見知らん街ガイド_『パリ時代』と神戸生活日記
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あっという間に七月が終わった。 最近、よく考える事がある。運命って何だろう。自分なりに、あぁだこうだ考えてみるが考えが纏まらなくて、考えれば考える程に頭ん中がとっ散らかっていつも最後には「もういいや」って思考を閉ざしている。 こんなことを考え出したのは、季節が夏になり暑い昼間を避けて夜歩く事が多くなってからだが、神戸は六甲山系に沿って細長く開けた海沿いの街。この表現が正しいかどうかは分からないが、JR神戸線に乗って西に向かうと、神戸市に入る摂津本山辺りから右手に山。左手に海が続く。勿論、その間隔が大きく広がる所もあるが、明石市との境まで、海が見え山が連なる風景が続いている。『六甲颪(ろっこうおろし)』はそんな地形が産み出した秋から春まで吹く「季節風」の事で、温度が下りにくい海に向かって冷えやすい山側からとんでもなく冷たい強風が吹く。昔は死人まで出たとか。逆に『浜風』といわれる風は暖まりやすい山に向かって海側から吹く風の事で、神戸に住んでいなくても『甲子園の浜風』として阪神タイガースファンには馴染みの風(甲子園は西宮だけどね)だろう。どちらの風にしても季節を問わず海と山の温度差ができれば吹く風で、暑い夏場でも陽が沈んだ頃から吹き出す六甲山系からの風が何とも心地よく、そんな時間帯に歩きに出掛る。 最近、コロナ禍もあって午後8時にもなると嘘のように人や車の通行量が少なくなり、歩く場所にもよるけど長くて真っ直ぐな通りで前にも後ろにも人が居ないなんてことが度々ある。そんな所で、狭い交差点に差し掛かり信号が赤になったら周りに人はいないし車も通っていないとして‥‥どうする?。本来、人がいなくても車が通ってなくても信号が変わるまで待つ。昼でも夜でも。そんな時に、たまたま通りかかった人が立ち止まる事もなく赤信号を無視して交差点を渡って行くのを見たりすると、目で後を追いつつ「そんな事しとったら罰当たるで」と心の中で呟いてしまう。でも、当たり前のことの様に平気で信号無視しても何んも起こらん人もいれば、たまたま急いでて信号無視したがために事故に遭ってしまう人もいる。その差は何?。運?。運命?。で「運て何?。運命って何?」という疑問にぶち当たってしまった。私見を述べると『運』とか『運命』て事はあまり考えた事がないし信じてもいない。占いも信じないし、今日のラッキーカラーやラッキーアイテム何んて気にした事もない。でも『運』とか『運命』が最近妙に気になって仕方がない。何だろうね。交差点の信号の話しに戻すと、誰もいないし車も来ない。だったら渡っちゃえばと思わないわけではない。でも「イヤイヤ止めとこ。ルールを破ったりすると何かが減っていきそうな気がして…」で、逆によかれと思うことをした時には何かが人生に加算されるっていうか…それが『運』かも知れない。と思っている。で、長々と書いてきてやっと本題に辿り着いた。その事を友人に話すと「それは仏教的な考えやなぁ」と言われた。『運』とか『運命』ってNETで検索をかけるといろんな考え方があるようだがそれらを比べられる程知識もないのでそれはやめるとして、友人が言っていた『仏教的』という言葉が何んとなく理解できた。その解釈さえ正しく理解しているのかも分からないけど要約するとこんな感じとなる。これは私見なので『間違った解釈』だと思ったら笑い飛ばしてほしい。 『運命』には三つの説があって偶然論=運命には何んの原因もないという考え方。仏教では『無因無縁論』というらしい。神の与えたもの=神という大いなる存在に決められたもの。仏教では『自在神化作説』というらしい。決定論または宿命論=運命はすでに決まっている(神の存在なしで)という考え方。仏教では『宿作因説』。ただし、仏教にも色んな宗派があり全てその様に説かれているか分からないけどね。 仏教では「全ての結果には必ず原因がある」という因果の道理を根幹とし『運命』は自分の行いが引き起こした結果であり『自業自得』、『因果応報』という。何んか『自業自得』、『因果応報』って言葉は悪い意味を含んでいるように解釈していたけど『善因善果・悪因悪果・自因自果』の意味で『因』は「行い」、『果』は、善行は「幸い」を生み、悪行は「不幸・災難」を引き起こす。「自らの行いはその結果として自らの運命をもたらす」と説いているらしい。拙い文章は「らしい」ばかりで申し訳ないけど、おおまかにはそういう意味らしい。宗教にあまり興味がないものだから深く考える事もなかったけど、ポツンともらした戯言が『仏教的』って言われると気になってしまって色んなものを調べて辿り着いたのが、仏教には幸福を得るための六つの条件があって『六波羅蜜(ろくはらみつ)』と言うらしい。『六波羅蜜』とは、布施(ふせ)=無形であれ有形であれ、ほどこすこと。持戒(じかい)=つつしむこと。忍辱(にんにく)=しのぶこと。精進(しょうじん)=はげむこと。禅定(ぜんじょう)=心身をしずめること。智慧(ちえ)=まなぶこと。とあり『六波羅蜜』をもって自らを律する事が幸福をもたらすこととなる。と、自分なりに理解した。友人が言った『仏教的』な考え方を正しく理解しているかどうかはわからないけど、有形であれ無形であれ、良い事、正しい行いをすることによって『運が強まる。得が高まる』と考えると、人生に何かが加点されていくように思える。「ルールをしっかり守っていると人生にポイントが加算されるよ」何んて軽いノリの話じゃないけど、やはり『運』は強く『得』は高い方がいい。で、信号無視した人を見て「そんな事しとったら罰当たるで」って思うことは、反省すべき点だろう。とも思っている。 昨日(7月31日)、東京オリンピックの柔道男女混合団体戦で日本はフランスに敗れた。この結果に運が影響したのかどうか…「う〜ん、運がねぇ…」何んて軽々しく言えないよね。みんなよく頑張ったもんね。
2021.08.01
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