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地下鉄東西線「太秦天神川」地下から地上に出ると「嵐電天神川駅」嵐電に乗り替えると「嵐山」もみてるま乗り替え接続で駅名もちょっと観光寄りに変更された 三条口→西大路三条太秦→太秦広隆寺車折→車折神社嵯峨駅前→嵐電嵯峨高雄口→宇多野御室→御室仁和寺竜安寺道→龍安寺朝日に輝く常寂光寺の紅葉を見て、夕焼けにくろむ南禅寺の紅葉に浸ることも、じかんどおり、ことが運びそう
September 29, 2008
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嵐電にのって、たまに、会いに行く、同級生の刺繍の職人「息子が、やってくれるて」土曜日に電話があった。しずかだけど嬉しそうだまわりに、多くの職人さんがいる何代も何代も、ものづくりを伝えてきた技術者しかし、後継者の育成は、うまくいってないバブルがはじけて、サラリーマンもしんどくなって不景気が逆作用して家業を継ぐ、というラッキーな現象があったことは、あった就職も大変だが一つの技術を受け継ぐのも、また大変だ決意が崩れるパターンも、おおいにある彼の三男は、まだギョーカイに入るに過ぎない職人は技術と共に、人間関係も受け継ぐ本当の意味で「継いでくれる」までには、じかんがかかる彼も、その辺を含みながら話し、僕も、それでもよかったやん、とうなずきつつちょっと得意そうな、彼の笑みを思いうかべてた
September 28, 2008
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障子の中には阿弥陀さんはじまりの秋のやわらかな陽射し年季のはいった国宝の縁側猫たちの遺伝子も藤原時代から次々に受け継がれおんなじように、そのように繰り返し、くりかえしじぶんにとってのいまいるここが悟りの境地選択できない、唯一の根本、みたいな眠りふらっといけるところじゃないけど身ひとつで、もういちど。今日みたいな雨に日、でもいい
September 26, 2008
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美しい花を写真に撮った色もちゃんとでている天網恢々疎にして漏らさず奥の方に「なにかが」ひっかかる浄瑠璃寺の風景もちゃんと撮ったのにでも、なんか、ちょっと違う。心地よさがなにか、不十分な気がする帰り道何を味わい損なったのか、なんだろう後ろ髪を引かれながら、すでに浄瑠璃世界の外にいた現実の世界に戻ってきてこっち側の問題が解決していない。それが大きな問題。浄土に至るには準備が必要
September 24, 2008
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「この寺ではまず東の薬師仏に苦悩の救済を願い。その前で振り返って池越しに彼岸の阿弥陀堂に来迎を願うのが本来の礼拝の形」とあるほとけ、阿弥陀さんは池の向こうの障子の中想像力が必要だ浄瑠璃寺の浄土に入り込みながら、カメラを振り回す・・・ディープな交感は今一歩ただそのばにいること、知識もいらん。目を見開いてほとけさまを仰ぐここはそうしないといけない場のようだった カメラを持たずにエベレストを見にいった、友人のことを思った
September 24, 2008
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西を向く、秘仏薬師如来東を向く、西方九体阿弥陀如来像あいだに、此岸と彼岸を隔てる池JR加茂の駅からも近鉄の奈良駅からも離れている、住所は京都府木津川市平安時代にできた真言律宗の伽藍1000年前にいったいだれが小田原山にこれを作ろうと思ったのか。藤原京時代の祈りの凝縮東の如来「薬師」過去世から送り出してくれる仏西の如来「阿弥陀」は来世の仏、未来仏。九体阿弥陀堂のなかに九体の阿弥陀さん。900年のじかん。未熟な我々をわれわれの祖先を理想の未来へ迎え入れるためにそこにずーっとある彼岸の中日、中尊の真後ろへ太陽が沈んでゆくかつてNHKの演出での番組を観たとき仏達の前の障子は開け放たれ、金色のほとけが夕闇に輝いていた。あたかも夕日に向いているような。(記憶違いか)そのイメージは180度逆転したなんでそんなふうに思ったのか・・・TVはこわい真東から太陽が昇る日の、朝一番、低い陽光が障子を照らす、そんなときの輝くアミダさんの顔を次はぜひ、見てみたい この日は車で出かけた。歩いたのは参道と境内だけ。何日もかけてやって来ただろうとおい昔の人びとが抱いたであろう「気持ち」とは、染みこみ方が、やっぱり、だいぶ違うんだろうと、思った。
September 24, 2008
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車にもバイクにも抜かされてゆく昭和にも平成にも電車専用信号で進む嵐電。表通りから晩ご飯の臭いがする家々の裏側へ走り込む
September 24, 2008
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夕焼けに包まれる路面電車夜につづく黄昏れどきいろんな思いをガタンゴトンと乗せてゆく誰そ彼コンピュータの大きな画面で見てわかった夕焼けガラスにピース・サイン笑顔な気持ち
September 24, 2008
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日が暮れてきて、周りが暗くなると電車の中がぽっかりと明るくなって高校生のカップルが話しているいいじかん二人を乗せて、左右に揺れながらゆーっくりとカーブを曲がってく電車優先の曲がり角
September 22, 2008
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昭和、都大路には市電が走り回っていた京阪も路面を車といっしょに走っていたしいまは、京阪電車も地下鉄からも洛中の風景は楽しめへんし三条通をゆく一両編成の嵐電(ランデン)唯一、いまでもゴトゴトゴトゴトマンションが建ち、さびの蓄積した線路沿いの屋根瓦も少なくなったけどそれでも、なんとなく、夕日なんかが似合ってしまう乗り放題とは言えないけれど全線200円均一の料金。途中でおりなければ四条大宮、白梅町、嵐山、イッタリキタリ。京都の表通りと生活の裏側を見渡せる
September 21, 2008
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魅力的な椅子インテリアショップのじゃ物語が生まれないマツモトヨーコさんの絵にも多くの椅子が登場するだからいつも興味津々最近、家でもなく事務所でもないところに自分の椅子と思われる椅子がないなじみの椅子蹴上のカルコ20にあった、草臥れてるけどなーんか落ち着きここちの一脚、みたいなひとつひとつカタチのちがう椅子のあるカフェ、近所にできないかなー丸太町橋北側西詰めのカフェーで。たまに、しっかり味のケーキが食べたくなる
September 21, 2008
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京都の売り物はタイムマシンシステム縄文時代へも、平安時代へも、江戸時代へもいけるそこここに明治や大正や昭和の生活そのものが息づいている鉄筋コンクリートは新しい京都の魅力を作り出せてはいない昨日、NHKでジュリーの番組をやってた。人間はどんどんうち解けヤワラカになっていく。体重が増すとさらにトンガレなくなる。沢田さんの京言葉のニュアンスがそれを一段と際立たせていた絶好調じゃない時代をも、しっかり生きようという姿がそこにあった遠くからもわかる、しっけた土壁の臭い、そこは、古い家の解体現場このごろ町を歩くと必ず目にしてしまう引き算は確実に積み上げられてゆくてまひまかけて作られた建造物、いまは「カンタン、効率化」の時代てまひまじたいがなくなった世界では、もー作れないし、次の世代に引き継ぐこともむずかしい
September 18, 2008
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壁一枚連棟玄関の戸(とー)をバシンと閉めたりすると隣と共有の柱にえら響きマンションのようにゴミ置き場なんてないからちゃんとゴミ出しの時間を守って、テンポラリーなゴミ置き場を理解する入口にいつもゴミの袋が置いてある、なんて、美意識に反する目を配り、気を使う協同・・・共存・・・(こんな言葉さえ意識することなく)いろんなコトを心得て、ずーっとうまくやっていく
September 18, 2008
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ろーじ通りにひと一人分ぐらいの入口、だったり、リヤカーが入れるぐらい、だったり、ちゃんと格子の引き戸が付いていたり表の家と家の間の軒下を通って奥に入ってゆく昔々、おじいちゃんの彼女が住んでいた路地協同トイレも井戸もまだ役割を果たしていた玄関のたたきの奥のちいさな水屋、カッコイイナーと。覚えてる着物を縫う道具がひと揃え、畳の上にあったすこし昔、ヤカンを作る職人さん、路地の奥の仕事場のコンロで銅板をさらに赤く熱してた銅をあつかう職人は命が短いと言われる。その職人さんも50半ばで亡くなったコーヒーを淹れる職人さんに人気のあった美しい鶴口のポットがそれ以来作られなくなってしまった・・・大路から裏通り、毛細血管の先っぽが、ロージコンパクトな住まいに続く路地のアイキャッチャー、小さな鳥居のその奥でそろそろ晩ご飯の仕度がはじまっている
September 17, 2008
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子供の頃見た、満月いつも遊んでいた東西の路地のドンツキの池田さんの塀のむこうがわの東山にまん丸に、出た日記に書いた次の日、担任の今井利長先生が昨日の月のことを3人が日記に書いていたと、たぶん、読んでくれたその夕方の真っ白な月に3人の同級生が目を見張っていた6時54分撮影、月見の月、この月の月ではなくきっともう少しはやい時間の月あの時の月は、もっともっと大きかった
September 15, 2008
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同窓会っていいよたまにねみんなと会って懐かしさを噛みしめるみんなちゃんと年取っていてそれぞれがんばってる京都の人間はなんでか小学校区に縛られているプライド持ってる所もある町中には、町衆がお金を出してつくった小学校が今も残る歳を重ねて自由自在(受験参考書)派もドッジボール派もお酒に酔いしれて、話し続けて・・・じぶんの町へ、帰って行く写真は、室町通りの明倫小学校、お茶室まである。小学校ノスタルジーの浸れる場所
September 12, 2008
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大学生達は、まだ夏休み大学生って年間100日ぐらいしか登校しないんだよ登校日自体が、それぐらいしかない大学も多いきっと東京の書店にはもうすぐ平積みの「京都の秋」観光本コーナーが設置されて。そうだ京都いこうのCMが流れはじめるのかすずやかな季節昔ながらの家が三軒真ん中は合槌稲荷ちょっとスッキリ。三条通から電信棒がなくなった何ともないフツーの町並みなんだけどそんなところをフォトジェニックに思ってしまう撮っとかないと・・・少しカメラを振ると、どこの街か分からないデザインの建物がくい込んでくる右の家の瓦がさび色なのは、むかしこの前を路面電車が走っていたから
September 10, 2008
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由良川水系にもダムがある海から登ってくる鮎はいない養魚池から放された鮎たちが上流で産卵したとしても成長の可能性を秘めた稚魚が、プランクトンの多い海まで下ることはできない美山川の鮎の稚魚は琵琶湖からやってくるのか・・・天然の鮎の感触を忘れない釣り人はため息する海と分断された川、ペットボトルが、タバコの吸い殻が、流れる水面僕にとってのきれいな流れは、彼らにとっては濁った川子供の頃には「飲んでいた」という地元の釣り人も、いまは決して川の水は口にしない目に見えないものが混ざっていることを知っている友釣りのシーズンが終わると美山川にも網が入る。春に放された鮎たちのほとんどが回収される
September 9, 2008
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鮎釣り漁師の手はスイカの臭いがする生臭くないそれが「鮎の香り」おとりを連れて川に入る、一匹目が重要だその川の元気な鮎をつり上げて、それをおとりにする鮎釣りは循環の釣りとも呼ばれる。次から次に釣れれば、おとり鮎は常に元気に他の鮎の領分を侵す多く釣る人が、さらに優位に立つ釣り昔は、3ヵ月で地元公務員の年収を稼いだとも・・・そのせいで本業を放り出して、のめり込む人も多かったらしい「おとうちゃん、ええ加減にしときや!」山の神の言葉を聞き流していると河原乞食の道をまっしぐらに歩むのだ川から帰ってくると「仕事」がなくなっているたしかに釣り糸を垂らしていると、一瞬、一瞬、今か、今かと手応えを待つじかんが果てしなくつづく。岡に上がらず釣った鮎を頭から囓る名人の姿をテレビで見たこともあるそういえば、浦島太郎も釣り竿を持っていたなー
September 9, 2008
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23センチに15センチがケンカを売る縄張りに入ってきた相手をカラダをはって追い出そうとする性質を逆手にとるのが友釣りDNAに仕込まれた動き追い出そうと近づくと針にひっかかるその瞬間、おとりとともに空中に舞い釣り手のタモに吸い込まれる大きくなるまで養魚池で育てられてから放された鮎は、その性質が失われる群れるのだ午後5時にそこここで釣れ始めたりするそれは人間が餌を与えていた頃の名残かもしれないと、釣り人はいう
September 8, 2008
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「あの瀬は昼からです」養魚池から放された鮎が美山川で育つ「鮎は単発でいます。偏光グラスは役に立ちます。鮎が見える。1メータ先に鮎がおる。おとりが行ってくれません。まーぼちぼちやりましょうか」鮎釣りの竿は長い。10メータもありそう、素材はチタン。重さは100グラムちょっとだそうだ望遠レンズのファインダーの中、ウキのかわりの目印が水面と距離を保ちながらゆっくりとうごいてゆく。持たせてもらったが、流れの速さ、吹く風、おとり鮎とのやり取り、目印の位置を保つことは至難の業だった太陽が西に傾き始めてから、釣り人はその瀬で何匹かを釣り上げた NikonD80で撮影
September 6, 2008
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年齢を3で割る人生を1日としたときの時刻になる21歳なら午前7時。起き抜けだ36歳、ちょうどお昼時。お腹を膨らませて、ひとがんばり52歳、午後の5時。学校では放課後から下校の時刻少しだけ先のことを念じて、暗くなる前に「楽しみ」を見つけておかないといけない60歳。サラリーマンなら定年。午後8時。ゴールデンタイムのテレビ番組でじかんを潰すのは、ちょっともったいない春一番に花を咲かせて見せてくれた桜がまずハッパを散らしはじめた来年の花芽の準備ができたということだろうか最近、うるさく騒ぎたてられる京都の桜や紅葉木々にとっては当たり前の季節循環のありよう?オギャーと生まれ、人生の四季を味わい、おくりびとの世話になるそれまで、なごやかに、たいらかにゆったりと・・・ひとがああ言おうと、こう言おうと・・・白川のサクラのハッパ、なんか自由だなー
September 5, 2008
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「あい」。京都では鮎のことを「あい」という今年は山が渇いて、雨が降っても川までしみ出さない水が少ないと鮎の動きは活性化しないのだ狭められた空間、川の中だから水間かそんな時、鮎は群れて共存をはかるのかもしれない自分の領分に入ってきたよそ者を追い出そうと寄ってくるところを引っかけるのが友釣りの原理美山川もあと50センチ水量が増すと「本来」を取り戻すらしい「あい、今年は不漁でした」46年間釣り続けてきた漁師が口を開いた
September 5, 2008
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平屋大橋(赤橋)からの釣場休日のこの場所は鮎釣りのメッカ市内から1時間かからずにやってこれるレジャー釣り人にはピッタリの場所京都には多くの料理旅館がある料理の味の7割は素材で決まると言われているそれをいかに選ぶかが料理人の仕事でもある鮎を釣り上げ、売る、漁師は単独行動。決して群れない毎日毎日、じぶんだけのポイントに出かけて行き、仕事をこなすそれぞれの店がもとめる鮎もまた大きさが違う。数をつくり、夕方には厨房に届けられる京都の鮎は生きていないと商品価値がない美山川の鮎は一口目の甘さが人気、と言われている
September 4, 2008
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夏の京料理に使われる鮎いったい何処からやって来るのだろう何かの食通ストーリーに長い間、ふるさとに帰れずにいる友を彼が育った川の鮎を取り寄せて、もてなすシーンがあったのを思い出す・・・鮎はふるさとの川を遡上しその川特有の苔を食べて大きくなる古い記憶にこびり付いた「鮎の香り」口の中にひろがる故郷の香りに、招かれた友人は涙する。そんな話だった琵琶湖安曇川の鮎、保津峡の鮎、広河原の鮎、そして美山の鮎6月から9月、洛中の鮎釣り名人達は大忙しなのである、そうな
September 4, 2008
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京都の地下鉄と嵐電がつながりました地上を走る嵐電京都に残る唯一の路面電車です新しい駅と新しく作った古いカタチの車両ちぐはぐいまだに広島を走る旧京都市電車両、たまにニュースなんかで見ると、とってもなつかしいiPhoneのカメラで
September 3, 2008
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ガタガタガタガタ、キィーン、キィーンまだ市電が走っていた頃のことかすかな記憶その時、よく行った近所の家、遊んだお姉ちゃんの顔は浮かばない金魚のいる小さな池があり、どちらにも開くドアがあった。2枚のドアを同時に開けて部屋の中へ入っていった。外と内のキツいコントラスト。きっと夏の一日今、国際交流会館のある場所。その前は東山会館と言った。その前は市長公舎・・・「青春の蹉跌」だったと思う。物心ついて一乗寺の京一会館で、それを観たときにその家が出てきた。2枚のトビラ。靴を脱がずにはいる部屋絡み合う、福生の風景おんなじたどりきれない、子供の頃の記憶にスイッチが入った現代・・・国際交流会館は京都に住まう外国人の情報拠点。無線ランでインターネットを使うことも出来る iPhoneのカメラで
September 1, 2008
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