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図書館で『アジア・太平洋戦争と石油』という本を手にしたのです。石油の禁輸が強化されて、日米関係が緊迫していった史実があるわけで・・・・この本は開戦のメカニズムを知る上で興味深いと思ったのです。【アジア・太平洋戦争と石油】岩間敏著、吉川弘文館、2018年刊<「BOOK」データベース>より石油に乏しい日本は、なぜアジア・太平洋戦争に踏み切ったのか。蘭領東インドとの輸入交渉、真珠湾攻撃での洋上給油作戦、石油備蓄と需給の予測、南方からの石油輸送と海上護衛戦の実態、本土空襲と製油工場の被害などを考察。石油のほか艦船・航空機など戦備に関する豊富なデータをもとに、あらゆる資源を動員した総力戦の実態と末路を解明する。<読む前の大使寸評>石油の禁輸が強化されて、日米関係が緊迫していった史実があるわけで・・・・この本は開戦のメカニズムを知る上で興味深いと思ったのです。rakutenアジア・太平洋戦争と石油「第5章 世界最初の戦略石油備蓄」で航空機と航空揮発油あたりを、見てみましょう。やや 飛行機オタクの傾向が出たが・・・総力戦の実態を見てみたいのでおます。p87~89<2 兵器としての航空機と航空揮発油>■航空機の実戦使用開始 次に、航空機とその燃料について考察する。第一次大戦時、日本は連合国軍側に立ってドイツ軍が守る中国の山東半島にある青島要塞を攻撃した。その際、海軍はフランス製の複葉ファルマン式水上機(速力76km)3機と同水上機(速力99km)1機の計4機を貨物船改造の特設水上機母艦「若宮」に搭載して偵察や爆撃に使用した。 全作戦中の飛行回数49回、投下した爆弾総数199発、うち命中したと思われるもの8発であった。これが、日本の海軍機が実戦に参加した最初であった。 大戦終了後の1919年1月、日本陸軍はジャック・ポール・フォール陸軍中佐を団長とする「フランス遣日航空教育軍事施設団」(総勢57名)を招聘し、陸軍の所沢、各務ヶ原飛行場で3ヵ月にわたり指導を受けた。 1921年9月、日本海軍は英国からウイリアム・フォーブス・センピル空軍大佐を団長とする「センピル航空教育団」(総勢29名)を招聘した。この教育団は、英国空軍が第一次大戦の実戦で得た教訓と戦術を霞ヶ浦と横須賀で1年半にわたって日本海軍へ教授した。それまで、海軍の航空技術は初歩的な段階にとどまっていた。航空教育団は、最新鋭の戦闘機、雷撃機、偵察機、飛行艇、練習機など多種多様な機種を持ち込み、日本海軍の操縦士たちに第一次大戦の実戦で英国空軍が習得した空中戦、爆撃、雷撃などの高度な技術を教えた。 英国は第一次大戦中の1918年4月、航空機が主要な戦力になると判断して、陸軍航空隊と海軍航空隊を併せて世界最初の空軍を設立していた。その後、センピル航空教育団の訓練を受けた日本海軍の操縦士たちが1922年11月の霞ヶ浦海軍航空隊発足の中心となる。 1922年12月、日本海軍は起工時から空母(搭載機27機)として設計された世界最初の制式空母「鳳翔」を横浜鶴見の浅野造船所で竣工させた。日本海軍は近代兵器としての飛行機と空母に着目したのである。 それから20年、米英との開戦時の1941年(昭和16)末、日本海軍は世界最多数の空母10隻を保有していた。この時点で、複数の空母を集中運用できる能力を持っていたのは、日本と米国だけであった。 日本海軍は空母の他に横須賀、横浜、館山、木更津、千歳、美幌、大湊、佐世保、佐伯、鹿屋、呉、舞鶴、元山(朝鮮)、鎮海(朝鮮)、父島、高雄(台湾)に基地航空隊を置いた。これらの陸上基地には戦闘機だけでなく、空母に搭載できない双発の陸上攻撃機、水上機、輸送機が配備された。、マレー沖海戦■マレー沖海戦での日本海軍航空隊 開戦直後、日本海軍は英国東洋艦隊の新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋艦「レパルス」をマレー半島沖で撃沈する。攻撃したのは美幌、元山、鹿屋の各基地航空隊所属の九六式陸上攻撃機と一式陸上攻撃機であった。この戦闘は「マレー沖海戦」と呼ばれるが、世界で初めて作戦行動中の戦艦を航空機が撃沈したことで有名になった。時のチャーチル英国首相は回想録に、「戦争の全期間を通じて、私はこれ以上のショックを受けたことがなかった。私はベッドの上で、身もだえした。もう、太平洋は、日本のものになった」と書き残している。■航空機性能と油 日本の航空揮発油(ガソリン)の消費量は、満州事変時の1931年(昭和6)には5万k㍑であったが、日中戦争が勃発した1937年には11万k㍑、アジア・太平洋戦争中の1943年には107万k㍑と、戦時の6年間で、約10倍に急増した。海軍の最大の関心はこの航空揮発油を確保することにあった。 さらに、量だけでなく質の問題もあった。米国の実戦機で通常使用されていた高品質のオクタン価100の航空揮発油は、日本では敗戦まで工業製品化されることはなくオクタン価87~92のものが実戦で使用された。オクタン価はアンチ・ノック性を示す指数で、ほぼその数値に比例して出力、燃費が上昇した。例えば、三菱重工業製の金星四型エンジンの場合、オクタン価92では1092馬力の出力が、100では1233馬力となった。このことは小出力のエンジンしか製造できなかった日本の航空機の性能に大きく影響いた。(中略) 日本は航空潤滑油(エンジンオイル)の製造も遅れていた。潤滑油は発動機の性能に大きな影響を与えた。初期の航空潤滑油はカストル(ひまし)油が使用されていた。しかし、航空機の発動機が空冷式で高度化するとともに、カストル油では熱と酸化に対する安定性の不足のため鉱物性潤滑油が求められた。 日本で本格的に航空潤滑油の製造に取り組んだのは1937年の日中戦争開始の頃であった。それまでは、ほとんどの航空潤滑油は米国から輸入されていた。第三海軍燃料廠(徳山)で研究が行われ、米国の基準航空潤滑油の120番潤滑油水準の生産に成功し、北樺太オハ原油を原料に製品の出荷が始まったのは、1941年春頃からであった。『アジア・太平洋戦争と石油』2:石油をめぐる前哨戦『アジア・太平洋戦争と石油』1:日中戦争と日米対立()
2021.03.31
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早朝に散歩する太子であるが、南東の空に月と金星が見えるのです。ちょうど三日月の内側に金星が位置しているが、これって中東諸国が好むマークではないか。また、このマークは春分と関係があるのではないか?センバツ高校野球や春場所は終ったが・・・ドングリ国ではソメイヨシノが満開となり、まさに春爛漫となりました。【日本のならわしとしきたり】ムック、 徳間書店、2012年刊<内容紹介>ありふれたムック本ということなのか、ネットにはデータがありません。<大使寸評>とにかく「今日は二十四節季でいえば、何になるか♪」を知りたいロボジーにとって、座右の書となるでしょう♪Amazon日本のならわしとしきたりこの本で、清明のあたりを見てみましょう。和暦p11<清明>心と体が開かれる春爛漫の節。入学・入社の時期でもある 清明は現行暦の4月5日ころから始まる節気である。『暦便覧』によると「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」の気候である。木の芽、草の芽が発芽し春の気に生かされ健やかに成長する時期である。 万物が清々しく明るく美しいころであり、体感的にも過ごしやすく爽やかな時候となっている。「清明」は、俳句では春の季語であり、長く感じられた冬の重苦しい扉が開かれ、穏やかな春の光に満ちた状態を謳歌する気分が込められている。 動物に子供が誕生するのもこの時期が多く、俳句では「猫の恋」「恋猫」などといった粋な季語の言葉がある。(中略) 動物だけでなく人間も、心身共に開かれるのが「清明」の時期の特色で、髪の毛は他の節よりも健やかに伸び、身体の内側の働きも活発になってくる。 さらに清明節は「踏青節」とも呼ばれており、郊外へとピクニックに出かけ、下萌えの青い種々の芽を踏み、のびやかに散策を楽しむ節でもあった。 この時期の七十二候は、次のとおり。 初候「玄鳥至(つばめきたる)」燕が南からやって来る。 次候「鴻雁北(こうがんかえる)」雁が北へ渡って行く。 末候「虹始見(にじはじめてあらわる)」雨の後に虹が出始める。 帰る渡り鳥、来る渡り鳥、そして夏の象徴である「虹」がたつころとなる。「虹」は夏の季語。 ウン 渡り鳥を見る機会が増えて、バードウォッチングにはいい時期になりますね♪二十四節季の啓蟄に注目二十四節季の立春に注目()
2021.03.31
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図書館で『アジア・太平洋戦争と石油』という本を手にしたのです。石油の禁輸が強化されて、日米関係が緊迫していった史実があるわけで・・・・この本は開戦のメカニズムを知る上で興味深いと思ったのです。【アジア・太平洋戦争と石油】岩間敏著、吉川弘文館、2018年刊<「BOOK」データベース>より石油に乏しい日本は、なぜアジア・太平洋戦争に踏み切ったのか。蘭領東インドとの輸入交渉、真珠湾攻撃での洋上給油作戦、石油備蓄と需給の予測、南方からの石油輸送と海上護衛戦の実態、本土空襲と製油工場の被害などを考察。石油のほか艦船・航空機など戦備に関する豊富なデータをもとに、あらゆる資源を動員した総力戦の実態と末路を解明する。<読む前の大使寸評>石油の禁輸が強化されて、日米関係が緊迫していった史実があるわけで・・・・この本は開戦のメカニズムを知る上で興味深いと思ったのです。rakutenアジア・太平洋戦争と石油「第3章 日蘭会商から石油禁輸へ」で石油をめぐる前哨戦あたりを、見てみましょう。p46~47<1 アジア・太平洋戦争の前哨戦>■対日経済制裁の開始 日米開戦の契機の一つになった米国の石油禁輸は突然に開始されたものではない。1937年(昭和12)7月7日に日中戦争が勃発して以来、この戦争を日本の中国への侵略と捉えた米国は「日米通商航海条約」の破棄などさまざまな対日経済制裁を続けてきていた。そして、1940年9月27日の「日独伊三国同盟」の締結によって、英国と米国は日本を仮想敵国から完全な敵対国、枢軸国と見なすようになった。 日本の政府と軍部は、強化される米国の対日経済制裁を見ながら、いずれ、米国は日本に石油禁輸を行うのではと危惧していた。日中戦争が始まった1937年の米国からの石油輸入量は374万k㍑(輸入量の67%)、1938年は435万k㍑(同73%)であった。そして米国は日本の最大の石油輸入元であった。このため、日本は米国に替わる石油の輸入先を探していた。その最も有望な対象地域が蘭印であった。 1940年9月、日本政府は使節団を蘭印へ派遣して、石油を含めたゴム、錫、ボーキサイトなど、当初、重要物資13品目の購入交渉を開始した。この交渉は「日蘭会商」と呼ばれた。この「日蘭会商」の経緯を追っていくと、資源なき日本の外交姿勢、英米蘭の対日戦略、さらには、交渉とは別に戦争を準備する日本の軍部の姿が浮び上がってくる。 この「日蘭会商」の後、日本は南部仏印へ武力進駐を行った。これは日本の対南方政策の次の段階、シンガポールと蘭印を攻略するための準備として飛行場と港湾を確保するのが狙いであった。しかし、米国はこの日本の南進を見逃さなかった。 この南部仏印への進駐が引き金になって、米国は日本の在米資産の凍結と実質的な対日石油禁輸に踏み切る。日本は危惧していた石油の完全禁輸という経済制裁を真正面から受けることになった。「日蘭会商」は、日本が米国の石油禁輸を予想し、米国に替わる代替供給国の蘭印から石油を含む重要物資の供給を求めた「アジア・太平洋戦争の前哨戦」であった。■日本の石油への危機感 海軍が本格的に石油の確保に危機感を持ったのは、日中戦争の勃発以降であった。この戦争は宣戦布告を行ない「戦争」となると、戦時国際法(中立国の義務)上、第三国(米国、蘭印などの中立国)から戦略物資の輸入ができなくなるため、日本国内では「支那事変」と呼ばれていた。中国も同様に第三国(米国、英国、ドイツ、ソ連)からの支援が得られなくため、日本に宣戦布告を行なっていなかった。しかし、実態は数十万単位の兵力、艦艇、航空機を投入した本格的な戦争であった。 米国は日本の「満州」建国以来、日本の膨張に対して警戒を続け、日中戦争を日本の中国への侵略と捉えていた。米国は日本に対する経済制裁の検討に入り、日米通商航海条約」の破棄を行ない、通商に関して、日米間は無条約関係となった。 続いて、87オクタン価以上の航空揮発油の対日禁輸を行ない、1940年7月31日、航空揮発油の西半球以外への禁輸、同年10月16日、鉄鋼屑鉄の対日禁輸と、次々に、重要物資の経済制裁を打ち出した。米国は、「航空揮発油」と「鉄」という戦争に最も必要な物資の供給を止めたのである。残るのは普通空揮発油、重油、潤滑油などの「石油の全面禁輸」であった。(中略) 日本の南西5500km、船輸送距離片道10~11日にある蘭印では、日本の国内生産の約30倍、国内消費の約2倍の原油が生産されていた。『アジア・太平洋戦争と石油』1()
2021.03.31
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図書館で『アジア・太平洋戦争と石油』という本を手にしたのです。石油の禁輸が強化されて、日米関係が緊迫していった史実があるわけで・・・・この本は開戦のメカニズムを知る上で興味深いと思ったのです。【アジア・太平洋戦争と石油】岩間敏著、吉川弘文館、2018年刊<「BOOK」データベース>より石油に乏しい日本は、なぜアジア・太平洋戦争に踏み切ったのか。蘭領東インドとの輸入交渉、真珠湾攻撃での洋上給油作戦、石油備蓄と需給の予測、南方からの石油輸送と海上護衛戦の実態、本土空襲と製油工場の被害などを考察。石油のほか艦船・航空機など戦備に関する豊富なデータをもとに、あらゆる資源を動員した総力戦の実態と末路を解明する。<読む前の大使寸評>石油の禁輸が強化されて、日米関係が緊迫していった史実があるわけで・・・・この本は開戦のメカニズムを知る上で興味深いと思ったのです。rakutenアジア・太平洋戦争と石油この本の冒頭「第1章 日米開戦前の日本の戦備」あたりを、見てみましょう。p1~4<1 日中戦争と日米対立>■日中戦争の長期化 1937年(昭和12)7月7日、北京郊外の盧溝橋附近で日中両軍の間で小さな戦闘が生じた。当時、これが両軍の全面対決となり、日本と米英蘭中他の連合国軍との大戦争に拡大し、日本の敗戦に繋がる発端になるとは誰も想定していなかった。 当初、日本軍は反日運動が激化している中国を「暴支膺懲」(こらしめる)のスローガンの下、「鎧袖一触」(鎧の袖を当てただけで倒す)と攻撃を開始したが戦闘は全中国に広がっていった。当時、日本では中国の国力、兵力、戦意、ナショナリズムを過小評価する傾向が強く、大本営第二部支那課の作戦資料には日本軍約10ヶ師団程度を以って中国を制覇し得るとの判断が記述されていた。 中国国民政府の蒋介石主席は、「日本が最大限動員しても対支作戦使用兵力は25ヶ師団を最大限と見積り、長期持久戦略により対日戦に成算ある」と判断していた。「一撃粉砕」と上海方面に出兵した日本陸軍は1941年の段階では、約73万人の兵力を中国大陸に送り、4年5ヵ月も中国との間で本格的な戦争が続いていた。一方、米英ソ独などは中国を支援するため兵器、軍需物資、借款を中国に送っていた。■米国の対日経済制裁 米国は日本の中国への侵略を阻止するとして経済制裁を段階的に強化していった。1939年12月20日には「モラル・エンバーゴ」(道義的禁輸)として航空揮発油(ガソリン)の製造設備、技術の輸出を禁止し、前年7月26日に米国から破棄が通告されていた「日米通商航海条約」が1940年1月26日に失効した。 同年7月26日、米国は日本軍が対中国爆撃に米国から輸入した石油をしているとしてオクタン価87以上の航空揮発油の対日禁輸を実施した。日米間に緊張感が生じ始めていた。 対米英戦に関しては、1939年8月8日、平沼棋一郎内閣の米内光政海相は三国同盟に関する五相会議の席上、石渡荘太郎蔵相の「日独伊の海軍と英仏米ソの海軍と戦って、我に勝算はありますか」の問いに対して、「勝てる見込みはありません。大体日本の海軍は、米英を向こうに廻して戦争をするように建造されては居りません。独伊の海軍に到っては問題になりません」と連合艦隊司令長官を経験した海軍のトップが明確に答えていた。 平沼内閣の米内海相時代から2年が過ぎ、海軍上層部も人事の入れ替えが生じていた。1940年9月27日、日本は「日本国、独逸国及伊太利国間三国条約」(日独伊三国同盟)を締結した。この同盟は日本を独伊の枢軸国側に押しやり、戦争に向かう一つのターニングポイントとなった。「日独伊三国同盟」締結を後押ししたのが欧州情勢であった。 当時、ドイツ軍は1940年5月10日、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグに侵入を開始し、英仏軍をドーバー海峡に面したダンケルクに追い詰め、6月22日にはフランスを降伏させた。「バスに乗りおくれるな」は一つの流行語になっていた。 海軍にも下克上の気風が起り、1941年に入ると、前年末に設けられた「海軍国防政策委員会」の力が台頭してきていた。この委員会は省部(海軍省、軍令部)間で横断的に委員の人選が行われ、四つの委員会があった。第一委員会は政策、第二委員会は軍備、第三委員会は国民指導、第四委員会は情報が担当であった。<2 海軍最初の石油の需給見通し>■石油の需給予測 海軍の第一、第二委員会は1941(昭和16)年6月5日付の「現情勢下に於て帝国海軍の執るべき態度」と称する報告書を作成して省部上層部に回覧し決済を取った。この報告書では開戦時の石油需給を予測した。その概要は以下の通りであった。 1941年9月を戦争開始と想定した場合、同時点の石油備蓄量は970万k㍑、海外からの購入石油は9月以降全部停止、蘭印は開戦後占領下に置く。石油供給は、国産原油が年間45万k㍑、人造石油が戦争第1年30万k㍑、第2年50万k㍑、第3年70万k㍑、樺太のオハ油田及びソ連からが第1年5万k㍑、第2、3年各10万k㍑、蘭印から第1年零、第2年100万k㍑、第3年250万k㍑、合計で第1年80万k㍑、第2年205万k㍑、第3年375万k㍑である。(中略)■石油増産の見込み 戦争期間中に「石油需給で供給が不足する」とは。途中で「石油が枯渇し戦争ができなくなる」ことを意味した。しかし、この報告者では、「人造石油の増産、鑿井機械の急速整備、蘭印産油獲得量の増加、ソ連などよりの買油増加によって不足分年120万k㍑程度の供給は相当の見込みあり」とした。この石油需給は石油備蓄量を過去最大の970万トンと算定し、これによって、需給バランスをとったものであったが、その数値の出所は不明である。石油備蓄量の増大によって需給の調整を行う手法はこれ以降も続くことになる。 報告書は総合的観察として、「泰(タイ)仏印及蘭印は帝国自存上己むを得ざれば武力を以てするも之を確保するを要す」 「外交交渉に於て難行すとせば帝国自存の見地に於て武力的把握も断行せざるべからず」と武力による占領を示唆していた。 さらに、海軍が武力行使を決意する場合として次の事項を挙げていた(参謀本部編『杉田メモ』)。・米(英)蘭が石油供給を禁じたる場合・蘭印 泰 仏印が生ゴム 米 錫 ニッケルの全面禁輸をなしたる場合・帝国(日本)が自衛上必要とする軍事的協力を 仏印泰が拒否したる場合・米英蘭の極東増派兵力が作戦上許容し難き程度に達したる場合・対中交戦権発動後英米が帝国の軍事行動を妨害したる場合・英米が泰に軍事行動を起こしたる場合 そして、海軍として執るべき態度及対策の結論として「帝国海軍は皇国安危の重大時局に際し帝国の諸政策に動揺を来さしめざる為 直ちに戦争(対米を含む)決意を明定し強気を以て諸般の対策に臨むを要す」とした。この結論は戦争誘導の檄文に近いものであった。 ウーム 満州事変を起こした頃から軍部には戦争誘導はあっても、戦争回避という柔な発想はなかったようですね。()
2021.03.30
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図書館で『貧乏という生き方』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、年金生活者として生きるノウハウが多々見られるわけで・・・これは、ええでぇ♪【貧乏という生き方】川上卓也著、WAVE出版、2010年刊<出版社>より「貧乏くささ」を忌避し、本物の「貧乏」を求める道がここに!お金に左右されない豊かさと楽しさを求めた、爽快無比なる「使える」エッセイ。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、年金生活者として生きるノウハウが多々見られるわけで・・・これは、ええでぇ♪rakuten貧乏という生き方「第四章 一億総貧乏時代を迎えて」で貧乏時代の歴史を、見てみましょう。p223~226<一億総貧乏時代へ至る歴史―思想の消失> バブル経済の終焉から現在までは、20世紀型のあらゆるものが衰退するための準備期間でした。これこそが、一億総貧乏時代幕開けの潜伏期間だったのですけれど、では感染したのはいつなのかなあと探ってみますと、これはどうも、70年代から80年代への移り変わりが臭うのです。 「日米安保の自動継続でうべてが終わった…。俺達は挫折したんだ」 かつて水道橋で石を投げていたという人が、僕に対してこう言いました。ベトナム戦争が終わると反戦運動も雲散霧消し、安保条約が自動継続となることで、安保闘争も終わってしまった。学生運動に若さのすべてを注いだ人々の味わったものなど、僕には分かることができません。けれど、ひとつの時代が終わり、新たな時代の始まった区切りであると捉えることは可能なのです。 このとき、日本から思想が消えてしまったのです。銭湯で、八百屋の店先で、縁側で、人々があれやこれやと政治を語り、国の進むべき道を議論するような時代は終わってしまった。 70年代と80年代の間には、確実に切り替わりが存在します。長野県知事を務めた方のデビュー作も、1980年に書かれました。そういう時代が始まったのです。 思想の消えた人々がシフトしたものは、ずばり消費でした。70年代には、ファーストフード店やファミリーレストラン、コンビニエンスストアなど、貧乏臭い人々に必要不可欠とされるものは日本にも登場していましたから、消費という甘美な行動に移行する下地は整っていました。 高度経済成長によって世界屈指の経済大国にのし上がった日本の人々から思想が消えた80年代、消費へのシフトなんて簡単なことでした。 とにかく金はある。家は一生の買い物というくらい大変なものですけれど、だからこそ、それ以外のものに金の使い所を示してあげれば、人々はほいほいと面白いように消費していきます。 消費のためのメディアが台頭するのも80年代で、ポパイこそ1976年に創刊されていましたが、オリーブやモノ・マガジンが1982年、ハナコが1988年に創刊され、あちらでもこちらでも、なんとなくクリスタルな生活を謳歌する若者で溢れていたのです。まさに「カタログ文化」の時代でした。(中略) 自分の感性を頼りに気に入ったものを探すのではなく、見せかけのステータスを手に入れるために誰でもそれと一目でわかるような物をカタログ雑誌から選ぶ。多くの人が高価だと知っているものを手に入れることに躍起になる不毛な時代の始まり。感染時期は、確実に80年代なのです。 そんなこんなで、消費意欲は最高潮に達し、日本はバブルを迎えます。馬鹿が金を持つとろくなことにならないと証明してくれた狂乱の時代でしたけれど、崩壊から十年以上経った今でも、バブルについての検証はあまりに不十分で、決定打がありません。 経済学者がそんな状態であるのに、最終学歴が工業高校の僕に多くを語ることなどとても不可能ですけれど、80年代のカタログ文化がより一層、人々の生活に色濃く浸透した事実だけは語ることにいたします。『貧乏という生き方』2:コンビニ活用法『貧乏という生き方』1:喰うことは生きること
2021.03.30
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図書館で『貧乏という生き方』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、年金生活者として生きるノウハウが多々見られるわけで・・・これは、ええでぇ♪【貧乏という生き方】川上卓也著、WAVE出版、2010年刊<出版社>より「貧乏くささ」を忌避し、本物の「貧乏」を求める道がここに!お金に左右されない豊かさと楽しさを求めた、爽快無比なる「使える」エッセイ。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、年金生活者として生きるノウハウが多々見られるわけで・・・これは、ええでぇ♪rakuten貧乏という生き方「第二章 遊びながら暮らすために」でコンビニ活用法を、見てみましょう。p98~102<貧乏不足がコンビニに走らせる> 夜中に風呂へ入ろうとしたとき、ふと石鹸の無いことに気がついた場合などは、コンビニの便利さが手ぐすねを引いて待っている瞬間です。けれど、ここであの蛍光灯に照らされた眩しい店内へと吸い寄せられてしまっては、それこそコンビニの思う壺なのです。 タオルで汗を洗い流すだけでも、1日くらいなら何の問題もなく過ごすことができます。汗は水溶性ですし、油汚れだってお湯で流せばある程度は落ちます。これが毎日では社会生活に支障を来たすかもしれませんけれど、1日くらいなんてことはありません。(中略) 貧乏人の生活サバイバル能力を用いれば、コンビニに生活用品を求める必要はなくなるのです。<便利さに付け入る、これこそが貧乏> こうなると、貧乏人にはコンビニを利用する術はないのかといえば、実は、いくつかの存在が認められています。コンビニが提供している便利さのなかには、貧乏人が付け入る隙、客寄せのための無料サービスもあるのです。 その代表格と言えるのが、公共料金の支払。口座振替では、どうしようもなくお金がないときにでも容赦なく引き落とされてしまいますから、僕はできるだけ支払票を持っていって自分で払うことにしています。そんな公共料金の支払いは、もっぱらコンビニで済ませます。なにしろ、24時間365日、いつでも支払うことができるのですから、自動引き落としでなくても十分に便利です。 コンビニには常に客が入っていますけれど、混雑時を避ければレジは開いていることが多いですから、金融機関で順番を待つよりも早いのです。 トイレというのも、コンビニの魅力のひとつです。店舗によってばらつきもありますけれど、大抵は掃除も行き届いていますし、トイレットペーパーも常備されています。街道沿いのコンビニなどは、トイレを売りのひとつにしているところもあり、そのような店のトイレにはおしり洗浄機まで設置されていたりして、貧乏人が文明に触れる瞬間とも言えます。(中略) 雑誌コーナーで立ち読みをすれば、テレビを持っていない貧乏人でも、ある程度の情報を手に入れることができます。知らない土地を旅するとき、地図を立ち読みできるのも魅力です。本屋よりもコンビニの方が多いですし、一緒にトイレを済ませることもできるのですから、こういった便利は是非とも活用したいところです。 立ち読みは嫌がられるのではないかという心配する人も居るかもしれませんけれど、時間帯によっては長居も可能です。なにかと心細い真夜中、必ず道路に面した雑誌コーナーに立ち読みをする客が居れば、ある程度は防犯に役立つのです。さすがに何時間もの立ち読みは注意されるかもしれませんけれど、気になる記事を拾い読みするくらいなら、堂々と立ち読みしてもそれほど煙たがられません。 公共料金、トイレ、雑誌の立ち読み。ささやかではありますけれど、コンビニという有料冷蔵庫を利用してくれるお金持ちのおかげで、貧乏人だって少しだけおこぼれにあずかることができるのです。『貧乏という生き方』1
2021.03.30
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お天気良~し。だけど、テレビのお天気お嬢さんが、黄砂、黄砂と警鐘を鳴らしています。・・・とうことで気象庁の黄砂情報を覗いてみると、かなり怖い感じ。で、この際、黄砂予測の推移を並べてみます。(R5:3月29,30日情報を追加)黄砂情報(3月30日)0時黄砂情報(3月29日)15時黄砂情報(3月16日)21時黄砂情報(3月16日)9時黄砂情報(2月20日)黄砂情報(1月16日)この黄砂のピークは例年2月~4月のようだが、コロナ渦で慌しいのに迷惑千万である。花粉症の方、ゼンソク持ちの方、ご注意ください。気象庁・黄砂解析予測図黄砂予測の推移R4
2021.03.29
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図書館で『貧乏という生き方』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、年金生活者として生きるノウハウが多々見られるわけで・・・これは、ええでぇ♪【貧乏という生き方】川上卓也著、WAVE出版、2010年刊<出版社>より「貧乏くささ」を忌避し、本物の「貧乏」を求める道がここに!お金に左右されない豊かさと楽しさを求めた、爽快無比なる「使える」エッセイ。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、年金生活者として生きるノウハウが多々見られるわけで・・・これは、ええでぇ♪rakuten貧乏という生き方「第一章 喰うことは生きること」あたりを、見てみましょう。p26~30<台所は食の発信源> 貧乏人が食を楽しむとなれば、当然、自分で作るということになります。食事を作るための台所は、貧乏を支えてくれる場所とも言えます。食の発信源が準備不足では、楽しい食事は生まれません。■台所の整備 僕の台所には、日頃から使うような道具は全部、ぶら下がっています。それほど多くの道具は持っていませんから、狭い台所でも、常に表に出しておくことができるのです。物が少なければ整理整頓も苦になりませんし、使いたい物を瞬時に取り出せるような工夫も簡単に出来てしまいます。台所を小さな厨房にしてしまうこと、これこそが、食の発進準備なのです。 僕の台所で動いている家電製品は、冷蔵庫だけです。御飯は鍋で炊くし、冷凍食品なんていうのは食の楽しさを放棄するための物ですから、電子レンジもありません。 ガスレンジ、鍋、フライパン、まな板、包丁、砥石、ざる、おたま。まあ、このくらいがあれば、大抵の料理はこなせます。その他の小物あ、日々の自炊で必要を感じたときに揃えれば良いでしょう。使用頻度の低い物は、借りてくるという方法もあるのです。 僕の経験からすれば、台所に必用な道具というのは、自炊を重ねれば簡単に見えてきます。家庭の火力で美味しい炒め物を作るには、フライパンがチリチリと煙を吐くまで過熱しなければなりませんし、刺身なんかは包丁の切れ味すら味覚に影響します。 したがって、フッ素加工のフライパンとか、セラミックの包丁というのは好ましく思えません。食に興味を持てば、台所に不要な物というのは簡単に見分けられるようになるのです。■台所に常備したい味 砂糖、酒、塩、酢、醤油、味噌。食を楽しむためには、これらの調味料は欠かせません。 煮物には味醂が不可欠ですけれど、これは、酒に砂糖を加えて煮きれば代用品を作れます。味醂は飲めませんけれど、酒は違う楽しみもできます。それはともかく、その他にあると便利な物を常備しておくことで、食の楽しさはより膨らんでくるのです。 ネギとニンニク。食生活を豊かにしてくれるアイテムですから、僕にとっては欠かせません。冷凍庫を開ければ、刻みネギの水気を拭きとって冷凍した物がビニル袋に入っています。納豆を混ぜるときに入れてしまえば、すぐに溶けてくれます。 ニンニクは、吊るしておけばそのままでも持ちますけれど、皮を剥いて醤油に漬け込むニンニク醤油が僕の定番です。薬味としても大活躍ですし、もちろん酒の友にもなりますけれど、風邪を引いたときには、これをそのままかじってしまうのです。 ニンニク醤油は、ラーメン、雑炊、炒め物、ごく稀には鰹のたたきを食べるときにも利用できます。 ネギ油、ニンニク油も常備しておいたい調味油。ネギやニンニクを刻み、過熱したサラダ油や胡麻油でさっと素揚げすれば、油に香りが移ります。瓶に入れて保存しておけば、炒め物などに便利なのです。油作りに利用したネギやニンニクも、そのまま薬味として使えます。安いときにまとめ買いして保存食に加工すれば、楽しい食作りに役立つのです。 和食の決め手は出汁(だし)。けれど、毎回出汁をとるのは面倒だというところに、化学調味料の付け入る隙を作ってしまいます。そんな場合、出汁を冷凍保存してさえおけば、割高な化学調味料との訣別も可能になります。 鍋で出汁をとり、製氷皿や洗った卵のパックに流し込んだら、冷凍庫へ。凍ったら、ビニル袋に入れて冷凍保存します。こうすれば、化学調味料を使うことなく、気軽に出汁を使うことができるのです。暇のあるときに作った冷凍出汁は、手間すらもストックできてしまう。手早く炊事をこなすには、あらかじめの工夫が必要なのです。■塩漬け肉で、肉のある日々を 保存食として、もっとも豪華で役に立つのが、肉の塩漬け。ああ、なにしろ肉は憧れの食材です。入手の困難な肉が偶然にも手に入ったなら、塩漬けにすることで長期保存可能になります。食品の腐敗は、水が腐ることが原因。肉を塩漬けにすることで、肉の水分が抜け、塩により殺菌もされます。1ヵ月ほど熟成させれば、豚肉でも鶏肉でも、加熱せずに食べられる食べられるようになるのです。 冬だったら、塩漬け肉を塩抜きして、陽の当らない風通しの良い場所に吊るしておくことで、乾し肉にすることもできます。かちかちに乾いた塩漬け肉は、削るだけで酒の肴です。これをスモークして、使いやすいように切って冷凍保存すれば、1年間はベーコンを楽しめてしまうのです。
2021.03.29
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図書館で『団地と移民』という本を手にしたのです。表紙のコピーに「課題最先端“空間”の闘い」とあるが・・・ややセンセーショナルな書きっぷりではあるが、課題最先端ではあるなあ。【団地と移民】安田浩一著、KADOKAWA、2019年刊<「BOOK」データベース>より排外主義的なナショナリズムに世代間の軋轢、都市のスラム化、そして外国人居住者との共存共栄…。かつて「夢と希望の地」だった団地は、課題最先端「空間」となっていた!!厳しいこの現実に負けずに、“一緒に生き続けること”を実践している各団地の取り組みを私たちは“日本の未来”に出来るのか?この国の“これまで”と“これから”を浮き彫りにする、地べたからのルポルタージュ!!<読む前の大使寸評>表紙のコピーに「課題最先端“空間”の闘い」とあるが・・・ややセンセーショナルな書きっぷりではあるが、課題最先端ではあるなあ。rakuten団地と移民「第三章 排外主義の最前線」で在特会の活動を、見てみましょう。p76~79<排外運動の発火点> 15階建ての居住棟が、まるで切り立った屏風岩のように連なる。地元では皮肉交じりに「万里の長城」と呼ぶ人も少なくない。 芝園団地(埼玉県川口市)―JR京浜東北線・蕨駅から徒歩8分、1978年に完成したUR団地だ。 全2500世帯という大型団地だが、半数の世帯が外国人だ。そのほとんどはニューカマーの中国人である。 芝園団地が一部メディアの注目を集めるようになったのは、2009年ごろだった。中国人住民の急増が話題となり、風紀の乱れや治安の悪化を憂う記事が相次いで掲載された。 「チャイナ団地」 「中国人の脅威」―いずれも身勝手にふるまう中国人と肩身の狭い思いをする日本人といった文脈でまとめられたものだった。 こうした記事を目にするたびに気持ちがザラついた。外国人が増えることを「治安問題」とする日本社会の空気にうんざりした。排他と偏見を煽るような雰囲気が怖かった。 当時、私は「在日特権を許さない市民の会」(在特会)など、外国人排斥を主張する差別者集団を追いかけていた。そのころから彼ら、彼女らは日本各地で“排外運動”を展開していた。外国人、なかでも在日コリアンや中国人をターゲットに、「日本から出て行け」「死ね」「殺せ」と叫びながら、街頭での差別デモを繰り返した。 芝園団地の最寄り駅である蕨から西川口にかけての一帯は、実は、こうした差別デモの開催地としても知られている。排外運動に飛躍を促した場所でもあった。 2009年4月11日、蕨市内において「フィリピン人一家追放・国民大行進」なるデモがおこなわれた。私が知る限り、差別者集団による初の“大規模デモ”だった。 そのころ、「不法滞在」を理由に入国管理局から強制送還を迫られていたフィリピン人一家(蕨市在住)の問題が連日、テレビや新聞で大きく報道されていた。 フィリピン籍の両親と娘からなる三人家族の一家は、中学校1年生の娘だけが日本生まれだったため、彼女自身は「友達と離れたくない」と、涙ながらに両親の強制送還処分撤回を訴えた。しかし結局、入管当局は両ウシンだけをフィリピンに送りかえし、家族は離れて暮らすことになる。 外国人支援団体などはこの入管の処置を非人道的な行為であると強く抗議し、メディアもこぞってこの「悲劇」を報じた。私は、たとえ不法なにゅうこくであったとしても、長く日本に居住し、生活基盤を確立した家族に対しては、特別在留許可のオプションを用いるべきだと考えている。 移民政策が確立していない日本は、単純労働の分野では外国人に依存してきたのだ。それなり柔軟な対応があってしかるべきだ。 だが、問題発覚後から一貫してネット世論は「強制送還支持」を訴えていた。ネット掲示板には「処分は当然」「お涙頂戴の報道はやめろ」といった書込みが殺到した。在特会など差別者集団も早くから「不法入国者、外国人犯罪者を助長させるな」とのメッセージを発表、ついには一家の居住地である蕨市において、「国民大行進」と銘打った大々的なデモ行進を展開したのである。 同日、集まった約200人のデモ隊は「不法滞在者を即刻追放せよ」「一家を叩きだせ」とシュプレヒコールを繰り返しながら、日章旗や旭日旗を担いで市内を行進した。 デモのコースには、当事者である娘が通う蕨市立第一中学校前も含まれていた。デモ隊は中学校の校門に差し掛かると、わざわざそこで立ち止まり、「ここに娘が通っている。怒りの声を上げましょう!」と叫ぶ先導役に合わせて、「追放せよ!」と繰り返した。 このとき、娘は音楽部の活動のため、学校内にいた。彼女はどんな思いで、この罵声を、ヘイトスピーチを聞いただろうか。13歳の少女を名指しで攻撃するこの集団に、私は心底怒りを感じた。 だが、このデモは結果的に在特会の知名度だけでなく、支持をも高めた。ネット上にはデモを称賛する書き込みが相次ぎ、同会の入会者も急増したのである。私はその後、多くの同会メンバーを取材したが、蕨での「国民大行進」を動画サイトで目にしたことが運動に参加するきっかけだと述べた者も少なくなかった。同会広報担当者も、私の取材に「あれはひとつのエポックだった。運動への支持者も急増した」と答えている。 蕨のデモが排外運動の発火点になったのだ。 以来、蕨や隣接する川口市を舞台とした差別デモは定例化する。デモの際に日章旗や旭日旗だけでなく、ナチスのシンボルであるハーケンクロイツを掲げる者まで現れた。 そうした空気が流れる中で、中国人住民が急増した芝園団地が差別主義者の攻撃対象となることは時間の問題でもあった。
2021.03.29
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図書館で予約していた『神様2011』という本を待つこと5日でゲットしたのです。パラパラとめくってみると「神様」と「神様2011」の二部構成となっています。よく似た内容だが「神様2011」は“あのこと”の後であることが書かれています。【神様2011】川上弘美著、講談社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりくまにさそわれて散歩に出る。「あのこと」以来、初めてー。1993年に書かれたデビュー作「神様」が、2011年の福島原発事故を受け、新たに生まれ変わったー。「群像」発表時より注目を集める話題の書。<読む前の大使寸評>パラパラとめくってみると「神様」と「神様2011」の二部構成となっています。よく似た内容だが「神様2011」は“あのこと”の後であることが書かれています。<図書館予約:(3/21予約、副本11、予約1)>rakuten神様2011「神様2011」の「あとがき」を、見てみましょう。p39~42<あとがき> 1993年に、わたしはこの本の中におさめられた最初の短編「神様」を書きました。 熊の神様、というものの出てくる話です。 日本には、古来たくさんの神様がいました。山の神様、海や川の神様、風や雨の神様などの、大きな自然をつかさどる神様たち。 田んぼの神様、住む土地の神様、かまどや厠や井戸の神様などの、人の暮らしのまわりにいる神様たち。祟りをなす神様もいますし、動物の神様もいます。鬼もいれば、ナマハゲもダイダラボッチもキジムナーもいる。 万物に神が宿るという信仰を、必ずしもわたしは心の底から信じているわけではないのですが、節電のため暖房を消して過ごした日々の明け方、窓越しにさす太陽の光があんまり暖かくて、思わず「ああ、これはほんとうに、おてんとさまだ」と、感じ入ったりするほどには、日本古来の感覚はもっているわけです。 震災以来のさまざまな事々を見聞きするにつけ思ったのは、「わたしは何も知らず、また、知ろうとしないで来てしまったのだな」ということでした。以下は、ですから、あれ以来のにわか勉強のすえに知った、いくつかのことです。専門家ではありませんので、もしかするとまちがった比喩、表現などあるやもしれません。その時は、どううぞ教えてください。 さて、ウランです。 東日本大震災によって福島第一原発のメルトダウンが起こる前まで、一号機、二号機で熱を発するべくさかんに核分裂していたのは、ウラン235という放射性同位体だそうです。ウランの放射性同位体は、もともと自然界に存在するものとか。どこかの山の中、どこかの地中、どこかの町の真下などに、天然ウランとして。 ただし、天然ウラン中には三種類のウラン同位体がふくまれている。ウラン234とウラン235とウラン238です。そして、ウラン234及びウラン235よりも、ウラン238の方が、ずっと量が多いのです。(中略) いったいぜんたい、ウランの神様は、こうやってわたしたち人間がウラン235たちを使役することを、どう感じているのだろうか。日々伝えられる、原発の「爆発的事象」や「危機的」ニュースを見聞きするたびに、わたしは思っていました。 235がレアだと言いました。 実は、もっと昔は、45億年くらい前です。地球ができて、すぐの頃です。 でも、235は、238よりも、短命です。238は45億年でようやく半数が死ぬだけなのに、235は、たった7億400万年で、半分が命を散らしてしまう(半減期というやつです)。そしてさらに7億400万年たつと、その半分になる。そうやって、235は、人知れず地中でひっそりとゆっくりと、半減しつづけてきたのです。人間が彼を発見するまでは。『神様2011』1
2021.03.28
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<『神様2011』1>図書館で予約していた『神様2011』という本を待つこと5日でゲットしたのです。パラパラとめくってみると「神様」と「神様2011」の二部構成となっています。よく似た内容だが「神様2011」は“あのこと”の後であることが書かれています。【神様2011】川上弘美著、講談社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりくまにさそわれて散歩に出る。「あのこと」以来、初めてー。1993年に書かれたデビュー作「神様」が、2011年の福島原発事故を受け、新たに生まれ変わったー。「群像」発表時より注目を集める話題の書。<読む前の大使寸評>パラパラとめくってみると「神様」と「神様2011」の二部構成となっています。よく似た内容だが「神様2011」は“あのこと”の後であることが書かれています。<図書館予約:(3/21予約、副本11、予約1)>rakuten神様2011「神様2011」の冒頭部を語り口を、見てみましょう。p23~28 くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである。春先に、鴫(しぎ)を見るために、防護服をつけて行ったことはあったが、暑い季節にこうしてふつうの服を着て肌をだし、弁当まで持っていくのは、「あのこと」以来、初めてである。散歩というよりハイキングといったほうがいいかもしれない。 くまは、雄の成熟したくまで、だからとても大きい。三つ隣の305号室に、つい最近越してきた。ちかごろの引越しには珍しく、このマンションに残っている三世帯の住人全員に引越し蕎麦をふるまい、葉書を十枚ずつ渡してまわっていた。ずいぶんな気の遣いようだと思ったが、くまであるから、やはりいろいろとまわりに対する配慮が必要なのだろう。 ところでその蕎麦を受け取ったときの会話で、くまとわたしとは満更赤の他人というわけでもないことがわかったのである。 表札を見たくまが、 「もしや某町のご出身では」 と訊ねる。確かに、と答えると、以前くまが「あのこと」の避難時にたいへん世話になった某君の叔父という人が町の役場助役であったという。その助役の名字がわたしのものと同じであり、たどってみると、どうやら助役はわたしの父のまたいとこに当たるらしいのである。 あるか無しかわからぬような繋がりであるが、くまはたいそう感慨深がに「縁」というような種類の言葉を駆使していろいろと述べた。どうも引越しの挨拶の仕方といい、この喋り方といい、昔気質のくまらしいのではあった。 そのくまと、散歩のようなハイキングのようなことをしている。動物には詳しくないので、ツキノワグマなのか、ヒグマなのか、はたまたマレーグマなのかは、わからない。面と向かって訊ねるのも失礼である気がする。名前もわからない。なんと呼びかければいいのかと質問してみたのであるが、近隣にくまが一匹もいないことを確認してから、「今のところ名はありませんし、僕しかくまがいないのなら今後も名をなのる必用がないわけですね。呼びかけの言葉としては、貴方(あなた)、が好きですが、ええ、漢字の貴方です、口に出すときに、ひらがなではなく漢字を思い浮かべてくださればいいんですが、まあ、どうぞご自由に何とでもお呼びください」 との答えである。どうもやはり少々大時代なくまである。大時代なうえに理屈を好むとみた。 川原までの道は元水田だった地帯に沿っている。土壌の徐染のために、ほとんどの水田は掘り返され、つやつやとした土がもりあがっている。作業している人たちは、この暑いのに防護服に防護マスク、腰まである長靴に身をかためている。 「あのこと」の後は、いっさいの立ち入りができなくて、震災による地割れがいつまでも残っていた水田沿いの道だが、少し前に完全に舗装がほどこされた。「あのこと」のゼロ地点にずいぶん近いこのあたりでも、車は存外走っている。どの車もわたしたちの手前でスピードを落とし、徐行しながら大きくよけていく。すれちがう人影はない。 「防護服を着ていないから、よけていくのかな」 と言うと、くまはあいまいにうなづいた。 「でも、今年前半の被曝量はがんばっておさえたから累積被曝量貯金の残高はあるし、おまけに今日のSPEEDIの予想ではこのあたりに風は来ないはずだし」 言い訳のように言うと、くまはまた、あいまいにうなづいた。 くまの足がアスファルトを踏む、かすかなしゃりしゃりという音だけが規則正しく響く。 暑くない? と訊ねると、くまは、 「暑くないけれど長くアスファルトの道を歩くと少し疲れます」 と答えた。 「川原まではそう遠くないから大丈夫、ご心配くださってありがとう」 続けて言う。さらには、 「もしあなたが暑いのなら、もちろん僕は容積が人間に比べて大きいのですから、あなたよりも被曝許容量の上限も高いと思いますし、このはだしの足でもって、飛散塵堆積値の高い土の道を歩くこともできます。そうだ、やっぱり土の道の方が、アスファルトの道よりも涼しいですよね。そっちに行きますか」 などと、細かく気を配ってくれる。
2021.03.28
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<もうすぐ満開>お天気 良~し♪ 花見ということで、人出が多くない穴場ともいう感じの生田川にくりだしたのだが、まだ六分咲きくらいでおました。。その他、我が家や近所の花が見頃になっています。ユキヤナギハナカイドウアセビジンチョウゲホトケノザ
2021.03.28
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「手当り次第」でしょうか♪なお「エトロフの恋」は期限内に読みきれず、再度借りたものです。<市立図書館>・神様2011・アジア・太平洋戦争と石油・貧乏という生き方・エトロフの恋<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【神様2011】川上弘美著、講談社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりくまにさそわれて散歩に出る。「あのこと」以来、初めてー。1993年に書かれたデビュー作「神様」が、2011年の福島原発事故を受け、新たに生まれ変わったー。「群像」発表時より注目を集める話題の書。<読む前の大使寸評>パラパラとめくってみると「神様」と「神様2011」の二部構成となっています。よく似た内容だが「神様2011」は“あのこと”の後であることが書かれています。<図書館予約:(3/21予約、副本11、予約1)>rakuten神様2011************************************************************【アジア・太平洋戦争と石油】岩間敏著、吉川弘文館、2018年刊<「BOOK」データベース>より石油に乏しい日本は、なぜアジア・太平洋戦争に踏み切ったのか。蘭領東インドとの輸入交渉、真珠湾攻撃での洋上給油作戦、石油備蓄と需給の予測、南方からの石油輸送と海上護衛戦の実態、本土空襲と製油工場の被害などを考察。石油のほか艦船・航空機など戦備に関する豊富なデータをもとに、あらゆる資源を動員した総力戦の実態と末路を解明する。<読む前の大使寸評>追って記入rakutenアジア・太平洋戦争と石油************************************************************【貧乏という生き方】川上卓也著、WAVE出版、2010年刊<出版社>より「貧乏くささ」を忌避し、本物の「貧乏」を求める道がここに!お金に左右されない豊かさと楽しさを求めた、爽快無比なる「使える」エッセイ。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、年金生活者として生きるノウハウが多々見られるわけで・・・これは、ええでぇ♪rakuten貧乏という生き方【エトロフの恋】島田雅彦著、新潮社、2003年刊<「BOOK」データベース>よりあの人は、深い森へと姿を消したー。恋に破れ、家は破滅し、声を奪われ、穢れた死者として追放されたカヲルは、最果ての島へたどり着く。「一番いい時代の私をあなたに預けます」-あの人の微かな声に導かれ、黄泉の国と繋がったこの場所で、恋は今再び、脈打ち始める…。島田雅彦の代表作「無限カノン」第三部完結編。<読む前の大使寸評>冒頭部を読むと、ソ連領となったエトロフ島が舞台となっていて・・・興味深いのです。rakutenエトロフの恋図書館大好き475
2021.03.27
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・川越宗一『熱源』(6/08予約、副本33、予約676)現在116位・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、副本13予約218)現在56位・小川洋子『密やかな結晶』(10/8予約、副本4、予約59)現在9位・ショーン・タン『内なる町から来た話』(11/3予約、副本3、予約35)現在7位・池井戸潤『半沢直樹 アルルカンと道化師』(11/29予約、副本33、予約644)現在408位・内田樹『コモンの再生』(1/05予約、副本2、予約21)現在11位・出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記:(1/06予約、副本5、予約58)現在28位・三浦しをん『マナーはいらない』(1/9予約、副本11、予約58)現在9位・村上春樹『一人称単数』(1/27予約、副本26、予約301)現在209位・ウイルスの意味論 : 生命の定義を超えた存在(2/18予約、副本2、予約9)現在6位・カズオ・イシグロ『クララとお日さま』(3/20予約、副本7、予約197)現在90位<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・椎名誠『遺言未満』:図書館未収蔵・桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』・桐野夏生『日没』・『ラガナ一家のニッポン日記』・『ハーンを慕った二人のアメリカ人』:図書館未収蔵・オードリー・タン 自由への手紙・オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る・高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』・頭木弘樹『食べることと出すこと』:図書館未収蔵・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・本村凌二『馬の世界史』・柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・山内 一也『ウイルス究極の寄生生命体 (NHK人間講座)』・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・つげ義春『ガロ 1968 前衛マンガの試行と軌跡』・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:1/22以降> ・ユヴァル・ノア・ハラリ『緊急提言 パンデミック』(11/14予約、1/22受取)・ブレイディみかこ『ブロークン・ブリテンに聞け』(12/9予約、1/30受取)・わたしたちが孤児だったころ(2/02予約、2/05受取)・丸谷才一「笹まくら」(2/04予約、2/09受取)・剃刀の刃/サマセット・モーム選集第5巻(2/08予約、2/13受取)・平松洋子『買えない味』(3/01予約、3/05受取)・中島京子『夢見る帝国図書館』(3/09予約、3/16受取)・多和田葉子『星に仄めかされて』(1/05予約、3/18受取)・三上 修『電柱鳥類学』(3/10予約、3/21受取)・NHKスペシャル取材班『やばいデジタル』(12/23予約、3/21受取)・川上弘美『神様2011』(3/21予約、3/26受取)***********************************************************************【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け【内なる町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より“人間を訴えたクマ”“カエルを救う秘書”“空の魚を釣り上げた兄弟”25話のセンス・オブ・ワンダー!世界三大児童書賞のひとつ、ケイト・グリーナウェイ賞2020年受賞作!<読む前の大使寸評>マルチタレントのショーン・タンは元々、絵本作家であり・・・大使はそのイラストが大好きでおます♪<図書館予約:(11/3予約、副本3、予約35)>rakuten内なる町から来た話【半沢直樹 アルルカンと道化師】池井戸潤著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とはー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/29予約、副本33、予約644)>rakuten半沢直樹 アルルカンと道化師【コモンの再生】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<出版社>より天下りのマッチポンプ、地方の過疎化、アンチ・グローバル化現象……コモン(共有地)の再生が日本の活路を開く!・西部劇『シェーン』が示すコモンをめぐる原理的な主題・ベーシックインカムの成否を決定づける要素とは?・トランプ現象とアンチ・グローバリズムの流れ・マナーの悪い「幼児的」なオヤジのマウンティングについて・明治維新前の藩制度とフランスのコミューンの共通点・「自我の支配」から解放される瞑想のやり方……etc.分断を超えて、新しい共同幻想が立ち上がる希望の書。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/05予約、副本2、予約21)>rakutenコモンの再生【出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記】宮崎伸治著、フォレスト出版、2020年刊<「BOOK」データベース>より30代のころの私は、次から次へと執筆・翻訳の依頼が舞い込み、1年365日フル稼働が当たり前だった。その結果、30代の10年間で50冊ほどの単行本を出すに至った。が、そんな私もふと気がついてみれば、最後に本を出してから8年以上も経っていた。-なぜか?私が出版業界から足を洗うまでの全軌跡をご紹介しよう。出版界の暗部に斬りこむ天国と地獄のドキュメント。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/06予約、副本5、予約58)>rakuten出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記【マナーはいらない】三浦しをん著、集英社、2020年刊<「BOOK」データベース>より長編・短編を問わず、小説を「書く人」「書きたい人」へ。人称、構成、推敲など基本のキから、タイトルのつけ方や取材方法まで、本書タイトルにあやかって「コース仕立て」でお届けする大充実の全二十四皿。あの作品の誕生秘話や、手書き構想メモを初公開。もちろん(某きらめく一族への)爆笑激愛こぼれ話も満載で、全・三浦しをんファン必読の書…!金言ばかりのWeb連載「小説を書くためのプチアドバイス」を完全書籍化。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/9予約、副本11、予約58)>rakutenマナーはいらない【一人称単数】村上春樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より短篇小説は、ひとつの世界のたくさんの切り口だ。6年ぶりに放たれる、8作からなる短篇小説集。【目次】石のまくらに/クリーム/チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ/ウィズ・ザ・ビートルズ/ヤクルト・スワローズ詩集/謝肉祭/品川猿の告白/一人称単数<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/27予約、副本26、予約301)>rakuten一人称単数【ウイルスの意味論】山内一也著、みすず書房、2018年刊<出版社>よりその生と死はどこか奇妙だ。分解された親から複製され、破壊されても蘇り、体を捨て情報として潜伏し、突然実体化する。常識を問う書。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(2/18予約、副本1、予約0)>amazonウイルスの意味論【クララとお日さま】カズオ・イシグロ著、早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より人工知能を搭載したロボットのクララは、病弱の少女ジョジーと出会い、やがて二人は友情を育んでゆく。生きることの意味を問う感動作。愛とは、知性とは、家族とは?ノーベル文学賞受賞第一作、カズオ・イシグロ最新長篇。<読む前の大使寸評>追って記入rakutenクララとお日さま【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。図書館予約の軌跡247
2021.03.27
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図書館で『毎朝ちがう風景があった』という本を、手にしたのです。おお シーナの写真付き旅行記ではないか・・・文章部分がわりと短く、読みやすいのがええでぇ♪【毎朝ちがう風景があった】椎名誠著、新日本出版社、2019年刊<「BOOK」データベース>より作家デビュー40周年の年を締め括るカラーフォトエッセイ!“シーナの眼”が写した、地球の息吹、人々の暮らし、生命の輝き。<読む前の大使寸評>おお シーナの写真付き旅行記ではないか・・・文章部分がわりと短く、読みやすいのがええでぇ♪rakuten毎朝ちがう風景があったチベットの羊肉チベットの肉売り場を、見てみましょう。p116~119 <チベットの肉売り場> どこの国でも、ぼくはまず最初に市場を見に行くことにしている。途上国の多くの市場は、それぞれ専門の業者が集まってきて、一つの屋根の下で家業で得られた品物を売っているケースが圧倒的に多い。けれど、それでは全く無統制になってしまうので、ある商品ごとにそれぞれの区画を決めて集まり、客への利便をはかっている。 この写真は、チベットのラサ周辺にある市場の羊の肉を扱っている店が集まっているところ。ご覧のように、羊はだいたい一頭ずつ皮を剥がれて吊るされている。客も目利きが多いから、一頭ずつよさそうな肉を見極め、それを買っていくようになっている。一頭分もいらないときは、魚ではないけれど、半身だけ買うなどということもできる。 この写真でなたを振り上げているのは肉屋さんで、叩き切るのを手伝っているのは客である。なにごとか両者でにぎやかにしゃべりながらこの解体作業をいているのだが、どちらも笑顔混じりなので、「この肉を選んだあんたの目はなかなかのものだよ」などと肉屋のおかみが言い、「まあ、長いことおたくで羊を買っているからねえ」などとお客が言っているのだろう。 日本では、どんな動物の肉でもこんなふうにむき出しのものを目の前で叩き切って買うということなどまずないから、見ていて実にうらやましい。そうしてこのような骨付きの肉はいかにもうまそうだ。 モンゴルの羊肉もこのようにして売っているが、モンゴル料理は決して肉を焼いたりしないので、一頭ごとに買っていく人は、羊一頭丸々大きな缶に入れて蒸し焼きにする。しかしチベットの場合は、蒸し焼きよりも焼くか煮るかの料理法が多い。 焼くのもいろいろな方法がある。南米などでは店の前で火をおこし、その上に羊一頭分を突き刺した鉄の棒をぐるぐる回しながら焼く、一種のデモンストレーションを兼ねた店などがあるが、チベットにはそんなふうな店もない。 購入したばかりの羊の肉は、それぞれの家の台所の近くに吊るしておき、その日食べる分を包丁で鋭くそぎ取っていく方法が多いようだ。肉付きの骨のスープなども作られ、いい匂いをあたりにふりまき、やはりそこでもぜいたくな風景になる。 茹でた骨の軟骨部分は子供や犬に与えられる。子供にとっては軟骨のコリコリしたあたりを口に含んで、あっちに動かしこっちに動かし、と半分遊びながら骨の髄までかじり取ってしまう。小さい頃からそんなふうに育てられているので、どこの子も見事に力強い歯の持ち主だ。 スープで数日コトコト煮てあるから、生の骨よりは少々柔らかくなっているが、そんな遊び食いが結果的には歯みがきの効用となり、歯磨き粉や歯ブラシなど使わなくても、虫歯ひとつないたくましい歯を育てていくのである。『毎朝ちがう風景があった』2:ユーラシア大陸の最西端『毎朝ちがう風景があった』1:ゴビのラクダ()
2021.03.27
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図書館で予約していた『電柱鳥類学』という本を待つこと10日ほどでゲットしたのです。おお 鳥類といえば・・・スズメ、ウグイス、デイノニクスなど、大使のツボがうずくのです。【電柱鳥類学】三上修著、岩波書店、2020年刊<「BOOK」データベース>より電柱といえば鳥、電線といえば鳥。でも、そこで何をしているの? カラスは「はじっこ派」? 感電しないのはなぜ?――電柱や電線の鳥に注目したら見えてきた、その知られざる生態、電柱・電線の意外な姿、電力会社と鳥たちの終わりなき知恵比べ。あなたの街にもきっとある、鳥と電柱、そして人のささやかなつながりを、第一人者が描き出す。<読む前の大使寸評>おお 鳥類といえば・・・スズメ、ウグイス、デイノニクスなど、大使のツボがうずくのです。<図書館予約:(3/10予約、3/21受取)>rakuten電柱鳥類学電力会社と鳥との関わりを、見てみましょう。p94~96<5 電力会社、鳥と闘う> ここまで見てきたように、鳥たちはあの手この手で電柱・電線を利用しています。しかし利用のしかたによっては、停電につながるおそれもあります。それを防ぐため、電力会社の人々は日々、闘っています。■鳥による停電はどのくらい? 鳥のしわざによる停電は、どのくらい頻繁に起きているのでしょうか? 電力業界では、電気を送る設備に起きた事故をすべてひっくるめて「電気事故」と呼びます。この電気事故には、電気作業中の感電事故なども含まれます。「停電」は、こうした電機事故の結果として起きることがあります。 電気事故については、毎年統計がとられ、「電気保安統計」にまとめられています。この統計では、発電、送電、配電のそれぞれで、どのような事故が起きたかが分けて記録されています。これを参照すれば、鳥による毎年の事故件数の見当はつきます。 町中の電線である配電線においてどれくらい事故が起きているのかを調べるために、試みに平成29年度の統計結果をみてみます。すると、「架空電線路」での事故は、全国で1万2677件起きていることがわかります。 そのうち、原因としてもっとも多いのは自然災害(47%)で、次が他物接触(23%)です。この「他物接触」とは、樹木、鳥獣、凧や模型飛行機などが電線に接触したことによって起きた事故をさします。このうち鳥獣接触は全体の4.5%、軒数でいうと571件です。 配電設備における他物接触はおそらく停電を起こすでしょうから、571件で停電が起きたとします。これを1都道府県あたりで換算すると、平成29年度に、鳥獣によって起った停電は12.1件となります。このうちどれだけがカラスによるものかは、この記録からではわかりません。 ヘビや、その他の動物によるものもあるでしょうが、電力会社の方の話では、やはりカラスの巣によるものが多いようです。そこで仮にこのすべてがカラスによるものとしても1都道府県で、カラスによる停電は年間たった12.1件なのです。 しかも、その都道府県の全体が停電するわけではなく、一つの町くらいの規模が一瞬停電し、実質的に数時間の停電が起きるのはもっともっと狭い範囲です。なぜなら、停電が起きても、その規模を極力小さくするような仕組みがあるからです。 ある電柱で、カラスの巣によって停電が起きたとします。すると、一度、比較的広い範囲で停電がおきます。その後、問題が起きた範囲が自動的に探索され、事故が起きている個所を中心とした狭い範囲を残して、早ければ10秒から5分程度で復旧してしまうのです。この本も鳥の本あれこれR9に収めておくものとします。『電柱鳥類学』1
2021.03.26
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<『電柱鳥類学』1>図書館で予約していた『電柱鳥類学』という本を待つこと10日ほどでゲットしたのです。おお 鳥類といえば・・・スズメ、ウグイス、デイノニクスなど、大使のツボがうずくのです。【電柱鳥類学】三上修著、岩波書店、2020年刊<「BOOK」データベース>より電柱といえば鳥、電線といえば鳥。でも、そこで何をしているの? カラスは「はじっこ派」? 感電しないのはなぜ?――電柱や電線の鳥に注目したら見えてきた、その知られざる生態、電柱・電線の意外な姿、電力会社と鳥たちの終わりなき知恵比べ。あなたの街にもきっとある、鳥と電柱、そして人のささやかなつながりを、第一人者が描き出す。<読む前の大使寸評>おお 鳥類といえば・・・スズメ、ウグイス、デイノニクスなど、大使のツボがうずくのです。<図書館予約:(3/10予約、3/21受取)>rakuten電柱鳥類学電柱や電線と鳥との関わりを、見てみましょう。p26~31<2 鳥、電線に止まる> 電柱や電線について大まかにわかったところで、いよいよ、それらと鳥との関わりをみていきましょう。 鳥が電柱や電線に止まるのは、今や日常の風景です。しかし「まえがき」でも触れたように、鳥の歴史からみれば、この風景はごく最近のものです。鳥の歴史は、鳥をどう定義するかにもよりますが、おおよそ1億年前から始まります。 一方の電柱・電線は、人類の通信技術の一つとして登場します。 人類の通信技術は、灯、狼煙、伝書鳩などから始まりました。それらの技術も改良はなされてきましたが、現代に通じる「電線を使っての通信技術」の開発が始まったのは、ずっと後の19世紀前半です。 以降、この技術は便利さから急速に発達し、19世紀の中ごろには、アメリカで電報網が整備され始めます。屋外の空中に電線が渡されるようになったのはこのころでしょうから、鳥と電線のはじめての出会いもこのころでしょう。一番はじめに、あの細い線に止まった勇気ある鳥は、どんな鳥だったのでしょうか。その後、1875年には、アメリカでグラハム・ベルが電話機を発明し、電話機も広まっていきます。 そして、電気を線で遅れる時代に突入します。架空電線が増えて、鳥たちにとって電線の存在が日常になっていきます。 日本に目を向けると、東京―横浜間で電報サービスが始まったのが1870年。前章で述べたように、当時は「電柱=電信柱」でした。その後、電話線、そして電力線が渡されるようになりました。電力に関しては、東京で各家庭に電灯がいきわたったのが1920年ごろです。ただし、まだ電灯だけで、壁にあるコンセントから電気を気軽にとれるようになったわけではありません。(中略)■電線に止まる鳥たち 架空電線の登場を19世紀半ば、1850年とすると、鳥と電線が出会って170年ほどたったことになります。しかし、この世にいる全ての鳥が電線に止まるわけではありません。むしろ、止まる鳥のほうが少ないかもしれません。日本ではどれくらいの種類の鳥が止まるのでしょうか。 鳥類は、世界では約1万種おり、日本にはそのうち約700種がいます。この700種の中には、国内では数度しか確認されていない種もいます。鳥は飛べるので、本来はヨーロッパに生息している鳥が迷ってやってくる、ということがあるからです。また、700種の中には、国内の特定の離島にしか生息していないものもいます。そのため、ある1地域(たとえば一つの県)で見られる鳥は、せいぜい200種くらいです。 この約200種のすべてが電線に止まるわけではありません。かつて、日本野鳥の会の会報誌で、電線に止まる鳥についてアンケートがとられたことがありました。その結果、133種の観察例が集まっています。 これらの観察例は全国から集まったものなので、先述のように、特定の地域にしかいない種も含まれています。また、この観察の中には、おそらく町中で普通に見られるものより太い電線に止まった鳥も含まれています。町中の一般的な電線に止まる鳥に限れば、50種かそれ以下でしょう。その50種の顔ぶれをみても、スズメやカラスのように電線に頻繁に止まるものから、ごくまれにしか止まらないものまでさまざまです。■止まるかどうかを決めるもの なぜ、電線に止まる鳥と止まらない鳥がいるのでしょうか。3つの要因が考えられます。「①生息域に電線があるか」、「②電線に止まることが可能か」、そして「③電線に止まりたいか」です。 まず「①生息域に電線があるか」。生息圏内にそもそも電線がない鳥もいます。人里離れた山奥や海上で暮らす鳥がそうです。これらの鳥にとって、見慣れない電線は警戒すべき対象かもしれません。 次に、「②電線に止まることが可能か」。たとえ生息圏内に電線があっても、足の構造上、止まることができない鳥もいます。鳥の足は4本指から構成されていますが、種によって、その形状は異なります。 たとえばカモの仲間では、前の3本指の間には水かきがついていて泳げるようになっています。一方、キツツキの仲間は、前に2本、後ろに2本のⅩ字型をしていて、木に垂直に止まる際に、木の幹をがっしりとつかめるようになっています。他にも多様な足の形状があります。それぞれの生息環境に適した形をしているのです。 カモの足では、直径10cmほどの太いワイヤーに「乗る」ことはできますが、町中にある細い電線に「止まる」ことはできないでしょう。(中略) 生息圏内に電線があり、電線に止まれる足の形状をしていても、めったに電線に止まらない鳥もいます。種によって「③電線に止まりたいか」が異なるのです。 たとえばホオジロという鳥は、梢など目立つところに止まって鳴く習性をもっています。実際、ホオジイロの声が聞こえたら、鳴いているほうを向いて木の梢を探せば、だいたい見つかります。こんな鳥ですから、電線にももちろんよく止まってさえずります。 一方、オーホケキョで有名なウグイスは、主に藪の中にいて、目立つ場所にはめったに出てきません。バードウォッチングをしていても、ウグイスの声が聞こえたら、姿を見るのはあきらめて、声だけを楽しみます。
2021.03.26
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「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本を読んだのだが、面白いアメリカ紀行、フィールドワークであった。寡作の周防監督は、冤罪とか終末医療とかシビアな題材を取り上げるようになったが・・・『Shall weダンス?』以来、娯楽作品が見られないのが惜しまれるのである。・・・ということで、大使が観た周防監督作品や著書を集めてみました。・『カツベン!』2019・『終の信託』2012・『それでもボクはやってない』2007・『インド待ち』2001・『Shall weダンス?』1996・『シコふんじゃった』1991R3:『インド待ち』を追加<『カツベン!』を観た>新聞に映画『カツベン!』の広告が出たので、心騒ぐ大使である。(12月13日より、全国公開中)以下のとおり、個人的予告を作ったのだが・・・これだけ入れ込むと、結局、劇場に足を運んだのです。【カツベン!】周防正行監督、2019年制作、2019・12・18鑑賞<movie.walker解説>より「Shall we ダンス?」の周防正行監督が、無声映画上映時に作品の内容を解説する活動弁士を取り上げた青春喜劇。一流の活動弁士を目指す俊太郎は、隣町のライバル館に客も人材も取られ人使いの荒い館主夫婦ら曲者ばかりが残った映画館・青木館に流れ着く。主人公の俊太郎を「愛がなんだ」の成田凌が演じる。作中には、「椿姫」(1921)を再現した「椿姫」や1932年版を参考に制作した「金色夜叉」などの元のある再現作品や、「南方のロマンス」などといった本作オリジナルの無声映画が登場する。第32回東京国際映画祭特別招待GALAスクリーニング作品。<見る前の大使寸評>個人的予告を作ったのだが・・・これだけ入れ込むと、結局、劇場に足を運んだのです。movie.walkerカツベン!無声映画はまずアメリカで作られたようだが・・・カツベン付き上映は、日本独特の催しだったようですね。弁士、楽団、映写技師のアドリブ上映が素晴らしい♪それから、隣町のライバルと張り合う館主夫妻(竹中直人、渡辺えり)と地域のボス(小日向文世)の演技もええでぇ。ネットで、この映画を探してみました。周防正行監督映画最新作『カツベン!(仮)』キャスト発表!より 周防正行監督最新作の主人公は“活動弁士”!! 今からおよそ100年前、「映画(活動写真)」がまだサイレントでモノクロだった頃。日本では楽士の奏でる音楽とともに独自の“しゃべり”で物語をつくりあげ、観客たちを映画の世界に誘い、そして、熱狂させる【活動弁士】、通称“活弁”(カツベン)が大活躍。他にはない日本独自の文化が花開き、映画を観に行くよりも活動弁士のしゃべりを聞きに行くほど。 本作はそんな時代を舞台に、活動弁士を夢見る青年が、とある小さな町の映画館に流れついたことからすべてが始まる【アクション】×【恋】×【笑い】の要素を織り交ぜたノンストップエンターテインメント!!超満員の映画館、隣町のライバル映画館、再会を果たした初恋相手、大金を狙う泥棒、ニセ活動弁士を追う警察までもを巻き込み、やがて事態は誰もが予想もしなかった展開へ……。周防監督は絵コンテを描かないが、その理由はスタッフの自由度を拘束しないためという。『それでも僕はやっていない』では、冤罪問題の取材に2年以上かけたという。手を抜かない職人のような監督やで♪【終の信託】周防正行 監督、2012年制作、12年10月30日観賞<goo映画解説>より呼吸器内科医の折井綾乃は、同じ職場の医師・高井との不倫に傷つき、沈んだ日々を送っていた。そんな時、重度のぜんそくで入退院を繰り返す江木秦三の優しさに触れて癒やされる。やがて、お互いに思いを寄せるようになる二人だったが、江木の症状は悪化の一途を辿る。死期を悟った彼は、もしもの時は延命治療をせずに楽に死なせて欲しいと綾乃に懇願する。<周防監督インタビュー>より周防監督「折井綾乃は、目の前に座る人を国家権力というよりは1人の人間として、彼が投げかけてくる質問に対して、本当にきちんと向き合って、誠意を持って答えてる。でもその言葉はなかなか届かないんですよね。この映画って、折井綾乃という人が、どうきちんと向き合って生きてきたかっていう映画だと思うんですよ。自分を振り返っても、現代人ってあまりきちんと人と向き合わないでいる気がする。そういう風にしなくても生きていける世の中になってきてしまった。3.11以降、絆とか信頼ってよく言われてますけど、僕はそういうものは、きちんと人や物事を向き合わない限り生まれないものだと思うんですよ。この映画で、折井綾乃は、社会的には敗者のように見えるかもしれないけど、僕は人間としては敗者ではなく、彼女は本当に大事なことを得ることが出来た人だと思ってるんです。だから、この映画で観てほしいことは、人と人とが向き合うこと。誠実に向き合うことの大切さを、どこかで感じてもらえたらいいなって思います」――経験からくる感情と、入念な取材によるリアリティの両方を追求されたんですね。周防監督「それで分かったのは、この映画は1990年代後半が舞台なんです。その必要性というのがあって、医療現場の状況がここ10年でガラっと変わってるんですよ。一例をあげると、お医者さんは自分で自分に処方箋を書けないんですね。睡眠薬がほしいとしたら、違う病院に行ってでも誰かに処方箋を書いてもらわないと手に入らない。主治医1人の判断では何もできないとかも。だから、あの小説を描くにはこの年代を選ばなきゃいけないだっていうのは、取材を通して分かりました」goo映画終の信託「終の信託」を観た byドングリ【それでもボクはやっていない】周防正行監督、2007年制作、2007年観賞<goo映画解説>より大事な就職の面接を控えた日の朝、大勢の通勤客に混じって満員電車から駅のホームへ吐き出されたところを痴漢に間違われ現行犯逮捕されてしまった金子徹平。連行された警察署で容疑を否認すると、そのまま拘留される。その後も一貫して無実を主張するものの、結局は起訴される事に。徹平の無実を信じる母や友人・達雄の依頼でベテランの荒川、新米の須藤の二人の弁護士が徹平の弁護を引き受け、いよいよ裁判が始まる…。<大使寸評>冤罪事件を題材にして映画にした、周防監督の「コロンブスの卵」のような着想と粘り強い制作に拍手です。頻発する冤罪事件の逆転判決にいくらかでも力になったのではないでしょうか。goo映画それでもボクはやっていないそれでもボクはやっていないbyドングリ<『インド待ち』>図書館で『インド待ち』という本を、手にしたのです。おお周防監督のインド旅行記か・・・面白そうである。周防さんの「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本が面白かったので、この本も折り紙つきでんがな♪【インド待ち】周防正行著、集英社、2001年刊<「BOOK」データベース>より周防監督「インドの魂」を探る!歌と踊りとアクションがぎっしりの「マサラムービー」。インド映画の元気の秘密を求めて大娯楽映画のメッカを行く書き下ろし旅の記録。<読む前の大使寸評>周防さんのインドの旅とは如何なるものか、興味深いのです。周防さんの「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本が面白かったので、いわば折り紙つきでんがな♪rakutenインド待ち『インド待ち』2『インド待ち』1【『Shall weダンス?』アメリカを行く】周防正行著、太田出版、1998年刊<「BOOK」データベース>より日本映画界の野茂英雄になる-の決意も固く、映画先進国アメリカに乗り込んだ周防監督。ハリウッド流儀を蹴散らし、契約至上主義ビジネスの罠をかいくぐり、米国アカデミー賞に異議を申し立て、前代見聞、満身創痍の悪戦苦闘の末に勝ち取ったのは、「中年の危機」に悩めるアメリカ人の大喝采と、日本映画初の全米大ヒット。強いアメリカに押されっぱなしの日本人のうっぷんを晴らす、痛快ノンフィクション。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、日米の映画産業事情とか、アメリカ人の人間模様が出ていて面白そうである。amazon『Shall weダンス?』アメリカを行く『Shall weダンス?』アメリカを行く8byドングリ【シコふんじゃった】周防正行監督、1991年制作<movie.walker解説>よりひょんな事から大学の相撲部に入ることになった大学生の奮闘をコミカルに描いた異色相撲コメディ。脚本・監督は「ファンシイダンス」の周防正行。撮影は「風、スローダウン」の栢野直樹がそれぞれ担当。<大使寸評>追って記入movie.walkerシコふんじゃった
2021.03.26
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砂漠やラクダには、大使のツボがうずくのであるが・・・シーナの場合はオーストラリアの砂漠でラクダ狩りを敢行しているわけで、一目置いているのです。・・・ということで、ラクダについて集めてみました。・『毎朝ちがう風景があった』椎名誠、2019年刊・『奇跡の2000マイル』ジョン・カラン監督、2013年豪制作・『らくだの話』椎名誠、2007年刊・『サハラ横断砂の巡礼』前島幹雄、1989年刊・『駱駝狩り』椎名誠、1989年刊・『熱風大陸』椎名誠、1988年刊R1:『毎朝ちがう風景があった』を追加【毎朝ちがう風景があった】椎名誠著、新日本出版社、2019年刊<「BOOK」データベース>より作家デビュー40周年の年を締め括るカラーフォトエッセイ!“シーナの眼”が写した、地球の息吹、人々の暮らし、生命の輝き。<読む前の大使寸評>おお シーナの写真付き旅行記ではないか・・・文章部分がわりと短く、読みやすいのがええでぇ♪rakuten毎朝ちがう風景があった砂漠の舟とも言われるラクダを、見てみましょう。p16~19 <ゴビのラクダ> 1990年代、とびとびながらほぼ十年間モンゴルに傾倒し、しきりに行っていた。モンゴルは日本の4倍の広さがあって、有名な遊牧民がそれぞれの住居を建て、ある程度の面積を自由に確保して、家畜に餌を与えて大きく育てる仕事をしている。 モンゴルの遊牧民は、92年に「モンゴル人民共和国」からただの「モンゴル国」にいなるまで、国から家畜の動物を借り受け、1年がかりで飼育する。目的はただ一つ、健康ですくすく成長する家畜の子供らを育てることだ。その子供らがその年の各遊牧民の収穫(つまりは収入)になる。羊と馬を飼う遊牧民が多いが、北のほうに行くとラクダを飼育する遊牧民が増えてくる。 モンゴルに傾倒してたびたび行っていたのは、映画を作るためだったので、ヘリコプターを使ったり、車を使ったりして、各地をロケハンした。動物たちの繁殖期は6月で、それ以降は遊牧民は家畜の子育てに追われる日々だが、動物たちは、重要なお産を終えているので、馬や羊やラクダたちにとっては()まあいちばん気楽な季節を迎えているように見える。 毎日、馬に乗った遊牧民や犬たちに追い立てられているが、よりよい草を求めて走り回って、とにかくたらふく草を食べるという体力づくりの仕事に戻るのだ。 夕方になると、オオカミが出てくる場所が多いので、狙われやすいヒツジやラクダなどはわりあい早めにそれぞれの宿舎に戻っていく。その時の風景がなかなかいい。特に次ページの写真のようなラクダの隊列というのは、地形と夕陽がうまい角度にならない限りはなかなか撮れないから、これはまあぼくの好きな写真の1枚になっている。 ところでラクダというと、アラビアやサハラなどの砂漠が本拠地と思われがちだが、水を飲まないで済むのは、種類にもよるがせいぜい十日前後、それ以上飲ませないでいると、突然ばたりと倒れてしまったりするという。 ラクダは胃袋がいくつもあるので、牛のように一度食べたものを反芻しているから、常に口をもぐもぐ動かしている表情を見ると、なかなか心が和む。けれどけっこう“本人”は必死なのだ。 ラクダはあのとぼけた顔をしていてなかなかのクセモノで、よく遊牧民が熱い太陽を避けるためにラクダの影に入ってかぎたばこなどをふかしていると、いきなりその足に噛みついたりする。何の前触れもなく動機もよくわからないまま、いきなり噛みつかれるからびっくりする。 ジーンズなどはその一噛みできれいに細長い穴があいてしまう。けれどラクダの歯は人間と同じように上下並列型で、小さなスキで噛み切るようなあんばいだから、ジーンズや服の中の体まで切れるということはない。 何か気に入らないことがあってラクダの咆哮を聞くと、これはたぶん魔女の声だ、とぼくは思った。すさまじく強烈で狂気的な叫び声を、ダラダラのよだれとともにそこらに吠えあげるのだ。【奇跡の2000マイル】ジョン・カラン監督、2013年豪制作、H27.9.2観賞<movie.walker解説>よりラクダ4頭と愛犬を連れ、オーストラリア西部に広がる砂漠2000マイル(約3000キロ)を横断した女性の回顧録を映画化。オーストラリア各地で大規模ロケを敢行、アリス・スプリングスからウルル(エアーズロック)を経由しインド洋へと彼女がたどった道程を再現している。監督は「ストーン」のジョン・カラン。製作には「英国王のスピーチ」のイアン・カニングとエミール・シャーマンが加わっている。冒険の旅に出た女性を「アリス・イン・ワンダーランド」のミア・ワシコウスカが、ナショナルジオグラフィックの写真家を「フランシス・ハ」のアダム・ドライバーが演じている。第70回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門出品作品。<大使寸評>ラクダ4頭と愛犬を連れ砂漠2000マイルを横断する実録の映画化なのだが、予想にたがわずかなりワイルドな砂漠、ラクダが見えて・・・ええでぇ♪驚いたのはオーストリアでは野生のラクダが闊歩していることです。世界でも野生ラクダの数はオーストラリアがいちばんとのこと。(オーストリア大陸へ家畜として人間が移入した後に野生化したようです)それから・・・向かってくる野生ラクダを撃ち殺すシーンがあるのだが、実際、野生ラクダは危険なので、砂漠横断には銃の携行はかかせないとのことです。この映画で見えるラクダは、大使がサウジで見た種類よりもやや大きくて、かなり強面の種類のようです。母の死があって以降、人間不信に陥っている主人公は、父親の跡を継ぐように砂漠横断を決意するわけで・・・ラクダを手に入れるために食堂やラクダ牧場で、アルバイトに精を出すのです。ラクダ4頭を手に入れて、砂漠横断に踏み出すと・・・過酷な砂漠や、アボリニジーとの交流がドキュメンタリー映画のように描かれていて飽きないわけでおます♪彼女の砂漠横断は、ナショナルジオグラフィックの資金援助で実現したのだが・・・この映画でも、5,6週間おきにカメラマンが撮影に訪れるのです。movie.walker奇跡の2000マイルmovie.walker公式サイト【らくだの話】椎名誠著、本の雑誌社、2007年刊<「BOOK」データベース>より知りたいことはたくさんあるのだ!いまだ目にせぬナニカを求め、今日もシーナは旅の空。自ら編集した写真集『ONCE UPON A TIME』の秘密も記した、夢いっぱいの最新エッセイ集。<読む前の大使寸評>砂漠やラクダには、大使のツボがうずくのであるが・・・シーナの場合はオーストラリアの砂漠でラクダ狩りを敢行しているわけで、一目置いているのです。rakutenらくだの話『ラクダの話』1byドングリ【サハラ横断砂の巡礼】前島幹雄著、彩流社、1989年刊<内容紹介>より古書につきデータ無し<大使寸評>砂漠とラクダは西域フェチの大使をくすぐるし、なんといっても「ラクダと歩いた四八七日」という副題に惹かれるわけです。大きな図体でねばり強いリズとの一心同体ぶりが、泣かせるでぇ♪大使のラクダについての拘りは「地図の空白地帯」でもふれています。Amazonサハラ横断砂の巡礼【駱駝狩り】椎名誠著、朝日新聞社、1989年刊<「BOOK」データベース>よりオーストラリア中央部のあつく乾したブッシュを南から北へ―。その旅の途中で出会ったラクダ狩りの男たち。50度を超える熱気の大砂漠の人と自然をペンとカメラで再現する。<読む前の大使寸評>オーストラリアのラクダといえば・・・『奇跡の2000マイル』というオーストラリア映画で彼の地のラクダを見て以来、大使のミニブームというか、気になっていたわけです。1989年刊の写真付き旅行記であるが・・・大人の絵本のようで、ええでぇ♪amazon駱駝狩り【熱風大陸】椎名誠著、講談社、1988年刊<「BOOK」データベース>より『恐るべき空白』!150年前、熱気70度のオーストラリア砂漠を旅した男たちのロマンを追いかける。<読む前の大使寸評>たまたま椎名誠著『駱駝狩り』を読んだところだが、その話がカラー写真付きで詳しく載っているのが、ええでぇ♪若い頃の椎名の砂漠旅行となると、バカげの至りで期待できそうやで。<図書館予約:(11/16予約、11/20受取)>amazon熱風大陸
2021.03.25
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図書館で『毎朝ちがう風景があった』という本を、手にしたのです。おお シーナの写真付き旅行記ではないか・・・文章部分がわりと短く、読みやすいのがええでぇ♪【毎朝ちがう風景があった】椎名誠著、新日本出版社、2019年刊<「BOOK」データベース>より作家デビュー40周年の年を締め括るカラーフォトエッセイ!“シーナの眼”が写した、地球の息吹、人々の暮らし、生命の輝き。<読む前の大使寸評>おお シーナの写真付き旅行記ではないか・・・文章部分がわりと短く、読みやすいのがええでぇ♪rakuten毎朝ちがう風景があったポルトガルの海岸と歌を、見てみましょう。p32~35 <ユーラシア大陸の最西端> かねてから行きたいと思っていながらなかなか行けなかった国にポルトガルがある。山だの谷だのの冒険、探検的な旅をする必要はなく、期間も1週間から10日あればそこそこの満足を得て行って来られるところなのだが、なぜかなかなか行けなかった。行くべき理由があまり強烈に存在しなかったからなのかもしれない。ぼんやりとした憧憬の国という意味合いが強かったのだろう。 ポルトガルはその気候や風土がけっこう日本に似ているというのが大きな興味のひとつだった。世界広しといえども、好んでタコを食べる国というと日本とポルトガルしかないようだ、とも聞いていた。魚介類が豊富で、刺身こそまだポピュラーではないものの、日本と同じくらい庶民一般に重要な食材として広まっているというのも興味深い。 それからもう一つ、ユーラシア大陸の西のはずれに位置しているというのも大きな魅力だった。年代は前後するが、その後ぼくはユーラシア大陸の東のいちばんはずれ、ロシアのチュコト半島まで行っているので、結果的にはこの広大な大陸の端と端を見ることができたのだ。 さらにもう一つ、この国にはファドという有名な国民的な歌とそのリズムがあり、これは強引になぞらえれば日本の演歌とよく似ている。 まあそんないくつかのそれぞればらばらの興味をずっと抱いていて、そして、その年2003年、たった半月間だがようやくポルトガルの最西端ロカ岬に立つことができた。ここはかなり高い断崖の上に立派な灯台が屹立していて、その向こうは恐ろしく巨大な海が広がっている。 その昔、ここから船で太平洋に出ていく探検隊がいくつもあった。初期の頃は、その海原の先に何があるか当然ながらまったくわかっておらず、ジブラルタル海峡を過ぎるともう海がばっさりなくなっており、そこからすさまじいスケールの滝が落下しているとまでいわれていた。そんな未知の海にいくつもの船が挑戦し、大きな海路が開いたのである。 よく晴れた素晴らしい日で、ぼくはやっと念願の場所に来たのだと喜びに満ちて強い風に吹かれていた。この岬を降りていくと平坦な海岸が続いており、そこかしこで何やら魅力的な煙がたちのぼっている。きっとそれに違いないと思ったら、やはりその通り、海辺の焚き火の上に大きな網を置いて、そこでタコを含めたさまざまな魚を焼いているのだった。 その日のだいぶ夜更けに次の目的の場所に行った。生のファドを聞くためだ。非常に情緒のある石ダタミの坂道の途中に、日本でいえば居酒屋そのものの店があり、開店は夜の11時だった。当然夜明けまで店はあいていてヨッパライの男女が抱きあっていたりする。大人の国なのである。 満員の店内はぎっしり60人ぐらい。ギターラという楽器を持った老人が流暢な演奏をし、その旋律に合わせて店内にいるお客さんが、打ち合わせもないはずだろうに、混乱もなく一人一人立ち上がり、ポルトガルの演歌そのものを聞かせてくれた。 先日読んだ村上春樹『遠い太鼓』に載っていたが・・・ミコノス島では鯵やイカが七輪の上で焼かれていたでぇ。『毎朝ちがう風景があった』1
2021.03.25
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図書館で『毎朝ちがう風景があった』という本を、手にしたのです。おお シーナの写真付き旅行記ではないか・・・文章部分がわりと短く、読みやすいのがええでぇ♪【毎朝ちがう風景があった】椎名誠著、新日本出版社、2019年刊<「BOOK」データベース>より作家デビュー40周年の年を締め括るカラーフォトエッセイ!“シーナの眼”が写した、地球の息吹、人々の暮らし、生命の輝き。<読む前の大使寸評>おお シーナの写真付き旅行記ではないか・・・文章部分がわりと短く、読みやすいのがええでぇ♪rakuten毎朝ちがう風景があった砂漠の舟とも言われるラクダを、見てみましょう。p16~19 <ゴビのラクダ> 1990年代、とびとびながらほぼ十年間モンゴルに傾倒し、しきりに行っていた。モンゴルは日本の4倍の広さがあって、有名な遊牧民がそれぞれの住居を建て、ある程度の面積を自由に確保して、家畜に餌を与えて大きく育てる仕事をしている。 モンゴルの遊牧民は、92年に「モンゴル人民共和国」からただの「モンゴル国」にいなるまで、国から家畜の動物を借り受け、1年がかりで飼育する。目的はただ一つ、健康ですくすく成長する家畜の子供らを育てることだ。その子供らがその年の各遊牧民の収穫(つまりは収入)になる。羊と馬を飼う遊牧民が多いが、北のほうに行くとラクダを飼育する遊牧民が増えてくる。 モンゴルに傾倒してたびたび行っていたのは、映画を作るためだったので、ヘリコプターを使ったり、車を使ったりして、各地をロケハンした。動物たちの繁殖期は6月で、それ以降は遊牧民は家畜の子育てに追われる日々だが、動物たちは、重要なお産を終えているので、馬や羊やラクダたちにとっては()まあいちばん気楽な季節を迎えているように見える。 毎日、馬に乗った遊牧民や犬たちに追い立てられているが、よりよい草を求めて走り回って、とにかくたらふく草を食べるという体力づくりの仕事に戻るのだ。 夕方になると、オオカミが出てくる場所が多いので、狙われやすいヒツジやラクダなどはわりあい早めにそれぞれの宿舎に戻っていく。その時の風景がなかなかいい。特に次ページの写真のようなラクダの隊列というのは、地形と夕陽がうまい角度にならない限りはなかなか撮れないから、これはまあぼくの好きな写真の1枚になっている。 ところでラクダというと、アラビアやサハラなどの砂漠が本拠地と思われがちだが、水を飲まないで済むのは、種類にもよるがせいぜい十日前後、それ以上飲ませないでいると、突然ばたりと倒れてしまったりするという。 ラクダは胃袋がいくつもあるので、牛のように一度食べたものを反芻しているから、常に口をもぐもぐ動かしている表情を見ると、なかなか心が和む。けれどけっこう“本人”は必死なのだ。 ラクダはあのとぼけた顔をしていてなかなかのクセモノで、よく遊牧民が熱い太陽を避けるためにラクダの影に入ってかぎたばこなどをふかしていると、いきなりその足に噛みついたりする。何の前触れもなく動機もよくわからないまま、いきなり噛みつかれるからびっくりする。 ジーンズなどはその一噛みできれいに細長い穴があいてしまう。けれどラクダの歯は人間と同じように上下並列型で、小さなスキで噛み切るようなあんばいだから、ジーンズや服の中の体まで切れるということはない。 何か気に入らないことがあってラクダの咆哮を聞くと、これはたぶん魔女の声だ、とぼくは思った。すさまじく強烈で狂気的な叫び声を、ダラダラのよだれとともにそこらに吠えあげるのだ。
2021.03.25
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このところ、多和田葉子の作品を集中的に読んでいるのだが・・・デジタル朝日で『(文化の扉)多和田文学、ふわり越境』という記事を見て、この際、多和田さんのアンソロジーを編んでみました。・星に仄めかされて(2020年)・(文化の扉)多和田文学、ふわり越境(2019年)・文学界(2019年1月号)(2019年)・歓待する文学(2018年刊)・地球にちりばめられて(2018年刊)・言語、非言語、文化、異文化のはざまで言葉を編む(2016年)・献灯使(2014年刊)・雪の練習生(2011年刊)・尼僧とキューピッドの弓(2010年)・ソウル-ベルリン玉突き書簡(2008年刊)・エクソフォニー(2006年刊)・容疑者の夜行列車(2002年刊)R8:「星に仄めかされて」「尼僧とキューピッドの弓」を追加***********************************************************************『星に仄めかされて』3:ハンブルグまで行く連中『星に仄めかされて』2:「だるまさんが転んだ」という遊び『星に仄めかされて』1:「パンスカ」が出てくるあたり『文学界(2019年1月号)』2:古市憲寿とメディアアーチスト・落合陽一との対談『文学界(2019年1月号)』1:台湾人作家・温又柔との対談『地球にちりばめられて』4:「第10章 クヌートは語る3」『地球にちりばめられて』3:「第9章 Hirukoは語る3」『地球にちりばめられて』2:第6章 Hirukoは語る2『地球にちりばめられて』1:独自の言語“パンスカ”『歓待する文学』4:小野正嗣さんのフランス体験『歓待する文学』3:J・M・クッチェーの『マイケル・K』『歓待する文学』2:村上春樹の自伝的エッセイ『歓待する文学』1:雪の練習生『献灯使』4:言語の輸出入『献灯使』3:日本の鎖国『献灯使』2:「ナウマン象」『献灯使』1:『献灯使』の語り口『雪の練習生』『尼僧とキューピッドの弓』1『ソウル-ベルリン玉突き書簡』4:ヨーロッパの景観『ソウル-ベルリン玉突き書簡』3:旅の楽しみ『ソウル-ベルリン玉突き書簡』2:中国人ディアスポラ『ソウル-ベルリン玉突き書簡』1:漢字や東アジア人の名前『エクソフォニー』4:ハンブルグ『エクソフォニー』3:森鴎外とドイツ語『エクソフォニー』2:マルセイユ『エクソフォニー』1:北京『容疑者の夜行列車』2:北京へ『容疑者の夜行列車』1:グラーツへ***********************************************************************【星に仄めかされて】多和田葉子著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より世界文学の旗手が紡ぎだす国境を越えた物語の新展開!失われた国の言葉を探して地球を旅する仲間が出会ったものはー?<読む前の大使寸評>多和田葉子さんと言えば・・・ドイツに在住の作家で、なんといっても「パンスカ」という言葉を造語した言語感覚が素晴らしいのです。つまり汎スカンディナビア語を「パンスカ」としたのです♪<図書館予約:(1/05予約、副本5、予約20)>rakuten星に仄めかされて***********************************************************************<(文化の扉)多和田文学、ふわり越境>デジタル朝日が「日独2言語で/言葉遊びとユーモアと」と説いているので、紹介します。この記事を紙媒体でスクラップしたのだが、電子媒体でも保存するところが、いかにも老人であるなあ。(この記事を6/24デジタル朝日から転記しました)ドイツ在住の作家、多和田葉子が世界的に注目を集めている。日本、ドイツ、米国で権威ある文学賞を受けてきた。作風は前衛的で国境や言語にとらわれないコスモポリタン。と同時に、日本語の魅力を追究した日本文学である。 多和田葉子は大学卒業後、22歳でハンブルクに移住した。現在はベルリンに暮らす。日本語とドイツ語の両方で、小説や詩を発表してきた。日本では芥川賞、谷崎潤一郎賞、野間文芸賞といった純文学の大きな賞を次々に受賞。ドイツではクライスト賞を受け、独特の文体が評価された。いま、世界で活躍する日本人作家のひとりだ。 昨秋には英語版の「献灯使」が米国の権威ある文学賞、全米図書賞の翻訳文学部門を受賞した。大災厄の後に鎖国を選んだ近未来の「日本」が舞台。訳者の満谷マーガレットさんは、「受賞作は震災後の汚染された日本を描く。決して日本だけの問題ではない。全米図書賞という重要な賞を受けたことでこの作品が世界で広く読まれ、受け止められる、その意義は大きいと思う」と話す。 100歳を超えても頑丈な老人たちが社会を支え、子どもは弱くて歩けない。「彼女のファンタジーは現実に根ざしているから力がある」と満谷さん。深刻な物語だが、ユーモアに包まれ、読後感は朗らか。理由の一つに多和田作品の特徴である言葉遊びがある。「献灯使」では「みどりの日」があるなら「赤の日」も、と休日が際限なく増えていく。すたれてきた性交を奨励する「枕の日」、「インターネットがなくなった日を祝うのは「御婦裸淫の日」だ。***********************************************************************<『文学界(2019年1月号)』1>図書館の放出本のラックで『文学界(2019年1月号)』という雑誌を、手にしたのです。表紙に出ている特集に多和田葉子の名前が載ているのがゲットする決め手となりました。【文学界(2019年1月号)】雑誌、文芸春秋、2019年刊<商品の説明>より▼2019年を占うビッグ対談落合陽一×古市憲寿 「平成」が終わり、「魔法元年」が始まる多和田葉子×温又柔 「移民」は日本語文学をどう変えるか?<読む前の大使寸評>表紙に出ている特集に多和田葉子の名前が載ているのがゲットする決め手となりました。amazon文学界(2019年1月号)『文学界(2019年1月号)』1:台湾人作家・温又柔との対談*********************************************************************** <『歓待する文学』>図書館で『歓待する文学』という本を手にしたのです。小野正嗣が選りすぐりの作品について十三回の放送で紹介する構成であるが、取りあげた作品が、ええでぇ♪【歓待する文学】小野正嗣著、NHK出版、2018年刊<「BOOK」データベース>より文学は私たちの心にどう入り込み、個人の生活や社会に影響を与えるのか。芥川賞作家である著者が欧米、アフリカ、中東、アジアの選りすぐりの作品を紹介。書き手がどのような土地に根ざし、どういう言語で作品を生み出したのか、それが読み手にどう作用するのかを探る。<読む前の大使寸評>小野正嗣が選りすぐりの作品について十三回の放送で紹介する構成であるが、取りあげた作品が、ええでぇ♪歓待する文学この本でJ・M・クッチェーが語られているので、『多和田葉子アンソロジー』R5を参照ください。***********************************************************************【地球にちりばめられて】多和田葉子著、講談社、2018年刊<「BOOK」データベース>より留学中に故郷の島国が消滅してしまった女性Hirukoは、ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出した。Hirukoはテレビ番組に出演したことがきっかけで、言語学を研究する青年クヌートと出会う。彼女はクヌートと共に、この世界のどこかにいるはずの、自分と同じ母語を話す者を捜す旅に出る―。言語を手がかりに人と出会い、言葉のきらめきを発見していく彼女たちの越境譚。<読む前の大使寸評>言語学的なSFは、モロに太子のツボであるが・・・ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出したHirukoという元ニッポン人が、興味深いのです。<図書館予約:(2/18予約、8/28受取)>rakuten地球にちりばめられて***********************************************************************【献灯使】多和田葉子著、講談社、2014年刊<「BOOK」データベース>より鎖国を続ける「日本」では老人は百歳を過ぎても健康で、子供たちは学校まで歩く体力もないー子供たちに託された“希望の灯”とは?未曾有の“超現実”近未来小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/09予約、副本4、予約94)>rakuten献灯使***********************************************************************<『雪の練習生』>図書館に予約していた『雪の練習生』という本を、待つこと1週間ほどでゲットしたのです。ホッキョクグマ三代の物語とのことで、興味深いのでおます。【雪の練習生】多和田葉子著、新潮社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりサーカスの花形から作家に転身し、自伝を書く「わたし」。その娘で、女曲芸師と伝説の「死の接吻」を演じた「トスカ」。さらに、ベルリン動物園で飼育係の愛情に育まれ、世界的アイドルとなった孫息子の「クヌート」。人と動物との境を自在に行き来しつつ語られる、美しい逞しいホッキョクグマ三代の物語。<読む前の大使寸評>ホッキョクグマ三代の物語とのことで、興味深いのでおます。<図書館予約:(8/01予約、8/08受取)>rakuten雪の練習生***********************************************************************【尼僧とキューピッドの弓】多和田葉子著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>よりドイツの田舎町に千年以上も前からある尼僧修道院を訪れた「わたし」は、家庭を離れて第二の人生を送る女性たちの、あまり禁欲的ではないらしい共同生活に興味が尽きない。そんな尼僧たちが噂するのは、わたしが滞在するのを許可してくれた尼僧院長の“駆け落ち”という事件だったー。紫式部文学賞受賞作。<読む前の大使寸評>地元の図書館所蔵で、予約ゼロの場合は、やはり超速ゲットになるんでしょうね。なお、手にしたのは2010年刊のハードカバーでした。<図書館予約:(6/03予約、6/06受取)>rakuten尼僧とキューピッドの弓以降については、『多和田葉子アンソロジー』R5による。『多和田葉子アンソロジー』R5
2021.03.24
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図書館で予約していた『夢見る帝国図書館』という本を待つこと1週間でゲットしたのです。冒頭をちょっと読むと・・・年上の友人・喜和子さんの、常識人とはかけ離れた、気ままで圧倒的な迫力に引き込まれるのです。【夢見る帝国図書館】中島京子著、文藝春秋、2019年刊<出版社>より「図書館が主人公の小説を書いてみるっていうのはどう?」作家の〈わたし〉は年上の友人・喜和子さんにそう提案され、帝国図書館の歴史をひもとく小説を書き始める。もし、図書館に心があったならーー資金難に悩まされながら必至に蔵書を増やし守ろうとする司書たち(のちに永井荷風の父となる久一郎もその一人)の悪戦苦闘を、読書に通ってくる樋口一葉の可憐な佇まいを、友との決別の場に図書館を選んだ宮沢賢治の哀しみを、関東大震災を、避けがたく迫ってくる戦争の気配を、どう見守ってきたのか。<読む前の大使寸評>冒頭をちょっと読むと・・・年上の友人・喜和子さんの、常識人とはかけ離れた、気ままで圧倒的な迫力に引き込まれるのです。<図書館予約:(3/09予約、副本15、予約0)>rakuten夢見る帝国図書館喜和子さんの遺灰の海上散骨あたりを、見てみましょう。p390~394 散骨は午後の4時からで集合場所は晴海埠頭だったので、私と紗都さん、雄之助くんは銀座の老舗喫茶店で待ち合わせ、少し遅れて古尾野先生が、キャメルのウールコートに暖かそうなマフラーをして現れた。喪服でなくてもいいと言ったのに、コートの下は黒いスーツ、ネクタイも黒だった。紗都さんが白いニットの、雄之助くんはモスグリーンのワンピースを着ていた。 「はじめまして」 紗都さんは、興味深そうに、元大学教授に挨拶した。 「こちらが、この間話した、喜和子さんの親友の古尾野放哉先生」 雄之助くんが言い、古尾野先生は何を思ったかはじかれたように背を伸ばして、 「親友?」 空に向かって一言放ってから、一拍置いて心を落ち着けてから紗都さんの方を見て、 「ソウルメイトというところです」 という奇妙な自己紹介をした。 古尾野先生が喜和子さんのソウルメイトだったことにもびっくりいたが、いつのまにか雄之助くんが紗都さんと「話し」たりしていたことにも驚いた。 「あれ? いつ?」 「あ、いま、仙台にある会社と仕事してて。それで出張したときに会ったんだよね」 「暮れ、かな。最初は。ね」 雄之助くんと紗都さんはお互い確認し合ったが、「話し」ただけではなく、出張の度に会っているらしいことも、わたしはまったく知らなかったのだった。 「お母さんは、どこ?」 たずねると、紗都さんはニコニコして、 「お買い物。三越の前で待ち合わせます」 と、言った。 古尾野先生は、喜和子さんとの関係を孫娘に説明する気はまったくないようだったので、話題はかなりの割合で、瓜生平吉に偏り、例のなぞなぞの葉書の答えを発表すると、雄之助くんは眉根にしわを寄せて少し口を開け、遠くを見つめるような変な顔をして、ほお、ほお、とうなずき、古尾野先生は、 「そんなところじゃないだろうかと思ってはいた」 と負け惜しみを言い、紗都さんは笑い出した。 「『いつか、図書館で会おう』って、それ、喜和子さんがわたしにくれた葉書とおんなじだ!」 そして、紗都さんがひとしきり、家出話を披露した。(中略) 「それで、こう答えたんです。だいじだったのは、戦後のどさくさ紛れの生活ではなくて、自分で決断して家を出てきて始めた、40代からの生活だったんじゃないかって。思うようにならなかったのは、小さいころからずっとそうだったわけでしょう? うんと小さいときのことはわからないけど、物心ついたときは親戚の家にいて、そこは居心地がいいとは言えなかったわけでしょう? 宮崎に行っても、きっと喜和子さんのお母さんごと、肩身の狭い思いは消えなかったわけでしょ。そして結婚生活も」 紗都さんの隣で、すっかり小さいお爺さんになってしまった古尾野先生がハンカチを出して鼻をかんだ。じつのところ、紗都さんが喜和子さんの幼少時代、ことにお母さんと二人で親戚の家を転々とし、そのお母さんにも去られて、親戚の家から家出して上野にたどり着いたくだりから、古尾野先生は泣き通しだった。ウーム 親戚縁者から喜和子さんの一生が語られているが・・・C'est la vie(セラビ)ではあるなあ。帝国図書館の最後のエピソードを、見てみましょう。p404夢見る帝国図書館・25 国立図書館支部上野図書館前 復員兵が図書館の前に立った。その図書館は、彼が以前に通ったときとは、名前を変えていた。少し傾斜した入口から入ろうとして、彼は木陰に何かが動いたのに気づいた。目をやるとそこには子どもが一人、うずくまっていた。 そのままにして中に入り、調べものをしていて外に出ると、何時間か前に見かけた子どもがまだそこにいる。 「どっから来た? 何してんの?」 復員兵は話しかけた。子どもは何も言わなかった。 「なんて名前?」 こんどは、小さな声でその子が答えた。 「きわこ」『夢見る帝国図書館』2:24 ピアニストの娘『夢見る帝国図書館』1:喜和子さんの気質
2021.03.24
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図書館で『インド待ち』という本を、手にしたのです。おお周防監督のインド旅行記か・・・面白そうである。周防さんの「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本が面白かったので、この本も折り紙つきでんがな♪【インド待ち】周防正行著、集英社、2001年刊<「BOOK」データベース>より周防監督「インドの魂」を探る!歌と踊りとアクションがぎっしりの「マサラムービー」。インド映画の元気の秘密を求めて大娯楽映画のメッカを行く書き下ろし旅の記録。<読む前の大使寸評>周防さんのインドの旅とは如何なるものか、興味深いのです。周防さんの「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本が面白かったので、いわば折り紙つきでんがな♪rakutenインド待ち『ムトゥ 踊るマハラジャ』インドでの映画作りが語られているので、見てみましょう。p267~269 <旅の終りに旅の始まり> 午前十時半、ようやくバスは大通りに停車した。どうやら撮影許可がなかなかおりず、「インド待ち」となったので市内観光をかねて走り回ったようだ。クーラーの効いたバスを降りると、ちょうど歩道が木陰になっていて、そんなに暑さは感じなかった。 午前十一時、ようやく近くのバザールに移動して撮影が始まった。まずは、商店街の歩道を歩いた。歩道にはお店の商品が溢れ出て、品物を選んでいるお客さんもいる。道行く人ともばんばんすれ違う。カメラは後ろから手持ちで僕を追いかける。僕はインドにやって来た理由を喋った。これがオープニングになる予定だ。淡々と、いわゆる文化人っぽく(ウー嫌いだ文化人)、ドキュメンタリー番組によくある誠実さを感じさせる調子で喋っておいた。もっとも、バラエティ番組のノリで喋って下さいと言われても無理だったと思うから、わりに正直な姿勢だ。「去年、日本では、ここ南インドの映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』が大ヒットしました。映画に主演したラジニカーントは南インドを代表する大スターです。日本の観客は、笑いあり、涙あり、アクションあり、ラブストーリーあり、そして突然歌い、踊り出すインド映画の破天荒な魅力に拍手喝采を送りました。実を言えばインドは自国で作られる映画がハリウッド映画よりも人気があるという世界でも珍しい国です。 インドの人はどんな風に映画を楽しみ、どんな風に映画を作っているのか、その秘密を探りたい、というのが今回の旅の目的です。」 カットはかからず、再び最初から僕は喋り始め、高岡さんも回しっぱなしでついてくる。そうやって続けることで硬さもとれて自然な雰囲気で喋ることができるようになるのではないかという狙いだろう。一度目に言い忘れたことや言い回しのおかしかったところに修正を加えて喋った。ありがたいのはカメラが、背後にあったので、その存在を気にしなくてよかったことだ。お陰で緊張しなくてすんだ。三回目でOKが出た。 次に僕がとうもろこしを満載したリヤカーの横を歩くカットを正面から撮り、続いて僕の見た目風に、手持ちで歩いて撮った。おして、同じ喋りを正面からの手持ちトラックバック。困るのは独白の処理だ。歩きながらこんな説明的な事を一人で喋ることは日常的にはありえない。当然この独り言はテレビの前に座っている視聴者に向けられているのだから、カメラを見るべきなのだ。でもそれができない。恥かしい。従ってキョロキョロする。 誰に言ってるか曖昧になるから、何となく喋り方もぎこちなくなる。おまけに、「今回の旅の目的です」の後に「映画はいつでも国境を越えます。去年インド映画は日本にやって来ました。では果して日本映画がインドに来ることはあるんでしょうか」と付け加えることになったから更に落ち着かない。『インド待ち』1
2021.03.24
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図書館で予約していた『星に仄めかされて』という本を待つこと2ヶ月ほどでゲットしたのです。多和田葉子さんと言えば・・・ドイツに在住の作家で、なんといっても「パンスカ」という言葉を造語した言語感覚が素晴らしいのです。つまり汎スカンジナビア語を「パンスカ」としたのです。【星に仄めかされて】多和田葉子著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より世界文学の旗手が紡ぎだす国境を越えた物語の新展開!失われた国の言葉を探して地球を旅する仲間が出会ったものはー?<読む前の大使寸評>多和田葉子さんと言えば・・・ドイツに在住の作家で、なんといっても「パンスカ」という言葉を造語した言語感覚が素晴らしいのです。つまり汎スカンディナビア語を「パンスカ」としたのです♪<図書館予約:(1/05予約、副本5、予約20)>rakuten星に仄めかされて私(ノラ)の友人たちが語られているので、見てみましょう。p153~158 隣のカフェテリアでカプチーノを買い、腰を下ろすと私は早速訊いてみた。 「ねえ、ヒジュラーの集会って何?」 「インド中のトランスジェンダーが集まるお祭りのようなものさ。性の境界を行き来する神様を祀る。そこでクリスと友達になったんだ。二人ともドイツに住んでいることが判明した時は嬉しかったよ」 「あなたってヨーロッパ中に友情の網を張り巡らしているのね。」 「蜘蛛の巣を張り巡らせているわけではないんで、食われる心配はないよ。」 「あの人、クリスって名前なの?」 「本名じゃないよ。ユニバーサルな名前で覚えやすいからだって。本名はクリシュナかもしれないし、クリストファー・コロンブスかもしれない。」 「クリスは以前、女性だったの?」 「彼は生物学的に言えば昔も今も男性だ。その上、外見も男性だから、一体どういう境界を超えているんですか、なんて仲間に訊かれることもあるみたいだ。でも彼としては、女性を愛する女性が男装しているつもりなんだ」 パーティという言葉を聞くとどういても14歳の頃に友達の家に集まって、窓ガラスの割れそうなボリュームでテクノ音楽をかけ、ビールや安ワインだけでは物足りなくなって、エクスタシーを吸って朝まで踊ったいわゆる「パーティ」を思い出す。 だから今夜は私たちを車に乗せて行ってくれる人がお酒や麻薬に手を出さないようにしっかり見張らなければ、とまず思った。ところがクリスの家に着くと、学生風の男女が五人、膝を揃えてソファーに腰掛けチャイを飲んでいて、音楽はかかっていなかったし、誰かが踊り出しそうな雰囲気も全くなかった。 しばらく話を聞いていると、彼らはストライキは社会を変える有効な手段かどうかについて話しあっていることがわかったが、みんなまるでリュウマチの話でもしているようにうなだれて、押し殺した声で話しているのだった。クリスだけは楽しそうに鼻歌を歌いながら台所でサモサを揚げていた。振り返って私の顔を見ると、クリスは得意げに言った。 「見つかったよ。今夜ハンブルグまで行く連中が」(中略) 9時半頃にブザーが鳴って白髪の夫婦が入ってきた。コンサートの帰りだと言う。隣に住んでいる夫婦だそうでやはりチャイを飲んだ。年金生活者で趣味は旅だと言うので、もしかしたらこの夫婦が私たちを乗せて行ってくれるのかと思ったが、そのうち今朝5時に目が覚めてしまってもう眠いから帰る、と言いだした。老夫婦が帰ろうとするとブザーが鳴って、入れ替わりに黒い革の上下を身につけた髪の長い化粧した若い男性が二人入ってきた。 ヘルメットをそれぞれ二個ずつ手にぶら下げている。私は嫌な予感がして台所に駆け込み、アカッシュとクスクス笑いながら立ち話しているクリスに、 「私たちをハンブルグに連れて行ってくれるのって、まさかバイカーなの?」 と訊いた。自制したつもりなのに非難するような激しい口調になってしまった。 「そうだよ。ハンブルグの教会でバイカーの大集会があるんだそうだ。金のない奴らだから燃料費は頼むよ。人間の燃料とバイクの燃料と両方ね。深夜に出発すればアウトバーンもガラガラで思いっきり飛ばせるだろう」 アカッシュは目を輝かせ、バイクに乗れることを喜んでいるようだったが、私は今更イージーライダーやあるまいし、バイクなんてとんでもない、寒くてうるさくて骨は痛くなるし危険だし、ヒッチハイクの上を行く軽薄さだ、と腹が立った。『星に仄めかされて』2:「だるまさんが転んだ」という遊び『星に仄めかされて』1:「パンスカ」が出てくるあたり
2021.03.23
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図書館で『もう一度倫敦巴里』という本を、手にしたのです。おお和田誠のビジュアル本ではないか・・・パラパラめくると似顔絵や贋作マンガが満載で、面白そうである。【もう一度倫敦巴里】和田誠著、ナナロク社、2017年刊<「BOOK」データベース>より和田誠の戯作・贋作大全集。これが遊びの神髄だ!<読む前の大使寸評>おお和田誠のビジュアル本ではないか・・・パラパラめくると似顔絵や贋作マンガが満載で、面白そうである。rakutenもう一度倫敦巴里「ふとどき風土記」は『オール読物』で1969年に連載したものだが、#7,#11を見てみましょう。p56 <ふとどき風土記7「アメリカ映画頑張る」> 和田さんが選んだ三作品、「イージー・ライダー」「明日に向かって撃て!」「真夜中のカーポーイ」がええなあ♪ 1969年に選ぶ三作品としては申し分ありません。 次に「ニクソンの夢」を、見てみましょう。p68 <ふとどき風土記11「ニクソンの夢は夜ひらく」> '65 '66 '67と 私の人生暗かった 過去はどんなに暗くとも 夢は夜ひらく「清水ミチコの三人寄れば無礼講」というサイトが和田さんを偲んでいるので、見てみましょう。平野レミ、和田誠を偲ぶ「なんで私をすきになったのか、聞いてみたかったな」より平野レミさんの夫で、名イラストレーターの和田誠さんが、2019年10月7日に亡くなりました。多くの人を魅了したイラストや装幀、エッセイはもちろんですが、映画やジャズを愛し、映画監督としての顔も持ち、妻のために歌もつくるというマルチな才能に溢れた和田さん。阿川:ミッちゃんも私も、和田さんと飲みに行っては、ジャズやらミュージカルやら映画やら、たくさんのことを教えていただいて、それが自分の次の仕事に役立ったりしていたでしょ?清水:うん。和田さんはモノマネも好きだったしね。(中略)平野:質問したらきっとなんでも教えてくれたんだろうけど、私、質問するようなこと思いつかないんだもの。だから和田さんが、なんで私みたいな女の人をすきになったのか、さっぱりわからないのよ。一度、聞いてみたかったな。清水:でも和田さんがレミさんに興味を持って、伝手を頼って紹介してもらって、1週間で結婚しちゃったんだから、これも和田さんの直感力なんじゃないかなあ。そして、ピンときたらブレない。平野:私がテレビの生放送でシャンソンを歌った時、バンドが前奏を演奏してたのに、うまく声が出なくて「もう一回はじめからお願いします」って言ったのが、よかったんだって。阿川:それで、当時レミさんとラジオで共演されていた久米宏さんに、紹介をお願いしたわけでしょう? 久米さんは紹介を断ったらしいけど。(笑)平野:「彼女はやめておいたほうがいい」って言ったらしいよ。私、クレイジーと思われてたから(笑)。でも和田さんは、「この人は料理が上手だろう」とピンときたみたい。ほら、久米さんとのラジオ番組は街頭から生放送したりするから、私が「あら奥さま、今日の晩ごはんはなににするの?」なんていろいろ突っ込んで聞くでしょ。それだけで会ってみようと思うんだから、考えてみればすごいことよね。『もう一度倫敦巴里』1
2021.03.23
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<『もう一度倫敦巴里』1>図書館で『もう一度倫敦巴里』という本を、手にしたのです。おお和田誠のビジュアル本ではないか・・・パラパラめくると似顔絵や贋作マンガが満載で、面白そうである。【もう一度倫敦巴里】和田誠著、ナナロク社、2017年刊<「BOOK」データベース>より和田誠の戯作・贋作大全集。これが遊びの神髄だ!<読む前の大使寸評>おお和田誠のビジュアル本ではないか・・・パラパラめくると似顔絵や贋作マンガが満載で、面白そうである。rakutenもう一度倫敦巴里贋作「雪国」がいやというほど載っているが・・・野坂昭如版「雪国」を、見てみましょう。野坂さんは関西弁でしたね。p43 <野坂昭如版「雪国」> 国境の長いトンネル抜ければまごう方なきそこは雪国。夜の底白くなり、信号所に汽車が止まると向側の座席から一人の女立ち上がり、あれよと見守るうち、島村の前のガラス窓落としたから雪の冷気いやが上にも流れ込む。 女はと見ると窓いっぱいにそのむちむちした身体のり出し、遠くへ叫ぶように「駅長はあん、駅長はあん」明かりを下げてのっそり雪を踏んで来た男、襟巻で鼻の上まで包み、耳には帽子の毛皮垂れている。 さほどに思わなかったのだがその姿眺めればもうそんな寒さかと島村あらためて外を見ると、鉄道の官舎らしいバラック山裾にさむざむと散らばりそこまでいかぬうち、雪の色、闇に呑まれていた。 「駅長はん、わてや、ご機嫌よろしゅう」女がいい、駅長と呼ばれた男「なんや葉子はんやないか、お帰り、また寒ぶなったっで」「弟がえらいお世話になってるそうで」 和服に外套の駅長、毛皮の一つ一つにしみこむ寒い立話切りあげたいと見え、もう後姿となり「ほんだらお大事に」「弟をよう見たってな」その声悲しいほど美しく、高い響きのまま夜の雪から木魂して来るようで、女を窓にのり出させたまま汽車はまた動きだす。次に、丸谷才一版「雪国」を、見てみましょう。丸谷さんは旧仮名使いとして知られていますね。p167 <丸谷才一版「雪国」> なにがしといふ人の説によると、国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国ださうである。この説はすこぶる評判がいい。言葉にはずみがあるし、むやみに単純で切れ味がいいし、第一わかりやすいからでせうね。 おまけに雪が喜ばれるといふ民俗学的状況も見逃せない。雪が降るのは豊年の前兆で、めでたいものなんです。それに闇のトンネルを抜けてまっ白な世界に出てゆくのは,黒の玉が白の玉によつて倒されるのを祝ふカーニヴァルのやうな、祭祀としての性格が感じられ、呪術性がさようする。言ふまでもなく無意識のうちにではあるけれど。 ところでわたしの体験を言へば、トンネルを抜けると雪国ではなかつた。わたしの生まれは山形県だから、そのせいで東京にゆかうと汽車に乗るときは、雪国から雪国でない方にトンネルを抜けるのだった。ここで言ふ雪国とは越後をさすのだけれど、庄内の人間にとつても事情は同じである。 したがつてわたしなら、トンネルを抜けると雪国ぢやなかつたとか、上野の国に出たとか、群馬県だつたとか言ふことになる。文学性からはちよつと遠ざかるけれど、なーに、かまふもんか。
2021.03.23
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図書館で『インド待ち』という本を、手にしたのです。おお周防監督のインド旅行記か・・・面白そうである。周防さんの「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本が面白かったので、この本も折り紙つきでんがな♪【インド待ち】周防正行著、集英社、2001年刊<「BOOK」データベース>より周防監督「インドの魂」を探る!歌と踊りとアクションがぎっしりの「マサラムービー」。インド映画の元気の秘密を求めて大娯楽映画のメッカを行く書き下ろし旅の記録。<読む前の大使寸評>周防さんのインドの旅とは如何なるものか、興味深いのです。周防さんの「『Shall weダンス?』アメリカを行く」という本が面白かったので、いわば折り紙つきでんがな♪rakutenインド待ち以前に観た『Shall weダンス?』が気になるので、そのあたりを見てみましょう。p192~194 <『Shall weダンス?』二度目の上映会> 会場は飛行場のセットの前にある現像所の試写室。午後6時少し前に到着。玄関にはガードマンが立っていて、現像所の女性責任者が出迎えてくれた。 ロビーは、黒い石の床がピカピカに光ってゴージャスだったが、間接照明のライティングや、モノトーンでまとめたすっきりした内装のお陰で、品良くまとまっており、ニューヨークあたりの高級感あるコジャレたブティックのようだ。 試写室は、広くもなく狭くもなく、応接セットのような立派な椅子が20脚くらい並んでいた。しかしロビーのようなモダンな感じはなく、日本でもよく目にする古いタイプの試写室だ。 今日のお客さんは撮影所のお偉方が中心で、テレビクルー最大の関心事はゴヴィンダが来るかどうか。彼は家族をハイデラバードの町のホテルに呼んでいて、毎日撮影終了後は家族と共に過ごすのだそうだ。あっぱれインドの家族主義である。 午後6時15分まで待って開始。上映前には「よくいらして下さいました。特に素晴らしい作品を持ってきて下さったことに感謝します。ぜひ撮影所のスタッフにはこの映画から色々なものを学んで欲しいと思います。そしてスオさんのお陰で撮影所の空撮を初めてできることになりました。本当にありがとうございます」と髭の所長が挨拶。撮影所の空撮とは、渡辺さんがテレビ用に企画したことで、ありがとうと言われても困る。渡辺さんも困るだろう。 番組に必用だから撮影するのであって、撮影所のためではない。でもそれって空撮のビデオ映像をくれってことなのか。ちゃっかりしている。 僕も簡単に挨拶したが、「もしかしたら皆さんが考えてる日本とは、少し違う日本がこの映画では描かれているかもしれません。だけど、これが今、日本の、東京のありのままの生活だと思ってくれて構いません」などとつまらないことを言ってしまった。質問されて答えるべきことを先に言ってしまったのである。 「これは日本的じゃない」と言われるのが番組的には面白いのに、自分から先に言ってしまったのだから最悪だ。悪かった、渡辺さん。1回目の上映会の質問が印象に残りすぎていて、思わず口をついて出てしまったのだろう。 ついにゴヴィンダは来なかった。そして歓迎してくれた所長も、なぜか途中退席。クレジット・ロールが終わると十数人の観客から拍手、そして場内が明るくなるとそのまま立ち話が始まった。「こんな素晴らしい機会を与えてくれて、本当にありがとうございました。役者さんたちみんながスオさんを信じているのがよく分かりました。アクティングが素晴らしかった」と、頭頂部まで額が広がった、分厚いレンズの眼鏡をかけたおじさん。「この映画で習ったのは、どうも、という言葉です」と、ギャグも飛ばしてくれた。 褐色のごっついおやじは「インドの文化とこのストーリーがすごく似てますね」 マーク・ホームズという白人青年はアメリカから「エフェクト(特殊効果だと思う)」を教えに来ているそうだ。彼は分かりやすい英語で感想を言った。「素晴らしかった。ヴィジアル・エフェクトなしの映画を見ることができてすごく嬉しかった」。皆が笑った。 スタンドカラーのワイシャツを着た面長口髭刈り上げおじさんが「スイマセン、スオサン、シツモン」と日本語で声を掛けてきた。しかし続く質問は英語だ。「今、日本で起きている現象とこの映画は関係があるんですか」。一応、あると答えておいた。一生懸命働いて生活が豊かになったのに、幸せを実感できない。だけど何をやったらいいか分からない。そういうことが日本の社会にはあると。「だから40歳以上の話なんですね」と、褐色のごっついおやじが口を挟む。アメリカ人青年が「すごく意味のある映画だったと思う。今、新聞とか色々なニュースでビジネスマンが自殺するといったようなことが伝えられているので、こういった映画が必要だと思う。ポジティブな映画だった」と言った。 それで一区切りつくと、皆が「サンキュー・ベリマッチ」と手を伸ばし、握手を求めてきた。ロビーでチャイとサンドウィッチをご馳走になってから表に出る。ハリウッド流儀を蹴散らした「『Shall weダンス?』アメリカを行く」を紹介します。【『Shall weダンス?』アメリカを行く】周防正行著、太田出版、1998年刊<「BOOK」データベース>より日本映画界の野茂英雄になる-の決意も固く、映画先進国アメリカに乗り込んだ周防監督。ハリウッド流儀を蹴散らし、契約至上主義ビジネスの罠をかいくぐり、米国アカデミー賞に異議を申し立て、前代見聞、満身創痍の悪戦苦闘の末に勝ち取ったのは、「中年の危機」に悩めるアメリカ人の大喝采と、日本映画初の全米大ヒット。強いアメリカに押されっぱなしの日本人のうっぷんを晴らす、痛快ノンフィクション。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、日米の映画産業事情とか、アメリカ人の人間模様が出ていて面白そうである。amazon『Shall weダンス?』アメリカを行く『Shall weダンス?』アメリカを行く1『Shall weダンス?』アメリカを行く2『Shall weダンス?』アメリカを行く3『Shall weダンス?』アメリカを行く4『Shall weダンス?』アメリカを行く5『Shall weダンス?』アメリカを行く6『Shall weダンス?』アメリカを行く7『Shall weダンス?』アメリカを行く8
2021.03.22
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今回借りた5冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「予約本」でしょうか♪<市立図書館>・電柱鳥類学・やばいデジタル・もう一度倫敦巴里・毎朝ちがう風景があった・団地と移民<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【電柱鳥類学】三上修著、岩波書店、2020年刊<「BOOK」データベース>より電柱といえば鳥、電線といえば鳥。でも、そこで何をしているの? カラスは「はじっこ派」? 感電しないのはなぜ?――電柱や電線の鳥に注目したら見えてきた、その知られざる生態、電柱・電線の意外な姿、電力会社と鳥たちの終わりなき知恵比べ。あなたの街にもきっとある、鳥と電柱、そして人のささやかなつながりを、第一人者が描き出す。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten電柱鳥類学************************************************************【やばいデジタル】NHKスペシャル取材班著、講談社、2020年刊<出版社>よりあなたの人生は、わずか2.74GB(ギガバイト)。2020年の1年間で生み出されたデータ量は「50,000,000,000,000GB」。デジタルは、私たちの社会をさらに自由に、豊かにしてくれるーー。しかし、それが実にはかない願望であったことを、私たちはいま実感させられている。SNSの広がりは「真実」と「フェイク」の境界をあいまいにし、私たちは「フェイク」に踊らされるようになった。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/23予約、副本3、予約18)>rakutenやばいデジタル************************************************************【もう一度倫敦巴里】和田誠著、ナナロク社、2017年刊<「BOOK」データベース>より和田誠の戯作・贋作大全集。これが遊びの神髄だ!<読む前の大使寸評>おお和田誠のビジュアル本ではないか・・・パラパラめくると似顔絵や贋作マンガが満載で、面白そうである。rakutenもう一度倫敦巴里************************************************************【毎朝ちがう風景があった】椎名誠著、新日本出版社、2019年刊<「BOOK」データベース>より作家デビュー40周年の年を締め括るカラーフォトエッセイ!“シーナの眼”が写した、地球の息吹、人々の暮らし、生命の輝き。<読む前の大使寸評>おお シーナの写真付き旅行記ではないか・・・文章部分がわりと短く、読みやすいのがええでぇ♪rakuten毎朝ちがう風景があった************************************************************【団地と移民】安田浩一著、KADOKAWA、2019年刊<「BOOK」データベース>より排外主義的なナショナリズムに世代間の軋轢、都市のスラム化、そして外国人居住者との共存共栄…。かつて「夢と希望の地」だった団地は、課題最先端「空間」となっていた!!厳しいこの現実に負けずに、“一緒に生き続けること”を実践している各団地の取り組みを私たちは“日本の未来”に出来るのか?この国の“これまで”と“これから”を浮き彫りにする、地べたからのルポルタージュ!!<読む前の大使寸評>追って記入rakuten団地と移民図書館大好き474
2021.03.22
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・川越宗一『熱源』(6/08予約、副本33、予約676)現在131位・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、副本13予約218)現在62位・小川洋子『密やかな結晶』(10/8予約、副本4、予約59)現在13位・ショーン・タン『内なる町から来た話』(11/3予約、副本3、予約35)現在9位・池井戸潤『半沢直樹 アルルカンと道化師』(11/29予約、副本33、予約644)現在418位・内田樹『コモンの再生』(1/05予約、副本2、予約21)現在14位・出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記:(1/06予約、副本5、予約58)現在29位・三浦しをん『マナーはいらない』(1/9予約、副本11、予約58)現在14位・村上春樹『一人称単数』(1/27予約、副本26、予約301)現在221位・ウイルスの意味論 : 生命の定義を超えた存在(2/18予約、副本2、予約9)現在7位・カズオ・イシグロ『クララとお日さま』(3/20予約、入荷待ち1、予約68)・川上弘美『神様2011』(3/21予約、副本11、予約1)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・椎名誠『遺言未満』:図書館未収蔵・桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』・桐野夏生『日没』・『ラガナ一家のニッポン日記』・『ハーンを慕った二人のアメリカ人』:図書館未収蔵・オードリー・タン 自由への手紙・オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る・高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』・頭木弘樹『食べることと出すこと』:図書館未収蔵・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・本村凌二『馬の世界史』・柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・山内 一也『ウイルス究極の寄生生命体 (NHK人間講座)』・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・つげ義春『ガロ 1968 前衛マンガの試行と軌跡』・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:1/22以降> ・ユヴァル・ノア・ハラリ『緊急提言 パンデミック』(11/14予約、1/22受取)・ブレイディみかこ『ブロークン・ブリテンに聞け』(12/9予約、1/30受取)・わたしたちが孤児だったころ(2/02予約、2/05受取)・丸谷才一「笹まくら」(2/04予約、2/09受取)・剃刀の刃/サマセット・モーム選集第5巻(2/08予約、2/13受取)・平松洋子『買えない味』(3/01予約、3/05受取)・中島京子『夢見る帝国図書館』(3/09予約、3/16受取)・多和田葉子『星に仄めかされて』(1/05予約、3/18受取)・三上 修『電柱鳥類学』(3/10予約、3/21受取)・NHKスペシャル取材班『やばいデジタル』(12/23予約、3/21受取)***********************************************************************【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け【内なる町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より“人間を訴えたクマ”“カエルを救う秘書”“空の魚を釣り上げた兄弟”25話のセンス・オブ・ワンダー!世界三大児童書賞のひとつ、ケイト・グリーナウェイ賞2020年受賞作!<読む前の大使寸評>マルチタレントのショーン・タンは元々、絵本作家であり・・・大使はそのイラストが大好きでおます♪<図書館予約:(11/3予約、副本3、予約35)>rakuten内なる町から来た話【半沢直樹 アルルカンと道化師】池井戸潤著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とはー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/29予約、副本33、予約644)>rakuten半沢直樹 アルルカンと道化師【コモンの再生】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<出版社>より天下りのマッチポンプ、地方の過疎化、アンチ・グローバル化現象……コモン(共有地)の再生が日本の活路を開く!・西部劇『シェーン』が示すコモンをめぐる原理的な主題・ベーシックインカムの成否を決定づける要素とは?・トランプ現象とアンチ・グローバリズムの流れ・マナーの悪い「幼児的」なオヤジのマウンティングについて・明治維新前の藩制度とフランスのコミューンの共通点・「自我の支配」から解放される瞑想のやり方……etc.分断を超えて、新しい共同幻想が立ち上がる希望の書。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/05予約、副本2、予約21)>rakutenコモンの再生【出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記】宮崎伸治著、フォレスト出版、2020年刊<「BOOK」データベース>より30代のころの私は、次から次へと執筆・翻訳の依頼が舞い込み、1年365日フル稼働が当たり前だった。その結果、30代の10年間で50冊ほどの単行本を出すに至った。が、そんな私もふと気がついてみれば、最後に本を出してから8年以上も経っていた。-なぜか?私が出版業界から足を洗うまでの全軌跡をご紹介しよう。出版界の暗部に斬りこむ天国と地獄のドキュメント。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/06予約、副本5、予約58)>rakuten出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記【マナーはいらない】三浦しをん著、集英社、2020年刊<「BOOK」データベース>より長編・短編を問わず、小説を「書く人」「書きたい人」へ。人称、構成、推敲など基本のキから、タイトルのつけ方や取材方法まで、本書タイトルにあやかって「コース仕立て」でお届けする大充実の全二十四皿。あの作品の誕生秘話や、手書き構想メモを初公開。もちろん(某きらめく一族への)爆笑激愛こぼれ話も満載で、全・三浦しをんファン必読の書…!金言ばかりのWeb連載「小説を書くためのプチアドバイス」を完全書籍化。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/9予約、副本11、予約58)>rakutenマナーはいらない【一人称単数】村上春樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より短篇小説は、ひとつの世界のたくさんの切り口だ。6年ぶりに放たれる、8作からなる短篇小説集。【目次】石のまくらに/クリーム/チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ/ウィズ・ザ・ビートルズ/ヤクルト・スワローズ詩集/謝肉祭/品川猿の告白/一人称単数<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/27予約、副本26、予約301)>rakuten一人称単数【ウイルスの意味論】山内一也著、みすず書房、2018年刊<出版社>よりその生と死はどこか奇妙だ。分解された親から複製され、破壊されても蘇り、体を捨て情報として潜伏し、突然実体化する。常識を問う書。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(2/18予約、副本1、予約0)>amazonウイルスの意味論【クララとお日さま】カズオ・イシグロ著、早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より人工知能を搭載したロボットのクララは、病弱の少女ジョジーと出会い、やがて二人は友情を育んでゆく。生きることの意味を問う感動作。愛とは、知性とは、家族とは?ノーベル文学賞受賞第一作、カズオ・イシグロ最新長篇。<読む前の大使寸評>追って記入rakutenクララとお日さま【神様2011】川上弘美著、講談社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりくまにさそわれて散歩に出る。「あのこと」以来、初めてー。1993年に書かれたデビュー作「神様」が、2011年の福島原発事故を受け、新たに生まれ変わったー。「群像」発表時より注目を集める話題の書。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/21予約、副本11、予約1)>rakuten神様2011【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。図書館予約の軌跡247
2021.03.22
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<『遠い太鼓』3>図書館で『遠い太鼓』という本を、手にしたのです。ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。【遠い太鼓】村上春樹著、講談社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきたのだ。ずっと遠くの場所から、ずっと遠くの時間から、その太鼓の音は響いてきた。-その音にさそわれて僕はギリシャ・イタリアへ長い旅に出る。1986年秋から1989年秋まで3年間をつづる新しいかたちの旅行記。<読む前の大使寸評>ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。rakuten遠い太鼓ミコノス島ミコノス島の美味い話を、見てみましょう。p149~151<港とヴァンゲリス> 僕らはここでよくイカ(カラマリという。モンゴイカはスピア)を買った。ここのイカは柔らかくて、とろけるように美味しかった。ギリシャ人はイカをだいたい焼いて食べるが、とてももったいなくて、我々にはそんなことはできない。もちろん刺身にする。ときどきは寿司ごはんを詰めて食べたりもした。 日によって違うけれど、イカはだいたいキロ七百円くらいした。ギリシャの物価からすればけっこうな値段でえある。それから鯵に似た魚(サブリージという)を買って、酢のものにしたり、焼いたりして食べた。これは姿かたちは大型の鯵だが、味には鯖の風味も加わっているという不思議な魚だった。これはそうしょっちゅうは上がらない。 小型の鯛(シナグリーザ、あるいはリスリーニ)は煮るか、あるいは葱と一緒にソテーして食べた。その他にアナゴやヒラメやタチウオやカマスや、実にいろんな魚がいた。どういうわけかカマスは青山の紀ノ国屋なみに高かった。その他見たことのない魚もいれば、わけのわからない魚もいた。スコルピオという刺のいっぱいある不気味な魚をごった煮風スープにすると美味しいときかされて試してみたのだが、たしかにこれはなかなか美味しかった。しかし河豚と同じで、舌先にちょっとぴりっとする感触があった。そしてあとでおなかをこわした。 海は週に四日くらいは荒れた。窓から見ると、大きな波が東映のタイトル・バックみたいに岬の突端の岩にぶつかり、十メートルくらい上にまでしぶきをあげていた。海は見渡す限り白波に覆われている。そしてJ・G・バラード的に暴力的な風が吹いている。もちろん漁船は出航しない。窓から見ると、漁船は港の中に入って、係留されたままゆらゆらと帆柱を波に揺らせている。(中略) 焼き魚はレジデンスの管理人であるヴァンゲリスから借りた七輪と網で焼いた。僕はそれまでヨーロッパ人が七輪で魚を焼いて食べるなんてまったく知らなかった。でもある時ヴァンゲリスがその七輪と網を使って管理人室の前で古いパンを焼いているのを見て、彼に「それで魚は焼かないのか」と訊いてみた。「もちろん焼くよ」と彼は言った。 それで僕は彼にその七輪を借りて、テラスで鯵を焼いてみた。キッチンのレンジは電熱式なので、これがないと魚は焼けない。燃料は残念ながら木炭ではなく木っ端だが、それでも久し振りに食べる鯵の塩焼きは感動的に美味しかった。何しろ匂いがいい。煙が鼻の穴から脳の奥へとつうんとしみわたっていくのがわかる。細胞がだんだんわくわくしてくる。 魚を焼いているとヴァンゲリスがやってきて、「魚はこうするのがいちばん美味しいんだ。ドイツ人やらフランス人やらは、魚の食べかたを知らないんだ」と得意そうに言った。近所の猫たちも匂いを嗅ぎつけてやってきた。『遠い太鼓』2:ベルギー人との交流『遠い太鼓』1:はじめに(〇)
2021.03.21
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図書館で予約していた『星に仄めかされて』という本を待つこと2ヶ月ほどでゲットしたのです。多和田葉子さんと言えば・・・ドイツに在住の作家で、なんといっても「パンスカ」という言葉を造語した言語感覚が素晴らしいのです。つまり汎スカンジナビア語を「パンスカ」としたのです。【星に仄めかされて】多和田葉子著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より世界文学の旗手が紡ぎだす国境を越えた物語の新展開!失われた国の言葉を探して地球を旅する仲間が出会ったものはー?<読む前の大使寸評>多和田葉子さんと言えば・・・ドイツに在住の作家で、なんといっても「パンスカ」という言葉を造語した言語感覚が素晴らしいのです。つまり汎スカンディナビア語を「パンスカ」としたのです♪<図書館予約:(1/05予約、副本5、予約20)>rakuten星に仄めかされて「だるまさんが転んだ」という遊びが語られているので、見てみましょう。p265~269 わたしの同級生はそんな時代の流れの中で全国紙に躍り出た「北越プラーブダ」という新聞に勤めていた。ところがある時、ロシアと中東の間を縫うようにジープを走らせて取材してルポルタージュを書いていて、テロ組織に捕まってしまった。 テロ組織は、国に多額の身代金を要求してきた。世間では、「勝手に危険な地区に乗り込むような、しかも自国の政府を批判するような民間新聞の記者になぜ税金から身代金を出さなければならないのだ」という意見が強かった。政府は、「最近は身代金を出しても人質が殺されることが多いので、安全のために身代金は出さないことにした」という声明を発表した。 この丁寧で、誰が聞いても完璧に理論的で矛盾を全く感じさせない、さすが政府としか言いようのないみごとな説明に国民は納得したのか、身代金は払われず、政府に抗議するデモも起こらなかった。ところが人質になった本人は殺されなかった。どこに滞在しているのかは不明だが、政府のサイトに不正侵入して、「自分を助けてくれない国家になど未練はない。kれからは翻訳者になってテロ組織に情報を提供するつもりだ。スパイになるつもりはない。ただ、正しい情報がいろいろな方向に流れるようにしたいだけだ」などという大胆なメッセージを送ってきた。 彼の行為を「国を売る許し難い行為」と批判した大臣に対して彼はすぐに、「自分は国も栗も売っていない。時々市場でピスタチオを売っている程度だ」という答えを返してきた。わたしはなんどかピスタチオという響きがおかしくて、涙が出るまで笑ったのを覚えている。 「だれかさんがころんだ!」 全く表情を動かさないsusanooに向かって歌うように口ずさんでみると、「誰かさん」ではなくて、「だるまさんが転んだ」という遊びだったような気がしてきた。どっちだろう。誰かさんか達磨さんか。サムバデイかボーディダルマか。 「どうしたの? 何を言おうといているの?」 クヌートがまた待ちきれなくなったのか、わたしの肘を後ろから掌で包んで揺らしながら訊いてきた。いい香りがゆっくり鼻の粘膜にしみていった。クヌートは杉林とラベンダーと焼きたてのパンの混ざったような香りがする。わたしはこぼれてくる微笑を隠さずに答えた。 「子供の遊び。誰かさん転んだ。または達磨さんが転んだ。誰なのか、達磨なのか。」 「ダルマって誰?」 「何年も座禅を組んでいたら、手と脚がなくなった人。達する人。磨く人。それが達磨。」 わたしは喋る時にも漢字を思い浮かべて喋っている。クヌートには漢字は見えないんだな、とふと思った。とすると、クヌートはアルファベットを声にしていることになる。ダルマと言う時もアルファベット。鮨と言う時もアルファベット。わたしがそんなことを考えているとも知らずにクヌートは言った。 「いつだったか、ダルマという名前のレストランに行ったことがあるよ。そこで赤貝の鮨を食べた。ところで、カルマとダルマの関係は?」 「どちらもインド発。」 「インド!?」 予想外の方向から素っ頓狂な声が飛んで来た。いつの間にかドアが開いていて、しきいの向こうに真っ赤なサリーを着たアカッシュが立っていた。ナヌークは厳しい顔を保とうとしながらも口元に微笑をにじませて、早く中へ入ってドアを閉めるようにとアカッシェに手で合図した。 アカッシェは赤い。ダルマ人形も赤い。もちろんサリーの鮮やかな紅色は、民芸品の土臭くて温かい赤とは違う。体型もアカッシェはほっそりしていて、達磨さんとは対照的だ。アカッシェ、達磨さんって知っている? インド人よ。そんな風にアカッシェに話しかけたかったけれど、アカッシェには英語で話しかける必用があるし、今英語を使ってしまうとsusanooから気持ちが離れてしまいそうだったので、わたしはアカッシェにはうなずいてみせただけで、susanooに向かって言った。 「達磨はインド人だったと知った時は意外だった。そんなに遠い国の人だったなんて。子供の頃、一番好きだった料理はカレー。わたしだけじゃない。みんなカレーが好きだった。あんたもそう? 子供の頃から馴染んできたヒトやモノが遠いインドから来たなんて不思議ね。だから人は自分の子供時代に出遭うために、遠い外国を旅するのかな」おお 日本語におけるカタカナの機能が、欧米語ではアルファベットになるのか。更に、漢字が概念を表すなど・・・やはり日本語は最強のハイブリッド言語なんだろう。『星に仄めかされて』1:「パンスカ」が出てくるあたり
2021.03.21
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書館で予約していた『星に仄めかされて』という本を待つこと2ヶ月ほどでゲットしたのです。多和田葉子さんと言えば・・・ドイツに在住の作家で、なんといっても「パンスカ」という言葉を造語した言語感覚が素晴らしいのです。つまり汎スカンジナビア語を「パンスカ」としたのです。【星に仄めかされて】多和田葉子著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より世界文学の旗手が紡ぎだす国境を越えた物語の新展開!失われた国の言葉を探して地球を旅する仲間が出会ったものはー?<読む前の大使寸評>多和田葉子さんと言えば・・・ドイツに在住の作家で、なんといっても「パンスカ」という言葉を造語した言語感覚が素晴らしいのです。つまり汎スカンディナビア語を「パンスカ」としたのです♪<図書館予約:(1/05予約、副本5、予約20)>rakuten星に仄めかされてページをめくって「パンスカ」という言葉を探したけれど、終り近くになってやっとでてきたのです。なぜだろう?「パンスカ」が出てくるあたりを、見てみましょう。p261~264 「太陽」のイメージが鍵になりそうだ。ただタイヨウと言うだけでは弱い。もっとじっくりとsusanooの心をあぶりだしてみたい。そこでタイヨウについて思いつくことを次々並べたててみた。 「水平線から、地平線から、稜線から、まるくお顔をお出しになり、オレンジや石榴の色に輝いて、眠っている鳥を起こし、夜の間、暗闇で色を失っていた木の葉に緑を戻し、花に赤や黄色や青を戻し、冷えた地面を温め、人々を野外に誘い出す球形女神様。」 もしかしたら太陽には昔こんな長い名前があったかもしれない。 「今、なんて言ったの?」 クヌートはわたしの言っていることが知りたくて我慢ができないようだった。 「太陽の長い名前。」 「そんなのがあるの?」 「ない。発明。」 そこに物知りナヌークの声が差し挟まれた。 「長い名前の女神、実際に神話の中に存在するんだよね。本で読んだことがある。アマ、なんだっけ、アマ。」 「天照大神」 「それそれ。アマは雨って意味だろう。雨傘の雨。」 「ちがう。」 「それじゃあ、甘口カレーの甘。」 「ちがう。」 「奄美大島。」 「ちがう。」 「尼寺。」 「ちがう。」 わたしはナヌークの語彙の豊かさに感心しながらもいらいらしてきた。こんなに優れた脳味噌の持ち主が大学に通う代わりにお医者さんごっこをして、威張り散らして自己満足に浸っているのはもったいない。 「アマは空という意味。一番上にいる神。その神様は女性なの」 とはっきり言ってやった。するとナヌークは、 「へえ、女が一番上に位置するなんて、それはフェミニズムという名前の宗教かい?」 とからかうような口調で返した。ナヌークは英語もデンマーク語も流暢に話す。わたしはある国の上流階級またはエリートの喋り方を真似したいと思ったことはこれまで一度もない。国と国の間を移動しながら、必要な単語を拾ったり、要らなくなった単語を捨てたりして、自家製の言語パンスカをつくってきた。 パンスカは絶えず姿を変えながら、わたしに同行してくれる。言語の引っ越しを続けるわたしの完璧な道連れパンスカ。でもナヌークの流暢なデンマーク語や英語を聞いていると、わたしの大好きなパンスカがまわりからは単なる「移民の片言」として低く見られてしまうかもしれないという気がしてくる。おもわず声が萎んでしまった。 「それはフェミニズムではなく、シントーという宗教。」 「シン島という島か。」 「島じゃない。トーは、みち。神様たちのアウトバーン。追突事故が多いアウトバーン。わたしが安全を守りたい。」 「へえ、君が安全を守るの?交通警察かい?」 「わたしは太陽の女神。」 口からでまかせを言った勢いで、つい振り返ってしまった。susanooはさっき見た通りの姿勢で微動もせずにすわっている。ウン 「移民の片言」ようにも聞こえるパンスカであるが・・・それを産み出し、それをこよなく愛でる多和田さんがええでぇ♪この本は、『地球にちりばめられて』という本の続編という時期に刊行されたが・・・続編というよりも重ね書きのような感じがするのです。【地球にちりばめられて】多和田葉子著、講談社、2018年刊<「BOOK」データベース>より留学中に故郷の島国が消滅してしまった女性Hirukoは、ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出した。Hirukoはテレビ番組に出演したことがきっかけで、言語学を研究する青年クヌートと出会う。彼女はクヌートと共に、この世界のどこかにいるはずの、自分と同じ母語を話す者を捜す旅に出る―。言語を手がかりに人と出会い、言葉のきらめきを発見していく彼女たちの越境譚。<読む前の大使寸評>言語学的なSFは、モロに太子のツボであるが・・・ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出したHirukoという元ニッポン人が、興味深いのです。<図書館予約:(2/18予約、8/28受取)>rakuten地球にちりばめられて『地球にちりばめられて』3:「第9章 Hirukoは語る3」『地球にちりばめられて』2:「第6章 Hirukoは語る2」『地球にちりばめられて』1:「第2章 Hirukoは語る」
2021.03.21
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先日、『のろのろ歩け』という中篇小説集を読んで良かったのだが・・・中島京子が「河合隼雄物語賞・学芸賞」の物語賞を受賞したと、新聞に載っていました。・・・河合隼雄物語賞とは西加奈子も受賞した渋い賞である♪なかなかいけてるやないけ。で、この際、中島京子関連を集めてみます。・夢見る帝国図書館(2019年刊)・怖い絵のひみつ。(2017年刊)・現実の中に非論理性(2015/7/16)・長いお別れ(2015年刊)・小さいおうち(山田洋次監督、2013年制作)・眺望絶佳 (2012年刊)・のろのろ歩け(2012年刊)・東京観光 (2011年刊)・エルニーニョ(2010年刊)・エ/ン/ジ/ン(2009年刊)・ツアー1989(2006年刊)・イトウの恋(2005年刊)R8:『夢見る帝国図書館』を追記【夢見る帝国図書館】中島京子著、文藝春秋、2019年刊<出版社>より「図書館が主人公の小説を書いてみるっていうのはどう?」作家の〈わたし〉は年上の友人・喜和子さんにそう提案され、帝国図書館の歴史をひもとく小説を書き始める。もし、図書館に心があったならーー資金難に悩まされながら必至に蔵書を増やし守ろうとする司書たち(のちに永井荷風の父となる久一郎もその一人)の悪戦苦闘を、読書に通ってくる樋口一葉の可憐な佇まいを、友との決別の場に図書館を選んだ宮沢賢治の哀しみを、関東大震災を、避けがたく迫ってくる戦争の気配を、どう見守ってきたのか。<読む前の大使寸評>冒頭をちょっと読むと・・・年上の友人・喜和子さんの、常識人とはかけ離れた、気ままで圧倒的な迫力に引き込まれるのです。<図書館予約:(3/09予約、副本15、予約0)>rakuten夢見る帝国図書館『夢見る帝国図書館』2:弱冠22歳のベアテ・シロタの活躍『夢見る帝国図書館』1:喜和子さんの気質【怖い絵のひみつ。】中野京子著、KADOKAWA、2017年刊<「BOOK」データベース>より「怖い絵」展の主要14作品を中野京子が徹底解説!「怖い絵」を楽しむために知っておきたい5つのこと。あの「怖い絵」はここにある。世界「怖い絵」MAP。「怖い絵」展オリジナルグッズ。汗と涙と苦労の連続!?「怖い絵」展ができるまで。<読む前の大使寸評>各地の美術館で「怖い絵」の展覧が続いているが・・・このブームの発端は中野京子の「怖い絵」シリーズだったようですね。rakuten怖い絵のひみつ。<現実の中に非論理性>中島京子さんが小説「かたづの!」で第3回河合隼雄物語賞を受賞したそうです。・・・なかなか、渋い賞ではないか♪2015/7/16現実の中に非論理性―物語賞・中島京子さんより心理学者で元文化庁長官の故・河合隼雄さんの業績を記念した第3回河合隼雄物語賞・学芸賞(河合隼雄財団主催)の授賞式が7月に京都市内であった。 人の心を支えるような物語を作り出した文芸作品に与えられる物語賞に選ばれたのは、作家の中島京子さん(51)の小説「かたづの!」(集英社)。江戸初期の南部藩に実在した女性領主の苦難の人生を、彼女が少女期に接した羚羊(かもしか)の一本角の視点から描いた物語だ。 中島さんは「物語というものが事実に見える何かより、ときに深く真実を照らしてくれると信じさせてくれたのが河合先生。受賞はうれしい」とあいさつした。 選考委員の作家、小川洋子さんは「理屈に合わない、時に馬鹿げた視点で物事を見ることで、現実の中の非論理的なものが見えてくる。角の言葉を聞く耳を持ち、事をややこしくするのは男の論理と思っている女性のキュートな魅力が小説を支えている」と評した。しかし、ま~、アラファイブという年齢が、エアーポケットというか、渋いというか、なんともビミョーである。<長いお別れ>短編、中篇に抜群の切れ味を見せる中島さんの私小説はどんなかな♪というわけで・・・期待を込めて読んでみようということでおます。【長いお別れ】中島京子著、文藝春秋、2015年刊<「BOOK」データベース>より帰り道は忘れても、難読漢字はすらすらわかる。妻の名前を言えなくても、顔を見れば、安心しきった顔をするー。認知症の父と家族のあたたかくて、切ない十年の日々。<読む前の大使寸評>短編、中篇に抜群の切れ味を見せる中島さんの私小説はどんなかな♪というわけで・・・期待を込めて読んでみようということでおます。大使の父も、晩年の数年はボケていたが…老人とはそういうものだと思っていたわけです。ときどき父の思い出が出てくる、今日この頃である。<図書館予約:(11/23予約、7/23受取)>rakuten長いお別れ長いお別れbyドングリ【小さいおうち】山田洋次監督、2013年制作、2015年3月1日テレビで鑑賞<movie.walker解説>より第143回直木賞に輝いた中島京子の同名ベストセラー小説を、名匠・山田洋次監督が映画化したミステリアスなドラマ。とある一家で起きた恋愛事件の行方を見守った1人の女中。60年後、彼女がつづったノートを手にした青年によってその出来事が紐解かれていくさまが描かれる。女中を黒木華、一家の若奥様を松たか子が演じる。<大使寸評>雇い主に対するたったひとつの背信を抱えて、その女中は生涯を終えたのです。彼女の生き方を定めたのは、女中という雇用環境と戦争という時代背景があったわけで・・・結婚するには、社会的環境が整っていなかったと言うべきか?movie.walker小さいおうち小さいおうちbyドングリ【眺望絶佳】中島京子著、角川書店、2012年刊<「BOOK」データベース>より昭和33年、東京タワーが立ったあの頃から遠くここまで来てしまった。それでもわたしたちは立っていなければならない。スカイツリーのように。もの悲しくも優雅な、東京タワーとスカイツリーの往復書簡。2011年の静謐と小さな奇跡を切りとった、「東京」短篇集。<読む前の大使寸評>中島ワールドの真骨頂!とのこと・・・・中島さんの短編は期待できそうかも♪rakuten眺望絶佳眺望絶佳byドングリ【のろのろ歩け】中島京子著、文芸春秋、2012年刊<「BOOK」データベース>より『北京の春の白い服』-1999年、中国初のファッション誌創刊に向けて派遣され北京で奔走する夏美。『時間の向こうの一週間』-2012年の上海、赴任したばかりで多忙な夫の代わりに家探しを引き受けた亜矢子。『天燈幸福』-「台湾に三人おじさんがいるのよ」という亡き母の言葉を手がかりに旅に出た美雨。時間も、距離も越えて、新しい扉をひらく彼女たちの物語。<読む前の大使寸評>中島京子の小説ならいけてるのではないか…映画の『小さいおうち』も良かったし。rakutenのろのろ歩けのろのろ歩けbyドングリ【東京観光】中島京子著、集英社、2011年刊<「BOOK」データベース>より恋情、妄想、孤独、諧謔…中島京子ワールドへようこそ女の部屋の水漏れが、下に住む男の部屋の天井を濡らした。女が詫びに訪れたのをきっかけに二人は付き合い出し、やがて男は不思議な提案をするが…。(「天井の刺青」)。直木賞作家が紡ぐ珠玉の7篇。<読む前の大使寸評>おお 中島京子の短篇小説集ではないか・・・このところ、海外作家の短篇小説を集中して読んだので、趣向を変えて国産の短編小説を読むのもええやんけ、ということでおます。amazon東京観光【エルニーニョ】中島京子著、講談社、2010年刊<「BOOK」データベース>より女子大生・瑛は、恋人から逃れて、南の町のホテルにたどり着いた。そこで、ホテルの部屋の電話機に残されたメッセージを聞く。「とても簡単なのですぐわかります。市電に乗って湖前で降ります。とてもいいところです。ボート乗り場に十時でいいですか?待ってます」そして、瑛とニノは出会った。ニノもまた、何者かから逃げているらしい。追っ手から追いつめられ、離ればなれになってしまう二人。直木賞受賞第一作。21歳の女子大生・瑛と7歳の少年・ニノ、逃げたくて、会いたい二人の約束の物語。<読む前の大使寸評>追って記入amazonエルニーニョ【エ/ン/ジ/ン】ムック、角川グループパブリッシング、2009年刊<「BOOK」データベース>より身に覚えのない幼稚園の同窓会の招待状を受け取った、葛見隆一。仕事と恋人を失い、長い人生の休暇にさしかかった隆一は、会場でミライと出逢う。ミライは、人嫌いだったという父親の行方を捜していた。手がかりは「厭人」「ゴリ」、二つのあだ名だけ。痕跡を追い始めた隆一の前に、次々と不思議な人物が現れる。記憶の彼方から浮かび上がる、父の消えた70年代。キューブリック、ベトナム戦争、米軍住宅、そして、特撮ヒーロー番組“宇宙猿人ゴリ”―。<読む前の大使寸評>追って記入amazonエ/ン/ジ/ン【ツアー1989】中島京子著、集英社、2006年刊<「BOOK」データベース>より記憶はときどき嘘をつく。香港旅行の途上で消えた青年は何処へ。15年前の4日間をめぐる4人の物語。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、中国ツアーの短篇小説集のようである。怖い物見たさというか村上春樹風でもあるし借りたわけでおます。amazonツアー1989【イトウの恋】中島京子著、講談社、2005年刊<商品の説明>より「FUTON」に続く会心の書下ろし第二弾明治に日本を旅した英人女性の通訳の日本人若者の手記と現代のさえない独身男と男勝りの女性との関係を重ねて、欧米と日本、男と女の今を機知とユーモアで描く。<読む前の大使寸評>おお イザベラ・バードの通訳と関係を重ねて描くという着想が、いいではないか♪amazonイトウの恋
2021.03.20
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図書館で予約していた『夢見る帝国図書館』という本を待つこと1週間でゲットしたのです。冒頭をちょっと読むと・・・年上の友人・喜和子さんの、常識人とはかけ離れた、気ままで圧倒的な迫力に引き込まれるのです。【夢見る帝国図書館】中島京子著、文藝春秋、2019年刊<出版社>より「図書館が主人公の小説を書いてみるっていうのはどう?」作家の〈わたし〉は年上の友人・喜和子さんにそう提案され、帝国図書館の歴史をひもとく小説を書き始める。もし、図書館に心があったならーー資金難に悩まされながら必至に蔵書を増やし守ろうとする司書たち(のちに永井荷風の父となる久一郎もその一人)の悪戦苦闘を、読書に通ってくる樋口一葉の可憐な佇まいを、友との決別の場に図書館を選んだ宮沢賢治の哀しみを、関東大震災を、避けがたく迫ってくる戦争の気配を、どう見守ってきたのか。<読む前の大使寸評>冒頭をちょっと読むと・・・年上の友人・喜和子さんの、常識人とはかけ離れた、気ままで圧倒的な迫力に引き込まれるのです。<図書館予約:(3/09予約、副本15、予約0)>rakuten夢見る帝国図書館この本は、25のエピソードを挿入する構成になっているが・・・その最後のほうのエピソードを、見てみましょう。p377~382夢見る帝国図書館・24 ピアニストの娘、帝国図書館にあらわれる> 帝国図書館は、敗戦の年から2年と数ヶ月の間だけ、「オキュパイド・ジャパンの帝国図書館」として存在した。これはそんな、占領下の図書館の話だ。 昭和21年2月4日、1台のジープが上野の山を上ってきた。ジープは帝国図書館の前に停まる。運転手と車を待たして、若い女性が一人降りてきた。つややかな黒髪に、彫りの深いエキゾチックな顔立ちをしていた。 彼女は、当時日本にいた約20万人のアメリカ軍人のうちの一人で、その20万人のうちのたった60人の女性軍人の一人でもあった。前年のクリスマスに来日し、民政局に配属されたばかりだった。 「憲法関連の本を探しているのですが」 GHQ職員であり、アメリカ人であり、女性でもあるそのカーキ色の制服の人物の登場に、すっかり恐れをなして固くなっていた図書館司書は、彼女が正確で聞き取りやすい日本語を話していることに目を丸くして、ますます固まった。 「急いでいるんです。ここで見つからなければ、他も回らなければならないので、日比谷図書館と帝大にはもう行きました。憲法に関する書物なら、何語で書かれていても構いません。英語はもちろん、フランス語、ドイツ語、ロシア語でも。アメリカ独立宣言もお願いします。イギリスのものに関しては、マグナ・カルタから始まる一連のものを探してください。ワイマール憲法に関するものも必須です。…ちょっと」 彼女は少しいらいらして、語気を強めた。 「聞いてくださってますか? わたし、急いでいるんですけど」 司書は同僚と顔を見合わせて、それから、はじかれたように蔵書の検索を開始した。一人の若い司書が、恐る恐る顔を上げた。 「スカンジナビア諸国の憲法は、どうしますか?」 彼女は表情のこわばりを解いて、22歳の娘らしい快活な笑みを浮かべて言った。 「ありがとうございます。お借りしたいと思います。書庫に入らせていただける?」 帝国図書館にもし心があったなら、このとき、はっと思い出したかもしれない。ああ、この娘をたしかに見たことがあると。 図書館は記憶を遡らせるかもしれない。まだ、日本が中国とも戦争を始めていないころに。時は大正から昭和になったばかり。 帝国図書館と東京音楽学校は隣同士にあったから、音楽学校にピアノを教えに通う背の高いユダヤ系ロシア人が、時折その小さな娘の手を引いて上野の公園を歩いている姿を眺めたのを思い出すかもしれない。 その背の高いユダヤ系ロシア人の名前は、レオ・シロタといって、ウィーンを拠点に活躍し、リストの再来と謳われたピアニストだった。演奏旅行でこの極東の島国にやってきた天才は、だいじそうに楽譜を抱えて熱心に演奏会にやってくる聴衆の多いこの国に好意を持った。 まさか、ヨーロッパから遠く遠く離れたアジア人ばかりの国に、こんなにまじめに西洋音楽を聴く人々がいるとは思わなかった。クラシックだけではなく、日本人たちは当時の現代音楽も理解した。 シロタを日本に呼んだ東京音楽学校教授の山田耕サクは、日本に滞在して学生たちにピアノを教えてもらいたいと熱心に訴えた。天才的な演奏家だったにもかかわらず、自分が演奏するよりも、教えるほうが好きだったシロタは、ピアノ科の教授になることを引き受けて、ウィーンで暮らしていた妻と小さな5歳の娘、ベアテを連れて来日したのだ。契約は半年の予定だったが、結局レオ・シロタはその後17年をこの国で生きることになる。ナチスがオーストリアを併合してユダヤ人迫害が始まり、ウィーンへは帰れなくなったのだ。 小さかった女の子は15歳になり、戦争が激しくなる前に一人でアメリカに留学した。そしていままた一人で、両親の住むこの国に帰ってきたのだった。連合国軍最高司令官総司令部に勤務する職員として。帝国図書館は、22歳になったベアテをその懐に受け入れた。(中略) この日、ベアテ・シロタが東京中ジープを駆って回って借り出した本たちが、その日からの9日間を作った。日本国憲法の「GHQ草案」を準備する運命の9日間だ。 その日の朝、ベアテはGHQ本部の民政局の一室で、これから、民政局に所属する25人で、日本の新しい憲法を作るのだと聞かされた。それはトップシークレットだったが、ともかく大至急取り掛からなければならない難題だった。 弱冠22歳のベアテは、人権に関する委員に任命された。極秘指令を書きとったメモを後ろ手に隠すようにして部屋に戻ると、同じ委員会のロウスト中佐に声をかけられた。こっそりと、耳元で囁くように。 「あなたは女性だから、女性の権利を書いたらどうですか?」(中略) 日本国憲法は、大日本帝国議会での審議を経て、昭和21年11月3日に公布され、翌年の5月3日に施行された。日本は帝国ではなくなった。帝国図書館は、政令254号をもって、国立国会図書館と改称された。『夢見る帝国図書館』1
2021.03.20
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図書館で予約していた『夢見る帝国図書館』という本を待つこと1週間でゲットしたのです。冒頭をちょっと読むと・・・年上の友人・喜和子さんの、常識人とはかけ離れた、気ままで圧倒的な迫力に引き込まれるのです。【夢見る帝国図書館】中島京子著、文藝春秋、2019年刊<出版社>より「図書館が主人公の小説を書いてみるっていうのはどう?」作家の〈わたし〉は年上の友人・喜和子さんにそう提案され、帝国図書館の歴史をひもとく小説を書き始める。もし、図書館に心があったならーー資金難に悩まされながら必至に蔵書を増やし守ろうとする司書たち(のちに永井荷風の父となる久一郎もその一人)の悪戦苦闘を、読書に通ってくる樋口一葉の可憐な佇まいを、友との決別の場に図書館を選んだ宮沢賢治の哀しみを、関東大震災を、避けがたく迫ってくる戦争の気配を、どう見守ってきたのか。<読む前の大使寸評>冒頭をちょっと読むと・・・年上の友人・喜和子さんの、常識人とはかけ離れた、気ままで圧倒的な迫力に引き込まれるのです。<図書館予約:(3/09予約、副本15、予約0)>rakuten夢見る帝国図書館喜和子さんの気質が描かれたあたりを、見てみましょう。p10~11 「あらやだ」 白髪女性は言った。あとからわかったことだが、 「あらやだ」は彼女の口癖だった。それから次のように続けた。 「あたしとおんなじ! 握手しよう。あたし、喜和子っていうの。喜ぶに、平和の和に子どもの子ね」 行きがかり上、わたしは自分の名を名乗り、彼女の乾いた手を握った。 「喜和子さんは、小説家なんですか?」 「うーん、そういうわけじゃないけど」 足元に寄って来る鳩をちょっと足で牽制するようにして、喜和子さんは答えた。 「書こうかなって、思ってんの」 そう言って喜和子さんはにこにこ笑った。その笑顔にうっかりつられて、わたしは初対面の彼女に話し出した。 「わたしもいま、書いてるものがあるんです」 「あら、なんなの、それ」 「言いません 「あら、なんで言わないの?」 「言うとなくなっちゃうような気がするから言わないんです」 「そう。じゃあ、書けたら見せてよ。うんと楽しみにしているから」 わたしは隣に座った白髪の女性をもう一度ゆっくり見てみた。 喜和子さんはたしかに、突拍子もない服装をしていた。ジャケットに端切れをはぎ合わせて作ったコートの下に、かなりくたびれたTシャツを着て、茶色の、長い、頭陀袋めいたスカートを穿いて、足元は運動靴だった。けれど、その短い白い髪に包まれた小さい顔は、目鼻立ちがくっきりしてどこか品もあった。本を読む人なんだな、ということがわかった。この人は図書館が好きで、住んでいるくらいに通ったことのある、本好きな人なんだなと思った。「書けたら見せてよ」というフレーズにはなんとなく慰められもした。喜和子さんは国立大学の先生の愛人として暮らしていたが、先生が定年になった頃から、仲がおかしくなっていて・・・p46~49 わたしのほうは、喜和子さんが大学教授の愛人をしていたことはもちろん、それ以前には広小路の飲み屋で働いていたことも、そののちお弁当屋さんでアルバイトしていたことも、「学生ですらない」人物と恋愛沙汰らしきものに陥って、大学教授との仲を精算する羽目になったらしいことも、すべて初耳だった。たしか、結婚していたことがあると言っていた気はしたのだったが、こうなるともう、いったいいつのことだかもわからない。 「僕もねえ、あなたがああいう男とどうにかなるとはおもわなかったよ」 最初から、その話以外する気がないのか、先生は喜和子さんの制止などとんと耳に入らない様子で、そんなことを言う。 「どうにもなってませんよ。先生が勝手に嫉妬して大騒ぎしただけじゃないの」 「あなたは金のない男が好きなんだ。だけども、大学教授だってそんなに自由になる金があるわけじゃないんだから、それにあなた、こっちはなけなしの」 言いかけて、それ以上話すとみじめになるとでも思ったのか、肩をそびやかして先生は黙り、そうすると喜和子さんは、まあまあまあとか言いながら、意外に色気のある仕草でお酒を注いであげた。そうなると男という人種は、どんなにひどい目に逢わされても恨みが消えるのだか、ずいぶんやさしい目つきで喜和子さんを眺めて、 「あなたって人は」 と言うにとどめ、静かにお酒を飲んでいた。 わたしたちは先生につきあって十時ごろまで飲み、千葉だかどこかの、かなり遠い家に帰るのを日暮里駅で見送った。そのとき、わたしたちはなぜだか、翌週の週末に湯島聖堂で行われるイベントに行くことを約束させられていた。先生が『山海経』という中国の化け物事典みたいな本について話をするのだそうで、 「だって、あなたは湯島の聖堂が好きなんだろう? 僕がときどき、あそこで講義をすることを知ってさ」 と、先生が絡むように誘い、喜和子さんも無下に断れず、わたしを道連れにすることにしたのであった。(中略) 御茶ノ水駅で待ち合わせて聖橋を渡り、相生坂を下りた。湯島聖堂の敷地の中には古いがけっこう立派な建物があり、カルチャーセンターのようなものであるらしく、入り口に、 「古尾野放哉先生特別講義『山海経』」 というポスターが貼ってあった。 古尾野先生が化け物の絵をいろいろと示しながらなにを話したのだか、わたしはきれいさっぱり忘れてしまったが、退屈した喜和子さんと二人でこっそり筆談した内容だけあやけにはっきり覚えている。 「先生と付き合ってたのって、いつごろ?」 「七、八年前。十年くらい前からか」 そう書いて、一瞬おいて彼女は、 「若かった。五十代」 と、付け足した。 五十代なんか若いもんかとそのときは思ったけれども、いま思えば喜和子さんの五十代はじゅうぶん若く、魅力的だっただろう。 「古尾野先生と別れる原因になった男の人ってどんな人?」 「山本学っていう俳優に似てた」 「職業は?」 「上野公園のホームレスさん」 「まじで?」 「なにもなかった。プラトニック」 「プラトニック!」 「でもインテリ」 「喜和子さん、インテリに弱い?」 「弱い」
2021.03.19
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図書館で『遠い太鼓』という本を、手にしたのです。ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。【遠い太鼓】村上春樹著、講談社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきたのだ。ずっと遠くの場所から、ずっと遠くの時間から、その太鼓の音は響いてきた。-その音にさそわれて僕はギリシャ・イタリアへ長い旅に出る。1986年秋から1989年秋まで3年間をつづる新しいかたちの旅行記。<読む前の大使寸評>ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。rakuten遠い太鼓ミコノス島ミコノス島に住みついたベルギー人との交流を、見てみましょう。p166~169<ミコノス撤退> 11時15分にジョンがやってくる。 ジョンはベルギー人だ。この男の本名はすっかり忘れてしまった。耳なれないかなりややこしい名前だった。この男もずっと昔にギリシャにやってきて、そのままここにいついてしまった。非常に流暢な英語とドイツ語とフランス語とギリシャ語を喋る。歳はたぶん40前後だろう。髪のはえ際はずっと後ろまで後退して、いつもほころびたセーターを着ている。たぶん結婚しているのだと思う。ギリシャ人の女性と、その母親らしい婦人と一緒にいるところを一度見かけたから。 でもエーゲ海に住んでいる割りには顔の色は青白い。そして唇はいつも6ミリほど歪んでいる。アントワープの方にむけて歪んでいるのだ。彼はおおかたのギリシャ人のことを憎んでいるし、一方おおかたのギリシャ人は彼のことを無視するか馬鹿にするかしている。僕が作家だというと、彼はそのことで僕にとても興味を持った。 「なあミスタ・ムラカミ、君と僕はインテリだ。ここにいる他の奴らはみんな阿呆だ。阿呆の野蛮人だよ」とジョンは言う。彼はミコノスに住みついている他のヨーロッパ人たちの頭脳程度のことも馬鹿にしているのだ。 彼は旅行代理店に勤めていて、僕の借りた部屋の現地のエージェントをやっている。僕は彼に家賃を払い、苦情があれば(いくつかある)苦情を言う。ジョンは今日、電気料金を精算するためにやってきたのだ。彼はメーターの数字を手帳に書きこみ、金額を計算する。僕は彼に五千円ほどの電気料金を払う。 彼は入っていいかとも聞かずにレインコートを脱いで部屋に入ってくる。そして気むずかしそうな顔をしてソファに座り、30分ばかり僕と話をする。 「ねえミスタ・ムラカミ、僕は昔は編集者になるつもりだったんだよ」と彼は言う。「でも結局ならなかった。どうしてだと思う?」 わからないと僕は言う。わかるわけない。 「失望したからさ」と彼は8ミリほど唇をアントワープの方に歪めて言う。「出版界のありかたに対してね。わいかるかい?」 よくわからない、と僕は答える。 「僕が我慢できないのは、あの大量生産システムだよ。イアン・フレミング著、007がなんとかかんとか、シリーズ第18作。あれじゃまるでハンバーガー・ショップのチェーン店だ。資本のある出版社はそんな具合にくだらない本をだしてますます儲ける。肥え肥る。そして志のある人間は最後まで踏みつけられるんだ。これが現在の出版状況なんだよ。僕はそういうのに我慢ができなかったんだ。今だって我慢できない。わかるかい、ミスタ・ムラカミ?」 ふむふむ。 「だからこそ僕はベルギーを離れたんだ。さっぱりとね。そしてギリシャに来た。どうしてギリシャを選んだのかって? それはギリシャがヨーロッパの端っこだったからさ。ヨーロッパを出てやっていけるという自信はなかったからね。だあから端っこまで来たんだ。良いところだよ。ギリシャ人を別にすればね。正直に言わせてもらえば、あいつらはどうしようもないと僕は思うね。たとえばヴァンゲリス。あいつなんか英語だって喋れない。グズで気がきかない怠け者だ。救いというものがない。ああいうのを見ていると、ときどきうんざりしてベルギーに帰りたくなる。たとえそれがインチキの文化であるにせよ、少なくともあそこには文化というものがあるものな」 ベルギー版団塊の世代というところだ。やれやれ、世界中のあらゆる場所で我らが世代は健在なのだ。さすがに少し疲れて色褪せているにせよ。でも僕は何も言わない。実を言うと、僕はジョンよりグズのヴァンゲリスの方がずっと好きなのだ。20倍くらい。でもそんなこと言うわけにはいかない。 「僕はミシマとオーエが好きだ」とベルギー人のジョンは言う。「君はどちらかと会ったことがあるか?」 ない、と僕は答える。 ジョンは何度か首を振る。それは残念、という具合に。「ところで君はどんな小説を書いているのかな、ミスタ・ムラカミ?」 それを説明するのはとても難しい、と僕はいう。 「前衛的なものかな?」 少しは前衛的といえるかもしれない、と僕は答える。そうかな? 彼はまた首を振る。首を振ることが人生の重要な一部であるというように。僕は膝の上で手をこすりあわせる。僕にだって人生の重要な一部はあるのだというように。『遠い太鼓』1
2021.03.19
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図書館で『遠い太鼓』という本を、手にしたのです。ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。【遠い太鼓】村上春樹著、講談社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきたのだ。ずっと遠くの場所から、ずっと遠くの時間から、その太鼓の音は響いてきた。-その音にさそわれて僕はギリシャ・イタリアへ長い旅に出る。1986年秋から1989年秋まで3年間をつづる新しいかたちの旅行記。<読む前の大使寸評>ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。rakuten遠い太鼓まず冒頭の「はじめに」を、見てみましょう。p13~15<はじめに> その三年のあいだ、僕は日本を離れて暮らしていた。 とはいっても、三年間まったく日本に戻らなかったというわけではない。仕事上の必用もあって、何度かは帰国した。外国にいるあいだに書きためた原稿を出版社に渡し、それをゲラ刷にしてもらい、そのゲラ刷をチェックし、編集者と細かい打ち合わせをする。何冊かの本を出版する段取りをまとめてやってしまうわけだ。だから最低1年に1度は日本に帰ってこなくてはならない。 期間としては、だいたい2ヶ月くらいである。でもそれを別にすれば、僕は殆んどの期間をヨーロッパで暮らしていた。そしてそのあいだに、断るまでもないことだが、3年ぶん歳を取った。具体的に言えば、37歳から40歳になった。 40歳というのは、我々の人生にとってかなり重要な意味を持つ節目なのではなかろうかと、僕は昔から(といっても30を過ぎてからだけど)ずっと考えていた。とくに何か実際的な根拠があってそう思ったわけではない。あるいはまた40を迎えるということが、具体的にどういうことなのか、前もって予測がついていたわけでもない。 でも僕はこう思っていた。40歳というのはひとつの大きな転換点であって、それは何かを取り、何かをあとおに置いていくことなのだ、と。そして、その精神的な組み換えが終わってしまったあとでは、好むと好まざるとにかかわらず、もうあともどりはできないのだ。試してはみたけれどやはり気に入らないので、もう一度以前の状態に復帰します、ということはできないのだ。それは前にしか進まない歯車なのだ。僕は漠然とそう感じていた。 精神的な組み換えというのは、おそらくこういうことではないかと僕は想像した。40という分水嶺を越えることによって、つまり一段階歳を取ることによって、それまではできなかったことができるようになるかもしれない。たぶんできるようになるだろう。それはそれで素晴らしいことだ。もちろん。でもそれと同時にこうも思った。その新しい獲得物とは引き換えに、それまでは比較的簡単にできると思ってやっていたことができなくなってしまうのではないだろうかと。 それは予感のようなものであった。でも30も半ばを過ぎるころから、その予感は僕の体の中で精神的な組み換えが行われてしまう前に…、何かきっちりとした仕事をして残しておきたかったのだ。もうおそらくこの先、こういう種類の小説は書かないだろう(書けないだろう)というようなものを書いておきたかったのだ。 歳を取ることはそれほど怖くはなかった。歳を取ることは僕の責任ではない。誰だって歳は取る。それは仕方のないことなのだ。僕が怖かったのは、あるひとつの時期に達成されるべき何かが達成されないままに終わってしまうことだった。それは仕方のないことではない。 それも、僕が日本を長期的に留守にしようと思った理由のひとつだった。日本にいると、日常にかまけているうちに、だらだらとめりはりなく歳を取ってしまいそうな気がした。そしてそうしているうちに何かが失われてしまいそうな気がしたのだ。僕は、言うなれば、本当にありありとした、手応えのある生の時間を自分の手の中に欲しかったし、それは日本にいては果たしえないことであるように感じたのだ。 もちろん、どこにいようと、人はだらだらと歳を取ってしまうものだ。日本にいようが、ヨーロッパにいようが、どこでも同じだ。歳を取るというのはそういうことだからだ。そして逆の言い方をすれば、日常にかまけてだらだらと歳を取ることができるからこそ、人はまだなんとか正気を保っていられるのだ。僕も今では(40になった今では)そう思う。でもそのときには、それとは別な考え方をしていた。
2021.03.19
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「旅」でしょうか♪(近日中受取り予定分を含む)<市立図書館>・夢見る帝国図書館・インド待ち・遠い太鼓・星に仄めかされて:3/18受取り予定<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【夢見る帝国図書館】中島京子著、文藝春秋、2019年刊<出版社>より「図書館が主人公の小説を書いてみるっていうのはどう?」作家の〈わたし〉は年上の友人・喜和子さんにそう提案され、帝国図書館の歴史をひもとく小説を書き始める。もし、図書館に心があったならーー資金難に悩まされながら必至に蔵書を増やし守ろうとする司書たち(のちに永井荷風の父となる久一郎もその一人)の悪戦苦闘を、読書に通ってくる樋口一葉の可憐な佇まいを、友との決別の場に図書館を選んだ宮沢賢治の哀しみを、関東大震災を、避けがたく迫ってくる戦争の気配を、どう見守ってきたのか。<読む前の大使寸評>冒頭をちょっと読むと・・・年上の友人・喜和子さんの、常識人とはかけ離れた、気ままで圧倒的な迫力に引き込まれるのです。<図書館予約:(3/09予約、副本15、予約0)>rakuten夢見る帝国図書館************************************************************【インド待ち】周防正行著、集英社、2001年刊<「BOOK」データベース>より周防監督「インドの魂」を探る!歌と踊りとアクションがぎっしりの「マサラムービー」。インド映画の元気の秘密を求めて大娯楽映画のメッカを行く書き下ろし旅の記録。<読む前の大使寸評>周防さんのインドの旅とは如何なるものか、興味深いのです。個人的には、インドカレーは好きだけど、インド映画はもうひとつ好きになれないのだが。rakutenインド待ち************************************************************【遠い太鼓】村上春樹著、講談社、1990年刊<「BOOK」データベース>よりある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきたのだ。ずっと遠くの場所から、ずっと遠くの時間から、その太鼓の音は響いてきた。-その音にさそわれて僕はギリシャ・イタリアへ長い旅に出る。1986年秋から1989年秋まで3年間をつづる新しいかたちの旅行記。<読む前の大使寸評>ギリシャ・イタリアへ長い旅の旅行記とのことであるが・・・村上さんの若い頃(若いといっても30代末期)の三年間の旅の記録だそうで、興味深いのです。rakuten遠い太鼓************************************************************【星に仄めかされて】多和田葉子著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より世界文学の旗手が紡ぎだす国境を越えた物語の新展開!失われた国の言葉を探して地球を旅する仲間が出会ったものはー?<読む前の大使寸評>多和田葉子さんと言えば・・・ドイツに在住の作家で、なんといっても「パンスカ」という言葉を造語した言語感覚が素晴らしいのです。つまり汎スカンディナビア語を「パンスカ」としたのです♪<図書館予約:(1/05予約、副本5、予約20)>rakuten星に仄めかされて図書館大好き473
2021.03.18
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・川越宗一『熱源』(6/08予約、副本33、予約676)現在131位・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、副本13予約218)現在62位・小川洋子『密やかな結晶』(10/8予約、副本4、予約59)現在13位・ショーン・タン『内なる町から来た話』(11/3予約、副本3、予約35)現在9位・池井戸潤『半沢直樹 アルルカンと道化師』(11/29予約、副本33、予約644)現在418位・NHKスペシャル取材班『やばいデジタル』(12/23予約、副本3、予約18)現在3位・内田樹『コモンの再生』(1/05予約、副本2、予約21)現在14位・出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記:(1/06予約、副本5、予約58)現在29位・三浦しをん『マナーはいらない』(1/9予約、副本11、予約58)現在14位・村上春樹『一人称単数』(1/27予約、副本26、予約301)現在221位・ウイルスの意味論 : 生命の定義を超えた存在(2/18予約、副本2、予約9)現在7位・浅田次郎『長く高い壁』(3/02予約、副本18、予約27)→予約取消し・三上 修『電柱鳥類学』(3/10予約、副本9、予約6)現在2位<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・椎名誠『遺言未満』:図書館未収蔵・桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』・桐野夏生『日没』・カズオ・イシグロ『クララとお日さま』・川上弘美『神様2011』・『ラガナ一家のニッポン日記』・『ハーンを慕った二人のアメリカ人』:図書館未収蔵・オードリー・タン 自由への手紙・オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る・高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』・頭木弘樹『食べることと出すこと』:図書館未収蔵・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・本村凌二『馬の世界史』・柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・山内 一也『ウイルス究極の寄生生命体 (NHK人間講座)』・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・つげ義春『ガロ 1968 前衛マンガの試行と軌跡』・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:1/13以降> ・浅田次郎『大名倒産(下)』(3/17予約、1/13受取)・小川洋子『ことり』(1/19予約、1/22受取)・ユヴァル・ノア・ハラリ『緊急提言 パンデミック』(11/14予約、1/22受取)・ブレイディみかこ『ブロークン・ブリテンに聞け』(12/9予約、1/30受取)・わたしたちが孤児だったころ(2/02予約、2/05受取)・丸谷才一「笹まくら」(2/04予約、2/09受取)・剃刀の刃/サマセット・モーム選集第5巻(2/08予約、2/13受取)・平松洋子『買えない味』(3/01予約、3/05受取)・中島京子『夢見る帝国図書館』(3/09予約、3/16受取)・多和田葉子『星に仄めかされて』(1/05予約、3/18受取予定)***********************************************************************【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け【内なる町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より“人間を訴えたクマ”“カエルを救う秘書”“空の魚を釣り上げた兄弟”25話のセンス・オブ・ワンダー!世界三大児童書賞のひとつ、ケイト・グリーナウェイ賞2020年受賞作!<読む前の大使寸評>マルチタレントのショーン・タンは元々、絵本作家であり・・・大使はそのイラストが大好きでおます♪<図書館予約:(11/3予約、副本3、予約35)>rakuten内なる町から来た話【半沢直樹 アルルカンと道化師】池井戸潤著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とはー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/29予約、副本33、予約644)>rakuten半沢直樹 アルルカンと道化師【やばいデジタル】NHKスペシャル取材班著、講談社、2020年刊<出版社>よりあなたの人生は、わずか2.74GB(ギガバイト)。2020年の1年間で生み出されたデータ量は「50,000,000,000,000GB」。デジタルは、私たちの社会をさらに自由に、豊かにしてくれるーー。しかし、それが実にはかない願望であったことを、私たちはいま実感させられている。SNSの広がりは「真実」と「フェイク」の境界をあいまいにし、私たちは「フェイク」に踊らされるようになった。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/23予約、副本3、予約18)>rakutenやばいデジタル【コモンの再生】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<出版社>より天下りのマッチポンプ、地方の過疎化、アンチ・グローバル化現象……コモン(共有地)の再生が日本の活路を開く!・西部劇『シェーン』が示すコモンをめぐる原理的な主題・ベーシックインカムの成否を決定づける要素とは?・トランプ現象とアンチ・グローバリズムの流れ・マナーの悪い「幼児的」なオヤジのマウンティングについて・明治維新前の藩制度とフランスのコミューンの共通点・「自我の支配」から解放される瞑想のやり方……etc.分断を超えて、新しい共同幻想が立ち上がる希望の書。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/05予約、副本2、予約21)>rakutenコモンの再生【出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記】宮崎伸治著、フォレスト出版、2020年刊<「BOOK」データベース>より30代のころの私は、次から次へと執筆・翻訳の依頼が舞い込み、1年365日フル稼働が当たり前だった。その結果、30代の10年間で50冊ほどの単行本を出すに至った。が、そんな私もふと気がついてみれば、最後に本を出してから8年以上も経っていた。-なぜか?私が出版業界から足を洗うまでの全軌跡をご紹介しよう。出版界の暗部に斬りこむ天国と地獄のドキュメント。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/06予約、副本5、予約58)>rakuten出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記【マナーはいらない】三浦しをん著、集英社、2020年刊<「BOOK」データベース>より長編・短編を問わず、小説を「書く人」「書きたい人」へ。人称、構成、推敲など基本のキから、タイトルのつけ方や取材方法まで、本書タイトルにあやかって「コース仕立て」でお届けする大充実の全二十四皿。あの作品の誕生秘話や、手書き構想メモを初公開。もちろん(某きらめく一族への)爆笑激愛こぼれ話も満載で、全・三浦しをんファン必読の書…!金言ばかりのWeb連載「小説を書くためのプチアドバイス」を完全書籍化。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/9予約、副本11、予約58)>rakutenマナーはいらない【一人称単数】村上春樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より短篇小説は、ひとつの世界のたくさんの切り口だ。6年ぶりに放たれる、8作からなる短篇小説集。【目次】石のまくらに/クリーム/チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ/ウィズ・ザ・ビートルズ/ヤクルト・スワローズ詩集/謝肉祭/品川猿の告白/一人称単数<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/27予約、副本26、予約301)>rakuten一人称単数【ウイルスの意味論】山内一也著、みすず書房、2018年刊<出版社>よりその生と死はどこか奇妙だ。分解された親から複製され、破壊されても蘇り、体を捨て情報として潜伏し、突然実体化する。常識を問う書。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(2/18予約、副本1、予約0)>amazonウイルスの意味論【電柱鳥類学】三上修著、岩波書店、2020年刊<「BOOK」データベース>より電柱といえば鳥、電線といえば鳥。でも、そこで何をしているの? カラスは「はじっこ派」? 感電しないのはなぜ?――電柱や電線の鳥に注目したら見えてきた、その知られざる生態、電柱・電線の意外な姿、電力会社と鳥たちの終わりなき知恵比べ。あなたの街にもきっとある、鳥と電柱、そして人のささやかなつながりを、第一人者が描き出す。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten電柱鳥類学【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。図書館予約の軌跡246
2021.03.18
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図書館で『日露戦争と新聞』という本を、手にしたのです。開戦論に傾くメディアを今日的に見つめることも意義深いのではないかと思ったのです。【日露戦争と新聞】片山慶隆著、講談社、2009年刊<「BOOK」データベース>より日露戦争の時代、新聞界は黄金期を迎えていた。福澤諭吉創刊の『時事新報』、陸羯南主筆『日本』といった高級紙から伊東巳代治による『東京日日新聞』、徳富蘇峰『国民新聞』や『東京朝日新聞』など時の政府に近いもの、政治家の女性問題のようなゴシップから政府・大企業批判、リベラルな主張までを載せる『萬朝報』『二六新報』。知識人から下層階級、政府支持から社会主義者まで、多様な読者に向けた無数で雑多な新聞が、大国との戦争へと向かう日本と世界をいかに語り、論争をしたか。膨大な史料を掘り起こし、新聞が大企業化する以前の、粗野で豊かだった時代を活写する、メディア史研究の試み。<読む前の大使寸評>開戦論に傾くメディアを今日的に見つめることも意義深いのではないかと思ったのです。rakuten日露戦争と新聞「第3章 日露戦争勃発」で当時の新聞界あたりを、見てみましょう。p89~92 1904年2月、いよいよ日露戦争が勃発した。本章の主題に入る前に、日露戦争が開始してからの戦争の様子について概略を記すことにしよう。 2月8日のカイ戦後、日本海軍は仁川および旅順口の海戦で大勝利を収め、陸軍は仁川から上陸してソウルを占領した。朝鮮半島に上陸した師団で形成された第一軍は、5月1日に鴨緑江を渡って九連城を占領し、5日には第二軍が遼東半島に上陸を開始。 また8月10日には黄海海戦、8月28日から9月4日の遼陽会戦、10月10日から20日の沙河会戦と、日本軍は重要な局面でロシア軍にことごとく勝利した。そして、日本軍で英雄的な活躍をした軍人が日本国内で称賛され、広瀬武夫海軍中佐、橘周太陸軍中佐といった「軍神」が生れたのである。 一方、ロシアでは、戦況の悪化と軍費の負担が民衆の不満を呼び、1905年1月には「暴動」に発展し、第一次ロシア革命が起こることになる。戦局が不利な状況で、ロシアは海戦での勝利を目指して、バルト海からバルチック艦隊を東アジアに派遣することになるが、その際にイギリスの漁船を誤まって攻撃してしまい、イギリスから激しい批判を受けることになった。 さて、ではそうした戦時下において、ロシアに対しては敵愾心を煽るような論調しかなく、同盟国たるイギリスには好意的な姿勢しかなったのであろうか。この章では、新聞から見える当時の外国認識の多様性を示すとともに、敵国や同盟国を従来とは異なる角度から捉え直していきたいと考えている。 具体的に言えば、ロシアに関しては専制国家や野蛮な国家として批判し、日本国内でも「露探(ロシアのスパイ)」騒動が起きる一方で、ロシアの民衆には共感を示す新聞があった。また、イギリスにも同盟国として評価が高まる一方で、ロシアの同盟国フランスとの接近に疑念を表明する新聞もあったのである。<「野蛮」としてのロシア> すでに戦争勃発前から対露開戦論を訴えていた新聞界は、戦争協力に動き出すことになる。海戦直後の1904年2月14日、『国民新聞』の徳富蘇峰、『東京朝日新聞』の池辺三山、そして『萬朝報』の黒岩周六らの呼びかけで、軍人に後顧の憂いを抱かせないための相談会が開かれ、これがきっかけとなって有志による国民後援会が結成された。 桂内閣と近い関係あった徳富、池辺だけでなく、黒岩も挙国一致の雰囲気づくりに一役買ったのである。このような状況で、新聞では、敵国であるロシアに対して攻撃的な主張が目立つようになったのである。だが、その一方で、ロシアの民衆に共感を示す首長や、捕虜の扱いに関して冷静な対応を呼びかける新聞もあった。 本節では、このようなロシアに対する日本の新聞の姿勢を見ていくことにしたい。■専制国家ロシア 開戦当初から、日本の新聞によるロシア認識に特徴的なのは、ロシアが専制国家であることから生じるマイナス・イメージである。たとえば、典型的な例として、『時事新報』に見られるロシアに対する認識を挙げてみよう。 『時事新報』は、戦争勃発直後からロシアに対する非難を行っている。同紙によると、ロシアは専制政治だが、「専制国の政治家は立憲国に於けるが如く議会に対して言責を負い国民の〇望を得て地位を得んとせず唯、君主の寵を私して政権を縦(ほしいまま)にせんとする」ために、宮廷において「文治派と武断派」が絶え間なく争っている。そして、「一部の権臣が自己の虚栄心に駆られて放漫なる国策」を行っていると主張した。『日露戦争と新聞』2:開戦論の完成『日露戦争と新聞』1:日露関係の緊張()
2021.03.18
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図書館で『日露戦争と新聞』という本を、手にしたのです。開戦論に傾くメディアを今日的に見つめることも意義深いのではないかと思ったのです。【日露戦争と新聞】片山慶隆著、講談社、2009年刊<「BOOK」データベース>より日露戦争の時代、新聞界は黄金期を迎えていた。福澤諭吉創刊の『時事新報』、陸羯南主筆『日本』といった高級紙から伊東巳代治による『東京日日新聞』、徳富蘇峰『国民新聞』や『東京朝日新聞』など時の政府に近いもの、政治家の女性問題のようなゴシップから政府・大企業批判、リベラルな主張までを載せる『萬朝報』『二六新報』。知識人から下層階級、政府支持から社会主義者まで、多様な読者に向けた無数で雑多な新聞が、大国との戦争へと向かう日本と世界をいかに語り、論争をしたか。膨大な史料を掘り起こし、新聞が大企業化する以前の、粗野で豊かだった時代を活写する、メディア史研究の試み。<読む前の大使寸評>開戦論に傾くメディアを今日的に見つめることも意義深いのではないかと思ったのです。rakuten日露戦争と新聞「第2章 開戦論への道」で開戦論の完成あたりを、見てみましょう。p74~76<開戦論の完成…「文明国」としての日本>■開戦論への傾斜 開戦論への道を決定づけた最後の分岐点が、ロシアが第三次撤兵期限を守らなかった一〇月である。 一〇月には、全権委員になっていた小村外相とローゼン公使によって、妥協点をめざして交渉が続けられていた。まず三日に、ローゼンがロシア側の案を提出する。これは、満州を日本の利益範囲外として、韓国に対する日本の助言や援助を民政の改良に限ったものであった。さらに、韓国の軍事的不使用や北緯三九度以北における中立地帯の設定を求めていた。 この案について、六・八・一四・二六日の四度にわたって、小村・ローゼン会談が行われている。小村が会談の内容を踏まえて一四日に提出した案では、韓国に対する日本の助言や援助は軍事面も含めた内政全般におよぶこと、韓国への軍隊派遣については制限を設けないことという要望が記されていたが、ローゼンはこれに賛成している。だが彼は、韓国の軍事的不使用や北韓の中立地帯設定に関しては譲らなかった。 三〇日に日本側は小村案にもとづいた正式な修正案を提出し、交渉を続けた。つまり、この時期になっても、日露両国は戦争を決意していたわけではなかった。 だが、ロシアが一〇月八日になっても第三次撤兵期限を守らなかったのは事実である。それを重視した日本の新聞は、開戦論に移行していくことになる。『萬朝報』は、第三次撤兵期限である八日に、「最後の期日」という社説を発表した。この社説では、ロシアが「第二期撤兵」行ったので、撤兵を行うかどうかは大いに疑問だとした。その上で、「平和に〇たる我を以ってするも、決然として起ち、彼に対して執るべき手段に就きて、最終の決定を下すべき時にあらずや」と日本政府に迫った。そして、八日にロシアによる満州からの撤兵が実行されないことが分かると、翌九日に朝報社社長の黒岩は開戦論に社の立場を決定的に固めた。そのため、一二日に内村は「朝報にして開戦に同意する以上は」その紙上で反対の論説を掲げるわけにはいかないとして「退社に際し涙香兄に贈りし覚書」を載せた。 また幸徳と境利彦も「予等二人は不幸にも対露問題に関して朝報紙と意見を異にするに至れり」として、連名で「退社の辞」を残し、内村とともに退社している。黒岩は彼らを引きとめたが、社論が固まった以上、三人とも自分たちの信念を曲げて開戦論に与することはできなかったのであろう。 一方、すでに開戦論に移行していた『二六新報』は、一〇月八日の小村・ローゼン交渉直後に、一時的に社論が揺れた。同紙は、ロシアが「必ず平和の美名の下に撤兵するならんとは吾徒が初より数々予言し忖度し、報道したるは世人の熟知する所ならん」と、数ヶ月前の主張を持ち出し、交渉が成功したと信じて、日露両国がおたがいに緩く勢力圏を定めた「消極的満韓交換論」を評価した。 しかし、日露交渉が暗礁に乗り上げたとわかると、「野生国民を〇懲するは、文明国民の義務也」と宣言し、また立場を変えた。さらに、「戦争は人道の敵也」と言う「非戦論」を「戦争を怖るるは弱き人也」と攻撃する過激な開戦論に転換し、以後、ロシア宥和論に戻ることはなかったのである。『ニ六新報』は、かねてから日露協調論だっただけに、最後の希望が失われたことに失望したのが、このような強硬論につながったと考えられよう。『日露戦争と新聞』1
2021.03.17
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図書館で『日露戦争と新聞』という本を、手にしたのです。開戦論に傾くメディアを今日的に見つめることも意義深いのではないかと思ったのです。【日露戦争と新聞】片山慶隆著、講談社、2009年刊<「BOOK」データベース>より日露戦争の時代、新聞界は黄金期を迎えていた。福澤諭吉創刊の『時事新報』、陸羯南主筆『日本』といった高級紙から伊東巳代治による『東京日日新聞』、徳富蘇峰『国民新聞』や『東京朝日新聞』など時の政府に近いもの、政治家の女性問題のようなゴシップから政府・大企業批判、リベラルな主張までを載せる『萬朝報』『二六新報』。知識人から下層階級、政府支持から社会主義者まで、多様な読者に向けた無数で雑多な新聞が、大国との戦争へと向かう日本と世界をいかに語り、論争をしたか。膨大な史料を掘り起こし、新聞が大企業化する以前の、粗野で豊かだった時代を活写する、メディア史研究の試み。<読む前の大使寸評>開戦論に傾くメディアを今日的に見つめることも意義深いのではないかと思ったのです。rakuten日露戦争と新聞「第2章 開戦論への道」で日露関係あたりを、見てみましょう。p58~61<日露関係の緊張>■日本政府の姿勢 満州還付条約で第二次撤兵期限に定められた1903年4月8日に、ロシアが満州からの撤兵を実施しなかったことが明らかになった。これを契機として、対外同志会によって開戦論が唱えられるなど、日本の世論は騒然とする。しばらくは情報が錯綜し、少なくとも一部は撤兵した可能性もあるとの報道もなされたが、同月下旬に撤兵実行されずという情報が確かになると、日露関係は緊張を増していった。 では、この事態に対する日本政府の姿勢はどのようなものだったのであろうか。4月21日に、桂首相、小村外相、伊藤、山県は、京都にある山県の別荘無リン庵で密議を行ない、対露方針を決定した。ここでは、日本が韓国を勢力圏とすることを原則としながら、ロシアと交渉し、伊藤は韓国をめぐってロシアに譲歩することも仄めかすなど、慎重に事態を見守ることに決まり、まだ開戦の意思はなかった。 また、寺内正毅陸相と山本権兵衛海相は、日本は戦争ができる軍備段階にはなっていないと考えており、山本は山県に対して、軍事的観点からすると、日露開戦は軽率の処置であると伝えていた。一方、ロシア側も対日開戦の意図はなかった。つまり、この時期は、日露両国政府とも開戦を現実的な政策としていたわけではなかったのである。■新聞の冷静な反応 ロシアに対する強硬論がわき起こった一方で、冷静な論調もかなりあった。『日本』は「斯る場合に至りても猶ほ空言的抗議のみを為す」ならば「拡大せる陸海軍は抑(そもそ)も何の用かある。況や、日英同名は支那の領土保全を目的として成るをや」と述べ、「世に猶ほ露国との協商を得策なりと説く者ありと雖ども、時機は己に遠く去れり」と交渉を否定して、一時は武力行使を唱えた。だが、同紙の論調はすぐに冷静なものに戻り、「今や幸に英国米国の共に満州開放を切望」しているのでロシアも従うだろうと楽観的な見通しを述べ、強硬論を撤回している。 『二六新報』は、この時期も対露宥和的な論調であった。同紙は、世間ではロシアが満州より撤兵しないのでとにかく心配をしている者がいるが、それは無用の心配であり、ロシアは必ず撤兵すると断言した。なぜなら、ウィッテ蔵相が撤兵論に熱心なこと、バルカン半島情勢の緊迫化、「日英両国に対して、重大なる関係を惹き起すの啓端なり」という三つの理由により、ロシアの満州撤兵は明らかだからである。ロシアには戦争をする気がないとも述べ、「近来俄かに開戦論を聞くに至りたるこそ可笑しかれ」と開戦論を一蹴した。また、『毎日新聞』も日露両国民に冷静になることを呼びかけ、平和を訴えた。 毎日新聞は、「列強と協同して、清国保全及び其の開放を実行せよ、満州を協同経営の開放地となし、其の実力を朝鮮に保持するは、我日本の穏健なる政策なり」と主張していた。そして、戦争する意図がないロシアは、「正々の公論」である日米英の抗議によって必ず撤兵を決意するであろうと予測し、そのため、ロシアとの交渉を行うように政府に訴えていた。同紙は、もともと軍拡や戦争に反対だったために、強硬論を唱えなかった側面もあったのである。■「非戦論」の「萬朝報」? この時期には、前述の『毎日新聞』と政府系の『東京日日新聞』と『国民新聞』に加え、従来ロシアに対する不信感を表明する傾向にあった『萬朝報』までもが非開戦論を主張し始める。『萬朝報』の「非戦論」は、現在、歴史教科書に掲載されるほど有名であり、一般的に日露戦争直前の良心的な言論活動とされるが、史料を仔細に見ていくと、また異なる姿が浮かび上がってくる。本当に『萬朝報』は、戦争を望まない人々を勇気づけてくれる存在だったのであろうか。『萬朝報』は、日本において対露開戦論が出てきたことを受けて、四月下旬から戦争に反対する社説を載せ始めた。たとえば、四月二四日の「外交問題」という社説では「露国は満州を撤せず」という出来事は日英や列国が黙視することはできないかもしれないが、「然れども国民が此事ありといふを以って」すべてを投げ出して「一時の野次馬、一時の興奮、一時の昏迷に依て」行動すべきではなく、「国民よ霊性なれ、殊に外交問題に於いて冷静なれ」と呼びかけた。 また、五月に入るとすぐに幸徳秋水が「非戦論」を唱え、『萬朝報』で本格的に非開戦論が主張されるようになる。幸徳は、戦争に絶対反対する立場から、その後も同紙の「非戦論」を代表する記者として論陣を張ることになる。 しかし、これによって『萬朝報』の社論が「非戦論」に固まったわけではない。この後も、かねてより表されていたロシアへの不信感は示し続けられている。また、社説でも、すでに幸徳が「非戦論」を唱え続けていた5月中旬に、強硬な意見が主張されていた。
2021.03.17
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図書館で『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』という新書を、手にしたのです。おお 嫌中本で稼いできたギルバートさんが今回は儒教に着目しているがな・・・これは興味深いでぇ♪【儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇】ケント・ギルバート著、講談社、2017年刊<出版社>より日本人に「自虐史観のアホらしさ」を気づかせてくれたのはアメリカ人だった……ベストセラー連発、日本人より日本文化を深く知っているケント・ギルバートの新境地! 中国や韓国と上手に付き合うには、まず「自己中心主義」の大本たる儒教の本質を知り、そして日本は儒教国家でないことを認識すべし!!<読む前の大使寸評>おお 嫌中本で稼いできたギルバートさんが今回は儒教に着目しているがな・・・これは興味深いでぇ♪rakuten儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇「第5章 儒教の陰謀は現在進行中!」で漢字や世界遺産登録を、見てみましょう。p155~160<中国の国名は日本人の造語から> 冒頭で、「日本人、そして中国人と韓国人のあいだには、DNA研究の結果、人種的に大きな違いがある」と記しました。これは何も人種差別的な言動ではありません。むしろ中国人や韓国人のメンタリティにある、「日本人など、単にわれわれの子孫ではないか」という見下した意識に対抗するためにいいたかったのです。 もう一つ、人種的な違いはあったとしても、「日本の文化は中国文化のコピーではないか」という認識から、日本を見下す意識も強いようです。中国人にはむしろ、この意識のほうが強いのかもしれません。 韓国(朝鮮半島)は中国文化の経由地に過ぎず、日本が韓国文化の影響を受けた形跡は薄いのですが、韓国人はそうは思っていないようです。彼らにとっては、自分たちの民族が満足できる「物語」のほうが重要であって、歴史的事実は二の次ですからね。 一方、中国の文化がたくさん輸入されたのは、主に奈良時代や平安時代までです。それ以降は、どちらかといえば、日本独自の文明が発展しました。さらに明治維新以降は、あまり知られていないようですが、いち早く近代化を果たした日本の文化を、中国や韓国のほうが積極的に輸入したのです。 たとえば明治維新の頃、欧米で発達した近代の新しい概念や科学技術などを日本語に翻訳しようにも、漢字で適切に表現する言葉がありませんでした。そこで、福澤諭吉や西周といった日本の有識者たちが、既存の漢字を組み合せて「造語」を編み出したのです。 一例を挙げると…。 「人民」「共和」「自由」「情報」「電気」「経済」「銀行」などなど…これらの言葉は、今度は中国語へと逆に輸出されます。 ですから中華人民共和国という国名のうち、「人民」と「共和国」とは、何と日本から輸出された言葉です。毛沢東はそれを国名にまで使ったわけです。(中略)<世界遺産認定でのちゃぶ台返し> 「こちらが譲歩すれば相手も譲歩してくれる」・・・これは「和」を尊ぶ日本人の特徴的な思考回路です。日本人同士であればこの思考は確かにうまく機能しますし、人間関係も円滑になります。 しかし、国際交渉、とりわけ外交では、この思考が通用しないと、しかと肝に銘じるべきです。特に中国や韓国は、国際的な常識すら持ち合わせていない身勝手な国なのです。日本は「お人好し外交」で、さんざん煮え湯を飲まされてきました。 たとえば2015年に、長崎県の「軍艦島」端島炭鉱をユネスコの世界遺産に登録する際、朝鮮半島出身者が労働を強いられたと明記せよ、などという韓国の妨害活動に対し、外交的な失敗を犯しています。また、中国が「南京大虐殺」を史実であるかのように世界記憶遺産に登録することも、阻止できませんでした。 もともと国連の組織であるユネスコの胡散臭さについては、拙著『やっと自虐史観のアホらしさに気づいた日本人』にも記しましたが、ここでは長崎県の「軍艦島」の世界遺産登録に至る顛末を紹介します。 日本政府は2014年5月、「軍艦島」など国内施設等の世界記憶遺産への登録を申請しまします。これを受けてユネスコの諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモス)は、ユネスコに登録を勧告。これで「軍艦島」も世界遺産登録の可能性が高くなったのですが…。 そこにイチャモンをつけてきたのが韓国です。世界遺産委員会の委員国でもある韓国が、「軍艦島は戦時中の強制連行と関わりがある」と、登録に反対の意向を示したのです。世界遺産委員会は21委員国で構成されていますが、登録は全会一致で決定するという慣例がありました。つまり韓国一国だけの反対で、登録できない可能性があったのです。 この状況を受けて、2015年6月、日本の岸田文雄外相と韓国のユン外相との会談が持たれます。日本は、韓国政府の主張を一部受け入れ、「施設内で戦時中、朝鮮半島出身者が働いていたことなどを明示する」と表明しました。また、韓国が世界文化遺産に推薦した百済歴史地区の登録にも協力するという交換条件も示し、韓国は「軍艦島」の世界遺産登録に反対しない約束を取り付けました。 これで万事うまくいくはずでしたが、土壇場で韓国が、裏切り行為に出たのです。 7月4日、ドイツのボンで開かれた委員会でのこと。韓国の首席代表が、「日本は強制徴用の被害者を讃える誠意ある措置をとるべき」と言い出したのです・・・まさにちゃぶ台返し。ところで、今日の新聞が「LINE(ライン)情報流出リスク放置」と報じています。無料通信アプリ・ラインは韓国IT大手の日本法人が開発したもので、中国に技術の拠点を置いていたようです。韓国資本と中国人技術者という最悪の組み合わせであれば、日本人ユーザーの個人情報の取り扱いが粗末になるのは、致し方ないところでしょうか(怒)。『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』2:儒教の害毒『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』1:はじめに
2021.03.17
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お天気は曇り。各地のサクラ開花が報じられているが、北京では黄砂が酷いとのこと。・・・とうことで気象庁の黄砂情報を覗いてみると、ちょっと怖い感じ。で、この際、黄砂予測の推移を並べてみます。(R4:3月16日情報を追加)黄砂情報(3月16日)21時黄砂情報(3月16日)9時黄砂情報(2月24日)黄砂情報(2月20日)黄砂情報(2月10日)黄砂情報(1月16日)この黄砂のピークは例年2月~4月のようだが、コロナ渦で慌しいのに迷惑千万である。気象庁・黄砂解析予測図黄砂予測の推移R3
2021.03.16
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図書館で『私が作家になった理由』という本を、手にしたのです。阿刀田高さんといえば・・・ロアルド・ダールの短篇集『キス・キス』の存在を教えてくれた作家である。その阿刀田高さんが来し方を振り返るとは・・・興味深いのである。【私が作家になった理由】阿刀田高著、日本経済新聞出版社、2019年刊<「BOOK」データベース>より84歳の作家が“小さな説”で来し方を振り返る。人生の説明のつかなさこそ、いとおしくて面白い。【目次】1(読書好き/双子の兄 ほか)/2(司書/三帖一間で ほか)/3(ギリシャ神話/旧約聖書 ほか)/4(自国の言葉/国語審議会 ほか)/5(朗読/大震災 ほか)<読む前の大使寸評>阿刀田高さんといえば・・・ロアルド・ダールの短篇集『キス・キス』の存在を教えてくれた作家である。その阿刀田高さんが来し方を振り返るとは・・・興味深いのである。rakuten私が作家になった理由阿刀田高さんの転身が語られているので、見てみましょう。p85~88著述家に転身 雑文書きで生活費くらい見込めるようになると、 …図書館勤務をやめるかな… フリーの著述業者に転身することを考えるようになった。もとより危険をともなう決断である。五人の知己に相談した。三人は編集者で私の筆力をそれなりに知っている人たちだ。 一人は少し前にサラリーマンをやめてフリーの著述家となった先輩だ。そして残りの一人は文筆とは関わりなく、古くからの私の生き方を見ている友人だった。もし否定的な意見が多数を占めるなら転身をあきらめるつもりだった。 結果は四対一で肯定的なサジェッション。編集者はおおむね私の将来を保証してくれた。古くからの友人は、 「なんとか暮らしていけるなら自分の好きなことをやるべきじゃないのか」 と、これが決め手となった。 もちろん、妻の承諾はえてあった。 初めから小説家を志していたわけではない。11年間務めた公務員生活を捨て、しばらくは収入を確保することにひたすらだった。字を書いてお金をまらえる仕事あたいていこなした。翻訳も、その下請けをやった。ゴースト・ライターもやった。そのうちに、 「せっかくフリーになったのだから小説を書いたら」 と編集者から勧められ、実際に注文を出してくれる雑誌もあって、 …やってみるかな… と思案をめぐらした。 小説はよく読んでいたけれど、自分で書こうと考えたことはなかったのだ。 …あれは、すこぶる特異な能力を必要とするもの。私には無理だな… 本気でそう思っていたし、50年この仕事をやってきて今でも特異な能力の必要性については考えが変わらない。たまたま、なぜか私にほんの少しこの能力が恵まれていた、ということだろう。 小説を書くよう依頼を受けたが、なにを、どう書いていいかわからない。 …推理小説なら書けそうだな… 殺人事件が起こり、探偵役が登場して謎を解く。とりあえずこれを綴ったが、雑誌の一番低いレベルは通過したらしく、処女作が活字化され、原稿料もありがたくいただいた。珍しいことである。 続けて二つ、三つ発表したが、われながら、うまくない。なによりもすでにある作品に似ていて、劣っている。自分の独創性がどこにもない。 …これじゃあ駄目… と悩んだとき、思い出したのが、欧米のユニークな短篇小説たちだった。 日本の小説に私小説風が多いのに対し欧米の短篇には意表をつく作り物がある。 …あんな作風を日本の風土の中で、日本人を登場させて書いたら、私の独自性が創れるかもしれない… 療養生活で読んだ数多の短篇小説がヒントになってくれた。とりわけ『南から来た男』などトンデモナイ短篇を書くロアルド・ダールが手本となった。私の初期の短編集には、このあたりの思案がよく反映されているだろう。 そして、初めての単行本『冷蔵庫より愛をこめて』が直木賞の候補となり、ついで上梓した『ナポレオン狂』で受賞となったのは、まったく幸運であった。習作の体験は乏しく、ただ小説を数多く愛読したことがデビューの原因となったのだ、と思う。『私が作家になった理由』3:国会図書館司書時代『私が作家になった理由』2:国語力の重要性『私が作家になった理由』1:山梨県立図書館()
2021.03.16
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図書館で『私が作家になった理由』という本を、手にしたのです。阿刀田高さんといえば・・・ロアルド・ダールの短篇集『キス・キス』の存在を教えてくれた作家である。その阿刀田高さんが来し方を振り返るとは・・・興味深いのである。【私が作家になった理由】阿刀田高著、日本経済新聞出版社、2019年刊<「BOOK」データベース>より84歳の作家が“小さな説”で来し方を振り返る。人生の説明のつかなさこそ、いとおしくて面白い。【目次】1(読書好き/双子の兄 ほか)/2(司書/三帖一間で ほか)/3(ギリシャ神話/旧約聖書 ほか)/4(自国の言葉/国語審議会 ほか)/5(朗読/大震災 ほか)<読む前の大使寸評>阿刀田高さんといえば・・・ロアルド・ダールの短篇集『キス・キス』の存在を教えてくれた作家である。その阿刀田高さんが来し方を振り返るとは・・・興味深いのである。rakuten私が作家になった理由国会図書館司書時代について語られているので、見てみましょう。p70~72司書 文部省図書館職員養成所の特科で学んだのち採用試験を受けて国立国会図書館の司書となった。図書館は、そのころ赤坂離宮にあって、ここへ行くには四ッ谷駅からまっすぐな道路が敷かれている。主要道路のほうが左右に遠慮して迂回しているのである。バッキンガム宮殿を模した美姿を正面に見ながら行くのは、しがないサラリーマンながら少しうれしかった。 が、すぐに永田町の新館が竣工し、この引越しが大変だったなあ!滅多にないことだが、図書館の移転は蔵書もろともだから、まったく容易ではない。 新館に移ってすぐに整理部の分類係に配属され、ここは入って来た本を内容に従って分類し、分類番号を記すところだ。係長一人に、係員一人で、忙しい。国立国会図書館は納本図書館であり、日本で出版された本や雑誌は(原則として)全部入ってくる。 新しいものは全部、分類係の係員の前を通り、 「えーと、これは日本の小説だから913.6、これは明治憲法だから323.13」 日本十進分類法(当時はこれ、現在は独自の分類法)に従って数字を記す。 たいていはペラペラと表紙をめくって目当がつくが、時折、厄介なものがある。 それにしても、この仕事をやってみて、 …知らないこと、多いなあ… つくづく実感した。自分が格別もの知りとは思っていなかったけれど、仏教の経典はどう分類するのか、基礎医学と臨床医学は明確に異なるとか、電子工学はどんどん進んでいるとか、困惑してしまう。知らない分野の入門書や概説書を覗いて応じたが、これにより少しく知識がひろくなったかもしれない。 私の仕事をチェックする係長が言うのである。 「君は自信がないとき、数字が小さくなるね」 本のタイトル・ページの裏に鉛筆で分類番号(数字)を書くのだが、言われてみると、そんな気がしないでもない。くやしいから逆に大きく書くように心がけたが、いつのまにか本来のくせが…自信がないと字が小さくなるケースが現れてしまう。 今でもあのころの本たちが図書館の書架で大小いろいろの分類番号を背負って潜んでいるだろう。過日、たまたま借り出した本に、その一つを認めて…私の筆跡を見つけて、 「おい、元気か」 奇妙に懐かしかった。 毎日毎日、目の前に新しい本が運ばれてきて、少しは目を通すわけだから、 …へぇー、こんなこと、買いてある… 仕事を離れて目を止めてしまう。『私が作家になった理由』2:国語力の重要性『私が作家になった理由』1:山梨県立図書館
2021.03.16
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図書館で『すぐそばのロボット(ナショナルジオグラフィック2020年9月号)』という雑誌を、手にしたのです。おお ナショナルジオグラフィックのロボット特集ではないか、これは借りるしかないでえ♪【すぐそばのロボット(ナショナルジオグラフィック2020年9月号)】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2020年刊<商品の説明>より【特集】●ロボットがいる日常これまで人間が果たしてきた役割を、ロボットが担うようになってきた。今やロボットは工場で人間とチームを組んで製品を組み立て、大型店舗で在庫の管理や清掃作業に活躍し、農場で作物を収穫し、介護やリハビリを助けている。人間とロボットが共生する時代は、すでに始まっている。●ダチョウの素顔世界最大の鳥、ダチョウ。捕食者だらけの世界で、したたかに生き抜き、子育てする姿を追った。<読む前の大使寸評>おお ナショナルジオグラフィックのロボット特集ではないか、これは借りるしかないでえ♪amazonすぐそばのロボット(ナショナルジオグラフィック2020年9月号)素っ頓狂なダチョウを、見てみましょう。(文:リチャード・ニコフ)p84~90<意外としたたかダチョウの素顔>ダチョウはとぼけた鳥だというイメージがあるかもしれない。だが、捕食者だらけの世界で彼らは抜け目なく生きている。 ダチョウといえば、とぼけた鳥だといったイメージをもっている人もいるのではないだろうか?身の危険が迫ったとき、敵の姿が見えなければ敵にも自分が見えないとばかりに砂の中に頭を突っ込み、現実から目を背ける大きな鳥だと。 こうした固定観念によって、ダチョウは間抜けな動物の典型とされてきた。だが、砂に頭を突っ込むイメージは、古代ローマの博物学者プリニウスが2000年も前に述べた説の受け売りにすぎない。 ダチョウの姿を思い出してみよう。骨張った長い脚、筋肉と羽根でできた大きなゴムボートのような胴体、首は潜望鏡のように長く伸び、地上2.75メートルの位置にあるくさび形の頭部にはゾウよりも大きな目玉が付いている。砂の中に頭を突っ込むことなど、できそうでない。 しかしダチョウはよく、地中ではないものの、地面の近くまで頭を下げる。植物を食べたり、巣を手入れしたりするためだ。人間より10個も多い17個の頚椎をもつ彼らの首は軽く柔軟で、上下、左右、前後に楽々と動く。巨大な目は、いつも周囲を注意深く見張っている。 ダチョウが注意深いのには理由がある。第一に、彼らはライオンやヒョウ、ハイエナ、リカオン、チーターなどと同じ土地に暮らす“特大のニワトリ”、すなわち飛べない鳥だからだ。ダチョウの成鳥は敵を蹴って骨折させたり、足の爪で敵の内臓をえぐり出したりすることもでき、簡単に餌食になることはない。ただ戦うより逃げることに長けていて、逃げる速さは最高で時速70キロ近くになる。 警戒を怠らないもう一つの理由は、子どもが常に危険にさらされているためだ。ダチョウは開けた場所の地面に巣を作るため、腹をすかせた捕食者に狙われるのはもちろん、不注意なゾウに卵を踏み潰されるおそれもある。無事に育つには、かなりの幸運が必用だ。 最初の卵を産んでから孵化するまでに2ヶ月以上もの間、巣を隠し通すか、いつでも守れるように警戒していなければならない。孵化が失敗するのはよくあることで、ダチョウが一つの巣を共同で使うようになったのはそのためだろう。 タンザニア北部にあるタランギレ国立公園は面積2850平方キロで、タランギレ川に沿って乾燥した丘陵と草原が広がり、ゾウの大群と何千頭ものシマウマやヌーが生息している。ダチョウも多くいるが、ダルエスサラーム大学の野生生物生態学者で、ダチョウの行動に詳しいフローラ・ジョオン・マゲギと一緒に巣を探したとき、最初に発見した巣はあらされていた。 半径12メートルほどの範囲に9個の卵が散らばっていた。マゲギは殺人現場を調べる刑事のように一帯を調査した。卵を散乱させたのは、おそらく腹をすかせた肉食動物だ。ただし残った卵はどれも無傷で、卵を全部食べきれなかった点からすると、あまり大きな動物ではない。ジャッカルあたりだろうか。この本についてはナショジオの鳥シリーズR3に収めておくものとします。『すぐそばのロボット(ナショナルジオグラフィック2020年9月号)』1
2021.03.15
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図書館で『すぐそばのロボット(ナショナルジオグラフィック2020年9月号)』という雑誌を、手にしたのです。おお ナショナルジオグラフィックのロボット特集ではないか、これは借りるしかないでえ♪【すぐそばのロボット(ナショナルジオグラフィック2020年9月号)】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2020年刊<商品の説明>より【特集】●ロボットがいる日常これまで人間が果たしてきた役割を、ロボットが担うようになってきた。今やロボットは工場で人間とチームを組んで製品を組み立て、大型店舗で在庫の管理や清掃作業に活躍し、農場で作物を収穫し、介護やリハビリを助けている。人間とロボットが共生する時代は、すでに始まっている。●ダチョウの素顔世界最大の鳥、ダチョウ。捕食者だらけの世界で、したたかに生き抜き、子育てする姿を追った。<読む前の大使寸評>おお ナショナルジオグラフィックのロボット特集ではないか、これは借りるしかないでえ♪amazonすぐそばのロボット(ナショナルジオグラフィック2020年9月号)マインダー日本的なロボットあたりを、見てみましょう。(文:デビッド・ベレビー)p49~55<動く仏像を作る> 「ロボット」という言葉が生まれて今年でちょうど100年になる。チェコの作家カレル・チャペックが戯曲『ロボット(R.U.R)』のためにこの言葉を考案したのが始まりだ。それ以来、この作品に登場するロボットは、機械や自動化がもたらす近未来の夢と悪夢の典型となった。 作中のロボットは姿も行動も人間そっくりで、人間の仕事をすべてこなし、ついには人類を滅ぼしてしまう。 それからというもの、ハリウッド映画の『ターミネーター』や日本のアニメ『鉄腕アトム』、さらには映画『スター・ウォーズ』に登場するドロイドたちなど、架空の世界のロボットは、現実のロボット開発に大きな影響を与えてきた。 ロボットがどんなもので、何ができるかといった、一般の人々がロボットに抱くイメージも、映画やアニメによって形づくられてきた。 日本には長年、仏像ロボットの構想を温めてきた臨済宗の僧侶がいる。京都にある17世紀創建の高台寺で最近まで執事長を務めていた後藤典生だ。いかにも伝統を重んじる人物のように見える後藤だが、何十年か前にAIについて読み、ブッダその人をシリコーンとプラスチックと金属で再現できないかと考え始めた。アンドロイドの仏像を作れば、信徒が「お釈迦様のお話を直接聞ける」と考え、ぜひ寺に取り入れたいと思ったのだ。 ところが大阪大学のロボット工学チームと共同開発を始めると、厳しい現実に直面する。「今あるAI技術では、お悟りになった方々どころか、人間の知能そのものを創造することもできない」ことがわかったのだ。それでも多くのロボット工学者と同じく、後藤も諦めなかった。今の技術で可能なものでいい。まずは一歩を踏み出すことだと考えた。 日本の仏教で慈悲の象徴とされる観音菩薩をシリコーンと金属で作ったロボットは、白い壁で囲まれた建物の奥に安置されていた。昔から仏教寺院では、信徒集めや説法のために仏像が使われてきた。「そして今、史上初めて仏像が動くようになったのです」と後藤は言う。 「マインダー」と名付けられたアンドロイド観音は、腕をそっと動かしながら、女性のように聞こえる力強い合成音声で、録音された法話を行ない、頭を左右に動かして聴衆を見渡す。AIは搭載されていないが、ゆくゆくは知能を持たせて、ただの動く仏像ではなく、信徒と対話し、宗教上の問いに答えられるようにしたいと、後藤は考えている。 太平洋の向こう側、カリフォルニア州サンディエゴ郊外に立つありふれた住宅では、後藤とは違った形でロボットとの親密な出会いを提供しようとしている人物に会った。芸術家で、アビス・クリエーションズという企業のCEOでもあるマット・マクマレンだ。同社は本物そっくりの等身大のラブドールを製作している。 マクマレンはプログラマーやロボット専門家、映画の特殊効果の専門家、技術者、芸術家から成るチームを率い、ユーザーを性的に興奮させるだけでなく、心と脳もとりこにするロボットの開発に挑んでいる。 同社は、スチール製の骨格とシリコーンの肌をもつ製品「リアルドール」を10年以上前から製造してきた。価格はおよそ4000ドル(約44万円)だが、最近では8000ドル(約88万円)を追加すれば、電子機器を内蔵した頭部を取り付けられる。そうすることで、表情があり、声を出し、スマートフォンのアプリでプログカミングできるAI搭載のロボットとなる。 このAIはユーザーが送る指令や質問を通じて、ユーザーの好みなどを学習するが、今のところ首から下はただの人形で、腕や脚は使う側が操作しなければ動かない。 「人間の知性を再現したような本物のAIはまだ存在していません」とマクマレンは認める。「でも、いずれできると思いますよ。必然的な流れでしょう」<ロボットにできないこと> 見た目は人間とは似ても似つかないロボットにも、人々はすでに愛着を抱き始めている。 米軍では、爆弾除去の任務中に吹き飛んだロボットの葬儀が行われるし、病院の看護士は同僚のロボット相手に冗談を言う。ロボットが今よりももっと生き物らしくなれば、人々は今以上に愛着や信頼を寄せ、ひょっとするとそれが過剰になることもあるだろう。SFやアニメの影響で、人々は今あるロボットが実際よりもはるかに有能だと思い込んでいる。 建設現場で地面を掘削したり、農場でレタスを収穫したりするといった、手順がはっきりした作業であれば、人間より上手いとは言わないまでも、着実にこなすロボットを作ることは可能だろう。 しかし、どんな高度なロボットでも、人間のように多種多様な作業、特に予想外の作業をこなすことはできないし、常識を働かせることも不可能だ。マインダー 般若心境を語る
2021.03.15
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図書館で『東眺西望』という歴史エッセイ集を、手にしたのです。陳舜臣さんというフィルターを通すと、中華の歴史に親しみが湧くので不思議なものです♪【東眺西望】陳舜臣著、たちばな出版、2006年刊<「BOOK」データベース>より「世界の歴史」を俯瞰する。困難があり危機を感じると、人は歴史をふりかえる。古今東西の果てしない人間の歩みを地球的スケールで考え、世界を念頭において考察する。人間の未来への英知をめぐる好歴史エッセイ。<読む前の大使寸評>陳舜臣さんというフィルターを通すと、中華の歴史に親しみが湧くので不思議なものです♪rakuten東眺西望イスラム教に関する薀蓄を、見てみましょう。p114~117 ササン王朝と東ローマ帝国は、ながいあいだ抗争をくり返し、おたがいに力をそそぎ合っていた。この状況は、新興のイスラムに「漁夫の利」をもたらし、ゾロアスター教国であったイランは、たちまちイスラム帝国に制圧されたのである。 誇り高い文明国イランの側からみれば、狂信の野蛮の徒の力に屈したっことになる。アーリア人種であるイラン人は、セム人種の宗教をうけいれざるをえなくなった。それにはもちろん抵抗があったにちがいない。またイスラムをうけいれるについても、そっくりそのままというわけにはいかなかった。<スンニー派とシーア派> 現在のイスラッム世界ではスンニー(スンナ)派が主流である。「シーア」ということばが、そもそも「党派」を意味して、分派というニュアンスが濃い。ただし、イランにかんするかぎり、シーア派が圧倒的に多い。 スンニーとかシーアとかいっても、教義の根本に大きなちがいがあるわけではない。マホメットの後継者である「カリフ」の正統性をめぐっての対立である。 マホメットの死後、彼の妻の父アブー・バクルが初代カリフに選ばれ、2年在職して死んだ。そのあと選ばれたウマルは暗殺され、三代目のウスマーンも刺客の手にたおれ、マホメットの娘ファーティマの夫であるアリーが四代目のカリフとなった。アリーもまたムハーウィアと対立し、最後に暗殺されてしまう。(中略)<イラン人の選択、シーア・アリー> 遊牧の民は有能な指導者をいただかねば、砂漠や草原のきびしい生活を、生き抜くことはできない。のちのモンゴルもクリルタイという部族会議で大可汗をえらんだが、アラブの遊牧民も首長は選挙でえらんだのである。 リーダーの能力の優劣が、自分たちの生死にかかわるのだから、素性は正しいけれども馬鹿殿様では困る。初期カリフが選挙によったのは、アラブの土地からめばえたイスラムとしてはとうぜんであろう。 だが、イランは農耕民が多く、また華やかな都市文明をもっていた。イスラムに制圧されるまで、イランはササン王朝という世襲政権に統治されること400余年に及んでいる。信仰の世界は俗世とはちがうといっても、上にいただく首長の血統を意識する伝統は、イランの住民の心の底にこびりついていたであろう。 イランがほかのイスラム世界の流れに逆らうように、シーア・アリー(アリーの徒党)となった背景がわかるような期がする。 もちろん預言者の血統を重んじるだけではなく、すぐれた文明をもっていたイラン人が、その自尊心から、イスラム世界の潮流に同調するのをいさぎよしとしない傾向があったことも一因といわれている。「ここは、ほかとはすこしちがうのだ」…改宗後も、イラン人の心の深層にはそんな呟きがあったにちがいない。『東眺西望』2:五胡十六国の時期『東眺西望』1:唐と宋
2021.03.15
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