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http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/002/1332/00204131332014c.html 岡村証人 関係はありません。 田中(健)委員 証人は辻氏のところに兒玉機関の金できておることを御承知でしたか。 岡村証人 知りません。 田中(健)委員 辻氏のところに兒玉機関からきた四千万円のうち約三百万円というものは富士産業の社長から辻氏にきておるということは証人は知らないのですか。 岡村証人 知りません。富士産業というのは 前身は中島飛行機ということですが ここから児玉資金の一部が出ているようで 岡村先生は行田の出で 兄弟分は関根賢親分をはじめ 群馬の方が多い 中島飛行機も本拠は 群馬なんですが さて
2011年05月21日
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兒玉機関がもっていたとされるラジウムの終戦時の処理について エントリーをすでにあげてみたんですが 今度はタングステンについてあげてみようと思います 日本テレビとCIA 有馬哲夫著では 三百万ドルの金が タングステン調達についやされて 児玉機関で隠匿されたとされるダングステンが吐き出されたと書いてあるんですが さて当時の価格がどれぐらいだったか わかりませんが タングステンには 原料価格と製品価格がありまして 先にあげた本のなかには このタングステンの質の悪さが問題になったとありますが これも原料として 純度の低い物の調達がおおかったのではないかと思います原料の価格としては 最近は下記の通りhttp://www.nittan.co.jp/tech/all/detail03.htmlタングステンは市場ではAPT(パラタングステン酸アンモニウム)として10kgあたりの価格で取引されています。価格は2年前の100USドルから現在では2.5倍の250USドル前後で推移しており、高値が続いています。製品の価格としては 最近は下記の通りhttp://qanda.rakuten.ne.jp/qa2743714.htmlタングステンは中国の生産が80%を超え高騰しています。アメリカの取引価格は、32,500ドル/kgとビックリな価格。原料でなく製品の場合です。ちなみに輸出制限がかかっているとのことで、プラチナなみに価格が上がるのかな?原料価格はアメリカのアマゾンの価格で調べれますよ。ちなみに、99.99%は丸棒、99.98%は角棒。大戦時のタングステンの状況については 下記の通りhttp://www.warbirds.jp/prince/pr0005.htmlhttp://www.warbirds.jp/prince/pr0010.htmlhttp://www.warbirds.jp/prince/pr0011.html当時の値段や 状況が事実の羅列のみで よくわからないのですが 児玉センセイがタングステンを隠匿していたのをというような記述がされる場合がありますが それを出したら 用済みです実際は 少量のタングステンを隠匿していて それを差しだし 13階段を昇らないで済むなら あとのエントリーで説明しますが 中国大陸からタングステンを持ってこられるコネクションがあるよということなんでしょう
2011年05月15日
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このころ新会県に 趙其休を首領とする一大盗賊集団があった 趙は密輸大王とも呼ばれ 国民党の官吏や軍隊 香港やマカオの警察などとも結託し 武装快速艇を使って 新会県の銀州湖と香港 マカオで活動していた マカオでは日本人と商売をし 王精衛軍の代表とも連絡を取り合っていたというまもなく日本軍が銀州湖に進攻すると 趙其休は農村の自衛団や密輸仲間とともに戦い その直後にはみずから新会抗日義勇大隊を組織するただし それは自分の事業を保護する目的もあり 依然としてマカオとの間で密輸を継続する1940年春 日本軍は銀州湖を封鎖した すると趙は 裏では 国民党軍の司令官と連絡をとりつつ 王精衛軍に鞍替えし やはり日本軍に向けて 大量に密輸を始めるその頃主要な密輸出品はタングステン 桐油 桂油 豚の毛 食料で他方輸入品は布類 石油などであった 交易の相手はすべて マカオに設置されている日本海軍の物資購入部門だという密輸に使う船には日本海軍から証明書が発行され また日本軍の保護を受けたとくにタングステンについては 趙は新会県の古兜山の麓にある九篤螺という鉱山を押さえていた これはもともと国民党の政府機関が採掘していたものだったが 趙はそのころからすでにこのタングステンを密かに買い取っていた やがて近くに日本軍が進攻して鉱山が閉鎖されると 付近の地主や有力者が勝手に掘り始め それを趙の集団が輸出した南海の軍閥 甘士遠よりこんな状況が 中共の大陸掌握まで継続したとおもわれ 児玉機関も其の世界で動いていた
2011年05月14日
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1935年4月 中国は資源委員会を設置する これは鉄鋼 機械 電力 鉱業などの重工業を中国に建設することを目的とした機関だが その重要な仕事の一つに タングステンの管理があった すでに紹介したように 中国は武器と軍事技術の提供を受ける見返りとしてドイツにタングステンを輸出しており とくにそのためにこの鉱物を政府の管理下に置く必要があった略しかし管理はうまくいかなかった 広東省管理分処の1940年までの統計を見ると 141カ所あった正規業者のうち 管理分処に納入しているのは20カ所にすぎないタングステン鉱の多くが密輸出され しかも多くが広東省から流出していった 政府の買い入れ価格が国際価格に遠くおよぼなかったのと 日本が高い値段でしきりにかいつけていたためである略昭和通商の場合 次のようにタングステンを入手したまず中国人工作員を派遣して 匪賊の頭目と接触する この頭目は蒋介石軍の前線部隊の司令官でもあるという そして 綿布 綿糸硫安などを使って 彼らが保有するタングステンを物々交換で放出させる 買収相手には 陸上の匪賊ではバイアス湾奥地から東方の繊尾にかけて勢力をもっていた廬端慎 海賊では三千人の手下を持ち 拳銃の早撃ちの名手だといわれた呂票などがいたしかし この仕事は非常な危険をともない 同乗していた中国人工作員の手引きによって船がバイアス湾で海賊に襲われ 船員は一名を除いて 全員 射殺され 物資は奪われて船が焼かれてしまうという事件があった南海の軍閥 甘志遠 編 蒲豊彦より
2011年05月14日
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棲息分布という 松本清張の小説が 最近 復刊されています 田中角栄と小佐野賢治がモデルになっている人間が出てきますが 五島慶太 五島昇にあたる人間がでてきますが 東急と小佐野の意外な関係が 浮かび上がってきます静かに酒は飲んでいるが 菅沼幸一(五島昇)には焦りが出ていた 早いとこ用談に入りたい それがすまなければ落ちつかない といった顔色だった 話していても 眉の間にときどき皺が動く井戸原俊敏(小佐野賢治)は もう頃合いだ と思って 杯をおいたさて 今日はお忙しいのにお呼び立てしまして 実はたいへん言いつらいのですが こういうことをお願い申しあげようと思うんです孝一の唇の端がぴくりと痙攣し 経理担当重役の中村は心もち座り直すようにした 二人とも井戸原の口元を見つめているわたしの方には先代の会長(菅沼丑平 モデルは五島慶太)から頂戴した手形がかなり溜まっております いまここにそのリストをつくってきましたから 一応 ごらん願います 上巻 百六十九ページ親父が死んだあとに どうもうちの会社はお化粧をしているらしいということで 実権を親父に握られていた 菅沼幸一が 会社の経理を調べなおして 会社が相当 悲惨な状態になっていたことでかなり愕然 井戸原からの借り入れ三百億で 会社が支えられていたことに気がつくさらに 今度の粉飾剥落で分かったのだが 丑平会長は経理担当重役に命じて簿外経理を作らせていた 銀行筋によらない借り入れ金を販売入金に当てていたのである在庫販売などにより架空の営業成績を上げても 全くの入金がなければ不審を持たれる もともと幽霊販売だから入金があるはずはなく どこかでそのかたちをつくらなければならない それが正常の金融ルートによらない借入金で もちろん これらは正常の帳簿に記入することはできなかったそうしたことで こうした粉飾決算には借入金による販売入金という形がよく取られる このことは主として銀行筋に信用を維持するためであるが 借入金がそれだけに当てられるとは限らず 当然 当面の金ぐりに投入される上巻三十五ページ井戸原は 幸一に もう全額返してくれというが 幸一は これだけの金額はとても一度には無理なので 最終的には 井戸原の条件通り ある会社の株と ビルが譲られることになりますあきらかに東急と国際興業との関係をモチーフにして 清張が小説にしたもの ある意味 終戦直後の隠匿物資がどのようにロンダリングされたかのいい見本でもあるし すこし意味合いも違うが 帝国ホテル 国民相互銀行 航空会社の株というのは 小佐野にとって どういう意味をもっていたかの謎がみえてきます
2011年05月11日
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そのうち島田さんのパージが解けて相談に復帰されたが 二十七年に入ると こんどは吉田会長がやめると言い出した 金つまりだのなんのと問題の多いこの難局に処していくには 私が辞めてパージの解けたベテランの島田さんに戻ってもらうほうが北炭のためになるといって みずから島田さんを二回訪問して再出馬を懇請した なんという巡り合わせか このときも誤解されて 私が島田さんを会長に戻すための策動だと宣伝された 会社では会長の権限というものは大きい それに重役は私一人でなし 他に重役がいるというのに その私が会長に向かって やめてくださいなどといえるかどうかこんなことは常識のはずだが 世間はとかく意地悪く取りたがる私の履歴書 萩原吉太郎よりこのあと 三十年に 会長の島田が体調が悪くなり 萩原が社長になりますが ほんとうは内部でいろいろあったようです萩原吉太郎はかって 前任者の山中社長の秘書をやっていた スキャンダルとは秘書時代のものである 秘書だった萩原は 一部の右翼団体の間では評判がよかった なぜかというと 早い話が カネのバラマき方が派手だったのである 大企業とはいえ 一介の社長秘書程度が右翼に大判振る舞いができるなど 商法違反でただちに逮捕されるのではないかと いまでこそ疑問に思われるだろうが 当時の一部企業には そうした行為が大手を振ってまかり取っていたのだ企業に取り付いて 塗れて泡の代金をかすめ取る側からすれば 萩原という男は カネにルーズな大企業の窓口としては最高である こんな秘書を社長にしてしまえば もっとカネが自由にできる そうかんがえれば 少々あらっぽい手段に訴えても 萩原の社長就任工作を押し進める連中が現れても不思議はない事実 萩原と彼を取り巻く人間たちが 山中社長にピストルを突きつけて 生命を捨てるか 社長の椅子を捨てるか 二つに一つの決断を追ったという萩原自身が 社長の頭にチャカを押しつけて 退陣を追ったんだ暗殺集団 石井一昌 恒友出版より社長制度が敷かれたのは萩原からで かなり疑問もありますが かなりハードな内部抗争もあったようで これをネタに脅しをかけようとした 石井が 児玉先生に 塚本素山ビルに移る前に 事務所のあった 木挽会館に 呼び出されますその部屋には数人の若い男たちが控えており 奥のソファに男がひとり 悠然と腰を沈めていた 後にわかったのだが この男は 当時の銀座警察の首領で 通称 丸ビルの菊池と呼ばれる人物だった菊池はまたの名を水原といい こぎみのよい鋭敏な雰囲気を漂わせていたが そこには同時に 幾度も死線をかいもくってきたすごみも備わっていた 小説 人生劇場の中に 飛車角を殺した男が登場するが この菊池こそ 飛車角を殺した 等の本人である暗殺集団 石井一昌 恒友出版よりなぜ このひと 菊池貞雄がでてくるかというと 大下英治の 黒幕にははっきりと名前がでてきませんが 修羅の時代には はっきりと大和鉱業社長と出てきます 経営者というより一種の用心棒役だったのだと思います立花隆の田中角栄研究の項では 萩原吉太郎が 北炭の社長であった時代までは 児玉先生が 北炭の関連会社を使い いろいろやっていたようだがと指摘しています http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/077/0590/07705120590003c.htmlところが問題になりますのは、新夕張炭鉱というのは、世間周知のように萩原吉太郎が児玉譽士夫に提供して、租鉱山としてやらせている。新夕張炭鉱を一遍、閉山したものを、大和鉱業という名前で租鉱山にして児玉譽士夫一族にやらせておいて、それがやがて新夕張炭鉱株式会社として、また名称が戻る。新夕張炭鉱も食いつぶして、今度は大和鉱業センターというのができて、これが、いまゴルフ場を経営したり、新夕張会館を経営したり、いろいろなものを経営して夕張に拠点を持っておる。こういう、いわくつきの地帯に存在するものであることが問題だと思うのです。
2011年05月06日
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昭和二十一年の春 争議が終わって ほっとする間もなく 組合の勢力が強くなって 今度は重役総退陣の要求を突きつけてきた その末に 私を常務にかつごうという運動がおこった 私としては痛し痒しだが 新しい時代には新しい人間でやるべきだと考えた島田さんは 一応全重役の辞表をあずかることにした 私は秘書部長なので この辞表の集め役を命じられたばっかりに あの野郎とにらまれる貧乏くじを引いてしまった でなくとも島田さんについて北炭に移った人間だから 次々へと誤解が生まれたしかし それがそのままでおさまればよかったが 昭和二十二年になってほんとうに総退陣ということになってしまった あの時の辞表をかえしてくれといったところで それを預かっている元締めの島田さんがやめるんだからどうにもならない 残った私が非難の的になり 特にやめていく重役の線につながる連中から強烈な排斥運動がおこった 人情の常でしかたがないが それまで私を常務に押していたものまでもが反対の立場にたち すっかり私を悪者あつかいした排斥運動の中心になっている夕張の組合長から この際 一応平取締役になり たとえ推薦されても常務は辞退してもらいたいといってきたが それに対して 俺は別に常務なんかになりたくはないが そうかといって諸君の指図は受けたくない 反対なら反対で徹底的に排斥すればいいじゃないかといったものだやがて二月にはいって総会という段になったが 三井の株は全部 持ち株整理委員会に押さえられているので総会は開けない ghqにお百度を踏んだが 総会の当日になっても許可がおりない さぐってみると その原因の一つに私に対する中傷のあることがわかった中に 萩原の常務推薦の影には なんとか商会で儲けた金の一部三千万円を組合にばらまいた事実があるといった投書もあったりして 私をあきれさせたあとではっきりしたことだが 私を引きずり落とすために投書を出させた人間にしてみれば いつかウソ八百がばれても 総会さえ済んでしまえば気の毒なことをしたなぐらいで一巻の終わりにできるというコンタンだったようである なんともひどいはなしであるそんなことから ghqの許可が下りたのは 総会の始まる一時間前であった これには笹山忠夫さん 野田岩次郎さんらが大いに好意的に動いてくれたのである 一時はかなり緊迫した場面もあった それは こういうことだ 野田さんが自分でghqに乗り込み 熱心に真相はこうだと説明してくれたのがきいて それでは議案の中から私に関する一項を除いて 委任状を出すということになった ところがここで島田さんは そんなばかなはなしがあるものか 委任状はよこさなくともよろしい 総会は流会にしよう とばかり デンと腰をすえてしまった普通なら 問題が山積しているおりだから 今回は君も我慢して見送ってくれということなのに ガンとして総会を延ばすことにした一方では島田さんの心意気がしのばれてうれしかったが また一方では立場上ずいぶんつらい思いをした その後もひきつついて 三浦義一さんや 笹山忠夫さんが 彼は断じてそんな人間ではないと説いてくれたりしたおかげもあって 先に述べたように総会一時間前の許可となったのであるさて いよいよ常務就任ということになったら それまであんなに私を推してくれたというのに 投書に盛られた ウソ八百のためにみんなから冷たい目でみられた しかしそんな会社は架空の名前で真相はまもなくわかった この事件のあとで投書家連もやってきて ほんとうにもうしわけないことをした いっぱい飲まされて あんなばかなことをしてしまって とあやまった私の履歴書 萩原吉太郎 より編注 1 かなりの内部抗争が社内であったことに 留意 2 三浦義一先生が面白い場面に登場していることに留意 3 工作費を誰が負担しているか
2011年05月05日
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昭和二十一年の春 争議が終わって ほっとする間もなく 組合の勢力が強くなって 今度は重役総退陣の要求を突きつけてきた その末に 私を常務にかつごうという運動がおこった 私としては痛し痒しだが 新しい時代には新しい人間でやるべきだと考えた島田さんは 一応全重役の辞表をあずかることにした 私は秘書部長なので この辞表の集め役を命じられたばっかりに あの野郎とにらまれる貧乏くじを引いてしまった でなくとも島田さんについて北炭に移った人間だから 次々へと誤解が生まれたしかし それがそのままでおさまればよかったが 昭和二十二年になってほんとうに総退陣ということになってしまった あの時の辞表をかえしてくれといったところで それを預かっている元締めの島田さんがやめるんだからどうにもならない 残った私が非難の的になり 特にやめていく重役の線につながる連中から強烈な排斥運動がおこった 人情の常でしかたがないが それまで私を常務に押していたものまでもが反対の立場にたち すっかり私を悪者あつかいした排斥運動の中心になっている夕張の組合長から この際 一応平取締役になり たとえ推薦されても常務は辞退してもらいたいといってきたが それに対して 俺は別に常務なんかになりたくはないが そうかといって諸君の指図は受けたくない 反対なら反対で徹底的に排斥すればいいじゃないかといったものだやがて二月にはいって総会という段になったが 三井の株は全部 持ち株整理委員会に押さえられているので総会は開けない ghqにお百度を踏んだが 総会の当日になっても許可がおりない さぐってみると その原因の一つに私に対する中傷のあることがわかった中に 萩原の常務推薦の影には なんとか商会で儲けた金の一部三千万円を組合にばらまいた事実があるといった投書もあったりして 私をあきれさせたあとではっきりしたことだが 私を引きずり落とすために投書を出させた人間にしてみれば いつかウソ八百がばれても 総会さえ済んでしまえば気の毒なことをしたなぐらいで一巻の終わりにできるというコンタンだったようである なんともひどいはなしであるそんなことから ghqの許可が下りたのは 総会の始まる一時間前であった これには笹山忠夫さん 野田岩次郎さんらが大いに好意的に動いてくれたのである 一時はかなり緊迫した場面もあった それは こういうことだ 野田さんが自分でghqに乗り込み 熱心に真相はこうだと説明してくれたのがきいて それでは議案の中から私に関する一項を除いて 委任状を出すということになった ところがここで島田さんは そんなばかなはなしがあるものか 委任状はよこさなくともよろしい 総会は流会にしよう とばかり デンと腰をすえてしまった普通なら 問題が山積しているおりだから 今回は君も我慢して見送ってくれということなのに ガンとして総会を延ばすことにした一方では島田さんの心意気がしのばれてうれしかったが また一方では立場上ずいぶんつらい思いをした その後もひきつついて 三浦義一さんや 笹山忠夫さんが 彼は断じてそんな人間ではないと説いてくれたりしたおかげもあって 先に述べたように総会一時間前の許可となったのであるさて いよいよ常務就任ということになったら それまであんなに私を推してくれたというのに 投書に盛られた ウソ八百のためにみんなから冷たい目でみられた しかしそんな会社は架空の名前で真相はまもなくわかった この事件のあとで投書家連もやってきて ほんとうにもうしわけないことをした いっぱい飲まされて あんなばかなことをしてしまって とあやまった私の履歴書 萩原吉太郎 より編注 1 かなりの内部抗争が社内であったことに 留意 2 三浦義一先生が面白い場面に登場していることに留意 3 工作費を誰が負担しているか
2011年05月05日
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ある日岩田富美夫という右翼の大物が 池田成彬さんに面会を求めてきた南京で 居留民が寒さにふるえているというのに 三井物産がその石炭を横流ししたそんな売国奴は許せないと乗り込んできたわけだが 池田さんは島田さんに回し 島田さんは田村秘書課長に 田村さんは馬場課長代理に押しつけてみんな尻込みして会おうとしない お前が行けとういうことになって応接間に顔を出したら 相手は紋付きはかまの出で立ちでにらんでいる結果はどうあろうと れっきとした人間が出てくると思ったのに 名もない私のような私のような若造があらわれたのでよけいおこったらしい用をきいて上司に話したら それは物産の出来事らしいからそっちにいってもらえという といわれても 会うのはこっちだから閉口したそれに若いものが持つ正義感というか ずいぶんひどいことをするもんですね と相手の話に共鳴したから むこうもご機嫌になった それですめばよかったものを これだけ調べるにはかなりも元手がかかったでしょう これでいったいどのくらいになるんですかとやったのがいけなかった岩田富美夫さんはかんかんになってしまった 私は岩田という男を別にえらいともこわいともおもっていなかったが いつまでもにらんでいるので この話しは直接 物産に行った方がケリがつきやすいでしょうと 物産にも話をつけて帰ってもらった その私の裁き方がきにいったらしく それからかれの関係している やまと新聞の相撲のさじきを提供してくれたりしたが その頃岩田の客分をしていたのが児玉誉士夫氏であった 私と児玉さんとのつながりは こうして生まれた私の履歴書 萩原吉太郎より見事に 抱き込まれたことに ご本人が気がついていないのが面白いです
2011年05月04日
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児玉機関の謎児玉機関の実態について いままでの推理をベースにして整理してみました 一 資料はあるのか財務資料はあったはずなんですが 表にはでていないようですアメリカからの資料はでていますが これを使っての 分析が充分になされていないように思われます二 掠奪はあったのかそもそも 児玉機関自体の人数が二百人程度といわれていますが それが 大陸全域にひろがっているのですから 掠奪を集団でおこなえるほどの人員がいるわけがありませんし また鉱産物は 貧乏人脅してまかなえるものではございません三 児玉誉士夫は笹川良一の部下だったか児玉先生は それ以前から 自分の主宰する団体がありましたそのため あくまでも 国粋大衆党には客分として 参加していたとみるべきでしょう戦後の動きをみると 青年思想研究会系列に 笹川系の参加が ほとんどないことからも それは裏付けられるかと思います四 児玉機関は笹川機関だったのか藤義男が 参加していますが 他に 国粋大衆党からの参加が見あたらないようです 関西のヤクザ屋さんあがりの右翼人は そもそも中国語ができません 児玉先生自体は 中国語はできなかったようですが 児玉先生と付き合いのあった大化会や 大日本生産党から 児玉機関への参加者の中には 以前から 特務工作へ参加していたものもあり 中国語ができたものもいたようです児玉先生が 児玉機関全般のメンバーに顔が効いたので 児玉先生が機関長に抜擢されたとみるべきでしょう五 どんな人物が参加していたのか大化会系 大日本生産党系 国粋大衆党系の右翼人が 流入していたようですが それが 他の特務機関 軍と連携してうごいていたようですが はたして どこまで組織化されいたかは かなり疑問だったりします六 どうして 児玉機関はいかがわしいのか 軍に請求をたてる場合に かなりふっかけていたとありますが 臨時軍事費が 業者にかなりぼられていたことは有名なんです が すさまじいハイパーインフレが 当時の大陸では発生していたので 在る程度 ふっかけておかないと 所定量の物資が確保できなかったはずです 七 金 ダイヤモンド 麻薬 偽札当時の大陸浪人が 偽札を 麻薬を溶かした溶液につけて 一般流通させていたようで たぶん 児玉機関もどうようなことをやっていたんだと思います これは阪田機関から提供されたものを流通させ 代わりに 仕入れた物資を阪田機関に流していたんだろうかと金とダイヤも同様の処理をしていたんだろう 八 現地人と どういう関係をもっていたか 児玉機関には 提携していた現地スタッフが数千ほどいたようですが 南京政府サイドだけでなく 重慶政府サイドの人間と 物資の入手を通したひそかな交流があったようです これが戦後も継続します九 どうして鉱山開発を国内でおこなったかこれは 以前のエントリーで紹介しましたが 戦時金融金庫からの融資を引き出すためのネタで 鉱山は取得しても 活動はあまりおこなわなかったと思います十 川本芳太郎との関係どうしても 児玉機関というと 建前が海軍の物資の入手なんですが 大陸での 謀略活動の仕切のトップが この人で 海烈号事件の裏側にいた 日本通商の社長です 陸軍との関係を 留意したいです十一 辻嘉六との関係この人は 岩田富美夫のスポンサーだったり 鳩山一郎の後ろ盾だったりしたんですが 児玉資金について 口をはさんできたのは戦時中の 水で石油を作るという詐欺事件に引っかかり 破産寸前だったというのが その理由のようです 十二 米内光政との関係緒方竹虎との関係も 興味深いんですが 米内に 児玉機関の清算について 指示を仰いだというのが よく語られますが 米内にしてみれば よくわからない方法で動いていた機関の清算について指示を求められても 戦犯になる可能性があるので 好きにしろというのが本音のところでしょう十三 鳩山一郎への資金提供はどのようになされたかいろいろ推理してきたんですが いわゆる辻嘉六事件と 児玉先生の資金噺が 微妙に重ならない点に留意十四 児玉機関はどのように清算されたか緑産業という組織が設立されて ここが児玉機関を受け継ぐ形になっていますが この資産が いろんな形で とばされて 大元産業という会社が設立されます
2011年05月04日
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阪田氏は戦後 上海で漁船を雇ってその漁船に大量の金塊と貴金属を積み込んで日本へ脱出したんです そして その物資を元手に銀座に祐誠ビルを建てて 土建業を看板にして 祐誠社の社長として活動を始めています 一方 児玉さんは巣鴨プリズンを出所すると阪田氏の許を訪ねて 上海時代に隠匿して日本に持ち帰ったダイヤや金塊の売却を頼んだのですそれが いわゆる児玉資金と世間で評判になった政界工作の軍資金で 鳩山内閣擁立の資金になった金なんです 児玉さんの政界の黒幕の原点は 上海から持ち出したダイヤと金塊にあったわけです陸軍中野学校極秘計画よりバイアスがかかっている証言ですが阪田が建てたビルには 児玉センセイがつくった 大公貿易という会社があり この協力関係は別に内密でもなんでもない噺ですが 行間を読むとこの協力関係はずいぶん複雑な印象をうけます
2011年05月01日
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児玉さんは阪田氏を訪ねてよく華新洋行に来ていましたよ 事務所では法幣の札束を受け取っていました 彼は その金を使って海軍の物資を買い付けていました 児玉さんは私よりも7歳年長でしたが 当時 まだ三十代の若輩で上海で一旗揚げる機会を探していたんでしょう それと意外に几帳面なところがあって 出納帳まで作って 渡した金と買い付けた物資の数量をキチッと阪田氏に報告していました陸軍中野学校 極秘計画 斉藤充功著 学研新書児玉機関の買い付け資金については 軍票 金塊 ダイヤモンドなどといわれておりますが 偽札 麻薬がらみについては どう調達したかについては この本を参考に まとめてみましたひとつは 里見機関からで これは 融資のような形で 提供されており 阿片王では 児玉機関がたかったような書き方になっていますが 里見機関のひとつの役割が さまざまな機関への 資金の提供ということもまちがいないとおもわれます さらに 杉工作の一環として 阪田機関からも 偽札の提供をうけていたようで これを元に米の買い付けをおこなっていたようです 証言者が 阪田機関サイドにいた方なんで 多少割り引いても 戦後の児玉センセイが このコネクションをベースに ある時期まで動いていたことは まちがいないようです
2011年05月01日
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