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問題は現象に現れる現実で反省させられ気が付かない場合には何度も同じ現実を与えられる自分だけでなく他への迷惑は業・カルマとして正当化できず改めよとの呼びかけでもあるそれでも気が付かなければ見放されて孤立する自業自得の責任転嫁は破滅への道を辿ることになる問題消去は先送りしないことものごとにはタイミングが有る業・カルマは、何度も同じ過ちを繰り返し、解っていてもやめられず、逃げてもついて回り、終いにはかわいそうな自分を思うようになるという。人間社会では通用しない部分を嫌われて、その修正浄化をしなければ孤立するようになっている。問題が有れば現象化して、望まない現実を与えられる。それに気が付かなければ、何度も同じ現実が返ってくる。嫌な思いをするのは自分だけでなく、他への迷惑は業・カルマの部分が原因の場合が多く、改めよとの呼びかけでもある。それでも思い通りにしようとすれば、共生できずに孤立するようになる。それは自業自得と言われるもので、責任転嫁で人のせいにして逃げることが出来ず、すべて自分に降りかかって来てしまう。、そういうときにも恩恵は与えられるが、それに感謝もせずに仇で返すようなことを繰り返せば、破滅への道を辿ることになってしまう。苦の問題を、感謝、反省、敬意で修正浄化するときには、先送りを絶対にしないことだろう。どんなものにもタイミングが有って、それを逃してしまえば、這い上がる道さえ閉ざされてしまう。それも因果応報だろう。 2018年1月31日 琢
2018年01月31日
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人生の結果は死んだときに確定する途上では変化していて生きている間に結論は出ない途中の記録や軌跡を観て願う結論に至ることが出来る恩恵に感謝するほど人のやさしく成れて敬意と共に認められ、理解される他に歓びを与えるほど必要とされる自分に成れる他の役に立つほど自分の使命が観えてくる三つの幸せは、もらう幸せ、できる幸せ、あげる幸せで、無知から歩み始めて、何でも与えてもらいながら自分でもできるようになろうとして遍行をする。興味の湧くものをやってみながら、それがどんなものかが分かり、何度も挑戦しながら失敗し無くなれば、見てもらいたくなったり、誉めてもらいたくなる。その次には他にしてあげたくなるもので、その都度歓びを感じながら自分に自信がついてゆく。遍行は作意、触、受、想、思、別境では、欲界、勝解、念、定、慧で、得た知識を実践体験することで身に付けながら体幹に記憶して、先を拓く智慧を得る転識得智で、人の役に立てる歓びを生き甲斐と感じるようになってゆく。人の人生は、どんな役に立つ人間になるか、自分の為でありながら他人のために成ってゆく手応えを感じることが醍醐味になっている。人生の結果は死んでみなければ解からないもの、決定できないものだろう。スポーツの記録なども引退したときに確定するもので、現役のときは途上の記録で更に伸びる可能性を秘めている。魂の願いは一生をかけて果たしてゆくもので、必要とされ、手ごたえを感じながら、それが自分の為すべきことだとの自覚を得て不動の自分でありたいと思っている。 2018年1月30日 琢
2018年01月30日
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今の現実は過去の因の報で大因が何であったのか中果を観て大果への再起因をすれば修正浄化と共に自分の使命を自覚して悔いの無い歩みができる今自分が何故ここにいるのかを思えば自分が為すべきことが改めて自覚できる恩恵に感謝して報恩に向かえば迷いは少なくなる自分は何で生まれてきたのか、何を為すべきか、天職が有るとすれば何なのかを全員が模索しながら生きている。霊魂不滅の法則があるというが、この体に宿っている魂がどんな願いをもってきたのか、何をするために転生してきたのか、円環的思考の中ではいつも結論が出ない。空の状態では、有るものは無にならず、有るがままに、有のままに生きるしかないだろう。今の現実を見れば、何の成就も無いが家族がいて友達、仲間がいる。必要とされていることが有るからだろう。持って生まれた大因が何であったのか、中果・今の自分が置かれた状態を観れば、大果・どんな死にかたがしたいのかを思って、そのために再起因して、修正浄化しながら自分を整えて、悔いの無い安定した歩みができるのだろう。そこで自分が好きでやっていることの中に本当の使命が含まれているのだろう。今自分が何故ここにいるかを思えば、必要とされているからで、そこが自分の居場所になっているからだろう。自分が嬉しいと思うこと、歓びを感じられること、それをしていれば悔いは残らず、求められた役に立つことが自分の使命と自覚できれば、迷いは無くなってゆくだろう。 2018年1月29日 琢
2018年01月29日
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基礎、土台は見えないところの支え地に根を張る大樹のように高く伸びたものが倒れないように地中の養分を吸い上げて更に伸びるものを支えている地上にそびえ建つものには相応の基礎が有るただ乗せただけのものは根無し草のように風に流されて不安定さなものあらゆる障碍や試練を超えた先に確固たるものを積み上げてゆくただ無知を埋めただけの状態では、すぐに忘れてゆく知識をかき集めただけのもので、その成り立ちや仕組みを知らなければ応用が利かず、使いこなすことで実践して身に付けなければ先を拓く智慧には成りえないだろう。忍土の現象界に生きるには多くの障碍や試練が有って、願いを果たす途上では相応の基礎や土台に成るものを構築する必要が有る。眼に見えないところの支えになるもので、地に根を張る大樹のように高く伸びたものが嵐や地震で倒れないように、分相応の基礎が必要になる。地中の養分を吸い上げて更に伸びるものを支えるものが必要だろう。隣の木を枯らせないように一定の間隔を保ちながら、自然の摂理と共に共生できるように。人の心に良心・菩提心が有るのはそのためのものだろう。信念や自信が薄らげば、他の助けばかりで成り立っているようなもので、自分に主導権が無く、成り行き主義で、立てた目標に向かうことさえできなくなってしまう。あらゆる障碍や試練を超えた先に不動のものがあれば、願いに向かう確かな歩みができるようになる。心の安定はそこに与えられている。 2018年1月28日 琢
2018年01月28日
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自己完結の怖さ可能性が残っているのに諦めて投げ出してしまう他との和解の大切さ人の心をよく読むこと表皮だけでなく深層を洞察して自分だけの結論を出さないこと人の真意は深いところにあるもので浅はかな決断は別のものに悪影響を与えまた同じ過ちを繰り返す自分の愚かさを自覚して道を歪めないこと短気を起こすことで焦った結論の自己正当化をしてしまう。断ち切った交友の中には、そういう悔いが残っていて、本心では自分の軽さを認めていながら意地を通そうとしていたことを反省している自分がいる。自己完結の怖さはそこに有るもので、まだ可能性が残っているのに我慢ができず、諦めて投げ出してしまう。他の真意をよく読むことが重要なことだろう。表皮だけでなく、深層を洞察することで、自分だけの結論を出さないことだろう。末路をよく考えてカオスに対応しながら、望まない現実を引き起こさないように心掛けておく必要が有る。人の真意は深いところにあるもので、浅はかな決断は、先になって別のものに悪影響を与えてしまう。業、カルマは同じ過ちを繰り返してしまうもので、そのために苦労を自分から引き寄せてしまうことが多い。自分一人で生きているわけはなく、少なからず周りの人に迷惑をかけてしまうことに気が付かず、自分の愚かさを良く自覚して、道を歪めることの無いような持戒が必要だろう。 2018年1月27日 琢
2018年01月27日
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自信はやってみて付くものできることもやってみなければ自信を失ってゆくできないことも訓練を積めば出来るようになる今の体力では無理なことも鍛えることで可能になってゆく始めから諦めず挑戦意欲を捨てないこと奇跡の不可能から起きるできない言い訳、釈明を用意せず馬鹿と言われても気力を緩めることなくいつも前向きであること人は遍行【作意、触、受、想、思】からどんなものかの分別ができるようになってゆく。別境では,欲界のものか勝解したものかから念、定、慧と、身に付いたものが体幹に入ることで応用の効く智慧に転じてゆく。自分を信じることが重要で、自信はやってみて付くものだろう。できることもやってみなければ自信を失ってゆくだけだろう。できないことでも訓練を積み、今の体力では無理なことも鍛えることで可能になってゆく。始めから諦めず、挑戦意欲を捨てないことで、奇跡も不可能から起きてくる。自分に負けて楽な方へ行こうとして、できない言い訳や釈明を並べても、自分を落としてゆくだけになってしまう。馬鹿だと言われても、失敗が目に見えていても、やってみなければ解からないのがこの現象界だろう。失敗も体験してその自分の中の原因を修正浄化することで、次から失敗しなくなってゆく。人に何と言われようと気力を緩めることなく、いつも前向きな姿勢を貫くことで、その間に遊んでいた人とは比べようのない差ができてゆくのだろう。 2018年1月26日 琢
2018年01月26日
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振り返ることの大切さ長寿の人は死ぬ前にありがとうが多くなる途上の恩恵に感謝する心誰にも与えられる恩恵それに気付いて感謝すること敬意をもてば報恩に向かうことで認め合い、理解し合える信頼関係の構築で因縁側の関わりができて一人でできなかったことを成し遂げさせてくれる生きるというより、生かされているのだろう自分一人でできたと思うことに感謝の念が湧かず、自分の都合だけを通して出来るもの無く、社会の中で共生していることに気が付かなければ孤立して孤独の恐怖を味わうことになる。人は歳と共に生かされていることを実感してゆくことになる。謙虚に素直になるほど、反省が多くなり、他に迷惑はかけていないと思っていても、他の助けがあって今ここにいることの自覚ができるようになる。振り返ってみること、自己回帰の大切さを思う。途上の恩恵に感謝し、どこにいようと誰かの支えで生きている自分に気が付けば、すべての恩恵に感謝の念が湧いてくる。敬意を示して報恩に向かうことで、認め合い、理解し合えるようになってゆく。そこに信頼関係が構築されて、それまでに自分一人ではできなかったことを成し遂げさせてくれる。自分を信じ、人を信じることが先を拓く鍵になっている。人間の可能性は、信じなければ開かない扉を幾重にも通り抜けた先に有る 高橋佳子、 2018年1月25日 琢
2018年01月25日
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人はいつも償いをしている気が付かずにかけた迷惑相手の妨害になっていることそれに気が付くときは自分がされたときで悪いことをしたと思えばさせてもらったことの感謝、反省に向かう自分の思い通りにできるということは誰かの遠慮の御蔭でそれに気が付くときは感謝と敬意を示し報恩に向かうことだろう生きてゆくということは、先ず好奇心の向くことをやって知ることで、無知を埋めながら体験したことの仕組みとその意味を知り、どんなものかのわきまえを増やしてゆくことだろう。何でもやってみることから始まって、好きこそものの上手なりで、得意分野を掘り進めながら専門分野を究めてゆくことから、その奥義に至るようになる。その途上にはの多くの人との関わりと恩恵があり、失敗から学ぶことの中で、多くの迷惑をかけてきたことに気が付くことになる。感謝、反省、敬意は自己の向上には必須のことで、感謝への報恩、修正浄化と共に敬意を以って事に当たる智慧を身に付けてゆくことになる。人はいつもその償いをしているもので、口先だけの言い訳や釈明に止めずに、自分がされて困ることを絶対にしないような心構え、持戒で、他のために尽くせる自分を求めている。思い通りにできたと思えば、その陰には誰かの遠慮や支援で成り立っていたことに気が付いて、感謝、報恩の心を忘れずに、今度は自分が無私、利他の誠心で、何かの役に立てる自分に成ることだろう。かけた情けは水に流せ 受けた恩は石に刻め 善光寺石碑 2018年1月24日 琢
2018年01月24日
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気が急いているときは立ち止まって考えるミスをしやすく忘れものが多い抜けが目立つもので視野が狭くなっているとらわれが有るときは見通すものに決定的なものが多い他から見れば信じられないもので目的意識を疑われるようなもの何が大切かを見失っているように冷静になれば自分でも信じられものを忘れている場合が多い急いては事を仕損じるどんなに良いことをしようとしていても、自分だけの常識で進める時にはどこかに矛盾が生じてしまうことが多く、大事なことほど周りへの思いやりや気配りが必要になる。100%賛同は有り得ないものと、いつかはみんなのためになるときが来ると信じることは大切なことだが、受ける側のことを考えて進めるべきときが多い。気が急いているときほどミスが多く、忘れたり抜けたりしている部分が必ずあるもので,何かの果報にとらわれが有るときほど視野が狭くなっている。見過ごしているものが多く、良く観たつもりでも自分の眼に映っていることが違っていることも多い。それは他から見れば信じられないものも多く、目的意識を疑われてしまうことも多い。何が大切かを見失っているようにしか見えず、冷静になるほど自分でも信じられないやり方の場合が多い。自分の都合を優先していることも多く、良いことをしているつもりでも迷惑になっていることが多い。急いては事を仕損じると言うが、大事なことほど焦らず急がず、じっくり慎重に構えて進めるべきで、カオスを粗末に扱うほど敵を増やしてしまうことになる。無くて済んでいる人に窮屈な便利は必要とされないことが多い。 2018年1月23日 琢
2018年01月23日
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人は過去の延長を生きているポット降ってわいたわけでなく家族や友の縁と共に歩んできた途上に在る必要とされ、その役を果たすために関わりの縁でつながっている偶然でなくそこには深い必然が有る自分一人でなく良き因縁側で果たす役が有る命は自分だけのものでなく常識の違いを超えて至るべき境地に向かうことそのために生かされている多くの情報を知ることで感じていることは、人の死のことで、この世には何故か簡単に死ぬ人と死んでもおかしくないところで助かっている人がいること。歳と共に死が近付いてくることの自覚をもつようになって来ること。そこに果たすべき何かが横たわっていること。人は過去の延長を生きていること。ある日ポットそこに湧き出したわけはなく、家族や友の縁と共に、歩んできた途上に在ること。そこには自分を必要とする関わりがあって、その役を果たそうとする自分がいること。何かの縁でつながっていることに偶然は無く、それまでの深い必然が有ること。自分一人で生きているわけでなく、関わることで果たすべき役が有ること。命は自分だけのものでなく、共生することで多くの常識の違いを超えて、至るべき境地に向かうことに悔いが残らないこと。そのために生かされていて、どれだけ生きたかでなく、どう生きたかの道筋が問題だということ。そこに前世からの延長が観えてくるのかも知れない。 2018年1月22日 琢
2018年01月22日
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子々孫々の幸せを願うのは人としての願いだが永いスパンでみんなの願いが同じものならその多くの願いは身を正し、試練に耐えて未来に継承されてゆくそこには自然の摂理と共に先祖への敬いが有る今自分が生きていることも元が有ったからこその命で感謝と敬意なしには成り立たないどの世に生まれようと種族はその心で保たれてゆく転生を思えば、あらゆる時とところにある一族の子として生まれ、多くの条件、常識の制約の中で生きた記憶を魂の意識に蓄積しながら、より高い境地に至るための体験を重ねてゆくことだろう。自然の摂理の中で、その必然の法則を学びながら、それぞれが全く違う常識の中で生きてゆく。子々孫々の幸せを願うのは、人としての願いで、永いスパンでみんなの願いが同じものなら、その多くの願いは、身を正して自分を整えて調和させながら、障碍や試練を超えて、未来に継承されてゆくことになる。浩然の気、宇宙大自然と一体化する心境を求めながら、いつの世にも先祖への感謝と敬いの心が有る。今自分がここに生きていることも、元が有ったからこそのもので、家族や仲間に必要とされながら、それに応えている自分がいる。感謝と敬意なしには成り立たないものだろう。種族保存は横軸の永遠のテーマだろう。不滅の霊魂は縦軸で、菩薩、如来の境地に至るための永遠の使命を果たすことだろう。 2018年1月21日 琢
2018年01月21日
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樹木は地下に根を張って嵐に倒されることなく地下の養分を吸い上げて地上に高く伸びている根は一日で生えるものでなく長い年月と共にひろく張ってゆく葉は日の光を集めるために枝は光の方に伸びて幹はすべての枝に養分を送っている一人の人間もその自然の摂理の一員として根を張って生きている泥水を吸い上げても地上には綺麗な花を咲かせている忍土にいれば、食べるために、家族を養うために身を汚すことも多く、心に描く理想とは違うことも時にはさせられることが多い。どのようにして自分を整えてゆくかが問題で、流されてゆけばいつまでたっても自分に主導権の無い道をゆくことになる。感謝、反省、敬意で、いつも素直な心で飽くなき理想を追うために、自分に負けて甘やかすことの無い克己に努めることになる。すべてに恩恵への感謝が有れば、報恩に向かう道のりが観えてくる。樹木のように、地下に根を張って、地上に高く伸びてゆく。枝葉は茂って花を咲かせ,実を付けてゆく。太い幹は地下の養分を吸い上げて末端まで送っている。根も枝も長い年月とともに張って伸びてゆく。人間も同じで、その自然の摂理の一員として、共生するための良心・菩提心と共に根を張っている。蓮の花のように泥水を吸い上げても、地上に咲く花は綺麗に咲かせている。心の在り方次第で綺麗な花を咲かせることが出来る。すべてに意味があって、自分にとって無駄なものは無く、心を整えておくことで、奇跡と言われるようなこともできるようになってゆく。伐採して今は木こりの腰掛であっても、根さえ張っていれば芽を吹き、そこから樹木に育ててゆくことが出来る。 2018年1月20日 琢
2018年01月20日
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行為の基本は自分のカオスへの対応だが自分の傾向を目標を知ればその対応に方向性と色がつく物事の順序を間違えることなく適切な対応の中にも自分にしか出せない方向と色がつく邪気を祓って無私、利他の誠心で自分の個性と特性を生かす途上の歩み方が有る流されることなくひろく張った根・基礎と共に自分にしかできない歩みが見つかるただ漠然と生きてゆくだけでは自分の個性や特性を生かすことが出来ず、人工知能でできたロボットのような生き方しかできない。規格化された人間に個性が無く、その特徴を出すこともできない。自分にしか出せない方向性と色付けが有る。それも生まれてきた意味の一つだろう。人の行為の基本は、外からの情報と迫ってくるカオスへの対応に出るもの。自分の傾向と目標を知ることで、その対応に方向性と色付けができる。生け花のように花で色付けしながら自分の心を表わしてゆくのが自分にしか出せない味だろう。ものごとの順序を間違えることなく、適切な対応の中にも自分の願う方向と色付けが有る。邪気を祓って、無私、利他の誠心で、自分の個性と特性を生かす、途上の歩み方が有る。人気者や覚者の真似をして歩むのでなく、自分の広く張った根・基盤と共に、自分にしかできない不動の歩みが見つけられれば、その自覚と共に悔いの無い、自分が生きていた証を残すことが出来るだろう。 2018年1月19日 琢
2018年01月19日
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予感は口に出すものでなく何となく感じるものは現実のどこかに現れている霊感を当てものにせず心の赴きに任せる方が悔いが残らない魂から伝わってくることも有り無視すべきものでもない空気を読むことは適切さを見い出すために邪気を滅すれば最善の対応の元として表情、言葉、態度に現れる守護指導霊は無視できない観える人には、人それぞれに4,5体の守護指導霊がついているという。ユニバース体験とか仕組まれた恩恵には霊的なものがあって、何故か救われたようなことが自分の中に有るもので、あれが無ければどうなっていたか分からないという不思議なことが有った経験は誰にも与えられている。霊的な予知能力や先見能力が無くても予感がはたらくときが有って、無意識に別の目的で歩んできたところにも、そういう恩恵に恵まれていることが多い。かと言って試しに予言して当たることは滅多になく、神仏に守られていると感謝すべきものだろう。自分は何かに守られていると思う人がほとんどで、自分を信じることが可能性をひろくすることになる。自分を整えて調和することで、身を正した生き方の中に神足、神通が与えられて、無私、利他の菩提心と共に救済に向かうことが出来る幸せを得るようになる。空気を読むことは、適切さを見い出すためで、邪気を滅する中で、最善の対応の元になる。調和した心は表情や言葉、態度に現れているもので、自己顕示、我欲、自己保存をしなくても、自分は神仏に見守られていると信じることから心の安定を戴いていると思うことが出来るだろう。 2018年1月18日 琢
2018年01月18日
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集団を変えたいと思えば理想の状態を描いて先ず自分を正し正論を言う前に自分を整える率先して示してゆくこと言葉だけでは通じず迫害にも迷うことなくただ素直に接して背中を観て戴くこと焦らずにコツコツと時の流れと共に風潮をつくり出す効果を気にすることなく笑顔で場を明るくしてゆく集団に入れば、すべての人の常識が違うと思っておく方が良い。人間としての原点は一緒でも、生い立ち育ちの条件や制約が違っていて、そこにそれぞれの個性があるために、願っていることも思い通りにならずに悩んでいることも全く違う次元だと思っておくこと。其処への思いやり、気くばりが必要で、認めて理解を示して受け入れてゆくことが必要だろう。集団のゆく方向を変えたいと思えば、理想の状態を描きながら、先ず自分を正すことだろう。正論を言う前に自分を整えておくこと、率先して口だけでないところを身を以ってしますことだろう。100%の賛同を得ることは不可能で、迫害に動ずることなく、ただ素直にカオスに接して適切な対応をすることしか無いだろう。理想とする建前に沿って、そこに向かって本音よりも本心からの歩みを、その背中を観て戴くことしか無いだろう。焦らずコツコツとその努力を積み重ねて、時の流れと共にその風潮をつくり出す心構えが必要になる。その効果を気にせず、代償を求めず、恩着せや押し付けをしないことだろう。ただ笑顔で場を明るくしてゆくことだろう。布施と忍辱の心構えが必要で、無私、利他の誠心が求められるだろう。 2018年1月17日 琢
2018年01月17日
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父性は心の安定へ母性は包み込むものバランスの良さは両方から得る三つの幸せはもらう幸せ、できる幸せ、あげる幸せで愛は与えっぱなしのもの菩提心は愛を行使する個性はその人にしかないものその特性を布施に向ければ他への恩恵になるその嬉しさが本心の歓びになり他の役に立つことが自分の使命と自覚するようになる自分は何のために生まれてきたんだろう?誰しもこんな疑問をもったことが有るだろう。あなたはどこからきてどこに行こうとしているのですか?そう聞かれて答えられる人はいるだろうか。人は己が何ものかを死ぬまで知らないのかも知れない。三つのち【血筋、土地柄、時代の知】での条件、制約の影響を受けて、父母の愛に包まれて育ち、そこでの常識と自分の個性で歩むことになる。父性と母性のバランスの良さが人生に強く影響しながら、その個性と共に全く独自の歩みをすることになる。愛は与えっぱなしのもので、代償を求めず、家族だけでなく、みんな人を愛する心を本姓の中に持っていて、それを慈悲慈愛の菩提心と言って、その心を育み、どこに向けるかが、心の赴くところで、布施と共に徳を積みながらの歩みがどう生きるかにつながってゆく。今ここで生きているということは家族や他に必要とされているからで、どう応えてゆくかでそれが他の恩恵になっている。他の役に立てる嬉しさが本心からの歓びになっていて、それが自分の生き甲斐として、自分の使命かも知れないと気が付いている。人は自分のために弱く、人の為には強く成れる。それが揺らぎの無い心だろう。 2018年1月16日 琢
2018年01月16日
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感動の涙は人に新鮮な在り方を示し若者に勇気と使命感を持たせる自分が何者か分からず天職が何かを示すときも有る好きこそものの上手なり心の趣を引き出してそれを使命と自覚させる願いをもてば試練が来る学び、実践、訓練、体験から自分の能力と適性を伸ばし身に付けたものを体幹に入れて応用の効く智慧を得るどんなこともやってみることから始まる銭湯の湯とよく言うが、言うばっかりで何もしないことで、何でもやってみなければ始まらないもの、やらなければ失敗は無く安全だと思って其れに慣れてしまうもの。そこに進歩が無く、自己管理の必要もない。言うばかりで何もしなければ、意志がない、勇気がない、挑戦意欲が無い人とみなされて、誰も自分に期待しなくなってしまう。人には好奇心が有って、興味が心を動かすときがある。金メダルを取ったときに燃えてくる、湧き出してくる感動の嵐は、人に新鮮な夢や希望をもたせ、若者や子供たちにああなってみたいと思わせてくれる。人によっては死ぬまで自分が何者か分からないままのものもいる。何が自分に与えられた天職かが分からないまま終わる人も多い。自分のしたいと思うこと、好きなことから始める人が多く、そういうものを引き出してくれるのが心を大きく揺さぶる感動だろう。それを自分の使命と自覚できる人も多く、やってみることからすべてが始まって、自分の強いところや弱点に気付かせてくれる。至らない部分には障碍や試練が与えられるもので、修正浄化して改善することで超えてゆけば、先が観えてくる。学び、実践、訓練、体験から身に付いたものが体幹に入ってゆく。自分の能力と適性を伸ばしながら応用の効く智慧を得てゆく事になる。届かなくても人には夢と理想が必要なのだろう。 2018年1月15日 琢
2018年01月15日
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今この瞬間に生まれる人、死んでゆく人がいるこれからどう生きてゆくのか、どう生きてきたのか始めよければ終わりよし終わり良ければ総て良しとは言い切れず途上がどうであったか過去は変えられず未来は自分でつくり出すもの何を滅して、何を正したのかどう整えたか、調和できたか一点での自覚ができたか一転生一条件を通して既に有る魂の中の意識の何を確認できたか人は無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有,生、老死で人生の体験を意識に記憶させてゆく【十二縁起・因縁】。過去世の記憶は意識の中に残っているが、忘却、喪失、無知の状態で生まれて一から始めるようになっている。いろんなところに転生しながら、多くの条件の中の一点を生きてゆくことになっている。そのすべてが解るまでには相応の経験を積み重ねることになる。今この瞬間に生まれる人、死んでゆく人たちがいる。これからどう歩むのか、今までどう生きてきたのか。始めよければ終わりよし、終わり良ければ総て良しというわけにもいかない。過去、現在、未来をどう生きるかが問題で、その途上がどうであったか。何を滅して何を正しながら自分を整え、調和させてきたのかで悔いが違ってくるだろう。一点でどのような自覚ができたのか。心が体を使ってどう生きてきたのか。体は有限で、心の奥に有る魂は不滅だと言われている。魂の意識に記憶されたものの何を思い出すことが出来たのか。人の人生のそれぞれが既に決まっているもののように、一転生一条件の必然の人生をどう生きてきたのかが、次の転生の宿題になってゆくのかも知れない。魂はその答えを知っている。 2018年1月14日 琢
2018年01月14日
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自分の経験だけでも大概のことに対応できる自分を信じて体験したことから適切な対応のヒントにする教養が未熟でもやさしい言葉で誠心を尽くせばその心は伝わる専門用語は一般的で無く少ない人にしか通じない難解な言葉での優位は反感の対象に成りやさしい誉め言葉の方が心に響くことが多い自分たちにしか分からない言葉を多用することは、相手に誤解されやすく、傲慢な人間に見られて避けられてしまうことが多い。人間にとって一番つらいことは孤独、孤立で、何日も誰とも会話しないことで寂しさだけでなく自分を奈落の底に落としてゆくことが多い。対応を間違えなければ人との交流はできる。自分の経験だけでも大概のことに対応ができるだろう。自分を信じて体験したことから適切な対応のヒントを引き出して、善意で工夫することで良い印象を与えることが出来る。教養が無くても、やさしい言葉で誠心を尽くせば、その心は相手に伝わる。専門用語は一般的でなく、伝わらないまますべってしまうことが多く、誤解されてしまうことも多い。難解な言葉での優位は反感の対象に成り、孤立してしまう場合も多い。専門的知識は同じ分野を掘り進めている人にしか理解できず、それを常識として格好が良いと思うことは傲慢にしか見えず、嫌われる場合が多い。やさしい誉め言葉の方が、相手の心に響くことが多い。比較して精進することで向上してゆくが、比較で優位に成ろうとする心が孤独を招くことが多い。 2018年1月13日 琢
2018年01月13日
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何が起きても理に叶った対応ができるように多くの経験を積みとっさの発想にも時と場を読んでどうするかを瞬時に決めるその結果を観て次の対応に臨む感情に流されることなくすぐに平静に戻れるように訓練を怠らないこと乱れた心で為すことには先の可能性を壊すことも有ってクールな判断力を培っておくこと感情が動いた瞬間に、怒り、怨み、憎しみに変わってゆくのが心だろう。いろんな事情を抱えて苦しんでいるときほど動きやすいのが感情で、この世に神も仏も有るものかと思うときもそんなときだろう。いつも心掛けていることが、怒らず、怨まず、憎まずだったが、そういう毒があるからこその戒めをもっていたのだろう。赦す心が有れば人間として大きくなれるのが分かっていても動いてしまうのが感情だろう。その上で起きた現実に対応することには、多くの経験を積み重ねて、自己の修正浄化をしておく必要が有る。とっさの発想に偏りがあれば思う現実が返ってこず、時と場を読んで、その結果を観た上で次の対応ができるようになること。瞬時の感情に流されることなく、すぐに平静に戻れるように常に訓練を怠らないこと。乱れた心で為すことには、先の可能性を壊してしまうことも有って、できるだけクールな心でいられるように自分を整えておく必要が有るだろう。障碍や試練を超えているときにさらに別の試練を与えられたときに、どうしても感情が動いてしまい、カオスの扱いが粗末になってしまうのが人情だが、そこをしっかりした不動の心でいる強靭な精神力が必要になるだろう。動かざること山のごとし。 2018年1月12日 琢
2018年01月12日
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極めたつもりでもその先が有り途上の悟りに満足は無い一生を費やしてもまだ足りず悟りの境地には至れない自覚したものは継承され進化の先に深化がある謙虚さと素直さ傲慢は許されず想像と洞察は妄想や錯覚とは違う理想に描くものに現実を近付けてゆくすべて途上の記憶は魂の意識に収まってゆく悟りなんて嘘だ、有り得ないことだというのは普通に生きている人ならほとんどの人の思いだろう。どんな道をゆこうとどんな分野を究めようとこれだと思った先にもっと深いものが有ることを知っているからだろう。極めたつもりでも、その先が有り、上には上が有って、途上の悟りには満足が無い。一生費やしてもまだ足りず、至れない境地が本当の悟りだろう。一転生一条件での悟りでは、お釈迦さんの得た悟りとは違うものだと気が付くことになる。自覚という方が賢明で、自覚した境地は先に継承され、進化の先に深化があることを知るのだろう。謙虚さと洞察は妄想や錯覚とは違い、傲慢は許されず、自分が掲げた理想に自分を近付けてゆく道のりが人生ということだろう。その途上のすべての記憶は魂の中の意識の蔵に入っていると言われている。人間とはと言うジグソウパズルが有るとすれば、その一コマは一転生で、すべてが埋まるときが菩薩、如来ということだろう。大志は必要だが、そこに向かって確実に一歩を積み重ねてゆくこと、今を明るく機嫌良く生きてゆくことが一番だろう。果てしなく 険しく続く 天の道 受容してなほ 見えぬ道のり 2018年1月11日 琢
2018年01月11日
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願いのためにできることには上には上が有ってただできれば良いというものでなく仕上がりには自分流が有る四諦にもただ滅すれば良いというものでなく自分流の滅し方が有る人それぞれにセンスが有って個性がそこに入っている自分にしかできないものを求め他の役に立つことを願っているそれが自分の歓びで生き甲斐を感じるものそこに使命の自覚が有る夢や希望の願いは大志であるほど試練が多いものだが、それだけやりがいの有るもので、掘り進めるほど深く、納得の先に更なる納得が有って、その領域を求めて歩むことになる。願いのためにできることには上には上が有って、他だできれば良いというものではなくなってくる。その仕上がりには自分流としか言いようの無いものがある。四諦【苦、集、滅、道】にも、背負った四苦八苦をただ滅するだけでなく、滅した先に自分が描く夢の成就への道が問題になってくる。投げ出すことが出来ず、諦めることもできない道には自分流が有って、そこに人それぞれのセンスが有り、個性がそこに入っている。諦めて放棄するのは簡単だし、障碍や試練も少なくなってゆくが、そこに自分流がまったく無く、主導権も無い,浮き草のような人任せの自分を許せない心が有る。自分にしかできないものを求める心は、他の役に立つことを願っている。嬉しさを感じるところに自分の歓びが有り、それが生き甲斐のようになっている。他人が自分を必要としている場が有れば、そこが自分の居場所になってゆく。理解され、認められて役に立つことが報恩と感じられるところに自分の使命の自覚がるだろう。 2018年1月10日 琢
2018年01月10日
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出来たこと、同じことでも全く同じ時と場の状況下に無く以前で来たことも絶対できるとは限らない油断大敵は持戒で危機感が必要なことも多い経験を積むことも自信につながっている過信は禁物で迷いや錯覚を戒めておくこと成功には時と地の利が有るが準備して整えておくこと楽をして怠惰にならず状況を把握したうえで事に当たること自分を信じて中道をゆくこと中はどちらにもかたよらず、自分が正しいと信じる方をゆくこと,中る・あたることで、中道は正法のことだと言われている。誰が何と言おうと信じた道をゆくこと。自分の理想とする道を歩むことだが、時と場の状況は刻々と変化していて、同じ状況は一つも無い。以前で来たことも、必ずできるとは限らず、隙が有ればこんなはずじゃなかったという失意が待っている。想像することは妄想や錯覚、幻覚ではなく、信じる道をゆくために危機感を持つためのものだろう。何度やってもプレッシャーを感じるのは依然と同じ状況下ではないことを知っているからだろう。経験を積むことは自信になっているが過信は禁物、油断大敵で、世の中を甘く見ないことも智慧の内だろう。この世に絶対はなく、どうなるか分からないからこそ、日ごろからの準備が必要で、普段は難なくできることも大きく肝心な場面では大きなプレッシャーを感じて普段通りには行かないことも多い。実力が有っても迷いや錯覚を戒めておくことも準備の内だろう。大一番では時の利、地の利がはたらいているが、運だけに頼ることなくどんな時でもできるための日頃の準備を怠らないことだろう。楽をして怠惰にならず、自分が正しいと思う道をゆくことが正法にのっとっていることだろう。 2018年1月9日 琢
2018年01月09日
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どんな迫害に遭おうと顔で笑って心で泣いていても抜けること、超えること体力の限界を尽くして多くの試練を超えることで強く成れるのが自分で失敗を恐れず気力と共に挑戦する気構えを持つことやってみなければ解からない至らないところを正して体を使って望む方向に歩むこと他の役に立ち歓んでもらえることが嬉しいことでそこに自分の使命がある生き甲斐を感じるところに自分の居場所が見つかる。自分の都合の良いことばかりで満足できないのが人間で、他のためには強く成れるのも人間だろう。自己顕示、我欲、自己保存の虚しさは、孤立、孤独になって分かって来るものだろう。中道をゆくほど迫害が多いもので、願いが大きいほど障碍や試練も多きなる。どんな迫害が有っても、顔で笑って心で泣いていても、何が有っても抜けること、超えることで自信が湧いてくる。天はその人に越えられない試練は与えないと自分を信じ切ること。失敗を恐れず、気力と共に、挑戦することで、思い通りの結果が出なくても、やってみれば解かってくるものがある。うまくゆかなかったことの原因を探してみれば、そこに自分の未熟が有って、そこの修正浄化をすることで成就を引き寄せることが出来る。使えるものは自分の心と体で、魂の命ずる方に歩んでゆくこと。自分の都合の良い方へでなく、他の役に立てる方へ向かえば、そこに楽しさがあり、嬉しさもある。他の歓びが自分の歓びであったと自覚できれば、自分の使命が何かが分かって来るだろう。その方向に迷いや葛藤が少なく、強く成った自分を発見することが出来るだろう。 2018年1月8日 琢
2018年01月08日
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冗談では済まされないことちょっとした嫌がらせが人の人生を変えてしまう信頼は一瞬にして消えることが有るほんの少しの自己満足が他人の希望を打ち砕いてしまう言葉の恐ろしさ自分は面白半分でも時と次第では地獄に落ちることも有る他のストレスを無関係のものにぶつけることで自分の品格を落として取り返しのつかない現実を生む業・カルマは無意識のうちに出てしまうもので、望まない現実を引き出して何度も同じ過ちを繰り返してしまう。分かっていても止められず、逃げても追いかけてきて、終いには自分をかわいそうな人間だと憐れむようなことになる。やってしまったと思う過去の失敗を繰り返さないようにできるのが人間で、自戒することで、表に出さない努力を重ねることから、自分の歩みに好転の兆しが見えてくる。冗談では済まされないことや、興味本位で試してしまったことが、相手にとっては嫌がらせになって人の人生を変えてしまうことさえある。信頼は一瞬にして過去のものに成ってしまう。ほんの少しの自己満足が、他人の自信を打ち砕いてしまう。言葉の恐ろしさを痛感して止まない。自分は面白半分でも、時と次第によっては場の雰囲気を険悪にしてしまうことが多い。意地を張れば地獄に落ちることも多く、人は自分から崩れてゆくことも多い。自分の中のほかのストレスを何の関わ致も無いものにぶつけてしまうことで、望まない現実を引き出して、自分の品格を落としてしまうことも多い。取り返しのつかない現実を末路として、その流れをと止めるために、人には赦す心が与えられている。人の心は奥の深いもので、許容が広いほど懐、奥行きが広くなる。カルマは誰にも有るもので、無にはできず、空の中に有るものとして顕わにしない持戒と共に、有るがまま、有りのままの空からユーモアに変えることが出来れば、人の歓びを自分の歓びにをすることができる。 2018年1月7日 琢
2018年01月07日
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とらわれから妄想、錯覚が始まる暗い気分になったときは転依・気分転換をしてみること発想の転換で全く別のアイデアが湧いてくる視点を変えることで見えるものが変わり抜け出るすべが観えてくる疑問の解消は邪気を祓い正見のまなざしから固定観念、既成概念を砕くことで正法が観えてくる中道は何も中をとって間で手を打つということでなく、中は当たるという意味もあり,どちらにもかたよらず、自分の正しいと思う理想に向かう道なのだろう。この忍土の厳しさの中で何かにとらわれてしまうことで、本筋から逸脱して自分が何をやろうとしていたかがぼやけてすいまうことも多い、妄想や錯覚に覆われることも有り、暗い気分になるときは、転依で気分転換をしてみること。発想の転換ができれば、全く違うアイデアやヒントが湧いてくる場合が多い。チャンネルを変えてみて視点を変えることで、さっきまで見えていたものが全く別のものに見えてくることも多い。心の鏡を,自分鏡に映っているものもとらわれで違うものに見える場合も多く、観方を変えることで袋小路から抜け出るすべが観えてくるだろう。疑問の解消によって邪気が払われて、正見のまなざしが整ってくれば、固定観念や既成概念のとらわれを打ち砕くことが出来る。正法は黒く厚い雲を抜ければ真っ青な空が広がっている、そういうところのものだろう。 2018年1月6日 琢
2018年01月06日
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察すること相手の立場に立って観ることから客観的洞察ができてその快苦を察し理解して認めること善い言葉、誉める言葉、感謝の言葉表現には教養も必要で魂の学、現象の学とその実践、体験と共に得た境地で他の歓びになることをする他の役に立てる歓びは損得、勝ち負けを超えて金や物に換えられないもので使命の自覚は二見を超えたものおもんばかること,気配りができることで、人の苦しみや悲しみ、歓びを我が身のことと感じることが出来る。経験が多いほど人の心境を察することが出来るようになる。自分の愚かさを自覚するほど恩恵への感謝ができるようになる。感謝の念は報恩に向かうようになる。相手の立場に立って観ることから客観的洞察ができるようになり、その快苦を察し、理解して認めることが出来るようになる。使う言葉は、思いやり、気くばりの言葉、誉める言葉、感謝と敬意を示す言葉で、違う常識を受け入れて本心で語るようにすれば場の雰囲気が変わってゆく。表現にはある程度の教養が必要だが、過去の経験とそこで得た智慧は単なる知識を超えて含蓄の有るものに成っている。真心と共に他の歓びになることをすれば自分もうれしくなってもっとさせていただきたくなる。他の役に立つことの歓びは、損得や勝ち負けを超えて、お金や物に換えられない心の満足になり、悔いが残らない。自分の使命のようなものの自覚ができれば、二見を超えて、損得や勝ち負け、プラスマイナスのこだわりやとらわれから自分を解放できて、爽やかな心になることが出来る。その心境に迷いや葛藤は少なくなってゆくだろう。 2018年1月5日 琢
2018年01月05日
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渦中に在れば何が何だか分からずすべて流れに逆らえずに自分の位置さえ分からない改善点はそこに有るものでどうなったかは現実を見て知ることになる冷静な判断ができず友や仲間に見てもらうしか自分の姿を知る方法は無い良き友は改善点を教えてくれる自分を知るには他の反応,友の客観、映し鏡で傾向と対策が立てられる何処をどう直せば良くなるかは、自分だけでは分からないことが多い。渦中に在れば、何が何だか分からず、光と闇の分別さえ全く見えていないことが多い。どうなるかは身を流れに任すしかなく、成り行きで辿り着く先は現実を見て知るしかないときがある。すべてが混沌とした状態、カオスの中では自分の動きさえ分からないときが有る。そこに改善点が有るもので、与えられた現実は過ぎてしまったことだが、客観的に見ていた友や仲間がいれば、自分が何をしてどんな姿だったかを聞くことで、修正事項を知ることが出来る。自然体のときに体幹に有るものが出てくるもので、日ごろの訓練で身に付けている智慧が自分を救うことになる。冷静な判断ができない時こそ、自分がどう在ったかで運を引き込むことだできるようになる。良き友は客観的に見た自分の姿からその改善点を教えてくれる。自分を知ることの大切さを思う。自分の愚かさが分かれば、他の反応や友の客観、映し鏡から、傾向と対策を練ることが出来て、素直に改めておくことで、日ごろの努力の積み重ねが形になって現れて来る。反射的な反応が必要な時に真価が現れてくるのだろう。 2018年1月4日 琢
2018年01月04日
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体調の良いときは見るものが明るく開放的、発展的で前向きな気分になれる天候に左右され体調が悪いときは迷いが多く暗い心になる全部うまくゆかないような気がして何をする気にも成れない人と会うときは心を整えておく必要が有る体調も予定と共に整えておくこと気力の充実が歩みを支える体調は日によって変わるもので、気を整えておかなければ甘えが先に出てゆくべきところに行く気にも成れなくなってしまう。消極的な気分の時は負けそうな気がして、何もやる気がせず、止まったまま時間だけが過ぎて行ってしまう。体調の良いときは、見るものが明るく、開放的で、発展的に見えている。前向きな気分になれるが、微妙に天気に左右されるのが人の心だろう。具合が悪いときほど迷いが多く、暗い心でオーラまで黒く、暗い想念に覆われている。そういう時には何をやってもうまくいく気がせず、負けそうで、何をする気にも成れない。予定は体調に関係なく組んでゆくもので、約束したことは日や時間を間違えないように、さらに体調にも気を付けながら、落ち度の無いように整えておくことになる。すべて準備段階のことが重要で、何の準備も無く臨場して大失敗をした経験が、二度とそのようなことの無いような心構えをさせて、忘れ物の無いような準備をさせるようになる。準備が整っていても施行する気力が萎えていれば、やれるものまでやれなくなって、歯車のすべてがかみ合わなくなってしまう。 2018年1月3日 琢
2018年01月03日
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察し合えば冗談もユーモアになるユーモアは硬直をやわらげ奥の深さを示す笑いは心をゆたかにして他に親近感を与える笑う門の福来る大笑いは体を活性させて毒を吐き出させ人を愉快にさせる病は気からで病気を一笑に伏すいつも明るい笑顔が有れば徳を引き寄せる笑顔や微笑みの力は大きなもので、人の心を和らげ、明るく豊かな気分にする。そこに争いは少なくなり、意見の違いも対立にはならず、場の雰囲気を良くする。声に出して笑うことで、がんや糖尿病を抑えるスイッチがオンになり、体も活性化して毒を吐き出させ、人を愉快にさせる。今を明るく機嫌良く生きるには和顔愛語が大切で、場の雰囲気は使う言葉で明るくも暗くもさせることになる。やさしい言葉、敬う言葉、誉める言葉、感謝の言葉は、理解して認め合い和から信頼関係を構築して、場に明るい笑顔を多くさせる。察し合えば冗談もユーモアに成り、硬直を和らげて奥の深さを示すことになる。笑いは人の心を明るく豊かにさせて、他に親近感を与える。昔から笑う門には福来ると言って、笑いはゆとり、ゆたかさ、包容力、明るさ、前向きな心にさせる。良き縁にも恵まれやすく、多くの恩恵をもたらすことになる。病は気からで、病気も一笑に伏すことが出来る。いつも明るい笑顔が有れば、徳を引き寄せ、不安定な心も動じなくさせることが出来る。 2018年1月2日 琢
2018年01月02日
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明けましておめでとうございます。現象を自分に与えられた条件として、その調和に努めてゆきたいと思う。気付き、戒めと共にもっと自分を整えてゆきたいといつも思います。節目のときに、新たな心境に向かって精進する意志を強くしたいと思う。動じない強靭な精神力を得るために。仕事とは別の趣味を持つ趣味と雖も掘るほどに深く人生哲学に共通するものが有る転依することで道が観えてくる行き詰まりや袋小路のときに別の発想ができて解決の道が観えてくる信念に間違いは無いか過去に振り回されていないか固定観念、既成概念に凝り固まっていないか他のせいにして逃げていないか自分の性格の傾向を知り改めるべきを改める追い詰められたようなときに、何かにとらわれていれば、その分野に固執して解決の道が観えなくなってしまう。そんな時には、全く別のチャンネルを開いて観ること、転依・てんねすることで、とらわれが別の分野のものに向かい、そこにヒントを見つけ出すことが出来る。趣味やスポーツ、リクリエーションなどでとらわれを別のものに移すことで解決の道が観えてくる。行き詰まり、袋小路のときに、全く違うことに没頭することから発想の転換ができることが多い。考えてみることは、信念に間違いがないか。過去に振り回されていないか。固定観念、既成概念に凝り固まっていないか。責任転嫁で逃げるだけで自己改善を怠っていないか。自分の性格の傾向を知ること、愚かさを自覚することで対策が観えてくる。至らない部分や過ちが有れば、その原因となっている部分を改めておくことが重要なことだろう 2018年1月1日 琢
2018年01月01日
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