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国が豊かになるほど欲が顔を出す唯物的、刹那的、利己的にならないように耐え忍んで我慢すること和顔愛語を心掛け最低でも切れないこと切れれば暗転の現実から願いは遠くなってゆく身勝手のお返しが自業自得日々心の調和に努め対立には末路を想像し悪業を戒めること過去は戻せず行為に移すときは10秒の間を置くことだろう屋上から飛び降りるとき、一瞬の間に走馬灯のように過去の歩みが出てくるという。誰でも一度は死のうと思ったことが有るという。一瞬の間の経験は溝に片足を踏み入れた時、無意識に飛んでいたが、その一瞬の間にどう着地するかを考え、心得のない柔道の受け身をして歩道にかばんを持ったまま立っていた。10秒も有れば末路を想像しながら冷静に成ることができる。行為に移すときは甘えは許されず、やってしまった過去は戻せず、短気を戒めておくことだろう。国が豊かになるほど人は見えるものだけを信じて求めてゆき、唯物的、刹那的、利己的に成ってしまう。快感を原則として楽を好み、苦を避けようとするが、大事なことは障害や試練を超えること、苦に耐え忍んで我慢することで多くの気付きと強靭な精神力が培われる。すぐに切れてしまうのは甘えからで、感情の抑制ができないからだろう。目的意識を以って意志を強くすること、どんなことにも一瞬の間を大切に志向することだろう。過去の因を知らんと欲さば、現在の果を見よ。未来の報を知らんと欲さば、現在の業を見よ。 2022年3月28日 琢
2022年03月28日
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心の領域は関わった人の数と歩んだ面積に比例するが三次元の現象界にいれば次の次元が観えずこの世の歩みも自分の足で歩く面積は狭く地上の各地の風土や時代の流れもそこに生活しなければその常識を受け入れることはできない故郷は生まれ育った心の中に有るものでその地その地の良さを知ることで心の領域は広がってゆく生活は生きることの実践だろう霊的に観える人は魂を見ることができる人で、魂には記憶したものが刻み込まれていて、その情景まで観ることができ、関わった人とのやり取りまで観えるという。霊魂不滅の法則が有るそうで、常に転生を繰り返しているのが魂で一転生一条件での学び、智慧、思い出、意志のすべてが刻まれていて、それが観えるという。普通は誰もが観えていないもので、転生するのはあの世は不変で、可変のこの世でしか魂の位階を上げることができないという。心の領域は関わった人の数と生活した面積に比例するものだが、国が違えば常識も違うもので、生を受けるのはこの地上のある一点で、一転生一条件だという。生まれ育ちは血筋、その地の風土、時代の知の条件制約の中で基盤に成って、それが常識の違いに成っている。地上の各地の風土もそこに生活しなければその常識を理解できないだろう。心の領域は人と人の交流から違う常識を受け入れることで広がってゆく。位階はこの世は三次元で別次元が観えないが、体験して悟ることで魂、すなわち霊位が上がると言われている。 2022年3月27日 琢
2022年03月27日
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超えてみなければ超えた人の心に成れず病に成らなければ至れない心境が有る慣れて心が穏やかに成れば痛みや苦しみの中でも優しく微笑む心配りは他人の為に強くなる心からで何度も体験を重ねる途上で求めて来た心境だが托身して雑念を空じることだろう生きていれば超えるしかなく超えたものが至れる心境は別次元のものなのだろう心の領域を広くして、思いやり、気配りができるようになるには人と人の関わりから常識の違いを受け入れること、赦す心からできるようになってゆく。心にわだかまりがないこと、相手の立場に立ってみることで赦すこと。迫る多くの障害や試練を避けず、逃げずに受けて超えることは、自己改善、修復、深化だけでなく、超えてみなければ超えた人の心に成れず、病に成らなければ至れない境地を得られるからだろう。不安、恐怖感に打ち勝って、慣れることで得られる穏やかな心になること。不安、恐怖感からの妄想、錯覚は病を育てて悪化させてしまう。痛みや苦しみの中でも優しく微笑む心配りは、他人の為に強くなる心が有るからで、何度も体験を重ねる、自分の場合は8回も救われた、ことの途上で求めて来た心境だった。医学、医療の専門医師に托身して感謝すること、雑念を空じること、専門外のことには馬鹿に成って余計な心配をしないことだろう。自分のことには代役が無く、生きていれば自分で超えるしかない。越えた先には超えたものが得られる心境が有り、それは別次元のものかも知れない。 2022年3月26日 琢
2022年03月26日
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生きることは諦めないこと年齢にかかわらず痛みや苦しみを超えること辛いことばかりにとらわれず楽しみを追いかけて何が有っても投げ出さず愚かさを自覚すること解らないことには托身して馬鹿に成ることも必要で求める道を突き進むこと体験して得た智慧を力として恩恵に感謝して歩めば必ず満足な成果が得られるそう信じて疑わないことだろう生きるということは、自分に負けないこと、諦めないことで悔いのない道を行くことだろう。途上には忍土の厳しさも有るが救いの恩恵も有るもので、感謝して歩むことだろう。迷いや葛藤は有っても指針を失わず、目的に向かって多くの障害や試練を超えてゆくことで耐え忍ぶこと、強靭な精神力を培うことからできる自分に成ってゆく。痛み、苦しみや悲しみも超えることで多くの気付きを得ることができる。楽しみを求めて歩めば艱難辛苦を超えられる。目指す頂上の歓喜を楽しみに、苦しくても諦めず、疑心暗鬼に負けずにひたすら上ってゆくことだろう。愚かな自分、無力な自分を痛感しながらも心を暗くせず、希望に目を輝かせながら明るさを失わないことだろう。解らないことには托身して信じて疑わず、馬鹿になることも必要なときが有る。雑念を捨てて、体験して得た智慧を力に求める道を突き進むことだろう。恩恵には感謝を忘れず、信じた道を行けば、必ず満足な成果が得られるだろう。 2022年3月25日 琢
2022年03月25日
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イライラしていたり焦っていたりせっかちに成っていたり感情の抑制ができていないときは弱点をさらけ出して冷静な相手に転がされ惨めな思いをする悔しいほど術中にはまり答えを急ぐほど相手は優位に立つ見切り、割り切りをつけてみることで態勢を整えること待つことも智慧の一つで急く心を落ち着かせること国が豊かになるほど人は贅沢に成って、我がままになり、我慢ができなくなってすぐに切れてしまう。目に見えるものだけにとらわれて外見だけを整えようと刹那的になり、利己的に成ってゆく。対立すれば思い通りに成らずに、イライラしたり、焦ったり、せっかちに成って感情の抑制ができなくなってしまう。爆発しそうなときは負けるパターンのときで、じっと耐えて間をおいてみることが良いが、それができなければ冷静な相手に転がされて、悔しいほど相手の術中にはまってゆくことに成る。答えを急ぐほど相手は優位に立って余計にじらされることに成る。自分もそういう惨めな思いをしたことが有って、相手が高ぶるほど冷静に成れる人をうらやましく思ったことが有る。二見【勝ち負け、損得、優劣、など】のとらわれが強いほど決着を急いでしまう。そういう時は見切り、割り切りをつけることでそのとらわれから抜け出すことで態勢を整えることができるようになる。待ってみることも智慧の一つで急く心を落ち着かせることだろう。感情の抑制から統御への努力は一生のことだろう。 2022年3月24日 琢
2022年03月24日
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どんな過酷なことにも自分で超えるしかなく逃げれば敗北感が付きまとい避ければ自分を責めてゆく素直に受け止めて前に進むしかない品格が備わるのはその途上の通過点で克己して超えるたびに自信が湧いてゆく相手の為に敢えて退くことも一歩も引けないときも心の広さと奥の深さで人としての愛で包んでゆく愛は赦し、譲り、無償で与えるものでかけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻む歩み始めれば障害や試練は避けられず、どんな過酷な状況に迫られても自分で超えるしかない。逃げれば敗北感で上を見れず、避ければ自分を責めてしまう。素直に受け止めて謙虚に前に進むしかない。品格が備わるのはその途上の通過点で自分に負けず克己しながら、超えるたびに自信が湧きだしてくる。自信は心のゆとりに成って、相手の為に敢えて退くことも有り、一歩も引かず押し通すことも、常に視野を広くして奥行きを深くしてゆくことができる。そこに至れば指針は確信に成り、道を歪めず、相手の立場に立って空気を読むことができるようになる。他の為に生かされていると思う心境に至れば、そこに人を包む愛・菩提心が他の為に尽くすようになってゆく。愛は赦し、与え、譲ることができるもので代償を求めることなく、菩提心で、かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻むもの。決して恩着せや押し付けをしないものだろう。 2022年3月23日 琢
2022年03月23日
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体験したものには通じ合うものが有る倒産、絶望、病苦、最悪の事態痛み、苦しみ、悲しみを超えたものは成ったものにしか解らない共通するものが有り共有することが癒しに成り和と信頼と絆が結ばれて最大の良き縁に成り合える友の大切さは人生のすべての通過点に必要なもの心を開くことの歓びは他の役に立つことから得られる誰もが思い通りに成らないのが忍土の厳しさだが、なんで自分だけがと思う体験が多いほど、心・魂は広く深いものになってゆく。半面自業自得の至らなさや欠点が有るが、多くの気付きと自己の修正と共に深化してゆくことに成る。体験して得たものは通じ合えるものが有り、倒産、絶望、病苦、最悪の事態での痛みや苦しみ、悲しみを超えてきたものは、成ったものにしかわからない共通点が有り、身に付いた智慧が有る。人と共有すれば癒しや救いにもなって、和と信頼、絆を結ぶことができて最大の良き縁に成り合うことができる。理解し合うことは認め合えることで孤独感が消えて、解り合うことが心の安定にもなってゆく。自分は一人ぽっちじゃない。友の大切さは換えがたい歓びで、人生のすべての通過点に必要なものに成ってゆく。心を開くことの歓びは他の役に立つことから得られるのだろう。 2022年3月22日 琢
2022年03月22日
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人は一人では生きられず自分のことだけを考えるとき不安になってくる他の為を考えて他人の為に尽くすとき不安感は消えている善行と共に他の役に立つことで他の歓びが自分の歓びと知る自分本位、身勝手の虚しさ人は他が為に生かされその為に尽くすことで幸せ、生き甲斐を感じるようになる人は常に疑問と共に歩んでゆく生きものだろう。好奇心や興味が湧けば疑問が出て来て、取り組むことで繰り返す失敗から自己の修正をしながらどんなものかが解ってゆく。できることを増やしながら考えることは、自分は何の為に生きているんだろうかの疑問が湧いてくる。自分が何ものかが分からず、共生社会で何を為す使命が有るのかも分からない。暗中模索の歩みにはいつも不安が付きまとっている。自分のことだけを考えて、自分の都合優先するほど孤独感と共に虚しさを感じてゆく。比較的に迷いがないときは他の為を考えて、他人の為に尽くしているときで、その時には不安は消えている。自分を無くして無私、利他の誠心に成るとき、間違っていないという信念と自信が湧いてくる。善行を積めば、他の役に立っている自分がいて、他の喜ぶ顔を見れば自分もうれしくなってゆき、それが自分の歓びだったと知る。人は他が為に生かされている。そのために尽くすことで強く、長く、広く、深くなってゆく自分は、幸せ、生き甲斐を感じるようになっている。 2022年3月21日 琢
2022年03月21日
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人生は結果で変わるが特に試験、検査は歓喜と残酷な結果をもたらす試験結果は方向の転換ができるが検査結果は自覚の呼びかけで時には余命の宣告のときも有る人が心からの自覚をもつときは厳粛なときで人知れず悶え苦しんだ末に静寂のときと共に覚悟が決まる死の覚悟は年齢と共に迫ってゆくが不安、恐怖感は病を現実にしてしまう生命力や体力が有るときは健康の不安を感じないが、心は経験を積むほど痛い目に遭ったことを思い出させ、不安、恐怖感に押しつぶされそうになってゆく。妄想や錯覚で想念が悪くなれば病人のように表情も顔色も暗くなってゆく。願いに向かえば必ず至らない部分を修正する障害や試練に出遭うが、体と相談して超えてゆく。常に自分との闘いで甘さを克己する歩みが続くが、無知や未熟を埋めてゆく途上では試されているのが自分だろう。人生は結果で変わってゆくもので、特に試験や検査は歓喜と残酷な結果をもたらす。試験結果は方向の転換ができるが、検査結果は自覚の呼びかけで、時には余命の宣告も有る。人が心からの自覚をもつときは厳粛な生命の危機のときで、人知れずに悶え苦しんだ末に静寂なときと共に覚悟を定めることに成る。死の覚悟は誰もが年齢と共に迫ってくるものだが、それを恐れず、行けるところまで行こうとする気力が必要だろう。不安、恐怖感は気力を萎えさせて病を育てることに成る。 2022年3月20日 琢
2022年03月20日
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窮地に立たされると人の心・魂は研ぎ澄まされて深層を観るようになる日頃は表層を見ていても迫る痛みや苦の最悪の事態では心眼が開いてきて真髄を観るようになる心の在り方も極限を観通せるようになる苦を超へたものの心境は成ってみなければ解らず托身しなければ得られない無念無想の心境に成る平穏では得られない境地だろう昔の祖国を思う大和魂や今ロシアにミサイルを撃ち込まれて侵攻されているウクライナの祖国を思って戦っている人々、死を覚悟した魂たちの心境は天にすべてを托身して強い絆で結ばれた団結の輝きだろう。人は窮地に立たされると心・魂は研ぎ澄まされて、欲得無しに深層を観るようになる。日ごろは表層を見ていても、迫る痛みや苦しみの最悪の事態では心眼が開いて邪気を祓って真髄が観えて来る。心の在り方も極限を観通せるようになる不動の心境に至っているのだろう。苦を超えたものの心境は成ってみなければ解らないもので、同じ境遇の人たちの癒しに成り、救いにもなる。ゆたか、平和、平穏だった境遇も、まさかの事態で暗雲が垂れ込めて、一瞬にして不安、恐怖感に覆われて我を見失って、持てる力を出せなくなってしまう。そういう時は天に托身して馬鹿になってみることができれば、持てる力、智慧は別の部分で生かせるようになる。無念無想の心境に成れば、長年挑戦してきた我を取り戻すことができるだろう。 2022年3月19日 琢
2022年03月19日
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人は後になって気が付くことが多い予知能力や先見能力は無くて普通経験で得た智慧で洞察することに成る先が観えず、読むしかないが結果が出てから知ることに成る先が観えていれば無駄なことをせずに済むと思うがその無駄は無意味ではなくやって解ることが智慧で身に付いて、体幹に入ることで自然体で使えるようになるこの世のすべてに意味が有るもので途上の通過点、過程に意味が有る人それぞれ絶対的な道順はないだろうどの道を選択しようと行き先さえしっかり心に有れば、意志が強いほど必ず到着することができる。自分が何者かが分からず、どんな使命を持って生まれてきたかもわからずに、好奇心や興味が湧いたものに取り組みながら自分の傾向を知ってゆく。迷い、葛藤はつきもので好きな道を選んでも頓挫することが多く、分岐点は進むたびに出てくるもので、目的意識が無ければ流されてゆくことに成る。予知能力や先見能力がないために、経験で得た智慧で洞察することに成る。先が観えず読むしかないが、占いや易に頼る人も多く、先が観えていれば無駄な歩みをせずに済むと思うからだろう。その無駄は無意味なものではなく、後に成れば必然のものだったことに気が付くことが多い。この世のすべてに意味が有るもので、紆余曲折の通過点、過程にも重要な意味が有る。試されている、仕組まれている、偶然ではなく全部必然のものだったことに気付いてみれば、人それぞれ絶対的な道順はなく、自然の摂理に従って生かされている一人の自然界の共生者なのだろう。 2022年3月18日 琢
2022年03月18日
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言葉は言霊として真理の伝達が有る自分だけにと留めずひろく伝えることで人の心の中で生きている否定的にならず、反抗心を抑えて前向きになる必ず好転反応が現れる成り行きで人任せにせず他を生かす努力を積めば自分の道が観えて来る諦めず、放棄せずに明るく元気に取り組めば闇にも光が差し込んでくるだろう言霊の幸はふ國,祐くる國、ことだまのさきわうくに、たすくるくにが大和の国・日本と言われている。発した言葉は人の心の中に残って消えることが無い。大樹は地中に広く深く根を張り,幹は太く長く天に伸びて枝葉を全体に張って自然の恩恵を吸い込んでいる。言葉は言の葉とも云われ、一文字一文字には深い意味が有る。真理の伝達になるのが言霊だろう。先人が遺した言葉、格言は遠い歴史上にたくさん有るが、今も学ぶ人の心の支えになっている。時とともに変化する世界でも、残すべき言葉や文化、郷土の語り部や言い伝え、お祭りや行事は残すべきだろう。否定的、反抗的にならず、素直に謙虚になって人智を尽くすことで、何をすべきかのヒントはたくさん出てくるだろう。多くの障害や試練を超えてきた智慧を生かす場を見つけることもできるだろう。他を生かすことに努めることから自分の歩むべき道が観えて来ることも有る。焦らなくても急がなくても、繰り返す円環的思考は絞られて、魂に潜在する意識を自覚できるときが来る。迷い、袋小路の闇にも一条の光が差し込んでくるだろう。 2022年3月17日 琢
2022年03月17日
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見えないものを信じてみること想像力は大きな力で自業自得を気付かせて読みが鋭くなるほど失敗は減少する思うこと、行為することの反応は自分に与えられるもので許容能力、器を広くするほど幅広く、奥行きが深くなる自分の常識だけでは狭く他の常識を受け入れて心の領域を広くすることで適切な判断ができるようになる自分に与えられた現実に満足している人は少ない。この忍土は厳しいもので思い通りになることは少なく、忍耐力を培うこと、我慢ばかりで思うように進めない不満がストレスを溜め込んでゆく。その何故かを観ようとせず、見えるものだけに反応してしまうが、見えるものだけを信じて歩むことは表層だけを見て歩むことで、大切なもの・深層を観ない半分以下の視力で弱く、短く、狭く、浅い世界にいることに成る。見えないものを信じてみること。想像力は大きな力になるもので、自業自得に気付かせ、修正すべき欠点を見つけ出す。表層だけでなく深層・真髄を看破して洞察力・読みが鋭くなってゆき、失敗が減少してゆくことに成る。心と行為の反応のすべては自分に与えられたもので、許容能力、器を大きくすることで幅広く、奥行きの深い自分に成れる。自分の常識は生い立ち、育ち、躾を基盤にして当たり前になっているもので、他の多くの常識を受け入れるほど心の領域は広くなってゆき、適切な判断ができるようになってゆく。瞬間的に動く感情の抑制は止観して徐々に統御できるように同時進行の努力が必要だろう。 2022年3月16日 琢
2022年03月16日
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何かを捨てるときには見切り、割り切りが必要で離したくても放せないもの人の情けもかけた情けは貸しが有ると思い受けた恩は忘れやすい叱るも愛、放つも愛相手の将来を思えば見切ること、割り切ることが必要だろう断捨離のときも思い入れを捨てて別のとらわれをつくること転依・チャンネルを転じてみれば新たな目標が観えて来る途上の障害や試練を超えてなにかを得ようと情熱を燃やすが、超えてみれば過去のものは身に付いた智慧になって、忘れていても自然体で使うことができる。人、モノ、状況は忘れても身に付けたものは残っている。未練が残っているものは捨て難く、蓄積すれば模様替えができなくなってゆく。心機一転して節目のときは、縁が有ればまた出会えると思い切って捨てるしかなく、その時は割り切ること、見切ることが必要になる。人の情けも、かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻む、分別が大切だろう。包む愛も断腸の思いで突き放すときも有る。叱るも愛、放つも愛。相手の将来を思えば、見切り、割り切りも必要なときが有る。はやりの断捨離のときも、思い入れを滅するときで、別のとらわれに転じること、転依・てんね・チャンネルを変えること、発想の転換をすることで新たな別の目標が観えて来る。 2022年3月15日 琢
2022年03月15日
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発想が単調になれば視野が狭くなり配慮が欠けて思いもしなかった現実が起きる今は大自然、世界情勢がまさかの流動的時代に入ったこの条件制約の中で人智を尽くし人智を超える智慧を出し新たな発想から健康、経済的対応で願いに向かうこと過去の平穏、ゆたかさは過ぎ去ったもの形態を新たなものに換えてゆくことそんな自覚が必要だろう諸行無常の残酷さを思うときもある。時と共に変化して、もう元には戻れない、過去を引きずって生きるより、新たな時代に挑戦する意欲が必要だろう。平穏、ゆたかさはもう過去のもので、今は何が起きるか想像もつかないまさかの時代に入った。注意事項にとらわれるばかりで、自分の願ってきたこと、どこに向かってゆくかを見失ってしまえば、先は衰退の一途になってしまう。衰亡しないように心の立て直しが必要で、相応の覚悟をしておくことだろう。単調な発想、視野の狭さ、不安と恐怖間の迷いは、挑戦意欲を減退させて思いもしなかった現実に嘆くことに成る。そこにも一本の道が有る。この時代の条件制約の中でも、人智を尽くし、人事を超える智慧を出せるのが人間だろう。人としての原点を見失うことなく、どう対応するかが問われている。新たな発想で健康、経済的対応をする必要が有る。しっかりと前を向いて、この難局に立ち向かって行く自覚を持つことだろう。10年後に発展しているか衰亡に向かっているかの分岐点が今なのだろう。 2022年3月14日 琢
2022年03月14日
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地域ごとにセンスが有りそれが品格を形成する人の心のイメージに残ってゆく日本のイメージは男はサムライ、女は大和なでしこ国の文化からのもので景勝や色彩と共に人の心に刻まれてゆく心の奥には魂が有り永遠に潜在する意識が有る記憶に刻まれたものは消えることなく継承されている一転生一条件その条件制約の中で魂・意識の記憶を模索することに成る霊魂不滅の法則が有るがそれを信じる人と、人間死んだら終わりと思う人が有る。まだ科学的分析はできていないが、転生という言葉は世界中で使われるようになっている。肉体の寿命はわずかでも魂・霊魂は永遠に循環してゆくものと思う方が執着を残さず、生き方も違うだろう。意識は魂の蔵に潜在しているが、生まれたときはそのすべてが忘却、喪失、無知でゼロから始めることに成る。多くの経験と円環的思考から次第に自分が今生為すべきことが絞られてゆき、潜在する前世の延長を自覚できるようになってゆく。この世は現象界、あの世は実在界で不変の為に、魂の次元を高めるために一転生一条件で地域を転々と転生してゆき、可変であるこの現象界に生まれてくる。記憶は人と人の間に流れているものを刻んだもので、意識に刻まれたものは魂の蔵に入って継承されてゆく。魂は智慧もつ意志のエネルギーで心の奥に有るもの、経験と共に領域を広げ、障害や試練を超えながら次元を高めてゆく。仮我・偽我から善我へ、善我から真我に至ろうとする歩みが人生だろう。 2022年3月13日 琢
2022年03月13日
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原因不明の嫌がらせに出遭えばそうさせている過去が有ってそれに気付いていない自分がいる自己正当化の言い訳は自分を振り返ることが無く修復に向かわなかった為に今与えられた現実が有る自業自得の必然で反省して修復しない場合恩恵に感謝していない場合人やモノ、事態を粗末に扱った場合当然与えられる反応ですべては自分がつくりだしたもの素直に、謙虚に改めることだろうどんなときにもいつもいい方に回る人がいる。良い結果には自分のお陰と言い、悪い結果では責を負わず、いつも人のせいにして逃げてしまう。忍土は厳しいもので、必ず自業自得を嘆くときが来る。自己正当化は逃げのときだけで、いつか必ずその責を担うときが来る。原因不明の嫌がらせに出遭えば、そうさせてきた自分がいる。思い通りにならないことを人のせいにして責任を感じず、自己の修正をすることが無い人が向かう先は、与えられた現実を嘆き、悔いて、言い訳ができず、自業自得の責を負うときが来る。注意すべきは、恩恵に感謝しない場合、反省がなく、修正もない場合、敬意を表さず、人、モノ、ことを粗末に扱う場合、高慢、傲慢、ずるい奴のレッテルを張られてしまう。当然与えられる現実は嘆きと悔いで、すべて自分がつくりだした現実だろう。ただ、現実を素直に、謙虚に受け止めて改めるべきを改めることだろう。原因の無いところに結果は現れない。 2022年3月12日 琢
2022年03月12日
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日課を持つことは誰の為でもなく自分のためになることで他に押し付けるものでなく課行と戒めは日々持続させることで生活にリズムができて自利になってゆく継続は力なりで心に指針が有れば流されることのない歩みになる自信が心にゆとりをもたせてくれて無私、利他の誠心に成り仮我・偽我から善我が現れて来る人は自分の為には弱く、他人のためには強くなれる。他が為に生かされているからかも知れない。自分の中に甘さが残っているもので、多くの場合勇気や気力が出ないときは自分に負けていることが多い。願いの成就を誓うときは、その為の課行と戒めが必要になる。すべて実践、実行することが大切で、課行は気が向いた時だけでなく、日課として持続させることが自分に負けず、自信がつくことに成る。ともすれば楽な方に行きがちな甘い自分を抑制すること、生活にリズムができること、自助になってゆくこと、継続は力なりというが、一番の敵は自分で克己ができれば、その自信が指針の基礎になってゆく。他の立ち位置に立ってみることができれば、思いやりや気配りができるようになって、無私、利他の誠心になることで、弱い自分から強い自分に成る。なんで自分だけがの仮我・偽我から、どうすれば人を幸せにできるかの善我が現れて、恩恵と感謝、報恩に向かうようになってゆく。 2022年3月11日 琢
2022年03月11日
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考えることの大切さ自分が何をしてきたか正しいと思った行為も別の存在には迷惑になる理解されるか自己正当化するか与えられた反応を見て次の行為をする現実に満足できなければ行為を変えてみる得た反応で心も変わってゆく自分を客観的に観ることで心と行為は変わってゆく何も考えずにしたいことをして失敗することが多い。自分の都合は相手には嫌な場合が多く、良く場の空気を読んで行為することが対立や摩擦を起こさない自分に成れる。思い通りにならないことは自分だけでなく誰もが思っていることで、人それぞれ願いが違う、思い方、考え方が違うからだろう。それを考えずに自分の都合本位でやりたいことだけをやってしまえば、不評を買うのは必然のことだろう。大切なことはいつも相手の立場に立って考えて行動することだろう。心がすっきりして気分がいいときはそれができているときだろう。結果を見て必然と思うことが因果応報、自業自得で、すべて自分に返ってくる。意地を張って自分はこれでいいんだと反抗して逆風を行こうとするときも有るが、気分が良いときは場の雰囲気が良いときで、認められ、理解されたときだろう。自分を客観的に観て心を変えるか行為を変えるかで、与えられる現実は確実に変わってゆく。反省は考えることだろう。 2022年3月10日 琢
2022年03月10日
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待っていても期待外ればかりまさかの事態はいつ来るか分からない過去の恩恵を振り返ってみれば良いことがたくさん有るが悪いことばかりにとらわれれば悪い方向に行くことに成る夢や希望は人を前向きにさせる思い方一つで良くも悪くもなるのがこの世の常だろうならば明るい方に向かうことだろう最近の自然現象を見れば、以前と違って被害が大きくなって来ていて、大地震の予測確率が高まってきている。コロナ禍はさらに不安、恐怖感を抱かせ、ゆたかで平穏だった心を脅かすようになってきている。まさかの事態も想像できる時代に突入したのだろう。人の心はストレスが重なって、夢や希望に向かう意欲が減退してきて、後ろ向きな考え方から精神不安定になってきている。不安や恐怖感は病を育ててしまうことが多く、ただ待っているだけでは期待外ればかりで、そんな時代だからこそ向かうべきところに向かう智慧を出すときだろう。思考を前向きにすれば良い方の分岐点を選択するが、後ろ向きにすれば暗転の暗いトンネルに入ってしまう。人には、動植物もそうだが、明るい方に向かう習性が有って、身に迫るまさかを超えてゆく気力を湧き立たせることができる。失敗を恐れるよりも、挑戦しないことを恐れるべきで、失敗を修正しながらどんな試練をも超えてゆけるのが人間だろう。心の向きをチェックしながら、今を明るく機嫌よく生きてゆくことだろう。 2022年3月9日 琢
2022年03月09日
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人が何を考えどう思っているかは会話から関わることで考え方、受け止め方や常識の違いを知る目的、目標の語り合いから共有できる部分で交友を重ねることで信頼関係が構築され友情や絆が結ばれてゆく良き縁との関わりと体験して身に付けた智慧の応用で共有する歓びを知り他の役に立てる人間になってゆく家から外に出ればたくさんの人々とすれ違ってゆくが、その人たちが何を考えているかが分からず、表情を見て想像するしかない。自分が興味を持つ人は外見を見て分別するが、縁有って関わることに成れば、会話して何を考え、何を思い、どんな願いを持っているかが観えて来る。人それぞれ生い立ち育ちの違いから基盤、常識が違うもので、何度も交友を重ねることから、常識の違いを受け入れて心の領域を広げることに成る。生きてゆく為の目的や目標の語り合いから共通するものを見つけ、関わってゆくことから信頼関係が構築されてゆく。恩恵に感謝しながら因縁側で関わることで友情や絆が芽生えてくる。協力し合い、助け合う良き縁との関わりと体験して身に付けた智慧を応用することで共有する歓びを知る。人は他が為に生かされているもので、他の役に立てること、喜んでもらえることがうれしく感じ、それを生き甲斐に感じることから、自分の使い方の自覚ができてゆくのだろう。 2022年3月8日 琢
2022年03月08日
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何かに没頭するときに集中力が高まって思考が深いところに入ってゆく表層には見えないところで深層に近くなるほどその成り立ちや仕組みが観えて来る外見上には見えないものを洞察できるようになってゆくものの見方が変わるときで未熟なときには見えなかったものも体験を積むほど観えて来る見栄や体裁にとらわれず幅広く、奥深く受け止めることで対応の仕方も変わってくる子供のころは早く大人になりたいと思っていたが、大人の年齢になってみれば、あの頃に大きく見えていた大人に成れていない自分がいる。子供の延長をやっている自分が恥ずかしくなる。戦前の人たちは鍛えられ方が違うのか威厳が有ったし、表情に出さない部分だけを重く感じていたのかもしれない。我慢強さ、忍耐力は倣わなければと思う。表層だけを見ていると甘い人間のままで、深層を観てその成り立ちや仕組みを知っておくことでものの見方が違ってくる。ほとんどの場合は外見で分別してしまうが、見落としをすることも多い。自分の主観で見てしまえば、日々気分が変わっているもので、機嫌の良い日と悪い日とでは判断の仕方が変わってしまう。ものの見方が未熟だったり浅かったりすれば損をするのは自分だけではないだろう。見えないものを見る力は、見えるものだけを信じるのではなく、表層から深層に有るものをよく観ることで培われ、体験と共に確かなものになってゆく。心も、見栄や体裁にとらわれず、幅広く、奥深く観る、ひろいこころになることだろう。 2022年3月7日 琢
2022年03月07日
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時と共に変化する世界で維持することは止まること変化を恐れては前に進めず進めば新たな世界が見えてくるゆたかさや平穏は永遠ではなく変化と共にどう生きるかが問題ですべては自分次第満足するのも悔いを残すのも心の在り方、適応の仕方如何ですべてと調和することだろう動物と違って人間は同族同士を殺し合う。その大きな要因は、自己顕示欲、自我我欲、自己保存の欲望のためで、自分を長く維持させることは時の変化、時代の流れを自分だけの都合で止めてしまうことに成る。宇宙、世界の潮流はまだ人間には読み切れていない。変化を恐れては前に進めず、進めば新たな世界が見えてくる。すべて自分の思惑通りにはゆかないもので、流れに逆らわないこと、止めないことだろう。ゆたかさや平穏は永遠に続くことはなく、自然の変化の中で、どう適応できるかを考えることだろう。過信、傲慢から脱して謙虚に、素直に現実をよく見ることだろう。一人一人の人間は一匹のありんこのようなもので、せっせと自分の為すべきことをすること、点滴石を穿つように、大宇宙、大自然の中の一滴の水と思っておく方がいいだろう。どう生きるかは自分次第、満足するも悔いを残すも心の在り方、適応の仕方で、すべてと調和することだろう。 2022年3月6日 琢
2022年03月06日
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求めても至るものは無く人事を尽くして天命を待つがまだ不足しているようで手応えを感じられずに未熟を知ることに成る究極の心境には至れず迷いの世界に戻ってしまう一転生一条件の人生であっても充たすことができていない自分常識の違いを受け入れて他人として在るべき姿を求めある程度の理解はできるが至れない愚かさを自覚する何をやってもうまくゆかず、放棄すれば負けたことに成ると諦めず、何度も挑戦するが敗北感が残ってしまう。中途半端な自分、ダメな自分を感じるばかりで成し遂げたものは何一つなかっただろう。掘り進めても地下の水脈に当たることが無く、どこを掘ればいいのかさえ迷うようになる。人にはそれぞれの特性や天職が有るのだろうが、かけた人生のつもりもピントが外れて、絶体絶命の断崖から転げ落ちて絶望の闇に入る。なんでこの俺がと過信していた自分にやっと気が付くことに成る。どん底の最低の地面を這いながら、終わったと思った人生も単なる通過点だったと気付かされ、結果ありきの物欲の世界から抜け出して、目的意識の違い、結果より経緯を重視し、二見のとらわれを捨てて人智を尽くすとき、人智を超える必然の結果が待っている。見えないものが奇跡を起こすときが来る。見えないものを信じ、それを見る眼・心眼をを開くことだろう。 2022年3月5日 琢
2022年03月05日
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他の害になる心は誰もが秘めているもので怒る、恨む、憎む、焦る、せかす困らす、じらす、待たす、騙すなど煩悩、カルマが潜在する行為にすれば自分がされて嫌なことを他にやってしまうことに成る有るものは無にできず空じて表に出さないこと戒めと課行を心掛けて有って邪魔にならない置物のように害になる心を顕示しないことで摩擦を減らす努力が必要だろう人の心には善悪両面あるもので、誰にも陰陽・表と裏が必ずある。表は明るくさせる心、裏は暗くさせる心だが、その場その時に無意識に出てしまう場合が多い。他の害になる心は誰もが秘めているもので、怒る、恨む、憎む、焦る、せかす、困らす、じらす、待たす、騙すなど有るが、意識して出す場合と無意識に出てしまう場合が有る。すべてが摩擦の元になるもので、行為に出せば、自分がされれば嫌なものだろう。しかし、有るものは無にはできず、空じて表に出さない方が良いことが多い。願う方向に向かうときに強く戒めておくこと、善意の課行を心掛けて実行すること。その途上では害になる心は空じて封じ込めておくことだろう。禅定して念じ、有っても邪魔にならない置物のように、害になる心を顕示しないように努めることだろう。業、カルマ、煩悩は無意識に出てしまう厄介なもので、逃げてもついて回り、解っていても止められないものだけに、成就したいものが有れば、本気に成って禅定して空じておくことだろう。 2022年3月4日 琢
2022年03月04日
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自分がっ我慢すればいい耐え忍んでいればいい誰にも解ってもらえないなんで自分は報われないのか卑屈になるときが有る忍土の厳しさを自覚して神仏は観てくれていると思えば心の乱れは収まってゆく見えないものを信じることから分相応をわきまえて足るを知ることから 感謝の念が湧いてくる与えられているのに足らないと思う心が不幸を呼び寄せることに成る本心で語り合えばみんな同じような悩みが有って、思い過ごしの我慢ばかりで、なんで自分だけがこんな目に遭うのかと思ったことが有る。みんな好きなようにやっているが自分にはそれをさせてくれないと思う心。思い通りに成らずに、自分だけが我慢して耐え忍んでいればいいんだと拗ねてしまう心。誰にも解ってもらえないと腐る心。なんで自分だけがと思ってきたことも、みな同じだったことに気が付くときが来る。忍土の厳しさを自覚して、神仏がちゃんと観てくれていると思うことで卑屈な心も鎮まってゆく。見えるものだけを信じて見えないものを信じないところに心の弱さ,脆さが有る。自意識過剰から甘さを捨ててみれば、そこに恩恵が見えて来て、感謝の念が湧いてくる。自分は特別だという心から、みな平等という心に成れば、分相応をわきまえて、足るを知るようになってゆく。与えられているのに気が付かず、当たり前と思ってまだ足らないと思う心が不幸を呼び寄せることに成るだろう。 2022年3月3日 琢
2022年03月03日
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窮地に立つとき真価が現れる日ごろは迷いだらけでも無意識にとる行為の中に経験で培った智慧が出る自分だけの為でなく他への菩提心で行為するとき人々の救いになってゆく計算してするものでなく心がが赴くところに魂が求めるものが有る国や地域を超えて自然愛、人間愛が現れる何か大きな変異が現れるときにとる咄嗟の行為や窮地に立たされた時にとる行為にその人の真価が現れる。日ごろ努力して準備してきたことが身に付いて、自分では思ってもみなかった心のはたらきで無意識に出る行為の中に、自然体で出てくる智慧が有る。その行為は自分だけの為でなく、他への菩提心で損得無関係に出てしまうものだが、それが人々の救いになることが多い。計算してするものでなく、魂から湧き出してくるもので、それが運命を分けることが多い。東北地震、津波が押し寄せるとき最後まで鐘を鳴らしていた人がいる。電車の線路に落ちた人を助けて表彰された人もいる。その運命は宿命だったかもしれない。心が赴くところに魂が求めるものが有る。違和感が有るときは魂がノーのサインを出していることが多く、しっくりするときはゴーのサインが出ているときといえる。救済は本能的に持っている心で、国や地域を超えてはたらく自然愛、世界愛、人間愛が有る。 2022年3月2日 琢
2022年03月02日
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病に成らなければ健康のありがたさが分からずやさしさを当たり前と思えば温もりのありがたさが分からない砂漠にいれば水のありがたさが解る酸欠に成れば空気のありがたさが解る太陽は遍く照らし大自然のすべてに恩恵を与えている恩恵を自覚すれば感謝の念が湧きだして愚かさを自覚すれば報恩に向かうようになる生きて歩んでいることを当たり前のように過ごし、すべての愛に気が付かずに当然のようにふるまって、かけた迷惑に気が付かずに自分のことばかり考えてしまう。好きなものに喜び、嫌いなものを避けてしまう。それでいて思い通りにならないとみんな嘆いている。人は共同社会で四苦八苦に出遭うたびに忍土の厳しさを知り、自分の愚かさを知るたびに無力を自覚してゆく。病に成れば健康のありがたさを知り、やさしさを当たり前と思えば、温もりのありがたさが解らず、酸欠に成れば空気のありがたさを、水のありがたさを改めて知ることに成る。太陽は遍く照らし、地上のすべてのものを照らし、命を目覚めさせている。その恩恵がなければそのすべての生命は生きてゆくことができない。恩恵の自覚ができて初めて感謝の念が湧きだし、四苦八苦に出遭うことで忍土の厳しさを自覚し、共同社会に生きることで自分の愚かさを自覚して、無力な自分でも何かの役に立って報恩に向かいたいと思うようになれる。求める境地は,生かされていることに気付き、どんな事情が有っても、今を明るく機嫌よく生きることだろう。 2022年3月1日 琢
2022年03月01日
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