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TV映画「世界の中心で、愛をさけぶ」行定勲監督04年東宝ほか。いまさら説明するまでもないだろう。片山恭一の大ベストセラーを映画化した作品。原作は読んでいない。TBSのドラマの方は毎週欠かさず見ていた。1クールのドラマと2時間前後の映画では尺が違いすぎて比較するのは不適当だとは思うが、敢えて比較すれば、映画は進行が急すぎて感情移入できない。長澤まさみと森山未来はいきなり恋仲になるし、発病した長澤はあれよあれよという間に病状が悪化する。ドラマ→映画------------綾瀬はるか→長澤まさみ山田孝之→森山未来緒方直人→大沢たかお桜井幸子→柴咲コウ仲代達矢→山崎努大島さと子→木内みどり三浦友和→杉本哲太ドラマではかなり重要な役どころであった本仮屋ユイカ、高橋克実、手塚理美、松下由樹に相当する役は、映画には存在しない。設定もドラマと映画ではかなり違っている。ある映画評で「長澤まさみ以外なにもない映画」と評されていたが、まさにその通り。今日の一枚:PSY・S / Non-Fiction今ではジャズ歌手となったチャカのハイトーン・ボイスと、隠れプログレ松浦雅也のフェアライトが冴え渡る、サイズの出世作。名曲揃いのなか、最も好きなのは最も大人しい曲の「Romeo」。この曲を聴くと、ミスター・ビッグのロミオを思い出す。「Parachute Limit」は、当時「さんまのまんま」のエンディングで流れていた。
2005/09/30
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TV映画「咬みつきたい」金子修介監督91年東宝。粗筋はgooより転載。ドラキュラ研究家の祖父に育てられ血液の研究をするまでになったゆづ子は、幼いころからの夢であったドラキュラの血を手に入れる。ところがそれを病院の保管室にしまいこんだことから、交通事故で病院に運び込まれた高島製薬薬品開発部長の石川に手違いで輸血されてしまうが石川はそのまま死亡。ゆづ子は石川の葬儀の日に娘の冴子に「あなたが処女なら、その血を石川の遺骨にかけると一年と三日後に蘇る」と告げる。一年後、ひとりで留守番をしていた冴子の前にドラキュラとして蘇った石川が現れ、冴子はビックリ。それを知ったゆづ子は自分が死んだという感覚すらない石川に一年前に死んでいることやドラキュラとなって蘇ってきたことなど一年間の事情を話し、とりあえず石川はゆづ子の家にしばらく身を隠すことになる。冴子に見守られながらゆづ子の研究にしぶしぶ協力する石川は次第に自分が殺された上に会社の贈賄事件の罪をきせられていたことを知るのだった。一方、高島製薬では事件の張本人であり、石川を死に追いやった北原が社長に就任していた。そして石川が蘇ったことを察知した北原は、手下の黒田を使って再び石川やゆづ子を襲う。そして、怒りを爆発させ北原に復讐を果たした石川は「もう人間には戻れない」と冴子に別れを告げるのだった。ドラキュラ映画のパロディーのつもりなのだろうが、パロ度が中途半端で笑えない。パロディーだからといって、吸血鬼役を緒方拳にしたのが間違いの元。ここではコメディー演技をする必要はないのだ。いや、むしろしてはならない。ドラキュラ役者の決定版は言わずと知れたクリストファー・リー(ベラ・ルゴシでも可)だが、日本のドラキュラ役者といえば岸田森。緩い空気の中で、岸田森だけが大真面目に吸血鬼を演じればこそ、パロディーが成立する。黒マントのドラキュラ装束も、岸田森がまとっていれば笑いがとれるが、緒方拳では同じ笑いでも失笑となる。天本英世の執事と、吉田日出子と串田和美の自由劇場コンビはうまく機能していなかった。安田成美はそこそこ。石田ひかりは、この当時はこんなに可愛かったのかと、今にして思い知らされた感あり。素人のはずの森本毅朗の悪役ぶりは意外と堂に入っていたが、同じ素人の糸井重里は素人の域を一歩も出ておらず、まともに台詞を喋ることすらできてなかった。中康治は、「スケバン刑事」の神恭一郎を自らパロっていたのだろうか。金子監督の習作。今日の一枚:EMERSON,LAKE & PALMER / Ladies And Gentlemen「恐怖の頭脳改革」発表後の、EL&P全盛期の姿を余すところなく収録した必殺の三枚組ライブ盤。のはずなのだが、なぜかその存在は地味だ。いわゆるプログレ五大バンドで、全盛期に完全な形でライブ盤をリリースすることができたのは、このEL&Pだけなのに、なぜ評価されないのだろう。
2005/09/29
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TV映画「マーロウ 最後の依頼」ボブ・ラフェルソン監督99年米。ご存知、レイモンド・チャンドラーの創作したハードボイルド探偵、フィリップ・マーロウのお話。演じるはジェームズ・カーン。「最後の依頼」のタイトル通り、カーンのマーロウはもはやお爺さんだ。なのに新婚。しかも相手は若くて美人で切れ者の弁護士。さらに富豪の娘ときている。ちなみに原題は"Poodle Springs"で、「最後の依頼」は日本側で勝手につけたタイトルだ。マーロウはボギーでやって欲しいよね。今日の一枚:アイン・ソフ / 海の底の動物園1stの「妖精の森」で賑々しくデビューした彼らだったが、その後沈黙して、数年後に突然2nd「帽子と野原」をリリースしたときにはほとんど話題に上らなかった。この3rd「海の底の動物園」ともなると、メジャーからのディストリビュートですらない。1stに収録されていた「ブライアン・スミスの主題による変奏曲」を再演しているが、同じ曲と思えないほどに変容している。
2005/09/28
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「かろうじて首の皮一枚つながって」という表現がある。首の皮一枚つながってる状態でまだ生きてる人間はいないんで、首の皮一枚つながってようがつながってまいが死んでることに変わりないから、この表現は無意味だ。と、云う人もいる。ごもっとも。掛布の頭を見ていて、このことが思い浮かんだ。彼の頭髪、まさに「かろうじて首の皮一枚つながって」だ。潔くないこと、この上ない。もう死んでるってば。掛布の頭髪、お前はもう死んでいる。「モウシンデイル」で変換すると、「毛死んでいる」と出た。PCのお墨付きだ。今日の一枚:SOFT MACHINE / Seven「収束」の次に好きなのはこれ。
2005/09/27
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ほぼ大木理紗(永井博子)のボイス・パフォーマンスのみによる、ミニ・アルバム。つまりはア・カペラ。自作曲は「遠い景色」一曲で、あとは小田和正「別れの情景1」、玉置浩二「悲しみにさようなら」、KATE BUSH "Moving"、レベッカ「フレンズ」のカバー。ボイス・パフォーマンスなので、当然いずれも原曲とは極端にアレンジが異なっている。永井女史の上手さ、声の美しさを思い知らされる。同じくミニ・アルバムで傾向も似ている、徳久恵美「インヴェルノ」と比較してみるといい。ア・カペラだからといって、トッド・ラングレンの「ア・カペラ」と比較してはいけない。方法論がまったく違う。山下達郎なら可。トッドを引き合いに出すなら、むしろデメトリオ・ストラトスのソロ作の方が近いかもしれない。昨日オダカズを聴いたので、これを聴きたくなった。
2005/09/26
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TV映画「ジョゼと虎と魚たち」犬童一心監督03年。粗筋はgooより転載。ある日、大学生の恒夫(妻夫木聡)は、坂道を暴走する乳母車に遭遇する。乗っていたのは、包丁を握りしめ、恐怖と怒りに満ちた目を見開いた少女(池脇千鶴)だった。歩けない孫娘を「こわれもの」として世間から隠そうとする老婆(新屋英子)が散歩に乳母車を使っていたのだ。脚の不自由な孫娘は、自分を“ジョゼ”と名のり、手際よく料理した食事を恒夫に振る舞う。その美味しさに感嘆する恒夫だったが、当の本人は「当たり前や!」と、にべも無い。恒夫はそんな負けん気の強いジョゼにひかれるのだった。 原作は田辺聖子。音楽はくるり。出演は上野樹里、板尾創路、陰山泰、真理アンヌ、大倉孝二、SABU、江口徳子ら。かなり原作に忠実に映画化しているらしい。主演の二人も、上野樹里を含めた他の出演者たちも素晴らしいが、池脇千鶴が脱ぐ必然性はあったのだろうか。犬童の演出は「黄泉がえり」のときより数段よくなっている。今日の一枚:小田和正 / 自己ベスト「秋の気配」が聴きたくなったから。いやもう、急にやって来たよ、秋の気配。
2005/09/25
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あ~、琴欧州、負けちゃったか~。まあ、なんだな。これで琴欧州が優勝してたら、場所後に大関に昇進させるかどうかで、またぞろ紛糾しそうだったから、来場所に大関獲りがかかることがはっきりして、かえってよかったのかも。不甲斐ない今の大関陣にはもはや期待できないので、早いとこ琴欧州なり白鵬なりが大関になってくれた方がいいんだけど。もう若の里や琴光喜じゃダメだ。八百長告白で有名な元小結・板井によると、彼の現役当時は一日の取組の半分近くが八百長だったそうだ。話半分としても、何割かは八百長だったことになる。その板井が、今の大相撲は八百長がほとんどないので、見ていておもしろいと話していた。実際、昔は千秋楽で七勝七敗の力士はほとんどが勝って勝ち越しを決めていたが、今場所千秋楽を迎えて七勝七敗の力士は岩木山、琴奨菊、豪風、白露山、春日王、北勝力の六名で、そのうち勝ち越せたのは北勝力ひとり。しかも北勝力の相手は同じ七勝七敗の白露山なので、実質千秋楽に勝ち越しがかかった力士は全滅だったことになる。やはり、八百長は昔に比べて激減したのだろう。完全になくなったのかはわからないが。旭鷲山あたりは怪しい。
2005/09/25
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クライアントの懇親会に招ばれて、ご相伴に与った。会場は月の庭。店自体は落ち着いた雰囲気でいいのだが、隣が風俗店なのが玉に瑕。圧倒的に女性が多い集団なので、飲み物はめいめい勝手に頼んで「まずはビール」というのがないのがよかった。私はハウスワインの赤を頼んで、あとはノンアルコールのフィズを数種類。最後に抹茶烏龍カクテルで〆た。ちょうどいい酔い加減。料理はまずヒラメの活け作りが出てきて、あっという間に平らげた。写真を撮ることなど、まったく頭になかった。ワインは白にすればよかったと、ちょっと後悔。その後何番目かに出てきたカモ肉の料理がこれ。ご覧の通り、向かいの女はもう食っている。写真を撮る間くらい、箸をつけるのを待ってくれ。これは太刀魚でブロッコリーを巻いてるやつ。太刀魚を使うところは珍しい。松茸の天ぷら。椎茸と云って、怒られてた女がいた。握り寿司。海老が美味かった。デザートは撮るのを忘れた。23時頃に解散。それから私はクライアントさんと差しで飲みに行って、いろいろと相談に乗った、というか愚痴を聞いてあげた。びっくり仰天する話も聞いたが、ここでは書けない。
2005/09/24
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TV映画「絶叫屋敷へいらっしゃい」ダン・エイクロイド監督91年米。粗筋はgooより転載。マンハッタンで株式投資のコンサルタントをやっているクリス・ソーン(チェヴィ・チェイス)は、同じマンションに引っ越してしまった弁護士のダイアン・ライトソン(デミ・ムーア)にひと目惚れ、早速翌日彼女と共にアトランティック・シティで開かれるビジネス・セミナーに同伴することになった。しかし、2人の甘いひとときの夢は、いきなり車中に乗りこんできたラテン人夫婦のために台無しになり、挙句の果てに彼らの希望で高速道路を降りてしまったのが運のツキ。いつのまにか時代にとり残されたようなバルカンバニアに入りこんでしまい、保安官デニス(ジョン・キャンディ)に逮捕され、治安判事アルビン・バルカンハイザー(ダン・エイクロイド)の絶叫屋敷へ連行されてしまった。クリスの職業を知ったアルビン判事は、銀行家や投資家によって町を産業廃棄物置場にされてしまった恨みゆえに彼らを地下室に閉じこめてしまう。ラテン人夫婦はデニスを買収し逃走するが、クリスとダイアンはまるで遊園地のような屋敷をぐるぐるとし、ついには死刑台にかけられつつも、ようやく脱走した。すぐさま警察に連絡し、判事の逮捕を望むクリスだったが、なんと警察も判事とグルで、再び2人は捕らわれの身に。そのとき、大地震が起きて屋敷が壊滅。2人は命からがら逃げだすが、どっこい、判事はまだ2人を追いかけまわすのであった・・・。今年見た最低映画の有力候補。ひどすぎる。子供が喜びそうなカラクリ屋敷を舞台にしながら、けっこうグロいので子供には見せられない。米国人はこれをおもしろいと感じるのだろうか。なぜデミ・ムーアは、こんなものに出演しているのだろうか。
2005/09/24
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TV映画「座頭市血笑旅」三隅研次監督64年大映。粗筋はgooより転載。甲州路を行く座頭市を見えがくれに追う五人組の殺し屋、文珠の和平次、島蔵、猪蔵、菊蔵、鶴蔵らは、市が乗った駕を先廻りして刺した。だが駕の中は赤ん坊を抱いた若い女おとよであった。市は途中で、急病に苦しむおとよに、駕をゆずったのだった。おとよの死を知った市は、その亭主信州宮本村の宇之助の許まで、赤ん坊を届けることにした。赤ん坊を抱いて、めくらの市は、駕かき土平と馬助を連れて子守旅を始めた。だが、五人組は、そんな市に襲いかかった。市の居合斬りで、一人を斬られた五人組。土平、馬助は退散して、市は赤ん坊と二人の旅を続けた。仲間を殺されて怒った殺し屋は、顔みしりの麻古女の半五郎を味方にして、おしめを替えている市に斬りかかった。だがそこでも市の刀は半五郎一家十人の命を奪っていた。盲目の市が、赤ん坊の世話をしながらの、やくざ旅は、苦労の連続であった。一夜賭博で金を作った市は、翌朝、田舎侍に追われる女巾着切り、お香を助け、子守り代りにお香をやとった。市の気っぷに惚れたお香は、市と口喧嘩をしながらも、よくめんどうをみた。ある日、お香が赤ん坊を二階からおしっこさせたのが、通りがかった相撲取り小手丑にかかり、市との間に乱闘が起きた。丁度通りがかった四人組は仕込杖を持たない市に、襲いかかったが、お香の機転でのがれることができた。市とお香が、お互い離れ難い愛情が湧いたころ、市は、今ではやくざの親分となっている宇之助を訪ねた。しかし宇之助は、子分に命じて赤ん坊を抱いた市を追い払った。宇之助の態度に怒った市は、赤ん坊をおとよの遺髪と共に菩提寺瑞光院の和尚に預けた。時しも寺の外では、宇之助を味方にした殺し屋、和平次らが竹槍の先に火をつけて、市を包み討うと襲った。市の居合破りを考えた和平次の作戦であった。振りかかる火と刃の中で四人組と子分を倒した市は、可愛いい赤ん坊の父親、宇之助だけは命を許した。赤ん坊と別れる市とお香の眼に涙が光った。シリーズ第八作目。第一作の三隅監督が再びメガホンをとり、音楽も伊福部昭が復帰。だが、第一作とは全く違う作風で、さらに云うならここまでのどの作品とも異なる作風。赤ん坊と市のコンビを中心に物語が動く異色作だ。ヒロイン役も不在で、市の相手役として高千穂ひづるが出演するのみ。赤ん坊の父親を若い頃の金子信雄が演じているが、キャストを見るまで全く気づかなかった。作を重ねる毎に勝新の動きは緩慢になってきており、このあたりになると殺陣の切れ味も鈍い。今日の一枚:ASHRA / Nwe Age of Earth真っ昼間の陽光の下で聴くべきものではない。部屋を暗くして、わけのわからん映像でも流しながら聴くべし。
2005/09/24
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ミン尚宮ナイス!「謙虚さには自信があります」だってよ。こんな矛盾した言葉はちょっとない。一方、皇后に対するチャングムは、「私の命を差し上げることはできても、心を差し上げることはできません」だと。こちらはなんと重い言葉か。ミン尚宮が最高尚宮になったのは、期間限定の最高尚宮になったチャングムの差配とばかり思っていたのに、ミン尚宮が実力で勝ち取ったものだった。チャンイが尚宮になるのはいつだ?前半は、済州島のとき以上にチャングムとミン・ジョンホのラブラブぶり全開で、互いの素性を知ったハン尚宮とチャングムが手に手を取り合って行動していた回以来の心和む一時だったが、これは「つかの間の和み」のタイトル通りのことで、後半は、一瞬のうちにチャングムは最大のピンチに陥る。こうなってくると、皇后がやり手なのも考えものだ。復讐を果たしたチャングムに、まだまだ安息は訪れない。
2005/09/23
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TV映画「座頭市あばれ凧」池広一夫監督64年大映。粗筋はgooより転載。甲州の宿場外れで功名心に燃えた旅のやくざ清六から、鉄砲で射たれた座頭市は、彼を救い治療費までおいて行った名も知らぬ恩人を追って鰍沢へと旅発った。鰍沢は富士川を挟んで、津向の文吉と竹屋の安五郎が対立していた。文吉は、今年も河原で花火をあげて近在の人々を喜ばせようと、江戸の花火師久兵衛を招き、姉娘お国を迎えにやったのだが、市を救ったのはこのお国であった。鰍沢についてこれを知った市は、お国に厚く礼を言い、自分はしがない按摩として文吉の家に厄介になった。吃安と仇名さる安五郎は、妹お仙が代官の妻、という立場を利用して、文吉の縄張りを狙い、ことある毎に文吉に因縁をつけていた。だが、柔和な文吉は取り合わず、血気にはやる乾分をなだめていた。そんなところに清六が文吉の家に帰って来た。清六は文吉の息子で、親姉妹にさんざんの迷惑をかけて出奔していたのだった、清六は市をみてびっくりした。彼は渡世人の中で名高い座頭市を討って、男をあげようとしたのだ。だが、盲目の市は清六と会っても己を射った人間だとは、知る由もなかった。この清六が、吃安の罠にかかって捕えられた。縄張りをよこすか、清六の命かというかけあいに、市は密かに吃安宅に侵入し無事清六を救出した。吃安は、風のごとく清六を擢っていった按摩が、兇状持で有名な座頭市と知って、代官所に座頭市召捕りの願いを出した。それを知った文吉は、市の身辺を慮って、事情を明かさず早立ちさせた。邪魔者の市が去ったとみるや、吃安一家は、用心棒の天玄を先頭に、文吉宅に殴り込みをかけた。不意討ちをうけた清六、文吉はてもなく倒された。だが、戦勝に酔う吃安宅に疾風のごとく現われたのは、怒りに身をふるわせた座頭市の姿であった。シリーズ第七作目。監督は前作に引き続いて池広一夫。ヒロインは久保菜穂子。半分コメディーのような明るさで前半を終え、文吉一家皆殺しのところから一転、初期の暗さとはまた違った小暗い空気に包まれる。
2005/09/23
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「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」ジョージ・ルーカス監督05年米。ぐずぐずしてると、エピソード2のときのようにいつの間にか公開終了ということになりかねないので、時間をとってリバーウォークに行ってきた。もう、一日に一回しか上映してない。観客は自分を含めて七名。さすがに侘しい感じがした。慌てて行ったはいいが、前作と前々作のストーリーをきれいさっぱり忘れていて、最初はアナキンとオビ・ワンがどっちがどっちだかわからないわ、リーアム・ニーソンはなんで出てこないんだと思うわ、サミュエル・ジャクソンが出てきたら「そういえば、こいつはジェダイの騎士だった」と思い出すわ、クリストファー・リーが序盤で簡単にやっつけられたら「あれれ?こいつが敵の首領じゃないの?」とトンチンカンなことを思うわ(リーは前作の敵の首領だった)、もうわけわからん状態だった。全六作をDVDで観直したい。ナタリー・ポートマンは、ちょっと可愛さが後退して残念。例によって、圧倒的な迫力の特撮がなければ話自体はスカスカの映画なので、劇場ではなく自室で観るとつらいだろう。スカスカだろうがなんだろうが、最後の十分がありさえすればこの作品は成立する。アミダラがルークとレイアを出産し、アナキンがダース・ベーダーのコスチュームに身を包むあの瞬間!建設中のデス・スターを眺めるベーダーと皇帝。「スター・ウォーズ」はここから始まったのだ。今日の一枚:SPARKS / Kimono My Houseハーフネルソン名義の1stの方が好き。
2005/09/22
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TV映画「座頭市千両首」池広一夫監督64年大映。粗筋はgooより転載。市が三年前こころならずも斬った男の墓参に板倉村を訪れた所、折りしも起きた千両箱強奪事件にまきこまれた。やったのは忠治一家の者だといい、また座頭市も、その一人に数えられた。真実を確めるため忠治に会った市は、樵悴した忠次や、二足わらじをはき代官の先棒をかつぐ紋次に自分の罪のないことを弁明するのだった。事の次第を理解した忠次だが、紋次は代官に密告した。鳴子笛の響く中、市は見事な刀さばきできりぬけた。とある廓に来た市は紋次と代官、用心棒十四郎がたくらんで忠治にぬれ衣をきせる工作と聞き、忠治の許へ急ごうとした市は、村に入って知りあった千代に近道だと案内された吊橋で紋次一味に出会い命を危機にさらした。それから数日後、千両箱の紛失は、二人の処刑にまで発展した。千両箱紛失の犯人と目された座頭市は、必ず千両箱をみつけて身の潔白を証明しようとした。朝靄深い宿場の入口、全身を聴嗅覚にして茶屋の屋根に身をふせた市は、千両箱を運び出そうとする紋次らに会い代官と紋次を斬り千両箱を見事とりかえすのだった。喜ぶ村人を後に、吉蔵の供養と千両箱を千代に渡すと、市は千代の前から遠ざかったが、なおもそれを追う十四郎の姿があった。シリーズ第六作目。前々作で第一作からの流れを清算し、前作からいわば読み切りスタイルに転換、新たなシリーズに突入した勝新座頭市は今作でスタッフをも一新した。音楽も伊福部昭ではない。もはや初期の暗さは微塵もなく、娯楽作品以外の何ものでもなくなっている。第三作でヒロインだった坪内ミキ子が、第三作とは別の役で出演。このあたりでも、新たなシリーズとなっているのがうかがえる。第二作で死んだはずの若山富三郎(城健三朗 )が再び登場するが、もちろんこれも別の役での出演。死んだはずの人間が何度も別の役で蘇ってくる「仁義なき戦い」と同じことが、このシリーズでも始まった。国定忠治役には島田正吾。今日の一枚:GREENSLADE / Sameブリティッシュに限れば確実に十指に入る名盤。世評の高い2ndより、こっちの方が好き。
2005/09/21
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悪名高いハイランドのブート。したがって、音は悪い。が、グリーンスレイドの演奏自体は素晴らしい。数年前にこの時期の音源がオフィシャルでリリースされたはずだが、なにしろこれを入手した当時はグリーンスレイドのライブ盤は存在しなかったので、貴重な代物だった。1.Joie de vivre2.Bedside Manners are extra3.Twin key progress4.Red light5.Spirit of the dance6.Feathered friends三曲目は未発表曲のようなタイトルになっているが、実は1stのB3"Sundance"。
2005/09/20
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TV映画「フロム・ヘル」ザ・ヒューズ・ブラザーズ(アレン&アルバート)監督01年米。粗筋はgooより転載。1888年のロンドン。2年前に妻子をなくし、アヘンでその苦しみから逃避しているアバーライン警部(ジョニー・デップ)は、娼婦の連続殺人事件を担当する。聞き込みを続ける中、赤毛の美しい娼婦メアリ(ヘザー・グラハム)に惹かれ、やがて二人は愛と信頼を育むようになった。そしてアバーラインは、上流階級の人々が密かに参加している秘密結社フリーメイソンの黒い影を嗅ぎ付ける。しかし娼婦は切り裂きジャックと名乗る謎の犯人に次々と殺されていき、残されたのはもうメアリだけ。そんな中ついに、切り裂きジャックは王室の主治医でアバーラインの手助けをしていたはずのウィリアム卿(イアン・ホルム)だと判明する。彼は王子が梅毒にかかった復讐として、地元の娼婦を処刑していたのだ。彼はメアリをねらう。しかしメアリは田舎に帰っており、実際に殺されたのは別の女性だった。だがそれに気づかず、すべての処刑を終えたとされたウィリアム卿は、フリーメイソンの仲間たちにロボトミー手術を施され、廃人となるのだった。娼婦好きの英国王子が密かに娼婦と、よりにもよってカトリック教会で結婚していたことが王室に露見して事件が始まった。ここまでなら揉み消し工作に終始したのだがろうが、王子が梅毒に罹患していたために工作は娼婦への復讐劇へと発展し、凄惨な連続殺人事件、いわゆる切り裂きジャック事件となった。このへんの発想はおもしろいが、ジョニー・デップ演じる警部が阿片中毒による予知夢で事件にあたるのは無理がある。正攻法で撮ればもっといいものになったであろうに、惜しい作品。場末の娼婦の役とはいえ、ヒロイン的存在のヘザー・グラハムがぜんぜん美しくないのも痛い。イアン・ホルムはあからさまに怪しいので、登場した瞬間からただの侍医でないのがばればれ。今日の一枚:JUDAS PRIEST / Sad Wings of Destinyジューダスの2ndにして大出世作。名曲「切り裂きジャック」所収。ロバート・ハルフォードの5オクターブ・ボイスに狂喜して、文字通り盤が擦り切れるほどに聴いたのは、もう30年近くも前のことになるのか・・・。ドラムスがイモな以外は文句なし。はっきり云って、クリムゾンの「エピタフ」よりジューダスの「エピタフ」の方が好きだ。この曲、ドラムスのパートはないし。
2005/09/19
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2005年のコンサート・ツアー「Sanctuary」最終日(於:渋谷公会堂)の模様を中心にして、岡村や加藤晴子(あみん時代の相棒)のインタビュー、昔の映像等をちりばめて構成している。曲を途中でぶった切ってインタビューやイメージ映像を挿入する手法はNHKのここ数年の得意技で、周囲には評判が悪い(特に、昔の「ヤング・ミュージック・ショー」の時代を知る世代には頗る不評)のだが、今回に限ってはむしろ歓迎する。岡村孝子のコンサートにコンセプトはないので、ぶつ切り結構。紅白歌合戦出場時のあみんの映像や、インタビューはおもしろかった。彼女のコンサート映像を見るのは久しぶりのことなので、それなりに期待していたのだが、驚いたことに彼女はさらにヘタクソになっていた!岡村孝子は、キャリアを積めば積むほど下手になっていく稀有な歌手だ。三作目のコンサート・ビデオ「Encore 3」でも十分ヘタクソだったが、この最新映像と比較すると当時の彼女は上手いと思えてくるほどだ。それほどに、ここでの岡村は圧倒的にヘタクソ。不思議なのは、アンコールで歌った「はぐれそうな天使」だけはきれいにまとまっていたことだ。この曲は長らくステージで歌っていなかったらしく、今回も本来のセットには入ってなく、ほとんどぶっつけ本番だったそうだ。体が覚えていたのか?ライブだからヘタクソなのかというと、そうでもない。私が持っている彼女のアルバムは、1stの「夢の樹」から8th「Chou-fleur」(ベスト盤を除く)まで。初期の頃はあみんの延長線上にあってごく普通に歌っているのだが、あみん時代の曲をセルフリメイクした3rd「Andantino a tempo」を経た4th「liberte」あたりから、怪しくなっていく。感情表現を放棄したかのように、どんどん平板になっていくのだ。コンスタントに活動してキャリアを積んでいれば、不摂生でレンジが狭くなったり声質が変化したりすることはあっても、たいていの歌手は表現力が増すはずだ。岡村の場合、もともと広くない声域がさらに狭くなったわけでもなく、もともと大きくない声量がさらに小さくなったわけでもなく、声質が変化したわけでもないが、著しく表現力が後退している。ふつうと逆だ。ある意味、4th「liberte」で感情表現せずに歌う“岡村節”を確立して、その後は岡村節に磨きをかけていったとも云える。なんの節制もせずに、むしろ毎日がちょっとした酒池肉林の生活を続けていながら50代になっても美声を保っているジョン・アンダーソンも不思議な歌い手だが、常に第一線にいながらどんどんヘタクソになっていく岡村孝子も、ジョンに劣らず不思議な歌い手だ。今日の一枚:FERMATA / Same / Piesen z holさんざん岡村孝子のことを書いておいて、聴いたのはフェルマータ。1stと2ndの2in1。フェルマータはどこの国のバンドだったっけ。ライナーは東欧系の言語で書かれているので、何が書いてあるのかわからない。ボーカルレスで変拍子大会の硬質ジャズロックだが、1stと2ndでやや趣が異なる。どこか泥臭さが感じられる1stと洗練された2nd、好みは分かれるだろう。
2005/09/18
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遂にチャングムの復讐は成就し、宿敵のチェ一族およびオ・ギョモ一派は宮中から一掃された。医女チャングムの物語はまだ続くが、この回がスラッカン篇の最終回といってもいいだろう。ガイドブックで大雑把な筋を読んでしまっていたので、チャングムが最高尚宮になることは知っていたのだが、もし知っていなければ腰を抜かすほど驚いたに違いない。ここ数話の急展開ぶりは尋常ではなかった。こんなドラマが他にあるか?これでチェ尚宮もクミョンもチェ・パンスルもオ・ギョモも出てこなくなったわけだが、個性的な悪役が皆無となって話が進むのだろうか。いや、きっと滞りなく進むのだろう。なにしろチャングムなのだから。それにしても、チェ尚宮は影の主役とでも云うべき活躍ぶりだった。当初はチェ尚宮とハン尚宮が逆のキャスティングだったそうで、もしそのままでいっていたら、ドラマはまったく別の様相を呈していただろう。宮中から駆逐された連中のなかには、もちろんヨリもいた。彼女が先先を読んで次から次とチャングムを陥れていたときには、詰めの甘いチェ一族よりもよほど悪役らしく見えたものだが、前女官長との関係が暴露されたのを境に後手に回るようになり、本格的にチャングムの逆襲が始まってからはなすすべもなくおろおろするばかりだったのを考えると、最後まで悪役としての矜持を捨てなかったチェ尚宮こそが、やはり最大の悪役であった。攻めているときは無類の強さを発揮するが、いったん守勢にまわると脆く、棒立ちでサンドバッグ状態になるボクサーのようなものだ、ヨリは。残すところあと六話。チャングムが宮中にあがった年齢から勘定していくと、すでに彼女は中年の域に達しているはずなのだが、いつまで経っても若い姿のままなのはご愛嬌。チャングムとは同世代のヨンセンもチャンイも、ほとんど娘のような風貌のままだ。
2005/09/17
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TV映画「座頭市喧嘩旅」安田公義監督63年大映。粗筋はgooより転載。今では、やくざ仲間に勇名をはせる座頭市は、一人旅の途中、堂山支家の喜助という男に呼びとめられ、近く持ち上る下妻一家との喧嘩に手を貸してくれと懇願された。これを見ていたのが、喧嘩相手の下妻一家の助っ人を探していた岬の甚五郎という男であった。三人の浪人に、座頭市と喜助を斬るように、さしむけたが、喜助の惨殺に怒った市の、居合斬りにあい、甚五郎は情婦お久と共にその場を逃れた。再びあてのない旅に出た座頭市は、そこで、お屋敷勤めをするお美津を、武士の手から救った。お美津は手篭めにしようとした若殿に抵抗し怪我をさせたことで、追われていたのだ。が、仕込杖をもち無気味なめくらやくざの姿は、美しいお美津にとって気味悪い存在であった。ある旅篭に泊った時のこと、今は夫婦同然の甚五郎とお久が、このお美津に目をつけ、宿賃稼ぎに、お美津をおかみにさし出そうと企んだが、目あき以上にカンのよい座頭市に気づかれ、失敗に終った。お美津の心の中に、酷いが誠意をつくしてくれる座頭市への信頼感が高まっていった。翌日、お美津を追う藩士を得意の居合い斬りで倒した座頭市は、追う者もいなくなったお美津を好人物の老人夫婦に託して別れをつげた。思慕を隠そうともせず、「一緒に連れていって」とたのむお美津を、片輪者の宿命を負った座頭市は、全て甘い夢とふりきって去っていった。跡をつけていた甚五郎は時機到来とお美津をさらって藤兵衛の所へと連れこんだ。一方座頭市は、堂山一家にワラジをぬぎ、喧嘩の矢面に立つことになった。当日、静りかえった宿場に向いあった、下妻一家と堂山一家。とその一瞬、座頭市のすぐ側で“市さん"と呼ぶお美津の嘆声が!わが耳を疑う座頭市に、せせら笑いながら取引を持ちかける甚五郎の声が非情に響いた。シリーズ第五作目。音楽は伊福部昭。このあたりから初期の暗さが完全になくなって、派手な殺陣をメインに据えた活劇になる。勝新演じるヒーロー市の世直し旅の物語なので、“勝劇”といってもいい。ヒロインは藤村志保。お姫様お姫様した上品な可愛さは、ここまでのシリーズのヒロインにはなかったものだ。それにしても、この若い頃の藤村志保の声を聞くと、女性の声が加齢とともに低くなることを思い知らされる。今の藤村志保とは別人のように可憐な声だ。
2005/09/17
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TV映画「座頭市兇状旅」田中徳三監督63年大映粗筋はgooより転載。上州下仁田。市が投宿した旅篭の主人島蔵を訪ねて来た佐吉と東九郎の話から、土地の二代目親分佐吉と、旅篭の親切な娘のぶは恋仲だが、のぶの養父島蔵は佐吉の先代に遂われた元貸元で、未だに縄張りの夢が捨てきれずにいることを知った。彼らは二代目披露を兼ねた今夜の花会をぶちこわして佐吉を窮地に陥れ、同時に佐吉を消すこと考えていた。そのために蛾十郎という浪人まで傭っていた。娘のぶも養父と佐吉の仲の悪いことを感づいていた。翌日、佐吉が蛾十郎と東九郎の罠にはまりかけたとき、佐吉の立場を考えた市が自分一人の喧嘩として買って出た。逃げ帰った東九郎は自分が殺した佐吉の乾分も市の所為だと親分衆に報告佐吉の不可斐なさを責め、彼に市を斬ることを迫った。祭りも最後の三日目、名残惜しげなのぶの手伝いで旅仕度をしている市の許に、佐吉が飛び込んで来た。おたねが東九郎に拐わかされたというのだ。廃屋に駈け込んで、これが佐吉の裏切りと知った。佐吉が五百両で蛾十郎を買収したのだ。後を追って来たのぶの声も耳に入らぬ佐吉。東九郎らやくざの連合軍はその包囲をちじめて、市に迫った。幾度かの絶望的な危機を斬り抜け河原の中州へ出た。が、そこには蛾十郎が待っていた。蛾十郎は必死に制止するおたねを刺した。市の憤りは炸裂、蛾十郎に迫った。必死の市の剣はさえ、蛾十郎はその剣の前にたおれた。やがて、旅姿の市のひょろひょろとした姿が見られ、見送るのぶの目に光るものが宿っていた。 シリーズ第四作目。音楽は伊福部昭。第一作のヒロイン、万里昌代が再び登場して、ここまでの流れに区切りをつける。今作のヒロインは高田美和。このあたりから市は正義のヒーロー的存在となり、座頭市の物語はある種の様式として確立される。それは即マンネリに繋がるのだが。「仮面ライダー」でいえば今作がトカゲロンの回で、次作がサボテグロンの回。(わかる人だけわかってね)
2005/09/17
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近くに用事があったので、ちょっと足を延ばして美術館まで行ってきた。写実主義から始まり、東洋趣味を経てグロテスクに到る過程を年代順に展示してある。アンソールに最も影響を与えた、紙製の粗末な仮面の展示もあり。「北斎漫画」を模写した素描が多数あって、とてもベルギー人が描いたとは思えないほどそっくりに模写しているのに驚かされた。ハードカバーで立派な製本の図版は内容の割りに高かった(2,500円)ので、買わなかった。右の画像は「仮面と死神」1897年(リエージュ市立近現代美術館蔵)今日の一枚:EMPIRE / Back to Knowledge90年代、元アルティ・エ・メスティエリのキーボード奏者、ベッペ・クロベーラのプロデュースの下、イタリアのビニール・マジック・レーベルが続々と新人バンドの作品をリリースしたが、なかでも最も強力だったのがシンドーネで、そのシンドーネのダブル・キーボードの片方とドラマーが組んだ別働隊が、このエンパイア。全体の約半分は女性ボーカル入りで、半分はインストゥルメンタル。で、このインストが凄まじい。たった二人(ということはベースレス)で、ここまでやれるとは!人間の演奏能力には限界がないのかとも思えてくる。しかも、すべての曲はライブで完全に再現できるそうだ。彼らの腕は、本当に二本だけなのだろうか。プログレ野郎ども、縦横無尽に駆け巡るビンテージ・キーボード群に酔うがいい。
2005/09/16
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TV映画「ソード・オブ・ザ・ファンタジー 勇者と聖なる剣」バイロン・W・トンプソン監督02年豪州。12世紀、イングランド王リチャード1世率いる第3次十字軍の遠征中、イングランド国内は各地の豪族が略奪を行っていた。十字軍遠征で戦果を挙げた女戦士エリザベス(ジョアンナ・パクラ)が村に戻ったところ、村は略奪の限りを尽くされており、彼女の息子はグレコーという名の豪族(ルトガー・ハウアー)に連れ去られていた。エリザベスは息子を奪還する旅に出る。見るからに金がかかっていない。ルトガーの軍勢はせいぜい20~30騎といったところで、軍勢というよりは野盗だ。戦闘シーンもまるで迫力に欠けるし、女戦士の殺陣はなってない。これを見ると、いかに「ロード・オブ・ザ・リング」に金がかかっているかがわかる。
2005/09/16
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朝日新聞の夕刊によると、東京・千石の三百人劇場が老朽化により来年末で閉館するそうだ。ここは財団法人現代演劇協会(福田恆存らが設立)が74年に建てたもので、財団付属の劇団昴が拠点としている、らしい。そんなことは知らなかったが、学生時代、ソ連映画特集に連日通った思い入れのある劇場だけに、なくなるのは寂しい。同新聞によると、Do As Infinityが今月の29日をもって解散するそうだ。伴はソロ活動に、大渡は別のバンド活動、長尾大はプロデュース活動に向かうらしい。11月25日の日本武道館が最終ライブ。今日の一枚:IBIS / Sun Supreme「UT」発表後、ニュー・トロルスはビットリオ組とニコ組に分裂。裁判沙汰の末にニュー・トロルスの名称はビットリオ組が継ぎ、ニコ組はイビスを結成。この作品はイビスの1stで、歌詞がすべて英語であることも含めイタリア臭さが皆無の、ブリティッシュ然とした音になっている。同時期にリリースされたビットリオ組の「アトミック・システム」は、唾飛ばしフルートが活躍するイタリア臭いジャズ・ロックなので、トロルス分裂は必然だったのであろう。
2005/09/15
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TV映画「新・座頭市物語」田中徳三監督63年大映。粗筋はgooより転載。めくらやくざ座頭市は数年振りで故郷笠間へ足を向けた。途中、鬼怒川の湯治場に寄った市を追いかけて来たのは、かつて彼に斬られた関宿の勘兵衛の弟安彦の島吉と乾分たち、だが、斬合いのさなかに来合せた市の剣の師匠伴野弥十郎が仲に入って、市を下館の家へ伴れ帰った。弥十郎の妹弥生は、足がびっこなため縁談が度々こわれていたが、市には優しく暖かった。そんな頃、奥村紀之介をはじめとする水戸天狗党の落武者数名が下館の宗源寺まで落ちのびて来たが、逃亡の旅費に窮してむかしなじみの弥十郎を頼って来た。そこで弥十郎は紀之介から金策の手段として強盗の手引きを頼まれた。弥十郎は、この頼みに悪計を考え出し、門弟たちに座頭市の居合を披露させると皆を集めた。その帰途、弟子の一人で郷土神田陣八郎の息子欽吾は天狗党一味に誘拐された。その夜市は弥生から思いがけない結婚の申し出を受けた。感激した市は生れ変って堅気になることを誓った。そんなところへ、島吉が真剣勝負をいどんできた。市は弥生に誓った通りやくざの足を洗ったといって弥生ともども島吉に許しを乞うた。島吉はその潔い態度に、今までの恨みを水に流すと言って去った。二人は弥十郎に結婚の許しを乞うが怒った弥十郎は市を破門した。そんなところに、陣八郎が脅迫状を持って弥十郎の許に相談に来た。三百両と引替に欽吾を渡す、今夜九ツ半、場所は羅漢の森というのだ。弥十郎は何くわぬ顔で自分も立合うことを約した。居酒屋油屋に寄った弥十郎は、言葉の行き違いから島吉を無礼打にした。市は、育ての親お茂ばあさんの家に行く途中、羅漢の森で天狗党一味と出会った。すべてを知った市は、彼らと血戦をいどみ、そのことごとくを斬った。そこへ駆けつけて来た弥十郎は怒りのあまり市に成敗の剣を抜いた。だが、市の捨身の剣に弥十郎は倒れた。市の後を追ってその場へやって来た弥生は呆然と立ちつくすのみだった。市はその弥生に頭を下げると、淋しそうに去って行くのだった。シリーズ第三作目で、初のカラー。音楽は伊福部昭に戻っている。市の剣の師匠役には東宝から河津清三郎が招かれているが、河津ではただの師匠ではなく悪役に違いないと事前にわかってしまうのが困りもの。河津の妹役でヒロインの役どころとなるのは、坪内ミキ子。NHK連想ゲーム解答者のあの坪内ミキ子も、娘時代はこんなに可愛かったのだ。今日の一枚:PERSONZ / Dreamers Onlyミッシンズ・パーソンズではなく、日本のパーソンズ。一曲目の"Fallin' Angel"と最後の"Singin' in The Rain"だけでいい。"Fallin' Angel"といっても、クリムゾンではないので念の為。"Fallin' Angel"をカラオケで歌うと、途中からウォッチタワーみたいになってウケル。
2005/09/14
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今日は整形外科の日で、例によって少なくとも午前中はつぶれる覚悟で行ったら、ほとんど待たずに診察を受けて検査もなかったので、拍子抜けするくらい早く終わってしまった。こんなこともあるのだ。おかげで昼食前に一仕事できて助かったのだが、これはこれで予定が狂ってはいる。会社員だと、有給休暇をとって病院に行くのだろうか。自分が会社員じゃないんで、これまでそんなことを考えもしなかったが、必ず月に二度は通院のために有給をとるのも酷な話だ。中小零細ともなると、とても有給をとれる状況ではなかったりもするだろうし。
2005/09/14
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TV映画「青春デンデケデケデケ」大林宣彦監督92年東映。舞台は1965年の四国、香川県観音寺市。鄙びた風景に素朴な方言が相俟って、雰囲気が大林の尾道作品に酷似する。90年代になってもなおストップ・モーションを用いる等、自主制作映画の時代を引きずった大林のけれんは肌に合わないのだが、この作品は比較的ストレートに撮っているので、良く出来た青春映画になっている。といっても、あくまで“比較的”で、あざとい手法はちらちら垣間見られるのだが。浅野忠信が高校生の役で出ており、この当時からすでに妙な間のある芝居をしていることがわかる。多分、芝居をしているわけではなく、地なのだろう。文化祭の準備をしている期間は、最高に楽しいときだ。文化祭当日より、準備期間の方が絶対に楽しいはず。この映画でもそれがよく表現されているが、押井守の「ビューティフル・ドリーマー」にはかなわない。なにしろあれは、文化祭の前日が永遠に続く世界なのだ。今日の一枚:THE BEACH BOYS / Pet Soundsブライアン・ウイルソンのキチガイ人生は、ここから始まった。シド・バレットと違って行きっ放しにならなかったのは僥倖。名曲の誉れ高い「神のみぞ知る」や「キャロライン・ノー」はもちろんのこと、タイトル・チューン「ペット・サウンズ」の変なギターやインスト・ナンバー(ということは、あのコーラスもなし)「少しの間」もいいぞ。でも、一番いいのは山下達郎の懇切丁寧なライナーだろう。
2005/09/13
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ワインを二本買って帰ったら、車から降りるときに落っことして、一本が粉々に。ああああああ。割れたのは安い方だったから、よかったけど。いや、よくねえよ。くそ。
2005/09/12
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新井素子を読むのは、20年ぶりくらいだろうか。この年齢になると、さすがに気恥ずかしいものがある。いや、20年前の時点ですでに気恥ずかしかった。文学少女御用達の新井素子の文体は、男性たる身にはきついものがある。女子大生作家としてテレビに出演していた新井素子も、今は40代の後半になっているわけだ。最近の彼女の作品はまったく知らないが、まだこの文体で書いているのだろうか。Wish You Were Here・・・あなたにここにいて欲しい。云うまでもなくピンク・フロイドの傑作アルバムのタイトルであり、新井はこのアルバムからインスパイアされてこの作品を書いたのだが、コバルト文庫を読みふける文学少女たちは、どこまでフロイドのことを知っているのだろう。ドラッグ中毒で狂気の彼方へ旅立ったシド・バレットのことを、彼女たちは知っているのか?結末は予定調和ながら、新井流実存主義は読み応えあり。今日の一枚:センス・オブ・ワンダー / グリーン・レクイエム自身SF作家でもある難波弘之のバンド、センス・オブ・ワンダーによる、新井素子の小説「グリーン・レクイエム」のイメージ・アルバム。小室和之のクリアーな声が威力を発揮している「ディグ・ミー」は名曲。このアルバムはCD化されていないと思われるが、難波弘之のディスコグラフィーの中でも隠れた傑作なので要注意。センス・オブ・ワンダーによるイメージ・アルバムは、ほかにも平井和正の「真・幻魔大戦」や大原まり子の「銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ」がある。いずれも高水準の出来。ところで、このアルバムとNOVELAの「最終戦争伝説」は、レジに出すのが恥ずかしいアルバム・ジャケットの双璧だろう。中学生の頃はスコーピオンズの「Virgin Killer」やロキシー・ミュージックの「カントリー・ライフ」が恥ずかしかったが、これらは今となってはなんともない。
2005/09/12
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開票率0%で当確が出るのは、いまだによくわからんですな。出口調査って、そんなに当てになるの?自民圧勝の見込みですか。そうですか。どこの局も特別報道番組体制のなか、いつものようにテレビ東京だけは通常番組を放送してるよ。やっぱりテレ東はマスコミの最後の良心だ。いつも投票所は近所の小学校だけど、学校のプールって、あんなにちっちゃかったかなぁ。あれじゃ、飛び込んだだけで25メートルの半分くらいまでいくんじゃないのかな。子供の頃は、もっと大きい感じがしたけどね。
2005/09/11
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究極の滅びの美学。これを逆にすると、究極の復讐の美学「モンテ・クリスト伯」となる。私が歴史上の人物で最も敬愛する女性は、オーストリアの女帝マリア・テレジアである。強大な武力を誇る新興国プロシアに立ち向かうに足る知略も胆力も、十人を超える王子王女を育て上げた慈愛も、彼女の末娘マリー・アントワネットには受け継がれなかった。マリー・アントワネットが母親から受け継いだのは輝くばかりの美貌と、ハプスブルクの王女としての強烈な自負。それがマリーを滅びに導き、同時に滅びを美学にした。気位が高く負けん気は強いが、負けぬための努力はしない。決して知性が劣っているわけでもなく、むしろ潜在的には人並み以上の知性を有していながら、享楽的で刹那的な性格が災いして知性を磨こうとはしない。こんな女性は、特に珍しいわけでもない。現代でも普通に存在している。マリーの不幸は、彼女が当時の大国フランスの、それも往時の輝きを失いつつある大国の王妃であったことだ。彼女が市井の娘であればもちろん、たとえ帝国の王女であっても一貴族に嫁いでいれば、国民の憎悪を一身に浴びて断頭台の露と消えることもなかったであろう。それは彼女の夫ルイ16世にしても同様で、彼の不幸は彼が為政者として無能であったことではなく、彼がフランス国王であり、それも太陽王の二代後を襲ったことだ。彼がもしルイ15世であったなら、暗愚な国王の謗りは受けても、王位を剥奪されることも処刑されることもなかったに違いない。人は生まれる時代を選べない。たった一日誕生日が違うだけで法改正にひっかかって年金がカットされるのも、マリー・アントワネットやルイ16世の不幸と本質的には同じことだ。遠藤周作の筆は史実に巧みに創作を織り込み、上下二巻の長尺を飽きさせない。最後の最後になって、序盤にいくつもの伏線が張られていたことがわかるあたり、まさに練達の士である。多分、アニメ「ラ・セーヌの星」で見たのだと思うが、ルイ16世がギロチンにかけられた後、マリーが獄中ひとりで息子をルイ17世に即位させるシーンがある。この涙なくしては見ることのできないシーンは、この小説には出てこなかった。史実ではどうなのだろう。もし○○がフランス王妃で私がスウェーデンの伯爵だったら、私はフェルゼンと同じ行動をとるだろうか。
2005/09/11
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TV映画「シェイド」サロメ・ブレジナー監督96年米。粗筋はgooより転載。アーネスト・デウォルト(トム・ベレンジャー)は元刑事で、数年前の事件で撃たれて腎臓を摘出された過去を持ち、今は人工透析をしながら大学で教えている。森で愛人ジェリー(カリ・ウーラー)との情事の最中に殺された同僚教師アレックス(スティーヴン・ラング)の妻エリザベス(ヴァレリア・ゴリノ)から事件の捜査を頼まれる。渋々調査を進めたアーネストの前に、死体が行方知れずになったジェリーの幻が立ち現れてくる。エリザベスとの仲も親密になり、彼女の家で一夜を共にするが、人工透析が必要な不自由な身体ゆえに結ばれずに終わる。ある日、アーネストは車の運転中、2人の荒くれ男たちに事故をけしかけられて収監され、告訴を受けることになる。アーネストは次第に事件の謎を解いていく。アレックスの殺害時の凶器は南北戦争時代のマスケット銃。アレックスはジェリーとの情事で訪れていた、現場の森の近くに住む荒くれ男の片割れ、ドレイパー(ジョフリー・ルイス)となじみになった。やがてアレックスは、かねて所望していた独立戦争時代の銃を博物館からを持ってくるようドレイパーに依頼。だがドレイパーは間違った銃を持って来たのをアレックスに叱責され、逆上してジェリーともども殺したのだ。ドレイパーは自殺。ジェリーの死体はドレイパーの家の前に埋められていた。容疑も晴れ、事件も解決したアーネストは、エリザベスのもとを再び訪れるのだった。トム・ベレンジャーが行方不明の女の幻影に導かれることで、ただのサスペンスではないところを見せたかったのだろうが、肝心のシナリオの質が悪いため、ただのサスペンス以下となった。山場もなければどんでん返しもなし。ベレンジャーは透析患者の設定なので、アクションもなし。
2005/09/10
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TV映画「プラクティカル・マジック」グリフィン・ダン監督粗筋はgooより転載。オーウェンズ家の人々は、両親を亡くしたサリー(サンドラ・ブロック)とジリアン(ニコール・キッドマン)の姉妹、叔母のジェット(ダイアン・ウィースト)とフランシス(ストッカード・チャニング)の4人暮らし。一族は魔女の血を引き、ちょっとした魔法を使える能力が受け継がれていた。その代償なのか、彼女たちと恋に落ちた男性は必ず若死にしてしまう。姉妹の父親もそうで、残された母は悲しみのあまり死んだ。そしてサリー自身が愛し、結婚した男性も早死にしたのだった。堅実で慎重派の姉サリーは「もう恋なんてしない、魔法も使わない」と心に誓い、理想の男性像をノートに綴っていた。パンケーキを裏返せる人、片方がグリーン、片方がブルーの目を持つ人……それは絶対に存在しないかわり、自分も傷つかない、幻の男性像だった。一方、セクシーな女性に成長した妹のジリアンは、恋人のジミー(ゴーラン・ビスンジック)と共に家を飛び出す。離れて暮らしながらも、ふたりはこの世で唯一完壁に分かり合える存在として、互いを大切に思っていた。やがてサリーの元にジリアンからSOSの電話が。熱烈に愛していたはずのジミーに誘拐され、暴力をふるわれているというのだ。妹を助けるために駆けつけたサリーは、決して誓わないと誓った魔法を使ってしまう。一方、事件を追って刑事のゲーリー(エイダン・クイン)が調査にやって来た。なんと、彼はサリーの理想の男性そのものだった。それは本当の魔法だった。これはひどい。サンドラ・ブロックとニコール・キッドマン、旬の女優二人を擁し、さらにダイアン・ウィーストまで起用していながら、惨憺たる出来。魔女なら魔女でファンタシーに徹すればいいものを、二人は殺人を犯して刑事に目を付けられサスペンス臭くなる。かと思うと、キッドマンは突然「エクソシスト」のリーガンと化してホラー臭くなるし、とっ散らかってまるでまとまりに欠ける。とってつけたようなCGも浮きまくり。シナリオも演出も下手くそすぎて、途中で真面目に見る気も失せた。ブロックとキッドマンの少女時代を演じる二人が、いかにも彼女たちが少女の頃はこんな感じだったであろうといった風貌だったのには感心した。それだけ。
2005/09/09
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TV映画「松川事件」山本薩夫監督粗筋はgooより転載。福島の街はまだ眠りに包まれていた。二つの影が冷くいかめしい地区警察署に吸いこまれていった。一人は本間刑事、一人は十九歳のチンピラ青年赤間勝美。東北本線金谷川駅と松川駅間で上り旅客列車の脱線転覆事件があってから一カ月近くたった昭和二十四年九月十日のことである。その日から、激しい赤間取調べが始まった。否認を続ける赤間に、組合幹部への憎しみと恐怖心をあおりたてる果てしない拷問。赤間の瞳は次第に焦点を失っていった。警察官、検察官によってあらかじめ用意されたウソの供述書を筋書通りに作らされた。この“赤間自白"をもとに、国鉄労組から十名、東芝労組から十名が次々と逮捕された。その年の十二月五日、福島地方裁判所で第一回公判が開かれた。赤間は冒頭から警察での自白をひるがえし、無実を主張した。公判は回を重ねるにつれ、この事件をめぐる警察、検査側の陰謀を明らかにしていった。昭和二十五年十二月六日、死刑五名、無期懲役五名、残る十名に長期刑という判決。裁判は被告たちの考えたほど甘いものではなかった。昭和二十八年十二月二十二日、仙台高等裁判所における第二審判決の日がきた。三名をのぞいて全員有罪。判決文というより、検事の最終論告そのものだった。裁告たち、弁護人団は怒りにふるえた。佐藤一被告がトラックの上に立ち、被告団声明を読みあげた。拍手が起り、「真実の勝利のために」の歌声が起った。拷問による偽りの自白をした赤間の役に小沢弘治。ほかに宇野重吉、西村晃、加藤嘉、宇津井健、沢村貞子ら、書ききれない。熊井啓の「下山事件」は刑事ものだったが、こちらは法廷もの。下山事件~三鷹事件~松川事件の流れは、あらためて資料にあたらないとわからないことが多い。
2005/09/09
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朝晩はだいぶ涼しくなってきたけど、ここにきて夏バテだ。だる~。昼間はまだ暑いもんね。この温度差がいかん。うちのガレージのすぐ横がお隣さんの犬の定位置で、車を出すときは必ずと言っていいほどやつの姿が目に入るんだけど、やつはたいてい寝転んで居眠りしてるのよね。これがまた気持ちよさそうに寝てるんだわ。こっちはこの暑い中働きに出るってのに、こいつは食っちゃ寝、食っちゃ寝でいいご身分だよな。な~んて、ぼやきたくもなるってもんよ。
2005/09/08
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台風14号が直撃して暴風雨だったけど、通勤時間は二分なので出勤してデスクワークに専念しました。これがまあ捗るのなんの。JRは在来線、新幹線ともに全線運休。モノレールも西鉄バスも運休。都市高速は全線通行止。市内の小中学校はすべて休校で、百貨店も臨時休業になってるくらいなんで、一般の会社も機能してないところが多かったのでしょう、電話が一本もかかりませんでした。電話で思考が中断されないと、こんなに捗るものなのですね。ニューオリンズを席巻したハリケーンより大型とか言ってたんで、さぞや被害は甚大なのかと思いきや意外とそうでもなく、夕方にはほとんど風もなくなってました。評判倒れのジェリー・ローラーのような台風でしたな。
2005/09/06
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TV映画「CUTIE HONEY キューティーハニー」庵野秀明監督「バットマン」を香港で撮ったらこうなった。もちろん低予算。あるいは、思いっきり金をかけて「ゴレンジャー」を撮ったらこうなった。そんな感じ。いずれにしても、評価の難しい問題作だ。佐藤江梨子のハニーは、原作のハニーとは別物のサトエリのハニーとみるべきか。こんなにバカなハニーでいいわけ?ひとりで観るとこっ恥ずかしいが、きっと複数で観ると楽しいのだろう。間違っても劇場で観てはいけない。ハニーの携帯の着信音が科学特捜隊の電話の音だったり、スカーレット・クローとの対戦で大リーグ・ボール2号の投げ方を使ったり、庵野のオタクぶりが窺える。佐藤江梨子のほかには、市川実日子、村上淳、篠井英介、及川光博、小日向しえ、片桐はいり、新谷真弓、手塚とおる、岩松了、松尾スズキ、嶋田久作、吉田日出子、京本政樹、松田龍平など。さらに、原作者の永井豪や北陽、しりあがり寿ら多数がチョイ役で出演している。あれだけ特殊メイクを施してなお、一目でそれとわかる片桐はいりの異貌には畏れ入る。オセロ中島が出てると思ったら、よく見ると小日向しえだった。
2005/09/05
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TV映画「ライジング・サン」フィリップ・カウフマン監督ショーン・コネリーの爆笑台詞(当人は大真面目)「フザケルナ、オコタゾ」を聞きたかったのに、吹き替えステレオ放送だったので聞けなかった。残念。007でコネリーが日本人に変装したとき(これも本人は大真面目)も度肝を抜かれたが、この「オコタゾ」も凄いぞ。腰が砕けそうになる。コネリーは日本人の役ではないので、まだ笑って済ませられる。問題は日本人役のやつら。彼らの日本語もかなり怪しいらしく、どうやら「チャングムの誓い」の倭寇並みのようだ。まともな日本語を話せる人材を探すくらいの手間はかけろよ、カウフマン。ほかにも金髪美女の女体盛りで寿司を食ったり、金髪美女の乳首に酒を浸して飲んだり、ここまでくると「変なニッポン」では済まされない。明らかに日本に対する悪意が感じられる。バブル景気真っ只中の日本が、米国の不動産を買いまくって米国人の顰蹙を買っていた頃に製作された映画(93年)なので、こういう描写になったのかもしれない。バブルがはじけて不景気にあえぐ今となっては、当時の米国の過剰反応ぶりに苦笑しつつ懐かしくもある。日本の描写も滅茶苦茶なら、プロットも滅茶苦茶。本当に原作はマイケル・クライトンなのだろうか。驚いたことに、音楽は武満徹。よく引き受けたよ。
2005/09/04
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タイトル通り、眠る女の話だった。外に「夜と夜の旅人」と「ある体験」の二篇を収録。作者のあとがきによると、三篇ともある閉塞した状態、時間の流れが停止した期間の中にいる人達の「夜」を描いたものだそうだ。実際、そのとおり。三篇中では表題作の出来が抜きん出ていいように思うが、同じモチーフで澁澤龍彦が書いたら、どんなにか幻想的で格調高いものになったであろうか。吉本の娘の、散文詩と小説の中間に位置するような軽い文体は、するするっと読めてすぐに読み終えてしまう。なにか損した気分だ。
2005/09/03
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TV映画「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」熊井啓監督粗筋はgooより転載。昭和二十四年七月、敗戦後の騒然とした雰囲気の中で労働運動は大きく高揚していた。昭和日報の社会部記者・矢代は、上野に集結するシベリヤからの復員兵たちの集会を取材していたが、その時、下山国鉄総裁の行方不明を知らされた。翌朝、下山の死体が発見されると、政府はいち早く他殺説に近い立場をとり、各新聞の主張も自殺説と他殺説に分かれた。この中で昭和日報は、他殺の線ですすめるべく、矢代に東大法医学研究室を取材させた。矢代は遺体解剖を行なった和島博士の「死体轢断の鑑定は絶対に間違いない」という言葉で他殺説に自信を持つが、一方、事件現場近くで下山の姿を見たという証言者が現われたり、東大鑑定に対する慶応の異論も出て、自殺説がクローズアップされてきた。しかし矢代は他殺の臭いを執拗に追い続け、東大研究室に通い続けるうちに、轢断現場近くに、大山の死体を運んだ時についたと思われる血痕を自らの手で発見する。この発見と前後して無人電車の暴走という「三鷹事件」が発生。追求の手をゆるめず走る矢代の背後に黒い妨害の手が現われ、ホームから突き落とされ、電車に轢かれそうになる。彼は検察の要請で特別研究生として身分を拘束されることになった。事件から一ヵ月後、警視庁が自殺を発表することになったが、突然、その発表は中止された。その二週間後、何者かによってレールがはずされ列車が転覆するという「松川事件」が起こり、政府はこれを利用し、労働組合、左翼への弾圧を一層強めた。捜査陣は遺体についた油や色素の鑑定と出所究明に走りまわり、矢代もまた若い刑事・大島と身をすりへらし地道な捜査にあたった。とこが、年の瀬もつまったある日、人事異動を名目に中心メンバーがはずされ、捜査本部は解散した。しかし矢代はあきらめなかった。大島とともに、下山を誘拐した三人のメンバーの一人という男・堀内から矢代あてに送られた表紙の真偽を確認するために北海道まで飛んだこともあった。五年、十年と時間が走り過ぎていった。そんな時、死体を現場で運んだらしいという男・丸山の存在を知った。矢代と大島は丸山に執拗に食い下がり、ついに事件当日の模様を自白させた。しかし、その内容には矢代たちが調査した事との食い違いがあり、全面的に信ずることはできなかった。そんなある日、丸山は駅のホームから転落死してしまった。事故死なのか、誰かに突き落とされたのか……。矢代は丸山の遺体の前で、得体の知れぬどす黒いものに対する激しい怒りがこみあげてくるのだった。原作は矢田喜美雄。主人公・矢代に仲代達矢。ほかに山本圭、浅茅陽子、中谷一郎、岩崎加根子、神山繁、隆大介、大滝秀治等々、書ききれないほどの豪華キャスト。占領下に連続して起きた三つの不可解な事件、下山事件、三鷹事件、松川事件はセットとなっており、いずれもGHQの意向が働いていた。松川事件は山本薩夫によって映画化されているので、そちらを見てからこの作品についてもコメントしたい。
2005/09/03
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TV映画「猫の恩返し」森田宏幸監督一風変わったジブリ・アニメ。のんさんのブログで「虹之助さんは酷評しそうだ」と書かれてしまいましたが・・・これが意外とおもしろかったのですよ。のんさん、期待を裏切ってすいません。(笑)「不思議の国のアリス」を猫キャラでやっただけとか、何時までに元の世界に戻らないとカエルに変わるとか人間に戻れないの類いのシンデレラ・バリエーションは散々見てきたとか、キャラ設定がステロタイプで薄っぺらいとか、酷評するのは簡単ですが(しっかり酷評しとるやん)、あまりに凝りすぎて、観ていて居心地の悪さを感じた「もののけ」や「千尋」の後だと、「やっぱりアニメはこうでなきゃ」と思ってしまいますね。堅苦しい宮崎世界観を押し付けられることもないですし。とはいっても、劇場で観るのはきついかもしれません。テレビ画面で十分です。声には池脇千鶴、袴田吉彦、渡辺哲、丹波哲郎、前田亜季、佐戸井けん太、山田孝之、濱田マリ、岡江久美子とずらりと有名俳優を配してギクシャクはしつつも、これはこれでいいのかと思わせる不思議な説得力がありました。メイン・キャラの声だけ有名俳優を起用するのは劇場用大作アニメの常套手段です。しかし、この作品のように脇キャラまですべて有名俳優で固めてしまうことはあまりないでしょう。メイン・キャラだけが有名俳優だと、プロの集団に素人が紛れ込んだ形になって有名俳優が浮いてしまいますが、この作品の声はある意味全員素人なので、かえって奇妙な整合感が生まれているようです。前田亜季のユキちゃんLOVE。つじあやのの主題歌「風になる」がとってつけたように最後に流れますが、これはこれでまたよし。
2005/09/02
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TV映画「続・座頭市物語」森一生監督完全な続編なのだが、監督が代わっているのでかなり雰囲気が異なる。目玉はなんといっても城健三朗の出演。といっても、補足しないとわかるまい。城健三朗とは、後の若山富三郎である。すなわち、勝新と富三郎の兄弟共演。しかも、作中でも兄弟の役。殺陣の場面は正編の五割増しといったところで、派手は派手なのだが、脚本の甘さが目立つ。ご多分に漏れず、「続編は正編に劣る」の一サンプルとなってしまった。
2005/09/01
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