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続 足利フラワーパーク(写真だけはアップしておいたが2-5は恒例春の連休伊豆家族大集合に出かけていたので今回のブログだけが残っていた) 今は藤の花の見ごろでここを訪れたのであるがここのガーデンデザインは素晴らしく一年中楽しめる素晴らしい所である。今はベストシーズンで入場料も最高の千五百円冬の時期は二百円まで下がるたまたまガーデンデザイナーの園長に出会ったのでお話をうかがうことが出来た。しゃれた藁帽子、赤いネッカチーフを首に黒いエプロン姿の美しい壮年婦人である。写真も取らせて頂いたがここでは公開を控えることにする 日本庭園の良さを取り入れた池の風景も見事で、ジヴェルニーの睡蓮の池を彷彿させる下の景色を前にカップコーヒーで一時を過す他の池にはフラワーアイランドがあり水面に映る景色に浮かんでいる ビオラ島ルピナス島?島歩道脇には各種のツツジが咲き競って藤花と交響楽を奏でている珍しい黄花のアゼリアを見つけた。日本の低山に咲く蓮華ツツジの血を引くとのボード記に納得する園内から向かいの丘を見やると伊万里焼のコレクションで有名な栗田美術館が指呼の間に見えるかなり以前に訪れて感動したことを思い出した
2009.04.30
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足利フラワーパーク館林ツツジ園からタクシーに乗り、田山花袋記念館、正田家本家向井さんちの近く等と教えられながら東武館林駅へ、そこから電車シャトルバルを乗り継いで足利フラワーパークへ向かったこの時期ここの呼び物は藤の花である我が相方は何度か訪れたことがあり、私をぜひこの時期に連れて行きたいと云っており、今日の強行軍となったわけである なるほど藤棚はどれも見事な造形である。まだ初期段階で花房は数十センチしかないが最終的には1.5メートルにもなるそうだしかしそうなると上部は花が無いことになり棚下の見通し見悪くなるので今が見ごろにも思える。花も若いのがみずみずしくて良いそれにしても一本の木から私の住むアパートよりも大きいのではと思われる巨大な棚を形成していた下の若い木もいずれは上の木のように一本で巨大な棚を作るのだろう今は丁度つつじの季節でもある。棚下から透けて見える景色も華やか藤色のベール地のワンピースを身に着けたお姉さんがオカリナを吹いてコンサートを行っていた紫より少し出足は遅いようであるが白色の藤も頑張っている。八重の藤棚にはブドウの房のようなクラスター上の花房が垂れ下がっている下のはGoldenChainヨーロッパやニュウジーランドの観光パンフレットで見た記憶が有る。残念ながらくねくねとしたこのガーデンのトンネルはまだ咲き初めで、下のものは脇に掲げられていた写真である池に藤棚の橋の造形もなかなかのものである。完成にはあと1,2年かこれほど纏まって各種の藤を見事にディスプレイしたのを見るのは始めてである。この園の藤以外の花については続編で書くこととする
2009.04.30
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館林ツツジ公園シャトルバスに飛び乗って館林ツツジ園に来たころあいも好とてツツジ園に入る前に昼食を取った食事はかなりひどいものであったが渡良瀬川河畔のレストランの庭には多くの鯉のぼりが泳いでおり景色はまあまあであった普段は入場無料のこの公園ツツジの頃は有料とあって公園に通じる路には各所に臨時関所があって入場料を払うまずツツジのトンネルが有る入り口から入場したここ館林は宇宙飛行士向井千秋さんの出身地とあって彼女はここのつつじの種を持って行ったらしい。そしてその種から生えたのが「宇宙ツツジ」として一つのコーナーを彩っている。無重力の影響か(?)早咲きでもうほとんど終わっていた 宇宙ツツジ渡良瀬川に面し少し小高くなっているここは館林城址である5台将軍綱吉はここの城主であったとか。とは言っても下の写真の位置が最高位なので平城であるそれにしても城壁も濠も無く理解に苦しむツツジと言うとせいぜい身の丈くらいと思っていたがここのそれは大きい。ツツジ園と言うよりはツツジ林であるこんな大木のツツジは見たことが無いトンネルアーチの木は小さい方である。さすがに幹は細く桜のように太くはならない。
2009.04.30
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茂林寺の文福茶釜 核家族化が進み老夫婦は子供とは別に大体二人で暮らすこの場合「老いては妻に従え」が平和維持の鉄則である長年我儘を押し付けてきた夫はこれで帳尻を合わせる連休の隙間のこの日も妻の主導で余り馴染みのない所へ帰って地図を見ると今日は東京ー埼玉ー群馬ー栃木と大旅行をしたことになる。熊谷は埼玉県、館林は群馬県足利は栃木県である。ここでは埼玉・群馬の境が利根川群馬・栃木の境が渡良瀬川であり、栃木と埼玉の間に群馬が舌のように割り込んでいる。電車は全く意識せずに橋を渡り県境を越えるが、昔はそれぞれ国境だったわけだ 前置きが長くなったが池袋ー久喜は湘南新宿ライ快速で一気にそこから東武伊勢崎線の茂林寺駅で降りた。10分ほど歩きこんなマンホールのある門前町へ そう言えば先ほどから下の様な立て札が次々と続き、文福茶釜の物語が続いていた 最後の立て札題辞林曰く「狸が助けてくれた人に恩返しをするため茶釜に化けて売られてゆきその人を裕福にする。 館林の茂林寺にまつわる話が有名」とある。茶釜が火にかけられ熱くなって化けの皮がはがれると言う笑い話。有名な話がここの寺とは全く知らなかった山門を入ると両側にひょうきんな格好をした人の背丈ほどの狸像が並んでいる いずれも近くの益子焼きの狸たち、茶釜はこんなものだったらしい 門前みやげ物屋も狸のオンパレード店のディスプレイが20年位前に近いのも懐かしい 境内は湿地帯に囲まれていて葦が芽吹いている。この葦原が有るので山門も立派な葦ぶき屋根であった この橋を渡ると無効は野鳥公園と芝桜が茂るフラワーパークであった橋の両側には勿論狸の焼き物が、ここでは狸が守り神であり、稼ぎ主でもあるのだろう 橋を渡りフラワーパークを訪れたもう盛りを過ぎた芝桜ではあったが春の陽光のなかそぞろ歩きは気持がいい 芝桜のほかにもこの時期の定番ルピナスやポピーも華やかではあった
2009.04.30
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昼下がりの丸の内つつじを見ての帰りあまり歩数を稼いでいないことに気づくそこで地下鉄有楽町線で有楽町へ出た。先日の新聞で丸の内の通りでフラワーディスプレイがあるので見たいというわけだ 丸の内といえば旧丸ビル、銀行や商社の本社ビルと文字通り日本のビジネスセンターの印象が強い。しかし近年再開発が続きすっかり様子が変ったようである。丁度歩く始めた頃ランチタイムプロムナードと銘打って車が禁止されビジネスパーソン(men & wemen)たちが昼食後の散歩を楽しんでいた私に馴染みの丸の内は機能的で何の面白みも無いビル群である久しぶりの丸の内通りはすっかり明るくなり、歩道も広くなんと一階はほとんど色々なブランドショップである。ちらりとのぞいた店の皮製サンダルは5万円近い札が付くどの店にも客は見当たらない東京フォーラムを過ぎたところで下の見慣れない、真新しい建物が見えた。とりあえず写真を撮って帰宅後色々調べてみると戦前の財閥三菱の一号館を復元したもので 今年秋に美術館としてオープンするものらしい。後ろに見える三菱パークビルを建てるために再開発してその一部に歴史資料として再現したものである。左側に回ってみると、多分ここが美術館の入り口になるのだろう立派な構造だ。内庭には緑を配しカフェなども出来るそうで完成したら一度出かけてみたいと思った さらに歩を進めると下の写真の建物がやはり高層ビルに抱かれるように建っている。これも日本財界の象徴的建物である日本工業倶楽部。ここも古い建物を保存して覆いかぶさるように高層ビルが建っているワンブロック左に折れ皇居に面して現天皇・皇后成婚記念の和田掘公園に面した所にやはりクラシックな建物は見えたので近づいて見るとこれは日本銀行協会ビル。これも高層ビルの一部でこの部分だけを低層に仕上げ旧いビルを再現してあとの部分を高層化したものである。これらの建物はいずれも明治の日本近代化を象徴するもので著名な外国人建築家の作品である。そう言えば近所の帝国ホテルも有名であるが今は明治村に移転されている東京空襲にも耐えたこれらのレンが建築を再開発する際このように新しいビルの一部に取り込んで再現するのが近年のトレンドらしい。新しいものは連歌ではなくレンが様タイルの外装ではないだろうか。角が取れて丸みを帯びたレンガが重なった雰囲気は再現できていないのは残念である史跡とはいってもローマの遺跡やヨーロッパ中世の建造物には比べようも無いが、再現されたものもあと50年もすれば格好が付くだろう 町角にはこんなリンタクも走っていて少しづつ良くなっている肝心のフラワーディスプレイは大したことなく木々にハンギングフラワーボールがあったり、昼間だけ歩行モールとなる町のところどころにビオラの大鉢が配されているぐらいであった呼び物は足利フラワーパークから持ち込んだという藤の大鉢ここだけは見ごたえがあったこれを見て相棒が足利に行ってみたいと言い出したさてどうなることやら
2009.04.26
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練馬つつじ園女性は年をとると大きくて華やかなものが好きになるのか我が相方もしきりと花を見にゆきたがるメタボ症候群の私を連れ出す言い訳にしていてくれているのかも知れない。有難いことと従うことにしている。そんな訳で向かったのは電車で10分もかからない練馬区立ツツジ園 練馬駅バスターミナルを出るとそこはもう満開のツツジなかなか鮮やかな色彩である。洋種アゼリアの影響か昔はメジャーではなかった久留米ツツジの系統でピンク系が目立つ近年開発されたものには名札が付けられていた。薄雲の後ろに朝日雲の上に赤く染まった雲でも連想しておこうこんな素晴らしい色の蝶は見たことが無い。しかしピンクの胡蝶蘭と同じ素晴らしいピンクである 若かえではさすがに生き生きとしている 老いの目覚め、十分に老いの私はこんなピンク色の目覚めをしたことが無い。前を行く老婦人の二人ずれ、「これ老いの自覚」だってと言っていた大分目が悪いようで十分に老いを自覚しているようである。大して大きくは無い園であるが外側の街路歩道にも多くのオオムラサキや白のつつじが咲き乱れ今東京の街は一番華やいでいる
2009.04.25
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続 動物名の付く草花 前回の続きである。前回は同じ動物の対を揚げたが今回はこだわらない コマクサ(駒草) ネコグサ(猫草)-オキナグサの別名 コマクサは言わずと知れた代表的日本の高山植物、植物園にも必ずある。花の形が馬顔の形に似ている。猫草はオキナ草の別名でもあるらしい。翁は動物ではないが(?)木の花のあとに残る白い繊維を翁に見たててのこと ネコクサ一方上の写真はオオムギの苗であるが猫や犬の野菜として用いるのでネコクサの名がある。猫はこれを野菜としてよりも自然薬として用いているらしい。そう言えば猫が青葉草を食べて胃のお掃除をしているのを見たことがあるような気がする 金魚草 松虫草かなり昔Rocky国立公園のホテル裏の広い空き地一面に咲いていたのを種を持ち帰って何年か花壇で育てたのを思い出すもちろん栽培種はよく売っている。マツムシ草も子供が小さい頃よくキャンプした野辺山高原でよく見られたのを思い出すブタクサ エノコログサ、猫じゃらしあまり可愛くない2種である。一時アレルゲンとして騒がれたアメリカ原産のブタクサ、この頃余り騒がれないがどうしたのだろうかアメリカ英語でhogweedと言い、その直訳と言うエノコログサは狗尾草とも書き子犬の尻尾からの連想これで子猫と遊んだ人は多いだろう別名ネコジャラシの方が有名 ホトトギス ネコヤナギホトトギスは小鳥のほととぎすの胸の斑点からの連想ネコヤナギも猫の尻尾に見立てたもの ハクサンチドリ花の形が千鳥の飛び姿に似ていることかららしい私は見たことが無い。酔っ払いの千鳥歩きは有名、先日裸の千鳥が六本木の公園にいたらしい(東京ローカルニュース) タコノアシ(蛸の足) ジャノヒゲ(蛇の髭)辞書には花序の姿を蛸の足にも見立てたとある蛇(へび)に髭は無いと思うがここで言う蛇(じゃ)は大蛇(おろち)だろう。私は少年時代細い竹管を用いて水(紙)鉄砲のようなものを自作し、宝石のようなこの実を弾にしてよく遊んだものだ撃たれると結構痛いものである ケイトウ(鶏頭)は一目瞭然、色といい形と言い大きさと言い完璧ホタル袋 狐の手袋(ジギタリス)ホタル袋は釣鐘草、地方によっては提灯花などとも言うらしいホタルを入れて提灯代わりにする発想、実際には多くの矛盾点が有り想像上のことらしいがロマン溢れる話ではないか強心配糖体を含み医学的に広く用いられるジギタリスであるが狐の手袋という連想が湧かない
2009.04.25
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動物名の付いた草花先のブログに書いた路傍の花の名を調べているとき動物の名が付いた花が結構あることに気付いたそこで手持ちの電子辞書で調べ、ウイキペディアの写真を拝借してこのブログをものしてみた サギソウ(鷺草) トキソウ(鴇草)ラン科の多年草で、サギが飛ぶ姿からの命名、初めて見たときは感動したものである。右はラン科の多年草。鴇の色からの命名 ハナトラ(花虎)の尾 オカトラノオ(岡虎の尾)シソ科の多年草 桜草科の多年草いずれも虎の迫力は無く、せいぜい猫か犬のそれにしか見えない カラスノエンドウ(烏野豌豆) スズメノエンドウ(雀野豌豆)いずれも越年草で先に髭があり、これが他の植物に巻きつく私は今まで--ノ--は”の”とばかり思っていたが”野”とは驚いた 経験から言って見分けにくくただ大きさの違いだけである オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢) タチイヌノフグリ(立犬の陰嚢) いずれもゴマノハグサ科の越年草で犬の陰脳に似ていると言うが何でこんな情けない命名なのか理解できない。なんで”大犬”なんだろう前者は地を這い、後者は花柄が立ち上がっている。さらに驚いたことにオオイヌより小型のイヌフグリという外来種もあるそうだ キツネノカミソリ(狐の剃刀) キツネノマゴ(狐の孫)前者はヒガンバナ科、後者はキツネノマゴ科の花 花弁の形が鋭いカミソリ(昔のですよ)に似ていて、花の色が狐色に似ているとの説があるらしい。しかしいずれも全く説得力を欠いているキツネノマゴにいたっては説も無く、何かの訛りかもしれない
2009.04.24
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続々 路傍の花下を向いて歩こう散歩の折、元農家の小さな畑が道路脇にあった年寄りが数十株ずつ色んな野菜を作っているが収穫しないで残った野菜には花が咲く。大抵の野菜は最後には花が咲く、あたりまえであるが、そうでなければ次の年種まきが出来ない かって冬の観葉花キャベツを残してその花を楽しんだことがある キャベツ 菜種 ブロッコリー サヤエンドウ 昨年完成した地下式環状8号線の地上部にやっと植栽が出来た 珍しくここでは山吹が桜の間に植えられている 八重山吹 一重山吹 紅花常盤マンサク、白花の 二種のキク科の花、コンクリートの 同類も有る。黄花のマンサク 川堤に長く垂れ下がって咲いていた は別種
2009.04.22
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続 路傍の花まだ顔を正面に向けると肩が痛み、相変わらずの下向き歩き散歩である。今日は石神井川からすこし離れたところの天祖神社に立ち寄ってみた。 そこの境内には宮司さんの家らしきものがあり、参道脇に植木鉢やプランターが置かれいろいろな草花が植えられていた。名称不明であるがスズランと花ニラを会わせたような花の色違いが二鉢並べられていた。我が家に有るのは洋種桜草であるがここのは和種の桜草の色違い二鉢も並んでいた。洋種のそれが切れ込みの深い葉なのに対して和種の葉は上のようにほとんど切れ込みがない。オダマキもこちらは洋種であろうか、個人的には昔カナディアンロッキーのLake Louiseで見たを思い出させてくれる花である。これから紫ランが美しい、全く同じで花の色が白いのをよく見かけるが”白ラン”なのだろうか。初夏の石垣に咲き乱れる松葉菊が陽だまりで咲き始めている右はこれも最近目にするようになった外来(多分)多肉植物の花ツル草でほとんど目に付かない小さなピンクの花を付ける。隣の家の庭は都会には珍しく蕗(ふき)で覆われていた。昔田舎の母が屋敷内で採集したものを茹で太巻き寿司の具にしていたのを思い出す。そう言えば昔屋敷内に生えた蕗三つ葉、セリ、茗荷などをよく摘まされたものである。蕗の横にはトクサ(木賊、砥草)が生えている。この草は硬いぎざぎざの表面で昔から木、角、骨などの細工ものを砥ぐのに用いられた草である。 おまけのタンポポの穂、これを吹き飛ばすのはいくつに楽しいものだ。五月の連休にはいつも孫と一緒に野に出てこれを飛ばしている。
2009.04.22
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路傍の花前報で書いたように頚椎からの痛みで肩が痛く歩くと疼く首を真っ直ぐにして歩けないので下を向いての老爺のろのろ歩きだそうすると普段見過ごしていた路傍や垣根の草花が目に入ったそこで都会の道路にどっこい生きて花を付けている草の写真を撮ったここ数年間に広まった帰化花の「ながみひなげし」高速道路に続く幹線道路の植栽帯に凄くはびこっている。けしを小型化したもので閉花後のけし坊主もけしによく似ている。中にはゴマの半分以下の黒い光沢のある種がぎっしり種子は自動車が運んでいるそうで近年爆発的に広がっている右の写真は並木のプラタナスの幹と「ながみひなげし」、ながみは長い身らしい、柄が長いからだろう先日宝塚歌劇学校の入学式が放映されていたが、あの宝ジェンヌのはかまの色がスミレ色原種の単色ものから雑草化したものでも多色種もよく見かける上右は立浪草、北斎の浮世絵に見るような豪快ではないがたしかに打ち続ける海の白波を連想させる花ではある上左の黄花の名は不明であるが本(草)体はぺんぺん草に似ていた右は言わずと知れたホウコ草(母子草)。これも種類が多く、私は始めてエーデルワイスを見たとき、なんだ白いホウコ草じゃないかと思ったことを思い出す左は白花カタバミ。カタバミは英語でoxalis あの強い酸味はシュウ酸(oxalic acid)でほうれん草にも多く含まれ、尿管結石症の私には禁物自分の作った結石(シュウ酸カルシウム)は保存しているが棘がいっぱいありこれが尿管を刺して痛いことこの上も無い右のドクダミ似た花は何だったか、数ミリの小さな小さな草花であった左は勿忘草(forget-me-not)に似ているが2,3ミリの小さな花でやはりペンペン草(なずな)の一種。右はいわずと知れた姫踊子草よく似た花に「仏の座」があるが今日は見かけなかったまた大抵同じ場所で見られる「おおいぬのふぐリ」もこの日は無かったあんなに可憐で美しい花に(大犬のふぐリ(睾丸)」は無いと思うのだが花の名前には時々想像だに出来ないものがあるカラスノエンドウはいつ見てもきれい、漢字で書くと「烏野エンドウ」らしいこれを小型化したスズメノエンドウと言うのもある。右はハルジオンかヒメジオンか区別が付かないが今は春なので前者にしておこう 昨日前方を正視できず下向きかげんに約一時間、近所の都内幹線道路を散歩したとき目にした雑草の花を記録した
2009.04.21
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4月のベランダに咲く花実はここしばらく肩痛で昼夜無く疼く、とくに腕が揺れると肩に響くそんな訳で散歩もままならず家で過すことが多い自然と猫の額に咲く花を見る機会が多くなったそこでこの時期に咲いていた花を録するためにこの小欄を利用する 「七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)一つだに無きぞ悲しき」 かって八重咲き山吹を植えていたが確かに実をつけなかったそこで植え替えたのが上の一重山吹、これも鉢植えでは少ないがそれでも確かに結実する。この横には園芸店から来たものが咲き誇って居るがそれには遠慮してもらうことにする桜草も自分で種から育てたものはサイズも色も貧弱である 野生種に使いカタバミはよくはびこり花も付ける。旬を過ぎたムスカリは最後の一房 ビオラは他にも黄色などいろいろ咲いているが代表して紫を今年一輪だけ顔を見せたのは苧環(コロンビン)、名前が思い出せないとき「静や静、静の苧環(おだまき)---」と静御前から連想する 菊の花に似たデモルフォセカは最近店から来たものであるが大きくなりすぎるのではと心配している右のベゴニアには無数の品種があり専門植物園なども多いが我が家のはいつ植えたものだろうか。冬の間枯葉を保温材と考えてそのままにしておき春先それを除いてやるとまた蘇生した。馬鹿でも育てられる アリッサムは越冬ものと新参者では色が違うようにも見えるが、品種の違いだろうか 上の2種、カリブラコア(?)と紅葉ゼラニウも何年か我が家で越冬している 昨年オーストラリア・パースで買った種から出てきたばかりのキバナエバーラスティングとこれも10年来毎年生えて来るノースポール 予期せず芽を出した 花ニラ似た八重咲きの白い花(名前?)とこれまた昨年切り倒した株から咲いた小手毬の白花 、蟻が湧くので困っている 菩提寺の住職さんから頂いたタンチョウソウ、これも葉っぱが汚く花もきれいでないので去年倒したつもりだった。そして公園に茂りすぎたつる性のランタナを一枝持ち帰り土に刺したものから咲いたピンク花 野の雑草に近い庭セキショウから咲いた1センチも無い小花、よく見ると中心部は形状と言い配色と言いなかなかノーブルであるそう言えば恩師に見せてもらっことがある文化勲章そっくりである最後はキバナカタバミ、近年園芸店でも売られておりどこでも見かけるもので我が家でも毎年生え過ぎて困っているくらいである12-2月にかけて花の無い時期に咲くので大切にはしているが4月でもかなりの株に花が咲く。ここ数年で見かけるようになった帰化植物であるが、昨年地中海を旅したときよく見かけたので原産はあの辺りだろうか
2009.04.21
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今年のチューリップ球根の 世界的産地である富山県砺波の知人から毎年新種かそれに近い球根を送ってくれる去年の球根からも花が咲いているが今年の球根からも新しいのが咲いたので 記録しておくことにする ユリのような花びらのチューリップ フリンジノ付いたポピー型の花一見、花水木に似た花びら きれいな星型の花弁これに似た草花があるが名前思い出せないこれも草花に似ている何年か前黒いチューリップが騒がれたが、確か濃紫色の下のもの、白っぽく見えるがハレーションで横から見ると濃い濃いエンジ色何だかそっけないブログ日記であるが、球根の袋を失くしニックネイムガ分からないので画像を記録しておくことにした
2009.04.16
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春うらら 日曜日遅い朝食を取り室外を見ると我相方の所領である屋上ベランダ花壇の景色が目に入った。気が付くとツツジがもう咲いている多年草・木の花々はまだ冬眠から覚めやらぬ様子だが並木の桜にも若葉の色が濃くなり我が家のバラや皐月ももうすぐ 終わりかけの桜草も最後の頑張りをみせている屋外に出てみるとこんな感じ、昔は8階の空中庭園などとしゃれていたが今はまだ花屋から来た草花ばかりそれでも昨年の球根から芽生えた新種のテューリップが咲いた そう言えば近くの元農家の畑にテューリップが咲いているとの記事を昨日の新聞地方版で見たので自転車で見に行こうと言うことになった 球根採取目的ではなくただ近所の人に見てもらうために住宅に囲まれた狭い農地一面にテューリップが咲き誇っていた 隣はこの地主の住む屋敷森で背の高い桃の木がピンクの花で太って見えた このあたりは東京区部のはずれ、武蔵野の影はもうほとんど無いがこの二十年で半分以下に減ってしまった屋敷森がまだ少し残っている我が家の周りにも広大な屋敷森が数多くあったが、代が変る度に相続税で維持できずマンションに変るのは残念である。
2009.04.12
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妙正寺の枝垂れ桜と桜メモ 4月11日、今年最後の花見に近くの妙正寺という寺に行ってみた前回訪れたとき認めた2本のしだれ桜が気になっていたためである この日は一気に27℃、もう終わっているだろうと思ったが何とか待っていてくれたようだ。境内のソメイヨシノは根下を貼り絵にしていた 帰ろうと山門を出るとき木肌が見事で2,3輪の白い花を付けた木が目に付いた。樹名は分からない 4月10日の朝日新聞にBeと言う紙面があり、そこに桜と文学の興味深い記事があった。この記事を基に自分用のメモを作成してみた 先週韓国慶州に花見に行ってきたが彼の地の桜は日本以上に見事であった。ややもすると日本固有種と思い勝ちな桜はヒマラヤから伝わったもので日本だけの木ではない。しかし日本の風土の中で花として愛でられ今日の桜に育ったものだそうだ。外国では花の下の酒宴は無いそうだ 桜を日本人の心に根つかせたのは西行かもしれない。北面の武士の身分を捨て桜を愛し「ねがはくは はなの下にて春死なむ その如月の 望月のころ」と歌い、その通り桜咲く時期に亡くなったという西行が愛でたのはもちろんソメイヨシノではなく山桜であるまた、菩提寺である勝持寺には西行の手植えから3代目の西行桜が今も美しく枝垂れ咲きしているそうである。西行桜は謡曲の世界 日本の歌として最もポピュラーなのが「さくら」である明治から現代まで小学校で歌われ続けられている、この歌は江戸時代の琴の練習曲だが作曲者も作詞者も不明で、歌詞も時代で変ったらしい戦前は「桜 さくら 弥生の空は 見渡す限り 霞か雲か にほひぞいづるいざやいざや 見にゆかん」、戦後は「さくらさくら 野山も里も 見渡すかぎりかすみか雲か 朝日ににおう さくらさくら 花ざかり」で仮名使いも違う私が習ったのは前者である。 ソメイヨシノが出るまでの桜とは山桜、彼岸桜、大島桜、寒桜などである西行の庵、秀吉の花見で有名な吉野の桜も山桜である 村の見通しの良い場所には桜が植えられ、この花を目安に農作業にはげんだと言う。昔から桜が植わった土地は固い堤や土手の盛り土されたところ、こういった人工盛は硬く固めるために酒を振舞い人を集め踏ませて固めた。特に洪水除けの堤防の地固めは重要であったこうしてみると花見は土木工事の一環でもあったわけだ 春には神も人間も虫も桜に集まる、桜の前では神も人間も一緒に舞い踊ったのだ。それが「花見」の源だというしたがって桜木は決して神木として祭られることは無いと言うそして、桜は下を向いて咲くから花見は桜の下でするものだそうだ都会では春新入社員の初仕事は花見の場所取りである彼らは花の下ではなく見通しの良い場所にブルーシートを敷いて居るがあれは邪道らしい。確かに杯に一片の花びらが浮かんでこそ花見とはいっても缶ビールには花びらが浮かぶのは無理また手拍子は良いがカラオケは振動で花びらを落とすのでご法度らしい 桜はまた俗界と聖界の境界の表現でもあるらしい。そう言えば城や屋敷の外側、道路の端、学校の校庭、川堤でよく見かける70才以上の人にとっては桜は戦時中の軍国主義に重なって見える西行の生涯を描いた小説「西行桜」を書いた辻井喬は「美しい花は本当は怖いものを奥に潜めている。だから芸術の素材として生きている」と述べている。また戦時中「桜は国粋主義と結びつけられ 桜の本当の美しさは壊された」とも評し、桜は凛として生きた西行の姿勢に重なるとしている。
2009.04.11
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釜山 梵魚寺最終日午前は釜山郊外の古刹梵魚寺を訪れた678年に建立された韓国禅宗の総本山であるがこの禅寺もご多分にもれず秀吉軍によって焼かれている思えば韓国人の日本に対する特殊感情は秀吉以来らしい秀吉軍を駆逐した韓国の伝説的英雄李舜臣の像は韓国いたるところにある 下半分が石から出来ているこの山門は宇宙の全法則を内包しているという国の重要文化財に指定されている立派な鐘楼の鐘付棒は魚の形をしている。コブシや桜に囲まれた寺堂も風格がある山間のこの禅寺には作務衣の雲水がよく似合う本堂前では一人の僧が礼拝を行っていた。日本では本堂の前には香炉が置かれ礼拝者は抹香を焚くが、この僧は右手に香炉を捧げ持ち祈っていた
2009.04.08
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釜山2泊3日の旅の2日目慶州から1時間半のバス旅を経て夕刻釜山に移動した韓国第二の都市とて慶州とは全く違う様子2人催行のJTBツアーは合計10人を纏めてまず龍頭山公園へ韓国の大きな公園には必ず日本を睨みつけている李舜臣将軍の像があるテレビ塔とのコンビネーションもソウルの南山公園とそっくりだ早速塔上へ真下に李将軍像が、ここからは対馬がよく見えるそうだ視線を伸ばすと世界有数の釜山港、白い船は下関ー釜山フェリー十数時間の行程とか、ここから高速艇だと福岡、下関まで3時間われ等が同乗者の中にも船で来た人が5人もいた目を左に転じると秀吉軍を撃退したのに活躍した亀甲船をモチーフにしたという、ホテルコモドールが目立つ。しかし今100階以上のロッテホテルが建設中だとか駐車場脇の桜も満開に近い状態つづいて活気と喧騒と無秩序と生活観とグロテスクさが渾然一体となった魚市場へ、この露店八百屋ではない、ウニ、ホヤ、貝など売っている屋内の市場ではあらゆる種類の生きた魚が売られ、客は買った魚を2階に持って上がると料理してくれるそうである私にはこの匂いが辛かった続いてありとあらゆる生活用品がある国際市場へ、要するにここは大戦後や朝鮮戦争中の闇市、横流し軍需物資の市場が続いたものバスの沿道から市中住宅を見ると30階前後に高さが揃っている韓国のアパート(日本のマンション)には外ベランダがなく代わりにサンルームがあり洗濯物はこのサンルームで乾燥するので建物の外観がすきっとしている。また小開発が少なくジェネコンが数棟纏めて立て高さも揃っているのですきっとしている高層住宅の屋上には緊急用ヘリポートが有るのも感心だ なぜ韓国の大都市では都市計画がしっかりしているのか私の推測はこうだ。韓国は今でも北と対峙している、したがって都市計画も臨戦態勢に備えなければならない主要道路が8車線なのもすぐ軍用機滑走路にするためというのは有名な話である。高さが揃っているのも臨時飛行場としては利用し易いのだろう。この辺が日本とは違う。それにしても日本の都市計画は高さ規制とかごちゃごちゃ解消とか生活空間の美化を意識してもらいたい特に東京は偉大なる村落である。そこには都市計画が無い電車が込むと新線をつくり、輸送力が上がるとオフィスビルを建て増すこれが繰り返されて新宿渋谷と丸の内が過密に、これは昔の田舎の村作りそのものである。都市とは人工的なものである、つまりデザインするものなのだ。人口が多いだけならやはり邑(むら)だろう新幹線にしても新橋・新宿・池袋・上野を基点にして東京全体を魅力ある都市に出来なかったものであろうか一転集中主義は王が君臨した時代の発想である
2009.04.08
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慶州 石窟庵と仏国寺 4月2日まず山中の世界遺産石窟庵を訪れた。花崗岩積み上げてドームを作り、そこに石像本尊が安置されている前日博物館でドーム作成の映画を見ていたのでよく分かったドームは石材で覆われさらに土盛りされて古墳のようになっていた後の王朝による仏教弾圧によって忘れられていたが100年近く前に偶然発見されたらしい前面は土盛りが削られて山門が添えられ中に四天王が睨みを利かしている新羅の仏教美術・土木技術の粋を表すものであるとのこと 下の築山の中にガラスで囲われた石像が見える ここの鐘楼も見事、ここからは山の景色が良い 次に少し下って石窟時庵の本院で韓国随一の名刹仏国寺を訪れた751年建立と聞くが1593年秀吉の外征によって焼かれたが修復され1995年世界遺産に指定されている このあたりの寺院は皆秀吉軍によって焼き払われた後再建されたもの新羅の寺院では山門に仁王像ではなく四天王が置かれて四方を守っている琴を持っているのはどんな佛話によるのであろうか 本殿の石段は国宝とて歩けない33段はあの世の苦難の数らしい除夜の鐘も33回と聞く 慶州市内に比しここはかなりの山の中、桜よりもコブシが盛りであった 瓦の紋所を背に古刹の甍には孤高の小鳥がよく似合うここは桜や紅葉の名所でもある。早咲きの桜も大分きているようである立派な池を中心に紅葉が多く現地の人はやはり紅葉が中心のようだ 観光地では随所で見られたが、3月に新学期を向かえた韓国では今が修学旅行の最盛期、同じ観光バスが10台近くも列をなすのは軍隊の移動みたいで威圧感があったが、制服姿でないのが少し安心感を与えていた 欧米の観光客が黒詰襟の集団で行動する日本の高校生軍団に感じるのと同じ威圧感である
2009.04.08
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韓国桜事情韓国にこれほど桜がポピュラーとは思わなかった桜は日本人のもので、日本人の心の象徴と叩き込まれてきた日本統治時代にこぞって植えられた桜、日本軍の象徴でもあった陸軍も海軍も桜の模様を多用し、この象徴の下潔く(?)散った若者や辛苦をなめた被支配国の人々も多い 私も長い間日本の軍国主義と桜が結びつき違和感を禁じえなかった素直に桜を春の花としてめでる様になったのは老年に入ってからである朝鮮の人たちが桜にアレルギーを持ったのは当然である日本人が植えまくった桜は戦後大部分切り倒されたようであるしかし忘れてはいけないのは朝鮮にも桜は固有種として存在していた1960年代ソメイヨシノに似た韓国種、「王桜」の植え付けが広がり今のようになったようである。今回の旅を通して街中のメインストリート田舎の国道沿いなどに延々と続く桜並木は日本以上と見たが日本の銘木のような古木を見ることは無かった 慶州ヒルトンの朝食会場から咲き始めた(4月2日)の桜が見える部屋の窓から下を眺めると海雲台湖の湖畔や舌状の岬もいたるところ白くなりかけている。実は満開を期待してこの時期にしたのだが日本と同じく3月末は寒く開花が予想よりかなり遅れたようだ 早速湖畔の散歩に出かけた。残念ながらまだ満開には遠い外に出てみるとまだ人の出てない湖畔ではスワンボートが人待ち風情 彼岸の桜此岸の連ギョウ、春や春の始まりである この日は仏国寺と言う韓国一の古刹を訪れたが、ここは桜の名所でもある駐車場はかなり込み合っている 沿道の桜も美しい街中の桜堤もあるがどうも日本的外で騒ぐ花見は見かけなかった 話は飛ぶが下の写真は釜山郊外の田畑である。どの畑も土を起こし大気に曝している。日本も昔はこうだった畑を大事にしなくなった日本ではこうして作物を作っていない間も土に息をさせ世話をしてやる習慣が無くなった。悲しいことであるこれも今回の旅で認識した大切なことであった
2009.04.08
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慶州博物館日本の奈良京都に匹敵する慶州には韓国でソウルに次ぐ大きな古代史博物館がある。入り口の桜はもう満開に近い主として前回記した天馬塚の発掘品を納めた主館は表から見るよりも石塔や広い芝生のオープン展示を従えた裏側からの眺めが立派であるそして入り口正面にあるのが巨大な国宝のエミレの鐘、朝鮮では釣鐘は常に地上低く設置されており突き棒は人の腰の高さで、下には音が反射して鐘に跳ね返り残響を作るための丸い窪みが付けられている この鐘の鋳造時生贄として子供を炉に入れたので鐘の音は「エミレ(お母さん)」と聞こえるそうだ。統治された民の叫び声であったのだろうこの少女をいたわるように鐘には美しい天女の姿が彫られている 下の4点は天馬塚の副葬品で鶏の卵、王冠、イヤリング、勾玉であるガイド嬢は盛んに当時の卵は今のより小さかったことを盛んに強調していたまた王冠はサイズが大きく埋葬された王が巨人とも思えず死者の冠だろうと解説していた。私はそうは思わず支配者の常として自分を大きく見せるためかつらをつけ大きな王冠で権威を誇示したのだろう知人のガラス工芸作家でシルクロード研究家でもある由水常雄氏はここの発掘品を精査して、シルクロードを経た新羅とローマの繋がりを唱えているが、なるほどと思わせる展示品であった イヤリングの大きさ精巧さは目を見張る。これも耳に付けるには大きくて重すぎるが頭に紐をかけてイヤリングに見せかけたとのことこれも大きく見せて権威を誇示する手段であろう。上の王冠もそうであるが勾玉が多用されているのは胎児を象徴しており豊穣・子孫繁栄を示して居ると考えられる。たいていサイズ順に並べて使用されており胎児の成長を表しているのだろう日本皇統の三種の神器の一つが勾玉であることは発想が同根なのか渡来の習慣なのか? 私は後者だと信じている 古美術館には慶州の名刹や石窟の大きな石像が広い空間に据えられている広い空間、時々修学旅行の子供が行lき過ぎるが多くは静寂の時空腰をかけて瞑想に耽るもよし足の疲れを癒すにも良し(私は後者)
2009.04.07
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慶州古墳公園PAC3とか迎撃ミサイルだとか過剰反応するマスコミ絶好の国防訓練と張り切る防衛庁。これを一番喜んだのはあちらの政府ミサイルだろうが衛星だろうが積荷の違いだけロケット技術には何の違いも無いだろう。また一枚有力な交渉カードを作られてしまった騒げば騒ぐほどカードの価値が上がるポーカーゲームの如し 事実はこうだから冷静な対応をするようにと広報するのが良かった気がするこんなことはエイプリルフールであって欲しいと願いつつ4月1日韓国慶州へ 成田から2時間弱釜山を経て朝鮮の三国時代・統一時代を通して新羅の都であった韓国慶州へ着いた。この街はそれ自体が遺跡で今でも家を建てようと掘ると遺跡に当たることが多いそうである時代もそうであるが地形も奈良・明日香の里といった感じどこの国も古代史は時の支配者を正当するための物語であるがこの場合大陸文化が日本文化のコピーとするには無理がある奈良時代が新羅のコピーと言うより渡来人の時代であったことがよくわかる市内には100基以上の王陵・墳墓をなすお椀状の古墳がごろごろしている街中で23基もの古墳がある古墳公園のなかでもひときわ大きく立派な下の古墳は王と王妃の二連塚墳墓、なかなかの美形である全ての古墳は芝生に覆われており、池や松林や桜林に囲まれている天馬塚は誰の墳墓かは不明であるが1973年の発掘時白樺の樹皮に天馬が描かれた馬具が発見されこの名がついた。この古墳は内部が公開されており、11500点に及ぶ副葬品の一部のレプリカが見える実物は市内にある慶州博物館に納められ公開されている公園の内外は青松と咲き誇る桜の大木に囲まれて良い雰囲気であるが降り出した冷雨が恨めしい限り 韓国では桜以上に春を告げる花としてレンギョウが親しまれ至る所で見られるが、桜とベルベットのような古墳群との取り合わせが秀逸
2009.04.07
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石神井川河畔の桜我が家は石神井川に沿って建つ建物の8階に位置しているベランダからは河畔の桜並木が手にとるように見える先週末は東京でも遅いこの並木も満開の様子激しい人通りに誘われて風邪気味だが出てみることにした河川改修からまだ年月も経っていないが新しい並木も大分形が出来た 柳の若葉とのマッチングが良い風景を作っている 味気の無い川面も桜で縁取ると少しはましに見える 所々に残る古木の太い幹からは直接花びらと新芽が 時々見える桃もまだ頑張っている 今年は開花が長引いたため桜の葉っぱがかなり成長して来たそして若い木の花はピンクが強い、古木になるとどうしても白っぽくなる人間によく似ている 公園に出ると家族ずれやヤングたちがスワンボートを漕いでいるいつもの健康散歩の遊歩道も今日は華やかに桜でラッピング ふと足元を見やるとここでも若い二人が小さな春を謳歌している雌は二星だが雄は七星でもなく一寸変っている隣の枝には七星が春眠を楽しんでいた
2009.04.07
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