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長安から天竺に向う決意三蔵法師の覚悟何が有ろうが目的を目指す死んでも悔いはない決然と前を観て振り返らない人生に必要な心目標に向かう姿勢試練に立ち向かい次の試練に備えて弱点の克服をする死ぬ覚悟が有れば逃げたり諦めたりしない甘えを断つ心構え自覚はいつの世も同じだろう目の前の現実が苦しくなれば、先を思うと戻りたくなってしまう弱気な心が出て迷い始めてしまう。決意が弱ければ諦めて現状維持をしてしまいがちなのは、人には自分に甘い心があるからだろう。西遊記の三蔵法師【玄奘三蔵といってお釈迦さんの足跡を辿って3335巻の経典をもち返った、西安の興教寺のお坊さんで唯識を説いた】は孫悟空や猪八戒、さごじょうと共に天竺に向う物語だが、長安・東から天竺・西に向う道中でいろんな辛い目に遭う中での自分を戒める言葉が『不東』だったと言う。絶対に弱気に成って東に戻らないという決意表明だろう。何が起きようと目的を目指し、決然と前を観て振り返らない強い覚悟、人生には必要な心、目標に向かう姿勢で試練に立ち向かいながら自分を整えて次の試練に備えておくことはいつの世も同じだろう。弱点の克服には甘い心は禁物で死ぬ覚悟をするくらいの強い心が必要で、逃げ出したり諦めてしまったりせず、甘えを断って自覚した道を行く戒めはいつの世も同じだろう。 2014年1月31日 琢
2014年01月31日
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人と和するとき対等でへりくだることなく相手の足元を観ることなく謙虚に埋め合うこと考え方の違いを指摘追及することなく自己正当化をしないこと止むに止まれぬ正しさは誰にも有って受容、共有し合うこと良い芽を見つけ合うこと無私、利他の心掛けでただ素直になること広い心で語り合うこと相手の因の転換の良き縁に成り合うこと都合の良いときだけでなく、信頼関係を深める人は相互に関連し合って生きているもので、自分が友に選ぶ人にも相互に影響を与えることになる。良き縁との出会いには必然的な仕組みが有るとしか思えないような、そのときにはどうしても必要な知り合いから交流が始まる。そこに自分の生まれてきた意味を知る要素も有って、和が深まるほど絆も強く結ばれることになる。そこに人間の可能性が有って、高橋先生は”人間の可能性は、信じなければ通れない扉を幾重にも通り抜けた先にある”と言っている。人と和するときは、対等で謙ることなく、相手の足元を観ることをしないこと。至らないことを謙虚に埋め合って、生い立ちの条件化では止むに止まれぬ正しさは誰にも有って、それらを受容し、共有し合うことも大切なことだろう。考え方の違いや行いを指摘追及することなく、自分では観えていない良い芽を見つけ合うこと。邪気【都合、計算、打算、意地】を祓って無私、利他の精神で誠意を尽くし合い、いつも、ただ、素直に成っていること。広い心で語り合い、相手の因の転換の良き縁に成り合うこと、都合の良いときだけでなく、相手の身に成って察し合い、次の世までのつもりの信頼関係を深めること。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろく 2014年1月30日 琢
2014年01月30日
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本人にしかわからないことどんなに険しかったか傍観者にはわからない同情されても悲劇のヒーローに浸っても弱さに甘えるだけで自分の本当の願いは遠い拗ねていても達成は遠く超える意志を強くもたなければ掃き溜めにいるしかない言い訳の通用しない忍土で優しい母性を求めても自分がしっかりしなければ共倒れが落ちに成る一億総中流と言われ、ある程度ゆたかに成ったが、心の軟弱な人が多くなっている様に感じている。大した試練に出会うことも無く、守られていることが当たり前に成っていて、自分に何をしてくれるか、どれだけ楽に生きられるか、戦争や餓死の可能性の無い国に成ったせいか、甘い考えの人が多くなっている様に思う。日本人の凄いところは、人知れずじっと耐え忍ぶことだろう。本人にしかわからないこと、どれだけ険しかったか、心の秘めたことは口には出さず奥深さが有って、思いやり気配りが出きて人の良さ、優しさが有る。傍観者にはわからず、同情されても、悲劇のヒーローに浸っていても、弱さに甘えているだけで、自分の本当の願いを叶えるには程遠い。どんなことが起きても、どんな障碍が有っても、超える意思を強くもたなければ掃き溜めにいるしかないだろう。いくら言い訳をしても、自分のことだけわかってもらいたくても、口に出すのは女々しいことで、忍土では通用しない。優しい母性を求めても、自分がしっかりしなければ甘えた心に支配され、楽な方に走って、何も得られずに共倒れになるのが落ちだろう。自分の使命を見付け出して、その自覚の上で、自己ベストを尽くして強く生きることが、今、求められているのだろう。それぞれが、同じ目標をもつ一つの細胞で、与えられた役を果たすことが出来れば、全体はどんな素晴らしい変革を為すことができるだろうか。 2014年1月29日 琢
2014年01月29日
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涅槃は死ぬときの状態執着して悔いが残れば顔が歪みやりつくせば安堵が顔に表れる無余依涅槃と無住処涅槃に分かれるが自覚した状態によるもの天災、人災の不安の中で為すべきことを自覚できた状態いつ訪れるかわからない死の覚悟断末魔を恐れる心生まれた以上必ずそのときが来る諸行無常明るく機嫌良く今を生きれば自然の摂理は自分にやさしいだろう若ければ死ぬことを怖がっていても身近なことに思わず、歳と共に身近なものに成ってくるのが死ぬときの心の準備だろう。人は生まれた以上”第一の矢に当たっている”とお釈迦さんが言ったそうだが、誰にも必ず死ぬときがやって来る。日本ではそのときの顔が歪むことを嫌って、死後に死に顔を整えたり死に装束を施したりする風習が有る。涅槃は死ぬときの状態を言い、執着してくいが残れば顔が歪み、やりつくせば安堵の顔になる。死の状態には『無余依涅槃』と『無住処涅槃』が有るそうだが、その人の自覚した状態だろう。天災、人災の不安の中で、なすべきことを自覚できた状態、いつ訪れるかわからない死の覚悟、断末魔を恐れる心、明日生きている保証の無い忍土の中で、生まれた以上必ずそのときが来ると『諸行無常』を念頭に置いておくことだろう。その上で、明るく機嫌良く今を生きれば、自然の摂理は、”案ずるより生むがやすし”で、自分にやさしいだろう。自覚した使命を天命と思ってミッションワークに就いて自己ベストを尽くしてゆけば、悔いが残らず、顔をゆがめることも無いだろう。心・魂の死ぬ準備は生きているうちにしか出来ない。 2014年1月28日 琢
2014年01月28日
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”幸せは我が心にあり”もらおうと思っても得られず自分によって自分を幸せにする学ぶだけでなく身に付ける体幹に入れて困を少なくしていつも機嫌良くしていられる方法四弘誓願を果たす方法試練を超える方法自分を変える方法自覚する方法共有して共生する方法その実践哲学を宇宙大自然の摂理に従ってそれらを行じているGLAの会員は高橋先生の各シートの取り組みをしながら日々その精進をしている。この忍土では幸福は無いと思ったほうが良いとショーペンハウアーは言ったというが、不幸だと思えば不幸に成るし、幸せだと思えば幸福感を感じられるときも有る。”幸せは我が心に有り”で、もらおう、与えられたいと思っても得られず、自分の思い方一つで幸不幸が決まるように思う。知識を溜め込むだけでなく、忘れないように何度も使うこと、学ぶだけでなく実践して身に付けることを重視しているのが高橋先生の実践哲学で、どの宗教にいても通らなければ成らない道を教えている。体幹に入れて困を少なくし、因の転換を図って願いを達成させる縁と共に、相互に因縁側の関わりを確かなものにしてゆく。いつも機嫌良くしていられる方法、四弘誓願【救済、煩悩を滅する、学びの網羅、成仏】を果たす方法、自分を変える方法、自覚してミッションワークに就く方法、共有して共生する方法、その実践哲学を宇宙大自然の摂理に従って、各自が行じている。 2014年1月27日 琢
2014年01月27日
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お釈迦さんの教義は優しくても経典は難しい如是我聞は漢訳で解釈の違いは有っても元は同じ時代の忍土を越えるために学びや導き方の違いが宗教各派に分れ三蔵は同じでも伝える時代と風土によって積み上げてきた歴史がある真理は一つで登山のようなもの何処から上っても頂上は一点上り方は自由で好きな道を上れるお坊さんがそれを難しくしていると言うお経を観て解る人は少ないだろう。仏教を難しいと思っている人が多く、経典を観ても漢字ばかりで読む気もしない人が多く、お坊さん・出家者・小乗的求道者にしか解らないものとお任せの人が多い。お釈迦さんの教義はやさしくても、経典【四大経典・華厳経、阿含経、方等経、法華経】は難しく、元々お釈迦さんの教えをサンスクリット語・梵語から、その弟子たちに口伝で伝えてきた如是我聞を漢訳したもので、論のところでいろんな宗教各派に分かれ、それぞれの解釈とその教えや導き方、しきたりや作法が違う。三蔵【経・律・論】は同じでも伝える時代や風土、解釈の違いによって積み上げてきた歴史がある。真理は一つでも登山のようなもので、慣れや好き嫌い、好みでどの山門から上っても頂上は一点【万教帰一】しかない。上り方は自由で好きな道を上れるものだが、お坊さんが排他的、自己顕示的に成って難しくしていると言う。 2014年1月26日 琢
2014年01月26日
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相手が何を望んでいるか空気と情況を判断して求めているものを察する嫌う傾向を知り笑みが出るように品良くセンス良く応えられる自己形成に努め揚げ足を取ることなく和やかに成るように雰囲気を大切にする空気を壊さないように流れが濁らないようにソフトランデイングを目指す最高の笑顔を目指してホテルのレストランに行けば、いろんなお客さん・家族が楽しそうに食事をしている。最近は外国の人たちも多く、言葉も種類が多く、それぞれが楽しそうに歓談している。何か問題が有るときにそのお客さんの品格が見えて来る。同じテーブルで口論が有ったり、サービスに問題があったりしたときに大きな声を出して周りの雰囲気を平気で壊す人もいる。自分の一番嫌いなことは雰囲気を壊すことで、末路を考えれば静かに話す方を選ぶようにしている。相手が何を望んでいるか、空気と情況を判断して、求めているものを察し、嫌う傾向を知って、品良くセンス良く応えられる自己形成に努め、たとえ優位な情況に有っても揚げ足を取ることなく、和やかに成るように、雰囲気を大切にする心掛けをすることは大切なことだろう。全体の空気を壊さないように、流れが濁らないように、どんな場合でもソフトランデイングを目指すこと、そこに最高の笑顔が充ちるように和を保つことが、オリンピックに向って国際化する日本に、おもてなしの精神が求められているのだろう。 2014年1月25日 琢
2014年01月25日
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常識の違いは相容れないもの極貧、極富の差の大きさ意見の違いが平行線になりカオスを広くしておかなければ妥協できない完全な合意は無く察し合うしかない包容力、懐の広さが問われ器の大小が現われる智慧は有効で経験豊富なほど摩擦が少ない許容範囲は広く取ること細かいことにとらわれ小さな自分を観ていると、可能性の小ささを感じてしまうときが有る。器の大きい人や頭の良い人を観ればすべてを解って受け止められる能力が有るように見えて羨ましく思ったことも多かった。勝てないと思った友人も多く、切磋琢磨をして自分の至らなさを補おうと試みた頃も有ったが、今は分相応が解かって来たような気がしている。生い立ちや基盤の違いが常識の違いを生み出して相容れない溝が出来てしまうもので、極貧と極富の差の大きさを感じるときも多く、意見の違いが平行線に成ってカオス・不確定要素を広くしておかなければ、妥協も出来ず、協調性や社会性も無くなってしまう。人それぞれ基盤が違うもので常識も違っていて完全な合意等有るはずも無く、察し合うしかないだろう。包容力や懐の深さが問われるときに器の大小が現われてしまう。器は生まれつきのもののような感じがするが、それを補えるのが智慧だろう。経験豊富なほど、智慧が豊富で、それが摩擦を少なくしているもので、許容範囲を広く取ることが求められている。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろく 2014年1月23日 琢
2014年01月23日
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理想を持つほど馬鹿な自分がいて馬鹿を指摘されるほど感情が乱れる鎮静化するほど馬鹿を自覚する仏を求めるほど忍辱が必要に成る善我を育めば善人であろうとする徳を積みたければ布施をして布施を積むほど感謝を大切にする良く思ってくれる人の前ですることは良く思われて良い子でいられ、悪く思っている人の前ですることはすべて悪く思われてしまう。孤独を恐れて嫌われないようにしようとすれば善人でありたいと願う。とかくこの世はまま成らないが、理想を持つほど馬鹿な自分がいて、馬鹿を指摘されるほど感情が乱れて修羅場をつくり、鎮静化するほど馬鹿な自分を思う。三つの自覚【忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚】をいつも心にもっていなければ感謝の念も涌いて来ない。仏を求めるほど忍辱・にんにくが必要で、善我を育めば善人であろうとする。良き恩恵を被ろうとすれば、徳積みをするための布施・施し・奉仕をしようとするが、布施【六波羅蜜・布施、持戒、精進、忍辱、禅定、智慧の悟りの道の一つ】を積むほど感謝を大切に思うようになる。 2014年1月22日 琢
2014年01月22日
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失望が自分を閉ざしいくら勉強しても得られないもの代わりの無いものが親の愛優しく包み込む父性と母性のバランス母親の優しさを求め自分もその愛で他を包む重ねた知識も向ける方向性を理性に従って正し心の平静を保つこと原点は宇宙大自然の摂理に有って煩悩、感情に流されないこと失望も一時の迷いと思い覚醒を待つことも大切だろう人が満足感の中にいるときは自覚した道を歩いているときで、これが出来ればそれ以上のものを求めず、死ぬことに成っても悔いは残らないと思えることの自覚が出来ているときが、生きて悟れているときなのだろう。与えられる四苦八苦に立ち向かい、どんな試練をも超えようとする強い意志を持って、何度失敗して失望しても前向きに這い上がる強靭な精神力を培うことが自分の歩むべき道だろう。自分を閉ざさず、いくら勉強しても得られないもの、その恩恵に感謝することだろう。父母の愛は代わりの無いもので、優しく包み込む父性と母性のバランスと、母親の優しさを求めて自分も順送りでその愛で他を包むこと、それが修菩薩行なのだろう。重ねた智慧を向ける方向性をゆがめず、理性に従って身を正し、心の平静をいつも保って置くことが必要だろう。原点は宇宙大自然の摂理に有って、煩悩や感情に流されないことで、失望も一時の気の迷いと思い、覚醒を待つことも必要だろう。 2014年1月21日 琢
2014年01月21日
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本音で語り合える友常識、建前での虚しさ心を開けばストレスは軽くなるうわべの言葉だけの付き合いは心だけでなく体にも良くない良き縁が可能性を広げ枯れずに花を咲かせる油断大敵と言うが魑魅魍魎の世界のことで信頼関係での安心が人の心を安らかにさせ、豊かにする一般に使う言葉は慎重に親しきものには明るく機嫌良く有りのままが良いだろう四角定規のような、誰にでも言う言葉無難な言葉には心が入っていないような寂しさを感じてしまう。親しくなればなるほど、友や仲間と思うほど、まだ自分にはその中に入れてもらっていないような感じがして、もっと本音の話が出来るようになりたいと思う。常識、建前の冷たさ、虚しさ、つまらなさを感じてしまうが心を開けばストレスは軽くなる。うわべの言葉だけの付き合いは心だけでなく体にも良くない。良き縁は可能性を広げ、その人にしか咲かない花を咲かせようとする。油断大敵と言うが、心を開いていない集団の中でのことで、いつも警戒、用心していなければ成らないときのことで、魑魅魍魎への気配りをもし無ければ成らない状態の中でも心を開いた友や仲間がいれば、余計な心配をせずに本音を分かり合えていて、信頼関係殿安心が人の心を安らかにさせ、豊かにさせてくれる。一般に使う言葉は慎重を要するが、親しきものには明るくやさしく機嫌良く、有りのままが良いだろう。 2014年1月20日 琢
2014年01月20日
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自然は生きている息をしている表情ゆたかに海辺の松、くねった樹木 訪れる四季に合わせて生きている自然が歓ぶとき、怒るとき黙って合わせるしかない美は激しいほどゆたかで合わす人の心も奥が深い永い年月で培われたもの地域差の有る風土風習 人はそれを学び従っている生きる条件の原点が自然だろう島国だから美しい、災害大国にしかない美しさが有るのが日本だろう。富士山が三保の松原とセットで世界遺産に登録された。日本の自然は生きている。四季の移ろいと共に息をしている。表情ゆたかに、海辺の松、くねった樹木は毎年訪れる台風に耐えた美しさが有って、四季の訪れに合わせた生き方をしている。自然が歓ぶとき、怒るとき、自然の摂理には黙って合わせて生きるしかない。美は激しいほどゆたかで、合わす人々の心も奥が深い。永い年月で培われたもの、地域差のある風土風習、そこに住む人はそれを学び従って生きている。何処に住んでもそうだろうが、生きる条件の原点は自然だろう。 2014年1月19日 琢
2014年01月19日
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『自然』 自然は生きている 息をしている 表情ゆたかに 海辺の松、くねった樹木 訪れる四季に合わせて生きている 自然が歓ぶとき、怒るとき 黙って合わせるしかない 美は激しいほどゆたかで 合わす人の心も奥が深い 永い年月で培われたもの 地域差の有る風土風習 人はそれを学び従っている 生きる条件の原点が自然だろう 島国だから美しい、災害大国にしかない美しさが有るのが日本だろう。富士山が三保の松原とセットで世界遺産に登録された。日本の自然は生きている。四季の移ろいと共に息をしている。表情ゆたかに、海辺の松、くねった樹木は毎年訪れる台風に耐えた美しさが有って、四季の訪れに合わせた生き方をしている。自然が歓ぶとき、怒るとき、自然の摂理には黙って合わせて生きるしかない。美は激しいほどゆたかで、合わす人々の心も奥が深い。永い年月で培われたもの、地域差のある風土風習、そこに住む人はそれを学び従って生きている。何処に住んでもそうだろうが、生きる条件の原点は自然だろう。 2014年1月19日 琢 --- On Sat, 2014/1/18, > wrote:
2014年01月18日
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印刷物の価値観が落ちた今 手書きのものが歓迎されている 上手下手に関わらず 個性のあるオンリーワンのもの そのときの心が伝わるもの 愛を感じるもの 人の真心を感じる時代 間の取り方にも敏感で 遅れると色あせてしまう 心の動きにはタイミングが有って 相応の読みが無ければ ピントが合わなくなる 待つ限界には個人差が有って 相手を良く知り信頼関係を保つこと 人との交友の最低連絡手段は年賀状や暑中見舞いだが、紙一枚で首の皮が繋がっていると言っても良いのかも知れない。過去に頻繁に付き合った人との関係も仕事が変われば時と共に希薄に成って、再び必要に成った ときのための交友手段の最低条件のように成っているのが書状なのだろう。挨拶状は間合いも必要でタイミングを計らなければ心に残らず、プリントしたものでは伝わらない。印刷物の価値観が落ちてきていて、毎日たくさん郵便受けに入る広告やDMのわずらわしさを思えば、宛て先の無いものを捨て、印刷したものの封を切ってもほとんど読むことが無い。手書きのものが歓迎され、上手下手に関わらず、個性のあるオンリーワンのもの、心が伝わるもの、愛を感じるものに親しみを感じるようになって、人の真心が懐かしさを思わせる時代に成ってきている。間の取り方にも敏感で、内容は別問題としても遅れると色あせてしまう。心の動きにはタイミングが有って、相応の相手に合わせた読みが無ければ、ピ ントが合わなくなってしまう。待つ限界にも個人差が有って、相手の性格を良く知った上で信頼関係を保つにも、なかなか会う機会が無いときに役に立つのが書状だろう。 2014年1月18日 琢
2014年01月18日
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Message body 季節の変わり目は 歳とともに皮膚の対応が難しく 気温の変化に 体が付いてゆかなくなる 紅葉は情緒的になって もの思いと共に深く 色付く葉を見れば 人生の歩みに重ね 空の青さに体を伸ばし 夜空の深さと 煌く星を見れば 天体と心の宇宙を感じる 太陽と月に明日を探して 世界中に極寒の地域が多くなるときは北極の面積が減っているときだと言う。南の海に住む魚が北上して、漁師の網にかかる魚が変わって来ている。大阪の公園に飛んでくる鳥たちも、以前は雀、鳩、カラスが殆どだったが最近は鶯、めじろ、ヒヨドリ等、以前見なかった種類の 鳥が多くなって来ている。琵琶湖ではブラックバスやブルーギルなどの外来種が増えて生態を乱し、アリの巣はアルゼンチンアリに占拠されている。ペットブームが盛んに成って家族の一員に成っているのは良いが、日本にはいないはずの獰猛な生物が捨てられるようになって、人々の度肝を抜くことも多い。所有して飼育する生き物に責任を持つことと外来種が生態系を乱し始めていることにもっと大人の神経を使って欲しいと思う。中国では美しい景観に観光ブームが殺到して宿泊施設・ホテルや売店が増え始め、美しいはずの自然が破壊されて来ていると言う。政治経済の発展も良いことだが、専門化の一方的な思いだけでなく、広く一般の自由な見解の議論を交わさなければ改善されることは無く、地上全体 に視野を広げれば地球環境汚染につながっているのだろう。恩恵はいろいろたくさん有るが、銀河系宇宙の太陽と月の恩恵を改めて考えてみるときも必要だろう。天体と地上現象の周期を考えるのも、十二支、五行、易学を考えてみるのも、今の天変地変が周期的なものかを分別する良い機会かも知れない。 2014年1月17日 琢
2014年01月17日
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Message body 願いが無ければ 動機が無く 挑戦や工夫も無い 生きていれば 感情も表情も動くもの 心が動けば 願いが生まれ 良くも悪くも動機が生まれる 感動が有れば 夢や希望が生まれ 生きていればこその歩みが有る その過程に智慧が湧いてくる 生きた人間である限り 無感情、無表情は有り得ない 人は心の奥に有る魂の中に前世から潜在的にもって来た願いが有るもので、それを見付け出して果たそうとするのが人生と言 えるだろう。その願いを思い出させようとする仕組みもはたらいていて、その意味を知ること、それを使命と自覚すること、それが天命だと信じることを、一つの魂がこの世に降り立つ”天孫降臨”の”三種の神器”ということだろう。夢や希望の願いを立てること、その目標に向かうことの中からその自覚を得ることで、使命感と共に強くしっかりとした生き方が出来るように成る。願いが無ければ、動機が無く、挑戦も工夫もしないだろう。生きていれば感情も動いて表情にも表れてくるもので、心が動けば願いが生まれ、良くも悪くも動機が生まれる。何をするにも動機が有るもので、何かをしようとすれば”動機付け”をすることで迷いが少なく成ってその願いに邁進することが出来る。感動が有れば夢や希 望が生まれ、そこに自分の使命を見付け出して、生きていればこその歩みが有るのだろう。その過程に智慧が湧きだしてくるもので、生きた人間である限り、無感情や無表情は有り得ないだろう。すべて必然と思えばどんなことが起きようと、それを受け止めて自分の使命と自覚できるものを見付け出そうとするだろう。 人の世は 必然の道 天の道 歩むべき道 辿るべくして 2014年1月16日 琢
2014年01月16日
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Message body チャレンジや取り組みが尊く 達成できなかったことの中に 次の工夫が生まれる 諦めずに何度も試みることで 達成の糸口が見えて来る 簡単に達成できるものは 心の中に残らず 難しいものほど智慧を必要とする その過程を知るものは 次に托することができる どうにも成らない無力を感じるほど 智慧が出てくる 良き縁に恵まれれば 更に達成が近くなる いつも心のどこかに持っている願いが有れば、そのために 越えなければならないことに挑戦する。その挑戦の経験が多いほど智慧も多くなる。チャレンジや取り組むこと自体が尊いもので、心の中に有る願いだけで何もしなければ、始めからその都度必要な智慧等生まれ出てこ無いだろう。過去に達成できなかったことの中に次の工夫が有るもので、諦めずに何度も試みることで達成の糸口が見えて来る。安全で傷つくことも無い簡単に達成できる試みは心の中にも残らず、挑戦とは言えないだろう。難しいものほど智慧を出す必要が有って、一人では出来ないことには良き縁が無ければ達成も不能で、その過程・因縁果報を知るものは次に托することができる。どうにも成らない無力を感じるほど、縁・協力者や同志の恩恵が必須のもので、自分だけでは出て来ない智慧も 出し合うことができる。出会い、出来事、事態に関わる人を粗末に扱えば、会うべくして有った必然の恩恵を掴み損ねてしまうだろう。分岐点でのチョイスも重要な意味を持つ運の流れで、選択権は自分に有っても選択肢が無くなれば自分という花を咲かすことが出来なくなってしまう。良き縁に恵まれるということは大きな恩恵で、その恩恵に感謝できなければその縁も消えていってしまうだろう。良き縁に感謝することで更に願いの達成が近くなって来る。 感謝こそ 道の極みと 仏道に 菩提の心 にじみ出てこそ 2014年1月15日 琢
2014年01月15日
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Message body 国際交流は良いことだが あらゆる種類の快苦の交流も 経済の多様化に 犯罪の多様化に 自然にも外来種が入り その影響は大きい 保護すべきものを保護し 阻止すべきものを阻止しなければ 独自の文化が崩壊する 均一化に個性が失われ 平均的雑種に成ってしまう 取捨選択は難しいもので 右脳と左脳のバランスが重要に成る 日本人は器用な民族で、幕末・鎖国での文明の遅れをすぐに取り戻し、敗戦後の廃墟からも短期間で立て直し ながら先進国に成ってしまった。西欧の文明を取り込みながら独自の文化を織り交ぜて今では世界の牽引役にも成っている。日本文化の良さにも注目が集まって、四季折々の旬のものを美味しく食べる食文化・和食も無形の世界遺産に登録されるように成っている。国際交流は良いことだが、あらゆる種類の快苦の交流も、経済の多様化に、犯罪の多様化に、自然にも外来種が入り込んで、その悪影響も多い。楽しくなる宗教的な文化も、クリスマスやバレンタインデイのように日本文化に定着させて、聖徳太子の和の大切さを実践体験しながら発展してきているが、保護すべきものを保護し、阻止すべきものを阻止しなければ、古来より続いてきた日本文化独自のものが崩壊しかねないだろう。均一化に個性が失わ れ、平均的雑種に成ってしまう危惧も有る。取捨選択は難しいものだが、右脳と左脳のバランスを採りながら、独自の日本文化を基盤に外来文化を上手くマッチさせる”和”の文化を創造してゆくことが重要に成って来ている。 2014年1月14日 琢
2014年01月14日
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Message body 障害を不幸と思えば 不幸に成る 補う部分は人一倍発達して ”幸せは我が心に有り”で 心の有り方如何で幸不幸が決まる ”美が観る人の心にあり”で 感じ方如何で心は癒され 不平を言う人はいつも不平ばかりで 満足する人はいつも笑っている 暗い方へ向かう人、明るい方へ向かう人 生き方の差はそこに現われる 感謝が有ればすべて良い方に向き 文句の多い人に摩擦が多い 摩擦は悔いを多くする 何でも良い 方向に考えていれば好奇心が意志を強くさせて感性がその方向にはたらき始める。生まれ育ちが人の基盤の条件に成っているが、障害を条件として与えられた人もいて、世の中不公平だと思わせてしまうのが忍土だが、その条件を承知の上で生まれて来たものと思うことが出来れば、それを補う機能を発達させてそのハンデを克服している人も多い。過去に重度の脳性小児麻痺の子の家庭教師をして大学に行かせたことが有ったが、一本気の子で人と同じように生きようとする意志の強い子だった。酔っぱらいと石をぶつけられて傷だらけの子だったが明るい子だった。障害を不幸と思えば不幸に成り、それを補う部分を発達させることが出来れば人並みのことが出来るように成る。”幸せは我が心に有り”で心一つ で幸不幸が決まるのだろう。”美は観る人の心にあり”で、感じ方如何で心は癒される。不平を言う人はいつも不平ばかりだが、満足する人はいつも笑っている。暗い方に向く人、明るい方に向かう人いろいろだが、人の生き方の差はそこに現われてしまう。すべての恩恵に感謝できるものはすべて良い方向に向かい、文句の多い人に摩擦が多く、人一倍の苦労を背負うことに成って悔いを多くすることになるように思う。 ”笑う門に福来る” 明るく 明るく 楽しく 楽しく 機嫌良く いつも笑顔の素敵な人を目指す ”きっと良くなる 必ず良くなる もっと良くなる どんどん良くなる” ”念ずれば花開く” 2014年1月13日 琢
2014年01月13日
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Message body 朝を大切にする 気分が良いとき 表情は柔和で 巡りが良くなる 朝を粗末に過ごせば 表情は険しく 何でもないことにとらわれ 摩擦を起こしやすい 晴れや雨の天候にも影響され 不安定な心に感情が動きやすく その1日が2日目に尾を引く 人は機嫌良く生きるのが一番で 心に良いことを思えば 良い巡りに成って来る 人生行路ではいろいろな体験を積むもので、些細なことを大きくして余計な苦労を味わうことも 多いだろう。朝出かけるときにキスをする夫婦は5年長生きをすると言われている。朝の出掛けに気分が良いと心はその日に起きることを気分良く受け止められて、会う人会う人に明るい笑顔で接することができる。使う言葉も暗病反【嫌だ、出来ない、無理だ、気分悪い、やりたくない等々】を避けて明元素【よしやるぞ、出来る、さあ行くぞ、面白い等々】の言葉に自分の意志を込めてはっきりとした口調で明るく表示することが出来て、人望も良く人気も高くなる。朝を大切にすることは重要なことで、気分良くすることで運命さえ変えることも出来る。明るい表情で明るい言葉を使うことで、仕事の巡りも良くなって、何でも出来るような気持ちに成ることも出来、言ったことやったことの責任逃れもしなく なって頼りに成る人だと思われる。心は晴れや雨の天候にも影響を受けるもので、不安定な心に感情が動きやすく、暗い気持ちで人と接することで、その1日が2日目に尾を引きやすい。人は機嫌良く生きているのが一番で、朝起きれば鏡で顔を整えて、心に好いことを思うようにして明るい表情で出かければ、良い巡りに成ってくるもので、チャンスをつかむことも出来るだろう。 2014年1月12日 琢
2014年01月12日
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Message body 誤解はいろいろ有って 本当に解らないとき わざと解らなくするとき 解りたくないとき 拗ねて解ろうとしないとき 反抗して解ろうとしないとき 憎しみ、反発、ユーモアと 自己主張は人それぞれで 理解は押し付けるものでなく 実践して示すもの 完全に面白味は無く 少々抜けている方が可愛い 他に完全を求めるのは 自分の未熟の正当化に成る 勉強すればするほど奥が深く、限界を感じるときに自分の未熟を知 ることに成る。道を歩けば障碍に成るものはいくらでも出て来るもので、超えるたびに自信が付いて来るが、願いが大きすぎたり、自分の都合ばかりを押し通そうとすれば、障碍・試練も大きなものに成って行く。無力を感じることが多くなれば、他の助けも必要に成って、理解者、協力者、同志が必要に成って来る。あっちを向いているものにこっちを向かせようとすれば、人の言うことを良く聞いて理解し合うこと、誤解されないことだろう。誤解にもいろいろ有って、本当に解らないとき、わざと解らなくするとき、解りたくないとき、拗ねていたり、反抗して解ろうとしないときなど、相手の情況をよく見た上で対応する必要が有る。自己主張も人それぞれで、憎しみ、反発が有る場合やユーモアに変わるも のも有って、相手の理解は押し付けるものでなく、先ず自分が理解を示すこと、信頼を築き上げること、言うだけでなく実践して示すことだろう。愚かさを知れば、『完全』に面白味はなく、少々抜けている方が可愛いもので、未熟を埋め合うことは重要なことだが、他に完全を求めるのは自分の未熟の正当化をすることで、どんなときも素直、謙虚であることが人との交友の最低条件に成ることだろう。 2014年1月11日 琢
2014年01月11日
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想像で決め付けないこと 種類、分類は間違いでなくても 人の心はそれぞれ違うもので 何であるかを聞かなければ 的外れがほとんどだろう 対応の仕方も千差万別で 生い立ちや流儀は独特のもの その因縁側にいなければ 適切な対応が出来ない 想像、憶測の怖いところは すれ違いが多く 誤解したままの平行線だけでなく 怨み憎しみを生み出す場合が多い なるべく敵は少ない方が良く、出来るだけ人に嫌われたくないと思うのは人情 で、言動に気をつけているつもりでも良くない反応が返って来ることが多い。人の難しさに思い悩むこともしばしば有るが、お世辞とかで無く心から思っていることを真心や誠意で伝えていれば、そのときには解ってもらえなくてもいつかは通じ合えるときが来ると信じることだろう。人の心は変化しているものでその瞬間に動く感情まで読み取ることは難しく、想像で決め付けないこと、種類や分類は間違いでなくても、人の心はそれぞれ違うもので、何であるかを聞かなければ的外れがほとんどと思っておく方が良いだろう。対応の仕方も千差万別で、その生い立ち・基盤や流儀は独特のものが多く、その因縁側にいなければ、適切な対応が出来ないだろう。想像や憶測の怖いところはすれ違いが多く、誤解した ままの平行線だけでなく、恨みや憎しみに変わってしまう場合も多く、迂闊なご機嫌取りや心にも無いお世辞は言わない方が良く、心から良き縁に成り合うことを願い、本人には見えていない良い芽を見付け出してその部分を伸ばす良い縁に成ることを心掛けるべきだろう。何をするにつけても自分の心には戒めをもって置くこと、人だけでなく自分自身もその時々に動く心、心境は変化しているもので、言っていることとやっていることに矛盾が生じないような心掛けが必要だろう。 2014年1月10日 琢
2014年01月10日
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Message body 期待に反する応えに接するとき その原因を自分がつくっている たとえ善意の言動でも 相手の状態如何では 嫌み、押し付けに成る場合がある 場違いの善意だったか 空気を読めていなかったか 自己検証を必要とする 正論は時に圧迫を与え 自分が出来ていなければ 反発を感じさせ 論争すれば平行線に成る 試練忍耐は戒めとして残るが 相手は忘れてしまっている 恨みや憎しみは執念深く心に残ってしまうもので 、いつも心の中に残して置けば体まで病んで来る場合が多い。思い通りの成らないとき、裏切られたとき、心を尽くしたつもりのことも恩着せをするほど嫌がられて、自分にとって都合の悪い方に傾く場合もよく有ることだろう。期待に反する応えに接するとき、その原因を自分がつくっている場合が多く、それに気が付いていない場合も多い。たとえ善意の言動でも、相手の状態如何では嫌みや押し付け、恩着せに成っている場合も多く、場違いの善意だったか、空気を読めていなかったか、自分の何処かにその原因が無かったかの自己検証をしておく必要が有る。正論の強調は時に圧迫を与え、反発を感じさせて論争に成れば末路は決裂か平行線に成るのが落ちで、そのすべてが自分の修正課題を示してくれる試 練で、いつも自分を変えて成長させる戒めをもって置くことが必要だが、相手は忘れてしまっている場合も多く、謙虚にしていなければまた同じ試練を迎えてしまうことに成る。 ”かけた情けは水に流せ 受けた恩は石に刻め” 長野県善光寺の石碑 2014年1月9日 琢
2014年01月09日
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うわさに惑わされず マイウエイをゆく 人の口に戸を立てられず 人のうわさも七十五日 うわさの責任を取るものは無く 追及、釈明は虚しく 馬耳東風 乱されずに信じる道を歩む 犬の喧嘩は鳴いたほうが負け 相手にせず敬意を表しておく 末路は見えているもので 他にやることはいっぱい有る ソフトランデイングの心掛け とらわれる時間ももったいない 人から人へ伝わってゆく話は一人歩きし始めてとんでもな い内容に成っている場合も少なくないが、うわさの張本人が誰だか分からず、打ち消して歩くにも気分が悪くなることが多い。人の心に貼られたレッテルを張り替えたり、書き換えたりするには相当の時間を要し、ただ毅然として自分の正しいと思う道を歩むしかなく、観る人には見えているもので、取り繕いはしない方が良いだろう。摩擦が多いほどうわさが出回りやすく、末路を考えれば対立を避けて相手の仏性に敬意をはらっておく方が賢いだろう。うわさに惑わされずマイウエイを行くのが王道で、人の口の戸を立てられず、”人のうわさも七十五日”ととらわれず、追及、釈明は虚しいもので、”馬耳東風”で乱されずに信じた道を歩むのが良いだろう。同じレベルではどんぐりの背比べで、摩擦を起こさ ない自分に変わることに尽力していれば、犬の喧嘩は鳴いた方が負けと言われ、ランクアップすれば喧嘩に成らず、相手にせず敬意を表しておく方が大人だろう。末路は見えているもので他にやることはいっぱい有るはずだと思って、ソフトランデイングの心掛けをしておく方が良いだろう。とらわれる時間ももったいないもので、取り繕うほど厳しい評価をされてしまうものだと思って、その誤解の原因に成ったと思われる部分の修正浄化をしながら我が道をゆくしかないだろう。 2014年1月8日 琢
2014年01月08日
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Message body 善意の和は広がる 地域的、全国的、世界的に 真心と誠意が有れば 共感して共有し合える 善意の笑顔が多くなり 苦を癒す光に成る どの使命にも通じ合うもので 夢と希望への 良き縁に成り合って 念ずれば花開く 因を転換すれば 綺麗な花を咲かせる 忍土にも心まで汚されない花が咲く 人の歩む道にはそれぞれの使命が有って、その自覚の元に人智を尽くしていれば、いつか人智を超えたところに共通するものが集まって、自分の持 てる力以上のものを世に伝えることができる。善意の和は広がるもので、邪気を入れなければ矛盾も無く、地域的なものから全国的なものへ、世界的なものに波紋が広がることは、この情報社会では以前よりは早いだろう。真心と誠意が有れば、そこに愛・菩提心を根底に、共感、共有し合える善意の笑顔が多くなって、苦を癒す光りに成る時が来るだろう。どの使命にも通じ合うもので、夢や希望への志さえ強く持っていれば、互いに良き縁に成り合って”念ずれば花開く”【坂村真民先生の言葉】ときが必ずやって来る。思うような花が咲かなければ因・心・種・志の転換を図れば、そのための良き縁・良き協力者や同志に恵まれて、感謝して敬意を尽くすことで、自分の願う綺麗な花を咲かせることができる。 人には何をするにも、どんな道を歩むにも正義・大義名分・良き建前が必要で、強い信念が有れば、忍土にも心まで汚されない蓮のような美しい花を咲かせるときが必ずやって来る。 2014年1月7日 琢
2014年01月07日
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独占欲は 原始的なものだが 防衛本能の一部で 束縛、繋縛で縛り 相手を苦しめ自分も苦しむ 人には有る程度の縛りは心地良いが 度を越せば苦痛に成る 秩序を保つために有って 枠を狭くすれば閉鎖的に成る 自由平等は建前だが 社会生活には協調性が必要で 解放には理性を必要とする 感情の動きは止められず 円環的理性が求められる 自分や身の周りのものを思い通りにしようとするのは本能的な欲望で、種族 保存を含めて生まれたときから独占欲がはたらくようにつくられているのは人間も動物も同じだろう。種族の防衛本能のようなもので、原始的なものだが、支配しようとする束縛や繋縛には愛が有るものの、相手を縛ることで苦しめるが自分も苦しめ、疑心暗鬼で妄想ループを描いたり、感情の脚本を書いたりの取り越し苦労も多い。人には有る程度の縛りは必要なもので、スキンシップや程好い縛りで相手の愛を肌で感じることができるが、度を越せば苦痛に成るのが独占欲だろう。秩序を保つためにはある程度は必要なものだが、枠を狭くすれば閉鎖的に成ってしまう。自由平等は建前だが、社会生活には協調性が必要で、そのために相手を解放してあげるには理性で自分の欲望を抑えるしかないだろう。感情を 止めることは出来ず、かたよりが有ったり、こだわりが有ったり、とらわれが有るときには、円環的理性で抑制することが求められている。 かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろく これが般若心経 『空』のこころなり 奈良薬師寺 2014年1月6日 琢
2014年01月06日
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Message body 人と会えば 明るく楽しく語り合う 旧交を温めれば 思い出話に花が咲く 過去の縁も今の仕組み 今在る自分も昨日の延長で 感謝するほど新しい今を歩める すべて必然と思え 人との関わりは永遠で 明日の勇気を与えてくれる 友との絆を深めれば 確固たる自分の自信が得られ 友との交友が人生のすべてと思える たくさんの失敗を重ねた上で気が付くことは、”怒らず、怨まず、憎まず”をモットーにしてきたことに救われたのかも知 れない、人に阿呆・馬鹿と言われても、騙され、裏切られて来ても会いたいと思う心があったこと、ピエロに成っていても信じようとしてきたこと、その上でどん底に一人で落ちても人との関わり方に間違いは無かったと、会えば次の世までのお付き合いと思って来たこと、人と人をつないで歓んで来たこと自体が自分の使命だと思えるようになったことだった。人と会えば明るく楽しく語り合い、来るもの拒まず、去るもの追わず、思い出話に花が咲く。過去の縁も今の仕組み、今在る自分も過去の延長で感謝するほど新しい今を歩むことができる。あれは偶然で無く全部必然と思えば、人との関わりは何かの仕組みがはたらく永遠のものだと思えて明日の勇気を与えてくれている。友との絆が深くなるほど確固た る自分の自信が湧き出してきて、お釈迦さんがアーナンダに言った”友との交友はそのときだけのものでなく、人生のすべてだよ”が本当だと思えるように、更に信頼関係を強くしたいと思う。 人の世は 必然の道 天の道 歩むべき道 辿るべくして 2014年1月5日 琢
2014年01月05日
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Message body 恐怖感は記憶に残っているもの 痛いもの、悲しいもの、苦しいもの、嫌なもの 先入観念が尻込みさせる "めくらヘビ"、"怖いもの知らず"は 無知のことを言う 誰でも体験から憶測し 超えるたびに慣れてくる 幾多の試練を超えた心境から 修正事項の呼びかけだと知る 苦労無く成功した人は無く 超えたところに哲学が有る 覚者はあらゆる場面に対応できる 智慧はそこに有る ”食わず嫌い”、”石橋を叩いて渡る”、”尻込み”、” 腰が引ける”、”引っ込み思案”、等々は智慧の一趣で、過去の体験から慎重になりすぎて好奇心を抑えようとするもの、体験を狭くして可能性に蓋をする智慧だろう。勉強して知識が豊富に成ることは良いことだが、賢くなるほど未体験のことに恐怖感を抱き一歩も前に進めなくさせてしまうもので、好奇心は有ってもそれを充たそうとする勇気、度胸を出せなくさせている場合が多い。恐怖感は記憶に残っているもので、痛いもの、悲しいもの、苦しいもの、嫌なものにその先入観念が尻込みさせてしまう。”めくらヘビ”とか”怖いもの知らず”は無知のことを言うものだが、愚かさの自覚が有れば小ざかしい智慧も有って、”案ずるより生むが靖”で、何でも勇気を出してやってみることから得る智慧の積み 重ねが尊いものだろう。誰でも体験から憶測が始まって超えるたびに慣れて来るもので、幾多の試練を超えた心境から、修正事項の”呼びかけ”だと知るようになる。避けて、逃げて苦労無く成功した人は無く、前向きに超えたところに哲学が有るのだろう。覚者はあらゆる場面に対応できていてそこに智慧が有るが応用力も有って、泉のように湧き出させることが出来るのだろう。 2014年1月4日 琢
2014年01月04日
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Message body 感じた苦労で 自分がどれだけ我がままに育ったか分る 我慢の中に偏りが見え 修正浄化が多いほど 身に付くものが多く 心の仕組みを知るほど 種類の多さが分る 超えた苦労に愛着が湧き 同種の苦の参考にも成る 欠陥が有るから苦しく 埋めても次の苦が来る 前向きに成らなければ逃げ切れず 苦が無いのは死と同じで 死ぬ気に成れば何の苦も無くなる とどのつまりが生きようとする本能が有るからで、死に至る 恐怖が有るから腰が引けてしまう。同じ力量の達人同士の真剣勝負では生きて帰りたいと思った方が負けてしまう。生への執着を滅したときに活路が見えて来る。いつも避けて逃げていれば自分で自己嫌悪に陥って自分を堕落させてしまう。甘く育つほど何かに守られて依頼心が強く、誰かが守ってくれることを当たり前だと思って感謝の念が薄く成っている。感じた苦労で自分がどれだけ我がままだったかが解るだろう。偏行が多く、摩擦を起こさないように修正浄化するほど別境で身に付けるものが多く、心の仕組みを知るほどその種類の多さが解って来る。超えた苦労に愛着が湧き、苦労話では同種の苦の参考にも成る。欠陥が有るから苦しく、埋めても埋めても次の苦がやって来る。前向きに成らなければ、 避けて逃げてばかりの経験不足になって、人の世話になるばかりで、更に感謝の念が無ければ孤独に成るばかりだろう。苦が無いのは死と同じで、この世に安易なものは無く、どんな試練が来ようとも死ぬ気で頑張れば、岩が下流で丸い石に成るように、角がとれて引っ掛かりが少なく、苦が少なくなってゆくのだろう。 果てしなく 険しく続く 天の道 受容してなほ 見えぬ道のり 2014年1月3日 琢
2014年01月03日
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Message body 誰にでも与えられる権利は 自由平等が基本 その常識の中では 無私と利他の戒めが必要に成る 煩悩の邪気を慎む心には 心の厳しい縛りを要する 自分に厳しいほど他に優しく 思い通りを抑制しようとすれば 疑心暗鬼に成って 自由平等とはほど遠いものに成る そのくらいでやっと摩擦を少なく出来て 慣れるまでは息苦しく 忍耐はそのために有る 生まれ育つ途上には、国や社会での大きな枠と家の中の約束ごとが有って、厳しくしつ けられるほど、厳しい作法を教えられるほど良くわきまえた人に成って行く。自分のやりたいことが思うように出来ないのがこの世で、我慢を重ねるほど、すぐには出来なかったことが少しずつできるようになる。自由平等は誰にも与えられている権利だが、自由平等を体験しながら育った人は少なく、思い通りに成らなかったために諦めて来たことの方が多いだろう。自分だけのためをしようとすれば摩擦が多く、理解も得られず、人のために無私に成り利他に成っていれば、協力者や同志も現れて目標に近付くことができる。煩悩の邪気を慎む心には理性の厳しい縛りが必要で、自分に厳しいほど人に優しく、思い通りを抑制しようとすれば、何でここまでと疑心暗鬼を起こして自由平等とはほど遠いものに感じ てしまうだろう。人間足らないくらいの方が丁度良いもので、不自由は慣れるまでが息苦しく、格好つけようとすれば人前で辱をかかされ、やることなすことのすべてに思い通りに成らないことを耐え忍ぶことから強靭な精神力が培われてゆくのだと孟子が言っている。 【浩然の気】 宇宙大自然と一体化する心境 孟子 2014年1月2日 琢
2014年01月02日
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あけましておめでとうございます 今年もよろしくお願いいたします 空虚な気持ちは 秋から冬へ 歳と共に深く 紅葉と共に 枯葉の彩のさまに 山が見せる姿 落ち葉の蔭に どんぐりが芽を出せば 割れた殻と共に 春に向かう自然の営み 雪解けを待つ山里に 渋柿が輝いて 夜露に光る葉は その年の意味を知っている 自然現象の変化に戸惑い を感じているものの、新しい年が明けるたびに心を新たにして良い年に成るようにと祈っている。今日は昨日が有ったから有るもの、明日は今日が有るから開かれるもの、延長線は続いてゆくが、明日生きている保証の無い日々を明るくするも暗くするも心次第だろう。年の変わるときを節目に、良くない過去に区切りを付けて、新たな願いを立てる。昨日の自分から何も変わっていない今日の自分、山を見れば紅葉が綺麗で、昨日と今日の違いはわからない。平成26年、皇紀2674年、西暦2014年は、甲・きのえ、午年は自分の当たり年で、昨日の景色を受け継ぎながら新たな未来へ運ぶ1年にしたいと思っている。樹木は枝を張って葉を茂らせ、葉は太陽に光を受けて伸長を重ね、地面の下には広く根を 張って水と養分を吸い上げ、嵐にも倒れない、生き生きとした茂りで年輪を重ねている。気候の変化は年輪を見れば判ると言うが、年輪も区切りで、当たり年には当たり年の歩み方が有るのだろう。どれだけ生きられるかより、今をどう生きるかの歩み方をしようと誓いながら、明日に向けての自己ベストを尽くそうと、元旦に願いを立てて気を新たにしている。 2014年1月1日 琢
2014年01月01日
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