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「会津は、ネバネバ、納豆みたいに、つながっている。」 と、言われたけれど、 考えてみたら、 世界中も、ネバネバ、納豆みたいに、つながっているのでは。 世界中のニュースや、動画が、毎日、納豆の糸ならぬ電波にのって、無限に 地球を駆けめぐっている。最近では、アメリカ大陸の メキシコ周辺のマヤ文明の 暦のことで、遠いアジア大陸の マヤとは 言語も、気候、風土、宗教も違う 中国で、何故か知らないが、「世界が終わる」と、騒動が起きるのであるから、 どうみても、世界は、ネバネバ、納豆状態としか 言いようがない。 経済の世界も しかり、もう、絡み合って、こんがらがって、家庭のおばさんには、ニュースを見ても、円高、円安の一円の重みが、まったく、分からない。海外旅行した人は、日本円を 外国貨幣と交換するので、分かるかもしれないけれど、 素朴に考えれば、80円は、85円より 安いはずだ。それを、80円は、円高で、85円は 円安というのも、紛らわしい。毎日の生活の中で、買い物したりすると、どこかで、円高、円安の影響を受けているのであるが、いまいち、よく分からない。経済界における納豆の仕組み、発酵具合が、わからない。 一国のみで、自給自足しようとしても できない時代になっているということは、わかるけれど。
2012年12月29日
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居間のコタツにある、一応、私が 主に 使っている パソコンを使って、また、家人が、勝手に、自分のブログの ログインを、していたらしい、 それで、私が、日記を書いたら、 家人のブログに 私のが、載ってしまった。わたしゃ、知らないよ。家人は、家人で、自分のパソコンがあるんだから、邪魔なら、勝手に、そちらで、削除しておいてね。 それでもって、家人のを、ログアウトして、自分のメールアドレスと パスワードを入力して、日記のコピーを、自分のブログに 載せた。 やれやれ。 ああ、もう、メールアドレスを、いちいち、入力するの 面倒くさっ。 ブログ開設の時、インターネットも パソコンも 何も 分からなかったので、息子に メールアドレス、パスワードは、作ってもらって お任せで、開設してもらったので、息子なんぞ、自分のでなく、入力の面倒臭さなど、関係ないものだから、長たらしい メールアドレスに したので、覚えきれない、いちいち、メモを見ながら、入力しなければならない、 それを、家人が、私に 無断で、勝手に、私のを、ログアウトして、私の知らない、自分のパスワードで、ログインしている。 それでも、 「あいしてるよ~ん。おとうさ~ん。」とか、なんとか、言わなきゃ ならないのかねぇ~。 と まあ、愚痴を言ったら、きりがないので、今日の、本題ですが、全く、同じものが、家人のブログに載ってます。二重投稿のようですが、あしからず、で、本日のブログ、ここから、 時どき、自家製野菜を 持って行くと、「いらっしゃい。いらっしゃい。上がって、お茶飲んでって、」 と、満面の笑顔で、歓迎してくれ、おいしいお菓子を食べて、コーヒーを 飲んでくる、私の安らぎの場所。そのお世話になっている方、東京生まれ なのだけれど、ご主人が、会津の人なので、ご主人の退職で、会津に来て、20年以上になる信仰心厚いご婦人、曰く。「会津はね、ネバネバ 納豆みたいに、みーんな、つながっているの。」東京生まれ。東京育ちの方が、そう言うので、そうなのでしょうね。 ということで、それを聞いて、私、その表現が 面白すぎて、笑ってしまいました。会津は、ネバネバ、納豆で、みんな、からまっていているんだって、 そういえば、 ばあちゃんも、「人の悪口は、言えないよ。全く 関係ないと思っていても、あの人が、あんたの悪口、言っていた。と、必ず、その人に伝わるから。」 田舎は、そういうものなのです。 家人のおじさんは、、若松の戸籍係り、と 言われていたくらいで、あの嫁は、どこそこから 来て、その親は、どこの村の出身で、その ばあさんは、どこから嫁に来て、そのまた、親は、どこの村の出身で、」と、会津中、みんな知っていて、あちこち、話して、歩いていたから、その記憶力は、すごいんだよー。 東京から、喜多方の山に 移住して、画廊を 経営している人は、来たばかりの時、地元の人から、だれが、何をしたか、どこに行ったか、「ここでは、インターネットより、速く 伝わるからね。」 と、言われたそうだ。まさしく、ネバネバ、引っ付いているから、ここでは、個人情報保護 なんて、ないんじゃ。個人情報保護法なんていう、法律は、田舎では、無意味なのであります。 会津中、だれが、どうした、みんな、筒ぬけ、知らぬは、本人ばかり、ということで、会津にきたら、御自分の行動には、気をつけなさいませ。なのです。 携帯電話、マイカーの社会で、バレないだろうと 思っても、会津の田舎では、みーんな、バレているのです。知らぬは、本人ばかり、なのです。 会津に来たら、個人情報など、デジタルでなく、モノラルで、デジタル以上に 早く口伝えで、パーっと、広まるので、本当に、お気をつけ、あそばせ。
2012年12月27日
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今夜は、クリスマスイブ なのに、 夫婦二人だけ、 クリスマスでも、何でもない 普通の夜を、テレビを見ながら 過ごしています。 クリスマスに、ケーキのない夜 というのは、子供達が生まれてから 今年が、初めてです。 クリスマスに、ケーキを 食べない時代が 来るなんて、まったく、想像も できないことでした、 子供たちが 出て行って、家族が 少なくなってからは、市販のケーキを 少し、買っていましたが、今年は、市販のケーキも、何もなし。 家人も ケーキなど 甘いものに、執着しない人だし、 今の時代、クリスマスを 口実に ケーキを食べなくても、 食べたい時は、いつでも、買って、食べられるので、大人二人で、ケーキを食べる気持ちにも ならないので、家計を任されている主婦の私は、ケーキを買いに 行きませんでした。 こんな時が 来るとは、思っても いないことでした。ある意味で、寂しいことなのかなあ、 なのですが、 寂しくも、何とも ありません。 もともと、キリスト教でも ないので、イエス キリストの誕生日 といっても、ピンとこないのですが、 娘が小学生の頃、娘の同級生のお母さんが、キリスト教で、誘われて、家族みんなで、近くの教会に行き、子供たちが、天使に扮して、キリストの誕生を演じる劇を 見に行きました。 回ってきたカゴに ささやかな献金もしました。 今となっては、遠い昔のことです。まさしく、まるで、今昔物語の世界ですね。 それはそうと、 ブログを 書こうとしたら、家人の ログイン名だった。分からないで、そのまま、うっかり、家人のブログに 書いてしまうところだった。 くわばら、くわばら、 あわてて、家人のを ログアウトして、自分のメールアドレスと、パスワードを入れた、 黙って、勝手に 変更しておかないで、一言、断ってくださいね。そうでないと、またまた、対外的に、ややこしいことになりますからね。 さてさて、時代は、変わらないと思っているが、確実に 変わる。 クリスマスイブに、本当に、ケーキのない 普通の日を過ごすなんて、思ってもみないことなのだから。 子供たちが、家にいたころは、手作りケーキを、毎年 作っていました。卵を 泡立て、砂糖と、小麦粉で、スポンジケーキを作り、生クリームにイチゴ、缶詰のミカン、パイナップルをのせて。 キリスト教でもないのに、それなりに、鳥の唐揚げや サラダなど、クリスマス 定番の ご馳走を作り、子供たちは、目を輝かせて、にぎやかに 過ごしていました。 それが、今夜は、夫婦二人の、何もない、静かな いつもの夜なのです。 まさしく、静夜。 聖夜も 静夜も 発音 同じだけど。 それにしても、 中国も、世界が 終わらないで、この日を迎えられて 良かったですねー。もし、世界終末 だったら、尖閣諸島どころじゃ なかったですからねー。 世界中で、みんな、仲よく、ワイワイ、ガヤガヤ、それぞれ、勝手に、自己主張しても、争わず、笑って、暮らしましょう。なのです。 ということで、 テレビで、途中から、フィギアスケートの エキシビションえを うっとりと、見てしまいました。 点数がなく、選手も のびのびと 自由に 思う存分、楽しんで、若い生命を謳歌して、 滑っていました。 見ていて、人間わざとは思われない、華麗で、滑らかな動きに、感動。感動。感動。テロ、内戦の所にも、録画放送して、 あまりにも 美しすぎる、それらの感動を、地球上の すべての人々と、生きている喜びの 感動を、共有体験して、平和に、安心して 暮らしたい。 あっ、今、思い出した。 我が家のクリスマス、忘年会は、22日の土曜日に、ちゃんと、したのです。だから、今夜は、普通でも、満足なのです。 ばあちゃん、姉夫婦、娘家族を 呼んで、姉が、大きな鍋、2個に 煮込んだ おでん持参で、娘夫婦も、ビール、おつまみ持参で、末の息子が、寿司、アイスのハーゲンダッツ、猪苗代の地ビール、など、大量に、職場関係から買ってきて、イヌ、ネコの うろうろに 落ち着かなかったけれど、わいわい、がやがや、過ごしました。 なんだかんだ 言っても、それなりに、四季の行事に 便乗して、年を 重ねているのです。
2012年12月24日
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いろいろ、多すぎる政党の選挙に午後、家人と 投票に行ってきた。立候補者の名前、政党の名前、裁判官の信任、不信任の 3つの投票であった。係りの人が、3つの投票箱に 間違わないように、色別 投票用紙を入れるように、言ってくれていたので、分かりやすかった。 昔は、比例がなく、立候補者名を 書くだけなので、投票も 簡単だった。 政治は、すべての国民が、平和で、安心して暮らせるようにすることである。 つまり、昔、学校で習った、「憲法」第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。 というように、本当に困っている人に、手を差し伸べることであろう。赤字財政の現状では、本当に 困っていない人にまで、いろいろ お金の手当は、必要ないのである。だから、血税を、国民、一律にバラまくということは、国の将来、これからの子供たちのことを思えば、してはいけないことだろう。 自民党の圧勝であるが、原発問題、赤字財政など、課題は多い。これから、圧勝におごらず、民主、その他の政党の意見を聞き、党派にかかわらず、良い所は、政策に取り入れて、国民のための政治をしてくれることを期待したい。 敗北したが、民主党の野田党首は、誠実に 国難に 対処していたと思う。衆院定数削減を 来年の通常国会中に 結論を出すことについて 確約することなどを 条件の解散である。議員定数削減 確約という なかなか決められない ゴタゴタを、解散という条件で、ばっさり、刺し違えである。 野田佳彦首相、ご苦労様でした。個人的には、名前に 親近感があり、馬鹿正直の性格にも、好感を持っておりました。 勝負は、時の運、人間 万事塞翁が馬、選挙の勝敗にかかわらず、各政党、一致協力して、国民のために、よりよい政治をして下さい。
2012年12月16日
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今朝、玄関を開けたら、目の前に屋根の雪が、小山となって 落ちていた。 縁側の前にも、 例年ならば、クリスマス頃に、さらーっと、少し、ふんわり、、降れば、「わーい。わーい、ホワイトクリスマスだ、ワーイ。」 と、喜ぶのであるが、こんな 早すぎ ドカ雪 迷惑千万で、 雪片しが 大変なのである。 雪国では、道路でも、何でも、雪を かたさないことには、生活が 出来ないのである。 雪の降らない所にある 政治の中枢 東京では、雪国の大変さの そんなこと 聞いても、実際に 体験しないから、分からないだろうなー。 だって、マイカーのエコ減税で、雪国の 必須アイテム、スリップ事故 生命の危機防止の四輪駆動車、4WDは、不公平にも、減税対象外なのだから、 雪国出身の 国会議員さーん、4WDも 減税対象になるように、頑張って下さーい。 と、言いたいのですが、国の 超赤字財政 危機 を考えると、減税、減税なんてばかり、言っていられないので、演歌の世界のように、雪国人は、ジーっと、黙って、耐えて、耐えて 耐え忍んで、我慢しております。 それにしても、クリスマス前に、この大雪 どうすればいいのでしょうか? サンタさん。今年のクリスマスの プレゼントの お願いは、今年の冬は、これから、春まで、大雪はいりませんので、ほどほどの雪でお願いします。なのである。 それはそうと、今日のニュースで、アメリカの富裕層への増税が、どうなるか、と、言っていた。そのニュースを、台所仕事をしながら 聞いていて、家人に言った。「アメリカって、慈善事業が、盛んでしょう。バザーとか、クリスマスのプレゼントも、慈善事業なんでしょう。そんなら、金持ちの税率なんて、いくら上げても 抵抗ないんじゃない。だって、高額税金を納めて、それによって、困っている人々を助けるなら、結果的には、高額納税は、慈善事業と 同じことでしょう。かえって、税金納めて、政治家のプロに、慈善事業を任せたほうが、楽でしょう。個人で、慈善事業などと 余計なことを考えずに自分の本来の事業に 専念、没頭できるんだから、合理的、効率的じゃない。」 と、 しかし、家人、そんなこと、日本人の自分に関係ないし、どうでもいいと、上の空、たぶん、聞いていない。 ゆえに、私、自問自答たしか、あの巨万の富のビルゲイツ氏も、慈善活動をするとか、言っていたようだ。 ネットで 検索したら 「2006年6月15日の記者会見にて、2008年7月にマイクロソフト社の経営とソフト開発の第一線から退き、「ビル&メリンダ・ゲイツ財団 (B&MGF)」の活動に専念すると発表した。早期に引退し慈善活動に携わることが成功者の美徳とされるアメリカの慣習に法った決断と言える。」と、出ていた。うーん、 アメリカでは、慈善事業が、成功者の美徳で、しかも、慣習か?日本では、あまり聞かない言葉だ。 日本では、累進課税というものがあって、所得の多い人は、高い税金を払うようになっているからか?でも、アメリカのマネをして、お金持ちの税率を、低くした いきさつもあり、それも、財政赤字の ひとつの要因かもしれないなあ。 それにしても、高額税金を 納められる人々や、慈善事業のできる人々は、幸せだろうなあ。
2012年12月11日
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娘の夫が、世話になった人から、子供を育てる アドバイスで、「三つ子のたましい、百まで。」 という ことわざを 言われたことが、強く印象に残ったらしい。 そんな小さい頃のことなど、ほとんど覚えていないのに、昔の人は、何故、重要視したのだろうか? 今は、いろいろ研究が進んで、赤ん坊を ほおっておくと、感情のない無表情になるということも 分かってきたらしいが。 学問的なことは、よく分からないが、身近で 思い当たることは、4才年上の姉と、私では、いろいろ 違う所がある。食べ物の嗜好でも、姉は、漬け物が、大好きで、漬け物なしでは いられず、年中、漬け物を作っている。それに比べ、私は、漬け物など、あっても なくても どうでもよくて、あまり作らないので、姉から、ナス漬けなど もらったり、家人が 浅漬けなど、自分で作ったりしている。 同じ姉妹で 何故、こうも違うのか、 最近、思うのは、やはり、小さい時の環境なのだろうか、ということである。 姉は、幼児期、父方の大家族で育ったが、私は、母方の祖母に 育てられたのである。何故か というと、父は、七人兄弟の長男であったが、父の弟が、結婚して、農業を継ぐことになり、私が、赤ん坊のころ、本家の隣に、分家として、出たのである。そして、勤め人の父にかわり、母一人で、子育てと、自給用の わずかな田畑を耕すのは、無理だということで、母方の祖母が手伝いに来て、分家してから生まれた、2才年下の弟と、私は、育てられたのである。明治生まれの母方の祖母は、三十才前に、夫を亡くし、女手一つで、今と違って 福祉も何もない時代に、子供2人を育てた、気性のしっかりした人であったが、父方の祖母は、夫に頼って、穏やかに過ごしてきた人なので、私の6才年上の兄は、母方の祖母と暮らすようになって、その、子育てのあまりの違いに、戸惑ったようある。 その祖母は、歯が弱く、その上、ものすごい偏食で、嫌いなものは、誰が何と言おうと 絶対、食べない人で、一方、母は、30才前に、歯槽膿漏で、自分の歯を、ほとんど抜いてしまっていたから、姉の 漬け物 大好きは、父方の影響であろう。 考え方も、野菜の作り方も、姉も 私も それぞれ、テンデン バラバラ。やはり、「三つ子の魂、百まで」 という 幼児期の環境の違いかな。と、思ってしまう。 それはそうと、 昨日は、腹が立った。都会の兄弟に 野菜を送ろうと、畑に行ったら、大根が、あちこち、大きなところ なくなっていた。戦後の食糧難の時代なら いざしらず。 がっかり、冬中の食糧である。残っているのを、掘ってきて、家のそばの畑に埋めた。氷雨が降り、なぜか、むなしく、かなしかった。 「たとえ ゴミでも、人のものは、人のもの。とっては ならない。」 と 母親に 言われて育った。
2012年12月08日
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本当は、秘密にしておきたいのであるが、かくし事が出来ない バカ正直 解散 ではなくて、バカ正直な性格なので、白状してしまえば、最近、家人に向かって、「愛してるよ~。おとうさん。」 とかなんとか、連発して、言っちゃっております。我ながら、いい年して、恥ずかしげもなくです。いや、ちょっと、いや、いや、かなり、照れくさいのですが。我ながら、バーカみたいと、あきれ返りながら、言っております。でも、他の男に言うわけじゃなし、自分の夫に、言うのだから、単なるのろけで、何も問題ないのですが、でも、こんな言葉を、配偶者に 妻から言うなんて、日常的には、日本人のカテゴリーにはないのですが、まさしく、「窮そ猫をかむ」様そうで、ネコに追い詰められたネズミが、くるっと向きを変えて、ネコに はむかい、噛まれる側から、噛む側に転じてしまうという 破れかぶれの状況みたい。 結婚、熟年というものは、いろいろ修羅場が、あるもんで、ありますなぁ~。理解できる人には、理解できる、理解できない幸せな人には、理解できない 世にも不思議な 面倒くさい世界が、夫婦には あるのです。ということで、「愛してるよ~ん、おとうさん。」と 家人に言って、「こう言っていたら、おとうさんからも、「愛しているよ。おかあさ~ん。」と言ってもらえるのかな。震災の時、毎日のように流れていたコマーシャル、金子みすずの詩の こだまでしょうか で、「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。 「ばか」っていうと 「ばか」っていう。 「もう遊ばない」っていうと「遊ばない」っていう。 「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。 こだまでしょうか、 いいえ、だれでも。 というから、だれでも、こだまのように 言ったことばが、そのまま同じく 返ってくるのかしら。」と、聞いた。もちろん、「そんなこと言えるかーーーーー。バカなこと 言ってないで、掃除でもしろーーー。」と、威厳をもって、一喝される と思っていたが、意外や意外、気弱に、「そうなるかもしれないよ。」 と、のたまう。でも、「愛してるよ。おかあさーん。」なんて言われたら、悪いけど、じんましんが出来そう。この返答の時点で、私も、「 こりゃ、どっちもどっち、似たもの夫婦で、どうしょうもないな。」 と あきらめた。もう、とうに、子供たちから、くだらないことで人生を浪費している困ったアホ両親だ。と 愛想をつかされておりますが。まあ、「子供たちにとって、世界中で、たった一人の父親だから、健康で、長生きしてね。愛してるよー。おとうさん。」などと、今の所、夫婦と、イヌとネコしかいない時にしか、言ってないけど、ボケたら、辺りかまわずに 「愛してるよー。おとうさん。」 を、連発するのかもしれない。おお、こわーい。 ということで、「あいしてるよ~ん。おとうさん。」ついでに、脇にいるイヌ向かって、「あいしてるよ~ん。ジャックちゃーん。」電気カーッペットに 伸し餅みたいに ぐーん伸びている 黒ネコに向かって、「あいしてるよ~ん。ジジちゃーん。」 まあ、今まで、家人の常識は、私の非常識。ということで、ことあるごとに、家人の言動に 「それは、変でしょう。非常識でしょう。」と、深刻に、クレームを出していて、嫌われていたので、老後は、吉本喜劇なみに、笑って 免疫力を高めて 暮らそうということで、クレームの代わりに、「あいしてるよ~ん。」と言うことに 致しました。 時どき、忘れて、クレーム口調になると、すかさず、家人から、「愛してるよー。じゃ なかったのかな。」と言われ、自業自得に 陥っております。 もう、書いていて、自分でも バカバカしくなったので、 今日は、以上、これで、おしまい。
2012年12月05日
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