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大分で行われる「SSTA(ソニー科学教育研究会)九州ブロック研修会」2日目である。昨夜、3時頃まで「議論」したせか、やはり眠い。今日は、午前中に「授業案」提案を準備し、午後に提案する。私のグループは、中学年において、フィールド(臼杵市の干潟と川)で生き物を「捕る」ことを中心にして授業案を考えた。ポイントは、簡易水槽を持ち込むこと。低学年でもフィールドでの学習を行うことが前提であるため、グレードアップが求められると同時に、「科学的な視点」が必要になるからである。そこで「簡易水槽を持ち込むことのよさ」を分析することから議論がはじまる。そんな中、「現地に水族館がつくれないか」という発言が飛びだす。もちろん、実現可能かどうか疑問も残るのだが、このアイディアはおもしろい。現地で「シミュレーションモデル」をつくるのである。「川のどこに、どんな生き物がいたのか」「もっとくわしく調べる必要があるのはどこか」など、子どもたちの単なる採取活動を科学的なものに変えることができる。また、生き物をさわれなかった子どもが自然に触ることができるようになるなど「タッチプール」のような役割も果たすであろう。「現地に、現地の川を再現する。」プレゼンの「キャッチコピー」である。日置先生(文部科学省教科調査官)から「リアルな世界を自分サイズで再現するという、脳で変換することに意味がある。ちょっとしたバーチャルな会見が広がりや深まりを生む。」というコメントをもらう。夜遅くまで「議論する」ことは、私の研究スタイルではないのだが、達成感のある2日間になった。
2006.08.28
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大分で行われた「SSTA(ソニー科学教育研究会)九州ブロック研修会」に参加する。1泊2日の研修会であるが、フィールド(今回は、臼杵市の干潟を中心にして)での学習を、どうつくるのかを議論し、具体的な授業案を考えることが研修の中心である。2日目で、ワークショップ型の研修であり、その「案」を提案することがゴールである。また夜遅くまで「議論する」ことになるのだが、その中で、講師の日置先生(文部科学省教科調査官)の話を聞くことができた。懇親会やグループ別協議の中で、「1対1」で話すことができ、それだけでうれしかったのだが、講演の中でのPISA型の読解力についての話が心に残る。(次に示すのは、私の『メモ』であり、日置先生の言葉そのものではない。) ・・・・・ PISAの問題は、一つの状況があり、判断し文章で表現するというもの。「知っている・知らない」「できる・できない」を問うものではない。日本の子どもたちは、このような「問題』」の経験がないことが「読解力」が低い原因である。もちろん、トレーニングすれば結果はよくなる。しかし、なぜこのような問題が問題と成立しているのが重要である。 PISA型の読解力は、単なる「読む力」ではなく、読解のプロセスである。これは、理科の問題解決の過程に近い。もちろん、これまで理科では十分問題解決の過程を大切にしてきたという主張もあるであろう。しかし、PISA型の読解力の結果は低い。このことは、どういうことか考えなければならない。 ・・・・・PISA型読解力の定義を読むと、「当たり前のこと」とか「これまでもやってきた」と言われる方も多い。しかし、読解力が低いという結果を謙虚に受けとめ、これまでの指導の在り方を見直す必要があるであろう。結局、今日も朝3時まで議論することになってしまった・・・。
2006.08.27
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本校の「合宿研」2日目である。昨夜飲み過ぎたビールのせいか、みんななんとなく「どんより」しているものの、本校の研究の方向性について話し合う。その話し合いの中で、「『みんなで伸びる授業』デザインする」というテーマに対して、次の2つの視点でアプローチしていかなければならないのではないかと感じた。(1)「みんなで伸びる授業」とは何か、全体像を共有し、その要素を明らかにする。(2)「みんなで伸びる授業」と「授業デザイン」との関係を明らかにする。もちろん、「授業をデザインすること」=「みんなで伸びる授業を創ること」である。しかし、今年は(1)の要素の一つとして「授業デザイン」を主張していった方が理解しやすいのではないか。研究の1年目、(2)について、理論化できれば一番よいのだが、「授業デザイン」の「よさ」と「可能性」を実感してもらうことが、まず必要であろう。そう考えたとき、「事前研」で「授業デザイン」について話題にし理論化を求めるより、実際の「事後の研究会」を変えて行くほうが近道ではないだろうか。昼過ぎには合宿研を終え、瀬の本高原から阿蘇を眺めながら帰途につく。2学期もがんばろう。
2006.08.25
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今日から、1泊2日で行う研究会(研修会)、本校の「合宿研」である。今年は、産山のキャンプ場(バンガローや管理棟もきちんと整備されていて、十分研修できる)で、2学期の授業構想を語り合う。前回のblogでも書いたことであるが、「事前に授業を検討する『価値』」を考えながら参加することになる。「アクションリサーチ研究会」では、「事前」の検討より、「事後」の研究会を大切にする。「授業をデザイン」するとき、子どもの事実を抜きにして、授業の組み立てや指導法の有効性を議論することは、あまり意味がない。しかし、事前の「検討」が、まったく必要ないわけでもないであろう。ただし、「事前」と「事後」のバランスではなく、それぞれで「何を」話し合うのかということが問題になる。こう考えるとき、7月の校内の研究会の中で、河野順子先生(熊本大学)が話されたことを思い出す。「子どもの学びの論理の中に、教科の論理を組み込んでいく。」(また、河野先生は「子どもの現実に立ち、教師の現実を越えたところに」と付け加えられた。)つまり、「子どもの現実に立ち、かかわり合いを中心して、教科を教える」ということに対して議論する必要があるのではないかと考える。もちろん、そこに効率を求めるのではない。「学び合いのイメージを豊か」し「教材理解の質を高める」ことが大切なのである。「教師が何をするのか」ということに終始するのではなく、「どんな学びが生まれるのか」ということを議論していきたい。阿蘇とくじゅうの自然に囲まれ、夜遅くまで(もちろん料理とビールも味わいながら)「語り合う」ことができた。
2006.08.24
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今日は、朝からPTA作業(校内の除草など)をし、午前中は職員会議、午後は、2学期の行われる研究授業の事前研であった。事前研そのもののは別にして、今回「授業デザインとは何か」ということを考えながら参加することになる。理由は、「アクションリサーチ研究会」に参加し、そこでいろいろなことを経験したからであろう。特に、今回は次の2つのことが気になる。○「事前研」の価値○「かかわり合い」に対する意識の温度差アクションリサーチでは、「事前」ではなく「事後」の研究会を重要視するし、時間をかける。確かに、子ども一人一人の「学び」に着目するとき、授業の流れや指導法の有効性などを事前に話し合っても、あまり効果はあがらないように思う。なぜなら、授業デザインのの本質は「対応性」にあるからである。事前に、どう「対応する」かを考えこと、つまり「対応」のマニュアルを増やしていくことで、逆に「子どもの事実」からかけ離れていくような感じがする。「授業デザイン」という考え方では、事前に予想した反応ではなく、あくまでも「思いがけない」子どもの姿に出会うことが大切なのである。アクションリサーチ研究会の中で、石井順治先生は次のように話された。「出来事(学び合い)を拾いたい、拾えるようになりたい。」やはり、「私自身が、教育的瞬間を捉えることができない」ということを前提にスタートしなければならないであろう。
2006.08.20
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今日は「科学の祭典 熊本大会」だった。昨年から、クラスの子どもたちもスタッフ(実験講師)として参加させている。今年も、38名の子どもが参加したのだが、2年目ということもあり、昨年ほどの「大変さ」はない。今回、 子どもたちが出したブースは3つ。「磁石レントゲン」「モビール」「食塩水のひみつ」である。「モビール」のブースでは、5年の教科書(大日本図書)で紹介されているモビールを、お客さんといっしょに作る。また、「食塩水のひみつ」では、長い透明の筒に水を入れ食塩水が解ける様子(シュリーレン現象)を観察したり、このblogのフリーページで紹介している「食塩水ロケット」演示して見せたりする。本当は、どんな実験がよいか、「実験集」の原稿を書くときからいっしょに考えさせたかったのだが、6年生の忙しさを理由に(1学期の終わりは、国際交流、総合的な学習、沖縄絵の修学旅行とものすごい状態であった・・・)、くわしい実験の内容を「当日の朝」子どもたちに伝えることになる。もちろん、どれも授業の中で実際にやってみたことのある実験ではあるものの、少し不安があった。しかしながら、予想に反し、子どもたちには、とまどいが見られない。ジャンケンで担当するブースを決めると、手際よく準備に取りかかる。開場の時間になると、自分たちから大きな声をあげて「客呼び」まではじめた。今年で2年目になる「磁石レントゲン」のブースには、ほとんど私が指示をすることはなかった。今回は、学校の行事との関係で今日1日しか参加できないため、なるべく実験をしている時間を増やそうと、ブースを3つに増やしてもらった。しかし、予想以上のお客さんの多さのため、昼食時間以外はほとんど休憩ができない結果になってしまった。途中、グチをこぼす子どもも(本当は私が一番こぼしていたのだが)いたものの、終わったときには「やり遂げた」という、とてもよい表情であった。今日1日の来場者数は、約2万人とのことであった・・・・。
2006.08.19
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本校で主催している実践研も2日目である。思ったほど台風の影響はないものの、その動きが遅いため、午前中だけの研修となる。IT授業づくりコースは、最後に10分間の「模擬授業」を行う。他の参加者が児童役になるのである。よって、ある程度授業者の意図通りに授業が進む。しかしながら、その中でも「ハプニング」がある。つまり、「思いがけない」発言があるのである。そんなときの授業者の対応が、人それぞれでおもしろい。(この対応の違いを「おもしろい」と思わずに「発問が悪い、教材が悪い」ということに終始する先生もいたのだが・・・。もちろん、「授業デザイン」をいう考え方に出会うまでは私自身もそのような「見方」をしていた。)たとえば、「蛇行している川」と「まっすぐに流れている川」の様子を写真でくらべるという場面があった。その違いを発表するのだが、「まっすぐな川の方には、多く橋がかかっている」という発言があった。まさに、土地の様子に着目させたかった授業者にとっては「思いがけない発言」である。準備時間不足から、発問があいまいだったことも関係しているであろう。しかし、よく考えてみると、どうして「まっすぐな川」に橋が多いのだろうか。正しいかどうか分からないが、「まっすぐな川」は、川幅が狭く、橋が架けやすいとも考えられないだろうか。「思いがけない発言」に対する対応の仕方を協議するだけでも、おもしろい研修になるのではないかと感じた。
2006.08.18
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夕方から、9月に行う研究授業の事前研をする。今回の授業者は、いっしょに「アクションリサーチ研究会」に参加した先生であり、やはり、そのことを意識した話題が会の中心になる。その中でおもしろかったのが「授業スタイルと授業パターン」に関する協議。「授業デザイン」が技術的プログラムではなく、見識を求めるものと考えたとき、もちろん「授業パターン」を求め固定化していくことは否定されるであろう。しかし、「授業スタイル」と考えたとき、どうであろうか。私にも、私なりの「授業スタイル」がある。佐藤学氏がいう「同僚性」の中でも、教師のもつ「授業スタイル」の多様さが求められているのであろう。しかしながら、その「スタイル」に固執することに価値はなく、やはり「授業スタイル」そのものも「更新可能」でなければならないと考える。この議論の途中に、8月はじめに参加した初等理科研究会中央夏期講座の中で、筑波大附属小の露木先生が「これからは『ハウ・ツー』ではなく『ノウ・ハウ』を」と話されたことを、ふと思い出した。教師の「授業力」が問われる中、授業研究の在り方、そして、教師の成長の仕方が重要なポイントとなってくるのであろう。
2006.08.17
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今日から2日間、本校が主催する実践研である。(対象は、熊本県内の先生方であり、23名の先生方が参加された。)開催したコースは次の2つ。○IT(ICT)を活用した授業づくり○英語活動の模擬授業体験ITコースはプロジェクト型の研修であり、ゴールは模擬授業である。また、英語コースは、レクチャー型の研修である。英語活動を体験しながら話を聞き、自分でも用意された指導案で模擬授業をする。昨年までと違い、2日間の研修にしたため参加人数が減り、会の盛り上がりを心配していたのだが、どちらのコースも、やる気に溢れ、予想以上に熱気を感じることができた。多くの先生方が、何かを求めて参加されていたためだと考える。また、どのコースも少人数のグループを編成することになり、このことも会の雰囲気に大きく影響を与えたのであろう。明日2日目は、台風の影響で午前中のみ研修することになった。この時間の短縮も、よい「プレッシャー」になったようである。
2006.08.17
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今日は、明治図書「総合学習を創る」11月号の原稿〆切であった。これまで、どんなテーマでもことわらずに原稿を書いてきたのだが、今回は少しとまどった。テーマは「ロハス」。私自身、はじめて聞くことばであり、その先進的な取り組みとして「授業デザイン」について紹介するというものであった。何冊か本を買い、「ロハス」について「勉強」する。これまでの環境教育とは少し違うということは分かったものの、十分とはいえない。そこで、「授業デザイン」の次の2つの「要素(要素ということばで適当かどうか分からないが)」を中心に論を進めることにした。○授業デザインが、効率性を求めるのではなく、複雑性やあいまい性を本質とすること○子どもとともに、教師にも「自分らしさ」が求められること他の原稿と主旨が一致しているかどうか、「授業デザイン」についてきちんと伝えられているかどうかなど、多くのことが心配である。雑紙は10月中旬発売である。多くのご意見をいただければと思う。
2006.08.15
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午後から、上益城郡理科部会の研修会に参加する。会場は、通潤橋すぐそばの小学校。今回は、実技研(教材開発)として、「磁石レントゲン」と「ビー玉エンジン」を紹介する。しかし、単なる教材紹介、教材づくりにしないために、実践例も会わせて紹介する。ただし、問題になるのは、その紹介の仕方ある。これらの「発展的な教材」を単元の導入から取り入れるといっても、やはり「抵抗感」かあるであろう。そこで、次のような手順で会を進めた。(1)教材をつくる。(教材を体験する。)(2)いろいろな活用の仕方があることを話す。(3)単元の導入から取り入れた「例」として、実践を紹介する。(4)単元の導入から取り入れるときの、指導のポイントを説明する。もちろん、教材だけが「一人歩き」する可能性もある。しかし、一人でも多くの先生に、ダイナミックな学びをめざして、チャレンジして欲しいと願っている。
2006.08.11
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いよいよ研修ツアー最終日である。奈良で行われている日本理科教育学会全国大会での発表である。今回も「モビール」の実践報告である。12分の発表、3分の質疑のため、あまり意見をもらうことはできなかったのだが、発表後、このblogによく書き込みをしてくれる上越教育大のhirarinさんと話すことができた。hirarinさんは、私がぜひ「モビール」の実践を聞いてもらいたかった一人であるのだが、なんと、発表後にhirarinさんから声をかけてもらったのである。もちろん直接会うのははじめてであるが、いきなり「モビール」について話が熱く盛り上がる。このblogを通じて「共有」していたことが多かったのであろう。短い時間であったが、「理科教育」と「かかわり合い」をメインに研究を進める仲間であり、多いに元気づけられることになる(この6日間で、一番安心して話すことができた)。本当に、blogの「よさ」である。また、この学会で、今年から筑波大で研修している高校のときの恩師(あまり年は変わらないのだが)に出会い話をした。10年ぶりぐらいの再会であり、びっくりした。思いもかけない出会いのある1日となった。6泊7日の研修ツアー。予想以上にハードなものであった(ホームシックになったことのない私が、はやく熊本に帰りたいと何度か思った)。しかしながら、それぞれの会で実践を紹介することができたとともに、多くの人との出会いがあり、「情報」以上に「やる気」を得ることができた。やっと熊本に帰ることができる・・・。
2006.08.06
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研修ツアーも6日目である。今日から奈良で行われる「日本理科教育学会全国大会」に参加する。昨日の夕方、東京から新幹線で大阪に移動したのだが、さすがに連日の研究と飲み会でダウンし、夕食も新幹線の中での弁当とビールで済ませた。朝、遅めに起床し、ゆっくりと朝食を取り奈良に向かう。奈良には、何度か仏像を見に来たことがあるので、だいたいの場所は理解できた。(今回も、「空き時間」に気になる仏像を見に行ったのだが・・・。)このの学会は一人で参加するため、自由が利く。夕方も時間があるので、一つのシンポジウムに参加してみた。シンポジウムの方向性はよく分からなかったものの、それぞれの提案やコメントはおもしろかった。○今の学生は、問われることには答えることができる。つまり、聞く枠組みが決められている。問い方を変えていかなければならない。○日本は、学習の中で科学の日常生活への応用を求めるが、イギリスやフィンランドでは、日常生活の文脈における科学、科学者の仕事・科学と社会の関係性など、いわゆる科学について学ぶ。○日本の「役立てるための科学」という考え方の見直しがポイントとなる。なんとなく参加したシンポジウムであったが、これから求める理科の授業像を考える上で、よい「ヒント」となった。いよいよ明日は、「研修ツアー」最終日である。
2006.08.05
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「日本初等理科教育研究会中央夏期講座」の2日目である。今日は、筑波大附属小の露木先生の公開授業と、文部科学省調査官の日置先生の講話である。露木先生の授業は、「つわり」を取り上げ、その時期の胎児の重さを予想するというものである。もちろん、その「矛盾」に着目していくものだが、授業に一場面にくぎづけになる。その場面とは、新生児の模型(ねんどで、おおよその大きさ、重さにつくったもの)を、子どもたちに「抱かせる」場面である。この授業を、私は一人一人の「受け止め方の違い」に着目して見ようと考えていたのだが、そのときの子どもたちの姿に、そんなことなどふっとんでしまう。大事そうに本物の赤ちゃんのように抱きかかえる子どもたち。1体しかなかったのだが、隣の子どもからていねいに渡されて、おそるおそるその模型に触れる子どもの姿がである。なにか、そこには「実感」を越えたものがあるように感じた。「映像」と「本物」の関係について研究を進めてきた私にとっては、もう一つの「本物」を見つけたようなショックであった。日置先生の話では、「OECDのキーコピテンシー」と「言葉の重視」が心に残る。キーコピテンシーとは、読解力などのリテラシー上位概念、つまり学力観である。この「OECDのキーコピテンシー」は次の3つである。(1)社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力(個人と社会)(2)多様な社会グループにおける人間関係の形成能力(自己と他者)(3)自律的に行動する能力(個人の自律性と主体性)本校のめざす子どもの姿にも一致する部分が多いと感じた。また、「言葉の重視」の中で、「読んで書く」「聞いて書く」「読んで話す」「聞いて話す」の4パターンを使い分けていくことを話された。あまり、考えたことのない「分野」だったので、新鮮に話を聞くことができた。8月の終わりに、もう一度日置先生の話を聞く機会がある。それまでに「整理」し、理解を深めたい。2日間の研究会であったが、一年一年「有意義さ」と「楽しさ」が増す。来年は、もっと楽しむことができるよう、研修に励みたい。
2006.08.04
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研修ツアーも4日目、2つ目の研究会「日本初等理科教育研究会中央夏期講座」に参加する。毎年参加している研究会で、今年で4回目の参加となる。そのなかで、「モビール」の実践を発表・報告する。そのなかで、厳しい意見(批判)もあがる。「モビールをつくることは、図工でもできる。」「日本中どこでも実践できるのか。」予想以上に「ストレート」な意見である。昨日の「アクションリサーチ研究会」とは違い、「私らしく」反論できると思いきや、間髪入れずに筑波大附属小の森田先生が次のようなコメントをされる。「単なるモビールをつくる実践ではない。学びの文脈を強烈に意識させるものであり、『総合』で考えれば、そう難しくはない。」「実践の意図とよさが分かればできるし、分からなければできない。」反論したくてたまらなかった私にとっては、少し拍子抜けではあったが、森田先生に主張を理解してもらうことができうれしい気持ちもした。また、「図工的」に参加する子どものよさや、「みんなで伸びる授業」について、もっと分かりやすく説明する必要性を感じた。今回の発表では、「モビール」の実践だけでなく「授業デザイン」の考え方についても話した。分科会の中では、あまり話題にならなかったのだが、夜の懇親会では、「藤岡氏の本を、ぜひ読んでみる」といってくれる先生もいらっしゃって、私自身が、少しずつ語ることができるようになっていることを実感することができた。また、この懇親会では、2月に本校の研究発表会に参加してくれた千葉の中村先生をはじめ、多くの先生方と熱く語ることができ、有意義であった。
2006.08.03
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2日間の熱海での研修「教育のアクションリサーチ研究会」も最後のシンポジウムを残すだけになる。このシンポジウムには、佐藤学先生、秋田喜代美先生、石井順治先生が登壇された。それぞれの先生方のコメントをメモしたものを紹介する。○石井順治先生:授業者は、自分で自分の授業は見えない。見えるようになるための挑戦であり、「見え方」を問われる。何をどう見ようとするのか。「子どもと子どもとのつながり」「子どもとテキストとのつながり」、自分の授業の事実にであうことが大切。○秋田喜代美先生:看取るということは、「ケア」の本質。手をたらいにして受けとめるということ。瞬時に看取れるものとつながりで看取れるものがある。「見えてくる」ということは、解釈でしかない。見えたものをいかに語っていくかが重要である。○佐藤学先生:授業を評価することは一種の逃げである。子どもを丸ごと引き受けるとき、評価はできない。評価とは、切り捨てることである。授業が分からない人ほど評価するし、学ぶことができない。教育は、引き受けることからはじめる。授業研究は、ビジョンが必要であり、そのビジョンの共有とアプローチの多様性が大切である。子どもを丸ごと引き受ける。できない自分に出会っていくことが必要。コトがらに子どもと同じ立場で出会う。上手くいったかどうかではなく、きちんと出会う。多くの「出会い」があり(6月のお世話になった慶応大の鹿毛先生とも話をすることができた)、今後の方向性が少し「見えた」2日間であった。
2006.08.02
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研修ツアー3日目、「教育のアクションリサーチ研究会」も2日目になる。今日は、分科会で「モビール」の実践を発表する。まず、その会の進め方にとまどう。これまで提案というと、パワーポイントのスライドをつくり、「編集した」動画を使って子どもたちの様子を紹介しながらのプレゼンである。しかし、今回事前に準備したのは、簡単なレジメと、授業を撮影した「編集していない」そのままのビデオだけである。「ありのまま」を見られるという緊張感に、変なプレッシャーを感じてしまった。司会は、石井順治先生。今回の研究会で、どうしても話をしたかった先生の一人である。私の提案を聞かれ、ある程度の評価をしていただいたものの、やはり次のような「厳しい」指摘がある。○「もどす」「つなぐ」ことができていないこと。「いい発言(教師にとって都合のよい発言)」に飛びついた私、子どもの表情を見ていない私の姿を見事に指摘された。しかし、アドバイスももらうことができる。一人の子どもの発言から「言語化」を中心に「横のつながり」を広げていくこと。このことにより、子ども自身が焦点化していくことができる。そして、共感のつぶやきが生まれ、学びがダイナミックになっていく。また、「『発展的な教材』を単元の導入から取り入れる」という主張についても、次のようなコメントをもらう。○「学び合い」と「具体的操作」を行きつ戻りつしながら、子どもの学びが科学の追究に生きてくる。○分かりきった授業に、子どもたちは、もうあきあきしている。ただし、教師は教材に対して無防備ではダメ。教材を見る目と子どもを見る目がなければ「ジャンプ」は成立しない。1時間半と「長い時間」での分科会であったが、もっともっと話を聞きたかった。
2006.08.02
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熱海で行われる「教育のアクションリサーチ研究会」に参加する。これまで参加したことのある研究会・研修会とは少し「タイプ」が異なり、最初はとまどいを感じる。また、本日は、全体会・シンポジウムだけの研修会であったため、私自身の大きな「学び」とまでは行かないものの、次のような「ことば」をメモする。 ・・・・・○課題(学習課題、子どもの課題、教師の課題を含め)を残していくことが財産になる。○学びに対して、「気になる子ども」が問題ではない。○レベルの高い課題では、質の高い指導案が何通りもできる。○教師の教材理解の質が高ければ、指導案が何通りもできる。○教師の指導技術とは、子どもとの瞬間的な応答性。○子どもの学びが見えないことを問題にしていく。○どうして学びが成立しなかったのかを掘り下げていくことが、質の高い授業研究会につながる。○学びは、子どもとの応答性のなかでつくっていく。○教育とは、いったん積み上げたものを、一度くずして、積み直していく。○探究式授業を通して、子どもの創造的知性を啓発する。○共同学習とは、小さな「マス」に分割することではない。○授業とは、モデルの手順を踏むことではない。○方法論からスタートしたために、授業研究で何も変わらなかった。 ・・・・・少しずつ雰囲気にも慣れたせいか、メモする手も進む。振り返ってみると、多くのことをメモしていた。1学期に「上手く説明することができなかった」ことを、私自身のことばで語るための「ヒント」となりそうである。また、夜の懇親会では、短い時間ではあるが、佐藤学先生と話をする機会に恵まれた。あいさつ程度の話であったが、なんだかうれしかった。
2006.08.01
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