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いつも思う。仕事があってありがたいと思いながら、詰まってくると仕事が憎い。月曜中に上げなくてはならないのに、まだ10本も残っています。手が遅い。何も出てこない。写真が思い。パソコンが動かない。悪夢。
2010.05.16
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ひぇ~ッ、そんなに溜まっていたとは。遊んでられない。頑張らなくっちゃ。今週末はオールナイトかも。
2010.05.15
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神鉄さんの仕事が入ってね会社まで打ち合わせに出掛けてきました。神鉄さんも久し振り。湊川から大倉山まで歩いて『紀元』へ。これまた久し振りに?麺を食べて神戸駅まででた。 何か、色んなことをしたくて、三宮まで歩くことにする。取材中はカメラバッグが重くて仕方なかったけど、何も持たないでスタスタ歩けるのは気持ちがいい。小さなバッグは持っているけど、まったく気にならない。元町商店街を歩いて元町まで出て、元町からは南に降りて、旧居留地内を歩いて市役所まで出た。キョロキョロとよそ見をしながら寄り道の散歩はとても楽しかった。さあ、明日からは神鉄の仕事が始まる。頑張るぞ。
2010.05.14
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なんか図に乗って喜んでいますが、仕事で夢乃井まで取材です。久し振りの運転で中国自動車道の福崎まで出掛けるのですが、本当に久し振りのドライブでウキウキです。その勢いで弁当まで作ってしまいました。おにぎり大好きです。しかし、今回は押し寿司の型に普通のご飯とじゃこ、薄焼きの卵、鰹節をわざわざ削って醤油をかけて、交互に積み重ねて上と下を海苔で挟んでギュッ。それを箱寿司のように包丁で切ってぺんとう箱に詰めました。おかずの箱には阪急六甲今鶴のベーコンを厚手に切ったモノと粗挽きウインナーを炒め、半分はハーブソルト、半分はカレー味で。自分でつくったモノだから、弁当箱の中味はわかっているけど、それでも蓋を開けるときは妙に嬉しいモノ。 六甲山を超えて、中国自動車道に入り福崎ICまで1時間あまり。高速を降りて地道を夢乃井まで。結局、お昼に夢乃井についてしまい、夢乃井のでかい駐車場で弁当を食べる羽目に。お粗末。 しかし、久し振りに楽しかった。弁当も我ながら美味かったです。
2010.05.13
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怠けてかいてないのじゃなくて、原稿に追われています。後で書き込みに来ますね。よろしく。
2010.05.12
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明日は一日オフだけど、未決原稿が山積み。頑張らなくっちゃ。
2010.05.11
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若い頃はパンなんて食べたいとは思わなかった。今は結構食べる事が多くなったが、朝ご飯やお昼ご飯がパンなんて、絶対許せないほどパンを食べる習慣がなかった。嫌いと言うよりご飯にはならないと思っていたし、パンは菓子パンで十分だと思っていた。 そんな私がパンを食べるようになったのはフランスに出掛けたおかげ。それでも最初はパンが食べられなくて、特に堅いバケットなんてまともな食い物とは思っていなかった。だから、フランスに入って最初の一ヶ月のホテルでの朝ご飯は、コーヒーとクロワッサンだけしか食べなかった。そのクロワッサンは飛び切り美味かった。毎食、バケットを残すのも勿体ないし、朝飯はコーヒーだけの習慣がついていたので、ホテルの朝食を断って近所のカフェでエクスプレスのダブルを?むことに変わっていった。ところが昼飯や晩ご飯もそんなに満足に食べていなかったから、朝の空腹感はひどい物で、我慢できずにホテルの朝食をオーダーして、バケットを食べることになった。腹が減っていたこともあってか、そのバケットがとても美味しく感じた。 それが私のパン食の歴史。うまいフランスパンをしこたま食って日本に帰ってきたのが1980年の暮れ。神戸はまだマシだったが、美味しいフランスパンなどなかった。 今はいいですね。美味しくなりました。パンが。
2010.05.10
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明日から取材です。ド一番は西宮のパン屋さん。大きな集合商業施設のなかだから阪急さんの許可を取って、撮影する手順。昨年も行ったお店だから内容的には楽だけど、ずっと担当さんが付き添ったままは疲れますね。
2010.05.09
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にもかかわらず、7時30分に肩の痛みで目が覚めた。そうなると寝ていても痛いわけだから、起き上がってMacを立ち上げる。原稿を開いて、何となく手直しをはじめてしまう。肩の痛み?、五十肩。いや、もう六十肩か…。もう4ヶ月。直るどころかドンドンひどくなって、左肩はほとんど動かない。そんな肩でカメラバックを担いで撮影に出掛ける。商品写真とかなら車で出掛けるから、担がなくてすむけど、街中の取材は歩いた方が早い。で、今は担げないので背負子のように背負って出掛ける。そんな日々が続いている。朝から頑張っていると、編集さんから「原稿、急げ」のMailがあった。そんなMail寄こすから、精神が破綻しそうになる。もう止め!!。寝る!!そう思っている横で、男猫くんのミスティーが派手にゲロッてくれる。片付けながら「大丈夫かい?」。完全な猫親父になってしまった。
2010.05.08
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パリのことを書く機会がなくなってきました。何てったって最後のパリは関空が開港した年。また10数年パリから遠ざかっています。少し余裕が出来たら、カメラ担いでパリに飛んでいきたいと思いつつ、あの頃に比べたら感材が要らない分、全て滞在費に注ぎ込んで、少しでも長くパリにいよう。その気持ちは昔も変わらないでしょうが、1976年はフィルム代2本分が一日のホテル代。パリのプロラボで現像したら、ホテル代2日分。今ならパソコンさえあればデータは出来るし、ちっさなハードデスクでも2TBなんてのがあるから、1200万画素クラスのRAWが8000枚。なんて素晴らしい時代になったんだろうと思う。撮り直して、撮り直して、それでも露出が上手く合わなくても現像しなければ結果が出なかった時代が嘘のようだ。 行きたいなぁ。行ったら行ったで、怠け者だから写真とらないだろうなぁ。なんて…。そんなことを考えてしまう今日この頃でした。
2010.05.07
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ただでさえ筆が遅いのに、いきなり急げとのお達しで、原稿を急いでいます。やりたいことがあるんだけど、原稿が終わるまでお預けです。
2010.05.06
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いつ、何処で見たのか定かではない。兵庫県の県広報の仕事をしていた頃、この時期になると山間の川に長いワイヤーが渡され、何十匹という鯉のぼりが、悠然と空を泳いでいた。九州でも、和歌山でも、そんな光景を見て、異常に感激したことを覚えている。凄く嬉しくなる。凄く楽しくなる。 フランス人のご一家に世話になっていた頃。年末に帰国して、再度3月に渡仏するときに『鯉のぼり』を持っていった。私のお世話になっていたご一家は、とても親切なご一家だった。旦那は新聞や雑誌を本屋やキヨスクに運ぶ仕事の会社を経営していた。奥さんはフランスの中央競馬会らしい所に勤めていた。三人の間借り人がいて、一人が私。ミッシェルはエール・フランス。フレデリック(これが私の友人)はホテルに勤めていた。息子が二人(双子)と娘が一人。すごく優しい一家だったが、凄い物を背負って生きていた。 そんな一家にお世話になっていた。で、そんなに大きくはないが鯉のぼりを持っていった。お父さんと、お母さんと息子(ちゃんと二匹)と娘と。パリの北。ピアレーの空を元気よく泳いでくれた。1980年のこと。いまは音信不通。みんな元気だろうか。
2010.05.05
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続けて書こうと思いながら、何故か抜けてしまう。要は怠け者。少しずつ、確実に書き込んでいければいいなぁ。六十のおっさんが悩むことでもないか。
2010.05.04
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少し、部屋を片付けようと思う。いつの間にか、片付けられない病にかかっている。マァ、自覚があるようだから、何とかなるかも知れないけど、ずーっと片付けられないでいる。スタジオなんて写真が撮れるどころの状態ではなく、急ぎの撮影があったら、大きな物でなければ屋上の天体ドーム横のテーブルの上にバック紙を敷いて誤魔化している。いつまでも続けられないので、ゴールデンウイーク中に片付けられたらいいなぁと思い、片付けている最中。あと3日の後に片付いているかなぁ。 憲法記念日に誓おう。片付けるゾ!!!
2010.05.03
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ゴールデンウイークって今の若い方風に言うなら「ウザイ」存在になっていた。仕事は出来ないし、何処へ行っても人でいっぱい。何もかもが浮かれ気分で私には関係ない存在って感じ。ウザイって言葉は嫌いだが、たしか関東の方言でまったく同じ意味合いで使われている言葉があって、これはこれで言霊が存在していてもおかしくないと思う。 今の日本語は、アルファベットを記号としてに並べ、発音記号で音を表現している外国の言語のように、その言葉の意味が薄れているような気がして、もともと意味を持たない記号の並べ替えのような言語では「かっこいい」と言う意味の最上級が「cool」だそうだ。日本の若者の使う何でも頭に「超」ってつける感覚もそれに近いのかも。 おっさんになるとそんなことばかり気になる。若い頃に、言葉遣いを注意されたこともあった。そんなに乱れてはいなかったと思う。その分、はじけて楽しむことにはほど遠い青春時代を過ごしたと思う。今でもはじけて楽しむことを知らない。多分、世間の親父達は楽しいゴールデンウイークを過ごしているのだろう。26才から一人で生きることをはじめ、そのまま34年間一人暮らしをしてきた。悔いはないし、後悔もしていない。近しい人もいるし。でも、もすこしはじけた人生もよかったかな、なんて、思う。
2010.05.02
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今から33年前。ホテルの予約もなしに飛んでいったパリ。前年に一度、パリに来たとはいえ、何も分からない状態。4月28日の飛行機で羽田を発ち、パリに着いたのが30日の夜8時過ぎ。オルリー空港のホテル案内所ですったもんだのすえ。宿がとれたのがサンミッシェル河岸の安ホテル。次の日はメーデー。そしてゼネスト。メトロは動いてないし、ゴミ回収もストでパリはゴミの街。1977年の事。初めてのパリ生活だった。
2010.05.01
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