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久しぶりだったのですが 先日 大阪をひと回りしてきました。本当は 名古屋で降りて 近鉄で難波に行こうか 夜行バスで 難波に行こうかと考えていたんですが新大阪で 降りて 新今宮に行き そこから 飛田新地まで行きました。強壮剤を飲んで 銭湯にいって 汗を流して 中川翔子タン そっくりのおめめぱっちりの関西弁の姫と 汗をかいてきました。そのあと 日本橋 大阪でいうところの 秋葉原みたいなところを一回りしてきました。一昔前なら 家電の店ですが いまはどうなんでしょうか?パソコンから オタクの街ですね。メイドなお店や オネエサンたちがいましたが そこから 鶴橋にむかい 焼き肉を食べにいきました。裏通りの方が 並んでいるから 安いんだろうなと思いつつも 表通りで マッコリのコーラ割はうまかったのですが さて 寝床は 西成の木賃宿 冷房完備の個室 ラストサムライ寝ました。翌日は 待望の難波花月中田カウスボタン師匠はいつものネタで正直 出られないかと おもっていましたが 文珍に 小枝 文珍の漫談は 花月ならでは 河原乞食から理屈の講釈を聞きとうないはと思うのですが うまいものです。今いくよくるよのコスプレで見せる漫才は変わらんなと思いつつも 女捨てます女芸人はこのコンビで最後でしょうか ただ 親は泣いているよなと 娘でなく 姪を持つとしみじみ思います。中川家は兄貴 小さい方が声が出ないで 弟 大きい方だけ出演 出す吉本も 吉本 一昔前に 海外からおもしろくもない芸人 呼んだ時期もありましたが それもやめたようで 十分なラインナップで満足の花月でした。来年は 京都の祇園祭りの時期にいきたいです。以上
2007年08月28日
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児玉機関というか 水田機関の仕事に 軍需物資の調達があったようですが 具体的な仕事内容が いくつかの本を読んでも 私には さっぱりみえてきませんでしたがhttp://www.gaifu.co.jp/books/2408/maegaki.html戦争と商売とをつなぐ接点のひとつにタングステンがあった。タングステンは電球のフィラメントの材料としても知られるが、鉄と混ぜ合わせるときわめて硬い鋼鉄を作ることができ、兵器を製造するうえで欠かせない金属だった。このタングステンを、世界でいちばんたくさん産出したのが中国である。中国は、タングステン鉱を政府の管理下に置き、輸出を規制した。 一方、日本は、一九三七年七月に日中戦争を本格化させると同時に、中国の沿岸を封鎖する。海外の物資が中国に入らないようにして、中国の抗戦力を弱め、できるだけ早く戦争にけりをつけようという計画だ。ところが中国大陸を封鎖しながらも、戦争を遂行するためには、日本自体も中国からタングステンを手に入れねばならない。 ではどのようにして入手したのか。ここに介在してくるのが、軍の指定を受けた日本の商社、その商社と取り引きをする海賊(密輸業者)、また大陸沿岸でみずからタングステンを採掘している匪賊である。そしてタングステン鉱が移動する主要な中継点が、中立地帯のマカオだった。こうした取り引きではお金は信用されず、物々交換になる。そこで日本側から提供された見返り物資が、封鎖中の大陸沿岸に入ることにもなる。どうも 児玉機関というと ろくな資料しかありませんし その上 ネット上では 児玉機関について書いている人は 頭のおかしいへんな人しかいませんから 中国人を虐殺して 物資を調達していたとしか 書けません。虐殺がなかったとはいいませんが タングステンなどの物資が果たしてそんなふうに調達できるものか 最大で200人程度で 現地人も含めて 一連隊いないのですから 少し まともな知能があれば すぐわかるはずですそして ここで作った 南京政府 国民党政府のコネが 戦後の 日本と台湾の交流のベースになったはずです。
2007年08月22日
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http://canpan.info/open/news/0000001889/news_detail.htmlかつて、東京赤坂の街で妖しく輝いた、ニューラテンクォーターというクラブがあった。有名な「力道山事件」が起こった店でもある。その元社長・山本信太郎氏が、往時を振り返り、『東京アンダーナイト』を上梓した。又、先頃刊行された七尾和晃著『闇市の帝王』が話題を呼んでいる。同書は、終戦直後の新橋界隈で暗躍した王長徳について書かれた。二冊とも、昭和の東京の裏面史を扱っている。二冊をめぐって、“裏事情”に詳しいプロデューサーの康芳夫氏と、評論家の坪内祐三氏に対談してもらった。正確な記憶を語り残す闇市・児玉機関・ニューラテンクォーター坪内 『闇市の帝王』の話から始めましょうか。あの本の中に、僕の父親も出てくるんですよ。ただ、児玉誉士夫の四天王のひとりとされているけど、まったく違う。戦前、上海にいた時に、海軍の軍人をやっていたから、児玉機関の人とも付き合っていただけなんです。その点では『東京アンダーナイト』の方が正確に書いている。児玉さんの下に吉田彦太郎がいて、四天王(岡村吾一・野上宏・岩宮尊・高原重吉)がつづく。戦後も六十年以上経つと、そういうことをちゃんと覚えている当事者がほとんどいなくなってしまったから、間違った歴史が伝えられる危険性がありますよね。だからこそ、正確な記憶をきちっと持っている康さんとかに、そこのところを語り残しておいてもらいたいと思っているんです。この方のお父さんが坪内嘉雄で 元ダイヤモンド社会長で 日経連の終身理事で いろんな意味で有名な方です。このへんネット検索程度でも じゅうぶんにわかります。また児玉機関の四天王ですが、本をよく読めよという気もします。四天王は 岩宮尊 井上良介 川田武夫 野上宏と この本では書いてあり 岡村吾一の年齢とキャリアと国会での証言で児玉とは同士と言っているところを見ると こちらの方が可かとまた機関長とか 副機関長とか 部長に 副部長?本当にそんな役職が当時あったの?北一輝の書生やっていて しばらくムショはいっていた人間が、子分集めて 副機関長?アルファベットも書けない 福島のイナカ者が 機関長?ここをベースにして考えると 一般的な児玉機関の評価がオカシイことが伺えます。間違った歴史うんぬんというよりも 児玉機関ということで思考停止したがる向き(自分は関係ない)があるのが問題のようです
2007年08月19日
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大物右翼 三浦義一がかたる 田中清玄の靖国論はインチキである清玄の自伝を読んだが 笑ってしまうね、刑務所を出てから 実業界に出てくるまで 全部 山本玄峰という和尚には世話になったが あとは自分でやったというような口振りには 当時の事情を知るものにはあきれてものがいえないね。右翼の研究自体が 未だに北一輝とか 頭山満とか 内田良平とか 化石のような連中がメインで 俺とか 児玉の奴の研究なんか だれもやらんだろ。児玉の相棒の吉田彦太郎なんか いまでは誰も知らんが 彦ちゃんとあいつの九州の人脈があってこその児玉なんだか当時の背景 清玄の奴がでてきた頃の事情なんて 誰も知らないから 適当なこと書いても 誰も反論する奴なんていないんだろうね。もともと 山本玄峰といっても 只の坊さんじゃなくて、この人は 血盟団の特別弁護人で この和尚の下に 清玄がいたというのは 井上の和尚が ムショから出た後に 小川平吉というか 宮沢喜一の爺様だなの紹介で 近衛さんのところで 用心棒というか 居候をしていたのについていたのが 四元で それについてきたのが 清玄ということを ぼやかしていっているんだが。 そのあとに 近衛さんのところにいた 井上の和尚が 最初は 近衛さんにたかり ひもろぎ塾をつくっていたんだが 戦争が激しくなるだろう、この非常時に運動でもないだろうということで 橘考三郎とか 三上卓なんかが中心になって始めたのが 神中組だね、最初は人夫貸しというか 茨城や千葉のほうで 農作業の手伝いから始まったということを聞いているね。 いわゆるひもろぎ塾の組織を再編成したものが 神中組の母体で これは 自伝であるように あいつが作ったものとは ちと違うんだな だいたい ムショからでた アカに金なんか あるもんかね。 それで 敗戦だ。ひもろぎ塾のメンバーがかなり公職追放だし 戦時中は 聖戦遂行なんて 旗振っていた連中だから 表だって 動くわけにはいかないということで 担ぎ出されたのが 清玄の奴だね。 武装共産党なんていっても 転向して右翼になったといっても 誰も知らんから それで 例の天皇なんたらという文章を新聞にだしたんだか いま思うと あれも売名だったんだろうね。 それに あの頃 確か 西郷さん 吉之助さんの妹さんと結婚して その縁で 財界主流に 顔がなんとか聞いたのが 四元義隆だね。奴も 前歴が前歴だがら 表に出られなかったんだが そこで 富田さんの縁で 藤木さんのところに 金貰いにいったりしていたんだが いちばん でかかったのが 後に 財界四天王といわれる水野成夫にんとか コネがつけられ 仕事と カネと住友銀行から 融資を受けられるようになったことが大きかったね。 これで会社がでかくできたが スト破りのほうも 日経連がスポンサーだもの 本業以上にしていたね 松川事件関与の噂がでていたのも これが原因だったようだね。 俺のところにきたのも 四元経由だもの。 そのワリには 清玄の奴 かってなこといっているが そもそも あれで 起業なんかできるもんじゃないよしかし あきれるのは あいつの靖国についての論だね、なんだい 総会屋雑誌あがりの佐高という奴が触れ回っているみたいだが あれだって 中曽根が靖国参拝で 中共ともめたあとに 右翼の連中から攻撃されて困るから 適当にこさえた理屈だろう。 中曽根の奴も はっきりいえば いいじゃないか 中共の利権が欲しいんです。だから中共のいうことを聞かないといけないんですってね。 そもそも 俺なんかが見れば 文句ばかりの清玄自伝から よくいれるねーえと思うんだが。 福島の人は戦争いかなかったのかい 遺族会はないのかい?児玉の奴も あいつの本を読んで 初めて 福島の出と知ったくらいだが 清玄も本当に ご先祖は会津の出かい?靖国にいるのは 維新の時の戦争で死んだ人間だけかい?北海道にいたときに戦争にいった友はいないのかい?弘前の時にいた仲間はいないのかい?帝大の時にいた仲間はいないのかい?共産党の時の仲間もいないのかい?アカは理屈っぽいね。陛下は大元帥だ そしてわれわれは 赤子だ、そして我々の仲間がいる靖国に 陛下に年に一度はきて貰い 一礼をしてもらう なんとかメモ?それは 関係ないね 一礼をしてもらう それが 大元帥の仕事 なんであろうとね。それが道 安岡先生なら なんていうかね。
2007年08月17日
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下山事件 最後の証言 完全版田中清玄の 作った三幸建設工業の個人での筆頭株主だったのが 財界四天王の水野成夫ということがかかれており、なんだ清玄の本質は 日経連のイヌ?ということなんでしょうか?また下山事件の首謀者は 親本では あまりはっきりと描かれていなかったのですが、ここでは 当時 亜細亜産業に出入りし、松川事件にも関与を噂され 電力利権にも関与し 下山の野郎 殺してやるといって 殺せるだけの暴力装置を所有している方とあり そうすると 読んでもらえばわかるんですが 田中清玄じゃないかというオチになります。いろいろありますが 思考回路は単純な森達也や 清玄のことばを無検証に 噴いている 佐高信よりも この本には信はあります。
2007年08月14日
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