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何と言えばいいのか。ともかく多忙です。28日の土曜日は、敬老会でご挨拶した後、原稿を書いてから正午には女性のための高野ひろしさんの時局講演会の会場へ。準備作業に携わった後、冒頭のご挨拶。午後3時40分ごろに会場を出て、高野さんを企業へご案内。続いて、福の会主催のチャリティーダンス会場で運営にあたった。このパーティーは、何と参加者が250名を超える盛況ぶり。準備にあたってくださった國分一宇さん、上野晴夫さん、そして福の会の金子正之会長に大感謝!途中、私と高野さんがご挨拶。でも、福の会主催といっても、集まってくださった皆さんは、ダンスが目的だから、政治家の挨拶はあまり耳を傾けようというスタンスではなかった。でも「第1時接近遭遇」という意味では大成功!後片付けをして、会場を出たのは午後9時ごろ。役員用に用意して余ったおにぎり弁当を食べて、倒れこむように就寝。29日の日曜日は、午前8時に「ごみゼロ運動」の会場へ。ごみ拾いはちょっぴりで、8時半には関越・外環をフル・スピードで飛ばして草加市へ。この日、告示の市議選の応援演説を2ヶ所で。演説終了後は、川越市へ舞い戻り、ご挨拶回りを3時間。夜は、当面する政治課題と公明党の役割について講演。今朝は滑川町へ決算委員会の視察。浦和で会議に立て続きに出席した後、午後9時40分ごろ川越に戻り、期限の切れた私のポスターを連記ポスターへ張り替える作業を一人黙々と。このところ休みがないので、少しまいっています。ひとつの会議が終わり、次の会議に臨む時には、その前の会議での話の内容を忘れてしまっていたりします。情けない。明日は、決算委員会の審査。終了後は、東松山市へ行きます。帰宅予定時間は午後10時すぎかな。あさっても決算委員会。夜はふじみ野市へ行きます。
2006.10.30
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久しぶりに青空が広がったような思いにとらわれた。9月30日以降、行方不明になっていた名刺入れが深夜、娘によって発見されたから。午後11時過ぎに「見つけてくれたら懸賞金を出す」と僕が言った途端、娘と息子が必死になって探し始めた。それまでも家中を捜索し、自分の車、妻の車の中も探したけれども見つかっていなかった。なくなったのは、9月30日、公明党全国大会の帰りに霞ヶ関駅まで妻に迎えにきてもらってからということだけははっきりしていた。1時間ほど捜索しても見つからなかったのだが、娘が「母さんの車の中を見てくる」と言って玄関を出た2分後に、フロントガラスのところに鎮座していた名刺入れを見つけ、満面の笑顔で「懸賞金は私のもの」と言いながら戻ってきた。妻の車はダッシュボードからリアシートの下まで探したのだが、ハンドルの向こうにむき出しで放置してあったとは…。すべて分かっているようでいて、見過ごしていることが多いことを教えられた。久しぶりに、心が晴れました。「これで心が晴れました」とは石川さゆりさんの『能登半島』という曲です。わけわかんねぇー。
2006.10.19
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北朝鮮が9日、核実験を強行した。許せぬ暴挙である。国際社会は断固、対抗措置を講じるべきである。それにしても、途絶えていた日中首脳会談が実現した翌日に核実験強行、とは……。北朝鮮は3日に核実験予告声明を出しており、日中首脳会談はかろうじて核実験の前日に滑り込む形で実現した。仮に小泉前首相いらいの政治的な断絶に近い状態が続いていれば、どうなっただろうか。そう思うと、このタイミングでの安倍首相訪中の意義の重さは計り知れない。そう思ったから、10月7日付けの朝日新聞の記事を丹念に読み返した。日中首脳会談の実現に向けた道のりを、朝日の記事をベースに毎日と日経の続報も参考にしながら、日付順に改めて整理すると、感慨深いものがある。以下、その流れを掲載する。<日中首脳会談をめぐる動き>9月22日 就任直前の安倍晋三氏が創価学会の会館を訪問し、池田名誉会長と会談。日中関係でも意見交換。9月26日 この日まで、谷内外務省事務次官と、来日中の戴中国筆頭外務次官が安倍訪中実現に向けて断続的に4日にわたり協議するが難航する。9月27日 戴中国筆頭外務次官が帰国。本国と調整9月28日 池田名誉会長が小泉元首相と会談 同日 この日の21時から、前日に帰国したにもかかわらず再来日した戴中国筆頭外務次官と王毅中国大使が、外務省事務次官と再び協議。だが、靖国問題で、なお結論出ず。9月29日 池田名誉会長が王毅中国大使と会談。9月30日 中国から訪中受諾の回答が日本に寄せられる。10月3日 北朝鮮が核実験予告声明10月8日 中国の中央委員会全体会議(最重要行事)初日に異例の日中首脳 会談10月9日 北朝鮮が核実験北朝鮮が核実験を強行するかもしれないとの観測は早くから流れており、その場合、日本と米国が中国・韓国と足並みを揃えて抗議し対抗措置を講じられるかが最大の課題であったはず。そう思うと、中国との関係正常化に向けた一連の流れは、核実験強行の日に照準をあてて加速度的に展開され、そのキーマンが創価学会の池田大作名誉会長であったことが新聞記事から読み取れる。「やっぱり日中関係は池田名誉会長だわな。名誉会長でなければ、できないわなぁ…」(1997年9月28日の竹下元首相の発言=『池田大作の軌跡』212ページ)。ならず者国家が刃物を振り回さないことを祈る。今日、県議会でも12日の本会議における非難決議の採択に向けて調整作業を行った。
2006.10.10
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10月7日、公明党埼玉県本部大会がさいたま市内で開かれた。午前の部では、自民党の大野県連会長、山口会長代行、深井幹事長、上田知事、相川さいたま市長らご来賓が、公明党にエールを送ってくださった。ご来賓紹介の後、高野ひろし氏を中央にして、右側にご来賓、左側に公明党の浜四津代表代行らが並び、埼玉選挙区において連立政権の自公で2議席を確保しようと、大野氏の音頭で頑張ろうコールを行い、雰囲気は最高潮に達した。午後からは承認案件、議決案件の審議に入り、私は17年度の県本部活動報告の趣旨説明を行った。2年に1回の大会であり、いささか緊張した。この後、人事に移り、高野氏を県本部代表に選出。代表から役員人事の指名があり、私は新たに幹事長代行に指名され、大会で承認された。明年の政治決戦勝利に向けて身の引き締まる思いだ。大会、初幹事会終了後、毛呂山町の埼玉医大へ。鳩山町の比留間議員のお見舞いへ。続いて、川上議員のご親族の弔問へ。ところで、きょうの朝日は1面に、創価学会の池田大作名誉会長が、今回の安倍訪中実現に果たした役割を少し報道した。きょう創価大学で開かれた池田名誉会長の200番目の名誉学位授与式において、池田名誉会長は、このことにふれるスピーチを行われたそうだ。創価大学生として同時中継に参加した娘が教えてくれ、その後、尊敬する友人が詳しい内容を電話で教えてくれた。今、その電話を切り、この文章を書いている。どうして急に日中首脳会談が実現したのか、急展開ぶりに驚いていたが、謎がとけた。緊張の一日だったが、一日の終わりに大いに感動でき、疲れが吹っ飛んだ。
2006.10.07
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午前中は、産業労働企業常任委員会。私は質疑に立ち、韓国において非正規社員の構成比率が約5割に達し、合計特殊出生率が1.09と最低であることを紹介しながら、非正規社員が低所得であることが少子化の大きな原因であると指摘し、わが国がそうならないために、早めに非正規社員を正規社員に登用する仕組みづくりに埼玉県として力を注ぐように訴えた。また外国人観光客の埼玉県誘致については、栃木県に比べて埼玉県の取り組みが立ち遅れていることを指摘し、川越市ではイーグルバスが小江戸観光バス、西武鉄道が特急・小江戸号を走らせていることを紹介しながら、観光客誘致に頑張っている民間の知恵を生かすべきであると提案した。午後からは、公明党議員団として、埼玉県の19年度予算編成に関する要望づくりを全員で行った。
2006.10.05
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きょうは午前10時から定数についての協議会(定数協議についての詳細は、私のHPにきょうアップしました)。昼食をはさんで、午後1時からは「議会のあり方研究会」に出席した。「定数」は副会長のため発言を控えたが、「あり方」は幹事として積極的に発言し、議論をリードできたと思う。終了後、議会運営委員会の正副委員長の打ち合わせ。4時からは陳情を受けた。きのうもきょうも、夜は意見書案作成など議会での仕事と市民相談に追われた。
2006.10.04
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