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今日は、午前中は、句集の礼状の整理をしたり、俳句作りをしたり、パズル資料を集めたりしながら過ごし、午後からは、伊丹の柿衛文庫で行われた大阪俳句史研究会の例会に参加した。俳句史研究会の今日のテーマは、「松瀬青々生誕150年」と題し、小寺正平氏から話があった。丁度、柿衛文庫で、同名の企画展を開催中であり、それを見たあとでの話だったので興味深く聴くことができた。靑々は、明治2年の生まれで昭和12年没。29歳で正岡子規門の「満月会」に入会。その後「ホトトギス」の編集に携わり、俳句誌「宝船」「倦鳥」などを刊行した。青々の俳句は、私には難しい。俳句論も書いているがこれも難しい。当時の人は、漢詩の知識や仏典の知識を持っているのが常識で、こういう人にはよくわかる俳句であったのだろう。 講演は、青々が書き残した書の中から、いろいろな俳句論を紹介された。「主観俳句」、「小主観を斥く」、「実景と幻影」、「写生」などなど。会場は満員で、講演後の質問時間には、予定時間を上回る多くの質問が寄せられていた。写真は、講演の模様。
2019.11.30
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今日は、昼食の外食に出た以外は、一日中家にいて句集の礼状への返事とそのまとめを行った。句集礼状は、はがき、手紙を合わせて100通ほどになり、その他メール55件、電話20件、直接口頭数十件でほぼ半数の方々からお礼を言っていただいた。その殆どの方からいい評価をいただいていて嬉しい。お礼の言葉に添えて、句集の中の共感をもった句を挙げていただいた方が57名おられ、多い人で10句、少ない人で1句を選んでいただいたが、その集計をしてみた。57名の選んだ句は延べ330句、重複を除くと165句。全343句のうちの約半分の句が、どなたかの10位以内に入っていることになる。この数字は、全部の方が10句選んでいただければ、もう少し増えるを思う。句集の343句のうち、1句でも気に入っていただければと思っていたのだから、この結果は本当に嬉しい。人気ベストテンも調べてみた。1.天高し天の上にも天あつて2.枯木とてみな青春の日々ありし3.歯の弱き母の好物蒸し穴子4.ゆつくりと夕日呑みこむ秋の海5.福寿草白寿の母の部屋灯す6.蟻の道渋滞もなく事故もなく7.草むしり根のしぶとさと根くらべ8.福笹の福の重さを持ち帰る9.コスモスの一の風にて千の揺れ10.糟糠の妻と勤労感謝の日この中に先生の抽かれた26句、私の自選10句に入っていない句が4句もあることに驚いた。それは、4.ゆつくりと夕日呑みこむ秋の海6.蟻の道渋滞もなく事故もなく7.草むしり根のしぶとさと根くらべ9.コスモスの一の風にて千の揺れ逆に先生の抽26句の中に、誰の選にも入っていない句が4句かあった。
2019.11.29
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今日は、高大フェスタの日。朝9時の展示作業開始から2時半の展示撤収までは豊中市のフェスタ会場に居て、その後は、PC同好会の会場である本町に移動した。 高大フェスタの会場は今年初めてのところで、狭い感じがした。我々の班の展示はよくできていたと思う。内容も、飾りつけも、字の大きさも。 9時から10時まで展示の飾りつけを行い、10時から11時まで当番。11時から12時まで各展示を見回り、12時から13時まで外へ食事をしに行った。スパゲティカルボナーラを食べた。 会場に戻り、2時半まで小ホールで落語などの演芸を見た。桂文都が司会をしていて面白かった。2時半から撤収にかかり、5分ほどで壁はきれいになった。 今日は、カメラを持って行ったのだが、バッテリが上ってしまっていて、展示は一枚も撮ることはできなかった。下は会場となった豊中市立文化芸術センターの入口。 展示物撤収のあと、私は班の皆さんと別れて本町のPC同好会の会場に急いだ。3時30分頃に到着した。O氏によるハーモニカ演奏活動の報告とI氏による里山保護活動の話しがあったが、こちらもデジカメのバッテリー切れで写真は撮れなかった。
2019.11.28
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今日は、午前中は、句集の礼状への返事を書き、午後は、妻の買い物に付き添った。句集の礼状はまだ続いていて、感想や共鳴句などを書いていただいているので嬉しい。句集の残部も少なくなった。今日の写真は、マンションの庭に色づいたヒメリンゴの木と実。
2019.11.27
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今日は、午前中は、昨日の句会のまとめを行い、午後は、録画したテレビ番組を見ながら、一日中家で過した。今日からまた一段と寒い日となった。今日見たテレビ番組は、イッピンの「信楽焼」、美の壺の「チョコレート」「トキ」、英雄たちの選択の「大塩平八郎」など。以下未完
2019.11.26
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今日は、午前中は、駅前月曜講座を受講し、午後は、いきいき俳句会に参加した。月曜講座では、「近代大阪形成」の4回目で、横山篤夫先生から「大阪の戦中」というテーマの講義を聴いた。内容は、次の項目であった。 1.戦中とはいつのことか 2.槍で突かれて死んだ一等兵 3.戦時海員養成所の設置 4.「またも敗けたが八連帯」について 5.大阪大空襲と長慶大空襲戦中とは、1931年の柳条湖事件から1945年の終戦までをいう。槍で突かれた一等兵の墓は真田山墓地にあり、墓標に死因について書かれている。海員養成所は岸和田にあり、5千人の少年が2か月の養成で実戦に駆り出されたそうだ。八連隊はそんなに弱かったわけではないという話。大空襲は終戦の年から激しくなり主戦の前日まで続いた。焼夷弾により多くの命が失われた。大阪だけで52回の爆撃で死者1万5千、被災者は122万人に及ぶ。このような無差別爆撃を、日本も長慶で1939年に行っているそうだ。画像は、テキストの表紙と講義風景。句会の成績は上出来で、出句6句のうち先生から4句選ばれ、残り2句も仲間から選ばれた。また、仲間から、私の句集に対して各自、「共鳴した句10句と一句鑑賞」を書いたものをいただいた。
2019.11.25
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今日は小春日和の暖かい日になった。一時散歩に出た以外は一日中家にいて、テレビを見たり、録画したテレビ番組を見たりしながら過ごした。テレビは、NKH俳句、日曜美術館、のど自慢、アタック25、そこまで言って委員会、大相撲、笑点、いだてんなど。録画したテレビ番組は、新日本風土記、英雄たちの選択、ぶらぶら美術館、美の巨人たちなど。散歩の途中、大阪天満宮に立ち寄ったら、七五三参りの人で賑わっていた。11月15日はとっくに過ぎているが、11月中ならいいのだろうか。
2019.11.24
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今日も、句集の礼状への対応に午前中を費やし、午後からは久しぶりにテレビ番組のダビングを行った。お礼状は、大分少なくはなったが、まだ毎日続いている。喜んでいただける方、褒めてくれる方がこんなに沢山いたとは本当に嬉しい。好きな句を挙げてくれるだけでなく、その解釈をしてくれる方もいて、自分では意図していなかった解釈をされることも多く、こちらも大変勉強になる。俳句というものは、作者の手を離れてしまうといろいろ自由な解釈をされるものだとは聞いていたが、自分の句がそうなると嬉しいものだ。テレビ番組のBDへのだダビングは2か月半ぶり。午後一杯6時間ほどかかった。12日に新プリンタを買ってから、11日経った。調子よく使えているが、インクの減りが早い。これまで、A4で150枚ほどプリントしたが、黒インクはすでに50%、他のインクも40%~30%減っている。インクセットの価格は4440円なので、A4の一枚当り15円ほどとなる。
2019.11.23
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今日は、午前中はO病院へ歯の検診に行き、昼過ぎに帰宅後は俳句を作ったり、句会資料をプリントしたり、また、句集を送った先方からお返しに送られた句集を読んだりしながら過ごした。また、11月2日の会社OB会の写真プリントの注文作業も行った。プリント枚数は772枚。今日の画像は、昨日高大へ行く途中で撮った十月桜。
2019.11.22
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今日は、高大22日目で、午前中は、若井先生の講義で「坂上田村麻呂と阿弖流為」、午後はミーティングだった。奈良時代後期から平安時代前期にかけて、朝廷は東北地方を国家に組み入れるべく征討軍を何度も繰り出した。進出したことろには、「柵」を設け、「団」を組織した。その中心地は多賀城であった。「柵」には日本全国から集められた入植者が移住し、現地人(蝦夷)と争いを繰り返した。時の天皇、桓武は数次にわたり征夷大将軍の元に軍を派遣したが、戦果が思わしくなかった。そこで、坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命した。彼は、現住民との融和政策を勧め、原住民の代表者阿弖流為を連れて帰京したが、桓武天皇は阿弖流為を殺してしまった。午後のミーティングでは、来週の高大フェスタ、その次の週の判別自由行動について話合いをした。今日の画像は、大阪城公園で今朝見かけた鳥。アオサギ、コサギ、マガモ。
2019.11.21
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今日は、ほぼ一日中、妻の買い物に付き添った。従って、昼食も夕食も外食となった。句集のお礼状への対応に追われている間に、次の句会の日も近づき、会報を作ったり、出句する俳句を作ったりと忙しい。また、そろそろ年賀状の準備もしなければならず、その前にPC同好会での発表の準備もある。時間は容赦なく過ぎていく。阪急での夕食のあと、9階ギャラリーに行き、「世界のかわいい衣装」という展覧会を見た。これは国立民族学博物館のコレクションの一部で、世界の民族の衣装やアクセサリーが展示されていた。
2019.11.20
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今日は、午前中はO病院へ行き、15日に治療した左手親指の爪の付近の皮膚病を診てもらい、午後は、自宅で、録画したテレビ番組を見たり、句集のお礼状への対応をしたりして過ごした。左手親指の皮膚病はリンデロン軟膏が利いたのか、痛みはなくなり、皮膚の炎症も治まったようで、治療は今日で終了とのことであった。写真は、現在の親指の状況。句集のお礼状への対応に追われて、今月に入ってから、殆ど録画するばありでなかなか見られていなかったが、今日、久しぶりに何篇かを見た。それでもまだ当分は見きれない。
2019.11.19
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今日は、午前中はK病院へ定期診察に行った。その後、外食をして帰り、午後は句集のお礼状への返事書きを行った。今日までに届いた分は一応、全部返事が書けた。未だもう少し来る模様。K病院の診察は高血圧だが、7年ほど前から薬を飲んでいる。ずっと4mgだったが、今年5月から2mgとなり半年続けた。そのためが、少し血圧が上がったので再び元の4mgに戻すことになった。今日の写真は、マンションの庭と病院の花壇で見かけた花。サツキの返り花、ボケ、ハギ、コトネアスター
2019.11.18
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今日は、午前中は、俳句21の句会報の製本、封筒詰め、発送を行い、午後はまだ続く句集のお礼状への返事を書いた。また、「築港」への例月出句の準備をしたり、「河内野」から依頼された「雑詠一句抄」の原稿も書いた。夜は外食に出た。今日の画像は、花や紅葉。
2019.11.17
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今日は、一日中家にいて、午前中は句集のお礼状への返事を書いた。メールのある方にはメールで返事をさせてもらったが、メールがない方にははがきでお返事をさせてもらった。午後は、俳句21の会報のプリントを行った。新しく買ったプリンターは今のところ快調である。句集のお礼状には、単に受け取ったお礼だけの方もあれば、気に入った句を何句か書いてくれている方もいる。また、全般的な感想を書かれている方もいて、返事をそれによって一人一人書き分けている。お礼状の中で一番嬉しいのは、気に入った句を挙げてくれているものだ。句集を出して、一句でもよいから他人の心を打つものがあればそれで満足だと思っているので、一句でも挙げていただくのは大変嬉しい。今日の画像は、先日、PC同窓会の帰りに撮った美堂筋のイルミネーション。本町を境に、北側は紫色、南側は黄色の電飾がなされている。
2019.11.16
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今日は、午前中は病院へ行き、午後は妻の買い物に付き添った。病院というのは、左手の親指の爪を深爪したのが原因で、傷がなかなか治らず、むしろ広がっている感じなので、何か特別な皮膚病ではないかと思って診てもらったもの。そんなに痛くはないが、テープを外すと皮膚が割れて痛い。診断の結果、テープでかぶれているのではないかということで、しばらく様子をみることになった。初診のため、予約ができなかったので、診察は最後となり、支払を済ませると13時を回っていた。妻の買い物は、主にお歳暮の予約であった。予約を終り、ほかにも少し買物をして帰宅するとちょうど17時になっていた。今日は写真を取らなかったが、画像は昨日、高大へ行く途中で撮った十月桜とカルガモ。
2019.11.15
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今日は、高大21日目、午前中は、鈴木先生の講義で「桓武天皇と平安京」。午後は高大フェスタのための展示物作成を行った。そのあと、本町に移動し、パソコン同好会の例会に参加した。「桓武天皇と平安京」では、天武系の天皇から、天智系の天皇に替わった経緯や、そのために殺された反対派の人物の怨霊についての話であった。平安京の前の長岡京の話が主で、平安京のことは講義に最後に少し出たくらいだった。怨霊というのは、井上内親王と相良親王。先ず、井上内親王は夫の光仁天皇を呪詛した謀反の罪を着せられ廃后され3年後に息子他戸親王とともに殺される。相良親王は、藤原種嗣を暗殺した首謀者の罪を着せられ乙訓寺に幽閉中飲食を断たれて死亡した。この2つの事件で聖武系の筋はなくなり、天武系だけが残ることとなった。しかしその後、天変地異が続いたり、天皇・貴族に病死が増えたりしたため、二人の怨霊のためだと考えられるようになり、井上内親王の遺骸を改葬したり皇后に復位したりし、相良親王の霊に謝罪し、墓を改葬し崇道天皇と追称したり、遂には二人の墓を山稜(天皇皇后の墓地)とした。午後の展示品作りは、2時半ごろには終った。写真はその製作の模様。PC同好会では、2つの発表があり、1つはY氏による「LINEの活用方法」、2つ目はA氏による「怪しいメールあれこれ」だった。私は、携帯でのLINEはしないので1つ目は興味がなかったが、2つ目の怪しいメールについては思い当たるものが多く、興味深かった。写真は会の模様。今日の参加者は30人。
2019.11.14
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今日は、午前中は、句集のお礼状への返事・対応をし、午後は、秋冷句会に参加した。成績はまずまずで、出句5句のうち5句が先生に選ばれたが、特選は1句だけだった。また、拙句集「天高し」を参加の皆さんに配布した。今日の画像は、マンションの庭に色づき始めたヒメリンゴと、句会場お庭に咲いている花、色づいた木の実。
2019.11.13
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今日は、午前中は、昨日のいきいき俳句会のまとめを行い、午後からは、10日の俳句21の句会報の作成を始め、その後は句集のお礼状への返事を書くのに費やした。また、プリンタが故障したので、新しいものを買いに行き、セットアップした。御礼状への判事は、メールのある人には簡単だが、メールがない人、アドレスが分からない人へははがきか手紙になるので、手書きの苦手な私はどうしてもプリンタが必要なのである。プリンタは、一番機能が少なく、最低、A4の印刷、はがき印刷、L版写真印刷ができるものにしぼると1万円以下で購入できた。故障品を修理に出すよりはすっと安い。下の写真は購入したプリンタ。
2019.11.12
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今日は忙しい日だった。朝は、大阪中央郵便局に日付印の押印に行き、午前中は、月曜講座を受講し、午後はいきいき俳句会に参加した。郵便局に9時10分前に着くと、すでに前に6人が並んでシャッターが上がるのを待っていた。9時に業務が始まり、私の順番は9時10分頃に来た。案外早かった。押印したものを下記に示す。次は、月曜講座である。10時開始だが、いい席を取ろうと9時20分頃から並び始める。私は今日は1地番だった。しかし、後から来る人を前に行ってもらって、10番目くらいで開室を待った。9時35分頃受付が始まり、前から4列目の席に着席した。今日の講師は、前回に引き続いて小田康徳先生で、テーマは、「軍都・大阪の形成その2 西南戦争と大阪」であった。政府軍が西郷軍に勝ったのは、新政府が大阪に設けた軍事拠点「征討陸軍事務所」が参謀本部となり、兵の派遣、軍事物資の派遣を強力に進めたからである。ただ、大阪人には、九州の賊徒を成敗するためということしか知らされず、西郷を中心とする九州の不平武士が起した乱だということを知るのは、後年のことになる。戦争で、大阪商工業は武器や兵のための物資の供給で潤った。画像は、テキストの表紙と講義の模様。いきいき俳句会では、先ず会の皆さんに拙句集「天高し」を配布した。句会の成績はあまりよくなかった。6句出句中、先生から2句が選ばれ、残りのうち2句は中目から選ばれたが、2句は誰からの選ばれなかった。プリンターはいよいよ調子が悪くなり、紙詰まりが連続するようになった。販売店に連絡して取りに来てもらうことにした。
2019.11.11
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今日は、午前中は「築港」の定例句会に参加し、午後は関西ぱずる会の例会に参加した。定例句会の成績は上々で、出句5句すべてが先生に選ばれた。句会の席で、参加の方々に句集「天高し」を配布させてもらった。関西ぱずる会には13人が参加した。各自、最近入手したパズルや本・雑誌の紹介をし合った。私は、新切手による切手8方陣の作品を4点紹介し、令和の日付印「1.11.1」を回覧した。画像は、今日回覧されたパズルおよびパズル関係の本・雑誌の一部。
2019.11.10
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今日もほとんど一日中家で過した。13日の水曜日までに4回ある句会のための俳句作りを午前中に行い、午後からは、たくさん来ている句集礼状への返事書きを行った。俳句はなんとか20句作れたが、返事の方はなかなか進まない。メールに対してはすぐに返事ができるが、はがきや手紙の場合はなかなか進まない。はがきや手紙の方に取り敢えずメールで返事をしようとしても、3~4年前のアドレスはほとんど使えなくなっているのでできないのだ。おまけに、夜になってプリンターが故障したことに気付いた。夕方までは何とかプリントできていたのに。写真は、今月7日、8日、9日、10日の月。
2019.11.09
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今日は、朝のうちは昨日の淡路島バス旅行の資料・写真の整理を行ったり、高大フェスタのための展示品の印刷をしたり、その後は、句集の礼状やメールなどへの対応に追われ、一日中家で過ごした。今度の日曜日に、午前は築港定例句会、午後は俳句21の句会、翌日月曜はいきいき俳句会、水曜日は春麗句会と、4日の間に4回の句会があるのに、まだ提出する句を作っていない。明日一日で作らないといけない。どうなることやら。今日の写真は、昨日淡路島で撮った花。
2019.11.08
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今日は、高大のバス旅行で、垂水の五色塚古墳と淡路島の伊弉諾神宮を訪ねた。自宅を7時40分に出て森ノ宮に向った。朝8時30分、森ノ宮を出たバスは、垂水PAで9:30から15分休憩したのち、五色塚古墳には10時に着いた。県学術調査学芸員の方から説明を受けながら、古墳を見学した。始めは、室内で、これまでの経緯を聴いた。古墳に埋葬されている人は分からないが土地の豪族であっただろう。規模は長さ200メートルで40番目の大きさ。前方後円墳である。昭和40年から10年かけて修復工事を行い、石積み、埴輪設置を行った。当時の姿をほぼそのまま目にすることができる。前方部からは明石大橋がきれいに眺められた。一段高い後円部からは四方の景色が望めた。写真は、左上から、後円部、説明を聴く、古墳に上る、明石大橋が見える、説明を聴く、前方部と奥が後円部、後円部、後円部から前方部を見る、同明石大橋を見る。古墳を見た後、11時にバスにもどり、淡路島へ向った。垂水インターまで戻り、明石大橋を渡り、淡路SAに着いたのは11時35分だった。休憩ののち昼食場所の津名「きとら」には12時5分に着いた。海産物をふんだんに盛り込んだ御膳をいただいた。13時15分、再びバスに乗り、次の目的地「伊弉諾神宮」へ向った。ここはこれまでにの2回来たことがありこれで3回目。日本の国を作ったイザナギ・イザナミの神を祀ってあるそうだ。13時35分に着き、自由行動で境内を参拝しながら散策した。14時10分、バスに戻り、次は淡路SAのオアシスへ向う。14時40分に着き、15時20分まで休憩と買物を楽しんだ。淡路の三宅は、たまねぎ、若布、蛸をメインに色々な野菜・海産物が並べられていた。バスは、順調に走り、16時40分、無事森ノ宮に帰着した。以下未完
2019.11.07
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送付した句集を受け取った方から次から次へと電話やメールが届く。これに返事をするのも、忙しいながらも嬉しい仕事。今日はおはがきや封書もたくさんいただいた。その変事は取り敢えず電話で。句集を送るのが先になって、句会での配布の方が遅くなってしまった。句会は、10日、11日、13日に予定されている。この時点で句集は殆どなくなってしまうはずである。今後のことを考えて。30部は手もとに置いておけと言われているが、果たして残るかどうか?今日の画像は、木の実。
2019.11.06
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今日は、句集の発送作業を行った。単純な作業だが、数があるのでやはり時間がかかる。先に送った人からメールや電話でお礼が来るのにも対応しなければならない。しかし、忙しいというより嬉しさの方が勝る。夕方から関俳連の常任委員会があるので、その席でも参加者20数名に配布する予定である。重さにすると10キロほどになるので、キャリーに載せてタクシーで行く予定。写真は、句集と、句集が封入されたスマートメールの山。一時は本当に山のようだったが、大分すくなっくなって来た。以下未完。
2019.11.05
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今日は、一日中家にいて、昨日の香雪の杜、香雪美術館の見学の復習をしたり、俳句を作ったり、テレビを見たり、句集を送る作業をしたりしながら過ごした。今日の画像は、昨日香雪美術館・香雪の杜で見かけた棗。まだ色づきの途中であるが、熟すと赤くなる。茶器に棗があるが、これは器の形が植物の形に似ているから付けられたもの。私は、植物の名前を後から知った。茶器の棗はよく目にするが、植物の本物の棗を見たのは恐らく初めてではないかと思う。
2019.11.04
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今日は午前中は、NHK俳句、日曜美術館などテレビを見て過ごし、昼前から出かけ昼食のあと、神戸・御影の香雪美術館の庭園見学会に参加した。香雪美術館は、初代朝日新聞社の創始者村山龍平の邸宅跡。神戸の御影にある6000坪の敷地は「香雪の杜」と呼ばれ、美術館、洋館、和館、茶室、蔵などがこんもりとした樹木の中に点在している。庭園は通常は公開されていないが、春・秋の4回8日間だけ、抽籤で15人見学ができる。今回この秋2回目の抽籤でやっと当り、見学することができたのだ。食事を終えて14時の電車に乗り、御影には14時30分に着いた。美術館までは徒歩5分。受付は2時半から始まっており、3時から見学が始まった。説明員の案内で東門から入る。先ず案内されたのは洋館、地階と一階が煉瓦造り2階が木造、次は和館、玄関は唐破風、上部に家紋入り、衣笠門を入ると山道に来たような静けさ・暗さ。しばらく進むと3階建ての書院棟は見える。ここにはあとで近くまで行く。次いで、茶室棟で先ずは、茶室への入口の棟。見学者はそこからは入れず、周囲を回って主茶室・玄庵に行く。茶会に招かれた人は、入口から入り露地、待合を通って玄庵に進むのだ。玄庵はさすが古びてなかなか味がある。茶会は毎年春と秋に一回ずつ募集して行われるそうだ。今日は畳に覆いがかけられていて雰囲気が損なわれていたが、壁・柱、天井などのしつらえの良さは感じられた。最後は、先ほど遠望して書院棟。施設の中で一番広く高い建物。坂を利用して建てられており、清水寺のような掛け造りとなっている。内部には50畳の大広間やいろいろな部屋があり、悲雲閣のような構造をしている。写真は、今日撮ったもの。左上から、洋館、衣笠門、和館、玄庵、同、同内部、書院棟、同掛造り、美術館前で。見学会は16時に終り、その後茶席で休憩を取り、抹茶と和菓子を嗜んだ。その後、美術館の展示「武家と茶の湯」を見た。武将が愛用していた、茶壺、茶碗、茶杓、香合、画賛、屏風、花入などである。展示は次のように分けられていた。第1章 戦国大名と利休七哲 布袋図、肩衝茶入「薬師院」、秀吉の茶杓、白天目茶碗、籠花入「桂川」、割高台茶碗、織部はじき香合など23点第2章 小堀遠州 祥瑞州浜形鉢など16点第3章 松平不昧 菊蒔絵大棗など9点第4章 大名家の茶の湯 酒井抱一「十二か月短冊帳}など13点画像は、パンフレットより。
2019.11.03
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今日は、会社の職場OB会に参加した。研究関係の職場に所属したことのあるOBが対象で、会合名は研究所の文字を付けず「一期一会の集い」としている。昨年までは、夕方からの開催であったが、18回目の今年からは昼の開催となった。11時30分受付開始、11時50分から集合写真撮影、12時開演、14時中締め、14時30分解散という流れで進んだ。参加者は最年長者94歳のY氏をはじめ81名。うち女性7名、初参加者4名だった。宴は、S氏の司会で、一年間の故人4名(いずれも90台)に黙祷のあとN氏の乾杯により始まった。楽しい歓談で2時間があっという間に過ぎ、中締めの前に私が句集を紹介した。中締めはK氏によって行われ、参加者は三々五々、家路に着いた。参加者には拙句集を持ち帰りいただいた。写真は、「一期一会の集い」の模様。左上から、受付、就航写真、司会、乾杯音頭、乾杯、歓談、疲れて一休み、歓談、中締め。
2019.11.02
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今日は令和元年11月1日、つまり1が4つ並ぶ日であった。平成元年以来30年ぶりの1並び日だと思ったら、イヤ違う。平成11年1月1日以来だから20年ぶりである。この日を記念するため、朝から、大阪中央郵便局へ、今日の日付印を押してもらいに行った。今年は、年賀はがきや年賀切手の発売日と重なったため、それを買いに来た人が多く、押印窓口のうしろには長い列ができていた。並び数だけならこんなに並ぶことはないのに。40分ほど待ってやっと押印の順番が回って来た。今日発売された年賀はがきに押したもの、事前に準備した台紙に押印したもの計6枚に押印してもらった。その後、ヨドバシカメラへ行き、高大祭展示物の印刷に使うスーパーファイン印刷用紙を買いに行った。
2019.11.01
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