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「小円古墳群跡」『将軍山古墳』さ後にして。 今度は『稲荷山古墳』さ目指す。 今来た道さ戻ればいんだから、迷うことはないべ。 ほてほて。 景色さ眺めながら、のんびり歩いて、 脇道さ入る。 確か案内板があったはず。 らくがき地図でいうと、この辺。 ここは周囲が開けてて。 芝が緑できれいだったど。 右さみれば お!『将軍山古墳』だ! 横からみっと、また違う雰囲気だな。 なんだか近くでみた時より、細長くめ~るよ。 そして、左さみれば、『丸墓山古墳』だど! でっかいな~! 山のようにも、め~るけど、 途中で段々がついてるね。 ほんもんだ~! すげ~な~。 と、左右のでっかい古墳に目さ奪われてたんだけど。 実はここに、ちいさな円墳があつまった、『小円墳の跡』が、あったんだって。 水田や開発が進んだ影響で、墳丘部分は残ってないんだけんど。 推定で40基近くの円墳があった、って言われてるらしいど。 え? それじゃ~この辺は、古墳だらけだったってこと? ひゃ~。 昭和49年ごろ。 発掘調査さしたときにゃ、『二子山古墳』と『稲荷山古墳』の間っこに、 7基の古墳さめっかってな。 そんなかの一つ。『梅塚古墳(2号墳)』からは、『人物埴輪や土器』がめっかったんだと。 大きさは、直径約29メートル。『周濠』がついた『円墳』でな。 明治初期に大きな梅の大木があったんで、『梅塚古墳』て言われてんだ。 残念ながら、木は枯れちまってな。 近くにあった祠も、洪水で流されちまってな。 今は、ないんだと。 ほかにも『6号墳』からは『水鳥形埴輪』が出て来た。 首が長くて、体は真ん丸。 お、足に水かき、ついてるど。 アヒルみたい。 モデルは、どんな鳥だったんだべな? で、これらを調査した結果。 この辺の『小円墳』は『稲荷山古墳』ができたころと 同じころに、造られたらしい、ってわかったんだと。 一説じゃ~、大型古墳の関係者か家族の墓じゃないか、 って話もあるみたいだよ。 その説がほんとなら。『大型の前方後円墳』と『ちいさな円墳』はセットになってる、 ってことだべな?『前方後円墳』って、でっかくておっきいもんが多いから、 ついつい、そっちば~り目さいっちゃうけんど。 ちっこい古墳も一緒にみないと、本来の姿は め~てこないんかも、知んないな。 ・・・わ~。そったらだいじな円墳なら、 もっとちゃんと見とけばいかった~。 実は『小円墳』は、 跡地にツツジさ植えて、円墳みたく丸くしてな。 ここに古墳があったんだど! って、わかりやすくしてあったんだって。 周りの巨大古墳ば~り見て、覚えてないど~。 あ、でも写真に写ってる。これ、そうだべ?『丸墓山古墳』の前んとこ。 ま~るく植えられた、ツツジが写ってる。 横にも、同じようなもんが、め~る。 これか~。公園の演出かと思ってた。 なんか目立つ茂みだな~、とは思ったんだけんどな。 古墳跡とは、思わなかったな。 よし!今度いったら、じっくりとみてこよっと。 そんころにゃ、『前方後円墳』と『小円墳』の関係も、 研究さ進んで、わかってきてるかな? 《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)[郷土誌 : 静岡以外]【太田書店】稲荷山古墳と埼玉古墳群 / 斎藤忠 大塚初重【中古】【中古本...*********************************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 ************************************************************************
2015.10.30
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「将軍山古墳展示室」 では、さっそく『将軍山古墳展示室』の中さ、はいってみんべ。 と、その前に。『将軍山古墳』の情報さ、ちょこっとまとめとこ。 古墳の大きさは、 全長 約90メートル。 後円の高さ、たぶん8.4メートルぐらい。 前方の高さ、たぶん8.2メートルぐらい。 墳丘と堤んとこに、造出しがくっついてる。『さきたま古墳群』の中じゃ、4番目に大きい『前方後円墳』だど。 今の古墳は、復元されて、整えられたもんらしくてな。 元の大きさは、はっきりしてないみたいだよ。 んで、こないだもちょこっと書いたけんど。『将軍山古墳』は『横穴式石室』っつってな。 古墳の東側から伸びた『羨道』さ通って 前方部分にある『石室』の中に入れるようになってんだ。『石室』っつうのは、棺や埋葬品を治めた部屋のこと。 床は石を敷き詰めて、綺麗にならして。 壁や天井にあたる部分にゃ巨石を組んで、 土が崩れないようになってんだ。 棺は『木棺』。 木でこしゃった、長方形の箱みたいな形さしてたみたいだべ。 現代の棺に、似てんね。 そして、棺のまわりにゃ、『馬具』をはじめ、『乳文鏡』や『環頭大刀』などの副葬品が並べられてたらしいべ。 そんなかで、ちょっと目さひく、おもしろいもんがあったよ。『馬冑(ばちゅう)』っつってな。 文字どおり、馬にくっつける冑のことだど。 4枚以上の鉄板を組み合わせてな。 馬っこの顔さ、すっぽり覆うようになってんだ。 目んとこにゃちゃんと、あなっこあいてんだよ。 だども、下の部分は、開いてんだ。 顎が動くように、塞がなかったんかな? そしてもう一個。『蛇行状鉄器(だこうじょうてっき)』。 これは、馬のお尻のあたりにな。 旗が立てられるようにする、金具のこと。 蔵の後ろんとこに、くっつけるみたいだな。 金具の先は、は筒状の穴になっててな。 そこに旗ざお、差し込んで使うみたいだべ。 この2つは『重装騎兵』の装備でな。 高句麗の壁画古墳に、おんなし装備さ身につけた 馬に乗った兵士が描かれてんだって。 だども日本じゃ『重装騎兵』が活躍するような戦術が 発達しなかったもんだから、 あんまし、出土しないもんなんだって。 こりゃぜひ。みとかないと、なんないな。 ということで。いざ展示室へ。 中は冷房さ効いてて、涼しかったよ。 入場料は 200円。 だども『さきたま史跡の博物館』の半券さあれば、無料だど。 共通の入場券になってんだね。 だから先に『将軍山古墳展示室』さ行った人は、 展示室の半券さ持ってけば、博物館が無料になんだ。 200円で、貴重な展示物がじっくり見れる。 や~。うれしいね。『展示室』のみどころは、やっぱし『復元された横穴式石室』だべな。 結構広くてな。8畳分ぐらいありそうだったよ。 こりゃ、一人じゃ広すぎんな~、と思ったら どうも複数人、埋葬されてた形跡があったんだって。『横穴式石室』だと、入口の岩さえどければ 出入りは自由だから、埋葬品を後から追加したり、 後で亡くなった人を、一緒に納めたりできんだよね。 もしかしたら、大きな古墳を作った目的んなかにゃ、 家族とか親類なんかを、一緒に祀るって意味も あったんかもしんないね。 そうそう。 背中に旗ざおさつっくけた埴輪も、展示されてたど。 これは『行田市酒巻14号墳』から出土した『馬型埴輪』なんだけんどな。 これのおかげで、『蛇行状鉄器』の使い方がわかったっつう、 貴重な埴輪なんだと。 へ~。たしかに、初めてみた形だね。 それに、なんだか『下野の馬型埴輪』と、 違う形さしてるみたい。 どこが違うんかな? 首が短いかな。あと、お尻が上に盛り上がってるみたい。 それに、顔の下。顎んとこが空洞になってるみたいだべ。 なんでこんなに、違うんだべな? 馬っこの種類が違うんかな? あ、もしかしたら、顎んとこが空洞なのは、『馬冑』を付けてる、って意味かもしんないど。『馬冑』の下も、空洞になってたべ? ありえるかもしんないなぁ。 とすると。『行田市酒巻14号墳』から出土した『馬型埴輪」は、 当時の『軍馬』を、モデルにしたもんなんだべか? 片方は戦用の馬で、もう一方は、祀り事に使う馬。 そったら違いが・・・あんのかな? や! なんか想像してたら、おもしろくなってきたど。 関西のほうさいったら、また違う形さした『馬型埴輪』があんだべか? 各県から出土した『馬型埴輪』さ、ずらっとならべて、 みくらべてみたら、おもしろい発見が出てきそうだね。 どっかの博物館で、企画しないかな~。 展示室さでてきたら、 わ! 目の前に、でっかい古墳! なんだぁ? とびっくりしちまったけんど、 よくみたら『二子山古墳』だった。 や~! こったら近くにめ~るんだね。 さて、残る古墳はあと2基。 それも、大物。 どんなやつかな? たのしみだっぺ~。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)******************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 *********************************************************
2015.10.26
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「羨道」『将軍山古墳』は、形がきれいに整えてある。 かっこいいね~。 さて。『将軍山古墳』のみどころ、といえば、『将軍山古墳展示室』。 ここでは、古墳の内部が見れるんだよ。 もちろん、復元したもんだけんどな。 地図によると、古墳をぐるっとまわりこんで、 東側から入るみたい。 地図のとおりに歩いていたら、道の向かい側に、こんなのが。『岩』だ。なんに使うんだべ? 庭石かな? それにしちゃ~、古そうだし。 ごろごろと、たくさんあんな。 もしかして・・・古墳の一部だべか? そういえば。『将軍山古墳』はめずらしく、 内部の石室の様子が、わかってる古墳なんだ。 これは、昭和27(1894)年に地元の人が 発掘調査さして、めっかったんだと。 ほんとのとこは、発掘っつうより 石室の石が、目的だったみたいなんだけんどな。 下忍村の増田五左衛門って人と、忍村の山下銓太郎って人がな。 地主と交渉して、古墳のとこの石さ庭石にすっために、 ほっくりかえしたんだと。 そしたら『羨道』っつう、『石室』まで通じる道がめっかって、 副葬品も、いっぱい出て来たらしいど。 んで、そんときに崩された 古墳の東側さ利用してこしゃったのが、『将軍山古墳展示室』なんだって。 へ~。さっきみたような岩が、古墳の東側に埋もれてたんだべか?『羨道』って、本物みたことないんだよね。『将軍山古墳の羨道』は、崩されちゃったみたいでな。 残ってないみたいだし。 どんな形だったんかなぁ。 みたかったなぁ。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入) [郷土誌 : 静岡以外]【太田書店】稲荷山古墳と埼玉古墳群 / 斎藤忠 大塚初重【中古】【中古本...価格:1,000円(税込、送料別)*********************************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 ************************************************************************
2015.10.23
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「将軍山古墳」 さて。『二子山古墳』さ堪能したあとは、『将軍山古墳』さいくど。 まずはメイン道路さ戻って、 あとは道沿いに、東さ向かってまっつぐ進む。 と、 お。立派な看板があるど。『将軍山古墳』は、特別展示室ってのがあってな。 古墳の内部、つまり『石室』の様子が見られるようになってんだ。 もちろん、復元ものだけど。 当時の様子さ知るにゃ、大事な展示物だべ。 どんなんかな? たのしみだな。 あ、看板のうらは、地図になってんだね。 古墳の位置が、よくわかるね。 あれ、こっから先は車の進入、禁止って書いてあるど。 んじゃ、この看板の前までは、車さ入ってこれるんだ? あたりをみまわしてみっと、 確かになんか、雰囲気が違う。 どうやらこの看板から東の部分は、 公園の外になっちゃうみたいだよ。 ってことは。 車に引かれっちゃうかも?『将軍山古墳』は公園の敷地外なんかな? それとも、ぎりぎり古墳のあっとこだけが、公園の敷地で その手前んとこの車道は、一般の人が通れる公道になってんの? 不思議な公園だね~。 だけんど、こりゃ ほげっと古墳にみとれてたら、危ないな。 気をつけよ。 そうそう、この看板のうらっかわに、 空き地みたいな場所があんだけど。 そこは駐車場になってるみたいだど。『さきたま古墳群』の東側から入りたい人は、 ここに車さ停めればいんだな。 よかったな。間違ってこっちさきちゃっても、『さきたま史跡の博物館』とこの駐車場まで 戻る必要はないど。 あっちまで戻るんじゃ、大変だもんな。 では、車の通行に気を払いながら、古墳さ見てみんべ。 まず目にはいったのは、これ。『外堀』だね。 もういくつも見てみたから、すぐわかったよ。 草だらけとはいえ、高いとこと低いとこじゃ、 色が違うから、はっきりわかるど。 生えてる草の種類も、違うんだべか? 案内板、発見。『将軍山古墳』は、こんな形さしてるらしい。 これも『前方後円墳』だね。 そして周りさ囲む『堤と堀』は、縦長の台形みたい。 あ、『造出し』もあんだね。『造出し』。車道から、め~るかな~。 角度さかえて、『外堀』さ見てみた。 あ、こっちの角度じゃないね。 もう少し右のほうによらないと、『造出し』の場所がめ~ないや。 あれ、だども、林の向こうになんかめ~るよ。 拡大してみたら あらま。古墳だ。『稲荷山古墳』だべな。 ずいぶんはっきり、め~るんだね。 形も整ってるし、なかなか凛々しい御姿じゃないけ? ほんとに、もう。『さきたま古墳群』の古墳たちは、 魅惑的なやつば~りなんだから。 困っちまうなぁ。 はやくいかないと、って焦っちゃうじゃないけ。 だどもまずは『将軍山古墳』が先だんべ。『稲荷山古墳』は、ち~とまっとこれ~。 こっちさみたら、行くかんなw。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)******************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 *********************************************************
2015.10.17
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「二子山古墳の西側」 堤の端っこまで、到達したよ。 お! こっからみっと、完全に『前方後円墳』の形にめ~る。 古墳の前と後ろって、誰が決めたかしんないけんど、 こっちの方向、前方部分から見たほうが、 はっきりと人がこしゃったもんだ、ってわかるね。 そして、さらに周りこんで、『前方部分の正面』へ あらま。 こっからみっと、『方墳』みたいだ。 あ、『方墳』っつうのは、正方形の形さした、古墳のことだよ。 ピラミットを小さくしたような、感じかな。『二子山古墳の前方部分』にも、ちゃんとだんだんが残ってた。 ますますピラミットみたいに、め~るね。 真ん中にゃ石碑みたいなもんが建ってたけんど。 遠すぎて何が書いてあんのか、わかんなかったよ。 さて。この辺で、道がいったん途切れちゃった。 古墳に沿って歩いてこうとすっと、 芝と藪がまざりあった草原を、突っ切っていかなきゃなんない。 は~。しんど。 それに・・・あちい。『さきたま古墳群』さ行ったときは、真夏でな。 最高気温が40℃超えたか! っつう状況でな。 またまた『二子山古墳』の周辺にゃ、 休めるような東屋は、ない。 お手洗いも、ない。 あ、一本だけ、木があった! やった、ちょこっと、休もう。 水分補給しながら、四角い古墳の斜面さ眺める。『二子山古墳』は、武蔵国地域で一番でっかい古墳なんだと。 あ、武蔵国ってのは、今の埼玉県のことじゃなくってな。 昔の武蔵国のことだど。 現在でいうと、埼玉県と東京都、そして神奈川県の一部が 武蔵国、って言われてたらしいべ。 今の埼玉県よりちょこっと面積さ広くって、 形も違ってたんだな。 現代と古墳時代じゃ、県(国?)境も違うんだ。 こりゃ、要注意だな。 さて。休憩もすんだんで、先さ進もう。 水分さ補給したら、元気さ出て来たど。 藪も芝も、平気だべ。 よくよく目さこらしたら、誰か通ったような跡があるど。 そこだけ草っこが踏まれて、道になってだ。 人が一人通れるぐらいの、筋みたいな跡だけど、 ここさ通れば、安心だべな。 ということで、草をわしゃわしゃ言わせながら、進む。 なんでわざわざこったらとこさ入ってきたか、っつうと。『堀跡』がめ~たからなんだ。『古墳の前方部分の外掘』だど。 ここも、はっきり残ってた。『まっつぐに伸びた外堀』は、『後円部分の外掘』よりも深い。 1メートルぐらい、ありそうだど。 これは『前方部分の外堀の角っこ』 堀の深さがわかっかな~? ん~。堀も堤も、おんなし色だから、わかりづらいけんど。 肉眼でみれば、ちゃんとめ~るかんね。 ぜひ、実際に見にいってみとこれね。『墳丘』と『外堀』。 右と左に挟まれて、どっちさみたらいんだべな~? と、幸せ気分。うきうきと歩いて行ったら、 あ、道がなくなっちゃった。 どうやら『二子山古墳の西側』にゃ、近づけないみたいだな。 え~。もっと近くでみたいな~。 だども道がないんだから、しゃ~ない。 しぶしぶと、脇道さそれる。『外堀』さ横断する土手っこが、ちょこっと土橋みたいでな。 にまっとしちまったけど、あれは管理用の道だったんかな? それとも、古墳に最初からくっついてた『土橋』だったんかな? そうそう。古墳によっちゃ、『外堀』さ突っ切って『堤』と堀の外さつなぐ道が、こしゃってある場合があんだけど、 この道を『土橋』っていうんだと。 お城とおんなしだね。 きっと、古墳さ管理すんのに、必要だったんだべな。 そして西側で見逃せないのが、これ。『造出し』だど。『武蔵国で一番でっかい古墳の造出し』だど。 見ごたえあんべ~!『墳丘』同様、『造出し』も武蔵国で一番でっかいんだべか? なにはともあれ、めったに見られない古墳だど。 や~、すげ~な~。 だども『二子山古墳』は、まだ調査が進んでなくってな。『墳丘の内部』とか、謎も多いらしいど。 もしかしたら、『金錯銘鉄剣』級のお宝が、眠ってるのかも。 どきどきすんね。 埼玉県の古墳研究者のかた。 ぜひぜひ『二子山古墳』の謎、解明しとこれね~。 楽しみにしてるど。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)******************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 *********************************************************
2015.10.13
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「二子山古墳の東側」『二子山古墳の後円部分』を、回り込んでいくと、 奥にもでっかい山が、出現したよ。 さらに近寄ると でっかい山の正体発覚!『前方部分』でした。 さっきまでは、2つの離れた山に、め~たのに。 ここまで近づくと、ちゃんと繋がってみえるね。 方向によって見え方が違うなんて、 おもしろいべ。 んじゃ、もっと先さいったら、どんなふうにめ~るかな? いってみんべ。 古墳の横さ伸びる道。 これは『二子山古墳の堤』にあたる、部分なんだど。 あ、左側の凹んだ部分は、『外堀』の名残りだな。 ん~。長いな~。どんだけ長さがあんだべな?『二子山古墳』は 墳丘の全長が 約138メートル、あんだって。 つうことは。堤はもっと長いってことだな。 200メートルぐらい、あんだべか? くたびれっちまうね。 で、前方部分の幅が、約90メートル。 高さは、約14.9メートル。 後円部分は、約70メートルの円経で、 高さは13.0メートルあんだって。 すごいね~。こりゃりっぱな山だな。 仮に墳丘さ登れる場所があったとしても、 おっかなくて登れないな。『二子山古墳』さこしゃった人たちは、 どうやって上まで、土さ運んだんだろな? 埴輪さ据えるときゃ、どうやって登ったの? 高さで目がくらんだり、しなかったんかな~? 命がけの作業だね。 今の人たちに、同じものこしゃれ、っつったら 出来るかな? あ、ショベルカーのような重機を使っちゃ、だみだど。 ん~。腰、こわくなりそだな。 は~。すげ~。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)******************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 *********************************************************
2015.10.10
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「堀の形」『二子山古墳の内堀』は、生垣で覆われてた。 だもんで、隙間さめっけて覗いてみたど。 うわっ! でっけ~! 池になってるよ。 だどもよくよくみっと、堀の底がめ~た。 水がきれいなんだね。 深さは浅そうだけど、お魚いるかな? おっと。忘れるとこだった。 ここは池じゃ~なかったべ。 古墳だべ。 さすが、『さきたま古墳群』で一番でっかい古墳だな。 堀の広さも、半端じゃないべ。 川みたいだ。 ここは『内堀』って言われてる部分。 本来は水のない、広場みたいなとこだったみたいだよ。 堀に沿って移動していくと、『二子山古墳の後円部分』の前さ通った。 まるで山みたい。 だども、よくみっと、段々になってるど。 一段・・2段・・・3段・・・。 う~ん。もう一段、あんのかな? ふわ~。すごい。くっきり残ってる。 きっとあそこに、円筒埴輪がずらっと並べてあったんだべな。 すげ~。何個ぐらい並んだんだべな? こしゃるの、大変だったべな~。 と見惚れていたら、『内堀』の端っこに到着。 あ、鴨がいる! ありゃ? 写真にゃ写んなかったか。 ここに住み着いてんのかな? なんか堀と鴨って、お似合いだよね。 だども、古墳の掘りにまでいるとは。 ちょっと、びっくりしたど。 あれ? この『内堀』。角っこがあんだね?『前方後円墳』の掘って、 前方部分に近いほうは角ばってるから、角っこさあっけど 後円部分に近いほうは、ま~るくなってんじゃなかったけ? 釣鐘みたいな形、っつったらわかりやすいべか? たとえば『かみつけの里』にある『二子山古墳』の場合。 あ、古墳の名前がおんなしだ。ちとややこしいな。 そうそう、こっちは別名『上州 二子山古墳』っていうらしい。『上州』っつうのは、上野(こうずけ)国のことでな。 群馬県地域のことを、指してんだ。 だから名前がおんなしんときは、『上州』ってくっつけて、 わかりやすくしてるみたいだよ。 で、これが『上州 二子山古墳』の写真。 後円部分に近いとこは、堀もま~るくカーブしてる。 なのに『さきたま古墳群』の『二子山古墳』の場合は ちょっと曲がってっけど、長方形になってんだって。 なんでだべ? 堀さこしゃるスペースが、たんなかったんかな? と思ったら。『さきたま古墳群』の『前方後円墳』の場合。 少し歪んでんのもあんだけど。『内堀』も『外堀』も、ほぼ長方形の形さしてんだって。 なんで長方形に、なったんだべな? 不思議だな。『さきたまの二子山古墳』の『外堀』。 この辺は道路や住宅地になってんで、 全部は残ってないんだけんど。 草の間に見え隠れしてるくぼみは、 たしかに角ばってめ~た。 これも『さきたま古墳群』の特徴なんだべか? 他の県にゃ、ないのかな? もしかして、ほんとの古墳の姿は、 古墳群ごとに、みんな少しずつ違う形さしてたんだべか。 古墳さみれば、どこの一族が納めている地域か わかるように・・・とか? まるで、家紋みたいだね。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)東国から読み解く古墳時代 歴史文化ライブラリー / 若狭徹 【全集・双書】価格:1,836円(税込、送料別)******************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 *********************************************************
2015.10.06
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「造出し」『二子山古墳』の墳丘周りは、生垣になってる。 だもんで、掘りの中が見れない。 でも、せっかくきたんだし、みたいよね。 で、近寄ってみたら 整備中でした。 周りをみまわすと、右の空き地に、こんなもんがあった。 草刈、してるんだ。 枯草の山が、できてるど。 おかげで、古墳が見やすくなってるんだね。 ありがたいな~。 と、こんときは、ぼ~っと空き地さ眺めてたんだけど。 じつはここ。ただの空き地じゃ、ないんだよ。『造出し』っつってな。 墳丘や堤の一部にくっつけてこしゃった、 広場みたいな場所なんだ。 埴輪が出土することも、あってな。 王を祀るための、儀式さした場所かも? って説も、あんだって。 案内板でみると、こんな感じ。 墳丘の西側に、『小さい瘤みたいな、造出し』があって、 外側の『中提』に、『広場みたいな、でっかい造出し』が こしゃってある。 遠くからみっと、 草と芝がおんなし色で、わかりにくいけんど。『中提の造出し』は、確認できたど。 真ん中辺の茶色い小山は、 さっき見た、枯草の山だべな。 いい目印に、なってんな。 拡大してみっと『造出しの角っこ』が、め~た。 結構高さがあんね。 だども『墳丘の造出し』は、め~ないなぁ。 もっと近くから見ないと、だめかな? それにしても、でっけ~『造出し』だな~。 離れて見ないと、古墳の一部だなんて、 わかんなかったよ。 さすが武蔵国で、一番でっかいって言われてる『二子山古墳』だけあるな。『造出し』の大きさも、半端じゃないや。 いいもん、見たな~。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)******************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 *********************************************************
2015.10.01
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