2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全7件 (7件中 1-7件目)
1

前回からの続きです。近江八幡を後にして今度はJRで彦根に移動しました。駅に着き、彦根城を目指すため、道順を探ろうと駅構内の地図を眺めようとすると、目の前に彦根城がそびえ立っているのがわかりました。駅を降り、そのまま真っ直ぐに行けばすぐに行けそうです。すでに雨が降っていたので傘を差しながら彦根城を目指しました。ここ彦根城の初代城主は、井伊直政。そして第11代藩主の十四男であった井伊直弼、そしてその次男で最後の藩主 井伊直憲(なおのり)まで引き継がれます。幕末においては、井伊家は他の諸大名とは違い、どうやら別格だったそうです。 お濠(ほり)沿いには多くに桜の木がありましたが、残念ながらまだ咲いておりません。「桜まつり」と称すものが4月1日からだそうです。表門をくぐるとすぐに、重要文化財の馬屋があり、当時ここでは常に十数頭の藩主用の馬がつながれていたそうです。元禄時代の建物ですが、城内に残る馬屋は、ここ彦根城だけだそうです。 そこからしばらく坂を上っていくと廊下橋があり、それを渡ると天秤櫓がありますこちらも重要文化財です。この橋を中央とし左右対称に建てられ、まるで天秤のような形をしていることから、このように呼ばれていますが、厳密には左右対称ではなく、架けられた橋が右側に寄っているのと櫓の方向が異なっており、非対称になっていました。また、石垣の積み方が左右異なっており、左側が“落し積み”、右側が“牛蒡(ごぼう)積み”、と言われ積み方が異なっています。改修した時代背景によるものかもしれませんが、左側の“落し積み”は、石の形をそろえピッタリと納まっています。まるでジグソーパズルのようです。右側の“牛蒡(ごぼう)積み”は、石と石と空いた隙間に小石などを入れているため、かなり大雑把。私が思うに、左側はA型人間。右側がO型人間が、作ったのではないかと。。。(笑) 天秤櫓をから、石段をまた少し登っていく、太鼓門櫓をくぐるとやっと天守が目に入ってきました。それにしても、昨年の秋に行った犬山城と比べると本丸のまでの道のりが険しく長いです。本丸前には梅が満開となっていました。もう少し遅ければ、桜でいっぱいになっていたことでしょう。城内に入るまでは、通行列のためのロープが張ってありましたが、築城400年祭が過ぎたことと、桜の時期ではなかったこと、そして天候が悪かったために、来場者も比較的少なく、すんなりと入っていくことがでいました。城内は犬山城と同じく、とても急な階段になっており、手すりをしっかり持って上っていきます。気をつけないと落ちてしまいそうなほど急な階段です。 あとで気がついたのですが、城の裏側へ通ずつ道があり、そこには玄宮園をいう大名庭園があったのですが、行かずじまいでした。その庭園から望む彦根城もすばらしいとのことでしたので、とても残念な思いです。このような歴史的建造物を観て触れることができ、日本人に生まれて本当に良かったなと改めて感じると共に、日本人であることを誇りに思えました。今回、桜が見られず残念でしたが、少し時期がずれたことで、混雑もなく旅が出来たことは、ある意味良かったのかも。帰り際に買った、銘菓『埋も木』、とても上品なお菓子でした。▼【彦根城再発見】 http://www.hikone-400th.jp/castle/
March 30, 2008
コメント(0)

滋賀県にある近江八幡から彦根まで、JRの青春18切符を利用して旅をしてきました。2年前には長浜へ訪れましたが、この地区は見所が多い場所です。http://plaza.rakuten.co.jp/emgmethod/diary/200609030000/当初、天気予報では、曇りのち雨。傘を持参して行く事に。昨年の春、青春18切符で京都へ行った際、電車がすごく混んでしばらくの間、座れずじまいでしたが、この日は天候の加減か、空いていました。JR近江八幡駅では、目的地までバスが出ていましたが、20分ほどかけて歩いていくことに。4年前、近江八幡駅で降りたものの、時間の関係上、しばらく歩いたあと引き返してしまったことがありました。15分ほど歩くと、なにやら立派な建物が目に入ってきました。よく見てみると、小学校の校舎です。 その後、まず最初の目的地に到着。郷土資料館と歴史民俗資料館に寄ってきました。近江八幡は、本能寺の変の後、豊臣秀次が安土城下の民をこの地域に移し、城下町として栄えたまちです。ここでは近江商人の当時に関することが色々と資料として残されています。 歴史民俗資料館は、森五郎兵衞の控宅で当時の商売の模様を部屋で再現されたりもしています。座布団と机が置いてあったので、近江商人になったつもりで、そこに座ってみたりも(笑)当時使用されていたとされる生活道具等が保管されていました。中でもイギリス製のバイクが印象的です。初代五郎兵衞は、伴傳兵衞家に勤め、別家を許され、煙草や麻布を商いました。やがて、呉服など取扱商品を増やし、江戸日本橋や大坂本町にも出店し活躍したそうです。ここから、現在、東京日本橋室町にある近三商事株式会社が発足しています。 旧伴家住宅の跡で市の指定文化財になっています。7代目 伴庄右衛門能尹が伴庄右衛門家本家として建てたもので、明治時代になり八幡町に譲渡。その後、小学校~役場~女学校へと変わり、戦後は近江兄弟社図書館として使用され、後に近江八幡市立図書館を経ています。 そして公開されている旧西川家邸に入っていきます。ちょうど、団体さんが前にいて、ガイドさんが色々と説明されていたので、聞き耳を立ててお話を伺っていました。この西川家は、現在の布団で有名な西川産業の前身です。 ガイドさんが家の屋根部分について何やら説明されていました。この屋根の造りは、すごくお金のかかる造りだそうで、当時からお金持ちだったことが伺えます。 床の間には、西川家の家訓が掲げられ、説明書きが添えられていました。商売人の私にとって、とても興味深い家訓です。画像では読み取りづらいので下記に抜粋いたします。【家訓】先義後利栄・好富施其徳【読み方】義を先にし、利を後にすれば栄 富を好しとし、其の徳を施せ【内容】道理をわきまえて商いをすれば利益はついてくる。利益をあげることは悪いことではないが、それに見合った社会貢献をすることが大切である。【説明】八幡商人は、勤勉で、質素倹約を行い、寸暇を惜しんで家業に精を出し、信用を重んじて事業を確立させた。自分たちだけが利益を上げたり、手段を選ばずに大儲けしたりはしなかった。また多くの書物を読んだり、教えを受けたりして、その資産にふさわしい人間形成にも努力した。それ故に四百年もの長い歴史の中に活躍が展開されてきたのである。商売における普遍の法則がここにありますね。すばらしい家訓です。 街並を歩いていくと、八幡掘に出てきました。ここは、撮影によく使われる場所だそうです。川沿いを歩きながら風情を楽しんできました。桜を期待していたのですが、つぼみの状態から今まさに咲かんとするばかりで、開花の時期まで、まだしばらくありそうです。 そして、お昼になったので、食事をしようとお店を探していたら、見に入ったのが京料理のお店。のれんをくぐると中庭の見える小さな落ち着いたお店でした。案内して下さった、フィギャースケートの荒川静香似の綺麗なお姉さんが好印象です(笑)京料理ということでかなりの薄味かと思いましたが、比較的濃い目の味でした。こちらのお姉さん曰く、桜が満開となる時期は4月上旬だそうです。私の地元では、すでに満開でしたが、かなり地域差がありますね。 お店を出ると、雨が降り始めていました。傘を持って行き正解です。このまちは、日本における塗り薬の“メンターム(メンソレータム)”発祥の地です。(私はメンタムと言っていましたが・・・ 懐かしいです)建築家の方はご存知かと思いますが、アメリカの建築家「ヴォーリズ」がキリスト教伝導のため米国からこのまちに移り住み、この薬を普及させたそうです。ヴォーリズ氏は、建築家としてのみならず、医療、教育、社会事業等々、幅広く活躍されていた人物です。そのメンタームを扱う近江兄弟社へ寄ろうかと思ったのですが、残念ながら日曜日でお休みでした。近くには、ヴォーリス氏が住んでいた邸宅があり、中へ入ることが出来るとのことでしたが、地元のお土産屋さんが言うには、前日までに予約しなければいけないそうで、こちらも情報不足で、外からの観覧になってしまいました。でも歴史ある建物を見られて良かったです。この記事の最初に写っている建物(旧八幡郵便局)もヴォーリズ氏が設計されたものです。また、日本の建物の中には、関西学院大学、神戸女学院、大阪心斎橋の大丸百貨店等々、彼が手がけられた建造物が数多く存在します。 このまちは、見所も多く、なかなか回りきれません。豊臣秀次の居城であった八幡城跡にも寄りたかったのですが、時間の都合上、また機会があるとき来ようかと思います。そして、その後は彦根まで移動し、彦根城を観に行ってきました。(つづく)▼社団法人 近江八幡観光物産協会 http://www.omi8.com/▼財団法人 近江兄弟社(ヴォーリズ記念館) http://vories.com/
March 30, 2008
コメント(4)

先日、岡崎の知り合いの案内で、竜美ヶ丘の住宅街の一角にある和食の『隠れ和厨房 巳土里』に行ってきました。こちらのお店の情報は、以前にも書いた【“究極のレストラン”ランキングin名古屋】で発見しました。ご一緒した知り合いに、この事をお話したら、すでにご存知で、何回か行ったことがあるそうで、たいへんお薦めとのことでした。上記のブログ筆者にも情報提供されたみたいです。この日はとても暖かな日で車中は暑いくらいの良い天気に恵まれました。竜美ヶ丘公園の駐車場にクルマを止めて、清々しい気持ちで住宅街へ向かって歩いて行きました。その途中、公園に園に立て看板が・・・そこには“変質者に注意”と書かれていました。このあたりは多いのでしょうか?ちなみに看板横に写っている人物は、変質者ではありませんのでお間違いないように(笑) 自宅を改築した奥ゆかしい佇まいのお店作りになっています。案内されないと知らずに通り過ぎてしまいそうですが、それが隠れ家的で良いのかも。 予約をして行ったのですが、20人ほどでの席はすでに満席状態で、周りはマダムだらけでした。私はレビュー出来るほどのグルメではないので、画像だけを載せておきます。料理のレビューに関しては、ぜひ、【“究極のレストラン”ランキングin名古屋】を見て下さい。それにしても、この料理で金額がとてもお値打ちです。これはランチですが、なんと1500円。抜群に高いコストパフォーマンスです。このお店の料理人さんは、30歳前後の女性。配膳される方とお二人で運営されていました。時には、ケーキ等の洋菓子も創作されるらしく、写真が飾られていました。 会計を済まし帰る際には、この料理人さんが正座して見送りしてくださり、ちょっと感動してしまいました。料理共々、すばらしい設えに大満足です。夜の料理もこれまた良いとのことですので、またぜひ訪れてみたいと思っています。▼【“究極のレストラン”ランキングin名古屋】 http://umaiumai.blog59.fc2.com/
March 25, 2008
コメント(0)
知り合いの勧めで、藤田まことが演じる映画【明日への遺言】を観に行ってきました。第二次世界大戦後、無差別爆撃を行なった米軍に対して処刑を行ない、その罪に問われ、戦犯裁判にかけられた東海軍司令官 岡田資中将の物語です。「部下の行なった行為の責任は、全て司令官の私にある」と、部下たちを守ろうとします。公判中、一切他人のせいにしない司令官の潔い姿を見た関係たちは、しだいに司令官を救ってあげたいと言う気持ちになっていきます。弁護士、検察官、そして裁判官も敵国の人間です。検察官もしだいに司令官に有利な情報を与えるようになります。また裁判官までもが助け舟を出す発言を行います。しかし、司令官は断固と筋を通します。もし裁判官の助け舟に乗っかれば、刑は軽減されていたことでしょう。このことで、司令官はのちに処刑されてしまいます。この勇敢な司令官のおかげで20人ほどの部下たちは、処刑されずにすみました。そして最終的には、全員釈放されました。この映画を観たことで、いまの日本人が忘れかけているものを垣間見たように感じました。人のせいにしたり、会社のせいにしたり、世の中のせいにしたり、と・・・自分に対する戒めにもなりました。私はかつて、映画等を観て、目頭が熱くはなっても、涙がこぼれ出すということはありませんでしたが、今回気がついたときには、涙が頬をつたわっていました。もうそろそろ上映も終わってしまいそうですが、DVDを購入してでも観ることをお薦めします。とてもすばらしい人間ドラマです。
March 24, 2008
コメント(2)

春を感じられる暖かなこの一日、大好きなまち、足助町へ行ってきました。今年で10回目の開催となる「中馬のおひなさん」を観るためです。今年の開催期間は、2月9日~3月9日までの一ヶ月間。その最終日に行ってきました。このイベントでは、古い町並みにならぶ家々の軒先には、一堂にお雛さんが飾られます。お店にはもちろん、普通のお家にもです。私は今回で3回目となりました。 過去ログ http://plaza.rakuten.co.jp/emgmethod/diary/200702160000/ http://plaza.rakuten.co.jp/emgmethod/diary/200503060000/足助に着くとお昼の時間帯でしたので、まずは昼食をとることにしました。以前、こちらのブログで拝見したことのある「竹ひな」という合掌造りのお店で、鮎の塩焼きランチを頂いてきました。品数も多く、しかも鮎は特大。鮎の塩焼きは久しぶりに食べましたが、塩加減も程よく、アタマからそのまま“ガブリ”と食してきました。 腹ごしらえをした後は、街並を歩きます。以前にもあったのでしょうか、今回初めて見た、面白い設えのお雛さんがありました。竹をくり抜いた部分に、可愛らしいお雛さんが座っています。この足助では土雛が有名なようです。 その家々には代々から伝わる古いお雛さんもあり、昭和初期・大正・明治時代、中には江戸時代から伝わるお雛さんも飾られていました。また、むかし銀行として使われていたという建物の金庫室にもお雛さんが・・・ 足助のまちを歩いているとレトロな建物等に遭遇します。既に足助のまちは何回も訪れていますが、何度行っても飽きることはありません。まちを歩いているだけでも、とても心が和みます。とても感心するのは、信用金庫さん、農協さんの建物までもが、このまちにあった佇まいになっています。ところで、下の画像にある「莨屋」・・・なんて読むのか、分かりますでしょうか?答えは、た○こ屋 最後に、私の好きなスポットでもある「蔵の中ギャラリー」で植物細密画展を観てきました。次回行く時は、カタクリの花の時期か、夏の「たんころりん」の時期でしょうか・・・ゆったりとした時間を過ごすには、足助はとても良いところだと感じます。▼ 中馬のおひなさんマップ
March 9, 2008
コメント(4)
![]()
温泉大国、日本。日本には2万8000本もの源泉があるそうです。温泉施設としては1万8000軒余り。温泉地としては3800ヶ所あり、いまも一年に50ヶ所ほど温泉地がボーリングによって誕生しているそうです。この中でも一定の条件を満たす温泉施設を団体【日本温泉遺産を守る会】が、『温泉遺産』と認定しています。温泉遺産の定義は次の三つだそうです。1.温泉施設の建造物2.温泉文化・風俗3.源泉かけ流し風呂三つの中でも特に、“源泉かけ流し”がもっとも重要とのこと。これら温泉遺産が紹介されている本を入手しました。全国の温泉遺産が登場していますが、この一部を私の十年来の知り合いが、取材記事を書いたそうです。海外旅行へ行くのも良いかもしれませんが、日本の古き良き所を尋ねてみるのも、とても贅沢な時間の過ごし方のように感じます。この本を読んでいると、一度は行ってみたくなりました。時にはこのような本もいいですね。読んでいるだけでも癒されます。▼【一度は泊まりたい温泉遺産】
March 8, 2008
コメント(0)

この日は、春を感じる暖かな一日で、地元の公園まで梅の花を見に行ってきました。ここには、全国の色々な梅ノ木が植えられており、一口に“梅”といっても色んな種類のモノがあるんだなと、知ることが出来ました。一部つぼみをつけた花も見受けられましたが、多くのモノは既に満開となっており、ちょうど見頃でした。もう少し早い時期に訪れていれば、梅の薫りも楽しめたかもしれません。それにしても、花びらだけを見ると桜に良く似ているように感じます。やはり春の花だからでしょうか・・・?まだまだ寒い日が続いていますが、春はもうそこまで来ているように感じるこの頃でした。 公園内の池のほとりにアヒルが昼寝をしていました。写真を撮ろうとしたら、目を開けて鳴き声を出し始めました。昼寝を邪魔されて、どうやら怒っていたようです。
March 2, 2008
コメント(2)
全7件 (7件中 1-7件目)
1

![]()
