全29件 (29件中 1-29件目)
1
暑さが去って、夜がよく眠れる頃になるとあまりに夜気が心地よくて寝るのが惜しくなる。で、明け方まで遊んでいると、翌日仕事だと結構きつい。出来るだけ寝不足にならないように、うまく睡眠補給(居眠り)しているけど、ロケではそうはいかない。荷物を担いで有馬温泉を右往左往。動きなれてる場所だから、なるべく疲れないように、動かなくてすむように…。そんなことしていたら昼過ぎで仕事は終了。いつも有馬のロケではお昼を食べるお寿司屋さんでお昼を済ませ、六甲まで送ってもらった。 歳をとると、何もかもが億劫になってしまう。食べることも少し億劫。
2010.09.30
コメント(0)
買い物に出かけた。昨日よりは寒くはなかった。明日は雨。久しぶりのロケだけど生憎、雨の予報。夜半から降り始めて午前中は本降りになるらしい。でも、ほとんどがお店間の移動で、室内での写真と商品撮影なので、私としては楽勝。フィルムの時代は、この商品撮影や、店内の撮影で写真の上がりに差があったけど、デジタルってやつは、何も考えんでもシラッと撮影できる。写真をわかっていれば、照明も、色補正も、何も怖くない。楽だけど、つまらんね。35年のキャリアなんていっても、ほとんど差が出ないんだから。
2010.09.29
コメント(0)
久しぶりに外米を買ってきた。とんでもなく高くなっていた。1kg960円。なんと南魚沼産のコシヒカリ(どの程度かは別にして)より高い。京都の錦市場で売っている常連さんだけがその経緯と米の素性を知っているという恐ろしき銘柄米に限りなく近い値段だ。なんでそんなに高くなったかは不明。 以前、同じ店で買ったときは普通のコシヒカリより少し安い程度の値段だった。中身はタイ米。私がサイパンに通っていたときは、ロケ終わりにバックの中に10kgのタイ米を詰めて帰って来ていたが、今の価格がキロ960円だとしたらその値段で5キロ程かえた。香港で買っていた頃は1キロが100円ぐらいだったと思うし。タイでは50円もしなかったと思う。ずいぶん昔の話だけど。米が自由化されて、植検受けて買って来て、パエリアやチャーハンや粥を作って食べたけど、これからはこんな贅沢はできない。コシヒカリを食べよう。
2010.09.28
コメント(0)
妙にムシムシして暑いなぁと思っていたら、雨。雨は嫌いじゃないけど歩きに行けないのが少々残念だ。それに部屋の中がべたついてしまうので窓は開けられないし、エア・コンをかけて除湿するほどでもないにしろいとうあさこじゃないが「イライラする!」。 スタジオの掃除をしようと思うがとにかく片付かない。右の物を左に、縦の物を横にするだけ。それで1日過ぎてしまう「片付けられない症候群」。7月からそうしなくてはと思っているのに、このままではゴミスタジオだ。日まで時間はいっぱいあるのに。 ダメなオヤジ。
2010.09.27
コメント(0)
どこに行きたいのだろう。この国は。政治的な決断がなされて、中国人船長を釈放したのなら、その責任は誰にあるのか?。「国民の利益や日中関係を考慮した」とした那覇地検の言葉にしても、検察という一捜査機関が、外交的判断を独自で決めたとしたら、これはまた違った意味で問題だと思う。もし。それが日本の不利益につながったとしたら、それを決めた那覇地検はどんな形であれ、責任をとるべきだと思う。日本の法律では国家公務員は解雇もされないし、どんな失態を演じても責任もとらされない。だからグリンピアのことでも、年金の問題でも白々しく居座り続けている。民間だったら大変なことになるのに、日本では役人のやりたい放題。 中国のことだが、中国だけではなくいろんな国が同じようなことをしている。ただ、それに屈服してしまう日本政府の弱腰が情けない。特に菅。首相になった時に「任期を全うする」とか何とか早くから守りに入っていたけど、こんな形で保身に走るとは思わなかった。政治的決断も何もないのに地検があんな判断を下すわけがない。その辺に薄汚い人間性が見えるようだ。とにかくスタンドプレイは大好きだが自分は汚れたくない菅総理。 あなたは多分、鳩総理もコミック総理もブッチ切って、歴史に残る迷総理になると思うよ。
2010.09.26
コメント(0)
あっという間に9月の最終週。9月はあまりいい月とはいえなかった。よかったと言えば中秋の名月が見えたこと。見事にまん丸の月。月違いか。 やっぱり中国は嫌な国。今度は賠償だと。中国の漁船がぶつかってきたという証拠のビデオがあるという話しだったけど、裁判のためにとってあるとか言われていたが、もう、裁判もないんだから、世界中に配信すればいいだろう。いかに難癖だったかをせめて知らしめてほしいと思うのは私だけではないはずだ。 それくらいの気骨は見せてみろ。我が身だけがかわいい菅。はすかしくないの!!!。なんて騒いだって仕方ないけど、女性のおしりを追いかけるのが大好きな首相なんて、とっとと辞めてほしい。 ほんとに。
2010.09.25
コメント(0)
菅内閣には本当に失望した。私は別に過激派でも何でもないが、中国に対する日本政府の腰抜けぶりには驚いた。法治国家が、国内で起きた事件や事故を国内法で裁いて何が悪いというのだろう。以前、ダッカで起きた事件で超法規処置とかでテロリストを解放した前科のある日本政府だが、自民党から民主党に変わっても腰抜けぶりは変わらないようだ。日本のゼネコンの社員が中国で拘留されたという中国の報復処置が報道されると、途端に腰が砕けたように中国人船長の釈放を認めるなんて、しかも政府見解でもなく、検察の発表で日中間の関係悪化を懸念したような文言があったが、どうなんだろうか。 人質を取られて、容疑者を釈放するなんてなんと情けない。あのダッカの時でも、脅しに屈した国として世界中から非難されたのに、また同じようなことを繰り返している。船長はテロリストでないにしても、こんな下らん駆け引きで国の主張を曲げてしまうとは。とっとと菅のおっさんには退いてほしいと思った。タカ派になる必要はない。正しいと信じることを主張できる国であってほしい。容疑者を人質と交換するような腰抜け外交だけはしてほしくなかった。 中国がどんどん嫌いになる。
2010.09.24
コメント(0)
厳密には9月24日の事だけど、夜中の速報で聞いちゃったから、前日の日付で書いちゃおう。おめでとう。素晴らしい。あなたは日本の宝だ。私もあなたのようになりたい。無理だけど。とにかく、おめでとう。
2010.09.23
コメント(0)
神戸市がイノシシの駆除を決めたらしい。あまりに頻繁に出没するイノシシに住民の不安が高まり、事故が起きる前にって事だろう。なんだか切ないし、虚しい。仕方ないのかね。
2010.09.22
コメント(0)
お山に食べ物がなくなったのか、東灘区では頻繁にイノシシが町中に出てくる。私もよく、天井川の河原で親子で寝ているイノシシを目にした。少し離れて見ているとそんなに恐怖感もないシノシシだが、決して犬猫の類でないことはよくわかっている。だから、距離を置いて共存したいと思う。でも現実は、イノシシが頻繁に出没するようになったら。たとえば昨晩のようにイノシシの親子が人間のテリトリーに入り込み、人間の食べ物をどんな形であれ奪い取ったりすると、あるのは『駆除』しかない。六甲山系はほとんどが禁漁区。国立公園内ということもあって、いろいろと制限が課せられている。それでも駆除は許される。猟友会や本物の漁師がドンパチやってイノシシを駆除する。やっぱり悲しい。 勿論、イノシシが人を襲うとその結果として駆除されるのだが、人間側の理論でしかない。人とシノシシが住み分けると言うけど、元々、人が住んでいなかったような山の中腹まで家を建て、道を造り、木を切り、山の形を変えてまで人間にとって『居心地』のよい環境を作る人間。それは動物や植物や自然界の生き物にとって侵略でしかないわけだ。それが必要な事としても、もう少し、自然に配慮した開発が必要だったのではと思う。 みんなで山へ行ってドングリをしこたま拾ってきて、山に餌場を作ってやって、ドングリしか食べないイベリコイノシシを作ったらどうだろう。イノシシ牧場を作ってそこで何代かにわたって飼育できたら、ブランドイノシシができる。調整しながら飼育すれば立派な畜産。しかもイノブタではなくてイベリコイノシシともなれば、採算にも乗るし、ある程度イノシシと人間の共存になると思うのだが、どうだろう。 人間の身勝手で駆除なんて、食物連鎖の頂点に立っているとはいえ、あまりにも身勝手な人間のエゴだと思う。 飼育して、その命をいただいて食して、その命に感謝するのと、人間が危ないから駆除!!というのはあまりにも違いすぎる。 イノシシにしたら、イノシシのテリトリーに入ってきたのは人間のほう。人間を駆除しないまでも、餌が少ない時くらい、弁当を取りあげて何が悪い!?。って思っているかもしれない。
2010.09.21
コメント(0)
午後九時から1時間ほど歩いてきました。もうすっかり涼しくなったと思っていたのに、まだかなり暑いようです。帰り道でポツポツときてたから、かなり湿度も高かったようで、かいた汗がひかず急いで帰ってきてシャワーを浴びた。 私の帰りを腹を空かせて待っていたミスティーがお風呂の前で抗議の叫び。慌てて出て、ミスティーのご飯づくりを済ませた。少しずつ歩く癖をつけていきたい。
2010.09.20
コメント(0)
なんかゾクッとする呼び名。夜歩く人。夜気が心地よい夜半には歩いてみたいと思う。少し冷やっとするぐらいが心地いい。 そんな夜に窓を開けて夜気を楽しんでいると、私の隣に我が家の男猫君のミスティーが現れる。 「気持ちいいね」といっているのか、喉をグルグル鳴らしながら「ニャー」と短く啼いた。頭をひと撫で。何分かこの心地よさを共有する。 そんな夜に、もしミスティーを散歩に誘ったらリードなしで2人でブラブラ。そんな夢物語が妙に楽しい夜。2人で怪しいナイトウォーカーになってみよう。
2010.09.19
コメント(0)
今晩8時頃、東灘区の消防署の前を通りかかると、消防署が面した国道2号線の歩道に五頭の猪が現れた。私が通りかかった時には、すでに誰かの買い物袋を襲ったのか舗道上に弁当や惣菜が散らばり、それを五頭が貪っていた。一頭は母猪で成人の男性より大きくかなりの威圧感。あとの四頭は体が柴犬程度の瓜模様がすでに消えた子猪だった。遭遇した人は慌てて道を空け、中には慌てて逃げようとしていたが、猪の動きは予想も出来ない。昨日の夜のニュースで東灘区の猪が街中に下りてきて人と出くわす事件が頻繁に起きていると聞いた。なんとそれが目の前で起こっていた。すぐに消防署の職員に事情を告げたが、どうすることも出来ないと言われた。 そんなもんかい。確かにその職員には何も出来ないかも知れないが、舗道上では何人もの通行人が右往左往しているのに。結局、何事もなく猪は河原に下りていったようだが、その時間帯なら、まだ河原を歩いている人もいるだろうし、散歩している犬もいただろう。もし、その猪が、特に母猪が、不幸にも歩行者と何らかの接触でもあったら、こんな所まで出てきた猪は危険だと駆除される。捕獲して動物園になんて悠長な話しではないだろう。ゴキブリのように駆除される。それは猪だけでなくて、人間にも不幸な出来事だと思う。今年の暑さで農作物がダメだという。山の木々もダメージを受けて紅葉は期待できないという。そんなニュースにみんな落胆するだろう。だったら、山の食べ物が少なくて街に出没する動物たちにも心を痛めよう。野菜の値が高くなったとか、紅葉が見られないとかより、食べ物がなくて街に下りてきた猪は駆除される、その動物たちに心を痛めたい。何とかならないだろうか。
2010.09.18
コメント(0)
夜風が心地よい宵をむかえている。外に出ると、少し肌寒く感じるほどの風が吹いていた。春の宵とは違う確実に違う夜気が心地いい。1980年10月。アイルランドのゴールウエイ沖に浮かぶ三つの島はアラン諸島と呼ばれた。そのミドルアイランドに私はいた。多分、ヨーロッパ滞在をそろそろ終わりにして日本に帰らなくてはならない。その年が最後になる予感がしてならなかった。いつもより二ヶ月も遅いアイルランド訪問となったのは、8月に親父を送り、親父の仕事に片を付けて日本を出てきたからで、観光シーズンを過ぎたアラン島はとても静かだった。と言っても私が出掛けるアラン島はアラン諸島のミドルアイランドで、一番大きな島イニシュモアとは大違い。現地の呼び名はイニシャーマン。一番小さな島イニシャーとともに観光地ではなかった。 島には登録されたB&Bは一軒しかなく、私は前回訪れたときに泊めてもらった漁師の家を訪ね、前年と同じように一週間部屋を借りた。 10月のアイルランドはパリに比べてかなり寒い。ただ、ゴールウエイ湾には暖流が流れ込みダブリンのある東海岸よりは暖かい。特にその年は暖かかった。 その日は、大きな月が出ていた。島民は300人弱。広い島に点在する家は集落を形成しているわけでなく、なだらかな丘陵にポツン、ポツンと家の明かりが見えた。蹴るとの遺跡がある島の頂上にむかい、広い牧草地に腰を下ろす。もう、羊も牛も小屋に帰っているだろうからシープドッグに吠えられることもなく、ごろりと牧草の上に横になった。対岸に帯のようなゴールウエイの灯。茄子紺のような夜空に大きな月と無数の星が散らばっていた。そして、思いの外暖かい夜風が。 ゴールウエイの夜風。今宵。イニシャーマンとそっくりの風が…。
2010.09.17
コメント(0)
東京は思いの外涼しかった。神戸を出るときは蒸し暑く、東京で一度ポロシャツを着替えようと思っていたけど、結局その必要はなかった。 ついたのが午後2時頃。まったく暑くない。結構歩き回ったが汗もかかなかった。3時半から開かれたボーズの新商品発表会は、ただのプレスリリース。こんなものならいちいち東京まで出向かなくても、時が来ればホームページ上で見られる。ボーズのアフリエーター向けと言われたけど、その辺りが今ひとつ中味がなかった。 ドッと疲れました。内容は明日書かしてもらいます。お休みなさい。
2010.09.15
コメント(0)
明日は東京。最近は旅行の情報に疎くて、チケットを手に入れるのに走り回ってしまった。 結構ケチなので安いチケットを探してみる。日帰りだから交通費だけでいいが、これがなかなか決めにくい部分がある。新幹線なら一週間の余裕があればかなり安いチケットが手に入るが、結果的には神戸空港から飛ぶスカイマークが安い。ただ、利用したい便はいつも満杯状態で、朝早い便と中途半端な時間帯に神戸へ戻ってくる便が帰り便で選べるなら片道8500円と格安。でも、そんな上手くいくわけもなく結局はチケット屋さんで片道千円ほど安い新幹線のチケットを買った。行ってきます。
2010.09.14
コメント(0)
朝ご飯のカレーを少し止めてみよう。暑い時期にカレーを食べるのが大好きだ。とくにシャビシャビのカレー。タイのグリーンカレーは毎日食べても飽きない。そんなカレーを和風に仕立てて1ヶ月以上食べている。そのお陰かどうかは分からないが、今のところ血糖値もコレステロール値も下がっている。9月に入って毎日5キロほど歩いているが、週明けには7キロに伸ばしたい。そうすればより一層カレーが美味しくなるかも知れない。で、一度カレーを止めて体調が変わるかどうか試してみたい。 さて、その間の朝食を何に変えようか考えて、その結果はバナナがいいかなと思っている。今月はそんなに仕事もないだろうし、今月末まで続けて結果を見てみたいと思う。 少し健康に留意して長生きしなくては。
2010.09.13
コメント(0)
ブール・ミッシュから西に一本入った通りがハープ通り。色んな食べ物屋が並んでいて、学生や観光客、私のような金に不自由な滞在者などにはありがたい通りだ。おそらくパリで一番安い中国料理店だと思える「西湖」もこの通りにある。何よりも驚いたのは、本当に金串を口からおしりまで打たれた豚さんが、グリルの上でグルグル回っていたことだ。本当にこんな光景があるとは思っていなかった。漫画の世界だけじゃないんだなぁ。
2010.09.12
コメント(0)

初めてparisに出掛けた時はおのぼり旅行者のお約束をキッチリ守って『トゥール・エッフェル』や『モンパルナス・タワー』にも登ったし、モンマルトルの丘にも登った。帰国してからエトワールの『凱旋門』に上がれるのを知ってちょっと悔しかったから、次に出掛けた時、とりあえず登ってみた。当時は柵はなくて真下を覗き込むこともできたけど、いつの間にか柵な物が取り付けられてしまった。 その物が無粋な訳ではない。人が無粋になっていくんだろう。
2010.09.11
コメント(0)
明日は突然逝ってしまった弟の一周忌だった。弟が逝ってしまった後に、私は突然のめまいに襲われ救急車を呼んだことがある。搬送された先は、弟が息を引き取った赤十字病院だった。 それは私に対する警告だったのかもしれない。でもそれから10キロも太ってしまったどうしょうもない馬鹿親父。 今月は、弟の事を忍んで、ダイエットに励もうと思う。ちょっと変な決意かな?。弟が好きだったイカフライ。仏前に備えて少し神妙になった。 イカフライも絶ちます。しっかりダイエットに励みます。来月は神戸市の山手幹線全線開通記念ウォークで30キロに挑戦するつもり。頑張るぞ!!
2010.09.10
コメント(0)
その当時はその学食があることは知らなかった。ずっと後になって、パリで暮らす日本人からその学食の場所と利用の仕方を教わった。とにかく値段が安いしある程度はボリュームがあってありがたかった。その学食はポール・ロワイアルはバリ大学の体育館の二階にあった。勿論、大学の学生と関係者以外にもゲストとして利用できる。ただし、ゲストで利用する場合は少々値段が高くなる。本来なら学生であることを証明して10枚綴りの利用券を買うのだが、そこはパリのこと、いろんな学生がいて、経済的に恵まれない学生のために学生が自主的に学生用のチケットをバラで売ってくれる。 食堂の入り口にテーブルを置いて、学生がチケットを目の前に並べ難しそうな本を読んでいる。その学生の前に立って、とある日本人から教えてもらって呪文を唱え、4フラン50サンチームを差し出すと、あなたを、安くて、ボリュームがあって、とにかくお腹が満杯になる学食へ誘う『食券』が与えられる。「ユヌ チケ シル・ヴ・プレ」学生は顔も見ずにチケットを投げるように渡してくれる。ただし、受け取ったら、必ず言わなくてはいけない呪文がある。「メルシィ・ボクゥ」って。
2010.09.09
コメント(0)
初めてのパリ滞在ではよくカフェ・デパールを利用した。春とは言え、夜は冷えるパリでユシュットかハープ通りで食事を済ませ、8時頃にホテルに帰るのもなんだから、デパールでエクスプレスを飲むのがほとんど日課になっていた。 オペラ座界隈やシャンゼリゼ辺りのカフェのようにベラボーに高いわけでもなく、当たり前のように日頃使いのカフェ。でも、私にとってはちょっと広すぎて居心地が悪い所があった。 カフェの前はブールバール・サン・ミッシェル。日本語ではブールバールとアヴェニューが大通りと訳されているからこの道路はサン・ミッシェル大通り。ブール・ミッシュと呼ばれているらしい。そのあたりはフランス語が出来ないこともあって、フランス人とフランス語で会話したことがないから、本当はどう呼ばれているかは知らない。でもそのブール・ミッシュは私にとって道しるべのような道で、ほとんど毎日上ったり下ったりしていた。 ブール・ミッシュは、セーヌ川に掛かるサン・ミッシェル橋のたもとが起点で、フラットな道がサン・ジェルマン大通りと交差するクリューニーまで続き、そこからなだらかな上りとなってソルボンヌ、パンテオンに続くスーフロー、右手にリュクサンブール公園。そこからフラットな道がモンパルナス大通り、ポール・ロワイアル大通り、オブセル・ヴァトワール通りとの交差点まで続いた。
2010.09.08
コメント(0)
スエーデを出て右手に細い路地がある。この路地を抜けるとユシュット通りに出る。この界隈には1970年代に日本料理の代表店のように言われた『Mtsuko』がある。すき焼きが有名だが、すき焼き屋ではなく、一品もので何でもある小料理屋というか居酒屋というか、あまり上品な店ではない。その名前を聞いていた私は早々に出掛けてみたが、中を覗いた途端に心は後を向いていた。 スエーデから左にすすむと隣の建物には青山画廊があった。ここは経営者が日本人で少しだけだがパリの生活の知識をいただいた。右手にパリ警視庁を見ながらサン・ミッシェル大通りを目指す。大通りに近づくとジべェールの本屋さん。残念ながらパリの本屋は全部ビニ本。と言ってもいかがわしい本ではなく、立ち読み禁止で中味は見えない。本来はそうであって日本の本屋さんが珍しいのだろう。そういえばその当時からパリジュンク堂はあった。小さな貸本屋のようなお店だったけど、パリで外国人がプロパーでお店を出すのがいかに難しいのかが分かる。パリに数軒のチェーン店が持つ『やきとり』というお店があるが、このお店のオーナーは帝人の大屋政子さんだと言われている。詳しいことは分からないがそれほどの財力がないと難しいのかも知れない。前出のジュンク堂にしてもその当時神戸では大きな本屋だった。 話を戻すとして、ブール・ミッシュとサン・ミッシェル河岸交差する南西角に「LE DEPART SAINT-MICHEL」というカフェがある。このカフェにはパパ・ヘミングウェイが通っていたらしく、テーブルに誇らしくヘミングウェイのネームプレートがついている。この話は開高健さんのエッセイに何度か出てくる。お店は『出発という名のカフェ』と紹介されていた。
2010.09.07
コメント(0)
パリにいた頃。私が初めて長逗留したのがホテル・スエーデだった。英語で言うならスウェーデン・ホテル。何でその名なのか由来は聞きそびれた。パリ5区の北西の端にあって北にセーヌを越えれば1区。西にブール・ミッシュを渡るとそこは6区になる。5区の北西角にはRERのサン・ミッシェル・ノートルダム駅とメトロ・サン・ミッシェル駅があった。 セーヌに面した歩道がポール・サン・ミッシェル通り。サン・ミッシェル通りを挟んでサン・ミッシェル河岸がある。その15番地にホテル・スエーデがあった。 建物は屋根裏を入れて5階建て。日本風に言うなら6階建てになる。部屋数は20部屋あった。私は結構長い間このホテルを利用したものだから、半分ぐらいの部屋は利用していた。その当時、屋根裏部屋のセーヌ側でないシングルの部屋は風呂なし。トイレなしで26フラン50サンチームだったと思う。日本円にして1400円弱。そんなホテルの屋根裏部屋。20号室がパリ暮らしの足がかりとなった。 そのホテルは今『Les Rives de Notre-Dame』という四つ星ホテルに化けて、かなりのお値段だと聞いた。私がいた時に350年ほど経っていると言っていたから築約380年ほどだと思う。いつか泊まりに出かけたいと思うけど、パリはあまりにも遠くて…。
2010.09.06
コメント(0)
昨日、久しぶりに邦画を見た。ちょっと面白いお話を友人から聞いたから。その映画の題名は「ぼくとママの黄色い自転車」。たぶんご覧になった方もいるかもしれないけど、その映画の中に明石のお好み焼き屋が出てくる。画面では『明石焼き』しか出てこないし、どちらかと言えば明石焼き屋さんの風情だが、お店としてはお好み行きがメインだ。 その店は、明石焼きの本場のように言われている明石魚の棚商店街(地元のひとは“うおんたな”と言う)からは少し離れたところにお店があるが、割に明石焼きの老舗はこの商店街の中にはない。 店の名前は『ふなまち』。明石駅から魚の棚を通り越して南に、今や瀕死の状態に置かれている『たこフェリー』から西に向かうと昔からの舟だまりがあって、その辺りに材木町がある。たぶん、その舟だまりには木場があったのかもしれない。で、そこに『ふなまち』がある。 4人掛けのテーブルが2席。あとカウンターに数人座れるだけの店内は、いつもほとんど満席。あとは店外にある椅子に座って順番を待つ。いつも満席なのはそれだけ美味しいという証拠だろう。 そのお店が前出の映画に登場する。かなり味のある店構えや、店内の雰囲気がいい。話の流れの中ではひとつのエピソードに過ぎないが、関西弁を喋る子役がとてもいい味を出していた。 まるで『ふなまち』の明石焼きのようだ。
2010.09.05
コメント(0)
少し夜風が涼しくなったと思ったら、週末のこの暑さはいったい何なんだ!!。と、天に唾しても空虚。砂を蹴ろうにもアスファルト。照り返しがきつくて、それがまた腹立たしい。 9月に入ってもまだ夏が続きそう。このままいけば紅葉もだめだし、赤枯れの山を見るだけになるかもしれない。久しぶりにカレーを作った。ゴーヤをたっぷり入れてアジアンティスト。魚醤油をたっぷり入れて、食べるときにパクチーをたっぷり入れる。ご飯はタイのパヒュームライスかもち米がいい。さらっとしたシャビシャビカレーに、もち米を指先で3センチ台の玉にして、カレーにつけて食べる。たっぷりと入れたカイエンペッパーと花椒の辛みがワァッと広がる。夏の暑さなんか吹っ飛んでしまう辛さに全身から汗が噴き出す。これが美味しい。そこにコリアンダーをひと摘み口の中へ。夏の醍醐味だ。ちなみにパクチーというそれはタイ語の呼び名で、今では一般的になったが、30年前には中国語の香菜(シャンサイ)とか呼ばれていた。ほかにコエンドロとかコリアンダーとか。コエンドロは和名でポルトガル語のコエントロが由来だが、古くから日本で呼ばれている俗名は「カメムシ草」だった。 言い得て妙。
2010.09.04
コメント(0)
もう9月。あと4ヶ月で今年も終わる。何て早い時の流れ。毎年早くなっていく気がする。色んな出来事に興味が持てない。コンセントレーションが低いから、過ぎていく時間がとても軽いのかも知れない。もっと一日一日を大切に過ごさないと、10年なんてあっという間に過ぎてしまう。あと十年、仕事をして、人生を楽しんで、過ごしていけるかなんて、分かるはずもないけど、今のままではあまりにも虚しい時間を過ごしてしまいそうだ。 何でも、時間がないって言い訳ばかりしてきたけど、実はこれからの時間の過ごし方こそ、大切なんだと思う。なんか、悟ったような話しをしたけど、もっと充実感のある日々を過ごしたいと思っている。
2010.09.03
コメント(0)
夜になると、ほんの少しだけ、ほんの気持ち。夜風が心地よくなりました。昨日の夜、うちの猫さんがこの秋初めて布団に潜り込んで寝ていました。
2010.09.02
コメント(0)
後ほど書き込みに来ます。少し、手間取っています。 この夏。初めて窓を開けてエア・コンのスイッチをオフにして仕事をしている。現在、9月2日の午前4時5分。室温は30度を少し下がったところ。夜中とは言え、この夏、室温がエア・コン無しで30度を下廻ったのは初めてだ。Tシャツに汗がにじむがそんなに不快ではない。私の生活にエア・コンが登場したのは1981年の事。正確にはクーラーだが、窓にはめ込むタイプの物で、三つあった部屋の中で仕事部屋だけにクーラーを入れた。それでもスイッチを入れることはまれで、夜はほとんど稼働させずに窓を開ければ何とかなっていた。いわゆる熱帯夜など嘘のような世界だ。それに汗をかくことがそんなに苦痛じゃなかった。私は汗っかきで尋常でない量の汗をかいていた。仕事で取材廻りなどすると、ズボンの腰の辺りまで汗が滲んでしまい、それが少し恥ずかしかった事もあった。外回りが多い日はTシャツの替えをカメラバックに入れておいては、何処かで着替えるようにしていた。今は1日にそんなに多くのお店を廻ることはないし、少し離れている距離は車で移動するし、電車も、ちょっとした商業施設ならエア・コンが入っているから、そんなに汗だくになることもなくなって、それだけでもありがたいと思う。ただ、確実に汗をかく状態にある事が無くなりつつあるので、出来るだけエア・コンを切るようにしているのだが、今年の夏は、ダメ!、例外。こんなクソったれの夏はサザンの歌の中にも、チューブの歌の中にも出てこない。井上陽水!!!。アンタだ!!、アンタ!。アンタならこの汗まみれのこの夏を、歌にできる。頼むゾ!!。作ってくれたら、ダウンロードでも、CDレンタルでもなく、CD買ってあげっから。待ってるゾーッ。
2010.09.01
コメント(0)
全29件 (29件中 1-29件目)
1