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そろそろ、木枯らしが、吹くころかなぁ~。今年は、今の所、暖冬で、カメムシの大発生も しているらしい。東山温泉の旅館では、カメムシ退治に、部屋に ガムテープを置いて、お客さんに、セルフで 捕獲してもらっていると、家人から 聞いたが。 まあ、そんなことは、どうでもいいのだが、 昔からの保存食。干し柿作り。 それは、私の仕事。自宅の柿の収穫は、家人の仕事。柿の皮は、「タクワンに入れるから、干しておけ。」 という 姉の命令で、妹の私は、長幼の序、ということで、どんな無理難題でも、姉の言うことには、 絶対服従、従わなければならないのです。 まぁ、我が家の子供たちが、いろいろ 姉夫婦に お世話になっているから、仕方がないかぁー。 ムシロに 干しました。このムシロ、貴重品です。 昔、50年くらい前、祖母と母が、冬の仕事に 稲わらを編んで作ったものなのです。もう、生産できません。天然自然の最高の乾燥機です。 家のすぐ側の東の山も、干し柿みたいに、秋のいろどりです。 青いビニールシートで、覆われたものは、何でしょうか? これは、来年の正月15日の 歳の神で 燃やすものです。町内の役員が支柱の木と、稲わらを組んで作りました。どんどん 冬支度です。
2012年11月25日
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政治の世界は 混戦混乱、いや百花繚乱。超スピードで めまぐるしく進んでいる。新幹線か、ジェット機か、ソユーズか。とても とても、庶民のおばさんには 追いつけない。マスメディアも、そうとう混乱し、戸惑っているようである。 オバマ大統領も、日本、中国、韓国の領土問題、日本政界の解散、総選挙の混乱のどさくさに紛れて、ミャンマー訪問という、速攻、奇襲攻撃をかけるし、 パレスチナ、イスラエルについては、これ以上 一滴も どんな血も流してほしくない。いや、流してはいけない。というのが、子供をもつ親たちの気持ちだろう。親にとって、赤ん坊の時から、おむつを取り替え、食べ物を与え、慈しみ、手塩にかけて育てた子供は、成人し、50才になっても、60才になっても、老年になっても、子供は、子供なのである。 だから、世界中の母親は、どんな手段、方法を用いてもいいから、尊い、世界中で たった一つの 可愛い我が子が、幸福に、健康で長生きしてくれることを、切実に願っているのである。 イスラエル、パレスチナで、双方、これ以上、母親の悲痛、悲惨な、言葉では言い尽くせない悲しみを増やしてほしくない。 政治の世界は、それぞれ勢いで進んでいる。その過熱を、庶民は静観しているしかないのである。まあ、庶民も、情勢が、訳が分からなくなっているのだが。 それはそうと、今日の新聞記事に、涙がぽろぽろ、泣いてしまった。年のせいで 涙もろくなっているのだろうか。 森光子さんについて、黒柳徹子さんが語っている記事である。「森さんと出会えたことは宝物」というタイトルで、この「おこづかい困っていませんか。もし必要だったら いつでもいってね」という記事に、涙が、止まらなくなってしまった。おこづかいとは、生活費の意味であろう。そんなことは、身内しか 心配しないのに、気が付いて、心配してあげるなんて、なんて、優しいのだろう。と、泣いてしまったのだが、 泣いてばかりもいられないので、次の記事には、笑ってしまった。ワーイ、年甲斐もなく、国会の解散にあやかった訳でもないが、バンザーイ。バンザーイ。森光子さんの場外ホームラン。黒柳徹子さんの完全ノックアウト ダウン。森光子さんの育てた、黒柳徹子さんの子供が見たーい。
2012年11月19日
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先日、孫の50日のお宮参りに、近くの蚕養国神社に行ってきた。漢字の正式名は よく分からないが、「こがい神社、こがい神社。」と、地元で言っている所である。 娘の30年も前の 掛け衣装である。丈夫で、すこやかに成長するように、神様にお参りしてきた。孫のすこやかな成長が、これからの楽しみ、喜びになるのだろう。 その境内で、何となく、目についた石碑に 刻まれたコトバに びっくりした。 「恩は 石にきざみ怨は 水にながせ」「水に」の「に」という字は、漢字の「尓」で、「ながせ」の「な」は、「奈」のくずし字体だろうか?こんな所に、こんなに含蓄のある戒めが、書いてあるなんて、分からなかった。家人は、この石碑を 「前から 知っていた。」と、言うが、私は、分からなかった。 神社のお参りでは、正月の元朝参りは、こがい神社より もっと自宅近くの 八幡神社に行っていたし、何かの時は、買い物ついでに、市の商店街にある神明神社に寄っていたから、こがい神社は、家人、兄、義兄の、三人そろって同年生まれなので、その還暦のお祓いの時来て 以来である。いつもなら、境内をゆっくり見て歩いたりしないで、要件のみ よそ見しない まっしぐらの行動であるが、娘夫婦たちと、待ち合わせして、早く着き、時間があったので、散策して、目に付いたのである。「恩を忘れては、いけない。」 とか、義理、人情の大切さは、教えられていたが、「怨みは、水にながせ」という言葉と共に、石に刻まれているとは、中国のことわざの、「臥薪嘗胆」、 (広辞苑では、がしん‐しょうたん【臥薪嘗胆】(春秋時代、呉王夫差(ふさ)が越王勾践(こうせん)を討って父の仇を報じようと志し、常に薪の中に臥して身を苦しめ、また、勾践が呉を討って会稽(かいけい)の恥をすすごうと期し、にがい胆を時々なめて報復を忘れまいとした故事から)仇をはらそうと長い間苦心・苦労を重ねること。転じて、将来の成功を期して長い間辛苦艱難すること。(『広辞苑』)で、怨みを忘れない、という故事も 遠い昔、学校で習ったが、怨みを忘れるな、ということと、怨みは、水に流せ、そして、恩は、石に刻め、ということでは、「怨みを忘れるな、」と言われたならば、その思いにだけ 縛られて、自分を 苦しめ続けなければならず、水に流せ、のほうが、 自分の人生 心穏やかに、有意義に、暮らせそうに感じる。もちろん、広辞苑では、「転じて、将来の成功を期して長い間 辛苦艱難すること。」と、プラス思考の解釈をしているが。ということで、家人に、「お父さんのおかげで、子供達を大学まで出せたし、なんとか生活にも困らなかったし、感謝しているよ。 どんな仕打ちをされても、その恩を忘れたら、私は、人間でいられなくなるから。どんなことがあっても、その恩だけは、心にきざんでいるよ。」 と 言ったが、家人、「そんなふうに思っているなら、オレのイヤがることを、言わないでくれ。」 だって。 まあ、大抵は、「恩は、きれいさっぱり、忘れても、怨みは、忘れたくても、忘れられない。」というのが、人情である。そこを なんとか、反対に、ということが出来たら、いさかいも 減るだろうが、なかなか、難しい。 おもいもかけない所で、おもいもかけない言葉に出会って、感慨に ふけってしまった日でした。
2012年11月15日
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