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きのうは、原稿を書きまくった。ブログも3本。県議会ニュースも、1面の割付だけで数日、足踏みしていたことろから大きく踏み出し、2面のラフ割付、1・2面の原稿。凸版・見出しを一気に書きました。後は、マイ・ブレーンが見事に仕上げてくれるはず。頑張ったごほうびとして、観ました「シンデレラマン」。封切された時から観たいと思っていた作品です。長女と二人で、歓声を上げ、拍手も送りながら充実した深夜のDVD鑑賞会。一言ではとても言い表せない感動を覚えました。特典映像の時に僕は眠りに落ち、目覚めると、長女も一緒にテレビの前にごろ寝だった。お正月いらいの開放感にひたった昨夜でした。きょうは、政治資金収支報告書を提出したり、資料整理を県議会で行った。予定外のお客様がお見えになり、きょう仕上げようと思っていた原稿執筆は明日に持ち越し。資料を抱えて、ふじみ野市のフクトピアへ。中野清衆院議員の国政報告会で、公明党を代表してご挨拶をさせていただいた。それにしても、大勢の市民が駆けつけていらっしゃった。たいしたもんだ。
2006.03.31
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さまざまな問題について取材されたり、意見交換をしてきた県政クラブの女性記者のSさんが東京本社に転勤される。僕は、県議会ニュース原稿を書くため、議会に来ていて、お別れの挨拶をしました。意見交換の時間は楽しく、とてもとても参考になる話も多かったから。ショックです。時々へこんでいるのかな、と感じた時もありましたが、基本的にとても記者魂のしっかりとした方で、小柄な体の中から、エネルギーのほとばしりを感じさせる方でした。知り合って4年近くになりますが、フレッシュ、フレッシュ、フレッシュという歌詞のような素晴らしい方でした。それでいて、知事会見では、結構、食い下がる質問を浴びせかけていた、それも嫌みのない質問をなさるところが凄かった、記者さんです。残念。しかも、しかも、2ヶ月前にご結婚なさったとか。驚きです。つまり、結婚されたかどうか、全く僕は気づかないまま、2ヶ月間、この記者さんとお話をしてきたということです。ということは、僕が相当、女性の変化に鈍感なのか、それとも、この記者さんがプロ意識を確立なさっているか、答えはどちらでしょうか。人事異動の季節なのですね。県庁職員の皆さんも、公明党控え室にいると次々と異動の御挨拶にお見えになります。職員の皆さんも、記者さんも、こちらが親しくなったかと思う頃には、異動です。僕も勤めていた頃は人事の季節になるとそわそわと落ち着かなかったものですが。県庁を取り巻く世界で異動がないのが議員だけです。異動のないのも寂しい。あるのは落選だけです。議員年金がよく騒がれますが、退職金がゼロで、なおかつ4年に1回、選挙費用を使うことについて同情する論調にはお目にかかったことがありません。
2006.03.30
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僕の一番好きな音楽の一つは、エレキサウンド。小学校の頃から痺れっぱなし(詳しい話は、僕のHP・htto//www.n-fukunaga.comの福ちゃんウイークリーのバックナンバーに数回、書いています)。 特に、演説の前などは、「津軽じょんがら節」「夜空の星」など寺内タケシとブルージーンジズの演奏を聴いて会場に臨みます。士気が鼓舞されます。 自分は全くギターを弾けないのですが、そんなわけで4年前から「エレキアゲイン」という名前のコンサートを催すお手伝い(人集め)を一生懸命やっています。 このバンドが実に素晴らしい音を奏でてくれます。PAスタッフも大学教授。リードギターのアキラ村上さんは、寺内さんそっくりのお顔、べしゃり、演奏技法。非の打ち所のない演奏会です【過去の演奏曲目などは私のHP・・htto//www.n-fukunaga.com参照】。入場料も赤字の出ない程度の1000円でこれまでやってきました。 これまでのビデオもあります。参加・ビデオ購入ご希望の方はメールmail@n-fukunaga.comまでどうぞ。 以下はHPにアップ予定の原稿です。エレキアゲイン2007開催が決定! 2007.1.28(日)18:00開演の予定 あのエレキアゲインが帰ってきます! 明春1月28日(日)午後6時から、川越市民会館で開催されます。「津軽じょんがら節」「レッツゴー運命」「夜空の星」「ダイヤモンドヘッド」など青春のエレキナンバーが炸裂します。先行予約は、FAXのみ受付。049(241)3087上野まで【前売り券は1000円】。お名前・ご住所・お電話番号・枚数を明記してください。
2006.03.30
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HPにアップするのと同じ原稿です。すいません。新合併特例法に基づく「埼玉県市町村合併推進構想」の策定作業を続けていた市町村合併推進審議会は3月29日、今の71自治体を12市に再編する合併構想をまとめ、上田知事に答申しました【詳細は埼玉県ホームページを参照】。合併の期限は4年後の22年3月末。 福永県議は審議会の委員として、審議会の開催されるたびに、大胆な合併構想策定に向け議論をリードしました。 構想が実現すれば、議員定数は1046人減り、59の自治体で市町村長・助役(2人の自治体も)・収入役(不在のところも)を減らすことができます。また、自治体職員は、合計で3038人削減できる計算になります。 こうした計算をその場ですぐにするのが福永県議。席上、議員と首長の削減数にふれながら、県が強力な指導性発揮を要請しました。 人件費の側面からだけでも、大変な行財政改革になります。 席上、福永県議のお隣の西川雅史委員(埼玉大学大学院助教授)が「この先、増税か合併かという選択肢を迫られることになる自治体の財政難を、県が県民の前に明らかにしながら合併について考えてもらうことが大切」という趣旨の発言をなさったのが極めて深い印象を残しました。もう一方のお隣の前島悦子委員(埼玉県生協ネットワーク協議会会長)も、県のリーダーシップに大きな期待を寄せる発言をなさいました。
2006.03.30
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昨夜は午後9時過ぎから、お正月いらい3ヶ月ぶりに、レンタルビデオ店に行った。3日から関塾に就職する長男と一緒。明春に向けて連日、就職活動中の長女は友達と会っていたため不参加。僕は「シンデレラマン」を借りたかったのだが、最初の店ファミリーブックはすべてレンタル中。結局、長男がCDを借りただけ。長男を自宅へ送った後、どうしても借りたくて、一人マニアックへ。「シンデレラマン」は、ありました。ついでに、憧れの二コールキッドマンの「奥様は魔女」も。これは絶対お得な感謝デーのせいです。でも、忙しくて、まだ見ることが出来ません。きのうは、お互い話がたまっていたので、某社へ。社長を含め3名を相手に話し合いをしていたのですが、Iさんが「私は川越市に住んでます」と教えてくれた。途端に、僕の表情が一気にほころんで上機嫌になったことを捉えて社長が笑い出してしまった。政治家は「票こそわが命」。「票のためなら女房も泣かす それがどうした文句があるか」「票がすべてさ」「選挙ゆえ苦しみ、選挙ゆえ悩み」。「同情するなら票をくれ」「票がすべてさ」。来年の今日、19年3月30日は県議選告示日になると思います。定例会を終えた後の県議会ニュースもまだ書いていないし……。「何がDVDを借りただ!。しかも、そんなことを書いてる暇があるのなら、票獲得のために時間を使え。川越市の読者が比較的少ないブログを書く時間があれば、もっと票につながることを書け。替え歌を歌ってる場合じゃない」という声が、頭の中でこだましています。哀しい性です。そういえば、昨夜の会議では、皆さんに「票拡大のために頑張ろう」と呼びかけたばかり。反省します。ところで、離婚の場合、財産分与請求権の時効が2年。慰謝料請求権の時効が3年であることを1月に市民相談をきっかけに学んだが、今日は、配偶者の了解を得ず提出された(妻もしくは夫が夫婦両方の署名をし、2名の証明者の署名までしてしまう)離婚届を無効にすることを求める調停がおもいのほか難しい作業であることを、やはり市民相談のおかげで学んだ。
2006.03.29
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感動的な言葉を書く。「力を出し切って戦う」「大いに苦労し、自分で地盤を築く」「あらゆる課題に真正面からぶつかる」「先頭に立て」「よくするためには、勇気を持って言い切れ」「戦いに参加できないことはもっとも悪い。はってでも来ようとする精神を」 公明新聞記者時代に「休みたい」と電話したときに、上司から「戸板に乗ってでも来い」と言われたことを思い出した。「皆が何でも言い合える組織は、必ず発展する」「要領や弁解が始まると、そこから弱くなる」「節約とは、地味に見えて、事業の根幹をなす実践」「嫌な先輩がいたら、『自分が偉くなって、もっとよくしよう』と思えばいい」「大変な時こそ、もう一度、初心に帰ろう! 原点に返ろう!」「大事なのは精神が高揚しているかどうかである」「何をするにしても、二段構え、三段構えでやってゆけ」「自分の頭で考えない事務屋になってはいけない」「とにかく頭を使え! 考えろ!」「一番難しいところから始めよ。そうすれば、あとは、やさしい」「『種』は、もともとは、本当に小さなものだ。しかし、小さいからといって粗末にできない」「やがて、『大樹』となる可能性を秘めているからだ」午前5時半に起床。今朝の聖教新聞に掲載されていた池田大作氏のスピーチから抜粋した。
2006.03.28
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午前4時に起床。昨日の相談案件をまとめる。少しまどろんでいたところ、7時ごろに心痛むご相談。午前中は、打ち合わせ。「一人を大事にする」ことの実践について、涙ぐむほど感動するお話をうかがうことができた。午後からは来客2組。それぞれ約1時間。調べ物の回答が1件。朝の件で資料を送付。大慌てで県議会を出て、1時間遅れで通夜へ。その後、公明新聞拡大キャンペーンで1社が継続購読を確約してくださった。これで、今月は1年購読が2社、2人。新規購読は1社1人。議会の関係で出遅れが目立つ。しっかりと頑張ろう。土日も張り切ったせいか、少し疲れを覚えたため、12時前に就寝。明日、早起きして挽回しよう。
2006.03.27
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午前中から浦和で会議。中心者は私。「談論風発」。この言葉は、矢野じゅんが委員長に就任したときに掲げた言葉だから、あまり好きなじゃないが、あえて使う。まさに、自由闊達な、なおかつ前向きな意見交換だった。いい人ばかり集まったせいだろう。自分が心がけていることは、自分が中心となる会議において、ほとんど全員が意見を表明できる雰囲気をつくることと、意見を引き受けて次の人に掘り下げた意見表明を求めるように仕掛けること。今日は、上々の出来だった。このところ、公明党らしさを、伝統として後の世代にも引き継いでいかなければならないと思いが強まっている。公明党にぶら下がっているだけで、党勢拡大に貢献できない議員はとっとと出て行けばいい。ところが、こうした議員ほど「無自覚」であること、このうえない。原点を想起させる文章に接しても、他人事としか受け止めることができない。注意を喚起しても、その言葉をまず受け入れて考えるべきところだが、直ちに反論・言い訳を考え始める。そういう思考回路に陥ってしまっている。だからといって、放置しておけば、悪が増長するのは、竹入・矢野が示した通り。何とかしなければ。お騒がせな永田氏も同類。恥を知らない。思考回路は、保身のための弁解・言い訳の方向にしか向かわない。議員どころか、人間として、最低であることに、思いが至らない。山口泰明代議士令夫人のご尊父様の葬儀に開式直前に滑り込む。南田島の故小俣茂次氏。小泉総理、武部自民党幹事長、土屋義彦元参議院議長らの花輪がずらり。壮観だった。終了後、自宅で会議の結果を文章化。6時からご近所の故大野長三郎の通夜へ。我が家は、故人の葱畑を借り受けていた。お元気な頃は、自転車に乗った故人と毎日のように挨拶を交わしていた。今の家に越してきてから、一番多く挨拶を交わしたのが故人である。その笑顔はいつも温かみにあふれ、故人の優しい人柄がにじみ出ていた。焼香の前に、そんなことが思い出され、思わず涙ぐんでしまった。合掌。お清めは、道路のはす向かいの武田さんと元自治会副会長の桜井さんと並んで、お話をした。桜井さんは、元自治会長の荻野辰男たちとともに大恩人のお一人。私よりも10歳以上も年上ながら青梅マラソンに参加なさったとのお話をうかがう。向かい側に座っていらっしゃった富永さんから「時々、富永と福永を間違って配達されることがあります。いつもお届けしいていますよ」と声をかけられた。恐縮すると「間違えるのは郵便局の人ですから。謝らなくても」とおっしゃってくださった。知らないところで、いろんな方のお世話になっていることを教えられた。帰宅すると、昨夜、電話でご相談を受けた方から電話が入っていた。直ちに出かけて1時間半近くお話をお聞きした。帰宅後、楽天のブログへアクセスしてくださっている皆さんのブログを読む。どうも、政治家の私と距離の遠いところに位置していらっしゃる方のアクセスであることがよく分かる。うーん。
2006.03.26
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ようやく2月定例会がきのうで終わり、ホッとしています。よく眠れたこと。午前中ゆっくりとした後、浦和に向かい、だれもいない県議会控え室で自分の机の片付けなどをしながら、今後の自分の活動方針を練ったり、ぼんやりして過ごしました。議会開会中は、本当に神経を使っているものだなと、きのうまでの1ヶ月あまりを振り返ってしみじみ、そう思いました。頭の中を空っぽにした一日でした。明日から、いよいよ来年4月に向けてスタートを切ります。
2006.03.25
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「やっと終わった」。これが正直な感想。ホッとしました。机の上に詰まれた資料を片付けた後、「福永信之ニュース」の割付。使用する写真を大胆にトリミングしながら、定規と鉛筆と消しゴムでレイアウト。公明新聞に勤務したおかげで、整理・校閲・原稿といちおう一通りの新聞作りはすべてこなせる。本当にありがたい経験を積ませてもらった。1面が決まったので大慌てで県議会を出た。あと1ページの割付と記事を書く作業は、土日でやっつけよう。いつも豆を買いに行くドトールコーヒーの新狭山駅前店へ。きょうは感謝デー。9時の閉店に滑り込んだ。でも、先日、長男から「感謝デーは、ドトールの若い店員さんとお話ができることに、父さんが感謝する日じゃないのかな」とからかわれたばかり。そういわれれば、そんな気もする。この店の横井さんや栗原なんは、中年の私に、こちらが感謝したくなるほど、優しい笑顔を見せてくれる。感謝、感謝。だから、ほかのドトールへは全くといっていいほど顔を出さなくなってしまった。今日から、HPの作成・更新を一手に引き受けてくださっている方が、本業の関係で、遠方に引越される。とても辛いが、私の出す仕事量は片手間でこなせるくらいの量しかない。仕方ないことだが、ちょっぴり悲しい。
2006.03.24
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議会の後、川越相支部の議員会。帰りに【メール詐欺】っぽい騙しの手口にひっかかった家へ。アドバイスし、念のため、というか私の言葉だけよりも警察に行くことでご本人の安心感が生まれるから、明朝、川越警察に行きたいとの要望を受けたので、警察に行くにあたってのアドバイスも加え、午後10時半頃帰宅。もう一つ新規の市民相談が舞い込んでいた。遅いので、明日、お電話することにして、妻が録画しておいてくれた『白夜行』を観た。哀しい物語だ。引き込まれてしまうドラマだった。DVD・BOXがほしくなったくらい。僕のことだから、きっとレンタルで済ませるが。
2006.03.23
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午前中は、霞ヶ関小学校の卒業式。一番、卒業式らしかく感動したのは、卒業証書授与と、卒業生と在校生のかけあいの構成された最後の別れの言葉。市長や教育委員会の言葉は、毎年、小学校でも中学校でも感じることだが、果たして必要なのだろうか。校長の言葉にすべて込められていると思うのだが。屋上屋を重ねるというか蛇足というべきか。「児童生徒が主役」という観点に立てば、答は出るはずだが。会場に向かう途中、先生たちが児童の安全のために作成した資料を見つけた。先生方が、通学路の安全性をご自分の足で確かめたことの分かるペーパーだった。ご苦労に頭の下がる思いがした。正午前に県議会へ到着。猛烈に仕事をした後、宛名印刷の終わった県議会ニュース発送用の封筒を受け取りに出かけた。8箱を車に積み込み、マイ・ブレーンのところへ。自分の手に負えない課題について、ご教示を受ける。久しぶりに早めに帰宅。懸案が一つ前進したので、ホッと一息つけた日だった。新たな市民相談が2件。
2006.03.22
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王ジャパンが世界一の栄冠を手にした。万歳! イチローの発言、ビヘイビアに感動し続けた戦いだった。珍しく妻も大いなる関心を示し、連日「イチローは最高」を連発していた。初回の攻防を自宅で観戦し、大声で応援し歓喜した。「一番いいところを観たのだから」と自らに言い聞かせて後ろ髪をひかれる思いで、2軒訪問。その後、午後3時からの会議に向かったのだが、カーナビのテレビを最大音量でつけっぱなしで走行した。30分前に会場に到着し、午後2時58分、優勝が決まるまでテレビにかじりついた。会議終了後、県議会で仕事をしたため夕食を食べないまま、午後7時からもう一つの会議。9時過ぎに早めの帰宅。王ジャパンのおかげで、議会のことが頭の中から消し飛んだ1日だった。夜の会議は、物事を実質的に前へ進める内容であり、充実していた。昼間の会議は、最高責任者が最後まで口を閉ざしていたことが、印象に残った。他人事ではないだろうに。物事を前へ進めようとすれば、波風の立つことが多い。黙っていれば、それがない。何もしなければ、何の波風も起きない。安易な方向に流れる提案は受け入れやすい。虎穴にいらずんば虎児を得ず。でも、臆病者が剣を持つことは、かえってマイナスになるから仕方ないと思い、きのうの会議では沈黙した。。かつて先輩から「新しいことを提案した時に賛成者が2割程度しかいなければ、それは斬新な手法だ。8割方が賛成するようでは、もうその提案は陳腐だといえる」といわれたことが忘れられない。ちなみに、この先輩からは「ナイフは鋭利だが、鉈(なた)と喧嘩したら負けるよ」と言うことも教えられた。特に、この言葉は折に触れて思い出すことが多い。
2006.03.21
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きょう長男が創価大学を卒業した。長男は32期。長女は来年卒業の33期生だ。1期生の私も含め3人とも法学部。来月には、私の実弟の次男が36期生として入学する。甥は、一般入試で現役合格を勝ち取った。長男は一浪の末、長女は推薦入試。三者三様だ。自分が、中年らしくなってもしょうがない。創価大学が開学して35年が過ぎたのにもかかわらず、創立者が学生に寄せてくださる思いは全く色あせることがない。それどころか、ますます深く、温かい期待を寄せてくださっている。自分の最高の誉れは、2人の子どもがわが母校・創価大学に学べたことである。そして、甥が、創価大学に進んでくれたことである。合格の知らせを受けた時は、うれしさがこみあげた。来春以降、母校に行く機会が少なくなるのは残念だから、妻に通信教育学部で学ぶことを勧めた。以前は素っ気なかったが、少し考え始めたようだ。きょうは、懸案のうち二つに目途がついたとの知らせが舞い込んだ。だが、最も力を注いでいることは、まだ道半ばで予断を許さない。今週がヤマ場だ。県議会の帰りに、川越富士見有料道路を走行していたら、料金所の北で舗装工事が始まっていた。昨年12月に特別委員会で取り上げた、わだちのひどかった場所だ。一歩前進。
2006.03.20
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振り返ってみれば、公明新聞記者に採用されたのが昭和50年だから、今年で31年間、公明党の仕事をしていることになる。公明党の候補から初めて握手してもらったのは、昭和42年の冬。中学2年生の時。この年の七夕にあった参院選の浅井候補との握手だ。確信あふれる話ぶりに「こんなすごい人がいるんだ」と思った。初めて公明党の時局講演会に参加したのは、昭和44年の冬。衆院選で大躍進の時。新井候補だ。『勝利への執念』のみなぎる雰囲気に感動した。公明新聞の購読を始めたのは、昭和46年。創価大学に入学してからだ。選挙で負けて泣いたのは、19歳の時。47年の衆院選だ。東京1区。悔しかった。選挙は、負けてはならないものだと思った。四谷駅前で、画用紙で作ったメガホンでしゃべり、公明新聞号外を通勤客に配布したのは昭和48年の6月。反転攻勢の都議選だった。深夜に、号外を折り、自分で折った号外を持って翌朝、駅前に立った。当時は毎日、号外が発行された。公明党の党員会で初めて政治講座を担当したのは昭和50年。田端衆院議員が公明新聞編集次長で、駆け出しの私たちにも、こうした場を毎月1回、与えてくださった。参加者1000名の時局講演会の演壇で初めてお話をさせていただいたのは昭和58年。岡本富夫衆院議員の選挙の時。青年代表として、公明党支援の主張を述べた。早いものだ。そんな未熟な私が今、公明党の議員を務めさせていただいている。大先輩が大勢いらっしゃる中で、まだまだ駆け出しの私だ。もっと、もっと力をつけなければ。きのう、きょうと議会の忙しさから解き放たれた時間を過ごしたせいか、和久井フヨさんの通夜の後、公明党の議員のあり方について深く考えさせられる話し合いがあったせいか、自分の人生を振り返った。公明党らしさを失ったら、議員を辞めるべきだ。和久井フヨさんは享年88歳。見事なまでの成仏の相だった。平成3年ごろからの4年間、若い私を随分と励ましてくださった女性である。少しくじけそうになっていたときに、優しい言葉をかけてくださったことが懐かしい。合掌。
2006.03.19
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終わりました。予算委員会。久保田議員が賛成討論。共産党の反対討論は、首をかしげたくなるような話も飛び出し、読んでいる議員がかわいそうなくらいだった。5時になったらすぐ帰ろうと思っていたけど、次々と仕事をこなしているうちにあっという間に午後7時。ひどく体がだるい。県議会公明党のHPから、予算委員会のライブにアクセスできるようになった。これがきょう最大の励まし。それから、野球日本が準決勝へ進めたこともうれしい出来事だった。いまいち、筆が走らないので、早めに休みます。あすは午前中、何もないので、少しゆっくりします。
2006.03.17
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午前9時県議会へ到着。早速、御願いしていた資料を職員が持参してくださった。午前10時から予算委員会。11時過ぎに2番手で質問した。これで、今定例会での質問は終了。休憩時間には、県土整備部の職員が「右折レーン」などの整備箇所の一覧表を届けて下さった。昨夜、FAXでお願いしていたもの。近く、ホームページにアップします。平成9年12月に「右折帯設置、交通渋滞解消大作戦」を一般質問で提唱した。その成果である。午後6時前に一切の質疑が終了した。来客が待ち構えていらっしゃった。応対した後、要望に添えるよう直ちに行動開始。その後、きょうの質疑・答弁をまとめ、HPにアップできるよう、原稿を整えた。久保田厚子議員が明日の討論原稿を書き直していたため、それを見守る畠山清彦政調会長にお付き合いしながら午後9時近くまで県議会にいた。先日、県庁職員をほめたが、嫌な面もある。特に許認可権をもつセクションの職員が、業者に一方的に押し付けがましいことを行った場面を見聞きした時である。縦割り行政の悪しき面を見た時である。正しいと分かっていても、「県民世論」という名のものに怯える姿を見た時である。その時は、必ず陰で泣いている人がいる。そのことに思いを致さないことに接した時である。僕は、今回の質疑でも、公共工事を悪者扱いする風潮に、憤る言葉を述べた。産業廃棄物処理業者が、どんなに頑張っても、そんなに県行政に貢献ようと、県から感謝状を何枚もらおうと、許認可という場面にさしかかると、途端に冷遇されることに憤る思いを、少し言葉にした。釣り人がいくら河川清掃などに汗を流そうが、低く見られることを嘆く言葉を口にした。いずれも、こころない一部の悪者、人がいることのとばっちりを、善良な業者や人が受けることを耳にするのが嫌いだ。「錦の御旗」を掲げ、事実からめをそむけ、わめきちらすのは、人として心根の卑しいことの証拠である。議員におべっかを使う職員も嫌だ。それ以上に、議員であることをかさにきて、職員に威張る議員は、人間失格だと思う。
2006.03.16
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午前9時に霞ヶ関中学校の卒業式へ。議案調査の日だったので、出席できた。そおあおりで、午後9時まで、県議会で市民相談の解決をしたり、質疑のリハーサルをしたり、忙しく仕事に追われた。特に昨年から持ち越しの市民相談は、第一段階の峠を越えることができ、ホッとした。県議会にお越しになるかなと思っていたが、見えなかった。卒業式で一番、感動したのは、卒業生退場の前の出来事。1組から順番に、担任が教師の席から演壇下に進み、生徒が起立する。同時に、思い出の一コマや先生への感謝の言葉、保護者への感謝の言葉、自分たちをほめる言葉などを、男子と女子が大きな声で、テンポよくかけ合いで叫ぶ。「人間という真実から 表現を除けば何が残るか表現、表現……必然性の表現已むにやまれぬ表現その 壮麗なる自由を乱舞して三島は叫び 太宰は死んだ(中略)本来 無作の表現それでいいのだそれが人間真実の帰趨であるからだ誰がみていなくてもよい誰に依りかからなくてもよいただ一元的な法に則り汝の人生の真相と人間党の絢爛たる 勝利の絶大を信じて天座に 自由に 舞いゆくことだ」という『革命の河の中で』の一節を思い出した。創価大学に入学した年の秋に、池田大作氏の発表された詩である。涙があふれた。海野校長先生は、木の年輪について「北向きの部分は年輪の幅が狭く、南向きは幅が広い。宮大工さんは厳しい環境下にあった北向きの部分を柱に使い、南向きは板に用いる」という趣旨の話を引用し、厳しい環境こそが人間を鍛え立派にする、というはなむけの言葉をなさった。いいお話である。もっと、すばらしかったのは、PTAの神山栄子会長の挨拶。デフテックの歌詞から切り出し、「人生の金メダルを」と締めくくるお話だった。耳を傾ける生徒たちの目が輝いていた。校歌などの指揮をとった先生のお姿にも胸を打たれた。「合唱の霞中」は、長男が学んでいた頃からの伝統だ。来賓席まで指揮者の歌声が響いた。全身全霊を傾けて、卒業を祝おうとなさる思いが、その姿に脈打っていた。学校に到着した時には、思いがけない方にもお会いできたし、議会で忙殺されている中で、「人間らしい心」を取り戻した卒業式だった。感謝。何回も、何回も、原稿を書き直すのは習性 18.3.14午前10時から特別委員会。少年補導の実態、右折レーン整備の予算額などについて、質問した。あとでHPにアップします。その後、16日の質疑通告。昼食後、原稿修正。何回も何回も書き直すのは習性。少しでもよい原稿にと、どこまでも貪欲になってしまう。でも、ブログの原稿は修正する時も1回だけ。直しには淡泊です。議会での公式発言とは違います。読者の皆さん、すいません。夕方6時過ぎに議会を出て、生活関連の市民相談の解決法について、ブレーンのところへ。貴重なお知恵を拝借した。
2006.03.15
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午前中は、市内で勉強会の講師を担当。現場の声もたくさんお聞ききできた。午後からは県議会へ。16日予算委員会締めくくり総括質疑の模擬演習。畠山清彦政調会長が知事(答弁者)役、西山淳二議員が予算委員長役で、登壇者の質問に答える伝統の行事だ。タイムキーパーは塩野正行議員。昨夜と金曜日、いずれも9時過ぎまで県議会に居残って原稿を書いたおかげで、スムーズに団会議で了承を得ることができた。その後、6日に行った私の質問をインターネットでご覧になった方が意見交換にお越しになり、貴重なご意見を拝聴した。続いて執行部の職員が次々とお見えになり、その応対に追われた。県幹部とも意見交換を行った。夜は、地元で重要な打ち合わせ。
2006.03.13
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午前中から県議会へ。一人静かにパソコンに向かい、黙々と原稿を書いたり、県議会公明党と私のホームページ充実のためのプランを練った。6日の予算委員会の原稿もなるべく発言した通りに近い文章になるよう修正し、アップの準備を整えた。この間、ホームページの担当者とも打ち合わせ。久しぶりに、頭の中に落ち着きを取り戻せた一日だった。
2006.03.12
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午前中は自宅で静養。さすがに疲れがどっと出た。きょうは一日ゆっくりさせてもらおう、と思ったくらいグッタリしていた。でも、午後からは、「話し方のポイント」についてアドバイスする約束だったので、出かけた。そこで、見本としての演説を行ったせいか、元気が出てきた。政治家というのは、自分がしゃべれば元気になる職業病にかかっているのだろうか。本当に元気になったから不思議だ。夜は、創価学会本部幹部会の同時中継会場へ。スピーチからさまざまなことを学んだ。「ありがとう」の言葉を繰り返し、繰り返し、口になさり、何回も何回もお辞儀をなさる名誉会長のお姿も感動の一言である。充電の一日でした。
2006.03.11
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なかなかうまくいかないようなことがあるのが人生だ。引きずっていた課題を、絡み合っていた糸をときほぐすのも、やはり対話だ。おかげさまでスッキリしました。スッキリしたおかげで勢いが出て、夜10時頃まで県議会で、次の予算委員会の原稿を書いた。ピッチを上げて書くことができた。資料収集などで議会事務局議事課のTさんにお骨折りをいただいたので、帰りに議会事務局に顔を出すと、10数人がまだ残業なさっていた。議会運営委員会の副委員長としてさまざまなお手伝いをしてもらっているAさんや、予算委員会担当のHさん、足繁く団控え室にお越し下さるKさん、新河岸駅でチラシを受け取って下さったOさんたちのお姿も。課長や主幹も残業中。ご苦労様! 平成8年に一般質問で、夏は広げた段ボールの上で寝ている職員や机にうつぶせて眠る職員の話を取り上げ、「時差出勤」の導入を訴えたことがある。予算編成の時期などは午前0時を過ぎても県庁は明々と灯りがともり、不夜城の如き様相を呈する。それでも職員はネクタイ姿。翌朝は午前8時前後にきちんと出勤する。よく働く。私などは、職員に何食わぬ顔をして資料請求し、それに基づいて自分でも調べを進め、最後は当局を追及することもあるから、「要注意議員」なのだろう。しかし「行政の監視役=議員」とはとういうものだから、甘受していただくしかない。公明新聞関西支局に勤務していた20年前。夕飯を食べるために外へ出ると、すぐそばの区役所から定時退社する職員の姿を数多く見かけた。そのせか、「公務員は楽」という認識があったのだが、県議会議員にならせていただいき県庁職員と接するようになってからというもの、この認識は変わった。かつて先輩から、「福永君は力不足の面もあるが、使命感でそれを乗り越えていけばいい」と励まされたことがある。「この分野は、私が担っているという」使命感に燃えている」県庁職員と話をするとこちらも励まされる。そうでない職員のいることも事実だが、これはある意味、どんな職場にもいる輩だと思う。
2006.03.10
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午前9時半から議会運営委員会。終了後、直ちに総合政策常任委員会。久保田厚子議員が的確な質問を繰り広げた。県職員の「地域手当」について付帯決議を採択し終了した。私は、この問題を、予算委員会の締めくくり総括質疑でがっちりと取り上げる予定。これは本当に不思議なことだが、3月に入ってからというもの、市民相談がグッと減った。議会で忙しい状況について、県民の皆様が熟知なさっているわけでもないと思うのだが、2月の3分の1くらいのペース。ほんとうにありがたい。夜は坂戸市の高野宣子議員さんの党員会へ。大勢の党員の皆様方が集まり内容も充実していた。30分ほどお話をさせていただく。夕食抜きのため、全力で話し終えた後は、少し疲れを覚えた。お茶を追加で1本頂戴した。ありがたいかぎり。
2006.03.09
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お昼前に上戸の高山さんたちが催されている「ひなまつり」の集いに参加し、御挨拶をさせていただく機会に恵まれた。3年ぶりか。2年間は議会日程と重なっていたので、欠席だった。この催しは、今年で13回目という。感動した。席上、まず、川越商工会議所の婦人経営者クラブの中嶋初江会長が高齢であるにもかかわらず自転車をこいで出かけられる元気さ、会議所顧問の鈴木ひろしさんが数え年で100歳でありながらゴルフをなさることをご紹介した。そして、先日、50代半ばの知人がしみじみおっしゃっていた話を披露した。それは「同窓会に出たが、60代半ばかなと錯覚するほど老け込んでいる人もいれば、まだまだ40代かなと思うくらい若く見える人もいた。50歳を超えると、肉体的な年齢と若さとの間の相関関係はないのでは」という言葉。集まっていらっしゃった皆さんは若々しい印象を受けたので、「50歳を超えればみんな同級生」とお話した。
2006.03.08
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自分の質問がないから、ゆったりとした気分で各委員の質疑をお聞きした。夕方まで。終了後、浦和の焼鳥屋で1月10日いらい、今年2回目のお酒を飲んだ。ホッピーでハッピー! 実にうまかった。もう1軒の同級生のお店に立ち寄り、歌を歌った。いい気分で、電車で帰宅。幸い知り合いに会うこともなく無事、帰れました。やはりお酒の入った顔はあまり見られたくないもの。県議会議員になる前も、お酒を飲むのは2ヶ月に1回くらいのペースだったかな。きのうの質疑は、埼玉新聞が2面に2段記事で掲載してくださった。感謝。
2006.03.07
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予算委員会の総括質疑。われながら80点くらいの点数をつけられる出来栄えだった。大切な方も、わざわざ傍聴にお越しいただいた。知事も、質問を真摯に受け止めた、よい答弁を連発してくださった。45分の持ち時間だったが、準備に費やした時間は、20時間をくだらないと思う。知事との一問一答は、それだけの気構えを必要とする。なにしろ相手は名うての論客。知事のお得意の分野を聞く質問を繰り出せば、思うつぼ。とうとうと答弁されてしまうので、最初の質問の切り出し方とかに、工夫した。終わってホッとしました。このもようは、県議会ホームページの議会中継のところから見ることができます。ぜひご覧下さい!午後5時過ぎまで委員会で、その後、県本部で会議。終了後、帰宅し、久しぶりに早めに就寝し、重しの消えた頭で、ぐっすりと眠った。
2006.03.06
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