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考えてみれば、大阪府で3つ以上の鉄道路線が通っている市は大阪市、堺市、貝塚市の3市だけです。貝塚市は阪和線、南海本線、水間鉄道が走っていて、堺市を除く泉州エリアでは三路線があるのは貝塚市が唯一です。人口が堺市の10分の1しかないのに、鉄道が三路線も走っているのです。隣接の岸和田市や泉佐野市でも二路線です。これって凄くないですか・・・?この事実って、案外見落とされていますが、貝塚市のほぼ中央に位置する所在地の名越でトランクルームと音楽スタジオを営んでいる弊社にとって大きなメリットをもたらしています。南海本線経由で水間鉄道名越駅から徒歩4分、阪和線和泉橋本駅から徒歩20分と・・・どちらからでも電車で来れるからです。車を持っていないお客さんもいますし、スタジオに沢山来られる高校生なら電車か単車か自転車です。加えて、湾岸高速と阪和道の貝塚インターからどちらからも10分と、車でも便利な場所に「トランクルーム貝塚」と「スタジオ0724」があるのです。これが所在地がもっと海手の南海本線貝塚駅前だと和歌山や河内方面から車で来にくいし、水間駅よりもっと山手だと電車では困難なのです。名越は南北に細長い貝塚市の・・・ちょうど真ん中でヨカッタのです。何でまた、私の先祖が名越だったのか・・・?5,600年前に2つ隣村の三ツ松から一体何故?先祖が名越に移住したのか、理由は定かではありませんが、恐らく千石掘城の戦いで勝った豊臣秀吉側の配慮で三ツ松の本家の左甚五郎(岸上甚五郎左義信)のリスク分散として、千石堀城と高井城の間に位置して合戦の場となった荒れ果てた旧木島村で唯一庄屋のない名越を立て直すために、左甚五郎(岸上本家)の分家として川岸仁左衛門(うちの本家)を作ることを促したのかも知れません。その後岸和田城城主の岡部氏から城の改修や造営で、名越から川岸仁左衛門一族の一派が岸和田城周辺に移り住んだものと考察されます(現在岸和田市野田町や宮本町周辺に川岸性が30軒ほどあり)。以上が私の勝手な推測ですが、以前岸和田の親戚の紹介で岸和田の川岸一族の人から先祖は名越という話や、別の岸和田の川岸さんがルーツ探しに私に会いに来られ(ブログを見て)もっと詳細を調べるために名越のお寺を紹介したことがあり、かなりの確信を持っています。そう考えると、岸和田の川岸さんらは三ツ松の左甚五郎の分家の分家という、左甚五郎一族になるのです。このように左甚五郎は個人の名前ではなく一族の総称で、分家には本家の岸上と区別するために違う名字をつけ、名越には川岸、江戸幕府の要請で日光東照宮を建立した一族には和泉と・・・三ツ松を中心に左甚五郎一族は全国に散らばっていったのです。話はエライ飛びましたが、まぁしかし今後増えるであろう車での来店に備え、2年前から着々と計画していた駐車場用地を昨年隣接地に150坪の土地を購入し、やっと車20台の駐車スペースを確保しました。まぁ名越は電車でも車でも便利・・・というのが実は追い風になっていたのです。正に灯台下暗し。今は車社会と言っても、まだまだ鉄道が便利な世の中です。更に5年後には泉北1号線から延伸される泉州山手線の出入口が名越にできますので、遠方から車で来られる方にとっても近くなり、更なる追い風になります。このように冷静に考えると、トランクルームとスタジオの所在地である貝塚市名越というところは、大手電鉄の駅近ではありませんが、電車でも車でも「どこからでも」来やすい場所だったのです。中途半端と言えば確かにそうかも知れませんが、どこからでも・・・というのがポイントです。先祖代々貝塚に住んでいる貝塚ネイティブの私にとって唯一残念なのは、阪和線と水間線が連結していない(乗り換えができない)事です。歴代の市長や府議会議員が尽力してこなかった結果ですが。これが出来ていたら貝塚市ももっと栄えていたでしょうし、人口も泉佐野と同じくらいの10万人をキープしていたでしょう。今のままだと、人口が8万人を割るのも時間の問題です・・・(汗)。現市長に是非この問題で奮起して欲しいと思いますし、実現できればその偉業が後世に残る事でしょうし、政治家とはそういうモノだと思います。葬儀会館や盆踊り会場を回って、無駄な時間を費やしているヒマはないのです。我々民間の中小企業のオーナー経営者でも、後世に残るとまでは言いませんが、10年先を見つめて企業の生き残りに日夜奮起しているのですから・・・(汗)。市長も我々経営者も「仕事で結果を残す」ことに意義があり、市民からも業界からも見られているのです。平たく言えば、どんな団体の長も「どんな革新的な事をやったか?」という本当の意味での実力を試されているのであって、単なるバトンタッチではそのうちに忘れ去られてしまいます。そういう意味で、長期にわたる任期があってないような我々中小企業のオーナー経営者は、ずっと何かしら革新的なコトをやっていかないと生き残れないのです・・・(汗)。という事で、名越は田舎だからビジネスはダメ・・・というイメージが昔からつきまとっていますが、よくよく考えればビジネスをするに相応しい条件が揃っていたのです。既成概念や世間の常識とは正にこの事で、ビジネスをする上で邪魔だったのです。やはり脳ミソの中を一度空っぽにするくらい、思い切ったことをしない・・・と(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.29
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時代の流れは速く、取り残されたら残酷な結果が待っています。だから多くの企業は「時代の波」に乗ろうと・・・もう必死のパッチなのです。代表的なのが自動車業界で、EVの世界的な流れで地球全体がそっちに行きそうな状況でしたが、実際に売上を伸ばしているのがトヨタを代表とするハイブリットで、EVに傾斜しすぎたヨーロッパの自動車メーカーが苦境に陥り、イーロンマスクに対する不買運動で世界一のEVメーカーのテスラも大幅な利益減に陥り、ホンダとの合併話でゴタゴタした日産も7500億円の赤字に陥り、一体誰が先導したのかわかりませんがEVに世界が翻弄され、もう何が何だかさっぱりワカリマセン。冷静に考えれば車を所有しても10%しか乗らず(稼働率10%)、残り90%の時間は乗らずに駐車場に放置されている(ほとんど展示状態?)・・・と保険代や燃料代も考えたらイニシャルコストもランニングコストも掛かる非常に勿体ない贅沢品なのに、見栄を張りたい人は自動車メーカーや広告代理店が喜ぶような高級車に競って群がっているのが業界のカラクリです。そんな今の世の中、コンビニなどの物販の店舗ビジネスでは無人化が急速に進みつつあります。人件費が経営に重くのしかかり、それに関連する労務コストもバカにならないからです。なので、無人化によって人を雇わないことのメリットは計り知れないのです。ポイントは各業界や規模や業態によって如何にどこまで無人化を導入できるか?・・・に懸かっています。弊社は19年前までの織物業時代は、工場を年355日24時間エンドレス稼働(月産20万m)させるのに10人も雇っていて大変苦労しました。また一方で仕事はあるけど従業員が集まらず人手不足倒産というのがあり、要は人件費の問題で、昭和2,30年代のような人件費が安ければ無人化の必要はありませんし、時給が2倍になればワンサカ応募してきて人手不足というのはありませんが、それができないので皆さん困っているのです。昨年秋にウインドサーフィンをするために沖縄国際通りのビジネスホテルに2週間滞在しましたが、ホテルのベッドメイキングや掃除やウエイトレスや厨房、コンビニの店員さんの殆どはネパール人で、カウンターの受付までもが殆ど外国人でビックリしましたが、地元の人に聞くと沖縄の若者はそういうところでは働きたくないそうです。まぁ要は人の問題です。これを解決するには、人を雇わず自分一人でビジネスをやればイイのです。ビジネスを広げようとするから人を雇わなければならないのですが、それを一人でもできるようにDX化や最新テクノロジーを使えばいいのです。非常に単純です。もちろんDX化もテクノロジー駆使も自分できなければ、やらなければイイだけの話で、それを業者に任せようとするから足元をすくわれるのです。普通に考えれば当たり前の話で、誰も他人なんかのために儲けさせてくれません。弊社は私が宅建士(国家資格)で不動産仲介業も兼ねていますが、その好例が業者主導の賃貸マンション経営で、高額な設備投資ですが不動産に関して素人の地主の多くが失敗に終わっているのが現実で、同業のプロの不動産業者が競売で安く落として上手に経営している例が沢山あります。まぁしかし弊社「トランクルーム貝塚」は管理人が駐在する業界的には非常に珍しい屋内型トランクルームで、これが19年も経営を続けられてきた秘密であり差別化戦略だったのです。管理人がいて屋内型というトランクルームというのは、おそらくトランクルーム業界全体の5%以下でしょう。平たく言えば、誰もマネのできない希少価値で生き残ってきたのです。まぁ管理人といってもスタッフを雇わず私と娘ですが、お客さんが来られても殆ど会わないので「いらっしゃいませ」とも何も言えません。たまに会えば、もちろん言いますが。まぁ一般的な店舗ビジネスでの「おもてなし」・・・なんて言うのは一切ないのです。事前に通知したオートロックの4桁の暗証番号で解錠し、勝手に入って用事が終われば勝手に帰るだけです。いわゆるセルフ方式(サービス)で、業者を排除した自社オリジナルのエンドユーザー直の経営スタイルで、人件費を大幅に圧縮できます。2棟4フロア171室に死角のない防犯WEBカメラ19台で遠隔監視し、これで経営しています。わざわざスタッフを雇ってまで経営するほどトランクルームや音楽スタジオの経営は甘くはありません。人を雇わない経営スタイルで生き残りを賭けているのです。これって、今の時代に合ったビジネススタイルですが、トランクルームでは19年前のオープン当初から、音楽スタジオは9年前のオープン当初からやっているのです。先見の明なんておこがましいですが、単に織物時代からの反省で「人を雇わない」という私のポリシーからだったのです。織物時代は年355日24時間エンドレス操業で月産20万mも生産していましたが、本当は15人くらいの従業員がいるところを10人で回すために、人件費を少しでも削るために私が早朝から夜まで現場に張り付いてマルチプレイヤーとして5人分くらいの仕事をしていたのです。しかしこんな事をやっていると身体を壊すと、トランクルームに転業したら労務でも苦労したくないと、誰も雇わず自分1人で出来ることに徹したのです。織物時代に夜10時から朝の5時まで働いていた深夜従業員が連絡もなしに休めば、私が早朝から働いていたにも拘らず、その従業員の代わりに朝まで機織りをして・・・早朝4時ころに気が付いたら、ガチャガチャうるさい工場内の織機音にも拘らず睡魔との戦いに敗れて?無意識のうちにフロアに段ボールを敷いて寝ていたなんて事が多々ありました(涙)。寝ぼけて経糸切れで筬の通し間違いなんかしたら一巻の終わりで、知らずに10時間も織れば(100m織れば)、高級品や特殊糸使いだと何十万円の損害という恐ろしい商売だったのです・・・(汗)。終戦直後の昭和20年代は織屋は「ガチャマン時代」と言われてボロ儲けしたようですが、今は一歩間違えれば「ガチャ損」の時代です・・・(汗)。まぁ今考えると零細企業のオーナー経営者の責任として「何があっても絶対工場を止めない」という確固たる信念と使命感があり、私はまだ3,40代でしたからそんなことが出来ましたが、19年前に廃業せずにあのまま織物業を続けていたら・・・今頃は体調を崩して死んでいたかも知れません(汗)。それほど織物時代は過酷な肉体労働だったのです。もうそんな事とは縁を切りたい、したくない・・・という切なる願いから、今の80歳まで楽勝の肉体的にも精神的にもラクなトランクルームやスタジオ事業で従業員を一切雇っていませんし、今後も事業が広がっても雇う気は一切ありません。という事で、零細企業のオーナー経営者として文字通り24時間「どうしたらビジネスをずっと継続できるか?」と常に考え、夢でも計算している私ですが・・・不思議にノイローゼになりません。何故か・・・?それはミュージシャン(アーティスト)のように、好きな事を自由にビジネスに転嫁している(音楽スタジオ)からです。好きな事は誰でもできますが、それをお金儲けに繋げて継続させることが中々難しいのです・・・(汗)。よく業績悪化で最後の閉店で客が殺到するようなニュースを見ますが、何で普段からその店に行ってあげないのかと不思議に思いますが、客なんて店の経営状態なんか別にどうでもイイというのを端的に表す現象で・・・プライドと自信を持って無借金経営を貫いている私にとって、そんなカッコ悪い事は死んでもしたくありません(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.27
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先日大阪城ホールに昔から大ファンのアメリカのファンクバンド「Earth, Wind & Fire」のライブに行ってきました。1970代のディスコ全盛時代に一世を風靡した知る人ぞ知る世界的に超有名なファンクバンドです。実際にはファンクバンドというカテゴリーにとても括れないほど、R&B、ソウル、ジャズなどの音楽も入ったディスコサウンド(ダンスミュージック)をメインにしています。結婚前はウインドサーフィンのビーチに行く車の中で当時付き合っていた妻とノリノリのアースのカセットを聴いて、よくボルテージを上げていたものです・・・(笑)。前座はこれまたディスコで大ヒット連発のファンクバンド「Chic」です。両バンドもオリジナルメンバーは少ないですが、当時のヒット連発で会場は最初からスタンディングでメチャメチャ盛り上がり、踊り狂いすぎて汗が噴き出ました・・・(笑)。会場はジイサン&バアサンのディスコ状態です・・・(笑)。もうホンマ、最高でした・・・生きていてヨカッタです(涙)。大阪城ホールは日本で日本武道館に次ぐ収容人数で16000人も入るそうですが、満員でしたので日本でまだまだ大人気を誇っている証拠でしょう。やはりお客さんは60代が中心なのかオシッコが近いので、トイレの長蛇の列には驚きました・・・(笑)。いつものように開演前のファントークを隣の女性や前の女性らと大いに盛り上がりましたが、ライブが始まると直ぐにみんな立ち上がって踊りましたが、もう完全に女性の方が元気に踊ってますねェ・・・(汗)。まぁ同じアーティストが好き・・・という一点だけで話が盛りがるのです。大阪城ホールは1987年にシカゴのコンサートから実に38年ぶりですが、当時の記憶はピーター・セテラが「Stat the Night」を歌っていたのを覚えているだけです。2人の娘がまだ小さかったので、妻の実家に預けて夫婦で急ぎ足で見に行き、帰りもユックリできずそそくさと帰りました。やはり30代は仕事も子育ても必死だったんですねェ・・・68歳の今になって、やっとユックリ趣味のライブをジックリ楽しめる・・・幸せをかみしめています(涙)。ホンと、音楽が趣味で良かったです。5月以降もライブにガンガン行きまくりますよ~(笑)。まぁしかしオリジナルメンバーのベースのヴァーダイン・ホワイトが病気療養中とのことで今回出演を見合わせチョッと残念ですが、ボーカルの74歳のフィリップ・ベイリーのファルセットボイスがまだまだ健在なので安心しました。ギターやドラムの70代は結構多いですが、昔とそれほど変わらないキーのボーカルで70代は少ないと思います。次回の来日にも必ず行こうと思います・・・自分も元気であれば(汗)。Chicのナイル・ロジャースもまだまだ健在で、新規加入のボーカル女性の歌唱力には驚きました。「I Want Your Love」の間奏でシンセサイザーに頼らずダブルタンギングのテクニックが上手くて一人頑張っていたトランぺッターが、元トランぺッターの私としては気になりました。高1の部活でかなり練習しましたが、なかなか長く出来なかった・・・苦い思い出があります(涙)。シカゴもそうですが今回のアースやシックも、やはりホーンセクションの入ったバンドというのはライブ映えし、観衆を大いに盛り上げます。とにかく1970年代にディスコ通いした我々60代70代にとって、アースとシックは青春のシンボルであり、今回こんな感動したのも青春の汗を流したお陰です・・・(涙)。音楽は人をいつまでも感動させますので、若い頃は勉強も大事ですが人生をロングスパンで考えると遊ぶのも大事なのです。人生で若い時と年とってからの「二度オイシイ思い」ができるのも・・・音楽サマサマです。いわゆる回顧ビジネスにハマっている訳ですが・・・(汗)。道具が40年間で格段に進歩して乗り易くスピードが出るようになったウインドサーフィンも、周りのウインド仲間の多くが60代というのがそれを証明しています・・・(笑)。22歳の時に木製ブームだったウインドサーファー艇から始め、当時の泉南フリート(愛好団体)の最年長が34歳だったので、「ナンとオジイさんもやっているのか!」と驚いたものですが、私も含め「その2倍の年齢」の文字通りオジイチャンたちが今でもヤッテいるのです・・・(笑)。まぁそんな音楽を楽しみながら、ビジネス(音楽スタジオ)にしている自分は幸せです・・・(涙)。とにかく音楽はサイコー・・・人生に潤いを与えてくれます。という事で、今回はステージから真正面の30mくらいのゴールド席だったのですが、肉眼でもアーティストが見えにくかったのですが、会場全体の盛り上がりがスゴイので、これはこれで大きなハコの魅力です。収容人数が300人のビルボードライブ大阪のような小さなハコは、アーティストに近いのが何と言っても魅力で、私はこっちの方が好きですねェ・・・やはりカブリツキのライブに勝るものはありませんから。行きは難波から心斎橋まで歩き、開演前はホール付近をウロウロし、踊りまくったので知らぬ間に2万歩を超えていました。記念Tシャツをもちろん買い、早速着て喜んでいます・・・(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.25
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弊社「トランクルーム貝塚」本館1階で展開しているテレワーク室&レンタル自習室の「テレワーク&スタディ貝塚」ですが、キー付きの完全個室なのでプライベートが完全に保たれます。同じレンタル自習室で個室と謳っているところがありますが、よく見るとカーテンで仕切っただけとかで、隣の人の咳払いや気配を感じてしまいますので、弊社のような「分厚い壁」で仕切ったキー付きドアのついた「完全個室」とは全然モノが違うのです。ココです・・・ポイントは。コロナ期間中は結構利用される方は多かったのですが、最近は減りましたが数は少ないですが、まだまだ根強いに需要があります。ここがポイントで、爆発的に流行れば大手が参入してきますが、チョロッとしかないマーケットには大手は見向きもしませんので零細企業の独断場です・・・(笑)。そんなニッチマーケットだけを狙うのは、我々零細企業の基本戦略ですから。まぁしかし坪単価や坪効率を重視するのはオフィスビルや小売業などの店舗ビジネスの基本で、坪効率は店舗の生産性を測るうえで重要となる指標です。その「坪単価」ですが、実は弊社「テレワーク&スタディ貝塚」は東京都港区の店舗(ビル、事務所、コワーキングスペースなどの事業用賃貸不動産)と同じ坪単価で貸しているのです。名越と東京港区が同じ・・・なんて誰も想像しないと思いますが、土地の値段(地価)が名越の30倍の港区と同じレンタルビジネスなのに、用途や方向性が少し違うだけで収益(坪単価)が同じなのです。発想の転換で、収益性がグンとアップするのです。商売のオモシロいのが正にココで、「名越(田舎)だからダメ・・・」という既成概念や常識を打ち破るのがポイントなのです。何もハナから田舎でビジネスなんて・・・と諦める必要は決してないのです。弊社がその見本で、祖父の代から織物業を57年間やってきましたが、19年前に2棟の織物工場をトランクルームに改造コンバージョンして転業し、その中にレンタル自習室を9室作っただけですが、その織物工場(現トランクルーム)は160年前の江戸時代末期に2軒隣の本家から曽祖父が分家した場所で私の本籍地でもあり、水間の三重塔を建立した宮大工でもあった本家(三ツ松の左甚五郎の分家でもあった)からカウントするともう5,600年もずっと名越でビジネスをやっている計算になります。先祖代々5,600年も名越から一歩も動いていない・・・とハワイのロングステイで友達になった祖父の代にドイツから移住したカナダ人に言うと(カナダは移民大国)、目を白黒させて驚いていました(笑)。この辺が農耕民族である日本人(島国)と狩猟民族である欧米人(大陸)との違いで、食べ物の違い(魚&米と肉)でココまで住居に対する考え方が違うんだよと・・・私の拙い英語で必死に説明するとナントか解ってくれました(汗)。まぁしかし、自分の思い描いたビジネスの構想を実現させるために、そういった障害を無視する・・・とでも言うのでしょうか。ならば一体何をしたらイイのか?・・・なんて教科書にもネットにも載っていませんし、まさか他人がそんな甘い話を教えてくれるはずは200%あり得ませんので、結局自分で考えるしかないのですが、そこは自分の経営能力と勘に頼るしかありません。とにかく日頃から、人と違う考え方と行動をするのがオーナー経営者として必須で、一歩間違えれば変人?に映るかもしれませんが、それをモロともせず前進する勇気も必要なのです・・・(汗)。要は「勇気」があるかないか?・・・という、その人の持っている経営者としての素質や人間の本質が問われるのです。起業や会社経営なんて一見難しそうですが、経営を父親からバトンタッチされて28年・・・社長業を長年すれば、イロンナ事が見えてきてそれなりのノウハウが積み上げられますので、当初の恐怖心がだんだん和らぎ、今では楽しみになってきました・・・(笑)。大会社の2,3年でコロコロ変わるサラリーマン社長は目の前に業績に必死ですが、何十年も全責任を背負っている我々零細企業のオーナー経営者なんて・・・そんなモノです。仕事を楽しみに変える術(ノウハウ)がなければ、1年ともちませんから・・・(汗)。ウインドサーフィンと空手とドラムとだんじり大太鼓で学んだ「脱力」・・・です。受験科目以外に学んだ「遊び的なコト」が社会人になってから、大変役に立っているのです・・・(笑)。まぁ弊社「トランクルーム貝塚」の別館で展開している「スタジオ0724」も、インバウンド向けの「和太鼓体験」で通常の日本人向けの和太鼓レッスンの「5倍の料金(1人1時間15000円)」を設定しているのも円安だからで、「円安だから3000円より少し高くして4000円にしようか」という国内しか見ていない発想から抜け出さなくてはなりません。国内だけを見るのではなく、自分がこれまでハワイへ海外旅行に行った時を想定して「今はコロナ前の円高の3倍は掛かるなぁ~」と・・・「ならば5倍の値段にしよう!」と思い切って頭をパーンと切り替えれて15000円にしたのです。自分の頭をパーンと張って目を覚ますのです。とにかく値段を決めるときに、インバウンドの潜在需要があれば円相場も考えるのが当たり前です。織物時代のように1mの織工賃を取引商社に対して「80円から82円に上げてください」と必死の思いで訴えかけていた値段交渉とは根本的に違いますし、脳ミソを入れ替えるくらいの発想の転換が必要だったのです。という事で、コロナ前の8年前からトランクルームの空室対策として始めたテレワーク室ですが、なんせ本業のトランクルームが2棟で171室もあるものですから、これを1室でも埋めるための必死のパッチの施策だったのです・・・(汗)。 「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.23
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トランクルームが都会型ビジネスというのは、大阪市や堺市といった都会には居住空間が限られるマンションが多く、そのマンションの家賃も高く、住居自体が狭くなっているという最近の傾向が「できるだけ安いところに住んで必要なものだけ置いて、あとはトランクルームに置いておこうと」というユーザー心理からです。特に東京23区でも千代田区、港区、中央区のワンルームマンションの家賃相場が15万円という(大阪市中央区7.6万円、堺市5万円、貝塚市で3万円)、大阪では考えられない月額賃料なので東京ではトランクルームを利用するのが一般的なのです。1人用のワンルームでこれですから、家族用の3LDKだとこの3区だけで40~60万円/月も掛かるとは・・・(驚)。南大阪のローカルシティに住んでいる私にとって信じられない事ですが、それを逆手にとって業者として宅建免許も持っていますし私自身も1人で不動産契約を締結できる宅建士なので、普段はネットと電話でやり取りをして月に1回でも東京に出張して1本でも仲介すれば(両手で100万円)、もっと効率の良いビジネスになるでしょう・・・(笑)。昔から日本も含めた世界中で給与の高いところで稼いで生活コストの安いところ住むというスタイルは外国人出稼ぎ労働者に多く何も珍しい事ではなく、それを「東京と大阪の格差」を利用して国内でやろう・・・とするなら「不動産業者免許と宅建士資格」さえあれば1人でも出来るのです。東京にわざわざ事務所を構える必要もなく、関空も近いですし日帰りで飛行機代に往復2万円くらい掛かるだけで、これはオイシイ商売かと・・・(笑)。宅建業者としての免許と自分が宅建士であればここまで将来の可能性がグンと広がり、東京には富裕層の外国人がマンションを借りるケースが増えていますので、ソコは関西外大卒の私のショボい英語力の出番か・・・(笑)。私の知る限り、大阪の不動産業界で英語の喋れる宅建士なんて聞いたことがないので。世の中にはペラペラと英語を喋れる人も多いですし英検1級なんて超難関資格を持っても英語だけでメシを食うのは難しいですが、下手な英語力でも宅建士資格があればそんなニッチなビジネスも成立させる事ができるのです。中途半端な二刀流?でもお金が稼げるのであって、要は「深さ」は別にして守備範囲が広いと可能性が広がるのです。5教科の国立理系型の受験勉強をすればどこの大学でも合格する可能性がありますが、数学を勉強せずに英国社の3教科しか勉強していなければ偏差値の高い一流私立文系大学に合格できますが三流の私立理系大学すら合格できないのと同じ理屈です。まぁこういった理由で、人口が多くマンションが乱立している都会にトランクルーム需要が生まれるのです。弊社「トランクルーム貝塚」がある貝塚市山手地区はマンションが少ない古民家集落を中心とした元々農村地帯だったローカルエリアでは、地元での需要はあまり期待できません。なので、約半分が大阪市内や堺からのお客さんで、弊社のトランクルームビジネスが成り立っているのです。しかし、なんで30分から1時間もかかる大阪市内や堺から・・・?それはトランクルームユーザーは年平均2,3回しか利用しないからです。平たく言えば、約半分は解約するまで何年間も一度もトランクルームに来ないのです。入れっぱなし・・・という状況です。なので、安くて安全(有人管理&屋内型)であれば、多少離れていても断然お得・・・となる訳です。これが弊社の商圏が広がった理由です。加えて、泉北1号線から延伸され5年後には完成予定の泉州山手線の出入口が名越にできることによって、堺からこちらに来るのが便利になるのが弊社にとって追い風です。トランクルームというビジネスを続けていると、都会型ビジネスであるにも関わらず地元ローカルでの需要があるのを発見しました。それは自宅の建て替えやリフォーム、離婚や別居の荷物保管、施設に入居した親の荷物保管といった想定外の需要でした。何でも「やってみなければワカラナイ(インターネットでは載っていない情報)」というのはこういう事で、19年前はまだ同業他社がWEBサイトに力を入れていなかった頃でしたので、私が発見してそれをブログ上で配信して更なる新規需要を開拓したのです。オモシロいというのはこの事で、潜在需要の開拓なんて、こうやって足元を見つめてボチボチ探る事なんだと気づきました。同業他社がネット集客をバンバンやっている今頃WEBサイトをスタートしてもすでに遅しですが、当時のトランクルーム業界は私にとって正にブルーオーシャンだったのです。先行者利益・・・というヤツです。まぁ20年間の織物時代はサラリーマン時代に培った営業力で大阪船場を駆けずり回って月産20万mの注文を取っていましたが、しょせん商社からの下請け仕事(委託生産、賃織り)で末端でどういう形で売られているのか全く知りませんでしたが、全く畑違いの自分でエンドユーザーを見つけなくてはならないトランクルームに転業してからは、こういった手探りの試行錯誤で客を見つけている事で仕事に対する生き甲斐を初めて感じました・・・(涙)。サラリーマンも織物時代の経験も、すべて今日に至るまで役に立っているのです。19年前の「40代最後の49歳」で思い切って転業したことが、たまたまインターネットという時代の大きな波に乗って、働き方も足で駆けずり回って注文を取って工場を動かす肉体労働中心のスタイルから頭を使ったITスタイルに上手く転換できたことが今日に至った要因で、今後10年はこのスタイルを維持できそうで・・・上手くいけば「あと22年」90歳まで楽しくラクに働けそうです。代表を娘に譲ってもあと22年も働けるなら、ロングスパンで事業計画を練れるところがファミリービジネスの最大のメリットです。やはり年齢によって働き方を思い切って変えることが、現役で働ける延命に繋がるのです。という事で、19年前に弊社「トランクルーム貝塚」がオープンした当初は地元では「トランクルームって何?」「一体なにを始めたんや?」という奇異の目で見られましたが、今では貝塚市を含めた近隣の市に競合他社が沢山できるようになりましたが全く心配していません。それは殆どが地主自ら運営する弊社(有人管理&屋内型)と真逆の、管理人が誰もいない無人の屋外型コンテナだからです。しかも殆どが業者に任せたチェーン店なので賃料が高く、弊社のように地主自ら運営管理するトランクルームは業者が入っていない分安いのは当たり前です。そりゃそうで、賃貸マンションと同じように企画や運営管理を任された業者も儲けなくてはなりませんから、賃貸マンションやコンテナチェーンは業者と地主(大家)は利益相反構造ですから、業者主導型ビジネスである限り地主が儲けるのは難しいカラクリなのです。平たく言えば、入居者から受け取る家賃を二者(業者と地主)で分け合っている訳ですから、地主が受け取る分が減るのは当たり前で、問題は業者からハシゴを外されたら業者におんぶにだっこだった地主は1人では何もできない・・・という窮地に陥る事です。まぁ四季報の業者の好業績を見れば一目瞭然です。弊社のような入居者の家賃が100%丸々入る業者が入っていない「エンドユーザー直」スタイルとは根本的に違うのです。泉州エリアのトランクルームの90%は業者任せの屋外型コンテナで、弊社「トランクルーム貝塚」のような地主自ら経営の有人管理でしかも屋内型は5%以下という条件的に絶対有利で、しかも賃料が容積比で日本最安値・・・しばらくは優位が続くと思いますが、その先は何があるか?ワカリマセン(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.21
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毎朝15分ストレッチをもう30数年続けていますが、これが年の割に元気な要因だと思います。ストレッチをやり始めた当初「将来きっと役に立つはずだ・・・」と思ったのを思い出しますが、まさかプログラム内容を試行錯誤で少しづつ変えながら30数年も続いた・・・なんて自分でも信じられません(汗)。そして2ヶ月前からストレッチの中でスクワット30回と拳立伏せ20回やっていたのですが、それをそれぞれ50回と30回に増やしプロテインを牛乳250ccに混ぜて飲んでます。それが功を奏したのか、いつも仕事帰りはクロスバイクで森団地経由でわざわざ遠回りをして身体を少しでも鍛えようと、これまで上り坂道を8つある1番軽いギアで漕いでいたのですが、それが3番目に軽いギアでも楽に坂を上れるようになり驚いてます。下半身が強化され筋力がついたのです。たった2か月のスクワット50回とプロテインだけで。わざわざジムに行ったり筋トレマシンを買わなくても、68歳でもその気になれば簡単にチョッとした肉体改造ができるのです。1年5か月前から始めたダイエット(お菓子とアイスクリームを止めただけ)で最大体重より8㎏痩せたのをキープしていたり、日常的に普段から片足に1㎏のもう3代目になるアンクルウエイト(錘)を着けているのもペダルが軽くなった要因でしょう・・・またストレッチの中で四つん這いになって両手両足を交互に水平に上げるヨガのポーズもあるのですが、片足を交互に水平に上げるのも劇的に楽になったのもダイエットとスクワットとプロテインの効果でしょう。こういった小さな努力の結果が目に目る形で少しでも現れたら、自信もつきますし何より嬉しいです。人生って、コレの積み重ねで、努力したもん勝ちです。まぁこういった一連の体力強化やダイエットの先には「ウインドサーフィンを目一杯楽しむ」という目標があり、長かった妻の介護が終わりましたので、これまで46年間ずっとやってきたウインドサーフィンを今年から本格的に再開するために、こういった体力作りで着々と準備を進めていたのです。あくまでもスクワットもプロテインもダイエットも、実はウインドサーフィンを快適に遊ぶための手段で、単に坂道が楽になって喜んでいる訳ではないのです。遊びを追求するのも努力・・・が要ります(汗)。秋にはまたクラブメッド石垣島で2週間と来年冬は11日間のウインドサーフィン旅行(特訓?)もありますから。普通の腕立て伏せではなくわざわざ「拳立て伏せ30回」をしているのは単に腕を鍛えているのではなく、手首強化で空手のパンチ力と、手の幅を変えてだんじりの大太鼓を叩くための大胸筋と上腕三頭筋、小太鼓を叩くための三角筋と上腕二頭筋を鍛えているのです。和太鼓の打面の違いによって(水平か垂直か)主に使う筋肉の違いが分かったのも、大太鼓と小太鼓の両方を叩いているからで、片方だけだと気づきません。まぁ広角的な思考法を身につけるにはイロイロやった方がイイという一例で、ギタリストがよく弊社「スタジオ0724」にドラム練習に来られるというのは、ギターは自宅でも練習できますがドラム練習だけは泉州で練習できるところは本当に限られるからで、スタジオにとってもギタリストにとってもイイ傾向です。こういった運動を長年続けてきたお陰で、だんじり鳴り物を68歳になった今でも、10代や20代の青年団と同じように叩ける自信がありますよ・・・(笑)。前梃子や大工方は一度引退すれば二度と復帰できませんが、大太鼓や小太鼓は訓練させすれば68歳の今でも現役復帰が可能なのです。更に言えば、BGMの好きな音楽に合わせて50回以上数をこなすスクワットや腹筋運動や足上げ運動は、ドラムやだんじり鳴り物のリズム感を養っているのです。曲によって早くなったり遅くなったり、苦手な浄土宗の木魚のような「ウラ拍」をしたり・・・工夫次第で筋トレでリズム練習するのも楽しくなります(笑)。筋トレをドラム練習に少しでも結びつけよう・・・なんていう発想は私くらいか(笑)。まぁなるべく無理のないように自然にやっていますし、行動に無駄があっては目標を達成できませんから・・・(汗)。まぁ仕事でも勉強でも遊びでも、目標のために日々努力・・・これですわ。やはり人間、目標がある・・・というのは強いです。とにかくウインドサーフィンにフォーカスを当て、その目標に向かって日常的に身体を鍛えるルーティンの中で、副産物としてドラムや空手の鳴り物の練習にも繋がっているのですが、これが無意識のうちにアンチエイジングになっているかも・・・?まぁいずれにしても、今のスクワット50回と拳立て伏せ30回の回数を増やそうと思いますが、ストレッチ15分の中で色んなプログラムがあり、一気に増やすと挫折のリスクがありますので、最終的には何年か後にはストレッチを20分に伸ばしてスクワット100回拳立て伏せ50回に増やしたいと思いますが、30数年積み上げてきた練りに練ったプログラムですので・・・慎重に検討したいと思います(汗)。という事で、28年前の正に私が厄年の41歳の時に社長だった父親の心筋梗塞の急死で急遽社長を引き継ぐようになったのですが、無理が祟ったため体調を崩してしまい、腰痛でベッドから起きられなくなり、支払日に小切手を切るのに激痛に耐えながら寝ながら切ったときに「これじゃダメだ・・・」と自分の健康管理に本気で取り組み、ストレッチに加えジムに通うようになったのです。今から考えると、弱冠41歳で孤立無援の社長交代・・・当時の私の心境と努力を考えると涙が出てきます。孤立無援どころから、親父が死んだからと言って、仕事やプライベートで窮地に陥っている私の足を引っ張る人間が何人も出てきました。まぁ人間模様の汚さを垣間見た感じです・・・(驚)。しかし私は決して屈することなく、そしてあの時のガンバリがあったからこそ・・・今があるのだと(汗)。こんな経験をしたお陰で怖いモンなしになり、その8年後に織物業を完全廃業してトランクルームに転業でき、1年半の他社の織物工場での機織りに耐え、その間に取った宅建士で不動産屋も兼業し・・・その後音楽スタジオ、レンタル自習室、卓球場と次々と起業できたのでしょう。艱難汝を玉にす・・・ではないですが、41歳の時の父親の急死と昨年妻をがんで亡くしても何とか乗り越えてきた事で人間的にだいぶ図太くなったようで、100歳まで元気に生きるという目標のために、85歳まであと16年はマーブルビーチや沖縄でウインドサーフィンを楽しみたいと思います。人間とは不思議なもので、それだけ遊びを追求すれば「遊んでばかりいられない・・・仕事もがんばろ」という心理になって、遊びと仕事の両輪が上手く回るはずです。そして、そのコナミスポーツで空手をアレンジしたボディコンバット(格闘技系エクササイズ)にハマり・・・その流れで30数年ぶりの空手の再開に至り・・・今「スタジオ0724」では週1回ボランティア空手を主宰するようになったのです。人生って、ホンマわかりませんが、スティーブ・ジョブズの言うように、若い頃からやってきたダンジリ鳴り物、ドラム、空手、ウインドサーフィン・・・と人生って結局、ずっと繋がっているのだと感じます。68歳の今もヤッテいる・・・という事は、本当に好きなんだという事で、多感な若い頃のフィーリングがある意味正しかったという事になり、若い頃のアレコレしたいという欲望を抑えるのはよくないという事です。特に私の場合は趣味が高じて、弊社「トランクルーム貝塚」の別館1階内で9年前にリハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」を起業し、オーナーでありながらスタジオでドラムと鳴り物と空手の練習・・・という自由でクレイジーな人生を楽しんでいます・・・(笑)。とにかくトランクルーム2棟で171室もありますので、空室対策としても「何としても1室でも埋めて、固定資産税を払わねば・・・」という必死の思いもあり、スタジオ以外にもレンタル自習室や卓球場を館内で始めたのです・・・(汗)。普通の仕事一筋のサラリーマンは60代で定年退職して会社と完全に縁が切れたら交遊(人間)関係が殆ど消えてしまいますが、私の場合は60歳超えてからでも新しく、ハワイでのロングステイでカナダやアメリカの友達ができて毎日昼はビーチで夜な夜なライブハウスで遊び倒したり、沖縄国際通りのあちこちのジャズのライブハウスで常連?となってドラムを叩いて楽しんだり、クラブメッド石垣島でウインドサーフィン仲間ができたのも・・・決してお金では買えません。これまでどんな時も人生を楽しんできたお陰で、遊んだもん勝ち・・・か(笑)。まぁ考えてみたら当たり前の話で、60歳以降は良くも悪くも人生の集大成で、これまでどんな生き方をしてきたか(積み重ねてきたか)?・・・という結果で、天と地ほどの恐ろしい格差がついてしまうのです。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.19
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先日娘3ファミリー総勢13人で、車で伊勢志摩に旅行に行ってきました。今回もハンドルを握らず、車に乗せてもらったので楽ちんです。もうこれからのファミリー旅行では、自らハンドルを握ることはないでしょう。こういう時は5人しか乗れない乗用車より、6,7人乗りのミニバンが便利です。私自身も子供らが小さかった頃は大人数乗れるミニバンを乗り継いできて、今も7人乗りのミニバンに乗っていますが、孫らが乗ったりウインドサーフィンの道具を積むのを前提にしているからです。まぁ行き帰りの車中での孫との会話はオモシロいです。世代間を意識したのはこの会話で、もう小中学生が聴いている音楽の99%は知りません。私が音楽スタジオを経営しているのは理解しているので、音楽の事なら何でも知っている・・・と思っていたようですが、今世間一般で流行っている曲はチンプンカンプンです。メインに聴いているのは、やはり1970~1990年代の若い頃に聴き倒した当時大流行した洋楽ロックやブラックミュージックやフュージョンですが、これだけでも膨大な曲があり、死ぬまで聴き倒してもまだまだ時間が足らないのです。それ以外にも派生的に、ラテンフュージョン、ジャズ、ボサノバ、Jポップ、フォークソング、歌謡曲、クラシック、ヘビメタ&ハードロック、ディスコ・・・と1日中リビング、風呂、事務所、車・・・どこにいてもずっとspotifyを聴いています(笑)。中高生の頃はLPレコード1枚2000円もしたので本当に好きなバンドのアルバムしか買えませんでしたが、今は音楽サブスクで1か月たった1000円で何万曲も聴き放題なんて・・・もう夢の世界です(涙)。インターネットによって音楽を聴く裾野がグンと広がったことが、高校大学の軽音部でバンドをやる若者が増え・・・その追い風を弊社のようなリハーサルスタジオも受けているのです。更に昔から世界的に有名な日本の楽器メーカー(ヤマハ、河合楽器、カシオ、ローランド、コルグ、パール、TAMAなど)が充実していた事も、日本でバンドをやり易い環境にあったのも見逃せません。好きな音楽を自律神経に合わせて朝から晩まで1日中ずっと聴いている・・・これがストレスが溜まりにくく元気に生きていける源です。今流行りの曲の中で昔の楽曲の影響を受けている曲以外は、残念ながら耳に入ってきません。人間の身体って、そんなモノです。それでも68歳のジイサンにとって、ストライクゾーンはメチャメチャ広いと思いますよ・・・(笑)。「今の若い子や世の中で大流行している曲は全く知らんけど、スタジオ経営をやっているんやで・・・」というと、不思議な顔をしていました。音楽は好きやけど、すべての世代の曲を知る必要はないし、大事なのは経営センスやで・・・と本当に理解するまでは、まだ数年は掛かるでしょう。それでイイのです。子供はボチボチ育っていって、ボチボチ色んなコトを経験して世の中というものをワカってくるのです。初日は志摩スペイン村で1日中遊びましたが、晴天に恵まれラッキーでした。程よい大きさでお客さんもそれほど多くなく、最高の休日でした。泊ったのは民宿でしたが、これまた夕食は豪華でエビなんかはまだ動いているほど生きのイイ海鮮料理で、これまで旅行で食べた中で最高に美味しかったですし、大浴場も半露天風呂もあり・・・また泊まりたいと思いました。やっぱり宿は1にも2にも料理です。料理が不味ければ、温泉が良くても二度と行きたくありません。唯一の男の孫と一緒に風呂に入るのも楽しく、彼の思い出にも残るでしょう・・・私も2、3歳くらいの頃によく、農業と養豚業を営んでいた母方の祖父に抱っこされ牛舎にあった真っ暗な五右衛門風呂に入って「モ~」という牛の鳴き声に驚いた思い出が今でも残っています。祖父の家には牛、豚、アヒル、ウサギ、犬・・・と子供にとってまるで動物園のようで、大勢の従姉妹らと川で遊んだりした楽しい思い出だけが残っています。私もそうであったように、そんな楽しかった子供の頃の楽しい思い出を残してやりたい・・・という祖父である私の考えで、孫にとって従姉妹らとの楽しいファミリー旅行は意義があると思います。そして祖父もだんじりが大好きで、昭和初期のだんじり新調時に青年団長だったのか、新調記念写真にだんじり大工で有名だった植山宗一郎の隣にちゃっかり写っているくらいで、小さい私を抱っこして宮入では止まっているだんじりの大屋根に乗って、あそこのだんじりはどうや・・・とか楽しそうに、何も知らない私に講釈していたのを思い出します。そんな祖父のだんじり好きDNAを私も受け継いでいるのでしょう・・・(笑)。そして2日目は残念ながら雨だったので、水族館で遊びました。まだ6人の孫は小学生以下なので、スペイン村や水族館はメチャメチャ喜んでくれますが、あと数年もすれば「ジイジ、ハワイに連れて行ってよ・・・」と言われないか今からビクビクします・・・(笑)。1ドル100円くらいの円高に戻って、もっとビジネスが上手くいけば可能かも知れませんが、旅行に連れて行くのは生前贈与かも知れませんが税金は掛かりませんので、これもアリか・・・?(笑)。まぁいずれにしても、コロナ前は亡き妻と毎年ハワイのコンドミニアムでの1か月のロングステイを楽しんでいましたが、新鮮な海鮮料理を腹いっぱい食べて温泉にゆっくり浸かる・・・なんてハワイでも絶対できない日本ならではの贅沢な体験で、チョッと幸せ過ぎます・・・(涙)。という事で、昨年家内が亡くなりまだまだ寂しいのは正直なところですが、娘や孫の存在が寂しさを忘れさせてくれます。有難い話で、それも亡き妻があっての事なので、旅行から帰ってきて真っ先に仏壇に手を合わせました・・・(涙)。そして次のファミリー旅行は、孫らが1番喜ぶ毎年恒例のクラブメッド石垣島・・・か。こういうファミリー旅行が毎年3、4回もあるんで、ジイジはまだまだ張り切って仕事を頑張ろう・・・と思うのです。妻もいなくて、仕事もなく、趣味もなく、子や孫もいなければ・・・ココまで頑張れません。そう・・・人間は生き甲斐が必要なのです。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.17
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19年ぶりに「トランクルーム貝塚」の公式WEBサイト(ホームページ)を本格的にリニューアルしました。親戚のWEBデザイナーとアレコレ細かい打ち合わせをして完成しました。決して業者に丸投げでないところがポイントです。そりゃそうで、WEBデザイナーと言ってもイロンナ業種を取り扱っていますので、トランクルームといっても何も分からない訳で、専門であるこちらからコンテンツや写真の提供をしなければならないのです。それをこちらは何も分からないからと言って、賃貸マンション経営と同じように業者に丸投げすれば足元を見られて手玉に取られ、高い制作料と管理費を取られるだけです。世の中に悪徳業者なんてゴマンといますから、ボーっとしていると足元をひっくり返されるだけです。まぁ、こういう時はよく知っている親戚が心強いです。絶対裏切ることはありませんし、価格も良心的ですから。WEBサイトを新たに作るときは、家の建て替えやリフォームと同じように「知っているところ」に任すのが1番です。この辺が我々地元に根付いて地域密着で不動産事業(トランクルーム、仲介業、駐車場)を展開し、過去40年間で自宅や実家やトランクルーム(織物工場)2棟を新築やリフォームしてきた実績のある私にとって大きなメリットなのです。まぁしかしこの19年間を思い浮かべると、この間にインターネット環境は刻々と変わり、当初のSEO対策はヤフーとグーグル別にやったり、WEBサイトにリンクさせるブログを充実させるためにHTMLを勉強したり、YOUTUBEをアップしたり、スマホが増えてきてそれに対応するためにモバイルフレンドリー対策をしたり、SNS(フェイスブック×9アカウント、X7アカウント、インスタグラム×2アカウント、LINE、TikTok)をWEBサイトにリンクさせたり・・・イロイロと時代に合わせてインターネット集客に力を入れてきました。あまり私のノウハウは公開したくありませんが、特にSNSは事業別にアカウントを作っているのがポイントで、こういう邪魔くさいことをしなければ集客に結びつかないのです・・・(汗)。この辺が趣味程度で1アカウントのみでチョロチョロと中途半端にやっている人との決定的な違いで、零細企業経営者の仕事に絶対プラスになるSNSに賭けるモーレツな意気込みが読み取れるかと思います。そりゃそうです・・・趣味と仕事の真剣度は次元が全く違いますから。あまり表立って言いたくありませんが、実は私は19年前からブロガーであり15年前からユーチューバーだったのです・・・(笑)。織物時代の毎週金曜日は朝2時から現場の仕事を済ませてから、大阪本町(船場)界隈を朝1番から夕方まで商社や紡績や合繊メーカーを営業で駆けずり回って夜は夜でミナミで接待し、そんな肉体と神経をすり減らす営業トークを酷使した営業努力に比べたら、今の頭脳を使うだけのWEB集客なんてラク過ぎてホンと拍子抜けします。このように毎週金曜日はほぼ24時間動いていた訳ですが、それでも翌日の土曜はいつも通り二日酔いでも朝5時には工場に入っていたのも、全責任を負ったオーナー経営者なので仕方のない事でした・・・(汗)。まぁ今は織物時代の10分の1くらいの体力と熱量しか使っていないように思いますが、この老化に比例したスローダウンこそが60代以降の働き方で、70代80代でも現役としてまだ通用するはずです。まぁ時代が変わり、織物時代のようなフェイスツーフェイスのオールドスタイルの営業がなくなり、これからはDXやAIのお陰で営業などのホワイトカラーの仕事が激減し、サラリーマンはデスクワーク(営業)しか出来ませんでは通用しない時代が来るでしょう。まぁ父親に似ていたら背が高くて男前でモテたでしょうが、背が低く三枚目でも丈夫に生んでくれた母親に感謝しかないですわ・・・(笑)。まぁしかし高校生からシカゴのLPを聴くためにオーディオに興味を持ち、大学生になってから聴くジャンルがグッと広がり小遣いの範囲でレコードが買えないので、音楽を聴くコストを大幅ダウンさせるために思い切って当時15万円もしたAKAIのオープンリールデッキを購入してFMラジオからエアーチェック後はカセットデッキにダビングするオーディオ小僧に変身し・・・昔から機械類が好きだったことがウインドウズ95が発売されると同時にパソコンに飛びつき・・・ITに割と関して積極的だったことが、たまたま知らず知らず時代の波に乗っていたのです。皮肉にも社会人になってから受験科目以外の経験が大いに役立ったのです・・・(笑)。まぁ零細企業のオーナー経営者なのでやることが沢山ありインターネットのプロになる必要はありませんが、それなりのIT技術を身につけることが今の時代は必須で、起業しても10年以内に95%が倒産廃業といわれる日本の厳しいビジネスシーンの中、こういった努力が実ってトランクルームで19年、不動産仲介業で17年、音楽スタジオで9年も続けて来られたのです・・・(汗)。4年前から後継者の娘が入り、それまでたった1人でやっていましたので、肩の荷がだいぶ降りました。まぁしかしこのリニューアルしたWEBサイト(ホームページ)で集客アップに繋げることこそが最重要事項ですが、今からWEBサイトを作れば検索上位に行くには至難の業ですが、すでに「www.sasatani.com」は19年の実績があるドメインなのでSEO的には問題なさそうです。WEBサイトにリンクさせているこの楽天ブログもWEBサイトと同じように19年間書き続け、4060話でトータル640万アクセスを超えました。やはり実績の積み重ね・・・こそが大事なのです。という事で、19年ぶりにWEBサイトを本格リニューアルという事は、他社に先駆けて19年前もの早くからWEB(デジタル)戦略をやってきたことの証明です。19年前からWEBサイトを展開してきたからこそ、自分の苗字を冠した「sasatani.com」という独自ドメインを取得し、これがインターネット上でのSEO対策に役立っています。今は競合他社も増えてSEO対策に苦労しますが、チョッと人より行動が早かっただけで、昔はSEO対策もそれほど苦労せずに上位に検索され先行者利益を大いに享受したものです。世界的に超有名な日本のトヨタやキャノンでも、喉から手が出るほど欲しかった?インターネット上のトップレベルドメイン「.com(ドットコム)」を取得できず「.jp」ですから、弊社みたいな零細企業が「.com」を取得できた意義はとても大きかったのです。正に独自ドメインはワールドワイドな早い者勝ちの世界で、内に籠った考え方ではこういう発想はできません。何でもそうですが、その時は「良いのか悪いのか?」は分りませんが、振り返ってみて初めて私の19年前のデジタル戦略へのシフトが正しかったのです。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.15
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零細企業のオーナー経営者は「会社=自分」なので、公私混同の極み・・・とも言えるでしょう。しかし1年365日休みなしで仕事をしていると「それだと、しんどくないですか?」とよく聞かれますが、「しんどくないどころか、楽しいですよ」と答えます。何故なら、無理をしていないからです。実際はアチコチ頻繁に旅行やライブにも行きますが、旅行先やライブ先でもパソコンやスマホでリモートワークできる仕事なので、同級生らが老人ホームに入居してノンビリする70代や80代になってもまだまだ現役でバリバリ稼げるでしょう。一般的なサラリーマンは55歳の役職定年で年収がガクッと減り60歳定年から継続雇用で更に年収が減って65歳(役員なら70歳)で完全に会社から放り出されますが、私の場合は60歳から20年以上もラクに稼げるトランクルームと音楽スタジオというビジネスモデル(ライフスタイル)を構築できた意味は大きいです。定年がない弁護士や医者といったスペシャリストにしても、80歳で現役バリバリというのは難しいですが、私の場合はそれが可能なのです。私の人生の目標は100歳まで元気に生きる事なので、逆算すれば90歳まで仕事量を減らしながらも続ける事ですが、賃貸マンションのような業者に丸投げスタイルではない自社オリジナルの店舗ビジネスの頭脳プレイがメインなので、これからも努力し続ければイケルでしょう・・・19年前の49歳の時に「このまま織物業を続けても60歳までに身体を壊すだけだなぁ」と危機感を抱き、思い切ってトランクルームに転業したのが大正解で、それと同時に無借金経営に転換したのが大きく、更に娘にラクに継がせられる業種というのがポイントだったのです。気楽に生きていけるベースには、会社もプライベートも借金がない・・・という事です。中小企業の倒産原因のほぼ100%は借金ですから、そういう意味で第一関門突破しています・・・(汗)。東京23区の何も利益も生まない住居面積が小さなタワーマンション1億円に30年も住宅ローンを組むなんて、関空近くの大阪南部の平均100坪の敷地に先祖代々何百年も住んでいる我々泉州ネイティブにとってとても信じられない行為です・・・(驚)。まぁトランクルームと音楽スタジオ以外にも不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場も営んでいますが、これは付録みたいなものでトランクルームと音楽スタジオの合間にやっているだけの話で、本音を言えばとても堂々と事業をやっているなんて言えるものではありませんが、ハコだけはあるので後は中身を如何に充実させるか(売上を上げるか?)・・・に懸かっているのです(汗)。しかしビジネスのオモシロいところは正にココで、自分が考えたコトを如何に膨らませるか?(売上を上げるか)・・・ヤッタ者でないと「この味」は決して分からないのです。親から受け継いだとか、前任の社長から受け継いだとか・・・自分1人で「1から立ち上げた(起業)」ことのない人間には決して味わえない「独特の感覚」なのです。まぁ62歳の時に子供の頃からの長年の肉体労働が祟って脊柱管狭窄症の手術をしましたが、あのまま織物業を続けていたら51歳でリーマンショックでしたし、55歳までに手術をしていたでしょうし、それから廃業というのはタイミング的に至難の業だったでしょう・・・(汗)。重労働の織物業のままだと、とても娘に継いでくれなんて言えませんし、人より20年間も長く働けて稼げるメリットは計り知れません。まぁ60歳なんて単なる通過点に過ぎず、上司も社長もいませんし誰からも指図されず、自由に好きな経営をできますのでストレスが殆どありません。これからは娘が経営のメインになるので、ますます私のストレスが減るでしょう・・・やはりストレスというのは病気の要因になるケースがメチャメチャ多いので、これを如何に減らすかが生きる上でのカギになるのです。せっかく一流大学を出て一流企業に就職しても、反りの合わない上司だったり全く向いていない仕事でストレスでノイローゼになって休職なんて・・・いうケースをよく聞きますが、非常に勿体ない話ですね。まぁ私は自分のライフスタイルをキープし、決して他人から乱されるような事を極力避けています。1番は仕事もプライベートも、自分の嫌いな相手は避けて好きな相手だけつき合うことです。幸い弊社のビジネスは飲食店と違って、審査と会員制で客を選べますから。とにかく60歳以降の老後は10代や20代と違って時間がアッと言う間に過ぎますから、人を悩ますようなややこしい人間関係を避けることがポイントで、虚栄心をくすぐるような余計な役職も決して受けず、単に集まって無駄話が多いグループにも参加せず、仕事と趣味に集中できる時間を作って自分の好きなように自由に生きることが人生に悔いを残さないのです。まぁ朝は目覚ましなしで4時から5時に起床し、夜はだいたい9時か10時には寝ています。これだけでストレスが大幅に低減されます。昼食後も20分昼寝をします。朝は自転車で1分のトランクルームに7時か8時くらいには出社し、いくら忙しくても途中で仕事を切り上げ夕方5時には仕事を終えます。会社まで自転車で1分という無駄がないのがポイントで、人間というのは通勤時間や出張先に行くまでも仕事をした気になるモノですが、それは全く幻想で無駄なことで1円たりとも収入や収益に繋がらないのです。夏はもっと早く出社し、夕方3時には仕事を終えベランダやデッキで音楽を聴きながらビールを飲むのが私にとって至福の時間です。こんな小さな幸せでも十分満足しています。最近のストレス低減は、駐車場問題が片付いたことです。ここ数年スタジオ会員数が増えてきて、週末の夜は借りていた7台の駐車場がすぐに満車になり、乗り合わせで来てくださいとか電車や軽四か単車か自転車や徒歩で来てくださいとかイチイチお願いしていたのですが、昨年駐車場用地として隣接地に駐車場用地(20台)として150坪の土地を購入して、一気にこの問題にケリをつけました。こんな小さな事でもストレスになりますし、もし何らかの理由で借りている駐車場がオーナーチェンジしたら・・・と思うと、少なからず弊社にも影響があるのをずっと危惧していました。オーナー経営者というのは、リスクヘッジが常に頭の中にあるものですから。これらモヤモヤしていた問題がスパッと解決し、もうこれからは誰からも駐車場に関してもうゴチャゴチャ言われない爽快さは言葉に言い表せません。まぁ事業用の不動産仲介業をしていると、流行っている店舗でも客が増えすぎて駐車場が確保できなくなり、泣く泣く移転というケースもいくつかありました。それほど店舗ビジネスにとって、駐車場問題というのが切実なのです。逆に都会のトランクルームや音楽スタジオは専用の駐車場というのは殆どなく、逆にこれが弊社のメリットにもなっているのです。4トントラックを都会のトランクルームの狭い道路に駐車するのは難しく、都会のコインパーキングからスタジオまで重い楽器や機材を運ぶのはシンドイですから。まぁ織物時代は深夜の従業員の送迎で毎朝4時半に起き、毎週金曜は大阪本町への営業でしたので2時か3時に起きて現場のタイイング2本済ませてから電車で向かいました。そんな過酷な日々から考えると、今は天国以外何物でもありません・・・(笑)。まぁ旅行先でもスマホやパソコンで仕事をして100%仕事から離れることはできませんが、それも織物時代に比べたら屁みたいなものなので楽しんでヤッテいるのです。まぁこれからは営業職などのホワイトカラーの仕事がDXやAIで激減して受難の時代が来るのは間違いなく、私はデスクワーク(営業)しかできませんでは通用しなくなるでしょう。しかし6つのビジネス(トランクルーム、音楽スタジオ、不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場)でも「これはヤバイな」と思うようなお客さんとは距離を置きます。契約しないか、出入り禁止の処置を遠慮なくとるのです。プライベートでも、これは無駄だと判断すれば距離を置いています。これがストレスがない要因です。それで売上が落ちたり、不評を買っても何の問題もありません。ある意味「売上を捨てています」がお客さんの質を重要視しているのが私の経営戦略で、もうすでにワールドワイドな世界に生きている我々日本人にとって狭い世界でゴチャゴチャ悩んだりするのは時間の無駄です。まぁしかしトランクルームの部屋数も大阪最大級の171室もあり、音楽スタジオも泉州最大級の4室で会員数も3000人に迫っているのがリスクヘッジになっているのです。お客様は神様です・・・なんて事は全くありません。中には社会常識から外れたややこしい人も結構いるからです。善人ばかりでは苦労しませんが、実際はそんな事はあり得ないどころか、外国人が増えてきて治安は年々悪化しています。かと言って、ハードルは高くなく普通に予約して普通に利用してもらえれば何の問題もありません。一歩外れるような人だけは利用できないだけの話です。飲食店は客を選べませんが、弊社は客を選べるのです。数(量)は質を上げる・・・と言われ、事実弊社スタジオの会員さんもドンドン増え続けているのが何と言っても強みなのです。織物時代は年間355日24時間エンドレス操業で月産20万mも生産し、それだけの商量を営業で取ってくる必要があったため、49歳で限界と感じてトランクルームに転業した訳ですが、今の本業のトランクルームと副業1位の音楽スタジオなら、経営権は娘に譲っても70代80代になってもラクに仕事に関わっていけるでしょう。ただ将来トランクルームと音楽スタジオというビジネスが残っていればの話ですが、ビジネスが下り坂になればまた何か「新しいビジネス」を掘り起こす余力はまだ残っているでしょう・・・(笑)。まぁしかし三人娘も嫁いでしまったので江戸時代から続く家の墓じまいを昨年しましたが、墓地が村の近くにあるとは言え、結構頻繁に草引きをしたり花を替えに行ったりしていましたので、こういった作業がなくなった事がこれから70代80代になって有難い・・・と思うようになるでしょう。68歳の今はチョッと寂しい気もしますが、近い将来を考えれば正しい判断だった・・・と(涙)。という事で、昔から「数(量)は質を上げる」というビジネスセオリーの通り、数(量)が少ないから特定の客に期待を寄せてしまうのであって、ドンドン新規顧客が来るような仕組みを作れば売上が一時的に多少減っても何も怖いことはないのです。要は経営スタンスをハッキリさせて、ブレずにきっちりやるだけの話で、そうすれば何も怖いものはありません。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.13
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今年で起業して丸9年経った弊社リハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」ですが、会員数が3000人に迫る2950人に達し、スタジオ数も4室に増設し泉州エリアで最大級のスタジオに成長しました。しかし私自身、何の気負いもなく日々淡々と経営しています。何らイベントを主催するわけでもなく、毎日毎日スタジオ予約を一つ一つ地味に取って掃除を徹底しているだけです。何で、そんなに冷静なのか・・・?毎日必死に頑張っても・・・続かないからです。冷めている・・・と言えば確かにそうかも知れませんが、経営というのは情熱だけではダメで、一歩引いたスタンスも大事なのです。私はココに自律神経の問題も深く関わっていると見て、人間1日中交感神経が出っ放しの興奮状態では身体がもちません。まぁ離婚もせずに長年続く夫婦の関係によく似ています・・・(笑)。まぁしかしその背景にはスタッフを誰も雇わず、娘と2人だけで本業のトランクルームに合間にやっているからで、副業のスタジオ経営に時間を割けないという物理的な問題です。時間と情熱を考えると、別に一生懸命スタジオ集客をする必要もなく、「地元にあったらイイな」という程度のスタジオで十分です。なので、スタジオルールを守らない会員さんにはケースバイケースでグレードによって五段階くらいに分けて遠慮なく注意し(スタジオで飲酒とか酷いのは即刻スタジオ出入り禁止を通達)、スタジオ客の質を上げることだけは一生懸命しています。それでスタジオに来なくなっても別に構わない訳で、来てもらったら逆に他の会員さんに迷惑を掛けますから。平たく言えば、「売り上げを捨て質を上げる」ことに注力しているのです。私も含めたオーナー経営者というのは「10年先」を見つめ、長期戦略を常に考えているからです。任期が2,3年程度のサラリーマン社長なら目先の売り上げに固執しますが、オーナー経営者はそんな事は一切関係ありません。外野からとやかく言われても、自分のやり易いように経営するのがオーナー経営者の醍醐味です。とにかくスタジオルールというのは、善良な殆どの会員さんを守るためにあり、それを徹底するのがオーナー経営者の使命で、チェーン店の雇われ店長だと自分のクビの事を考えると客の顔色を伺って言いたいことも躊躇しますが、弊社のような全責任を背負ったオーナー自身が管理している単独店舗なら堂々と言えるのが大きなメリットで、これが今後のスタジオ経営を左右するのです。まぁしかし弊社は自社所有の土地と建物で業者を一切排除したオーナー直営の無借金経営なので、銀行からとやかく言われることは一切ないので、メチャメチャ楽でストレスが一切ありません。ココです・・・ポイントは。これが都会によくあるスタジオの場合はビルのワンフロアを借りて、借金をしてスタジオ改造をしてスタッフを雇えば多少のトラブルを覚悟して集客に必死にならざるを得ませんが、弊社の場合はそれとは真逆の楽チン経営なのです。他人の物件を借りて借金をしてスタッフを雇って経営できるほど、スタジオ業界は決して甘くはない・・・とやってみて痛感しました。例えスタジオ会員数が現状の2950人から4000人・・・5000人、6000人と増えてもスタッフを新たに雇う気はサラサラなく、現状のまま私と娘の2人だけでトランクルームの副業としてやっていくだけなので、逆に増えすぎると困る・・・のです(汗)。せいぜい5000人くらいまでが限界で、それ以上増えると予約を断るのが仕事になってきますので、新規会員募集を停止する必要が出てきます。まぁいずれバンドブームも去りますし日本の人口減少や少子化や空き家問題も加速しますので、広げ過ぎた風呂敷を仕舞うのは大変ですから、今からブレーキを掛けるくらいがちょうどイイのです。本当の商売人は調子に乗ってドンドン行くより、F1ドライバーのようにブレーキング技術が絶妙なのです。そんなスタジオ経営に半分期待しながらもブレーキを掛け・・・新規事業を虎視眈々と狙うのが本当の商売人で、スタジオ経営にトコトン固執するのはNGです。まぁ株式投資などは金さえあれば誰でもできますが、事業や実業というものは、本で読んだり人から聞いて始めて上手くいくほど決して甘くはない・・・というのはヤッテみて初めて分かります。起業しても10年で95%が倒産廃業すると言われる日本の厳しいビジネスシーンですから、「基本的に何をやっても上手くいかない」・・・というのを前提に考えて起業してエエ加減です(汗)。副業の事業用不動産仲介業を通じても、その辺の事情が手を取るようによく分かります。まぁウインドサーフィンでもピンポイントでハーネスに体重を預けると脱力で長時間乗れますし、空手の突きや蹴りの基本稽古で当てる瞬間だけ力を込めてあとは脱力すれば100本続けられるのと同じように、スタジオ経営も新規会員の登録の時だけ力を入れ、普段は掃除がメインで殆ど力を抜いて何もしていないのが長続きのコツでしょう。という事で、織物時代は繊維業界という歴史はあるが古い体質の業界でしたので、いくら頑張っても出口が見えないトンネルの中という状況でしたが、全く新天地で織物製造業とは真逆のサービス業であるトランクルームに転業してからはイロンナ呪縛から解き放たれた鳩にように、その後宅建士を取って不動産屋も始めたり音楽スタジオ、レンタル自習室、卓球場、駐車場・・・と好きな事のように6つの事業を自分一人で1から始め、会社経営というのは中々オモシロいなぁと初めて感じるようになりました。織物業のような肉体労働中心の工場を回してナンボの世界ではなく、6つともネット戦略の知的労働が中心の店舗ビジネスなので70代になっても楽勝で続けられるでしょう・・・「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.10
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あれは忘れもしない中学1年の夏休みに、たまたま深夜ラジオの「ヤングリクエスト」を聴いていると、「ドコドコドコ・・・♬」というカッコいいドラム連打から始まるシカゴの「Question 67 and 68」を聴いて、全身が雷に打たれたような衝撃が走りました。なんや?・・・このカッコイイ曲は。それからテレビの演歌や歌謡曲をあまり聴かず、ヤンリクで洋楽ロックばっかり聴くようになりました。1969年当時流行っていたのが、シカゴ、レッドツェッペリン、CCR、スリードッグナイト、トムジョーンズ、ショッキング・ブルー、マッシュ・マッカーン、ルークリスティ・・・何なんでしょう・・・この洋楽ロックの感性は?やはりドラムの音が日本の曲のドラムと全然違っていたというのが大きく(特にスネアが)、その後大学生になってドラムを始めた要因かと思います。とにかくバシッというミュートが効いたカッコいいドラムサウンドが、中1の私のハートを鷲摑みしたのです。当時のアメリカのドラムメーカーは老舗のロジャーズやラディックやスリンガーランドがメインだったと思いますが、日本はヤマハとパールが出始めた頃でしたので、やはりこの辺は1日の長があったのでしょう。これ以降50数年、洋楽を中心としたイロンナ曲を毎日聴いています。この音楽が私の趣味の筆頭で1番長いです。その影響で高校オーケストラ部でトランペットを始め、大学生になってからドラムを始めたのです。オーケストラ部では当然クラシックで、洋楽ロックとは真逆のジャンルでしたが、高校生という多感な時期にこの両極端のジャンルを聴いていたことによって私の音楽に対するストライクゾーンが一気に広がったのです。将来の可能性を広げるという意味で、この経験は後に色んな音楽のジャンルの練習をする音楽スタジオ経営に役立っているのです。勉強はできず大学受験に失敗して二浪もしてやっと二流私立大学に入学しましたが、皮肉にも社会人になってから経営者として受験科目以外の経験が役立っているのです・・・(笑)逆に言うと、クラブ活動もせずに受験科目しか勉強しなければ、社会人になってからの可能性を自ら狭めている・・・のかも知れません。私立文系に特化して英社国の3教科だけ部活もせず勉強すれば偏差値の高い私立大学に合格するかもしれませんが、今の高校生はそんな将来を危惧し、進学校ほどクラブ加入率が80~90%以上と高く・・・賢く勉強と部活の文武両道に励んでいるのです。大阪で有名な某私立進学校の軽音部は入部希望者が多すぎて、選抜試験があるそうで成績が下位だと入部さえ出来ないそうです。我々が高校生だった50年前は高校でエレキギターとドラムを演奏した軽音部なんて殆どありませんでしたし(フォークソング部くらいはあった)、まるっきり時代は変わりましたねェ・・・(驚)。スタジオ0724の2950人の会員の70%が高校生や20代ですが、今の不況しか知らない高校生や若者は、我々シニアが思っている以上にシッカリして賢く、何より真面目な子が多いで日本の将来は明るいと思います。まぁここでトランペットやドラムが人より上手にできるようになれば、プロのトランぺッター(ドラマー)になろうかという夢を描けたのですが、残念ながら一生懸命やっているものの「俺は楽器の才能はないな~」と途中で悟りました。トランペットは高校で完全に止めてしまったのですが、ドラムだけはリハーサル音楽スタジオ起業と同時に30数年ぶりに趣味として再開することになったのです。正に不幸中(才能なしに落胆)の・・・幸いです。プロミュージシャンは到底無理なので早々と高校生で諦め、59歳になってスタジオ経営者として音楽業界に活路を見出した・・・のです。人それぞれ生まれ持った能力や才能があり、それを活かす事こそが人生をより充実させるのです。まぁ人生って、ホンとわからんものです。プロのトランぺッター(ドラマー)1本でメシを食っていくのは、超狭き門で至難の業です。しかし音楽スタジオでメシを食っていこうと、音楽スタジオ起業9年で会員数が2900人を超え部屋数も1室からスタートして今では泉州エリア最大級の4室まで増設し、趣味でドラムを叩いている・・・なんていう私の気楽なライフスタイルが、ソコまで厳しくないですよと物語っています。音楽業界で生き残るには別に楽器でなくても、スタジオ経営だけでなく、PA、作曲家、編曲家、作詞家、楽器販売、楽器修理、楽器講師、スタジオミュージシャン、プロモーター、各種エンジニア、レコード会社・・・・と人生のルートってイロイロ選択肢があるのです。これにジャンル別と本業か副業かが加わり、複雑な構造ですが、「音楽と関わっている」というだけで利益以上のモノを得られるのが決算上に掲載されない大きなメリットです。そう・・・音楽ビジネスはある意味、単にモノを売ったり買ったりする物販ビジネスとは一線を画した文化芸術なのです。文化芸術のココロがなければ、この音楽ビジネスの本質が見えて来ないのです。まぁしかし、高校生になってから本屋でミュージックライフとライトミュージックを読み漁り(毎月の小遣いはレコード買うのに精一杯だったので雑誌は買えなかった)、高1の冬休みに既に世界的に大人気を誇っていたシカゴの翌年の来日情報をいち早く知り、高2になったばかりの1973年4月に生まれて初めてシカゴのライブに行ったのです・・・(涙)。高校1年でまだ1人で地下鉄に乗った事がなかったので、難波駅から道に迷いながら1時間も掛けて歩いて厚生年金会館まで行ってチケットを買い(当時はプレイガイドもなかった)ライブ当日も歩いて行ったのです・・・(汗)。今から思えば、スゴイ情熱があったんですねェ・・・(笑)。チケット買うときに販売のおばちゃんが「兄ちゃんラッキーやな。エエ席あるで」とステージから20mほどのど真ん中のS席を3000円で清水の舞台から飛び降りるつもりで買ったのが決して忘れることができません。今から思えばこのチケットは100万円以上の価値があるでしょう。当時絶頂期のシカゴのオリジナルメンバー7人のライブをリアルタイムで見れたことが、私の自慢です。ケチって2000円の隅の方の席だと感動は半分以下でしたから。この時の経験が、やはりライブは1mでもアーティストに近くに・・・と強く思うのです。まぁ昔は音楽を聴くのに今のspotifyなどのサブスクが一般的になった音楽事情と違ってお金が掛かりましたら、少ない小遣いからシカゴも杏里も高中正義も・・・色々とアルバムを買うなんて本当にごくごく一部の金持ちしか買えませんでしたから、このシカゴのライブはメチャメチャ貴重な体験だったのです。という事で、単なる洋楽好き少年が40年後にスタジオ経営しているなんて・・・まるでおとぎ話のようですが、私の経歴がそれを証明しています(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.09
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先日大阪キタのビルボードライブ大阪で、昔から大好きだった杏里のライブに初めて行ってきました。これまで何回も行くチャンスがあったのですが、残念ながら妻の介護でなかなか行けなかったのです。今回はその分「思いきりアメリカン」・・・ではないですが、思いっきりダンスし「悲しみが止まらない」では泣かされました(笑)。先日の高中正義ライブと同様、またまた泣かされたのです。泣き上戸・・・か?まぁしかし、イイですねェ・・・ライブって・・・サイコーです。だから音楽は死ぬまで止められないのです。私の大好きなシカゴの「Hard to Say I’m Sorry」もカバーで歌って、杏里もシカゴに影響されていたのかと思うと私のボルテージは上がりっぱなしです。杏里も60代ですが、若いころに比べてキーが多少下がっているものの、まだまだ高音域がキレイでまだまだ現役でやれるでしょうし、高中正義と同じように自分でも曲を書いてヒット曲も沢山あるのが大きな強みのアーティストなので、この厳しい音楽業界で勝ち残っていくでしょう。どんな業界でもそうですが、これしかできません・・・では生き残ることは難しく、アレもできますコレもできますというスタンスが強みになるのです。10代や20代から地道に曲を作り続け、それが40代以降に花が咲き、摂生で体調を保ちトレーニングで60代になってもライブができる体力をキープしているのでしょう。アーティストにはサラリーマンのように60歳定年という概念がなく、死ぬまで歌える(演奏できる)のように若い頃から楽しんで曲を作り努力を続けているのです。我々実業ビジネスの世界でも同じで、そういった考え方で若い頃から「一発逆転」なんていう発想をせずに、地道に経験値を積み重ねる努力を続けてきたのです。そのベースとなるのが体力で、特に60代以降は体力勝負だったのです。まぁ単に歌だけという歌手やアイドルはほとんど消え、作曲も作詞も歌手も兼ねている杏里や高中正義といったアーティストは息が長く(そのほか山下達郎、竹内まりや、八神純子、ユーミン、スターダストレビュー、杉山清貴、南佳孝、サザン桑田、玉置浩二、チャーといった70歳前後)、好きな事をやっているので何より若く見え、外面でいくらアンチエイジングをやっても限界がありますが、アーティストは「内面からのアンチエイジング」なので若さがいつまでも続くのです。欧米の音楽業界ではシンガーソングライターが普通なので70代でも現役バリバリが山ほどいますが、日本では殆どいないのですが、彼らはそんな中で今でも現役バリバリなのです。これは凄すぎます。まぁ平たく言えば、世間一般にウジャウジャいるニセモノは排除され、ホンモノしか残らないのです。一般サラリーマンで言うとそもそも仕事のできない社員は管理職にもなれず、なったとしても55歳役職定年で平社員に降格され、本当に頭がキレて優秀な社員だけが役員になれるのです。しかし例え社長になったとしても、オーナーでない限り殆どは70歳で会社から完全に放り出されるところがサラリーマンの悲哀です。そんな「サラリーマンの着地点」が分かっているのに、遊び盛りの子供の頃から好きなことをさせてもらえず遊ぶことも制限され勉強ばかりさせられて中学受験なんて・・・本当に可哀そうです。我々中小企業のオーナー経営者は60歳なんて単なる通過点に過ぎず、誰からも指図されず自由にビジネスを展開でき、仕事の内容にもよりますが、私の場合は大手が参入しにくいトランクルームや音楽スタジオで80歳までラクに稼げ、目標は経営権は娘に譲って会長的な立場で90歳まで働いて100歳で人生を全うする事なので、目先の利益にとらわれずにロングスパンで経営戦略を練れることが最大のメリットです。まぁ我々オーナー企業経営者が目指しているのは、ミュージシャンと同じホンモノ・・・ホンモノですわ。20代の頃にメチャメチャ聴いていた杏里が60代になっても懐かしの曲を目の前で歌っているなんて・・・当時は夢にも思いませんでしたが、そんな信じられないライブが目の前に起こっている事に涙するのは人間としてごく自然でしょう・・・まぁしかしいつものように、公演前に同じテーブルの初めて会った女性とのファントークがまたオモロい。同じファンだからこそ、こういった会話も生まれるのです。彼女もイロイロライブに行っているようで、貴重なナマ情報を頂きました。杏里のライブトークで、「思いきりアメリカン」の大阪のテレビ局での曲の誕生秘話を聞き、会場は爆笑の渦でした。まぁしかし女性アーティストのライブに行って泣いたなんて、天国の妻もさぞかし焼きもちを焼いているかも・・・(笑)。今回はライブ後の知らない人とのビールの乾杯はなかったで、そのまま地元泉州に戻り泉佐野駅で降りてウロウロしてきました。ショットバー「ロンスター」、ハワイアンバー「Hale'aina」、ライブハウス「音楽倉庫」といつものコース?の3軒ハシゴです・・・(笑)。織物時代の3,40代の頃は毎週金曜日は早朝から現場に入ってタイイング2本してから本町(船場)に営業に出かけ、夕方からはミナミの宗右衛門町や東心斎橋やアメ村や鰻谷で商社の接待も兼ねてよく遊んだので毎回終電で帰り、妻に「あんたはミナミの帝王か?」とよくイヤミを言われましたが、それに比べればカワイく全然安い遊びです・・・(笑)。ある時に宗右衛門町の黒服らに「シャチョウ、おはようございます!」と一斉に挨拶され道を空けられたときに、「こんなことをしてはダメだ!」とハッと気がつきました・・・(汗)。今考えると、若かったんですねェ・・・(笑)。というか、昔から「三つ子の魂百まで」と言われるように「性格というのは一生変わらない」モノで、年齢とともに度合いは変化しますが、子供の頃から大人しい(消極的な)人は死ぬまで大人しく、子供の頃からヤンチャな(積極的な)人は死ぬまでヤンチャ・・・という事です。これまで何十回も小中高大の同窓会に出ていますが、何十年ぶりに会ってもみなさん性格が全く変わっていないのに驚きます。まぁしかし最後の音楽倉庫ではいつものようにカラオケに合わせてドラムを叩きまくり、もう帰ろうと思っていたら、ここで知り合ったライブ友や弊社スタジオ0724のお客さんが来たのでついつい長居してしまい、いつものように終電を逃してしまい、タクシーで帰ったら午前様です・・・(笑)。いや~楽しかった1日でした。まぁ1970年代から1980年代にかけてサーフィンやウインドサーフィンやヨットといったマリンスポーツが私たち若者の間で爆発的に流行っていた時代で(紫外線の弊害は全く報道されていなかった)、そういった時代背景に合わせた杏里やサザンオールスターズや山下達郎や高中正義や角松敏生といったミュージシャンがサーフ系ミュージックをバンバン手掛けていたこともあり、我々60代70代のジイサンバアサンにとって彼らの曲が青春の思い出だったのです・・・(涙)。とにかくライブ3日前からSpotifyで1日中杏里を聴き、ライブの余韻が残った今も杏里を聴いています・・・(笑)。という事で、大阪キタのビルボードライブ大阪に行って間近でライブを見る事ががもう完全に私の老後プログラムに組み込まれ、電車で1時間かけて大阪のミナミやキタに足を運んで都会の空気を吸うことがルンルンになってしまいました・・・(笑)。我々泉州人にとってミナミはいくら酔っても道が分かり家に辿り着けますが、キタの地下街はいつまで経っても迷路のようですが、普段は静かで平穏な貝塚名越に住んで、たまにキタに行って刺激を受ける事が生活ルーティンとしては最高です・・・(笑)。これが2時間も掛かると億劫になりますが、1時間で大阪市の中心街に行けることがポイントです。これまで南海本線と地下鉄の切符自販機で小銭を出すのが面倒くさかったのですが、鉄道会社も今年開催される万博でインバウンド需要を意識したのか、自動改札でピッとクレジットカードが使えるようになったのがチョッと嬉しいです。まぁ普段は生まれ育った貝塚名越で娘と2人だけの6つのファミリービジネス(トランクルーム、音楽スタジオ、不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場)を展開し、春から秋は風が吹けば近くのマーブルビーチや二色浜や和歌山の浜の宮でウインドサーフィン、雨や風がなければドラム練習やネットフィリックス(映画)や読書、旅行は国内外のアチコチ頻繁に行き、大阪や和歌山のライブハウスにも頻繁に通い・・・土日も定年も関係なしに、ラクな仕事と趣味を中心にした老後の独身ライフはこれでキマリ(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.07
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先日ウインドサーフィンの動画をGoProで撮ろうと思い、ウインドのブームに取り付けるアタッチメントをネットで探しました。すると、ありました・・・アマゾンで。こんな超ニッチな商品まであるとは・・・驚きです。朝から夕方まで大阪市内を歩き回っても、こんな商品は手に入りません。アマゾンが短期間のうちに世界の小売業売上高ランキング(2024年)で2位になったのは、細かいニーズに対応した膨大な商品を取り揃えている事に尽きると思います。アマゾンプライム会員になり会費を払っていますが、年間相当な買い物をしてますが送料が無料なので、時間的にも金銭的にも随分と助かっています。思い起こせば、私が子供の頃の昭和40年代後半くらいまでの織物業は、年がら年中同じ織物を織っていても十分儲かっていました。それが1970年代前半のオイルショックと日米繊維交渉で一転。これまでやってきた事が否定されるほど、業界的には大きなショックでした。父親はこれまでの簡単な平織りからちょっと難しい綾織りに転換して、この場を切り抜けました。何も分からない子供の私に「明日から布団のサテンを織るぞ」なんて言ってましたが、事の重大さを何となく理解できました。私を工場に連れていき、父親が綿埃が舞い散るガチャガチャとうるさい工場で油と汗にまみれながら一生懸命カムを組み替えている現場を見せられました。商売って難しいんだなぁ・・・と子供心に心配しました。子供って、親の背中を見て育つと言われるように、結構親のことを見ているのです。この辺は昔から農村地帯でもあり泉州タマネギの生産で全国的に有名でしたが、作りすぎて小学校の頃は道端にタマネギを捨てられているのを思い出し、織物も同じモノばっかり作っているとエライ目に合うんだなぁ・・・と経済の理論を身近で感じました(汗)。とにかく今の時代は多様化と短サイクルすぎて、大きなヒットを長く続けるのは無理で、特に我々のような零細企業が生き延びるには大手と同じように大ヒットを狙うのはNGで、人があまり注目しないニッチなマーケットを狙うしかないのです。織物時代の後半10年は多品種小ロット生産が当たり前でしたが、それに1反だけという試織も加わり採算が大幅に悪化し、「こんな事ばかりやっていると、商社にこき使われて儲かるどころか損をするだけ」だと危惧し、これも廃業の大きな要因だったのです。しょせん織物(染色前の生地)だけやっても、ファッション業界の「布という単なるパーツ」なので価格主導権を取るのは難しく、ユニクロのようなSPA(製造小売り)しか繊維業界で生き残れないだろう・・・と「逃げるが勝ち」だと判断して、19年前に廃業に踏み切ったのです(汗)。幸い当時は北京オリンピック前の好景気に沸いていた中国に20年間24時間エンドレス稼働で使い倒したボロボロのエアージェット織機を高値で売却でき、その2年後にはリーマンショックがあり命拾いをしたのです・・・(汗)。新工場を建てエアージェット織機20台を新規導入したのはバブル前年のプラザ合意後の円高不況の真っ最中の1987年でしたので、バブルに突入した1年後の価格より30%も安く買えたのです。なんか知らんけど、私には幸運の女神がついているのか・・・(笑)。まぁしかし大阪に1万3000社も不動産会社がありますが、弊社も兼業している不動産仲介業は貝塚市に限定した片道15分以内の事業用物件の仲介に特化しているように、弊社の六毛作経営はすべてニッチマーケットです。泉州エリアのトランクルームの90%は屋外型コンテナですが弊社は数少ない屋内型ですし(大阪最大級171室)、音楽スタジオは和太鼓6台も常設してだんじり鳴り物に対応しダンスもでき(泉州エリア最大級4室)、その他フラメンコやサンドバッグ2本設置していますので空手やボクシングやキックボクシングの練習やファストドロウ(モデルガンによる風船の早撃ち競技)の練習も可能ですし、卓球場は完全個室なので友達同士や家族でワイワイ賑やかにできますし、レンタル自習室(テレワーク室)は時間貸しも月極も両方に対応し・・・他社に殆どない「一風変わった」ニッチビジネスを追求しているのです。特にフラメンコやファストドロウという超ニッチマーケットは単体では全く採算が合わないので止めてもいいのですが、Dスタジオでアコースティックとダンスとサンドバッグ(空手、キックボクシング、ボクシング)の兼用でなんとか少ないニーズを拾っているのが実情です・・・(汗)。まぁ最新テクノロジーを駆使してDX化し、これら全てを娘とたった2人で運営管理しているのがポイントです。という事で、祖父の代から続いてきた織物業も19年前に終止符を打ちトランクルームに転業した訳ですが、それでもソレだけでは心もとないので、その後宅建士資格を取得して不動産屋を始めたり、「トランクルーム貝塚」の空室対策として館内で音楽スタジオや卓球場やテレワーク室を始めたのです・・・(汗)。副業で始めて期待もしていなかった「スタジオ0724」が案外流行って9年で会員数が2900人を超えて3000人に迫る勢いで、1500人超えた頃から専用の駐車場が必要だと判断し、昨年トランクルームの近接地に150坪の土地を購入して11月から駐車場経営も加わり、現在は六毛作経営(トランクルーム、音楽スタジオ、不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場)になってしまったのです。この先、生き残っていくには「どう変化していくか?」って、正直私にもワカリマセン・・・(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.05
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にほんブログ村という日本最大のブログのポータルサイトで「堺市情報」で私のブログが1位になりました。貝塚市に住んでいるのに、何で堺市なのか・・・?それは同じ泉州エリアでも堺市の人口が貝塚市の10倍もあり、貝塚市で1位になってもマーケットが小さすぎてナンセンスだからです。本業のトランクルームも副業の音楽スタジオも「片道30分」の堺市は十分商圏内なので、ここで1位を取ることに意義があるのです。逆に言うと、地元貝塚市でいくら1位になっても、商圏内の堺市の住民は振り向いてくれないのです。食品スーパーや飲食店なら商圏が狭いので、こういった戦略をとる必要はありませんが、弊社はトランクルームや音楽スタジオというニッチマーケットなので、商圏を広げる必要があったのです。貝塚市限定で勝負しても、何の意味もないのです。一体自分の目指している商圏はどこか・・・?これを真摯に考える必要があるのです。ただ人口280万人の大阪市内に隣接している堺の住民意識は常に大阪市に向いており、決して大阪南部の田舎である泉南エリアには目を向けていない・・・という目に見えない生活感情があり、それを取り除かなければならいという厄介な問題があったのです(汗)。平たく言えば、堺市の住民に無理にでもこっちを向いて欲しい・・・貝塚市にトランクルーム貝塚(スタジオ0724)があるというのを認識して欲しいという事です。堺市にあった鳳高校に通っているときに、堺市在住の同級生らは泉南方面に何の関心もないし知らない・・・というのを痛感しました(涙)。まぁ堺市で1位になれば、周辺の高石市や泉大津市や和泉市からも注目されるというのがポイントで、想像以上に大阪府第2位の人口82万人の堺市での1位は大きな意味を持つのです。近い将来、泉北1号線から延長される泉州山手線の出入り口が地元名越にできますので、これも堺市からの集客の追い風になっています。これが隣村の森や清児ではなく、名越というのが大きなポイントです。この泉州山手線で、旧木島五ヶ村で名越だけビジネス的に頭一つ抜ける・・・かも知れません(笑)。私はこれに何の努力もしていませんが、たまたま偶然・・・ラッキーだっただけです。名越には明治時代から大手総合商社と取引のあった大きな織物会社が2社あり、未だトラックがなかったため大阪市内にあった大手紡績工場から南海本線経由で水間鉄道に織物の原料となる糸を積載した貨物車が名越駅に毎日入ってきたため、最初は水間鉄道は名越駅までしかありませんでした(その後水間駅まで開通)。そんな歴史的背景や粉河町まで鉄道路線の延伸を計画した紀泉鉄道構想もあったりとかで、名越は昔から位置的にも重要なポジションだったのです。個人的には後からできたJR阪和線と水間線との乗り換えができれば、関西空港が近くにあるにも関わらず、貝塚市がここまで地盤沈下しなくて済んだのだろうと残念でなりません。この件に関しては、これまでどの政治家も命を懸けて実現しようと努力しなかった結果ですが。まぁしかし、弊社は副業で不動産仲介業も兼業していますが、これは不動産ビジネスに時間的に割けないので「片道15分以内」の貝塚市に限定した事業用物件の仲介に特化しています。いくら隣の岸和田や泉佐野に何億円もの物件オファーが来ても、すべて断っています。不動産屋は昔から「千三つ屋」と言われるように、オファーが来ても殆ど成約に至らないという効率の悪さが、私はそんな仲介から一定のスタンスを置いているのです。娘と2人だけの六毛作経営なので、時間は有限なので優先順位をつけることが生き残りのポイントです。もちろん今はインターネット時代なので、WEB戦略としてホームページやブログやSNSに1番力を入れているのが事実で、こういったデジタル戦略によって海外からの集客(海外転勤の荷物保管、インバウンド向けのスタジオでの和太鼓体験)に大きく寄与しているのです。狭い範囲でモノゴトを考えるとアイデアが閃くことはなく悪循環に陥りますので、もっと脳を開放して常識に囚われず、もっともっと広く大きく・・・考える必要があるのです。私のブログは過去19年間で460万アクセス、4000件の記事を書いていますので、こういった実績がジワジワと浸透しているのかと思います。短文のSNSは簡単で誰でも掛けますが、長文のブログは1件記事を書くのに相当な時間と熱量が必要です。平たく言えば、19年間の努力・・・が実ってきたのです(涙)。振り返ってみると、自分でもホンとビックリしますが、19年もブログを書き続けてきたなんて・・・(笑)。内容は別にして、ここまでブログを書き続けてきた人なんて、人口860万人の大阪でも100人もいないでしょう・・・誰でも出来そうで、出来ないのが19年間も継続してきたブログなのです。まぁ頭の悪さをカバーするために19年間書き続けたブログもそうですが、織物時代の20年間は新工場を建設して織機をすべて最新エアージェット織機に入れ替えて年355日24時間エンドレス稼働の織物工場で月産20万mをキープし、トランクルームに転業してからは不動産仲介業も兼業しようと宅建士(国家資格)を取るために他社の織物工場で12時間働きながら夜中の2時から3時間受験勉強を9か月続け・・・根性と努力だけで人生を切り拓いてきました(汗)。中小企業のオーナー経営者なんていうのは利益を出してナンボの世界で、儲けられずに倒産したら世の中から完全に見捨てられますので、ホワイトカラーもブルーカラーもヘチマもなく、全責任を背負って何でも熟さなければならないのです・・・(汗)。まぁ儲かっているうちが華で、アメリカのようなノンリコースローンが無い日本では倒産すれば地獄に突き落とされるのです。社会人生活40数年で、そんな残酷な例を数え切れなくくらい沢山見てきました。まぁしかしビジネスとしてSEOを考えてブログを書いていますので、書けば書くほどインターネット上に浮かんで検索され続け、それがビジネスのオファーに繋がるのです。これまで朝日新聞、読売新聞、NHK、読売テレビ、関西テレビ、テレビ朝日といった大手マスメディアからたくさん取材され集客に大いに貢献しましたが、キッカケのすべては新聞記者やテレビディレクターが私のブログを見たからです。たかがブログ、されどブログなのです。まぁしかし1位と言っても、毎日ランキングが変動しますので、決して油断してはいけません・・・(汗)。という事で、社会人になってから40数年、建築建材金物メーカーでサラリーマン4年を経て、家業の綿織物業で20年、その後トランクルーム転業し、不動産仲介業、音楽スタジオ、レンタル自習室、卓球場、駐車場・・・と経験してきた結果、1つのビジネスしかやったことのない人(1つの会社しか勤めたことがない人)が知りえない客観的に効率的なビジネスか否かという見る目を養えたことが大きな収穫で、これからもこの多種多様な経験を生かして、「一商売人」として変化の激しい国際情勢やビジネスシーンで生き残れるようにベストな方向に舵を切っていきたいと思います。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.03
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昨日は大阪キタの「ビルボードライブ大阪」へ、昔から大ファンのフュージョンギタリストの高中正義のライブに行ってきました。ホンマ感動しましたねェ・・・大ヒット曲「ブルーラグーン」では感極まって泣いてしまいました。ライブで泣くなんて初めてです。それほど高中のギターサウンドが私の心を打ったのです。72歳のギタリストが68歳のジイサンを泣かせるほど、素晴らしい感動物語だったのです。私だけでなく、あちこちで泣いている60代のジイサンバアサンの姿がありました。みんな青春時代を思い出され、嬉しかったんですねェ・・・これが亡き妻が元気だったら、一緒に涙した・・・と思うと、余計に涙が溢れ出そうです。こんな事を書いている今も、昨夜の感動を思い出し涙が出てきます。何なんでしょうね・・・?68歳にもなると、もう日頃感動することなんて殆どないはずなのに。単に年を取って、涙もろくなっただけか・・・?3,40代の頃は妻や子供を養うために必死に働き、夫や父親としてのプライドもあり人前で泣くなんて父親の葬式の時だけでしたが、今は3人娘も結婚独立し妻も昨年亡くなり会社も無借金経営なので、何のプレッシャーもなくなり肩の力が抜け、いつどこで野垂れ死にしても後継者の娘に迷惑をかけることもなく・・・人生にホッとしているんでしょう。これから往年の好きだったミュージシャンのライブにドンドン行き、ドンドン泣こう・・・なんて(笑)。今から50年前の1970年代に一世を風靡したシカゴやTOTOたフォリナーなどのアメリカのロックバンドも80歳近くなってもツアーを回っていますが、オールドファン相手に昔のヒット曲を演奏するなんて冷静に考えれば懐古ビジネスですが、そこにはアーティストは楽しみながら演奏をやりファンも青春を思い出す・・・というウインウインの関係が成り立っているのです。そんな50代60代70代を相手にする懐古マーケットが存在する背景には欧米や日本は昔から自由主義国だったというのがあり、この辺が中国や韓国やロシアなどの旧共産国や旧社会主義国家と根本的に違うところです。音楽だけでなく、私の周りのウインドサーフィン仲間の多くが若い頃からウインドをやってきた60代ですが(中には70代も)、そんなマーケットは中国や韓国やロシアには存在しないのです。この辺が政治体制による日本独特の内需マーケットが存在する理由です。まぁブルーラグーンが流行った頃とウインドサーフィンを一生懸命やっていた時が重なり、車で高中のカセットを聴きながら当時付き合っていた亡き妻と海に向かってルンルンだった気分が思い出されるのでしょう・・・(涙)。音楽は思い出を蘇らせるほど強い魔力があります。好きな音楽や曲が多ければ多いほど・・・幸せになれるのです。正に知的財産なのです。私は大金持ちではありませんが、音楽に関しては洋楽ロックとブラックミュージックを中心に、ジャズフュージョン、ボサノバ、ラテン、ディスコ、レゲエ、ラップ、サルサ、R&B、ポップス、Jポップ、歌謡曲、演歌、フォークソング、クラシック・・・とありとあらゆる曲が好きでストライクゾーンが広く、音楽に関しては大金持ちと言えるかも(笑)。趣味の音楽を活かしスタジオ経営もしていますし、起きている間中はリビングや事務所や車や風呂でも好きな音楽をずっとBGMで聴いており、好きな時にスタジオや自宅でドラムを叩き、お金儲けよりも音楽によって豊かな人生を送れていることだけは確かです・・・(涙)。70代以降もラクに続けられる今のトランクルームや音楽スタジオの仕事や生活に100%満足し、ガールフレンドくらいはできても再婚をするつもりは全くなく、好きなライブや旅行に行ったりウインドサーフィンやドラムを楽しみ、リゾート化した自宅1階の人工芝を敷いた庭に夏は大型プールを設置して6人の孫と遊び、葛城山系が眺められる2階のベランダで夏は夕方から吹く涼しいサーマルウインドを感じながらビールを飲み、ベランダと一体化した隣接の2倍の広さにリフォームした私の新しい部屋で65インチのテレビでネットフリックスを見たりYOUTUBEを見ながら電子ドラムを叩いて・・・独身ライフの自由を満喫していますので、もうこれ以上何もいらないのです。あとは健康に気をつけ、病気にならないように、100歳まで元気に楽しく生きていくだけです。まぁ当時は20代前半で、彼女ができて嬉しくウインドサーフィンも楽しく・・・希望に満ち溢れていた青春だったのです。それと72歳の高中がまだまだ現役バリバリでギターを弾いている姿に、大いに勇気を貰いました。満席の会場に降りてグルグル回ってギターを演奏する高中のパフォーマンスにみんな感動していました。ホンと、素晴らしいの一言です。先月ロサンゼルス公演したばかりで、アメリカでは日本と違って20代を中心にこれまでにないくらい滅茶苦茶ウケたそうです。とにかくこれから毎年高中のライブに行って、感動を貰います。まだまだ頑張って欲しいですが、もうアーティストもファンも互いにトシなんで、1年1年が勝負です・・・(汗)。7,8年前に森ノ宮ピロティホールに高中のライブを見に行きましたが、ここは少し大きいハコなのでビルボードライブのような一体感がなく、今回のような感動はありませんでした。やはりビルボードくらいの小さなハコはアーティストとの距離が近く、場合によってはカブリツキで見れるのが大きなメリットだったのです。まぁ高中正義の本当に凄いところは自作のヒット曲が多く自ら50年以上も20代の頃と変わらずギター演奏しているところで、こんな凄いアーティストは日本でも極極僅かで、ホンと尊敬に値します。こんな68歳のジイサンでも泣けるほど感動させて頂いたことに、ホンマ感謝しかないです・・・(涙)。という事で、ビルボードライブ大阪の2月の八神純子のライブで知り合った人とライブ前にイタリアンバーで待ち合わせて景気づけでビールを1杯飲んでからライブに出撃し、たまたま隣席に高中の大ファンだというイギリス人青年と知り合い、高中の話で大いに盛り上がりました。ライブ後の飲み会はイギリス青年は先約があるという事で来れませんでしたが、ライブ前に待ち合わせた人の奥さんと友達が私に是非会いたいという事でお会いして、ビルボード近くの去年できた大阪キタの新スポットKITTE大阪の「うめよこ」の居酒屋に4人で雪崩れ込みました。こんな私にわざわざ会いたいなんて・・・嬉しいじゃないですか(涙)。その居酒屋で高中ライブの最前列で感動で号泣していた方と偶然出会い、高中やライブの話で大いに盛り上がりました。彼と私は同じ曲に感動・・・涙したのです。人生って偶然の連続ですが、こんな巡りあわせもあるんですねェ・・・イギリス人青年もそうでしたが、私のインスタのアカウントを伝えましたので、また何らかの反応があるかもしれません。こういう時にSNSが威力を発揮するのです。しかしオモシロいですねェ・・・全然知らない人と共通の音楽で盛り上がるなんて。それほど音楽には、人の輪を広げるという「不思議な力」があったのです。もちろん前提条件として、社交性がなければなりませんが。まぁ私も6人の孫から高中正義のような「カッコいいオジイチャン」と言われるように、1歩でも近づきたいと思います・・・(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.04.01
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