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笠木良明を通して 河租達大に紹介されるそのあと上海副領事の岩井英一に紹介される旺精衛の護衛のための 棒皇隊が設立されるその隊長になる 副隊長が 大化会の岩田幸雄この仕事がなくなるこの間に、緒方竹虎と知り合う山梨半造疑獄事件で 上海に来ていた水田光義と知り合うこの水田は 海軍にコネはあるが 陸軍には食い込めないここで 噺をつけたのが 南京政府設立のために 上海にきていた吉田彦太郎が 海軍航空本部にコネをもつ 笹川に協力を依頼する最初は 岩田幸雄に、噺が持ち込まれるそこに 児玉誉士夫が 先に食い込むただし 最初は 水田機関に 間借りして 海軍航空本部に物資を流すのがメインの仕事そもそも なぜごろつきを集めて 物資の調達をさせたか?南京政府が形だけの存在で 国民党政府も軍閥の寄せ集めにすぎずその間をかいくぐり 場合によっては相手と協力しての調達は 軍で表だってできるものではない援蒋ルート(アメリカからの支援)を切り そこの物資を奪うなど 無茶な工作がかなりあった中国人殺すだけではないのです。水田が殺されたあとに、その遺産を、児玉機関(旧大化会 国粋同盟人脈)が 引継ぐことになります。岩田幸雄 藤吉男など 児玉誉士夫より 当時は格上のはずだった人物が 児玉の部下になってしまっているのも 児玉機関が 右翼団体の大化会 国粋同盟(笹川良一設立)の人脈で築かれたものと考えれば得心しますし、児玉誉士夫の部下とされる 岡村吾一も 児玉よりも年上ですし、大化会のメンバーにすでにはいって、児玉は同志 辻嘉六は親分といっているくらいです。CIAの秘密ファイルなどの本では 児玉機関がかなり大きなものに描かれていますが このあたりの水増しされた部分が 捉えられていないのだろうと思います。
2007年07月27日
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吉田茂が愛人の小りん(日清紡績専務の娘で 元新橋芸者)と その母の志能(日本舞踊の花柳寿美治)らを大磯の別荘に迎えて住むようになったのは 昭和十九年の五月からだったが、何も知らなかった日本人 畠山清行 祥伝社文庫よりこのこりんさんが 先年 亡くなられた方ですが おもしろいのは 日清紡績の専務の娘とあることで これはいわゆる妾腹ということで 当時はよくあったようですが さらに この日清紡績の専務が 誰だったかと考えると 吉田茂とは 帝大の同級生だった 宮島清次郎ではないか?と思うのはいかがでしょうか?彼の子分が いわゆる小林中グループで 彼らが 保守本流というのは 支えるのですが その根っこというのは 妾腹の娘かわいさにあるとすれば なかなか興味深いものがあるような気がします。
2007年07月23日
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1 モデルについて田淵幹事長は、田中角栄 壱岐が瀬島 そして 竹中が田中清玄 産業振興銀行の中川会長が 中山素平です。2 築地のいまでも そうなんですが 三幸建設工業本社はここにあります 清玄の俗っぽさという面がよく出ています、自伝にはでていませんね。3 竹中の情報力自伝には あえてというか 書いていませんが 清玄は この不毛地帯にも モデルとして出てくる 海部八郎とも親しく共産党転向人脈もからも 情報は入手できたとみるべきかと また以前にも触れましたが 外務省のシンタンク中東調査会にも この人脈は入り込んでいます4 アブダビの海上鉱区これは現実に、高すぎる値段で ボロ油田をつかまされたということで、国会でも問題になりました。清玄は自伝などではいろいろいいわけをかましていますが 最後に笑ったのは だれか?という点を考慮すべきかと5 融資について 石油関係については 国がリスクを取り 事業主体は責任を問われないというスキームになっていたようなんですが(これが田中角栄の資源外交の本質です) 融資については 吉田茂のバックの財界四天王の小林中が 開発銀行の総裁をしていたときの用心棒が田中清玄だった点からのコネだったとおもうのですが そのコネで中山素平というか 興銀に結びついたのかなと思うのですが さて6 CIAとの関係宇宙衛星の地質写真の提供を受けているぐらいの関係だったわけですね。7 貴族サークルとの関係これは 自伝にもある自称 オットー大公との関係と それに関連したモンペルラン ソサエテイーということになりますが ちなみに石油会社の重役室に、ヨーロッパの貴族と中東の王族が座っていることもあるようです(詳しくは広瀬隆の本を読んでみてください)8 憂国の士瀬島と 清玄はいろいろ面で対立もあったみたいで こんなことをいっていますが 「先の大戦において私の命令だというので、戦線の第一線に 立って戦った将兵たちを咎めるわけにはいかない。しかし 許しがたいのは、この戦争を計画し、開戦を促し、全部に 渡ってそれを行い、なおかつ敗戦の後も引き続き日本の 国家権力の有力な立場にあって、指導的役割を果たし 戦争責任の回避を行っている者である。瀬島のような者がそれだ」 これは入江(侍従長)さんから直接聞いたとして 田中清玄が書き残している。(田中清玄自伝:文芸春秋:1993) あちらこちらで みかけますが しかし これほど先帝陛下を ないがしろにした言葉もないのではないかと思いますが よくいうよとも思います。
2007年07月17日
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築地の蘭亭の座敷で 壱岐は 竹中完爾が現れるのを待っていた。一朔日 芝白金の自由党の田淵幹事長邸を大門社長とともに訪れた時 竹中完爾とばったり顔を会わせ おたく中東で油探しをしているそうだが、アブダビでちょっと面白い噺があるんだ、久しぶりに飯を喰いながら話そうじゃないかと云われて 今夜の運びになったのだった。それにしても 兵頭信一良が隠密裡に中東に鉱区探しに行ったことは 社内でも極秘事項にしていることであるのに、いち早くキャッチしている竹中の情報力に 壱岐は驚いた。襖の外に声がしたかと思うと 約束の六時半きっかり 竹中は若女将に案内され 座敷に入ってくるなり 床の間の軸に眼を遣りほう 斉白石じゃないか いつもいいものをかけているね現代中国の墨絵の最高峰と云われる斉白石の作品の中でも 逸品の誉れ高い 群蟹図の軸を愛でるように云った。薩摩上布をしゃきっと着こなした若女将はお目にとめて戴きまして 有り難う存じます、竹中先生のようにご造詣の深い方にお褒め戴きましたら 私どもも鼻が高うございます竹中の眼の高さに半ばおもねるように云い 壱岐の方にも 磨き抜かれた美しい瓜実顔を向けいつもお引き立て戴き 有り難うございます お住まいの方 少しは落ち着かれましたんでございますか。まあ ぼつぼつ 男の一人住まいだから そう大袈裟なことはないよ壱岐が応えると 上座に座った竹中は若女将 そんな口先ばかりの挨拶より これからは時々 きれいどころを二、三人連れて 掃除に行ってやれよまぜっかえすように 云ったそりゃ もう 壱岐さんさえおよろしければ巧みに受け流し 部屋をさがっていった略それはそれとして 君んとこ 中東でわけのわからない石油利権情報に振り廻され 時間と金を空費するような馬鹿なことはせず アラブ首長国連邦のアブタビ海上鉱区の利権に一つ噛んでみないずばっと 本題に切り込んだ アブタビの海上鉱区の売り物があるとは思えなかった。確かなんですか その噺はたしかも たしか 現に その鉱区というのはBPが 三分の二 CFPが三分の一の割合で取得しているところなんだしかし メジャーがいるところへ どうして日本が割り込めるんですかBPが北海油田の開発に乗り出している話し 知っているかねニューヨークに居たときから 注目していましたが 本格的に開発を始めたのですか壱岐は竹中に 献杯しながら聞いたうむ 何しろあそこは北緯六十度 水深百メートル 冬は毎秒五十メートルの突風が吹く条件の悪いところで 開発に莫大な金を喰い 資金需要のピークにさしかかっているので アブダビの鉱区の切り売りに踏み切ったのだ。アメリカのエネルギー教書に匹敵するイギリスのエネルギー省のブラウンペーパーによれば 英領 北海油田の可採埋蔵量は五十億バーレル 検討中の可採掘埋蔵量は百億バーレルと推量し 開発へあらゆる力を尽くしている、もし 北海油田の開発が成功すれば 遠からぬ将来 イギリスは100% 自国の石油需要量を賄えるのみならず 或いは石油の輸出国にさえなり かっての大英帝国の栄光を取り戻し得るわけだ。 竹中の噺を聞きながら 壱岐はそこにイギリスの国運を賭したエネルギー政策を見る思いがした。思えば イギリスはイランのモサデックの革命によって イランの石油を独占していたアングロ イラ二アン オイルを国有化された時期を境に 漸次 オペック以外の地域での開発に力を入れ 期を同じくして イギリスの中東駐留軍も撤退している。それに比べて日本は99・7%の石油を海外から輸入し、その八割を中東に頼りながら 確たるエネルギー政策もなく 竹中完爾のような石油利権屋が日本のエネルギー需要の水先案内人をつとめていることに 肌寒さを覚えた。どうだね ここまで話したんだから アブダビには乗るだろうね。BPの売値は7億8千万ドル(約二千八百億円)だ。7億8千万ドルとは また高すぎる利権料ですね、よほど有望な鉱区なんですかもちろんだ アメリカの宇宙衛星ランドサットのデータでも おおきな油脈があることははっきり裏つけられている 壱岐は 竹中のさっきからの噺を詳細に聞いているうちに 竹中のアブダビ海上鉱区の利権の情報源は当初 予想していたような単に 竹中がメンバーになっているヨーロッパの貴族サークルを通して 親密になったアブダビ王族関係者からではなく イランのモサデックの革命政権を倒したCIAと その動きに深い関わりのあるアングロ イラ二案オイルの親会社であるBPの双方からもたらされたモノデハないかと 直感した。というのも モザデック政権転覆工作に 竹中完爾が何らかの役割を果たしたのではないかという推測を ニューヨークに居たときに アメリカ国務省での中東通から聞いたことがあったのだった。どうしたのかね 壱岐君ふっと 黙り込んだ壱岐に 竹中は 鋭い眼を向けたいや ともかく あまりにも 大きすぎる噺なのでつい そんな巨額な資金調達を どうやってつけるのですかそんなの大した問題じゃない 日本石油開発公社の政府資金を巧く引っ張り出しさえすればわけはない、市中銀行の金利が 年利7・8%に対し 石油公社は5・5%の低利だから 公社の金をできるだけ多く、より長期に借りだせば 金利分だけでも 相当な特恵になる、石油開発のようにべらぼうに金を喰う仕事は まずいい利権 次に低利の政府資金をいかに多く引っ張り出すかが こつだよ、ここから先が田淵幹事長の出番で 通産 大蔵大臣を歴任し 今や幹事長として党の選挙資金の一切を調達し 次期総裁の呼び声高い田淵が動くと 彼の息のかかった通産 大蔵の現役 OBを巻き込んで 瞬くうちに がっぽ がっぽと金を引き出せる仕組みさ その代わり バーレルあたり 1セントのリベートは報酬として払わねばならんがね 田淵幹事長とその関係筋がバーレル当たり1セントのリベートを取るなら 竹中はどのくらい取るのだろうか 仮に年間取引量5000万バーレルとして 油が出続ける間 毎年50万ドルのリベートが田淵の口座へ流れ 竹中にも相当額が入っていく 国の最重要課題として取り組まねばならない日本の石油開発は 三割自国原油の確保などというもっともらしい旗印はあっても 黒い利権で塗り潰されている それは壱岐の胸に燃えている資源ナショナリズム 真の意味の民族資本による石油開発の姿とは ほど遠いものだった。しかし それは顔には出さずで このアブダビの噺は どこまで進んでいるのです?経団連の生野会長 産業振興銀行の中川会長といった財界資源派の賛同を得て 今までに 石油精製会社5社 電力3社 石油開発会社2社に声をかけ 銀行 商社のみならず 自動車会社や造船会社にも当たっている 君んところはこと石油にかけては五菱商事に次ぐ売り上高と めざましい海外戦略を展開しているので 興味ある噺だとおもうがねそうすると 最終的には大連合艦隊になるわけですね。これからの石油開発は そうでなければ 不可能だよ。君はかって大本営参謀で シベリア11年の抑留経験者 僕は左翼で10年の投獄生活 そして今は日本のエネルギー資源確保の為に 立場こそ違え日々 脳漿を絞っている 考えてみれば 壱岐君 僕らは常に夕刻の士という不思議な縁の糸で結ばれているような気がするな 日本国のために乾杯と行こう 竹中は、新しい銚子を取って 壱岐の盃に注いだ 壱岐は複雑な思いで その盃を干した
2007年07月17日
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坪内嘉雄さんという方が いらっしゃいますが、かの児玉誉士夫の兄貴分 三浦義一の師匠格 野依秀市の部下だったのが 石山建吉という方が 独立して つくったのが ダイヤモンド社になりますが、その会長だったかたです。日経連の理事もされていたり 数々の役職も勤められ裏で フィクサーとして活躍もされていたようです。このようなつながりがあれば フィクサーとして活躍するのも、なるほどと思うのですが、ただ ダイヤモンド社というのは どちらかというと まっとうな会社という先入観があったので どうも その背景が判らなかったのですが、http://72.14.235.104/search?q=cache:-2aLMa3t9KAJ:neko-utamaru.sakura.ne.jp/pukiwiki/index.php%3Fchart-20060623+%E3%80%80%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E7%A4%BE%E3%80%80%E7%9B%B8%E9%96%A2%E5%9B%B3&hl=ja&ct=clnk&cd=1&gl=jp&ie=UTF-8&inlang=jaダイヤモンド社周辺の相関図 こんな会社のヒト達が、経営とはなんぞやとか、あるいは「株データブック」で上場企業の財務データを集積していたりとか、、、って、いいのかホントに。★印がダイヤモンド社の元取締役。┌─(元代表)─★岩佐豊─(取締役)→ハートアンドブレインコンサルティング│ ↑│ (取締役)│ ││┌(元取締役)─★池田紘──┐ 恩田英久─(取締役)→ザイオン←(監査役)―平山達大││ │ │ │ │││ │ │ │ (代表)││ (監査役)(監査役) (代表) ↓││ │ │ │ ファースト・パートナーズ・グループ││ ↓ ↓ ↓ ↑││ ゼィープラス=セブンシーズHD←(監査役)─藤井康子─(取締役)──┘ ││ ↑ ↑ │ ││ (代表) │ └─(株主)→TRNコーポレーション││ │ │ ↑ ││ ┌───★曾根宏道 (株主) (株主)││ │ │││ │ │││ │ │││ MAC CORPORATE GOVERNANCE 投資事業組合 ││(元取締役) │││ ∥││ │ │││ M&Aコンサルティング││ │ │││││ │ ││└──(取締役)─→ネクステイジ ↓↓ ↓ ││★ダイヤモンド社 │└───(取締役)─→バリュークリエーション←(代表)―天井次夫↑↑ │││ (代表) ┌─(株主)──三城││ │ ↓││ └─→ブイネット・ジャパン←(取締役)─佐藤克─(代表)→アイ・シー・エフ││ジパング ↑ ↑ ↑ ││ ↑ (代表) │ (株主) ││ │ │ │ | ││ └─(監査役)─★松室哲生│ メルコHD←(アイ・シー・エフ入社前に在籍)─小野高志││ ↑ │ ↑│└──(元代表)────┘ (代表)(監査役)│ │ │ └─(元取締役)──────★川島讓───┘けっこう 怪しい会社に取締役クラス(編集長格)の人間がいっているようですが、これって たぶん昔からのことなんでしょうな。編集長クラスがいっているということは 当然 ある程度のレベルの記者もであるわけでそのコネと 情報力があれば フィクサー稼業にはいれるのも 宜なるかなという気もします。久保祐三郎という総会屋の子分だったのが、木島力也 そしてその木島の下についたのが 広島グループの小川薫の下にいた かの小池サンで、取締役にいたのが、稲川会や 解放同盟、小佐野賢治と親しい 西山幸輝 これに財界主流の今里広記 藤井丙牛 そして坪内さんと ダイヤモンド社 そして いまだに革命ごっこの新左翼の連中がつけば 現代評論社にたかられた 経営者の呪縛が なかなかとけなかったのも 無理はなしという気がします。
2007年07月12日
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http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/055/0488/05505160488009a.htmlいわゆる 第一期頂上作戦以前は、差し押さえなどを行う 執行業務に、暴力団が絡んでいたという噺で 国会で 問題になったケースがあったようです。ここでは 具体的なケースとして 大阪では 柳川組 また富士宮(後藤組の地元です)の例をあげています。江戸時代は、いわゆる被差別部落の人間が 奉行所の取り手として こういう業務を請け負っていたのの名残のような気もしますが、ここに 時期まで 在日の人も絡み その流れで 柳川組も絡んでいた時期もあるようです。ボンノの友人の一人に、並木量次郎という方がいます。法務大臣だった 犬養健の私設秘書だった方で 並木一家三代目総長でもありますが こういう背景もあるんでしょうか?ここの執行業務を アレンジすれば いわゆる 暴力団の最大のシノギの 民事介入暴力の債権回収になります。
2007年07月11日
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おそめ 石井妙子 洋泉社 夜の蝶のモデルの一人の おそめこと上羽秀さんと そのヒモにして 東映の任侠映画の大ブームをおこすプロデューサーにして 藤純子の父 俊藤浩滋との物語と おそめさんを中心にした ある時代の物語です。本の中のエピソードが 映画の ワンシーンのように 描かれており重ねれば そのままで すばらしい映画になること 間違いないと思われます。この俊藤が ボンノの子どもの頃からの友人ということになります。この本に 物足りない点の一つとして 取材が 上羽秀さんの親族サイドを中心になされているので 当たり前といえば 当たり前ですが俊藤の描写が物足りない気もします。(だからといって価値がおちるわけではありませんが)秀さんに言わせると 惚れた旦那が玄人はだしと言われるのが嫌だったようで 仕事関係で お友達が多いだけといっていたようですが(そういう人を企業舎弟というのですが?やくざだって 見返りがあるから撮影に協力するんでしょ?)東亜同友会の京都のホテルでの 懇談会がおそめ会館相談役の山段芳春の名前で 申し込まれていたり そのあとに親分衆をおそめで接待したりとか ボンノが びっくりするような女優と寝たこともあるというのは このへんのコネがあったからとも思えます。東映のプロデューサーって 裏で大変ですが、こういう面を惚れた女に見せなかったということで まさにヒモの鏡ですな。寺島しのぶのおじいちゃんは
2007年07月10日
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ヤクザ映画においては きったはったが主になりがちですが、ボンノと彼のグループがどんな背景をもっていたか 考えてみたいです。http://www.jita.jp/kawa/text/hyouron-1.html神戸における被差別部落民と韓人 <友常> 神戸の場合は、どうでしょうか。<河>戦前の神戸市調査によると、韓人が流入した被差別部落は、葺合の新川部落と林田の番町部落です。新川部落の韓人は、土方や仲士といった屋外肉体労働従事者が多かったようです。新川部落民の生業を模倣したものと考えます。ボンノというあだ名は管谷政雄の少年時代からのものである。生まれ育った神戸市のスラム街にあった浄土真宗の法専寺の住職が 乱暴ぶりをたしなめて 煩悩をおこしてはならんと言ったことに始まると言われている。末っ子だった彼を、両親もボンノーと呼び溺愛したという。本人もその通り名に親しみを持っていたし、彼の仲間たちも ボンちゃんと呼んだ。彼が神戸でバラケツと呼ばれたグレン隊の仲間に入ったのは、第一に貧困家庭の生まれで幼くして両親を亡くしたからである。新川と呼ばれる生田川の川口近くに密集する貧民街は大正から昭和初期にかけて 貧窮者が集まってできたスラムであった。伝説のヤクザ ボンノ 正延哲士 幻冬舎アウトロー文庫より三代目山口組 田岡一雄 猪野健治 ちくま文庫では 彼の父は靴職人で 彼自身も食肉処理場に勤めていたとあります
2007年07月02日
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山口登が築いた戦前の実績は、三代目の田岡一雄にとって大きな遺産になっていた。山口組を継承すると同時に田岡は、関東の親分衆とも縁をもつことができた。横浜の博徒笹田照一は山口登の兄弟分だったが、田岡を売り出すために五分兄弟の盃を交わしている。山口登は、戦前の興行界に大きな勢力を持っていた籠寅組と対立し、刺客に襲撃されて本人は重傷を負い中島武雄という客分が殺されるという事件があった。その抗争の仲裁に奔走した一人が、もと松竹浅草の大プロデューサーで自由党院外団の最高幹部だった東五郎という人物である。田岡は東の行為を徳として、上京するたびに交遊を深めた。東の義兄弟の一人に、関東姉ヶ崎四代目の山本五郎がいた。田岡は、山本とも義兄弟の縁を結ぶ。山本の兄弟分には、東京の戦後裏面史に名を残す岡村吾一 新田新作 入船貞治 藤田卯一郎 てき屋芝山益久 安田朝信などの親分衆がいた。彼らは、田岡と回り兄弟の関係になる伝説のやくざ ボンノ 正延哲士 幻冬舎アウトロー文庫より田中清玄が田岡一雄と仲がよかったのは、事実のようだ。もともとは田中の身元引受け人だった富田健治が、佐藤軍次という横浜で海運業をやっていた男を紹介したことがはじまりで、その佐藤が京浜一帯の沖仲仕の総元締で大親分だった藤木幸太郎を紹介した。 戦後の京浜地区は鶴見の埋立てをめぐって抗争が激しく、陸を仕切っていた土建業松尾組の松尾嘉右衛門と、海を仕切っていた藤木が対抗していた。日本の海運業はこのあと藤木によって、海運業者の集団を日本海運協会に、従業員の集団を日本海運共同組合にしたことが基礎になる。藤木はこの海運協会の会長に田岡をもってこようとするのだが、田岡は固辞した。このとき田岡は政治的なことは田中清玄さんのような人に任せ、自分はヤクザのほうを取り仕切ると決めたらしい。http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1112.htmlここにでてくる岡村吾一という方は 児玉機関に参加し、戦後も児玉軍団の中核の一人として有名だった方です。田中清玄と 田岡一雄の関係を 自伝からのみで語る方がいますが 任侠の世界は そんな単純なものでないように思いますね。
2007年07月01日
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