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勝利、惨敗、病は経験でしか分からず快は勇気を起こさせ苦は勉強になる歓喜の瞬間は一点その途上の苦の積み重ねが人を成長させる人は歓びの為にはたらき失敗を修正浄化して苦の原因を整えてゆく忘却、喪失、無知から始めて忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚と共に魂の意識に記憶させ領域を高めてゆくどの道を選んでもその過程に意味が有るどんなものにも意味が有って、無駄に成るものはない。悔しいことも恥ずかしいことも体験することでそうならない智慧が湧き出してくる。はじめはやることなすことうまくゆくものは無く、失敗を恐れては何もできない。勝利、惨敗、病は経験しなければ分からず、快はうれしく楽しく心地良い状態でそのために頑張ることができる。苦から多くのことを学び、求める歓喜の瞬間は一点だが、その途上の苦の積み重ねが人を成長させる。人は歓びのためにはたらき、失敗を修正浄化しながら苦の原因を整えてゆく。始めは忘却、喪失、無知の状態でも多くの取り組みからできることを増やしてゆく。結果にはすべて相応の原因が有って、そこに必要なのが忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚で、経験した途上のすべては魂の意識に記憶されてゆく。前世の記憶も魂の中に潜在していて、その領域を高めてゆくもので、どの道を選んでもその過程に意味がある。試練は超えられるものでその領域への呼びかけと思う方がいいだろう。因を転換することで良き縁に恵まれて、念ずれば花開くときが来るのだろう。 2019年1月31日 琢
2019年01月31日
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弁証法的論法は説得力が有るが行動が伴わなければただの正論だけのこと相手を論破したところで自分が進化したわけでなく過信して口先だけの人と思われる体験して身に付けたものは他の参考になり応用することで誰かの救いになる単なる知識だけの正論は信頼されず身を以って経験したものが先を拓く智慧になる物知りにも二種類有って,多くの文献を勉強しただけの知識が豊富な人、人から聞いて知っている人、その知識を実践、体験して身に付けている人がある。どちらも自分が聴くことで参考にはなるが、実績のある人は自ら体験したことでの智慧で対応することを教えてくれる。その恩恵に感謝すればもっと因縁側での交友ができる。弁証法的論法は説得力が有るが、行動が伴わなければただの正論だけで信頼できる人にはならない。過信して口先だけの人より、良き因縁側での縁で一緒に事に当たる方がその恩恵に感謝できて、認め合い、理解し合うことから信頼関係が構築されてゆく。身に付いたものは他の参考にも成り、応用することで他の救いにも成る。分相応、足るを知ることで背伸びすることが無くなって、謙虚な交友から人生が変わるほどの関わりになり、そこに自分の使命の自覚ができるようになる。この世に無駄は無くすべてに意味が有り、こんな自分でも役に立つ嬉しさと他の救いになる歓びを得ることができるように成れる。 2019年1月30日 琢
2019年01月31日
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弁証法的論法は説得力が有るが行動が伴わなければただの正論だけのこと相手を論破したところで自分が進化したわけでなく過信して口先だけの人と思われる体験して身に付けたものは他の参考になり応用することで誰かの救いになる単なる知識だけの正論は信頼されず身を以って経験したものが先を拓く智慧になる物知りにも二種類有って,多くの文献を勉強しただけの知識が豊富な人、人から聞いて知っている人、その知識を実践、体験して身に付けている人がある。どちらも自分が聴くことで参考にはなるが、実績のある人は自ら体験したことでの智慧で対応することを教えてくれる。その恩恵に感謝すればもっと因縁側での交友ができる。弁証法的論法は説得力が有るが、行動が伴わなければただの正論だけで信頼できる人にはならない。過信して口先だけの人より、良き因縁側での縁で一緒に事に当たる方がその恩恵に感謝できて、認め合い、理解し合うことから信頼関係が構築されてゆく。身に付いたものは他の参考にも成り、応用することで他の救いにも成る。分相応、足るを知ることで背伸びすることが無くなって、謙虚な交友から人生が変わるほどの関わりになり、そこに自分の使命の自覚ができるようになる。この世に無駄は無くすべてに意味が有り、こんな自分でも役に立つ嬉しさと他の救いになる歓びを得ることができるように成れる。 2019年1月30日 琢
2019年01月30日
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運動量と食事の量自己管理をしなければスタイルが悪くなるはたらくことで何かを得るが生活の知恵は生きる智慧動けなければ頭を使い頭を使えば楽になる快に走れば唯物的、刹那的、利己的になる自分が楽をすれば他に苦を押し付けて苦の責任の分担をしなければ気が付けば孤立している無私、利他の誠心が丁度良く他の為にはたらけば笑顔が増える自分の為だけに生きれば空しく、他に認められて理解されれば嬉しくなって何でもしてあげたくなる。人情はそういうもので、忍辱・にんにくするほど人にやさしくなれる。自分を整えて調和すれば和が広がってゆく。見た目も内面も自己管理をして整えておく方がいい。体型も運動量と食事の量の調節が必要で、褒められるほど他の模範でいたくなり,はたらくことで何かを得るが生活の知恵は生きる智慧になる。動けなければ頭を使い、頭を使えば楽をする。快感に走れば唯物的、刹那的、利己的になってしまう。自分が楽をすれば、どこかで他に苦を押し付けて、苦の責任を分担しなければ、気が付いたときは孤立している。慈悲慈愛のこころ・菩提心で、無私、利他の誠心で対応するのが丁度良い。他の為にはたらけば笑顔が増えてゆく。使う言葉は良い言葉、誉める言葉、感謝の言葉が場の雰囲気を良くし、人にやさしければそこが自分の居場所になっている。 2019年1月29日 琢
2019年01月29日
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神社仏閣に行けば爽やかな気分になる歴史に学ぶことも有り心の領域によって相応にその深さに触れる何かを祈り大いなる世界を想像する見える世界と観えない世界神仏と自分素直な心に成れて見える光景を思い出に残し一人の小さな自分として神仏に願いを捧げとらわれを解放する心の汚れを祓うことが出来るお祭りはその地域ごとに子供の頃からの懐かしい思い出が心の中でよみがえる。どんな生い立ちや育ちに条件、制約が有ってもそれぞれの心には懐かしい思い出がある。日本に生まれて良かったと思える文化は、いつでもそこに行けば昔を思い出させてくれる。神社仏閣に行けばいつも爽やかな気分に成れて歴史に学ぶことも多く、その同じ空気を吸っていること、同じ景色を見ていたのだろうと思いながら合掌して祈る。心の領域によって相応の深さに触れることが出来る。大いなる世界を想像し、見える世界と観えない世界、神仏と小さな自分、そこに素直な自分がいる。その光景とその時の心境を思い出に残し、一人の小さな人間として神仏に祈りを捧げる。そこにちょっとした心の安堵が有り、幸せ感も湧いてくる。とらわれを解放し、心の汚れを祓うことでさっぱりした心で帰ることができる。その有り難さに感謝しながら参道を歩くのもいいだろう。そういう文化、神事やお祭り、年に一度の行事もいつまでの残っていてほしいと思う。 2019年1月28日 琢
2019年01月28日
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使う言葉で運命が変わる明元素は楽しい、嬉しい,よしやろう暗病反は嫌だ、つまらない、苦しい前向きな言葉と後ろ向きな言葉は多くの選択の中で前向きな方を選んでゆく後ろ向きな人と付き合えばうまく運ばないような気にさせて失敗をそのせいにしてしまう失敗に学ぶことが多くその原因を修正すれば願いを引き寄せることになる後ろ向きは悔いが多くなる自分はダメだうまくいくはずがない、どう見ても自分には無理だと思う心で事に当たれば、微妙な分岐点を越えられず失敗になることが多い。自分を信じ、どんな障碍や試練をも超えた先に強靭な精神力が培われて、それまでにどうしてもできなかったことが出来るようになってゆく。使う言葉も積極的な言葉は自分を奮い立たせ、勇気と気力で挑戦する覚悟を決めさせる。やる気のない言葉は相手に付け入るスキを与え、巧く行くことさえ腰が引けてできなくなってしまう。他の期待に応える自分に成るには、信頼されること、その言葉は相手が安心するような明るい言葉を使うことも必要だろう。不安を抱かせるような、責任逃れをしそうな、良くない結果には人のせいにして逃げてしまうのではという疑問を抱かせる態度や言葉は避けるべきだろう。多くの失敗には必然の原因が有って、その修正浄化が出来ていればうまくできる自信を付けさせてくれるようになる。他の期待に応えることで和と信頼を得ることが出来る。そこには自分の居場所が有って、自他の歓びと共に生き甲斐さえ感じるようになる。言葉は言の葉、言霊と言って、葉の色と艶を観ればだいたいのことが解かるように、使う言葉も判断基準になっている。 2019年1月27日 琢
2019年01月27日
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自己顕示が強ければ警戒され自我我欲を出せば拒絶される自己保存をすれば失望が多くそのすべてが対立を招き断絶、平行線になってゆく人間が殺し合う原因でその自己正当化が多くの苦を生み出してゆく戒めと課行を必要とし業・カルマを空にすることが共生の第一条件になる生まれたときは肉体舟に魂が乗った状態で、それまでのことは忘却、喪失、無知の状態から人生を始めてゆくことになる。誰にも業・カルマは有るもので、それが邪魔して思い通りにならない現実を与えられることになる。動物は同族を殺さないが人間はそれをやってしまう。その原因になるのが新皮質脳の自己顕示欲、自我我欲、自己保存で自分を改めようとせず人のせい、責任転嫁で怒り、憎悪,怨みで心の乱れと共に、警戒するもの、拒絶するもの、思い通りにならないものを殺してしまうことになる。断絶や平行線は苦の元ですぐに破れかぶれになって我を失ってしまうのが人間なのだろう。宗教の違いによる紛争は何千年も続き,信じる神以外のものを殺してゆく、平和を願わないものは無いのに対立から争いを起こしてしまう。近年の事件は残酷な事件が多く、人としてやってはいけないことをやってしまうもので、すべて自己正当化ばかりで反省が無いものばかりなのは、見えるものしか信じない風潮が蔓延しているからかも知れない。あれはしませんと言う戒めとこれはしますという課行・心掛けを継続してゆくことが必要な時代なのだろう。業・カルマを空にすること、それが共生の第一条件だろう。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろくこれが般若心経 空のこころなり 奈良薬師寺高田好胤 2019年1月26日 琢
2019年01月26日
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観察力を培う人の表情、髪形、服装眼に映るものは変化している出会う人のすべて家族、友人、知人や景色も見るたびに変わってゆくもので親しくなるほど心は敏感になる心は仕草に現れるもので会話はそこから始まってゆくことで垣根が外れてゆき関心が有るほど親しくなってゆく本心で語るほど和が広がってゆく認め合い、理解し合えば絆が結ばれて信頼関係が心の安定になってゆくカオスは混沌とした状態で身に迫ってくるもののために心はいつも不安や迷いに覆われて、適切な対応ができていなければ望まない現実が与えられてしまう。人は不安と共に妄想、錯覚から取り越し苦労をしてしまうもので、自分を整えてゆかなければすぐに諦めたり先送りしたりで挫折や絶望の闇の中に引き込まれてしまう。想像や妄想はまだ起きていない未生のもので結論が出ていないことにとらわれることなく、まだカオスの状態と思って誠心で対応すれば、好転する場合が多い。観察力を培っておくこと。表層だけで判断せず、深層を洞察できれば失敗は少なくなる。周りのすべては日々変化してゆくもので、よく観察しておくことが必要だろう。微妙な変化への対応がちゃんとできていれば、思いもよらない落とし穴にはまることが少なくなる。本心で語り合うことで警戒心がほぐれて、垣根が一つずつ外れてゆくことになる。そこに和が広がってゆくことで認め、理解し合うことから信頼関係が構築されて深い絆が結ばれることになる。心の安定はそういう状態の中で得られるものだろう。 2019年1月25日 琢
2019年01月25日
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挑戦には勇気が必要で恐怖感を超えて一歩を踏み出すその一歩が無ければ何も始まらず失敗には大いに学ぶところが有る失敗を恐れて進化は無く人智を尽くして人智を超える甘い心を抑え克己と共に無私、利他の誠心で臨めば良き縁と共に因の転換をし恩恵に感謝し敬意と共に因を好転の方に向かわせる夢や希望は感動と共に、何かの閃きと共に、前世からの潜在的なものに、心に描く願いで、好きな分野に見つけ出す場合が多い。多くの場合、それは自分にしかできない個性を生かしたものが多く、本心からの歓びに成るものが多い。そのためにあらゆることに挑戦しながら至らない部分を修正浄化し、障碍や試練を越えさせ、成就に向かわせる。すべてに意味の有ることで、強い意志と勇気で挑戦することでしか得られないものだろう。一歩から踏み出してゆくもので、その一歩が無ければ何も始まらない。失敗には大いに学ぶことが有り、自分を整えてゆくことで、人智を尽くして人智を超えるときが来る。甘い心を捨てて克己と共に無私、利他の誠心で場に臨めば、迷いは消えて自分が為すべきことの自覚が出来てくる。悟りは無理でも何かを自覚することはできる。人は自分のために弱く、人の為には強く成れる。そこに自分の使命が観えて来るだろう。 2019年1月24日 琢
2019年01月24日
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有るものを使うために生まれてくる正論は有るものでも身に付けなければ空論で経験と共に実に成ってゆく受粉と共に芽を出して花が咲く遍行と共に別境が有り適切な判断が出来るようになる想像や妄想は架空のもので警戒心は未生のもの未生の内に正しておくこと知識を転じて智慧を得れば可能性を使いきれて最大限の自己発揮ができるそれが最高の歓びに変わる人間の可能性は信じなければ開かない扉を幾重にも通り抜けた先に有るは高橋先生の言葉だが、自分を信じ、人を信じることから可能性は無限に広がってゆくものだろう。有り得ないことや奇跡的なこともやってのける可能性をみんながもっている。何でもやって身に付けてゆくことで自分の使命を果たすことが出来る。有るものを使うために生まれてくるのが人間で、魂と心の願いの自覚と共に、目的意識・意志が有れば、身に付いた智慧の応用から何でもできるようになってゆく。正論は有るものでも使わなければただの空論で、他の論破に使っても自分の進化にはならない。受粉と共に芽を出して花を咲かせるように、具現には段階が有って日々の準備の積み重ねから願いは成就するときが来る。想像や妄想は架空のもので警戒心は未生のものでも、未生の内に正しておく必要が有る。知識を転じて智慧を得れば、その応用が利き、可能性を使いきれれば運命を変えられる。自分の可能性を最大限に発揮すれば最高の悦びが得られて、他に向けることで他にも最高の歓びを与えることになる。 2019年1月23日 琢
2019年01月23日
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家にいても外に出ても見たもの聞いたものからいろんなことを学び考えている自分への反応も有って思いの中に入ることで自分の哲学が広がってゆく常識の違いを知るほど視野が広くなって行為への反応如何で適切な対応が出来るようになる迷惑や摩擦を少なくできるように自分を修正浄化することで和が広がってゆく歩みは時と共に有るもので、無知、未熟を埋めながら賢くなってゆく。賢いとは知識がたくさん有ること、ひろく学問することに止まらず、学んだことを実践してみて身に付けた智慧を得ることを言うのだろう。家にいようと外に出ようと人は見たもの、聞いたものに学び、自分の行いへの反応も有って、思いの中に入ったものから自分の哲学を見い出してゆく。人それぞれ道は違ってもそこに常識の違いを知ることで、忍土の厳しさや自分の愚かさと共に救われている恩恵の自覚が出来てゆく。感謝と共に報恩に向かうことで視野が広がってゆく。自分のカオスへの対応如何でその反応が現実となって自分に返って来ることで、その原因の修正浄化をするたびに深化してゆく。適切な対応が出来るようになれば、迷惑や摩擦が少なくなって、認め合い、理解し合うことで和が広がってゆけば、自分の在り方が観えてきて、他の悦びが自分の歓びになっていること、他の痛みや苦しみを体験と共に癒やせるようになってゆく。 2019年1月22日 琢
2019年01月22日
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閃きからアイデアへつくり出せば発明になる文化から文明へ自然の摂理は科学に科学の応用で原始から近代産業革命から情報革命へ地上と宇宙のエネルギーを使って限りなく進化してゆく無かったものが便利な製品へ物欲を掻き立てることで煩悩、カルマを引き出して生きる目的を錯覚させる歴史はその繰り返しで魂・心の願いに気が付かないものが多い見ればとらわれて欲しくなる。人は水の有るところに集まって集落から村、そして都市になり国になる。四大文明のすべてが河の流域で、そこに文化の発祥から文明の発達が有る。人は綺麗なもの、便利なものを考え出してそれをつくり出してゆく。閃きからアイデアに、自然の摂理、現象観は科学の発達へ、原始から近代、そして産業革命から情報革命へ、地上と宇宙のエネルギーを使って限りなく進化してゆく。5年先には考えてもみなかったものが生み出されてゆく。それまでになかった製品が出れば物欲を掻き立てて煩悩、カルマを引き出して、人としてやってはいけないことを繰り返してゆく。競争心,所有欲、独占欲が共生社会の秩序を乱し、唯物的、刹那的、利己的な人間をつくり出してゆく。自然の摂理、仕組みの破壊から、それまでになかった自然現象、災害を起こさせてゆく。生きる目的をものと錯覚するものも多く、魂、心の本当の願い、前世からの課題を思い出すことなく、自分が何者か分からないままこの世を去ってゆく人も多い。六道輪廻とはそういうことだろう。 2019年1月21日 琢
2019年01月21日
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書くことは白紙に心を表わすこと無いところに心が表れる考えたこと、思っていること、気付いたこと、その人がそこに現れる起、承、転、結で広がりから結びへ心は生い立ち育ちの影響を受け常識の違いに学び得た知識を表現する未練を残さないように伝え表わしてゆく文章の上手、下手は有っても経験したことは伝わってゆく色即是空 空即是色思ったことを伝えようとしてもうまく伝えられないことの歯がゆさ、自分の勉強不足を嘆くことが多いが、真心はそこに現れる。表現法は基礎を学ぶことでそこに自分の経験と共に心を表わしてゆく。体験したことは表現の上手下手に関わらず伝わってゆく。歩みの中で身に付けた努力は語彙が豊富でなくても,、やさしい言葉で書いた方が子供にも伝わりやすく成る。書くことは白紙に心を表わすことで、無いところに心を表わすことになる。人の心は「色即是空、空即是色』で、言うことでその心が表れてくる。表し方は自分の身体を使うことで他に伝わってゆく。考えたこと、思っていること、気付いたこと、体験したことを表現することが出来て、身に付いているものほど説得力がある。文章は教養の現れるところだが、起承転結で表現してゆくことで上手、下手に関わらず読む人の心の中にその情景が浮かんでくる。心は生い立ち育ちとその条件、制約の影響を受けてそれが自分の常識になってゆくもので、常識の違いに学ぶことが多く、認めて理解することで相手とも和が生まれてくる。自分のこころを伝え表わすことで相手との距離が無くなって孤独感が無くなってゆく。自分の歩みは表現することで知ってくれるものが増えてゆく。 2019年1月20日 琢
2019年01月20日
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人のもてる力は分野によって違うもので自分に向いたマキシムが有るみながもてる力を発揮すればマキシムは最高の歓びになる挑戦しなければ得られないもの願う領域に違いが有っても人智を尽くして人智を超えたところに全体の願いが導かれる良き縁と共に開花が始まる一期一会、人事を尽くして天命を待ち克己と共に浩然の気に至るその満足感は他の指針になっている不平、不満は人をがっかりさせるもので、いつも明るく前向きな姿には微笑みが浮かんでくる。殻を破れなければ本当の力が出ず、それぞれには根源の力と無限のエネルギーが秘められていて、何かに集中すれば、どんな試練をも超えられて成就のときを引き寄せることが出来る。人には個性が有ってその人にしかできないことに尽力することで得られる領域の違いがある。その可能性の最高の状態を目指し、みんながもてる力を発揮すれば、マキシマは最高の歓びになる。挑戦しなければ得られないもので、願いに違いが有っても、人智を尽くして人智を超えたところに全体の願いが導かれる。日々の努力の積み重ねは良き縁と共に開花が始まり、一期一会、人事を尽くして天命を待てば、克己と共に満開の花が咲くことになる。それまでの欲求不満は解消されて、今を明るく機嫌良く生きることが出来るようになる。 2019年1月18日 琢
2019年01月18日
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人はとらわれた道を歩む心に描く青写真も具現化には準備が必要で学び、実践、失敗、修正浄化と共にその最高の可能性を引き出せるオンリーワンのマキシマはその準備の途上で観えて来る人間には根源の力が有り無限のエネルギーが秘められ突破する力生まれ変わる力も具わっていて7番目の感覚が芽生えてくるそこにマキシマを取り出す必然が有る自分はダメだと思う人にも、幾度の失敗を重ねてきた人にも、挫折や絶望を味わった人にも、まだまだ可能性は広がっている。自分を信じ切ること。表層にとらわれず深層を洞察して信じ切ることから、自分の生かしどころが観えて来る。人は夢や希望のとらわれと共に自分の歩む道をゆくようになる。心に描く青写真の具現化と共に相応の準備をね、そのためのあらゆることを学び、実践し、体験、失敗とその修正浄化と共に、その最高の可能性を引き出せる。点滴石を穿つように、日々の努力を積み重ねることでいつか最高のマキシマを引き出すことが出来る。重要なのは意志と気力と勇気と挑戦だろう。人間には根源の力に無限のエネルギーを湧き出させ、突破する力や生まれ変わる力も具わっている。その先には予知的、先見的な第七番目の感覚も備えることが出来る。人間の本当の力は、火事場のバカ力と言う人もいるが、通常では考えられない力を秘めていて、本気になることで、奇跡的な必然を成し遂げる力を備えている。 2019年1月17日 琢
2019年01月17日
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失敗や病の現実に何でだろうの原因を探しそうならないように修正しながら思うこと失敗の連続は無能だけでなく病の自業自得だけでなく何故かの原因を正すだけでなく成ったものにしか解らない体験と共に人の痛みや苦しみが分かるようになる救済の呼びかけととらえれば最も愚かな人間にも歓びと思えるときが来る絶望は人生の終わりではなく背負った荷物を下ろすときで新たな光を見つけ出すことが出来る人生の意味はお金やものでなく体験で気付く自覚に有るやってみなければ何も始まらず、成ってみなければ解からない現実が与えられる。失敗してどんなものかを知り、何で思うようにならなかったのかの原因が観えて来る。病気になっても原因と結果の法則を思えば、そこに必ず病気を与えられる元が有ったことを知る。ついてないと思えば、何でそんな運命なのか、そこにも相応の意味がある。失敗の連続は無能だけでなく、病の自業自得だけでなく、その原因を正すだけでなく、成ったものにしか解らない苦を癒やせるようになった自分がいる。その意味を救済の呼びかけと思えば、愚かな自分でも歓びと思えるときが来る。絶望は過信、思い上がり、むさぼりに下された現実と思えばとらわれどころが違うだけのことで、人生の終わりではなく、それまでのとらわれの荷物を下ろすときだろう。新たな光を求め、別のとらわれをつくっていいときだろう。この世に与えられた命をどこに使うべきかは、お金やものの為でなく、実践、体験と共に気が付くこと、そこに説得力のある智慧が身に付き、自分の愚かさを思えば、最も低い自覚でも他の救いになることも有ることを知るだろう。 2019年1月16日 琢
2019年01月16日
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試練は自分を超えるためのもの逃げず、先送りせず、放置しないこと前向きに意欲を湧かせ勇気と共に挑戦すれば超えられるそこに経験したものにしか解らないことただ知っているだけで無い智慧が備わって来る自分を信じることで一本の白い道が観えて来る智慧は適切な対応をさせて先を拓き、良き縁をつかみ取ってゆく前向きに挑戦すればどんな苦難をも超えられて他の救済に命を使えば悔いの無い道をゆける試練は至らない部分の補正のための呼びかけととらえれば、積極的な気持ちに変わってゆく。天はその人の超えられない試練を与えないというが、何か至らない部分が有るからでそこを修正しなさいと言っているのだろう。そういう意味では自分を超えるためのものと言える。逃げず、先送りせず、放置しないことで、今この時に為すべきことを教えてくれていると思うべきだろう。前向きに挑戦する気持ちになれば必ず超えられるのが試練だろう。そこには超えたものにしか解らないこと、ただ知っている知識だけではない智慧が備わって来る。超えるには自分を信じること、超えた後は信念の強さが増してゆく。智慧はカオスに適切な対応をさせてくれるもので、先を拓き、良き縁をつかみ取って運命を変えてゆく糧になるものだろう。前向きに挑戦すれば、どんな苦難をも超えられて、その智慧をどこに使うか、自分の命をどこに使うか、その自覚と共に迷いは消えて確かな歩みが出来るようになる。細い径でも他の助けになって喜んでもらうことをみんなうれしく思っている。 2019年1月15日 琢
2019年01月15日
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カラオケは練習すれば上手くなるどんなこともやってみれば上達する出来ることを増やせば幅が広くなる自信がつけば何でも挑戦したくなる好きこそものの上手なりでプロはもっと深く掘り進め熟練は不動の個性の発揮で他に感動を与えるようになるどの個性も磨けば光るもので自分なんてとへりくだる必要はなくすべては挑戦する勇気と気力から始まってゆく人の心はいつも不安に揺らいでいるものだが、未知のことには臆病になってしまうもので、何でもやる前にいつも迷いでしり込みして苦手意識をつくり出してしまう。始めからうまくゆくものは無く失敗からうまくゆくようになってゆく。歌が苦手だった人もカラオケで練習することでうまく歌えるようになってゆくように、どんなこともやってみること。遍行【作意・さい、触・そく、受、想、思】でどんなものかが観えて来るもので、別境【欲界、勝解・しょうげ、念、定、慧】でその元、仕組みがどんな成り立ちかが観えて来る。年数を積むほど出来ることが増えてくるもので、幅が広がれば自信がついてきて、自分の可能性を広げようと何でも挑戦したくなってゆく。実践、体験から身に付いてくれば体幹に入って智慧になってゆく…転識得智・てんじきとくち。好きこそものの上手なりで、好きなことを掘り進めてゆけば専門分野の一部の領域に達し、熟練は不動の個性の発揮になっている。他に感動を与えるようになり、夢や希望を与えることになってゆく。どの個性も磨けば光るもので、自分なんてとへりくだる必要は無いだろう。すべては挑戦する勇気と気力から始まってゆく。この世に生を受けるはことを為すことに有り 坂本龍馬 2019年1月14日 琢
2019年01月14日
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異業種交流は掘り進める領域の違い専門分野の奥の深さ発想の転換と応用で進化の途上の共通点を発見できる敬意と感謝の念で接し人智を尽くして人智を超えること多様性と協調性を培うこと同じ人間として至れる領域の語り合いで調和することの大切さを学ぶ四苦八苦はどの分野にも伴うものでどのように超へ、どう個性を活かすか理解と実践から未生のものを具現化する気付きを得る新たなものの考え方、専門的分野の違いが有っても、人としての努力、実践の積み重ねで至る領域の発見には異業種交流によって、驚きと感動と共にマンネリ化した自分の活性化ができる。専門分野ごとの奥の深さを知れば、自分の甘さを自覚出来て、新たな挑戦意欲が湧き出してくる。同時に人的交流もできて良き縁との交友が始まり人脈の幅の広さを得ることになる。発想の転換、転依が進化の途上での共通点から挑戦意欲が湧き出してくる。敬意と感謝の念と共に、人智を尽くして人智を超えることの尊さを知る。必要なのは多様性と協調性で、そこに品格も具わってくることになる。同じ人間として至れる領域の語り合いから、人の可能性の無限を知り、調和することの大切さを学ぶことになる。どの分野を掘り進めようと人としてするべきことの共通性を知って未知の世界にも同じ精進が有ることから安堵と覚悟と勇気の重要さを知る。どの道をゆこうが四苦八苦と共に未熟を埋め、良き縁と共に、どのように超へ、どう個性を生かすか、その自覚を得ることが出来る。理解と実践から未生のものを具現化する気付きを得ることが出来るだろう。 2019年1月13日 琢
2019年01月13日
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変化の兆しは外からの現象だけでなく気の流れにも現れる大きなうねりと小さなうねりは慎重に対応すること軽いものと重いものとの分別の難しさはすぐに現れるものと数年後に気が付くものが有り楽観すれば手を打たず気付いたときは手遅れのことも多い何ごともカオスには適切に対応すること多くの失敗がそれを教えてくれる順調なときほど注意が必要で危機感と気苦労にも意味が有る何の危機感をもたないことは一時的には幸せなことだが、微妙は変化を見逃した結果大変な事態に巻き込まれることも多い。取り越し苦労は不安や迷い、葛藤を引き起こすが、時にはその対応で救われることも有って、どんなことにも事前には微妙な警鐘が鳴っていることが多い。注意深ければ微妙な変化の兆しを見逃すことが無い。外からの現象だけでなく、気の流れにも変化は現れるもので、大きなもの、小さなもの、重いもの、軽いものが有って、その事前の分別は難しい。現象はすぐに現れるものと何年か先に現れるものが有る。楽観すれば対応に遅れが出たり、何の手も打たなかったりすれば望まない酷い現実を与えられることも多い。気付きは常に観自在ができているところに訪れるもので、どんなカオスにも適切に対応することで救われる恩恵に恵まれることが多い。多くの失敗がそれを教えてくれるもので、順調なときほど注意が必要で、危機感と気苦労、取り越し苦労は無駄なものでなく、不安は思わぬ災害、突発の出来事への対応に適切な場合が多い。表層だけで観るのでなく深奥を観る洞察力を身に付けておく必要が有るだろう。 2019年1月12日 琢
2019年01月12日
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運命はつくれるもの、変えられるもの宿命は変えられないもの料理で言えば運命は献立、宿命は素材で素材の特性をどう生かすかは仕込み・準備如何による生まれ育ちは変えられなくても願いと生き方は変えられる変えることは元が無くなることでなく転じることで他の歓びになり自分の生き甲斐になる悔いは未練、未熟が残ることで自分をどう生かすかで納得の運命をつくり出すことが出来る人の生い立ち育ちは、その家や土地の風土、時代の影響が条件制約になっていて変えることは難しいが、どう歩むか、どんな願いを立てるかでその後の運命は変えてゆくことが出来る。生まれた時点で一生が決められているものでなく、自分の責任でどの道を選ぶかで決まってゆく。運命は変えてゆけるもので宿命は変えられない。料理に喩えれば、運命は献立で宿命は使う素材だという。素材は四季折々で旬のものを選ぶことになるが、その度に変わってゆくのが献立だろう。素材はそのままでは美味しくないものでも、その準備、仕込み如何でその特性を生かした美味しい料理に変わる。味付けはその人の真心で表されるもので自分独自のものに成る。願いとその生き方、歩み方で変えてゆくことが出来るのが運命だろう。元のものが無くなることではなく転じてゆくことで、他の歓びになり、それが自分の生き甲斐にも成る。どんなものも基本を勝解して、その基礎の上に積み上げてゆけば崩壊することはない。未練、未熟が執着になって悔いを残すことの無いように途上で学んだことを転識得智しながら身に付けた智慧が先を拓くことになる。 2019年1月11日 琢
2019年01月11日
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常連にとって通う店の繁盛はよろこばしく愛着が湧くのはみな同じ情が湧いてくるもので愛国精神や愛社精神も家族、親族、友人、仲間や同志にも長く付き合うほど情が湧く人の歓びを我が歓びと感じ人の苦しみを我がことのように思う人には良心が有り大慈大悲の菩提心が有る助け合い、救う心、役に立ちたいと思う心自分のために弱く人の為なら強く成れる他に必要とされるところに生き甲斐と自分の居場所を感じてそれが自分の至上の歓びになってゆく誰かの役に立って誉められ、歓ばれることほどうれしいものはないと感じるのはみな同じだろう。親に褒められたいと頑張るのも、他に必要とされてその役に立つ歓びも、そういう心を誰もがもっている。自分だけの為よりも人の為に強く成れるのもみんな同じだろう。時を重ねるほど愛着が湧くのも、手をかけるほど情が湧いてくるもので、思い入れの多いほど愛着が湧いてくるもので、愛国心、愛社精神、家族、親族、友人、仲間、同志には特に愛着を持つのは情が湧いているからだろう。長く付き合うほど情が湧くもので、人の歓びを我が歓びのように感じ、人の苦しみを我がことのように思うのも人間だからだろう。人には良心が有り、大慈大悲の菩提心が有る。助け合うこと、救うこと、役に立つこと、必要とされるところに自分の生き甲斐を感じ、そこが自分の居場所になってゆく。ただそれが自分の至上の歓びになっているからこそ、恩着せや押し付けはしない方が満足感は増してゆくことになる。かけた情けは水に流せ 受けた恩は石に刻め 長野県善光寺石碑 2019年1月10日 琢
2019年01月10日
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すべての道が閉ざされたと思ってもとらわれた分野でのことで道はたくさん有る願いが違う場合が多く無知、未熟、怠惰だけでなく恥辱や汚泥にまみれなければ至れない魂の願いはその条件でもなお綺麗な心を保つことその上で得る自覚が本心でやりたかったことを示しそれを使命と自覚することになるすべてすでに自分の中に有ったもので暗中模索して来たことにもやっと気付く時がやって来る成長過程で思うことは無知と未熟からの失敗ばかりで自分が何に向いているか、何に命を懸けるべきかがまったく見えていないことだったが、いつも途上で修正浄化と共に自分の傾向を知ることから、感動と共に何を感じるか、どんな夢や希望を持つか、その具現のために描く青写真が観えて来るようになる。それでも試練のたびにすべての道が閉ざされたように感じることが有る。それは転依して全く違う分野を思えばわかってくることだが、とらわれた分野でのことで開かれた道はたくさん有ることに気が付くことになる。願いの違いが多く、無知、未熟、怠惰だけでないもので、求めようとする領域へは恥辱や汚泥にまみれなければ至れないこと、それでもなお綺麗な心を保っていること、その上で得る自覚は本心からやりたかったことを示している。そこに自分の生き甲斐と感じ、使命と感じて、自分を必要としている場所、そこが自分の居場所だと感じることになるのだろう。途上でも迷いや葛藤、暗中模索してきたことに、やっと気が付くときが来るのだろう。 20419年1月9日 琢
2019年01月09日
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人それぞれには悲しいことが途上に有って聴くことで相手の心は少しは晴れる自分には勉強になることが多い被害者には必ず加害者がいてその対応に苦慮するが加害者には罪の意識が無く反省も無いことも多く自分には嘘を付けず心のどこかにしまっている場合が多く自業自得の現実まで待つしかない四苦八苦は誰にも有るもので改心が無ければ進化は止まっているその時が自分を変えるときになる多くの人の棲む社会ではそれぞれの願いを果たそうとしながら生きていくことになるが、共生には摩擦が起こりやすく、生い立ち、基盤の違いから常識の違いが有って思い通りにならないことが多い。四苦八苦【生老病死、愛別離苦、求不得苦、五蘊盛苦、怨憎会苦】は誰もが経験するものだが、その時期はみんな違うときが多く、思う通りにならない道を迷い葛藤しながら自分のこころにどう治めればいいのかの工夫をしながらみんな歩んでいる。苦は成長の元に成るものだが楽をしたいと思う心は誰にも有って、つい人の迷惑を考えずに自分の都合を優先してしまう。二見【勝敗、損得、プラスマイナスなど】のとらわれが強く、悲しい場面に遭遇することが多い。大慈大悲の心が必要で、人の苦しみを聴くことで相手の心は少し腫れることが多く、自分には勉強になることが多い。人に迷惑をかけたり、悲しませたりは誰にも有ることだが、我がことだけのために悪意でする場合、自分に嘘を付けず心のどこかにしまい込んでいる場合が多い。保身のための責任転嫁も多く、自己正当化も多い。その場合罪の意識が無い場合が多く、常識の違いの認識が無い場合が多い。世間を良く知るものはその違いを受け止め、認めて理解する幅の広さ、奥ゆきの広さをもっている。人の身に付けた智慧が先を拓かせるときはそういうときだろう。今生きていること、今生きて在るということは、そういうことのすべてを乗り越えてきたということだろう。 2019年1月8日 琢
2019年01月08日
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話が合わないときは領域の違いが有って常識を超えた先に至る領域は上が観えず発する言葉の深い意味が解らない『生きず』と言えば死ぬことかと思うがさにあらず空を求める心のことで煩悩やカルマで生きず四弘誓願を志せば救済、煩悩の抑制、学びの網羅から成仏への誓願で課行と戒めを日々実践し無私、利他の誠心で発菩提心、修菩薩行の精進をする人それぞれには魂の違いや個性が有って、独自の果たすべき使命がある。忘却、喪失、無知で生まれ、魂の中に潜在する使命を模索しながら歩んでゆく。既に有る解答に気が付かず、自分が何ものかを知らないままの歩みから、多くの経験と共に本心から何を果たすべきかの自覚が出来るようになってゆく。途上のすべてには意味が有って、多くの障碍や試練を越えながら何を呼びかけられているかに気付き、仮我・偽我から善我を育むことになる。他に迷惑をかけず、摩擦を起こさずを思えば『生きず』の領域に至る。生きようとするほど煩悩やカルマが出てしまうことの自覚ができる。禅定して空を求めることで、自己顕示、自我我欲、自己保存に走らないように調和した自分を求めることになる。成仏したいと願えば四弘誓願・しぐせいがんと共に、救済、煩悩の抑制、学びの網羅とその実践から「転識得智」・てんじきとくちで智慧を身に付けながら真我の展望をするようになってゆく。感情の抑制に努め、すぐに行為に反映しない心掛けと共に、自分の命をどう使うかに専念することで、何をすべきかの自覚が出来るようになってゆく。 2019年1月7日 琢
2019年01月07日
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以心伝心心は繋がっているもので思っていることは伝わっている霊性的なもので物理的には見えないものが魂レベルではつながっている心に有るものは思うものには伝わっている同時に同じことを思うことも多く単なる想像でなく同じ映像が浮かぶことも有る念ずれば通じるもので期待とは別のところで人の心はいつも繋がっている.人は何処にいても月を見ているもので、空は何処にいてもつながっている。心も空のようにつながっているもので、以心伝心は同じ思いは繋がっている。特に思い入れの強い場合に遠くにいても同じことを思っていることがよくある。念じて定に入ったものは伝わってゆくもので、願ったものは実現することが多い。霊性的なもので物理的には見えないものが、魂レベルでは繋がっていて実現の方に向かわせることが多い。心に有るものは思うものには伝わっているもので、同時に別のところで同じことを思っていることは良く有ることだろう。単なる想像ではなく、念ずれば通じるもので、人はいつも祈っている。忘却、喪失したものを思い出そうとするとき、自分の信念を強くするときなど、祈ったことは通じてゆくものと信じて祈っている。唯物的な期待とは別のところで、人の心はいつも繋がっている。縁ある人や相性の良い人、特に身近な人にはそのことがよく解かっている場合が多い。、 2019年1月6日 琢
2019年01月06日
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頭で考えること心で受け止めること頭脳は分析して使うもの心は意思決定をするところその奥に魂が有って魂には記憶された意識の蔵が有る現象観と霊性観にはそれぞれの段階的領域が有る魂は智慧もつ意志のエネルギーで物理的、合理的に図れず偶然は無くすべてが必然として突然の瞬間的判断ができる評論家のように結果だけでは片付けられず幅と奥行きにはその経緯が入っている器の大小が人の幅や奥行きを示すが、生まれつきのものと途上で培った赦す心や理解して受け入れるひろい心が有る。常識の違いを受け入れれば経験で積み上げたものが大きな心を育んでゆく。それはその人の智慧になって先を拓く力になってゆく。人間の意志決定は何処でするのかを聞けば、頭のいい人はそろって頭脳だというが、頭脳は体験したことや学んできたことの分析をするもので、心がそれを使って意思決定をしている。心の奥には魂が有って、その根拠になり、魂に記憶された意識の蔵がその元になっている。現象観と霊性観にはそれぞれの段階的領域が有って、次元の違いがある。魂は智慧もつ意志のエネルギーと言われ、物理的、合理的に図ることはできない。AI・人工知能に支配されることは無いだろう。それを使うのは人のこころだろう。包丁が使う人の心次第で美味しい料理にも成り凶器にも成るのと同じだろう。すべてに偶然は無く必然のものと受け止めて自己の修正浄化をしながら、その原因を正して自分を整えながら調和する自分に成って、突然の瞬間的判断が出来るようになる。評論家のように結果論だけで片付けられず、いつも未生の青写真の具現化に努めてゆくことになる。 2019年1月5日 琢
2019年01月05日
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親友は眼中に無かった人が多くむしろ敬遠したい人ばかり人は自分に無いものを求めるがそれさえ避けたい人もいた記憶に鮮明なのはそういう出会いからの交友で仕組まれていたとしか思えないユニバース的な体験でその因縁の深さを思う霊性観はそういう魂の出会いから現象観では偶然のようでも振り返ってみれば必然のものと思え自分の歩みの意味を考える求める領域の良き縁に成る体験が有る幼い頃から大学までと社会に出てからでも、こいつとは友達にならないとか全く眼中に無かった男が親友として残っている場合が多かった。振り返ってみればその縁は必然のものだったのかも知れないと思えて来て、今は重要で大切な友と心に刻み込まれている。初めての出会いではむしろ敬遠したい人ばかりだが、人は自分に無いものを求めるからだろうが、それさえも避けたい人もいた。記憶に鮮明に残っているのはそういう出会いからの交友で、仕組まれていたとしか思えないものが多い。そういう稀有な体験はユニバース的なもので、その因縁の深さを思う。霊性観はそういう魂の出会いと思えば、前世から決まっていたもの、約束していたかのようなもので、現象観では偶然のようでも、振り返ってみれば必然のものだったとしか思うない。その両方を同時進行で見るとき良き因と縁と共に望む花を咲かせることが出来るようになることを知る。宇宙法則、大自然の摂理に学ぶことが多くなってゆくことで、応用したものが文明なのだろう。凹凸、男女、支えなどの応用からできた製品を観れば、原理、原則のすべてがその摂理からのように思う。 2019年1月4日 琢
2019年01月04日
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人生に大きな影響を与える体験出会い、出来事、事態にあれが無かったらどうなっていたかのユニバース体験が有るそれが転換期になって気が付く人は感謝して因の転換をする気が付かない人は別の選択肢に選択は自分の意志によるが仕組まれているものが有る人はそれを運命と言うが求める人は良い方へ求めない人は別の選択をするそれが運命の分岐点でカオスには慎重である方が良い自分の対応如何で結果が出るのがカオスだが、どう出るかはすべて自分次第で、その時々の感情の動きだけで行動すれば、過ぎたものは取り戻せず、望みもしない結果が与えられる。迂闊な行為や粗末な扱いをすれば相応の反応が返って来るのが人の世だろう。反面先の結果に注意しながら歩んでいる人には特別な恩恵を与えられることも有って、人生に大きな影響を与える出会い、出来事、事態が有る。あれが無かったら、あの人と出会っていなかったらどうなっていたか分からないというユニバース的体験が有る。転換期に現れるもので、自覚次第で運が変わってゆく。選択は自分の自由な意志によるものだが、導くように仕組まれたものも有る。ここぞというときにちゃんとつかみ取るか、安逸して別に流されてゆくかは自分次第と言うのが運の流れで、すべて人のせいにはできない。運命は自分でつかむもので、瞬時の選択で人生を大きく変えることも多い。願っていること、求めていることに自覚が無い人にはその瞬間が観えずに、別のものをつかまされることが多い。自分の生き方の青写真がある人は、試されることも多いがその分別が出来ていて果たすべきことを果たすことが出来ている。カオスは逆に考えれば自分がつくり出しているとも言えるだろう。 2019年1月3日 琢
2019年01月03日
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新春のお慶びを申し上げます。今年もよろしくお願いいたします。平成は今年の4月で終わり元号が変わります。思い出せば阪神大震災、東北大震災・津波の恐ろしさ、福島原発爆発、熊本大震災、台風の脅威、北海道の大地震など雨による水害も伴う災害が多かったのが平成でした。地球温暖化も含めた地球環境の変化とそれに伴う災害はそれで終わりではなく、想定の上ではこれからがさらに危機管理を要するグレートカオスが考えられ、その対応が必要になって来るでしょう。この現象界に生まれ、生きて自分は何者か、自分の魂にはどんな記憶が潜在しているか、今この地球環境の変化と天工、人工による災害に自分はどのように、今を明るく機嫌良く生きてゆけるかを心掛けること。魂はいつの世も体と共に現象界でその領域を上に押し上げてゆくための一人一人の個性と共にどう生きるかの途上に在るのかの道を模索することになっています。20世紀は唯物主義の時代でしたが、見えるものしか信じられなければ、この世の文明のすべては見えないものから始まってきたこと、心の奥に有る魂の中に何が潜在しているのかに気が付かず、人としての人間らしい歩みが出来なくなってゆくことになるでしょう。霊魂不滅の法則が有ると言いますが、肉体の寿命はわずか百年くらいのもので、生まれたときはそのすべてが忘却、喪失、無知の状態で仮我・偽我から人生を始めてゆくのでしょう。人として生きようと思えば善我を育んで自分を整えて調和する自分を求めることになるでしょう。真我を求めて魂の領域、次元をさらに確かなものにしてゆく短い旅が与えられた人生ということでしょうね。唯物主義から魂主義でいかに自分を高めてゆけるかの途上に在るということでしょう。どれだけ生きたかではなく、どう生きるかの道を、自分の使命が、天職がどのようなものかの自覚から、不動の心になってその使命をどう果たしてゆくかの道を考えてゆくことを、今のこの時代が教えてくれているということも言えるでしょう。世界70億の人々には70億通りの個性が有って、信仰心と共に祈りから忘れているものを思い出すか、その心の安定への導きを心の中の神仏に確かめながら愚かさの自覚と共に至らない部分の、気が付いていない部分の発想の転換、因の転換には、多くの宗教の導きが必要で、そのどれを選ぶかはその人に合ったもので、これが絶対に正しいというものは無いでしょう。これからどう生きるかを考えてみる時が今なのかも知れません。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろく 2019年1月2日 琢
2019年01月02日
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