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更新、頑張ると言った割には遅くなりまして、すみません。今回、予想以上に長くなり二つに分けました続けて読んでください。頑張ると言ったからには、後もう一つぐらい、二月中に書きたいなぁ……
2006年02月25日
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この男は、死に神と手を取り踊ることが趣味なのか。 その姿が脳裏にありありと想像できてしまう。しかも黒い外套に包まれた死に神の素顔は美女で、その細い指先を手に取り、優雅に舞踏に誘っている姿まで簡単に頭は想像図を弾き出す。 頭の奥底で鈍い、鐘のような音がぐわんぐわんと鳴り響くのを感じながらも、狼暉は違和感を感じていた。 言いようもない齟齬は、自覚をすると気色の悪さを急加速で増加させてくる。 その齟齬の根源に、狼暉は八つ当たり気味に冷ややかになる視線と、同じ温度の言葉を向けた。「…………どうかしたか?」 「何がだ?」「自覚がないとは、言わさん」「狼暉?」 同じ事を何度も言わせるな。 狼暉は視線にそう言葉を織り込み向けると、汪燕は肩を軽く竦めた。 違和感の原因は、汪燕の言葉の端々に、隠しきれず零れだした感情のせいであった。 この場では狼暉にしか分からないだろうが、嘲りや、怒りの負の感情の裏に異質な感情がある。愉快、と言う負の感情の対極に位置する感情だ。 汪燕と言う人間は、不測の事態を楽しむ男ではあるが、それを少しは面白がっているのだろう。けれども同時に面倒くさい、と言う感情がありありと伝わってくる。 ならば、そんな感情を上回っている愉快なこととは何だ。 まるで、何かを期待しているのかのような。「莫迦は、この方角に行っていた、だな?」 汪燕は質問の意図とは違う、答えになっていない言葉を楽しげに投げかけてきた。 まだ暴風雨が空を覆っていなかった昼頃、受け取った情報から出た解と一致するので狼暉は頷いた。 「ああ……方角としては、萱家の方だろう?」 萱家とは、多少なりと交友を持っていた。次期羅主は、萱家の次男とも顔見知り以上の関係だ。 友に、気軽に会いに行きたい。護衛などの四六時中傍に控える者達を除いて。だから護衛を撒き、守人だけでは不安なので破落戸を雇った。 そう、想像するは易い。護衛達の示した一つの解は、易すぎて、現実味はあまりにもなく、絵空事にも思えるものだった。 狼暉はそうであって欲しい、とは思ってもそれが真実だとは思えなかった。「それならば、何故破落戸を雇う必要がある」 汪燕の言葉に狼暉は思わず頷きそうになる。 護衛達の解に疑問を最初に疑問を持つ部分だ。 守人は、強い。常識外れ、と言う言葉で括れないほどの力を持っている。それは周知の事実であり、連れているだけでもかなりの敵を除外できるほどだ。守人がいるのに護衛を付けるが、それは戦闘以外のことに関してでありあまり力を要されていないぐらいだ。破落戸を雇う意味はないのだ。 汪燕は、狼暉の考えを見透かしているように言葉を続ける。「だいたい、護衛達の言うことが事実ならば、何故護衛を撒く必要性がある。萱家に用ならば、次男にようならば屋敷に入ってしまえば安全だ。守人だけで充分事足りる。他者に友好を深めることに介入されたくない、と言うならば別室で待機させておくことで何故駄目だ?」「………そう言う問題ではないんじゃないか?別室で待機だろうが、邪魔と感じたのかもしれない」 狼暉は自身でさえ信じていない言葉で反論する。これは汪燕に対してではなく、半ば自分の抱いている疑念が膨らんでいくことを押さえるためだ。 そんな思いを知ってか知らずか、汪燕は鼻で笑い飛す。「邪魔。邪魔、か……確かに邪魔だろうな」 多大に含みを持った言葉に、不審がりつつも狼暉は視線だけで先を促した。「あいつらは莫迦の護衛だが、あいつの兵ではない。優先されるべき命令は、莫迦より羅主だ。自由に動かすことはできない。その事実は莫迦にとっては不都合に違いない」 狼暉は思わず眉を跳ね上げた。「不都合?」「跡取り息子につける護衛だ。羅家の中でも側近も側近だ。羅主に近いと言うことは、隠されている様々な事実を共有しているということだ……邪魔だろうな。自由に動かすことができないばかりか、下手をすれば自身の目的の遂行の隔たりになるからな」 皮肉を多大に含んでいる割には楽しそうな口調に、狼暉は眉を顰めた。 嫌な予感とでも言えるものが、足音を立てつつ、じわじわと近寄ってきている。直感としか言えない、不確定なものだが、狼暉はこの手の直感を疑って斬り捨てることが、幾度もそのあやふやなものに救われたことがあるのでできない。 濡れた服とは違った、脱いだら解放されるような簡単なものとは違った不快感が身体の先からゆっくりと浸食してくる。「……何が言いたい?はっきり言え」 推測にすぎないが、と断りもいれつつ汪燕は破壊力のある言葉を切り出した。「ここから萱家の別荘の方角。その延長線上には何がある?」「………っ、胡家か?!」 鈍器で、思い切り殴られるほどの衝撃が狼暉の頭の中で響き渡った。 咄嗟に弾き出された答えを否定する材料を探したが、即座に思い浮かんだこの一体の周辺の地図が、そんな気持ちを嘲笑う。 あちこちに散っていた事実が、ようやく糸で繋がったのを狼暉は感じた。だが、紡ぎ出された事実と言う絵は幸福図にはほど遠い、最悪の未来図だった。 「そう言うことかっ!」 怒鳴ることで、瞬間的に沸騰した灼熱の怒りにも似た気持ちを少しでも吐き出した。そうでもしなければ、冷静になることなど到底不可能だったからだ。 冷たく降り注ぐ雨と正反対の温度の声に部下が驚いているようであったが、今の狼暉には心を砕いてやる余裕は微塵もなかった。 ふざけるな、あの大莫迦野郎が、と何度も心の中で、普段の狼暉からは考えられない罵倒を繰り返す。 脳裏に二人の人影がふと浮かんだ。 黒より少し色素が薄い長い髪がふわりと女性の優美な服を滑っている。その服の先から見える白く細い指先に繋がれているのは、同じように細く、だが少し小さな手だ。女性が春の様な色彩なら、小さな手の持ち主は冬の色を纏っていた。だが、どちらも優しく、柔らかな雰囲気は酷似し、一つの絵のようだ。狼暉にとって光の象徴そのものであった。 その絵のような風景を壊すだけで飽きたらず、あの莫迦は光を翳らせようとしている、と言うのか。 冗談ではない。 考えるよりも先に、声が出ていた。「馬を全力で駆れ!!脱落したものから置いていく!ついてこれる者だけついてこいっ」「た、隊長っ?!」 唐突のことに、蜘蛛の子を散らすように慌てふためく部下を省みることなく、狼暉は馬の腹を蹴った。 気持ちだけが急いて、馬が最速の速度で走っているのを理解していても歯がゆさが上回る。 自己最速を叩きだすであろう速度に、難なくついてくる汪燕の横顔を見て、狼暉は舌打ちした。「おい、俺より先に走るな」 あまりに理不尽な台詞だが、汪燕は怒るでなく、むしろ楽しげにほう、と呟いた。それが更に狼暉の感情を逆撫でする。「不愉快だ。今のお前の顔を見るのは」「ほう?こんな男前の顔に何の文句がある?」 確かに汪燕の顔は、自身で自負できるほど、自信を確立させるほどに整っていた。 墨染め色の髪、彫りの深い顔立ち、切れ長の目。無駄な脂肪の一切ついていない体躯といい、非の打ち所がない、と言える容貌なのだろう。 だが、狼暉はふん、と鼻で一笑すると断言した。「そんな笑顔を浮かべて何を言う」 狼暉の不快の琴線に触れているのは、汪燕のその楽しげな笑顔だった。 汪燕は、この不穏な事態を満喫した。それは次期羅主に対する感情や面倒くささをうち消してしまうほどのものなのであろう。 だが、狼暉はそれだけではないことを理解をしたくもないが、感じ取ってしまっていた。 汪燕は、知っていて、わざと隠していた。推測の域にすぎないものであったとしても、狼暉が次期羅主が胡家に向かっていると知っていたら、もっと早急に行動をしていただろう。それを阻止するためにも、敢えて汪燕は黙っていたのだ。 そうする理由は、何故か。 狼暉にとっての光とも言える存在の片割れが、次期羅主の手によって深く傷ついた姿を見るためだ。 新雪を踏みにじりたい、と言う感情に似通った感情は、汪燕を満足させるほどの歓喜を呼び起こすに値するに違いない。「歪んでいるな」「褒め言葉と受け取っておこう」 馬を駆ける速度を微塵も落とさずに、吐き捨てるように言えば、汪燕はにやりと笑った。 腐れ縁としか言いようがない縁の男の顔を見て、狼暉はふと思った。 何故、汪燕は直接自身の手により新雪を汚そうと思わなかったのだろうか。少し考え、愚問に狼暉は内心で自嘲した。 汪燕では、いや狼暉であろうとあの新雪に足跡ひとつ付けることはできないのだ。新雪に軽く触れることすらできやしないだろう。純白の平野に、自分がいた痕を何一つ残すことはできない。 拒まれているのではない。だが、招き入れてはくれるものの、新雪は足の重みを跳ね返し跡を残さず、汚れもせず、狼暉達の熱では溶けることもない。 美しい姿は色あせることなく、変化しないことに感慨を受けるが、それはあまりにも寂しさと虚しさを伴うものだった。 だが、同時に少しだけ安堵する。 汪燕がもしも自身の手により新雪に触れられたならば、それは恐ろしい事態になっていただろう。遠慮なく、効果的に傷を施し、新雪はそれは無惨な姿になっていたかもしれない。 それは素直に喜ぶことができない事実だが、狼暉は少しでも自身を慰める意味でも、無理矢理にでも良いと思えることを探し、自分を納得させる。「いくぞ」 狼暉は前だけを見据え、手綱を強く握りしめた。
2006年02月25日
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夜空の星々を幾重もの鈍色の暗雲が覆い隠している。 空の重く暗い色を吸い込んだ強烈な威力を持つ風は、雨を身に乗せて、狼暉〈ロウキ〉の全身にぶつかってき続けていた。 褐色の外套はすでに水分を限界まで吸収し、色と重量の両方ともの重さを増している。雨は外套と言う盾をすり抜け、服に容赦なく襲いかかった。肌に吸い付く感触はどうやったとしても、気持ちがいいものとは思えない。 何故自分がこんな悪天候の中、馬を駆けているのだろう。 ふと、そんなことを思い、そう思った自身に狼暉は眉を顰めた。 理由は理解できているし、頭では仕事だと割り切れてもいる。だが、この不快感の合奏は冷静な頭からの命令を無視したくなるほど、感情を煽る。感情に身を委ね、仕事を無視して帰ってしまいたい。 だが、命令は忠実にこなすものであるし、何よりすでにここまでずぶ濡れだと、諦めるしかない。 そう思い直すことで、濡れ鼠にならざる得なかった自身を納得させた。 本来生真面目な性格を持ち合わせている狼暉は、思うだけにそれを留めた。だが、後ろに従う部下の顔は一様に不愉快だ、と言う文字が見え隠れさせている。狼暉の視線を感じたのだろう。慌てて顔を引き締め、余計な感情を浮かべないきりりとした表情になるのが、妙に可笑しい。 そんな中、特に渋い顔をしている-乗馬には並みならぬ自信を誇る自分の横に轡を並べられるめったにいない存在である-男は舌打ち混じりに不穏な言の葉を吐き捨てた。「やってくれたな、あの莫迦が」 不愉快さを下地に、所々に皮肉っぽさや嘲りの彩りを乗せた言葉に狼暉は眉を顰めた。「おい、汪燕〈オウエン〉……言い過ぎだぞ」「莫迦を莫迦と言わず、何と言えって言うんだ?一個人の軽率な行動、なんてものですまされないことにいい加減気付いてくれないものか……」「汪燕………」 低く窘めるが、意見自体には狼暉も内心賛同していた。むしろ賛同しない者はこの場にはいないだろうな、と肩を竦めたくなる。 羅主から命じられた指令は、跡取り息子の『回収』及び息子が引き起こした事態の鎮圧だった。 次期羅主の護衛についていた者の報告に寄ると、数日前に彼は護衛を撒き、守人だけを連れて姿を眩ませたらしい。己の身分や立場などを考慮していない浅慮な行動だけでも羅主は頭が痛いだろう。 だが、それだけではどうやらないらしい。 護衛の者も莫迦ではない。近辺の街や村を迅速に調べ、聞き込み、かなりの情報を収集していた。包囲網を張り、酒場などで次期羅主の仕事を受けないよう、その場にいた傭兵達に入念に命じた。受けなければ、次期羅主が提示した報酬の倍額は払うと約束するなどの配慮も完璧だった。有能な彼らが撒かれたのは、念密に練られた次期羅主の手腕に寄ってだった。この結果を汪燕に言わせれば 「頭が良かろうと、知識があろうと、莫迦は莫迦に過ぎないことのいい証明だ。素質を無駄にするとは、愚かなことだな」 であった。 莫迦だ、莫迦だ、と汪燕は言うが、以前はここまではっきりと意思表明はしていなかった。自分よりも人間として優れていない、と頭を下げることを内心快く思っていなかったが、今回の件で彼は隠すことを止めたらしい。 発火にいったったのは、護衛達が集めた情報にあった。 次期羅主は、何と所謂“破落戸”と呼ばれる者達を雇い、武器や防具を与えたようなのだ。護衛達の根回しにより正規の傭兵など達は雇えないからとは言え、これだけだけあっても、何を考えている、と思われる事態だ。 人間の中にも上等、下等に分けられるんだ、などと言った傲慢で無知を表明するにしか思えない概念を持ち込む気はない。 だが、その破落戸どもはよりによって与えられた武器で略奪を何度か行ったのだ。 次期羅主は金銭を払い、事態を収拾した。けれど、それだけではすむわけがない。いくら新しいもので破壊されたものを覆い隠しても、傷はなくなったわけではない。失ったものが、戻るわけではない。次期羅主、ひいては羅家の悪評が流れるのも、当然の流れだった。 莫迦としか、言いようがない。 その莫迦、次期羅主はその破落戸をつれ、とある方角に向かったという。 事態を重く見た羅主により羅家の近衛を努める狼暉達を派遣したのだ。 故に、今、狼暉達は不平不満の溜まった村人達を宥め、悪評をもみ消し、莫迦の回収にいたっている。 汪燕の意見は正論の的を射すぎていた。だが、それ故に、危険だった。 その莫迦はこの国で王に次いで偉い、貴族の頂点に立つ二大名門の跡取り息子なのだ。その立場を理解していなかろうが、なかろうが、決してその立場は変わりはしない。 不穏な言葉は、即座に汪燕の首を目掛けて鋭利な刃と姿を変えて跳ね返ってくる。 だが処刑台に自ら足を踏み入れる愚行に近いことをしている男は鼻で笑う。「かまわんさ。俺がここで何を言おうと、羅家は俺を切り捨てられない。少なくとも俺に取って交われるほどの有能な輩が出てくるまではな」「だからと言って、余計な敵をわざわざ作ることもないだろう」「ふん、俺の足下を脅かす存在でも現れたら、悔い改め、考え直そう」 処置なし、と狼暉は頭を抱えたくなった。
2006年02月25日
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玲鈴は窓の外を、視線だけを狼藉者から動かし、見つめた。 雲に覆われ、寒さで研ぎ澄まされた美しい夜空が姿を隠されている。ゆらゆらと揺れる廊下に掲げられている灯火がなければ、すぐに闇の帳に覆われていただろう。 月が見えない夜-- 連鎖反応のように、柔らかな、寒色のはずなのにどこか優しい色をした銀灰色が脳裏を過ぎる。 この騒ぎに、あの子供は怯えはしていないだろうか、と心配になり、一瞬現状を忘れそうになった。 このままだと、止めどなく思考が違うことばかりを考えそうになり、玲鈴は軽く頭を振った。「何が「コケと知っての狼藉か」だ。恥知らずも、いいところだ」「そうだ。余所者のくせに、他の貴族様方の優しさでおこぼれを預かっているにすぎないくせに」「だから身の程も知らず、でかい顔をするんだろぉ」 玲鈴がすでに聞く耳持たず、ただこの醜悪な臭気を漂わせる言の葉を、笑い声を右から左にやり過ごしていることなど気づきもせず、おこぼれを与えられる価値もない狼藉者達は耳障りな音を口から発していた。 玲鈴は、表面上凛と立っているものの、内心脅えていた。 狼藉者にではない。彼らがこちらに向け、調子に乗り、突きつけてきている刃物にだ。 目の前で下品なにやけた笑みを浮かべている者達が持っているのは、手入れの悪く刃こぼれが目立つが刃物は刃物だ。刃を突きつけられて、脅えずにいられる豪胆な人物はそうはいないだろう。 玲鈴には、素手で無法者に勝てる術がない。例え武器があったとしても、勝てない確立が圧倒的に高い。 回避できるだけの機転も考えた。だが、行動が無理なら、言葉でなら、と思ったが無理だとすでに諦めていた。「言葉の意味を、と言うか 言葉を理解できいるようには到底思えない人間に、話で説得しようとしても無駄よね、きっと」 恐怖を、危機を肌で感じ取りながらも、内心かなり辛辣なことを玲鈴は考えていた。逃避行動とも言えるものだったが、玲鈴ははたとあることに気付いた。 実は、まるで地震がおきたかのように、足元がぐらぐらと揺れている気がしていた。だが、今は揺れは収まっているのだ。 理由は、あまりに状況違いな考えからだった。「今、私、思ったことって………麗蘭姉様にかなり感化され………て、な、い?」 長姉のようにきっぱりと切り捨てるように口出して言いはしないものの、この考えの発想や言い回しの仕方は実際感化されていた。 玲鈴は、その事実に気付き、少し頭を抱えたくなった。 確かに、長姉に憧れているし、理想を具現化したような人だと思っている。美しく、格好良く、漢前。三拍子揃っていて、条件にぴったりだ。 だが、実際にそっくりになるならば、どうだろう。 艶やかな声と、上品な言葉に包み込まれても隠せない言葉の鋭い棘を持ち、情深いが、切り捨てた相手には容赦の欠片も持ち合わせておらず、『綺麗な華には棘がある』が妙に似合う、と言うよりも地で行っている人だ。血を流す覚悟もなく触ろうとすれば、その棘で完膚無きまでに攻撃をする。きちんと処理を経て触れる、をするできる知識と技術を持っているか、血を流してなお触れることを止めない根性がなければ近寄らせもしない。艶やかすぎる大輪の華である麗蘭の棘は鋭利で、そっと茎を握っても手は血まみれになるだろう。 将来、自身がそうなることは果たしてどうなのだろう。胡家としては、自分も姉の様になれば恐いものなし、鬼に金棒だ。だが、一女性として、姉より女性的な魅力に欠けている自分が同じような性格、態度になれば、誰が嫁に貰ってくれるだろうか。 玲鈴は本気で悩みそうになったことに気づき、意外な己の脳天気さに呆れた。一瞬でも、目の前の刃物を忘れるなど、注意力散漫もいいところだ。しかも長姉に感化されていることを、喜ぶべきか、悲しむべきか、と言う事柄によってなど、緊張感とは程遠いではないか。「あんた、大物になれるわ」 後日、このことを次姉に話した玲鈴は、呆れた表情と声にそう評価された。 己の考えのあまりさにようやく一息つけたことで、澄んだ、とはいかないが体内に小さな風が軽く通りぬけ、少し気分が楽になれた気がした。 気を取り直し、玲鈴はそっと目を閉じた。 玲鈴には、憧れる人達がいた。 その人たちの姿を脳裏に浮かべると、あの毅然とした姿を思い出すと、それだけで目の前で腫気を吐き出しているような言葉が中和され、清廉な風が心の中が吹く。 凛とし、己の確固たる意志と揺ぎ無い強さを持ち合わせ、己が絶対の正義と過信しているのではなく、貫き通す覚悟を決め、まっすぐ面をあげ、視線を逸らすことをしない人達。 あの人達の立ち姿を、背中を見つめるたびに、憧れと劣等感を抱いてきた。 揺るがない強さなどない。弱さのない人間などいない。 だが、弱さを乗り越え、克服し、揺るぎそうになっても、例え崩れ落ちても、己の意思のみで立ち上がり、歩み続けている姿は、その強さは目を灼くようなほど眩く感じた。その光に照らされた己の闇と弱さに何度、目を逸らしたくなったか。 だが、己のうちにある原石を自身と言う研ぎ石で磨かき抜いた、宝石の様な輝きを持った光は、そんな誘惑を振り解くだけの力強さと、魅了し虜にするには充分すぎた。 あんな光に、少しでもいいから近づきたい、と言う強い願いが、今、挫けてしまいそうな足をかろうじて支えていた。「臆病な自分に、少しでいい…勇気を分けてください」 祈るように、玲鈴は心の中で呟いた。 神にではなく、憧れる、実在し、同じ世界で生きるあの人たちにだ。 彼らを心の奥底で、神のように思っているわけではない。あの人達だって人間だと、よく知っている。 だが、それでも出会ったこともなければ、直接的な恩恵を受けたわけでもない、弱く愚かな人間とはかけ離れた存在である神よりも、玲鈴は強くあろうと、過ちを繰り返さないようにしようとするあの人達の方が心から信じられる。愚かであったとしても、気づき、それ以上愚かにならないよう足掻き続け、改善していくあの人達の方が、弱い人間でも尊い存在に思えるのだ。 あの人達の勇気の欠片ならば、そんな眩い欠片ならば、それを抱いてならば。「………私は、負けないと、まだ言えるほど強くない…けれど、決して逃げだすことだけは、しないから」 玲鈴は心の中で、声にならない声で、誰にでもなく語りかけるように一言一言を紡ぎ、決意を固める。 瞳に鮮やかな灯火が宿るのを感じ、その分かち合って貰った熱さに負けぬよう、無駄にせぬよう、玲鈴は狼藉者に視線を固定した。「そうですわね、仮にあなた方が、私を殺害したとしたら」 殺害という、言葉に狼藉者達は、ぎょっと目を瞠った。どことなく甘く幼い顔立ちの玲鈴の口から出た壮絶な言の葉はあまりに似つかわしくない。甘く高い声が紡ぐには、あまりに苦すぎ、何より冗談には到底聞こえない。その言葉の重みは幼さを残す子供の台詞ではなく、その差に驚ろくしかない。 実は、玲鈴自体、殺害と言う言葉を口にするのにかなりの勇気が言った。当然だ。己の死の予言などした予言者はいない。誰も自分の死を語るには、達観した境地にいたるか、腹を据えねばならない。 戦士でもない、ただの女性が口にするにはどれだけの気概を奮い起こさなければならないだろう。 これは軽口ではない。言葉に真実み、重みの装飾を施すには、本当に己の死の光景を脳裏に浮かべながら言うしか玲鈴は方法を思いつかなかった。 脳裏に浮かぶ血まみれの己の姿と、その屍の成れの果てと、想像に易いその後を思い描きながら、明るいとは到底言い難い未来図を、狼藉者の顔面めがけ玲鈴は叩きつけた。「胡家の家の者を狼藉した愚か者達は、いつか秋官に捕らえられるでしょう。いかに厚顔無恥な異人であろうと、一応貴族ですから。貴族の者を殺いておいて、見過ごすわけにはいかないでしょう、例え誰であったとしても。私達とは天と地ほどの差がある尊い大貴族様達も、仮にも同じ主に頭を垂れ、使え、恩恵を承った者同士ですもの。建前上とはいえ、同じ貴族ですからね。罪をはっきりさせねば、威厳に関わります。そうなれば、それ相応の正当な罪状があなた方に突きつけられることでしょうね」 秋官とは、六官のひとつであり、訴訟、刑罰を司る。 一昔前、賄賂、つまり金しだいで刑罰はどうとでもなった時代があった。だが、陶(トウ)家が動き、その腐った風習は浄化された。正しい法を、誠実さ、そして何より公平さを取り戻した高潔な職業のあり方に戻っていた。もちろん、反対も多かったらしい。だが貴族を束ねる二家のうちの穏健派で人望がある陶家が率先したこと、そして何よりその頃、民衆の不満がくすぶっており、今にも爆発しそうだったのだ。火薬の壺に、煙をふかした煙管を投げつける愚かさをなす勇気がさすがに反対派の貴族もなく、反旗を下ろすしかなかった。 つまり、今目の前の無法者が玲鈴に害を与えた場合、それ相応の罪が与えられる。投獄は免れることはなく、最悪処刑すらあり得るのだ。 胡家がいくら異人の血の者であっても、地位は低いわけではない。むしろ何もせず、ご先祖様が残した地位と財産、土地の上に当然の如くあぐらをかき、享楽にふけっている連中に比べれば、客観的に見てもよほど国の役に立っていた。胡家が呼吸を停止すれば、国の機関の10分の1が止まる。何故なら萱家と手を組んだ時から今までで、流通の組織の半分を牛耳っていると言っても過言でないほどの実権力を培ったのだ。 物価を高騰させるのも、物資の量を減らすことも、やろうとすればどうとでもなる。仕事を全て止めてしまえばいい。そうすればたちまち流れは滞り、濁り、沈殿し、そして止まるからだ。 元々孤立していた胡家だ。自給自足の基盤はとうの昔にできており、困ることなど胡家には何もない。 だが、もちろん、国に反旗を翻そうというわけではない。王家や貴族に対する物資を滞らせるなどしやしないし、胡家が仕事を放棄したとしてもその筋の道だけは確保されるだろう。ただ、ちょっと都にすむ、裕福な分類にあたる民への生活を圧迫されるだけだ。 都の貴族どもを干上がらすことができなくとも、その都にすんでいる民を大なり小なり干上がらすには充分で、不満と不安の温床に仕立てあげるなど、容易い、と言うわけだ。 胡家はこうした力を持っていても、誇示したことも、それを傘にきたこともなかった。胡家の現家督曰く、「胡家の人々が、常識人で、善良で、ようございましたわね、本当に」であり、もちろんそれに艶やかな笑みを添えて、だ。以前宴の場で、胡麗蘭に皮肉り半分で胡家の実力を嘲るように褒めた男は、その言葉の尊大さと凄まじい威圧感に呆然としたことは言うまでもない。 が、その妹に当たる玲鈴は、そこまで尊大に物事を言うことには、かなりの抵抗があった。「えらそうなことを、言っているなぁ」 内心でこっそりと呟き、玲鈴は己の言葉の誇張さに呆れ、自嘲していた。 これは、自身の言葉ではない。あの人たちなら、どう言うか、と想像し、口にしているに過ぎない。 本来なら説得力も、力もない、紙より薄く軽い言葉だ。だが、虚勢とはったりに近いが、威圧的な言葉と態度を纏い、目に力を込めることで、どうにか幻を現実だと思い込ませるにすぎない。 だが、やはりこれも限りがある。 いつ、この張りつめた糸が切れてしまうか、玲鈴自身も分からない。 暗く重い、不安を多大に含んだ闇が触手を伸ばしてきて、足下に絡みついてくる。恐怖を呼び覚まさそうとしている。 負けたくない、と言う気概だけでどこまで保てるか、と考えると闇は容赦なく大きさを増してくる。時間の問題となってきたことが、目を逸らす玲鈴の顔面に突きつけられる。 それでも、玲鈴は震えそうになるのを押し隠し、声を張り上げた。「さあ、どうなさいますか」 引いてくれ。 そう切実に願いながら、玲鈴は狼藉者達を睨み付けた。
2006年02月06日
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