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"別れの一本杉"-----------------------------------作詞:高野公男 作曲:船村 徹唄:春日八郎-----------------------------------♪~♪1泣けた 泣けた堪(こら)えきれずに 泣けたっけあの娘(こ)と別れた 哀しさに山のかけすも 啼いていた一本杉の 石の地蔵さんのヨ村はずれ2 遠い 遠い想い出しても 遠い空必ず東京へ 着いたなら便りおくれと 云った娘(ひと)りんごのような 赤い頬っぺたのヨあの泪(なみだ)3 呼んで 呼んでそっと月夜にゃ 呼んでみた嫁にもゆかずに この俺の帰りひたすら 待っているあの娘(こ)はいくつ とうに二十(はたち)はヨ過ぎたろに-------------------------------------------------------昭和30年(1955)。"船村徹"は栃木県塩谷の出身で、東京に出てきてから、茨城県笠間出身の高野公男と親友になり、歌の世界でそれぞれに名を成そうと励ましあっていました。しかし-----------------------、高野は数曲の詞を残しただけで早世してしまった-----------------------------という話を、船村徹は再々テレビで語っています。 この時代、東北・北海道・九州・四国などの人びとにとって、東京は感覚的に今のアメリカよりもっと遠い存在でした。『リンゴ村から』『おさげと花と地蔵さんと』『僕は泣いちっち』など、東京へ行ってしまった恋人や田舎に残してきた恋人を歌った歌がいくつもあります。------------------------------------------------------------------------"childlabour"---------------------child labor laws 児童労働法---------------------How big is the problem?---------------------The International Labour Organization estimates there are 246 million working children aged between five and 17179 million are estimated to work in the worst forms of child labour -- one in every eight of the world's five to 17 years olds 111 million children under 15 are in hazardous work and should be "immediately withdrawn from this work" 8.4 million children are in slavery, trafficking, debt bondage and other forms of forced labour, forced recruitment for armed conflict, prostitution, pornography and other illicit activitiesGirls are particularly in demand for domestic work Around 70 per cent of child workers carry out unpaid work for their families ----------------------------------------------------------------------------------"憤りを書す" by陸游-------------------------------------早歳 那ぞ知らん 世事の艱きを中原を北望して 気は山の如し楼船 夜雪 瓜洲の渡鉄馬 秋風 大散関鏡中の衰鬢 已に先ず斑なり出師の一表 真に世に名あり千載 誰か伯仲の間に堪えたる------------------------------------若い頃は世渡りの難しさなど知るわけもなく、北のかた中原の地を望んでは、ただひたすら憤激せずにはいられなかった。しかし、矢倉を組んだ我が方の兵船が雪の夜に瓜州の渡しで敵軍の侵入を撃退したこともあったし、鉄甲の馬に跨った我が方の騎兵隊が、秋風の吹くなか大散関を奪回したこともあったではないか(それなのに今の軍のふがいないこと憤激に堪えない)私は辺塞における万里の長城をもって自ら任じていたものだが、今やそれも空しく、鏡に映る姿は髪の毛に白いものが混じるほど老いさらばってしまった。かの諸葛孔明の「出師の表」はまことに不朽の名文章であったが、あれから千年経った今、一体誰がこれに匹敵することをなしえたのであろうか-------------------------------------in・dig・na・tion n. 憤慨; 義憤.-------------------------------------Be free from "indignation"!!!-------------------------------------
2004年07月31日
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"仕事の歌" ロシア民謡 作曲 作者不詳/(訳詞:津川 主一)---------------------------------------1 悲しい歌嬉しい歌 たくさん聞いた中で 忘れられぬひとつの歌 それは仕事の歌 忘れられぬひとつの歌 それは仕事の歌 ■ヘイこの若者よ ヘイ前へ進め さぁみんな前へ進め 2イギリス人は利口だから 水や火などを使う ロシア人は歌をうたい 自ら慰める ロシア人は歌をうたい 自ら慰める ■ヘイこの若者よ ヘイ前へ進め さぁみんな前へ進め 3死んだ親が後に残す 宝物は何ぞ 力強く男らしい それは仕事の歌 力強く男らしい それは仕事の歌 ■ヘイこの若者よ ヘイ前へ進め さぁみんな前へ進め---------------------------------------- -----------------------------------------樋口一葉(本名奈津)は明治5年3月15日(太陽暦5月2日)に生まれ、明治29年に肺結核のため、24年という短い生涯を終えました。その短い生涯のうちに、「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」といった現代の我々にも感銘を与える珠玉の作品を遺しています。平成16年発行、新五千円札の肖像に採用された樋口一葉。来年から身近に登場します。 ------------------------------------"大つごもり" by Higuchi Ichiyou------------------------------------ (上)井戸は車にて綱の長さ十二尋(ひろ)、勝手は北向きにて師走(しはす)の空のから風ひゆう/\と吹ぬきの寒さ、おゝ堪えがたと竈(かまど)の前に火なぶりの一分は一時にのびて、割木(わりき)ほどの事も大臺(おほだい)にして叱りとばさるゝ婢女(はした)の身つらや、はじめ受宿(うけやど)の老媼(おば)さまが言葉には御子樣がたは男女(なんによ)六人、なれども常住内にお出あそばすは御總領と末お二人、少し御新造(ごしんぞ)は機嫌かいなれど、目色顏色呑みこんで仕舞へば大した事もなく、結句おだてに乘る質(たち)なれば、御前の出樣一つで半襟半がけ前垂の紐にも事は缺くまじ、御身代は町内第一にて、その代り吝(しは)き事も二とは下らねど、よき事には大旦那が甘い方ゆゑ、少しのほまちは無き事も有るまじ、厭やに成つたら私の所(とこ)まで端書一枚、こまかき事は入らず、他所(よそ)の口を探せとならば足は惜しまじ、何れ奉公の祕傳は裏表と言ふて聞かされて、さても恐ろしき事を言ふ人と思へど、何も我が心一つで又この人のお世話には成るまじ、勤め大事に骨さへ折らば御氣に入らぬ事も無き筈と定めて、かゝる鬼の主(しゆう)をも持つぞかし、目見えの濟みて三日の後、七歳になる孃さま踊りのさらひに午後よりとある、其支度は朝湯にみがき上げてと霜氷る曉、あたゝかき寢床の中より御新造灰吹きをたゝきて、これ/\と、此詞(これ)が目覺しの時計より胸にひゞきて、三言とは呼ばれもせず帶より先に襷がけの甲斐/\しく、井戸端に出れば月かげ流しに殘りて、肌(はだへ)を刺すやうな風の寒さに夢を忘れぬ、風呂は据風呂にて大きからねど、二つの手桶に溢るゝほど汲みて、十三は入れねば成らず、大汗に成りて運びけるうち、輪寶(りんぼう)のすがりし曲(ゆが)み齒(ば)の水ばき下駄、前鼻緒のゆる/\に成りて、指を浮かさねば他愛の無きやう成し、その下駄にて重き物を持ちたれば足もと覺束なくて流し元の氷にすべり、あれと言ふ間もなく横にころべば井戸がはにて向ふ臑(ずね)したゝかに打ちて、可愛や雪はづかしき膚(はだ)に紫の生々しくなりぬ、手桶をも其處に投出して一つは滿足成しが一つは底ぬけに成りけり、此桶(これ)の價(あたひ)なにほどか知らねど、身代これが爲につぶれるかの樣に御新造の額際に青筋おそろしく、朝飯のお給仕より睨まれて、其日一日物も仰せられず、一日おいてよりは箸の上げ下しに、此家(このや)の品は無代(たゞ)では出來ぬ、主の物とて粗末に思ふたら罰が當るぞえと明け暮れの談義、來る人毎に告げられて若き心には恥かしく、其後は物ごとに念を入れて、遂ひに麁想(そさう)をせぬやうに成りぬ、世間に下女つかふ人も多けれど、山村ほど下女の替る家は有るまじ、月に二人は平常(つね)の事、三日四日に歸りしもあれば一夜居て逃出しもあらん、開闢(かいびやく)以來を尋ねたらば折る指に彼の内儀さまが袖口おもはるゝ、思へばお峰は辛棒もの、あれに酷く當たらば天罰たちどころに、此後は東京廣しといへども、山村の下女に成る物はあるまじ、感心なもの、美事の心がけと賞めるもあれば、第一容貌(きりやう)が申分なしだと、男は直きにこれを言ひけり。----------------------------------------中略---------------------------------------- 何お峰が來たかと安兵衞が起上れば、女房(つま)は内職の仕立物に餘念なかりし手をやめて、まあ/\是れは珍らしいと手を取らぬばかりに喜ばれ、見れば六疊一間に一間の戸棚只一つ、箪笥長持はもとより有るべき家ならねど、見し長火鉢のかげも無く、今戸燒の四角なるを同じ形(なり)の箱に入れて、これがそも/\此家の道具らしき物、聞けば米櫃も無きよし、さりとは悲しき成ゆき、師走の空に芝居みる人も有るをとお峰はまづ涙ぐまれて、まづ/\風の寒きに寢てお出なされませ、と堅燒に似し薄蒲團を伯父の肩に着せて、さぞさぞ澤山(たんと)の御苦勞なさりましたろ、伯母樣も何處やら痩せが見えまする、心配のあまり煩ふて下さりますな、夫でも日増しに快(よ)い方で御座んすか、手紙で樣子は聞けど見ねば氣にかゝりて、今日のお暇を待ちに待つて漸との事、何家などは何うでも宜ござります、伯父樣御全快にならば表店(おもて)に出るも譯なき事なれば、一日も早く快く成つて下され、伯父樣に何ぞと存じたれど、道は遠し心は急く、車夫(くるまや)の足が何時より遲いやうに思はれて、御好物の飴屋が軒も見はぐりました、此金(これ)は少々なれど私が小遣の殘り、麹町の御親類よりお客の有し時、その御隱居さま寸白(すばく)のお起りなされてお苦しみの有しに、夜を徹してお腰をもみたれば、前垂でも買へとて下された、それや、これや、お家は堅けれど他處(よそ)よりのお方が贔屓になされて、伯父さま喜んで下され、勤めにくゝも御座んせぬ、此巾着も半襟もみな頂き物、襟は質素(ぢみ)なれば伯母さま懸けて下され、巾着は少し形(なり)を換へて三之助がお辨當の袋に丁度宜いやら、夫れでも學校へは行きますか、お清書が有らば姉にも見せてと夫れから夫れへ言ふ事長し。七歳のとしに父親得意場の藏普請に、足場を昇りて中ぬりの泥鏝(こて)を持ちながら、下なる奴に物いひつけんと振向く途端、暦に黒ぼしの佛滅とでも言ふ日で有しか、年來馴れたる足場をあやまりて、落たるも落たるも下は敷石に模樣がへの處ありて、掘りおこして積みたてたる切角に頭腦したゝか打ちつけたれば甲斐なし、哀れ四十二の前厄と人々後に恐ろしがりぬ、母は安兵衞が同胞(きやうだい)なれば此處に引取られて、これも二年の後はやり風俄かに重く成りて亡せたれば、後は安兵衞夫婦を親として、十八の今日まで恩はいふに及ばず、姉さんと呼ばるれば三之助は弟のやうに可愛く、此處へ此處へと呼んで背を撫で顏を覗いて、さぞ父さんが病氣で淋しく愁らかろ、お正月も直きに來れば姉が何ぞ買つて上げますぞえ、母さんに無理をいふて困らせては成りませぬと教ゆれば、困らせる處か、お峰聞いて呉れ、歳は八つなれど身躰も大きし力もある、我(わし)が寐てからは稼ぎ人(て)なしの費用(いりめ)は重なる、四苦八苦見かねたやら、表の鹽物やが野郎と一處に、蜆(しゞみ)を買ひ出しては足の及ぶだけ擔ぎ廻り、野郎が八錢うれば十錢の商ひは必らずある、一つは天道さまが奴の孝行を見徹してか、兎なり角なり藥代は三が働き、お峰ほめて遣つて呉れとて、父は蒲團をかぶりて涙に聲をしぼりぬ。學校は好きにも好きにも遂ひに世話をやかしたる事なく、朝めし喰べると馳け出して三時の退校(ひけ)に道草のいたづらした事なく、自慢では無けれど先生さまにも褒め物の子を、貧乏なればこそ蜆を擔がせて、此寒空に小さな足に草鞋をはかせる親心、察して下されとて伯母も涙なり。お峰は三之助を抱きしめて、さてもさても世間に無類の孝行、大がらとても八歳(やつ)は八歳、天秤肩にして痛みはせぬか、足に草鞋くひは出來ぬかや、堪忍して下され、今日よりは私も家に歸りて伯父樣の介抱活計(くらし)の助けもしまする、知らぬ事とて今朝までも釣瓶の繩の氷を愁(つ)らがつたは勿躰ない、學校ざかりの年に蜆を擔がせて姉が長い着物きて居らりようか、伯父さま暇を取つて下され、私は最早奉公はよしまするとて取亂して泣きぬ。三之助はをとなしく、ほろりほろりと涙のこぼれるを、見せじとうつ向きたる肩のあたり、針目あらはに衣(きぬ)破(や)れて、此肩(これ)に擔ぐか見る目も愁(つ)らし、安兵衞はお峰が暇を取らんと言ふに夫れは以ての外、志しは嬉しけれど歸りてからが女の働き、夫れのみか御主人へは給金の前借もあり、それッ、と言ふて歸られる物では無し、初奉公(うひぼうこう)が肝腎、辛棒がならで戻つたと思はれても成らねば、お主大事に勤めて呉れ、我が病も長くは有るまじ、少しよくば氣の張弓、引つゞいて商ひもなる道理、あゝ今半月の今歳が過れば新年(はる)は好き事も來たるべし、何事も辛棒/\、三之助も辛棒して呉れ、お峰も辛棒して呉れとて涙を納めぬ。珍らしき客に馳走は出來ねど好物の今川燒、里芋の煮ころがしなど、澤山たべろよと言ふ言葉が嬉し、苦勞はかけまじと思へど見す見す大晦日に迫りたる家の難義、胸に痞(つか)への病は癪にあらねどそも/\床に就きたる時、田町の高利かしより三月しばりとて十圓かりし、一圓五拾錢は天利とて手に入りしは八圓半、九月の末よりなれば此月は何うでも約束の期限なれど、此中にて何となるべきぞ、額を合せて談合の妻は人仕事に指先より血を出して日に拾錢の稼ぎも成らず、三之助に聞かするとも甲斐なし、お峰が主は白金(しろかね)の臺町(だいまち)に貸長屋の百軒も持ちて、あがり物ばかりに常綺羅(じやうきら)美々しく、我れ一度お峰への用事ありて門まで行きしが、千兩にては出來まじき土藏の普請、羨やましき富貴(ふうき)と見たりし、その主人に一年の馴染、氣に入りの奉公人が少々の無心を聞かぬとは申されまじ、此月末に書かへを泣きつきて、をどりの一兩二分を此處に拂へば又三月の延期(のべ)にはなる、斯くいはゞ慾に似たれど、大道餅買ふてなり三ヶ日の雜煮に箸を持せずば出世前の三之助に親のある甲斐もなし、晦日までに金二兩、言ひにくゝ共この才覺たのみ度よしを言ひ出しけるに、お峰しばらく思案して、よろしう御座んす慥かに受合ひました、むづかしくはお給金の前借にしてなり願ひましよ、見る目と家内(うち)とは違ひて何處にも金錢の埓は明きにくけれど、多くでは無し夫れだけで此處の始末がつくなれば、理由(わけ)を聞いて厭やは仰せらるまじ、夫れにつけても首尾そこなうては成らねば、今日は私は歸ります、又の宿下りは春永、その頃には皆々うち寄つて笑ひたきもの、とて此金(これ)を受合ける。金は何として越(おこ)す、三之助を貰ひにやろかとあれば、ほんに夫れで御座んす、常日(つね)さへあるに大晦日といふては私の身に隙はあるまじ、道の遠きに可憐さうなれど、三ちやんを頼みます、晝前のうちに必らず必らず支度はして置まするとて、首尾よく受合ひてお峰は歸りぬ。------------------------------------------------------------------------------------(明治二十七年十二月「文學界」 明治二十九年二月「太陽」再掲載)------------------------------------------How about "you" ?????
2004年07月30日
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月よりの使者--------------------------------------------「月光仮面は誰でしょう」川内康範作詞・小川寛興作曲----------------------------♪~♪どこの誰かは 知らないけれど誰もがみんな 知っている月光仮面の おじさんは正義の味方よ よい人よ疾風(はやて)のように 現れて疾風のように 去ってゆく月光仮面は 誰でしょう月光仮面は 誰でしょう♪~♪どこかで不幸に 泣く人あればかならずともに やって来て真心(まごころ)こもる 愛の歌しっかりしろよと なぐさめる誰でも好きに なれる人夢をいだいた 月の人月光仮面は 誰でしょう月光仮面は 誰でしょう♪~♪どこで生まれて 育ってきたか誰もが知らない なぞの人電光石火(でんこうせっか)の 早わざで今日も走らす オートバイこの世の悪に かんぜんと戦いいどんで 去ってゆく月光仮面は 誰でしょう月光仮面は 誰でしょう----------------------------------------"ダイアモンド"のお話----------------------------------------ダイアモンドは日本では産出されません。100%輸入品です。----------------------------------------Where come from "diamond"??---------------------------------------- 原産地は南アフリカ、アンゴラなどのアフリカ諸国、そしてロシア、オーストラリアです。これらの国々で産出されたダイアは、殆ど原石まま"Diamond Trading Company"(DTC)と言うダイアモンドの大元締が買い取ります。DTCはその 原石を、世界中の研磨業者に販売します。そのダイアモンド研磨業者が多数集まっているのが以下の3大市場です。1)ベルギー、アントワープ市 2)イスラエル、テルアビブ市 3)インド、ムンバイ(ボンベイ)市 そして、これにニューヨークを加え世界のダイアモンド4大市場と言われています。ダイアモンドバイヤーはそれらのいずれかと、または全部と深い関係を保ち、定期的な現地買い付けにより日本市場にダイアモンドを供給しているわけです。次はグレーティングのお話です。 -----------------------------------------<4C>というのを聞いたことがあるでしょうか?ダイアの値段をきめる4つの要素です。 -----------------------------------------●Carat ●Clarity ●Color ●Cut -----------------------------------------●Carat(カラッット) -----------------------------------------一般的にダイアの大きさを言いますが、厳密には重さの単位です。1カラットは約 0.2グラムです。1カラットのダイアを手のひらに乗せると密度が高いので、ズシッときます。大きさで言うと直径約6.5ミリで小さなボタンくらいです。--------------------------------●Clarity(クラリティー) --------------------------------平たく言えば”キズ”のことです。表面のキズのことではなく、あくまで問題にされるのはダイアの内部のものです。何故ならば、表面のキズは磨きをかければ取り去ることができますが、内部のキズは取り去ることができないからです。10倍のルーペを使い、等級をつけます。程度により以下の等級に細かくわかれます。 ■Flawless(フローレス ) 内部、表面とも全くの無傷。 ■Internally Flawless(インターナリフローレス ) 内部の無傷 。 ■VVS(very very slight inclusion) 内部的にごくごくわずかなキズ我々プロが見ても発見に時間 のかかる内部のキズ。 ■VS(very slight inclusion) 内部的にごくわずかなキズ。素人ではなかなか発見出来ない 内部のキズ。 ■SI(slight inclusion) わずかな内部のキズ。素人でも十分発見出来る比較的目立つもの。 ■I(imperfection) ルーペを使わなくても肉眼で十分見えるキズ。 ---------------------------------------------●Color(カラー) ---------------------------------------------色ですね。一般的にはwhite,yellow系のものです。アルファベットの”D”から始まり”Z”まであります。”D””E””F”はほぼ無色透明です。”G””H””I”もかなり無色です。”J”から少しづつ黄色が目立つようになります。white,yellow系の”D”から”Z”以外のダイアは”Fancy color”として分類されグレイティングされます 。 --------------------------------------"Diamond"--------------------------------------PRINCESS PRINCESS--------------------------------------♪~♪冷たい泉に 素足をひたして 見上げるスカイスクレイバー 好きな服を着てるだけ 悪いことしてないよ 金のハンドルで 街を飛びまわれ 楽しむことにくぎづけ ブラウン管じゃわからない 景色が見たい 針がおりる瞬間の 胸の鼓動焼きつけろ それは素敵なコレクション もっともっと並べたい 眠たくっても 嫌われても 年をとっても やめられない ダイヤモンドだね AH (AH) いくつかの場面 AH (AH) うまく言えないけれど 宝物だよ あの時感じた AH (AH) 予感は本物 AH (今) 私を動かしてる そんな気持ち ♪~♪いくつも恋して 順序も覚えて KISSも上手くなったけど はじめて電話するときには いつも震える プレゼントの山 埋もれもがいても まだ死ぬわけにいかない 欲張りなのは生まれつき パーティーはこれから 耳で溶けて流れ込む 媚薬たちを閉じこめろ コインなんかじゃ売れない 愛をくれてもあげない ベルトをしめて プロペラまわし 大地を蹴って とびあがるぞ ダイヤモンドだね AH (AH) いくつかの場面 AH (AH) うまく言えないけれど 宝物だよ あの時感じた AH (AH) 予感は本物 AH (今) 私を動かしてる そんな気持ち 何も知らない AH (AH) 子供に戻って AH (AH) やり直したい夜も たまにあるけど あの時感じた AH (AH) 気持ちは本物 AH (今) 私を動かすのは ダイヤモンド--------------------------------------------------------------------------------------Death In Venice-------------------------- 「ヴェニスに死す」 トーマス・マン作・植田敏郎訳----------------------------体力の衰えを感じ仕事に疲れた高名な作家アッシェンバッハは、静養のため地中海への旅を思い立つ。ヴェニスに近いリドで足止めを食った彼は、そこに避暑に来ていたポーランド人家族のなかのひときわ優美な美少年の虜となる。エロスと死をテーマにした佳品です。--------------------------------------グスターフ・アッシェンバッハ……あるいは、その五十回目の誕生日このかた、公(おおやけ)によばれているとおりにいえば、フォン・アッシェンバッハは、一九××年……この年は、何か月もの間わたしたちの大陸にとって実に危険な様相をあらわした年であったが……の春のある午後、ミュンヘンのプリンツレゲンテン街の自宅から、ひとりでかなり遠方まで散歩に出かけた。ややこしく、極度の慎重さと周到さを必要とする危険な仕事の、精神を集中して細密にやらなければならない部分にさしかかった午前中の仕事で、ひどく興奮したこの作家は、体の奥にある生産的な連動機の決して止まることのない振動を……キケロにいわせれば、ほかでもない雄弁の本体であるあの「精神のひっきりなしの動き」を、昼食のあとでも止めることができなかった。また、気分を軽くしてくれる憩いが見つからなかった。精力がますますおとろえているアッシェンバッハには日に一度はやらなければならなかったのだが、気分を軽くしてくれる昼寝ができなかった。そこでアッシェンバッハは茶を飲み終えてまもなく、空気と運動が元気をとりもどさせ、夕べを有効に過ごせるように助けてくれるかも知れないと望みながら外へ出た。五月のはじめだった。じめじめとしたうすら寒い何週間かが過ぎたかと思うと、だしぬけに季節はずれの真夏がやってきた。イギリス公園の若葉が、ついこのあいだ出はじめたばかりだというのに、まるで八月頃のようにむっとしていて、市のはずれは馬車やそぞろ歩きの人々でいっぱいだった。だんだんひっそりしていく通りから通りへと歩いていくうちに、料亭アウマイスターの店までくると、アッシェンバッハは、境界に数台の辻馬車や馬車が止まっていて大勢の人々でにぎわっているレストランの庭園をちょっとのあいだ見わたした。そこから沈みかけた夕日をあびて広々とした草原を通って公園の外の道を帰路につき、疲れたような気もしたし、フェーリングの上空に夕立がきそうなけはいでもあったので、北の墓地の停留所で、まっすぐ市中へ帰ることのできる市電を待っていた。たまたま停留所にも、そのまわりにも、人っ子ひとり見えなかった。レールがさびしく光って、シュワービングへのびている舖装したウンゲラー通りにも、フェーリンガー国道にも、乗り物ひとつ見えなかった。石屋の生け垣の向こうに、売り物の十字架や、記念の額(がく)や記念碑などが見え、第二の、まだ人を葬っていない仮墓地を形作っているのだが、そこにも、何ひとつ動くものはなかった。あちら側の斎場のビザンチン風の建物も、暮れようとする夕ばえの中にだまりこくっていた。 ------------------------------------------------------------------------------How about "you"?????Death In "Where"-----------------------
2004年07月29日
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------------------------"星は何でも知っている"水島 哲 作詞 津々美 洋 作曲--------------------------------♪~♪"星は何でも知っている"ゆうべあの娘が 泣いたのもかわいいあの娘の つぶらなその目に光る 露のあと生まれて初めての 甘いキッスに胸がふるえて 泣いたの~を♪~♪「あの娘を泣かせたのはおいらなんだ。だってさ、とってもかわいくってさ、キツスしないでいられなかったんだ。でもお星さまだって知っているんだ。あの娘だって悲しくて泣いたんじゃない。きっときっと、うれしかったんだよ。」♪~♪"星は何でも知っている"今夜あの娘の 見る夢もやさしいナイトが あらわれて二人でかける 雲の上木ぼりの人形 にぎってねむる若いあの娘の 見る夢を--------------------------------------------------------------------"パパ"は何でも知っている---------------------------"Anderson"一家---------------------------アメリカTVのホームコメディ「パパは何でも知っている」の主人公家族です。住んでいる町はスプリングフィールド、電話番号はSPringfield2274。家族構成です。パパのジェームス、ママのマーガレット、長女ベティ、長男バッド、次女キャシー。-------------------------------------"FATHER KNOWS BEST"-----------------------------------------October 3, 1954 - September 17, 1962CBS & NBC Situation Comedy - 203 Episodes------------------------------------------607 South Maple Street, Springfield.The dreams, ambitions and frustrations of the Anderson family:Jim, manager of the General Insurance Company; his wifeMargaret; and their children, Betty, Bud, and Kathy.Every evening Jim would come home from the office, take off his sports jacket, put on his comfortable sweater, and deal with the everyday problems of a growing family.----------------------------------"Do you remember"????--------------------------------------------------------------------"ばさら" 婆沙羅、婆裟羅、婆佐羅などとも表記します。 -----------------------------------------南北朝内乱期にみられる顕著な風潮で、華美な服装で飾りたてた伊達な風体や、はでで勝手気ままな遠慮のない、常識はずれのふるまい、またはそのようすを表す。また珍奇な品物なども意味する。 サンスクリット語の"vajira"バジラ(金剛・伐折羅)から転訛したことばといわれる。 「建武式目」のなかでは「近日婆佐羅と号して、専ら過差を好み、綾羅錦繍・精好銀剣・風流服飾、目を驚かさざるなし、頗る物狂と謂ふべきか」といわれ、過差=奢侈が、「物狂」といわれるほど異常な形で現れることを「婆佐羅」と表現している。 また「太平記」では「佐々木佐渡判官入道導(道)誉ガ一族若党供、例ノバサラニ風流ヲ尽シテ」などとあり、伝統的価値観を食い破って現れてくる社会の風潮が語られている。 なお、二条河原落書にみえる「ハサラ扇ノ五骨」とは、骨数の少ない扇面に粗放、はでな風流絵を施したものをいう。"ばさら"の風体や行動をもって名をとどろかせた佐々木導誉・土岐頼遠は、南北朝期の時代精神を体現したものとして「ばさら大名」とよばれる。 by「日本大百科全書」(小学館)------------------------------------------------------------------------------------------"伐折羅"大将 薬師如来を守護する十二神将のひとり。 新薬師寺(奈良)の薬師如来座像を取り囲む十二神将は、天平塑像の代表作であり、怒髪をさかだて、瞳をらんらんと輝かせ激しく怒号している"伐折羅"大将像はもっともよく知られています。 薬師如来 東方浄瑠璃世界の救主。十二の大願を発して、衆生の病苦などの苦患を救い、身体的欠陥を除き、さとりに至らせようと誓った仏さまです。 古来医薬の仏として尊信されています。その像は,左手に薬壷または宝珠を持ち、右手に施無畏(せむい)の印を結ぶのが通例です。 日光・月光の二菩薩を脇士とし十二神将を護法神とします。 ------------------------------------------------------------------"海士"(あま)---------------------------------"海士"の能は、機略と献身とによってこの別世界を探り、寳の珠を採った母の思いと、母を求める子の祈りとを"香華"の中で輝かせています。---------------------------------あらすぢ---------------------------------藤原淡海公(不比等)の子息、藤原房前[ふささき](子方)は、13歳の少年である。名門に生まれ育ったが、母を知らないことが心がかりであった。偶々臣下の者から、母は讃岐志度[しど]で亡くなったと洩れ聞いたので、追善供養のために家臣(ワキ、ワキツレ)を引き連れ、志度の浦に着いたところである。家臣達は、房前の実母が身分賎しい海女であり、寳の珠を採るために命を落としたことを伝え聞いて知っていたが、少年主人には隠していた。ちょうどそこに海女(前シテ)が現われたので、当地の様子を訊ねようと呼び止めた。夕暮れの海面に映る名月の影を藻の繁みが邪魔しているので、貴い人の御覧のために、潜って刈り取るよう依頼してみる。やや不遜な申し出に対して、海女は「昔もこんなことがあった。龍宮へ取られた寳の珠を、潜って取り戻したのも、此の場所のこんなことだった」と、昔を思い起こすようにつぶやく。少年主人の探し求める母親の事件を知る人が、図らずも眼前に現われた訳である。従者達の求めに応じて語る海女によれば、珠の由来は次のようなことであった。唐の高宗の妃になった淡海公の妹は、彼地から、華原馨[かげんけい]、泗濱石[しひんせき]、面向不背[めんこうふはい]の珠の三つの寳を、氏寺興福寺に奉納したが、面向不背の珠のみは志度の沖で龍宮に取られてしまったのであった。珠を取り返すべく淡海公は身をやつしてこの浦に下り、海女と契って、房前をなした。「我が母は賎しい海女であったのか。いや、それにしても母の恩はありがたく、懐かしい」感激の涙を流す少年を前に、なお物語りは進む。------------------------------------------------------------------------------------------房前の母は、珠を求める夫(淡海公)に対し、珠の奪還と我が子を世継ぎにすることを交換条件にして潜る。腰に縄を付け、珠を手に入れたら縄を動かすから、引き上げよと言いおいて、海中に飛び込んだ。海中から見上げれば、空は海と一緒に波に輝いている。深く分け入り、龍宮の様子を窺うと、珠は高さ三十丈の塔の中にある。"香華"が供えられつつ、龍神達に守護されている。周囲には鮫、悪魚などもいる。とても生きて帰る見込みはない。あの波のむこうに、我が子や夫が待っていることを思えば、このままの別れはあまりに悲しい…思いきって、志度寺の観音に合力を祈り、剣を額に当てながら龍宮に飛び入る。守護神達がおどろくその隙に珠を盗み採り、逃げようとするところを龍神や鮫が襲いかかる。龍宮では死人を忌むことを知っていた海女は、剣で乳の下をかき切り、珠を押し込めば、龍神達は近づかない。腰の縄を引けば、陸の人々は喜んで引き上げる。珠はどこにあるのか。海女は、血に染まって死んだのか。息の下から、乳の下を見よと言われ、人々は珠を発見する。そして海女の子は約束どおり世継ぎになり、その名も浦の名に因んで房前というのだ。我こそ、あなたの母の幽霊であると名告り、房前に手紙を手渡して消えてしまう。あまりのことに驚く主従であったが、手紙を開いて見れば、冥界からの弔いの依頼である。亡くなってから十三年の歳月が経っていたのだ。法華経を講じ、弔いをなすうちに海女は天女(後シテ)の姿で現われ、経の功徳を讃嘆し、経を我が子に手渡した後に舞う(早舞[はやまい])。法華経の力で、本来成仏できない女人が成仏できたのであった。志度寺の法華八講はこのようにして始まり、仏法の繁盛は今に続いていると謡われる。----------------------------------------------------------※"香華"の匂いの中の天女の舞身分の低い者が、より貴い者のために命を失うという、酷い話が能には数多くあります。"海士"もそのひとつで、女の純粋な愛情を踏台にする世界がそこにはあります。精一杯生きて命を失ったものは力強く甦ってきます。-----------------------------------------------母の無い子である房前は子方が演じるので、あわれで健気なさまに同情が強い。身分の高い少年は亡母を求め、悼んで法事を捧げます。法華経への信仰が賞揚され、香の煙、供花の匂いが強くただよいます。幻想の中で亡者が成仏していく様は、静寂の極みです。世阿弥が近江猿楽から取り入れた天女の舞の雰囲気を伝える部分であるそうです。一方、龍宮に忍び込んで珠を採る部分は、生前の海女の天職を写しています。躍動的で、若い女の充実した気力体力、純粋な愛、無私の勢いを、一瞬のうちに演じます。玉の段と称して、仕舞にも演じられる見せ場です。躍動と静寂とが交差するうちに、潮騒の音、波の光、磯の香りの自然と、鉦や読経の声、荘厳具の金色、抹香の煙の超自然とが並び立ちます。-------------------------------------------------------------------"香華" (こうげ)---------------------------------仏前に供える香と花。こうばな。------------------------------------------------------------------お盆が近づいてまいりました-------ご先祖様に"香華"を--------------- ---------------------------------
2004年07月28日
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空に"星"があるように---------------------------------------------空に星があるように荒木一郎 作詞/作曲----------------------------------------♪~♪空に星があるように浜辺に砂があるようにボクの心にたった一つの小~さな夢がありました風が東に吹くように川が流れて行くように時の流れにたった一つの小~さな夢は消えました淋しく淋しく 星を見つめひとりでひとりで 涙にぬれる淋しく淋しく 星を見つめひとりでひとりで 涙にぬれる何もかもすべては終わってしまったけれど何もかもまわりは消えてしまったけれど♪~♪春に小雨が降るように秋に枯葉が散るようにそれは誰にもあるようなただの季節のかわりめの頃------------------------------------------------------------------------------------"よだかの星" by Miyazawa-kenzi------------------------------"よだか"は、実にみにくい鳥です。顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという工合でした。たとえば、ひばりも、あまり美しい鳥ではありませんが、"よだか"よりは、ずっと上だと思っていましたので、夕方など、"よだか"にあうと、さもさもいやそうに、しんねりと目をつぶりながら、首をそっ方へ向けるのでした。もっとちいさなおしゃべりの鳥などは、いつでも"よだか"のまっこうから悪口をしました。「ヘン。又出て来たね。まあ、あのざまをごらん。ほんとうに、鳥の仲間のつらよごしだよ。」「ね、まあ、あのくちの大きいことさ。きっと、かえるの親類か何かなんだよ。」こんな調子です。おお、"よだか"でないただのたかならば、こんな生はんかのちいさい鳥は、もう名前を聞いただけでも、ぶるぶるふるえて、顔色を変えて、からだをちぢめて、木の葉のかげにでもかくれたでしょう。ところが"夜だか"は、ほんとうは鷹の兄弟でも親類でもありませんでした。かえって、"よだか"は、あの美しいかわせみや、鳥の中の宝石のような蜂すずめの兄さんでした。蜂すずめは花の蜜をたべ、かわせみはお魚を食べ、"夜だか"は羽虫をとってたべるのでした。それに"よだか"には、するどい爪もするどいくちばしもありませんでしたから、どんなに弱い鳥でも、よだかをこわがる筈はなかったのです。 それなら、たかという名のついたことは不思議なようですが、これは、一つは"よだか"のはねが無暗に強くて、風を切って翔けるときなどは、まるで鷹のように見えたことと、も一つはなきごえがするどくて、やはりどこか鷹に似ていた為です。もちろん、鷹は、これをひじょうに気にかけて、いやがっていました。それですから、"よだか"の顔さえ見ると、肩をいからせて、早く名前をあらためろ、名前をあらためろと、いうのでした。 ある夕方、とうとう、鷹が"よだか"のうちへやって参りました。「おい。居るかい。まだお前は名前をかえないのか。ずいぶんお前も恥知らずだな。お前とおれでは、よっぽど人格がちがうんだよ。たとえばおれは、青いそらをどこまででも飛んで行く。おまえは、曇ってうすぐらい日か、夜でなくちゃ、出て来ない。それから、おれのくちばしやつめを見ろ。そして、よくお前のとくらべて見るがいい。」「鷹さん。それはあんまり無理です。私の名前は私が勝手につけたのではありません。神さまから下さったのです。」「いいや。おれの名なら、神さまから貰ったのだと云ってもよかろうが、お前のは、云わば、おれと夜と、両方から借りてあるんだ。さあ返せ。」「鷹さん。それは無理です。」「無理じゃない。おれがいい名を教えてやろう。市蔵というんだ。市蔵とな。いい名だろう。---------------------------------------------中略---------------------------------------------"夜だか"が思い切って飛ぶときは、そらがまるで二つに切れたように思われます。一疋の甲虫が、夜だかの咽喉にはいって、ひどくもがきました。"よだか"はすぐそれを呑みこみましたが、その時何だかせなかがぞっとしたように思いました。 雲はもうまっくろく、東の方だけ山やけの火が赤くうつって、恐ろしいようです。"よだか"はむねがつかえたように思いながら、又そらへのぼりました。 また一疋の甲虫が、"夜だか"ののどに、はいりました。そしてまるで"よだか"の咽喉をひっかいてばたばたしました。"よだか"はそれを無理にのみこんでしまいましたが、その時、急に胸がどきっとして、"夜だか"は大声をあげて泣き出しました。泣きながらぐるぐるぐるぐる空をめぐったのです。(ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで餓えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。) 山焼けの火は、だんだん水のように流れてひろがり、雲も赤く燃えているようです。 "よだか"はまっすぐに、弟の川せみの所へ飛んで行きました。きれいな川せみも、丁度起きて遠くの山火事を見ていた所でした。そして"よだか"の降りて来たのを見て云いました。「兄さん。今晩は。何か急のご用ですか。」「いいや、僕は今度遠い所へ行くからね、その前一寸お前に遭いに来たよ。」「兄さん。行っちゃいけませんよ。蜂雀もあんな遠くにいるんですし、僕ひとりぼっちになってしまうじゃありませんか。」「それはね。どうも仕方ないのだ。もう今日は何も云わないで呉れ。そしてお前もね、どうしてもとらなければならない時のほかはいたずらにお魚を取ったりしないようにして呉れ。ね。さよなら。」「兄さん。どうしたんです。まあもう一寸お待ちなさい。」「いや、いつまで居てもおんなじだ。はちすずめへ、あとでよろしく云ってやって呉れ。さよなら。もうあわないよ。さよなら。」"よだか"は泣きながら自分のお家へ帰って参りました。みじかい夏の夜はもうあけかかっていました。 ---------------------------------中略---------------------------------「お日さん、お日さん。どうぞ私をあなたの所へ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。私のようなみにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出すでしょう。どうか私を連れてって下さい。」 行っても行っても、お日さまは近くなりませんでした。かえってだんだん小さく遠くなりながらお日さまが云いました。「お前は"よだか"だな。なるほど、ずいぶんつらかろう。今夜そらを飛んで、星にそうたのんでごらん。お前はひるの鳥ではないのだからな。」 "夜だか"はおじぎを一つしたと思いましたが、急にぐらぐらしてとうとう野原の草の上に落ちてしまいました。そしてまるで夢を見ているようでした。からだがずうっと赤や黄の星のあいだをのぼって行ったり、どこまでも風に飛ばされたり、又鷹が来てからだをつかんだりしたようでした。 つめたいものがにわかに顔に落ちました。"よだか"は眼をひらきました。一本の若いすすきの葉から露がしたたったのでした。もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、一面の星がまたたいていました。よだかはそらへ飛びあがりました。今夜も山やけの火はまっかです。"よだか"はその火のかすかな照りと、つめたいほしあかりの中をとびめぐりました。それからもう一ぺん飛びめぐりました。そして思い切って西のそらのあの美しいオリオンの星の方に、まっすぐに飛びながら叫びました。「お星さん。西の青じろいお星さん。どうか私をあなたのところへ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。」 ----------------------------------中略----------------------------------"よだか"はがっかりして、よろよろ落ちて、それから又、四へんそらをめぐりました。そしてもう一度、東から今のぼった天の川の向う岸の鷲の星に叫びました。「東の白いお星さま、どうか私をあなたの所へ連れてって下さい。やけて死んでもかまいません。」 鷲は大風に云いました。「いいや、とてもとても、話にも何にもならん。星になるには、それ相応の身分でなくちゃいかん。又よほど金もいるのだ。」 "よだか"はもうすっかり力を落してしまって、はねを閉じて、地に落ちて行きました。そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、"よだか"は俄かにのろしのようにそらへとびあがりました。そらのなかほどへ来て、"よだか"はまるで鷲が熊を襲うときするように、ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。 それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。その声はまるで鷹でした。野原や林にねむっていたほかのとりは、みんな目をさまして、ぶるぶるふるえながら、いぶかしそうにほしぞらを見あげました。 "夜だか"は、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。もう山焼けの火はたばこの吸殻のくらいにしか見えません。"よだか"はのぼってのぼって行きました。 寒さにいきはむねに白く凍りました。空気がうすくなった為に、はねをそれはそれはせわしくうごかさなければなりませんでした。 それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変りません。つくいきはふいごのようです。寒さや霜がまるで剣のように"よだか"を刺しました。"よだか"ははねがすっかりしびれてしまいました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。そうです。これが"よだか"の最后でした。もう"よだか"は落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居りました。 それからしばらくたって"よだか"ははっきりまなこをひらきました。そして自分のからだがいま燐の火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。 すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました。そして"よだか"の星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。今でもまだ燃えています。------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------「栄冠は君に輝く(全国高等学校野球大会の歌)」----------------------------------------------加賀大介作詞・古関裕而作曲---------------------------♪~♪雲は湧(わ)き 光あふれて天高く 純白の球 今日ぞ飛ぶ若人よ いざまなじりは 歓呼に答えいさぎよし 微笑(ほほえ)む希望ああ 栄冠は 君に輝く♪~♪風を打ち 大地を蹴(け)りて悔ゆるなき 白熱の力ぞ技ぞ若人よ いざ一球に 一打を賭(か)けて青春の 讃歌を綴(つづ)れああ 栄冠は 君に輝く♪~♪空を切る 球の命に通うもの 美しく匂える健康若人よ いざ緑濃き 棕櫚(しゅろ)の葉かざす感激を 目蓋(まぶた)に描けああ 栄冠は 君に輝く------------------------------------------------------------嗚呼、栄冠は"夜だか"の星に輝く-----------------------------------------------------------よたか---"夜鷹"-------------------------------------------【鳥】a nighthawk; a nightjar; 《売春婦》a streetwalker----------------------------------------------------------
2004年07月27日
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-------------------------------------"越後獅子の唄"作詞:西条八十 作曲:万城目 正唄:美空ひばり♪~♪1笛にうかれて 逆立ちすれば山が見えます ふるさとのわたしゃ孤児(みなしご) 街道ぐらしながれながれの 越後~獅子 2今日も今日とて 親方さんに芸がまずいと 叱られて撥(ばち)でぶたれて 空見上げれば泣いているよな 昼の~月 3 打つや太鼓の 音さえ悲し雁が啼く啼く 城下町暮れて恋しい 宿屋の灯(あかり)遠く眺めて ひと踊~り 4 ところ変われど 変わらぬものは人の情けの 袖時雨(そでしぐれ)ぬれて涙で おさらばさらば花に消えゆく 旅の~獅子 ------------------------------------------------------------------------------------論語 卷第四------------------------述而第七1 子曰、述而不作、信而好古、竊比我於老彭、し、のたまはく、のべてつくらず、しんじていにしへをこのむ、ひそかにわれをろうほうにひす、2 子曰、默而識之、學而不厭、誨人不倦、何有於我哉、し、のたまはく、もくしてこれをしるし、まなびていとはず、ひとををしへてうまず、なにかわれにあらんや、3 子曰、徳之不脩、學之不講、聞義不能徒、 不善不能改、是吾憂也、し、のたまはく、とくのをさまらざる、がくのこうせざる、ぎをききてうつるあたはざる、ふぜんのあらたむるあたはざる、これわがうれひなり、4 子之燕居、申申如也、夭夭如也、しのえんきょするや、しんしんじょたり、ようようじょたり、5 子曰、甚矣、吾衰也、久矣、吾不復夢見周公、し、のたまはく、はなはだしいかな、わがおとろへたるや、ひさしいかな、われまたゆめにしゅうこうをみず、6 子曰、志於道、據於徳、依於仁、游於藝、し、のたまはく、みちにこころざし、とくにより、じんにより、げいにあそぶ、7 子曰、自行束脩以上、吾未嘗無誨焉、し、のたまはく、そくしゅうをおこなふよりいじょうは、われいまだかつてをしふることなくんばあらず、8 子曰、不憤不啓、不非不發、舉一偶不以三偶反、則不復也、し、のたまはく、ふんせずんばけいせず、ひせずんばはっせず、いちぐうをあげてさんぐうをもってかへらざれば、すなはちふたたびせざるなり、9 子食於有喪者之側、未嘗飽也、子於是日哭、則不歌、し、も、あるもののかたはらにしょくすれば、いまだかつてあかざるなり、し、このひにおいてこくすれば、すなはちうたはず、10 子謂顏淵曰、用之則行、舍之則臧、唯我與爾有是夫、子路曰、子行三軍、則誰與、子曰、暴虎馮河、死而無悔者、吾不與也、必也臨事而懼、好謀而成者也し、がんえんにいひてのたまはく、これをもちふればすなはちおこなひ、これをすつればすなはちかくる、ただわれとなんぢとこれあるかな、しろ、いはく、し、さんぐんをやらば、すなはちたれとともにせん、し、のたまはく、ぼうこひょうがし、ししてくゆるなきものは、われ、ともにせざるなり、かならずやことにのぞみておそれ、はかりごとをこのみてなさんものなり、11 子曰、富而可求也、雖孰鞭之士、吾亦爲之、如不可求、從吾所好、し、のたまはく、とみにしてもとむべくんば、しつべんのしといへども、われもまたこれをなさん、もし、もとむべからずんば、わがこのむところにしたがはん12 子之所愼、齊戰疾、しのつつしむところは、せい、せん、しつ、13 子在齊、聞韶三月、不知肉味、曰、不圖爲樂之至於斯也し、せいにありて、しょうをきくことさんげつ、にくのあぢはひをしらず、のたまはく、はからざりき、がくをつくることのここにいたらんとは、14 冉有曰、夫子爲衞君乎、子貢曰、諾、吾將問之、入曰、伯夷叔齊何人也、曰、古之賢人也、曰、怨乎、曰、求仁而得仁、又何怨出曰、夫子不爲也、ぜんゆう、いはく、ふうしはえいのきみをたすけんか、しこう、いはく、だく、われまさにこれをとはんとす、いりていはく、はくい、しゅくせいはなんびとぞや、のたまはく、いにしへのけんじんなり、いはく、うらみたるか、のたまはく、じんをもとめてじんをえたり、またなにをかうらまんと、いでていはく、ふうしはたすけざるなり、15 子曰、飯疏食、飲水、曲肱而枕之、樂亦在其中矣、不義而富且貴、於我如浮雲、し、のたまはく、そしをくらひ、みづをのみ、ひぢをまげてこれをまくらとす、たのしみもまたそのうちにあり、ふぎにしてとみ、かつ、たふときは、われにおいてふうんのごとし、16 子曰、如我數年、五十以學易、可以無大過矣、し、のたまはく、われにすうねんをかし、ごじゅうにしてもってえきをまなばしめば、もってたいかなかるべし、17 子所雅言、詩書、孰禮皆雅言也、しのがげんするところは、ししょ、しつれいはみながげんなり、18 葉公問孔子於子路、子路不對、子曰、女奚不曰、其爲人也、發憤忘食、樂以忘憂、不知老之將至云爾、しょうこう、こうしをしろにとふ、しろ、こたへず、し、のたまはく、なんぢ、なんぞいはざる、そのひととなりや、いきどほりをはっしてしょくをわすれ、たのしみてもってうれひをわすれ、おいのまさにいたらんとするをしらざるのみ、19 子曰、我非生而知之者、好古敏以求之者也、し、のたまはく、われはうまれながらにしてこれをしるものにあらず、いにしへをこのみ、びんにしてもってこれをもとめたるものなり、20 子不語怪力亂神、し、かいりきらんしんをかたらず、21 子曰、三人行、必有我師焉、擇其善者而從之、其不善者而改之、し、のたまはく、さんにんゆけば、かならずわがし、あり、そのぜんなるものをえらびてこれにしたがひ、そのふぜんなるものにして、これをあらたむ、22 子曰、天生徳於予、桓魍其如予何、し、のたまはく、てん、とくをわれにしょうぜり、かんたいそれわれをいかんせん、23 子曰、二三子、以我爲隱乎、吾無隱乎爾、吾無行而不與二三子者、之丘也、し、のたまはく、にさんし、われをもってかくすとなすか、われかくすことなきのみ、われはおこなふとしてにさんしとともにせざるものなし、これきゅうなり、24 子以四教、文行忠信、し、しをもってをしふ、ぶん、こう、ちゅう、しん、25 子曰、聖人吾不得而見之矣、得見君子者、斯可矣、子曰、善人吾不得而見之矣、得見有恆者、斯可矣、忘而爲有、虚而爲盈、約而爲泰、難乎有恆矣、し、のたまはく、せいじんは、われえてこれをみず、くんししゃをみることをえば、ここにか、なり、し、のたまはく、ぜんにんは、われえてこれをみず、つねあるものをみることをえば、ここにか、なり、なくしてありとなし、むなしくしてみてりとなし、やくにしてたいなりとなす、かたきかな、つねあること、26 子釣而不綱、弋不射宿、しはつりしてこうせず、よくしてしゅくをいず、27 子曰、蓋有不知而作之者、我無是也、多聞擇其善者而從之、多聞而識之、知之次也、し、のたまはく、けだししらずしてこれをつくるものあらん、われはこれなきなり、おほくききてそのよきものをえらびてこれにしたがひ、おほくみてこれをしるす、しるのつぎなり、28 互郷難與言、童子見、門人惑、子曰、與其進也、不與其退也、唯何甚、人潔己以進、與其潔也、不保其住也、ごきょう、ともにいひがたし、どうじまみゆ、もんじんまどふ、し、のたまはく、そのすすむにくみするなり、そのしりぞくにくみせざるなり、ただなんぞはなはだしきや、ひとおのれをきよくしてもってすすまば、そのきよきにくみせん、そのおうをほせざるなり、29 子曰、仁遠乎哉、我欲仁、斯仁至矣、し、のたまはく、じん、とほからんや、われ、じんをほっすれば、ここにじんいたる、30 陳司敗問、昭公知禮乎、孔子曰、知禮、孔子退、揖巫馬期而進之曰、吾聞、君子不黨、君子亦黨乎、君取於呉、爲同姓、謂之呉孟子、君而知禮、孰不知禮、巫馬期以告、子曰、丘也幸、苟有過、人必知之、ちんのしはい、とふ、しょうこうはれいをしれるか、こうし、のたまはく、れいをしれり、こうし、しりぞく、ふばきをゆうしてこれをすすめていはく、われきく、くんしはとうせずと、くんしもまたとうするか、きみ、ごにめとる、どうせいなるがために、これをごもうしといふ、きみにしてれいをしらば、たれかれいをしらざらん、ふばき、もってつぐ、し、のたまはく、きゅうや、さいはひなり、いやしくもあやまちあれば、ひと、かならずこれをしる、31 子與人歌而善、必使反之、而後和之、し、ひととうたひてよければ、かならずこれをかへさしめて、しかるのちにこれにわす、32 子曰、文莫吾猶人也、躬行君子、則吾未之有得、し、のたまはく、ぶんはわれ、なほひとのごときことなからんや、くんしをきゅうこうすることは、すなはちわれいまだこれをうることあらず、33 子曰、若聖與仁、則吾豈敢、抑爲之不厭、誨人不倦、則可謂云爾已矣、公西華曰、正唯弟子不能學也、し、のたまはく、せいとじんとのごときは、すなはちわれあにあへてせんや、そもそもこれをまなびていとはず、ひとををしへてうまず、すなはちしかいふといふべきのみ、こうせいか、いはく、まさにただていしまなぶことあたはざるなり、34 子疾病、子路請祷、子曰、有諸、子路對曰、有之、誄曰、祷爾于上下神祇、子曰、丘之祷久矣、しのやまひ、へいなり、しろ、いのらんことをとふ、し、のたまはく、これありや、しろ、こたへていはく、これあり、るいにいはく、なんぢをしょうかのしんぎにいのると、し、のたまはく、きゅうのいのることひさし、35 子曰、奢則不孫、儉則固、與其不孫也、寧固、し、のたまはく、しゃ、なれば、すなはちふそんなり、けんなれば、すなはちこ、なり、そのふそんならんよりは、むしろこ、なれ、36 子曰、君子坦蕩蕩、小人長戚戚、し、のたまはく、くんしはたんとしてとうとうたり、しょうじんはとこしなへにせきせきたり、37 子温而萬、威而不猛、恭而安、しはおんにしてれい、い、ありてたけからず、きょうにしてやすし、------------------------------------------ 孔子(こうし、紀元前551年‐紀元前479年)春秋時代の中国の思想家で、儒教の創始者。姓は孔、名は丘、字は仲尼。孔子とは尊称で、単に孔丘とも言う。ヨーロッパではラテン語化された"Confucius"の名で知られています。-------------------------------------------紀元前551年に宋の王族に連なる家の子として魯で生まれる。幼くして両親を失い、孤児として育ちながらも、苦学して学問を修めました。50歳のとき魯の大臣に取り立てられたが、理想を果たせず、紀元前497年に失望して諸国巡遊の旅に出ます。しかし、孔子の理想を受け入れる国は無く、紀元前483年69歳のとき魯に帰国しました。その後、弟子の育成に専念し、紀元前479年に73歳で亡くなりました。--------------------------------------------------孔子はそれまでのシャーマニズム的な原始儒教を体系化し、一つの道徳・宗教に昇華させました。その根本義は「仁」であり、仁が様々な場面において貫徹されることにより、道徳が保たれると説きました。孔子は自らの思想を国政の場で実践することを望みましたが失脚後はその機会に恵まれませんでした。孟子などの優れた後継者により、支持者を広げ、漢の武帝に至って国教の座を獲得しました。-----------------------------------------------最後に"La mer"-----------------------------------------------La meeer... qu'on voit danser... le long des golfes claiiiirs... -------------------------------------------------Chanter!!! Avec moi--------------------------
2004年07月26日
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"楓橋夜泊"-----------------------------月落烏啼霜満天江楓漁火対愁眠姑蘇城外寒山寺夜半鐘声到客船 ------------------------------月落ち 烏啼いて 霜 天に満つ江楓 漁火 愁眠に対す姑蘇 城外の 寒山寺夜半の鐘声 客船に到る ------------------------------唐代の詩人"張継"が寒山寺の近くを通った時詠じた「"楓橋夜泊"(ふうきょう・やはく)」です。------------------------------"張継"(字・懿孫)(生没年不祥)襄州の人。天宝十二載(753)の進士。はじめは節度使の幕僚などをつとめていたが、後に中央に呼ばれ、検校祠郎中に至った。------------------------------------------------------------"月に吼える" by 萩原朔太郎------------------------------萩原 朔太郎(はぎわら さくたろう)(1886年11月1日 - 1942年5月11日)大正・昭和期の詩人、作家。------------------------------群馬県東群馬郡北曲輪町(現:前橋市千代田町)に、開業医の父・密蔵と母・ケイの長子として生まれる。県立前橋中学校の在学中に『野守』という回覧雑誌を編集して短歌を発表。1907年(明治40年)第五高等学校に入学し、翌年第六高等学校に転校するが、チフスで中退。1910年(明治43年)・1911年(明治44年)の二度慶応義塾大学に入学するが、どちらも短期間で退学しました。1919年5月に上田稲子と結婚し、葉子と明子の2女をもうけますが、1929年(昭和4年)6月に離婚。1938年(昭和13年)4月、大谷美津子と再婚しますが、一年余りで離婚しました。1942年に急性肺炎で死去。---------------------------------長女"萩原葉子"も作家として有名です。---------------------------------北原白秋に師事します。1919年(大正8年)2月刊行の処女詩集『月に吠える』で全国に名を知られる。続いて1923年(大正12年)1月に『青猫』を刊行。2回の離婚を繰り返した実生活は窮乏を極め、1933年(昭和9)6月に刊行された『氷島』では、漢文調の文語体に立ち帰り、寂寥と懐疑の情を訴えています。詩集は『氷島』を最後とし、以降アフォリズムや散文詩の作品をいくつか残してます。-------------------------------詩集"月に吼える"より-------------------------------見しらぬ犬この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、みすぼらしい、後足でびつこをひいてゐる不具の犬のかげだ。ああ、わたしはどこへ行くのか知らない、わたしのゆく道路の方角では、長屋の家根がべらべらと風にふかれてゐる、道ばたの陰気な空地では、ひからびた草の葉つぱがしなしなとほそくうごいて居る。ああ、わたしはどこへ行くのか知らない、おほきな、いきもの(、、、、)のやうな月が、ぼんやりと行手に浮んでゐる、さうして背後(うしろ)のさびしい往来では、犬のほそながい尻尾の先が地べたの上をひきずつて居る。ああ、どこまでも、どこまでも、この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、きたならしい地べたを這ひまはつて、わたしの背後(うしろ)で後足をひきずつてゐる病気の犬だ、とほく、ながく、かなしげにおびえながら、さびしい空の月に向つて遠白く吠える ふしあはせの犬のかげだ。--------------------------------------------------------------------------------------------チャールズ・チャップリン(Charlie Chaplin、Charles Spencer Chaplin)----------------------------------------------笑いあり、涙あり、映画史上最も偉大な喜劇王です。 ----------------------------------------------1889年4月16日~1977年12月25日(享年88歳) ----------------------------------------------父チャールズ・チャップリンSr.、母ハナ・チャップリン、共に歌手。2歳、両親離婚。5歳頃、母が健康を害し声がかすれて歌えなくなる。母に連れられ劇場に出入りしながら覚えた見よう見まねで母に代わり舞台に立ち、これが初舞台となります。7歳、極貧生活の中、母が精神に障害を来たします。精神病院に収容され、以後入退院を繰り返します。幼い兄弟は孤児院を転々としながら学校に通います。10歳、エイト・ランカシア・ラッズ劇団に認められて入団、学校に籍を置きながらキャストの一員として「シンデレラ」のパントマイムを演じ、巡業。12歳、父チャールズ・チャップリンSr.死亡、享年37歳。17歳、フレッド・カルノー一座に俳優として参加していた兄シドニー・チャップリンに勧められ、派手なパフォーマンスで同座のテストに受かります。24歳、カルノー一座で花形的存在に成長。一座と共に渡米し各地を巡業中、コメディ専門の映画会社キーストン社のマック・セネットに認められ同社と契約。25歳、映画「成功争ひ」に初出演。第2作「犬の為め」で-----------、ダブダブズボンに大きなドタ靴、チョビ髭で山高帽、ステッキの浮浪者スタイルで初登場し人気をさらいます。27歳、偶然出会った、会社でタイピストをしていた21歳の女性に一目で惚込み、「チャップリンの夜通し転宅」に出演させます。彼女は、以後チャップリンの映画35本で共演しています。28歳、「チャップリンの伯爵」、「チャップリンの移民」など12作品を手がけます。「チャップリンの移民」では貧しい母娘にバクチで稼いだ金をそっと与える役を演じ、これまでのドタバタ喜劇の領域を初めて越え、"愛の美しさ"を描きます。29歳、「犬の生活」を製作野犬の群れから野良犬を助ける浮浪者の役を演じ、酒場の娘とのロマンスもからめた涙と笑いの新しい喜劇スタイルを確立します。そして16歳の女優ミルドレッド・ハリスと結婚。31歳、ミルドレッド・ハリスと離婚。32歳、「キッド」男に捨てられた若い娘が処理に困り、置き去りにした赤ん坊を拾い育てる浮浪者役で、主演・監督・脚本をこなします。34歳、ファースト・ナショナル社との契約を終え、ユナイテッド社での第1作、「巴里の女性」で、フランスの田舎町に住む美しい娘を愛しながら悲恋に終わる貧しい青年画家を演じます。この作品は自分と35本で共演してくれたエドナ・パーヴィアンスへのお礼のつもりで製作したもので、監督・脚本・製作をしました。35歳、「チャップリンの黄金狂時代」の主演女優として契約した16歳の女優リタ・グレイと2度目の結婚。38歳、リタ・グレイと離婚。39歳、母ハナ・チャップリン、死亡、享年63歳。42歳、「街の灯」この作品で初めてテーマ曲だけをサウンドで流します。「街の灯」は世界中で大ヒットしました。「街の灯」完成後、世界一周の旅に出ます。43歳、世界一周旅行も終わりに近い1932年5月、東京に着き、群集の大歓迎を受けます。時の首相、犬養 毅が6人の極右分子に暗殺された事件が起きた時は、首相子息と相撲の見物中でした。47歳、「モダン・タイムス」ラスト近く、レストランの給仕が即興で歌う場面でこれまで守ってきたサイレントを破り、始めて発声、何語ともつかぬ即興の言葉で歌い世界中をその声で驚かせます。共演した女優ポーレット同伴で極東に休暇旅行に出かけ、この旅行先、広東でポーレット・ゴダードと3度目の結婚。51歳、1940年、「チャップリンの独裁者」ユダヤ人の床屋とドイツのヒットラーを模したヒンケル独裁者のふた役を演じます。ヒトラーの独裁政治によるナチズムの狂気とユダヤ人への迫害を痛烈に批判し、平和を訴えます。53歳、ポーレット・ゴダードと離婚。54歳、アメリカで最も有名な戯曲作家の娘で18歳、女優志願のウーナ・オニールと4度目の結婚。58歳、「チャップリンの殺人狂時代」実直な銀行員がクビになり、金持ちの中年女と結婚しては殺して保険金を奪う悪事を繰り返し生きていく男を演じます。63歳、「ライムライト」絶望の末自殺を図るバレリーナを勇気付ける老芸人役を演じます。これがハリウッド最後の作品となりました。68歳、「ニューヨークの王様」をロンドンで製作。小国の王が亡命先でくり広げる行状記の形をとりながらアメリカの機械主義、商業主義、マッカーシズム(赤狩り)を痛烈に風刺します。78歳、「伯爵夫人」をロンドンで製作。 香港を出航した豪華客船を舞台に、伯爵夫人の恋を描いたチャップリンの遺作で初のカラー作品です。88歳、1977年12月25日、スイス ヴヴェイで安らかに永眠。----------------------------------------------------------------------"The Dog Days" of Summer Everyone knows that the dog days of summer・occur during the hottest and muggiest part of the season. 1 : the period between early July and early September when the hot sultry weather of summer usually occurs in the northern hemisphere2 : a period of stagnation or inactivity But where does the term come from? Why do we call the hot, sultry days of summer dog days?・ In ancient times, when the night sky was unobscured by artificial lights and smog, different groups of peoples in different parts of the world drew images in the sky by connecting the dots・of stars. The images drawn were dependent upon the culture: The Chinese saw different images than the Native Americans, who saw different pictures than the Europeans. These star pictures are now called constellations, and the constellations that are now mapped out in the sky come from our European ancestors. They saw images of bears, (Ursa Major and Ursa Minor), twins, (Gemini), a bull, (Taurus), and others, including dogs, (Canis Major and Canis Minor). The brightest of the stars in Canis Major (the big dog) is Sirius, which also happens to be the brightest star in the night sky. In fact, it is so bright that the ancient Romans thought that the earth received heat from it. Look for it in the southern sky (viewed from northern latitudes) during January. In the summer, however, Sirius, the dog star,・rises and sets with the sun. During late July Sirius is in conjunction with the sun, and the ancients believed that its heat added to the heat of the sun, creating a stretch of hot and sultry weather. They named this period of time, from 20 days before the conjunction to 20 days after, dog days・after the dog star. The conjunction of Sirius with the sun varies somewhat with latitude. And the drecession of the equinoxes・(a gradual drifting of the constellations over time) means that the constellations today are not in exactly the same place in the sky as they were in ancient Rome. Today, dog days occur during the period between July 3 and August 11. Although it is certainly the warmest period of the summer, the heat is not due to the added radiation from a far-away star, regardless of its brightness. No, the heat of summer is a direct result of the earth's tilt. ※ Copyright © 1999, 2000 by "Jerry Wilson" ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------暑中お見舞い申し上げます--------------------------------------------------------------------
2004年07月25日
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「君恋し」時雨音羽作詞・佐々紅華作曲----------------------------------------1.宵(よい)やみせまれば 悩みは果(はて)なし乱るる心に うつるは誰(た)が影(かげ)君恋し くちびるあせねど涙はあふれて 今宵も更けゆく2.歌ごえすぎ行き 足音響けどいずこに尋(たず)ねん 心の面影(おもかげ)君恋し 思いはみだれて苦しき幾夜を 誰が為偲(しの)ばん3.去り行くあの影 消え行くあの影誰が為支えん つかれし心よ君恋し 灯(ともしび)うすれて臙脂(えんじ)の紅帯(べにおび) ゆるむもさびしや--------------------------------------------------------------------"フランク永井"が歌って、大ヒットしました--------------------------------------------------------------彼(フランク永井)は、米軍キャンプの皿洗い、トレーラーの運転手などを経て、クラブ歌手として活動を開始。55年に「恋人よわれに帰れ」でデビューします。初期こそジャズを歌っていましたが、作曲家・吉田正の薦めで歌謡曲に転じ、昭和三十年代の東京での典型的なデートコースを歌った「有楽町で逢いましょう」(57年)の爆発的ヒットでトップ・スターの座を獲得します。"魅惑の低音"と呼ばれたバス・ヴォイスと、都会的でモダンなフィーリングで大衆を魅了しました。そして「羽田発7時50分」「西銀座駅前」「夜霧に消えたチャコ」(共に58年)、自らがスカウトした松尾和子とのデュエット「東京ナイトクラブ」(59年)と連続してヒットを放ち、昭和歌謡史に決して消えることのない足跡を残しました。----------------------------------------------しかし85年に、突如の自殺未遂事件を起こしました。一命は取り留めたものの、現在ではその後遺症で歌手活動に復帰できない状態がつづいています。-----------------------------------------------もうすく夏休み!!!!みんな、いっぱい、本を読もう------------------------------------------"父子(おやこ)鷹" by"子母澤寛" ------------------------------------------勝海舟の父、勝小吉の一代記です。十七歳のころから、小吉が三十九歳、麟太郎十八歳で、小吉が隠居し、蘭学を学び始めた麟太郎が、これから頭角を現していくところで終わっています。 新聞の連載小説で、常に何かが起こり、複数の事件が平行して推移していきます。------------------------------------------------------------------------------------------------ "子母澤 寛"(しもざわかん)----------------------------(本名・梅谷松太郎)明治二十五年、北海道生まれ。読売新聞、毎日新聞記者をへて作家活動に入る。『勝海舟』『新撰組始末記』『駿河遊侠伝』など、幕末遺臣と江戸への挽歌ともいうべき作品を発表。昭和四十三年没。-----------------------------------------もう一冊-----------------------------------------"あすなろ物語"(井上 靖)-----------------------------------------「------あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも永久に 檜になれないんですって、それで、あすなろって言うのよ」と多少、鮎太のことを軽蔑を込めて説明 してくれたことを思い出す。-----------------------------------------------"アスナロ"について-----------------------------------------『枕草子』に,清少納言は,「何の心ありてあすはひのき(明日は桧)とつけけむ」とアスナロについてつれづれなる思いを述べています。清少納言の生きた平安時代,アスナロは“アスハヒノキ”と呼ばれていました。 江戸時代の百科辞典である『和漢三才図会』に,アスナロは「桧の一種也。阿須桧といふ。桧に似れど木心マキに似たり。又の名を阿須奈呂といふ」とでています。井上靖は『あすなろ物語』のなかで「明日は桧になろう,明日は桧になろうと一生懸命考えている木よ。でも永遠に桧にはなれないんだ」と努力しても運命に勝ちえない人間の悲哀を描いています。 『和漢三才図会』では,アスナロは阿須奈呂であって明日奈呂ではありません。しかも阿須奈呂は阿須桧の別名であって,阿須桧が正式な名前です。すなわち清少納言が考えたような,また井上靖が『あすなろ物語』に書いたような意味はアスナロにはないのです。-------------------------------------------------- --------------------------------------------------なお、ヒノキは“火の木”,すなわち火切臼・火切杵に使われたに由来しています。-----------------------------------------さて"star-dust"-----------------------------------------星塵(せいじん), 星くず; 【天文】宇宙塵(じん); 夢を見るような気分; うっとりさせる魅力------------------------------------------"星屑の街"作詞 安岡 優 作曲 北山陽一唄 ゴスペラーズ------------------------------------------♪~♪探してた明日が 今ここにあるよ追いかけてた昨日を塗り替えながら 二度とは帰らない 今日だっていいよ描いてた未来の地図も生まれ変わるさ大丈夫 ずっと この歌を歌いながら大丈夫 ずっと この歌とここまで来たよ あの日見上げた星空より高く夢で想うより遥か遠く今夜連れてゆくよ ごらん 星屑の街へ この夜を越えたら また何処へ行こう光も時も追い越して巡り会うから 大丈夫 きっと この歌がいつの日にも大丈夫 きっと この歌は街のどこかで あの日見上げた星空より高くいつか眠りゆく更に遠く誰も独りじゃない ごらん 星屑の街へ あの日見上げた星空より高く君が想うより遥か遠く今夜連れてゆくよ ごらん 星屑の街へ--------------------------------------------------------------------------------------------------With "me",please--------------------------------------------------------------------------"Stardust" LyricsArtist: Nat King Cole-----------------------------------------------♪~♪And now the purple dusk of twilight timeSteals across the meadows of my heartHigh up in the sky the little stars climbAlways reminding me that we're apartYou wander down the lane and far awayLeaving me a song that will not dieLove is now the stardust of yesterdayThe music of the years gone bySometimes I wonder why I spendThe lonely night dreaming of a songThe melody haunts my reverieAnd I am once again with youWhen our love was newAnd each kiss an inspirationBut that was long agoNow my consolationIs in the stardust of a songBeside a garden wallWhen stars are brightYou are in my armsThe nightingale tells his fairy taleA paradise where roses bloomThough I dream in vainIn my heart i know it will always remainMy stardust melodyThe memory of love's refrain ----------------------------------------------------------------------------------------------bye-bye-
2004年07月24日
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"コケコッコー"--------------朝顔に釣瓶(つるべ)とられてもらい水(加賀 千代)-----------------------------------加賀千代(尼)(かがの・ちよ(に)〔号、素園〕1703(元禄16)~1775(安永4)(73歳)加賀松任の生まれ・表具師の娘といわれています。各務支考に師事しています。『千代尼句集』『四季帳』---------------------------------------------------各務支考(かがみ・しこう)(寛文5年~享保16年)----------------------------美濃の国山県郡北野村(現岐阜市)出身。はじめ、僧侶を志すが禅にあきたらず下山して、乞食僧となって諸国を行脚する。後に伊勢山田に蕉門俳諧を広めるなど政治的手腕もかなりあったようです。芭蕉との出会いは元禄3年、蕉門では許六と並んで遅い入門でしたが、芭蕉の臨終を看取るなど、密度の濃い付き合いがありました。蕉門随一の理論家といわれる反面、生前に自分の葬儀をするなど風狂の風があり、毀誉褒貶もまた激しい。芭蕉も、其角や去来のような信頼を支考に寄せることはなかったが、気の置けない弟子として許していたようであることは、書簡などに見えます。死の床における支考の活躍は獅子奮迅であって、芭蕉の遺書を代筆するなど、その師弟関係は見事に有終の美を飾りました。※盤子は支考の別号。 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------"クックドウドルドウ"---------------------"ニワトリ"は日の出の前の東天の白みかけた頃、太陽が昇った頃、夕方の日没の前の1日3回、トキを告げます----------------------------------------------------------------------------"an owl"(梟)---------------------------------- ----------------------------------知性と学問の神様......."ふくろう""ふくろう"は、ローマ神話の女神ミネルバ(ギリシャ神話ではアテネ)の聖鳥と して『知性』と『学問』のシンボルとされています。哲学者ヘーゲルは『ミネルバの"ふくろう"は、黄昏(たそがれ)とともに 飛びはじめる』あらゆる学問のうちでも、『哲学="ふくろう"』は総合的 で最高の学問として最終的に到達すべきものであると記述しています。 ----------------------------------------------------------------------------------"bu・reau・crat・ic" ---------------------------------- a. お役所的な, 官僚主義的な (bureaucratic procedures お役所的な手続き).bu・reau・crat・i・cal・ly (ad.)bu・reauc・ra・tizevt. …を官僚化する. ----------------------------------------------------------------------"THE IMPOSSIBLE DREAM" (見果てぬ夢)-----------------------------------脚本 デール・ワッサーマン/作詞 ジョオ・ダリオン/音楽 ミッチレイ/翻訳 森 岩雄、高田蓉子/訳詞 福井 崚-----------------------------------東宝ミュージカル・「ラ・マンチャの男」より------------------------------------------♪~♪To dream the impossible dream To fight the unbeatable foeTo bear with unbearable sorrowTo run where the brave dare not goTo right the unrightable wrongTo love pure and chaste from a farTo try when your arms are too wearyTo reach the unreachable starThis is my quest to follow the starNo matter how hopelessNo matter how farTo fight for the rightwithout question or pauseTo be willing to marchinto hell for a heavenly causeAnd I know if I'll only be trueto this glorious questThat my heart will lie peaceful and calmwhen I'm laid to my restAnd the world will be better for thisThat one man scorned and covered with scarsStill strove with his last ounce of courageTo reach the unreachable stars----------------------------------------夢は稔り難く 敵は多数(あまた)なりとも胸に悲しみを秘めて我は勇みて行かん 道は極め難く腕は疲れ果つとも遠き星をめざして我は歩み続けん これこそ我が宿命(さだめ)汚れ果てし この世から正しきを救うために如何に望み薄く 遥かなりともやがて いつの日か光満ちて永遠(とわ)の眠りに就くそのときまでたとえ傷つくとも力ふり絞りて我は歩み続けんあの星の許へ ----------------------------------------Koshiro Matsumoto as Don Quixote--------------------------------------------------------------------------------アンコール-----------------(F.) an encore; a curtain call.・~を求める call for an encore; encore (a person, a person's song).・~に応じる receive an encore.------------------------------------みなさまカーテンコールです!!!------------------------------------"CATS"---- "MOMORY"--------------------------------"Cats"-------------------------------- Memory by (Andrew Lloyd Webber)--------------------------------♪~♪~♪MidnightNot a sound from the pavementHas the moon lost her memoryShe is smiling aloneIn the lamp lightThe withered leaves collect at my feetAnd the wind begins to moanMemoryAll alone in the moonlightI can smile like the old daysI was beautiful, then I rememberThe time I knew what happiness wasLet the memory live againEvery street lamp seems to beatA fatalistic warningSomeone mutters and the street lamp guttersAnd soon it will be morningDaylightI must wait for the sun riseI must think for the new lifeAnd I mustn't give inWhen the dawn comesTonight will be a memory tooAnd the new day will beginBurnt out ends of smoky daysThe stale cold smell of morningA street lamp diesAnother night is overAnother day is dawningTouch me !It's so easy to leave meAll alone with my memoryOf my days in the sunIf you touch meYou'll understand what happiness isLook, a new day has began------------------------------------------------------------------------------ "Don't touch me" !-------------------you"ll get burnt・・・・
2004年07月23日
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云ふまいと思へど今日の暑さ哉 作者不詳-----------------------------------------負うた子に髪なぶらるゝ暑さ哉 その女 ôta ko ni kami naburaruru atsusa kanaA criança às costasBrincando com meu cabelo —Que calor!"Sono-jo"-----------------------------------------端居して妻子を避くる暑哉 蕪村 hashii shite saishi o sakuru atsusa kanaSaio na varandaPara fugir da mulher e filhos.Que calor!"Buson"-----------------------------------------男ばゥりの中に女の暑さかな 子規 otoko bakari no naka ni onna no atsusa kanaApenas homens,E uma mulher entre eles.Que calor!"Shiki"----------------------------------------雲の峯水なき川を渡りけり 子規 kumo no mine mizu naki kawa o watari keriCúmulos-nimbosAtravessando os céusSobre o rio sem água."Shiki"------------------------------------------------------------------------"夏の思い出"作詞:江間章子 作曲:中田喜直--------------------------------------------------------------------------♪~♪1夏がくれば 思い出すはるかな尾瀬 遠い空霧のなかに うかびくるやさしい影 野の小径(こみち)水芭蕉の花が 咲いている夢見て咲いている 水のほとり石楠花(しゃくなげ)色に たそがれるはるかな尾瀬 遠い空 ♪~♪2夏がくれば 思い出すはるかな尾瀬 野の旅よ花のなかに そよそよとゆれゆれる 浮き島よ水芭蕉の花が 匂っている夢みて匂っている 水のほとりまなこつぶれば なつかしいはるかな尾瀬 遠い空 --------------------------------------------------中田喜直は大正12年(1923)8月1日、東京生まれ。父は『早春賦』の作曲者として知られる中田章。昭和18年(1943)東京音楽学校(現東京芸大)を卒業して作曲家になりました。この曲は、昭和24年(1949)、江間章子の詞に、新進の作曲家だった中田喜直が曲をつけたもので、NHKラジオで放送されました。平成12年(2000)5月9日没。『めだかの学校』『夏の思い出』『ちいさい秋みつけた』『雪の降る街を』など生涯に2000以上の曲を作りました。----------------------------------------------"南方熊楠"(みなかた・くまぐす)1867~1941----------------------------------------------南方熊楠は、慶応3年4月、和歌山城下に生まれました。少年時代は、学校の授業に出ず、植物の採集に山ばかり入っており、数日行方不明になったことから、天狗にさらわれたと噂され、「てんぎゃん」いわゆる「天狗さん」と呼ばれています。また、近所の家で書物を借覧し、漢文で綴られた当時の百科事典「和漢三才図会」百五巻などの写本を作り上げた程、神童ぶりを発揮しました。後に"熊楠"は、十数か国語を使いこなしていますが、既に少年時代にして、その非凡な才能が見られます。和歌山中学校卒業後、上京し、東京大学予備門に入学しましたが、熊楠の学問への欲求が満たされず程なく退学。20才で渡米し、各地を巡り、動植物の実地調査・研究に没頭しました。その後26才でロンドンへ渡り、科学雑誌「ネイチュア」に「東洋の星座」という論文が掲載されたことにより、その名が知られ、大英博物館の嘱託職員に迎えられました。大英博物館では仕事をしつつ、読書と筆写に明け暮れます。その中で作り上げた「ロンドン抜書」は、民俗学や博物学等について、52冊・1万800ページにわたり丁寧に書きつけています。34才で帰国し、3年あまり植物の宝庫である熊野の山々を踏破調査します。37才から田辺に住み続けるようになり、49才で終の栖となる現在の南方熊楠邸に居を構えました。そこに南方植物研究所を設置し、中国建国の父・孫文や民俗学者・柳田国男など世界の諸学者と交流します。そして、博物学・民俗学をはじめとして、あらゆる分野にわたる研究生活を送り、ミナカテルラ・ロンギフィラ(南方の長い糸)という新種の粘菌を発見するなど世界的業績を挙げました。昭和天皇が神島にお越しになった際、百十点余りの粘菌の標本をキャラメルの箱に入れて御進献したことは"熊楠"らしさのあらわれた有名なエピソードです。中央学会から離れて活動していたため、長らく伝説的存在であったこの巨大な思想家・南方"熊楠"は没後50周年を経てようやくその真価が認められつつあります。奇人学者として取り上げられることの多かった"熊楠"が、実は当時の日本にあって最も力強い学問の流れを形成しようとしていたことが、定説として認知されてきています。「日本人の可能性の極限」とまで賞賛された"熊楠"の深遠な精神のなぞ解きは、緒に付いたばかりです。 ------------------------------------------com・mit・ment, com・mit・tal ------------------------------ n. 委任[託]; 約束, 責任; 収容(令状).------------------------------夏 夏 夏 夏 ココナツ〜♪ 愛 愛 愛 愛 アイランド〜♪------------------------------夏はやっぱり暑い!!!昨日は"土用の牛"でございました・ね------------------------------土用の丑------------------------------古代中国の暦法に陰陽五行説というものがあります。五行説はこの世のすべての事象を木、火、土、金、水の五つに分類します。この分類で季節も木=春、火=夏、金=秋、水=冬と、夫々の季節の終わりの約18日間を土用としました。それぞれの土用のはじめの日を土用の入りとしています。各季節それぞれに土用があるのですが、現在ではなぜか夏の土用(立秋前18日)だけが一般に親しまれています土用の丑の日にうなぎを食べるようになったのは、江戸時代に平賀源内が、宣伝用に看板に『土用の丑の日』と書いてから流行したといわれています。ついでに"うなぎ"うなぎの歴史は古く奈良時代から食べられていたようです。 うなぎは太平洋南方の海で孵化し冬から春にかけて海を泳いで日本の川にやってきます。この幼魚(シラスうなぎ)を養殖して食用うなぎとなります天然物は少なくほとんどが養殖で、近年は中国や台湾、韓国からシラスうなぎを輸入しているので、季節に関係なくいつでも出回っています。 一口メモ関東と関西の違いうなぎのさき方は関東は背開きにし関西は腹開きにします焼き方も関西風はさいたうなぎを頭をつけたまま素焼きにして、すぐタレをつけて焼きます関東風は頭を取って白焼きにし蒸してから蒲焼きにします-----------------------------------------ふうっ----Tres tres "chaud"(hot)!!!!!
2004年07月22日
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「椰子(やし)の実」島崎藤村作詞・大中寅二作曲--------------------------♪~♪名も知らぬ 遠き島より流れ寄る 椰子の実一つ故郷(ふるさと)の岸を 離れて汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる枝はなお 影をやなせるわれもまた 渚(なぎさ)を枕孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ実をとりて 胸にあつれば新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)海の日の 沈むを見れば激(たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)いずれの日にか 国に帰らん----------------------------------------------真夜中のカウボーイ"Midnight Cowboy"1969年,アメリカ,113分--------------------------故郷テキサスを後にし、ニューヨークへと向かうジョー。彼はカウボーイスタイルで金持ちの女を引っ掛けて金を稼ごうと考えていた。しかし冷たい群衆の街ニューヨークで彼の計画は思うように進まなかった。そんな彼はある日、バーで足の不自由な小男ラッツォと知り合う。60年代後半の生のアメリカ、二人の名演技、耳に残るテーマ曲、斬新な映像、どれをとっても当時のアメリカ映画の最先端を行くアメリカン・ニュー・シネマの傑作です。-----------------------------------------------監督 ジョン・シュレシンジャー脚本 ウォルド・ソルト撮影 アダム・ホレンダー音楽 ジョン・バリー------------------------------------出演 ダスティン・ホフマン ジョン・ヴォイト ブレンダ・ヴァッカロ シルヴィア・マイルズ ほか-----------------------------------Summary: Stellar Voight & Hoffman;The First (and last) "x" rated Best Picture Oscar winner-----------------------------------MIDNIGHT COWBOY (1969)**** Jon Voight, Dustin Hoffman, Sylvia Miles.First and last "X" rated film to win Best Picture (although an R by today's standards for its rather risque themes of the times) and Oscar winner for director John Schlesinger and Best Screenplay Adaptation by Waldo Salt based on James Leo Herlihy's novelabout would-be Texan cowboy/hustler Joe Buck (Voight in a winningly naive Oscar nominated perf) comes to the big Apple to make his stand as a first-class gigolo ]and meets scuzz bag Ratso Rizzo (memorable Hoffman), a filthy cripple out to scam anyone for a few measly dollars. Gritty, realistic and almost documentary-like in presentation with some wonderful images and a great song by Harry Nilsson "Everybody's Talkin' ". Best line: Ratso (to cabdriver):"I'm walkin' here!" Check for other user comments.I have seen this movie and would like to comment on it------------------------------------------------------------------------------"むかし むかし"詞 久野静夫 作曲者不明 (外国曲)--------------------------------♪~♪遠い遠い昔 夜の浜辺で/若者ただ一人 竪琴を弾いていた/その夜の空は晴れ月は輝き/黄金色の波が瞬いていた/竪琴の響きは遠くの沖へ/静かに静かに流れていった//♪~♪その調べにあわせ 波の中から/夢のような歌が 若者を呼んでいた/その歌に誘われてすべてを忘れ/声を求め沖へ泳ぎだした/夜が明けて砂浜に残る竪琴/その日から若者を誰も見ない------------------------------------------------------------------Have you seen "Mr. SUMMERTIME"???------------------------------------------------------------------"Summer-time"---------------------------------暑い、暑い、暑い、暑い、とにかく、あつい---------------------------------猫踏んじゃった!!!---------------------------------猫踏んじゃった!猫踏んじゃった!猫踏んづけたら死んじゃった♪---------------------------------犬のおまわりさん作詞者 佐藤義美 作曲者 大中 恩---------------------------------1 まいごのまいごの こねこちゃん あなたのお家(うち)は どこですかお家をきいても わからない 名まえをきいても わからないニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャンないてばかりいる こねこちゃん 犬のおまわりさん 困ってしまってワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン2 まいごのまいごの こねこちゃん この子のお家は どこですかからすにきいても わからない すずめにきいても わからないニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャンないてばかりいる こねこちゃん 犬のおまわりさん 困ってしまってワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン ------------------------------------------------------------みんな、暑さに負けるな!!!!!
2004年07月21日
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-------------------------------------マキシミリアノ・ライモンド・コルベ------------------------------------- "コルベ"神父は、第2次世界大戦中、アウシュビッツの収容所にあり人間性の尊厳が失われてゆく環境のなかで、本来、人間がもつべき愛の形をはっきりと示し目に見えるように、表現した人でした。アウシュビッツ収容所では他者に対する思いやり、いたわりなど、人間の通常の感性がほとんど喪失して人間に外側からも内側からも破壊をもたらす場所でした。"コルベ"はカトリックの神父として、かって、日本の長崎にも宣教のために来日しています。かれは、ポーランドにおいて反ナチスとして捕らえられ、1941年5月28日にアウシビッツに送られました。 そのアウシビッツにおいて、ある日、"コルベ"の属していた第14号の棟舎から、1人の囚人が監視の目をくぐって脱走するという事件が起こりました。当時、収容所での慣習では、その棟舎から1人の脱走があった場合、同じ棟舎から10人が地下の一室で餓死刑に処せられていました。これに従い、第14号の棟舎の囚人は、広場に残され拷問された後、餓死刑に処するため10人が選び出されました。その時、1人の囚人が、残される自分の子供と妻の為にと、すすり泣きながら、所長に許しを求めて懇願しました。これをみていた"コルベ"は、彼等が餓死刑場に引かれていこうとしていた、その時、自ら進んで、所長に近づいて行き、自分が"その人"の身代わりになりたいと申し出ました。所長は"コルベ"の申し出を認めました。"コルベ"は身代わりとなり餓死刑を受ける他の仲間と地下室に閉じこめられました。一人、また、一人と死んでゆくなか、コルベはカトリックの司祭として、これらの人々の魂を看取り、彼等の霊魂が天国へゆくよう精神的に導きました。"コルベ"は最後まで生きのび、嘆き声を、一言も漏らさず、終始、穏やかな目で看守と接していたとのことです。餓死刑3週間目の8月14日に、"コルベ"を含め4人が生き残っていました。しかし死刑執行の都合から、かれらに死を早める毒薬の注射がうたれました。"コルベ"の最後を見た人の話では、その顔は、目をあけ、穏やかで美しく輝いた顔であったということです。----------------------------------------------"コルベ"が身代わりになった男は、生き延びて100歳近くまで生を全うしたとのことです。--------------------------------------------------------------------------------------------「長恨歌」 by"白易居"----------------------------------------------"白居易"は中唐の詩人、字(あざな)は白楽天で、日本ではこの名前でよく知られています。菅原道真は"白居易"の忠実な祖述者であり紫式部や清少納言は彼の詩の愛読者でした。彼の詩の中でも「長恨歌」は、古来多くの日本人に最も愛されてきました。それは、8世紀の偉大な唐の玄宗皇帝とその愛人楊貴妃の悲劇的な恋物語で、漢詩の中でもストーリーを持った珍らしい作品です。----------------------------------全編120行の長編です。-----------------------------------漢皇重色思傾国 御宇多年求不得 ------------------------------------漢皇(かんおう)色を重んじて傾国を思う御宇(ぎょう)多年 求むれども 得ず------------------------------------玄宗皇帝は美しい美人を重視し、政治を忘れてしまうような美人はいないかと長年探し求めていたが、なかなか見つからなかった。楊家の一人娘はやっと大人になったばかり、家の奥で育てられ誰もその存在を知らなかったが、その美しさは天がわざわざ造ったのかと思うほどの麗しさでした。かくて、この娘はある日選ばれて皇帝のそばに出て拝謁することになった。------------------------------------廻眸一笑百媚生 六宮粉黛無顔色------------------------------------眸(ひとみ)を廻らして一笑すれば百の媚めかしさ生まれ六宮(りくきゅう)の粉黛(ふんたい)顔色無し---------------------------------------春宵苦短日高起従此君王不早朝---------------------------------------春の宵(よ)は短きに苦しみ日高くして起く此れより 君王早く朝(まつりごと)をせず---------------------------------------遂令天下父母心不重生男重生女---------------------------------遂(つい)に 天下の父母の心を令(し)て男を生むことを重んぜず 女を生むことを重んぜしむ---------------------------------漁陽鞁鼓動地来驚破霓裳羽衣曲----------------------------------漁陽の鞁鼓(へいこ)地を動かして来たり驚かし破る 霓裳(ぎょうしょう)羽衣(うい)の曲----------------------------------六軍不發無奈何宛轉蛾眉馬前死-----------------------------------六軍発せず 奈何(いかん)ともするなく宛轉(えんてん)たる蛾眉(がび)馬前に死す-----------------------------------宮殿に反乱軍が突入し、皇帝は楊貴妃を始めとする身内と僅かばかりの側近を連れ、成都へ向けて脱出したが、百里ばかり進んだ馬嵬驛で部下の兵士が反乱を起こし、楊貴妃の命を求めた。かくて美しい楊貴妃(宛轉蛾眉)は皇帝の馬前に練り絹で自ら首をくくり、38歳でこの世を去った。-----------------------------------行宮見月傷心色夜雨聞鈴腸斷聲-----------------------------------行宮(あんぐう)に月を見ては傷心の色夜雨に鈴を聞けば腸断の声-------------------------------------天旋地轉廻龍馭到此躊躇不能去-------------------------------------天は旋(めぐ)り地は転じて龍馭を廻(かえ)す此(ここ)に到りて躊躇し去ること能(あたわ)ず---------------------------------------君臣相顧盡沾衣東望都門信馬歸---------------------------------------君と臣と相(あい)顧みてことごとく衣を沾(うるお)し東に都門を望み 馬に信(まかせ)て帰る-----------------------------------------歸來池苑皆依舊太液芙蓉未央柳------------------------------------------帰り来たれば 池苑(ちえん)皆旧に依る太液(たいえき)の芙蓉も未央(びおう)の柳も-------------------------------------------芙蓉如面柳如眉對此如何不涙垂-------------------------------------------芙蓉は面(かお)の如く柳は眉の如し此に対して 如何ぞ 涙垂れざらん-------------------------------------------爲感君主展轉思遂教方士慇懃覓-------------------------------------------君主が展轉(てんてん)の思いに感ずるために遂に方士を教(し)て慇懃(いんぎん)に覓(もと)めしむ-------------------------------------------忽聞海上有仙山山在虚無縹緲間--------------------------------------------忽ち聞く 海上 仙山有り山は虚無 縹緲(ひょうびょう)の間に在りと-------------------------------------------聞道漢家天子使九華帳裏夢魂驚--------------------------------------------漢家の天子の使いと道(い)うを聞き九華の帳(とばり)の裏(なか)に夢魂驚く----------------------------------------含情凝睇謝君王一別音容兩渺茫-----------------------------------------情を含み 睇(ひとみ)を凝らして 君王に謝す一別して音容 兩(ふたつ)ながら 渺茫-----------------------------------------唯将舊物表深情鈿合金釵寄将去-----------------------------------------ただ 旧物を将(も)って深情を表(あらわ)す鈿合(でんごう)金釵(きんさ)寄せ将(も)て去かしむ------------------------------------------但教心似金鈿堅天上人間會相見------------------------------------------但(ただ)心を教(し)て 金鈿の堅きに似しむれば天上 人間 会(かなら)ず 相見ん------------------------------------------臨別殷勤重寄詞詞中在誓兩心知------------------------------------------別れに臨(のぞ)んで殷勤重ねて詞(ことば)を寄す詞の中に誓い在り 兩心(二つのこころ)ぞ知る------------------------------------------七月七日長生殿夜半無人私語時------------------------------------------七月七日 長生殿にありて夜半 人無く 私語の時------------------------------------------在天願作比翼鳥在地願爲連理枝------------------------------------------天に在りては 願わくば 比翼の鳥と作(な)り地に在りては 願わくば 連理の枝と為(な)らんことを------------------------------------------別れ際に楊貴妃は、更に言葉を重ねて陛下に伝えてほしいといった。「二人だけが知っている誓いの言葉があります。それは、七月七日の夜半、長生殿であたりに誰もいないとき、二人が交わした愛の秘め言。私たちが天界へ召されたら、羽が繋がった二匹の鳥になりましょう。また天界から地上へ戻されたら、枝がくっついた二本の木になりましょう。私たちは、今も、次の世も、その次の世も、夫婦であろうとお誓いしました。」-------------------------------------------天長地久有時盡此恨綿綿無盡期--------------------------------------------天は長く 地は久しくとも 尽きる時有りこの恨み 綿々として 尽きる時無し----------------------------------------------------------------------------------白居易は此の恋物語を閉じるに当たって、自分の感慨を添える。「天は長く地は久しく存在するとしても、やがては天地ともに滅び尽きることが有るだろう。だがこの恋の恨み、愛の裏にある別れの恨みは、天地が滅びようとも綿々として尽きることは無いだろう」 と。------------------------------------------------------------------------------------------------"観自在" ----------------------------「般若心経」の始めにある観自在菩薩、アヴァローキテーシュヴァラ菩薩、この菩薩は古くから観世音菩薩として知られていました。 観音経には「善男子、もし無量百千万億の衆生あって、もろもろの苦悩を受けんに、この観世音菩薩の名を聞いて一心に名を称せば、観世音菩薩、即座にその音声を観じて、皆解脱することを得せしめん」という名句があります。「アヴァローキタ」は「観られた」という受け身の形ですが、インド語では観られることは、観ることでもあります。 観自在菩薩は、世間の多くの人々から観られつつ、多くの人々を観、そして救う働きが自在であるといわれています。--------------------------------------イギリスの探検家スタインが敦煌の石室から出てきた教典類を王道士から買い取ったのは1906年のことでした。 この敦煌出土本の中に"唐梵飜対字音般若波羅密多心経"が、ありました。 玄奘が益州の空恵寺にいた時、インドから来た僧が病気で苦しんでいたのを見てこれを看病しました。このインド僧は玄奘が砂漠を越えてインドに仏教の教典を取りに行く志を抱いていることを知ると、玄奘に般若心経という短いお経を教えてくれました。そして、これを唱えてゆけば、災厄にもあわず、病気にもかからないと言ったといいます。のちに玄奘が中インドのナーランダー寺に行くと、なんと、かの病僧がそこにいるではないか。驚く玄奘にその僧は、私は観世音菩薩である、と告げて姿を消したといいます。 玄奘は、あの遠い遠い、まったく気が遠くなるほど遠い砂漠の道を「ガテー、ガテー、パーラガテー、バーラサンガテー、ボーディ、スヴァーハー」と般若心経を唱えながら進んで行ったのでしょう。 ---------------------------------------------う~ん
2004年07月20日
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----------------------"PETER PAN"より----------------------"I WON'T GROW UP"----------------------♪~♪~♪~♪----------------------ALL:Yes, Peter!PETER PAN:Listen to your teacher. Repeat after me:-----------------------I won't grow up,(I won't grow up)I don't want to go to school.(I don't want to go to school)Just to learn to be a parrot,(Just to learn to be a parrot)And recite a silly rule.(And recite a silly rule)If growing up meansIt would be beneath my dignity to climb a tree,I'll never grow up, never grow up, never grow upNot me!Not I,Not me!Not me!I won't grow up,(I won't grow up)I don't want to wear a tie.(I don't want to wear a tie)And a serious expression(And a serious expression)In the middle of July.(In the middle of July)And if it means I must prepareTo shoulder burdens with a worried air,I'll never grow up, never grow up, never grow upNot me,Not I,Not me!So there!Never gonna be a man,I won't!Like to see somebody tryAnd make me.Anyone who wants to try And make me turn into a man,Catch me if you can.I won't grow up.Not a penny will I pinch.I will never grow a mustache,Or a fraction of an inch.'Cause growing up is awfullerThan all the awful things that ever were.I'll never grow up, never grow up, never grow up,No sir,Not I,Not me,So there!I won't grow up!(I won't grow up)I will never even try(I will never even try)I will do what Peter tells me(I will do what Peter tells me)And I'll never ask him why(And I'll never ask him why)We won't grow up!(We won't grow up)We will never grow a day (We will never grow a day)And if someone tries to make it(And if someone tries to make it)We will simply run away(We will simply run away)I won't grow up!(I won't grow up)No, I promise that I won't(No, I promise that I won't)I will stay a boy forever(I will stay a boy forever)And be banished if I don't!(And be banished if I don't)And Never Land will always beThe home of beauty and joyAnd nevertyI'll never grow up, never grow up, never grow upNot me!Not me!Not me!Not me!No sir!Not me!------------------------------------------------------「ゴーシュ」という語は、フランス語で、へたな、へまな、ぶきっちょな、といった意味があります。ドラマは、そんな名前のチェロ弾きが、「叱られる」ところから始まり、「ほめられる」ところで終わります。-----------------------------セロ弾きの"ゴーシュ"by miyazawa kenzi-----------------------------"ゴーシュ"は町の活動写真館でセロを弾くかかりでした。けれどもあんまりじょうずでないという評判でした。じょうずでないどころではなくじつはなかまの楽手の中ではいちばんへたでしたから、いつでも楽長にいじめられるのでした。ひるすぎみんなは楽屋にまるくならんでこんどの町の音楽会へ出す第六交響曲の練習をしていました。トランペットはいっしょうけんめい歌っています。クラリネットもボーボーとそれにてつだっています。バイオリンも二いろ風のように鳴っています。ゴーシュも口をりんとむすんで、目をさらのようにして楽譜を見つめながら、もう一心に弾いています。にわかに、ぱたっと楽長が両手を鳴らしました。みんなぴたりと曲をやめてしんとしました。楽長がどなりました。「セロがおくれた。トォテテ テテテイ、ここからやり直し。はいっ。」みんなは今のところの少し前のところからやりなおしました。ゴーシュは顔をまっ赤にして、ひたいにあせを出しながら、やっと今言われたところをとおりました。ほっと安心しながら、つづけてひいていますと、楽長がまた手をぱっとうちました。「セロっ。糸が合わない。こまるなあ。ぼくはきみにドレミファを教えてまでいるひまはないんだがなあ。」みんなはきのどくそうにして、わざとじぶんの譜をのぞきこんだり、じぶんの楽器をはじいてみたりしています。"ゴーシュ"はあわてて糸を直しました。これはじつは"ゴーシュ"もわるいのですが、セロもずいぶんわるいのでした。「今の前の小節から。はいっ。」 みんなはまたはじめました。"ゴーシュ"も口をまげていっしょうけんめいです。そしてこんどはかなりすすみました。いいあんばいだと思っていると、楽長がおどすような形をして、またぱたっと手をうちました。またかと"ゴーシュ"はどきっとしました。が、ありがたいことにはこんどはべつの人でした。"ゴーシュ"はそこで、さっき自分の時みんながしたように、わざとじぶんの譜へ目を近づけて何か考えるふりをしていました。「ではすぐ今のつぎ。はいっ。」 そらと思ってひきだしたかと思うと、いきなり楽長があしをどんとふんで、どなりだしました。「だめだ。まるでなっていない。このへんは曲の心臓なんだ。それがこんながさがさしたことで。しょくん。演奏までもうあと十日しかないんだよ。音楽を専門にやっている僕らが、あの金靴鍛冶だの砂糖屋のでっちなんかのよりあつまりに負けてしまったら、いったいわれわれの面目はどうなるんだ。おいゴーシュ君。きみにはこまるんだがなあ。表情と言うことがまるで出来ていない。おこるもよろこぶも感情というものがさっぱり出ないんだ。それにどうしてもぴたっとほかの楽器と合わないもんなあ。いつでもきみだけ、とけたくつのひもを引きずって、みんなのあとをついて歩くようなんだ。こまるよ、しっかりしてくれないとねえ。光輝あるわが金星音楽団が、きみひとりのためにあくひょうをとるようなことでは、みんなへもまったく気の毒だからな。ではきょうは練習はここまで、やすんで六時かっきりボックスへ入ってくれたまえ。」みんなおじぎをして、それからたばこをくわえてマッチをすったり、どこかへ出ていったりしました。------------------------------中略------------------------------"con・cert"-----------------------------それから六日めのばんでした。金星音楽団の人たちは、町の公会堂のホールのうらにあるひかえ室へ、みんなぱっと顔をほてらして、めいめい楽器をもって、ぞろぞろホールの舞台からひきあげてきました。しゅびよく第六交響曲をしあげたのです。ホールでは、はく手の音がまだあらしのように鳴っております。楽長はポケットへ手をつっこんで、はく手なんかどうでもいいというように、のそのそみんなの間を歩きまわっていましたが、じつはどうして、うれしさでいっぱいなのでした。みんなはたばこをくわえてマッチをすったり、楽器をケースへ入れたりしました。ホールはまだパチパチ手が鳴っています。それどころではなく、いよいよ手がつけられないような音になりました。大きな白いリボンをむねにつけて、司会者がはいってきました。「アンコールをやっていますが、なにかみじかいものでも聞かせてくださいませんか。」すると楽長がきっとなってこたえました。「いけませんな。こういう大物のあとへなにを出したって、こっちの気のすむようにはいくもんでないんです。」「では楽長さん、出てちょっとあいさつしてください。」「だめだ。おい、ゴーシュ君、なにか出てひいてやってくれ。」「わたしがですか。」"ゴーシュ"はあっけにとられました。「きみだ、きみだ。」バイオリンの一ばんの人がいきなり顔をあげていいました。「さあ出ていきたまえ。」楽長がいいました。みんなも、セロをむりに"ゴーシュ"に持たせて扉をあけると、いきなり舞台へ"ゴーシュ"をおし出してしまいました。"ゴーシュ"がそのあなのあいたセロをもって、じつにこまってしまって舞台へ出ると、みんなはそらみろというように、いっそうひどく手をたたきました。わあとさけんだものもあるようでした。「どこまで人をばかにするんだ。よしみていろ。『インドのとらがり』をひいてやるから。」 "ゴーシュ"はすっかりおちついて舞台のまん中へ出ました。それから、あのねこの来たときのように、まるでおこったぞうのようないきおいでとらがりをひきました。ところがちょうしゅうはしいんとなって、いっしょうけんめい聞いています。"ゴーシュ"はどんどんひきました。ねこが切ながってぱちばち火花を出したところもすぎました。扉へからだをなんべんもぶっつけたところもすぎました。曲か終わると、"ゴーシュ"はもうみんなのほうなどは見もせず、ちょうどそのねこのようにすばやくセロをもって楽屋へにげこみました。すると楽屋では楽長はじめなかまが、みんな火事にでもあったあとのように、目をじっとしてひっそりとすわりこんでいます。"ゴーシュ"はやぶれかぶれだと思って、みんなの間をさっさと歩いていつて、向こうの長いすへどっかりとからだをおろして足を組んですわりました。すると、みんなが一ぺんに頭をこっちへ向けて"ゴーシュ"を見ましたが、やはりまじめで、ベつにわらっているようでもありませんでした。「今夜はへんなばんだなあ。」"ゴーシュ"は思いました。ところが楽長は立っていいました。「ゴーシユ君、よかったぞお。あんな曲だけれども、ここではみんなかなり本気になって間いてたぞ。一週間か十日の間にずいぶんしあげたなあ。十日前とくらべたら、まるで赤んぼうと兵隊だ。やろうと思えばいつでもやれたんじゃないか、きみ。」なかまもみんな立ってきて、「よかったぜ。」と"ゴーシュ"にいいました。「いや、からだがじょうぶだからこんなこともできるよ。ふつうの人なら死んでしまうからな。」楽長が向こうでいっていました。そのばんおそく、"ゴーシュ"はじぶんのうちへ帰ってきました。そしてまた水をがぶがぶのみました。それからまどをあけて、いつかかっこうのとんでいった遠くの空をながめながら、「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれはおこったんじゃなかったんだ。」といいました。--------------------------------------------------------------------------------"サラサーテ"(1844-1908)-------------------------------------------------------「ツィゴイネルワイゼン(Zigeunerweisen,ジプシーの歌)」で有名な作曲家です。ヴァイオリン奏者のサラサーテ(Pablo de Sarasate)は1844年3月10日、スペインのパンプローナ(Pamplona)に生まれました。この町はヘミングウェイのゆかりの町でもあります。8歳で初めの公演をし、10歳の時にはイザベル女王の御前で演奏をしてストラディヴァリウスの名器を与えられました。その後パリのコンセルヴァトワールに学び、1859年から世界各地を回る演奏旅行を行いました。ヨーロッパ各地はもちろん、ロシア、南北アメリカにまで足を伸ばしています。たくさんの作曲家が彼に曲を提供していますが、彼自身の作品としては、あの"ツィゴイネルワイゼン"が余りにも有名です。題名の通りジプシー風の曲にハンガリーの舞曲の要素などを加えて作られています。彼自身による録音も残されています。1908年に亡くなりました。--------------------------------------------------------------------I won't grow up!!!----------------------------------Could you-----????
2004年07月19日
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---------------"イギリス海岸" by 宮沢賢治----------------------------夏休みの十五日の農場実習の間に、私どもが"イギリス海岸"とあだ名をつけて、二日か三日ごと、仕事が一きりつくたびに、よく遊びに行った処がありました。それは本とうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上川の西岸でした。東の仙人峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横截って来る冷たい猿ヶ石川の、北上川への落合から、少し下流の西岸でした。"イギリス海岸"には、青白い凝灰質の泥岩が、川に沿ってずいぶん広く露出し、その南のはじに立ちますと、北のはずれに居る人は、小指の先よりもっと小さく見えました。-----------------------------中略-----------------------------「ああ、いいな。」私どもは一度に叫びました。誰だって夏海岸へ遊びに行きたいと思わない人があるでしょうか。殊にも行けたら、そしてさらわれて紡績工場などへ売られてあんまりひどい目にあわないなら、フランスかイギリスか、そう云う遠い所へ行きたいと誰も思うのです。私たちは忙しく靴やずぼんを脱ぎ、その冷たい少し濁った水へ次から次と飛び込みました。全くその水の濁りようと来たら素敵に高尚なもんでした。その水へ半分顔を侵して泳ぎながら横目で海岸の方を見ますと、泥岩の向うのはずれは高い草の崖になって木もゆれ雲もまっ白に光りました。それから私たちは泥岩の出張った処に取りついてだんだん上りました。一人の生徒はスイミングワルツの口笛を吹きました。私たちのなかでは、ほんとうのオーケストラを、見たものも聴いたことのあるものも少なかったのですから、もちろんそれは町の洋品屋の蓄音器から来たのですけれども、恰度そのように冷たい水は流れたのです。---------------------------- 中略----------------------------「ああ、騎兵だ、騎兵だ。」誰かが南を向いて叫びました。下流のまっ青な水の上に、朝日橋がくっきり黒く一列浮び、そのらんかんの間を白い上着を着た騎兵たちがぞろっと並んで行きました。馬の足なみがかげろうのようにちらちらちらちら光りました。それは一中隊ぐらいで、鉄橋の上を行く汽車よりはもっとゆるく、小学校の遠足の列よりはも少し早く、たぶんは中隊長らしい人を先頭にだんだん橋を渡って行きました。「どごさ行ぐのだべ。」「水馬演習でしょう。白い上着を着ているし、きっと裸馬だろう。」「こっちさ来るどいいな。」「来るよ、きっと。大てい向う岸のあの草の中から出て来ます。兵隊だって誰だって気持ちのいい所へは来たいんだ。」 騎兵はだんだん橋を渡り、最后の一人がぽろっと光って、それからみんな見えなくなりました。と思うと、またこっちの袂から一人がだくでかけて行きました。私たちはだまってそれを見送りました。---------------------------- 中略----------------------------「お暑うござんす。」私が挨拶しましたらその人は少しきまり悪そうに笑って、「なあに、おうちの生徒さんぐらい大きな方ならあぶないこともないのですが一寸来て見た所です。」と云うのでした。なるほど私たちの中でたしかに泳げるものはほんとうに少かったのです。もちろん何かの張合で誰かが溺れそうになったとき間違いなくそれを救えるという位のものは一人もありませんでした。だんだん談して見ると、この人はずいぶんよく私たちを考えていて呉れたのです。救助区域はずうっと下流の筏のところなのですが、私たちがこの気もちよい"イギリス海岸"に来るのを止めるわけにも行かず、時々別の用のあるふりをして来て見ていて呉れたのです。もっと談しているうちに私はすっかりきまり悪くなってしまいました。なぜなら誰でも自分だけは賢こく、人のしていることは馬鹿げて見えるものですが、その日その"イギリス海岸"で、私はつくづくそんな考のいけないことを感じました。からだを刺されるようにさえ思いました。はだかになって、生徒といっしょに白い岩の上に立っていましたが、まるで太陽の白い光に責められるように思いました。全くこの人は、救助区域があんまり下流の方で、とてもこの"イギリス海岸"まで手が及ばず、それにも係わらず私たちをはじめみんなこっちへも来るし、殊に小さな子供らまでが、何べん叱られてもあのあぶない瀬の処に行っていて、この人の形を遠くから見ると、遁げてどての蔭や沢のはんのきのうしろにかくれるものですから、この人は町へ行って、もう一人、人を雇うかそうでなかったら救助の浮標を浮べて貰いたいと話しているというのです。(中略)実は私はその日までもし溺れる生徒ができたら、こっちはとても助けることもできないし、ただ飛び込んで行って一諸に溺れてやろう、死ぬことの向う側まで一諸について行ってやろうと思っていただけでした。全く私たちにはその"イギリス海岸"の夏の一刻がそんなにまで楽しかったのです。そして私は、それが悪いことだとは決して思いませんでした。さてその人と私らは別れましたけれども、今度はもう要心して、あの十間ばかりの湾の中でしか泳ぎませんでした。その時、海岸のいちばん北のはじまで溯って行った一人が、まっすぐに私たちの方へ走って戻って来ました。「先生、岩に何かの足痕あらんす。」----------------------------(中略)----------------------------救助係に私は今日は少しのお礼をしようと思ってその支度もして来たのでしたがその人はいつもの処に見えませんでした。私たちはまっすぐにその"イギリス海岸"を昨日の処に行きました。それからていねいにあのあやしい化石を堀りはじめました。気がついて見ると、みんなは大抵ポケットに除草鎌を持って来ているのでした。岩が大へん柔らかでしたから大丈夫それで削れる見当がついていたのでした。もうあちこちで堀り出されました。その上流の方から、南の"イギリス海岸"のまん中で、みんなの一生けん命堀り取っているのを見ますと、こんどはそこは英国でなく、イタリヤのポムペイの火山灰の中のように思われるのでした。殊に四五人の女たちが、けばけばしい色の着物を着て、向うを歩いていましたし、おまけに雲がだんだんうすくなって日がまっ白に照って来たからでした。いつか校長も黄いろの実習服を着て来ていました。そして足あとはもう四つまで完全にとられたのです。私たちはそれを汀(みぎわ)まで待って行って洗いそれからそっと新聞紙に包みました。大きなのは三貫目もあったでしょう。堀り取るのが済んであの荒い瀬の処から飛び込んで行くものもありました。けれども私はその溺れることを心配しませんでした。なぜなら生徒より前に、もう校長が飛び込んでいてごくゆっくり泳いで行くのでしたから。(中略)しばらくたって私たちはみんなでそれを持って学校へ帰りました。そしてさっきも申しましたようにこれは昨日のことです。今日は実習の九日目です。朝から雨が降っていますので外の仕事はできません。うちの中で図を引いたりして遊ぼうと思うのです。これから私たちにはまだ麦こなしの仕事が残っています。天気が悪くてよく乾かないで困ります。麦こなしは芒がえらえらからだに入って大へんつらい仕事です。百姓の仕事の中ではいちばんいやだとみんなが云います。この辺ではこの仕事を夏の病気とさえ云います。けれども全くそんな風に考えてはすみません。私たちはどうにかしてできるだけ面白くそれをやろうと思うのです。--------------------------------------------------------------------------「青年は荒野をめざす」五木寛之作詞・加藤和彦作曲------------------------------------------------------------------♪~♪1.ひとりで行くんだ 幸せに背を向けて さらば恋人よ なつかしい歌よ友よ いま Hum.Hum. 青春の 河を越え 青年は 青年は荒野をめざす2.もうすぐ夜明けだ 出発の時がきた さらばふるさと 想い出の山よ河よ いま Hum.Hum. 朝焼けの 丘を越え 青年は 青年は荒野をめざす3.みんなで行くんだ 苦しみを分けあって さらば春の日よ ちっぽけな夢よ明日よ いま Hum.Hum. 夕焼けの 谷を越え 青年は 青年は荒野をめざす4.ひとりで行くんだ 幸せに背を向けて さらば恋人よ なつかしい歌よ友よ いま Hum.Hum. 青春の 河を越え 青年は 青年は荒野をめざす------------------------------------------------------------------------------最後に------------------------------------------------------"pro"【聖】(the ~) 約束の地; (the ~) 天国; (the p- l-) 希望の地.---------------------Land of Promise, Promised Land ---------------------Hebrews 11:8-19(ヘブライ人への手紙11章8~19節)*******************************************************8 It was by faith that Abraham obeyed when God called him to leave home and go to another land that God would give him as his inheritance. He went without knowing where he was going.9 And even when he reached the land God promised him, he lived there by faith--for he was like a foreigner, living in a tent. And so did Isaac and Jacob, to whom God gave the same promise.10 Abraham did this because he was confidently looking forward to a city with eternal foundations, a city designed and built by God.11 It was by faith that Sarah together with Abraham was able to have a child, even though they were too old and Sarah was barren. Abraham believed that God would keep his promise.12 And so a whole nation came from this one man, Abraham, who was too old to have any children--a nation with so many people that, like the stars of the sky and the sand on the seashore, there is no way to count them.13All these faithful ones died without receiving what God had promised them, but they saw it all from a distance and welcomed the promises of God. They agreed that they were no more than foreigners and nomads here on earth.14 And obviously people who talk like that are looking forward to a country they can call their own.15 If they had meant the country they came from, they would have found a way to go back.16 But they were looking for a better place, a heavenly homeland. That is why God is not ashamed to be called their God, for he has prepared a heavenly city for them.17 It was by faith that Abraham offered Isaac as asacrifice when God was testing him. Abraham, who had received God's promises, was ready to sacrifice his only son, Isaac,18 though God had promised him, "Isaac is the son through whom your descendants will be counted."19 Abraham assumed that if Isaac died, God was able to bring him back to life again. And in a sense, Abraham did receive his son back from the dead.======================================================con・san・guin・e・ous a.血族[同族]の...con・san・guin・i・ty n.⇒consan...con・science n.良心 (a b...conscience clause 【法】良心条項 ((拘束...conscience money (脱税者などの)償いの納...conscience-strick・en, conscience-smit・ten a.気がとがめてい...con・sci・en・tious a.慎重な; 良心...con・scious a.意識[自覚]の...con・scious・ly ad.意識的に, ...---------------------------------ふぅっ---------------------------
2004年07月18日
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-----------------------------------"故郷を離るる歌"ドイツ民謡(Der letzte Abend) 日本語詞:吉丸一昌-----------------------------------♪~♪園(その)の小百合 撫子(なでしこ) 垣根の千草今日は汝(なれ)をながむる 最終(おわり)の日なりおもえば涙 膝をひたす さらば故郷(ふるさと)さらば故郷 さらば故郷 故郷さらばさらば故郷 さらば故郷 故郷さらば♪~♪♪~♪つくし摘みし岡辺(おかべ)よ 社(やしろ)の森よ小鮒(こぶな)釣りし小川よ 柳の土手よ別るるわれを 憐(あわ)れと見よ さらば故郷さらば故郷 さらば故郷 故郷さらばさらば故郷 さらば故郷 故郷さらば ♪~♪♪~♪♪~♪此処(ここ)に立ちて さらばと 別れを告げん山の蔭の故郷 静かに眠れ夕日は落ちて たそがれたり さらば故郷さらば故郷 さらば故郷 故郷さらばさらば故郷 さらば故郷 故郷さらば --------------------------------------------------------------------------------------------------------------1 Wenn ich an den letzten Abend gedenk, Als ich Abschied von dir nahm ! Wenn ich an den letzten Abend gedenk, Als ich Abschied von dir nahm ! Ach, der Mond, der schien so hell, Ich mußt scheiden von dir, Doch mein Herz bleibt stets bei dir,(※) Nun ade, ade, ade, Nun ade, ade, ade, Feinsliebchen lebe wohl ! Nun ade, ade, ade, Nun ade, ade, ade, Feinsliebchen lebe wohl ! 2 Meine Mutter hat gesagt, Ich sollt 'ne Reiche nehm'n, Die da hat viel Silber und Gold. Meine Mutter hat gesagt, Ich sollt 'ne Reiche nehm'n Die da hat viel Silber und Gold. Doch viel lieber will ich mich In die Armut begeb'n, Als dich, mein Schatz, verlassen.(※繰り返し)3 Großer Reichtum bringt uns keine Ehr, Große Armut keine Schand. Großer Reichtum bringt uns keine Ehr, Große Armut keine Schand. Ei, so wollt ich, daß ich Tausend Taler reicher wär Und hätt' dich an meiner Hand.(※繰り返し)4 Ich gedenke noch einmal reich zu werd'n, Aber nicht an Geld und Gut. Ich gedenke noch einmal reich zu werd'n, Aber nicht an Geld und Gut. Wollte Gott mir nur schenken Das ewige Leb'n, Ei, so bin ich reich genug.(※繰り返し) 5 Das ewige Leb'n, viel Glück und Seg'n Wünsch ich dir viel tausendmal ! Das ewige Leb'n, viel Glück und Seg'n Wünsch ich dir viel tausendmal ! Und du bist mein Schatz Und du bleibst mein Schatz, Bis in das kühle Grab.(※繰り返し)--------------------------------------------------------------------------------------------------------------原詞は"Walze"(ヴァルツェ)(遍歴修業)に出かける情景を歌ったものです。「おっかさんは金持ちになってくるんだよといったけんど、おらは、おめえと別れるぐれえなら、貧乏になったほうがずっとええだ」(2番)といったふうに恋人との別れを惜しむ内容になっています。日本語詞も、遊学か修業に出かける情景を歌っていますが、別れを惜しむのは故郷の自然で、恋人は出てきません。-------------------------------------------------------"a・lert" a., n. 油断のない; 敏活な; 警戒警報; 警報発令期間;【コンピュータ】アラート, 警告. on the (high) alert 警戒して; 待機して. vt. (非常)警戒させる; 警報を出す.alert box【コンピュータ】(画面上の)アラートボックス, 警告ボックス. a・lert・ly ━━ ad. 油断なく; 機敏に. a・lert・ness ━━ n. 油断のなさ; 素早さ.--------------------------------------------------------------------------------------白鳥は悲しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ ----------------------------------by "若山牧水"----------------------------------How sad and lonely a white bird looks!It is floating on the sea without beingdyed with the blue of the sky or of the ocean.--------------------------------------------------------------------------------------"白い鳥" by 宮沢賢治 ------------------------------------------- 《みんなサラーブレッドだ あゝいふ馬 誰行っても押へるにいがべが》 《よっぽどなれたひとでないと》古風なくらかけやまのしたおきなぐさの冠毛がそよぎ鮮かな青い樺の木のしたに何匹かあつまる茶いろの馬じつにすてきに光ってゐる(日本繪巻のそらの群青や 天末のturquois〔ターコイス〕はめづらしくないが あんな大きな心相の 光の環〔くわん〕は風景の中にすくなくない)二疋の大きな白い鳥が鋭く悲しく啼きかはしながらしめった朝の日光を飛んでゐるそれはわたくしのいもうとだ死んだわたくしのいもうとだ兄が来たのであんなにかなしく啼いてゐる(それは一応はまちがひだけれども まったくまちがひとは言はれない)あんなにかなしく啼きながら朝のひかりをとんでゐる(あさの日光ではなくて 熟してつかれたひるすぎらしい)けれどもそれは夜どほしあるいてきたためのvague〔バーグ〕な銀の錯覚なのでちゃんと今朝あのひしげて融けた金の液体が青い夢の北上山地からのぼったのをわたくしは見たどうしてそれらの鳥は二羽そんなにかなしくきこえるかそれはじぶんにすくふちからをうしなったときわたくしのいもうとをもうしなったそのかなしみによるのだが (ゆうべは柏ばやあしの月あかりのなか けさはすずらんの花のむらがりのなかで なんべんわたくしはその名を呼び また誰ともわからない聲が 人のない野原のはてからこたへてきて わたくしを嘲笑したことか)そのかなしみによるのだがまだほんたうにあの聲もかなしいのだいま鳥は二羽、かゞやいて白くひるがへりむかふの湿地、青い芦のなかに降りる降りやうとしてまたのぼる(日本武尊の新しい御陵の前に おきさきたちがうちふして嘆き そこからたまたま千鳥が飛べば それを尊のみたまとおもひ 芦に足をも傷つけながら 海辺をしたって行かれたのだ)清原がわらって立ってゐる (日に灼けて光ってゐるほんたうの農村のこどもその菩薩ふうのあたまの容〔かたち〕はガンダーラから来た水が光る きれいな銀の水だ)《さああすこに水があるよ 口をすゝいでさっぱりしてから往かう こんなにきれいな野はらだから》------------------------------------------------------------------------------ ---------------------------------------何処からともなく物売りの声が------------------------------------------------------------------瓜 いらんかね~瓜売りが 瓜売りに来て 瓜売れず売り売り 帰る 瓜売りの声(こへ)------------------------------------------------------------------メルヘンです---------------------------
2004年07月17日
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****アバランシェ"avalanche"**** n., vi. なだれ(落ちる); 地くずれ; 殺到(する); 【物】電子なだれ------------------------"ドナドナ"------------------------ある晴れた 昼下がり市場へ続く道荷馬車がゴトゴト子牛を載せてゆく可愛い子牛 売られてゆくよ悲しそうな瞳で観ているよドナ・ドナ・ドナ・ドーナ子牛を載せてドナ・ドナ・ドナ・ドーナ荷馬車が揺れる------------------------作曲者は、SECUNDA SHOLOM SHOLEMという外国の方です。------------------------"銀河鉄道の夜"(宮沢賢治)より--"たっぷりと"----------------------------------------------------------------------------------中略----------------------------------三、家"ジョバンニ"が勢よく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫いろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆(ひおお)いが下りたままになっていました。「お母(っか)さん。いま帰ったよ。工合悪くなかったの」"ジョバンニ"は靴をぬぎながら云いました。「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼しくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」"ジョバンニ"は玄関を上って行きますと"ジョバンニ"のお母さんがすぐ入口の室に白い巾(きれ)を被って寝(やす)んでいたのでした。"ジョバンニ"は窓をあけました。「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」「来なかったろうかねえ。」-------------------------------------------中略----------------------------------四、ケンタウル祭の夜"ジョバンニ"は、口笛を吹いているようなさびしい口付きで、檜(ひのき)のまっ黒にならんだ町の坂を下りて来たのでした。坂の下に大きな一つの街燈が、青白く立派に光って立っていました。"ジョバンニ"が、どんどん電燈の方へ下りて行きますと、いままでばけもののように、長くぼんやり、うしろへ引いていた"ジョバンニ"の影ぼうしは、だんだん濃く黒くはっきりなって、足をあげたり手を振ったり、"ジョバンニ"の横の方へまわって来るのでした。------------------------------中略------------------------------"ジョバンニ"は、ばっと胸がつめたくなり、そこら中きぃんと鳴るように思いました。「何だい。"ザネリ"。」と"ジョバンニ"は高く叫び返しましたがもう"ザネリ"は向うのひばの植った家の中へはいっていました。「"ザネリ"はどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのだろう。走るときはまるで鼠のようなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのは"ザネリ"がばかなからだ。」"ジョバンニ"は、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまの灯や木の枝で、すっかりきれいに飾られた街を通って行きました。------------------------------------中略------------------------------------それから俄(にわ)かにお母さんの牛乳のことを思いだしてジョバンニはその店をはなれました。そしてきゅうくつな上着の肩を気にしながらそれでもわざと胸を張って大きく手を振って町を通って行きました。空気は澄みきって、まるで水のように通りや店の中を流れましたし、街燈はみなまっ青なもみや楢(なら)の枝で包まれ、電気会社の前の六本のプラタヌスの木などは、中に沢山の豆電燈がついて、ほんとうにそこらは人魚の都のように見えるのでした。子どもらは、みんな新らしい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり、「ケンタウルス、露をふらせ。」と叫んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃したりして、たのしそうに遊んでいるのでした。けれども"ジョバンニ"は、いつかまた深く首を垂れて、そこらのにぎやかさとはまるでちがったことを考えながら、牛乳屋の方へ急ぐのでした。-------------------------------------以下、略------------------------------------------------------------------**************"ブレーメンの音楽隊"---------------------グリム童話のなかの一つです。---------------------としをとって、ご主人に家を追い出された動物たちが、それぞれ自分たちの特長をいかして、協力しながら、どろぼうを退治するという、とてもおもしろいお話です。--------------------- "ブレーメン"のおんがくたい---------------------むかし、とても はたらきものの ロバがいました。まい日、おもいふくろを こなひきごやへ はこんで、いっしょうけんめいはたらいて いました。 けれども、だんだん としをとって、もうしごとが おもうように できなくなって しまいました。「この やくたたず、でていけ」としとった ロバは、ごしゅじんから そう いわれて、おいだされて しまいました。かわいそうな ロバには いくあてなどありません。そこで、かんがえました。「そうだ! ブレーメンに いって、おんがくたいに はいろう」そう おもった ロバは、げんきに あるき はじめました。しばらく あるいて いくと、みちに うずくまっている イヌに であいました。「こんな とこで どうしたんだね」すると、イヌが こたえました。「なあに、おれは としをとって、もう かりが できないように なったのさ。それで、ごしゅじんは、もう おれなんかいらなく なったって わけさ」「わしと いっしょさ。それなら、ブレーメンに いって、おんがくたいに はいらないかい。わしは、ギターを ひくから、おまえさんは たいこを たたけば いいさ」ロバに そういわれて、イヌも ブレーメンに いくことにしました。しばらく いくと、こんどは びしょぬれの ネコに であいました。「おやおや、いったい どうしたんだね」ロバが たずねると、ネコは いいました。「どうしたも こうしたも、うちの おかみさんときたら、としとって ネズミを とれなくなった あたしを、川に なげこむんだよ。 まったく ひどいもんだよ」「かえるところが ないのなら、わしらといっしょに ブレーメンへ いかないかい」そこで、ネコも いっしょに いくことにしました。三びきが、一けんの のうかのまえを とおりかかると、オンドリが、こえを はりあげて ないています。ろばが たずねました。「おやおや、あさでもないのに いったい どうしたと いうんだい」「わしは、としとって あさはやく おきられなく なってきた。だから、あしたは スープに されるって わけさ」「これが、さいごの 一なきだ。おまえさんたちも よく きいておくれ、コケコッコー!」「なんて、いいこえなんだ。わしたちと いっしょに ブレーメンへ いこうじゃないか。こんな ところで しんでしまうより、ネコさんと いっしょに うたえば、すばらしいおんがくが できるぞ」こうして、オンドリも いっしょに いくことに なりました。ブレーメンへの みちのりは、まだまだ とおいので、そのよるは もりのなかで ねむることに しました。ロバとイヌは、木のしたで、ネコとオンドリは 木のうえで。ところが、木のてっぺんに あがった オンドリは、とおくに いえの あかりを みつけました。「あそこに いえのあかりが あるよ」それを きいた みんなは、あかりを めざして あるきはじめました。やっと、あかりのともるいえへ たどりつくと、一ばん せのたかい ロバが、まどから いえのなかを のぞきこみました。なかでは、どろぼうたちが ごちぞうを たべながら、きんかを わけています。「なにが みえるんだい」イヌがたずねると、ロバは なかのようすを はなしました。「わしたちも、その ごちそうを いただきたいもんだ」オンドリが、そういうと、みんなは、どろぼうを おいだすための そうだんを はじめました。そして、とても いいほうほうをおもいついたのです。ロバが、まどわくに あしをかけます。ロバのせなかに、イヌが のります。イヌのうえに、ネコが よじりのぼります。さいごに、ネコのあたまに、オンドリがとびのります。そして、みんな いっせいに なきました。「いっせーのーでー、ヒンヒン! ワンワン! ニャーゴ! コケコッコー!」そのこえの 大きい ことといったら ありません。それから四ひきは、まどを わって、いえのなかへと とびこみました。どろぼうたちは、ばけものが でたと おもいこみ、いちもくさんに 森へと にげこんで しまいました。それで、四ひきは、ごちそうを おなかいっぱい たべることが できました。おなかが ふくらんで ねむくなった みんなは、じぶんが一ばん きもちよく ねむれるばしょを さがしました。ロバは、にわの わらのうえ。イヌは、との うしろ。ネコは、はいの のこった だんろのそば。オンドリは、やねのうえ。つかれていた みんなは、すぐに ぐっすりと ねむって しまいました。そのころ 森の なかでは・・・・・・。「なにも、あんなに 大さわぎして、とびだして くることは なかったんだ。だれか もう一ど、ようすを みてこい」かしらに そういわれた こぶんは、しかたなく いえのようすを みにいきました。いえは、ひっそりと しずまりかえって、ものおと ひとつしません。そこで どろぼうは、だいどころに はいって、マッチで あかりを つけようと しました。「なんだ、まだ火が のこって いやがる」ひかっている ネコの目を、のこり火と まちがえて、マッチを おしつけたから、さあ たいへんです。おこったネコは うなりごえを あげて どろぼうに とびかかると、するどいつめでかおじゅうを ひっかきました。「たすけてくれ!!」にげだそうと、とぐちに むかった どろぼうに、こんどはイヌが かみつきました。どろぼうは、あわてて にわへ とびだしました。すると、こんどは、わらのうえにねていた ロバが、うしろあしで おもいっきり どろぼうを けとばしました。このさわぎで、目をさました オンドリは、やねのうえで、げんきよく なきました。「コケコッコー!!」このこえに おどろいて、大あわてで おかしらの ところまで たどりついた こぶんは、こういいました。「お、おかしら たいへんです。あのいえには、おそろしいまじょが すんでいますぜ。そいつは、おれのかおを するどい つめで ひっかきやがったんだ。それに とぐちには、おそろしい おとこがいて、ナイフで、おれのあしを さしやがった。それから まだまだありますぜ。にわには かいぶつがいて、そいつが ながいぼうで おれのことを おもいっきりなぐりつけたんだ」「さいごには、やねの うえの さいばんかんが、にげようとする おれに むかって、『どろぼうを ここに つれてこい』なんてさけぶのさ。もう、こりごりだ。かしら、いますぐ、にげましょうや」このはなしを きいた なかまの どろぼうたちは、いそいで 森から にげだしました。そして、二どと そのいえに かえってくることは ありませんでした。四ひきの ブレーメンの おんがくたいは、そのいえが すっかり きにいって、たのしいおんがくを かなでながら いつまでも、なかよく しあわせに くらしました。--------------------------------------------------------------とさ---------------------------------------------------------- おつかれさま----ふぅっ---------
2004年07月16日
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---ちちちちちちちちちちちちち-----------------------------------"僕は泣いちっち"浜口庫之助 作詞/作曲--------------------------------♪~♪僕の恋人 東京へ行っちっち僕の気持ちを 知りながらなんで なんで なんでどうして どうして どうして東京がそんなに いいんだろう僕は泣いちっち 横向いて泣いちっち淋しい夜は いやだよ僕も行こう あの娘の住んでる東京へ♪♪祭りの太鼓が テンテケテンと鳴っちっちみんな浮き浮き 踊るのになんで なんで なんでどうして どうして どうして僕だけションボリ みそっかす涙がほろり ひとり出っちっちお祭りなんか いやだよ僕は思う 遠い東京のことばかり♪上りの急行が シュッシュラシュッと行っちっちいやな噂を ふりまいてせめて せめて せめて遠い 遠い 東京の空に飛んでけ ちぎれ雲汽笛がなっちっち 遠くでなっちっち夜汽車の笛は いやだよ早く行こう あの娘の住んでる東京へ--------------------------------------------------------------------------『白い嵐』/原題:WHITE SQUALL/1996米大型帆船に乗った12人の少年達と教育者が航海中に大嵐に会う悲劇的な物語です。ジェフ・ローナがドラマチックで美しい音楽を聴かせます。-----------------------------------"White Squall"A Film Review by James Berardinelli -------------------------------------------------------White Squall combines male bonding drama, high seas adventure, and coming-of-age stories. For his first film since the disastrously dull 1492: Conquest of Paradise, director Ridley Scott (Blade Runner, Alien, Thelma and Louise) has again turned to the ocean. This time, however, instead of sinking the film with a needlessly meandering plot, he energizes the screen with a movie that gives the audience an involving narrative and characters to care about. Based on the true-life memoirs of Chuck Gieg, White Squall introduces us to 13 high school students who have elected to spend the 1960-61 academic year on the American schoolship Albatross (a windjammer based out of Mystic, Connecticut). The Captain is Christopher Sheldon (Jeff Bridges), a man who preaches two lessons:the importance of unity among the crew and that "the ship beneath [them] is not a toy and sailing's not a game." His wife, Alice (Caroline Goodall), is the ship's doctor and the boys' science teacher. Other adults aboard are a Shakespeare-quoting English teacher (John Savage) and a Cuban cook (Julio Mechoso). The young crew includes Chuck (Tom Cruse look-alike Scott Wolf), an all-American student who wants to break away from his parents' vision of what his future should be;Tod (Balthazar Getty), a tough-as-nails kid who hides a secret; Frank (Jeremy Sisto), who can't escape from under his rich father's thumbnail;and Gill (Ryan Phillipe), a young man with a desperate fear of heights. The trip on the Albatross is their rite of passage. By the end of White Squall, those who have survived are no longer boys, but men. Given the title, it's no secret that the Albatross runs into real trouble. In nautical language, a "white squall" is a sudden, violent, wind-and-lightning storm that can take the sturdiest ship and snap it in two. However, this meteorological catastrophe doesn't make an appearance until the film's last forty-five minutes. Until then, White Squall devotes itself to developing its young characters, their growing admiration for their skipper, and the relationships amongst them. While some of this drama relies on familiar formulas, a capable director like Scott can maintain the audience's attention through a long setup. As is typical of a Scott film, the visuals are marvelous. The scenes of the Albatross as it rises and falls with the swells of the sea are majestic, and the fury of the squall is as terrifying an experience as you're likely to find in an adventure film these days. With the aid of cinematographer Hugh Johnson, Scott composes each of these grand sequences carefully, in order to convey the maximum effect. Jeff Bridges, who is beginning to look more like his father with every passing picture, is in top form, providing a compelling father-figure/mentor. The role isn't exactly unique, but Bridges brings enough personality to Chris Sheldon to create an interesting character. John Savage, who hasn't done a film in a while, is delightful as McCrea. The young actors playing the boys vary from passable to good, with those having key roles doing the better jobs. For nearly two hours, White Squall is a completely involving motion picture, keeping its comic, dramatic, and tragic elements in perfect balance. Unfortunately, the need to end with a Dead Poets' Society-like catharsis brings the conclusion down. Hopelessly corny and needlessly-manipulative, the last scene is bad melodrama. Mercifully, it lasts only a few minutes, and the overriding image left with the viewer as the end credits roll is not of this silliness but of the Albatross riding the seas in the face of a hurricane-force wind. White Squall is a success because the good elements are so well-orchestrated that they dwarf the few obvious flaws. This film offers just about everything, including a twenty-minute white-knuckle sequence and a chance to shed a few tears. In short, it's first-rate entertainment. ------------------------------------------------------------------------嵐"a storm"------------------------------------a storm; a tempest.・~の stormy.・~が起こる[やむ] A storm comes on [calms down].・~にあう be overtaken by a storm.・すごい~になってきた The storm is getting worse.・歓呼の~ a wave of cheers.・喝采(かっさい)の~ a burst of applause.・~の前の静けさ a calm before a storm.------------------------------------------------------------------------待ってました!!!------------------------------------"嵐を呼ぶ男" ------------------------------------作詞/井上 梅次 作曲/大森 盛太郎 編曲/河辺 公一(昭和33年1月リリース)------------------------------------♪~♪俺らはドラマーやくざなドラマー俺らがおこれば嵐を呼ぶぜ喧嘩(けんか)代りにドラムを叩きゃ恋のうさもふっとぶぜ(台詞)この野郎、かゝって来い! 最初はジャブだ…… ホラ右パンチ…… おっと左アッパー…… 畜生、やりやがったな、倍にして返すぜ フックだ、ボディだ、ボディだ、チンだ えゝい面倒だい この辺でノックアウトだい ♪~♪俺らはドラマー やくざなドラマー 俺らがほれたら嵐を呼ぶぜ 女抱きよせドラムを叩きゃ 金はいらねぇオンの字さ(台詞)この野郎、かゝって来い! 最初はジャブだ…… ホラ右パンチ…… おっと左アッパー…… 畜生、やりやがったな、倍にして返すぜ フックだ、ボディだ、ボディだ、チンだ えゝい面倒だい この辺でノックアウトだい ♪~♪俺らはドラマー やくざなドラマー 俺らが叩けば嵐を呼ぶぜ 年がら年中ドラムを叩きゃ 借金取りも逃げて行く----------------------------------------------------------------------"ノックアウトです"--------降参(こうさん)じゃわい----
2004年07月15日
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----------------------------------I Left My Heart In "San Fransisco" (Cory George C. Jr./Cross Douglass)----------------------------The loveliness of Paris Seems somehow sadly gay The glory that was Rome Is of another day I've been terribly alone and forgotten in Manhattan And I'm coming home to my city by the bay ----------------------------♪~♪♪~♪I left my heart in "San Francisco" High on a hill, it calls to me To be where little cable cars Climb halfway to the stars! And the morning fog will chill the air ♪♪~♪My love waits there (my love waits there) in "San Francisco" Above the blue and windy sea When I come home to you, San Francisco, Your golden sun will shine for me!♪♪~♪I left my heart in "San Francisco" High on a hill, it calls to me To be where little cable cars Climb halfway to the stars! And the morning fog will chill the air I don't care My love waits there in "San Francisco" Above the blue and windy sea When I come When I come home to you, "San Francisco", Your golden sun will shine for me! Yeah----------------------------------------------------------------"不思議なピーチパイ"(1980)作詞/安井かずみ 作曲/加藤和彦 歌/竹内まりや------------------------------------------------------♪~♪♪~♪思いがけない、Ah、Good timing現れた人は、Good looking巻きこまれそな今度こそはそれならそれで、I’m ready for loveふりそそぐ陽ざしも、Wow wow wow good timing恋は初めてじゃないけれども恋はその度ちがうわたしを、みせてくれる不思議な、不思議なピーチパイかくしきれない、気分はピーチパイわたしの気持は、七色に溶けていい事ありそな、気分はピーチパイ春のざわめきが、手のひらに舞う街を歩けば、Ah、Good timingときめくハートが、その証拠人生が今キラキラと近づいてくる、I’ve got my feelingあの人のイメージは、Wow wow wow good timing恋は初めてじゃないけれども恋はその度ちがうわたしを、みせてくれる不思議な、不思議なピーチパイ光にゆれる、気分はピーチパイ私の体を、バラ色に染めて恋が始まる、予感はピーチパイ小さな私の、宇宙はまわる光にゆれる、気分はピーチパイ私の体を、バラ色に染めてそして不思議な、気分はピーチパイちょっとまぶしい、大人の世界を------------------------------"pull-out" ;撤退(雑誌などの)折込みページ;【航空】(急降下後の)引き起こし.------------------------------------------------------------"黄鶴楼"唐 by"崔顯"(さいこう) ------------------昔人已乗黄鶴去此地空余黄鶴楼黄鶴一去不復返白雲千載空悠悠晴川歴歴漢陽樹芳草萋萋鸚鵡洲日暮郷関何処是煙波江上使人愁昔人(せきじん)已に黄鶴に乗じて去り此地、空しく余す、黄鶴楼黄鶴一たび去って、復返らず白雲千載、空しく悠悠晴川、歴歴たり、漢陽樹芳草、萋萋たり、鸚鵡(おうむ)洲日暮、郷関、何れの処か是なる煙波、江上、人をして愁へしむ----------------------------------------------------------------昔、仙人が黄色い鶴に乗って飛び去った伝説のある黄鶴楼。その仙人は一度去って二度と帰らぬ仙人。今は晴れ渡った空に白雲が流れ在るのみ。碧湛える河にはくっきりと漢陽の樹林。青々とした若草は鸚鵡(おうむ)洲を被い包む。日暮れに成ると私の故郷はどの辺りで在ろうか。川面に立つ霧に私の心は旅愁に悩まされるばかりである。------------------------------------------------------------------黄鶴楼という楼に伝わる仙人伝説に基づく漢詩です。全体に実に気風溢れる作風を成しています。黄鶴楼に纏わる回顧の叙事詩の中に、幾千年の間に伝えられてきた伝説を挟み、蒼穹の天と悠久不偏の大地を眺望しています。晴れ渡った大河に漢陽の樹を望み、地平の彼方まで青々と生い茂る緑連なる大地。-------------------------------天、地、仁(人)、宇宙の全てです。-------------------------------おまけ"下町の太陽"昭和37年 歌手:賠償千恵子 ♪下町の空に かがやく太陽はよろこびと 悲しみ写す ガラス窓心のいたむ その朝は足音しみる 橋の上あ~あ太陽に 呼びかける♪♪下町の恋を 育てた太陽は縁日に 二人で分けた 丸いあめ口さえ聞けず 別れては祭りの午後の なつかしくあ~あ太陽に 涙ぐむ♪♪♪下町の屋根を 温める太陽は貧しくも 笑顔を消さぬ 母の顔悩みを夢を うちあけて路地にも幸の くるようにあ~あ太陽と 今日もまた ------------------------------------------------Who's your---"下町の太陽"-------
2004年07月14日
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"星降る街角"(1977/by 敏いとうとハッピー&ブルー)♪~♪~♪星の降る夜は貴方と二人であ~あ ああああ踊・ろ・う・よ流れるボサノバ触れ合う指先あー恋の夜いたずら夜風が頬にキスしても二~人は何も言わないで瞳見つめあうあーの街角------------------------------------------------------------------"柴五郎中佐"について1859(安政6).7.27~1945(昭和20).12.13 今から約100年前の1902(明治35)年1月30日、日英 同盟が成立しました。同盟締結を推進したのは、駐日公使マグドナルドでした。マグドナルドは前年夏の賜暇休暇にロンドンに 帰るとソールズベリー首相と何度も会見し、7月15日には日本公使館に林菫公使を訪ねて、日英同盟の構想を述べ、日本側 の意向を打診しました。マグドナルドは翌日も林公使を訪問して、イギリス側の熱意を示しました。それからわずか半年後には異例のスピードで同盟締結の運びとなりました。1985(明治28)年、日清戦争に敗北して、清国が「眠れる 獅子」ではなく「眠れる豚」であることを露呈しました。三国干渉 により日本に遼東半島を返還させると、それをロシアがとりあ げます。同時にドイツは膠州湾と青島、フランスは広州湾をむしりとります。イギリスは日本が日清戦争後にまだ保障占領していた威海衛を受け取り、さらにフランスとの均衡のためと主張して香港島対岸の九龍をとります。こうした情況に民衆の不満は高まり、義和団と称する拳法の 結社があらわれます。呪文を念じて拳を行えば、刀槍によっても 傷つくことはない、と信じます。「扶清滅洋(清国を助け、西洋を 滅ぼせ)」をスローガンとして、外国人やシナ人キリスト教徒を襲うようになります。5月28日、義和団の暴徒が北京南西8キロにある張辛店駅 を襲って、火を放ち、電信設備を破壊しました。北京在住の列強外交団は、清国政府に暴徒鎮圧の要求を出す一方、天津の外港に停泊する列国の軍艦から、混成の海軍陸戦隊400名あまりを北京に呼び寄せます。日本も軍艦愛宕からの25名の将兵が参加しました。6月4日、北京・天津間の鉄道が、義和団によって破壊され ます。すぐに2千の第2次混成部隊が出発しましたが、鉄道の修復に時間 がかかり、いつ北京にたどり着けるか、分からない状態がつづきます。北京の公使館地域は東西約9百メートル、南北約8百メート ルの方形であり、ここに欧米10カ国と日本の公使館がありました。6月7日、各国の公使館付き武官と陸戦隊の指揮官がイギリス公使館に集まり、具体的な防衛計画が話し合われました。日本の代表は、この4月に赴任したばかりの"柴五郎"中佐でした。"柴"は英仏語に堪能で、また地域の詳細な防御計画も持参していました。始めのうちは各国代表の議論を黙って聴いていました。"柴"は会議の流れを掴むと、目立たない形で、自分の計画に合う意見については「セ・シ・ボン(結構ですな)」と賛意を示しました。また防御計画の要については、ちょっとヒントを与えると、 別の列席者がさも自分の発案であるかのように提案する、とい う形で、巧みに議論を誘導して、自分の案に近い結論に持っていきました。6月11日、日本公使館の杉山書記生が惨殺されます。救援部隊が来ないかと北京城外に出て、戻ろうとした所を清国の警備部隊に捕まり、心臓を抉り抜かれ、その心臓は部隊長に献上されました。6月13日、公使館区域に4,5百人の義和団が襲いかかっります。大勢たむろしている清国官兵は、見て見ぬふり。しかし刀や槍を振り回す暴徒は、列国将兵の銃撃に撃退されます。 6月14日、怒った暴徒は、公使館区域に隣接するシナ人キリスト教民の地域を襲いました。凄まじい男たちの怒号と、女子どもの悲鳴が公使館区域まで聞こえてきます。一晩で惨殺された教民は千人を数えました。6月15日、タイムズの特派員G・モリソンはイギリス公使マグドナルドを説き、20名の英兵を率いて5百人余りの教民を救出してきました。しかし、それだけの人数を収容する場所がありません。困ったモリソンが、シナ事情に詳しそうな"柴"中佐に相談すると、"柴"は即座に公使館地域の中央北側にある5千坪もの粛親王府を提案しました。粛親王は開明派で、日本の近代化政策を評価していました。"柴"が事情を話してかけあうと、教民収容を快諾しました。この王府は小高くなっており、ここを奪われれば、公使館地 域全体を見下ろす形で制圧されてしまいます。この事に気づいていた"柴"は教民たちを動員して保塁を築き始めました。欧米人と違って日本人の多くはシナ語を話せたため、彼らは日本兵によくなつき、熱心に協力しました。また30名ほどの義勇兵も出て、日本軍 と共に自衛に立ち上がりました。6月19日、シナ政府から24時間以内に外国人全員の北京 退去を命ずる通牒がありました。抗議に赴いたドイツ大使は清国兵にいきなり銃撃され、即死しました。20日午後からは、地域の警備についていた清国軍が公然と 攻撃を始めました。暴徒とは異なり近代装備を持つ清国軍は大砲まで持ち出して公使館区域を砲撃しました。最初の2日間の戦いで区域の東北端に位置するオーストリー とベルギーの公使館が火を放たれて、焼かれました。西正面と北正面を受け持っていたイギリス兵は、イギリス公使館が西から攻 撃を受けると、そちらに移動します。北正面ががらあきとなり、清国軍が侵入するには絶好の隙間 が生じてしまいました。少数の日本将兵と教民たちが立て籠もる北辺の粛親王府が破られれば、そこから清国軍は区域全体を見下ろし、砲撃することができます。清国軍は激しい攻撃を加えてきました。区域全体の総指揮官に推されたイギリス公使マグドナルドは、粛親王府の守備を固めるために、イタリア、フランス、オーストリー、ドイツの兵に柴中佐の指揮下に入るよう命じました。しかし兵達は土地は広く、建物は迷路のように錯綜する王府を見ると「とてもじゃないが守りきれない」とそれぞれ自国の公使団保護に帰ってしまいました。王府防衛の有様を"柴"中佐の指揮下に留まっていたイギリス人義勇兵の一人B・シンプソンは次のように日記に記ししています。「数十人の義勇兵を補佐として持っただけの小勢の日本軍 は、王府の高い壁の守備にあたっていた。その壁はどこまでも延々とつづき、それを守るには少なくとも5百名の兵 を必要とした。しかし、日本軍は素晴らしい指揮官に恵まれていた。公使館付き武官のリュウトナン・コロネル・シ バ(柴中佐)である。・・・」この小男はいつの間にか混乱を秩序へとまとめていました。彼は部下たちを組織し、さらに大勢の教民たちを召集して、前線を強化していた。実のところ、彼はなすべきことをすべてやっていました。ハリウッド映画の「北京の五十五日」はこの出来事を1963年にニコラス・レイ監督が映画化したものです。この時の"柴"中佐役は伊丹一三氏です。------------------------------------------------------------------------------"シェーン"主題曲"The Call for Far-away Hills"が大ヒットしました。ラストシーンの少年ジョイ=B・D・ワイルドが「シェーン!カム・バック!」と叫ぶシーンは長く語りつがれる感動のシーンです。--------------------------------------------------------------------------流れのガンマンが、開拓農家を救うために凶暴な牛飼いのボスたちと対決・・・これを倒して飄然と旅たってゆく・・・西部劇史上十指に数える事に異論はないであろう傑作です。-------------------------------------風景描写・人物描写共に丹念かつリアルな演出を施した監督のG・スティーヴンス。J・シェーファーの原作を基に、あくまでも子供の視点から物語を構築させ、英雄譚と人情劇を融合させた脚本。ワイオミングの美しい山間風景の中にキャラクターを確実に捉えた撮影。シェーンに扮するA・ラッドは一世一代と言っていい快演を見せ、その早撃ちシーンと相俟って観客に永遠に記憶されるであろう主人公となりました。実は少ない登場シーンながらも強烈なインパクトを残して消えていくJ・パランスの黒づくめのガンマンも印象的でした。 --------------------------------------------あらすじ--------------------------------------------------------------------------------1890年の初夏、ワイオミングの開拓地に一人の男がたどり着いた。男の名はシェーン(アラン・ラッド)。開拓農民のジョー(ヴァン・ヘフリン)の好意で、彼が妻マリアン(ジーン・アーサー)、1人息子ジョーイ(ブランドン・デ・ワイルド)と暮らす家に滞在する。この地では開拓農民と牧畜業者が対立していた。シェーンはすご腕の拳銃使いであることを伏せていたが、牧畜業者ライカーの一味が乱行を繰り返し、さらに名うての殺し屋(ジャック・パランス)を呼び寄せて開拓民の一人が殺されるに及んで、ついに銃を抜く。見事なガンプレイで殺し屋とライカーを倒し、町を後にするシェーンのうしろ姿に、“シェーン、カンバック!”というジョーイの声がこだました。仁義にあつい孤独な流れ者というヒーローを、美しい風景とほのぼのとした心情描写の中に綴った、詩情豊かな西部劇。劇中で流れる「遥かなる山の呼び声」もスタンダード・ナンバーとなりました。--------------------------------------------------------------------"Mon amie""Come back!!!!!"
2004年07月13日
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"Let's Dance"Words and music by David Bowie. ♪Let's dance, put on your red shoes and dance the bluesLet's dance, to the song they're playin' on the radioLet's sway, while colour lights up your faceLet's sway, sway through the crowd to an empty spaceIf you say run, I'll run with youIf you say hide, we'll hideBecause my love for youWould break my heart in twoIf you should fallInto my armsAnd tremble like a flower♪♪Let's dance, for fear your grace should fallLet's dance, for fear tonight is allLet's sway, you could look into my eyesLet's sway, under the moonlight, this serious moonlightIf you say run, I'll run with youIf you say hide, we'll hideBecause my love for youWould break my heart in twoIf you should fallInto my armsAnd tremble like a flower♪♪♪Let's dance, put on your red shoes and dance the bluesLet's dance, to the song they're playin' on the radioLet's sway, you could look into my eyesLet's sway, under the moonlight, this serious moonlight♪~♪~♪------------------------------------------------------------"日蓮"(にちれん)1222~1282(卓応1~弘安5)日蓮宗の開創者。安房国小湊に出生。16歳のころ近傍の清澄寺の道善房について出家します。清澄寺は円仁草創の寺であったから"日蓮"は、はじめ天台僧でした。のち鎌倉に出て修学,さらに天台宗本寺比叡山延暦寺に留学,京畿の諸寺を歴訪したと伝えられます。この間に法華、至上を確信するとともに反浄土教の立場を固めていきます。1253年(建長5)4月28日,すでに清澄寺に帰っていた日蓮"は、同寺の僧に法華、至上と反浄土教を主張して法華信仰の弘通を始めます。日蓮系教団では,この日を「立教開宗」の日としています。しかし,清澄寺や周辺の浄土教信奉者からの反発と迫害のため翌年、清澄寺を退出,鎌倉に出て弘通を行いました。やがて,東国に地震・大雨・大風・飢饉・疫病等の災害が続出します。"日蓮"はこの災害の原因を人びとが法華信仰を棄て法然浄土教を信奉するに至ったことにあるとしました。その対策としては法華信仰への回帰と法然浄土教の僧たちへの布施を禁止することにあるとし,これを『立正安国論』にまとめ,1260年(文応1)北条時頼に提出しきした。時頼に提出したのは,すでに執権の座を降りたとはいえ,時頼が北条氏家督(得宗)として当時の政界最高の有力者であったからです。しかし時頼は"日蓮"の提言を容れませんでした。このころ,"日蓮"は鎌倉法然浄土教の代表者道教房念空らと理論闘争を行います。浄土信奉者と彼らとの間に武力による争いもあり,1261年(弘長1)幕府は日蓮を捕えて伊豆伊東に流謫ました。1263年赦された日蓮は,一時期安房に帰りこの地で再び弘通して,安房東条松原大路において浄土教信奉者に襲撃されます。この時、弟子一人は殺され二人が重傷,日蓮自身も負傷しました。伊豆流罪や安房での襲撃そのほかの受難により"日蓮"は,仏の滅後に法華経を弘める者は迫害弾圧に遭うであろうという法華経におけることば通りの体験をします。これは、仏のことばの正しさを証明するものであり,日蓮の受難によって仏のことばの正しさが証明されたことになるとして,彼は法華経を自身の身体で読みとります。そして〈法華経の行者〉としての自覚を深めていき,いっそう弘通に励んでいきます。1268年(文永3),蒙古の国書が届けられました。国書は,日本の自発的服属か武力による制圧かの二者択一を迫っていました。これに対して,幕府は蒙古との決戦を決意,朝廷は諸社に蒙古撃攘を祈りました。"日蓮"は,『立正安国論』で,事態を放置すれば,経典が指摘する自界叛逆難(内乱)と他国侵逼難(侵略)がおこるであろうと述べています。二者択一を迫る蒙古国書の到来は,他国侵逼難の現実化でした。"日蓮"やその周辺も,これを日蓮の予言的中と受けとめます。襲来の不安にかられる人びとの中から"日蓮"に帰依してその教えを信奉する者も現れ,それまでの日蓮への見方も変わってきます。"日蓮"は幕府要路者に『立正安国論』の趣旨の実現を求めるとともに,流罪・死罪を厭うことなく,いっそうラジカルな弘通を決意しこれを行っていきます。この時期,"日蓮"は法華至上の立場から法華経と釈尊のみを択一して,諸仏・諸宗・諸行を否定する立場に到達します。こうして,"日蓮"の生涯のうち最多数の門弟が創出されていきました。それは非難否定される諸宗の反発を誘発することでした。1271年(文永8)浄土教の念空や然阿良忠,律宗の鎌倉極楽寺良観房忍性らは"日蓮"とその門弟の言動を〈是一非諸=釈迦仏・法華経のみを肯定信奉し,それ以外のすべてを否定する〉ものとして幕府に訴えました。訴状によれば,是一非諸の内容は,念仏は無間地獄に堕ちる行業,禅は天魔の所説,戒律は世間をたぶらかす法であると批判したとあります。"日蓮"に帰依するようになった者は,それまで本尊としてきた阿弥陀仏像や観音菩薩像を焼却投水したと言い,さらに武器を蓄え,凶徒を集めたとしています。この年9月,幕府は,高まる襲来の気配のなかで,九州の防衛体制を固め,そのためにも当地の反社会秩序の行動をとる悪党の禁圧を命じました。"日蓮"は得宗被官平頼綱を指揮者とする一団に捕えられ斬首の危機にさらされるますが,危く免れ佐渡に流謫されます。逮捕の折,"日蓮"は,このような処置は"日本を支える柱"を倒すことで,かえって諸宗を抑圧すべきことを頼綱に警告しました。この弾圧は門弟にも及び,弟子のなかには禁錮・流刑に処された者もありました。在家の信奉者のなかには所領没収・主従関係の破棄に伴ない生活権を剥奪された者もありさらに転向者が続出しました。この弾圧を〈文永八年の法難〉と呼んでいます。佐渡に流された"日蓮"は,翌年、なぜに法華信仰をもつ者がかかる弾圧(受難)に遭うのかという自他の疑問に対して,受難の宗教的意味づけを行うべく『開目抄』を撰述しました。これに先立った北条時輔の乱は自界叛逆難の現実化であり予言の適中でもありました。"日蓮"は,受難によって過去世の罪障を消滅できるとし,かつて警願した日本と日本人のために,それを支える柱,正邪を弁別する眼目,救済の岸に渡す大船たらんことを再確認しました。さらに"日蓮"は,法華信仰の集約的行業として〈南無妙法蓮華経〉と唱えること,唱題を勧めてきました。そして、唱題によって法華経の教主釈尊のもつすべての功徳を譲与されると説きました。唱題の意味づけを行い,法華経こそが末法濁世に生きる人びとを救済の対象としていることなどを『観心本尋抄』にまとめました(1273)。1274年(文永11)流刑赦免。4月,日蓮は平頼綱と会見。蒙古襲来時期の予想とその対策を話し合い,この年襲来のあること,承久の乱の先例を踏まえて真言亡国として,蒙古調伏のため真言密教の人を重用しないよう進言しました。『立正安国論』の提言,1271年(文永8)逮捕時と、この時の平頼綱への警告,これを"日蓮"は三度の諫言としています。同年5月,"日蓮"は鎌倉を出て漂泊の旅にのぼります。その途中,甲斐身延に滞在しますが,一時期のこととした身延滞在は、結局その没年までに至ります。身延の"日蓮"は弟子の育成に努め,近傍あるいは遠隔の地にある信奉者の信仰を面談や書状の往復により教導し続けました。"日蓮"の教えを信奉するため虐げられた信奉者にはかれらの弁明の代作すら行いました。また,1279年(弘安2)駿河富士郡におこった信奉者の弾圧のときには全門下に危機を訴え,現地の弟子と密接な連絡をとり,弁明の文書を起草して信奉者の救出に努めました。一方,『撰時抄』(1275)『報恩抄』(1276)その他を著述しています。しかし,度重なる迫害・弾圧に加え,身延の寒さや窮乏もあって,"日蓮"の健康はしだいに損なわれていきました。こうした病状を癒すため1282年(弘安5)9月,身延から常陸の温泉に向かいますが,病状が進み途中の武蔵池上郷の信奉者の邸に留まります。死期を察した"日蓮"は,墓を身延に立てることを遺言します。一方,日昭・日朗・日興・日向・日頂・日持ら高弟六名を本弟子(根本の弟子)として指名しました。六人は後に六老僧と呼ばれる。かれらは"日蓮"生前から師説を弘めていました。10月13日,"日蓮"はついにその60年の生涯の終焉を迎えました。"日蓮"の活躍した時期は13世紀後半期でしたが,この時期は,国内的には北条氏得宗の専制体制の進行と得宗被官と御家人の相克激化の時期で,国際的には二度に及ぶ蒙古襲来の時期でした。"日蓮"は自ら指摘したこの二つの動きのなかで,法華信仰を人びとに勧め,迫害や弾圧を蒙りながらも受難の弁証を達成したばかりでなく,古代以来の法華信仰の実践を専唱題目に凝縮してその実践を大衆化しました。唱題はすでに平安時代に見られますが,その宗教的意味づけは"日蓮"により達成されました。------------------------------------------------------------------------------------"vote" n. 賛否表示, 投票, 票決 (on); 投票[選挙]権; 投票数; 投票者; (個々の)票; 投票(用)紙; 〔英〕 議決額[事項].put … to the vote …を票決に付する. vote of (no) confidence (不)信任投票. vi. 投票する (for, against).vt. 投票する; 投票によって決する[支持する]; (世論が)評する, …と認める; 〔話〕 提議する.vote down (投票によって)否決する. vote in 選出する. vote out 投票で追い出す. vote through (議案を)通過させる. vot・er n. 投票者; 有権者.vot・ing n. 投票.voting booth 〔米〕 投票用紙記入所. voting machine (自動式)投票計算機. voting paper 〔英〕 投票用紙. voting right 【経営】(株主の)議決権. voting stock [shares] 【経営】議決権付き株式. voting trust 〔米〕経済】議決権トラスト, 議決権信託. --------------------------------------------------------------------Did you "vote"--yesterday--???----------------------------------
2004年07月12日
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----------------"青い目の人形"作詞:野口雨情 作曲:本居長世--------------------------------♪青い目をしたお人形はアメリカ生まれのセルロイド日本の港へついたときいっぱい涙を浮かべてた「私は言葉がわからない 迷子になったらなんとしよう」やさしい日本の嬢ちやんよ仲良く遊んでやつとくれ------------------------------------------------------------------------------「青い目をしたお人形は、アメリカ生まれのセルロド・・」ではじまる童謡「青い目の人形」は1921年(大正10年)野口雨情が雑誌「金の船」に発表し、これに本居長世が曲をつけた歌です。現在でも多くの人に親しまれ、口ずさまれている歌です。-------------------------------------------昭和2年に日米の子供達の友好を願ってアメリカから日本へ向けて12,739体の青い目の人形が小学校、幼稚園におくられました。この青い目の人形は当時の子供達の宝物としてかわいがられました。そして答礼の使者人形として「大和日出子」という人形をアメリカにおくりました。しかし時代の変化とともに日米開戦!(昭和16年12月8日)"憎い敵、アメリカのスパイ"とされ処分を命じられました。罪のない人形をスパイとし、子供体も人形処分の執行人に仕立てられ、それを勇んでやらねばならなかった時代------戦争は何とも恐ろしいものです。------------------------------------------青い目の人形はすべて処分されたはずですが、実は少数の心ある人々によって密かに保護され、戸棚や物置のすみに隠され残っていました。-------------------------------------------"Like A Virgin"Written by Billy Steinberg and Tom Kelly♪I made it through the wildernessSomehow I made it throughDidn't know how lost I wasUntil I found you♪♪I was beat incompleteI'd been had, I was sad and blueBut you made me feelYeah, you made me feelShiny and new"Like a virgin"Touched for the very first time"Like a virgin"When your heart beatsNext to mine♪Gonna give you all my love, boyMy fear is fading fastBeen saving it all for you'Cause only love can lastYou're so fine and you're mineMake me strong, yeah you make me boldOh your love thawed outYeah, your love thawed outWhat was scared and cold"Like a virgin"Touched for the very first time"Like a virgin"With your heartbeatNext to mineOooh, oooh, ooohYou're so fine and you're mineI'll be yours 'till the end of time'Cause you made me feelYeah, you made me feelI've nothing to hide"Like a virgin"Touched for the very first time"Like a virgin"With your heartbeatNext to mineLike a virgin, ooh, oohLike a virginFeels so good insideWhen you hold me, and your heart beats, and you love meOh, oh, oh, oh, oh, oh, oh, oh, ohOoh, babyCan't you hear my heart beatFor the very first time-----------------------------------荒野を抜けてきたの私なりにがんばってきたのよあなたに会うまで 自分がどれほどだめになっていたか わからなかった私は打ちひしがれ悲しくてとてもブルーだったでもあなたは私をそうあなたは私を輝く日々に生まれ変わらせてくれた"まるでバージンみたい"まるではじめて触れられるみたい"まるでバージンみたい"あなたのハートビートを私の近くに感じるとき私の愛を全部あげる怖れがみるみる消えていくあなたのためにとっておいたの永遠に続く愛をステキなあなたは私のもの私を強く、勇敢にしてくれるあなたの愛が凍えた私の怖れを溶かしてくれたの-----------------------------------ちょっと"Engrish-Lesson"-----------------------------------"I made it through the wilderness"「荒野を何とか切り抜けてきたの」make it through は、「何とかやっていく」等の意味。break through もほぼ同意ですが、こちらは「突破する」「克服する」など、より力強い感じがします。make it だけだと、「成功する、うまくやる」の意味があります。★We made it! (やったぜ!)"Yeah, you made me feel Shiny and new""あなたは私を輝かしく生れ変わったような気にしてくれる"make+人+feel+形容詞で「人を~のように感じさせる」となります。"Like a virgin"virgin はもちろん「バージン」ですが、「モノ」と組み合わせていろいろな表現を作ります。・virgin gold →純金 ・virgin paper →白紙 ・virgin snow →新雪 "Touched for the very first time"「まるで初めての時みたいに触れられて」分詞構文です。過去分詞なら受け身的な意味で、現在分詞なら進行形的。英語の歌詞には分詞構文がよく出てきます。"Gonna give you all my love, boy"「私の愛を全部あげるわ」gonna ~ は = going to~ 。I'm going to give you all my love. ということです。スラングというより、もうすっかり定着した英語表現です。他にもこんなのが。・gotta ~ = have got to~ ・wanna ~ = want to ~ ・ain't ~ = am[are, is]not ~/ have[has]not ~ ・'cause = because "Yeah, your love thawed out What was scared and cold"「あなたの愛が、怖れと寒さを溶かしてくれた」thaw は「解ける、溶かすこと」以下の表現をご紹介しておきます・thaw the food → (冷凍食品を)解凍する ・diplomatic thaw → 緊張緩和 ・thaw house → 解凍室 ☆ロッドの「You make me feel like a man」(キャロルキングの「You make me feel like a woman」のカバー)を思い起こさせる、ひたむきな歌詞です。-----------------------------------マドンナ1958年8月、ミシガン州ロチェスター生まれ。5歳の時に最愛の母を乳ガンで亡くし、その後厳格な父親の元、8人兄弟の長女としてしっかりものに育ちました。ダンス、ボーカル、ファッション、発言、ライフスタイル。彼女は、そのどれもがセンセーショナルでした。しかもとどまるところを知らず、常に変化を続けます。「vogue」を歌いながらファッションモデル風になったり、モンロー風になったり、修道女のようになったり-------。「エビータ」「BODY」「上海サプライズ」「スーザンを探して」などの"cinema"にも出演しています。-----------------------------------"vir・gin" n. 処女, 未婚女性; 童貞の男; 【キリスト教】修道女; (the V-) 聖母マリア; 【天文・占星】(V-) =Virgo; 【動】交尾したことのない雌; 【商標】(V-) バージン (英国のレコード会社).a. 処女の[にふさわしい]; 童貞の; 純潔な; まだ使用され[踏まれ]ない (~ forest 原生林); 初めての; 新鮮な.(Blessed) Virgin, Virgin (Mary) (the ~) 聖母マリア. vir・gi・nala., n. 処女の[らしい]; 純潔な; 【楽】バージナル (16-7世紀の無脚の小型鍵盤楽器). virgin birth 【神学】(the ~ またはthe V- B-) (キリストの)処女生誕説. Virgin Islands (the ~) バージン諸島 (西インド諸島中の米領及び英領の群島).Virgin Islands National Park バージン諸島国立公園 (米領Virgin諸島中St. John島にある国立公園). vir・gin・i・tyn. 処女であること, 処女性; 童貞, 純潔.-----------------------------------最後に----------------------------------------------------------------------------それを聞いてた江戸っ子が-----------------------「街道一の親分なら清水の次郎長だ」と話出す。次郎長親分が街道一の親分と聞き、上機嫌の森の石松、その江戸っ子に--------------------------「食いねえ食いねえ寿司食いねえ、酒を飲みねえ、江戸っ子だってね」「神田の生まれよ」と江戸っ子に寿司と酒をふるまう。その江戸っ子の言うには「親分もいいが、子分がもっと良いから」子分が良いと聞いてさらにご機嫌の石松。「清水一家で一番強いのは?」一番強いのはなんていったって森の石松、日本一だろう!!とさらに褒められ有頂天の石松。「だけど、あいつは馬鹿だから、日本一の馬鹿、子守唄にも唄われてると馬鹿は死ななきゃ~~治らない~~~」--------------------------------石松、身受山鎌太郎を訪ねる--------------------------------船の中で聞いた「5年たったら草津追分の身受山鎌太郎が街道一の親分になる」という噂話。会ったことが無い、どんな男かと興味をいだいた石松は、ここに草鞋を脱ぐ。身受山鎌太郎からお蝶さんへの香典として100両ものお金をあずかる。石松の小使いにと30両。石松はびっくりする。さらに帰り遠州で都鳥三兄弟に会う遠州まで帰って来た。遠州は森の石松の故郷。ばったり出会ったのが都鳥吉兵衛・梅吉・常吉の都鳥三兄弟。世間話に、石松は身受山鎌太郎からお蝶さんへの香典として100両ものお金をあずかり懐に持っている事をしゃべてしまう。金に困っていた三兄弟は、石松を一家に誘い100両の金を貸してくれと泣きつく。正直者の石松はすぐに返すという言葉に騙され金を貸す。だが、都鳥三兄弟は悪いやつだった。いつまでたっても、金を返さない。遠州は石松の故郷、都鳥一家は都田村、そのすぐ隣は小松村、小松村の閻魔堂の前の用水堀で釣りをしていた森の石松。そこに、幼いころから兄と慕う七五郎がやって来る。--なぜ、すぐに家へ訪ねて来ない、薄情者だ--七五郎になじられるが、実は・・・と事情を話す。 都鳥が金を返さないので返してもらって帰りに寄るつもりだったと---。が、都鳥三兄弟が悪党だとよく知っている七五郎は、騙されているとすぐに分かる。「金は諦めて一旦清水に帰れ、それから改めて金は取り戻そう」と忠告する。--------------------------------------------都鳥三兄弟と保下田の久六の子分の悪巧み--------------------------------------------森の石松は金を返すからという都鳥三兄弟と子分に連れ出されて、閻魔堂までやって来る。そこに、親分の仇打ちだと出てきた久六の子分常滑庄太郎たち。助太刀するという都鳥たちに石松は騙されて後ろから斬られる。金を返せない都鳥がぐるになって石松を騙まし討ちにしたのだ。石松は深手を負って、兄貴の七五郎の家に逃げ込む。七五郎と女房のお民さんは石松を押入れに隠し、やって来た都鳥たちに石松はいないと言う。女のお民さんが、顔色ひとつ変えないで都鳥たちに啖呵ををきる。お民さんの落ち着きはらった態度に、いないところを探してぐずぐずしていて石松に逃げられたら大変だと都鳥たちはよそを探しに出て行く。-----------------------------------閻魔堂での石松の最期-----------------------------------都鳥たちがいなくなって石松は七五郎とお民に浜松に行って体を治す、二人にひとりで行けると言って家を出る。だが、石松は再びあの閻魔堂へやって来る。都鳥たちを相手に再び斬り合いをする。深手を負った石松に勝ち目は無い。ずたずたに斬られて死んでしまう。馬鹿な石松。----------------------------------------------------------------------------------"馬鹿は死なな~きゃ治らない"------------------------------------------------------------------------------------南~無------------------------------------
2004年07月11日
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「いちご白書」をもう一度作詞・作曲:荒井由実唄:バンバン(ばんばひろふみ)-------------------------------------♪いつか君と行った 映画がまた来る授業を抜け出して 二人で出かけた悲しい場面では 涙ぐんでた素直な横顔が 今も恋しい雨に破れかけた 街角のポスターに過ぎ去った昔が 鮮やかによみがえる君も見るだろうか 「いちご白書」を二人だけのメモリー どこかでもう一度♪♪僕はぶしょう髭と 髪をのばして学生集会へも 時々出かけた就職が決まって 髪を切ってきた時もう若くないさと 君に言い訳したね君も見るだろうか 「いちご白書」を二人だけのメモリー どこかでもう一度二人だけのメモ~リー どこかでもう一度 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------1975年のヒット曲です。1968年4月4日に始まったコロンビア大学の学園闘争は、大学当局がハーレムの子供たちから遊園地を取り上げようとしたことに端を発して地元ニューヨークをはじめ、全米に大きな反響を巻き起こしました。この紛争に関わった当時19歳の同大学学生ジェームズ・クーネンが書いた体験記を映画化したのが『いちご白書』です。ただし、この映画にはイデオロギー的要素はほとんどありませんでした。愛や平和、自由を求める若者たちの姿と、主人公の学生二人が大人へと脱皮する様を描いた青春ドラマの佳作です。監督は、CM界出身の新人ハグマンで、当時はこの新鮮な映像も話題となりました。カンヌ映画祭審査員賞受賞作品です。---------------------------------------夜空を渡る流れ星に願いをかけます。「幸せになれますように」----------------------------------------"銀河鉄道の夜"(宮沢賢治,1934)----------------------------------------【銀河へ続く道】The Way to Fantasy Railroad 銀河鉄道が走っていくのは、星の光でできた天の野原です。そこは真空の宇宙空間ではなく、草花や鳥、電信柱や信号など、親しみのあるものがちりばめられている世界です。銀河の水は限りなく透き通っていて見えませんが、中には魚もいます。誰かがこの世界を懸命に測量しているらしく、無数の三角標が立っています。学者はこの世界が確かなものだと証明するために地層から化石を発掘しています。けれども、現実世界から観測すると、そこは真空の空間に星つぶが浮かぶだけの空にも見えます。わたしたちの現実世界は、夜空の幻想世界から見るとどのように見えるのでしょうか。---------------------------------------Fantasy Railroad runs through the field of light of stars.It is not in cosmic space which is empty of anything, but in the world which is full of such familiar things as grasses, flowers, birds, utility poles and signals.The water of the river is ever so transparent as to be invisible, whereas creatures like fish live in it.There stand countless sankaku-hyos, which are supposed to be the marks for someone to devote himself to making a map of the world.While a scholar tries to dig fossils out of stratums in order to prove that the world has really been there.When we try to observe the world, however, we see nothing but vacuum of space with only stars floating in the sky.I wonder how our real world look, in return, when they observe toward us far from their invisivle world. -------------------------------------------"星に願いを"----------------------------------------------"When you wish upon a star"Makes no difference who you areAnything your heart desiresWill come to youIf your heart is in your dreamNo request is too extreme"When you wish upon a star"As dreamers doFate is kindShe brings to those to loveThe sweet fulfillment ofTheir secret longingLike a bolt out of the blueFate steps in and sees you through"When you wish upon a star"Your dreams come true full info about this lyric: --------------------------------------------------------------------------------"Pinocchio"-------------------------C'era una volta... - Un re! - diranno subito i miei piccoli lettori. No, ragazzi, avete sbagliato. C'era una volta un pezzo di legno. Non era un legno di lusso, ma un semplice pezzo da catasta, di quelli che d'inverno si mettono nelle stufe e nei caminetti per accendere il fuoco e per riscaldare le stanze. Non so come andasse, ma il fatto gli è che un bel giorno questo pezzo di legno capitò nella bottega di un vecchio falegname, il quale aveva nome mastr'Antonio, se non che tutti lo chiamavano maestro Ciliegia, per via della punta del suo naso, che era sempre lustra e paonazza, come una ciliegia matura. Appena maestro Ciliegia ebbe visto quel pezzo di legno, si rallegrò tutto e dandosi una fregatina di mani per la contentezza, borbottò a mezza voce: - Questo legno è capitato a tempo: voglio servirmene per fare una gamba di tavolino. Detto fatto, prese subito l'ascia arrotata per cominciare a levargli la scorza e a digrossarlo, ma quando fu lì per lasciare andare la prima asciata, rimase col braccio sospeso in aria, perché sentì una vocina sottile, che disse raccomandandosi:-----------------------------------------「叱(しか)られて」清水かつら作詞・弘田龍太郎作曲-------------------------------------------------------♪叱られて 叱られ~てあの子は町まで お使いにこの子は坊やを ねんねしな夕べさみしい 村はずれこんときつね~が なきゃ~せぬか♪♪叱られて 叱られ~て口には出さねど 眼(め)になみだ二人のお里は あの山を越(こ)えてあなたの 花のむらほん~に花見は いつ~のこと------------------------------------"叱る" scold; reprove;give〈a person〉a scolding;find fault ((with));chide.・彼は遅刻して叱られたHe was scolded for being late.・叱られるわよYou'll catch it!/ You're gonna get it!------------------------------------Don't scold your baby!!!
2004年07月10日
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"枕草子"清少納言---------------夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。--------------------------------夏は夜。月が出ているときは言うまでもない。闇夜であっても、ほたるが多く飛び交っている(のはいい)。また、ほんの一、二匹などが、ほのかに少し光って飛んでいくのも趣がある。(そんな夜には)雨など降っても風情がある。---------------------------------The summer has come early, but enjoy it while it lasts by"CHRIS MCAULEY" ---------------------------------SUMMER came early to Scotland yesterday as all areas basked in glorious sunshine and soaring temperatures. From Inverness to Edinburgh, and across to Glasgow, the average temperature was between 17C and 20C, tempting thousands of people outside for the day.The only scattering of light rain was confined to the north and east in the early part of the day before skies cleared. Forecasters said the warm, dry and sunny spell was the result of a ridge of high pressure bringing warm air in across most of the United Kingdom. But the high temperatures were not expected to last, with much of the warm air set to be pushed away, bringing temperatures back to a more seasonal average of about 10C in the far north and 12C around the central belt and southern Scotland. In Glasgow, the city’s parks and gardens were busy, with sun-worshippers taking advantage of the warmth, with temperatures of 18C. But the highest temperatures were recorded in Edinburgh. The mercury almost topped 20C in the capital as the April sunshine seemed to kick-start the city back to life after the dark days of winter. Princes Street Gardens were full of city dwellers and visitors. According to a Met Office spokesman, it was a similar day in Aberdeen, with a top temperature of 18C. The spokesman said: "Aberdeen is one of the warmest places in Scotland on one of the warmest days during this recent sunny spell. "But it won’t last for too long. We expect it to get cloudy with temperatures falling back to normal over the next few days." The top temperature in Inverness was a pleasantly warm 17C, and conditions remained dry and bright throughout much of the day, despite the odd cloud on the horizon. Winds were light, with the only exception along parts of the west coast, where coastal fog lingered late into the day, but generally it was warm and dry with lots of sunshine.----------------------------------------------------------------------「憧れのハワイ航路」石本美由紀作詞・江口夜詩作曲/昭和23年-------------------------------------------------------♪~晴~れた空 そ~よぐ風港 出船の ドラの音(ね)愉(たの)し別れテープを 笑顔で切れば希望はてない 遥(はる)かな潮路あ~あ 憧れの ハワイ航路♪~波~の背を バ~ラ色に染めて真赤な 夕陽が沈む一人デッキで ウクレレ弾けば歌もなつかし あのアロハオエあ~あ 憧れの ハワイ航路♪~と~こ夏の 黄~金月(こがねづき)夜のキャビンの 小窓を照らす夢も通うよ あのホノルルの椰子(やし)の並木路(なみきじ) ホワイトホテルあ~あ 憧れの ハワイ航路♪~--------------------------------------------------------あ~あ 憧れの ????????----------------------------
2004年07月09日
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---------------------------「君死にたまふことなかれ」writen by "与謝野晶子" ---------------------------――旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて---------------------------ああをとうとよ、君を泣く、"君死にたまふことなかれ"末に生まれし君なれば親のなさけはまさりしも、親は刃をにぎらせて人を殺せとをしえしや、人を殺して死ねよとて二十四までをそだてしや、堺の街のあきびとの旧家をほこるあるじにて親の名を継ぐ君なれば、"君死にたまふことなかれ"旅順の城はほろぶとも、ほろびずとても、何事ぞ、君は知らじな、あきびとの家のおきてになかりけり。"君死にたまふことなかれ"すめらみことは、戦ひにおほみづからは出でまさね、かたみに人の血を流し、獣の道に死ねよとは、死ぬるを人のほまれとは、大みこころの深ければもとよりいかで思されむ。ああをとうとよ、戦いに"君死にたまふことなかれ"すぎにし秋を父ぎみにおくれたまえる母ぎみは、なげきに中に、いたましくわが子を召され、家を守り、安しと聞ける大御代も母のしら髪はまさりぬる。暖簾(のれん)のかげに伏して泣くあえかにわかき新妻を、君わするるや、思へるや、十月(とつき)も添はでわかれたる少女ごころを思ひみよ、この世ひとりの君ならでああまた誰をたのむべき、"君死にたまふことなかれ"------------------------------------------------------------与謝野晶子"1878年(明治11)~1942年(昭和17)"大阪府堺市に菓子商「駿河屋」の娘として生まれる。本名はしょう。明治・大正・昭和期に活躍した歌人です。女学校時代から短歌や詩を発表。女性の気持ちを素直に詠った作品は、世の中に大きな反響をよびおこしました。作歌は『乱れ髪』"1901年(明治34)"以降、五万首をこえますこの有名な「君死にたまふことなかれ」は、日露戦争(1904~1905)に出兵し、激戦地で知られる旅順攻撃のために大阪第3軍第4師団に配置された、家業を継いだ実弟の籌三郎(ちゅうざぶろう)の安否を気づかって詠まれたもので、1904年(明治34)9月「明星」に初めて掲載されました。--------------------------------------------------------------------------------------------Say "Goodnight, Baby"! ------------------------------Sleep tips and tricks for new parents by Charles E. Schaefer, Ph.D. ------------------------------"Does your baby sleep through the night yet?" is one of the most common questions asked of new parents and a topic discussed quite frequently among parents themselves. And it's no wonder. Few problems of infancy exhaust and exasperate parents as much as sleep disturbance. UP ALL NIGHTUnless you've lived through many, many nights of an infant's night crying, you probably won't understand how emotionally and physically draining it is on parents, especially single or working parents. Parents who are repeatedly and persistently awakened by their infants at night suffer chronic sleep deprivation.The effects of such long-term sleep loss for a parent are serious business and include chronic fatigue and irritability, difficulty concentrating, weight loss, depressed mood, marital conflict and, in some cases, child abuse. But it's never too late to help your baby (and you) obtain that blissful experience of a good night's sleep. The techniques described in this article really do work, and the sooner you use them the better. Charles E. Schaefer, Ph.D., is a professor of psychology and director of the Crying Baby Clinic at Fairleigh Dickinson University. He is the author of more than 40 books, including RAISING BABY RIGHT and HOW TO HELP CHILDREN WITH COMMON PROBLEMS. ------------------------------------- "グッドナイト・ベイビー"作詞:ひろまなみ作曲:むつひろし唄:ザ・キングトーンズ-------------------------------------♪きっといつかは 君のパパもわかってくれる(二人の愛を)後ろを向いた ふるえる肩をだいてあげよう だからグッドナイトグッドナイト ベイビー涙こらえて 今夜はこのままおやすみ グッドナイトグッドナイトグッドナイト ベイビー涙こらえて 楽しい明日を夢見て グッドナイト♪♪やっと見つけた この幸せは誰にもあげない(二人のものさ)涙にぬれた 冷たいほほをふいてあげよう だからグッドナイトグッドナイト ベイビー涙こらえて 今夜はこのままおやすみ グッドナイトグッドナイトグッドナイト ベイビー涙こらえて 楽しい明日を夢見て グッドナイトグッドナ~イト グッドナ~イト-------------------------------------------------------昭和43年(1968)のヒット曲です。1960年代以前のアメリカンポップスのような曲です。-----------------------------------おやすみ---------------"ベイビー"-----------------------
2004年07月08日
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--------------------------------"シャボン玉" (野口雨情)シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ屋根まで飛んで こはれて消えた シャボン玉消えた 飛ばずに消えた生まれてすぐに こはれて消えた 風々吹くな シャボン玉飛ばそ-----------------------------------------"Od・ys・sey"----------------------------------"ホメーロス"(ΟΜΗΡΟΣ)生没 BC 9c - 8c 頃 ----------------------------------極めて謎の多い人物です.一説にはスミュルナー辺りのメレース河のほとりで生まれ,近くの洞穴で二大叙事詩を作ったと言われています(パウサニアース『ギリシア案内記』七巻).-----------------------------------『イーリアス』『オデュッセイア』をなした口誦叙事詩人と言われていますが,今日では両者は別々の人によって作られたとする説が有力です.------------------------------------『イーリアス』 第一巻 アポローンの神官クリューセースが,捕虜となった娘クリューセーイスの身代金を持って,娘の自由を贖いに来る.アガメムノーンはこれを拒否する.クリューセースは神アポローンに報復を乞う.(第1日) 神が疫病をギリシア軍に送る.アキレウスは会議を招集.予言者カルカースから禍の原因を知り,アガメムノーンに少女の返還を求める.(第9日) アガメムノーンはこれに応じず,反対にアキレウスの捕虜の娘ブリーセーイスを奪う.アキレウスはこれを憤り,戦闘から身を引く.アキレウスの母・海の女神テティスは彼の願いにより,ゼウスに息子に加えられた暴行を後悔させるためにギリシア軍を敗北させるように約束させる. 中略-------------------------------------------------------------------------------------- 第二十三巻 パトロクロスの霊が現れてアキレウスに埋葬を乞う.翌日,火葬壇が築かれ,多くの犠牲とともに12人のトロイアの若者が火に投ぜられる.盛大な葬礼競技が催される. 第二十四巻 アキレスは嘆きをやめず,食事も眠りもとらず,毎日ヘクトールの死骸を戦車に括りつけてパトロクロスの墓の周囲を駆け巡る.アポローンが死骸を損傷から護る.ゼウスの命によって,テティスがアキレウスに暴行を止めるようにと勧告する.ゼウスの使者としてイーリスがプリアモス王に,息子ヘクトールの死骸を贖いうけるように進言する.プリアモスは,夜ひそかにヘルメースに導かれつつ平野を横切って,黄金に満ちた車とともにアキレウスを訪問する.アキレウスはプリアモス王を丁重に引見し,両者は互いに自らの不幸に涙を流す.明け方にプリアモスはヘクトールの死骸をトロイアに運び帰る.ヘカベー,アンドロマケー,ヘレネーたちはこれを見て嘆き悲しむ. ----------------------------------------------------------------------さて-------------『オデュッセイア』 第一巻 オデュッセウスはポセイドーンの怒りに触れ,まだ帰国できずに,オーギュギアの島,女神カリュプソーのところに留め置かれている.一方,彼の后ペーネロペーはイタケーの島で悪逆非道の者共に求婚を迫られており,オデュッセウスの財産や家畜は彼らの荒らすがままになっている.アテーナーが神々の会議で,ポセイドーンがオデュッセウスに与えた苦しみはもう十分であるから,彼の帰国を許すようにと説得する.ゼウスがヘルメースをカリュプソーのもとに遣わす.アテーナーはオデュッセウスの旧友メンテースの姿になって,イタケーに赴く.アテーナーは,オデュッセウスの子テーレマコスを励まして,彼が民を集めて求婚者たちを弾劾し,自ら父を探しに出かけるよう忠告する.宮殿の広間で吟唱詩人ペーミオスが,ギリシア軍のトロイアからの不幸な帰還物語を弾ずる. 第二巻 テーレマコスはイタケー人の会合を求め,民に自己の権利を守るよう要求するが,求婚者たちは彼を嘲り,会合を解散させる.アテーナーはオデュッセウスの親友メントールに化して,テーレマコスに船を提供する.アテーナーの同伴のもと,テーレマコスは母ペーネロペーに黙って夜間に船出する. 第三巻 テーレマコスはピュロスのネストールを訪ねる.ネストールはオデュッセウスの消息を知らず,他の多くの将とアガメムノーンの非業の死を物語る.翌日,テーレマコスはネストールの子ペイシストラトスと共に,最近帰国したメネラーオスから父の消息を聞くべく,スパルタへ旅立つ. 第四巻 メネラーオスは二人を歓待する.ヘレネーは,テーレマコスが父オデュッセウスと似ていることから,その素性を看破する.メネラーオスは,翌日,エジプトで海神プローテウスから聞いたオデュッセウスの現状を告げる.イタケーの求婚者たちは,テーレマコスが出立したことを知り,アステリス島での待ち伏せを計画する.これを知って嘆き悲しむペーネロペーを,アテーナーが夢の中で慰める. 第五巻 ヘルメースが諸神の使者としてカリュプソーの島にやってきて,オデュッセウスを出発させるよう命ずる.オデュッセウスはカリュプソーに助けられながら船出する.18日目,ポセイドーンがオデュッセウスを見つけ,嵐を起こし,船は難破する.海の女神レウコテアーがオデュッセウスに沈まない不思議なベールを与える.オデュッセウスはスケリア島の河口に漂着し,疲れ果てて繁みに倒れ伏して眠る. 第六巻 パイアーケス人の王アルキノオスの娘ナウシカアーが侍女たちと河へ洗濯にいき,鞠遊びを始める.オデュッセウスはその声に目を覚まし,助けを乞う.侍女は逃げ出し,ナウシカアーはひとり,彼に衣服と食物を与え,父王の都への道を教える. 第七巻 オデュッセウスは,少女の姿を借りたアテーナーに導かれ,王宮にいたり,后アレーテーに保護を願う.王と后は彼を歓待し,贈り物と帰国の船を約束する.オデュッセウスは彼らにカリュプソーの島での出来事を物語る. 第八巻 アルキノオス王はパイアーケス人の集会を招集し,オデュッセウスの帰国のための船を提供することを決議する.競技会が催され,オデュッセウスは円盤投げに勝つ.他の競技には参加しない.夕べの宴席で吟唱詩人デーモドコスがトロイアの陥落を歌い,オデュッセウスはひそかに涙を流す.これが王の認めるところとなり,オデュッセウスは自分の素性を明かし,漂流の冒険を物語る. 第九巻 (ここからオデュッセウスの1人称の話が始まる.) トロイアを去って後,キコーン人の国に到着.12隻のうち各船6人を失う.ロートパゴス人の国に到着.ロートスを食べて故郷を忘れた乗組員をむりやり乗船させて出帆する.山羊の島で食糧を補給する.キュクロープス人の地に到る.一眼巨人ポリュペーモスの洞窟に捕えられるが,彼の眼を潰し,ウーティスを名乗り,ヒツジの腹の下に隠れて難を逃れる.これを知って,ポリュペーモスの父ポセイドーンはオデュッセウスに憤怒を抱く. 第十巻 風神アイオロスの島に到着.順風以外の風を封じ込めた風袋を与えられ,無事航海を続ける.故国イタケーに到着直前,オデュッセウスが町から立ち上る煙を見て眠りに入ったとき,風袋を財宝と勘違いした部下が開けたために,逆風に吹き戻される.再びアイオロスの島に漂着.アイオリスは神々の反対を理由に彼らを追い返す.食人巨人ライストリューゴン人の国に到着,石を投じられて11隻を失い,オデュッセウスの船ただ1隻だけとなる.魔女キルケーの島アイアイエーに到着.オデュッセウスは,乗組員を動物に変えてしまうキルケーの魔法を,ヘルメースから与えられた薬草モーリュによって打ち破り,彼女と床を共にして1年を過ごし,一子テーレゴノスをもうける. 第十一巻 キルケーの教えにより,オーケアノスの彼方の死の国に航して,盲目のテイレシアースの霊から予言を聞き,また多くの英雄たちの霊に出会い,ふたたびキルケーのもとに帰ってくる. 中略----------------------------------------------------------------第十四巻 オデュッセウスは,古くからの召使で豚飼いのエウマイオスの小屋にやってくる.エウマイオスは彼が誰だか分からず,オデュッセウスはクレータ人と称して,オデュッセウスの帰国が近いことを告げる. 第十五巻 一方,アテーナーから暗殺計画があることを知らされたテーレマコスは,都から離れたところに上陸する.エウマイオスはオデュッセウスに都へ至る道を教える. 第十六巻 テーレマコスはエウマイオスの小屋にやってきて,無事の帰還を母に知らせに彼を遣る.テーレマコスと二人きりになったオデュッセウスは,アテーナーによって真の姿の戻り,息子に正体を明かし,ふたりで求婚者たちの殺害を協議する. 第十七巻 宮殿に帰ったテーレマコスは,母にメネラーオスから聞いた話を告げるが,父の帰国は明かさない.オデュッセウスは再び乞食姿となって,エウマイオスとともに宮殿に行く.愛犬アルゴスのみが主人であることを認めるが,喜びののち息絶える.オデュッセウスが山羊飼いのメランティオスに侮辱される. 第十八巻 求婚者たちにけしかけられた乞食イーロスと争い,散々な目にあわす.メランティオスの姉妹メラントーに侮辱される. 第十九巻 オデュッセウスはテーレマコスとともに広間の武器を取り払う.ペーネロペーはまだ正体の知れないオデュッセウスに,織物を織っては解きほぐす求婚の引延ばし策が彼らにとうとう見破られ,もはや猶予がなくなったことを語る.オデュッセウスはクレータ人と称して,オデュッセウスの帰国を予言する.オデュッセウスの足を洗っていた昔の乳母エウリュクレイアが古傷から彼と認めるが,オデュッセウスは彼女を制して黙らせる. 第二十巻 オデュッセウスが宮殿のポーチに伏して,ペーネロペーの嘆きの声を聞いていると,アテーナーが現れて慰める.求婚者たちがテーレマコスにたいする陰謀を企むが,凶兆にさまたげられ失敗,宴席に戻る.テーレマコスが旅から連れ帰った予言者テオクリュメノスは求婚者たちの恐るべき運命を告げるが,彼らはかえりみない. 第二十一巻 ペーネロペーは,かつてエウリュトスがオデュッセウスに与えた強弓を持ち出して,これを引いた者の妻になると宣言するが,求婚者たちは誰も引けない.オデュッセウスがこれを試みることを願い,エウマイオスから弓を受け取るや,12の斧の頭の孔を射貫く.テーレマコスは武装してその傍らに立つ. 第二十二巻 オデュッセウスはついに正体を現して求婚者たちを射殺す.テーレマコスはエウマイオスとピロイティオスを殺害.ついで求婚者たちと関係をもっていた侍女12人を絞殺し,羊飼いメランティオスも殺害する. 第二十三巻 乳母のエウリュクレイアがこの事をペーネロペーに報告する.ペーネロペーは最初信じないが,ついに夫であることを認め,その放浪譚を聞く.翌朝,オデュッセウスはテーレマコスとともに,隠遁していた父ラーエルテースのもとに赴く. 第二十四巻 求婚者たちの霊はヘルメースに導かれて,冥府を下り,アガメムノーンとアキレウスに自分の運命を語る.オデュッセウスは果樹園で手入れをしている父に出会う.求婚者たちの親族が復讐すべく,ラーエルテースの荘園に攻め寄せるが,アテーナーの仲介によって和が結ばれる. ------------------------------------------------------------------------"Odyssey"(叙事詩)━━ n. (the ~) オデュッセイア ((Homer作の)); (o-) 放浪・冒険の旅.------------------------------------あなたもご一緒に"2014年"冒険の旅へ------------------------------------------------------
2004年07月07日
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"邪宗門" 詩 北原白秋 ----------------------------------"邪宗門秘曲""室内庭園""空に真赤な---""謀反" "こほろぎ---""ほのかにひとつ---"""月の出""汝にささぐ---" --------------------------"邪宗門秘曲"われは思ふ、末世の邪宗、切支丹 "でうす"の魔法。黒船の加比丹(かひたん)を、紅毛の不可思議国を、色赤きびいどろを、匂鋭(にほひと)きあんじやべいいる、南蛮の桟留縞(さんとめじま)を、はた、阿刺吉(あらき)、珍(ちん)たの酒を。目見(まみ)青きドミニカびとは陀羅尼誦(だらにず)し夢にも語る、禁制の宗門神(しゆうもんしん)を、あるはまた、血に染むく聖磔(くるす)、 芥子粒(けしつぶ)を林檎のごとく見すといふ、けれんの器波羅葦僧(はらいそ)の空をも覗く伸び縮む奇なる眼鏡を。屋(いへ)はまた石もて造り、大理石の白き血潮は、ぎやまんの壷に盛られて夜となれば火点(とも)るといふ。かの美しき越歴機(えれき)の夢は天鵝絨(びろうど)の薫(くゆり)にまじり、珍らなる月の世界の鳥獣映像(うつ)すと聞けり。あるは聞く、化粧の料(しろ)は毒草の花よりしぼり、腐れたる石の油に画くてふ麻利耶(まりや)の像よ、はた、螺甸(らてん)、波爾杜瓦爾(はるとがる)らの横つづり音なる仮名は美くしき、さいへ悲しき歓楽の音にかも満つる。いざさらばわれらに賜へ、幻惑の伴天連尊者、百年(ももとせ)を刹那に縮(ちぢ)め、血の磔(はりき)背にし死すとも惜しからじ、願ふは極秘、かの奇しき紅(くれなゐ)の夢、善主麿(ぜんすまろ)、今日(けふ)を祈に身も霊(たま)も薫(くゆ)りこがるる。 ---------------------------------"室内庭園"晩春(おそはる)の室(むろ)の内(うち)、暮れなやみ、暮れなやみ、噴水(ふきあげ)の水はしたたる・・・・・そのもとにあまりりす赤(あか)くほのめき、やはらかにちらぼへるヘリオトロオプ。わかき日のなまめきのそのほめき静(しづ)こころなし。盡(つ)きせざる噴水(ふきあげ)よ・・・・・黄なる實(み)の熟(う)るる草、奇異(きゐ)の香木その空にはるかなる硝子の青み、外光(ぐわいくわう)のそのなごり、鳴ける鶯、わかき日の薄暮(くれがた)のそのしらべ静こころなし。いま、黒き天鵝絨(びろうど)のにほい、ゆめ、その感觸(さはり)・・・・・・・・・・噴水(ふきあげ)に縺(もつ)れたゆたひ、うち湿(しめ)る革(かは)の函(はこ)、饐(す)ゆる褐色(かちいろ)その空に暮れもかかる空気の吐息(といき)・・・・・わかき日のその夢の香の腐食 静(しづ)こころなし。三かいの隅(すみ)か、さは腐れたる黄金(わうごん)の縁(ふち)の中、自鳴鐘(とけい)の刻(きざ)みものなべて惱ましさ、盲(し)ひし少女(をとめ)のあたたかに匂(にほひ)ふかき感覺のゆめ、わかき日のその靄(もや)に音は響く、静こころなし。晩春(おそはる)の室(むろ)の内(うち)、暮れなやみ、暮れなやみ、噴水の水はしたたる・・・・・そのもとにあまりりす赤くほのめき、甘く、またちらぼへるヘリオトロオプ。わかき日は暮るれども夢はなほ静(しづ)こころなし。-----------------------------------"空に真赤な"空に真赤な雲のいろ。玻璃(はり)に真赤な酒の色。なんでこの身が悲しかろう。空に真赤な雲のいろ。-----------------------------"謀反"(むほん)ひと日、わが精舎(しゃうじゃ)の庭に、晩秋(おそあき)の静かなる落日(いりひ)のなかに、あはれ、また、薄黄なる噴水(ふきあげ)の吐息のなかに、いとほのに゛井オロンの、その絃(いと)の、その夢の、哀愁(かなしみ)の、いとほのにうれひ泣く。蝋(ろう)の火と懺悔のくゆりほのぼのと、廊(らう)いづる白き衣は夕暮に言(もの)もなき修道女の長き一列(ひとつら)。さあれ、いま、゛井オロンの、くるしみの、刺すがごと火の酒の、その絃(いと)のいたみ泣く。またあれば落日の色に、夢燃(も)ゆる噴水(ふきあげ)の吐息のなかに、さらになほ歌もなき白鳥(しらとり)の愁のもとに、いと強き硝薬(せうやく)の、黒き火の、地の底の導火線燬(みちびや)き、゛井オロンぞ狂ひ泣く。跳(をど)り來る車輛(しやりょう)の響(ひびき)、毒の彈丸、血の烟(けむり)、閃めく刄(やいば)、あはれ、驚破(すは)、火とならむ、噴水(ふきあげ)も、精舎(しゃうじゃ)も、空も。紅(くれない)の、戦慄(わななき)の、その極(はて)の瞬間の叫喚燬(さけびや)き、゛井オロンぞ盲ひたる。------------------------------------"こほろぎ"微(ほの)にいまこほろぎ啼(な)ける。日か落つる―眼(め)をみひらけば朱(しゆ)の畏怖(おそれ)くわと照りひびく。内心の苦(にが)きおびえか、めくるめく痛き日の色眼(め)つぶれど、はた、照りひびく。そのなかにこほろぎ啼ける。とどろめく銃音(つつおと)しばし、痍(きず)つける惡のうごめきそこここに、あるは疲れて轢(し)きなやむ砲車(はうしや)のあへぎ、逃げまどふ赤きもろごゑ。そのなかにこほろぎ啼ける。盲(めし)ひゆく戀のまぼろし―その底に疼(うづ)きくるしむ肉(ししむら)の鋭き絶叫(さけび)、はた、暗き曲の死の樂(がく)靈(たましひ)ぞ彈き連れぬる。そのなかにこほろぎ啼ける。あなや、また呻吟(うめき)は洩るる。鉛めく首のあたりゆ幽界(いうかい)の呪咀(のろひ)か洩るる。 寝がへれば血に染み顫(ふる)ふ。わが敵面(かたきおも)ぞ死にたる。そのなかにこほろぎ啼ける。はた、裂くる赤き火の彈丸(たま)たと笑ふ、と見る、我燬(われや)き 我ならぬ獸のつらね眞黒(まくろ)なる樂(がく)して奔(はし)る。執念(しふねん)の闇曳き奔(はし)る。 そのなかにこほろぎ啼ける。日や暮るる。我はや死ぬる。野をあげて末期(まつご)のあらび―暗き血の海に溺(おぼ)るる 赤き悲苦(ひく)、赤きくるめき、ああ、今し、くわとこそ狂へ。微(ほの)になほこほろぎ啼ける。-------------------------------"ほのかにひとつ"罌粟(けし)ひらく、ほのかにひとつ、また、ひとつ・・・やはらかき麥生(むぎふ)のなかに、軟風(なよかぜ)のゆらゆるそのに。薄き日の暮るとしもなく、月しろの顫(ふる)ふゆめぢを。縺(もつ)れ入るピアノの吐息ゆふぐれになぞも泣かるる。さあれ、またほのに生れゆく 色あかきなやみのほめき。やはらかき麥生(むぎふ)の靄に、軟風のゆらゆる胸に。罌粟ひらく、ほのかにひとつ、 また、ひとつ・・・・・-----------------------------------"月の出"ほのかにほのかに音色ぞ揺る。かすかにひそかににほひぞ鳴る。しみらに列立(なみた)つわかき白楊(ぽぴゆら)、その葉のくらみにこころ顫(ふる)ふ。ほのかにほのかに吐息ぞ揺る。かすかにひそかに雫ぞ鳴る。あふげばほのめくゆめの白楊(ぽぴゆら)、愁の水の面を櫂(かい)はすべる。吐息のをののき、君が眼(め)ざしやはらかに縺(もつ)れてたゆたふとき、光のひとすぢ―顫(ふる)ふ白楊(ぽぴゆら)文月(ふづき)の香炉(かうろ)に濡れてけぶる。さてしもゆるけくにほふ夢路、したたりしたたる櫂(かい)のしづく、薄らに沁(し)みゆく月のでしほほのかにわれらが小舟(をふね)ぞゆく。ほのめく接吻(くちつけ) 、からむ頸(うなじ)、いづれか戀慕(れんぼ)の吐息ならぬ。夢見てよりそふわれら、白楊(ぽぴゆら)、水上(みなかみ)透(す)かしてこころ顫(ふる)ふ。 ----------------------------------"汝にささぐ"女子(をみなご)よ、汝に捧ぐ、ただひとつ。然(しか)はあれ、汝(な)も知らむ。このさんた・くるすは、かなた檳榔樹(びろうじゆ)の實(み)の落つる国、夕日さす白琺瑯(はくはふろう)の石の階(はし)そのそこの心の心、 ―えめらるど、あるは紅玉(こうぎよく)、褐(くり)の埴八千さか(はにやちさか)敷ける眞底より、汝(な)が愛を讃(たた)へむがため、また、 清き接吻(くちつけ)のため、水晶の柄(え)をすげし白銀(しろがね)の鍬をもて、七つほど先(さき)の世(よ)ゆ世を繼(つ)ぎてひたぶるに、われとわが 採(と)りいでし型(かた)、その型を 汝に捧ぐ、女子(をみなご)よ。------------------------------------------------------------------------------------"tri・umph"【古ローマ】凱(がい)旋(式); 勝利 ((over)); 偉業; 大成功(の喜び)得意の様子[表情]; 【商標】(T-) トライアンフ (((1)英国の車[オートバイ]名; (2)米国製の紙巻きタバコ)).--------------------------------- in triumph 意気揚々と. vi. 勝ち誇る, 勝つ, 成功する ((over)); 勝利[成功]を喜ぶ. tri・um・phal a. 勝利[凱旋]の.tri・um・phal・ism n. これみよがしに自慢すること, 勝ち誇ること; (ある特定の教義を絶対とする)(宗教的)勝利主義. triumphal arch 凱旋門. tri・um・phanta. 勝ち誇る, 意気揚々たる; 成功した.tri・um・phant・ly ad. ------------------------------------------------------------------------------------------------------Where's your "triumphl"????????
2004年07月06日
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-----"チョコレート"----- (a stick of)"chocolate"-------------------------------------------- 板チョコレート a "chocolate" bar. 箱入りチョコレート a box of "chocolates" 粉末チョコレート "chocolate"in powder. ホットチョコレート (a cup of) hot "chocolate"------------------------------------------------"chocolate"----温かく甘いチョコレートの飲み物には「熱い水」という意味の"chocolatl"(チョコラトル)という名前が付けられています。"chocolatl"という言葉は、マヤ人が飲んでいたチョコレートの飲み物が"xocolatl"(ショコラトル)とよばれる前、カカオを砕いて水と混ぜたものが、初期のマヤ語で"chacau haa"(チャカウ・ハー)とよばれていたことに由来(ゆらい)します。もともと"chacau"(チャカウ)が「熱い」、"haa"(ハー)が「水」を意味しますが、マヤ人の言葉の一つ、ユカテク語で「熱い」を意味する"chocol"という単語と、ナワトル語で「水」を意味する"atl"(アトル)を組合わせて造り出されたものです。"chocolatl"とカカワトルの関係についてのもっとも有力な説は、その言葉の響きと意味にあると言われています。スペイン人がチョコレートに出会って間もない頃は、苦(にが)くて冷たいものと甘く温(あたた)かいものの両方が飲まれていましたが、どちらもカカワトルと呼ばれており2つの飲み物を区別することが出来ていませんでした。スペイン人たちが、自分たちが良く飲む甘い飲み物の方を、チョコラトルという呼び方に変えたといいます。"xococ"(ショコ)と"atl"(アトル)の組合わせは、発音や綴りの変化に無理があります。これと同じ理由で、マヤ人の飲み物の呼び方でる"xocolatl" (ショコラトル)が変化したものでもないようです。「苦(にが)い水」ではありません。-------------------------------------------以下--"フランドン農学校の豚"(宮沢賢治)より引用----------------------------------------「-------以外の物質は、みなすべて、よくこれを摂取して、脂肪、 若しくは蛋白質となし、その体内に蓄積す。」とこう書いてあったから、農学校の畜産の、助手や又、小使などは金石でないものならばどんなものでも片っ端から、持って来てほうり出したのだ。尤もこれは豚の方では、それが生れつきなのだし、充分によくなれていたから、けしていやだとも思わなかった。却ってある夕方などは、殊に豚は自分の幸福を、感じて、天上に向いて感謝していた。というわけはその晩方、化学を習った一年生の、生徒が、自分の前に来ていかにも不思議そうにして、豚のからだを眺めて居た。豚の方でも時々は、あの小さなそら豆形の怒ったような眼をあげて、そちらをちらちら見ていたのだ。その生徒が云った。「ずいぶん豚というものは、奇体(きたい)なことになっている。水やスリッパや藁をたべて、それをいちばん上等な、脂肪や肉にこしらえる。豚のからだはまあたとえば生きた一つの触媒だ。白金と同じことなのだ。無機体では白金だし有機体では豚なのだ。考えれば考える位、これは変になることだ。」豚はもちろん自分の名が、白金と並べられたのを聞いた。それから豚は、白金が、一匁(いちもんめ)三十円することを、よく知っていたものだから、自分のからだが二十貫で、いくらになるということも勘定がすぐ出来たのだ。豚はぴたっと耳を伏せ、眼を半分だけ閉じて、前肢をきくっと曲げながらその勘定をやったのだ。20×1000×30=600000 実に六十万円だ。六十万円といったならそのころのフランドンあたりでは、まあ第一流の紳士なのだ。いまだってそうかも知れない。さあ第一流の紳士だもの、豚がすっかり幸福を感じ、あの頭のかげの方の鮫によく似た大きな口を、にやにや曲げてよろこんだのも、けして無理とは云われない。ところが豚の幸福も、あまり永くは続かなかった。それから二三日たって、そのフランドンの豚は、どさりと上から落ちて来た一かたまりのたべ物から、(大学生諸君、意志を鞏固(きょうこ)にもち給え。いいかな。中略--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------「実はね、この世界に生きてるものは、みんな死ななけぁいかんのだ。実際もうどんなもんでも死ぬんだよ。人間の中の貴族でも、金持でも、又私のような、中産階級でも、それからごくつまらない乞食(こじき)でもね。」「はあ、」豚は声が咽喉につまって、はっきり返事ができなかった。「また人間でない動物でもね、たとえば馬でも、牛でも、鶏(にわとり)でも、なまずでも、バクテリヤでも、みんな死ななけぁいかんのだ。蜉蝣(かげろう)のごときはあしたに生れ、夕(ゆうべ)に死する、ただ一日の命なのだ。みんな死ななけぁならないのだ。だからお前も私もいつか、きっと死ぬのにきまってる。」「はあ。」豚は声がかすれて、返事もなにもできなかった。「そこで実は相談だがね、私たちの学校では、お前を今日まで養って来た。大したこともなかったが、学校としては出来るだけ、ずいぶん大事にしたはずだ。お前たちの仲間もあちこちに、ずいぶんあるし又私も、まあよく知っているのだが、でそう云っちゃ可笑(おか)しいが、まあ私の処(ところ)ぐらい、待遇のよい処はない。」中略----------------------------------------------------------------------------------------------豚は眉を寄せて、つきつけられた証書を、じっとしばらく眺めていた。校長の云う通りなら、何でもないがつくづくと証書の文句を読んで見ると、まったく大へんに恐かった。とうとう豚はこらえかねてまるで泣声でこう云った。「何時にてもということは、今日でもということですか。」校長はぎくっとしたが気をとりなおしてこう云った。「まあそうだ。けれども今日だなんて、そんなことは決してないよ。」「でも明日でもというんでしょう。」「さあ、明日なんていうよう、そんな急でもないだろう。いつでも、いつかというようなごくあいまいなことなんだ。」「死亡をするということは私が一人で死ぬのですか。」豚は又(また)金切声で斯うきいた。「うん、すっかりそうでもないな。」「いやです、いやです、そんならいやです。どうしてもいやです。」豚は泣いて叫んだ。「いやかい。それでは仕方ない。お前もあんまり恩知らずだ。犬猫にさえ劣ったやつだ。」校長はぷんぷん怒り、顔をまっ赤にしてしまい証書をポケットに手早くしまい、大股(おおまた)に小屋を出て行った。「どうせ犬猫なんかには、はじめから劣っていますよう。わあ」豚はあんまり口惜(くや)しさや、悲しさが一時にこみあげて、もうあらんかぎり泣きだした。けれども半日ほど泣いたら、二晩も眠らなかった疲れが、一ぺんにどっと出て来たのでつい泣きながら寝込んでしまう。その睡(ねむ)りの中でも豚は、何べんも何べんもおびえ、手足をぶるっと動かした。中略--------------------------------------------------------------------------------------------豚が又、畜舎へ入ったら、敷藁がきれいに代えてあった。寒さはからだを刺すようだ。それに今朝からまだ何も食べないので、胃ももうからになったらしく、あらしのようにゴウゴウ鳴った。豚はもう眼もあけず頭がしんしん鳴り出した。ヨークシャイヤの一生の間のいろいろな恐ろしい記憶が、まるきり廻り燈籠のように、明るくなったり暗くなったり、頭の中を過ぎて行く。さまざまな恐ろしい物音を聞く。それは豚の外で鳴ってるのか、あるいは豚の中で鳴ってるのか、それさえわからなくなった。そのうちもういつか朝になり教舎の方で鐘(かね)が鳴る。間もなくがやがや声がして、生徒が沢山やって来た。助手もやっぱりやって来た。「外でやろうか。外の方がやはりいいようだ。連れ出して呉れ。おい。連れ出してあんまりギーギー云わせないようにね。まずくなるから。」畜産の教師がいつの間にか、ふだんとちがった茶いろなガウンのようなものを着て入口の戸に立っていた。助手がまじめに入って来る。「いかがですか。天気も大変いいようです。今日少しご散歩なすっては。」又一つ鞭をピチッとあてた。豚は全く異議もなく、はあはあ頬をふくらせて、ぐたっぐたっと歩き出す。前や横を生徒たちの、二本ずつの黒い足が夢のように動いていた。俄(にわ)かにカッと明るくなった。外では雪に日が照って豚はまぶしさに眼を細くし、やっぱりぐたぐた歩いて行った。全体どこへ行くのやら、向うに一本の杉がある、ちらっと頭をあげたとき、俄かに豚はピカッという、はげしい白光のようなものが花火のように眼の前でちらばるのを見た。そいつから億百千の赤い火が水のように横に流れ出した。天上の方ではキーンという鋭い音が鳴っている。横の方ではごうごう水が湧いている。さあそれからあとのことならば、もう私は知らないのだ。とにかく豚のすぐよこにあの畜産の、教師が、大きな鉄槌を持ち、息をはあはあ吐きながら、少し青ざめて立っている。又豚はその足もとで、たしかにクンクンと二つだけ、鼻を鳴らしてじっとうごかなくなっていた。生徒らはもう大活動、豚の身体を洗った桶に、も一度新らしく湯がくまれ、生徒らはみな上着の袖を、高くまくって待っていた。助手が大きな小刀で豚の咽喉をザクッと刺しました。一体この物語は、あんまり哀れ過ぎるのだ。もうこのあとはやめにしよう。とにかく豚はすぐあとで、からだを八つに分解されて、厩舎のうしろに積みあげられた。雪の中に一晩漬(つ)けられた。さて大学生諸君、その晩空はよく晴れて、金牛宮もきらめき出し、二十四日の銀の角、つめたく光る弦月が、青じろい水銀のひかりを、そこらの雲にそそぎかけ、そのつめたい白い雪の中、戦場の墓地のように積みあげられた雪の底に、豚はきれいに洗われて、八きれになって埋(うず)まった。月はだまって過ぎて行く。夜はいよいよ冴(さ)えたのだ。--------------------------------------------------------------------------------底本:「新編 風の又三郎」新潮文庫、新潮社 ------------------------------------------ "蛍"(a firefly)が舞っています------------- 蛍石 fluorite. 蛍籠 a firefly cage. 蛍狩り ((go)) firefly-catching. 蛍の光 《曲名》 ‘Auld Lang Syne’-------------------------------------------"人間"というものは、ほんとふに残酷な生き物です----------------------------------------------------
2004年07月05日
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"朝日の当たる家"(The House Of The Rising Sun)by"The Animals"--------------------------------♪There is a house in New OrleansThey call "the Rising Sun"And it's been the ruin of many a poor boyAnd God I know I'm oneMy mother was a tailorShe sewed my new bluejeansMy father was a gamblin' manDown in New OrleansNow the only thing a gambler needsIs a suitcase and trunkAnd the only time he's satisfiedIs when he's on a drunk------ organ solo ------Oh mother tell your childrenNot to do what I have doneSpend your lives in sin and miseryIn "the House of the Rising Sun"Well, I got one foot on the platformThe other foot on the trainI'm goin' back to New OrleansTo wear that ball and chainWell, there is a house in New OrleansThey call "the Rising Sun"And it's been the ruin of many a poor boyAnd God I know I'm one----------------------------------------"朝日の当たる家"これは娼婦を歌った歌とのことです。"朝日の当たる家"と言うのは娼婦館、売春宿です。この歌は娼婦が堕ちてしまった自分を嘆く歌です。----------------------------------------"THE ANIMALS" 1963年に結成されたイギリスのバンドで、当時はリヴァプール・サウンドとしてアメリカでも人気を得ていました。オリジナル・メンバーは、次の五人です。------------------------------------ERIC BURDON エリック・バードン/ヴォーカルHILTON VALENTINE ヒルトン・ヴァレンタイン/ギターALAN PRICE アラン・プライス/キーボードCHAS CHANDLLER チャス・チャンドラー/ベース・ギターJOHN STEEL ジョン・スティール/ドラムス-------------------------------------アニマルズは実質的には、ヴォーカリストのエリック・バードンが中心となり、彼の音楽ルーツであるジャズ、ブルース、R&Bの影響がかなり強いサウンドのバンドでした。デビューの1964年には「朝日のあたる家」が大ヒットして一躍有名になります。つづいて65年には「悲しき願い」「朝日のない街」66年「孤独の叫び」など、立て続けにヒットを飛ばしました。しかし、66年に突然解散。エリックはアメリカへ渡り、まったく違うメンバーでニュー・アニマルズとも言える、エリック・バードン&アニマルズで再びデビューします。その時のメンバーは、次のとおり。----------------------------------ERIC BURDON /ヴォーカルVIC BRIGGS/ギターJOHN WEIDER/ギター、ヴァイオリンDANNY McCLLOCH/ベース・ギターZOOT MONEY/キーボードBARRY JENKINS/ドラムス-----------------------------------「サンフランシスコの夜」(1967年)などをヒットさせます。その後、1968年には来日しますが、その公演中に解散してしまいます。そして、1998年エリック・バードン&ニュー・アニマルズとして、また活動を再開したようです。------------------------------------主なディスコグラフィー1964年 THE ANIMALS(朝日のあたる家)1964年 ANIMALS No.2(アニマルズ No.2)1967年 WINDS OF CHANGE(サンフランシスコの夜)1968年 THE TWAIN SHALL MEET(野生の若者たち)1968年 EVERY ONE OF US(エヴリ・ワン・オブ・アス)1968年 LOVE IS(ラヴ・イズ) -------------------------------------------------------------------------- さて"Animal Farm"-------------------------------------------------------animal Farm (1945) by"George Orwell"---------------------------------------- satirical allegory of the Russian Revolution, particularly directed against Stalin's Russia. Led by the pigs, the Animals on Mr Jones's farm revolt against their human masters. After their victory they decide to run the farm themselves on egalitarian principles. Inspired by the example of Boxer, the hard-working horse, the cooperation prosper. The pigs become corrupted by power and a new tyranny is established under Napoleon (Stalin). 'All animals are equal, but some animals are more equal than others.' Snowball (Trotsky), an idealist, is driven out. The final betrayal is made when the pigs engineer a rapproachement with Mr Jones. The book was originally rejected for publication by T.S. Eliot in 1944, but has gained since its appearance in 1945 a status of a classic. - Film adaptation from 1955 was a faithful rendition of Orwell's original work, but watered in the end the satire, and presented a socialist viewpoint: the system is good, but the individuals are corruptible. ------------------------------------おまけ-------サン=サーンス:動物の謝肉祭C. C. Saint-Saens: Le Carnaval des animaux-------------------------------------1.序奏と獅子王の行進Introduction et Marche royale du Lioncarnival1.mp32.めんどりとおんどりPoules et Coqscarnival2.mp33.ろばHemionescarnival3.mp34.かめTortuescarnival4.mp35.ぞうL'Elephantcarnival5.mp36.カンガルーKangaourouscarnival6.mp37.水族館Aquariumcarnival7.mp38.耳の長い登場人物Personnages a longues oreillescarnival8.mp39.森の奥に住むかっこうLe coucou au fond des boiscarnival9.mp310.鳥Volierecarnival10.mp311.ピアニストPianistescarnival11.mp312. 化石Fossilescarnival12.mp313.白鳥Le Cygnecarnival13.mp314.終曲Finalcarnival14.mp3--------------------------------------------------------------------------サンーンスというと、フランスの近代の作曲家の中でも保守的で、厳格というイメージがあります。中でも代表作のひとつである交響曲第3番「オルガン付」は壮大かつ厳粛な作品ですが、この荘厳なシンフォニーと同じ年にこの動物の謝肉祭は作曲されています。音楽鑑賞の教材として取上げられる、愛すべき小品群です。----------------------------------------編成は2台のピアノと弦楽合奏、フルート、クラリネット、チェレスタ、シロフォンなどですが、すべての楽器が使われる曲はあまりなく、主として2台のピアノが活躍します。-----------------------------------------第1曲 序奏と獅子王の行進。ライオンです。最初の序奏の音形が全曲を支配する動機となりますが、行進ではいかにもライオンが吼えているような低音の半音階の上下進行が印象的です。第2曲 めんどりとおんどり何羽かの鶏たちが鳴きながら追っかけ合いをしているかのイメージです。第3曲、ろば。2台のピアノで16分音符を素早く駆け上がり下がりに終始して、無鉄砲に走り回るろばを表します。第4曲 かめ。この曲は日本の運動会のかけっこの音楽としてもお馴染みのオッフェンバックの「天国と地獄」。この旋律を弦楽器ユニゾンで極端に遅く演奏させ、またピアノを単調な三連符を連続させ、のろまなかめを表現します。第5曲 ぞう。日本の童謡「ぞうさん」のように、この動物を音楽で描くと普通ゆったりと、大きな旋律線の曲が思い浮かびます。ベルリオーズの「空気の精のワルツ」とメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」のスケルツォからの旋律を使って、軽やかな曲に仕上がっています。第6曲 カンガルー。ぴょんぴょん跳ねるカンガルーの描写です。第7曲 水族館。キラキラした水中の様子が見事に音楽化されています。第8曲 耳の長い登場人物第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのみの掛け合いで、なんとも大胆かつ不思議な曲です。第9曲 森の奥に住むかっこう。タイトルそのままの美しい作品です。第10曲 鳥。大きなバードケージの中で飛び交う小鳥の描写です。第11曲 ピアニスト 第12曲 化石作曲者自身の作品「死の舞踏」の「骸骨の踊り」の主題が中心です。----------------------------------いよいよ--真打(しんうち)の登場です!!!----------------------------------第13曲 白鳥 黙って聞きましょう-------------------------------------第14曲 終曲。終わりの時やってきました。 ----------------------------------------------------------------------- 御試聴あれ!!!!
2004年07月04日
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------------------------------------------月見れば 同じ国なり 山こそば 君があたりを 隔てたりけれ(大伴池主)◆万葉集 巻第十八----------------------------------------------------------月見つきみれば、ちぢに物ものこそ かなしけれ我わがが身みひとつの 秋(あき)にはあらねど "大江千里"(おおえのちさと) 「古今集」より-------------------------------------------唐(中国)の詩人・白楽天も「秋の月を眺めながら秋の夜は、ただ自分ひとりのために長い」と詩に詠んでいます。-------------------------------------------"大江千里" 平安時代初期の漢学者、大江音人の子。在原業平は叔父にあたるといわれています。歌人、漢学者として知られ、役人としても文章博士、兵部大丞にまでなっています ------------------------------------------------------------------------今来(いまこ)むと いひしばかりに 長月(ながつき)の 有明(ありあけ)の月を 待出でつるかな "素性法師"(そせいほうし) --------------------------------------------「今すく会いにいきましょう」と、あなたがおっしゃったので、そのおことばを信じて、九月の長い夜を待ちつづけ、とうとう夜が明けて、有明の月が出る頃をむかえました。お恨みしています。---------------------------------------------- "素性法師" 僧正遍昭の子で、俗名は良岑玄利。役人として朝廷に仕えていましたが、父のすすめで出家、京都の雲林院に住みました。歌人、書家としてもすぐれ、宇多天皇と醍醐天皇のお気に入りでした。 -----------------------------------さて七月----"文月"(ふづき)------------------------------------------7月のことを"文月"と言います。七夕(たなばた)に託して書(ふみ)をひらくから"文月"----穂含(ほふくみ)月から転じたとも言われています。 -----------------------------------"July"5番目の月を意味するラテン語"クウィンティリウス"にジュリアスシーザが生まれました。そして紀元前46年、ジュリアスシーザの時代の歴法改良の時に、現在の1月に当たる月を年始に移したが、その2年後にジュリアスシーザが暗殺されました。ジュリアスシーザの誕生月に当たるこの月の名をシーザの名にちなんでラテン名ユリウスと改めました。(現在では"Iulius"は"Julius"に置き換われています。) ----------------------------------------"中元"中元というと、進物を送る時期という事になっています。1月・7月・10月の15日を、それぞれ上元・中元・下元の三元節とする道教の祭日の1つです。 ----------------------------------------------------------------------------------In your town,can you look "pleine-lune"(full-moon)?????-----------------------------------------おまけ-----「月がとっても"青い"から」(清水みのる 作詞・陸奥明 作曲)♪月がとっても青いから遠まわりして帰ろうあの鈴懸(すずかけ)の並木路(なみきじ)は想い出の小径(こみち)よ腕~をやさしく組み合って二人っきりで サ帰ろう♪月の雫(しずく)に濡れながら遠まわりして帰ろうふと行きずりに知り合った想い出のこの径(みち)夢~をいとしく抱きしめて二人っきりで サ帰ろう♪月もあんなにうるむから遠まわりして帰ろうもう今日かぎり逢えぬとも想い出は捨てずに君~と誓った並木みち二人っきりで サ帰ろう------------------------------------------作曲の陸奥明氏は、この歌を歌った菅原都々子の実父です。------------------------------------------
2004年07月03日
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"牧神の午後"--------------------------------------------------------------『牧神の午後』の初演は1912年5月29日パリ・シャトレ劇場、ディアギレフ・ロシア・バレエ団(Ballet Russes,バレエ・リュス)によるものです。主演は伝説のワスラフ・ニジンスキーです。振付けもニジンスキーと妹のプロニスラヴァ・ニジンスカの二人で行なっています。モダン・バレエ革命を主導したのは、このバレエ団の主宰者セルゲイ・ディアギレフと彼の弟子たち-----、ミハイル・フォーキン、ワスラフ・ニジンスキーらです。このバレエ団は最初1909年5月19日パリ・シャトレ劇場で最初の公演を行ないました。演目は『アルミードの館』『イーゴリ公』『クレオパラ』。翌年には『シェエラザード』『火の鳥』が公開され、特に当時全く無名であった『火の鳥』の作曲者ストラヴィンスキーはこの作品により1晩にしてスターになりました。その翌年1911年、同バレエ団はモンテカルロ公演でフォーキン振付けニジンスキー主演による『薔薇の精』を公開。この作品でニジンスキーはその驚異的な跳躍力を見せて観客の度肝を抜きます。ラストで"薔薇の精"が窓から飛び出していくところは、あたかも空中に消えていくようと言われ、彼は伝説の人となります。翌年ニジンスキーは自ら振付けを担当した"牧神の午後"で、そういう自分を真っ向から否定し、自分の踊りは跳躍だけが売り物ではないのだということを見せつけました。この作品のベースは象徴派の詩人"Stéphane Mallarmé"の長詩『牧神の午後』"L'Après-Midi d’un faune" です。----------------------------------------------"L'Après-Midi d’un faune" Si clair, Leur incarnat léger, qu’il voltige dans l’air Assoupi de sommeils touffus. Aimai-je un rêve ? Mon doute, amas de nuit ancienne, s’achève En maint rameau subtil, qui, demeuré les vrais Bois même, prouve, hélas ! que bien seul je m’offrais Pour triomphe la faute idéale de roses. Réfléchissons... ou si les femmes dont tu gloses Figurent un souhait de tes sens fabuleux ! Faune, l’illusion s’échappe des yeux bleus Et froids, comme une source en pleurs, de la plus chaste : ------------------------------------------中略------------------------------------------" Par le talent ; quand, sur l’or glauque de lointaines " Verdures dédiant leur vigne à des fontaines, " Ondoie une blancheur animale au repos : " Et qu’au prélude lent où naissent les pipeaux " Ce vol de cygnes, non ! de naïades se sauve " Ou plonge... ---------------------------------------------------中略---------------------------------------------------Je t’adore, courroux des vierges, ô délice Farouche du sacré fardeau nu qui se glisse Pour fuir ma lèvre en feu buvant, comme un éclair Tressaille ! la frayeur secrète de la chair : Des pieds de l’inhumaine au cœur de la timide Qui délaisse à la fois une innocence, humide De larmes folles ou de moins tristes vapeurs. " Mon crime, c’est d’avoir, gai de vaincre ces peurs " Traîtresses, divisé la touffe échevelée " De baisers que les dieux gardaient si bien mêlée : " Car, à peine j’allais cacher un rire ardent " Sous les replis heureux d’une seule (gardant " Par un doigt simple, afin que sa candeur de plume " Se teignît à l’émoi de sa sœur qui s’allume, " La petite, naïve et ne rougissant pas : ) " Que de mes bras, défaits par de vagues trépas, " Cette proie, à jamais ingrate se délivre " Sans pitié du sanglot dont j’étais encore ivre. Tant pis ! vers le bonheur d’autres m’entraîneront Par leur tresse nouée aux cornes de mon front : Tu sais, ma passion, que, pourpre et déjà mûre, Chaque grenade éclate et d’abeilles murmure ; Et notre sang, épris de qui le va saisir, Coule pour tout l’essaim éternel du désir. À l’heure où ce bois d’or et de cendres se teinte Une fête s’exalte en la feuillée éteinte : Etna ! c’est parmi toi visité de Vénus Sur ta lave posant tes talons ingénus, Quand tonne une somme triste ou s’épuise la flamme. Je tiens la reine ! O sûr châtiment... Non, mais l’âme De paroles vacante et ce corps alourdi Tard succombent au fier silence de midi : Sans plus il faut dormir en l’oubli du blasphème, Sur le sable altéré gisant et comme j’aime Ouvrir ma bouche à l’astre efficace des vins ! Couple, adieu ; je vais voir l’ombre que tu devins. ------------------------------------------------------------------------------------------彼はこれを劇として上演したかったが無理だといわれマネ(!!)の挿し絵付きの本として自費出版(!!)しました。これに感動したのがドビュッシーで、彼はマラルメに捧げるオマージュとして『牧神の午後への前奏曲』を作曲します。ドビュッシーはこの作品はバレエとしてなら上演できるのではないかと考え、その夢は20年後のニジンスキーによって実現されることになります。むろんドビュッシーの曲に合わせて踊るものです。物語自体は非常に単純なものです。水辺でニンフたちが水浴びをしている。そこへ彼女たちの美しさに目を奪 われた牧神パンが仲間になりたいと思ってやってくる。しかしニンフたちはパンが半獣半人の姿なので驚いて逃げてしまう。パンがすごすごと引き上げるとニンフはまた戻ってくる。そこでパンがまた彼女たちに近づくとニンフはまた逃げてしまう。しかしその中の一人だけがパンに興味を持ち残って彼を見る。パンはこのニンフに対して求愛の踊りを踊る。ニンフもこの愛を受け入れるかに見えたが、パンが彼女を抱きしめようとした瞬間ニンフはさっと逃げていく。パンはひとり残されて悲しみに沈むが、やがて彼女が落として行ったスカーフを見つけ、それを岩の上に敷いて座り、自らを「慰める」。-----------------------------------------当時このラストシーンでニジンスキーは舞台の上で恍惚の表情を見せ、しかも最後は「ハー」と力を抜く仕草までしてみせます。ニジンスキーでなければ許されない演出かも知れません。これを最初に見せられた初日の観客は戸惑いの表情を見せ、翌日の公演ではブーイングとアンコールの声が半々であったといいます。当時の評論家の意見もまっぷたつに分かれました。このような反応を引き起こしたのは、その衝撃的なラストシーンの為だけではありませんでした。ニジンスキーはこの作品でわずかに一回小川を飛び越えるのに飛んだだけでそのほかは一切跳躍も回転も使わず、常に体は前向き、頭は常に横向きで、ずっと地に足をつけて踊っています。それは男性舞踊手に求められがちなダイナミックな踊りを拒否し、3次元的な動きまでも拒否して、2次元的な、極めて限定された中で、演技力の限界に挑戦したものです。この異様な緊迫感がマラルメの幻想的な詩の世界を見事に演出しました。なお、この作品が上演された時期、フォーキンはロシア・バレエ団を離れていました。ディアギレフが自分の愛人であるニジンスキーを一座の中心に置きたかった為です。しかししばらく後にニジンスキーは南米公演の途中でバレエ団の新人バレリーナと結婚します。バイセクシュアルなニジンスキーにしてみれば男性との関係と女性との関係は別次元のことでしたが、ディアギレフにとっては、これは裏切り行為に思われました。そこで彼はニジンスキーを解雇。そして再びフォーキンを口説き落としてバレエ団に復帰させますが、その後今度は若いレオニード・マシーンにのめり込んで、彼をニジンスキーに続く第二のスターに育て上げていきます。------------------------------------------------------------------------------------------"ヘルメス"はオリンポス12神の一人。伝令の神として知られていますが音楽の神"アポロン"が弾く竪琴を発明したのは生まれたばかりの"ヘルメス"でした。"ヘルメス"の音楽の非凡な才能に音楽の神としての評判がたちました。そこで"アポロン"と"ヘルメス"が腕比べをすることになりました。あるとき音楽の神"アポロン"と"ヘルメス"が音楽の腕比べをすることになりました。このとき審判に選ばれたのは山の神"トモロス"と"ミダス"王でした。以前、"アポロン"と牧神"パン"が音楽の腕比べをしたときも審判員は同じでした。"ミダス"王が崇拝する"パン"はいつも吹いている葦笛を見事に吹きました。野や山に響き渡る清らかな音色でした。"アポロン"が立ち上がり金の竪琴を鳴らしだすと音色を耳にするもの、山の動物、木、すべてが魂を奪われてしまいました。"トモロス"は"アポロン"の勝利を告げましたが"ミダス"だけは"パン"のほうが上手だと言いました。"アポロン"は怒って「お前の耳はなんてばかな耳だ。ロバの耳になれ。」と言いました。"ミダス"の耳を"ロバ"の耳にしてしまいました。それ以来"ミダス"は特製の帽子で隠していました。今回の審判で"ミダス"は"アポロン"に票を入れて耳を直してもらおうと考えています。"ヘルメス"が石に腰をおろして笛を吹きました。とてもやわらかな笛の音色は風の吐息のようになり聞く人は眠くなりました。"ヘルメス"の笛の音には眠くする魔力があり、"ミダス"が眠り、"トモロス"が眠り、"アポロン"まで眠くなり、とうとう"アポロン"もうとうとしてしまいました。ついに3人とも深い眠りに落ちてしまいました。"ヘルメス"は夢を与える神の杖で3人に夢を見させました。そして眠りを邪魔しては悪いと思いそっと帰ってしまいました。"ミダス"はもちろん"ロバ"の耳を直してもらえませんでした。---------------------------------------------「王様の耳はロバの耳」という童話を聞いたことがあると思います。ギリシア神話で音楽の神"アポロン"と牧神"パーン"の音楽のコンテストからきています。ギリシア神話に"ヘルメス"と"アポロン"が音楽の腕比べをしたという話はありません。"ヘルメス"の音楽の才能とイタズラ好きを考えて創作しました。"ヘルメス"は最初から真剣に競うつもりはありません。きっと眠らせてやろうと考えていたに違いありません。------------------------------------------------------------------------How are you feeling "that"????------------------------------------
2004年07月02日
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"迷宮"(a labyrinth)---------------------------THE LABYRINTH The Labyrinth is a multi-disciplinary gateway to Medieval Studies resources all over the web.It was invented and is maintained at Georgetown University by Profs. Deborah Everhart and Martin Irvine.It was one of the first, and remains one of the best humanities web gateways, with materials on Medieval art, architecture, cartography, manuscripts, music, philosophy, theology, religion, literature, language, history, culture, and more, with sections devoted to textual databases, pedagogic resources, and professional information, and also special sections on Arthurian studies, heraldry and chivalry, medieval women, Vikings.It gets more than 160,000 hits a month from all over the world, though occasionally monthly hits go as high as two million.-----------------------------------------Why take the "detour" ?-----------------------------------------Qu'est-ce que "Multitudes" ?UNE REVUE, UN SITE, UNE LISTE Multitudes est une revue politique, culturelle et artistique, à parution trimestrielle. Fondée en mars 2000. elle est devenue le support d'un collectif éditorial transnational qui modére une liste électronique et met en ligne ce site. Multitudes est partie prenante du réseau mondial autour de Toni Negri et Michael Hardt et de leurs livres : Empire et Multitude Multitudes met la "question politique" au rang de ses priorités, mais ne constitue pas une organisation politique présente dans le champ institutionnel. UNE ANALYSE , UN PROJET Intervenir de façon créative dans le champ intellectuel politique, philosophique et artistique contemporain en mettant à jour les concepts et les méthodes formulés, dans les années 70, par le courant de l' "opéraisme" et les transposer dans la situation actuelle : Au coeur de la mondialisation, le pouvoir constituant des "multitudes", apparait être le point nodal d' une politique d'émancipation et de solidarité différentialiste où, selon l'expression de Bifo, il s'agit de "constitutionnaliser le devenir " . Dans ce processus, les subjectivités minoritaires présentes dans les mouvements "post-socialistes" ou " post-identitaires" contemporains ( des indiens du Chiapas en passant par le mouvement des femmes ou des homos, les précaires ( "intermittents" ou chômeurs ), les " hacktivistes " d'internet et des médias, jusqu' au mouvement anti-guerre etc..) démontrent leur vitalité en tant que composantes incontournables, d'un "cognitariat " en constitution, substance même d'un "capitalisme cognitif " qui tente de se frayer la voie, en se substituant au capitalisme industriel. Leurs luttes, expérimentent en acte, une politique des multitudes consistante et autonome, au point de ne plus devoir recourrir aux traditionnels "débouchés politiques " offerts par les organisations du " mouvement ouvrier". LE CONTENU DU SITE L'objectif et le contenu de ce site ( visité par environ 1500 personnes /jour,soit 335000 depuis son ouverture en mars 2003 ) sont plus étendus que ceux visés par la revue Multitudes. Ils comprennent un traitement de questions d'actualité et des archives du courant "opéraiste ", qui n'ont pas trouvé leur place dans la formule actuelle de la revue imprimée. Ils incluent : des débats et des textes d'actualité (2% des visites ) , la mise en ligne de la revue ( 38% des visites) des "compléments électroniques "à chacun des numéros ( traduction en différentes langues, textes contributifs, textes non publiés etc...) ( 14% des visites ) et diverses archives : Bibliotéque diffuse, archives de la revue "Futur antérieur" ( 30% des visites ), archives de la rubrique "Actualité" ( 10% des visites ) .-----------------------------ArticlesLa revue Multitudes ? - Fiche signalétique du site - Plate-forme de lancement de la revue, le 3 mars 2000. --------------------------------------------------------------"月亮代表我的心" (テレサテン)みずがめ座「ユェ リィァン ダイ ピィァオ ウォ ディ シン(月が僕の気持ちを表しているよ)」香港ではもっともスタンダードな曲として知られてます。テレサテンの歌唱力と美声で大ヒットしました。-------------------------------------------------------♪♪♪♪[イ尓] 問 我 愛 [イ尓] 有 多 深にぃ・うぇん・うぉ・あい・にぃ・よう・とぅお・しぇん我 愛 [イ尓] 有 幾 分うぉ・あい・にぃ・よう・ちぃ・ふぇん我 的 情 也 真うぉ・てぃ・ちん・いぇ・ちぇん我 的 愛 也 真うぉ・てぃ・あい・いぇ・ちぇん月 亮 代 表 我 的 心ゆぇ・りぃあん・たい・ぴぁお・うぉ・てぃ・しん[イ尓] 問 我 愛 [イ尓] 有 多 深にぃ・うぇん・うぉ・あい・にぃ・よう・とぉ・しぇん我 愛 [イ尓] 有 幾 分うぉ・あい・にぃ・よう・ちぃ・ふぇん我 的 情 不 移うぉ・てぃ・ちん・ぷぅ・い我 的 愛 不 變うぉ・てぃ・あい・ぷぅ・ぴぃぇん月 亮 代 表 我 的 心ゆぇ・りぃぁん・たい・ぴぃぁお・うぉ・てぃ・しん※輕 輕 的 一 個 吻ちん・ちん・てぃ・い・こぉ・うぇん已 經 打 動 我 的 心い・ちん・だぁ・とぅぉん・うぉ・てぃ・しん深 深 的 一 段 情しぇん・しぇん・てぃ・い・とぅぁん・ちん教 我 思 念 到 如 今ちぁお・うぉ・す・にぃぇん・たぉ・るぅ・ちん[イ尓] 問 我 愛 [イ尓] 有 多 深にぃ・うぇん・うぉ・あい・にぃ・よう・とぅお・しぇん我 愛 [イ尓] 有 幾 分うぉ・あい・にぃ・よう・ちぃ・ふぇん※※[イ尓] 去 想 一 想にぃ・ちゅ・しぃぁん・い・しぃぁん[イ尓] 去 看 一 看にぃ・ちゅ・かん・い・かん月 亮 代 表 我 的 心ゆぇ・りぃぁん・たい・ぴぁお・うぉ・てぃ・しん♪♪♪♪<※ 繰 り 返 し、※※ 2 回 繰 り 返 し>-------------------------------------------------------月亮代表我的心君は僕に、どれくらい深く君が好きか、どれくらいの割合で君が好きか、と聞く僕の気持ちは本物だよ僕の愛は本物だよ月が僕の心を表しているよ君は僕に、どれくらい深く君が好きか、どれくらいの割合で好きか、と聞く僕の気持ちは移らないよ僕の愛はかわらないよ月が僕の心を表しているよ軽いキスでも、僕の心を動かす君と付き合っていた時の気持ちは深い今でも忘れられないよ君は僕に、どれくらい深く君が好きか、どれくらいの割合で好きか、と聞く考えてごらん、見てごらん月が僕の気持ちを表しているよ-------------------------------"テレサ・テン"---Fore-ever-------
2004年07月01日
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