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遊女のおばこは、はばかりながら憚りだとさ、ああ、糞して気持ちがいいやぃ、どうせ、男は糞を作ることぐらいしかできやしねえ、鬱憤を ここにまいちまいなよ、、 「あんた、はじめてだね、私がいい気持にしてあげるからさ、、、おいで、ねっっ、」 凡平はどぎまぎして、言葉も出ない、白粉の匂いでくらくらする。階段を上っておりんの部屋に行く。おりんの手が股間に伸びて、元気溢れる逸物を ー忍法、男棒ふたこすり半、、ー ーなんてことだ、なさけねえ、、ー 凡平はあっけなく放出してしまった。これじゃ、せんずりと変わらねえ。百倍の勇気をだして、女郎屋に来たのに、凡平は、空しくなって、しょんぼりしてしまった。「あんた、童貞だったのね、みんな初めての時はこんなもんさ、、少し休んでから、ちゃんと、筆おろしするからね、、泣かない、めそめそしないの、、、」「おら、そんな金もねえんだ。それに、明日は江戸へ行かなきゃなんねえんだ。」「えっ、江戸へ?江戸へ行くの?」 おりんの眼が三日月のように青白く光った。「そうだ、江戸の焼き芋屋で奉公するんだ、江戸で馬鹿にされねえために、男になりたかったんだ」「そうなの、そうだったの、それで、江戸までは、川越街道を歩いていくのかい?」「うんや、船だ、芋を運ぶ船が明日の朝、新河岸から出るんだ、それに乗るだ」 おりんの脳裏では忙しくある計画が練られ始めていた。船なら関所は通らないし、通行手形もいらない、道中怪しまれることなく江戸に着ける。「今日は泊っていきな、、ね、」「おら、100文しか持ってねえんだ、それで足りるだべか、、」「心配しないで大丈夫、その代わり、私を江戸へ連れてって、ね、お願いよ、あら、もう元気になってきたじゃない、」 柔らかい乳房、白粉の匂い、暖かき襞にまれ、凡平は再びたまらず放出する。夢のような筆おろしの儀式であつた。 おりんは、男を夢中にさせるくノ一の床技で凡平の体を弄びながら、決心を固めていた。 ー今だ、ここで跳ぶんだ、ここで跳ばなきゃ、一生この廓地獄から出られやしないー この凡平を利用して江戸へ逃げる、しがらみを破り、支配からの脱出、そして、自分の人生を生きるんだ。 凡平にとっては、夢のようなひとときだった。こんなに気持ちのいい世界があったのかと感激していた。朝までに五回した。凡平はすっかりおりんの虜になった。おりんが廓の支配から脱出し、江戸へ行くことを手助けしようと凡平は決心した。おりんの躰の中では、諦めきっていた怨嗟の闇に中に朧げな灯明が燃え上がろうとしていた。 ーふっふっふっ、あたしが貯め込んだ銭はもう、三十両を超えたかね、、ー 帳場のやりて婆の音羽が女郎からくすねて、泥水みてえにいつのまにか溜った悪銭が、帳場の畳の下の壺に隠してあるのをおりんは知っていた。 おりんの行動は素早かった。凡平が眠った丑三つ時(午前二時)、やりて婆音羽に有無を言わせず、喉笛を裂いて瞬殺し、隠し壺から、有り金の三十六両を盗み何食わぬ顔で部屋に戻った。 忍具から変装用具を出し、頬に綿を詰め膨らまし、眉を太く書き、縞の木綿の着流の若衆に変装した。凡平が目を丸くすほど、見事な若衆に変身し、声まで男の声色になっていた。 狐目の風葉の置いていった忍術道具の入った荷物を、振り分けにして肩に担ぎ、凡平を促し、風葉のいた隣部屋の天井裏へ潜り、仕掛け屋根の板をずらして、屋根を伝って、『いろは店』の囲いの外に出た。 凡平を暗がりに待たせ、木組みの門の横の番所に居た張り番の二人を仕込み笛の吹き矢の毒針で殺害する。地獄からの脱出に躊躇いと道義の感情は捨てねばならぬ。 暗がりで待ちながら、凡平の心は「おりんを江戸まで連れて行くんだ」という使命に支配されていった。新河岸の船着き場には、すでに芋が積まれ、武州川越から、江戸花川戸までを結ぶ平田船が待っていた。「おお、凡平、遅かったじゃねえか、筆おろしは済ませてきたのか、、」 昨日まで一緒に船で働き、新河岸、花川戸間をいったり来たりしていた仲間の左七だった。「左七どん、頼みがあるんだ、一生のお願げえだ」「なんだい?最後の願いなら言ってみな」 凡平は柳の木の下で待っている、おりん、といっても着流しの若衆だが、を手招きした「この男を一緒に江戸まで乗せてってもらいてえんだ、只とは言わねえ、五両出す、たのむ」 船頭の左七は五両の大金の前に吃驚して頷くしかなかった。船は夜、新河岸を出て、日が明ける前に、江戸の花川戸へ着いた。ーーああ、江戸だ、生れてはじめての自由だ、、ーー 花川戸で船を降りたおりんは、大川の朝風に吹かれ、吾妻橋のてっぺんから江戸の町を眺めていた。東の空から真っ赤に燃えるような陽が昇ってきた。おりんの心は、闇を抜け出て高揚していた。ーーもう、なにがなんでも落ちるものか、女を食い物にし、穢金の裏で薄笑いを浮かべている悪に仕返しをしてやるのだ、ーーー 十二歳の時、黒蜘蛛の権八に犯されて以来、忘れていた『笑み』がおりんの顔に浮かんだ。だが、その『笑み』の中にはすでに暗い歪んだ憎悪が住み着いていた。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2019.05.30
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芋畑の芋虫 もじもじもじもじ 芋の葉 ぱくぱくぱくぱく 芋虫見つけて殺される、芋虫見つけて捨てられる、 産まれたことが罪なのか、生れたところが穢土なのか、 芋虫 もじもじもじ 芋虫死んだ、 凡平は武州川越の在で粗末な納屋で暮らす、芋畑の貧乏小作人の三男であった。凡平の両親は上州舘林の百姓だったが、飢餓が続き、潰れ百姓になり、土地を追われ、武州川越までたどり着いたときに、広大な芋畑を持つ、赤沢庄三郎に拾われたのだった。 凡平一家が芋畑を這いつくばって働いても、畑持ちにはなれやしない生涯家畜のような生活ではあったが、芋の端くれだけは食えたので、家族五人芋粥を啜って食いつなぐことだけはできた。ーぷーっ、ぶーっ、、いい音だねえ、ー おかげで、凡平の家族の悲しい自慢は「屁」だけであった。 商魂たくましい赤沢庄三郎は、川越の新河岸から、江戸の花川戸までを結ぶ、十三里半の新河岸川を行き来する船運が繁盛をもたらしていたのに目をつけた。江戸へ向かう登り荷には芋を運び、江戸からの下り荷には花川戸近辺の長屋から下肥を買い、下肥船として、芋畑の肥料を運ぶ案を思いつき、長い平底の平田船を譲り受けた。芋畑で働く、凡平に目をつけ、五年の年季奉公で平田船の下働きとして抱えた。 船は、今日江戸へ登って、明日は下る、『飛切』と言われた超強行軍の運航舟で、凡平は船の荷捌きの下働きと、肥を集める肥掬い人夫の二人前の仕事をしていた。赤沢庄三郎の一石二鳥の商売は大当たり、ますます儲かった。船運がうまくいくと、商売上手の赤沢庄三郎は、今度は『十三里半 芋赤』という名の焼き芋屋を江戸で始めた。 ーー産地直送、川越の本場物の芋赤の焼き芋は、ほっぺたが落っこちるほどだぞーー 瓦版も使って宣伝したのが大当たりした。 商魂たくましい赤沢庄三郎はもっと焼き芋が売れて儲かるいい方法はないものかと、試案の果ての考えついたのが、焼き芋の棒て振り(行商)だった。 ーーそうだ、凡平にやらせよう、、奴は、体丈夫で、愛想もいい、肥桶を担ぐのも上手いし、焼き芋の行商にはもってこいだ、、ーー 再び、凡平に白羽の矢がたち、、凡平は江戸で、焼き芋の棒て振り(行商人)芋売り凡平として、再び五年の年季奉公をする破目になった。 凡平もまた自分の意志で人生を歩くことはできず、風に吹かれて舞う枯葉のような宿命に翻弄されていた。その凡平、江戸に行く前にどうしても男になりたかった。 武州川越の城下、善通寺の参道を逸れて、路地を入り、木組みの門を潜ると、『いろは店』とよばれた下等な淫売婦のいる岡場所があった。 軒先に『い』『ろ』『は』『に』『ほ』『へ』『と』という店の名がはいった提灯がぶらさがって、灯りが風でゆらゆら揺れ、三味の音が男の高ぶる欲望を煽るかのように鳴り響き、狭い路地には、首から塗りたくった女郎の白粉の匂いが立ち込めていた。 「安い、旨い、早い」、牛丼じゃあるまいし、何人もの客をとる、回転率で稼ぐ女郎屋だった。岡場所でもかなり下の部類で、ちょいの間38文、泊りで280文足らずの安さだったので、女日照りの貧乏人が遊ぶには手頃で、 ーーちょいと、糞してくらあ、ーー ぐらいの気楽な気持ちで遊べるのだった。 路地には男の袖をひく女郎たちの嬌声と女を物色する男たちで溢れ、暮れ六半を過ぎる頃は喧騒に近かった。汗の染み出たようなつぎはぎの木綿の着物に、腹掛、煮しめたような股引、素足に草鞋という身なりで、凡平はどきまぎしながら、その路地に入ってきた。馬鹿にされちゃいけないと、虚勢をはって路地をいったりきたりしてみたものの、何をどうしていいのかわからない。咽は渇き、白粉の匂い、三味の音、女の喧騒、もう、頭はくらくらしていた。 女というものをしらない凡平は明日には江戸の焼き芋屋に年季奉公へ行く、年季奉公と言っても身売りと変わらない。その支度金のうち100文だけを握りしめ、童貞の凡平は江戸へ行く前に、(筆おろし)をしにきたのだった。その凡平の着物の袖をグイっとつかんだのが、あの、細い切れ長の眼をしたおりんだった(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2019.05.26
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何のために生れてきたんだ、 生きるためにきまってらあね、 生きることに善も悪もあるもんか、ただ、生きることよ、 お前、自分の人生を生きてるのかい! おりんよ生きろよ、生き抜け、生ききれおりん! おりんが狐目の風葉(カザハ)の虜になっていったのは、床技だけではなかった。忍者の世界の奇異な話を聞き、忍術の魅力に取りつかれ、教えてもらったことだった。おりんが遊女として苦悶の夜の生活を続ける中で、唯一心が躍る時であった。 三尺手拭いが紐になり,鉢巻、包帯、覆面、帯、塀越えの道具、石を包んで武器にもなる。仕込み笛、横笛に仕掛けがあり、中の紙をまわすと穴が塞がれ吹き矢になる。 縄抜け、錠前外し、間接外し、変装術、声色術、忍刀、手裏剣、撒菱、仕込み針、忍び鎌、鳥の子(手投げ弾)、忍び熊手、鎹(かすがい)術、卵目潰し、忍び竹(盗み聞き)、おりんは忍術を習得することが楽しくて、風葉に習って朝まで忍術の稽古をすることがあった。深夜に、女郎屋を抜けて風葉と善通寺裏の葦の原で忍術稽古をすることさえあった。 ーーふっふっふっ、おりんは忍者として、使えるようになったーー おりんに忍術を教えこんだのは、狐目の風葉の陰謀術策であった。 「おりんさん、手伝ってもらいたいことがある、一夜、忍者の真似事をしてもらいたいのだ」おりんは興味津々、二つ返事で承知した。こんなに心が躍ることは今までになかった。暗陰の遊女暮らしの中で、唯一、心が晴れる場所だっのかもしれない。 おりんが風葉の部屋に入る、用意された黒装束に着替える、足袋まで黒い、貌に墨を塗る、背中に忍び刀、夜陰に紛れて、六尺手拭いで覆面、おりんも、忍者になったような気分だ、ーーへっ、悪くないーー 狐目の風葉が天井裏に潜り、屋根板をずらすと、人が出られる隙間が開いた。風葉が細工をした屋根返しだ。その仕掛け穴から外の闇に出ることができた。ほっーほっーと、 狐目の風葉が梟の鳴き声で合図する。ーー躊躇うな、躊躇いが命取りになる、、、吹け、門番を殺れーー おりんは、塀の上から門番二人を仕込み笛を使った吹き矢の毒針で眠らせる。風葉の後から、老中屋敷に忍び込む。有無を言わせず、屋敷用人の三人の喉を切り裂く。 奥の間から風葉が盗んだのは金ではなかった。証文の類であった。金には目もくれず、証文を胸に仕舞うと、さっと引き返した。半時もかからぬ仕事だった。 「おりん、よくやってくれた。あたいの仕事は終わった。明日はまた、知らぬ場所へ行って仕事をする。そこで、理由も中身も知らされぬ秘命を待つ。只言われるがまま動く、潜り込み、罠をしかけ、盗み、暗殺する。下忍には善も悪も存在しない。流浪の民、下忍は、しがらみの中で這いずり回っているだけだ。だからと言って、抜け忍になることは死を意味する。あたいはこの囲いから逃げることができない宿命なんだ。」 「だが、おりんは逃げられる、そして、生きれる、生きよ!おりん、生き抜け!おりん、生ききれ!おりん、いつかくる自分を生きるその日のために、体を鍛え、忍術を訓練しておけば必ず役立つ。あたいは明朝抜けるから、忍具は置いておく。おりんが使うといい」 忍術のいろはを教わった、狐目の風葉(カザハ)はおりんに「生きよ!生き抜け!生ききれ!」という言葉を残して、それこそ風のように、遊女屋から姿を消してしまった。 おりんは、風葉の言葉に誘惑され、この地獄の囲いから抜け出すという固い決心を決めた。遊女の足抜き(脱走)が死を意味することは知っている。だが、生涯生き地獄で終わる諦めなんぞは御免だ。ーこんなところに、いつまでもいちゃいけないよ、ー 酒だけを飲み、おりんの身体には触らずに、襤褸を纏った旅の僧に言われた言葉が忘れられない。ーー何のために産まれてきたのだ、女郎をするためだけに産まれてきたのか、南無妙法蓮華経ーーお前を縛っているものを自分で解くのだ、南無妙法蓮華経ーー生き方に正義も悪もない、ただ生きよ、南無妙法蓮華経ーーお前の自由の前に正義もお辞儀をする、仏さまもお辞儀をする、南無妙法蓮華経ーー穢土の闇を憎め、破邪顕正の道をゆくがいい、、厭離穢土欣求浄土 おりんは廓の囲いを破る逃亡計画と私恨を晴らす謀略を頭の中で描いた。女を地獄で溺れさせ金儲けをする人畜生は許せない、廓を破壊し、罰を与えてやるのだ。 おりんは客のつかない時間には、躰を鍛え、天井を這い、風葉に教えてもらった忍術の練習をした。客で来ていた学問所の師匠に読み書を教えてもらい、手本をもらって勉強もした。母も父も、兄弟も、岡場所の女もみな、縛られたまま、泣いて、恨んで、悔やんで、ーーどうにもならねえことにぶつくさ言ってみてもどうにもなりゃあしねえーー と諦め、地獄の底で生涯を終えてゆく。生きてはいない地虫のような生涯だ。ーー嫌だ、あたいはいやだ、そんなおかしな宿運はぶっ壊すんだ、あたいは鬼畜になる、御法度など、糞食らえだ。逃げて、恨みを晴らすのだ。仕返しをしてやるんだーー おりんの怨嗟の叫びの中に、怨霊の混ざった狼煙の種火がぶすぶすと燃えようとしていた。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2019.05.22
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薄幸焼きの串差し団子を喰わえれば、ヨイヨイたらたらたら、地獄の蓋から穢汁が毀れてるよ、アラマア、 厭離穢土、厭離穢土、ナミアミダブツ ナミアミダブツ 上州宇都宮梅里村、おりんの母、雪江が掃き溜めに鶴のような美人で、梅小町と評判だったことが、地獄の穴に落ちこむ因であった。その雪江に目を付けた香具師の元締めの甚五郎は今にも潰れ百姓になりそうな、雪江の親にわずか五両の金を渡し、雪江を妾にした。まだ、雪江15の歳だった。 雪江は毎夜甚五郎に凌辱され、やがて、雪江が孕むと、小作人の留吉に孕んだまま嫁がされた。小作人の留吉は孕んでいても、別嬪の雪江と暮らせることに不満はなかったが、雪江の産んだ娘、おりんの種が甚五郎であったため、おりんを憎み、疎み、殴り蹴り、虐待した。 飢饉の年、年貢納めのできぬ留吉は、百姓相手の小金貸しの熊五郎に、返せる当てのない借金をし、遂には田畑を取られ、三十路を過ぎてもなお妖美な美貌の母の雪江を、熊五郎に盗られ、自らは納屋で首を括った。辛苦の串差し団子の始まりであった。 母のお雪は毎夜熊五郎のおもちゃにされ、お雪の身体の具合が悪くなると、お雪を子分どもに廻し、連日凌辱され、やがて梅毒に罹り、美貌の顔の鼻がもげ、醜く腐り、挙句狂死したのであった。 熊五郎は泣き崩れていた十二歳のおりんを、配下の博徒、黒蜘蛛の権八に売った。母に似て、目鼻立ちのはっきりとした器量よしのおりんが権八に羽交い絞めにされ、有無を言わさず犯されたのは、権八の屋敷の下働きとなって五日後だった。 13歳で身ごもり、河原の石で腹をうち堕胎させられた。14歳でまたも孕み、冬の川へ身を投げたが、死にきれず、川に赤い血が流れた。 権八はそれをみても、まだ、おりんの体に覆いかぶさった。さらに、権八の息子の九助までもが犯しにきた。腐った親子丼の腐臭があった。 おりんは苦海穢土でのたうち回っていた。躰だけではなく心もずたずたに切り裂かれていた。ーひでえ話だが、江戸の貧農ではよくある話、罪にもならねえ話だとよー 雪の降る夜、嫉妬に狂った権八の妻女のお豊が鎌を持って斬りつけてきた。「お前は鬼畜女だ、愚女だ、妖魔だ、死ね!」と、鬼の形相で襲いかかってきた。おりんは無我夢中、必死で逃げた。おとよは追わない、おりんがいなくなればいいのだった。 暗い過去から逃げれるとでも思ったのか、おりんは、昼は、廃寺の縁の下へ潜り込んで寝、夜になると足が擦り切れても、暗闇を歩いた。 三日間歩き、武州川越へ辿り着いたが、人別帳もない無宿者では、働くところも、住む場所もない。 「仕事有り、下男下女」という口入屋(職業斡旋屋)の看板につられて店の暖簾を潜る。だが、口入屋孫兵衛はこれはと思う女は騙して、岡場所へ売り飛ばす女衒まがいの悪だった。 おりんの姿は顔も髪も、手足も泥だらけ、着物も臭く、とても見られたものではなかったが、女衒の孫兵衛の眼は素人ではない。 色白、きめ細やかな肌、おちょぼ口で鼻筋が通り、豊かな黒髪、涼しい目元、うりざね顔のおりんの器量を見ぬいていた。 ---磨けば、上物に化けそうだ、いい値で売れそうだな--- おりんは風呂場で磨かれ、髪を結い、白粉を塗り、紅を引き、綺麗な着物を着せられ、三日間、店の奥間で過ごし、孫兵衛が一晩おりんに覆いかぶさった翌日、善通寺参道横の『いろは店』に年季のない一生廓つとめの条件で五十両の高値で売られた。 結局、逃げても身を隠すのは女郎しかなかったのだ。何のために川越まで逃げてきたのか。暗鬱な宿運を呪った。おりんは笑みを漏らすことのない暗い遊女になった。男を咥えても愛想がないと、やりて婆に叱られた。 『いろは店』には、様々な男がやってきて、女の狭間で男の精を爆発させていった。商家の番頭から丁稚、旅芸人、中間、下級武士、職人、寺の坊主、浪人、博徒、手習いの師匠、おりんは、そんな男たちの話しから、まだ見ぬ世間を垣間見た。 おりんの隣部屋に風葉(カザハ)という女郎がいた。暗い冷たい眼をした女で、人気もなく、あまり客がつかない。十日に一度の間隔で、重蔵という四十絡みの男が訪ねてきては、寝るでもなく、ひそひそと話をして帰る。不思議な女であった。 その風葉が、どぶの中をもがいているような生き様に同情したのか、おりんに心を許し、客のいない暇な時間におりんの部屋にきては世話を焼いた。 ーあたいは女忍者、忍者でも下の下、下忍なのー 女は狐目の風葉(カザハ)と呼ばれた女忍者だった。忍者といえば、なんだか格好もいいが、乱波(甲州忍者)のなれの果て、忍者が活躍できたのは遠い昔の話、天下泰平、平穏な江戸の時代では、どこの大名からも声がかからず、幕府お抱えのお庭番(隠密)以外の忍者は無用の長物だった。武田家滅亡の後、闇に生きる乱波(甲州忍者)は、武士、商人、百姓でもなく、身分もなく、陰に隠れ、風のように生きていた。 その風葉からおりんが教えてもらったのは、くノ一(女忍者)の床術として、男を喜ばせ、とろけさせ、男を夢中にさせる床技、男の放出を自由に加減する秘技、男がいざ、闖入という時、微妙な手の動きで股をまさぐる、たいていの男はそこで果てる。手淫の術。男のあしらい方の手練手管、遊里の色道のいろはを教わった。 おりんが風葉の話で、もっともためになったことは、梅毒を防ぐ塗り薬をもらい、避妊術を教えてもらったことだった。おりんは、母が鼻がもげ躰が腐って狂死した梅毒が怖かった。 現に『いろは店』の遊女は三十路前(みそじまえ)に病気になって死んだものが多かったのである。孕むことも二度の地獄の辛酸を舐めていたので恐れていた。 おりんは、風葉にどんどん引き込まれていく自分を感じていた。 ーーそれが、女忍者風葉の奸略だともしらずに、、、、ーー(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2019.05.19
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タイムマシン、タイムトラベル、タイムスリップ、時間ループ、パラレルワールド、その他時間に関係する本、映画、マンガ作品を紹介するブログを新規立ち上げました。本ブログの姉妹ブログです。どうぞ一度遊びにおいでください。↓下記URLをクリックしてね(^_-)-☆ http://ryuugorinji.livedoor.blog/作:蔵研人※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2019.05.13
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杖に縋るとも人に縋るな、と言いますけど・・・ 阿蘇の麓の山奥にある杖優温泉で 旧友たちと十年に一回集合するのを楽しみにしていました。 ところが、一月前から、膝が痛くよたよた歩くのがやっと、階段ときたら、手すりにつかまり、片足づつでなければ登れない、降りれません。変形性膝関節症という病名。 それでも、行かねばならぬ、膝に溜まった水を抜いてもらい、ヒアルロン酸の関節内注射をしてもらい、痛み止めの薬を飲み、湿布を張り、消炎の塗り薬を膝の周りにぐりぐりと刷り込み、バンテリンの膝サポーターをつけ、杖を頼りに、痛くとも死ぬわけではないと、悲惨な覚悟で、羽田到着まで2時間分の余裕を見て、親爺の遺品の杖に縋りながら、いざ出発したのです。 まず第一関門がバス、自宅そばのバス停から、駅までは約30分、丁度通勤時間帯で座席確保が難しい。満員のバスに杖で体を支えながら乗り込み、シルバーシートの前まで進み、席を譲ってくれと神頼み、ニキビ面のぶっきらぼうな高校生、ぱっと席を譲ってくれました。「ありがとうございます、助かります。」 ひとまず、ほっとしました。外面と違って親切な高校生でした。感謝です。駅に着き、転ばぬ先の杖、慎重に慎重にやっとの思いでホームまでたどり着きました。 電車も通勤時間で混んでいたが、杖に縋り、よたよた歩く老人が痛々しかったのか、スマホに夢中な様子の若き女性、こちらに気付くと、さっと立ち、「どうぞ」と、席を譲ってくれました。 助かったあー感謝です。杖に縋っている人には皆優しいのです。この杖さえあれば誰でも助けてくれる、、魔法の杖のような気さえしたものです。多分、優先席で寝たふりをしている人も、本当に困っている人かどうか判断に迷っているだけなのです。 困った人には本当に皆親切なんです。杖が困っている人という合図だったのでしょうか、乗り換えた山手線でも、浜松町からのモノレールでも、みなさん、快く席を譲ってくれました。ああ、感謝感謝で無事羽田空港までつくことができました。 さて、羽田飛行場第一ターミナル。飛行場は広い、搭乗口までは随分歩く。案内カウンターで車椅子を借りることにしました。本当に親切です、飛行機の座席も前方の座席に変更していただきました。 優先搭乗でキャビンアテンダントの女性が座席まで案内してくれました。熊本空港につくと、降り口に車椅子が用意されていました。兎に角、飛行場は体の不自由な人には本当に親切でした。感謝感謝、助かりました。 こうして、よたよた歩きの杖つき老爺はなんとか熊本空港までたどり着いたのです。さて、ここから杖優温泉行きのバス。乗降客もまばらな、バスによっこらしょ、と乗り、二人用の椅子をドカンと占拠して一安心。 青葉がきらきらとした山道を抜け、渓谷が見え、川を挟んであっちからこっちから立つ白い湯けむりが昇りるところまで来ると、いよいよ温泉に来たなという気持ちになります。杖を突きながらよたよた歩きの爺、なんとか旅館に到着です。「ゆっくり温泉にお浸かりください、いいお湯ですから、お帰りには杖はいらなくなりますよ」と、女将さん、明るく笑う。 旧友たちはもう、宿についていて、軽く一杯やっていた。源泉かけ流しの秘湯は濁り湯で、硫黄の匂いが立ち込めていました。泉療法効果、腰痛、変形性関節症、腰痛症、神経痛、五十肩、打撲、捻挫、運動麻痺における筋肉のこわばり、疲労回復、うつ症状の回復、に効果がある療養泉なのでした。すぐに膝痛などよくなりそうな錯覚に陥ります。 早速旧友たちをを誘って露天風呂に直行です。湯舟には、老人ばかりがゆったりと湯につかっていました。私、旧友、を含め湯治客の老爺老婆のほとんどが杖を突いていました。なるほど、それで、杖付き老人に優しい温泉、膝痛に効果のある杖優温泉と呼ばれているのでしょうか。 三日間、どっぷりと温泉に浸かりました。なんとなく、膝の調子も良いようでした。帰りもまだ杖は手放せませんでしたが、やはり、人は杖つく人には優しく、席を譲られ、無事ご帰還となりました。 ~杖があれば、杖さえあれば、ルンルン~ ~杖があれば明日があるさ、杖があれば希望があるさ夢がある、ルンルン~ 悪癖になりそうな魔法の杖でしたが、杖がどんなに助かるかを実感した旅でした。助かりました、ありがとうfございました。 おっとっと、、そのつづきがまだあったのです。家に帰って、よくぞ、九州までいってきたものだと自分を誉め膝を誉めました。人の親切に感謝、杖に感謝、車いすに感謝、いい旅でした。 温泉の効果なのか、膝の痛みも消え、ようやく、自分にも春が来たのだと、軽いステップまで踏んで、嬉し酒で乾杯しました。ところがです、その日の夜から、突然のように膝が猛烈に痛み出し、寝床で動くこともできずにのたうち回り、ほとんど眠れずに朝まで膝の痛みに泣いていました。「どうしたのだ?温泉効果は?」 あっ、そうか、もう、治ったと判断し、痛み止めを飲まなかったせいだろうか? 翌日、早速に整形外科の山田先生に診てもらう。「炎症が治まるまで安静にしてくださいと言ったと思うのですが、無理しませんでしたか。そうとう悪化してますよ、暫くは、副作用もありますが、痛み止めを飲んで、動かさないことです。膝はだいぶ悪化したので、長くかかりそうですね、、」 九州に行っている間は、きちんと痛み止めの薬を飲んでいたのでした。それで、痛みがなかったのでした。痛みがないだけで、膝関節症は悪化していたのです。それにしてもよく効く痛み止めよ、騙されました。誑かされました。 とほほほ、がっくり、あれから、ひと月、膝の痛みは消えていません。一進一退良かったり痛かったり、どうやら、杖が一生の友になりつつあるのです。作:下肥 流行※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2019.05.10
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駐車場、待っているのにいつまでもスマホいじるな車の中で目の前に話し相手がいるだろうスマホいじるなランチのときに見渡せば電車の中は全員がスマホいじりで指の体操作:河村 道玄※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2019.05.07
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マンガだけは誰にも負けないくらいよく読んでいたひろし君だが、小説はおろか絵本の類も読んだことがなかった。母親のみつ子は、そんなひろし君を見ていて、このままではバカになるのではないかと心配でしょうがない。 そこで梅が丘商店街の外れにある書店に行き、店主に小学三年生が読める小説を探してもらった。それが『とんち彦市』という小学生向きの読み物であった。 はじめは余り興味の湧かなかったひろし君だったが、産まれてはじめて読んだ小説の面白いこと。二流マンガよりずっと面白いし、いろいろな知識が身についたような気がするのであった。 子供の彦市が得意のとんちで、殿様たちを感心させる話なのだが、読んでいるひろし君も感心してしまうくらい、素晴らしいとんち話が次から次へと、たくさん出てくるのだ。ひろし君の目前には、なんだか長い道がずっと広がって見えるような気がしたものである。 それから3か月後に、商店街の小旅行があった。貸し切りバスで江の島へ海水浴に行くのである。バスの中は床屋のおじさん、酒屋のおばさん、米屋の娘たちなど、よく知っている顔で満杯だった。 皆が歌を歌う。米屋の由紀ちゃんが、美しい声で皆がよく知っている唱歌を歌った。拍手喝采である。ひろし君は音痴なので静かにしていたが、妹の知子がマイクをとった。彼女は由紀ちゃんと同い年である。歌ったのは歌謡曲の『ドドンパ娘』で、ドスとコブシ回しが子供と思えないほど上手で、これまた拍手大喝采だった。 ところが父の紘一郎は気に入らない。「子供は由紀ちゃんのように童謡や唱歌を歌うものだ」と知子に文句を言い続けている。そう言いながら、自分は一杯入った勢いで『芸者ワルツ』なんかを歌ってしまう始末。そして歌い終えてから、「こりゃあ、子供の教育上よくないかな」などと笑いながら言い訳するのだった。 一通り皆が歌い終わると、今度はお約束のバスガイドさんの歌がはじまる。さすがプロ級の上手さに、またまた拍手大喝采。そのあとにいよいよ、ひろし君が待ちわびた『なぞなぞタイム』が始まったのである。 「英語で月のことを『ムーン』と言いますが、太陽のことは何というでしょう?」商店街で英語のできる人は少ないが、中学生で参加していた少年が「はい、サンです」と当たり前の回答を返した。(それじゃあなぞなぞにならないじゃないか)ひろし君は、じっくり考えてみた。 そしてはっと気が付いて手を挙げる。「ホエールズです。大洋ホエールズです」とプロ野球の球団名を回答とした。「お見事、当たりです」とバスガイドが答える。 「それではもう一問、日本で一番有名な花は何という花でしょうか?」。「はい桜です」(またまたこれはなぞなぞなのに、バカな奴ばっかりだな)またひろし君が手を挙げる「相撲の若乃花です」。「またまた大正解、坊やは物知りだね」とバスガイドがお世辞を言う。 「ひろし、凄いじゃないか」と紘一郎に褒められたせいか、俄然ひろし君は調子に乗ってしまった。そして「今度は僕がなぞなぞを出します。お日様は、朝と夕方は大きく見えるけど、昼は小さく見えるのはなぜでしょう?」 バスの中はしーんと静まり返ってしまった。誰も分かる者などいるはずがない。ひろし君は確信した。そして「ガイドさんは分かりますか?」と追い打ちをかけたのである。ここまでやると可愛げのない餓鬼に成り下がってしまう。 そして場が白けているのもお構いなしに、得意になって解答を説明するのだった。「お餅に例えれば簡単です。つきたての餅はふんわりと大きいけど、だんだん小さく固まってしまいますね。でもそれを食べるときに焼くと、ぷーっと膨らんで大きくなりますよね。だから夕焼け小焼けと言うのです」 「君は東大に行けるぞ!」と大歓声、そしてまたまた拍手大喝采。ひろし君は嬉しくって堪らない。紘一郎も満足そうに頷いている。ただこれは『とんち彦市』の中のお話をそのまま流用しただけであった。でもひろし君にとっては、めったに褒められない『紘一郎の心証を良くした記念すべき日』だったのである。作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2019.05.03
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