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「瓦塚古墳」 今度は『瓦塚古墳』さいくど。『鉄砲山古墳』からみっと、北の方向にあんだ。『さきたま史跡の博物館』んとこにあった、『移築民家』んとこからめ~た、あの古墳だど。 だもんだから。 整備された道をたどって、博物館近くまで戻るど。 そうそう。『瓦塚古墳』の名前はな。 明治初期ごろ。この辺に瓦職人が住んでたからなんだって。 ふむ。不思議な由来は、ないみたいだな。 あ。『移築民家』が、め~てきた。 真ん中の四角い建物が、『さきたま史跡の博物館』だな。 道の右っ側は、林さなっててな。 古墳の姿は、まだみえない。 だども、角っこさ曲がればもう目の前だど。 緑のきれいな古墳だったよな~。 どきどき。 あ、案内板が出てる。 ん? 『瓦塚古墳』に行くにゃ、林の中さ入れって? なんでかな? あ、もしかして近道あんのかな? 穴場スポットでも、あんのかな? のそのそと、林の中の道を進んでいくと、 おお~!目の前に古墳。『瓦塚古墳』の南側にでたど。『鉄砲山古墳』や『奥の山古墳』と比べっと、小さくめ~るな。 だども、きれいだな~。 形が整えてあんのかな? 稜線が滑らか、っつうか、優雅な雰囲気。 さっきまでの古墳と、なんか違うな。『瓦塚古墳』は、全長約73メートル。 前方部分の高さは、約4.9メートル。 後円部分の高さは、約5.1メートル。 長方形の掘りが二重に巡る『前方後円墳』なんだと。 あ。『瓦塚古墳』は、後円部分のほうが ちっと高いんだね。 あれ? 『さきたま古墳群』にあるほかの『前方後円墳』は みんな前方部分のほうが、高いみたいだよ。 これって、崩れっちゃったせいなのかな? それとも、完成したときから、ちょっと 他とは高さが違う、古墳だったのかな? 埋葬された王が、「他とは違うものを作れ!」って 命じたんだべか? 謎だねw。 もっと近くで、みたいな。 それに、林から、出たい。 だってここ、湿気がすごいんだもの。 木の葉っぱは、日差しを遮ってくれるけど、 そのせいなのか、地面はぬかるんでるし。 汗はべたべた。張り付いて、汗疹になりそう。 ちっとも、居心地よくない! 東屋や解説板みたいなもんも、あったんだけど。 見てる余裕もなかったよ。 古墳をまわり込む抜け道があるのか、と思いきや。 行き止まり、だったし。 秋とか冬にいったら、楽しめたんかな? さ。とっとと出よう。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)******************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 *********************************************************
2015.08.30
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「鉄砲山古墳 名前の由来」 草木を見ながら、暑さをごまかし進んでいくと、 後円部分に近づいてきたよ。 でっかいな。こんだけでっかいと、もう、墓にゃめ~ないな。 りっぱな山だど。 くびれ部分。 どうやら『鉄砲山古墳』にも、『造出し』があるみたいだど。 位置は、この辺なんだけどな。 反対側さ出ちまったんで、こっから『造出し』は確認できながったよ。 そうそうこの『鉄砲山古墳』にも、名前の由来があってな。 江戸時代から幕末のころ。 この辺に『忍藩の砲術練習場』が、あったんだと。 だもんで『鉄砲山』って、名前さついたんだな。 ほほう。この辺は、古墳が密集してっかんな。 調度山間になってて、音もごまかせそうだな。 秘密の練習所、って感じかな。 あ、だども。古墳を標的にして、練習してたんじゃあんめな? 発掘したら、当時の弾が出てきたりしてw。 こったらとこにも『忍藩』の歴史が、残ってたんだな。 びっくりだっぺ。 さらに、古墳に沿って進んで行く。 あら? 道が急に、細くなってきたど。 っつうか、ここは道なんだべか? 脇道とか、抜け道って雰囲気だど。 左側は、低い崖みたい。 その下が民家みたいでな。間にフェンスが、はってあるよ。 右側は、古墳。 ちゃんと通れるような道に、なってんだけど、 人が一人、通れるぐらいの幅しかないよ。 どんつきだったら、どうしよう。 戻ってくんの、めんどうだな。 だども、古墳のむこっかわ、どうなってんだべな。 ちょっと引かれるね。 よし。冒険してみんべ。 足元に注意して、そわそわ進むと、 おお~。『鉄砲山古墳』のほぼ真下~。 ここは後円部分だから、 天辺まで9メートルくらいの高さが、あんだな。 頂上を確認するのが、大変だ。 背中が、こわばっちゃうよ。 だども、迫力あんね。 それによくみると、段々がわかるよ。 あの段々部分にも、『円筒埴輪』がぐるりと 並べてあったんだべか。 何個ぐらい、ならんでたんだべな。 そして、道の先にゃ、古い標識があった。 案内板の文字は、もう読めなかったけど。 歴史を感じるね。 だども。案内板に気をとられてっと、危ないど。 この先は、急な坂、というか段差になってたかんな。 ま、ゆっくり焦らずに行けば、問題ない高さだけんど、 転んだら危ないな。 平地でも、転んじゃう歳になるとね。 段差ってだけで、どきどき。 冒険気分に、なっちゃうんだよ。 ま、怪我もなく、無事歩道に合流。 今きた道を、振り返ってみる。 これ、道じゃないな。 元はただの、古墳とフェンスの隙間 だったんじゃないかな。 だって、歩道からみたら、道にめ~ないもん。 歩道方向から来た人にゃ、わかんないんじゃないかな。 さっきの古い案内板だって、 藪の奥で、歩道からめ~ないし 段差があってな。 気楽に登ろうって気分に、なりそうもない。 ってことは。ここって穴場? ふふふ。ラッキ~! さて、今度は安全な歩道さ進んで、 一旦『さきたま史跡の博物館』さ戻る。 次は、博物館周辺の古墳さ、見学に行くど。 歩道を進む。で、ちょっと振り向いてみたら、 林越しの『鉄砲山古墳』。 真ん中の、くぼみんとこあたりの斜面なんだけど。 ちらっと見える傾斜も、なかなかいい味だしてるね。 みほれっちゃうよ。 そだ!『鉄砲山古墳』じゃ 別名『御風呂山』っつう呼び名も、あんだって。 御風呂って、体さ洗うお風呂のことだべ? なんで御風呂って付いたんだべな? こっちの由来は、わかんなかったんだけど。 なんか、理由があんだべな。 気になんな~。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)[郷土誌 : 静岡以外]【太田書店】稲荷山古墳と埼玉古墳群 / 斎藤忠 大塚初重【中古】【中古本...*********************************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 ************************************************************************
2015.08.26
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「鉄砲山古墳」 今回は『鉄砲山古墳』さ紹介すんど。『さきたま古墳群』の南地域にあってな。 こっち側じゃ一番でっかい、前方後円墳だど。 墳丘全長は 約109メートル 後円部の高さは 約9メートル 前方部の高さは 約10メートル あんだって。『さきたま古墳群』のなかじゃ、 3番目にでっかいんだと。 ほほう。こりゃ見ごたえありそうだな。 どれどれ。 これは、後円方向からみたとこ。『鉄砲山古墳』は、土山になってた。 他の古墳は芝さ植えてあってな。 きれいな緑色してたのに、なんでだべ? ガイドブックによると、『鉄砲山古墳』は平成23年に発掘調査さ、したんだと。 あ、それで、芝さとっちゃったんだな。 ちと、もったいなかったな。 だども発掘調査の結果。 墳丘の中段部分に、埴輪の列が巡ってたことが わかったんだと。 おっ。よ~くみっと、まんなかへんがちょこっと。 凹んで段々になってるよ。 あそこに、埴輪がならんでたのかな? どうやら『円筒埴輪』っつう、竹を巨大化したような 筒状の埴輪の列が、あったみたいだよ。 そのうち復元模型が、できるかな? 見て見たいな~。たのしみ。 ほかにも後円部分の裾から、 土師器や高杯かめっかってな。 くわしく調査した結果。 どうやら『鉄砲山古墳』は、 6世紀後半に作られたらしい、ってわかったんだと。 隣の『奥の山古墳』と同じ時期か、 ちょっと遅い時代の古墳、てことだな。 すごいね~。 もっと近くでみたいな。 きょろきょろ、辺りさみわたすと、 古墳にそって東のほうへ向かう道があったよ。 なんか鬱蒼として、行きづらいな~。 だども、木陰さあって、涼しいかも。 前にもちょこっと、書いたけど。 この日は猛暑でな。 古墳の周辺は木もないし、日光が当たりっぱなしだったんだ。 せっかく涼しそうな道があんだから、 ここさ進まない手は、ないな。 で、ほげほげと。進んでいった。 道端にゃこんな花が。 なんつう花かな? 自然に生えた花だべな。 だもんだから、花壇の花と違って、てんでばらばら。 いろんな花が咲き放題だけど、 いいな~、こういうの。大好きだよ。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)******************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 *********************************************************
2015.08.22
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「戸場口山古墳」 こないだの『中の山古墳』 なんだかちょっと、気になんね。 特に、この名前。 なんで『中の山』なんだべな? その前によった古墳は『奥の山古墳』っつったし。『奥』と『中』。 どっからみて『奥』で『中』なんだろ?『前』もあんのけ? で、地図さじっとみてみたら、あったど。『浅間(せんげん)塚古墳』 ここにゃ『前玉(さきたま)神社』がある。『前』ってつくど。 場所は『奥の山古墳』と『中の山古墳』から見て 東の方向・・・あ、ちょっと『中の山古墳』より 北の位置になっちゃうな。 これじゃ『奥』『中』『前』にゃなんないや。『奥』『前』『中』になっちゃうな。 ちなみに『浅間塚古墳』は昔、『前玉神社古墳』って 呼ばれてたみたいだね。 直径約50メートルの円墳でな。 大型円墳の部類に入るんだと。『前玉神社』は延喜式神名帳にも乗るほど 古くからある神社なんだと。 今回は見学さ、いけなかったんだけど、 見とけばいかったかな? で、肝心の前、に当たる古墳なんだけどな。 どうやら、今は存在しないらしいんだ。『戸場口山古墳』っつってな。『中の山古墳』と『奥の山古墳』の東のほうに あったらしいど。 地図さ描いてみた。 こんな感じだべか?『戸場口山古墳』『中の山古墳』『奥の山古墳』と合わせて『渡柳(わたりやなぎ)三大墳』と呼ばれてたんだと。『渡柳地区』にあっから、『渡柳三大墳』って呼ばれたんだな。 でな。『戸場口』ってのは『入口』って意味らしいど。 おもしろくなってきたべ? 『渡柳三大墳』を東からみっと、『戸場口山古墳』=前(入口)『中の山古墳』=真ん中『奥の山古墳』=一番奥 ってな配置になんだ。 なるほど。名前が古墳の位置を、示してんだな。 これで名前の謎が、解けたね。 やった~。『戸場口山古墳』は、 一辺約40メートルの『方墳』で 二重の周堀があったんだと。 7世紀前半から中ごろの古墳じゃないかって 言われてるらしいど。 だども大正7年ごろ。崩されちまってな。 今は宅地になってるらしい。『中の山古墳』も、大正時代に土っことられたんだよね。 同じときに、崩されたんかな? どんだけ土っこ、必要だったんだろ? 暮らしていくためにゃ、必要な土だったんだろうけど、『方墳』は、めずらしいもんね。 ちと、もったいなかったね。 崩す前に、みてみたかったな~。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)[郷土誌 : 静岡以外]【太田書店】稲荷山古墳と埼玉古墳群 / 斎藤忠 大塚初重【中古】【中古本...*********************************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 ************************************************************************
2015.08.18
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「中の山古墳」 今回は『中の山古墳』さいくど。『奥の山古墳』からみっと、南の方向になんな。 この辺は木が残っててな。 林になってたど。 だども、湿気があって、ちっとも涼しくなかったけんどな。 『中の山古墳』は、こんなんらしいんだけど。 なぜか案内板は、真っ赤な色してた。 それに、とっても古い感じ。 見た目だけじゃなくって、描いてある文章も、 古そうだったよ。 ん~とな。一応読もうとしたんだけんど。 赤い看板てのは・・・見ずらいもんだな。 なにか書いてあんのか、わかりませんでした。 林さ抜けると『中の山古墳』が、め~た! お。これも『前方後円墳』だね。 古墳の大きさは、 墳丘全長が 約79メートル 前方の高さ 約5.4メートル 後円の高さ 約42メートル あんだって。『さきたま古墳群』じゃ、5番目の大きさらしいど。『奥の山古墳』よりも、大きいんだな。 だども、『中の山古墳』のほうが、ちっこくめ~るな。 なんでだべ? 古墳沿いに移動して、後円近くからみたとこ。『中の山古墳』のむこっかわは、個人の御宅になってるみたいでな。 回り込めなかったんだ。 ふ~む。やっぱり、ちっこくめ~るね。 それに、なんとなく平べったい感じがするど。『奥の山古墳』は前と後ろの段差が、はっきりしてたよね。 そうか、前方後円墳独特のくびれが、ないんだ。 や!よ~くみたらくびれてんだけど。『奥の山古墳』のような、ぎゅっとしまった感じがないんだな。 それで、迫力が半減しちゃってんのかなあ。『中の山古墳』は大正7年ごろ。 土を取るために、 ほっくりかえされちゃったことが、あんだって。 上が平べったいのは、 そんとき土っこ、取られちまった所為なんかな? で、そんときに『石棺』が出てきたらしいど。 だもんで『別名・唐櫃山(かろうとやま)』 っていうんだと。『中の山古墳』は、『さきたま古墳群』に現存する古墳の中じゃ 一番新しいものでな。 最後にこしゃった古墳じゃないか、って話だど。 で、新しい古墳のせいか、他とちょっと違ったもんが 出て来たらしい。『須恵質埴輪壺(すえしつはにわつぼ)』っつってな。 関東じゃ、めずらしいもんらしいど。 色は灰色。表面は、堅い。 須恵器の壺、みたいなんだけんど、 上の部分が広くて、ラッパみたいになってるど。 んで、底にゃ大きな穴が、開けてあんだって。『円筒埴輪』の壺版? みたいかな? これが埴輪の替わりに、たくさん出てきたんだと。 関東以外じゃ、北部九州の古墳で、 いくつか似たもんが、出土してんだって。 九州の古墳と、なにか繋がりが、あんのかな? 古墳の技術は、九州が最先端ってイメージ、あんだよね。 その技術が、埼玉県まで伝わってきたんだべか? それともこれも、 この辺に、九州に匹敵する大きな都市があった って、証拠の一つかも、しんないね。 ずげ~なぁ。 《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入) [郷土誌 : 静岡以外]【太田書店】稲荷山古墳と埼玉古墳群 / 斎藤忠 大塚初重【中古】【中古本...価格:1,000円(税込、送料別)*********************************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 ************************************************************************
2015.08.15
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「奥の山古墳」 今回は『奥の山古墳』さいくど。 案内板によると、こんな感じの古墳らしい。 周囲を堀と堤に囲まれた、前方後円墳だな。『奥の山古墳』は、6世紀の中~後半に築かれたもんでな。 墳丘の全長は、約66メートル。 高さは、前方が、約6メートル。 後円が 約5.6メートル あんだって。 でっかいな~。 でもな。『さきたま古墳群』の前方後円墳じゃ、 下から数えて、2番目の大きさなんだって。 は~。これで、ちっこいほうなの? 他はどんだけ、でっかいんだ~。 楽しみだね。 ええと。『奥の山古墳』のみどころは、っつうと。 前方と後円の間の、くぼみんとこだな。 ここに、ちょっとした広場みたいな場所が、くっついてんだ。『造出し』っつってな。 古墳の西側にだけ、ついてんだ。 お。本でみたことあんど。 だども実物ははじめてだな。 どんなんだんべ? 草の間に出来た、踏み分け道を進んでいくと、 わ~! 奥に、もいっこ。古墳があるよ。『奥の山古墳』と違って、草が生えてないんだな。 なんでだべ? 整備してんのかな? ええと。すげ~古墳で目移りしちゃうけど、 今は手前の『奥の山古墳』に集中すんべ。 で、このあたりが『造出し』の場所。 う~む。草だらけで、わかりにくいな。 だども、実際にみっと、 地面より高い平地が、ちょこっとあった。 この『造出し』の周辺からは、『装飾付須恵器』や『人物・動物の埴輪』が たくさんめっかってんだって。 儀式の場所か、祭壇だったんかな? なんか、重要な場所だったみたいだね。 で、もいっこのみどころが、ここ。『奥の山古墳』の南側に伸びる道、なんだどもな。 よ~くみっと、横に平行に伸びた窪地があんだ。 これは『古墳の外を囲む堀の跡』なんだ。 ということは、道のあっとこが『堤の跡』だな。 まわりこんでみた。 堤の道と堀跡が、ず~っと続いてるよ。 奥の古墳とこまで、続いてんのかな? こんなにきれいに残ってるなんて、すげ~。 一生懸命歩いてきて、いかったな~。 なんか、元気が出てきたど。 さ、次の古墳さ、いってみよっ。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入)*********************************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 ************************************************************************
2015.08.11
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「奥の古墳へ続く道」『さきたま古墳群』は、こんな感じの公園だど。 たくさんの古墳が、目を引くね。 どっからみたらいいか、迷っちゃうな。 ふうむ。やっぱし、全部みたいな。 ということで、まず、右っかわの古墳群から、 散策することにした。 道沿いに進んでいくと、こないだブログに書いた『旧・山崎家』の前を通る。 道は林の中に向かって進んでいるよ。 こんな感じ。 わ~い。木陰があるよ。 この日は猛暑でな。 携帯の熱中症注意警報が、鳴りっぱなしになるほど、 暑かったんだ。 栃木県も、宇都宮辺りじゃしょっちゅう 30℃を越えるほど、暑くなんだけど。 埼玉県の暑さは、半端じゃないね。 それとも、この日は特別暑かったんかな? 後でツイッターのフォロワーさんに、『さきたま古墳群』の辺りは、昔は湿地帯だったとか、 内陸部なんで、とてつもなく暑いんだとか、 教えてもらったよ。 そういえば。 よくよく考えたら、埼玉県や群馬県って、 天気予報の最高気温予想の上位に、入ってるんだよね。 群馬県の館林なんて、行田市のお隣みたいなもんだよ。 栃木県から行田市に行くとき、通ったもんな。 館林は、日本で一番あっち~とこ。 ってことは、お隣の行田市だって、暑い。 なんで、気がつかなかったんだろ? 一番暑い時期に、一番暑い場所に、遊びにいっちまったよ。 ああ~、なんて馬鹿なんだろ。 まだ10分も歩いてないのに、汗だくだくだよ~。 おまけに古墳は、ぜんぜんめ~てこないし。 ・・・なんで、公園内に、ビニールハウスがあんだんべ? 公園の敷地から、出ちゃったんかな? 道、間違った? なんかな。『さきたま古墳群』って、 全部が公園の敷地ってわけじゃ、ないみたいだよ。 ところどころに、個人の敷地が残ってるみたい。 そういや、お寺もあったっけ。 どこからどこまでが、 公園の敷地なのか、個人の御宅なのか、 わかんないな。 なるべく、道からずれないように進もう。 迷惑かけちゃ、悪いかんな。 だども、古墳、遠いな~。 ほんとにあんのかな? あ、綺麗な花、、めっけ。 クローバーに似てるんだけど、 もっと大柄で、がっしりした植物だよ。 名前、なんだっけ? よく見かけるんだけど、忘れちゃったな。 よそ見しいしい、歩いていくと、林の切れ目にでた。 そして、 おお~。古墳~。 よかった~。道、間違ってなかったんだな~。 まずは、一安心だべ。 ふう。《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり*********************************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 ************************************************************************
2015.08.08
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「移築民家2」『さきたま古墳群』にゃ、もいっこ移築された民家があんだよ。 こないだ紹介した『旧・遠藤家』とは、 広場を挟んで南側に位置してんだけんど あ、裏側だ。 詳しくはしらないんだけんど。 家って玄関はどっち向き、とか 決まりがあんだんべ? その法則さ守ると、玄関は広場と 逆向きになっちゃうみたいだね。 ここは『旧・山崎家の住宅』でな。 明治の初めごろの農家なんだって。 元々は、行田市にあったもんらしいど。 じゃ、裏口からお邪魔してみようかな。 と、近づいてみたら 山崎さんちは、立ち入り禁止だって。 なんでも建物が傷んでるもんでな。 危険なんだと。 みたとこそんなに崩れてないようだけど・・・ だめ、ってんならしょうがない。 やめとくべ。 そうそう。山崎さんちは2階で『お蚕さま』を飼ってたんだって。『お蚕さま』ってのは、絹糸をとるための虫。『蚕蛾』のことだよ。『蚕蛾』は、蛾の仲間でな。 いもむしから蛾になるとき、糸を吐いて繭をこしゃるんだ。 その繭ん中で、サナギになってな。 蛾になったら、繭から出てくんだど。 絹糸になるのは、この繭の部分。 お湯で煮ると、繭がほどけてきてな。糸状になんだよ。 これが、絹糸になんだ。 ちなみに繭は、中にサナギが入ってる状態で、煮られる。 じゃないと、蚕が出てくるときに糸が切られて、 売りものに、なんなくなっちまうもんね。 それに、全部羽化するまで待ってたら、 部屋中が『蚕我』だらけに、なっちまうよ。 だって、絹糸さ取るにゃ、1匹2匹じゃだめだもんね。 10匹20匹でもだめ。 たぶん、100匹単位の数が、必要になるんじゃないかな。『蚕蛾』は真っ白で、綺麗だっつう人もいっけど ・・・どうなんだろね。 蝶や蛾って苦手なんだよね。 1匹2匹なら、ま、いいけんど100匹。 それも『蚕蛾』は、翅や筋肉が退化しちまってるから、 飛べないらしい。 うぞうぞと、這いまわる、100匹の『蚕蛾』。 ・・・うわっ。ホラー映画みたいだよ~。 こわっ。 寝れなくなっちゃうから、想像しないっどこっ。 これが、『山崎家の正面』。 ちょうど古墳さ向かう道沿いだったから、覗いてみた。 あ、2階の部分が崩れてる。 なるほど、こりゃ危ないや。 立ち入り禁止も、しゃ~ないな。 《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり*********************************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 ************************************************************************
2015.08.05
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「民家の外」 外さ行くと 馬小屋があんど。 さすがにほんもんの馬っこは、いないな。 世話、大変だもんな。 裏はどうなってんかな? ちょこっと覗いてみんべ。 お!古墳がめ~る。『瓦塚古墳』だど。いいね、いいね~。 だども屋敷の裏にも、ちょっと変なもんがあるよ。 あれ、なんだんべ? う~ん。庭石じゃないよな。 手前の石は、流し台みたいだな。 んじゃ、あの茶っこい蟻塚みたいのは、井戸かな? あ、井戸じゃないね。 水さためとく甕でもないみたい。 だって、穴ぼこ、開いてないかんな。 んじゃ、これなんだ? わざわざ移築して、持ってきたんだから、 なんかの道具だと思うんだよね。 ちょっと思いついたんだけど。 この上に穴の開いた甕さ置いたら、どうだんべ。 穴は甕の横側に開けておいてな。 木で栓さしとくんだ。 んで、甕ん中に水さ入れる。 栓を抜くと、穴から水が出てきて、 手が洗える。 手動式蛇口、なんてなw。 ちょこっと手さ濯ぎたいときなんか、便利だど。 いちいち井戸から水さ汲んでたら、大変だもんな。 さて、実際はどう使ったんだべか? 誰か知ってたら、教えとこれね~。 さて、ぐるっと回って、側面さでた。 あ、屋根の上に、出っ張った窓見たいのがあんど。 これは『煙を追い出すための高窓』なんだと。 棟の両側にゃ、火難除けに『水』と『龍』の文字が書かれてんだって。 ええ~と、どこの部分かな。 ちょっとわかんないな。 いろいろ暮らしやすいように、工夫さしてあんだね。 ちょっと、この家、いいな。 《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり*********************************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 ************************************************************************
2015.08.02
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