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私がT楽器でギターを教えていたときの事。教室は5階にあるのだが、時間が空いた時は、2階の楽器売り場に行くことが多かった。狭い部屋でギターを教えるのは、ストレスがたまる。まして、2人で来る生徒さんがいる場合には、狭い部屋はほんとうに苦しい。どうしても、時間空きには、広いところに行きたくなるのだ。 土曜日の2時頃ではなかったかと思う。私は2階でデモで置いてあるエレキギターを弾いていた。というより、アコギのデモが置いてなかったのだ。エレキはフェンダーと書いてあったが、実は、リペアーのHさんがいたずらでロゴを付け替えたのだろう。実は国産のフェンダーコピーである。 私はエレキギターは弾けない。断言する。しかし、やむなく弾いていたのだ。そこに、突然、カルロス・サンタナが来た。(笑)キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ッ!! サンタナさんは、一番奥の隅で、こそこそエレキを弾いている私をみつけて、自然に近寄って来たのだ。そして何か言っている。私の左手の指に何か注文をつけているような・・・。言っておくが、私はエレキは弾けない。リードもパワーコードとかいうものも出来ない。汗が出た。しょんべんもしたくなった。さあ、こんなときあなたならどーする?なんてのんきなことは言ってられない。サンタナさんを見つけて、人が集まってきた。カメラで写している。しかも中心にギターを抱えているのは、まぎれもなく私である。ぎょえぇぇぇ。夢ならはよ覚めてーーーーーーー。 リードギターも弾けない。リーリトナーなら真似したことがあったが、一瞬、コードが浮かばない。だけどサンタナさんの前でリトナーは失礼であろう。えーい、なるようになれ(と心は叫んだ)その瞬間、私は、なんと、拓郎さんの「高円寺」を弾いたのだ!歌は唄わず、ただひたすら、高円寺のあの2つのコードを繰り返した。すると、サンタナさんは「オー、ナイス」のようなことを言った。私は、高円寺を弾くのに大変だったので、彼が他にも何か言っていたがわからなかった。(本当は言葉がわからなかったのだい。) サンタナさんは、しばらくして店を出ていった。その夜コンサートがあったのだろうが、よく覚えていない。 でも、サンタナさんが帰って、落ち着きを取り戻した私は、スゴいことに気がついた。高円寺って、16ビートだ!だから、サンタナさんは、私が粋な16ビートを弾いたことに、「ナイス」(彼は英語をしゃべるのだろうか?)と言ったのだ。もし、あの時、「君を好きだーなんて言ったりするとー」なんて、歌を入れていたら、サンタナさんはもっと驚いていただろう。2つのコードで完成されている歌なんてそうそうあるものじゃない。それが原因で、拓郎さんは、サンタナをバックに全国ツアーをやることになっていたかもしれないじゃないか!歴史は変わっていたかも・・・・・。(考えすぎか、いや、人生わからないぞ)それから20年あまり、サンタナさんはグラミー賞をとった。いいアルバムだ。アルバムを聴く度、あの日の思い出がよみがえるのである。
2005年02月26日
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今日は、OFF。昼から、再放送の「子連れ狼」を見る予定であったが、昼前に1つ違いの兄が尋ねて来た。兄はカメラマンであると同時に、ギター狂でもある。恐ろしいことに、ギターのジャンルは問わないというか、マンドリンでもチェロでも好きなのである。エレキギターは弾けないと思うのだが、部屋にはいいのがたくさんある。要するに、変人である。まあ私もだが。今回、FG-350を、私がお世話になっている、motoさんから、お預かりした。永久貸与とも言う。これは、かつて、日本のバイオリンの名手が、外人さんからストラディを貸与されたことに匹敵するものだと私は理解している。(大笑い)motoさんは、サンプラザ中野をショートカットにして、普通のめがねに変えたような人であるが、その昔、岡山のフォーク村とも言うべき「白いカラス」に所属され、堂々、初代広島フォーク村と競い合っていたのである。このギターは、その頃から活躍していたものだ。当初、FG-180だったらしいが、屋外でハードに弾いていて壊れたため、350を購入されたのだ。motoさんの数十年ぶりのスリーフィンガーピッキングを見せていただいたが、かつてを想像できる指さばきだった。・・・としておこう(笑)だって、motoさんは、今はジャズベーシストなのである。(コントラバス)秘密ですが、本業は、医師であります。 話はギターにもどるが、日本には、すごいギターがあると思う。こんなギターが当時35000円で売られていたのだと思うと感激する。このギターの兄貴分に、あのFG-500がある。マーチン社を驚かせた、ハカランダバージョンである。FG-350は、バック&サイドは、コーラルローズという合板らしい。トップはよくわからないが、合板ではないかと思う。(私はあまり材には詳しくない)要するに、材の価値で勝負している玉ではない。音で勝負しているギターである。 そして、このギターこそが、伝説のヘビーゲージ標準仕様なのである。昔は、PUがお粗末で、マイク取りしてましたから、ヘビーゲージの存在は重要だったのだ。私が最初見たときには、弦は錆びていて、手が切れそうだった。再び訪れた折、弦を張り替えさせていただいたのだが、やはり、ヘビーゲージ仕様に敬意を表して、ライトではなく、ミディアムゲージを張らせていただいた。話がもどるが、兄が来た時、私はこのギターを弾いていた。兄は、私がマーチンD-45を弾いていると思ったらしい。「やっぱりマーチンはいいよな」とか言いながら、部屋へ入ってきた。入ってきても、しばらくは「うーん、ええ音じゃ、さすがマーチン!」とか言っていた。しばらくして、D-45ではないことに気がついた時の兄の顔は、マツタケ山にマツタケ狩りに行っていたら、特大のオオクワガタを見つけたような、間の抜けた表情に変わった。ほんとうの話、マーチンD-45にひけをとらないというのは、長年マーチンD-45を弾いている私の実感である。D-45よりも、サスティーンが少ない分、弾いていて気持ちがいいかもしれない。先日のハカランダD-28の1~3弦のすばらしさには感動したが、350は4~6弦に感動する。しかし、1~3弦も良いのである。申し訳ないが、ローズのマーチンの1~3弦よりいいと思う。ヤマハの赤ラベルといえば、FG-180が良く話題にでるが、このFG-350や500は、やはり当時の学生さんには、高い買い物だったのだ。だから、玉が少ないので、馴染みも少ないだろう。だから、なかなか、このすばらしい音はわからないと思う。というか、話だけは有名かもしれないが、本当のことは、弾いた人しかわからないのだ。以前、私は、グリーンラベルのFG-580を所有していたが、この赤ラベル機種は別のものだと思う。 しかし、30年以上の時を経てきたFG-350、世にあるものは、はっきり言って、かなり痛んでいるものが多い。日常的に扱われてきたからだ。しかし、このFG-350は、長い間ケースの中で寝ていたため、クラックなどなく、フルオリジナルである。もちろん、ヘビーゲージ仕様のネックは、微動だにしていない。さすが。しかしながら、長年所有された、motoさんの、執念や、怨念がまったく取り付いていないのは不思議だ。motoさんの生き方がそうだからだと思う。私なんか執念の塊だと人から言われる。motoさんのような人にあうと、しばらくは反省せねばと思う。今年一番のライブには、(ええ年こいて、この表現は恥ずかしいが、たまらなく快感でもある。)このギターで望むことにした。楽しみである。もう少し弾いて、細かいところは順次お伝えしたいと思う。最後に、motoさんには、この場をおかりしまして、感謝の意を述べさせていただきます。ありがとうございました。
2005年02月22日
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オリジナルのハカランダバージョンが欲しいとお迷いの方のため、その3を書くことにした。もう少し、音のことを伝えたいと思う。私は、ギターの材がどこのもので、色がどうとか、ヘッド角が何度でとか、ほとんど無知である。自己顕示欲が強いので、高価なものは興味の対象であるが、それほどオタクではないのだ。しかし、音にはこだわっている。 さあ、音であるが、今となっては、とりたててハカランダは珍しくはないが、よく考えてみたら、同じ年代のモデルを今から25年ほど前に弾いたことがあった。当時はやはり珍しかった。その時も、非常にシャープで重い音がした。だから、古くても新しくてもハカランダの音はハカランダの音だという印象だ。ただ、70年代のローズも年が経つと、硬く、重くなってくると思う。ただ、ハカランダとは比較にはならないが。 これまで弾かせていただいたハカランダバージョンの共通点は、中、高音がすばらしくはっきりしている。つまりシャープだ。逆に、5、6弦はシャープさゆえに、まろやかな低音が好きな人にはちょっとつらいかもしれない。強いストロークをすると、「ガシャン」とガラスが割れたような音がするといえば、わかっていただけるかと。ローズなら「ギャン」かな。弾き語りにはいい。ただ、バンドのアンサンブルとなると、各弦の粒がはっきりしているので、主張をおさえないといけない場面も出よう。アンプラグドでリードを取る人なら、最高だろう。 では、最近の押尾コータロー系にはどうか。あくまでも私の主観ではあるが、合わないと思う。この系は、やわらかい低音に、程よい太さで伸びの良い、中高音でないと、耳が疲れてしまうと思うのだ。さあ、それでは、値段である。最近ではリイシューものと、オリジナルが同じ位の値段で出ているが、ちょっといただけない。ハカランダが、当時のストックだから仕方がないが。O氏のギターは、100万円でおつりはくるが、そのおつりで、新品のD-28は買えない位としておこう。相場としては安くはない、状態が非常に良く決して、ライブなど経験していない代物だ。今で言えば、お金に余裕がある中年が、マーチン買って、昔を懐かしむが、時々弾いてはケースにしまっていたというものだろう。今回の写真は、オリジナルケースと、ロングサドル、そして、ラウンドヘッド(丸ヘッド)を載せさせていただいた。 私の今の気持ちであるが、ハカランダモデルも、やはりD-28に変わりはない。おとなしくて飽きがこない、いいギターだと思う。ハカランダの稀少性にこだわると、本末転倒になる。これを1本買って、中学生のように、毎日虫のように弾いていたい衝動にかられる。結論を言えば、大変欲しい。(笑)
2005年02月20日
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バレンタインのチョコが過去最低だったのは、2月14日に風邪をひいて、1日家で寝ていたからだということは明白だが、人生は甘くないと知らされたことも明白だ。まあ、病み上がりのウツな気分ではあるが、前回の決着をつけたい。 1964年 D-28はいい音だった。結論から言うと、年数がたったからではない。この時期に使われているハカランダがこの音を出すのである。だから、1969年までのハカランダはたいがい同じ音がする。このD-28は、弦高が低く調整されていたので、ストロークには不満はあったものの、単音は良かった。見事にバランスが取れていた。個人的には、低音の甘い響きは、70年からのローズウッドの方が断然好きだ。しかし、ローズでは1、2、3弦のガラスを割ったような、シャープな音は望めない。 以前、知り合いから、「ハカランダとローズの違いはないような気がする」と言われたことがあった。その人は、リイシューのハカランダと比べていたのだから仕方がない。私は、明確に音の違いを主張する。では、このギターと、70年代のD-45があったら、どっちを選ぶ?と聞かれたらどうするか。金額は同じ位だ。答えは簡単。2本とも持って逃げる。(笑) 要するに、そんな材の違いを比較するほうがアホな話だ。どっちが希少価値があるかなんてナンセンスじゃないか。材は同じでも、プリウォーのハカランダと1960年代のハカランダを比べることだって同じだ。その時代にある材を使って、真剣に作られたギターに対し、それを受ける側の意識の問題だと思う。骨董価値、希少価値を論じるなら別だが。 話は戻るが、このギター、1964年とは思えない保存状態だった。ケースも含めフルオリ、と言いたいが、弦高調整の為ブリッジは交換してあった。しかし、この時代特有の、幅の狭い三角ネック。(国産ではジャガードが近いかな。)グローバーペグだって70年代とは違う。ロングサドルはさほど、そそらないが、ブリッジのエボニー材にしても70年に入ってからのものとは違いがはっきりわかる。極めつけは、サイドの柾目のハカランダ。バックはさすがに板目だが、このあたりに60年代の実力を感じる。 しかし、やはり、当時でもDー28は普及タイプ。トップなんか、節が出ていたりする。リイシューでハカランダを使ってたりすれば、トップはジャーマンかアディロンなんかと組み合わすものだが、それがないところが、オリジナルであるゆえん。この時代、D-28を偽D-45にコンバージョンしたモデルが存在したのと聞く。やりたくなるわなー。 別れ間際、最後にひとこと言ってやった、「おまえも、昔はフツーのD-28だったんだ」 追伸、ギターを弾いている写真は、O氏である。勿論現場作業着。この後、私もギターを弾き、再び、オヤジふたりの狂乱となった。よーやるわ。
2005年02月19日
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このシリーズで第1回登場のO氏の2本目のギターである。言わずとしれた、ハカランダマーチンである。どこが違うのかと言われると、私も困る。違うと言えば違うが、違わないと言えば違わない気もする。今では、材料の少なさから高騰しているが、当時としては、普通に使っていた材ではあった。しかし、他の材料と比べて、もっとも良いと判断されていた訳であるから、やはり、良い音がするのであろう。このように私が、消極的な記述をするのには訳がある。これまで、弾いたハカランダのマーチンは、みんな音が重いのである。もちろん私の主観であるが。そして、ローズウッドのマーチンも古くなると、音が重くなるというのも私の主観なのである。つまり、ハカランダもローズも年月が経てばそれなりに、重く切れの良い音になると・・・・・・。そんなこと言うと、せっかく高価なビンテージを買ったO氏が可愛そうだ、しかも、ビンテージは良いとのお墨付きを出したのは、実は私だったのだ(笑)。だから、今回はこれくらいにしておこう。実は、今週、仕事で、O氏に2年ぶりに会うのだ。しかも彼は、このギターを持って来てくれるのだ。もちろん、作業着で。だから、このギターの音や弾いた感じのコメントは、その新着情報を待って欲しい。私も、今日から、わくわくしているのである。ちなみに、このギター、バック&サイドはハカランダ、ロングサドル、べっ甲柄ガード、そして、くやしいのは、ヘッドの角が少ない「丸ネック」であることだ。(つづく・・・)
2005年02月18日
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この著作権については、いまさらここで記述する必要はないとおもうので割愛させていただく。関心があるのは、著作権料という存在である。 この著作権料を支払わねばならない相手は、著作権協会である。この協会、歴史は古く、カラオケや、楽譜、雑誌などの分野では、歴史的に実績があり、きちんとした仕事や対応をしていると思われる。しかし、その中で、netでの取り扱いについては、まだ対応しきれていない感じであるように思えた。 まず、netを取り締まる部署は、各支部に無いこと。つまり、この扱いは、東京本部のみであることから見て、協会からするとnet業界は、非常に手ごわいと推察できる。つまり、労多く・・・であろう。原因は、ホームページを作っているのは大半が個人であるということ、しかも、かなりのホームページで、楽譜や歌詞、メロディーが使用されていることがあげられよう。当然、申告するものはまずいない。それをいちいち取り締まっても、個人からは、なかなかお金が取れないということであろう。また、たかだか知れた金額を取るのに、裁判が出来るかということもあると思われる。しかし、見つけたら、メール等で注意をしているように言っていたが、さてどうだろう。 企業である限りは、「儲からないことに時間はかけない」が結論であろう。逆に言うと、裁判してもお金になるかどうかが判定の基準ではないかと思ってしまう。 私の質問は、私がホームページを作るケースとして具体的であったが、それに対する答えは、気のないものだった。どんな馬の骨にでも決まりを言っておかねばならないというその一念は感じた。しかし、個人の趣味は、やはり相手にはしていないようだ。とは言え、何度か、「個人の場合には安くします」のトークが聞こえたのには笑えた。(すまぬ) 結論は、著作権を使わなければ、そのホームページが存在せず、他で代用できないという状況の下、営業をしている企業さんいらっしゃいで、今回のような、馬の骨は、はやく電話を切って下さいということだ。 著作権協会の立場はよくわかる。公平性を問うなら、全てを取り締まらなければならない。しかし、つぎつぎと生まれそして消えるこのネットの中で、誰がどのようにして見つけて行けばいいのだろうか、見つけても、住所や請求先がわからないなどの問題も多い。そしてその人件費はどこから出るのだろうかを考える時、著作権協会もまた、被害者ではないかと・・・。(涙)「1万円の請求を地球の裏まで取りにいきますか?」と私が、彼らの声を代弁しよう。 最後に、レコードのジャケットなどは、協会は全く関係ないとのことで、どこに言えば?聞いたところ「レコード会社かどこかに聴いて下さい。」とのことであった。まあ、みなさん、それぞれの判断で、各方面に迷惑がかからない範囲で楽しくやりましょう。ということかなー。
2005年02月17日
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私の大好きな人で、自称「とんだたくろう」という人がいる。音楽仲間からもそう呼ばれている。当然、言うまでもなく、拓郎狂である。とんださんの手をすり抜けていった名器は数知れない。すり抜けていったというのが面白い。 さて、今回のギターであるが、とんださんが友人のライブを見に行った時のこと。ライブの前に時間があるので、友人5人とパソコンを見に行くことにしたらしい。しかし、通りすがりのギター屋さんに入ってしまったのだ。(この人なら考えられる)そこで、見たのがこのギター。5人かわるがわる弾くうち、5人ともこのギターを買ってしまったのである。(信じがたいがこの人ならあり得る)当然、5本買うわけですから、値切りまくったのでしょう。 そして、これからが恐ろしい。このギターを持って友人のライブに行ったのだが、新品のギターを手にしたツワモノが黙っていられるわけがない。なんと、飛び入りで、全員がこのギターを抱えて、ステージにあがったのである。(あー、信じられない)そして、このギターで、「青春の詩」をやったというから、拍手を送りたい。 さて、実はこれからが恐ろしい。このライブを見にきたお客さんのうちの5人が、何を血迷ったか、さらに、同じギターを注文したのである。たくろうさんの「青春の詩」に感動したのか、ギターの音色に感動したのか、この信じられないオヤジたちの狂乱に感激したのかは定かではない。少なくとも、この「とんだたくろう」と名乗る人物は、要注意人物である。この人の影響で、同じギターが10本売れたのである。(大笑い) 最後に、気になることがあるが、結局、この日、とんださんはパソコンを買ったのだろうか・・・。いや、買わなかったと思う。ギター好きは、このような、後先をほとんど考えないことをやるから面白い。日本の明るい未来の為に、若者達よ、このオヤジたちを見習って欲しい。付け加えておくが、ギターはとんださんの部屋で撮影された。この部屋には、世にも恐ろしくて可笑しい事があるのだが、この話はまたの機会としよう。とんださんとそのギター達は、これからも紹介して行きたい。
2005年02月12日
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このギターは、S氏の所有するもので、S氏は、ハードロッカーである。実は、S氏にお願いして、本来ソロで歌う私は、彼とデュオを組ませていただいている。彼のギターテクニックは、もろにエレキギターである。従って、こてこてのフォークを要求しても、そうはならないところが面白い。きれいなギターのアンサンブルはないのだ。彼は、要所要所ギターを入れる。ときには弾かないときがある。それと当たり前だが、絶対にカポなるものは使わない。エレキ族はアコギ族から見ると不思議な人種だ。ハードロッカーの彼が、このギターを選んだのは興味深い。しかし、アジャスタブルブリッジを選ばず、ピエゾを内臓させたことから、答えは簡単にわかった。要するに、ギターの価値、雰囲気、ノスタルジーなど、関係ないのである。自分の思う音が出せるかどうかが大切なのだ。もうすこし平たく言うと、ギターは道具に他ならないのだろう。言っておくが、彼のギターの音は、良くない(笑)し、サスティーンもくそも無い。しかし、ギター2本でロックンロールもやれるし、ブルースもやれる。フォーク出身の私の曲づくりに、変化を求められる今日この頃なのである。誤解があると困るので、彼がこのギターをこよなく愛していることはお伝えしておきたい。
2005年02月10日
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このコーナーは、私がそうとう「感激した」「びっくりした」人に限定している。また、私が一方的に載せているのであり、ある意味で、責任を持って書ける人しか扱わない。「江戸サリバン笑」の江戸は、寿司が好きだからそう付けただけで、あまり意味はない。 QU-E(くえ)という、関西のデュェットがいる。ライブ活動しているから、アマチュアとは言えないかもしれないが、私は、メジャーデビューしている人以外は、プロとは呼ばないので、失礼ながら、アマとしておく。 ある祭りイベントで、初めて彼(彼女)らを見た。ちょっと早く行ったので、リハーサル(音出し)だったが、その時に、彼らの「平和の橋」というのがかかっていた。正直「やられた」と思った。「やられた」というのは、聴いた瞬間「いいな」と思うことで、私は「やられた」と表現する。昔、佐渡山さんの「どんちゅいむにい」が流れているのを、聴いたときに「やられた」と思ったし、陽水の「夏祭り」でもそう思った。こういう、アマチュア(失礼)がいると思うと、日本の将来は明るいと思う。 QU-Eは、女性のボーカルの良さ、そして、曲の良さがきわだっている。仕事の途中だったので、最後まで聞けず、心のこりであったが、「抱きしめて」は、帰らぬ人のことを歌っており、「大人にならない あなたの無邪気な笑顔だけが」という詞には思わず涙がでそうになった。「PRECIER]では彼女のボーカルの真骨頂が聴けた。帰りに彼らの手づくりのCDを買った。帰ってから何度か聴いた。その日、なんとかHPを見つけて、私なりに、彼らを評価して、直すべきところを伝えたら、素直に聞いてくれた。親父だから、説教が好きなのだ。許せ。 QU-Eは、そう遠くない時期に、メジャーデビューするだろう。彼らのライブには、時間が許せば行こうと思う。いちおうHPを紹介させていただく。みなさん一度聴かれると良い。http://room.pic.cx/?i=qu-e
2005年02月06日
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私には、人生において重要な2枚のアルバムがある。1枚は、拓郎さんの「元気です」。もう1枚は、陽水さんのライブ「もどり道」である。16歳の頃から、天気が良い日は「元気です」、雨の日は「もどり道」と決めて、そればかり聴いていた。今の若い方には理解ができないだろうが、当時は、今ほど、音楽が溢れていなかったのだ。特に、風邪をひいて寝込んだ時は、「もどり道」のB面がよく効いた。下手な風邪薬よりも効いた。しんどいとき聴くと、何かヤル気が出るのだ。B面の「東へ西へ」は、私の大好きな、拓郎さんの「落陽」(ライブ)と、イントロのギターに、心に響く共通の何かがあるように思う。甲乙付けがたいのである。私はこの「もどり道」を買った当時、レコードに1箇所傷がついていたと思われ、プチンと音がするところがあり、気になってはいたが、まあそれも気にならないほど、聴きまくり、いつしかレコードはすり減ってしまった。 最近、飲み会があった。その中に、Tさん(K楽器のTさんではありません)という、多分、人生をギターと音楽で終わるだろうと思える人がいた。変人と言われる私から見ても十分、変わったおっさんである。Tさんは、かなり酔っており、昔の話をしていた。私は漠然と聞いていた。以下、「○○○」はTさんの発言。(○○○)は私の心の発言。「昔、陽水のコンサート行ってなあ」 (ほー、陽水ね)「陽水はマーチンD-35みたいなギター弾いててな」(それって、Sヤイリと違うかな?かなり昔だな)「後ろから、いきなり、女の子が勢い良く「陽水っ」ってビックリしたよ」(なんか聞いたことある感じだなー)「人生が2度あればという曲の前に陽水が、泣いたんだよー」(えっえっえっ、それはもしや・・・)「泣きながら、人生が2度あれば唄ってね、そのあと帰郷というのやったんよ」(それ、アルバムの時のコンサート違うの?)そして、次の言葉が私の30年間の疑問を解いてくれた。・・・・・・・・・・。 「そういやー、人生が2度あればで、弦切ってたな」(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほんま?) 私は、飲み会の後、早速家に帰り、レコードではなく、CDの方で、聴いてみた。CDは音が鮮明だからだ。聴いてみると、確かに人生が2度あればの2番のサビの後、「ぷつんっ」と音がする。私が傷と思っていた場所である。5回聴いた。・・・これは2弦あたりが切れた音だ。ギター弾いている人は、まして、弦を切ったことのある人ならわかるだろう。考えて見れば、あの激しいストロークで弦が切れることは、十分不思議ではないではないか。 そうなら疑問が解ける。あの、買ったばかりのレコードの傷は、実は、弦が切れた音だったのだ。と。そう思って聴いていくと、ぷつんと音がしたあとのギターのストロークの音は、すこし頼りなく聴こえるものだ。(先入観は恐ろしいぞ)しかし、符号しないことがある。弦が切れたのに、人生が2度あればが終わり、即そのまま帰郷に入るのは不自然だ。少なくとも、ギターを交換するか、弦を張り替えるかの時間があるだろう。それとも、レコード編集で、その間は削除されたのか、それとも横で弾いている、安田裕美(だと思う)のD-28(だと思う)が切れたのか?もうひとつ気になることもある。Tさんは、このコンサート、どこの会場へ行ったかであるが、酔っていたTさん曰く、30年以上前なので、東京の新宿だったか、大阪のフェスティバルホールだったか定かではないという。確か、このライブ、東京の新宿で録音されたと聞く。それとも、一連のツアーの中から、いいのを集めてつないだのか・・・。 しかし、これ以上調べるのはやめておこう。もし、ライブ「もどり道」の会場にいらした、幸せな方がおられ、この話が真実と違っていたとしてもご容赦願いたい。私にとっては、どっちでもいいのである。私の中の真実として、そっと暖めたままにしておきたいのである。 ちなみに、ギターの話であるが、私が初めて陽水のライブに行ったのは、このアルバムが発売された直後であったが、ギターはギルドD-55だった。当時、ギルドを知らない私は、ギブソンにしてはヘッドの形が違うし、なんだろうなあと思ったものだ。しかし、陽水は最後までギター1本でやってくれた。「氷の世界」のすばらしいハーモニカが今でも忘れられない。
2005年02月03日
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