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http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/065/1440/main.html○矢山有作君 まあどうしてもおっしゃらぬというのを、ここでやりとりをしておると時間を食いますから。ただし、私どもとしてはそうした事件の背景は相当根深いものがあるというふうに考えております。したがって、もっと真相を究明をするように、あとでまたそれぞれの方からお尋ねがあるだろうし、私も機会があればさらにお尋ねしたいと思いますが、私ども一つ問題になると思いますのは、これは関係があると思われるところがら御答弁いただいたらいいんですが、取締本部で事情聴取された西郷議員がしゃべっておることがあります。これは記者会見でも同じようなことを言っているわけですが、一つは、大臣就任前に出費がかさんだために六千万円の借金ができた。それがもとで雪だるま式にふえて四億数千万円になったということを言っているわけです。それからさらにこういうことも言っているわけです。大臣在任中、警察ではできない学生運動の情報収集のために情報料として払った、したがって、こういう借銭ができたんだと、こう言っておる。これは非常に問題だと思うんですが、一つは大臣就任前に急にこういう金が要るようになったということは、これは一つは大臣就任をめぐって何か不明朗なものがあるんじゃないかという疑惑をこれは国民に抱かせます。こういうことを西郷議員が記者会見で言っておる、取締本部で述べておるとすれば、これは重大な問題だと思うのです。それからもう一つは、警察でできない学生騒動の情報収集のための情報料だというのですが、一体、日本の警察は私はそれほど無能だと思っておりません。その警察ができない、とれない情報をとるために大臣がポケットマネーを使うというようなことが実際にあるのかないのか、まさにこれも私はおかしな話だと思う。これらの問題は、私は本来なら、そういう仕組みになっているのかどうか総理にでも伺いたいところなんですが、総理は予算委員会の関係で出ておいでにならぬ。木村副長官が見えておるようでありますから、まあ内閣の番頭でもありますし、警察が情報がとれないから、大臣個人がポケットマネーで情報料を出して情報収集をやるということが一般慣行として行なわれておるのか、私はちょっと聞いておきたいと思います。田中清玄の盟友の四元義隆の兄貴分だった 西郷吉之助氏の転落のさいの噺ですが大臣在任中、警察ではできない学生運動の情報収集のために情報料として払った、したがって、こういう借銭ができたんだと、こう言っておる。半分 いいわけだと思いますが なんだったのでしょうか?造船疑惑の際に 四元は西郷のつかいをしていますが 三幸建設工業の闇は深いなと思いますが、さてhttp://episode.kingendaikeizu.net/37.htm清玄自伝では、四元とは ムショ友達という言い方をしていますが、ホントでしょうか?この系図をみると ずいぶん怪しいなと思います。血盟団のメンバーの中で ひとりだけ 政界の黒幕?といわれる存在に 四元がなり 細川連立政権の黒幕?に四元がなるのも なるほどと ここをみると実に よくわかります。ここの系譜に 白洲次郎も 確実に入っているんですね
2007年11月25日
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http://politics.j.u-tokyo.ac.jp/lab/edu/seminar/study/2nd-semi/furoku/4takeshita.htmlそれでまあ一つだけ面白い話をしますと、民社党の池田禎治先生ってね、良いおじいさんがおったんだよ。俺は好きだった。その人が「おい、官房長官、官房長官。拙者は明治の人間だ。聞くは一時の恥、聞かざるは一生の恥と心得ておる。そこで一時の恥を忍んで聞くんだが、あんた円高になるって言うが、1000円になるときは頼むから教えてくれ。」って言うんだ(一同笑い)。説明がつかんから、クドクド言っておりました。そしたら、ははあ、円が強いとか弱いとか言う意味だな、うむ、そりゃ良いことだ。まてよ、円強、円弱って言うと、えんきょうさん、えんじゃくさん。まるで落語家の名前みたいだ(一同笑い)。まあ、そんな話もありました。私が内奏に行った時に、円高とはお国のお金の価値が上がったことだねえ、という発言がありまして、もっともだなあと思ったことがございました。まあとにかく、この池田禎治先生にその後、オッサン、何であんたあんなことを聞いたんだ、と聞き質しました。実はなあと、あの頃国会議員の外遊もまだあまりない時代でございますから、議長がアメリカへ行って、それで自分はついていったと。国対委員長だったから。それで400円の闇ドルを買って土産を買って帰ろうと持っていったら、大使館でごちそうにはなるし、外へ出ても英語は分からんし、したがって皆持って帰ったと。そこで1000円になったら売ってやろうと思って(一同爆笑)。http://www.asiabunko.com/zatugorin131_140.htmこの本でもっともおもしろかったのは、闇ドルに関する部分だ。闇ドルというものを、団体旅行しか知らない人にはなじみがないだろうし、欧米しか旅行しない人も知らない世界だろう。ただし、1970年以前に個人で海外旅行をした人は、どこに行くにしろ、「闇ドル」という言葉くらいは知っているだろう。 闇ドルというのは、法律では禁じられているにもかかわらず、現地通貨をアメリカドルと両替することを闇両替といい、そういう違法な手段で両替したドルを闇ドルという。具体的にはこういうことだ。例えば、ある国では1米ドルが8ルピーと両替レートが定められているとする。これが、政府が決めた公定レートだ。しかし、外国製品を手に入れたい業者や外国旅行をしたい人は、違法だと知りつつ、米ドルを手に入れるために公定より高いレートで米ドルを買う。 私が旅を始めた1970年代なら、アジアやアフリカのたいていの国には闇両替があり、米ドルの現金があれば、銀行で両替するより多くの現地通貨が手に入った。インドやネパールで、よくは覚えていないが公定の15%増しくらいだったと思う。インドネシアでも闇両替はあった。 日本でも、1米ドルが360円だった1960年代まではあった。1米ドルは360円と決められていたが、このレートで両替するならどれだけでも自由に両替できるわけではなかった。 海外旅行でいえば、海外渡航が自由化された1964年当時、日本から持ち出すことができる外貨は500ドルと決められていた。だから、日本円ならいくらでもある金持ちは、闇でドルを手に入れて持ち出したのである。あるいは、外国製品の買出しをしたり、外国人タレントの出演料が必要な人は、どうしてもドルが必要だった。じつは、ビートルズのギャラも一部は闇ドルで支払われているのだ。 闇ドルの供給源は、おもに米軍である。在日米軍の将兵も、基地内だけで暮らしているわけではないから日本円が必要だ。銀行で正しく両替すれば、10ドルで3600円にしかならないが、闇両替の業者の元に行けば1ドルが400円くらいで両替できるから、10ドルで4000円になる。あるいは、米軍相手の飲食店経営者や娼婦たちが、米兵から受け取ったドルを手に両替にやってくる。こうして手に入れたドルに利益を加えて、日本人に売るわけだ。 闇ドルの説明が長くなったが、戦後しばらくのアメ横は闇ドルの取引場所だったという。しかし、話はそれだけで終わらない。闇ドルの大手業者が集めたドルが、政府のある機関に渡り、フィリピンへの賠償金の一部に使われたのだという話がでてくる。 アジア諸国への戦争の賠償問題は、公表できないウラの話があまりに多いことで知られているのだが、こういうカラクリがあったというのだが、さて。「さて」というのは、ほんと?という意味だ。長田氏も聞いた話をしゃべっているだけかもしれないし、じっさいに文章にしているライターも事実は知らない。 読者をもっとびっくりさせる話は、闇ルートで集めた金が東京オリンピックの金メダルになったというトリビア話で、これも「さあて、なあ・・・」としかいいようがない。「ウソだ!」といっているのではないが、そのまま信じていいのかなあという疑問がある。この新書がKKベストセラーズのベスト新書ではなく、中公新書や岩波新書だと、編集者が「要確認」と記入しそうな個所だ。だから、もうちょっと調べて書いてくれたらなあと思うのだが、新書というボリュームと、この版元では無理だ(バカにしているわけではない)。そのあたりが、もどかしいのである。 ノンフィクションライターの興味を刺激する話が出てくる本だが、闇ドルを知らない年代層にはピントこない話だろう。http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/stewardess.htmエリザベスサンダーホームも こんなことをしていたんでしょうか?
2007年11月23日
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田中清玄が取締役をつとめる丸善ガス開発(現コスモエンジニアリング?) 光祥建設には 田岡一雄も関係していた。そのため田中は 田岡の関東進出については努力を惜しまず 東京の一流会社、銀行 商社などに田岡を紹介する労をとった。それらの企業の中には児玉の地盤だった電力 ガス 大手製鉄会社 銀行が含まれており これらも対立の原因になったと見られる。三代目山口組 田岡一雄ノート 猪野健治 ちくま文庫 より当時のいろいろな 丸善石油のトラブルも これが背景の一つにあるようですが しかし コスモエンジニアリングに やくざがらみですか?うーん ほんとかな?という気がしないでもないですが いきなり石油利権ということではなく、コスモエンジニアリングという会社の業務内容からみると 建設業との関連から 接近していったような気もします。しかし 自伝にあるような 軍国主義うんぬんというより こちらのほうが判りやすい噺ですし、やくざの総連合なんてつくり 仕切られたら 商売あがったりになりかねないので 適当な理由をつけて 東亜同友会反対というほうが判りやすいです。
2007年11月21日
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昭和37年の始め 静岡県の二つの相互銀行が合併する時 田岡はその株主である丸善石油社長 和田完治に頼まれ 談合に出張るって丸善の持ち株全てを相互銀行に買い取らせた。この時7億円の金が流れ 田岡に3000万円がころげこんだ。また和田完治が社長を辞任して あらたな会長の就任にのるかそるかをかけた株主総会では 総会屋を動員してみごと彼の願望を成就させた。そのさい田岡は5000万円の現ナマで 総会屋のつらを張ったといわれている。血と抗争 山口三代眼 溝口敦 講談社 α文庫よりこの丸善石油と 田岡との間をつないだのは 田中清玄といわれていますが この功績かどうかは知りませんが 丸善の関連会社の取締役に田中清玄は入っています。これらの事件にもいろんな背景や前後の流れがあるのですが 田中清玄の石油利権屋としての背景として 拾いあつめてみようと思います。
2007年11月20日
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黒幕というのは 実体がよくわからないから黒幕ということもあるんですが その実体を 明確に掴もうとすることを意外にだれもやらない。児玉の評伝も 例のダイヤモンドのお化けバナシがメインになり 政治家や 実業家たちとの関係を うまくまとめた本がない。単純なんですね。みなさん田中清玄も似たようなもんで 誰も昔のことなんか知らないし 覚えていないから 宮崎学みたいな 嘘を言う人もいるんですね三代目が 田中のほうが好き?嘘ですよ。天秤に掛けていただけだよ。児玉とね。清玄自伝だけを信用して それ以外は全然 みない 知らない 知ろうとはしない。国会議事録をみれば 清玄が利権屋だったのは きまりだと思うんですが、右翼は霞を食って生きているとおもんでしょうかね。ムショから出て 数年で 建設会社を作れる裏側を誰もみない、実業会社とダミー会社の区別もつかない。コンサルタントって何でしょうかね?また ウエブで 佐高信の論で 清玄を論じる方がいます。中山素平のことばを引用して 田中清玄を語る方がいます。こういう方は 高杉良の小説がお好きなようですが。さて中山素平は立派な経営者だったかもしれない。でも むかしの部下のそごうの水島をなぜ切れなかったのか?勲章を貰う貰わないには 経営者としての価値なんか なんの意味もないけど デパートの全支店の最上階に 自分専用の部屋を作らせた男を 切れるか切れないかは 経営者としての価値に意味はあるはず。できないなら さっさと隠居しろよ。これがわからないで ヨイショ記事しかかけないんですから 他のことでも視点がおかしくなります。靖国についても あそこには誰がねているんだね。畏れ多くも 帝国陸海軍の最高司令官はどなたか赤子たちは だれの赤子か?中曽根の訪中にのために 作り上げた理屈にのっているんじゃないよ。と思うのですが。俺が共感できる右翼ねーえおこちゃま?自分バカな評論家にだまされ 小説家にだまされなんですね。こうして歴史になるんでしょうか?
2007年11月19日
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佐野真一の阿片王も同様の主題だが 小説ということもあり こちらの方が判りやすい里見ですら 裏で 国民党政府と繋がっていた面もあったので 児玉機関も そういう面があったので 両者とも 13階段を登らずにすんだのではないかと思う。ここに 松本重治とか 吉田茂とか 中西伸次とか 白州次郎と関わりのある人間が出てくるのが 興味深いが イランとの 戦前の武器の取引が 阿片と結びつき それが石油と発展していくはずなんですが 阿片の取引が 中国に入るまでは 誰と関係していたんでしょうかイギリスとのやばい関係が浮上してくるんでしょうな。香港系財閥との関係のあった 白洲次郎もこの人脈にいたことは間違いないとおもうのですが
2007年11月06日
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この本は小説として 読むべきで 評伝としては あまりにもクビをかしげる点が多すぎです。いい評判がありすぎのネットでは こんな評価をする方もいますhttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1144326653/125<白洲商店倒産> 典型的なにぎり倒産。経営の失敗による負債を銀行、取引先に押し付け私財は温存。 <その翌年、結婚> 前年会社を倒産させた椰子の息子が華族の娘を嫁に? 父親は(前述の握り倒産により温存 された資産により)祝いとしてイタリア製スポーツカーを贈る。そんな経緯で贈られた車をカッコ よく乗り回すDQN息子…… 政治・経済の舞台で辣腕を振るうにはこれくらい厚顔でないと務まらないんだな、きっと。戦後発揮 された辣腕は評価されて然るべきだろうが、いかんせん品性が下劣。こういう人間性は生理的に 受け付けない。漏れは貧乏育ちなので生まれながらの搾取層の思想・美学は理解できんなあ。この小説のなかでは この点はさらっと 触れられていますが こう解釈するほうが正しいでしょうね。戦後史についての見方も あまりにも 白洲次郎の立場をカッコよく 見せすぎで 正直 クビをひねる部分が多すぎです。出来の悪い 郷土史の偉人伝を読んでいるようだなと思ったら 著者は郷土史家でもあったのですね。http://kingendaikeizu.net/sirasuzirou.htm白洲文平 (ふみひら)退蔵長男/綿糸商、兵庫県多額納税者/ 白洲長平・純平・十平・末子のきょうだいがある/ 綿貿易商社「白洲商店」を設立、財を成すも昭和3年、金融恐慌のあおりで倒産/ 妻・よし子との間に尚蔵・枝子・次郎・福子・三子の二男三女をもうける。 [当時の人事興信録によれば、白洲文平の庶子(白洲次郎異母妹)に、 「演子」と記載されている。上記系図3の「宣子」とは、 どちらかが名前の誤りで同一人物なのか、あるいは、全く別人なのかは、わからない。]広瀬隆流の閨閥がすべてという考えに組みするわけではありませんが この本の中に登場する人物が かなりこの中に登場するには なんとなくおもしろい気がします。ただ この本の中では 松方一族に 妹が嫁にいったというのに 触れていないのは なぜなんでしょうか 息子と 妾に生ませた娘を えらいさんに差し出して なんとか生き延びたおやじという図にしたくなかったのかもしれませんが、この本のなかには こういう点も微妙に省かれています。ネットでは ずいぶん 評判がいいようですが どこがいいんでしょうか?実業家と 芸能人はちがうんじゃないかと思いますが?真に尊敬すべきは 真にカッコいいのは ゴルフなんぞ 生涯したこともなく 骨董いじりなどしたこともないが 我らの父母を育て この国を作った 我らが祖父 祖母を尊ぶべきかと。
2007年11月04日
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