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小説 「scene clipper」 Episode 42「K wife」 タップすると上妻に繋がる。 「・・・・・ よう電話番号覚えてたか」「まあそう言うな」「仕事なら、今のところ無い、悪いが・・・」「いや、前回たっぷりもらってるから心配ないよ、しかし200とはあの作家、はずんでくれたもんだな」かすかに上妻の笑い声がした「どうした?」「いや、あれだな・・・俺らまだダチの濃さ変わってない、そう思ってさ」「意味を聴いてもいいか?」「ああ、俺らの会話、相も変わらず贅肉まったくなしで良く繋がって成り立つもんだなって」「あたり前だろうよ・・例えお前にぶん殴られても俺は腹を立てる前に、『何か訳ありなんだろう』って考えるからな」「・・・ま、そんなもんだろうな・・・ところで本題に入ってみるか・・・」「ああ、実は近々大分に行く用事ができて、それで仕事のスケジュールを確認しようってわけだ」「ん、大分・・・親父さんの法事か?」「いや、別府の田島の叔父さんの墓参りなんだ」「おう、あの人な・・・さっきも言ったが丁度今なら仕事の依頼はないから行ってきたらいい・・・マリさんも連れていくんだろ」「その方がいいかな・・・」「けじめ、つけとけよ、そろそろ」「・・・・・・・・」 別府の田島家へ電話を入れると従妹の京子が出て何時でもいいと快諾してくれた。ケンに電話して三日後ではどうか打診してくれるよう頼み、その日の内にお任せするとの返事をもらった。 One by one one by one one by one one by one 最近のルーティンというか、10時頃になると近くのスーパーにマリと2人で行き昼飯と夕飯の食材の買い出しに行く。その帰り道は何時ものように十号通り商店街を北へ戻る。 「マリ、俺ちょっと大分に行くことになってさあ、叔父貴の墓参りなんだけど、お前一緒に行かないか?」「え、・・・いいの?一緒で・・・」「ああ、俺の従妹に紹介しときたいし、どうだ」まず、指をからめて「嬉しい」と言い、頭を俺の胸にあずけてきた。 「そうだ、言っとくけど、墓参り最初は俺と親友とで、その後で俺とマリとでな・・・」「?・・・・・」いつもありがとうございます。よろしければお読みいただくと励みになります。
2024.06.20
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小説 「scene clipper」 Episode 41 「ところで・・・」青木氏は何かしら意を決したように切り出した。何か問われそうな予感がして、リョウは青木氏の顔にピントを合わせた。 「わしは今夜以降君には会うまいと決めていた」「そんな・・・」「いや、君と私は住む世界がまるで違う。」「それは・・・承知の上でした。でも自分はケンさんを信じています。ですから青木さんにお会いすることに危惧はありませんでした」 一瞬ケンの視線を感じ取ったリョウが視線を合わせるとケンは嬉し気に頷いた。 「そうか・・・ケンが気を許すはずだな。甘えるようですまないが、今後もケンと仲良くしてやってくれるかね?」「はい、勿論です」「そうか、ありがとう・・・ところで君に最後の頼みがある」「なんでしょう?」「実は君の叔父上の墓参りがしたいのだが。案内してもらえないだろうか」「はい、恐らくそう仰ることになるかも知れないと、思っていました」「そうか、流石だね。スケジュールは君に合わせるから、よろしく頼みます」と青木氏は再びリョウに頭を下げた。 「分かりました。明日仕事の日程を確かめてからケンさんに連絡するということでよろしいでしょうか」「結構です、よろしくお願いします」和やかな雰囲気の中で散会の乾杯を挙げた後、リョウはケンに送られて笹塚に戻った。 ケンはリョウに礼を言い、リョウはケンに「水くさい」と言い、二人の男は気分の良い笑顔を見合って「じゃ」「うん」とマリのマンションの前で別れた。 ピンポーン♪ドアが開いてマリが顔を見せた。「随分久しぶりのような気がするんだけど、気のせいかしら?」 (今日はマジで優しくしないと・・・)リョウは本能的にそう直感し行動に移すことにした。 翌朝、珈琲のいい匂いで目覚めた。隣で寝ていたマリはいないが・・・キッチンから鼻歌が聞こえてくる。♪夢でもし会えたら♪吉田美奈子!これはすこぶる上機嫌だぞ。よしよし♪いつもお読みいただきありがとうございます。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
2024.05.23
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すみません、初めにお断りさせて下さい。今日は小説の更新ではありません。今日、2024年5月16日は歌手西城秀樹さんの七回忌です。何故この記事を書くのか・・・ですよね。実を言うと、以前にも西城秀樹さんのことについてお話ししたかもしれません。旧ツイッターには書きました。けれど今日は七回忌なので、特に回顧する気持ちが強くて・・・もし興味のない方はどうぞスルーしてくださいね。では、回顧していきます。あれは私が22歳の時でした。私は原宿の軽食レストランでバイトをしてました。そのお店は私たちの世代にはとても有名なお店で、有名人もしばしばしば訪れますし、雑誌に載せるためにモデルさんがお店の外で撮影したり、有名人のインタビュー記事を書くために使われることもありましたので売れっ子の歌手が来店するのは珍しくは無いのですが、ある日特別なオーラを身に纏った方が入店されたのです。その頃には有名人を見てもほとんど緊張しなくなっていた私が、私の目が点になったのです!(^^♪背は高く、足も長く、おまけにルックスまで普通ではなく・・・いや、やはり際立っていたのは西城秀樹さんのオーラでした。その頃私はホールでは古い方で、混んでない時は後輩に任せてたのですが、その時は誰よりも早く西城秀樹さんを含む3人さんが席に着いたテーブルに注文を取りに行ったのです。すると・・・「僕はアメリカンコーヒーを下さい」ここは西城秀樹さんの声を思い出してください。^^あとの2人、雑誌社の方と多分西城秀樹さんのマネージャーさん。このお二人は「ホット」「同じの」違うでしょーそうじゃないでしょ!メインのスターが「僕はアメリカンコーヒーを下さい」でしたでしょうが!(あなた方はもっと丁寧な対応を心掛けるべきでしょうよ!) ↑ 私の心の声です私の対応は、ちゃんと西城秀樹さんのお顔を見ながら、「かしこまりました」普段よりずっと丁寧な対応だったと覚えています。^^どうです皆さん?私のような無名のただの従業員に「僕はアメリカンコーヒーを下さい」ですよ、しかも上からの目線ではありません。あの優しい目でおっしゃったのです!!!!!^^感動しました。普通なら他のテーブルにもしっかり目を配るのですが、その時は西城秀樹さんの後ろ姿に見入ってました。そして淹れたての珈琲を誰にも渡さず、西城秀樹さんのテーブルにお運びしました。皆さんどうか見て聞いて覚えておいてください。西城秀樹さんの言葉私が丁寧にアメリカンコーヒーを西城秀樹さんの目の前に置きました。「ありがとうございます」どうです?これあの超有名な西城秀樹さんがただのウエイターである私めに言って下さったのです!あの爽やかな声で・・・。西城秀樹さん、あの時は優しくして頂いて本当にありがとうございました。私はお経を読めますので、一人静かにあの時の光景を思い出しながら西城秀樹さんの七回忌を期に、他人に対する思いやりを教えて頂いた、西城秀樹さんの優しい面影を偲びたいと思います。お時間ございましたらポチっと応援お願い致します。
2024.05.16
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前回までのあらすじ 青木氏は、およそ人前で見せたことのない涙を流し、歯をくしばっていても形容し難い声音が歯の隙間から漏れてしまうのか。誰も身動きすら出来ないでいる。瞬時迷ったが、リョウは話を続けることにした。小説 「scene clipper」 Episode 40 ところが、リョウの話はここで一旦途切れることになった。青木氏がリョウの話を受けたかたちで自らバトンタッチを買って出たのである。 「リョウさん、ありがとう。叔父さんから頂いた握り飯のあの・・・あの何とも言えず美味しかったあの味を思い出したよ・・・あの握り飯は私にとって世界一の、そして二度と味わうことが出来ない最高の味だった。それを私は一人で全部食べてしまったのだが・・・」 リョウは喉の渇きを覚え、目の前に置かれたグラスに手を伸ばした。オールドパーは氷が解けて薄くなっていて一気に飲み干せた。 青木氏が続ける 「あれから叔父さんが『わしの家について来い』と言うので私は言うとおりについて行った。行く宛てがなかったし、あの人からは、人に疑いを持たせない、そんな人間の大きさのような、オーラというのかな?・・・それが伝わってきて、この世のすべてが信じられなくなっていた私だったが、あの人は信じられたし、甘えることができた。 叔父さんの手作りだという家には、その時すでに職人さんが2人住み込みでいて、私は物置小屋の土の上に、藁で編んだむしろを敷いて寝泊りさせてもらったんだ。粗末だと思うだろうが、橋の下とは雲泥の差、天井はあるし、板壁もあってね。夏とは言え川を渡る風は、朝方になるとやはり涼しすぎて身に応えたものだった。それに比べれば物置小屋と言っても随分と心地よくてね、久しぶりに熟睡できたっけ・・・」 青木氏も喉の渇きを覚えたのだろう、テーブルに置いてあったグラスを持ち上げるとウーロン茶を飲み干した。 そして、両の膝頭に手を置いて遠くを見る眼差しとなった。時と場所をこえたそのまなざしは、まぶしいほどに澄み切っていて少年の頃にもどったかのようだ。同時にリョウは叔父からこの物語を聞いた日にもどり、そして今、この東京で青木氏の眼差しの中に時と場所をこえてやってきた!そんな錯覚にとらわれていた。その言い知れぬ感動は、青木氏の物語を聞き始めて、いつの間にか芽生えていた期待に似た想いを超えていて、子供の頃に親から褒美をもらった時の喜びを思い出し、リョウは心と身体にふるえを覚えた。 何時も応援、コメント頂きありがとうございます。随分と更新に手間取ってしまいました。上記のようなあらすじでごめん下さい。^^;どうぞよろしくお願い致します。
2024.04.11
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小説 「scene clipper」 Episode 39「事実は小説より奇なり」イギリスの詩人バイロンが言った言葉が元になった慣用句とされている。そのバイロンの文章は下記の通りである。「奇妙な事だが、真実だ。真実は常に奇妙であり、作る事よりも奇妙である」だから「事実は小説より奇なり」であり、これからその実例が展開されていく。 「あれは終戦直後昭和20年の暑い夏だった。空襲で家を焼かれ・・・両親も焼け死に・・・たった一人の兄は19年に戦死していて、わしは文字通り天涯孤独の身となった」 青木は天井を見上げると大きく息を吐き、そして目を閉じた。恐らくは当時を回想していたのだろう。やや間があって目を開けると、目に前のグラスを持ち上げ残っていた半分ほどの水割りを一気に飲み干した。誰一人、口を開くものは無い。青木会長が次に発する言葉のみ、それだけがこの場の重い空気を変えてくれるはず。セキュリティ上前方向に五感を集中していなければならない者たちは前を向いてはいるが、耳は会長に集中してしまっている。普段ならケンは厳しく注意を促すのだが(この空気だ・・・入口にだけにしておくか)一歩後退して会長の死角から外れ、手を上げる入口の警備担当がハッとして我に返りケンを見た。目を険しく光らせて首を横に振るケン。担当者たちは慌てて頭を下げ、入口に向き直った。 「ある日、近くに住んでいる夫婦が訪ねてきた。その人たちは普段から良くしてくれていたのだが、前日はわしの両親の火葬や埋葬を何もわからない少年だったわしに代わって手続きをしてくれた」「そのご夫婦が言うには『以前、青木君のお父さんから聞いたんだが・・・お父さんの親戚が大分県にいるらしい。そこを訪ねてみてはどうだろう』『大分県・・・ですか?』『ああ、九州だよ。九州の大分県。温泉の街だ・・・』「かれの奥さんが口を添えた『別府だよ、九州の大分県別府市だってお母さんがそう話してた・・・』そう教えてくれてね・・・」「東京、いや関東一円にも親戚はいない・・・母方の叔父が深川に居たんだが終戦の年の3月10日、あの下町大空襲以来連絡が取れなくなった・・・なら、もう九州に行くしかない・・・」そこまで話すと青木はケンを振り返った。「ケン、烏龍茶を頼んでくれ・・いくら飲んでも酔えやしねえ」「わかりました、おい」側にいた若い者が直ぐに応じた。 青木氏はリョウに「別府にたどり着いてからの話は、あまり面白くないんだ・・・期待していた親戚も空襲で亡くなっていたし・・・」「そこでだ、君が叔父さんから聞いたという話を聞かせてもらえるならば、君にバトンタッチしたいんだがどうだろう?」リョウはしっかり頷いていた。 「分かりました、お話します」「おお、そうか、是非とも頼む」会長は頭を下げていた。 初めて見るその姿にケンは驚きを隠せないでいた。やがてリョウの言葉は、奇跡的な出会いが、過去から現在に続く糸のように、新たな章を紡いでいきながら、青木の心深くに秘められていた温もりをよみがえらせていく・・・リョウはそう願っていた。 「暑い日でした。私は夏休みを利用して叔父の家に遊びに来ていました。その日、叔父はたまたま仕事が一段落したとかで私を川に連れて行ってくれたのです。春木川という川です」 青木氏が膝を叩いて「それだ!春木川だよ!思い出せなくてねえ、そうそう春木川だ・・・あ、すまない続けてください」「はい、その春木川ではカニが獲れまして。それが美味しくて、持って帰るとカー姉が茹でてくれて、美味しいんですよー・・・あ、カー姉というのは私の叔母で、私の母の妹なんです。叔父と結婚して田島姓になりましたが・・・あ、すみません話がそれましたね」「構わない、続けて・・・」「はい、その日はカー姉が弁当を持たせてくれて、お昼に川の土手で食べていた時でした・・・目の前に橋が架かっていたのですが、叔父が急にその橋を指さして言うんです。『ここじゃあ、ここにあのボウズがおったんじゃ・・・』 そう言うんです」リョウは見た。青木さんが膝の上に置いていた手を握りしめるのを・・・「ボウズって?」「おう、あれは戦後間もない夏の暑い日じゃった。今日みたいにのう・・・仕事の帰り道じゃったが、その橋の下に人影が見えた。誰じゃ思うて近づいてみたら、子供やった」「子供が橋の下におったの?」「ああ、わしが近づいていくと驚いたのか、慌てて飛び上がった・・・ずいぶんと痩せておった・・・子供に見えたがよく見ると、まあ尋常小学校は何年か前に卒業しとるようだったな。14,5歳かな?そんなところだった・・・逃げ出しそうになったからわしは引き止めた。『お前、なんか悪さしたのか!』そうするとその少年は立ち止まって振り向いた」「おれは何もしてません!」「そうかそんなら逃げることはない・・・お前痩せとるなあ、なにも食っとらんのやないか?」「親戚を訪ねてきたけど、空襲でやられたらしいんです・・・」「どこから来た?」「東京です」「そりゃあまた難儀したもんじゃのう・・・」わしは竹の皮に包んでもろうた握り飯を持っておったことを思い出してな・・・ 「ほれ、たいして量はないが腹の足しにはなるやろう」そう言うてボウズに差し出したが、受け取ろうとせん。「子供が遠慮なんかするな、子供は食うて寝て大きゅうなるんが務めじゃ、ほれ早く食え!」「その少年はとうとう我慢できなくなって、叔父からおにぎりを受け取ると貪るように食べ始めた、と・・・」 リョウは得体のしれない気配を感じて話を止めた。すすり泣くような声とも言えない異様な音が、意外な方から聞こえてきた・・・青木さんだ。膝の上で握りしめた拳をぶるぶる震わせながら、耐えようとして耐えきれない、およそ人前で見せたことのない涙を流し、歯をくしばっていても形容し難い声音が歯の間から漏れてしまうのか。誰も身動きすら出来ないでいる。瞬時迷ったが、リョウは話を続けることにした。 つづくいつもお読みいただきありがとうございます。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
2024.02.25
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小説 「scene clipper」 Episode 38 やがて車は甲州街道を走り、永福入り口から首都高に乗った。そして高井戸ICから中央道に入り某ICで下りて目的地に着いた。約50分の行程だった。 新宿の都庁が間近に見える場所からわずか50分で緑豊かな場所に身を置ける。便利と言えばそうではあるが、やはり日本は狭い。車を降りて砂利道の中を歩く。木々に遮られて表からはほとんど見えなかったが風情のある和風の建物、いうならば茶寮と言う類である・・・そこに入るのかと思っていたが玄関脇の木立を回り込むかたちで、なんと地下に下りていくではないか。 (なるほど、邪魔者は進入禁止というわけか) 外には目立たぬように警備の若者がいたが、ここはさすがに手薄なようだ。ケンにエスコートされて奥へ進む。(いましたね、大物が・・) 「やあ、いらっしゃい。遠いところまでお呼びしてしまって申し訳ない」席に腰を下ろしたままではあるが、両手を膝において頭を下げて迎えてくれた。それにはリョウとしても礼を持って応えなければならない。 「いえ、わざわざお迎えの車を寄こして下さり、ありがとうございます」「うん、うん、まあ座ってください」会長は何故か嬉しそうである。そしてケンさんに「ケン、客人を席にご案内せんか」ケンは若い者(ケンもそれほど年配では無いが)に何かしら指図をしているところで、会長を振り向いて「はい、ただいま」そう言って若い男たちに「頼んだぞ」と言った。恐らくはこの場の警備について指示を与えていたのだろう。 振り返ったケンは会長の意向を尋ねるべく腰を曲げて顔を伺った。会長は「そちらに」と言ってすぐ前のテーブル側の席を指さした。ケンは敬意を持って頷いた。(リョウさんに対して、すでに心を開いておいでになる・・滅多にないことだ) 「リョウさん、こちらへ」「うん、ありがとう。会長さん失礼します」「会長さんは堅苦しいな、青木でいいよ」「はい、わかりました」「先ずは乾杯しよう。君はなにを飲みますか?遠慮なく言ってくれるといい」「では、スコッチウイスキーを頂戴します」会長が頷きケンが「オールドパーで?」それにリョウが頷き、ケンは傍にいた女性に頷いて見せた。 やがて乾杯が済むと会長が口を開いた。「今朝、君に会って、何かしら特別な感じがあった。それでご招待したんです・・・わたしらの稼業は資格など要らないが、鋭い直感を持たない者は上に行けないし長生きもできない。なに、長生きしたい訳は自分の為じゃない。私についてきてくれる者たちの生く末を安堵しておきたいからなんだが、これが中々難しい・・・」なんだか分かったような気がしてリョウは頷いていた。「今日はわたしの直感を試させてくださるか?」「・・・・はあ・・・」 ケンは驚いていた。会長が実は真面目な性格であることは承知していたが、今日のリョウさんに対する態度はいつも以上に丁寧であるからだ。「わしは今朝、君に会って閃いた。『九州、あの方』とね」「九州は大分が私の郷里ですが・・・」「おお、そうかね!やはりそうだったか!」「会長・いえ青木さんも九州の・・・」「いや、私は東京の出身だ。だが戦時中空襲で家も家族もみんな失った・・・」 「そうでしたか・・・」「それでね、親戚を頼って九州へ、大分県の別府市に行った」「え!」今度はリョウが驚くことになった。「別府は父の生まれ故郷です」「何!」会長は思わず立ち上がり驚愕の眼差しでリョウを見据えた。「それは本当なのか?」「はい、母は小倉育ちですが父は生まれも育ちも別府です」会長は腰を下ろしたが、目の前のリョウを凝視したままである。やがてケンを振り返って「ケン、わしの直感は大したもんだぞ!」なんだか他人ごとのように言う会長だがその興奮の度合いも今までに見た事もないものであり、ケンは目が離せなくなった。 「リョウ君とやら、君の父上の名前は・・・」「はい、山本と申します。山本太一です」「・・・山本・さんか、田島さん、ではなかったか・・・」「田島なら私の叔父に同じ名前の者がいますけれど・・・」「なに!君の叔父さんだと!」「はい、叔父は父の一番下の弟ですが、小さな頃遠縁に縁有って養子に行ったと聞いています」「それで、君の叔父さん、田島さんのお仕事は?」もはや会長は恐ろしいほどの形相で矢継ぎ早にリョウへ訊ねる。「はい、叔父は建設業を営んでおりました」「ケン!やはりわしの直感が当たったぞ!」ケンはただ頷くしかなかった。リョウはもう訳が分からなくなって困っている。そこへ 「実はな、わたしは君の叔父さん、田島さんに大変お世話に・・・というより恩人なんだよ田島さんは!いや有難い!」訳を知っていて喜び興奮しているのは会長ただ一人、他はケンもリョウもみんな訳が分からないから立ち尽くしているしかない。いつもお読みいただきありがとうございます。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
2024.02.08
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小説 「scene clipper」 Episode 37 「ケンさん、あれに乗るのかい?」リョウは歩みを止めると隣を歩いてたケンにそう尋ねた。 「ああ、リョウさんが了承してくれたらあれでお連れするようにと、会長がそう言われたんだ」「ありがたいね」「ありがたいとは、嬉しいね」「本音だよ、こんなでかいベンツ初めて乗るんだから」 再び歩き始めると助手席のドアが開き若い男が降りてきて後部座席のドアを開けてくれた。リョウはケンに言われて先に乗ったが、間際にドアを開けてくれた若者に軽く頭を下げ、後部座席に乗り込む時には車内全体に向けて「失礼します」と声をかけた。 それを見てケンは少し安心した。 ケンが乗り込むとドアを閉めた男は助手席に戻る、一連の動作によどみは無い。やがて大きなベンツは走り始めた。 「リョウさん、落ち着いてるなあ、一般人にしては」「うーん、緊張はしてるけどね今までの経験上ケンさんのような男は友達を裏切らないでしょ?」「当たり前だけど嬉しいね。けどその自信はどうやって身につけたのか聞かせて欲しいな」「そうだねえ、自信ってほどじゃないけれど、経験を通して分かったことがあって・・・」「ほう、どんな?」 「そうだな・・・ある時歩いてて都内のあるお寺さんの前に通りかかったんだけど、そこに何故か例の元気な街宣車が止まっていてね。数人の男たちがお寺さんの門の前で奇声を上げていたんだ」「うんうん」ケンは興味を覚えたようだ。「それだけならまあ、我慢できたんだがよりによってそいつら、数珠を編み上げの長靴で踏みつけてやがった。とても見ないふりは出来なくてそいつらに向かって『この罰当たりが!!』て怒鳴りつけたんだ」「おやおや、リョウさん短気だねえ」 リョウの目が光りケンを見た。ビクっとしたケンにリョウは言った。「俺のオヤジが僧侶だったとしてもか?」「え!そうだったの?いや、聞いてないからさあ」「そうか、ごめん知らなかったよね話してないもんな、俺こそごめん」リョウは苦笑いしながら頭を下げた。 「いや、それなら話は分かるカッとなるよそりゃあ」「だよね、で、連中は瞬間口を開いたまま啞然としてたんだけど、その後烈火のごとく怒り始めて」「だろうな、それで」話の展開が気になったらしくケンもリョウの隣の若い男も、前の二人までもがリョウを注視しはじめたが「こら!ちゃんと運転してろ!」とケンさんに叱られてしょげかえってしまった。全員目は前方を向いてはいるが、耳だけはしっかり機能を全開にしてリョウの話を聞き逃すまいとしている。それはやっぱり気配で感じるものだ。 「それから人数が増えてね、俺は近所の食べ物屋に連れて行かれて、食べてる最中のお客さんも怖がって出てくし店の人も奥に引きこもったんだ」「そりゃあちょいとやばいな」「だろ?俺もこりゃあヤバいことになった今日無事に帰れっかなあって途方にくれつつあったんだが」「そん時俺が居たらなあ」リョウはクスッと笑って「ホントな・・・」 「そん時にね、ちょいとマズイ空気を破ってある人が入ってきたんだが、それで何だかほっとした」「・・・・?」「その他の連中にないお落ち着きがあって、貫禄っていうか、元気だけが取り柄っていうんじゃなく腹が座っていて頼れるって・・・あの状況で俺は男の力量の判断基準をはっきりと自得したと思ってる。その理由が『本当に腹の座った男は、無暗に力を振るわない』ってことだった」ケンはリョウの話に大きく頷いていた。「その男は、俺のオヤジが僧侶だったってことを聞いて俺の目を凝視しながら頷いたんだ。そして『そこで怒りを覚えなきゃ男じゃねえな。まあこいつらも体を張っていることだ、お互いさまってことで引き取ってくれ』そう言って解放してくれたよ」「そうか、話の分かる男がいて良かったなリョウさん」「うん、ホンとどうなることかって気が気じゃなかったからなあ」 ケンはホっとした。リョウなら会長の前で卑屈になることも、調子に乗って怒らせる事もないだろう、と。 いつもお読みいただきありがとうございます。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
2024.01.24
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小説 「scene clipper」 Episode 36 リョウは約束の時間より10分早く「アウチ!」のカウンターにいた。『ケンさんには随分待たせてしまったからなぁ、今度は俺が待たなきゃ』細かいが、そういう他人は気づかないところに気持ちを込めるのがリョウだ。 ドアが開いてケンが入ってきた。「リョウさん、早いね」「ここ、近いから」 「いらっしゃい、リョウさんが待ち合わせしてたのケンさんだったのー?」「リョウさん、顔広いんだねぇ」 はじめに口を開いたのはママさんで次はマスターだ。「いやーケンさんには敵わないよ」「俺は地元だから・・・」そう言いながらケンはりょうの隣りに腰を下ろした。 「ケンさん、何のむ?」「ティチャーズ・ハイランドクリームをロックでください」「かしこまり!」「ケンさんここの常連さんなんだね」「どうして分かるの?」「だって、マスターが『かしこまり!』っていうのは一見さんには無しでしょ?」「・・・・・・」 ママがちょいと驚く「ええ!ケンさん今まで気付かなかったの?」「・・・・・・」 「驚いたねこりゃ・・・」「そう言うなよリョウさん・・俺けっこうそういうとこあるんだよ」「そうなんだ、覚えとくよ」 カウンターの内と外で笑いが起きて酒の席が弾んだ。けれどその賑やかさも僅か10分ほどで、ケンが水を差した。 「リョウさん、実は頼みがある・・・」「なんだい改まって」「うん、実は朝に笹塚駅前で会ったでしょ、うちの会長に」「ああ、覚えてるよ・・・」「どうか、断らないで欲しいんだけど・・・」「・・・ひょっとして俺に会いたい・・とか?」 ケンがカミナリに打たれたように仰け反った! 「どうして分かる!?」「なんとなく、・・・予感だよ、そんな予感がしたんだ」大きく息を吐きながらケンが言う「あんたやっぱ普通じゃないよ、会長が初めて会って一言挨拶を交わしただけの人を飲みに誘うんだからな、前代未聞だ」 「ええ!あの会長さんが飲みに誘うって・・・リョウさんを!」「マスターもびっくりでしょ・・・」「前代未聞だよね正しく・・・」「大袈裟だなあ二人とも」マスターとケンさんが同時に「大袈裟じゃないって!」とリョウを責めるかのように殆ど叫ぶように言った。 ケンはこんな早々に会計を済ますことを詫びながら立ち上がり、リョウも何故かケンと並んで頭を下げた。 「アウチ!」を出て3分で甲州街道に出る。そこにはでかいベンツが停車していた。 何時もお読みいただきありがとうございます。今回もよろしくお願いします。
2024.01.20
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上の写真は、今回のストーリーの現場から甲州街道を挟んで向こうに見える京王線笹塚駅の旧駅ビルです。※今回の写真も東京の友達、S・W君が送ってくれたものです。S君ありがとう!小説 「scene clipper」 Episode 35新谷健一がいつになく会長の存在を忘れて車窓から歩道に目を向けて身を乗り出した。 「どうしたケン?」「会長申し訳ありません。大事なお勤めの最中であることは承知の上でお願いがあります」「何だ言ってみろ」「はい、そこの歩道をダチが歩いております」「あれか?」会長と呼ばれた人物が身を乗り出し歩道を見ながら訊ねた。 「はい、滅多に会えません」 同乗する部下たちは怪訝な顔つきである。会長を本部まで無事に送ることは非常に重要な任務であることは誰でも知っているし、過去に新谷がこんな私用で車を止めてくれるよう願い出たことは一度としてないからだ。 会長は頭を下げる新谷健一の目を見て「お前にとって大事な男はわしにとっても大事な男だ。許す、松永止めてやってくれ」会長の指示に運転手は「はい」と返事をしてブレーキを踏んだ。 「新谷さんが降りられる、そっちから一人お山の左につけさせてくれ」松永が車載電話で指示を出したのは後続のベンツで、お山とは会長のことである。 指示を受けた男がドアの前に来るとケンは会長に頭を下げてドアを開けた。 「おおい、リョウさん!」 今朝のリョウは一人でオールナイトを観て新宿からタクシーに乗り笹塚駅前で降りて反対側に渡り、歩き始めたところだった。 「やあ、ケンさんか・・・長い間飲みに誘わないままで済まない」と頭を下げた。「ほんとだよ。もう忘れられちまったかと思ったぜ」「いや、ほんと申し訳ない・・・」「今日はどうだい?俺はあと小一時間もするとお役御免の身になるが」 リョウは『断れないな』と判断しこう返事をした。「これからマリの部屋で昼まで寝ようと思ってる。それから昼飯食ってそっから今日は予定ない。それからで良ければ俺に異存は全く無しだよ」「そうか・・じゃあ一時過ぎに電話入れていいかな?」「OK、きまり。待ってるよ」 一度は殴り合った男たちが嬉しそうに笑みを浮かべて手をあげて離れていった。男というのは不思議な生き物である。新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。ポチっとですね。^^;
2024.01.07
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今年も今日で終わります。1年間、大変お世話になりました。明年もどうぞよろしくお願い致します。令和6年が皆様にとってより良い年となりますように。 マトリックスA追伸これから久しぶりに同級生数人と会います。一昨年先に逝きました親友を偲んで多分酒盛りになります。年賀のご挨拶はやや遅くなるかもしれません。(二日酔いが予想されますので)悪しからずご了承下さいますと有り難いです。
2023.12.31
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小説 「scene clipper」 Episode 34 「水道道路レイバン事件」 ある年のある日。都内の某「〇〇〇ヶ丘高校」正門前、目の前に杉並区 と新宿区を結んで甲州街道と平行に走る「水道道路」がある。正式名を「東京都道431号角筈和泉町線」という。 この道は、かつて東京の広範囲に飲料水を供給するために設けられた淀 橋浄水場(淀橋は現在の新宿駅・西口の一帯・新宿区 西新宿を指す地域 の旧称)から杉並区の和泉給水所を結んでいた玉川上水新水路を埋め立 ててつくられたため、「水道道路」と呼ばれている。因みに、かのヨドバシカメラの屋号は旧地名「淀橋」に由来するのだ そうだ。 正門の前にバス停があって、リョウたちが通りかかると女子高生たち が、集まっていて何やらざわざわしてる。テレビかなんかの撮影でもしてるのか?と立ち止まってみた。 そこには、彼女たちの視線を一身に集めてる男が一人。バーバリーのコートをさりげなく着こなし、レイバンかけていて、そ れもキマっていた。ハードボイルドだ! そうだお前はゴルゴだ! 中野通りも近いこと だしさいとうプロダクションのスタッフが通りかかるかも知れない。 女子高生たちの熱い?視線を浴びた彼の思考回路は、きっと冷却ファン を必要とするほどにヒートアップしていたのかも知れない、いや、きっ とそうに違いない!その爛れそうに熱を帯びた思考が彼をして、何らかのパフォーマンスを 見せてあげなければ!それが彼女たちの視線に応えることだ!とでも行き着いてしまったのだ ろうか?アイドルでもないのに・・・ その時、夏でもないのに「アンパンマンみたいに飛んでみたら?」など という異常な妄想にとらわれつつあったリョウの目の前で、それは起き てしまった!彼の妄想がゴルゴモドキに移ったのか? 彼は跳んだ!片手をコートの ポケットに入れたまま歩道からガードレールを跳び越えて水道道路へ!そう、ゴルゴは、たとえモドキと言えどもバスなんか待っててはいけな いんだ! そうだタクシーに乗ろう! 選択は正しかった・・・だが着地がまずかった! ガードレールは予想外に高かったのだ。彼は、あろうことかガードレールに足を引っ掛けてしまい、顔面から着 地したのである!! 無残!!慌てて起き上がった彼は、愚かにも女子高生たちを振り返っ た。 私は目撃した。レイバンは片方だけそのままで、もう片方は真ん中で折 れ曲がり今にもズレ落ちそうだ。 おまけにレンズも無くなっている!なんという哀れな姿!! 女子高生たちの溜息は、大爆笑に変わった。頬のすり傷も痛々しいレイバンの男は、丁度通りかかったタクシーに助 けを求めた!さらばだゴルゴ未満の男よ! お大事に・・・以来、笹塚を中心に「レイバン事件」は長く語り告がれ ていく・・ 広めたのは誰だ・・・? 「リョウさんしかいないでしょ!その時目撃したのはリョウさんなんだ から!」 マリと水城が声を大にしてそう決めつけるのだが 二人のこの見解を、私は未だ、認めたわけではない・・・ 女子高生なのかも知れないじゃないか・・・。 何時も応援、コメント頂きありがとうございます。 今日もよろしくお願いします。
2023.12.19
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小説 「scene clipper」 Episode 33 上の写真に写っています「代一元」です。京王線側から甲州街道を挟んで反対側に見えます。ビルの右側に黄色の看板が見えます。アップではないので分かり辛いですが、これも貴重な写真です。何故かと言うと、何時もなら甲州街道を絶え間なく行き交う車に隠れてしまってなかなかこんなふうには見えません。これも正月の時分だと分かります。笹塚駅前の写真とおなじくS・W君がLINEで送ってくれたものです。S・W君ありがとう! さあ、このお店に水城とマリと私を入れて3人で食べに行きます。因みにこのお店「代一元」は大衆食堂のような所謂「街中華」と言われる気軽に楽しめる中華屋さんです。3人は「代一元」の暖簾の前に立った。リョウが暖簾をくぐろうとすると、水城が首を振って押しとどめる。「何だよ・・・」「レディファーストでしょ、マリさんどうぞ」と暖簾を手の甲で押し広げてマリをくぐらせた。「ありがとう水城君・・・先に入ろうとした誰かさんと違って優しい・・・」マリは俺の顔を見て柄にもなく品を作りながら入っていく。俺は水城に一言くれてやろうかとしたが、視界ギリギリのところで脚を組むのが見えた。「リョウさん、ホント好きねタイトスカート」ここは何も反応しないでおくのが正しい選択だろう。リョウはマリの隣りに座り水城がその横に座った。「さて今日は・・・」とメニューに目をやる「フンフン、今のは賢い。無反応なのが大人って感じよ」「・・・・・・」「大将、僕は餃子とビールください」「あいよっ」「水城昼間からビールか・・大将彼が未成年かどうか確かめなくていいの?」「大丈夫、彼は高校生の頃から来てるから、あれからもう5~6年は経つよね」 水城は嬉しそうに「はい」と元気よく返事をした。ほう、ここの大将がこんなに愛想よく接客するとは知らなかった・・・。「じゃあ私は天津飯をお願い、あと、リョウも餃子食べるでしょ?」 頷く「餃子も・・二つください」「はい」最後かよ俺が・・・その時例の音がした。カラッと揚げた太麺の入った斗缶のふたを開ける音だ!「五目堅揚げそば」がリョウの好物だと覚えてからここの大将は斗缶のふたを開けて用意するようになったのだ。そして悔しいけどその魅力に負けて「五目堅揚げそば」を注文すると勝ち誇ったように無言で白い歯を見せるのである。なのに今日もまた「五目堅揚げそば」と言ってしまった。どこまで好きなんだ。そして嬉しそうな大将の声が「あいよっ」 おまけにニヤついてるし・・・「どうしたの?悔しそうな顔してるわね」マリが心配そうに顔を覗き込む「悔しいさ、でも仕方がないんだ」「・・・・・」やがてリョウの前に降りてきた「五目堅揚げそば」は気のせいじゃなく大盛りだ。勝者による敗者に対する余裕の慰めか!でもやっぱり美味しいし大盛りにも無言で感謝した。 やがて3人は「ごちそうさま」を言い店を出た。 「リョウさんごちそうさまでした」と二人が言い、「スカートのスリットは前じゃなきゃだめなのか」と言うリョウに、「リョウが嫌ならやめるけど嫌じゃないでしょ?」とからかうマリ「いいっすねえお二人は仲が良くって・・夕子どうしてるかなあ」水城がつぶやきリョウとマリは吹き出してしまった。 腹を満たし、軽口を叩きながら歩いていたら水道道路に出た。右を向いて、つまり東の方に行けば新宿の都心に出るが、それよりずっと手前であの事件が待っていることをこの時、誰一人予想できる者などいるはずもなかった。 (写真の代一元は2022年7月時点営業中でしたが、残念ながらその後閉店してしまったそうです。残念!) いつも応援頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。
2023.11.29
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小説 「scene clipper」 Episode 32 「もしもし・・・」「水城です・・・二人して何を熱く語ってんすか?」「え!おまえ今?・・・」「見えるところにいますよ、当たり前でしょ・・・お二人の姿を見て電話してん ですから」 リョウは首を高く伸ばして辺りをまるで潜望鏡のように見回した。 「あ、そこかあ・・・で、なんでスマホなんだ?こっち来いよ」 水城君、仕方なさそうに、電話を切ってやってきた。 「・・・たく状況が分かってないっすねえ、周囲の視線に気付かないんです か?」 水城にそう言われて再びロビーを見渡すと・・・怪訝な顔してこちらを見てた人 がカウンターに向き直る、若しくはリョウと目が合ってそれまで見ていたスマホ の画面に目を戻す人、等々、かなりの視線を浴びていたのに気づいた。 「ね・・」「ああ、そんなに声大きかったか?」「はい・・よく注意されなかったですねえ・・皆さんほんとお騒がせしました」 水城が周囲の人たちに向けて頭を下げた。リョウとマリはさすがに居たたまれなくなり立ち上がって軽く頭を下げ、速足 で信金の出入り口に向かった。「もういいんじゃないですか?ここまで来れば」 いつの間にか信金の建物が見えなくなる曲がり角に来ていたのだ。 「いや参った、参った」「何が参ったよ!リョウがあんな訳の分からない説明を長々としてるからじゃ ない」 「おい、それはないぞ。説明してくれって言ったのマリじゃないか!」「だって、あんなに面倒くさい話になるなんて思わないもの!」「もう、いい加減にしてくださいっ!もうお願いしますよ・・・」 俺とマリはこの時初めて水城に頭を下げた。悪さして𠮟られた子供のよう に・・・。 と、神妙にしている2人を見て水城は密かにほくそ笑んだではないか。こういう時の水城って何か「美味しいこと」を考えているんじゃなかったか?リョウさんよ! 「そうだ、今日久しぶりに夕子が里帰りしたんでパチンコやったらメッチャ勝 っちゃって!昼飯、お二人に日頃お世話になってるから、お返しに奢らせて もらおうかなってさっき南台に行ったらそば屋のケンちゃんに会って「なん かさっき西〇信金に入ってくとこ見たよ」って。で、来てみたんですよ」 「ほう、それはいい心掛けじゃん。なあマリ・・・」 「・・リョウさん読めてないねえ、水城の顔に何が書いてあるか・・・」 「水城が何だって?・・・」 「マリさん正解!今日は立場逆転してますよね」 「水城、いいこと教えてあげる。さっきねリョウさんの口座に上妻さんからギ ャラが振り込まれたんだよ。結構貯めてたし」 「あ、それすごい情報!決まりですよね。リョウさん今日は『代一元』でいい すよね?」 リョウは横目でマリを睨むと 「余計なこと言ってくれてありがとうよ・・・」と言った。 「どう板橋区(『どういたしまして』という意味のギャグ。ごく仲間内でし か通用しない )」 ※この後、おまけの画像有ります。この小説にちょっと味付け♪ おまけ! さて、今日はこの小説の主な舞台の一つである京王線笹塚駅前の甲州街道 と例の歩道橋の写真を皆さんに見て頂きましょう。以前私が懐かしがっていたら中野育ちの友達、S・W君がわざわざLINE で送ってくれていたものです!S・W君本当にありがとう。 これは確か正月の写真だと思います。東京の街がこんなに車も人通りも少ないのって、盆と正月くらいなので。いつもお読みいただきありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.11.22
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小説 「scene clipper」 Episode 31あの後、南南食堂の大将が「マリちゃん、もう許してやってよ、いつもの通り悪気はないんだし、リョウさんだし、ね」という援護射撃を受けてリョウは店を出た。マリの手を取って・・・一度は振り払われたが二度目で許された。そして二人して環七の手前、杉並区方南町方面に向けて歩き始めたのである。 「ん、入ってる。C十G万(ツェ―ジュウゲー万=15万)か・・・上妻と二人でE十万(ェージュウ万=30万)と・・・まあまあだな」表に名前が出ない創作者のギャラはこんなもの・・というか名無しの権兵衛でいる内は文句なんて言えないのだ。それでもリョウの場合、上妻のご両親が口利きをしてくれている関係でフリーのコピーライターの方の収入は安定しているとは言えないが年に200から500万(幅は広い)はある。なので苦手であり他には誰にも贈らないお中元もお歳暮も、リョウは欠かさず上妻のご両親にだけは贈らせてもらっている。南南食堂で朝食を済ませた後、二人は10分ほど歩いて西〇信用金庫方南町支店のATMでリョウの通帳の記入を済ませた。マリはリョウにぴったり身体を寄せて通帳を覗いていたのだが、意味不明なことを言うリョウの顔を眉間にしわを寄せて見上げた。「ちょっとリョウさん、そのツェ―ジュウなんとかって何?」「ああ、これはな・・・業界用語だ音楽業界のな・・・」「説明を要すぞ私には」リョウは辺りを見渡して待合の一番後ろのイスを指差してマリを座らせた。「さっき食ったばっかだから、ちょっと座ろうぜ」「OK・・・」「音階ってあるだろ、ドレミファってやつ」「うんうん」「あれアルファベット表記だとどうなる?」「・・・・・わかんない音楽の授業って退屈だったし」「だよな、俺だってガッコで教わる音楽には興味無かった・・・」「へえ、ライブハウスに浸るような人がね・・・」「俺だけじゃないだろうけど、俺らビートルズで音に目覚めたから、それまではな」「うん、それ分かる」「・・・・・・・どこまで話したっけか」「っとね・・・あ、ドレミファのアルファベット表記が何だとか言ってた」「今度はちゃんと最後まで説明させてくれる?わかんなくなるから」「あ、ごめん・・聞く・・・・けど、途中で相槌を打つてのはいい?」「それはさあ、お前が理解できてるかどうか知るためにも是非やって欲しいことだな。良い悪いじゃなくて必要だと思うぜ」「あ、分かった・・・うんそうだよね」 「・・・・・・・・」マリが「え?」という顔して「え?」と言ったあと続けて言った。「あれだよアルファベット表記、ドレミファの・・・」「・・・わかってる・・・あれを、C・D・E・F・G・A・Bと表すんだ」マリちゃんはいったん頷いたもののすぐさま首を傾げた。「さっきリョウさんが言ってた言葉が出てこないよ・・」「そうだな、うん確かに・・・音楽っていうとヨーロッパって思わない?特に作曲家っていうとバッハとかベートーヴェンとかこの二人はすぐに思い浮かぶだろ?」「何?突然音楽家の名前上げて・・・でも、うんそうね、その名前は私でもすぐに思い出すけど・・・」「だろ、二人共ドイツ人だ。他にもドイツの作曲家って多いし、オーストリアだってほぼドイツ語圏、特に若い世代はドイツ語でって聞いたよ。だからなんだろう、アルファベットをドイツ語読みするんだ。」「へえー知らなかった」 「でな、Cはツェーと読み、Dをデーと読む。あとEはエー、Fは・・まんまエフ、でGはゲー、Aはアー、Bはべーと読む。ここまではいいかな?」今度はマリちゃん頷きもせず、すぐさま首を傾げた。「で、この7つの音階は1・2・3・4・5・6・7とする。これを金額に当てはめたんだな誰だかが・・」「・・・・・・」けどなんとか頷いた。「で、さっき俺の口座に振り込まれていたのは15万円だね。先ず10をツェージュウ、次に5は?・・・ゲーだな。それを続けて言うとツェージュウゲー万となる、ジュウはまんま十、単に日本語で言うわけ、分かるよね」「・・・めんどくさいんだね音楽やってる人って」「まあ、そう言えば・・・けどさあ、人前で15万円て口に出すとなんか生々しくないか?」「うーん、まあそう言えばそうかな、と・・・」「こいつ、人が一生懸命に説明してやったのに・・・」マリが何か言い返そうとした時、リョウのスマホが鳴った。何時もお読みいただきありがとうございます。今日もどうぞ宜しくお願い致します。
2023.11.17
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小説 「scene clipper」 Episode 30電話だ・・・今日2回目の朝飯中断! 最初のは仕事の電話、上妻からで、「マリさんのClip記事、とりあえず3カット分だが某放送作家が「使う」ということで局でギャラもらったから今日中に振り込んでおくよ」 「おう、ありがと、また飯おごるよ」「なら明大前になかなかのカレーショップ出来たから、そこで」「おう、分かった、そっちの都合のいい日時決まったら電話くれ」 で、スマホの電源切ってすぐのこと。しかし、今度も好ましい相手だという直感がした。 「リョウさん起きてた?」「おう、マリ、当たりだな」「何が?」「大事な相手だという直感が当たったっていうこと」「それは大当たりだねえ」「ああ、もう朝飯食ったかい?」「まだだよ、それより先に聞いておきたい声があってね」「またそんな、朝っぱらから俺をその気にさせないでくれよ」「うふふ・・・ところで何処で何食べようか?」 15分後、杉並区方南町 定食屋「南南食堂」(なんなんしょくどう)リョウは結構な速足だったからすでに中にいたマリは彼が足を止める音で到着に気づいた。『カララッ』この店は福寿と違ってまだ新しく両開きの扉はアルミ製だから滑りが滑らかだ。「らっしゃい!」「おはよう、大将、相変わらず太ってんな」「余計なお世話だよっと・・・あ、リョウさんと待ち合わせだったんですか?」大将がマリに向き直ってそう言った。白い歯を見せたマリに「今日はえらくご機嫌だと思ったらそういうことだったんだ」 マリはそれには答えず、彼女の向かい側に腰を下ろしテーブルに乗せたリョウの左手に右手を重ねた。 「まあ、笹塚のお姫様にまた春が来たんだねえ・・・」これは大将を手伝っている彼の母親だが、まるで江戸の昔の奉公人が主筋の良縁を喜んでいるような口ぶりだ。「お姫様って、またずいぶん時代がかった言い方だなあ、おかあちゃん」 「そっか、リョウさんは知らないんだね。マリさんのご先祖様は内藤家3000石の大身旗本だったんだ、だから世が世なら長女のマリさんはお姫様に間違いないってことなんだよ」「え、そうなんだ」おかあちゃんの解説に大きく頷いたリョウはマリを振り返って 「3000石っていうと水城んとこの3倍強じゃない。 こりゃああれだなちょっと考えなきゃだな」「何を?」「いや、格が違うだろ・・・うちは800年続いてるって言っても 農家だからね・・・」「それで・・」(彼女の目の色に気付けば?リョウさんよ)これは大将の心の声だが 出来れば口に出して欲しかったな。リョウは特に意識したわけではないが、左手薬指をこすっていた。 こすっていながら目を上げた瞬間に失敗を悟ったのである。 そこで緊急避難行動をとることにした。「マリ、俺の目を見ろ!」そう言ってリョウは大きく目を見開いた。「はあ!?」「いいからよく見てみろ!」 カウンターの奥で大将はしゃがみ込み笑いをこらえている。リョウの意図が見えたからだ。(多分あれだ、以前も連れの客が機嫌を悪くした時やったあれだ、相手の気を逸らすというか、はぐらかすって寸法だな。ちょっと狡いが上手くいくときもある。リョウさんは結構上手いぞ、はぐらかされてやんなお姫様) 「だから、あんたのその目を見て何があるっていうの!」 (えーい、一か八かだ!こんな時は勢いのある方が勝つ!)もうやけくそである。 「マリ!俺の目の奥を見ろ」「あんた馬鹿か!?活きの良くないマグロのようなその目の奥に何があるって言うんだい!」「わかんねえかなあ、見えねえかなあ・・・『反省』っていう字が書いてあるだろ?良―く見てくれよマリちゃん・・・」 マリはたまらなくなってついに噴出した。「プツ! コンチキショー!訳の分かんない・・ことを・・あ、は、は~!」 カウンターの中でも約一名、腹を抱えて笑いながら 「バカだねー!リョウさんよー勘弁してくれよー、堪んねえよ~笑い過ぎて、あ、涙でてきたじゃねーか!」 他の客とおかあちゃんは狐につままれたように呆然としている。 いつも応援、コメント頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.11.04
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小説 「scene clipper」 Episode 29 マリっぺは手際が良い。きっと料理が得意なんだろうな・・・いい情報だ。 「ウマい!」リョウはマリの料理の腕を褒めたたえるように目を瞠ってみせた。「気に入った?」「ああ、毎日でも食べたいね」「・・・それってもしかしてプロポーズ?」 はたしてリョウはやや不機嫌になった。 「ごめん、今の忘れて早とちりなのよあたしは・・・」マリはそう言って俯いた。 「勝手に誤解してんじゃないよ」 思い切って顔を上げたマリはリョウの顔がまた上機嫌を取り戻しているのを見て、安堵のため息をもらした。 「男のタイミングを横から勝手に持っていくんじゃないって、そう言いたかったんだよ俺は」「ごめんなさい・・・」マリは今にも泣きだしてしまいそうである。 「だいいち、このシチュエーションでプロポーズは無いだろうよ」「わかります、ほんとごめんなさい」「今日、プロポーズしようかって思ったけど、そういうわけで延期するけど異議は無いね」「はい・・・」そう返事をするとマリはすっくと立ち上がってパウダールームに消えた。 「ドン!ドン!ドン!」「え!?マリっぺ!?」 「あーもう!あたしのバカ、あたしのバカあたしのバカー!」 マリっぺのこういうところ、可愛くて可愛くて・・・我慢できない。 「マリっぺ・・・」「え、?」マリは壁をたたくのを止めて振り向いた。「言っただろ、可愛いこと言ってると食っちまうぞって」「あ、はい」マリが片手を可愛く上げた。「なに?」「歓迎します」もうダメだ!・・・ 皆さんも若かりし頃のあんな事、こんな事思い出してみたりしますか? ^^;いつも応援、コメント頂きありがとうございます。今日もどうぞよろしくお願い致します。(^^♪
2023.10.29
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前回はここら・・・多分。「私なら、一人で大丈夫だから」「いや、俺が大丈夫じゃないから」「・・・世話の焼ける男だこと・・・」北沢ロフトの入り口が爆笑に包まれた。 小説 「scene clipper」 Episode 28 あれからリョウとマリは明大前で京王線に乗り換えて笹塚で降りた。甲州街道を渡る歩道橋の途中でマリが口を開いた。「ねえ・・・」「ん、?」「さっきどうして代田橋で降りなかったの?」「ドアが開いた時に何故それを聞かなかった?」「・・・降りて欲しくなかった、からかな」 つい振り返ってしまう。「そんな可愛いこと言ってると、食べちまうぞ」「いいよ・・・」 もう我慢できなかった。リョウはマリをグッと引き寄せると彼女の唇を塞いだ。自分でも意外なほど、けっこう濃厚なキスになった。(こんなに好きになっていたのか俺は・・・) マリの唇を解放すると喉の渇きを覚えた。「ビールは何をおいてある?」 (時に無神経と言われるのはこのあたりか?)「キリンかな・・・?」「じゃあコンビニに寄るか、俺アサヒ党だからさあ」「お腹も空いたしね」「おでんとかでいいかい?」「うん、あと、あれもね」「まかしとけ・・・」 買い物済ませてマリの部屋に着いたはいいが、焼け木杭に火が付き結局ビールもおでんも二人の口に入ったのはそれから1時間後だった。 翌朝、俺はコーヒーの香りで目を覚ました。気配を感じたのかマリがキッチンから顔をのぞかせた。「おはよう・・・」男物かな・・マリは膝の上まである大きめのシャツを着ていて裾の脇から白い太ももが見え隠れする。 「おはよう、マリちゃん」「ちゃんはないでしょ、ちゃんは」「だね・・・」大きく頷いてみせるマリ。「マリ・・・」「なあに・・」「腹減ったよ、何かある?」「トーストと・・」 冷蔵庫の中を確認してから「ベーコンエッグならできるけど」「いいねえ、それ頼める?」「もちろん・・・じゃあその間にシャワー浴びてらっしゃいよ。あ、着替えないか」「大丈夫・ゆうべコンビニで買っといた」そう言って俺はコンビニの袋の中からパンツを取り出して見せた。 「おー、用意周到だね」とマリは笑った。 というわけで俺とマリは一晩でステディとなったようである。上妻と水城の顔が浮かんだ。次に会った時、異常な「好奇心」があいつらの顔に浮かんでいたら、どうやって誤魔化す?・・・いやいや何も誤魔化すこともないか。こういうところ、俺って気い小っちゃいんだよなあ・・・。いつも応援、コメント頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.09.29
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○前回はここいら辺 「今度ほんとに酒飲みに誘ってくれると嬉しいなあ」「分かった、近いうちにに必ず」嬉しそうに頷くケンさんに銀塚の冷ややかな声がかかる「ケンちゃん、行くわよ」 小説 「scene clipper」 Episode 27 嵐が過ぎ去った。大風が吹いたわけではなく、雨が降ったわけでもない。だが、リョウは己の心の中に立ちつくし、己の背骨にしがみついたまま嵐に晒されていたのだ。今の今まで・・・。 気が付けば、水城が、夕子ちゃんといて、上妻とスージーも、何よりマリが待ってくれていた。 「みんな、ありがとうな。みんなにとっちゃ退屈な芝居だったろうに」 「本当だよ、夕子ちゃんが引き止めてくれなきゃあたしは二回この店出てる」「そうだよな、悪かった本当に」そう言ってリョウは先ずマリに、それからみんなに頭を下げた。 黙って聞いていてくれた水城が可愛いことを言った。 「何すか!頭下げてるリョウさんなんか、俺見たくないっすよ!」「そう言うなよ水城、俺だって弱みのひとつくらい持ってるさ」 リョウはカウンターを振り返って「ター君、ビール頼むよ、3本くらいかな・・・」みんなを振り返ると上妻が代表して「そんなところでいいんじゃないか・・・」とまとめてくれた。 「了解、あ、これお前の口癖だったよな。(笑)」 マリが我慢してたタバコをくわえて火を付けた。 「で、あれで決着ついたわけ・・・たぶん初恋だったんだろうけど」「ああ、完全完結ドリーマーってやつだ」「何それ?」 「想像力たくましいマリちゃんでも、初めて会った人の中身見通すことは無理だよな」「あの子の今日の中身なら見えたけど・・・小3の頃からの中身なんて知る余地も・・まあ、あの子が変わってしまったってことは想像つくけど、話し聞いてて」「さすがだなあ」「・・・・・」 「そのマリちゃんの想像力、高くてせいぜいがとこ都庁展望台の200メートルほどが生活環境の巡行高度域に暮らす人の想像力のことだが、これは俺もみんなも持ってる想像力だ・・・銀塚はそれを高―い空に置いてきちゃったんだなきっと・・・」「分かったようで・・・今一つかな?」 そこへター君が来た。「はいよ、お待ち。枝豆も持ってきたけど食べるか?」 「お、いいねぇ、ター君気が利いてるねえ」「江戸っ子だからな」 「はいはい」「返事はひとつでいいって教わらなかったか?」「はい」「それそれ・・・あ、邪魔したね」とみんなを見回し、優しいター君は去っていく。 リョウはしっかり長話を聞いてくれたみんなにビールをついで回った。 そこで上妻が口を開いた。 「今日のお前の話、なんか納得したよ。銀塚が変わったのには俺もすぐに気づいたし、その原因がお袋さんの親心による束縛だってことも頷けた。けどな、銀塚が変わった原因はそれだけじゃないと感じたんだ。お前のその生活環境の巡行高度って説、あれを聞いてて直接の原因は彼女自身が創り出したんじゃないか。あまりに溜まっていた鬱憤が、極端に違う高みに羽ばたいたことで、もしかしたら彼女自身さえ想像し得なかった環境に身を置いてしまったために、性格まで変化してしまった・・・違うか?」 「違わない。それが俺の言いたかったことだ。あいつ、銀塚は昔はあんなきつい言い方をする女じゃなかった。地表近くで暮らす人だった頃、あいつも人並みの想像力を持っていたんだ。だから相手を思いやることが出来てた。よく言うじゃないか、似た者同士って。誰にでも弱いところがあるってこと、あの頃のあいつは知っていた。想像できていたんだ、もしかしたら俺たち以上にだ。だからじゃないかな、あいつは人一倍優しかった・・・そこが良かった。だけど上妻が言ったように極端に変わった生活環境の巡行高度に慣れてしまった。地表のアリが見えなく、いや多分存在さえ忘れてしまったのかもしれない」 「分かった・・・そこそこ納得できる話ね。けどちょっと疲れたから帰る」みんなも同意らしく、すぐに身支度を始めた。そんな彼らを見渡してリョウは「済まなかった」と言い、そして続けた。 「今日は水城と夕子ちゃんのお祝いだったのに、とんだ邪魔が入って、俺も結局そのお邪魔虫の片棒担いでしまって、夕子ちゃんごめんね、それに今日初参加のスージーも、ごめん!」「いえ、リョウさんの違う一面を見れて、なんか得した気分でいますから大丈夫です」「私も」これは夕子ちゃん 「いやいや、これは参った!上妻も水城も女を見る目あるよなー」「だろ!お前も見る目を養えよ」「ああ、俺は今日マリちゃんとふたりで帰るから」 「ほう、やっとな・・・」「私なら一人で大丈夫だから」「いや、俺が大丈夫じゃないから」「・・・世話の焼ける男だこと・・・」 北沢ロフトの入り口が爆笑に包まれた。いつも応援、コメント頂きありがとうございます。今回もよろしくお願いします。(^^♪
2023.09.08
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※前回のエンド「そう、そこまで分かっちゃうんだ・・・だったら山本君が世界で一番私の良き理解者になってもらえるってことだよね」 マリが席を立とうとした、ガタっと音を立てて。 小説 「scene clipper」 Episode 26 水城の嫁、夕子がマリの手を掴んで引き止める。「マリさん、もう少し・・・ね」驚いたことに、マリは夕子の言葉に従って腰を下ろした。 山本は銀塚の目を見、首を横に振ってから言った。 「それは違うな・・・おれは今日はっきり分かったんだ。お前とは生きてく高さが違うってな」「それはどういう意味?」 「うん、先ず第一にお前はお袋さんの手の届かない東京で本当の人生、お前だけの人生だ。それは他の同級生たちなら、それぞれ思春期を迎えた頃から自分なりに羽ばたく準備を始めるものだが、だけどお前にはお袋さんがいた、いつも隣にな。羽ばたくための準備は、せいぜい頭の中で計画を練る程度だったんじゃないか?」 由美は手を口に当てた。そして目を瞠る・・・『そこまで分かってくれていた』という喜びに痺れるような感動を覚えていた。しかし・・・ 「それが大学生となり東京で暮らし始め、人生で始めてお袋さんの手を離れて、羽ばたく練習を始めることになった。お前は急に空の近さを感じて躍り上がるような気がしただろう、違うか?」 「違わない、それにしてもそこまで読み取れるなんて、やっぱり山本君、私のことを・・・」 再びマリが立ち上がりかけたが、夕子に油断は無く、またしても未遂に終わる。 それでも、山本が二度目の異変に気付かないはずがない。マリを振り返って言った。「マリ、もう少し待ってくれ」 マリは「呼び捨てなんだ・・・」そう言ったが目にも口元にも鋭さは無い。 顔の向きを戻して山本は続ける。 「第二に、旅客機が飛ぶ高度ってどのくらいだ?」「条件によるけど、長距離の巡行高度なら、ほぼ1万メートルよ」「めちゃくちゃ高く羽ばたいてんだなー」「・・・・・・・」「俺の巡行高度・・・俺は空飛ぶ仕事してないから普段の生活環境の高さということだが、せいぜい20~30メートル 俺んとこ9階建てマンションの最上階だからそんなもんだ」 「何が言いたいのか分かんないわ」そこへ上妻が「俺にはなんとなく見えてきたよ」つづいてケンさんが「俺にも薄っすらと見えてきたぜ」 「何よ二人とも!少し黙っててくれないかしら」 「今の・・・」「え、何?」「自分の口から答えを出したようなもの・・・」「・・・・・・・」「昔のお前なら、さっきみたいに強い語気で人を制することはしなかったはずだ。断っておくが俺はお前がその意志を強く持ち続けて高く、自分の羽で羽ばたいたことを喜んでいるし、尊敬している」「尊敬だなんて・・・」「本当のことさ・・・少なくとも自分の進む道にまだ迷いのある俺にとって尊敬に値する生き方をお前は実現しているんだからな」「・・・・・」 「生活の巡行高度を取り上げて説明しようとしたのは、分かりづらかったかも知れないが生活環境の違いってさあ、なんかこう人の感性に少なからず影響を及ぼすってことあると俺は思っている。極端な話が内戦の続く国で暮らす人の表情って違うじゃない?」「それはそうだけど・・・」「比較してどうなのか?的を得てるのかどうか、とは思うけどな、俺たちは足元にアリが歩いているのが見えて『おっと』とよけて歩ける。けど避けたくたってお前の羽ばたく高い空からは見えないというより、アリの存在さえ忘れているだろ?」 由美の顔に落胆の色が浮かび始めた。リョウの話についていけなくなったのである。リョウは話していて、ある想いを強くしていた。 「俺はな、今あの時、上京する新幹線の中で感じたこと『俺たちが同じレールの上を走ることはもうないんじゃないかって』あの時の予感が当たっていたように思う」 「それを言うために巡行高度のはなしを?」「・・・いやもういい、忘れてくれ」「分かった、じゃあさようなら」 言うと彼女は立ち上がった。ケンさんはリョウに向けて「俺にはあんたの言いたかったこと、ほぼ分かってたよ。今度ほんとに酒飲みに誘ってくれると嬉しいなあ」 「分かった、近いうちにに必ず」嬉しそうに頷くケンさんに銀塚の冷ややかな声がかかる「ケンちゃん、行くわよ」応援ありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.08.31
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小説「scene clipper」 Episode 25 「銀塚・・・」 山本の田舎は九州だが漁師町でかなり荒っぽい土地柄のせいか小学生の時分から男子は女子を呼び捨てにする。では女子は?と言えば、男子を君付けで呼ぶ。不公平だとか傲慢だとか言わないで欲しい。特別に男尊女卑の意はなく、昔からそうなのだ。 「何?」「お前変わったな」「・・・・・」 ここでケンさんが間に入る 「そうだ、俺もそう思う、確かに由美は変わった」「なるほど、ケンちゃんと山本君には分かっちゃうんだね・・・」「自分でもそうと認めるくらいなんだから昔を知ってる俺らには隠せないさ」「分かった。どうして、そしてどんな風に変わったのか教えてあげ・・・」 銀塚のセリフを横からさらったのは山本だった。 「それは俺に言わせてくれ・・・俺には必要なんだと思う・・・頼むよ」 山本はあろうことか銀塚に向かって手を合わせているではないか! 「山本君のその目、昔から私逆らえなかった・・・今日はそれに加えて手を合わせるなんて、私に逆らう術があるわけない。いいわ、言い当ててみて」 山本は大きく息を吸って、吐いたがそれは単なる深呼吸とは違った。小3の時、銀塚が転校してきたあの日からの記憶が蘇り、映像化されていく為に酸素が多く消費されている? そんな気分を山本は味わっていた。そのための深い呼吸だったわけだ。 「お前は、登下校時とか校内で顔を合わせて俺や上妻と話をする時と、校外で出会った時じゃ様子が違ってた・・・それは、校外の時にはいつもお前の横には・・・」 銀塚の顔から笑みが消えた。 「続けて・・・」「お前の横にはいつだってお前んとこの、お袋さんが居た・・・」 銀塚の瞳が大きく開かれた。 「あれじゃあ飛べない・・・俺は中坊になった頃からそう思うようになったよ」 銀塚は体重を支える脚の力を失ったらしく、テーブルに手をついて腰を下ろした。「今思い出したんだが、俺が上京するその日、俺たちが最後に偶然出くわした場所を覚えているか?」「もちろんよ、新幹線の改札口だった・・・」「そうだ、あの時俺は既に東京での生活を始めてたお前の電話番号を聞こうと思いついた。だがその時どこからか現れたんだ、お前のお袋さんが・・・」「そ、そんな、そうだったの・・・」 「あの後、東京行きの新幹線の中で俺は感じ取っていた。俺たちが同じレールの上を走ることはもうないんじゃないかって・・・」「そんなこと勝手に決めてしまわないで!」「まあ聞け・・・あれからお前は東京で大学を卒業してCAになるために必死に努力を重ねてきただろう。その間・・・お前の隣にお袋さんは居なかった。そうだろ?お前は立派に羽ばたくことができたんだ・・・・・頑張ったよお前は、なあ銀塚・・・」 「もー!お兄ちゃんと同じこと言ってー!」ついに銀塚の目から涙が堰を切ったように流れはじめたが、僅かな間をおいて由美は涙を拭い、打って変わってその目に新たな輝きを見せた。ほんの僅かな時間の経過のあとでも、人はその次のタイミングを逃さないでいられる技をいつの間にか身につけているものだ。 「そう、そこまで分かっちゃうんだ・・・だったら山本君が世界で一番私の良き理解者になってもらえるってことだよね」 マリが席を立とうとした、ガタっと音を立てて!忘れられかけていた小説が今!などと大袈裟なキャッチコピーでしたね。応援感謝します。
2023.08.21
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8月15日、今日は終戦記念日ですね。今年もまた思うことですが、日本人による自虐史観が横行していることに驚きます。私が知る海外の友人にこの自虐史観はありません。全くゼロではないにしても日本ほどではないです。米、英、豪、カナダ、タイ、ベトナム、フィリピン、ある素晴らしい先輩のお陰でホームパーティに参加するご縁に恵まれて海外の人達と親しく会話をすることができました。一緒に旅行したり、お酒を飲む、温泉を楽しむなど交流を重ねると、普通の会話から一歩踏み込んだ内容の話が出来るようになって。政治、歴史、文化(芸術も当然)の話、そして戦争の話も。長くならないように簡潔に披瀝させて頂きますと、彼らの口から異口同音に出てくる言葉に自虐史観はほとんどありませんでした。むしろ一部の日本人(私が同伴した者の中に)に自虐史観は顕著に見られ、それを聞いた海外の友人たちは不思議そうに顔をしかめました。「自分たちの国、家族を守ろうとして戦い亡くなった軍人を何故非難する?我々の国では、政党によってイデオロギーの違いは有っても自分の国を自虐史観から貶めたり、国を守るために戦った人たちを非難することはあり得ないことだ。亡くなった戦士たちがどれだけの恐怖と闘ったと思うんだ?そんなことさえ感じられない人を私は人として信用することはできない」これはイギリスから来ていた友人の言葉ですが私は大いに賛同しました。良くないのは戦争に突入したことですが、それには様々な原因があります。突然ですが日本は仏教の一切経がたどり着いた国です。何が言いたいかと言うと、今海外、特に北米と一部の欧州で認められつつある仏教。中でも浄土真宗は北米だけで100軒以上の寺院や仏教研究所が存在するほどです。何が理由か?それはお釈迦さまの説いた「因果の法則」に感銘を受けた人が多いようです。「あらゆる物事には全て原因がある。それが様々な縁に触れて様々な結果を生む」ということです。そして「片方にのみ起きたことの原因・責任を求めるならば、それはやがて新たなる衝突の種となり、争いの原因ともなり得るのである」戦争の責任の一端を感じるならば知っておきたいものです。いつも応援、コメント頂きありがとうございます。
2023.08.16
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みなさん、こんばんは。暑いですね なので私のような凡人素人小説家はいつもに増してお頭の回転が思わしくなく、フィクションは思うように書けません。そこで思いついたのが「小説の道草」書けない時のノンフィクション頼みなのです。まず今日はというより今日もですか・・・暑くて・・・そんな夏にぴったしカンカン!(いやいや古いですね、平成生まれの方はご存じない頃のテレビ番組です)そう、夏になーると思い出す♪静かな尾瀬ーこわい話♪ん?( ; ›ω‹ ) あれは随分昔の話、私と兄と2人、居間でテレビを見てました。日テレの「11PM」これも相当に古い。真夜中に雨が降り始めたのですが、どんどん激しさを増してきておまけに雷まで!この夜の出来事をきっかけに私は雷がトラウマになったのです。雷雨は激しさを増し「あれ、今のどこかに落ちたんじゃないか?」と兄が言い、私は顔が引きつっているのを自覚していました。ピカ!と稲光が光るとほぼ同時に耳をつんざくような雷鳴が!!おまけにそれは地響きまで伴っていたから堪りません。酷く驚くと腰を抜かすと言いますが、その時は逆に兄と2人同時にソファから飛び上がってしまいました。そしてどちらからともなく、目の前のカーテンを左右に引き開けた!そこに映し出された光景は今でも瞼の裏に鮮明に焼き付いたままなのです。我が家の前方100メートルほどの所には直ぐそばのお寺の丘のような形状の墓地がありまして・・・。その真ん中には昔から一本の松の木が立っていたのですが、今、その松の木が縦に真っ二つに裂けていて・・・墓地の上部を煌々と照らしていた。あの猛烈な落雷によって枝はことごとく飛び散ったのでしょう、木の幹だけが裂けて燃えているのです・・・。なんだか可哀そうな気がして・・・兄の横顔を見ると兄も同じ気持ちだったのではなかったか・・・じっと雨の中で燃え続ける松の木の哀れな姿を見つめている。兄も私も物心ついた頃から、あの一本松を見て育ったのです。そしてその後、あの神妙な気分をぶち壊す言葉が私の口をついて出てきたのでした。私は昔から思い浮かんだことを口にせずにはいられない、そんな愚かな性分を持つ人間でした。「今の雷でお墓の住人たち起きてきたりしてね ハハハ・・・」兄の返事は痛かった(頭にゲンコ・・・)少年時代の怖くて痛い思い出でした。応援して頂きますと幸いです。(^^♪
2023.07.26
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小説 「scene clipper」 Episode 24 「プッ・・」 強い想いを抑えきれないと言うような表情のまま接近を試みたくせに、銀塚は軽く吹くと同時に口元を指の腹でそっと押さえた。俺は胸の奥がキュンとなるのを禁じえなかった。 (昔と同じだ、この仕草・・・俺の中で初恋はまだ綺麗なまんまだったんだ!整った顔立ちだが真っ直ぐな性格のせいか、可愛すぎる!だがここで反応を間違えるとこの先をリードされちまうぞ、俺!) 「なんだよ、今吹いたのは何だったんだ?」「ごめんなさい、久しぶりに会えたというのにね・・・」「本当にな、相変わらず・・・」「ん、相変わらず何?」また接近しようと・・・否、接近してる! こいつは昔からそうだった、男子には自分から話しかけるようなことは無いのに俺と上妻には積極的に話しかけていた・・・けど、あいつの家裕福だし学校以外じゃお袋さんがいつも隣で目を光らせていたから、何より殴り合いのケンカはするくせに、俺は女子には弱い男子だったからな・・・。告白なんてとてもとてもだった。 「あれ!?上妻君もいる!すごい!久しぶりだわー、2人一緒にいるとこ見たの!」「まあ、そんなとこに立っていたんじゃ他の客の邪魔だろ、こっちへ来なよ」 と上妻は2脚イスを引いて2脚だけになったテーブルにスージーを先にエスコートし、ケンさんと銀塚を俺たちのテーブルに招いた。 その一部始終を目で追っていたリョウは、スージーの隣に腰を下ろした上妻を睨みつけてテレパシートークをおこなった。『お前何余計なことしてんだ!俺はまだ心の整理が出来てねえんだぞ!』『良くいうよ、おれは弾を込めてやったんだ。引き金はてめえで引けよ』『なんだ、さっきまでハラハラさせられた仕返しかよ』『そうだと言ったら?』『テレパシートークじゃ収まりきれなくなって来たけど、どうする?』上妻は深くため息をついた。『・・・分かったよ、女には弱いお前には時間の猶予を与えるべきだった』 上妻は両手を上げて見せた。降参の印だ。 「これだけテレパシートークが出来るって、やっぱ俺たちゃ友達だなあ上妻くん」 上妻が降参してくれたから多少なりとも心に余裕が出てきたようだ。両手を上げて見せてくれた上妻を俺は片手で拝んだ。 「感激!2人のテレパシートークを久しぶりに見た!」銀塚女史はただ一人高校時代の自分に戻っているようだ。俺はそれには何のリアクションもせず、吹いた訳を訊くことにした。 「それでさっき吹いたのはなに?」「そうよね、あーでも私何であんな事思い出しちゃったのかしら?」 そこにマリの言葉が湧いて出てきた。「いい加減イラつくから終わらせてくれないかしら」 マリは『最大限の忍耐が限界』にあることをその言葉の深いところに一応は繋留してある。それをその場にいる全員に伝えたのだ。 「マリさん、俺の従妹が邪魔したようで済まない」「いや、あなたのせいじゃなく・・・」 「なんだ!そっちも知り合いだったの?」マリは俺を一睨みして「こっちは江戸っ子の同級生だから」「あ、左様ですか。それにしても今日は知り合いが一杯登場して、まるでテレビ番組の『あの人は今』って感じだよね・・・」 次の瞬間リョウは、一人の少女が大人になったその背景と過程について想いを巡らさずにはいられなくなる、そんな声を耳にした。 「あなた、マリさんとおっしゃるのね」「そうだけど、なにか?」「ええ、初対面の方にこんな風に言うのは失礼かもしれませんが、私と山本君、そして上妻君とは小3から中・高と仲の良かった同級生なんです。今日会うのは、多分10年ぶり・・・」「・・・・・・」 マリは、自分が腹を立てているのは、この場合そして銀塚にきつくあたるのは筋違いだったと、もう気付いているのだが、隣にリョウがいるがゆえに素直になりにくかったのだ。 それにしても、リョウは驚いた。あの大人しい、明るい性格ではあるが言いたいことを飲み込んでしまいがちだったあの銀塚が・・・(人は変わる、変われるんだ。だが何がこいつをこんな風に変えた?・・・)いつもありがとうございます。(^^♪今日も応援のほどよろしくお願いいたします。
2023.07.11
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小説 「scene clipper」 Episode 23 さてと・・・この場を〆ようとした。 「待てよ、リョウ。おっきな忘れ物があるぞ」「忘れ物?・・・・・」 しきりに首を傾げる。これはリョウの癖で、10代の頃飼っていた愛犬リリの前でこれをやると、リリもつられて首を傾げる。いつだったかリョウの母親がそれを見て笑い出し「リリ、うちの息子に変な芸を覚えさせちゃだめよ」 あれはどういう意味だったのか、リョウは未だに腑に落ちないでいる。 「おい、聞いてんのか!」「そんなに怒るなよ、らしくもない。」「別に怒っているわけじゃないが、説明してくれると言っておきながら待たせすぎじゃないかと・・そういう・・・」 (こいつスージーのこと本気だな) 「はっきり言うと、スージー君も知ってるように」スージーに同意を求める 「そう、リョウさんとわたし、同じ・・意見持っている・・? [Yes, Ryo and I have the same opinion...?] 」 「うーん、日本人はhaveを使うの下手だけど、英語圏の人は日本語話す時にも haveを忘れないって感じ、そんな感じの日本語だな」「もっと勉強します・・・」 「ま、スージー、上手な方だよ君は・・・要するにだ。上妻、お前は何ひとつ気にすることなく、スージーと仲良くしてください。ノープロブレムだ」上妻は肩から力が抜けていくのを感じた。 「リョウ、お前の日本語は英語を翻訳するより難しい時がある・・・」 リョウは笑いながら席を立ち「上妻、ここの会計は持つが翻訳料は払わないぞ」と冗談を言い、自ら笑いながら店を出ていく。 何も無かった、ここまでは。 「さてと生ビール1杯くらいなら大丈夫だよな・・・と、夕子ちゃんは大丈夫か水城?」「出来たらノンアルコールが・・・」「よし、決まった」 と、リョウが皆を連れて行ったのは、改装なった北沢ロフトである。 B2Fのぶ厚いドアを開けると心地良い音に包み込まれる。 カウンターにはライブの無い日の何時ものように、ステージ上のJBLから聞こえてくる好きな音に身をゆだねてタバコをくゆらせているター君がいる。 「よお、ター君暇そうだな」「お前もな・・・今日はいっぱい連れてんじゃない。」「おう、クラス会の打ち合わせなんだ」ター君は俺の連れを一瞥して言う「下手な嘘ついてっと何も飲ませねえぞ」「すまんすまん、ちょっと祝い事があってなその帰りだ」「ん、じゃ好きなとこに座んな」 4人掛けのテーブルに隣りのテーブルからイスを2脚借りてきて座りオーダーを終えた。 知り合いのスタジオミュージシャンがター君と友達で、俺の好きなアーティストのライブには顔パスで入れてくれるので、リョウはビール運ぶのを手伝う。 ドアが開いて2人の客が入ってきた。「いらっしゃい」目が合った。 「リョウさん?」ちょっと元気良さそうな男が俺の名を呼び白い歯を見せた。 (新谷健一・・・だな)「やあケンさん、奇遇だねえ」彼は何か言いそうになったが、連れの女性に後ろから腕を引かれて振り向いた。「どうした?」彼女の目はケンさんを見ていない。(俺?)「山本君?」その女はそう言うとケンさんの前に出た。美人だ、それにプロポーションも抜群・・・「あれ?」「何だリョウさん、由美と知り合いか?」「ケンさん、あんた銀塚(かなつか)の何なの?」俺は結構厳しい目をしていたと思う。 「こっちは俺の従兄妹だけど・・・」 この瞬間俺の頭の中は真っ白になっていたぞ、多分。「久しぶりね、山本君・・・」銀塚由美(かなつか ゆみ)は目を輝かせてリョウに近づく、その距離はリョウをして「近すぎないか?」と半歩後退させたほどだった・・・。いつも有難うございます。今日も応援よろしくお願いします。(^^♪
2023.07.03
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小説 「scene clipper」 Episode 22マリはオーダーした後、こう付け加えた。「できたら、ボンゴレロッソ2つを一番先にお願いしたいんですけど」「かしこまりました、そのように伝えます」 女性スタッフは笑みを浮かべたままそう答え、オーダーを復唱して「以上で宜しいでしょうか?」「ええ、お願いします」 リョウは自分を振り返ったマリに笑顔でこう言った。 「主役のふたりを待たせないようにか、粋なはからいだな」「まあね、あたし江戸っ子だから」「マリさん、ありがとうございます」水城は恐縮しつつも嬉しそうだ。 やがてマリの思惑どおりにボンゴレロッソがふたつ、水城と夕子の前に置かれた。『さあ、食べろよ』と言う代わりに・・・ 「水城、夕子ちゃん、おめでとう」リョウは本当に嬉しそうにそう言って、周囲に配慮したボリュームで拍手した。テーブルを祝福の拍手が優しく包んだ。 「有難うございます。みなさん・・・じゃあ遠慮なくお先に頂きます」「頂きます」 これは夕子ちゃんのかわいい声 間もなく全員にオーダーしたパスタが行きわたり、ささやかながら和やかな食事が始まった。 「リョウさん、ひとつ訊いていいですか?」「おう、なんだ?」「その『スパゲティポヴェレッロ』ですか?それ初めて聞いたんですけど、どんななんです?」 「知らない人多いから無理もないな、見てみろ」そう言ってマナー的に問題有りかもだが、音を立てずに皿ごと持ち上げて水城に見えるだろう所に置いた。 腰と首を伸ばして覗き込む水城 「・・・これ目玉焼きですよね」「そうだ、目玉焼きを2つ作って1つを取り分けといて、もうひとつにベーコンなんかを入れて適当に崩してだな、そこに粉チーズと茹で汁を加えてひと煮立ちさせて、それから麵と合わせて黒コショウと粉チーズを再度振りかけて、はじめに取り分けておいた目玉焼きをのせて出来上がり。別名を『貧乏人のパスタ』と言うんだがこれがどうしてどうして美味いのなんの、病みつきよ」 「へえ、『貧乏人のパスタ』ですか・・・名前の割に美味しそうですねえ・・・」「だよ、良かったら一口食ってみな」「え、いいんですか?」「いいから言ってんじゃないか、お前ならいいよ」「う・・・それじゃあ一口だけ頂きますね・・・うん、これいけますねえ、美味いや・・・でもリョウさんレシピも別名までも良く知ってますねえ・・・」「ああ、初めて食べた時に後でネットで調べたんだ、気に入ったからな」「僕も気に入りました。今度食べてみます・・・」 「今オーダーしたらどうだ?」「え、いいんですか?」「アキちゃん、食べれるの?二皿目よ」夕子は水城のことが心配なのか遠慮してるのかそう言った。(水城のフルネームは水城明生・ミズキアキオという) 「夕子ちゃん、俺も二皿だよ。大丈夫だって、食べれるよ」リョウは返事を待つことなくスタッフを呼び止めた。 やがて全員が・・・水城が後でオーダーした『貧乏人のパスタ』も含めて食べ終わり、水城夫妻を祝った会食は無事に・・・とはいかなかった・・・。いつも応援、コメント頂きありがとうございます。今日もどうぞよろしくお願い致します。
2023.06.22
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小説 「scene clipper」 Episode 21 「知り合い、そう知り合い、だよね?」「そう、久しぶりに会った知り合い、ね、リョウさん」 紹介した途端に上妻は焦り始めた。彼にしてみればステディな関係になりたいと考えているスージーのことを、以前から知ってる態で話し続けるリョウにやや厳しい目を向けていたのだが我慢できずに口をはさんだ。 「なんだ?どういう知り合いなのか聞かせろよ・・・。」 リョウとスージーは見合っていてスージーは『どうする?説明・・・』リョウは『伊藤さんちのホームパーティの話からだと長い・・・』と目は口程に物を言う何とかで、テレパシートークを展開しそうになったがリョウが「ちょっと待った!」とブレーキをかけた。上妻はさらに気分を害したのか、引きつり気味の笑みを浮かべて抗議する。 「何がちょっと待っただ!俺たちゃさっきから結構待ってるぞ、なあ水城君」「え、まあそんな感じですよね・・・」そこへそろそろ抑えきれなくなってきたようなトーンで元クイーンの声が一行を圧した。 「続きはパスタの店に行ってからってのはどうなの!?」 リョウ「そ、そうだよね。俺も今そう言おうと・・・」マリ「ふーん・・・」上妻「そうですね・・・予約してるし」スージー「オウケイ、レッツゴウ!」は良かったがマリににらまれて俯いた。水城と夕子は気を付けに近い姿勢で俯いた。 上妻がリョウの横に並んで耳打ちしてきた。 「せっかくの水城君の祝いの席だ、スージーとの出会いは和やかに終えるようにな」「ああ、分かってる・・・」「お前のその困った顔、高校の時の同級が見たら驚くぞきっと」「マリちゃん、こわい・・・」「今の、俺が驚いた・・・」 「お、ここだな『デリツィオーゾ パスタ』デリツィオーゾって『歓喜』という意味があるらしいからな、美味しくて『歓喜』出来そうだ」 壁はレンガ造り、素焼きの焼き物のようなオレンジっぽい茶色・・・テラコッタだな。窓は床から天井の少しばかり下までの全面を30センチ四方くらいの木枠にはめ込まれたガラス窓。木枠のやや薄めのネイビーブルーがテラコッタ色のレンガの壁とマッチしてる。 扉を開けると、「こちらへどうぞ」とスタッフが案内してくれた。4人がけのテーブルが3つ並んでいる横を通り、奥まった6~7名が座れそうな長方形のテーブルに案内された。テーブルの上に置いてあった「Reserve」と書かれた清潔感のあるステンレス製のプレートを取り下げて 「どうぞこちらへ、ご注文が決まりましたらお申しつけ下さい」そう言うと終始笑顔を絶やさない感じのいいスタッフはカウンターの奥、多分キッチンに戻った。 皆メニューから各々パスタを選ぶ、リョウはムール貝抜きのボンゴレビアンコとスパゲティポヴェレッロをチョイスした。 水城はボンゴレロッソ、夕子は「同じのを」と仲の良さを見せつけた?上妻とスージーはこれまた仲良く「ペペロンチーノ」と声を合わせて選び 最後にマリはたまたま通りかけたスタッフを呼び止めて、「きのこのペペロンチーノ、出来ます?」と訊いた。「はい、おつくり出来ます」との返事に満足げにうなづく。 上妻はもう一度メニューを手にして「そういうの有った?」「メニューにはないわよ。だから訊いてみたの」とやや得意げなマリちゃん。 メニューを閉じて俺を見る上妻に「和やかに・・だろ?」と言ってやった。 不意に俺の左手にマリの右手が重ねられた。大胆だけど歓迎する。何かが俺の中で爆発したようだ・・・いや確かにそうだった。 「オーダーしていいわよね」おれの顔をしっかり見ながら言う。「もちろん、大歓迎だよ」「おかしな日本語・・・」そう言いながらも嬉しそうに白い歯を見せたマリは、顔の向きを変えて「すみません」とスタッフを呼び止めた。 皆さんいつも応援、コメント頂きありがとうございます。今日もどうぞよろしくお願い致します。(^^♪
2023.06.11
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今日東京からLINEが届きました。東京にいた頃の友達からです。 彼はぼくがこのブログで小説を書いている事を知りませんでした、今日までは。 LINEで知らせてくれたのは、地元の中華そば屋さんが廃業したことでした。小説「scene clipper」をお読みいただいている方は思い出されることだと思います。 Episode 5~6 にほんの少しだけ登場したあのお店です。テレビでも紹介されたことがあるので、京王線笹塚駅の界隈にお住まいの方、若しくは僕のように以前住んでいた人はご存知の方も多いかと。 オヤジさんは感じのいい人で、中華そばは安価でしかも美味しかった・・・。青春時代の思い出の場所が一つ無くなりました。ショックです。 時の流れは止められないとは言え、です。あのお店でデートしたこともありましたから・・・。 上妻は「過去を引きずるな」と言いますが、いくら親友の言葉と言えども僕は否定します。未来は大事だけどもその未来だって今の積み重ねでしょ? 今を一生懸命に生きていって振り返った時に過去になる。今が大事なら未来からみた過去を捨て去っていいのかと言いたいぞ上妻! 第一、・・・・・こんな事を言うとまた「ナルシスト」だと言う人がいるかも知れないけど、構わない。 過去において必死に努力したからこそ今の自分がある。その時々の自分の努力は、他人がどう思おうと「よくやった俺!」なんだよ。そう思えなければ、今の努力はあとになってみれば、大したことなかったっていう事になりはしないか? この記事のタイトル、「 よみがえり・LINE・奇跡の知らせ」から大きく脱線しないようにしますね。^^; LINEをくれた彼は小説に登場する「水城」の地元の先輩なんですね。そして僕と彼や水城たちにとって「福寿」は大好きな馴染みのお店でした。 彼も僕が小説の中で「福寿」を取り上げていたことを知らずにLINEをくれた。その福寿が今年の春に閉店してた。(オヤジさんも80過ぎてたはずで・・・)それを僕に知らせて、その時に僕の書いた小説の中に福寿のことが書かれていた。 そのことを知って彼は「奇遇だね!」って驚いてました。 さていよいよ本題に入ります。 現実には無くなった物事でも、物語の世界では「よみがえり」出来ますよね。 はい、必ずいつかどこかで東京都渋谷区の片隅に中華そば屋さん「福寿」は僕の物語の中で「よみがえり」ます。 マトリックスA 応援宜しくお願い致します。
2023.06.06
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小説 「scene clipper」 Episode 20 今日の東京は快晴。水城の再出発を祝うかのようだ。俺も嬉しい。 10時 井の頭線4番ホームはリョウの声が良く通り、朝の混雑のピークを過ぎてやっと静かになったホームを利用する乗降客が振り返るほどだ。 「夕子ちゃん!久しぶりだねえ、おう元気そうだ!水城のやつ抜けれて良かったな・・・」「はい、リョウさんのおかげで、有難うございます」「いやいや、元々悪じゃないからこいつは・・ちょっと元気が良すぎただけだから」水城が袖を引いて 「リョウさん、そんな大きな声で話すことじゃ・・・」「何だって?そんな消え入りそうな声じゃ何言ってんだか分かんねえぞ」「・・・あ、電車来ます」「夕子ちゃん、こいつ誤魔化すの上手くないか普段も」「はい、じょうずです」「夕子それは・・・」水城が何か言いたそうに夕子の利き腕を掴もうとしたので俺は助け舟を?出した。 「あ、ドア開くから邪魔だよ水城くんこっち」と水城を俺の方に引き寄せた。そこへ一人だけ遅れたメンバーの声がした。「ナイスフォローね、リョウさん」 一人を除いた全員が振り向くとラストに現れたマリがいた。「何がナイスフォローだよ、遅れといて・・・・・今のナイスフォローだった?」 それには答えずマリは乗客が降りてしまったのを見て真っ先に乗り込み振り返って「早く乗りなさい」と言ったが、目はそのセリフに続けて『何してんの』そう言ってるように見えた。 「お、今日はスカートなんだ・・・」「やっと気付いた・・・けど目がヤラシイ・・・」「いや、あ、きれいな脚してっから意外だったんだな、うん」 俺は狼狽えてんのに・・・こういう時男は女にゃ敵わない。それにしてもこの色気はなんだ?別人じゃないか・・・。!これだと上妻のタイプかも・・・。 リョウはかなりパニクリながらだったからか直ぐに下北沢駅に到着。 「えっと、東口?」「西口2ですよ・・・1階に降りるんですよ」「わ、分かってるって、子ども扱いすんな」西口2に出ると道を隔てて直ぐにセブンが見えた。 「上妻!」と手を上げたが・・・隣りの女・・連れか? セブン側に渡り切る・・・紹介があるな。 「スー、こいつがいつも話してたリョウだ」「リョウ、この人はスージー、今日一緒にいいかなランチ。他の人もどうかな・・・あ、こちらが例の」とマリに向けて笑みを浮かべながら言った。 「リョウ、紹介してくれないの?」呼び捨てのその意味、わかるけど今のリョウは そう、リョウは上妻の、恐らく彼女、から目が離せない。 「どこかで・・・」とリョウが言えば「そう、どこかで・・・」とスージーも・・・!!「あ!伊藤さんちのホームパーティ!」「そうそう、そうですね!リョウちゃんってミスター伊藤はそう呼んでた!」 「知り合いなの!?」今度はマリと上妻が同時に、まるでユニゾンで歌うように言った。水城と夕子は「取り残されてる」という思いで固まってしまった。いつも応援、コメント頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.05.28
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小説 「scene clipper」 Episode 19軽やかに爽やかに「ブリージン」が着信アリを告げる。リョウの夏の定番だ。中野通り沿いにあるレコードショップで買った。オーナーと奥さんが二人で経営してた。ジョージベンソンがギターを抱いたアルバムをレジに持っていくと二人してとても嬉しそうに笑顔満面で迎えてくれた。清算ではなく、歓迎してくれたという印象を持てた買い物は初めてだったから今でも鮮明に覚えている。わずかに戸惑った俺に先ず奥さんがこう言った。 「あなたのような若い人がこのアルバムを買ってくれて嬉しいな」「え?」若干驚いたリアクションした俺に隣にいたご主人が奥さんの言葉をフォローした。「本当に嬉しいんだ。最近の若者はロックが殆どだからね」「だから、本当に嬉しいの。このアルバムはフュージョンでジャズとは言えないって言う人もいるけど、ちゃんとスウィングしてるし、ね」と夫を見る。 「ああ、立派にジャズだよ・・それにあまり小さいことに拘るのは音楽を楽しむのに邪魔になるのさ・・・あ、気にしないで・・楽しんで」「そう、楽しんでね」「分かりました、有難うございます。」て頭を下げた。「お礼を言うのは私たちの方だわ、ね」「ああ、ありがとう、楽しんでね」 ドアを開けて出る前に振り返ると夫婦が優しい笑顔いっぱいで手を振ってくれていた。温かい気持ちで胸が一杯になったなあ、あの時は・・・。 「リョウさん、りょうさんったら!電話出ないの?」いつの間にか水城が来ていて驚いた。急いで[通話]をタップする 「もしもし?」「何だよ居ないのかと思ったぜ」「あ、上妻・すまん、今ちょっと過去と繋がってて・・・」「ほんとにお前は良く疑似タイムトラベルするよな~」「へへ、で何?」「そっちに行って目を覚ましてやろうか、お前がパスタの店を探してくれって言ったんだろうよ」 「あ、それそれ。どこかいい所あったかい?」「ああ、パスタでいいんだろ?」「うん、お前も食べるだろ?」「おう、だから値の張る店を見つけてやったぞ」「え、おれの予算聞かないでか?」「噓だよ、美味しくて安価な店が近くに出来てな、そこにするべ」「おどかすなよー俺ほんとは気、ちっちゃいんだからなホントは」「そんなことは大昔から知ってるって、大丈夫もしも予算オーバーしたらその分は俺が持つから」「そっかー持つべきものは、だなあ」 「・・・でだ、下北沢駅の西口2を出て目の前にローソンがあんだろ?」「知らない、最近下北ロフトにも行ってないから」「・・・まあいい、とにかくそのローソンの前に11時でどうだ、で、パスタの店に俺が電話して混んでるようなら予約を入れとく、それでいいだろ?」 「おう、それで頼むよ、こっちは俺入れて4人だから」「分かったじゃあ明日な」「うん、ありがとな」 慌ててかけ直す。「おい、上妻、店の名前は?」「俺が知ってるからいいだろけど・・・まあ知っといた方がいいか『デリツィオーゾ パスタ』という店だ」「デリ・・何だって・・・デリ・・ツィオーゾ?変わった名前だな、何語でどういう意味だ?」「イタリア語で『歓喜』という意味らしい」「ふーん、じゃあ歓喜のパスタってことか、大袈裟な名前だな。分かったじゃあ明日な」 「水城、お前夕子ちゃんに知らせてくれ、俺はマリちゃんの・・・番号知らなかったんだ・・・」「いいですよ、そっちも僕がやっときます、けど何時にどこに集合っすか?」「そうだな・・・明大前、井の頭線4番ホームに10時でどうだ?」「10時ですか・・・早くないすか?」「何があるかわかんねえだろ、いいから電話しろ」「分かりました。で、リョウさんは何するんですか?」 「俺は・・・下でコーヒー買ってくる・・・なんだその目は?お前のも買ってくるから・・・モカだったな」「有難うございます、お願いします」「よし、やっと『オス!』が出なくなったな」 水城は照れながら頭をかいた。いつも有難うございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.05.18
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小説 「scene clipper」 Episode 18 「いやいや、めでたいぞ! 水城、本当に良く頑張ったな!自ら乗り込んであのブラック・キングから抜けることを認めさせた!偉いよお前は!」 よほど嬉しかったとみえてリョウは何度も水城の肩をたたいて、目出度い、偉いを連発し続けた。 「痛い、リョウさん痛いっす、褒めてくれるのは嬉しいけど・・・もう充分ですから・・・痛いですって!」 水城が肩をたたくのはやめて欲しいと願っているのは間違いないように見えるのだがしかし、感激屋のリョウはいったんスイッチが入るとなかなか止まらないのである。 リョウはまた何か自己満足に至る閃きがあったのだろうか、会心の笑みを浮かべて言った。「そうだ!そうだな、これはやらなきゃな・・・」 その様子をそばで見ていた水城はぞっとした! 「リョウさん、また何かとんでもないこと、思いついたんじゃないでしょうね!」「何だよとんでもない事って、それに『また』てのも気に入らねえなあ」 「忘れたんですか、去年の夏のこと・・・」「・・・ああ、あれか・・・」「ああ、あれかじゃないですよ。うちの先祖が旗本だったからって、『旗本の子孫集めて江戸城で馬揃え( 騎馬 を集めてその優越を競いあう 武家 の 行事 の1つ )をやらないか』そう言って、冗談かと思ってたら一人で都庁に、あんな企画を持ち込みに行って、結局笑われて帰って来た。あの一件のことですよ・・・」リョウが首をすくめた。珍しいことである。 「あれはなぁ、江戸城が今は皇居だってことを、うっかり忘れてたんだよな・・」「普通は忘れませんって」 「それはまあ、置いといてだ」 (はい、いつものパターンから今日は何が始まるのかな?) 「明日は日曜日、で、お前明日なんか用事あるか?」「・・・ない、と思いますけど」「なら夕子ちゃんも連れてくるといい、俺が昼飯おごるよ」「え、ほんとですか?」「ああ、お前が偉かったからな祝いだよ」「・・・・・・・・・・・・」「おいおい、タバコ吸ってないからな、目に沁みるとか言うなよ」「まさか、リョウさんと一緒にしないで下さい」「ばか野郎・・・」 前触れもなくこの場にいないはずの人の声が・・「男二人で何をくっちゃべってるんだかねえ」 「おっと、マリさんノックくらいしてよ。それにしても久しぶりだね」「そうね、Episode 10 以来かしら?」 「あの時は悪かったな、あんたの心ん中に土足で入り込んじゃって、すまない」「あたし驚いたんだあの時、あんたがそこらの男ならぶん殴ってた。『どうしちゃったのあたし?』って・・・だから、逃げたんだあんたの前から・・・」「いいよ、その話の続きは二人きりの時に・・・ね」マリは嬉しそうに大きく頷いた。 「ところで、明日のランチは水城のお祝いするんだけど、マリさんも来るかい?」「お祝いって?」「こいつがブラック・キングを抜けた祝いさ。俺のおごりだぜ」マリは何も言わず水城をハグした。 「良く踏ん切り付けたね、偉いよ」 微笑ましい光景に目を細めながらリョウはスマホを手に取った。 「おう上妻か、うん久しぶり。明日の昼飯一緒にどうだ?・・・そうだなあ、パスタなんかどうだ?・・・うん、お前に任せる・・・決まったら電話くれ・・・うん、じゃあな」いつもありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.05.08
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小説 「scene clipper」 Episode 17 「だから、吸ってませんってタバコは・・・」「まあ、それはいいんだが・・・」 水城も少しばかりイライラしたのだろう、小さい声ではあったが不満をもらした。 「何が『それはいいんだが』なの・・・ご自分の涙腺が弱いのを、まだ吸ってもないタバコを吸ったからと、人のせいにして誤魔化すのは無いでしょって・・・」 「ん?なんか言ったか?」「いいえ何も・・・」 「ところでだ!」( 出たよ、唐突に訳の分かんない接続詞・・・接続詞・・だっけか? ) 「俺の後輩の夕子は頑張って人生の、こう、軌道に乗ったというか、もう俺なんかが心配する必要も無くなった。けど、お前の夕子ちゃんはどうかな?」「え、何すか?うちの夕子がどうしたって言うんです?」 「分かんねえかなあ・・夕子ちゃん、お前が今のまま走り屋をやっててさ、安心していられんのかなってことだよ」 水城は関東最大規模の暴走族「ブラック・キング」のメンバーだ。その走りっぷりは『危ない』の一言に尽きた。 「ああ、その事ですか」「そうだよ・・・俺だってテレビのニュースで二輪が走ってる映像観るたびに、あれ、お前じゃないかってよ・・・」「リョウさん、心配してくれてたんですか俺の事」「お前と夕子ちゃんのことだよ!」「有難うございます・・・でももう大丈夫ですから」「大丈夫?」「はい、ついこないだ抜けてきましたから」「え!あのブラック・キングをか!」 「はい、」「どうやって?」 「もう結婚式の日も近いし、何とかしなきゃって考えてましたけど、なかなか切っ掛けがつかめなくって・・・」「まあ、そうだろうな・・・」「で、万策つきて初代総長を訪ねて打ち明けたというか相談に乗って頂いたんです・・・」「うん」「案ずるより産むが易しって言いいますよね、あれでした」「いいから続けろ」 「はい、抜けるにはやはり今の総長の許しがいるんですが、初代が言うには『あいつ自分の先祖が徳川将軍家の旗本だったことが唯一の自慢なんだ。で、あいつの先祖は400石。水城、お前んち確か・・・』『じい様が言うには800石だったらしいです』『それだよ!同じ直参旗本でも400石取りと800石取りとじゃレベルが違う、』『ああその事ですか』『そうだ、それを上手く利用してみるんだ』というわけで、それを頭に入れて2代目総長に会ってきました。」「おお、それでそれで」「初代が言われたことを利用してメンバーをやめさせて欲しいと、結婚することになったので、そうお願いしたら、予想以上に反応が良くて」「お、おうそれで・・・」 「『水城、たとえお前がブラック・キングのメンバーではなくなったとしても世が世ならお互い徳川将軍家の旗本だ。今は東京と言うがこの江戸の空の下で精一杯生きて行こうぜ、な!』って何だか芝居がかったセリフですが、何故だかこう、名残惜しくなるような熱い激励を受けてきれいにやめさせてもらってきました」 「そうか・・・良かったなあ水城・・・これで俺も、いや夕子ちゃんも安心して結婚できるってもんだ・・・目出度い!本当に良かった!・・・・・」「リョウさん・・・・・・・・」 「おい、水城!おまえは何回言っても分かんねえなぁ、この部屋は禁煙だって・・・そう言っただろ」「あ、やっぱりそう来るわけですか・・・」 水城はテーブルの上の灰皿を見た。( これだけ吸っておいて、禁煙だなんて・・・・)いつも応援頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.04.28
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小説 「scene clipper」 Episode 16 「それでその後、夕子さんはどうなったんですか?」「気になるか」「そりゃそうですよ、自分とこの夕子と名前が同じなんですから」 「うん、あいつ頑張ったよ・・・ほんとはよ、元々勉強していろんな事を知るのが好きだったからな、親父さんがあんなことになってお袋さんのことを考えると進学したいとは言えなかったんだろうからな・・・それが行けるようになってからは猛勉強して大学をトップで卒業して大手の企業に就職出来て今は九州支社で頑張ってるらしい。・・・」「すごい、本当に頑張ったんですね!・・・・・あと夕子さんが大学に行くとなると、もしそれが遠くだったならお袋さんはどうなったんです?病気がちだって言ってましたよね」 「おう、それなんだがな・・・」リョウはビール瓶を持ち上げて、中身のないのを確かめた。 「ビールは終わりだな、バランタインにするか」水城は立ち上がりキッチンからトレイにのせた水割りのセットを持ってきた。「あと氷を持ってきますから」「水城、気が付くじゃん」「さっきリョウさんがトイレに行ったときに用意しましたから」 「えらいなあ、どうしちゃったのかな」「はいはい、自分が水割り作りますから、いいんでしょ?ビールの後は水割りで」「うん、やっぱ気が利いてるよなあ今日の水城ちゃん」「もう、分かりましたから、覚えてますか?次は夕子さんのお袋さんの話ですよ」 「そうそう、その事なんだよ俺の話は」「・・・・・・・・・・・」 「まあ、あれだな・・・物事ってのはいい方に転び始めるといいことが続くってこともありなんだな、小さい頃から遊んでくれてた近所の内科医院のお嬢さんがな、院長してたお父さんが亡くなって代わりに医院を継いだんだ。そこで思い切って相談したらな」「はい、・・・」 水城はまた膝を進めた。 「したらな『それは丁度よかったわ、炊事とか掃除をやってもらってた人が辞めてしまったから次の人を探していたのよ、山本君のお父さんの知り合いなら好都合だわ。さっそく明日からでも来てくれるように言ってくれる?』てな具合でさあ、ラッキーだったなあ」「それは本当に超ラッキーでしたねー!」「だろ?俺も少しは夕子の役に立てたからほっとしたなあ、あん時は・・・」 水城の奥さんになる夕子ちゃんからもらった、心づくしのビール瓶の蝶ネクタイが思い出させてくれた、もうあまり思い出すことが無くなっていたあの頃の事が、予想だにしない温かさで心を豊かにしてくれた・・・よく冷えたバランタインの水割りが何故だかいつもに増して美味しくて、美味しくて・・・ 「お前さあ、この部屋禁煙だって言ったろう・・・目に沁みて・・・困るんだよ・・・」 「はいはい、すいません。吸ってないですけど・・・」いつも応援コメント頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。
2023.04.21
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小説 「scene clipper」 Episode 15 「夕子の家はな、母親が病みがちで、生活が大変だったんだ・・・」 水城は何も言わない・・・リョウの話を聞き洩らさないつもりのようだ。 「で、あいつ日頃から・・・自分は進学しないって、そう言ってたらしい・・・それでかな、あいつの親父さんあの日無理して漁に出たのは・・・俺の親父から聞いたんだが『入学費用を稼ぐために、1日も休んでいられないと言うのを漁師仲間が聞いていたらしい』」 いつの間にか水城は正座していて、両手を膝頭に突き立てるかのように真っすぐに伸ばして置いてある。 「夕子・・あれから明るい顔を見せなくなった・・・当たり前だがな・・・俺は何かしてやることは無いのか、考えたけど所詮その頃はまだ世間の仕組みなんかわかってなかったし、途方に暮れた・・・」俺は、水城の両ひざ頭に置かれた手を見るとは無しに見ていた。それはまるで決められた撮るべきものもなく、ただ据え置きにされたカメラが静止映像を記録し続けるように、俺の網膜に映し出されている。 「やっぱり年の功ってのか、世間をよく知ってるっていうのか、うちのじい様が立ち上がった」 「え・・・?」「親父から俺も聞かされた、生活苦のために夕子が『進学しない』ってあの話だが、一緒に聞いていたじい様が突然立ち上がってな」 水城が正座のまま片膝を前に進めた。 「町長のところに行ってくる」親父は「どうしたんだ親父、町長の所へ行くって・・・」「あいつは町長だが俺の戦友だ、何としてでも奨学金をもらってやる!」 「あの頃、すでに奨学金制度はあったのだけどな、親父たちの年代は『借りる』ということをまるで『恥』のように捉えていた。大陸育ちのせいか、うちのじい様にはそういったことを『細かい、つまらんことを言う』というふうに捉えるところがあった。俺はじい様のそういうところが好きだった・・・」 「それで、夕子さんの奨学金は?」水城の膝のもう一方が前に進んだ。「ああ、あのじい様、帰ってきて言い放ったんだ。『約束を取りつけて来たぞ!町長のやつ『強引だなあ相変わらず』とか言いやがったから『お前の値打ちを示せ!』と言ってやった。涼〇!直ぐに夕子ちゃんに知らせてこい!』ってな・・・あの時のじい様、かっこよかったぜ・・・」「本当・・・カッコイイす!」水城の声が興奮しているようだ。きっと奴なりに感動しているのだろう。 いつも応援頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.04.12
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小説 「scene clipper」 Episode 14 「じゃあ、改めて」「リョウさん、誕生日おめでとうございます!」「二度言われると、ちょっと照れるな・・・。」「ガラじゃない、と思いますよ」「んだと!」「あ、グラス持って!」 はぐらかすの、天才だな 「よし、乾杯!」「乾杯!」 水城が冷蔵庫を振り返る「あれ、賞味期限切れないうちに飲んじゃってくださいよ」「ああ、夕子ちゃんの気持ちを無にしちゃ申し訳ないもんな」「あれ、じゃあ僕の気持ちは・・・」「お前にも・・・一緒だよ、解れよそんくらい、一々口で言わなくても」 水城は何も言わず次の瓶の栓を抜き、俺のグラスに注いで自分のにも注ぎながら「聞かせてください」「ん?」「やだなあ、リョウさんの同級生の夕子さんの話ですよ」「同級生?いやいや1コ下だよあの夕子は」「知らないっすよ、リョウさんが同級生って言ったんじゃないですか」「・・・・・・だっけか?」「・・・・・・・・・・・」 「そうそう、さっきのケンカと、その後でお前の彼女の夕子ちゃん、つまり『ケンカ』と『夕子』という二つのワードが俺の記憶の鍵を開けちゃったわけ」「・・・・・・・」「君にはちょっと難しいかも知れません、ハハハハハ!」「好きなだけ笑っていいから思い出してね」 咳払いした・・・・立場を元通りにしなきゃな 「あれは・・高一の夏も終わりの頃だった。俺はあの日今日みたいに殴り合いのケンカをして・・・その後で相手が『腹が減った』と言うので、『じゃあバスターミナル手前の店でお好み焼きでも食うか』と言った。」 「『おう、そうすべぇ』で『んじゃあお前顔洗って帰り支度してこいよ』と俺が言うと『この野郎手加減しろよな、前歯が一本足りねえぞ!』ときた。『それはこっちのセリフだ!馬鹿力出すから右手の人差し指おかしいぞ、お前俺にお好み焼き食わせろよな』でお互い大笑いしてそれぞれの教室にもどったんだが」 「はいはい、リョウさんも俺らと似たようなことしてたんですねぇ」(一緒にすんなよ・・・) 「そこを廊下で見てたんだよ夕子が・・・でな」「うんうん、それで?」「『男子って単純よねーあきれるわ』そう言いやがった。笑いながらな」「えー!いい度胸してますね、そっちの夕子さん」「ああ、あいつの親父は漁師でな・・漁師って気が荒いのが多いからな」「夕子さんの親父さんもやっぱり?」「あいつの親父はもういない」「え!?」 「あれから二・三日あと、海が急に時化た日があってな・・・」※時化る=海が荒れる「あの朝漁に出てから、夕子の親父は帰って来なかった・・・」「・・・・・・・・・・・・」いつも応援コメント頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。
2023.04.03
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小説 「scene clipper」 Episode 13 連中の車を見送ったら、すっかり酔いが醒めてしまっていることに気付いた。「なあ水城、喉が渇かないか?」奴から返事がない。振り返ると水城がさっき出てきてあの男とぶつかったコンビニの窓の下にしゃがみ込んでいる。 「何か探し物か?」「あった!これですよ無事でしたよ~」嬉しそうにそう言うとコンビニのレジ袋を持ち上げて俺に見せてくれる。「何だビール買ったのか・・・って、たったの1本?」「そう言わないで下さいよ、今月ピンチなんですから」「そっか、じやあ俺が買い足すよ」 中瓶を6本買い足し、乾き物も適当に買って最上階の俺の部屋に上がった。ドアを閉めると水城がせっかちに言う。「リョウさん、メモ用紙あります?1枚でいいですから」「何すんだ?」「いいから、早く!あ、セロテープも」 時々分からないこと言うんだこいつは。ま、いいか今日は飲み相手が欲しい気分なんだよな・・・何故に?渡してやると「向こう向いてて!」と「じゃあよ、グラスとか揃えとくから・・・」・・・返事しねえのかよ・・・。 栓抜き、グラスとか準備したあとトイレに行く。出てくると、 「もう、リョウさん、遅いっすよ早くすわって」 これ用意してる間、お前は何してたんだ!というセリフを吐き出すのももどかしく、テーブルの上に並べたビール、その他一切を手で指し示す俺を無視して、水城はすでに用意出来ていたセリフを口にした。 「リョウさん、誕生日おめでとうございます!」 とコンビニのレジ袋から件のビールを抜き出した。(そっか、今日は俺の・・・) 「お前、俺の誕生日覚えてくれてたのか・・・」「そうっすよ、リョウさんと初めて会ったのが去年の誕生日でしたから」 ちょっと感動しながら受け取ると、ビール瓶の首に赤い蝶ネクタイが付けてあった。そして蝶ネクタイの下に白い紙が斜めに貼っていてこう書かれていた。 「リョウさん、誕生日おめでとうございます。ささやかですが飲んでください」と・・・・・。「お前、これを守るためにコンビニの窓の下に隠していたのか?」「ぶつかって、やばいなと感じた瞬間によろめいたフリしてね」と「頭良いっしょ!」と嬉しそうに言った。・・・こいつ・・・涙腺攻めやがって。 「お前よー、この部屋禁煙だって言っただろ、煙が目に沁みるだろうが!」「えー、聞いてないっすよー、それにまだタバコ吸っていないし、あ、リョウさん感激?」「馬鹿野郎!いいからこれを冷蔵庫にしまっておいてくれ」「ええっ!ビール瓶1本じゃあまりに申し訳ないからって夕子がこの蝶ネクタイ作ってくれたんですよー、飲んでくれないんすか?」 「ああ、目に沁みるわ煙が」とごまかしながら、指で落ちそうになった涙を拭った。 「ばかやろう、こんなの勿体無くってすぐに飲めるかよ・・・」「・・・じゃあ、あとでゆっくり飲んでくださいね」「ああ、一人の時にじっくり味わってな・・・夕子ちゃんに『ありがとう』って伝えといてくれ」「わかりました、あいつきっと喜びます」「だと良いな・・・あれ!」「何すか急に」「いやな、夕子って名前で思い出したんだ」「なんすか呼び捨てにして」「いやいや、そうじゃない。俺の同級生に一人夕子って女子がいたんだ。それであの日も殴り合いのケンカした・・・で今、夕子のこと思い出したんだ」「なんか訳わかんないっすよー」「うん、まあとにかく一本開けようや」休養中もご訪問頂きありがとうございます。応援もどうぞよろしくお願い致します。
2023.03.24
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みなさんこんにちは。風邪、やっと回復しました。返信もできないのにコメント頂き、ご心配頂きありがとうございました。そしてすみませんでした。年々、治るのに時間がかかるようになりました。そうやっていつかは体調を崩したまま、終わるわけですね。自然の摂理ですから致し方ありません。今日からまたよろしくお願いいたします。 マトリックスA
2023.03.24
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すみません、風邪をひいてダウンしております。回復次第、ご挨拶にお伺いいたします。 マトリックスA
2023.03.20
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前回より「もう遅いなあ」からの小説 「scene clipper」 Episode 12 (こいつは、かなり場数を踏んでるな・・・じいちゃん、仕方ないよね。それより俺の腕が鈍ってないか、そっちの方が問題かもな)とにかく俺は師匠でもある祖父に、久しぶりに「八極拳」を使うことを心の中で許しを乞うた。 祖父は戦前に中国で生まれ彼の父親の友人で中国拳法「八極拳」の使い手に出会い、気に入られて7歳の頃から「八極拳」を仕込まれた。やがて戦争が終わり、日本に帰国後しばらくして俺に技を伝えたのだ。 俺に伝えた拳法は中国古来の激烈なものではないとのことだったが、調べたところでは清朝最後の皇帝の警護役は「八極拳」の使い手であったという。どおりで祖父亡き後通った空手の道場の稽古を生ぬるく感じたわけである。「もう遅いなあ」の男は直ちに行動を起こした。俺に襲い掛かってきたのだ。 場数を踏んだ男の攻撃はなかなかのものだったが、拳法の基礎をしっかり身につけた者に敵うはずもなく、ものの10秒ほどで歩道の上に倒れた。 あとの2人は凍り付いたように固まっている。多分兄貴分であろう男がいとも簡単に倒されたのだから無理もない。 「あんた強えなあ、空手やってんのか?」 倒れてた男が、まだわずかに苦しそうな顔で起き上がり俺に聞いてきた。 「まあ、そんなところだ」 「だろうな、タイマン張って負けたのは、中2の時以来2度めだ」「うん、あんたいい動きしてたからな」「ふん、トウシロ(素人)に褒められても喜べねえよ」 俺は男にいちべつくれて、水城に目を向けた。 「なんでこんなことになった?」「リョウさん居るかなって、上を見て歩いてたらその人にぶつかって」 兄貴分に肩を貸そうとしてその手を払われた男を指さした。 「そうか、悪かったねこいつが」「いや・・・いいんす」バツが悪そうに頭をかいた男が言った。 「ユウジ、なんともないか?」兄貴分が水城とぶつかった男に聞いた。「何とも・・・大丈夫っす」「そうか、ところであんた名前は?」兄貴分が聞いてきた。 「何だ、仕返しでもする気か?」 「ふざけないでくれ、タイマン張って負けた相手に仕返しとか、それじゃあ恥の上塗りだろう」 筋の通ったセリフではある。 「気ごころの知れた奴はリョウと、そう呼んでくれてる」「ん?俺もそう呼んでいいのかい?」 「俺は殴り合った奴とは、飲めるようになるんだ。単細胞なんだろうな」 いい笑みを浮かべていったん俯いた男は顔を上げると言った。「俺は新谷(あらや)健一、ケンって呼んでくれ」「分かった。水城の事かんべんしてやってくれ」「ああ、そのつもりだ。水城君よ、水に流してくれるか?」「あ、いえ自分も悪かったんで・・・はい」「そうか、今度笹塚あたりで一杯やらないか?」 水城は俺に気を使っているのか返事をしない。 「そん時は俺も一緒でいいかい?ケンさん」「もちろんだとも、リョウさん」 やっと静かになった大原の交差点の脇でお互いに「じゃあ、また」と言って別れた。いつも応援コメント頂きありがとうございます。今回もよろしくお願いします。(^^♪
2023.03.12
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小説 「scene clipper」 Episode 11窓ガラスに映った俺はしょぼくれていて, 「本当なのか?」にも「そう、なのか?」にも「どうなんだ?」にも返事をくれない。 結局俺は窓ガラスの中の俺に舌打ちを一つくれてやって向き直りワンショットほどのバランタインをあおった。 「俺にはわかんねえよ」「ガラスの中のお前は教えてくれなかったか」「そういうこと・・・」つねに冷静な上妻を見て俺はそう言った。「冷静と苛立ち」の間で揺れ動く俺の心のうちなど奴なら見抜いているはずだ。 「酒の力で心の揺れが収まるといいんだが」 俺は何も言わず、上妻の空いたグラスと自分のグラスにそれぞれほぼ2ショット分のバランタインを注ぎ目の高さに持ち上げた。 1時間後、酔えないまま上妻に手を振ってタクシーで大原のマンションに帰った。 歩道に降り立つと先に停まってた車の辺りが騒がしい。良く見ると何者かに胸倉を掴まれている水城がいた! 当然助けに行く。 「リョウさん!」水城が俺に気づいて名前を呼んだ。※話の途中ですが、ここでお知らせです。「リョウさん」というのは俺、山本のことです。こんな時ですが、山本の事親しい者はみんな「リョウさん」と呼ぶのです。日頃の口癖で「了解、了解」と連呼していたら、いつの間にか「了解のリョウさんだね」と言い出す人が出てきて、そう呼ばれるようになりました。尚、これはノンフィクションです。 なのでここからは「リョウ」と言うことでよろしくお願いします。 元の場面に戻ると、 「どうした水城?」ここからテレビなんかで良く目にするシーンが始まる。 「なんだお前は?」 近づく俺を制止するように片手を上げ手のひらを向けて威圧してきた。 「そいつのダチだよ」「なにがダチだこの野郎!」 いきなり手を伸ばしてきた。俺の首を鷲掴みにするつもりだったのだろうけど、咄嗟に俺の右手がそいつの右手を斜め下にはらった。ただはらったのではなく、複数を相手にすることになりそうなので数を減らすべく手刀で強めにはらったから、しばらく奴の利き腕は使い物にならないはず。 「リョウさんやめて!この人たちはヤバい!」 車から降りてきた男がドアを閉めてから言った。 「もう手遅れだなあ・・・」 皆さんいつも応援コメント頂きありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪
2023.03.02
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小説 「scene clipper」 Episode 10 「ふうん・・・」「その、ふうんってのは何なのかな?」 「いやね、あなたの仕事って、なんかこう・・興味を魅かれる映像とかを文字にして人に読んでもらう、そんなふうに聞いたから、それって私に言わせればロマンティックじゃないんだけど・・でもさっきの言葉とは裏腹」 「そりゃあ、大事な人との思い出に浸っていたなんてこと、それを知らなかったとは言え、邪魔したんだから、すごく悪いことしたって思うさ、そういうもんだろ?」 「だからそんな風に思えるって、ロマンをカラカラに乾かしちゃう人じゃないんだろうなって、それが言いたかったわけ」 そう言い終わるとマリは、ジーンズの後ろポケットに両手を突っ込んだ。山本は思わず白い歯を見せた。 「なに?その白い歯」「いや、君はその、後ろでも前でもポケットに手を入れるのが癖になっているんだなと、しかも決まって両手だ」 何故、顔を赤らめた? 「・・・これはあたしの、心理状態を表しているんだわ」 「おっと!ひょっとして前ポケットの時は警戒、で、後ろの時なら受け入れる用意があるとか言う・・・」 彼女の顔色はもう赤らめたどころの騒ぎじゃなく、真っ赤! 「え?もしかして当たりなのかい!」いつか見せたあの気合の入った眼光で一睨みして、俺の前で身をひるがえすとマリはとうとう一度も振り返ることなく笹塚十号通り商店街の向こうに姿を消してしまった。 その夜下北沢の『Roy』で上妻と会った。マリを怒らせてしまった?喪失感に似た不安から俺は上妻を呼び出したのだ。 先に来ていた上妻が俺を一瞬凝視して白い歯を見せた。思うに『白い歯』というのは人の顔を画面とするなら、目と口の次に大事なアイテムだと思われるが、人の意表を衝き衝撃を与えることに関しては、目も口も敵わないのではないか。 上妻の白い歯が俺に与えた衝撃は今の俺の理解を超え、とうとう口がものを言うことに 「その動揺を隠しきれてない表情、何とかしろ。今のお前なら詐欺師のカモになること請け合うぞ」 「久しぶりに会うというのに随分じゃないか・・・。」「おいおい、・・・これは、重症だな・・・」「どういう意味だ?」「クリッパーがクリップされてるってことさ」「・・・・・・・・・」 「やっぱりな、お前は彼女に恋してんだよ」 山本は何も言えず上妻の視線から逃げ出すと、窓ガラスに映る自分に問いかけた。 (本当なのか?!・・・・・)いつも応援コメント頂きありがとうございます。今回もどうぞよろしくお願い致します。
2023.02.20
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小説 「scene clipper」 Episode 9 3日前のハグは結構気を入れてしまった。けれどあの後、あの場で命より大事かもしれない女の「記憶」をそっとしまい込んであるだろう、その胸の扉をノックするほど俺は野暮じゃない。 ドアを開けて外通路に出るといきなり強い風にあおられてサマージャケットの裾がが音を立ててめくれた。 9階建てのマンションの最上階なら、しかも甲州街道と環七が交わる交差点がすぐそばにあれば遮るものは少なく何時ものことだが・・・。いつものコンビニの前を通る、(競馬新聞・・・それはないな) おっと丁度横断歩道の信号が青になった。環七を笹塚の方へ渡る。 やがて何時ものように京王クラウン街笹塚の出入り口が見える角で立ち止まる。 (いるいる、もうこれは皆勤賞ものだぞ、けどどっちが貰うんだ?彼女か?俺にもその資格はある・・・馬鹿なことを ) いつもの場所で何時ものように、譲れないルーティンなんだな・・・。 お、気づいてくれたみたいだな、白い歯を見せてスマホの電源を落として立ち上がりながらジーンズの後ろポケットに差し込んだ。 「おはよう」「おはよう、てか今日は競馬新聞持ってないんだ」両手をジーンズの前ポケットに突っ込んで俺をからかうように言った。(危なかったな・・・) 「誰かさんと違って俺の生活にはルーティンはないんだ」「あらそう、でもそれって『根無し草的な生活』じゃないのかしら?」 (痛いところを突いてくんなあ・・・話題を・・主導権を取れよ俺!) 「まあ、それはさておいてだねえ・・・こないだ出来なかった質問をさせて欲しいんだけど」 「接続詞、ずいぶん乱暴な使い方するのね・・ま、いいわどうぞ」(いやいや、乱暴と言われようが今の場合、話を転換させるしかないでしょうが) 「じゃあ・・・あそこでいつも何をしてたのか、それが知りたい」「その一言を口にするまで、実に辛抱強く粘ったわね、えらいわ」 (上げたり下げたり・・・ここまで良く耐えてるよなあ俺) 「過去と繋がっていたの」「・・・・・・・・・ 」 「あっちに行っちゃったあの人と繋がっていたの」「スマホで?」「そう」 「まさか、あっちと繋がるスマホがあるって言うわけ?」「あんたSFマニアか?・・・偶然録音されてた私とあの人との会話をスマホに保存してあるの、それを聴いてたのよ」すぐには何も言うことが出来なかった。 やっと口から出せたのは謝罪の言葉でしかなかった。 「悪かった・・・そんな大切な時を・・・邪魔してしまった。すまない」 (身の置き所が無いってこういう事だな・・・)何時もコメント、応援頂きありがとうございます。
2023.02.07
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小説 「scene clipper」 Episode 8窓の向こうには似たようなマンションやビルが東京の主要道路の一つ環状七号線、通称「環七」を挟んでいくつも建っていて、新宿の街並みはビルの隙間からチラホラ見える程度だ。 新宿、あの街は俺の性分に合っている。デビュー前のサザンが出演していたライブハウスもあれば、今は「思い出横丁」と呼ぶようになっているが俺にとっては大切な思い出の「しょんべん横丁」と呼ばれていた飲み屋街があって、それはトイレが無いからのネーミングだったが美味しいもつ焼きを食わせてくれる店があった。上妻と良く飲んだ、あの頃は・・・。 まあ、あの街が見えたところで、今日は足を運ぶ気にさえなれない。 一昨日のことが俺の心を支配したままなのだ。 持ち上げたグラスの中で琥珀色の液体が揺らいでいるのが見える。氷の融解が進んでいるこの様が愛おしいほどに好きだ・・・だから何時もそのまま自分のものにしてしまう、一気に飲み干してしまうのだ。 テーブルの上に置くと、氷たちは浮力を失っているからグラスの底にふぞろいのままで(それがまたいいのだ)横たわる、音を立てて。その様も俺は気に入っている。 テーブルの上のバランタイン12年は残り1/3。 空けてしまえば眠れるか・・・。 氷を入れ替えてバランタインを注ぎ始めると、眠れない原因をつぶしてやろうと、やっと心がたどり着いた。 彼女にとっては辛いことかもしれないが、恋人と瓜二つの俺と初めて出会ったあの日から一昨日まで5回は会ってる。それなのに何故無視したり、ガンを飛ばしたりしたのか、その理由を知りたい。大方のところ察してはいるが、思い違いならまた眠れない。 バランタインと氷とグラスが導き出してくれた答えだ、やっとのことで・・。 皆さんには、眠れない夜がありますか?それをつぶす策、ルーティンをお持ちですか?こっそり教えて下さると参考になります。(^^♪応援いつもありがとうございます。
2023.01.26
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小説 「scene clipper」 Episode 7 (上妻!俺は見てしまったよ・・・) 「あれです、あれですよ!」 部屋の一隅を指さす水城の声はひどく上ずっている。 俺がその壁に近づいて行ったのは、マリの白い歯の笑みの理由が壁に飾った写真にあると、そこまでは読めたからだ。 「だろうな、けど少し静かにしてろ」(なるほど・・・これはマリさんと俺、そんな訳ないがしかし・・・)理由を知らず初めてこの部屋に来てこの写真を見たら、誰の目にもそうとしか映らないだろう。目の前にあるこの写真の中で、マリにしがみつかれて余裕の笑みを浮かべてる男・・・。 「俺にそっくりだよな・・・」マリを振り返ると、また白い歯を見せて笑っている。そこで水城は藪をつついた。 「いやいや、瓜二つっていうんでしょこの場合」「良く言うわねー、本当なら山本さんに初めて会ったその時にコージのこと思い出して、『瓜二つ』ってセリフが出てくるんじゃないの?」 可哀そうなくらいしょげ返った水城を見てさすがにマリもそれ以上追及することはやめた。 「ま、いいわ・・・」そのあとマリは少しだけ言い辛そうに「茶っ葉が切れてたわ、コーヒーの豆も・・・水城、悪いけどそこのセブンでコーヒー豆・・モカよ、買って来て」 そう言ってマリは人差し指と中指の間にはさんだ電子マネーカードを揺らした。 「はい、モカですね」「うん、あんたのタバコも買っていいから」「あ、ありがとうございます」 やっと本来の笑顔を取り戻した水城は飛ぶように部屋を出ていった。 振り返ると、いつの間にかマリがすぐそばにいて、壁にあった写真をはずすと裏返しにして傍の棚の上に置いた。 俺を見るマリの瞳は強くそして純粋な光に満ちていて、目をそらすことなど出来なくなってしまった。「水城君が戻って来るまででいい、私を抱きしめて!お願い」 忘れきれない人への想いは、いつも胸の真ん中あたりを漂っていて、人はそれをぼんやりと眺めていることで、心の波を鎮めて生きていけるのかもしれないが・・・。「けれど・・・風が強すぎると、波を鎮めきれない時だってあるよな」 そう言って俺はマリを抱き寄せた。 書く者にとって応援ほど励みになるものはありません。いつも有難うございます。
2023.01.14
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小説 「scene clipper」 Episode 6 「ごちそうさま!」多少前後しながらではあるが3人の満足した声を受けて福寿のおやじさんは、いつものように温かい笑顔で片手をあげて見送ってくれた。 カラカラと音を立てて水城がガラス戸を閉める(アルミのドアなんかに替えないでくれよ、おやっさん) 俺は立ち止まるとポケットに両手を突っ込み少しばかり腹を前に出すと「フーッ」と息を吐いた。 また白い歯が見えた。「時々、意味深に白い歯を見せて笑うんですね」俺はたまらず訳を尋ねた。馬鹿にされてるのじゃなさそうだが・・「あ、これ?」「そうそう、マリさんが白い歯を見せて笑うのなんて中々見れないのに今日は、あれ?って俺も不思議だったんですよ」「そうなの?あんたにも忘れられちゃったのか・・・」 「え?」「え、じゃないよ、鈍いんだから」「・・・・・」俺「・・・・・」水城「ま、あたしの部屋に行けば思い出すよ」 俺は水城の表情を探った。水城は俺を見て首を傾げるだけ仕方なくマリに続いて歩き始める ここは渋谷区と中野区の区境が近いはず。 中野区に入ったな・・・。と、マリの足が道から外れた。 「ここよ」言われるままついていく水城と俺3階で廊下に出る・・・一番端で立ち止まった。「303」俺、つい口にした。するとマリが「もう覚えたわね」と・・・また白い歯を見せながら言った。ドアが開いて「どうぞ、入って入って、今お茶入れるから」「お邪魔します」と水城と俺 「あ!」水城が素っ頓狂な声を立てた。「分かったでしょ、あたしが何度も白い歯を見せた理由が」「上妻!俺にはまだ・・・あれ!?」予想外な展開!それは次回明らかになる・・予定です。応援ポチよろしくお願いいたします。
2023.01.04
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小説 「scene clipper」 Episode 5 「あたしお腹空いてきちゃった、水城君お昼はもう済ませたの?」「いえ、これから代一元にでも行こうかなって十号通り商店街を抜けて甲州街道に出たとこで、山本さんかなって人影につられてこっちに渡ったらマリさんもいて、驚いてお腹空いたの忘れてました!」いつもながら愛嬌たっぷりの顔して・・・あれ?水城、お前、なんか美味しいプランがその頭ん中で出来上がってないか? おっと、scene clipper やってるせいか人の頭ん中を探ろうっていう、あまり褒められたもんじゃない性格になりつつあるのだろうか・・・。 「山本さんは?」「俺も空いてきました・・・けどお話聞かせていただけるなら大衆食堂は空間的にどうかな?」 「場所なら食べたあとであたしの部屋に移動すればいいでしょ」「あ、いいんですか?」「良くなきゃ言い出さない」(はっきりしてていいな・・・俺、ぶりっ子嫌いなんだ) 水城が待ってましたとばかりに、「じゃあ代一元で・・・」 「いや俺は久しぶりに福寿に行きたい」 水城が一瞬俺を睨んでから甲州街道に顔を向けてごまかした。 (おい、水城、口尖らせてんじゃねえぞ) 「あ、それ乗った!あたしも最近あそこの中華そば食べてないわ」「ですよねえ、あそこの親父いい腕してっから・・・」「親父だぁ?、水城、ちょいと早くないかい・・・」 またしてもクィーンのオーラを漂わせたマリが斜めに落とした顔で片方の眉だけ吊り上げてダメ出しすると、水城は、気を付けをして「すいません!」そう言ってうなだれた。 (きれいな顔の女子が凄みをみせると一際魅力を感じる・・・俺って変か?)そんな感想にひたっていたら。 「山本さんのおごりってことで?」 歩きながら「勿論、お話を聞かせていただけるんですから」 歩きながら (また白い歯みせて・・・水城の前だからもう少し格好つけさせてくれないかな) おっともう歩道橋を渡り始めている! (上妻!彼女なかなか手強そうだぞ!)今年もあと僅か、暮れは皆さんお忙しいでしょうから年が明けて、少しお時間が出来ましたら読んでみてくださいね。
2022.12.29
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小説 「scene clipper」 Episode 4 いそいそと・・・ポーカーフェイスを気取りたいけれど、いそいそ歩きになってしまう・・・。 彼女のあの「おいでおいで」は猫にするとマタタビのようなものかもしれない。己の全神経を集中し対象者の容姿、行動、オーラなどを背景ごと捕捉し海馬のフォルダに収めようとする「scene clipper」の冷徹な目がトロトロに溶かされてしまった。 「くそ!」 ぜんぜん焦ってなんかないから、と言いたげに背筋をシュッと伸ばし、ポケットに手を入れる。 向かい側に渡ろうと左右を確認した時、目の端に彼女の白い歯が見えた。また笑われて・・・なんか挽回する手はないのかよ俺?このままじゃとてもこちらのペースに巻き込めやしない。 「山本さん!」 「よお、水城(みずき)・・・?」(水城!・・・ひょっとしたらこいつ今日は俺の助っ人?) 何故だかそんな予感がしたら・・・ 「え、内藤さんのお姉さん?」「だから、あんたはマリでいいって言ったろ」「そんな、内藤さんのお姉さんを呼び捨てになんかできませんって」「面倒くさいねあんたも、姉って言っても二つしか違わないんだからさあ」「いやいや、ダメなもんはだめっす」「はいはい、ところで知り合い?」 なにやらクィーンっぽいオーラを漂わせ始めた彼女が俺と水城を代わるがわる指さして訊ねた。 「まあ・・・」「そうなんです、ちょっとした縁で知り合って、仲良くさせてもらってます」「そう、あたしは水城君の友達で内藤マリって言います、よろしく」 と手を差しだした。 まだ整理のつかない気持ちを隠して軽く手を握り返した。 海馬のフォルダに保存(柔らかくて温かい、意外だった) 「山本です、よろしく」(上妻!意外な展開だぞ)PC交換もあって間が空いてしまいましたが、応援どうぞよろしくお願い致します。(^^♪
2022.12.18
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パソコンが······完全に終わりました。突然に!新しいのを買わなければ~😭でも仕事が忙しいのでスマホでお返事しますね。時間がかかると思います。
2022.12.08
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小説 「scene clipper」 Episode 3朝めしの目玉焼きはしっかり焼く、それとバナナジュースと珈琲。しょっぱいの好きな人、バナナは塩追い出すからいいんだよ!でも後味甘すぎなんで珈琲で口の中を中和する。マンションを出ていつものコンビニで今日は競馬新聞を買う。ターゲットがいなかったら馬券買うことにして笹塚駅を目指す。(いたいた・・・)片手に丸めた競馬新聞を持って京王線笹塚の駅ビルの角を曲がると京王クラウン街の入り口が見える。その向かい側の壁の前、何時ものようにコンクリートの床にべったり尻を下ろして片膝を立てて片手にスマホを持ち、空いた手の人差し指で空に何かしら書きなぞっている仕草、その変化の無さは「scene clipper」の目を釘付けにするのだ。しかし、彼女・・・(君の目の前にアルミの皿でも置いてあれば、誰かがコインを投げ入れるかもな)そんなことより、今日はどんな手を使って彼女に接近しようか・・・。「なるほ・・ど!」頭の中で裸電球のフィラメントが閃いたのだ!上手くいくかどうかは置いておいて実行するしかない。「scene clipper」にとってそれは鉄則である。彼は丸めて手にしていた競馬新聞を持ち変えた。次の行動に備えたベターな持ち方にである。ターゲットに注視してもらえることを信じて・・・さあ、行こうぜ!京王クラウン街笹塚の出入り口の端に移動して立つ。ちょうど道の向こう側にターゲットがいる。思いついた道具に見立てて丸めた競馬新聞の片方を目に当てた。子供じみてはいるが、それは望遠鏡のつもりであることは明らかだ。異様な視線に気づいたらしくターゲットがこちらを見てフリーズした。手ごたえを感じて競馬新聞製望遠鏡を目から外すと、彼女の口が「あ」という形になった。それから彼女は両膝を立てて、そこに両手の肘をのせて笑い始めた。上を向いたかと思えば俯いて首を振りながら笑った。そして・・・。彼女は右の手のひらを上にむけて人差し指を立て「おいでおいで」をしてくれたではないか。(上妻!食いついたぞ!!)応援をお願い致します。「scene clipper」はあなたの応援に感謝いたします。
2022.11.27
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小説 「scene clipper」 Episode 2上妻(こうづま)の顔が見たくなった。(なら、Roy に変更だな)シッティングブルなら桜上水だが、『Roy』なら上妻の棲家のある下北沢だ。「scene clipper」 は上妻に優しい。高2の時、のちに卒業出来なくなった3年のワルに高2の女子が拉致された。上妻が好きだった女だ。上妻は俺に助けを求めた。初めての事だった。「滝田が素子を拉致した。返して欲しけりゃ野球部の部室に来いと」「分かった、行くぜよ」(坂本龍馬のまねだ、こんな時に・・・)結果は意外だった。俺と上妻がいざとなれば腹を括れる男と見抜いたのか、滝田は満更でもなさそうに右の口角を上げて見せた。そしてこう言った。「俺が卒業した後、この学校お前ら二人で守れるか?」校内でも校外でも暴力の嵐が吹き荒れた時代だった。「分かった、約束する」「その約束破ったら承知しねえからな・・・良し連れて帰れ」先輩、短気なだけじゃなかったんだねえ・・・。あれから俺と上妻はどこへ行くのも一緒で、「あいつらホモ達?」など陰口たたく奴もいたらしい『Roy』の分厚い2重のドアが微妙な間を置いて開いては閉じを繰り返したあと、上妻が片手をあげて入って来た。「バランタイン12年、ダブルで」とカウンターのオーナーに告げて俺の前のイスを引いて腰を落としテーブルにひじをつけるところまで引き戻す。「笹塚の人はどうだったんだ?」「うん、今日初めて声をかけてみたんだが・・・」「セリフを言ってみろ」「いつもここに居るんだね、スマホとタバコが必需品らしい、と」「で、だめだったと・・・」「ああ、お察しの通りだ」「clip のしがいがありそうじゃないか」「ん、お前もそう思うか・・・」「思うも何も、お前が諦めてないだろ」上妻はそう言うと、丁度その時オーナーがぶっきら棒に置いてったグラスを手に取ってひとくち口に含むと、その味を確かめるように喉の奥へ転がした。「安くて美味い、スコッチはこれで上等」上妻は翻訳を正業にしている。1ページ1万円だそうだ。それだけでも食べていけるのだが、奴にはコネクションが有って父親が出版関係のお偉いさん、で奴が翻訳業に就いていて、母親は放送の業界にコネクションがあった。そこで、俺がclipした映像を文章に起こし上妻に渡して奴のネームで出版し、そこそこ売れていて印税も入る。仮に出版物として売れなくても、母親のコネで放送作家の目に留まるとテレビ・ラジオの番組制作に携わることもあるそうで、やはり俺じゃなく奴の作品としておいて正解だった。ギャランティはその時々で決めるが揉めたりはしない。高校の時以来上手くいってるコンビなのだ。応援頂けましたら励みになります。(^^♪
2022.11.18
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「scene clipper」 Episode 1何時ものようにいた。何時もの場所にいた。(いいね、そうこなくちゃ)スニーカーとコンクリートが喧嘩しながら俺を彼女の元へ連れて行く。嫌いじゃない音を引きずって。少しづつ彼女の姿が大きくなってくる。(ジーンズに焦げ茶?の半袖Tシャツだな)胡坐をかいて左足はそのまま、右膝を立て右ひじをそこへのせてスマホ、(誰かとお話し中ですか)左の人差し指をせわしく動かしているのは視線の先、頭一つ上辺りその先を追ってみたが、ただの空気と、ちょくちょくその視線を遮る人、さらには甲州街道に架かるあの歩道橋か・・・視線の元を振り返ると、醒めた眼が俺を射る。「いつもここに居るんだね、スマホとタバコが必需品らしい」一言も無しに立ち上がり、すれ違いざまにひと睨みして駅の敷地を街に向けて出て行った。(出直しだな・・・まあ1回目の clip はこんなもんだろう ジーンズに焦げ茶の半袖Tシャツ・・・タバコ好き、眼力強め)高層ビルを避けた空に左の人差し指で字を書いて覚える。「あんたの真似じゃない、俺もこれ癖なんだよ」さっきまで座っていた場所に真新しい彼女の残像を描き出しながら捨て台詞を吐いたが、言い訳になってしまった。( 相手はもういないっていうのに ・・・)( さてと、シッティングブルでバーボン飲んで帰るか )久しぶりの小説、応援頂けたら嬉しいです。
2022.11.12
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