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先日の地方新聞 76才の女性の投書 記事。会津から出かけ、日光駅で 友達二人と合流して3人で奥日光の温泉で、2泊3日の旅を過ごし、ゆったりと お湯につかり、疲れを流してきたという。その文章中の、 「 これが本当の極楽なんだ。」という、言葉に、私も、大笑いしてしまった。現世の 「本当の極楽」 は、女友達との温泉旅行にあり。か? さっそく、家人、子供たちに、この世の 「極楽」 記事を 言いふらした。 そして、息子と、ポテトチップスと大福で、お茶飲みしながら、「あ~あ。こんなに おいしい お菓子を食べながら、お茶飲みできるなんて、ゴクラク、ゴクラク。」 と、言って、本当に 極楽気分になってしまった。 思うに、日本のお菓子は、本当に、おいしい。外国の おいしい というお菓子を、おみやげに 頂いたこともあるけれど、日本のお菓子のほうが、おいしいと思う。日本の チョコレートも、スナック菓子も、外国に輸出するか、自動車のように、国外に 工場作って、現地生産するかして、世界中の人に 食べてもらって、100円 そこそこで、「シアワセ。シアワセ。ゴクラク、ゴクラク。」を、感じられたら、争いのない、平和な 世の中になってくれるだろうか?
2012年05月31日
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トマト、ナス、キュウリなどの 苗の植え付けも 終わり、後は、収穫を 待つだけなのだが、植えつけた時は、雑草もなく、きれい。 今年は、タマネギは、まめに、草むしりをしたので、今の所、そんなに、雑草が生えていない。 しかし、ほうっておいたニンニク、キャベツは、雑草の中、何故か、いつの間にか、こんな風になってしまうのです。 隣の 姉の畑。ノーマル、一般的で、正統派、標準的な畑。それに比べ、私の畑は、アブノーマル、農家の 最も 毛嫌いする 雑草の畑なのである。畑でも、いろいろ 畑ちがいである。 田の土手の除草も、草刈りも、せずに、除草剤を、あちこちで、撒いている。雑草が、茶褐色に 縮れている。ガソリン代も高くて、機械での、草刈りの 労力に比べたら、除草剤を撒いた方が、仕事も 楽で、安上がりかもしれない。 米の自作を出来なくなった農家が、農協関係の機械銀行に依頼すると、草刈りをしないで、除草剤を撒く。日本の農業の手本、模範を示す、農協が、そういう方針で、良いのかなあ? 便利で 簡単だからという理由で、除草剤を 撒き続けていたら、そのうち、自然から しっぺ返しが、来るんじゃないのかなあ。と、思ってしまう。
2012年05月21日
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携帯電話は、家族同士の通信手段としては、無料で、もちろん、便利である。しかし、しかし、不都合なことも、あるのである。子供たちの交友関係が、さっぱり、分からないのである。固定電話しか なかった頃は、どこの誰からの電話なのか、子供に取り次いで、側で聞いていれば、だいたい どういう 内容なのかあ、分かったのであるが、携帯の普及で、分からなくなってしまった。子供たちが、未成年ならば、親の管理下に 携帯も 絶対、置きたいのだが、成人になれば、子供を信じて、過干渉にも なれない、これは、不便である。ものすごーく、不便である。成人になろうが、なるまいが、親は、いつまでも、子供に干渉し、子供の幸せを願うのが、日本の伝統。80才の親が、60才の子供に、「気をつけろよ。」と、注意するのが、日本のやり方。西洋とは、違うのである。と、言いたいのであるが、伝統もなにもかも、インターネットの時代は、ごちゃまぜ、混沌、子供のプライバシーとか、のたまうが、日本には、親に対して、子供のプライバシーなんて、無いんじゃ。子供が、親に対して、プライバシーを持たないことが、親孝行に通じ、親も 子供も、両方 幸せになることなのだ。、昔の人の知恵なのだ。 まあ、親子間の携帯は、ともかく、よく、分からないのが、夫婦間で、相手の携帯を、見て いいのか、見て いけないのか、ということで、テレビの芸能人の発言では、「絶対、見ちゃ、ダメダメ。」 と、みんな、口をそろえて言う。これも、よく、分からない。何故、夫婦で、相手の携帯を見ていけないのか、分からない。夫婦は、一心同体と、昔から、言うではないか。 まったく、赤の他人の携帯ならば、「ゼッタイ、見ちゃ、ダメダメ。」 で、あり、見る気も しないのであるが、なんで、夫婦で見ていけないのか、さっぱり、分からない。 「家族で、隠し事は、いけない。」ということは、島田洋七さんの がばいばあちゃん、では なくて、我が祖母 ウメばあちゃんの言葉である。それで、我が家の携帯は、夫婦共用、一台である。以前、家人も 持っていて、私が、家人の携帯を見せてもらおうとすると、見せてくれなくて、見せてくれない。というと、ますます、見たくなるもので、そのことで、夫婦ゲンカしていたら、夫婦ゲンカに うんざりした娘の喝で、情けないことに、親が、娘に意見されて、携帯、一台にして主に、私が持って、子供たちとの連絡に使用しているのである。 携帯には、家人の交友関係からの連絡も入り、その都度、家人に 携帯を渡している。家人が 近くにいる時は、いいのだが、留守の時は、家人にきた携帯に 私が出て、家人に携帯かけたのに、何故、奥さんがでるのか、相手に ケゲンに思われて、夫婦共用、なのです。と、釈明している。そんな訳で、一応、私が持っている携帯は、家人閲覧、いつでも自由である。そもそも、私の性格からして、夫婦なのに、携帯を見せられないような、何か隠し事をしたら、心中、穏やかならず、良心の痛みが生じ、悪いことをしている という 強迫観念に耐えられず、自分の体を 壊してしまう。自分の健康の為にも、アッケラカーン、携帯なんぞ、いつでも、誰でも、見たいなら、見てくださーい。なのであるが、 白状すると、時々、子供たちとのやり取りで、家人に見られたら、気を悪くするかなー。というものを、良心の咎めのない範囲で、削除しております。 家人も、密かに、私のメールをチェックしているらしいです。何故なら、老眼の家人、私の知らない間に、携帯の文字が、標準から、大文字になっているのです。大文字にしたら、標準に直しておいてくれればよいのに。 配偶者の携帯については、芸能人でなく、一般人でも、「家内の携帯は、ゼッタイ、見ません。」 という、人がいたので、ビックリした。夫婦なのに、何を そんなに、他人行儀、遠慮しているのだろう。奥さんが、 「見せません。」 と、言っても、「見せろ。」 と、一言いえばいいのに、 我が家人は、「見せろ。」とも、何も言わないで、夫婦なのだから、当然というごとく、私の携帯を、私の知らないうちに、無断で、堂々と 見ております。
2012年05月19日
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連休も、終わってしまった。今年の連休は、家人のお供で、美術館めぐりと、約束してくれていた安価な日帰り温泉、ざんまいであった。例によって、ささいなことで、犬も食わない、口げんかしながら、 連休が、終わって、家人は、知人である奥さんから、「夫婦で出かけられるなんて、いいですね。私は、夫婦で、出かけたことないです。」と、言われたそうだ。単純、間抜けバカの私は、ビックリ、「なんで~。夫婦なんだから、一緒に 出掛ければいいのに、そのための 夫婦じゃない。夫婦で、出かけなくて、誰と出かければ いいというのよ。他所の旦那と出かけたら、問題ありで、いけないことだし、誰かに 見られているんじゃないか、ばれるんじゃないか、と、ビクビク、オドオド、心配ばかりして、ちっとも、楽しくなくて、かえって、良心がとがめ、病気になってしまうじゃない。夫婦だと、子供のこととか、いろいろ話しながら、安心して、出かけられるじゃない。」と、いうことで、夫婦二人で出かけるなんて、当たり前すぎて、話しにも なんにも なりゃしないのだが、 夫婦で、出かけたことがない。 夫婦が、いるなんて。信じられない。その奥さん、子供たちが、小さい時、子供たちを連れて、家族で、出かけていたことを、きっと、忘れてしまっているんだわ。 我が家なんぞ、夫婦二人で、おにぎり持って、石拾いで、家の周り、石だらけで、石屋敷になってしまった。石拾いの帰りに寄る、温泉が、また、幸せなのだなあ~。
2012年05月14日
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放射能が、波でなく、つぶ で あることを、原発事故で、初めて 知った。つぶであるから、野菜の除染で、水洗いすれば、放射能を、洗い流せる。ということを、テレビで見てから、この周辺は、放射能については、全然、問題ないのだが、気休めに、野菜すべてを、水にさらしてから、料理している。サラダにいれる キャベツの千切り、ニンジンの千切り、タマネギのスライス、すべて、何となく、水に、浸してから、使っている。きんぴら牛蒡も、ゴボウの千切りと、ニンジンの千切りを、水にさらしてから、作っている。そして、思ったことは、もしかしたら、水にさらす。ということは、農薬の除染にも なるのではないか? ということである。 何故なら、農薬は、水溶性である。1000倍希釈 とかで、1CCの農薬を、1リットルの水で薄めての、使用である。昔、無農薬でなっかた時、ダイセンとかの農薬を使っていた時、そうしていた。 農薬は、水に溶かして、使用する。ということは、野菜を 水にさらすと、野菜の農薬が、水に溶け出ていくのでは、ないだろうか?放射能と、同じく、農薬を 軽減できるのではないだろうか?米も、水にさらしたら、ワンランク上のおいしい味のような気がしたし、米使用製品、全て、お酒とか、味噌、せんべい、米麹、など、水にさらしてから、使用したら、味は、高級米に匹敵して、格安で、おいしさ、アップになると思うのであるが?????。 いつも、身内に笑われている、私の憶測である。、どこかの大学とか、研究機関で、実験してくれないだろうか。題名は、「野菜、穀物など、水にさらさない時と、さらした時の 農薬 濃度の数値変化」 とか なんとか、
2012年05月09日
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何気なく、外を見たら、夕焼けが、ピンク色だった。空から、優しく、ほほ笑みかけられているようだった。 昨日は、兄嫁のお母さんのかなの書を見てきた。今、90才で、40歳頃から、書道をしている というから、50年間も 書いているのである。その年月の長さと継続に、感服。 すばらしいですね。と言ったら、すごく謙遜して、恥ずかしそうにしていた。私だったら、こういう風に書けたら、うぬぼれて 自慢してしまいそうなのだが、前にも、見せていただいたことがあり、書道の仮名も 日本的で、いいなあ、と、憧れていた。 そしたら、娘の姑さんも 仮名の書道を、30年ほどしているという。そして、数年前、病気になった時、書道をしていたから、病気も治って、元気になれた。書に 助けられた。と、おっしゃっていたのを、聞いて、またまた、書とは、どんな力を持っているのだろう。 私は、結婚してから、子供と、家族がすべて、という人生で、それ以外のものは、何もなかった。家族と共に、他にも、生きがいとなるものを持っている人は、うらやましい。と、憧れた。 ということで、よし、それでは、私も、遅ればせながら、書を楽しもう。還暦を前にして、六十の手習い という言葉もあるし、と、すごい悪筆で恥じていたのであるが、勇気を持って、筆を持ったのである。またまた、すぐに人の影響を受け、軽佻浮薄と、軽蔑されるであろうが、まあ、本人が、その気ならいいじゃjないですか、である。 そして、気が向いたときに、畑のクワのかわりに、小筆を持って、仮名の練習をしているのである。笑止千万と 大笑いされても仕方ない、すずり、墨、紙は、ふんだんに持っている家人のを拝借して、気分は、藤原の行成なのである。師匠は、ダイレクトに、千年の時を超えて、藤原の行成先生の手本。書藝文化新社の 伝 藤原行成筆 御物和漢朗詠集である。 家人が、神田の古本屋で 買ってきてくれた。で、これを、どう 臨書しているか、というと、笑われるので、言いたくないのであるが、そこを押して、恥をさらせば、この手本の上に、透明ファイルをのせ、その上に、半紙をのせ、写し書きをしているのである。「トレース。トレース。」と、言いながら、気分は、行成。 まあ、10年もそうしていれば、少しは、似たような字が書けるかなあー。でも、せっかちな私は、それまで続けられるかなあ~。
2012年05月05日
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