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What I did today was to see Mr. Kinoshita. And he called me Tanaka san. I cannot remember what I did other today...Oh, I remember.I went to eat Ramen in Fort Lee with Kaz. And we drove to check on Palisade Parkway to see Manhattan view. After that, we wanna go to somewhere. But we could not have enough time, so just going to Target to buy sticky roll. Then going home.For dinner I ate Hokkaido Special Cake and Jagaimo Piroshiki. It was so delicious!I will get fat. I am sure.This weekend, Supermarket Mitsuwa has Hokkaido-ichi. So he bought them for me.Thanks, Kazu.
2007.09.30
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映画をみようと誘われた。やるべきことが沢山あった。だけど、体が痛かった椅子に座れないので、少し休むためにも観ることにした。まだリモコンで操作していたから初めの広告の間、スカートの外れたボタンを二つ縫いながら、映画をみようとおもった。裁縫なんて、ボタン付けるくらい5分もあれば出来るから。スカートを持って戻ると怒られた。観る気があるのかと。映画を消された。私はリモコンをとり、いやいや、そういう意味ではなくてと説明をして、こんなことで怒られるのはおかしいので、機嫌を直してほしくて、観ようよと言ったが聞く耳はもってもらえなかったので、部屋に戻った。そうしたら、部屋の鍵はかかっていた。寝室にも入れないようにしようとした形跡があった。あぁ。と、思わざるをえなくなった。それに対しての声は聞いてない。だけど、その気持ちはわかるけれど、過去のこともわかるけれど、それらのことがあったからこの3年半があったのではないかと思う。私はこの3年半、無駄ではなかった。ただ、何かを待っているわけではなかった。ひとつ、言えることは私は変わった。少しだけ、ううん、たくさん、色んな過去やこれらの現在の全てのことに支えられて生きてるから、それらの優しさに支えられて私はひとつひとつ、自分を納得させながら歩いて来られた。それはとても大切なこと。器用ではないので、時間はかかったけれど、自分で選ぶこと、自分で足を進めること、自分で戻ること、自分の心に素直になること、自分と向かい合うこと、自分のことを信じてあげるということ、許してあげること。自分を愛してあげられないと、人を愛せない。彼はきっと、納得できていないからこそ、すぐに火がついてしまうんだろう。4年半前のこと。これが処理できないと、これを自分なりに彼自身が心の中で納得させることができないと、どうすることも他の人にはできません。だけど、どうにかしてあげられたらと、いつも思っています。そして、今日も車だったのです。居場所ってどこだろうと思わざるを得なくなって、車を運転して、昨夜のHighwayのRestAreaで毛布をくるんで車で寝た。体は痛く、酷く疼く。今日の治療、月曜日までもう待てないほど、疼いて肩から指まで響く。踞るには膝がまだ、治っていないから曲げるには痛過ぎて。だけど、こんなの我慢できる。少し離れて休んで、自分にスペースを空けてあげよう。そして、お休み。
2007.09.29
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もちろん、体調不良。顔色も良くなく、体がガタが大きくてとても痛む。Moving Saleで27inchのテレビを取りにくる人が来られなかった。家を出る前に連絡があり、午前9時に到着するとのことだった。だけど、連絡もなく、夕方までまったけど来なかった。その間、引っ越しの片付けをして、調子の悪い使えなくなったパソコンのためにアップルストアのジーニアスバーの予約を入れ、家の中の悪い空気を気にしないように動いた。それは体の痛みが増すから。Bestを尽くしてもかいはなかった。その後、アップルストアに行ってみたが、何故かそのときだけ調子が良いパソコン。待ったのになぁ。それにしてもモールは非常に込んでいる。Bergen countyの土曜日は外に出るべきじゃないと思った。Blue Lawsだからか、人は土曜日に集中する。気分を晴らすために誘ってみたら、行くと言ってついてきてくれた。だけど、出発後、様子が変。更に機嫌が悪くなっているではないか。本当に困る。それなら一度戻って自分の車で出る方が良いと主張したが、もっともっと機嫌が悪くなり返してもらわないまま、夕方、とても機嫌の悪い車の横に乗って、2度目の治療に向かった。胸が悪い。正直、フラフラの状態。本当に大丈夫だろうか。無理してるんだろうか。どうしたらいいんだろうと問いかけても心の中で揺らがないものがあるから大丈夫だ。そして、私の生き方とポリシーが強くあるから大丈夫。自分に自信を持ちなさいと言い聞かす。治療が終わったら、機嫌の悪い車は少しだけ機嫌の悪い車に落ち着いていた。だけど、もう乗りたくないと思った。振り回されている場合ではない。選ぶのも、決断するのも、自分の意志によるものだからだ。人生を良くするのも、楽しい一日にするために今日を生きることも全部自分のチョイスや考え方によるものだといつも、私は思っています。だから、振り回されず、今、自分をただ、ひたすらにするだけ。自分の人生を棒に振るようなことならば、それは大切なものかどうか、大切に想ってくれていることになるのかどうか、もう一度考えるべきでしょう。行動は心が変われば変わる。強い意志と、信じる心を。そして、楽しむことを何より忘れないで。歌いたい。なら、歌おう。
2007.09.29
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なんだかとても色んなことがあったようで、だらだらしてしまったような気もするし、体の調子がなんだかとても悪かったそんな気もするし、だけど、一生懸命やろうとして毎日朝からはりきっている気がする。気がするのではなくて、実際そうでした。だけど、上手く行かない。それは体のこと。と言うのは体の痛み、取れると思ってた。時間が経てば自然に。だけどどんどんと酷くなるばかりで、立つことすら、座ることすらだめ。腰痛と膝、足の付け根、そんな下半身からの走る痛みから肩や頭まで酷く痛んでる。こんな状態だと走れないよ。ほんとに。そして、私が走ろうとするのをどうか止めないで。涙。止めてしまったら私は何も失う物なんてないのに、ただ、ただ、もう立ち上がれない気がするのか。どうか、走ろうとする私を応援してください。そして、止める代わりに背中を押してください。今日は動悸がとても酷い。最近なかったのに。体の限界で、昨日ドクターの持っているカイロの先生の予約をしているので午後からFort Leeまで行ってきます。そして、夜はボストンに戻るかな。
2007.09.27
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自律神経の問題など。後で続き。
2007.09.24
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BLUE LAWS exist in Bergen County. So All stores are closed on Sunday. I have never had the experience like this in the US. First time when I came in this county on Sunday, I felt like the same as Thanksgiving day.---------------------Blue Lawsとは、日曜日を礼拝と安息の日に定めることにより、道徳意識を高めるという目的で作られた法律。Bergen Countyでは日曜に食料品と生活最低必需品しか売ることができない。皮肉なことにBergen CountyにはNY周辺で最も人気のあるShopping Spotが数多く点在しているが、日曜にはすべて閉店。更に皮肉なのは、Bergen CountyのBlue Lawsは酒屋の営業を認めていることである。何度も法律を改定しようとするも、住民投票で反対されてしまう。宗教的な理由ではなく、店舗の営業日や営業時間がますます伸びることを嫌って、あるいは他の日は交通渋滞が大変に酷いため日曜日に激減する交通量を歓迎して、という理由が多い。実際、Blue Laws維持の最大目的はBergen County住民が平和で静かな一日を過ごすためといわれている。特にBergen Countyにおける最大級Mallが集中し、土曜日には大渋滞を起こす国道4号線と国道17号線が通っているParamusの住民は閑静な日曜を望む気持ちが非常に高い。
2007.09.16
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秋セメはもう始まっているんだけど、まだ、チェックインが終わってない私。こころを新たに、突っ走っていこう!!!。シンドイかもしれないけど、楽しかったら乗り越えられるよね。しんどかったらしんどいって言ったらいいんだし、わかんなかったら、それをその時その時にこなして進めばいいだけなんだよね。ちょっと頭を整理する時間がなかっただけ。今週と来週は夏のことを全て片付けて、3月に向けてのスケジュールと、この秋の4ヶ月スケジュールをしっかりと組もう。負けてられないし、止まってられないや。音楽は私を裏切らない。歌えば、それは私の鏡で私自身を映し出すから、それが真実で今の私。このセメスターは、歌うこと。曲を作って歌うこと。秋、やってのけること。
2007.09.12
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大好きなWeather ReportのKeyboardistで、世界的なJazz Keyboardist、ジョー・ザビヌル氏が11日、故郷のウィーン市内の病院で亡くなった。75歳だった。私が彼の音楽と出会ったのは、友達とセッションする時に、聴かせてくれたCDがきっかけだった。-----------------------------32年7月7日、オーストリア・ウィーン生まれ。ウィーン音楽院で学んだ後、戦後間もないオーストリアではジャズ・ミュージシャンとしての野望を満たす契機が少なすぎると考えたジョー・ザビヌルだが、経済的な問題からやむを得ず地元でセッションをこなすことに専念し、50年代の大半をオーストリアで過ごした。しかし59年になると、状況が一変--アメリカのバークレー音楽大学への奨学金を得たのである。ボストンへ移住後すぐさま注目を集め、メイナード・ファーガソンのツアーに参加。その後2年間はダイナ・ワシントンと共演、61年にはキャノンボール・アダレイとのコラボレーション(66年に「Mercy, Mercy, Mercy!」をレコーディング)を開始し、以後9年間音楽活動を共にしている。その間、マイルス・デイヴィスとの共演(『イン・ア・サイレント・ウェイ』と『ビッチズ・ブリュー』)などもあったが、ザビヌルはアダレイとの仕事を通して、創造的な即興演奏家/才能溢れる作曲家としての名声を高めたといえるだろう(ちなみに前述の「Mercy~」はグループにグラミー賞をもたらしている)。70年末にはウェイン・ショーターと手をとり、ウェザー・リポート (←後に多大な影響力を放ち、ザビヌルと最も結びつけられることになるバンド)を結成。15年という長期に渡る驚異的な成功を収めた後、85年に解散。- -しかしその後、ウェザー・アップデイトやザビヌル・シンジケートを結成している。彼のダークで不穏なコードや電子ピアノのサウンドはフュージョン特有のものとして長く語り継がれているが、特に97年に発表された『World Tour』(ドイツ録音)でその才能と驚異の演奏力が存分に披露されている。
2007.09.11
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怖がるものなど何もないのに。怖くなんてないのに。私なら大丈夫。やってのけられるよ。何も重荷に感じなくっていい。大丈夫。そう。ここで得た考え方をつかって前にただ進んで行くだけ。このスピードをとめなくっていい。しんどくてもやってのけられるし、私なら大丈夫。もしなんて考えなくてもその時に一生懸命こなすことをすればいいんだよね。今、やるべきこと。この秋のテーマ、決めてあるくだけ。自分としっかり向かい合ってただ、ひたすらに突き進むだけ。がんばれ!。
2007.09.11
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別に廃人になったわけではない。肉体的疲労が酷く、精神的疲労に乗っかって結構酷い状態に自分があることを感じています。このままやったらやばいなぁって思う。夏の私の考え方とか、なんか数ヶ月程前からどこにいってしまったんやろう。髪やあちこちをひっぱられてるようなそんな感じ。振り払ってしっかりがんばれよー!って思う。だめだめ、勢いだして!私らしくいかなくっちゃ!乗り越えて行くぞっ!って。そんなのに引っ張られちゃ駄目。そんな心配なんていらないや。大丈夫!。信じて!。頑張れるよ!。決めるのは私自身。身体のことも考えてあげなきゃ。
2007.09.11
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とにかく、身体がずっしりと鉛のように重たくて言うことを聞かない。チェックインにいけなかった。いかないといけないのに。それほど疲れていた。外に出る力がない。どうしちゃったんだろ。学校、行きたい。
2007.09.10
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夜中は外にでない。本当に危ない。明日の車、止めるところ。ほんとに何もかもいやになった。なんだろ、これ。何もかもいやに。
2007.09.09
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身体がほんとに重たくて苦しい。ずっしりとずっしりと痛くて重くて言うことを聞かない。疲れてしまった。そう身体が言ってる。ボストン、暑い、かゆい。脱出。
2007.09.08
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8時間のフライト。ハワイからミネアポリス。食事は一度もなかった。乗り換えて3時間程、ボストンに到着。午後11時頃、タクシーに乗って家についた。タクシーに少々ぼったくられた。観光客と思われた。間違いなくぼったくられた。言ったけど、怖いめに遭いたくないからあまり強くは言えない。少しだけ片付けて学校に向かった。イミグレーションとチェックイン。学費を払うオフィスで待つこと1時間半。シンシアと偶然あって、ずっと話して1時間半経った。それが終わると同時にチェックインするところはしまってしまった。だから、手続きを終えることができなかった。久しぶりにいつもいっていたスタバによって、普段頼まないフラペチーノとか頼んでみた。飲まないで捨てることになってしまった。何にもおなかすいてなくて食べたくないのに、ストレスで食べつづけてしまっている。家にお菓子はおくべきじゃないと何度も思うのにあらためて思った。部屋、かたづけなきゃ。
2007.09.07
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あまりにもの衝撃でした。3歳から歌を習いはじめ、14歳のころ、本格的に声楽を学びはじめて彼の歌うCDを聴くようになりました。柔らかくて広い声がとても好きでした。音楽に戻ることが出来て、最近彼の歌うCDを良く聴いてた。あまりにもの突然で、久しぶりにみたニュースが彼のニュースで、とても寂しい気持ちでいっぱいです。がんばろう。そう思いました。歌わなきゃ。歌い始めなきゃ。--------------------------3大テノールのひとりとして世界中の音楽ファンから愛され続けたルチアーノ・パヴァロッティ。文字通りのスーパースターである彼が、07年9月6日、生まれ故郷のモデナの自宅で、妻や親族、友人に見守られ亡くなった。享年71歳であった。彼が公式な場に最後に登場したのは、06年2月に行われたトリノ冬季オリンピック開会式で「誰も寝てはならぬ」を歌ったときだった。長い間膵臓がんと戦い、彼の人生や仕事に対する姿勢と同様に、病気に対しても常に前向きであり続けたパヴァロッティ。献身的な妻、4歳の娘、前妻との3人の娘、そして多くの親戚、忠誠な友人や仕事仲間たちに支えられ、彼は前向きに病気を克服できると確信しており、2006年7月にニューヨークで倒れて中断していた、全世界でのフェアウェル・ツアーを終わらせるべく舞台に戻ると心に決めていたという。「音楽の人生は美しい人生で、私はそれに自分の人生を捧げてきました」という彼の言葉が、何よりも彼の生涯を体言している。謹んでご冥福をお祈りします。
2007.09.06
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カズさんとけいこちゃんと夕方待ち合わせをして、アラモアナへエビを食べに行った。今日は一日ここらへんをうろうろしただけ。ずっと学校のことと音楽のことが頭の中、ぐるぐるまわってるから夢をみて変な行動をしてるらしく、疲れてしまっている。指揮をふりながらアリアをはっきりしっかり歌っていたなんて。。。恥ずかしい。。。
2007.09.05
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のちほど。カイルアビーチ
2007.09.04
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だけど、ほんとうに良かった。信じて自分が納得いかなくて、頑張って話して本当によかった。院長先生になってから、本当に丁寧に説明して、なくなってしまった歯は元には戻らないけれども、それに対してこれからの治療の方向についても姿勢を示してくれて、少し救われた気持ちになりました。本当によかった。
2007.09.03
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試験曳きだけど、3、4年ぶり。岸和田祭り。お家からみて、ほんとうに懐かしかった。兄は今年から青年団から30人組にあがってちょっと私的には寂しかった。だけど、本当に岸和田にうまれてよかったなっていつも思う瞬間。
2007.09.02
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おっちいが家に来て、明日は父と3人で市場に行ってモモとエビ、蛸、色々買いに行って祖母の病院に行く。明日はお祭り。
2007.09.01
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