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http://72.14.235.104/search?q=cache:DsKO6LhDMVEJ:kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/091/0080/09102190080002c.html+%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%95%86%E9%8A%80%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9C%9F%E5%9C%B0&hl=ja&ct=clnk&cd=7&gl=jp&ie=UTF-8&inlang=ja○横山委員 管谷組のある人が、この管谷組というのは山口組系でありますが、姫路の市会議員の某氏、これは柳川組であります、その二人は兄弟分だと言われておりますが、二人の合議で日本土地株式会社社長木本一馬氏にこのお金は依頼したものであるらしい。日本土地株式会社というのは豊中市の玉井町にあって、木本一馬氏は韓国人である。そして五百億くらいの金を持っておるとうわさされている人であります。大阪商銀――商銀というのは韓国系の銀行でありますが、大阪商銀の理事であります。こちらからその金が出たのではないかと言われておりますが、法務省はどう調査をしていますか。○前田(宏)政府委員 先ほどと同じお答えのようで恐縮でございますが、やはりその多額な金の出所ということにつきましては、地検の捜査におきましても十分な関心を持っておるところだと思います。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E5%B7%9D%E6%AC%A1%E9%83%8E木本一馬、梅本昌男、佐渡良秀ら柳川組系金融業者も検挙された。警察は、3人の歌手に被害届を出させて、柳川組系芸能社「梅新企画」と「高野プロダクション」を潰した。 1967年12月12日、最高裁は谷川康太郎の上告を棄却した。殺しの軍団といわれた 柳川組ですが兵糧あってこそです。経済活動あってこその柳川組だったようです。その活動を支援していたのが 当然 在日の金融機関 そしてそのカネを利用していたのが 街金サンたちで 業績がよければ 金融機関の理事になるのもあたりまえだったようです。しかし 日本人もあまりかっこいいことはいえませんが 企業舎弟 場合によっては その筋の方が 理事に座っている金融機関というのは すごいものです。良いときはいいんでしょうが 在日の金融機関が 破綻した裏側を考えれば ある面 自業自得かと ダニが理事しているんだから。また 民団のほうでも、東声会の町井会長 会津小鉄会の高山会長も、民団の幹部であります。もっともヤクザといよりも建前では 実業家としてだろうと 思うのですがそういえば 今回 朝鮮総連本部売却事件で 登場した 副議長さま 義兄が民団の幹部だそうで、在日の人が 北にいっても、奴隷扱いの中で よく 総連の事実上のトップになれたとおもうのですが仮に親戚に民団の幹部 また幹部になれるということは ある程度の財があるということですから 実業家の可能性大です。日本の政界に裏工作をかけることができるコネは当然 あるはずです。民団との関係で考えると 旧党人派 そしてその一部が合流した 岸派 そして岸の流れを組む 三塚という関係がでてくるはずですがとかく 朝鮮総連というと 末端の信者さんのような会員しか みえない人が多くいます。特に左巻きの方はそうなんですが その財産を支えているのが オウムなら早川 朝鮮総連ではこのお方のグループだったのかなと思いますが。しかし この副議長さまの義兄 どんな方なんでしょうか?バックに どう考えても 組関係いるはずですが 稲川かな?旧東声会 住吉?どこかな
2007年06月28日
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http://miyazakimanabu.tripod.com/宮崎学WATCH -- 自由と希望発起人:大谷昭宏、辛淑玉、佐高信、朴慶南、高野孟、若松孝二、松崎菊也 賛同人:宮台真司、永六輔、岡留安則、三枝成彰、設楽清嗣、西垣内堅佑、大口昭彦、寺澤有. ●突破者・宮崎学を国会へ 閉塞した現代を突破する宮崎学を 国会議員にしよう! ...miyazakimanabu.tripod.com/ - 4k - キャッシュ 補足http://72.14.235.104/search?q=cache:MsPn1jJ2poYJ:now.ohah.net/earth/%3Flink.shtml+%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E5%AD%A6%E3%80%80%E5%80%9F%E9%87%91%E3%80%80%EF%BC%93%EF%BC%90%E5%84%84&hl=ja&ct=clnk&cd=3&gl=jp&ie=UTF-8&inlang=ja。宮崎 学は借金30億円の年収1億円、その内6000万円が印税で残りがギャンブルなどで得た雑所得だそうだ。「印税をどうやって差し押さえされないですむようにするかとか考えて工夫して 生きていると楽しい」とのこと。さすが突破者である。住宅金融公庫から保証人を引き受けたせいでかぶった借金の請求がくると、「あいつが借りる保証はしたが、返す保証はしとらん」とつっぱねるそうな。いろんなFQをもった人がいるものだと思った。不景気の日本で、ひさしぶりにパワフルな人を見てきたのだった。(空遊選)ああ!と、宮崎学のイラストを見たときに思い出した。彼はグリコ森永事件で犯人と誤認されたキツネ目の男だったのだ!彼のサイトを見たら…おおっ、じつに面白い(マハ)中坊サンを 訳のわからん理屈で批判するのも、自分の為 安田弁護士をかばうのも身内だから。そんなもんでしょうし、この人の本もそんな観点で読まれるべきなんでしょうが、どうも理屈から入る方が 多少 いるのには 大笑いです。理屈は どうでもいいんです。この人の言論にかえす言葉はくだくだいわずに 払うもの 払えや これで良いはず なんですが?
2007年06月23日
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%9E%A3%E5%86%85%E5%A0%85%E4%BD%91西垣内 堅佑(にしがいと けんすけ、1942年 - )は、日本の弁護士である。東京弁護士会に所属している。弁護士登録番号は、12083。ワールドメイトの顧問弁護士。北海道出身http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%B9%E5%B7%9D%E8%89%AF%E4%B8%80^ 笹川の死後は深見東州(学習塾みすず学苑や宗教団体ワールドメイトの経営者)が代わって支援している。深見の父・半田利晴は笹川の知遇を得て皇族の身辺整理などで活躍したことがあり、深見自身も生前から笹川の世話になっていたhttp://page.holy.jp/zasshi199307.html新雑誌Xと 丸山実http://72.14.235.104/search?q=cache:5zvXpQLmIxYJ:dakkai.org/hinomoto2.html+%E3%80%80%E4%B8%B8%E5%B1%B1%E5%AE%9F%E3%80%80%E5%AE%97%E6%95%99%E3%82%B4%E3%83%AD&hl=ja&ct=clnk&cd=2&gl=jp&ie=UTF-8&inlang=ja 謀略FAX通信『地涌』の次に、創価学会本部が入れ込んでいるのが、『新雑誌X』という、くさい名前の月刊雑誌である。8月号からは、『新雑誌21』という、さらにくさい雑誌名に変更されてしまったのが、悔やまれてならない。一般的に、創価学会がやることなすことは、すべてくさいのであるが、刊行物の書名には、そのくささが顕著にあらわれる。池田大作の狂乱スピーチ集『今日より明日へ』(聖教新聞社刊)などは、その典型である。ただひたすら、くさい。『新雑誌エックス社』は、8年前、創価学会本部が資金を出して作ったダミー出版社である。このことからも、池田大作がかなり早い時期から、宗門攻略を企図していたことがわかる。神田司町にある『新雑誌エックス社』は、宗教ゴロのたまり場である。大木道恵(おおきみちよし)も、午前中、出勤してくるが、昼過ぎには、夢遊病者のように、どこへともなくいなくなる。『地涌』編集スタッフの創価大学卒業生も、数名、出入りしている。日が暮れると、創価学会広報室長の平塚晋(ひらつかすすむ)が、これらの宗教ゴロを連れ歩き、安酒をふるまう。決して高級料亭などには連れていかない。宗教ゴロたちが、つけあがるからである。 この『新雑誌21』の誌上座談会には、名物の『三馬鹿トリオ』が必ずといっていいほど登場する。宗教ゴロの丸山実、梅原正紀、大木道恵の3人である。彼ら3人は、創価学会から工作資金をもらっている関係上、何とか理屈をつけて、池田大作を礼讃し、創価学会を絶讃しては、宗門を誹謗する。売文が稼業とはいえ、あまりにも無節操な3人に、哀れみさえもよおす。プロスディチュートは心までは売らないと言われる。ところが、丸山実、梅原正紀、大木道恵の3人は、金のために、池田大作と創価学会に、身も心も売るのであるから、プロスティチュートにも劣ると言われても仕方あるまい。梅原正紀(うめばらまさき)などは、名前が、仏教学にも造詣の深い評論家・梅原猛(うめばらたけし)を連想させるが、とんでもない。天地雲泥というか、月と竈(すっぽん)ほどのちがいがある。いや、梅原正紀は竈(すっぽん)の足もとにも及ばない。http://www.asyura.com/sora/bd12/msg/694.html後藤組組長の後藤忠政が、83年3月に池田名誉会長と公明党の竹入委員長に送った内容証明付郵便。http://www4.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=464104&log=20070112弁護団の主な顔ぶれ 後藤被告の弁護人は刑事弁護のベテラン、山田有宏弁護士(74)を主任格に同事務所の弁護士、一時はテレビ朝日などに頻繁に出演していた元東京地検特捜部検事の牧義行弁護士(57)、警視総監公舎爆破未遂事件の弁護団の一員だった西垣内堅佑氏(65)を中心に編成されている。いずれも株式会社真珠宮ビルを相手取って起こしている土地とビルの所有権確認請求訴訟の代理人を兼ねているhttp://accessjournal.jp/modules/weblog/index.php?cat_id=175&user_id=0前回、緒方重威元公安調査庁長官が、「三正」の満井忠男元社長と巨額借金を引き受けるほど懇意な関係にあったことを述べた。 その一方の満井元社長は、不動産取引を通して朝鮮総連と信頼関係を築いていたようだ。具体的な取引物件に関しては現在、取材中。追って、報告したい。 では、緒方氏と満井元社長はいかにして知り合ったのか。 この点に関しては、「毎日新聞」が6月17日の朝刊で公安庁職員が繋いだとしている。だが、その一方で複数のマスコミの取材を受けている朝堂院大覚氏(写真=「サピオ」95年10月11日号))なる人物は「自分が仲介した」と証言、公安庁職員説を強く否定している。 この朝堂氏の知り合いに、広域暴力団関係者の弁護を度々している山田有宏弁護士がいる。緒方氏同様検察OBとはいえ、山田氏が任官していたのはわずか5年余。ただし、緒方氏と早稲田大学の同窓ということで、山田氏の仲介で緒方氏は朝堂院氏と面識を持ち、さらに満井氏と知り合うことになったという。http://72.14.235.104/search?q=cache:4xt_UOxry_oJ:espio.air-nifty.com/espio/2007/06/post_926f.html+%E4%B8%89%E6%AD%A3%E3%80%80%E5%AE%89%E7%94%B0%E3%80%80%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB&hl=ja&ct=clnk&cd=4&gl=jp&ie=UTF-8&inlang=ja998.12.08 沖縄タイムス朝刊 刑事事件の弁護にらつ腕をふるい、現在はオウム真理教松本智津夫被告(43)の主任弁護人を務める弁護士安田好弘容疑者(51)が六日、住専貸付先の強制執行妨害事件で逮捕された。会社犯罪のたびに顧問弁護士の関与が取りざたされてきたが、逮捕にまで発展するのは異例。松本被告の弁護人も解任される可能性が大きく、捜査当局の動きに「権力の陰謀」などの憶測も飛び交っている。 (略) 逮捕容疑は住専貸付先の不動産会社「スンーズコーポレーション東京リミテッド」の社長らと共謀、同社所有ビルの家賃差し押さえを免れるため、家賃をダミー会社に振り込ませ、隠した疑い。 (略) 捜査二課には特別な思いもあった。三月に同じような強制執行妨害事件で摘発した住専貸付先の不動産会社「三正」の顧問弁護士も安田弁護士。関与を調べたが、証拠が十分集まらず、立件には至らなかった。 (略)http://www.zorro-me.com/miyazaki4/yasuda/yasuda&nakabo.htmlわしらの「田中、児玉フレームアップ事件」の弁護を引き受けておる、かっての全学連の社青同解放派の首領だった大口昭彦がここの弁護士なんや。大口は51歳の安田弁護士より年上である。その大口が何の不満もなく、おれる事務所の大黒柱が安田弁護士や。大口ほどの男が年下のオヤブンに仕えることができる、いうだけでどれほどのもんか想像できる、と少なくとも70年時代をしっとるやつならわかる、のではないか。
2007年06月23日
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警察に相談すると必ず天下りの受け入れという見返りを要求される。嘘じゃない。いちばんいやらしいのは、イトーヨーカ堂の場合だ。イトーヨーカ堂の伊藤雅俊元会長は、厳として警察官の天下りを受け入れなかった。そしたらすぐに商法違反、総会屋問題で叩かれた。収めようと思ったら、天下りを取るしかない。あの事件以降 ヨーカ堂は天下りを受け入れるようになっていまった。無理矢理屈服させられたんや。警察に相談するとコストがかかるということは、みんな商売人だから知っている。ワシはグリコ 森永事件を教訓にして 今後こういうことがあったら、企業は絶対に警察には相談すべきではないと思う。ワシに相談するほうがいい。ワシはだだでやっている。警察の天下りを阻止するためにグリコ 森永事件 最重要参考人M 宮崎学 大谷昭宏 幻冬舎より前年秋 中川元課長が保管していた内部資料を元に一部のマスコミで報道されたことから、武井前会長の指示の元に、佐々木常務が責任者になり、資料回収のスキームを練るが、ことごとく失敗していた。宮崎氏の武富士接触の経過を知る立場にあった武富士関係者の一人は 知人にこう漏らしている。宮崎氏は知人の和田氏を通じて、武井会長に会っています。ここで、宮崎氏は悪いようにはしません、協力しますよと擦りより、法外な報酬を要求しました。しかし、彼は信用できないと側近が進言し、結局 宮崎氏が持ちかけてきた話は潰れました。武富士 サラ金帝国の闇 一ノ宮美成 + グループ K21 講談社 +@文庫より
2007年06月22日
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不始末はヤクザの勲章ヤクザというのは、そもそもが無茶苦茶なことをして、不始末を不始末と考えない人種なのですから、不始末して申し訳ないと 簡単にあやまっちゃたらヤクザではありません。中略酒の席で、相当に酔っぱらって、どこかの親分をひっぱたいちゃったとしても、指なんか落としちゃいけません。酔っぱらいに叩かれるような親分なら、人前に出すな この野郎。下目の俺に頭をひっぱたかれる親分なんかいただいているもんじゃないや、引退させちゃえ 俺がなってやろうかそういって開き直って、敵が腹立てたら、よし向かってこい、こっちだって黙って締められないからなって、理屈抜きのケンカに持ち込むのがヤクザです。不始末は、ヤクザの勲章みたいなものです。ヤクザ社会の価値観は、堅気のそれとは根っから違う。好きでヤクザをやってるのですから、自分の不始末は闘って頑張り通すしかありません。極道渡世の素敵な面々 安部譲二著 祥伝社 より
2007年06月22日
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巨魁 岸信介研究 岩川隆著 ちくま文庫よりスカルノからスハルト政権に変わって、昭和47年3月から4月にかけてスハルトが非公式に日本を訪れたのが きっかけで、このような岸 ストウのルートをくずし、新しいパイプを遠そうとする動きが生じた。田中清玄の呼びかけによりトヨタ自販の神谷正太郎などが加わって生まれたグループがそれである。田中清玄は スカルノ時代からのインドネシア ロビーとして有名だが、スハルト時代に入ってロビーからはずされたとみられていたが、まさに不死鳥よびがえるの感があった。インドネシアに新しい油田を開発しようというこの行動は、いってみれば岸信介派に対立するものである。田中清玄らが仲間に組み入れたのは、ときの総理である佐藤栄作の長男 佐藤竜太郎(アジア海洋採掘会社常務)であった。この間の消息については、田中が佐藤に近ずいたのか、佐藤竜太郎が話に乗っていったのか、あるいは佐藤栄作から積極的に出ていったのか、そのへんの真相はよくわからない。要するに、またもや一国の総理が、インドネシアの石油に関心を抱いた。しかもその人物は岸信介の弟の佐藤栄作なのである。略兄 信介がインドネシアの石油に力を入れているとき、弟 佐藤栄作はアラビア石油で疑いをもたれているというのは単なる符合とは思えない。それから十三年後 前述の田中清玄グループに対して当時の佐藤総理は インドネシアに対する3億ドル(2億ドル 政府借款 1億ドル民間)の石油借款を決定している。この3億ドルを基金としてつくられた会社を ジャパン インドネシア オイルという。昭和47年5月に設立。相談役には 中山素平 今里広記らの名もみえる。長男の佐藤竜太郎が関係しているため、佐藤栄作は総理引退を間近にして、インドネシアに石油のパイプ一本作ったといわれ 実際 社会党の楢崎弥生之助は 国会で このジャパン インドネシア オイルの疑惑について 質問している。補足 自伝とずいぶんちがうじゃないかという気もしますがこれの親本が1977年ですので、自伝が出る前の 清玄のイメージは こんなものだったのかもしれません。自伝では スカルノ時代のインドネシアロビーという話はでていませんが、この人の海外活動は 1950年代から 開始されていますから、賠償ビジネスで一山当てようとしたフィクサーというのが この方の本質ではないか?その時の対立が 反岸 反児玉の本質のように思えます。
2007年06月12日
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ここに書かれている物語では、登場するすべての国の政府がそろって面目ない姿をさらしている。自己を正当化して互いに相手を責めても何の役にもたたない。しかし、帰国物語の新たな面が明らかになるにつれて、もしかしたら多くの国のの人たちがともに努力する機会が生まれ、多くの国がいっしょになってもたらした過ちを正す力となるかもしれない。さらに、総連がメデイアに悪鬼のように扱われている昨今の政治状況で 本書がそれに油を注ぐようなことにならないことを、むしろ 帰国事業に関する討論は総連が未来に向かって新たな道を行くためにも、過去と現在の総連関係者が過去を再吟味するきっかけになることを、切に願っている。北朝鮮へのエクソダス 338頁 テッサ モーリス スズキ 朝日新聞社より何度も繰り返すが 今 なぜ 帰国者が不幸なのか?それを悲しいくらい この方は考察しない。朝鮮総連など 潰れてもいいではないか?個人があるから 組織があるのであって、組織があって 個人があるのではないはずですが。このように考えると この著者も属している 岩波 世界人脈の問題点がどうしても 浮かんできます。http://72.14.235.104/search?q=cache:ad5f9X3ym8kJ:www.jca.apc.org/gendai/20-21/2003/tk.html+%E5%AE%89%E6%B1%9F%E3%80%80%E6%89%B9%E5%88%A4%E3%80%80%E6%9C%9D%E9%AE%AE&hl=ja&ct=clnk&cd=1&gl=jp&ie=UTF-8&inlang=ja他方、ふたりの対話者は、『世界』元編集長、安江良介の南北朝鮮に対する態度に関して、「日本人には朝鮮人を批判する資格は倫理的にない。すべて日本人が悪い」とする立場を貫いたとの評価で一致している。 度重なる金日成との会談でも「面と向かっては、金日成の側近が真っ青になって立ち上がるくらいの厳しい批判をしたが、それを日本へ帰っては絶対にしゃべらなかった」(要旨)との証言もなされている。朝鮮人をつねに絶対的に擁護する安江に対して池明観は「それは現実じゃない」といって抗議したが、安江は独自の人生観を変えることはなかったという。 戦後史における、朝鮮―日本関係を省みるうえで忘れることのできない存在としての安江=『世界』の問題性は、やはり、安江のこの不動の信念に胚胎されていたと思うほかはない。日本と 朝鮮半島を巡る 問題は どんな場合でも 日本が悪い。朝鮮半島側の批判はしない。あなたも そうなんですね。
2007年06月11日
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帰国者が北朝鮮にもちこむ異質な価値観に対する不安や疑いを表明する北朝鮮人も現われてきた。平壌駐在のハンガリー外交官が1960年に書いた報告によると、朝鮮人がとくにひんぱんに口にするのは、こんなにたくさん帰国すれば、愛国心や働く意欲ではなく、ほかのの目的を動機とする人間も含まれているだろうという ということだ。日本で民族的マイナリテイとして差別の対象になっていた帰国者たちは、北朝鮮でもすぐに 社会的マイナリテイとして識別されるようになってしまった。略帰国者への粛清の大きな波は1970年代の初めごろにおこったようだ。多数の帰国者が逮捕されたのもこの70年代だった。粛清の対象になったのはエリート的地位にあった人が多く、その身分のゆえに特に激しいイデオロギー的吟味の対象になったし、比較的裕福だったことが羨望の的になってしまった。略政治的粛清の犠牲になった帰国者の数はわかっていないが、ひじょうに大きな数だったことは明らかだ。北朝鮮体制の気まぐれが 冷戦終結以来経済が崩壊の道をたどるのと並行してますますその度を強くしたことで、ある状況では当局に見すごされていた過ちが、別の状況ではこのうえもなく激しい処罰の対象になった。略粛清の影響を直接にはこうむらなかった帰国者にとって 最大の苦難は1990年代の北朝鮮経済崩壊によってもたらされた。北朝鮮へのエクソダス 到着 終わらない旅よりの引用ですが。これも 私などよりもっと はっきりした形で 誰かの批判がされるだろうと思われますし 批判されるべきだろうと思うのですが、この本の著者にとっては、政治的な立場 またその人脈 そして依った資料の立場から 日本批判になってしまうのは当然のことなんですが なぜ 帰国者が 北朝鮮で 差別されることになったのが ここの文章を読んだかぎりでは よく判らないし なんだが 自然災害に依ったものでしかないような印象を読者に持たせてしまいます。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E8%BA%AB%E6%88%90%E5%88%86北朝鮮には 身分制度があるということは 公式見解では否定されているわけですが、その公式見解を否定する情報も外にながれているわけです。はっきりしないことは書かない。確かにそれも学者の立場ではありますが 今の時代に どうなんでしょうか?そしてですがhttp://wiki.livedoor.jp/crescent_castle/d/%CB%CC%C4%AB%C1%AF%A4%CE%BF%C8%CA%AC%C0%A9%C5%D9【動揺階層】 13.小商人(店舗を持たずに移動しながら商売をしていた) 14.中商人(店舗を持って商売をしていた) 15.手工業人(自分で作ったものを売って生計をたてていた) 16.下層接客業者(小規模な接客で生計を営んでいた) 17.中層接客業者(自己の施設を持ち、雇人をつかって生計をたてていた) 18.無所属(過去、どの政党にも所属していなかった) 19.越南家族A(核心階層だったが、朝鮮戦争時に韓国へ行った者の家族) 20.中農(過去、自己所有地で生計を営んでいた) 21.民族資本家(民族資本で商工業を営んでいた) 22.越南家族B(韓国に行き、労働者や農民になった者の家族) 23.越南家族C(富農・地主・親日米主義者で、朝鮮戦争時に韓国へ行った者の家族) 24.中国帰還者(1950年代後半に中国から帰国した党員以外の者) 25.日本帰還者(朝鮮総連の基本組織服務者は除く日本からの帰還者) 26.知識人(1945年8月15日以後に外国に留学、また、植民地時代に高等教育を受けた) 27.保身・放蕩者(現体制を批判し、保身・放蕩した) 28.迷信崇拝者(占い師・巫女・娼婦・妓生出身者) 29.留学者・地方遺児 30.経済事犯(強盗・窃盗・横領・詐欺等で服役したことがある)ここでは はっきりと これを白丁(日本でいうところの 被差別部落民)としています。帰国者の扱いは ここに準拠するわけですから 個人には見えにくいですが、気まぐれと 評して あえてみないふりをする研究者というのは 今の時代どうなんでしょうか?また 中国からの北朝鮮への帰国者も同様な扱いのようですね?具体的に どれぐらい そのような方々がいたのか わかりませんが。日本政府批判が目的なんで 彼女には おそらく関心もないでしょう。
2007年06月10日
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http://shinsho.shueisha.co.jp/column/zainichi/070202/index.html北朝鮮へのエクソダス テッサ モーリス スズキを 読む場合には 反日だという論調で 捉える方がいるようんんですが 少し ちがった観点で 見てみると 面白いことに気がつきます。姜尚中サンは このスズキと共著を出している方で 彼女の論説をあちらこちらで 紹介していますが。彼が属している コリアNGOセンターのいくつかあるスポンサーの中で 徳山物産という会社があって ここをネットで ググってみると 上に上げましたが 出ました 朝鮮人連盟との関わりです。路線が変更しているので 必ずしも 今の朝鮮総連の前進というわけではありませんが、今の朝鮮総連より過激でした。年寄りというか スポンサーの関係で 在日の運動が 韓国系と自称していても 北朝鮮の微妙な思いがあるようです。テッサの本が持ち出されるのも 彼らの思いとスポンサーからの要望のようです。こんな感じで 本を読んでみたいと思います。
2007年06月09日
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旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三 佐野真一 文芸春秋農地解放と伊藤律の関わりとか 今西綿司まで含めた 民族学系の学者サンたちの怪しい人たちの姿がとても面白い。日本の黒い霧 下 松本清張 文春文庫M資金にもつながる 征服者とダイヤモンドの項 三幸建設工業って何?とおもえば 追放者とレッドパージの項も必読天皇と東大 大日本帝国の生と死 上 立花隆 文芸春秋四元義隆と 田中清玄の青春です。当時の右翼思想の根本はこれでわかります。意外に面白いです。日本の右翼 猪野健治 ちくま文庫星井真澄の項が 必読 彼の田中清玄との関わりや 彼が 北朝鮮から 持ち帰ってた 甘草って 右翼関連にも 実は強い ミノファーゲン製薬の薬の原料なんだよというオチもあるのだが。最新 右翼辞典 堀幸雄 柏書房値段は高いし たぶん構成員さえ 覚えていない規約と声明文出すくらいなら 死亡年月日くらい調べろよというのは さておき。清玄自伝の説明と 現実はずいぶんちがうというのが この本でよくわかります。大山倍達正伝 塚本佳子 小島一志 新潮社右翼 暴力団 在日とのつきあいはできるだけ省き よい日本人としたい 大山。右翼 労務屋人脈とのつきあいは省き 国際的な国士を協調したい 清玄 同じですな。三代目 山口組 田岡一雄ノート 猪野健治 ちくま文庫三代目の凄さが 歴史としてわかる本。ちなみに 清玄と 田岡一雄の関係は 利用し 利用され 東亜同友会の清玄自伝の記述は オカシイとのこと。謀略の昭和裏面史 黒井文太郎編著 宝島社表紙が良いです。コンパクトに整理されております。私物国家 広瀬隆 光文社系図で見た 日本の状況です。四元が幣原の秘書だっていうのは どこから出てきたの?など 疑問は多々あれど こういう視点は 忘れたくないものです。日本共産党の研究 田中角栄研究 立花隆 講談社文庫かなり自慢が入っている自伝に比べるとさすが立花 実によく調べてあります。児玉誉士夫の本質(清玄にもいえます)を実に よく掘り下げています。下山事件 最後の証言 柴田哲孝 祥伝社清玄が実は 三浦義一の子分だったというのが 読みとれるそうなのが 興味深い このへんのところ 自伝では あまり触れていません。このへんは実に 彼の人生の中で 重要なんですがねーえ。表舞台 裏舞台 福本邦雄回顧録 講談社60年安保の舞台裏が興味深い。当時の保守勢力の中で 岸さんは 財界にとっては あくまでも傍流ということ。昭和史の謎を解く60冊 千葉仁志 清流出版清玄の昔の親分の安藤明とか 清玄の前の彼女の噺とか いろいろ出ております。清玄自伝を読んで いろんな本やサイトを見ていたら ずいぶんちがうなーと思い。いろいろまとめてみました。本当に 坊主の元で 修行していたのか?戦時中 爆弾の落ちないところに居て 靖国で いろいろ御託並べているんじゃない。おおかた 中曽根の代わりに 四元が中国に 靖国の件で わび入れるのに こしらえて理屈だろう。とか。三代目とは 利用し 利用されの間だった癖に 死んだら 好き勝手なこと いってるねーえ ほんとの盟友なら 一番 困った時に 助けろよ。どうせ 党人派のバックの関東会潰すのに 山口組 利用しようとしただけだろう。とか児玉には 赤尾かませて 浅沼稲次郎の暗殺 そしてご自分は 全学連のブントを 利用して 学生運動の切り崩し そして反安保の動き自体が 過激化したんで 一般人がついてこれなくなっちゃて自分の支援をリークすれば 組織の中は 疑心暗鬼で 運動自体も 内ゲバが多発 ついでもって 反体制運動自体も 盛り下がる いろいろ書きたいことは まだありますがちょっと ひと休み次は 児玉誉士夫か テッサ モーりすスズキをやろうか?さーて
2007年06月08日
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北帰国の悲劇の責めを正確に誰にどう配分すべきかについては、議論は永遠に尽きないだろう。だが、今もっと大切なのは、その遺産としっかり対峙し、二度と同じようなことをおこさせないことだと思う。多くの力が一つになって帰国運動が形成された もっとも顕著なのは、日本と北朝鮮の政府 両国の赤十字 総連 日本の野党とメディア 赤十字国際委員会 そして ソビエト連邦とアメリカ合衆国の政府。このすべてが誤りを正す責任をともに負っている。しかし この本で新たに機密解除になった文書から追ってきた物語は、そもそも日本の官僚 自民党の政治家 日本赤十社の動きから始まったのだった。誤りを正す責任と プロセスを引き受けることも、必ずや同じ場所から始まるべきだろう北朝鮮へのエクソダス テッサ モーリス スズキ 朝日新聞社より1970年代の初頭 北朝鮮の首都から それほど遠くない 強制収容所で 一人の 老人が栄養失調で 死んだと伝えられている。高齢になり 歯が悪くなって 堅いものが食べられなくなるが それを柔らかくすることも許されなかったという。それは日本の陰謀だろうか?彼の名前は 金天海 元日本共産党中央委員 朝鮮人連盟顧問である。
2007年06月06日
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オレの名前は許斐氏利というんだが、最近の 若い奴は知っているかな?東京温泉をつくり ミストルコなんていうオネエチャンたちを置いて トルコ風呂って いっても 本番はないけどなをつくったんだが。戦前も 十月事件や、いくつのテロ事件にも 参加して 戦時中は大陸に渡り さまざまな活躍というか 暗躍をしたもんだな沖縄戦で 参謀長を勤めた 長勇閣下とは 義兄弟の杯をしたもんだよ。靖国か?いくよ 長閣下には世話になったもの。オレが今日あるのは 長閣下のおかげだからね。靖国は 理屈ではないのです。伝統じゃない?俺たちはその時代を生きてきたんだぜ。明治維新の?そんなの関係ないぜ 何 田中清玄さんが そんなことをいうのかい アカは理屈っぽいな。福島には遺族会はないのかね?学生時代の仲間で 死んだ人はいないのかい。戦時中 寺で修行していたっていうけど ほんとかい?飯も食えて 安穏としていたんだね。こちとら 大陸で命のやりとりおしていたんだがあの人も 自伝で嘘ばっかりかいているらしいがねーえ大元帥陛下の参拝はよくない 皇室とは関係ない?とんでもない噺だね。長閣下は 大元帥陛下の命で死んだんだよ。礼を取るのが 当然のことだよ。これは陛下であってもね。中共とのつきあいに絡もうとするから そんなことをいっているんだろうね。おれは そうおもうよ。
2007年06月04日
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清玄の全学連支援と 同時期に進行していたのが 中央公論社についての事件なのですが 堀幸雄著の 右翼辞典を参照しますと 1960年12月の 中央公論で 深沢七郎の 小説が 皇室についての記述で問題になり、右翼の中央公論社への攻撃が開始され 中央公論のスタッフが入れ替えになるも、さらに攻撃はやまず 嶋中社長に 愛国党員が押し掛けて 殺傷事件がおきる騒ぎになります。自伝では このへんはさっぱり要領がえないのですが、仲裁グループのメンバーが 進藤次郎(清玄とは 財界人グループ無名会で一緒の 大阪朝日新聞編集局長) 畑時夫(経歴からみると 佐野学の昔の部下で 福田恒存、田中清玄の二日会に参加) とみてみると 田中清玄が 仲裁グループの核だったことは間違いないと思います。この結果 中央公論社の編集方針が 中正にということになったわけです。そして 年末に 思想の科学が このあおりを受けて 廃刊になるわけですが、このときにすべて 断裁される予定が 一部が公安調査庁の人間から 三浦義一に渡ることになるわけです。この結果 思想の科学人脈が 中央公論から 離れることになるわけですそして 清玄は 林房雄が 児玉から 支援を受けて 書いたのが 大東亜戦争肯定論といっていますが 嘘つけこの一連の流れの最後に でてきたのが 1963年9月号から 中央公論に 連載されたのが 林房雄の 大東亜戦争肯定論ではないのか?どうも清玄自伝はオカシイのです。
2007年06月04日
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同じ被解雇者でも 新聞社関係の記者は筆が立つから、それを生かして活路を求めるので、まだいいほうである。一番悲惨なのは、手に職を持たない人たちだ。また、逆に、パージになった人間を意識して雇う会社もある。これは その経歴から組合活動対策に向けさせるためだ。戦前の共産党の転向組の大物の今日の在り方を見れば、それは納得できよう。松本清張 日本の黒い霧 追放とレッドパージ 文春文庫よりまた この中で 清張は 被解雇者が スパイ活動をさせられる例をあげて そして こういう情報収集のために育成した連中が特審局の後進である現在の公安調査庁の情報網に、今日、含まれていなかったら幸いであると評しております。ちなみに これは 国会でも問題になりましたが、公安調査庁に深い関係のある 吉河光貞氏は 清玄とは 新人会以来の親友でもあり、また清玄も 労働組合の切り崩しはある意味 彼の本業なわけです。三幸建設工業というのは こういう会社であり、田中清玄はこんな人なわけです。自伝が出る前は 当たり前な噺だったはずですがねーえまた 清玄のことを 本物の右翼とか ナショナリストとか 山口組系右翼とか 言う方いらっしゃいますが。労務屋系右翼 これでいいと思います。児玉系右翼とは 筋は違いますが まあ似たようなものです。いまはあまりいませんが 昔は 佐野学とか 鍋山貞親とか 風間丈吉など けっこういました。これも ひとむかし前なら あたりまえの噺です。
2007年06月04日
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