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韓国軍の悪行非業については,気分が悪くなるので触れません。今回はみんなが忘れている、「ベトナム戦争」について語りたいと思います。「ベトナム戦争」は、もともとは東南アジアにおける、欧米列強からの東南アジア諸国最後の独立戦争でした。ベトナムからフランス軍を駆逐し、独立を樹立したのは日本軍でしたが(1945年)、同年日本が降伏してしまったので、再び侵略を試みるフランスとベトナム新政府は戦いを続けていました(第1次インドシナ戦争)。ベトナムだけではなく、インドネシア、ラオス、インド、フィリピン、ビルマなどもそれぞれオランダ、イギリス、アメリカからの独立を目指して戦っていました(韓国は、戦うことなくアメリカから独立します)。これらの国を最初に独立に導き、日本が降伏した後も列強からの侵略と戦う支援をしたのは、現地に留まった残存日本兵でした(この史実から考察すると、”太平洋戦争”は”東南アジア解放戦争”であったということの証明にもなります)。そして各国は列強を駆逐し、独立を果たし、東南アジア諸国は新時代へと進むのですが、ベトナムだけは少し違う事情がありました。ホー・チミン率いる「ベトナム民主共和国」は、”共産主義”を標榜していたからです。東南アジアにおける、白人対有色人の戦いは終わりに向かっていましたが、共産主義対自由主義の戦争が新たに始まっていたのでした。自由主義の宗主国であるアメリカは、共産主義の拡大を憂慮しフランス軍支援を決定します(1950年)。さらに中国では毛沢東の共産党軍が蒋介石の国民党軍を破り、朝鮮半島では”朝鮮戦争”が勃発し、ソ連・中国対アメリカの冷戦構造が生まれ、その構造の中でフランス軍が撤退(1950年)した後も、ベトナムは代理戦争の場として戦禍を引きずることになってしまうのです(第2次インドシナ戦争)。 と、ざっくり説明するとこんな経過だったのですが、僕らが思い描く「ベトナム戦争」はここから始まります。1960年代に入り、アメリカは本格的にベトナムに介入、ベトナム対アメリカの本格的な戦争が始まります。ジョーン・バエズやボブデュラン、ピーター・ポールアンドマリーが反戦歌をギター一本で歌い、日本にも”フォークソングブーム”がやってきました。『花はどこに行った』『勝利を我らに』『時代は変わる』『悲惨な戦争』・・・アメリカの若者の盛り上がりを見て、日本の若者も”反戦”に熱くなるのでした。『死んだ男の残したものは』『フランシーヌの場合』『さとうきび畑』『愛する人に歌わせないで』『戦争を知らない子供たち』・・・僕たちは、絶対戦争をしちゃいけないんだという風の中で、青春を生きていました。(安倍晋三も僕とほぼ同年代の人なのですが、彼の頭の中が全く違うのは育ちの差なのでしょうか)さらに70年代後半になると、新しい時代は確実にやってきて、ベトナム戦争を批判する映画も数々生まれます。『ディアハンター(監督:マイケル・チミノ。1978年)』『地獄の黙示録(監督:フランシス・コッポラ。1979年)』『プラトーン(監督:オリバー・ストーン。1986年)』『フルメタルジャケット(監督:スタンリー・キューブリック。1987年)』などに、この戦争の不条理や欺瞞が詰まっています。これらの映画のスタンスは、僕には正しく見えて、戦争なんかしちゃいけないんだと再認識するものでした。(ただし、戦争終結後に作られたものは、正直に検証がされていますが、1968年の『グリーン・ベレー(監督・主演:ジョン・ウェイン)』は明らかにプロパガンダ映画でした。) 1964年から韓国軍も派兵されます。派兵したのは、朴槿惠のお父さんである朴正煕。この派兵により、韓国は5年間で17億ドルの軍事援助を得て、”漢江の奇跡”と呼ばれる高度成長を果たします(韓国は独立にしても経済発展にしても、自力でやったことがほとんどないんですね)。日本は当然「憲法9条」の縛りのため、派兵はしません。他国を攻める、軍隊は持ってないことになっていますから。”自衛隊”は、もっぱら災害救助と、せいぜい国内でゴジラと闘うだけでした。 さて、そんな自衛隊が「集団的自衛権(他国が武力攻撃されたとき、自国が攻撃されていなくても共同で防衛できる権利)」の容認の元、他国に派兵されることになりそうです。韓国がベトナムに参戦したのは、同盟国のアメリカが戦争をしていたからです(派兵はアメリカの要請ではなく、韓国自身が売り込んだのが真相ですが)。この派兵で、韓国は大儲けしました。韓国が派遣したのは軍人だけでなく、高い賃金を目当てにした(国内の数倍から十数倍)労働者も、1965年から5年間で5万人を越えました。「韓国人にとってベトナムは、戦場だけでなく市場だった」のです(『韓国の経済発展とベトナム戦争』静岡大・朴根好教授)。お金儲けのために、他国に戦争を仕掛け、市民を虐殺し、女性に暴行をしたわけです。日本人の自衛隊は高潔の士だからそんなことはしないとは思いますが、長期にわたって、大勢が押し掛ければ、中には変なのも必ず混じります。想定外の悲劇も、必ず起きます。お金儲けのために、人の命や人生を奪っておいて、どんな正当な理由を立てるのですか。今回の内閣の決定も、お金のためのことです。誰が儲けているのか企んだのかはわからないのですが(武器商人は間違いない)、とにかく神様の望んでいることではないのは確かです。自分や、自分の子や孫が、そんな愚劣な行為に巻き込まれたくはありません。日本は”憲法9条”を捨てるのではなく、世界に”憲法9条”を広げるべきだと切に願います。どこの国の誰だって、平和の方がいいって思っているはずだから。
2014年07月25日
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昨日、「DNA鑑定で血縁がないと分かった父子関係を取り消せるかどうか」が争われた訴訟の上告審判決が出ました。「民法」には「妻が結婚中に妊娠した子は夫の子とする”嫡出推定”の規定があるため」、最高裁判決は、「DNA鑑定で血縁がないとしても覆らない」というものでした。「子が夫と血縁がないことが明らかで、妻である母親や生物学上の父と一緒に暮らしている状況だとしても、子の身分の安定を保つ必要がある」「民法は、法律上と生物学上の父子関係が一致しないことも認めている」というのが判決理由ですが、僕は驚きに近い違和感を覚えました。訴訟となった具体的な事情を「東京新聞」から写すとこうでした。《結婚生活が十年たった2009年、元妻が突然、家出した。産婦人科医院にいると分かり、男性が病室に入ったのは、娘が生まれた直後だった。泣きながら、「あなたの子ではないと思う」と告げられた。愛していた元妻が産んだ最初の子ども。自ら命名し、育児も率先して手伝った。 だが夫婦のいさかいが増え、協議離婚。別れの前夜、一歳三カ月だった娘は初めて「パパ」と呼んでくれた。「諦めようと思ったが、どうしても納得できなかった」。数百枚の思い出の写真、おしゃぶりは大切に保管してある。 離婚後、札幌家裁に娘との面会を求める調停を申し立てた。今回の判決を受け、中断していた手続きが再開する。「娘に会って名前を呼んであげたい」 元妻は交際していた会社員の男性と再婚した。現在の夫は娘と養子縁組し、一緒に暮らしている。元妻の弁護士によると、娘はDNA鑑定で血のつながりが証明されたこの男性を「パパ」と呼び、二人で練習して自転車に乗れるようになったという。 弁護士は判決について「子は終生、血縁のない母の元夫である男性との父子関係を強制されることになり、心理的に多くの不安定要素を抱えることが予想される」とした。》”嫡出推定”の例外に、「妻が妊娠時に夫と完全に別居しているなど夫婦の実態がない場合」があるそうです。この場合は、夫以外の子供と思われるからということでしょうが、それとこれはどう違うのでしょうか。夫の子ではないとDNAが証明しているし、本当の父親も証明できます。現実に、この人たち(子どもを含めて4人)にこの判決がどういう利益不利益を生むか、はっきりとしたところはこれだけでは判りません。しかし、結果的に問題の決着をつける機会を逸してしまったような気がします。一審二審の判決は、父子関係を取り消す判決を出していました。通常この手の問題は、訴訟になる前に調停が行われ、DNA鑑定の父親と現在同居している父親が同じなら、子どもの将来を考え、法的関係を修正すると思います。もし、元夫の執着がなければ、それで終わっていた事件だったでしょう。しかし、最高裁は逆の判断をしました。100年前に作られた法と言えども順守する立場を取りました。元夫の粘り勝ちだったということですが、これからの彼にどんないいことが待っているのでしょうか。悔しかったんだと思いますが、これで救われるのかなあ。厳密にいうと、5人の判事は、3対2で意見が分かれたというので、全員の頭が固かったわけではないようです。メンバーが変わってやり直せば、反対の結論が出ることにもなります。もっとも裁判官というのは、法に照らし合わせて事例を判断をする役割の人なので、法の整備が遅れていたというのが実際の問題だったと思います。教条的な頭の裁判官には、大岡越前のようなまねはできないのでしょう。確かに代理出産や、不妊治療のことも考えれば、血縁だけが優先されるものではないでしょう。最近はDNA検査が簡単になったため、妻の不貞を疑った夫が検査をする事例が増えているんだそうです。芸能人でもありましたっけ。それで不貞を暴いても、疑いを晴らしても、心に傷が残るだけのような気がしますが。黒澤明監督『どですかでん』に、浮気性な妻が次々子供を作っても、自分を本当の父ちゃんだと思ってくれればそれでいいと、大勢の子どもを世話する三波伸介が登場します。生物学的父親ではなくとも(法的父親をもしのいだ)、神の姿がそこにありました。人を幸せにするのは、科学でも、法律でもなく、考え方なんですね。
2014年07月18日
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画像は東京ガスCM家族の絆「母からのエール」編。このシリーズはいつも感動を呼ぶ秀作が多く、以前に「お父さんのチャーハンが食べたい」編を紹介しました。http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201106170000/しかし、この「母からのエール」編は、感動とは裏腹に内容のリアルさから批判が殺到し、放送が中止になってしまいました。現実にこのシチュエーションに苦労している学生や、これからこの苦行を体験しなければならない家族には酷な映像です。我が家では3年前に長女が、今年は長男が就活苦行を体験し、先日内定を受けたことで、ようやく平和を取り戻せたのでした。日本の場合は、大卒の93.6%が就職できますので、親としてはそれほど心配もしていませんでしたが、本人たちは社会の逆風を真に受けて大変な思いをしたことでしょう。ちなみに韓国の大卒で就職できるのは半分以下(大学進学率は90%)、そのうち70%は”非正規雇用”だというので、それにくらべれば日本の学生は幸せです。 アルボムッレ・スマナサーラ師の仕事に関しての教えは『一生仕事で悩まないためのブッダの教え』を紹介しました。http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201404030000/http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201404030001/今回は『悩まない力』から『第2章「仕事」と「能力」失敗の原因は妄想です』を新社会人となる若者に伝えたいと思います。 仕事に必要なのは、個性ではなく”能力” 個性を生かせる仕事なんてありません。ひとりの個性に対して、誰が何のために、お金を払うのですか?「私の個性はこれだから、お金をください」では、理屈が成り立ちません。理屈が成り立たないことは、考えたらいけません。 仕事に必要なのは、個性ではなく「能力です」です。仕事とは、自分の能力を生かすもの。そして、その能力は「自分で育てていく」ものです。 能力は「ある」とも、「ない」とも思ってはいけません。「自分にはもともと備わっている」とか、逆に「能力なんてないから・・・」という思考は正しくない。どちらの場合もひどい目に遭う。そうではなく、「能力は育てるものだから、やればやるほど向上する」という事実に目覚めてください。 絶対にやりたくないと思うことでも、やってみるうちに、どんどん上達することがあります。逆に、若いときに感情だけで「あれはカッコいい。やってみたいな」と思って頑張ってみても、まったく上手くいかないことがあります。 自分がやりたいことと、じぶんでやれることは、決して同一ではないのです。 〔自分の適性は、自分では判らないものです。どのポジションを命じられても、そこでベストを尽くせば道は開けるものです(トップ下のDNAがあるとか言わないで)。〕 楽しく生きる!仕事なんて大げさに考えない 仕事は、生きるため、家賃を払うためにやるものです。大げさなことではありません。ちゃんと服を買って、家賃を払って、一年ぐらい経つと外国旅行にも行けるぐらいの貯金がある。そういう程度で、人生を楽しめばいいのです。 だから、安定した仕事とやりがいのある夢、このどちらでもなく、「自分の生活に必要な収入が得られる仕事」を選ぶべきです。 安定した仕事というのは考えすぎです。そんな仕事はありません。絶対に保障された仕事なんて、自分で見つけることはできない。 やりがいのある夢というのは、芸術家のように自分のやりたい放題に何か作品を作りたいということでしょうか。自分が音楽家で、自分の好きな音楽を存分に作りたいなら、どうぞ自由に作ってください。 そして、「売れるか売れないかで、悩むなよ」と言いたいですね。 〔「夢をあきらめないで」なんて言いますけど、「夢」は努力の積み重ねで築かれるものです。自分自身を知るために、「身の丈に合った」生活を目指してほしいものです。〕 呼吸も、食事も、笑顔も、すべてが仕事 何のためにではなく、生まれた瞬間から、私たちは仕事をしています。ですから、これは、「仕事」の定義に問題があります。 仕事とは、「生き続けるために、やるべきこと」で、呼吸することも仕事のひとつです。赤ちゃんにも仕事があります。仕事をしなかったら、人間は死んでしまいます。 社会は、人生のある一定時期の、具体的なことを仕事だと誤解しています。会社でやることだけが仕事であると。だから、疑問が生じたり、やりづらくなったりします。呼吸することと同じだと思えば、何ということもないのです。会社を定年で退社しても、仕事はある。仕事とは人生そのものだと思うと、退職後も楽しく生きていられます。〔あなたをこの世に招いた神様は、あなたに金持ちになれとか社会的名声を得よなどというミッションを与えてはいません。あなたが幸せな人生を送ることだけが、あなたの使命なのです。〕 どんな仕事も”単純”と認め、楽しみを探そう「つまらない」という言葉は、使ってはいけないのです。そこはもう、理解するしかないのです。では逆説的に、「私におもしろい仕事をください」と頼んでみる。おかしいと笑われるに違いありません。また、怒られるかもしれません。 つまらないとは、「楽しみが生まれない」ことでしょう。それなら、何とか工夫して、「自分なりの楽しみ」を見つけ出せばよいのです。 実は仕事とは「いつでもシンプル」なのです。「妄想」をするから、そのことを忘れてしまうのですね。 〔『ドラゴンクエスト』のような”ロールプレイングゲーム”は結構複雑なからくりが仕組まれているのですが、やっていることは単純なことの繰り返しです。人生の困難にぶつかったら、これはレベルを上げるための試練なんだと思って、繰り返しを楽しめば抜けられます。〕 「失敗の可能性がある」という前提から始める 同じ失敗を繰り返すのは、まるっきり反省していないからです。「いつもは失敗しないのに、たまたま運が悪かった」、「今回は失敗したけれど、本来は大丈夫」と調子に乗っているのでしょう。 私の場合、最初に「失敗するに決まっている」という前提で考えます。「何をやっても失敗する可能性がある」という態度で始めるのです。 失敗しないのは、失敗しないようにアレコレ考えながら仕事をした結果です。漠然と仕事をこなしていたら、失敗して当然です。たまたま失敗したのではなく、「失敗しないための努力を怠ったから、失敗した」という当たり前のことに気づいてください。〔 「失敗」は次の「成功」につなげられれば失敗でなくなります。次の試合に引きずらないということが大切でしょう。〕 結果を出さなければ、仕事とはいえない 努力しているのに「結果」がでないのなら、やはり私も認めないですね。 考え方が問題です。「努力して結果を出しているのに、認めてくれない」なら正当な抗議です。その場合は認めない相手が非難を受けますので、仕事をした自分に影響はないのです。 しかし、「一生懸命やったのに認めてくれない」と悩む場合は、認められる程度まで、「結果」が出てないということでしょう。 徹夜して何時間もかけて仕事をしても、「結果」が出なければ、仕事になっていないのです。逆に、1時間でさっさと仕上げて、それで「結果」が出るのなら、良い仕事をしたことになります。仕事とは結果で判断するものです。〔仕事の成功は、社会とのつながりで生まれるものなので、必ずしも”絶対”とは言えません。目指すべきは、誰かに認められようとするよりも、自分を幸福のステージに乗せる、心の安定ではないでしょうか。〕 人生の喜びは「成功体験」にあります。物事がうまくいくと、脳が幸せホルモンに満たされるので”快感”が生まれるからです。大きな成功を目指すと、果てしない時間がかかるので、なかなか快感に結びつきません。幸せな日々を望むなら、日常生活の中に”小さな成功(決め事)”を用意しておくと、そのつど喜びが生まれ、毎日幸せでいられますよ。
2014年07月12日
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中部大学・武田邦彦教授のメルマガに、ブラジル・ワールドカップについて書かれていました。武田先生はこのブログでも何度も紹介しているように、数学的に冷静に物事を分析できる先生です。http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201403090000/http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201403020000/先生のメルマガは”引用はご自由に”となっていますので、まるっとコピペさせていただきます。 私の性癖なのか、それとも私がおかしいのか? 時に日本社会の誰もが言っていることが私にはどうしても奇妙に感じることがある。STAPもそうだったが、今度のサッカー・ワールドカップも私には違和感がある。 コロンビア8位、ギリシャ12位、コートジボアール24位、そして日本47位。これがFIFAの世界ランキングである。だから、日本は「順当に言ったら」全敗のはずで、それから言えば、コートジボアールの1失点がやや悔やまれるが、ギリシャと引き分けたのはあっぱれであり、コロンビア戦も、「力尽きた」という感じはあったが、選手の闘志、戦略、前半の善戦など見るべきところはあった。 選手が「上を目指す」のは結構なことだし、それを戦いの前に「そんなに頑張らなくても良い」と言わなくてもいい。だけど、戦いが終わったら、ランキングとしても試合内容としても良かったのだから、「ご苦労さん。よく戦った!」と健闘をたたえたかったが、日本の指揮者やマスコミはザックジャパンを叩いた。違和感があった。 オリンピック100メートルで、ランキング47位の選手が、予選で頑張って32位以内に入ったと言うだけで、それは立派なものだ。そして選手一人一人が、自分にはまだ無理なものを大きな大会でつかみ取ろうとする意欲もかえる。だから、ブラジルに行っただけでたいしたものだ。 日本人は背の高さばかりではなく、体のガッチリさも外国の選手と比べものにならない。今度ワールドカップにでた国で、残念ながら体格はもっとも貧弱ではないか。その日本はこの8年ぐらいかけて、チームプレー、ワンタッチパス、走り込みなど、高さとパワーでのぞむ外国とは違った作戦をとってきた。それがまだ「未完」なだけである。 かつてオリンピックで銅メダルを取り、先回のワールドカップではベスト16までいった。スポーツにはそういうことがあるというだけで、おおむねランキング通りになる。でもランキングを大きく超えようとする選手を励まし、それがならなくても健闘をたたえるようなファンでいたい。 ところでコロンビア戦で精も根も尽き果てた長友のところに、外国のチームメイトが駆け寄って慰めた。長友は試合が終わって立ち上がれず、ピッチに座り込んでいることをコロンビアのチームメートが気がついて駆け寄ったのだ。戦いは終わり、勝敗は決まった。でも、スポーツに全力を挙げる人間の魂は崇高なものだ。 そして、長友を抱き、慰めている間に、コロンビアの他の選手も駆け寄って、みんなで長友を抱えようとしていた。まさに「友情」であり「武士道」である。日本選手はすべてがっくりきていたので、長友を慰めることはできなかったが、ゲームが終わって「ノーサイド」になったのだから、相手の健闘をたたえることこそ日本の誠なのだが、それをコロンビアの選手が実行していた。胸が熱くなった。 もともとサッカーはスポーツとしての特殊だ。私は平和主義なので、サッカーのようにスポーツがあまりに国別対抗になるのは嫌いだ。スポーツはそれ自体で価値があり、どちらかというと国境を下げてくれるから好きだ。でも、もしサッカーでも全力を挙げた後、ノーサイドになるなら、私はサッカーを見直したい。 でも、日本では監督の責任を問い、エースクラスはまるで罪人のように肩を落としていた。そうではない。君たちは立派だった。サッカーのような力と力の勝負の中で、よく内容の濃いゲームを見せてくれた。君たちの戦いはやがて日本の多くの子供たちがサッカーを楽しむインセンティブになるだろう! ご苦労さん!!実際には、帰国した日本代表の選手を成田空港で待っていたのは、約1000人のファンの歓声と「ありがとう」というありがたい言葉でした。ほとんど同じ成績だった韓国代表は、「韓国サッカーは死んだ」という横断幕をかかげられ、飴を投げつけられたそうです。そういえば日本も1998年フランス大会では、城彰二がペットボトルの水をひっかけられていましたから、歳月は国民も成長させるようです。サポーターがそんな甘ちゃんだから強くならないんだという意見ももっともですが、勝負は時の運ということもあります。たかがサッカーごときで心を枯らしてもつまらないのでは。幸いワールドカップは4年後もあります。次はロシアですから、猛暑でコンディションを崩すこともないから(今回の惨敗の原因の第一は、調整の失敗でした)、走れる選手を揃えればもう少し期待も持てますよ。きっと鹿島アントラーズからも柴崎岳が出るだろうし、昌子源、植田直道、伊東幸敏、土居聖真、赤崎秀平、豊川雄太、山村和也・・・優秀な若手がそろってますから。カイオも帰化しないかなあー。 追伸ーイタリアに帰国したザッケローニは、地元記者のインタビューに答え、「日本ではいろいろな経験をさせてもらった。私の方が金を払わなけらばならないほどだった」と語っています。facebookには、感謝のメールが続々と寄せられ、「まるでワールドカップに優勝したかのようだった」そうです。
2014年07月04日
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