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変化と共に来る転機今のままで続くものは無く無理のない対応が望まれる煩悩、カルマに惑わされず自然な対応を心掛け変化の流れに合わせて自分の変革をする文化は残すべきもの昔の思い出は懐かしくその地の祭りや行事は合理の対象から外すべきで良き風習は保存すべきだろう郷土の誇りとして語り継がれるべきものを残すお金や物に換えられないものが有る世の中がどれほど進化しても、変化の流れを免れるものはないが、見えるものだけの獲得を目的とする傾向の人が多くなってゆく中で、見えないものを大切にしなければ人としての原点が殺伐としたものになってゆく。常に諸行無常と移り変わり誰もが転機を迎えてゆくのが忍土だが、物は持ってゆけないが記憶は持っていける。魂には感動したこと、身に付けた智慧、心の在り方、など多くの体験で得た境地、無形文化の懐かしさ、人生で経験したすべての見えないものが刻まれている。もちろん途上の変化の流れには自分なりの対応をしながら自己変革する必要があるが、残すべきものは残すべきだろう。合理主義に取り残された文化、風土風習、お祭りや年に一度の行事は保存すべきものだろう。誰にも有る郷土の誇りとして語り継がれるべきものは残すべきだろう。AIではつくり出せない伝統的技法は後継者が少なく、それでも残されてゆくべきものだろう。 2022年1月31日 琢
2022年01月31日
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忍土で共生するには他の迷惑にならないこと他の役に立てばうれしい心が有る明るく機嫌よく生き通すこと高度な悟りに至らなくても忍土、愚かさ、恩恵の自覚が有れば無力でも自分に自信をもって素直で自分を偽らないこと意味あるすべてに学び謙虚であること分相応をわきまえて多くを望まず人に信頼される自分になれば赦す心が領域を広げてゆく共同社会では誰もが身勝手な都合を通すことで争いが起きてしまう。皆平等と思えば我慢するときは我慢し、人知れずに痛みや苦しみに耐え忍んで、周りに迷惑にならない自分であることが基本になる。自分にできることを増やして他の役に立てばうれしい心になる。場の雰囲気を大切にして、いつも明るく機嫌よく生き通す努力をする。高度な悟りに至らなくても、忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚が有って感謝する心が有ること。無力でも自分を信じて素直な自分であること。自分を通せば、誰かの遠慮や我慢が有ることに気を配り、感謝の念を伝えること。いつも謙虚で学ぶ姿勢を保つこと。良心に従って生きることが基本だが、忍土では損をすることが多く、それでも自分に負けないことだろう。分相応をわきまえて、足るを知ることで、多くを望まなければ、人に信頼され、期待されるようになる。通過点では許す心が有れば、心の領域が広がって和が恩恵をもたらしてくれる。我慢、耐え忍ぶところに多くの気付きが有るだろう。 2022年1月30日 琢
2022年01月30日
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破産は恩恵を自覚できるときで身を正していれば2年で免責が下りる人権は守られていて資金繰りの苦から解放され分相応を知り、愚かさを自覚できる絶望は人生の終わりではなく間違った荷を下ろし、新たな目標を立てるときで人間破産をしたわけではない財のすべてを失っても家族、友の関わりや思い出、智慧は没収されることはなく人として大切なものに気付きさらに幅広く、奥深くなるときでどん底から這い上がる体験は財産になる人それぞれには多くの記憶が魂に刻まれてゆくもので、勝ち組、負け組で判断するのではなく、通過点で体験して身に付けた智慧やうれしいこと、楽しいこと、悲しいこと、痛み、苦しみなど耐え忍んで得た気付きが含蓄の深さをどう役に立てるかだろう。自分の場合は惨憺たるもので父に続いて自分も成すすべもなく破産したことで、国、裁判所への破産申し立て、裁判、管財人・弁護士による清算ののちに免責が下りて整理が終わる。恐れていた最悪の事態、絶望も多くの恩恵が有ったことに気付かされ、終わったと思った人生も間違った目標の荷を下ろして新たな光に向かうときだと気付かされた。もちろん自分の無能、愚かさを自覚できて分相応を知ることに成った。神経症・うつ病も原因は資金繰りからのもので、そこから解放され、自分を解放してあげることで消えていった。国への申し立てが有れば、警察はすぐに動いてくれる。商法では会社は有限責任のため破産までのすべての唯物的契約事項はゼロになる。財のすべてを失っても人間破産ではなく、家族、友との関わりが没収されるわけはない。忍辱と共に多くの気付きを得て、幅広く、奥深い心の勉強とどん底から這い上がる体験は財になるものだった。 2022年1月29日 琢
2022年01月29日
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人を見るとき先入観や既成観念で見てしまう表層の外見に惑わされ中身の美しさは付き合ってみなければ判らない人を観るときは眼の光、皮膚のつや、姿勢、センスの良さ言葉とその内容、考え方、明るさ心眼で観なければ理解し合えない高価な服装や装飾品にとらわれず内容を観ること貧困な生い立ちからでも心の綺麗な人はたくさんいる目に見えないものを信じなければ観えて来ないものが有る人を観る目がないなどとよく言うが外見に惑わされて見落としている部分が多く、自分のように来る人拒まず、誰とでも親しくなりたいと思う場合に痛い目に遭うことが多い。自分を信じ、人を信じ、世界を信じようとするほど交友は広く、可能性は大きくなるが、騙され、裏切られ、都合よく利用されることが多い。出会い、出来事、事態は自分に与えられた縁だが、偶然のようでも必然のものと思って粗末に扱わないことを信条している。ただ、経験が多くなるほど警戒心が強くなってゆく為に、ふんべつがつくというが分類していい塩梅の交流と心を裸にした付き合いをするようになる。その分交友範囲が狭くなってしまうが、信じることを基本に接すること、表層だけにとらわれず深層を観てゆくことが大切で、付き合ってみなければ判らないことが多い。心眼が開いていない分、コミュニケーションを良くとることだろう。見えないものを見る眼が必要だろう。外見は目立たなくても、安物の服装に見えてもセンスがいい人、綺麗な心の人はたくさんいるだろう。見えないものを信じなければ観えて来ないものが有る。 2022年1月28日 琢
2022年01月28日
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人は死ぬまで己が何者かがわからない何をやるにつけてもこれだという感じが無く魂にどんな願いが有るかを思い出せず暗中模索して迷い、葛藤を繰り返すゼロ地点が定まらず何が正しいのかは様々でただ理想の行いを求めただその果報を見て心を改善するひろい心、奥の深い心を心掛け赦す心が和を生み出すことから自分が何をすべきかが観えてくるそれを使命と思うことで歩むべき道が観えてくる魂は肉体と違って永遠のもので、その中には転生で記憶した意識が刻み込まれているというが、生まれたときはそのすべてを忘却、喪失、無知のゼロ地点から人生を始めることに成る。多くの人たちが死ぬまで自分が何者かがわからず、どういう道を歩もうと、選択は自由で、自分の適性を知ることから始めてゆく。何をやってもこれだという感じが無く、暗中模索、迷い、葛藤しながら、縁のある方へ、気が向く方に歩んでゆくが、どんな人生を歩もうと魂が目指す最高の領域、次元への通過点で、すべてに意味が有るもの、無駄ではないもので間違った失敗の人生はないという。一転生ではゼロ地点が定まらず、何が正しいかの絶対性がない。途上で身に迫るカオスへの対応には理想と思える行いで対処して粗末な扱いをしないこと、その結果を観て心の改善をすることを心掛けている。ひろい心、奥の深い心を求めながら赦す心を培うことで和が生まれ、共同社会での自分が何をすべきかが観えてくる。与えられる恩恵に感謝することで必要とされる人間になれば、自ずと歩むべき道が観えてくるだろう。すべてに意味が有ることで、自分など意味のない存在だと思わないことだろう。 2022年1月27日 琢
2022年01月27日
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反省は重要なことで時や過去は戻せないが修正点や課題に気付くことができる起きたことは偶然ではなく必然だからこそその原因を正す必要がある仮我のままでは通用せずそれぞれ修正の仕方が違うもので救われた恩恵に感謝を忘れずその相手を認め、理解することで和が生まれ、助力、協力を得られる響働すれば絆も結ばれて満足感が心の安定になってゆき感情の抑制ができるようになって少々のことに動じなくなるだろうあれはまずかった、こうしておくべきだったと反省しても、時や過去を戻すことができず、放置すれば障害や試練が厳しいものになってしまう。済んだことは戻すことは不可能でも、先を思えば二度と同じ失敗を繰り返さないようにその原因を修正浄化しておくことはできる。過去に学ばないものは運命を変えることはできないが、過去を反省してその原因を修正するものは運命を変えることができる。自分にとって身の回りの過去のすべては必然の現象で、偶然で処理できないものばかりだろう。この世に仕掛けた行為・心を変えてゆかなければ、いつまでも同じ結果で不満な現実から抜け出せなくなる。仮我を正当化せず、素直になって、自分がつくった原因を修正浄化して改め、与えられてきた恩恵に感謝を忘れずに事に当たることだろう。相手を認めて理解することで和が生まれれば助力や協力が得られ、感謝して響働すれば絆も結ばれて、満足感と共に心が安定してくる。感情の抑制ができるようになれば、少々のことにも動じなくなってゆくだろう。 2022年1月26日 琢
2022年01月26日
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国が豊かになれば質素倹約の精神は影を潜め目に見えるものにとらわれて唯物的、刹那的、利己的になってゆく貧しかった時のことを忘れ快感だけを原則として楽な方を選ぶようになる我慢ができず、耐え忍ぶことをしなくなる便利なもの、宝飾品にとらわれて外見にこだわるようになってしまう表層を見て深層を整えず間違った道を選択してしまう分かち合うべきものを独り占めして高貴に成ったと錯覚する正気になれば後悔することに成るだろう戦後の復興期にはみんなが汗を流して働いて、驚異的な進歩を遂げて経済大国といわれるようになったが、国が豊かになることは良いことだが、心が贅沢になってゆけば、見えるものだけにとらわれ、外見だけにとらわれて物欲の塊になってゆくことに成る。質素倹約の心は失われ、唯物的、刹那的、利己的になって、瞬間的優越感に浸るようになる。我慢、耐え忍ぶことから得る智慧よりも、表層だけを整えて深層を観なくなってゆく。自分の都合優先が権威の象徴のように錯覚するようになってゆく。快感を原則として楽な方に走って、分かち合うべきものさえ独り占めしてしまう。昔は瞬間的成り金と蔑まれたが、今は高貴に成れたと上から目線になってしまう。目に見えるものだけを追いかければ、行くべき道は歪んでいって、終いには逸れていってしまうだろう。後悔も通過点の学びの一つとして、先、未来に生かされてゆくことを願うしかないだろう。 2022年1月25日 琢
2022年01月25日
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真面目な人ほど自分を責めてストレスを溜める自律神経失調症になりやすく心と体のバランスがとれなくなってゆく少しは心のゆとりが必要で転依でチャンネルを変えてみる努力が必要になる生を転じることはいい加減で不真面目のようだが視野を広げることになる全く違う分野の興味を湧かせて掘り進めて見ることで共通するヒントを見つけ出せる出口が分からなくなったときは気分転換で自分を解放してあげることだろう勉強や聞いて知っていることはいくら沢山有っても使わなければ自分のものにならず、知って努力するつもりでもすぐに忘れてしまうことが多い。課行や戒めを掲げて誓ったことでも、問題が起きれば忘れることが多く、自分との約束を守れないことが多い。生真面目な人ほど自分を責めてストレスを溜めやすい。自分を追い詰めてゆき自律神経失調症になって、さらにうつ病になってゆく人が多く、かたより、こだわり、とらわれから抜け出せなくなってゆく。心のゆとりを失って、四角四面に円環的思考を回してしまう。知っていても気分転換ができず、解っていてもできずに自分をさらに追い込んでいってしまう。心と体がバラバラになってゆき、思ったように体がついて来なくなって、しまいには自分がみすぼらしく思えて、自分の居場所さえ居心地が悪くなってしまう。心と体のバランスを保つこと、汗をかくことも、流すことも、発散することも大事なことで、転依で気分転換などレクリエーションは必須のことだろう。想念を悪くせずに自分を解放してあげること、明るい方に向かうことは大切なことだろう。 2022年1月24日 琢
2022年01月24日
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人間は愚かなことをする欲を満たそうとして迷惑なことをしてしまう何度も繰り返すのがカルマで煩悩と共に空じる必要がある有るものは無にはならず禅定して空じることで過ちを減らすことだろう課行と戒めが必要で仮我から真我を引き出すためには善我を育むこと他の役に立つには無私、利他の誠心であること忍土、愚かさ、恩恵の自覚が重要だろう自分は間違ったことをしていない、加害者にはなったことがないと思っている人が多い。集団の中で気を配っている人しか見ていないもので、知らずに迷惑をかけた人に気が付いていない場合が多い。都合よく運びたいが思い通りにならず、夢や希望に向かいたくても障害が多く、条件、制約の中で歩むしかない。失敗ばかりで修正、浄化の部分が多く、他との摩擦も多い。何度も繰り返してもついて回るのがカルマで、煩悩・欲望が前進の邪魔になっていることが多い。苦の種になるものは誰にも有るもので無にはならないものを持っている。禅定すればわかるもので空じることが最善の方法だろう。過ちの元、摩擦の元、原因は元から断つことだろう。成就のために心に誓いを立てて、日々の課行と戒めの心掛けが必要だろう。もし、それを忘れて実行しなければ、自分との約束を破ったことになる。自覚しておくべきは、忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚だろう。見られ、試されているのが自分だろう。 2022年1月23日 琢
2022年01月23日
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困ったとき、爆発しそうなときは周りを見渡して視野を広げてみれば別の発想が出てくる感情を抑制して自分の位置を考えてみればどう出るべきかが観えてくる選択に間違いがないように自分を信じてみれば冷静な判断ができてくる周りの助けや恩恵が自分の救いになる感謝を忘れないように反省と敬意で悔いが少なくなるカッとなったときや追い詰められて本当に困ったときは頭が真っ白になってしまう。そういう時に感情だけで行為をして後悔することが多い。誰にも有ることで、冷静になったときに思い出せば赤面することが有る。本当に困ったときや咄嗟のときには感情が動くままにすぐに行為に移さないことだろう。周りを見渡して視野を広げてみれば最善の方法が見えてくる。慌てないこと、落ち着いて冷静になること、10秒の間をおいてみることが自助になる。自分の位置を考えれば、自分だけの感情に流されずに無私になれば、何をすべきかが見えてくる。選択肢はいくらでも有るもので、間違いのない選択をすることだろう。自分を信じることで冷静な判断ができるようになる。周りの助力や仕組まれた恩恵が有るもので、感謝を忘れないように、反省と敬意で行動すれば悔いは少なくなってゆく。かけた情けは水に流せ 受けた恩は石に刻め 長野県善光寺石碑 2022年1月22日 琢
2022年01月22日
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歩みの途上に必要なものは生命力、経済力、挑戦力願いには勇気と気力で迫る障害や試練を超えること苦ばかりのようでもうれしさと歓びの恩恵はあるもので歓喜の瞬間を楽しみに忍辱・耐え忍ぶことに気付きが多く待つことも重要な時がある未生の妄想や錯覚、迷いに負けず余計な行為を慎み望まない現実を与えられないように多様性、協調性を培って無私、利他の誠心に努めれば道は自ずと開けてくるだろう自分はやること為すことすべてが失敗だったが、それを不運だと思ったことがなく、自分の力不足、勉強不足と思って恨むことはなかった。父の会社の倒産、独立で最低のところから始めたために、多くの迫害を受けたが、解ったことが有った。人間には夢や希望が必要だということだった。自分の場合は借金・多額の父の負債、お金に縁がなく、這いつくばるようなことばかりだったが希望のために耐え忍ぶことで、我慢と無力、自分の愚かさを自覚することになった。結論を言えば、その希望は大きな仕事が見えていたが、忍土の厳しさと共に1円の受注にもならずに倒産の憂き目に遭った。会社の平均寿命は15年ということだったが、自分の会社も15年目のときだった。ただ、その間に子供たちは成長していて、会社の一族郎党も食べさせてもらったことだった。その時に、人間は夢さえあれば生きてゆける。絶望は人生の終わりではなく、新たな光に向かう節目・通過点だと思えるようになった。その後のつなぎの人生も、なぜか一族には無い病の連鎖で、8回も救われて来て、今思うことは、生きているというより、生かされていることの自覚ができたことだった。 2022年1月21日 琢
2022年01月21日
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生きるための糧は血と汗の積み重ねで得るもの生きる途上には誰にも四苦八苦があり仮我の煩悩、カルマを空じ多くの障害や試練を超えて自業の修正浄化をする善我を育んで自分を整え、他の役に立てば他の歓びが自分の歓びと知る発菩提心、修菩薩行と共にのびのびと安らかな心境浩然の気に至れる幼いころに描く夢や希望、何のために勉強するのかもわからず学校で学び、初めの分岐点で文科系か理工系を選択して大学に進むが、次の分岐点は就職先で、初めの願いを忘れてしまう人も多い。社会に入れば、生きるための糧を得るだけでなく、働くこと、人と交流、交友、出会い、出来事、事態の遭遇で四苦八苦【生老病死、愛別離苦、求不得苦、怨憎会苦、五蘊盛苦】を超えることになる。身に迫る苦は自分で超えるしかなく、超えた先に改善した自分がいる。仮我の煩悩、カルマを空じ、自業の修正浄化をしながら身に付けた智慧で未来を開いてゆく。善我を育み、自分を整えて他のために尽くすことで役に立つ自分になれば、他の期待に応えて喜ばれる自分になってゆき、他の歓びが即ち自分の歓びと知ることになる。修業は僧侶だけでなく,発菩提心、修菩薩行は誰もが歩む人生で体験することだろう。最後に求めるのは「浩然の気」で、宇宙大自然と一体化する心境、のびのびと安らかな心境だろう。 2022年1月20日 琢
2022年01月20日
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領域、次元の違いは彼岸と此岸のようなものでこちらの常識は通用せずとらわれどころが違う生い立ち育ちで現象観が違うが魂は高次元でつながっているそれぞれが精進しながらそのつながりに気付いてゆく神、天、宇宙は心の中にも有るものでそれぞれの理想として指針を持って歩んでいる観えないものを放棄せず、諦めなければこの世の確率は低くても奇跡を起こすことができる信じなければ一歩も前に進めないのが忍土で世界観、人間観をその前提で歩むことで道は開かれてゆく。忍土は厳しいもので、始めは仮我のためにどう歩めばいいかがわからず、親の愛に包まれて育ってゆくが、家の外に出れば信じることでしか歩めないだろう。成長過程で心の領域を広げてゆくが、その奥にある魂が解らない。魂は高次元のものですべてとつながっているが幼い心にはそれが解らない。領域と次元の違いは彼岸と此岸のようなものだろう。こちらの常識では通用せず、とらわれがなく、此岸の地域ごとの現象観の違いもなく、魂は高次元ではつながっている。人は心の中に迷いを消す神、天、宇宙を置いて、その理想とするところに近付けようと努力しながら歩んでゆく。見えないものを信じることで、放棄せず、諦めさえしなければ、この世の確率が低くても奇跡を起こすことはできるだろう。魂と魂、人と人、その見えない繋がりを信じることだろう。 2022年1月19日 琢
2022年01月19日
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境地は歳と共に変わる夢や希望もとらわれでとらわれたものに専念しその遂行に満足を得るが途上の気付きは通過点の一つで体験して身に付けた智慧を得るが目指す頂点は程遠くさらに上は険しくなってゆく学びはどの道にも有るもので網羅してもほんの一部分だろう奥が深いのが心の道だろう至った境地をどこで生かせるかでそれが生き甲斐になってゆくどれほど勉強しても、日々の努力を重ねても、その効果が現れるのは先のことで、円環的思考を重ねるが、空回りのように思えて途中で放棄したくなることも多い。効果を期待することが間違いで、評価、反応は他人がするものだろう。誰でも経験と共に境地に変化が現れるもので、人はとらわれで生きているのだろう。夢や希望もとらわれで、その成就の青写真を描き、果てしなく険しい頂点を目指して上ることになる。その途上では多くの気付きがあるが、楽しみには障害や試練が付いて回るもので、我慢、耐え忍んで超えてゆくしかない。心の道は上には上が有って、越える試練はたくさん有り、そのすべてが通過点ということだろう。求めるほど奥が深いもので、一生続く自覚{忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚}が必要になる。学びは網羅したつもりでもほんの一部分でしかないだろう。それをどこで生かすかで生きがいを感じることができ、ちょっとした満足感が果たすべき使命なのかも知れない。 2022年1月18日 琢
2022年01月18日
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考えは歳と共に変化する円環的思考に結論が出ず霊的なことも考えるようになる現象観だけでは疑問が消えず偶然と思えるものも前世からの宿命と思えばすべてが必然の現象になる偶然でかたずけられないものが多く自業自得も偶然ではなく改めるべきを改めなければ望まない現実が必然の結果として自己改善をするしかない他人のせいにして逃げればその部分の進化は止まってしまう世渡りのうまい人は自分に責任がかからないように渡り歩くと思っていたが、責任を人に押し付けて自分の責任を負わない人は自己の改善をしないままそれを繰り返し、信用のできないずるい人と思われてゆく。人それぞれ生き方も目標も違うもので、この世に絶対に正しいといえるものはないだろう。神仏を理想として自分がその次元、領域を目指すしかない。自然の摂理に学ぶことが多く、多くの公式や原理が有って、それに従って思考することになる。堂々巡りの思考も多く、円環的思考を重ねながら歳と共に必然が解ってくることになる。心と行為とその結果に偶然はなく、それに比例した結果、現実がそれぞれに与えられてゆくのだろう。自業自得も偶然ではない結果で、報いというが、必然の果報を得ることになる。結果、現実を見て自己改善をすることで、日々の努力と共に願う現実が与えられてゆく。他人のせいにして逃げれば、いつまでも追いかけてくるのが繰り返しの現実だろう。 2022年1月17日 琢
2022年01月17日
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誰でも誉められたいと思っているそのために努力する親に誉められて他も役に立ちたいと認められ、理解されたくてそのすべてが自信になってゆく名前には親の願いが込められていて気が付けばそういう道を歩みどんな障害や試練も超えて我慢、耐え忍ぶことに多くを学び自分の甘さを克己しながら強靭な精神力を身に付け何ごとにも動じなくなってゆくそうして歩むべき道を歪めなくなってゆく子は褒められる方に伸びてゆくものだが、大人になっても同じだろう。ただ道の表面を歩くだけでなく、得意分野、願う分野、好む分野を掘り進めることで、地下の水脈に当たれば同じ清水が流れているように、共通する哲学を身に付けることができる。誰にも弱点はあるが、そのままでは通用せず、その修復のために障害や試練が仕組まれているといってもいいだろう。親に歓ばれ、人の役に立つ自分になって、認められ、理解されることが自分の歓びになる。自分の名前には親の願いが込められているもので、気が付けばそれにちなんだ道を掘っていることが多い。楽しみがあるから苦に我慢ができ、耐え忍ぶことで得る気付きはたくさんある。すべて実践して体験したものにしかわからないことだが、身に付けた智慧は応用の利くもので自然体でいつでも使えるようになる。基礎的練習は体で覚えるためのもので、あまり面白くないもので苦しいものだが、身に付けたものはいつか総合力の元になってゆく。得た強靭な精神力が何事にも動じない自分になって、歩むべき道を歪めなくなってゆく。 2022年1月16日 琢
2022年01月16日
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長年も迷い、葛藤の末に歩むべき道が観えてくる人との関わりにも無駄ではなく間違いではなかったこと騙され、裏切られながらも培ってきた赦す心は世界を信じ、人を信じ、自分を信じること紆余曲折の歩みにもそれを貫く為のもの四苦八苦は超えるために必要なものだった超えた先には体験しなければ得られないもの絶望も動じない不動の心・強靭な精神力を培い得た智慧をどう使うかにあるのだろう自分が何者かわからず、何のために生まれてきたのかもわからず、ただできることを増やして、どんなことにも対応できる自分になる途上で、感動と共に夢や希望を抱き始めて目標を定め、歓喜の瞬間までの青写真を描く。その道程は簡単なものではなく、楽しいことも多いが、耐え忍ぶこと、我慢すること、苦しいこと、悲しいこと、虚しいこと、与えられる四苦八苦は自分を修正しながら、赦す心を培って周りとの調和のためだった。絶望も通過点の節目で何事にも動じない心、強靭な精神力を培わせるものだった。中には騙され、裏切られたこともあって消えていった友もいたが、紆余曲折の歩みも幼い心の自分を強い大人にするためのものだったのだろう。多くの体験は超えたものにしかわからないもので、上段に掲げず、さりげなく日々身に迫るカオスに適切な対応ができるためのものだった。身に付けた智慧は消えることも、盗まれることもなく、どんなことにも使える応用の利くものだろう。それをどう使うかが生まれてきた意味になるのだろう。 2022年1月15日 琢
2022年01月15日
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運気の上昇を感じるとき下準備の程度にもよるが叶うこと、満足感が多くなり耐え忍んできたことが報われてくるときで願う効果が現れて来るが更にその上が有るもので精進を怠らず有頂天にならないこと煩悩、カルマを空じることで心の領域に広がりが出てくる懐の奥行きも深くなり赦す心がさらに和を広げてゆく途上ではほとんどが苦を超えることばかりだが、苦から得る気付きが多く、重ねてきた我慢が報われるときが必ず来るだろう。諦めず、投げ出さず、忍辱・耐え忍んできたことが生きてくるときが来る。運気の上昇を感じるときは下準備の程度にもよるが、願う現実を得ることで、我慢してきて良かったと思う。人が弱点をさらけ出すのはそういうときが多く、有頂天にならないこと、煩悩、カルマを空じることで身を慎むことを忘れないことだろう。満足感は途上の一点のことで、さらにその上を目指すには心の領域を広くすることだろう。生い立ち育ち、条件制約の違う常識を受け入れることで領域に広がりが出るが、赦す心を培って和を広げることで、良き縁の人脈にも広がりが出てくるだろう。間口を広げ,耐え忍んで得た気付きは懐の深さになって、器を大きくすることになる。点を結んで線にし、線をつなげて面にし、高さ・時を重ねて立方体にすれば、信じ合えて絆を深く結ぶことができる。和が可能性を大きくする。 2022年1月14日 琢
2022年01月14日
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歳と共に以前とは違うさみしさに覆われできたことができなくなってゆく物欲よりも心に残るものが大切になる老朽化による疾患も部品交換ができず無理ができなくなってゆく煩悩でさえ減少するが勇気と気力と共にマイナス思考を滅し不安、恐怖感を超える克己・自分との闘いが続くのびのびと安らかな心境を求めて今を明るく機嫌よく生きることあれをやっておけばよかった、もっと強く生きたかった、途上の条件、制約で思い通りにできなかった。そんな後悔が残ってゆく。若い人には悔いのない歩みをしてもらいたいと思う。この世で起きたことはこの世で収まる。経験して身に着けた智慧は消えることがなく、盗まれることもない。人は歳と共に以前とは違うさみしさに覆われ、できたことができなくなってゆき、老朽化による疾患も超えなければ生きてゆけない。部品交換ができず医療に托身するしかない。無理ができなくなってゆき、煩悩でさえ減少してゆく。自分で自分を元気付けて勇気と気力を出してマイナス思考を滅し、不安、恐怖感、未必の妄想を超えてゆく。克己は今生きているすべての人の課題だが、歳と共に切実になってゆく。信仰も宗教も穏やかな自分になるためのもの。求めるは「浩然の気」・宇宙大自然と一体化する心境で、のびのびと安らかな心境になること。同じ時を過ごすなら、今を明るく機嫌よく生きることだろう。 2022年1月13日 琢
2022年01月13日
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問題が重なることがこの世の皮肉なことでその処理を試されている対応如何では良いことが悪い結果に悪いことが良い結果になるそれがこの世の常だろう問題を放置するたびに気が重く、ストレスをためてゆく小さいことでも粗末に扱わずに一つ一つ適切に対応してゆけば好転の果報が引き出されてゆくが怠けるほど不安は増大してゆく問題を放置してため込む人は次から次に迫る問題を受け入れられずに断ってゆくたびに世間が狭くなってゆくが、すぐに問題を適切に対処する人は、心にゆとりができて、次の問題を受け入れて他の期待に応えてゆくことができる。問題が重なることが多いのがこの世の皮肉な仕組みだろう。その処理の仕方を試されているのかもしれない。対応如何では、良いことが悪い結果をもたらし、悪いことが良い結果をもたらすことが多い。これが忍土の常だろう。問題を放置してため込むたびに気が重くなり、ストレスをため込んでゆく。突発の問題が起きればどうすればよいかがわからずにパニックになってしまう。刻々身に迫る問題は放置せず、粗末に扱わずに適切に対応しておけば、人から期待され、それに応える人として大きな仕事を任せられるようになる。事後処理的な後ろ向きな対応より、前向きに自分らしい対応ができるあゆみの方がいいだろう。怠けるほど不安が増大してゆき、人からも自分からも疎遠になってしまうよりはずっといいだろう。 2022年1月11日 琢
2022年01月11日
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満たされない心が有れば何が不満なのか思い通りにならないこの忍土で至らない愚かさを自覚してなお今の境遇に満足できない無くても生きてゆけるのに何を秘かに望んでいるのか欲には節度がなく自分の場合を思えば成し遂げた実績がなかったこと未完成ばかりですべてが途上の課題になっている年齢を思えば妥協するしかないそう、分相応、足るを知ることだろう人にはその人だけの得意分野があるものだが、それを掘り起こしていないこと、自分に合ってない分野に進めば、できることが少なく忍辱を余儀なくされて苦ばかりが多くなる。願いも高すぎれば障害や試練ばかりで自分の無力を自覚するしかないが、諦めや放棄ができずに耐え忍ぶことばかりになる。満たされない心に覆われることが多く、何に不満があるのか、至らない自分の愚かさを自覚しても、なお今の境遇で、無くても生きてゆけるのに、何を秘かに望んでいるのか。欲には節度がなく、何をやっても頂点に届かず未完成のものばかりだったが、途上で得た体験から身についた智慧は体が覚えて消えることはない。願う未来を思えば、すべてが途上で残った課題ばかりだが、年齢を思えばある程度は妥協するしかなく、分相応、足るを知ることなのかもしれない。 2022年1月10日 琢
2022年01月10日
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努力を積み重ねて得たものは成就ではなくても途上の通過点としてその実績と智慧は残ってゆく評価を得るためでなく先を開く智慧の応用で他に恩恵を施すことができる自慢できる勲章がなくても自然体のままで適切な対応ができる時代、風土、風習に沿った歩みが生きた証になってゆく背伸びの必要はなく今を明るく機嫌よく生きることができる自分はダメな人間だと思っていても、失敗ばかりで何の実績がなくても、努力を積み重ねて得たものは、成し遂げたものがなくても途上の通過点として、身に着けてきた智慧は体が覚えている。評価がなくても、先を開く智慧の応用で他に恩恵を施すことができる。貴人は身分に関係がなく、菩提心さえあれば尊い恩恵を与える人で、たとえ乞食でも王様を救うことができる。自慢できる勲章がなくても、自然体のままで適切な対応ができるようになる。時は刻々として変化してゆくもので、その変化に沿った歩みが生きた証になってゆく。地味な歩みでも高慢、傲慢になることなく人としての在るべき姿を求めてゆけば、勲章がなくても、生きた証は残ってゆく。背伸びの必要はなく、今を明るく機嫌よく生きてゆくことが幸せなのだろう。 2022年1月9日 琢
2022年01月09日
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絶望のとき心が折れて気力が失せ闇に入るが光は一本ではなく他の光が観えなくなっているだけでそれだけで人生は終わらない別の光を求めて気を整えれば見えてくるものがある挫折、落胆は一つのとらわれが消えるときで転依してチャンネルを変えてみれば新たな希望が湧いてくるその通過点は誰にも有ることで自分に負けず克服することだろう重経緯、悪循環、悪縁起、低活力、急暗転の順に倒産が来るが、人によっては生まれつきの奇病、ある日突然に与えられる大きな試練、そういう時に闇に入るが、なんで自分だけにの思いを超えて、のぞむ未来への通過点と思うことだろう。天は越えられない試練を与えないというが、絶望の試練もとらわれてきたものが消えることで、それしか見えなかったものから視野を広げることで見なかったものが観えるようになってゆく通過点の一つととらえることだろう。自殺や一家心中もその時は考えてしまうものだが、光は一本ではなく、それが消えても人生は終わらない。一つのとらわれが消えても別のとらわれをつくることもできる。人生はどれだけ生きたかよりもどう生きたかが問題だろう。願いがあれば試練がある、大きな試練もあるだろう。それは超えて成就に向かう通過点の一つで超えた先には超えたものにしかわからない苦があるが、耐え忍んであきらめないこと、放棄しないことであくなき努力の積み重ねの先に歓喜の瞬間が待っている。その過程での気付き、自覚、悟りが魂の今生の収穫になるのだろう。 2022年1月8日 琢
2022年01月08日
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小さな自分を超える大きな試練も遭遇すれば立ち向かうしかない弱気にならず前向きに気力があれば超えられる超えた経験は自信に変わってゆく信念を確信に変えて既成概念や固定観念を打ち砕き過去にとらわれず責任転嫁をせず他に依存しなければ一皮剥けた自分になれるその必然の意味が解れば歩むべき道は自ずと見えてくる人はいつも試されているもので、どの程度のものか、未修正のものがあるか、障害や試練はその弱点を突いてくるものが多い。願いに向かうとき、その試練と自分に挑戦することになるが、天はその人に越えられない試練は与えないもので、弱点を克服すれば必ず超えられる。身に迫る大きな障害や試練に遭遇すれば、弱気は禁物で前向きに立ち向かうことだろう。何度も超えた経験は自信に変わってゆく。信念は確信に変わってゆくだろう。既成概念や固定観念を打ち砕いて、過去にとらわれず、責任転嫁で人のせいにして逃げずに、他に依存しなければ、そこには一皮剝けた自分、殻を破った自分がいるだろう。いろんな体験を積むほどその必然の意味が解ってくるだろう。越えなければ気付けないこと、その必然の意味が解ってくれば、歩むべき道が自ずと観えてくるだろう。 2022年1月7日 琢
2022年01月07日
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常識の違いを感じるときは感情に偏った思考が多くそのままの言動は失敗の原因になる視野を広げて冷静に考えた上で心を表す方がいい直情的行為は争い、品格を落とすもとになり意地を張れば傷を深くする慎重な対応が必要だろうカオスには相手の反応が現れるもので自分の思いだけでの対応は後悔の原因になる思い起こせば恥ずかしいことや心残りのことが出てくるもので、過ぎたことは仕方がないと思う反面、自分の反省材料になってゆく。常識はそれぞれの条件制約や生い立ち育ちの違いがあって、それが争点になることが多いが、心の領域を広げるチャンスだったように思うことが多い。常識の違いで感情に偏った思考が出るもので、そのままの言動は失敗の原因になる。視野を広げ、冷静に考えた上で心を表す方がいい。自己正当化をせず、意地を張らずに相手の言い分をよく聴くことも大切だろう。直情的行為は高圧的で争いや身の破滅の原因を作ってしまう。傷を浅くするには慎重な対応が必要だろう。身に迫るものはすべてがカオスで、どういう結果をもたらすかは自分の言動への反応で、それが今の自分の現実になってゆく。自分の思いだけで相手の立場を考えない対応は後悔の原因になってゆく。希む未来への道を開くのはすべて自分の心次第ということだろう。 2022年1月6日 琢
2022年01月06日
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幸せは我が心にあり足るを知り、分相応を知れば今を幸せと思えるそれ以上を求める心は愚かなことをするこれまでの恩恵に感謝できれば与える心が強くなって報恩に向かうようになる苦にとらわれれば快を忘れて折角の恩恵に気が付かない人は先の歓喜を求めて多くの障害や試練を超えるその途上では無知、未熟を修正して悔いのない道を歩むようになる不平不満を考えればいつまでも満足は来ず、与えられてきた恩恵にも気が付かず、自分ができもしない正論を押し付けて優位に立とうとして関係を硬直させてしまう。末路を考えず破壊してしまうことも多い。誰にも恩恵はあるもので、人生を左右するユニバース的な恩恵もある。幸せをどこで感じるかが問題で、本当は「幸せは我が心にあり」ということだろう。足るを知り、分相応を知る人は、今を幸せと思えて、それ以上の快楽を求めず、それまでの恩恵に感謝して与える心を強くして報恩に向かうようになる。苦に学ぶところが多く、多くの苦から得た気付きが多いが、苦にとらわれれば不安、恐怖感に覆われて、折角の恩恵に気が付かない。歓びがあるから我慢、耐え忍ぶこ空自ることができて、多くの障害や試練を超えられる。忍辱は無知、未熟を修正させて、悔いのない道を歩むようになってゆく。感情の抑制と煩悩、カルマを空じることが重要なことだろう。 2022年1月5日 琢
2022年01月05日
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遍行で思考する作為、触、受、想、思を重ねて別境では欲界、勝解で分別し念、定、慧で智慧に転じ他の役に立てる自分になってゆく人の歓びは認められ、誉められ、役に立つことで多くの取り組みで成り立ちと仕組みを知り人々の側に立って救済、癒しをすることで独自の個性に善我を育めばそこが居場所になって生き甲斐になるこの世に生まれればゼロから始めていろんなことに取り組むことでできることを増やしてゆくことになる。遍行から思考が始まり、作為・さい・で気を起こして触・そく・でやってみて、受・その結果から、想・どんなものかを想い、思・心で思考するようになる。別境では欲界、勝解・正しく理解して心に念じこみ、身について定着したものが智慧になる・転識得智・てんじきとくちから無知を埋め、失敗の原因を改めることで未熟を埋めてゆく。もらう幸せから、できる幸せを得て、他にしてあげる幸せに歓びを感じる。他の役に立てることはうれしいことで、認められ、誉められ、期待されることは恩恵で、多くの経験を積んで、得た智慧を他のために役立てること、人々の側に立って救済や癒しができること、期待に応えることで生きがいを感じるとともにそこが自分の居場所になってゆく。途上の円環的思考を繰り返しながら自分が何のために生まれ、生かされているかが解ってくるのだろう。 2022年1月4日 琢
2022年01月04日
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心が定まっていなければ重心が丹田になく浮いている状態では冷静な判断ができず不安感、恐怖感に覆われて場当たりの行動で自分本来の歩みができなくなる反応に手ごたえがなく不本意な現実に困惑する常に克己を心掛けて中道を行くことで自分主導の歩みになる恩恵に感謝して自分を信じカオスへの適切な対応をすれば歩むべき道が観えてくるだろう突発の出会い、出来事、事態に遭遇するとき、自分の心が定まっていないときは重心が丹田{へそ下3ずん}になく浮いた状態で冷静な判断ができず、パニックになったり、気が動転していて自分らしい対応ができない場合が多い。場当たりの行動では自分本来の歩みとは程遠い現実に困惑してしまう。不安感、恐怖感に覆われて最悪の結果を想像して迷い、葛藤することになる。反応に手ごたえを感じず、不本意な結果には気落ちして、もっと違う対応をすればよかったと後悔することが多い。日々身に迫るカオスはどういう結果をもたらすかがわからず、日ごろからしっかりした目的意識とその適切な青写真を描いていなければ、取り返しのつかない運を背負うことになる。そうならないために有事の備えが必要で,克己をして甘い心を捨てて中道を行くことで、自分主導の歩みができるようになる。途上の恩恵に感謝して自分を信じ、何事にも動じない心で歩めば、歩むべき道が観えてくるだろう。 2022年1月3日 琢
2022年01月03日
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心を善転すれば行為が変わる反応が変わり評価が変わる感じ、受け止め、考え、行為を変えれば充実感が湧いてくる課行と戒めを心掛ければ自分を変えることができる不満、対立、争い、破壊の連鎖から認め合い、理解し合い、信じ合いに変わり場の雰囲気が良くなってくる自分の居場所ができて他に尽くすことで必要とされる人間になれる恩恵と共に感謝の念が湧いてくるだろうこの数日PCの不具合で新しいものに買い換えました。PCも自分のように古くなれば、いつとは知れない寿命があるんですね。人間の体は機械のように部品交換ができず、修理しながら行けるところまで行くしかありません。仮我で暗中模索しながら、自分だけの思い通りにいかない現実に不満を抱えての歩みも、心を善転することで行為が変わって来て、行為が変われば反応が変わり、周りの評価が変わってくることから与えられる現実が変わってゆく。止観で、感じ、受け止め、考え、行為をチェックすれば,どこを変えればよかったかが観えてくる。日々の課行と戒めを持ち、その実践を心掛ければ、自分を変えることができる。不満、批判、対立、争い、破壊の連鎖から、相手の立場に立ってみることで、認め合い、理解し合い、信じ合えるようになってゆく。場の意雰囲気を壊すことがなくなって自分の居場所もできてくる。他に尽くすことで必要とされる人間になってゆき、善我を育むことで真我が観えてくるだろう。物は持って行けなくても魂に刻んだものだけは持ってゆくことになる。 2022年1月2日 琢
2022年01月02日
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