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http://youtu.be/WyMBrKK1TOs我が家の○○息子も就職が決まり、親としては責任を果たし、ひと段落と思ってました。その息子が先日、台風11号が九州に接近する中、鹿児島へ向けて自転車旅行に立つと聞き、やっぱりこいつは○○だと思いました。それでも○○は○○なりに考えるだろうと思い、「心配している家族もいるから、連絡だけはするように」と伝え送り出しました。途中路銀の無心をされましたが、まあ無事に帰ってきたのでほっとしました。親である以上、この因果からは抜けられないということでしょう。以前その息子から、「パパは、何か欲しいものある?」と訊かれたことがありました。バイトの給料で誕生日かクリスマスのプレゼントを考えていたのかもしれませんが、こちらはそう訊かれて考え込んでしまいました。小生もともと物欲に乏しく、身の回りで必要なものは大概揃えてしまっているし、”欲しいもの”というくくりで宣言できるようなものは頭の中に準備してなかったのです。「親になってこのかた、欲しいものというのは、子供の幸せしかないんだよな」というのが、その時の答えでした。偽りなき気持ちです。そのためにこのブログでも、「幸せとは何だ」という問いに向き合ってきたのでした。いろいろな角度から検証して、ようやくおおよその焦点が絞れるようになりました。幸せは、いわゆる成功という、お金や、権力や、名誉ではありません。幸せは、「考え方」なのです。頭の中にある、「心」の問題なのです。「心」をコントロールするために、知識や経験が必要になるのですが、行き着くところは「考え方」です。この動画の、両親と息子は人生の辛い経験によって、幸せの考え方に到達しました。もう、どんな台風に襲われても、幸せを抱いたままやり直していけるでしょう。 作者の鉄拳は、もともと高校生で「ちばてつや賞」を受賞した実力を持つ、マンガ家志望でした。しかし、その道では売れず、プロレスラーに憧れたりしながら、芸人の道を歩み出しました。そして、2002年『こんな○○は××だ』シリーズ(扶桑社)でブレークし、世間に登場したのでした。その後しばらく見なくなっていましたが、体を壊したこともあり仕事が減り、2011年には芸人を辞める決意もしていたのです。それがやめる日の直前に急きょ入った仕事で”パラパラ漫画”を描くことになり、それが評価され仕事が増えます。するとそのペーソスにとんだ作風が感動を呼び、瞬く間に再ブレークを果たすのでした。浮き沈みの人生を体験したことで、鉄拳の作品はシニカルなギャグから、人生を語る深い真理に昇華していたのでした。冒頭の紹介動画にどちらを使おうか迷ったこちらもご覧ください。マイナビのCMでも流れるあの曲です。 今を受け入れることで、過去を変えられます。今の幸せを認めることで、過去に感謝できるのです。
2014年08月29日
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高額納税者12年連続トップテンの「銀座まるかん」創設者、斎藤一人さんの名言から。(前回ご登場していただいたのはこちら http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201010280000/ )一人さんの教えは、このブログの主張と重なるのですが、僕の方は何故かお金に縁遠いままです。同じことを言っても、成功者は説得力が違いますので、一人さんの言葉で聞いた方がご利益があるでしょう。あれこれ疑った目でものを見ないで、日本一の納税者の教えを、素直な気持ちで取り入れましょう。 しゃべっている通りの人生になる天国言葉、という言葉が本当にあるかどうかはわかりませんが、私は、「天国言葉」と「地獄言葉」というふうに分けているんですね。日本というのは、言霊(ことだま)の国です。きれいな言葉、自分が楽しくなるような言葉、相手が聞いてて楽しくなるような言葉を使っていると、ほんとうに、人生ってよくなってくるんです。自分も苦しくなるし、人も苦しくなるような言葉をしゃべっていると、しゃべっているとおりの人生になってきて死んでからも地獄に落ちちゃうよって、私はよく言うんですね。天国というところを考えたときに、愚痴をずっと言っている人とか、泣き言とか、人の悪口を言っている人が天国にいるということ自体考えられない。そういう人が身近にいたら、そこは、天国じゃない。だから、そういうことを言っている人が落ちていく場所というのは、地獄しかないんじゃないか。〔人は、言葉によって、動物から人へ進化しました。言葉で考え、言葉で悩み、言葉で喜び、言葉で自我を築いたのです。だから、言葉はその人自身なのです。自分の望む姿を求めるなら、言葉は選ばなくてはなりません。〕 どんなときでも感謝できるかが、神様の試練感謝するとすぐ、また感謝したくなるようなことが起きる。だから、また感謝する。感謝する人には感謝するようなことが起きる。嫌なことがあったとしても「ああ、こういうことをするといけないということがわかった」とか、だれかに傷つけられたときに、文句をいっているよりも、「あの一言でこんなに傷つくんだ。言葉ってすごいんだ。だから私は絶対やらない」。「あの人が私にすごいことを経験させてくれた。だから私はああいうことは絶対しない。ああ、ありがたい」と、感謝しちゃうと、そこから感謝することがずっと起きるようになる。ところが、起きたことに対して、不平、不満とか、悪口とか、文句ばっかり言っていると、また言わなきゃいけないことが、また次の日に遭うとかということが起きる。だから、嫌なこととさようならできる言葉が「ありがとう」とか、「感謝している」。ただ、ときどき試験みたいなのがあって、感謝してても嫌なことが起きる。どんなときにでも感謝できるかが、神様の試練。人間というのは、神様になるために修行している生き物です。〔「感謝」は、「許容」であり、「安定」であり、「成長」です。すべてを許し、受け入れなければ本当の感謝はできません。しかし、感謝をすることで、不満は静められ、心は修まります。そして、神様の試練を乗り越えて感謝をすることで、次のステージへと進めるのです。〕 「神様の目標」に身をまかせる出てきたものを一生懸命やる。出てきたものが天命なんです。天命に任せて人智をつくす。一生懸命に使命感を持ってやると、本当に楽しくなっちゃう。不思議なものなんですが、天も世間もその人を認めたとき、次の仕事が必ず出てくる。どんな仕事にも使命感があって、皿洗いの使命感は、皿をきれいに早く洗うこと。これできれいな食事をしてもらうこと。その使命感を一生懸命全うすると、次のドアが自然に開く。すると、次のプレゼントが来る。だから、目標とかいうのも私自身は立てたことがない。〔今の仕事に全力を尽くす。今会っている人にやさしくする。今この時間を無駄にしない。今の自分に与えられた幸せを甘受し、そして感謝をする。それが幸せのひろいかたなのです。〕 「仕事」に、「人」が呼ばれる天職というのは、人は、職を自分が探すとおもってるけど、仕事が人に呼ばれるんです。どんなつまらない仕事でも、奉仕のつもりで一生懸命やると、そこの職場も楽しくなるし、次はもっといいところに行こうと思えば、もっといいところにも行ける。そういうふうになっているから、天職というんじゃなくて、「仕事に呼ばれているから、今やってる仕事を奉仕のつもりでがんばってやる」というふうにすると、どこでも天職になっちゃう。だから、天職というのは、今やってる仕事なんです。〔どんな仕事をしたか、あるいはどんな業績を残したか、稼いだかなどは、自己満足でしかありません。大切なのは、仕事に対しどう向き合って行ったかです。いい加減な気持ちや、嫌々やっていたら、自分を裏切ることになります。結果や見返りに気を奪われず、自分の信じた生き方をしましょう。〕 人間的魅力をつける「人間的魅力って何ですか」って言ったとき、親切なことだよね。親切な人って、顔がやさしいもんね。笑顔だしね。不親切な人ってブスッとしてるよね。親切で鬼のような顔をしてる人とかいないもんね。鬼のような顔をしてる人は鬼だね。笑顔で、親切で、奉仕のつもりでね、働くんだという人は、好かれるよね。そういう人には、何回でも会いたいよね、人は。〔多くの仕事は、人に好かれた方がうまくいきます。お客さんにも、仲間にも、上司にも。その方向で努力をすれば、自分自身にも好かれるようになります。〕 相手に惑わされない相手の悪口を言ったり、何もしてないのに、悪口を言ったりする人もいるけど、そういうのって受け止めないで、すうっと受け流すと、「循環の法則」っていって、ぐーんと円を描いたようにその人に返るんだよね。だからその人が嫌な感じだからって、こっちまで嫌な感じになることはなくて、こっちはこっちで親切にしようっていう形で生きていればいいんだと思うよ。だから気に入らない人がいるとか、そういうことは考えない方がいい。それより、自分がどうするか考えたほうがいいね、自分の人生だからね。相手に惑わされないことだね。〔困ったことに、世の中にはマイナスのオーラをまき散らす輩がいます。それはよくないと教えてあげたり、救ってあげたいとも思いますが、たいがいそういう人はそんなことを望んでいません。せっかく親切で言ってあげても、大きなお世話だと思うし、逆恨みを買うことにもなりかねません。だから、自分が実害を被らない限りは放置するほうがいいでしょう。その人にも神様はついているでしょうから、お任せするわけです。〕 人から喜ばれる存在になる人から喜ばれれば、人間というのは幸せになる。仕事がおもしろくないということは、その場で喜ばれてない。喜ばれるほど、一回働いてみたらいい、奉仕のつもりで。一生懸命、やってみればいい。どんな仕事でも、神様が出してくれた仕事だと思って、一生懸命やってみればいいんだよね。働くとは、「はたがらくする」ことだから、自分が働かないと、人に苦労させる。あなたを食わせるために、だれかが苦労するんだよね。なおかつ、働きに行ったところで、人に親切にしたり、お給料を変な話20万円もらったら、25万円分働こうとか、30万円分働いて、社長を喜ばせようとか、そういう、「人に喜ばれるんだ」っていう気持ちで働くことだよね。〔人の損得勘定で計ると、物事は矮小化します。神様の目で判断すれば、人にやさしくすることは喜ばしいことです。自分の欲を満たす喜びなどたかが知れています。自分が与えた人の喜びを、自分の喜びに変えていければ、喜びは無限に広がるのです。〕
2014年08月22日
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1985年(昭和60年)8月12日、18時56分に日本航空123便が群馬県御巣鷹山に墜落しました。あの事故から、29年が経ちました。あの日のことはよく覚えています。初めて「東京ディズニーランド」に行っていたのです。しかも、あの時刻、日本航空のアトラクション「スタージェット」に乗っていたかもしれません。事故の報を聞き、ずいぶん落ち込みました。僕が遊び呆けていたあの時に、大勢の方が悲劇に見舞われていたのです。バブル景気がうごめきだす、日本経済も、日本航空も、僕の人生も有頂天の浮ついた時期でした。本当は、あの時、脚を止めて、じっくりいろいろなことを検証する必要があったのです。だけど、世の中の大きなうねりに身を任せ、深い考えも智慧もないまま、何か実体のない夢を追い求めて焦っていた、そんな時代でした。 『心の瞳』は、合唱の曲として知っていました。(合唱バージョンはこちら http://youtu.be/em_zyIQRe40 )子どもの合唱祭を通じて、僕は合唱好きです。子どもたちに知っていて欲しい、同時に自らを省みる心の歌が多く、澄んだ気持ちになるからです。これが、坂本九の歌であったと知ったのはずいぶん後になってからでした。坂本九の最後のリリース曲で、この年に発売される予定でしたが、ファンの前で歌われることはありませんでした。 心の瞳作詞:荒木とよひさ作曲:三木たかし心の瞳で 君を見つめれば愛すること それがどんなことだかわかりかけてきた言葉で言えない 胸の暖かさ遠まわりをしてた 人生だけど君だけが いまでは愛のすべて 時の歩みいつも そばで わかち合えるたとえ あしたが少しずつ 見えてきてもそれは 生きてきた足あとが あるからさいつか 若さを失くしても 心だけは決して 変らない絆で 結ばれてる夢のまた夢を 人は見てるけど愛することだけはいつの時代も永遠のものだから長い年月を 歩き疲れたら微笑なげかけて 手をさしのべていたわり合えたら愛の深さ 時の重さ何も言わず わかり合えるたとえ 過去を懐しみ ふり向いてもそれは 歩いてた人生が あるだけさいつか 若さを失くしても 心だけは決して 変らない絆で 結ばれてる愛すること それがどんなことだかわかりかけてきた愛のすべて 時の歩みいつも そばで わかち合える心の瞳で 君を見つめれば…… この時、坂本九は43歳。柏木由紀子という、美人女優と結婚、二人の子供を授かり、理想の家族を築いていました。まさにその家族に向けての愛の歌です。人生を振り返り、正直にこの歌が歌えるとしたら、どんなに幸せでしょう。 『上を向いて歩こう』『見上げてごらん夜の星を』『明日があるさ』等々、ヒット曲を次々とばし、坂本九は1960年代の大スターでした。全世界1500万枚の売り上げを持つ大歌手となり、柏木由紀子も手に入れ、これ以上ない成功を収めたわけですが、だからこの歌につながったというわけではないと思います。もし、人の巡り合いに恵まれず、不遇のバンドマンで終わる人生だったとしても、彼の明るさはきっと違う”幸せ”を導いたのではないか。柏木由紀子には遭えなくても、彼にふさわしい女性が現れて、違う形の幸せな家族が生まれ、人生を振り返ることができたと想像します。九ちゃんには、そんな魅力がありました。どんな境遇にも、めげずひるまず、手の中の幸せを大切にする。感謝の心を忘れない。この歌は、そういう人に歌って欲しいのです。
2014年08月12日
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2か月前に「STAP細胞」騒動に、僕の意見を書きました。http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201406060000/状況はその後も沈静化することなく、ついにあってはならない事態が起きてしまいました。8月5日に”STAP細胞”共同研究者の笹井芳樹博士が、追い詰められて自死に至るという悲劇が起こりました。何に追い詰められたかというと、所属会社である理化学研究所とマスコミでしょう。小保方晴子博士と若山照彦博士も精神に異常をきたし、心療内科の治療を受けていたのは知られていましたが、笠井博士も3月に心療内科に入院していたことが公表されました。さようなほど今回の騒動は、STAP細胞共同研究者それぞれに強いストレスをあたえた事件でした。人は”うつ症状”になると、”死”の誘惑に囚われます。すべてが悪い方悪い方へと流されていく思いがして、絶望に向かって行くのです。特に、頼りにしていた仲間と思っていた人に裏切られると、激しいダメージを受けます。笹井博士が死に場所に選んだのが、理化学研究所という自らの職場だったことが、容易にそれを想像させます。そして、7月27日にNHKでSTAP細胞騒動の特集が放送されたことは、偶然ではないと思います。それは、『STAP細胞・不正の深層』という、あたかも悪事を裁くごとき内容のものでした。これを笹井博士が見たかどうかは解りませんが、この番組の取材で、小保方博士がNHKの人間に追い回され(5時間)、トイレに監禁状態となり、挙句に怪我(全治2週間)をさせられたという暴力事件がありました。笹井博士と小保方博士はいっさい連絡を取ってないようですが、少なくともこの事件のことは耳に入っていたと思います。日本の公共放送が、あたかも犯罪者を追うように、居丈だけにカメラを突きつける姿は、真実を追求する姿ではなく、ほぼ”魔女狩り”と映ったでしょう。この不始末から放送はやめるのかと思ってましたが、NHKは何の信念があるのか平然と全国に電波を流しました。ただ、サブタイトルは『エリート科学者・問われる責任』とあり、笹井博士にターゲットを変更した内容でした。番組では笹井博士を、3度も拒否された論文の評価を一変させた、”論文執筆の天才”と紹介しています。「手練れの論文作成能力、技術はすごい」と。また、インタビューされた医療産業都市推進本部長は、「街を作り上げたのは笹井氏の貢献が大きい」としながらも、「(研究者としてではなく)、企業のニーズを上手に聞く、マネージャーとしての仕事、コーディネーターの仕事」「そういうマルチタレントがあるのは事実です」と評しています。たぶん長いインタビューの一部分を切り取ったコメントなのでしょうが、悪口に聞こえる部分しか使われず、きっとこの人も後味の悪い思いをしていることでしょう。サッカーW杯で、ウルグアイのスアレス選手が相手選手にかみつき、4カ月の活動停止という厳罰を科せられたとき、マラドーナが「スアレスは誰かを殺したのか?」とFIFAを非難しました。同じように言いたい。「笹井博士は誰かを殺したのですか?」笹井氏の能力や実績を認めながらも、このSTAP細胞騒動に関してはリンチを加える。もしかしたら利害関係があった人もいたかもしれないが(特許で儲けようとしていた人)、マスコミはどんな被害を被ったというのだ。笹井博士や小保方博士からどんな損害を受けたというのだ。いったいこの騒動に社会的制裁を加える必要があるのか。あるとしても本当にこの人たちが悪いのか。 笹井博士が小保方博士にあてた遺書が、本人に渡らず警察が持っているそうです。それなのに、内容が公表されているというのはどういうことなのだろう。小保方博士が持ち込んだSTAP細胞は、若山研究所のマウスのものではなかったという報道は大々的に行い、後日その解析が間違っていて、若山研究所のマウスのものだったと証明されたことは報道しないしない(山梨大のホームページで訂正していた)。その他プライバシー暴露合戦や、発表されてない論文の不正を糾弾したり(内部に情報提供者がいるということです)、学生時代の論文を問題にしたり、何でマスコミが集団いじめをしているのかわかりません。NHKの番組も、笹井博士と小保方博士の、男女間をにおわせる演出がありました。もはや公共放送の報道ではありません。NHKの番組で、僕も好きなものはありますので、すべてを否定するつもりはありませんが、この件は尋常ではない。糾弾する相手は、もっと他にあるでしょうに。
2014年08月08日
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週刊朝日2014年8月1日号で、室生佑月さんがこんな疑問を提起しました。 先々週、 「『美味しんぼ』問題を受け、政府は、修学旅行先として福島のモデルコースを設定し、全国の学校に提案することなどの(風評被害払拭にむけた)強化策をまとめた」 というニュースを観て、なんでわざわざ危ない事故を起こした原発のある福島へ、全国の子どもたちを連れていかなきゃならないの、ということを書いた。政府の意見が正しいことの証明に、子どもを使うのは野蛮すぎると。 そしたら、「福島を差別するな!」と、ものすごい数の抗議を受けた。 あたしの意見は福島差別になるのだろうか。その先々週の記事はこちら。 逆じゃないの? 福島の子どもたちを、被曝の影響があるかどうかまだわからない場所から、一時でも避難させたほうがいいのでは……そういう考えになぜならない? 事故当時よりはずいぶんマシになったとはいえ、まだ汚染水は漏れているし、まだ放射性物質も漏れている。そして、一歩間違えばさらなる大事故につながるといわれている燃料取り出し作業をしている最中だ。 政府は福島へいって(住んで)「大丈夫」という人間が増えれば、それが真実だっていいたいのか。 だとすれば、健康被害を受けたといっている少人数の人間は、嘘をついていることになるのか。大丈夫じゃなかった人には、大丈夫じゃなかったということが真実だろう。 政府の意見が正しいことの証明に、子どもを使うのはやめてくれないかな。大丈夫であることの証明に、子どもを使うって野蛮すぎる。 僕にはとてもまともな意見に読めますので、抗議をした人は違う視点を持っているのでしょう。福島は、一日も早く”放射線被ばく被害”から脱してほしいと切に願いますが、希望と現実は違います。放射線物質はいまだに安全というまでは除去されず、その放射線による健康被害の度合いも解らないのです。一人の感染者もなく関連性も証明されていないにもかかわらず、”狂牛病”対策で牛肉輸入を全面停止した同じ政府の方針とは思えません。結局、日本の正義は”損得”で作られるということでしょうか。 それから、室井さんはこんなことも書いていました。 この原稿を書いているのは5月18日。昨日、安倍総理が福島に視察にいって、「政府としては、根拠のない風評を払拭していくためにも、しっかりと正確な情報を分かりやすく提供していく」と発言した。 小学館の「週刊ビッグコミックスピリッツ」の漫画「美味しんぼ」騒動を踏まえての発言だ。 国民に対し、しっかりと正確な情報を分かりやすく提供していくというのは大歓迎。今までもそうしていてくれた事実があるのなら。 原発事故後、ベントをした意味を福島県民に丁寧に説明しましたか? SPEEDIの情報をアメリカにだけ教え、国民には伝えなかったりしてませんでした? そんな中で、メディアの自主規制が起きた。事故が起きた直後、原稿に「放射能」「被曝」という言葉が使えなかった。あたしはそうだった。 けれど、「あたしはそうだった」「自分は鼻血が出た」といったところで、「で、根拠は? 風評をふりまきやがって」 そういわれるのがオチだ。 ある番組で「美味しんぼ」騒動へのコメントを求められた。番組内で「美味しんぼ」は風評被害を増長させるというニュースが取り上げられたのだ。 あたしはいった。「でも、甲状腺の異常や甲状腺がんは増えている」 チェルノブイリ事故では4、5年後に子どもの甲状腺がん増加が確認された。福島は事故が起きて3年、8割の子どもを検査したら、がん50人、がんの疑い39人。もちろんこの結果について、「平常時じゃ考えられない」という学者もいるし、「因果関係は認められない」という学者もいる。それでも新聞に書かれた人数は現実のことだろう。 あたしが驚いたのは、その番組が終わった後の話。ツイッターに、「室井の無知ぶりに失笑したが、『福島で甲状腺ガンが増えてる』などのデマ発言は看過出来ない」 などと書かれておった。 福島県の子どもの甲状腺異常の話は、事故後から新聞で何度も取り上げられている。なのに、なかったことにしたい人が出てきてる。 ここまでいくと、これから先、原発事故自体がなかったといい出すやつも出てくるかも。福島第一原発の話をしただけで、「風評被害!」といわれたりね。 これも全く同意見です。僕もあの時書きました。http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201405310000/被害を小さくしたいと思うサイドがあることは解りますが、だからと言って都合の悪いことは見なかったことにしよう、なかったことにしようというのは科学的でないし、未来につながらないのです。 思えば、福島原発事故のあった2011年の11月に、なんと「第27回東日本女子駅伝」が福島で開催されました。僕は山本太郎のツイッターで知り、反対の意見を書きましたが、同じように武田邦彦先生も反対のコラムを書いていました。 緊急 たとえ明日でも!!福島女子駅伝すみません。ぼんやりしていました。明日福島女子駅伝があり、そこで主催者が「何が起きても責任をとらない」というのに中学生の女の子も含めてサインをさせているという情報を得ました。本来、管理区域になる場所を、卵子をおなかに抱えた女子が走るというのは、どうしてもやってはいけないことです。今、前日の18時。すみません。ぼんやりしていましたが、もし主催者に中止を求められる方がいたら、今でもお願いします。駅伝の本質は健やかな成長です。なんで放射線の強いところで走らせるのでしょうか?人の痛みがわからなければ駅伝などやるべきでもありません。力を合わせましょう!! 願いもむなしく、駅伝は開催され、その後も続いています。”ガン”の原因のすべてが解明されているわけではありませんが、”放射線”によるDNA損傷が一つの原因になるということははっきりしています。”ガン細胞”は毎日生まれていますが、免疫力によって除去されています。ただし、免疫の能力を超えてガン細胞が発生した時は、”ガン”という病が発症する危険度が増します。チェルノブイリで子供の甲状腺がん・白血病が10~50倍も増えたことは確かです。他に、乳がんや子宮がんなど女性の機能に影響するガンも増えます。だから、最低子供と妊娠が可能な女性は被爆地を避けるべきです。”ガン”は一つの細胞がガン化してから”ガン”として発症するまでに3~10年かかります。だから、10年たってガン患者が増えなければ、そこでやっと安全と宣言できるのです。福島の人はひどい被害を受けて何も報われないというのが実情ですが、だからといって何もなかったことにするというのは無理なのです。風評被害を除くためと称し、子供を実験台に使うことを決めたサイドの人は、数年後にとてつもない障害を生んだ場合、責任をどう取ろうというのでしょうか(それに備えて中学生に念書を書かせているのですが)。 ”検察審査会”が、福島原発事故を巡り、検察が東電元幹部らを不起訴にしたのは不当だと議決しました。「安全に対するリスクが示されても、単なる数値と見るだけで、実際には発生しないだろう、原発は大丈夫だろうというような曖昧模糊とした雰囲気が存在していたのではないか」「安全神話の中にいたからということで、責任を逃れることはできない」大津波の可能性のあっることも、電源を喪失する危険があることも幹部は知っていました(会議で報告されていた記録がありました)。そうなった場合に、メルトダウンを起こし、大災害になることも。韓国はセオール号事件で、船会社と会長に対し厳しく追及をしていましたが、日本はこんな大事故に対して、何故か責任を問いませんでした。原発事故は自然災害ではないのです。責任をきっちり追及することが、今後同じ過ちを繰り返さないための第一歩と考えます。
2014年08月02日
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