五代のなかでも、今回は五代氏直にスポットを当てる。五代氏直は、豊臣秀吉との戦に消極的だったようだ。氏直の正室は、徳川家康娘・督姫であり、氏直は舅から、嫁から豊臣政権への反抗は無駄だと言うことをよく聞かされていたのかもしれない。氏直と督姫の仲はどうだったのか。彼らはいわゆる政略結婚だったのだが、仲は悪くなかったのではないか。実際に小田原征伐が決まり、家康は豊臣方として氏直と刃を交えんとなったとき、督姫の離縁を申し出ている。氏直はこれを断り、離縁していない。この夫婦が仲睦まじかったのだろう、と良い方に解釈してみる。現実的に考えると、豊臣秀吉と戦っても勝ち目は無い、と分かっていた氏直が、講和・降伏へのパイプラインとして、督姫→徳川家康の縁を保っておきたかったのではないか。また、督姫を人質に徳川家康の寝返りを期待したという考え方も無いわけではないが、当時の実情を考えると、徹底抗戦派ならそういった主張をしてもおかしくないが、豊臣と北条の力の差を現実的に受け止めていたであろう消極派の氏直が、それに頼ったとは考えにくい。氏直は自ら豊臣方に投降し、自らの切腹と引き換えに城兵の助命嘆願をしている。投降先は、織田信雄の家臣・滝川雄利の陣である。舅である家康が降伏への窓口となったわけではないが、おそらく家康→督姫→氏直のラインで降伏の説得があり、氏直→督姫→家康のラインでその手続きが極秘に進められたのではないかと想像する。※でも、対陣中に舅→嫁→婿といった意思の疎通ができたのだろうか? まぁ、忍びの者を使ったとしておこう。秀吉はこの氏直の態度を「神妙」と受け止め、合戦の責任を先代で父の氏政、叔父の氏照、重臣の松田憲秀、大道寺政繁の計四名の切腹に負わせ、氏直は助命した。氏直の投降は、秀吉でなくとも感心せざるを得ない。自らは消極派でありながら、其の命と引き換えに城兵の助命嘆願など、なかなかできない。ましてや、氏直、隠居の身とはいえ、いまだ家中で大きな権力を握っている父・氏政に頭が上がらなかったに違いない。史実にあったかどうかはわからないが、氏政に「軟弱者」呼ばわりされたかもしれない。彼我の戦力差を現実のものとして受け止め、命を賭けて交渉に臨んだ氏直の勇気は尊敬に値する。話は逸れるが、羽柴秀吉の戦力は相当なものだったようだ。徳川家康と一触即発の危機に陥ったとき、大多数の徳川家臣が徹底抗戦を叫ぶ中、石川数正は秀吉への抵抗の無謀さを主張している。数正は、徳川家の対秀吉外交を担当しており、実際に秀吉に会い、その戦力を目の当たりにしたことから、「抵抗は無駄」という判断に至ったのだろう。北条氏でも同様に、一門の北条氏規が、対秀吉外交を担当、石川数正と同様、その戦力を目の当たりにしたのだろう、秀吉との開戦に消極的な態度を取っている。羽柴秀吉の戦力がいかに他家を圧倒していたかが分かる。同時に、秀吉自信にも、相手が秀吉を過大評価させてしまう不思議な魅力があったのかもしれない。もちろん、実際の軍事力・財力と併用して政治力も見せ付けたのだろう。氏直の命がけの抵抗によって、北条氏の仕置きは最小限に済んだ。とはいえ、所領は没収、氏直は高野山に蟄居。空いた関八州には舅の家康が入り、のちの江戸幕府につながる。氏直はのちに小身ながら所領を得て、それがのちに狭山藩一万石につながる。北条氏は北条氏盛(氏規の子)を始祖とする狭山藩として、明治維新を迎えることになる。その他の一門・家臣も、幕府旗本や有力大名の家臣として謂わば再就職。全国に散らばった。戦国北条一族
October 11, 2005
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北条一族のほとんどの名前に「氏」という字がついている。二代氏綱、三代氏康、四代氏政、五代氏直、といった具合。一族にも、氏照、氏邦、氏規、と「氏」が入っている。このように一族に代々受け継がれる共通の名前の一部を通字という。他の大名では、織田氏→「信」…信秀、信長、信忠、信雄、信孝など。伊達氏→「宗」…稙宗、晴宗、輝宗、政宗、秀宗、忠宗など。島津氏→「久」…貴久、義久、家久、歳久など。松平氏→「康」「忠」…清康、広忠、家康、秀忠など(松平氏は変則的で康・忠を一代交代で受け継いでいたらしい)北条氏の「氏」を最初に名乗ったのは二代氏綱である。この「氏」は従兄弟にあたる駿河・今川氏親の「氏」を貰ったものらしい。ちなみに、氏親以降の今川氏の当主も「氏」を継いでおり、子の氏輝、孫の氏真と続く。※だが、氏輝の弟で、氏真の父である今川義元は「氏」の名を継いでいない。これは義元が嫡子ではなかったからなのか。でも氏親の父(義元の祖父)は義忠であり、「義」の字が見える。今川氏の「氏」がどこから来たのかは現段階の私は知らない。北条初代早雲は、伊勢盛時を名乗っている。別の本では、「伊勢長氏」と名乗り、そこから北条氏の「氏」が始まったのだと思っていた。本書では早雲の出自についても綿密な資料検証がなされており、早雲に近い伊勢氏の名前に、「長」も「氏」も見えない。だから、「伊勢長氏」は誤りなのか、伝承・伝記中の創作された名前なのか、それとも、短期間ながら一時的に名乗ったものなのか。なぜ北条早雲が、厳密に言うと伊勢盛時が、自分の嫡子に、「盛」も「時」も継がせずに「伊勢氏綱」という名前にしたのか。当時はまだ、今川氏の親戚とは言え、そのいち武将であるという認識が強かったのではないか。「氏」という字も、主である今川氏親から「拝領した」形なのだろう。二代氏綱は、鎌倉幕府執権北条氏にあやかって北条改姓を果たしているが、この時、自らも前北条氏にちなんだ名前に改名しても良かったように思う。前北条氏は「時」の名を継いでいる(時政、義時、泰時など)。この「時」の字は、父・伊勢盛時(北条早雲)にも入っており、氏綱が「時」の字を使用しても良いはずだ。今川氏との関係も、氏綱の代には駿河北部を巡って抗争が始まり、「氏」の字を返上してもおかしくない。それでも、氏綱は氏綱のままで、以降も「氏」の字を使用している。その「氏」の字も、最初は今川氏親から拝領した「氏」だったものが、古河公方足利晴氏の「氏」にあやかったものだという意味合い(ある種のこじつけ)が強くなってきたのではないだろうか。氏綱は、娘を足利晴氏に嫁がせ、古河公方を擁して関東管領職を名乗っていることから、氏綱以降の「氏」は古河公方足利氏の「氏」であると推測すると合点が行く。古河公方足利晴氏の「氏」のルーツについてもっとさかのぼれば、室町幕府初代将軍足利尊氏にたどりつき、通字の話でいくと、尊氏までの足利氏は「氏」を受け継いでいたが、尊氏の子・二代将軍義詮以降、将軍家は「義」の字を受け継いでおり、「氏」の名は尊氏の次男・基氏から始まる鎌倉公方家に継がれており、それが古河公方に至っている。つまり、伊勢氏綱は「関東副将軍」に値する鎌倉幕府執権の北条姓を名乗り、氏綱の「氏」を駿河の名門・今川氏に由来するものよりも、足利尊氏に発祥する足利家の正統との縁者である証とすることで、関東での勢力拡大の正当性を強めたのではないか、と私は推測する。なお、北条氏一門でも、「氏」の字を継いでいない者もいる。彼らは、他家に養子に出され、その家の通字を名乗ったものであり、一部はのちに北条姓に復姓し、その子・孫には「氏」の名を見ることができる。また、五代氏直の代に元服したと見られる一門には、氏直の「直」を与えられた一門が数人いる。これは、「氏○」のネタ切れ?それでも、氏直以降の一門にも「氏」の字を使用したものも数人いる。とにかく、ヴァリエーションの尽きない家である。戦国北条一族
October 10, 2005
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ダブルチョップが感じた「戦国のギ・モ・ン」第2弾。「なぜそんなに家格についてこだわったのか?」家格とは、ランクのことだと思ってくだされ。簡単に説明すると、室町幕府が定めた武家のランクがある。将軍家……足利氏管領………細川氏など。守護大名…斯波氏、土岐氏など。守護代……織田氏など。といったものであり、管領の次くらいに西国探題だったり九州探題だったりがあるのかな?その辺は歴史の教科書を読むなりして(無論、この説明はダブルチョップにうろ覚え也)、つまり、これがランクである。この関東版が次のものである。鎌倉公方…足利氏(のち古河公方、小弓公方など分家により細分化)関東管領…山内上杉氏守護大名…扇谷上杉氏、武田氏など。守護代……長尾氏など。室町幕府は、関東は関東で足利政権のミニチュア版をつくり、支配したことになる(んでしたよね?)。※すみません、さっきから自信が無いような書き方をしてるのは、戦国以前の室町時代にあまり関心が無いからで、本当にうろ覚えで書いてるからです。さて、北条氏三代氏康の時代になると、関東の勢力は下の様に変わる。古河公方…足利氏関東管領…上杉氏(謙信)、北条氏(氏康)守護大名…武田氏(信玄)北条氏は先代氏綱の時代に、古河公方を擁立、補任という形で関東管領職に就いている。実力行使による任命といってもよい。上杉謙信は、主家にあたる山内上杉氏から譲られる形で上杉姓と関東管領職に就いている。それ以前は長尾氏と名乗っており、山内上杉氏の領国・越後の守護代を務めていた。つまり、関東管領職が二家存在することになる。上杉氏、北条氏とも、自分が関東管領であることを主張、同時にもう一方を否定。上杉氏は北条氏のことを「伊勢」と旧姓で呼び、北条氏も同様に上杉氏を「長尾」と旧姓で呼んだと言う。この旧姓呼称については、武田信玄VS上杉謙信についても同じエピソードがある。武田信玄は甲斐の守護大名である。長尾景虎は越後の守護代で武田氏よりワンランク下であった。その長尾景虎が上杉謙信を名乗り(当時の名は政虎だったが)、関東管領に就任したことで、信玄を飛び越してワンランク上の存在になってしまった。信玄としたらおもしろくない。信玄は、長尾景虎が上杉氏を名乗った以降も、上杉氏を「長尾」と呼び続けたと言う。※だから、ドラマなんかで武田方が「おのれ、上杉め~」なんて言ってたりするのは厳密に言えば嘘です。でも、実際はどうなんだろう?家格について、それぞれこだわりがあったようである。北条氏の武田氏に対する思いはどうか。上杉氏(長尾氏)はれっきとした守護代から関東管領になったが、北条氏は成り上がり者である。いくら初代早雲が幕府のいち被官であったと言っても、関東管領就任は確実に実力行使でのものであったし、北条姓も、鎌倉幕府執権北条氏にあやかって勝手に名乗ったに過ぎない。一方の武田氏は、その鎌倉時代から甲斐に名だたる名門で、北条を見下すに十分の家柄である。武田氏が北条氏を「伊勢」と呼んだという話は聞かない。ただ、私が知らないというだけかもしれないけど。武田氏は駿河の今川氏を巻き込んだ「甲相駿三国同盟」を北条氏と結んでいる。三家対等の同盟を結んだということは、北条氏を「北条氏」として認めていたのかもしれない。でも、陰では「あの伊勢の野郎が」なんて言ってたかもしれない。こんなに家格についてこだわっていた北条氏も、織田信長には友好的な態度を取っている。家格では、関東管領北条氏に対し、織田氏は守護代、しかも信長の家は、そのまた家臣という、スリーランク下の相手である。しかし、このころになると家格というものが機能しない時代になったのかもしれない。中央では信長による新秩序が築かれつつあり、武田氏は滅亡、上杉氏は景勝に、北条氏は氏政に代替わりしている。上杉景勝は、先代謙信の方針を継いで織田政権と抗争するが、北条氏政は友好関係を越えて「従属」の態度すら取っている。いかに信長の勢力・威光が強かったかが分かる。中央政権への従属は、織田信長が斃れ、羽柴秀吉が継いでからも代わっていない。最初から秀吉に反抗的ではなかったのだ。秀吉の北条氏征伐のきっかけとなったのは、隣接する真田氏領との国境問題である。解決が見られず、北条氏サイドから十分な弁明が見られなかったため、小田原征伐に至る。これは、秀吉の、もしくは真田昌幸の陰謀を感じる。また、北条氏も、何ランクも下の足軽の倅に頭を下げるのがイヤだったんじゃなかろうか。当時は五代氏直の時代であったが、先代氏政が隠居として発言力が強かった。この氏政の頑迷さが北条氏を滅亡に導いたイメージがあるが、でもこの本を読む限りでは、そこまで暗愚な殿様とも思えない。やはりハメられたんじゃないスか。さて、「なぜそんなに家格についてこだわったのか?」。それは、家格へのこだわりが旧秩序そのものだったのではないか。新秩序を築いた信長と武田信玄、上杉謙信、北条氏と一線を画する原因の一つはここにあると思う。もっと言うと、旧秩序の破壊が戦国時代のエネルギーの一つだった。下克上の第一人者である北条早雲はそれに気付いてたんじゃないか、とは私の勝手な想像。でも、北条氏二代氏綱は、家名へのこだわりを見せて「北条」という過去の遺物を引っ張り出している。氏綱にとって、北条改姓は関東攻略の一環に過ぎなかったかもしれないし、当時は「北条」姓自体も「過去のもの」ではない時代だったのかもしれない。私には北条氏の関東攻略はほぼ実力で推し進められたように見えるし、実力がある以上は伊勢姓のままでも良かったのではないか。そこに家格・家柄へのこだわりは不要だったように感じる。戦国北条一族
October 9, 2005
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戦国北条一族※楽天ブックスの紹介を見る限り小説っぽいけど、小説じゃないです。数多の資料を検証して史実を検証した学術書とでもいうのでしょうか(学術書ってのを読んだことが無いからわかんないけど)?河越夜戦や小田原評定など、ほんの数行で終わっています。だからダイナミックなドラマは期待しないでください。俗に言う後北条氏の初代早雲から、五代氏直までが丹念に書かれてある。ちなみに、戦国時代の幕開けを飾ったに等しい人物として有名な北条早雲だが、北条氏初代が「北条早雲」を名乗ったことは無い。北条氏初代は正式には「伊勢新九郎盛時」であり、号を宗瑞という。だから、北条氏初代は「伊勢宗瑞」が正しい。伊勢氏が北条氏を名乗ったのは二代氏綱からである。初代の通称「早雲」は、「早雲庵」という伊勢宗瑞の庵号から取られたものである。本書でも、「伊勢宗瑞」の名前で話が進められていくが、この日記では通称の「北条早雲」で書く。まづ、北条早雲と言うと、一回の素浪人が駿河の有力大名今川氏の親戚になり、伊豆一国を掠め取ってたちまち関東に覇を唱えた人物だと言う認識しかなかった。無論、早雲が室町幕府のいち被官であることは知っていたが、中央政権への見限りと関東への壮大なロマンを求めての国盗りである、と思い込んでいたのだ。だが、本書では早雲が中央政権の権力争いと、古河公方を中心とする関東の勢力争いに絡んだ今川氏の政治行動の一環として伊豆へ乱入した、とされる。早雲にまったく野心が無かったかどうかは今となっては明らかではないが、私は今川氏からの派遣部隊としての伊豆進出よりも、先に述べた「中央政権への見限りと関東での実力での立身出世」の方がロマンがあっていいと思う。さて、北条氏の歴史はそのまま戦国時代の歴史とも言える(と言っても関東を中心とした展開となるが)。初代早雲の伊豆進出は、戦国時代の幕開けにふさわしい。二代氏綱のころまでは、まだ古河公方足利氏が存在しており、関東の派遣争いは、関東管領山内上杉氏、それに対抗する扇谷上杉氏の抗争によって展開され、そこに北条氏が実力行使で分け入ることになる。三代氏康の時代になると、関東において随所に「公方」を置いた足利氏は滅亡の兆しを見せ、両上杉氏もトーンダウン。関東での勢力争いは北条氏を中心に、武田信玄、上杉謙信、今川義元(実際に関東に領国はないが)といったメジャーな大名が絡みだす。四代氏政の時代は、織田信長の活躍の時期にあたり、北条氏も織田政権と抗争を展開。五代氏直になると、磐石な豊臣政権が存在し、北条氏は秀吉に屈することになる。北条氏については特筆すべき点は、その領国支配システムにあるのだが、本書では北条五代の流れに重点を置いており、触れていない。私もそこに興味があったのだが、仕方がない。また機会があれば別な本を読んでみようと思う。私がギモンに思った点がいくつかある。一つが、北条氏に従属・離反を繰り返す関東の小勢力への仕置きである。北条氏は、武田信玄や上杉謙信と刃を交えているのだが、彼らが関東に侵入するたびに、その途上の勢力や北条氏の背後を突ける勢力が北条氏から離反しており、彼らが関東から撤退すると、また北条氏に従属している。つまり、強い勢力になびき、その場しのぎをしているのだ。北条氏は、侵入者の撤退のたびに、関東諸勢力に軍勢を派遣、武力でもって再従属を強いている。北条氏が、従属する諸勢力から人質をとり、また複雑な婚姻関係を築いていれば、関八州を頑丈な一枚岩にすることができ、日本の歴史も少しは違った展開になったと思う。もちろん、本書に書かれていないだけで、実際に北条氏はそれらの対策を講じていたかもしれない。だが、系図から見る北条氏の姻戚関係の利用法は、一族や譜代家臣との強い絆を築くことを第一とし、次いで有力大名同士の同盟強化となり、新たな勢力の取り込みにはあまり積極的ではない。小勢力の従属・離反は戦国の常とはいえ、関東地方はそれが顕著に表れすぎている。これが織田信長だったら、離反は1回限りしか認めなかっただろう。一度自分から離れたものは終生の敵であり、その家を滅ぼして新たに譜代家臣を領主に置いたかもしれない。(家を滅ぼしたら滅ぼしたでまた厄介なのだが)北条氏が寛容すぎたのか?もしくは、それを享受せざるを得ない理由があったのか?ただそういった歴史(離反した領主を処罰、など)は本書では割愛されていただけなのか?領国支配システムも含めて、そこが気になるところである。
October 8, 2005
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黒龍の柩(下)北方版土方歳三の下巻。新選組が江戸に帰還した以降から、箱館(と当時は書いていたらしいが、いちいち変換するのがめんどいので、以下現在の「函館」と書く)での歳三の死まで。実はこのラストがまた曲者なのだが、順を追って感想を述べるので、ラストについては後半で書く。まづ、この作品を通して描かれている蝦夷地での建国計画について触れておく。徳川慶喜を密かに蝦夷地に連れ出し、国王として建国を宣言する。幕府は瓦解し賊軍となったものの、まだ将軍の威光が効果的な時代であるので、慶喜を慕って旧幕臣や、幕府寄りの諸藩の藩士、薩長の権力に不服を持つ人間が次々に移住。人口が数十万単位になれば、一国の体を成し、米・英・仏・露の列強も認めざるを得なくなる。つまり、本州以西は帝を戴く薩長の政権、蝦夷地は慶喜を国王とする新国家となり、日本国が二つできることになる。薩長政府と蝦夷地とは対等に交易を行い、お互いに富み、合い競うことによって国力を増強していく。列強も、日本国が一国のみだったら、不平等条約を押し付けることができるが、日本人の国が二国となってしまったら、一方だけに不平等な条約を押し付けることができなくなり、自然と不平等条約は解消。清国、薩長政府、蝦夷地を中心とした、東アジアでの交易圏が形成できると、列強の理不尽な干渉は受けなくなる。ざっと、こんなところ(詳しくは、実際に読んでくれぃ)。坂本龍馬の発案だが、龍馬の暗殺により、その計画を聞かされていた勝海舟、小栗忠順、土方歳三、榎本武揚らの手に引き継がれる。蝦夷地での独立を支えるものは、豊富な海産物と、内陸の石炭や鉄と言った資源。それを発見したのが、間宮林蔵であり、それが水戸斉昭に伝えられ、その実子である徳川慶喜も、その新国家計画に夢を託すことになる。この新国家計画は、見事なものだと思った。でも、これが「事実を基にしたフィクション」であるから成立できるのだろう。現実的に可能性を突き詰めていったら、どこかで無理が生じるであろう。また、「坂本龍馬ありき」でもある。物語でも、上記の4人が坂本龍馬の計画を実行していくと言う形なので、どこかで綻びが生じ、史実どおりの結末となる。蝦夷地新国家計画も、作家の想像力を駆使してかなり大胆に進められている。まづ、謹慎中の徳川慶喜が替え玉で、本人は東北地方を北上、蝦夷地に向かう。海路を使わずに陸路を採った理由として、「海軍力の未だ劣る薩長は、慶喜の乗る船の追跡に英国艦隊に応援を恃み、そこから列強の干渉を受けかねない」。榎本武揚も、幕府の軍艦を使って蝦夷地に幕府の御用金を運搬。土方歳三は、慶喜の護衛についたり、御用金運搬の囮になったり、幕府軍を指揮したり、新選組の指図をしたりと、関東・東北を駆けずり回る。小栗忠順は、さも御用金を隠し持っている体を装って、田舎で隠棲。勝海舟は、江戸で薩長とぎりぎりの交渉を展開。この作品では西郷隆盛が悪の大ボスとして扱われている。西郷も、龍馬から蝦夷地建国計画を聞かされており、それが薩長政府の障害になると判断、権謀術数を使って、計画をつぶそうとする。幕府側から見た小説なので、西郷のこの扱われ方は妥当なところか。「誰も顔を見たことがない」という設定が良かった。大事な局面にしか自分は出席せず、いつも西郷だと思われていた人物は、弟の西郷従道だったり、従兄弟の大山巌だった、ということになっている。これは、西郷自身の写真が現存せず、西郷の写真と言われているものが、西郷従道と大山巌の写真を元に描かれたものだということを利用したのだろう。作中で、土方歳三が西郷暗殺計画を実行する。その時のみ、作中に西郷が登場するが、それは「長身で細目の男」と、現在まで伝えられている西郷像とは違う。土方も西郷を見たことが無いので、断定できない。結局、中村半次郎の防戦で止めを指すには至らないが、のち、海舟や慶喜に土方が報告したシーンで、西郷自身だと判別できる(海舟や慶喜は実物の西郷に会ったことがある)。実体の見えない大ボス・西郷と、その手錬れの部下・中村半次郎という設定は、北方作品としてはオーソドックスな設定。なお、中村半次郎と土方は何度か刃を交える。敵味方を超越した、個人対個人として戦う設定もまた、北方作品ならでは。下巻において、近藤勇と沖田総司はほとんど登場しない。その最期を、報告として土方が知る、というのみだ。むしろ、坂本龍馬と山南敬助の存在の方が大きい。「坂本だったら」「山南なら」という一節が何度か登場する。さらに言うと、下巻では新選組の匂い自体が消えている。もちろん、存在はしているが、ウエイトとしては極めて小さい。さて、主人公の土方歳三。ひたすら「生きること」にのみ執念を燃やす。ここが、従来の土方作品との違いだと思う。土方は新選組を経た自分の行き着く道として、蝦夷地新国家構想に命を賭ける。だから、常人では考えられないような行動力を発揮する。また、「死ぬためには戦いたくない」という思いと「降伏したくない」という思いが心の中でせめぎ合う。ここで、久兵衛という人物の登場となる。おそらく、作者の創造した架空の人物であろうこの男は、新選組の賄い人として登場する。最初は、薩長の間諜(スパイ)だと思っていたが、ラストではあんなことになるなんて。最近、文庫版が発売されたばかりなので、これから読もうと言う方もいると思う。なので、ラストシーンについてまだ書くべきではないとも考えたが、書きたいので書く。なお、実際に読んで確かめたい方は、ここから下を読まないように。↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓土方と同じ格好をするうちに、久兵衛は土方と間違われるようになる。そこで久兵衛は、自分が土方歳三として戦死することを提案。なんと、土方歳三が、土方歳三(久兵衛)の最期を見届け、いまだ薩長や幕府の影響力の及ばない、蝦夷地の北部に向かう、というシーンで、物語は終わる。全ての北方作品を読んだわけではないけど、この終わり方は異色だと思う。北方作品のラストとして、次の3つに分類できる(もちろん例外もあるが)(1)敵勢力のほとんどを撃破する(主人公の勝利)。(2)主人公を含めたほとんどが撃破されてしまう(主人公の敗北。滅びの美学を全うする)。(3)死にたがっていた主人公のみが生き残ってしまう(主人公の勝利or敗北。滅びの美学を全うできない)。では、土方歳三はどうか。史実から見ても、土方歳三は勝利者側ではない。また、生き抜くことを求めているので、始めから「滅びの美学」は存在しない(近藤勇にはあったが)。つまり、北方作品としても異例だし、土方歳三を描いた作品としても異例なのである。ここからは私の推察だが、土方歳三の死に様を誰かの視点で描きたかったのではないか。北方作品は基本的に一人称の主観で展開される。主人公は土方だが、章によっては近藤、山南、榎本の視点になり、それぞれの人物を通して土方について語られる。では、土方のラストシーンについて、誰の視点で書けばよいのか。(1)土方自身の視点で主観的に死を描く。不可能ではないが、ありきたりといった感があり、意図的にそれを避けたのではないか。でも、私は『三国志』での関羽のラストシーンは関羽の主観で良かったし、北方氏の筆力ならダイナミックなラストシーンを描くことができたと思う。(2)ラストシーンは、他の誰かの視点で描く。それだと、適任者がいない。私は、島田魁を準主役級の扱いにして、島田の視点で書くこともできたと思う。島田は、函館戦争以降も生き延び、新選組の生き証人となったので、適任だろう。しかし、本作では島田は重要な役にはいるが、主人公以外に視点を与えられた準主役級までには至っていない。(3)土方歳三の視点で客観的に描く。というのが、本作である。つまり、影武者の死を自分で見届けるということである。影武者の死を土方が見届けることによって、土方の死がもたらした戦場の空気まで書くことができている。では、なぜ影武者を使ったのか。本作の土方は「生き抜く」ことをコンセプトにしている。これは「生への執着」などではなく、「死んでいった者のために生き抜く」といったものである。同時に、蝦夷地新国家の夢に命を懸けている。しかし、蝦夷地新国家が夢に終わるとわかったとき、土方は夢への執着を捨てる行動に出ている。土方には生き抜く目的が無くなってしまった。しかし、土方は自分が戦死したことにして蝦夷地の奥地に消える。ここで、私は『三国志』の馬超を思い出した。北方版の馬超も自分が死んだことにして、山中の集落へと消える。戦さや国家間の闘争にキーパーソンとして生きるよりも、名も無き1人の人間としてひっそりと暮らす道を選んだのだ。そこには厭世的な心情があった。土方も似たような厭世的な感情を持ったのではなかろうか、と私は推察した。同時に、「土方を主人公とした(史実に逆らいつつも結局史実どおりになってしまう)続編が出るのでは」という期待も持っている。
October 7, 2005
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草なぎ剛ナビゲートの番組。OAが9/17と、かなり時間が経ってしまったが、「そういえば、あれについて書いてねぇや」ということで書く。一番おもしろかったのが、高田延彦と神無月が出演した「BUSHIDOクイズ祭り」。プロレスファンは気付いたかもしれないけど、あの中で、神無月扮する武藤敬司(オレンジショートタイツヴァージョン)が、高田延彦(確か足利尊氏役だったと思う)に、足四の字固めをかけているシーンがあった。細かい話をすれば、あれは1995年10月、新日本プロレスの東京ドーム大会のメインイベント、武藤敬司VS高田延彦戦の再現をしていたのだ。あの芸の細かさには感心した。あれから一ヶ月以上の時が経ったからこんな感想が出るのだと思うが、全てに中途半端だったように思う。再現ドラマだって、「いかにもワンコーナー」という態度で作られたと思わざるを得ず、その雑な作りだけが思い出される。解説の先生だって、もっとキャラを立たせれば良かったのではなかろうか。クイズ番組や鑑定番組に模したコーナーだって、どうも印象が薄い。前述した「BUSHIDOクイズ祭り」が、良すぎたせいかもしれない。良すぎたと言っても、単に歴史好きと同時に格闘技好きでもあるから、その両方のツボに入っただけかもしれないが。こういった感想が出るのは、ラストの数分が悪かったせいだろう。明治維新以降の日本の歴史を駆け足で、しかもさも日本が間違った道を歩んでいたかのように紹介されていた。なんか、あの終わり方は、今まで4時間見ていたのが全部無駄になったような気がしてならない。今まで4時間おもしろおかしく学んできた日本の歴史を全否定されたようで気分が悪かった。歴史と言うものは、過去→現在→未来と、連綿とつながっているものであり、どこかの一部分を切り取って、「悪かった」という考え方は好ましくないように思う。仮に一時期、日本が「悪かった」という時期があったとする。それは、ある年月日を境に突然発生するものではなく、その何年も前から予兆のようなものは必ずあるのだ。それが積み重なって、とある事件をきっかけにダムが決壊するように激流となる場合もある。今までくすぶっていたほんの小さな火種が、折からの強風でいきなり燎原の勢いになることもある。今まで「悪」と考えられ来た思想や考え方も、たどってみれば、今でも「善」と思われている人物に源を見つけることもあるだろう。その時に、その「善」と考えられてきた人物をも非難できるかどうか。だから、例えば日清・日露戦争を境に、「日本は間違った方向に進んだ」という考え方は良くないように思う。それらを否定してしまうことは、日本の近代化に尽力した明治の先賢たちをも否定し、時代を変えた明治維新の英雄たちをも否定し、さらに幕末に散っていった志士たちをも無駄な存在にしてしまうようでやりきれない。番組の終わり方に戻るが、その終わり方も日本の暗黒時代ばかり印象に残り、この国の歴史は学べても、誇りは持てないものになった。「日本のこれからの歴史は若い僕たちが作るんだ」というメッセージが欲しかった。実際にそういう匂いのする終わり方では会ったが、それは、若い世代が「これからの歴史の担い手」ではなくて、「穢れた過去の軌道修正役」なのだというマイナスなイメージであったように私には感じられた。
October 6, 2005
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黒龍の柩(上)北方氏が書く土方歳三。いきなり池田屋。それも、あらかた事が済んでいる。「え、もしかして下巻から読んじゃった?」と、何度も表紙や目次を確認。池田屋事件終了直後からのスタートである。だから、あらかた新選組の知識がないとすっと入っていけないような気もする。でも逆に予備知識があるから抵抗を感じるのであって、予備知識が無い人の方が入りやすいかも。山南敬助がハードボイルドでなんか嫌だ。『新選組!』の堺雅人さんのイメージは捨ててしまった方がいい。この本では、山南は土方の分身のように感じる。台詞も、「どっちがどっちの台詞なんだ?」という部分が多い。二人きりで喋っていても、「そうだろう、土方?」とか、「なあ、山南」みたいに定期的に相手の名前を呼ばないと区別がつかない。勝海舟や小栗忠順なんかはちゃんとキャラが出ていて良かった。土方と山南の会話だけだと、「ひょっとして、全キャラこんな感じ?」という危惧を抱かずにはいられなかったが、ほかの登場人物はちゃんと個性が出ていた。だから、土方と同じ口調の山南を「土方の分身」と解釈したのだが。勝海舟なんか、いかにも「勝海舟」だし、小栗忠順も「ああ、こんな感じかも」と納得のいく書かれ方。でも、坂本龍馬の台詞はいただけない。地が出ると土佐訛りになり、真面目な話になると標準語になる。しかも、一人称が「ぼく」。「ぼくは、こう考えているんだ」と話す龍馬。まぁ、実際はこんな感じだったのかもしれないけど、やっぱり龍馬はいつでもどこでも「わしは坂本龍馬ぜよ」といった調子がいい。沖田総司も、まあ、イメージ通りの沖田。でも、薩摩の中村半次郎をライバルにする発想には驚いた。病で死ぬのではなく、自分と同レベルの強者と戦って死にたいと考える沖田。その対象が、ふとしたことで出会い、互いに殺気を放ち合った中村半次郎になる。(ちなみにその斬り合いになりそうな二人の間に割って入ってその場を収めたのが、たまたま半次郎と一緒だった坂本龍馬だった、といういかにも「小説」的なシーン)病が重くなるにつれ、ますます沖田は「半次郎との相打ち」での死に憧れるようになる。伊東甲子太郎が小者扱い。土方や山南もハナから相手にしていない。それだけに伊東が滑稽で哀れに思える。肝心の土方歳三。政治に関心を持ちすぎ。全体的な流れとして、「土方が新選組の将来について悩み考え、いろんな人と触れ合ううちに、蝦夷地での新国家構想を夢見るようになる」というもの。だから、土方に影響を与える勝海舟や小栗忠順なんか頭が良すぎるし、坂本龍馬にいたっては、その考えが突飛で理想的すぎる。ひょっとしたら、作者が「当時の日本はこういう方向に進むべきだった」という考えを龍馬の発想に託して発言しているのかもしれない。これまでの土方は、とにかく新選組一筋であり、隊の運営に命をささげたイメージがあるが、北方版では、隊の運営プラス日本の進むべき姿についても土方は思い悩む。だから、ほかの人物に「教えを乞う」といった感じの場面が多い。そこでは土方は鋭敏な先見性を持ちながらも時代に翻弄される愚か者に見えなくも無い。上巻は、戊辰戦争が勃発して、新選組が江戸に引き揚げてきたところで終わる。上巻のラストでは、近藤と土方の考えがはっきりと分かれてしまう。続きが気になるところだ。実は、『黒龍の柩』を読もうかどうか、ずっと迷っていた時期がある。北方版土方歳三にはすごく興味があった。でも、司馬遼太郎の『燃えよ剣』を読んでしまうと、司馬遼太郎が土方歳三像を強固過ぎるくらいに確立してしまい、土方歳三は『燃えよ剣』と『新選組血風録』だけでいいのではないか、と思わざるを得なくなってしまう。つまり、ほかの作家の書いた土方歳三を読んだとしても、司馬遼太郎との比較に終始して「『燃えよ剣』には敵わない」という評価に至ってしまうだろう、と考えていたのだ。今回の『黒龍の柩』での土方歳三像は、また別のものであることが、実際読んでみてわかった。下巻を読み終わったときは、同時に『燃えよ剣』の感想も書いてみたいと思う。
October 5, 2005
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昭和は遠くになりにけり日本史原論シリーズ第4弾。昭和時代にスポットを当てての紙上漫才。日本史原論シリーズの中では、これが一番おもしろい。それは、ほんの数年とはいえ、自分も昭和を生きたからというのもあるだろう。「阿部定の回」がやはりいい。事件自体も衝撃的でおもしろいのだが。事件が事件だけあって、太田氏の下ネタオンパレード。阿部定と殺された吉蔵が情事を重ねていたという説明のときの太田氏、「俺とお前みたいなもんだな」や、「出会ったころの俺たちみたいだな」というボケがいい。また、年表とともに、爆笑問題の御両人の歴史も付け加えられている。それこそ、「出会ったころの俺たち」の写真もある。田中氏が高校時代、校内のアイドルだった(らしい)ときの写真もある。爆笑問題結成直前に二人で温泉旅行に行ったらしいが、それを知ると、「阿部定の回」の太田のボケもあながち嘘ではないような…(いや、100%太田氏のボケだろうけど)。デビュー直後の宣材写真など、爆笑問題秘蔵写真を見る方がおもしろい一冊だったりする。
October 4, 2005
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爆笑問題の日本史原論(偉人編)日本史原論シリーズ第2弾。このころの日本史原論は、太田氏が説明しながらボケるというパターンがあって好きだ。別な本の時でも書いたが、日本史原論は回を重ねるごとに“田中が説明して太田が無理な喩えでボケる”というパターンが定着してきちゃってる。私は、この本に出てくるような“太田が説明しながらボケを盛り込んで田中が「それはないだろ!」とツッコむ”ほうが好きだ。個人的には「ヤマトタケルの回」がおもしろい。この本で読む限り、ヤマトタケルって酷ぇ人だ。あと、「吉田茂の回」。「バカヤロー解散」にいたる経緯を説明した太田が「吉田茂がキレたね」のあとに、「何だと貴様!もういっぺん言ってみろ(以下略)」と散々罵声を浴びせるボケのあとの田中の「早く『バカヤロー』と言わせてやれよ!」おと突っ込むのがいい。
October 3, 2005
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八木亜希子、テリー伊藤両氏が司会のインタビュー番組の書籍化。爆笑問題・太田氏をゲストに招き、トークを展開する。テリー氏のキャラが穏やかなのが気にかかる。TVのコメンテーターのような「火薬庫」的な空気はなりをひそめ、いち司会者に徹しているところが物足りない。八木さんと三人でトークを展開しているので、時々、テリー氏か八木さんかわからなくなるときがある。内容は太田氏の芸論について。哲学的な領域にまで踏み込んでいる。太田氏も教祖的な雰囲気を持っている。ただ、対象が17歳前後に絞られてしまうが。現在、いろいろな犯罪に手を染めてかけている少年に一筋の光明を与えるような。こう書くと、更生させてくれる救世主のように感じられるが、太田氏の場合は少し違う。「お前、そんなんで自己表現のつもりなの?」という、芸事の師匠的な存在に近い。「自己表現・太田流」の家元にでもなりそうな感じなのである。本人にはそんな気はないかもしれないが……、でも、本を読んでるとそれを狙っているふしもなきにしもあらず。
October 2, 2005
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好きか、嫌いか『週刊プレイボーイ』連載第2弾。今回は、一つのテーマを「好き」か「嫌い」かで判断して、意見を述べる。自身があとがきでも語っているように、最近の「微妙」という判断がずっと気にかかっていたそうで、その曖昧な価値基準に対する「二元論」なのだそうだ。前回のような性関係の話も多いが、時事ネタや日本社会の慣習(花見や月見など)への意見も多い。前回の本でも何回か出てきたが、松本氏は「何で神様はこんなものを作ったんでしょう?(こんなものいらんのに)」といった表現をする。「ああ、松本氏でも神様の存在を信じるんだ」と妙に感心してしまった。まぁ、それが神道かGodかアラーかは別として。別の見方からすると、「神がおつくりになった」と、当たり前のものとして受け止めている存在に対しても疑問を投げかけていることになる。松本氏は教祖的性格を持ち、その存在はかなり危険なものと言っても過言ではない。この本を読んでさらに強く感じた。もっとも、私もその熱狂的な信者の1人なのだが。
October 1, 2005
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