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またまた風邪でダウンしてしまいました(((;-д- )=3ハァハァ休むことなく仕事をしていて無理が祟ったと思うΣΣ(゚д゚lll)ガガーン!!今、やっと気分も落ち着いてきたので、日記を書いていますしかし、風邪といっても油断はできないなあ^_^;喉は痛いし、咳は出るし、鼻水が止まらず、熱も出て最悪やったまあ、一日休んだだけで復帰できそうだから良いかあこれからは、もっと早目に休んでコントロールしないと・・・風邪をひいたら休んで寝て治すのが一番効果的皆さんもこれから寒くなるので気をつけて下さい(^_-)-☆
Nov 30, 2007
仕事は人生のなかでもっとも多くの時間を費やすものだ。その仕事に対して不誠実に向き合うことは、時間の無駄遣い、人生の無駄遣い以外の何物でもない。人は仕事をするために生きているのではない。自分の人生を豊かにするために、社会を繁栄させるために、その手段として仕事をする。仕事は決して苦行であってはならない。夢に向かってまっすぐに延びた希望の道でなければならない。そのためにも、信念を持って仕事に取り組みたい。毅然とした態度で仕事に望めない人がいる。そうであれば、おそらく自分の仕事に対して自信と信念があまり強くないからだろう。それを克服するには、まず何のために仕事をしているのか、そしてどのような取り組み方をすべきかを考えることだ。そこから自分の仕事に対する正しい考え方が生まれてくる。それが自分の仕事に対する信念になる。仕事というものは、死ぬほどの思いで事にあたるから仕事(死事)なのだ。だからこそ、自分の仕事が天職になる。天職というものは、何もせずに天から授かるものでは決してない。自らの力によって見つけ出し、創り出すものである。生来の性格に合った仕事に巡り会うためには、とにかく飛び込んで、死ぬほどの思いで懸命に努力することだ。そうすれば与えられた仕事でも、天職だと思えるようになる。自分のやっている仕事は、社会につながっていると信じて、懸命に取り組んでいきたい。時代がいかに変わろうとも、人の心はそう簡単には変わらない。また、どんなにビジネスの方法が変化したところで、仕事の本質は変わらない。変化が大きく速い時代だからこそ、そして経済や政治が不安定な時代だからこそ、事あるごとに、原点に立ち返ることが求められる。仕事は何のためにするのか、誰のためにあるのかを考えるのだ。仕事は周囲の人に喜んでもらおうと考えて取り組みたい。たとえ、いまの自分に与えられた仕事がどこでどのように社会とつながっているかが分からなくても、この仕事はきっと社会につながっているのだと信じて、懸命に取り組んでいく。自分の仕事の意味を見出して人生を歩む人とそうでない人に、大きな差がつくのは当たり前だろう。仕事は成功させなければならないが、だからといって、法を犯さなければ何をやっても良いというわけではない。何のために仕事をしているかを考えれば、おのずととるべき方法と手段は分かるはずだ。手段を選ばず勝利を収めようとするのは、人間としての品格のない行為である。正しい動機から始まった仕事はうまくいく。もちろん適切な努力と工夫が必要だが、世の為人の為になる商品やサービスであれば、お客様の応援が得られる。正しい仕事をしていれば、世間は必ず受け入れてくれる。だから悩みが起こる心配はない。力強く仕事を進めていくことができる。そうであればこそ、成功することができる。悩みが生じるなら自分のやり方を変えればいい。世間の声を聞きながら、世間とともに仕事をしていけばいい。世間の求めているものを察知して、喜ばれるものを、つくればよい。仕事に役立つ情報をどれほど多く入手しても、自分なりの判断の物差しがなければ的確に決断することはできない。どうすれば正しい物差しを持つことができるのか。遠回りのようだが、結局は、自分の仕事がどのように社会や人々に貢献するかを考え抜くしかないだろう。日々正しい仕事を積み重ねることである。
Nov 29, 2007
経験を活かすには、いやなことに出会っても目をつぶってはいけない。そこから何を学べるかを考えるのである。日々の出来事を振り返ることなく忘れていては、経験の蓄積ができない。それでは歳をいくら重ねても、人間としての深みに欠けてしまう。その日その日を振り返ってみると、反省すべきことはいくらでもあるだろう。その反省に徹したとき、あらゆる面に革新が生まれる。経験を活かすには、起きた出来事に対して、どのように感じ、そこから何を学べるかを考えることである。経験を活かすためには、いやなことに出会っても目をつぶってはいけない。どのような社会においても大なり小なり、いじめたり、いじめられたりというのは、日常茶飯事に起こる。いじめは決して好ましい現象ではないが、それにとらわれすぎてはいけない。それよりもその経験をプラスに考え、自分のこれからの人生に活かしていくことである。それができれば、必ずや思いやりのある、心温かい人になる。その心がけがあれば、一時はいやな体験であっても、長い人生において必ず活かされるであろう。経験を積めば、何事もそれなりにやっていける。ただし、基本を身につけなければ、進歩は望めない。分からないうちは、取り合えず教えてもらったやり方を踏襲すれば良い。最初から自分流のやり方でなどと力む必要はない。むしろ、私心にとらわれ別のやり方をすればするほど、往々にして失敗する。世間で培われてきた経験側や伝統は、それなりに合理的なものである。何事も上達を早めようとすれば、基本を身につける必要がある。試行錯誤の経験を通してこそ、チャンスをチャンスとして見抜き、とらえることができるようになる。チャンスは往々にして難問とともに、あるいは脅威を与える変化とともにやってくる。それがチャンスであると見抜くには、いくつかの経験を必要とする。経験を重ねることで、チャンスの見定め方も活用法もうまくなるのだ。それが絶好のチャンスであることを見極め、利用できるようになる為には、それまでにかなりの試行錯誤を重ねていかなければならない。その意味では、チャンスはそれに値する人しか訪れないということもできる。経験を積み、技術を多く身につければ、それだけチャンスに恵まれる数も増え、スケールも大きくなるといえよう。人は節目を迎えたとき、来た道を振り返り、行く末に思いを馳せる。人生は、筋書きのないドラマにたとえられる。平々凡々に思える自分の歩んできた道を振り返ると、よくぞ、ここまでやってこれた、という感慨を禁じえないであろう。どこまでも独りで歩いてきたこの道、あるときは乱れ心が収まらず、あるときは執着を断ち切るのに難儀したことなどが思い出される。過ぎ去った瞬間は、決して戻ってこない。ただし、セネカがいうように、過去は呼び出せば、いつでも思いのままやってくる。過去にこそ、自分の姿が集積されていて、これに光りを当てて姿勢を正し、明日の生き方を探る。それを経験を活かした生き方というのだろう。自らの経験だけでなく、他人の経験からも学びたい。どんな人でも、一生に一冊の著書を書くことができる。ただ多くの人は一冊に記すだけで、二冊目は書くことができない。アウトプットするものが一冊で尽きてしまうからである。自分の経験という狭い範囲だけでなく、他の人の人生を疑似体験したり、あるいは常にインプットすることを怠らなければ、何冊もの著作を生み出すことができるだろう。自分の経験だけにとどまらず、他の人の体験を参考にすることを歴史に学ぶという。自分の経験を活かすだけでなく、他の人の体験も参考にし、活かしたい。
Nov 28, 2007
どこまでも自分の能力を信じて挑戦していこう。そこから真の幸せが生まれる。現在から未来へ進む一本道の人生は、一歩たりとも過去に戻ることはできない。だから、真剣に全力を尽くして歩むしかない。何かに夢中になって取り組むことだ。人生はやはり挑戦である。自分の能力を信じ、挑戦していくのである。その連続が人生なのではないだろうか。そこに人間の真の幸せがある。努力なくして得た幸福は、かげろうのように消えていくと断言してもいい。目指すべきものは、成功したときの自分の姿ではない。そこに至るまでの努力を続けている姿、山の頂を目指し歩み続ける姿であろう。そこにこそ、人間としての幸福があるといえる。努力なくして得た幸福は、かげろうのように消えていくものだ。戻ることのできない人生という一本道を、確実に自分のものにしたいと思うならば、夢を持つこと、志を立てることだ。そして夢に向かって、志に向かって一途に努力していきたい。何事にも必死で打ち込むとき、日々の充実と幸福を味わうことができる。できそうなことばかりやっていては、満足感や幸福感は生まれない。ときには冒険をしてみよう。いつも自分ができること、できそうなことばかりをやっていては、人生を終えるときに自分はこんなことしかできなかったのだろうかと、きっと後悔するに違いない。ときには冒険も必要だ。挑戦なきところに達成感は得られない。幸福感や満足感は生まれない。人間には、想像以上の力がある。しかし、その大半は眠っているという。それを人生の限られた時間のなかでどれだけ掘り出してやれるかである。そこにこそ、やりがいが生まれ、幸福を見いだすことになるのではないだろうか。人は全て平等に生まれてはこない。不平等を認め、そこから出発できる人は、幸福を獲得するだろう。人間はもともと不平等にできている。だから、不平等である立場を認識しよう。誰でもどんな職業にでもつけるチャンスが等しく与えられている。機会の平等は、ほぼ保障されていて、今日、結果の平等を求める声が強くなっている。しかし、まずは与えられた機会の平等を活かし、チャレンジしていくことだ。不平等の現実を直視して、それを努力の出発点にしたい。不平等をバネにし、出発点にして、勇気を持って前進することである。そうすれば、必ずや成功と幸福を手に入れるだろう。
Nov 27, 2007
人間が、人間らしくあるのは努力しているからだ。人間的に魅力のある人は努力家であり、人生のプロセスを楽しむ。人間が、人間らしくあるのは努力しているときだ。成果はあくまでもその結果である。階段を一歩一歩上がるように地道に努力を重ねていれば、きっと大きな収穫物を手にすることができるだろう。自分の能力を発揮していくプロセスを楽しむ人が人間的に成長していく。人間的に魅力のある人は努力家である。汗を流すなかから、人間的魅力が生まれてくる。興味深いことに、近道で成功した人は、その近道をしたことによって失敗する。近道で成功した人には人間的魅力が伴わず、いずれ周囲の協力を得られなくなるからだ。けじめをつけ、分別をつけることで見識が生まれ、人間的魅力をつくりあげる。一つひとつの場面で、一つひとつ意識してけじめをつけていくことは、人間的成長をはかるうえで欠かせないポイントである。やるべきである、やるべきでない、正しい、正しくない、というけじめをつけていく。分別をつけることである。その積み重ねの連続においてこそ、見識というものが生まれてくる。その見識の積み重ねがまた徳を生み出す。この繰り返しが人間的魅力をつくりあげていく。どこか茫洋としたところのある人であっても、常に物事にけじめをつけている。どんな問題をぶつけても見識のある答えが返ってくる。そういう人は、周りから頼りにされている。「あの人の言うことだから、間違いないだろう」と思われるものだ。これが人を引っ張っていく魅力になる。誇りを持ち、自分の天分を高めることに全力を尽くす。そこから風格や品格が生まれてくる。欲望にとらわれず、正道を歩むことを心がけたい。私利私欲にとらわれたり、その場の感情に流されたりするのは、自尊心がないからであろう。生きていくうえでの人間としての美学、誇りがないともいえる。人間としての誇り高き信念と、崇高なる目標があれば、道を誤ることは決してない。リーダーは人を活用する能力。営業担当者はモノを買ってもらう能力。技術者は新製品を開発する能力。これらの能力になんら優劣はないはずであり、比較することはできない。したがって、リーダーにしか風格や品格が生まれないということではない。要は自分の天分を見いだし、それをより高める努力を重ねるところに、風格や品格は生まれる。人は年齢とともに、人間的成長をしていかなければならない。「信長型から秀吉型、そして家康型へ」の変化が一つの典型であろう。信長は、若い日から行動力に富んでいた。しかし猪突猛進ではなく、計画を立て、粘り強く事を進めている。「天下布武」というビジョンを掲げ、全国制覇に向けて、まっしぐらに駆け抜けた。後を継いだ秀吉は、持ち前の調整力を駆使して問題の解決にあたる。そして家康が天下統一を完成させた。そのためには、辛抱強くあらねばならず、長寿であることも必要であった。青年期は、事業を興し、その発展に全力を尽くす。何ごとにも情熱を傾けてエネルギッシュに立ち向かう。開拓を進めながら、ときには常識をくつがえす改革を試みる。中年期を迎えれば、一人の力にはかぎりのあることを知り、他人の力を借りるようになる。多くの力を結集して事業に挑むころは晩年に近づいている。晩年は、事業の維持に腐心し、次代を担う人材の育成にも心をくだく。円熟したその姿が一つの理想像になる。
Nov 26, 2007
心を化粧すればいい雰囲気になる。雰囲気だけで自分を語ることができる。女性は美しさを保つために化粧をする。男性もヘアスタイルを整える。外見の美しさを保つために、それ相応の努力を払っている。それなのに、心の化粧ということになると、案外しないのは不思議である。心は化粧しなければ荒れてくる。荒れてくれば荒れた振舞い方になり、荒れた雰囲気になる。逆に心が化粧されていれば、いい雰囲気ができてくる。反省というものは、自分へのねぎらいの時間を持つことでもある。その日一日の自分の行動に対して、良かったことと悪かったことを、ゆったりとした心持ちで振り返り考えてみるのである。日々そうした反省を繰り返すことによって、心は美しく化粧されていく。心が化粧されていれば、言葉で自分を語るのでなく、雰囲気だけで自分を語ることができるようになる。心の化粧とは、常に何を考えているかである。そして、あることにどれだけ耐えているかである。考えることによって心をつくりあげ、耐えることによって心は浄化する。常に使命感に満ちた、品格のあることを考えていれば、そうした雰囲気になるだろうし、よこしまなことを考えていればそれ相応の雰囲気になっていく。そして、もし自分の心のなかに好ましからざる考え方が浮かんだら、それを否定する工夫をするのだ。我慢しなければならないときに、言いたいことを言い、やりたいことをやるのでは、心は引き締まらない。我慢すべきものは我慢し、耐えるべきものは耐える、言うべきでないことは抑える、そうした自制をすることによって心が鍛えられるのだ。言葉だけ、格好だけの美しさ、いわば、うわべだけの美しさでなく、真の心の美しさを身につけるためには、心を磨かなければならない。人は、日々の振舞い方、身なり、そして言葉の使い方によって評価し、評価される。人が醸しだす雰囲気は、一朝一夕にできるものではない。日々の生活のなかで次のことを心がけたい。一つは、振る舞い方である。誰でも初対面のとき、瞬間的にお互いを判断している。どんな行動を取っているのか、どんな態度をするのか、どんな表情をしているのかである。二つ目に、身なり、格好である。どんな服を着ているのか、どんなヘアスタイルをしているのか、どんな化粧をしているのか。そして、三つ目は言葉の使い方である。どういう言葉を使うのか、どういう表現をするかである。振舞い方、身なり、そして言葉の使い方によって、第一印象が大きく左右される。この三つのことを日ごろから努力し、工夫していくことによって、人の印象はずいぶんと違ったものになるのは間違いない。人柄のよいのは、第一印象をよくする。すなわち、明るさと美意識とクリーン。お互い人間同士が寄り合って仕事している以上、明るく振舞うこと。次は美意識。品質がいいというだけでは十分といえない。格好よさ、センスが要求される。そしてクリーン。清潔であること。それは、外見だけでなく、行動においても必要だ。愚かな人、間抜けな人、エゴの人、恥ずかしい人、卑怯な人、幼稚な人、滑稽な人、これらの頭文字を並べると「おまえはひよこ」となる。そういう人にならないように心がけたい。愚かな人とは、自分が立っている踏み台を自分で壊す人をいう。外で自分の会社の悪口を口にするような人である。間抜けな人とは、努力をしなくても成功できると思っている人である。エゴの人とは、自己中心的な考え方をする人である。エゴから思いやりは思いやりは生まれてこない。エゴのなかには温かさも存在しない。恥ずかしい人とは、約束を守らない人である。社会は人々の集合体であり、決められたことを守らないようでは機能しなくなってしまう。そんな人は社会生活に適さない。卑怯な人とは、ごまかしてうまく立ちまわる人である。陰で人の批判をすることがもっとも卑怯な行為だといえる。幼稚な人とは、先が見えない人のことだ。明日は朝から大切な仕事があるにも関わらず、前夜に遅くまで飲み歩いている。二日酔いでよい仕事などできるはずがない。滑稽な人とは、言っていることと反対の行動をとる人である。他人には厳しく仕事を指示しながら、自分は何もしない人である。
Nov 25, 2007
心のなかで考えていることは顔に表れる。清らかなことを思い続けていれば、顔も清らかになる。人の顔を変えるものは、その人が日ごろ、何を考え続けているかに尽きる。日ごろ心のなかで思っていること、考えていることが、歳を重ねるうちに自然に顔の表情、その人の雰囲気全体をつくりだすのだ。清らかなことを思い続ければ、顔も清らかになる。いつもゆったりとした気分でいれば、穏やかな表情になる。人を騙そうと常に考えている人は、自然と品性のない顔になる。常に自分のことしか考えない自己中心的な人は、どこかあざとい顔になっていく。よこしまなことを考えれば、顔も雰囲気も邪悪になる。心を広く持てば、雰囲気も自然と風格のあるものになる。人は誰でもまず自分のことを考えるが、そこから目を周囲に転じてみよう。そうすれば、自分のことから、家族や友人、そして地域、社会、日本、世界、地球、さらに宇宙へと広がる。おのずと、自分にとらわれない考え方が生まれる。ものの見方が広がれば、思考に幅ができ、深さも生まれる。それが人の顔をつくる。事を常に深く考える人は、深く味のある顔になる。品格、品性が感じられる顔になる。おのずと風格のある雰囲気が出てくる。見かけだけの美しさは、それなりの演出によってつくりだせるが、長続きしない。しかし、心からにじみ出るものは永遠に続き、生涯その人の姿形になる。常日ごろから、愛嬌のある表情づくりをを心がけたい。愛嬌のある人は笑顔がとてもいい。愛嬌のある人は上手に笑顔を使っている。愛嬌のある明るい人には、おのずと仕事が集まるから評価も高まる。男も女も愛嬌が大事だということである。本物の愛嬌は、日々の心がけの積み重ねなくしては生まれない。ただ単に明るいだけでは、愛嬌があるとはいえない。もっと奥行きのある、なんとなくそばに寄りたくなるような深い人間的魅力が、愛嬌というものだ。だとすれば、生まれつきの性格だけでは足りない。日々の心がけが不可欠となる。能力は、短期間で修得できるが、人柄は簡単につくれない。長い年月の日々の努力を必要とする。人柄は、温かさ、潔さ、誠実さ、素直さといった要素が重なり合ってつくられる。決して生まれつきだけのものではない。自らが努力して身につけ、つくりだしていくものである。自らの生きる美学と人生の哲学を究め続けることで養われる。仕事のうえでの成長は、経験を積み重ねていけば、ある程度はできる。成長の速度に個人差はあれ、一生懸命に取り組んでさえいれば、必ずや成長するものだ。ところが人間的な成長はそうはいかない。自らが心を律し、日々心がけていかなければできない。仕事に対しては部下の人たち以上の熱意と誠意をもって望む。周りの人たちに対しては常に感謝の念を忘れず、部下からの進言に対しても素直に耳を傾ける。日々そうした心がけをもつことで、人柄はずいぶんと磨かれる。
Nov 24, 2007
ビジネスの世界では、人の役割と能力は、年齢によって異なってくる。年齢にふさわしい役づくりをしてこそ働きがいが生まれる。二十代は、仕事の基礎をつくる時代である。とにかく一生懸命に取り組みたい。失敗を恐れず、積極果敢にチャレンジし、失敗して多少の傷を負っても、周囲は許してくれる。むしろ好ましくさえ思ってくれるだろう。失言もなんとか許される。好奇心を忘れないことだ。三十代になると、リーダーとしての側面も出てくる。確かな実績が求められ、また安定感、安心感が求められる。失敗が許されないわけではないが、しかし一定の手堅さがなければ大きな仕事は任せられない。四十歳を過ぎるころから第三段階に入る。仕事に安定感が増すとともに、大きな責任を負うようになる。仕事を通じて人間関係も広がり、チームを組んだ仕事が多くなる。五十の声を聞くころから仕事は一段とチームプレーに徹するようになる。自分流の仕事のかたちが完成しており、若い社員に範を示すことも多い。仕事に対する夢は、年齢とともに変化する。加齢とともに現実に近づく。二十代から三十代にかけては、仕事に対しても人生に対しても、大きな夢を持つことができる。夢の実現に向けて、さまざまなことを吸収していく。自分の人生を変える本、生き方に大きな影響を与えてくれる師、そういう出会いもある。三十代後半から四十代にかけては、考え方が拡散から収斂に向かい、夢も現実に近いものになる。出会いは多くなり、社外人脈も増えるが、人から影響を受けることは少なくなる。五十歳になれば、感動することも少なくなり、他人から影響を受けることは、ほとんどなくなる。自己が確率してきたことによるのであるが、それ以上に、もう伸びないということもできる。実現した夢、できなかった夢を点検するようになる。五十歳から、足し算の人生から引き算の人生になる。四十代後半から五十歳ころまでは、目標に向かってガムシャラに突き進んでいた。部下に任せることよりも、自らの力で事を成そうとしてきた。しかし、五十を過ぎて残り時間を考えると、時間が足りないことに気づかされる。その時点ではじめて、部下に託していくことを考えるのである。仕事は気力と体力を必要とする。その点では、三十代がもっとも充実して仕事ができる時代だといえる。三十代は気力、体力ともに充実している。そのうえ、仕事に対する自信もつき、考えながら仕事を進めていける。また、それなりに人間関係もできているから、仕事もスムーズに運ぶ。かなり自主的に仕事を進めるが、かといって、まだ責任者の立場でものを見ないから、思い切ったこともできる。四十代から体力は衰えてくるが、経験が加わり、仕事に幅ができ、確かさも出てくる。三十代まではインプット、四十代からアウトプットの時代になる。二十代、三十代は、いかに多くの情報を、自分で考えながらインプットし、知恵に変えるかである。それが四十代以降の人生を決定することになる。五十代になれば、質とともに量も問われる。とにかく引き出しに入っているものを、片っ端から出さざるをえない。引き出しの少ない上司には部下はついてこない。五十をわずかに過ぎたころに出しつくしてしまえば、その人のビジネス人生はその時点で終わる。人生の後半は、いかにアウトプットできるかだ。それが勝負の分岐点になる。人はみな歳を取る。加齢が進めば気力も体力も若い人にはかなわない。だからこそ若い人と競い合い、そして引っ張っていくためには、多くの引き出しが必要なのだ。社会や会社からどれだけ必要とされる人間になるかは自分しだいだ。
Nov 23, 2007
自分が主人公になって行動を起こせば、生きがい、働きがいが生まれる。人生が輝いてくる。自分の人生においては、あくまでも自分が主人公である。主体的に生きるからこそ、人生は輝いてくる。どんな境遇に陥ろうと、自分を見失ってはいけない。自分に与えられた役割を勇気を持って演じきることだ。そのためにも、とりあえず、行動を起こしてみよう。自分にとって、もっとも価値あるものを見出し、その達成に向けて励む。信条を持てば、生き方に筋が通る。自分が生きていく上で何が重要であり、何を生み出していく必要があるのか。何を欠けば生きる意味や満足感をなくし、生涯を通して達成したい望みや願いを見失ってしまうのか。自分にとって価値あるものは何かを知ることが自分の人生を意義あるものにする。そしてそれに取り組んだ時、喜びを感じ、生きがいを感じる。時間は使い方によって、濃くもなれば淡くもなる。自分が主人公になって活動すれば、時間は自ずと濃密になるだろう。公の時間と私の時間という二つの時間がある。公の時間では、とにかく一生懸命に取り組みたい。時間を効率よく使うことに心をくだいていく。仕事のできる人は、時間の管理が上手である。一方、私の時間では、ゆっくりと流れる時間を持ちたい。しばしの間、独りになって自分と対面してみるだけでもよい。それだけでも人生の味わいが深まる。また、できるだけ感動するように心がけてみる。感動すれば時間が止まって、生きていることが嬉しくなる。人生とは時間を生きることだと言ってよい。一日一日、公の時間と私の時間の二つの流れのなかに生きながら、人生のプロセスをたどり、その完結へと向かう。時間の使い方によって、人生が彩りあるものになる。趣味は人生を楽しくする。ただ、それ相当の精進がなければ楽しめない。趣味を持つことも、人生に彩りを添えるうえで欠かせないものだ。仕事に没頭し、死ぬほどの思いをもって一本道を歩いているから。ときに脇道に入り足を止めて小休止するのが楽しくなる。趣味は、厳しい人生の途上にあって、ひとときの小休止を楽しむ日なたぼっこのようなものかもしれない。
Nov 22, 2007
90パーセントは運命かもしれない。ただ、残りの10パーセントがその舵となる。人は自分の意思を超えた運命の大波にもまれながら生きている。自分に与えられた生き方の90パーセントは定められた運命なのかもしれない。ただ残された自らの人生の10パーセントを、意思の力と努力で舵取りして、切り開くことが求められる。自分ではどうにもならない運命とはいえ、10パーセントの部分において精一杯の努力をすることだ。そこから真の成功、真の幸福への道が開ける。人は、それぞれの運命を担って生きる。幸福や成功も異なった形で実現する。人はそれぞれ、みな違った持ち味、特質を持ってこの世に生まれてきた。性格や素質、才能にしても、自分と同じという人は地球上に一人もいない。それぞれに異なった持ち味、特質が与えられているのは、人はみな異なった仕事をし、異なった生き方をするように運命づけられているからであろう。人はその運命を担って生きるのだ。運も偶然であり、それをわが身にどれだけ引き寄せられるかだ。運が強いとは、何事もプラスに解釈することだ。良いことを思えば、良いことが起こる。運が味方してくれる。常にプラス発想で積極的な解釈をしていれば、物事が自然にうまく運ぶベクトルが身についてくる。自分は運が強いと信じている人が成功する。成功するたびに、その成功のなかに自分もはまりこんでしまうのだ。その繰り返しで、ますます運に強い人間になっていく。すべてのことを、「運が味方してくれ、うまくいく」と解釈し、努力するのである。そうすれば、必ず成功するであろう。
Nov 21, 2007
今日も忙しくて、疲れてしまいました・・・ 明日も忙しいので、今日は休みます。 本当にごめんなさい・・・ 明日も寒くなるみたいで、あったかくして仕事に行こう と思っています。
Nov 20, 2007
人生は毎日毎日の繰り返しである。 平生のちょっとした心がけ、心遣いによって、人生を楽しく意義のあるものにしたい。 時間を守る、人に笑顔で接する、腹八分目を励行する。その三つを日々心がけるだけでも、その人の人生は明るく、楽しいものになる。 人生を楽しく生きようと思えば、今日という日に全力を尽くすことだ。今日の二十四時間をどう有効に過ごすかである。目の前に与えられた課題にしっかりと励むことである。今日という日に全力投球を怠って、人生を価値あるものにすることはできない。そんな心づもりでいたい。 人生という道は平坦ではない。山あり、谷ありの道が続く。上機嫌で歩むときもあれば、何度も立ち止まることもある。事がうまく運び少しばかり成功すると、人は往々にして慢心し、不遜になりやすい。このことに留意することが、平生の心がけとして、第一に取り上げるべき点である。 傲慢になるのは、好ましくないと理解していても、そうなるのが人情であり、ならないための方策を日ごろから心がけておきたい。その一つが、自分を戒める先人の言葉を持つことがあげられる。しかし、感銘するだけでなく、その言葉を出発点にして、行動に移せるように努めることを忘れてはならない。 健康でなければ、精力的な仕事はできない。健康的な生活を送るために、よい習慣を身につけよう。 平生の心がけとして、健康管理に気を配ることがあげられる。健康でなければ、精力的かつ積極的に仕事に取り組むことも、意欲的な考えを実践に移すことも、ここ一番の勝負どころで頑張りぬくこともできない。さらに、心の健康と良識を保つことも、身体が健康であればこそである。 長い人生の道中にあっては、気分転換をうまくはかることだ。ときには自分自身を励まし、なぐさめてやろう。 長い人生の途上において、人は幾度となく失望に打ちひしがれる。そんなときの励ましの言葉は、有難く勇気が出る。 しかし、本当に実感できる励ましは、傷つき苦しんでいる本人の言葉、自分で自分を励ます言葉ではないだろうか。なぜなら、いちばん直接にその痛みを味わっているからである。とにかく、他人からの励ましを待つのではなく、絶えず自分で自分を励ますのである。気分転換をうまくはかるには、いま一つ事がうまく運んだとき、自分を褒めてやることだ。ご馳走を食べるのも良い。何か褒美をやるのだ。そうしたことに成功するのなら、どんな苦境に立たされても、立派に切り抜け、生き抜くことができるだろう。 悔いのない人生を送るためには、道を踏み外してはいけない。己の能力を引き出すことに専念しよう。 特にお金は魔物であり、慎重のうえにも慎重を期すことである。お金の扱い方によって人生が決まるといっても過言ではない。 人間は、最後には同じところにたどりつく。どうせいつかは最期がくる。そう分かっているのだから、この人生、できるだけ小さな後悔で済むように心がけて歩むべきではないだろうか。 自分をしっかり見つめ、とらえて、己の能力を引き出すことに専心していけば、悔いのない充実した人生が送れるはずだ。
Nov 19, 2007
時計の針を少し戻して、その進みを遅らせる 肌の若返りは、スキンケアや医学的治療により、外部から 皮膚そのものをケアすることであり、針自体を逆戻りさせる ことに当たります。また、サプリメントやホルモン補充療法 などの内部から全身的に若返りを図る方法、つまり全身的 な老化防止策が針の進みを遅らせる方法として最近脚光を 浴びてきました。 不摂生で不自然な生活習慣、心身のストレス、根拠不明の 美容・健康方法・・・。私たちが生きる現代社会、とりわけ都 市型のライフスタイルには心身の健康を阻害し、不安を強め るようなリスク要因が多く潜んでいます。 高齢化社会や多様化する個人の価値観を背景に健康寿命 の長寿化、つまり心身共に健康で長生きしたいという普遍的 な願いがますます高まっています。 しかし、こうした機運に乗じて若返り効果を謳ったさまざまな 商品や情報が氾濫し、アンチエイジングブーム加熱の土壌 となっていることも見逃せません。予防医療で日本を変える 健康なままで長生きするには、病気を患ってからの治療より 病気にならないように予防してゆく予防医療という考え方が 重要です。しかし、現行の医療制度では、病気になってから の治療に膨大な医療資源が投入され、その結果、制度その ものが疲弊してしまいました。 同時に、病気になる前に、ならないようにするために自らの 健康、人生の質を管理するという自発的・主体的な姿勢と 機会をも奪ってきたといえます。 誰もが自由意思に則って、望む医療に接し、信頼できる医学 的成果を享受できるしくみをつくること。それによって日本の 医療のあり方、暮らしや社会の価値基準をより豊かに方向 転換させていかなければならない。 これこそがアンチエイジングの事業理念といえるのです。
Nov 18, 2007
私は計画的に実行しているように思われているけど本当はゆとりを持って取り組んでいるだけだと思う。 後で修正が入ったり、思いがけない出来事があって優先順位を変更しなければならない事も考えられるのである程度余裕をもって計画を立てていると、何てことはなく、いくらでもプランを変更できるものだ。 ある人と待ち合わせの約束しても、私はある程度余裕をもって、その場所に行くようにしている。例えば、電車であっても事故の為に遅れることがあったり、車は渋滞や事故でなかなか前に進めず、約束の時間に間に合わないとイライラし、体にも良くない。ある程度早く目的地に着いた方が気分的にもリラックスするし、コーヒーを飲んだりして時間調整もでき、相手とどんな話をするか、考える余裕もあるので、時間を守るのではなく、余裕を持つ工夫が必要だと思う。今、この社会現象を見ていると、余裕を持っている方が少なくなったと思う。余裕がないから飛ばしすぎて、事故を起こしたり、口論したりするのではないかと思う。余裕のある人は、笑顔で腰が低く、接しているように思う。 私も努力はしているが、まだまだ修行が足りないので、もっともっと心にゆとりを持って、これからの人生を楽しく、愉快に過ごしていきたいものです。
Nov 17, 2007
FA宣言して、阪神移籍確実と言われているけど 早く決めて安心させて欲しい 4番金本、5番新井は最高の打線になりそう あとは投手だけ 補充を完璧にして、来季は優勝を狙いたい
Nov 16, 2007
最近になって天気と病気との関係を見直す動きが目立ってきた。 というのも環境汚染などに対する一般の関心が高くなり、快適な生活のできる環境への要望が高まってきたからである。 その結果、人間本来の生物としての日常リズムに乱れがみえるのも、どうやら天気と深い関係がありそうなので「生気象」の立場から見直す動きが目立ってきた。生気象とは、天気や気候が私たちの生活に与える影響の中から健康や病気に関するものをピックアップした分野で、大きく分けると「気象病」と「季節病」の二つに分けられる。気象病は、天気が変わったり、季節の変わり目になると体調が崩れたり、それが引き金となって異常を訴える症状を現します。 一方、日本のように四季がはっきりしていると、その季節ごとに特徴的に現れる病気があります。これを季節病と言っています。 気象病の主なものとして、低気圧の接近などで痛みの出てくるリュウマチ・神経痛、それに天気が崩れる前に発作の出やすい気管支喘息などがあげられます。 季節病は、春は花粉症と五月病、夏は腸チフス・赤痢、秋は気管支喘息・食中毒、冬はインフルエンザ・脳卒中・心臓病などがあります。寒くなって起こる怖い病気は、何と言っても高血圧と心臓血管系の病気です。前日より気圧が下がっている日、雨よりも晴天の日、一日のうちでも温度差が出やすい15時から18時の間、湿度が60%以下の時に脳卒中を起こしやすいようです。つまり、寒波襲来の時で、家の中と外の温度差が20度以上になると、血管を収縮させ、血圧を上げて心臓の動悸を高めるのです。そうなれば、心臓血管系に持病のある人は、狭心症、心筋梗塞の発作を起こす心配がでてきます。この発作の起こりやすい場所が風呂場やトイレなどです。 気象が色々な形で、私たちの健康を左右する要素を持っているので、「七五三の法則」に基づく風邪ひき指数を作っています。 七五三の法則とは、風邪をひきやすい気象条件の統計値で、 七は一日の平均気温が7度以下の時 五は前日より気温が5度以下の時 三は湿度が30%以下に乾燥している時 以上の気象条件が揃った時は、風邪にご用心という事です。 たかが天気、されど天気とは、400年の歴史の昔から不変の原則として現代に続いています。この天気の変化を大いに教訓として今後も生かしたいものです。
Nov 16, 2007
最近、忙しくて疲れているのか直ぐに寝てしまう・・・ でも、早く起きれるかというと、そうでもない・・・ いつも時間ギリギリまで寝てしまうので、後でバタバタして、慌てて用意をするという始末です。 ここ最近ですが、私が乗っている車両に女子高生の五人組みが乗ってくるようになって、最初は楽しそうに話をして、普通の高校生だと思っていて、降りる駅に近づいてきたので、席を立ったら「すみません、すみません」と言って通路を開けてくれるではありませんか・・・ 普通だったら、席が空けばわれ先にと座ろうとして通路を塞いでしまって、降りるのに苦労するのに、この子たちは譲ってくれるばかりか、謝っている・・・私は「ありがとう」と言って、降りたけど何と気持ちが良かったことか・・・ マナーの悪い人が多い中で、この子たちは素晴らしいと思う。きっと良い大人になってくれると確信する。周りの人はどう思っているか知らないけど、私は、伸び伸びと会話をしている彼女たちを見ていると、こういう会話も大切だと思って聞いている。たまに親父ギャグも出たり、心の中で笑っていたりもするけど・・・そういう朝のひとときが私には心の安らぎになって、活力にもなっている。 仕事でも、朝の「おはよう」っていう挨拶は特に大きな声で言うように心懸ている。忙しいと決まって笑顔が消えていくものですが、私も暗くなったら気分が一日中暗いままで終わってしまうので、朝から明るくしないといけないと思って実行している。それと、職場に笑いかなあ・・・笑いがあるとストレスの発散にもつながるので、健康にも良いと思う。 笑いのない職場なんて・・・ヽ(°▽、°)ノエヘヘヘヘ 同じ仕事するなら、気持ちよくしたいものです。
Nov 15, 2007
あの前首相田中角栄氏がロッキード社から五億円を 受領した容疑で逮捕されたことを・・・ オサノこと国際興業社長の小佐野賢治氏は、金脈事 件で逮捕した前首相田中角栄氏の刎頸の友で田中氏の スポンサーでもある政商でした。 ロッキード社の自社の航空機売り込みのため、児玉や 小佐野のような黒幕を動かし、巨額の買収資金を日本の 政界に流していたというものでした。 この事件と現在問題とされている守屋前次官の不正は 実は大きな繋がりがあるのをご存知ですか? 次期輸送機CXのエンジンをGEに決めた防衛省の会議 で、当時GEの代理店が山田洋行とは知らなかったと守屋前 次官は証言した。しかし、防衛省内の資料には代理店として 山田洋行の社名が記載されていたことが分かり、偽証の疑い も指摘されている。 CXエンジンの調達をめぐり、そこには大物政治家が絡んで いるとみられています。分かっていることは、その政治家が前 首相の田中派に属していたことです。あのロッキード事件以来 、ずっと引き継いでいた形をとっていたようです。 検察側としては、山田洋行を厳しく追及し、守屋前次官を再 度取り調べる方針だと思うが、徹底的に膿みを出して、不正を すれば、いつかは暴露されるということを思い知らせて欲しい と思う。これからの検察の動きに注目しながら、明日の証人 喚問をじっくり見たい。
Nov 14, 2007
最近、ホテルも稼動が高くて忙しい・・・ スタッフは勿論、裏方の方も無理をしながら何とか業務を こなしているが、体調面、精神面が心配になってくる 私としては、周りの人を何とか良い雰囲気にもっていこうと 明るく、心優しく接しようと努力しています。 例えば、リネン業者の方が毎日、汚れのリネンを回収しなが ら新しいリネンを補充しているのですが、汚れのリネンを置く所 が最近特に乱雑になっていて・・・清掃業者の方が客室から出し てひとまとめにしているのですが、少人数でこなしているので、な かなか言えず、私が気が付いたら直して回収し易く整理している のですが、何とか気持ちよく仕事できたら良いかなあと思いなが ら実行しています。 勿論、日々の感謝の気持ちも込めてですが・・・ 同じ仕事をするのなら、お互い気持ちよく仕事をしたいものです 。常に明るく、前向きな姿勢で、周りの人々には心優しく接する事 を心がけ、心の奥底から幸せ感溢れる日常生活が送れる毎日で ありたいと思っています。 従って、私の取るべき日常の行動は、家庭においても、職場にお いても、常に笑顔で人々に接し、穏やかな人間関係を保ち続ける努 力を怠らないようにしたいと思っています。 そして、人々に感謝し、人々のお役にたてる仕事をしたいと思って います。
Nov 13, 2007
官僚の不正はなくならないのか? 総理大臣をはじめ、政治家が官僚達をコントロールする能力を 持っていないからだと思う では、国民は何をすべきか・・・ 選挙の際に官僚出身の候補者には一切投票しないことです 官僚とは、単なる教科書知識の記憶競争の成功者です しかも安住できる天下り先と有利な年金制度があるので、ぬ るま湯に浸かった状態では頭は鈍り、良い仕事は出来ません 生活の不安がないため、時代感覚はないのです 官僚が問題なのは、国民の利益ではなく、自己の利益を追求 する体質が染み付いているからです これは封建社会である江戸時代の役人の役得を求める習性 に由来し、何世代もかかって形成された体質なのです 従って、直すには何世代もかかってしまいます だからといって、私たちが諦めて放置したら、ますます直りま せん。この日本社会から利己的な官僚を排除しないと、モラ ルは荒廃し、経済も発展しません 〇 公務員の不正について国民が常にクレームを出し、監視の 目をゆるめないこと 常に批判を受けないと官僚は堕落します 〇 選挙の際、官僚出身者を落選させ、官僚と政治家の間の利 権追求癒着を断ち切ること 〇 天下り先の特殊法人、公益法人を含め、官庁の情報公開を 促進させ、不正は結局、暴露されることを思い知らせる 〇 将来はアメリカのように、高級官僚は政権交代とともに職を 去るシステムにする というような事を実行してみてはどうかと思う 何かを始めなければ、日本の社会は腐敗していくばかりだと思う
Nov 12, 2007
あの奈良市でまた市の職員が中抜け、早退を繰り返して いたとは・・・病欠問題が取りざたされていたのにも関わらず まだ続いていたとは・・・どういうことか・・・ 給料は税金で支払われている認識が全く理解されていな いようだ・・・ どういうことかというと、ゴミの回収で一斉に朝7時半に施 設を出発して、お昼前には帰ってきて、自分の車で自宅に帰 り、午後の4時前に施設に帰ってくるという事を平気で行って いるという有様・・・給料は全額支給されていて、幹部も全く把 握していなかったと弁明していた そんなバカな話がある訳ない・・・分かっていた筈だ 早退の件も、幹部の方が早退する者のタイムカードを預か って、代わりに押してあげていたという事実 こんなことが許されて良いのだろうか・・・ 絶対に、許されることではない もしも、午後から仕事がないということは、あまりにも余剰人 員が多いのではないだろうか?私が思うのには午前と午後に分 けて、一週間で全ての地域を分別されるゴミの種類ごとに回収す るようにすれば解決できると思う 現にそのように実施していると思うけれど・・・ 昔からそうだったとか、今までもそうだったからとか、言う前に 改善しようという心構えがなってないと思う うるさく叩かれたから仕方なくするようでは情けない 朝の朝礼で厳しく叱るのかと思ったら、謝罪をしているようでは ダメだ・・・星野監督のように机でも蹴り上げるような熱血を見せて も良いと思う とにかく、上の人間が変わらないと何も変わらないと思う
Nov 11, 2007
偉大さは「支配」ではなく、「仕える」ことから生まれる しかし、実際は支配を目指している方が多いのです。 例えば・・・ 自分の知名度を上げて、多くの人から尊敬を得たい 自分の事業を拡大して、たくさんの人の上に立ちたい 自分の味方を増やして、強い影響力、発言力を持ちたい このように支配を目指すと、有能な人間になるかもしれない が、真に偉大な人間にはなれないとワトルズ氏は言っています。 その例として、ナポレオンを挙げています。 ナポレオンは優秀で偉大な人であったが、真に偉大な人には なれなかった、と氏は言っています。 一方、人は仕えることに行動を注ぐと、自分の中の偉大さが目 覚めてきます。 例えば・・・ 働いて収入を得ることで、家族の幸せに貢献したい 自分の事業を通じて、従業員やお客様に奉仕したい 自分の人生を通じて、社会や地球の役に立ちたい ここでいう仕えるとは、決して自分を犠牲にしてまで他人に奉仕 することではありません。自分の能力を最大限に活用し、自分自身 を最高に生きることこそ、真に仕えることであるとワトルズ氏は言っ っています。その例として、リンカーンを挙げています。 多くのアメリカ人が、リンカーンを偉大な大統領だと認めるのは、 リンカーンが奉仕の精神に満ちた大統領だったからです。 次に、マザー・テレサが修道院の壁に書き残されたという言葉を 紹介します。 人は、不合理、非理論、利己的です 気にすることなく人を愛しなさい あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと 言われるでしょう 気にすることなく善を行いなさい 目的を達成しようとする時、邪魔立てする人に出会 うでしょう 気にすることなくやりとげなさい 善い行いをしても、おそらく次の日には忘れさられる でしょう 気にすることなく、し続けなさい あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでし ょう 気にすることなく正直で誠実であり続けなさい あなたの作りあげたものが壊されるでしょう 気にすることなく作り続けなさい 助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう 気にすることなく助け続けなさい あなたの最良のものを世に与え続けなさい 蹴り返されるかもしれません それでも気にすることなく最良のものを与え続けなさい
Nov 10, 2007
友達と話している中で、死ぬ前に有名になりたいか、 死んでから有名になりたいかって聞かれて、そんな大そ れたこと考えたこともないって言ったら、それだから進歩 しないんやって言われたことがあった。 有名になる為に生まれてきてない、私には私の生き方 があるって思ってたから・・・そいつはというと、今は市役 所に勤めていて、教育委員会の仕事をしているようだ。 こんな奴に教育のことが分かるのかと疑問だ。 これからが一番大事な時だけに、本当に真剣に子供達 の為に仕事しているのかと疑いたくなる。 大学の時に同じキャディのアルバイトをしてて、お客さん も少なく、それでも待機してて、順番からでは、その友達の 番だったけど、今から廻るとハーフだけになってしまうから イヤだとキャディマスターに抗議して、結局断わってしまっ て、マスターが私に代わりに出てくれないかと言ってきたの で、止む終えずコースに出たけど、そういう目先の損得だけ で動く奴に良い仕事が出来るはずがないと思う。 その時は、コースに出たのも遅かったから、もう皆帰ってい ると思ったら、数人だけ残ってくれていた。勿論、マスターも居 てくれていて、有難かった。その時は、ほんとうに良い仲間に 巡り会えたと思って感謝の気持ちで一杯だった。 それから少し経って、お客さんと一緒にコースを廻っていて、 急な下り坂をカートで降りている最中に、急に変な音がしたか と思うとブレーキが効かなくなり、エンジンブレーキも試したけ ど、ダメで・・・そうこうしているうちにスピードがついてしまって 足はもつれるし、とにかくカート道と芝生の境まで頑張ろうと思 って、境の手前でカートを思いっきり手放して、ヘッドスライディ ングをして・・・カートはお客さんが何とか捕まえてくれたのを見 て、ホッとしたのを覚えている。後はどうなったのかはっきりとは 覚えていなかった。しばらくボウッと立ってたら管理の方が車で 駆けつけて来て、そのまま病院に運んでくれた。 両手の手の平が流血し、両腕の肘からも出血してて、5針を縫 った。病院から自宅まで送ってもらって休んでいると、マスターと 支配人がお見舞いとお詫びに来てたけど、明日からまた頑張りま すから安心して下さい、と言ったら無理しなくて良いよと言ってたけ ど、こんなの怪我じゃないですよって言ったら、それでも2,3日は 様子みてゆっくり休んで欲しいというので、分かりましたと答えた。 おもむろに私が履いていた運動靴を取り出すと、もうボロボロに 千切れて衝撃の凄さを物語っていた。2,3日経って、ゴルフ場に 行くと皆が、危なかったなあ、大丈夫か?と言ってきたけど、例の 友達はゴルフバッグは保険に入っているから何かあっても保障で きるんやでって言うから、そんなこと知るか、誠意を示さないとあか んやろって言ってやった。そんなことを思っている奴に何が出来る って思う。それより、良い仲間と仕事が出来たあの頃が懐かしく思 える。仕事はハードで責任もあったけど、お客さんと一緒に廻って 今日は何とか楽しくゴルフをしてもらえたらと思って、一生懸命に動 いて、ボールを見失わないように注意し、お客さんのウッド、アイア ン、パターを一瞬で覚えて、直ぐに渡せるように出来たし、グリーン の状態も管理の方に教わったりして、自分なりに勉強しながらお客 さんに色々アドバイスしてあげたら、喜んでいた。 学生時代の良い思い出かなあ(^_^)v
Nov 9, 2007
昨日から寒気がしてて、あったかくしてたけど・・・ 今日は頭痛がして・・・ とても日記が書ける状態ではないので、いつもより 早く休みます・・・ごめんなさいm(__)m もし、体調が良ければ、明日また頑張ります 宜しくお願いします
Nov 8, 2007
皆さんは民主党の小沢代表の私邸をご存知ですか? 何と、首相官邸にそっくりに造っているらしい・・・ 本当の狙いは総理の座ではなかったのか・・・ 疑いたくなる・・・ 私利私欲のために頑張っていたと疑われても仕方 ないと思う こんな政治家が多い 大阪の太田知事もそうだ ある講演に出席して報酬を受け取っていた事実 要は使い道だと思う もし、このお金を恵まれない子供たち、病気で苦 しんでいる子供たちに使ったら、どんなに評価が あがることか・・・ 結局、皆自分のことしか考えていない 綺麗ごとでは済まされない もう一度、今の立場をよく考えて実行して欲しい
Nov 7, 2007
政治にしても何か遊びに見えてならない・・・ 結局は選挙で過半数を取ることしか考えていない そうじゃないと思う、本当に国民の為にやってやると いう気持ちになるのが政治家じゃないのか・・・ 国民の代表として選ばれて国会に行ってるのを分か っているのか・・・信じがたい 平気で国民のお金を使い、それでも足らなければ、 増税する・・・ふざけるなって言いたい 今迄、不正をした官僚や役員は返す義務があると 思う。これから深刻な状況になるというのに・・・ のんきに構えて良いのか・・・ 北朝鮮はアメリカにテロ支援国指定解除を求めてい る、もしこれが解除になれば、大変な事態になる 対応が遅れると、もうどうしようもないのではないのだ ろうか・・・一体、何をしているのか 国民にも分かる政治にしろって言いたい 税金を納めている国民をどこまでバカにする気だ これから、人口も減少し、地方自治体にとっても深 刻な状況になるっていうのに・・・もっと先のことも 考えて行動していかないと・・・国民に安心できる 政治をしろって言いたい
Nov 6, 2007
幸せになるには・・・ 幸せは私たち皆が望んでいます。 でも、幸せになる人もいれば、そうでない人もいます。 何故、そうなのでしょうか? どうも、なれる人には、それなりの生き方があるような 気がします。それは何でしょう? キーワードは、明るい人、正しく生きる人、感謝できる 人、反省できる人、幸せを愛する人、他の人々の幸せを 願う人です。 ネクラの人は明るい性格になるように頑張って下さい。 一度しかない人生、同じ人生なら明るく生きなきゃ損! 明るく、楽しく、積極的に生きている人は周りの人をも 明るくします。自分の周りが明るくなります。明るい環境は 結果的に幸せを招くのです。 一日の始まりの朝、大きな声で「おはようございます!」 と明るく挨拶を交わす時、さわやかな気持ちで一日が始まり ます。 正しく生きることが大切です。 人を騙したり、社会的に悪なる行動は不幸を招きます。 感謝の思いは、お世話になった方や社会に対し、お返し をしたいと思う気持ちが強くなり、自分の内面にも活力が生 まれてきます。 また、反省の習慣を持つ人は正しく生きる道をはずしま せん。 心から幸せを愛し、行いや、思いが正しく、自らの運命を 幸せへの方向へと選択し、開拓できる人です。 他の多くの人々が幸せになれるよう願い、行動する人は 運が開けてきます。良い思いが良い結果を招くのです。 人のことはどうでもいい、自分さえ良ければいいと思って いる人には決して運は開きません。 他人の幸せを喜べる人は自分も幸せになるのです。
Nov 6, 2007
私は、今の日本の社会において一番欠けている のはほんの少しの思いやりだと思っています。 学校での不登校やいじめ、ひきこもり、リストラを 苦にしての自殺、過労死や過労自殺、DVや幼児虐 待など・・・ 現代の日本でこのようなことが起こるのは、他人 に対するほんの少しのおもいやりが、社会全体を通 して欠如している表れだと思います。 いじめや不登校、ひきこもりの問題も無視するこ との出来ない大問題です。しかし、それよりも私が更 に悲惨に感じるのは、中高年の多くの男性が死の苦 しみに追いやられていることです。会社の倒産やリス トラを苦にしての自殺、あるいはサービス残業や休日 出勤などの過剰労働で、過労死や過労自殺に追いや られる人が後を絶ちません。また、親から虐待を受け て幼児が殺されたり、食事を与えられず餓死させられ たり・・・まさに発展途上国における難民の行き倒れや 餓死にも匹敵する苦しみと悲惨さです。これらの全てに 共通する原因はほんの少しの思いやりが欠如している ことです。相手の立場になって考えればこういう問題は 起きないと思うのです。リストラと過労死の問題は、給 料が少しくらい減ったとしても、みんなで仕事を分かち あえば良いのです。そうすればリストラも過労死も防げ ると思います。会社の方針だから仕方のないところもあ ると思いますが、他人がリストラに合っても、自分が会 社に残れば良いという全体的な雰囲気が、会社側にう まく利用されている気がします。 皆が、少し給料が減るのを我慢して仕事を分かちあえ ば、全員が楽に、しかも幸福になれるのです。 そして、仕事を失ってしまった人たちに対しては、社会 的な偏見を捨て、暖かい眼差しをむけなければならない と思います。真面目に一生懸命に働く一方で、仕事を失 った人たちに対しては、落ちこぼれとか人間失格という ような偏見が強いのかもしれない。そのような偏見や冷 酷さが、今度は自分の身に降りかかってくるのです。 現代の日本に不足しているのは、他人に対するほんの 少しの思いやりです。このほんの少しの思いやりは水や 空気のようなものです。水や空気が十分あるとその有難さ をあまり感じませんが、少しでも不足すると地獄の苦しみ です。今の日本に不足しているのはほんの少しのおもいや りなのです。本当に、本当に、それがほんの少しでもあれ ば日本の大勢の人たちの命が助かるのです。
Nov 5, 2007
一昨日、同じ仕事をしている年輩の方が足が痛くて歩く事がままならないと言うので、最初は捻挫かなと思っていたけど、どうも様子がおかしいので、明日は休んでも良いから病院に行って診てもらった方が良いよって言って早く帰らせて、昨日電話があって聞いてみると痛風の疑いがあるので明日また検査があるので、休ませて欲しいとの事。びっくりしたけど、こっちのことは心配いらないからゆっくり休養して治ったら電話してきて欲しいと言っておいた。ほんとはギリギリの人数で廻しているので、大変だけど・・・お互い様だと思うので、仕方ないかも・・・・・・_| ̄|○・・・はうぅ・・・ 痛風という病気は排泄低下によって尿酸が体内に蓄積し高尿酸血症となって発症する病気です。特に足の親指のつけ根あたりが侵されやすく、中年の肥満の男性に発症が多いらしい。病院で治療して貰わないと、腎機能低下、血圧上昇などを引き起こしやすい病気でもあるのです。少し発見が早かったので、良かったと思う。私の嫁さんも、あれからあるサプリメントを飲み始めてまだそんなに日数は経っていませんが、今日検査があって結果を聞いてみると数値が下がってきていると聞いて、ホッと胸をなでおろした感じになった。これからもずっと飲み続けていって欲しいと思う。もし、この難病が奇跡的に快方に向かっていけたらどんなに素晴らしいことか。欲は持たないけど、それが今は夢かなあ~、早く良くなって二人で旅をしてみたい。ゆっくりともう一度・・・いままでゆっくり話したこともなかったような気がする。 これからは、二人でゆっくりと時間を気にせず過ごしていけたらどんなに素晴らしく、どんなに楽しいことか、二人で共に生きていきたい!
Nov 5, 2007
何故、人間は無限の欲望を持つのか? 人間が無限の欲望さえ持たなければ、人類はもっと 平和で快適に暮らせるはずです。 食欲や性欲などの肉体的な快楽、金や地位などへの 欲望、これらを生活に必要な程度で満足することができれ ば、いらぬ苦しみは起こらないと思います。 人間は無限の欲望を持つため、飽くなき欲望や快楽を 求めて止みません。だから色々といらぬ苦しみを招いてし まうのだと思います。 例えば、必要以上の食欲を求め、肥満、糖尿病、心臓 病などの苦しみを招いてしまいます。また、必要以上の性 的快楽を求め家庭崩壊、妊娠中絶、性感染症の蔓延、性 犯罪などによる苦しみを招いています。 自己の生命の維持や、種の存続にとって必要な程度の 欲望や快楽を満足させることは、生命の摂理に適うことだと 思います。それは、生命の肯定にとって大切な要素です。 ところが人間は、欲望や快楽を無限に求めるから、いら ぬ苦しみを招き、生命の否定を招いてしまうのです。 人間が無限の欲望を持つのは、人間には根源的な苦と いうものが存在するからだと思います。 根源的な苦とは、人間だけに常につきまとう、何か得体 のしれない漠然とした恐れや不安のことです。 人間だけは、衣食住が満たされ、怪我も病気も外敵もな い生物として最高の状態にあるにも拘らず、何か得体のしれ ない漠然とした不安、空しさ、恐怖などを強く感じてしまいます 。これが根源的な苦です。 根源的な苦はどんなに欲望や欲求を満たしても絶対に解消 することはできません。根源的な苦を感じないようにする為に は、ある欲望を満たしたら、すぐに次の欲望求めるという具合 に欲望をどんどんエスカレートさせていくしかないのです。 このため根源的な欲望は、無限の欲望の原因となっている のです。人類の歴史から、欲望の追求による争いが消えるこ とはありませんでした。利権・権力による争い、政争、戦争、こ れら人類の争いごとは、全て欲望の追求が原因で起こったも のです。このように根源的な苦が原因で起こる無限の欲望は 、人類の悲劇の根源ともいえるのです。しかしながら一方で、 人類の無限の欲望は、人類の無限の発展の原動力でもある のです。人類は無限の欲望を持つからこそ、文明や科学や芸 術を作り上げることができたのです。 無限の欲望が存在することが悪いのではなく、無限の欲望 を苦しみの増大に向けることが悪いのです。 無限の欲望を人類や生命全体に貢献する活動に向ければ 良いのです。例えば、平和の維持、飢えや貧困の根絶、医療の 充実、教育の普及、文化や芸術、学術研究の発展、野生動物や 自然環境の保護これらのものに無限の欲望を向ければ良いの です。正しい方向に向けられた無限の欲望は決して悪いもので はありません。むしろ非常に良いものであり、大切なものです。 良い方向に向けられた無限の欲望は生命の発展の原動力 だと思います。
Nov 4, 2007
昨日の話の中で傷の話しがあった。 擦り傷になれば、大抵の方は消毒をして、ガーゼかカット バンを傷口に当てて染み出しを吸い取り、乾燥させると思い ます。これまで、常識とされていたこれらの事は、全て間違い です!ということが分かってきたのです。 消毒というのは、ばい菌を殺す薬なのだから、基本的には、 生体に対しては毒であって、これから再生しなければならない 細胞に毒を塗りつけたら治るものも治らなくなるという理屈です 。だから、傷は消毒してはいけないのです。水道水で見える汚 れをきれいに洗うのが本当なのです。 生き物には自然治癒力があります。傷はジクジクしてきます。 このジクジクした分泌液は、実は細胞が再生するために必要な 培養液なのです。だからこそ、このジクジク液で傷面が覆われる ように保護してあげると、傷の治りは驚くほど早くきれいになりま す。逆に、ガーゼやカットバンでジクジクを吸い取って乾燥させて も、いつまでも治らないし、剥がす時に出血して痛いです。 傷は、乾燥させてはいけないのです。傷にラップを当て、まわり を絆創膏などで止めてジクジクがもれないように被ってあげるとい う事になります。 医療機関ではいま、傷の治し方が大きく変わりつつあります。 是非、これからの傷の治し方に役立ててみて下さい。
Nov 3, 2007
今日はちょっと仕事が終わってから、話しを聞きに 同僚と出かけてました。どんな話しだったかというと、 健康であっても心も健康でなくてはならないという話 から始まり、私たちはあらゆるところから影響を受けて いるという話で、ではどうしたら良いかという内容のもの でした。活性化酸素ということばを知っていますか? リンゴを切ると赤くなり、バナナを切ると黒くなります。 これは、活性化酸素の働きなのです。つまり酸化させて いるのです。私たちは呼吸をしています。この空気にも 活性化酸素が含まれています。男性の寿命が短く、女性 の寿命が平均的に長いのは女性の肺活量が男性よりも 少ないからだそうです。この活性化酸素は人の体に悪い 影響を与えます。つまり、人の体を錆びさせるのです。 スポーツをされている方の寿命が短いのも一つの要因な のかもしれません。では、この活性化酸素に対抗できるも のはないのかというと、それがあるのです。 それは、アミノ酸、ミネラルといった酵素とビタミン、ポリ フェノールといった抗酸化成分です。しかも、これらを別々 の摂るのではなく、一緒に摂らないと意味がないということ です。これらの栄養素が身体の酸化を防ぐのです。 私たちの食事でこれらの栄養素を摂るのは困難なので、 そこで、これを補うためにサプリメントがあるのです。 サプリメントだけでも良いのではないかと思われがちです が、日本人には食の文化があったはずです。朝、昼、晩と 三度の食事はかかせません。人に良いことと書いて食事と なるのです。朝は皆一緒に起きてご飯とお味噌汁で頂き、 お昼はお弁当、夜は家族で団欒しながら夕食するといった 本来の姿をもう一度取り戻す必要があるのです。 今の社会は乱れていると思いませんか? 年金の受給を65から70歳に伸ばそうとしている国の考え です。高齢化が始まり、少子化になってますます事態は深刻 化していきます。医者の数も少なくなり、病気もできない状況 になっていきます。サプリメントにおいても、ほんとに良いもの かどうか確認して、納得しないと買えない状況です。 第三者が一番良いというものを選ぶというのが当然のことだ と思います。また、イライラしたり怒ったりするとストレスがたま り、身体に悪影響を与えます。せっかくの人生なのですから、 笑顔でゆとりを持った生活を送りたいものです。
Nov 2, 2007
おめでとう!日本一!ドラゴンズ 53年ぶりの勝利 お(・∀・)め(・∀・)で(・∀・)と(・∀・)う! 山井は8回までパーフェクト 最後に魅せた投球 岩瀬も最後締めくくった シーズン最後に相応しい試合だった
Nov 1, 2007
今、まだ嫁さんの体の調子が良くなくて、実家にいて養生しながら様子みてるけど、久々に用事があって会ってきた・・・顔色が思いのほか悪かった 大丈夫か?ちゃんと寝てるか?って聞いたけど、決まって、心配かけたくないのか「大丈夫だから」って答える嫁さんを見てると・・・涙がでそうになる でも、こらえて笑顔で「気をつけなあかんで」って言うけど、心配している 家に帰ってからも、やっぱり気になるので、声を聞きたくなってしまう・・・声を聞くと安心する 今迄もずっと看病してたけど、こうなってしまったのは私の責任でもあると、反省と嫁さんに対するお詫びと感謝の恩返しも含めて、これからもずっと見守っていきたい いつかきっと良くなったら二人で旅をしようと誓っているので、実現させたい 私とだったら何処でも良いよって言う嫁さんの笑顔が眩しく感じられたのを、今も覚えている 私は嫁さんの為にだけ頑張っている 嫁さんといつまでも一緒に頑張って生きたい 他には何もいらない 早く良くなって、いつまでも長生きしたい 神様から頂いた命を無駄にしないように 頑張ろう! 生きてきて良かったといえるように
Nov 1, 2007
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