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続 鶴岡城址公園大寶館を出て堀に沿って歩くとほどなく致道博物館に着く複数の旧跡・家屋を取り込んだ歴史民芸館のようなもの入口近くで目を引くのが旧郡役所明治天皇の東北巡幸のために明治14年に建立の擬洋風建築で、今は考古学資料が展示されている2階のバルコニー、屋上に望楼を備えた典型的な明治の洋館である近代化=欧化 と考え地方の郡役所までこのような素晴らしいものを建てしかもそれらを旧来の大工が建てたというのは驚きである 旧庄内藩主御隠殿の数寄屋風の部屋では前に記した藤沢周平「蝉しぐれ」での名場面、「文四郎さんの御子が私の子で、私の子が文四郎さんの御子であるような道は無かったものでしょうか」と水野真紀扮する殿様の側室、福 が話すあの再会の場面が撮影されたされたのはこの部屋だと聞いた そんな博物館を出て城址を歩くと江戸の情緒たっぷりの景色が続く堀端の柳とさくら 藩の歴史を経験したタブの木の古木 9月中旬ともなると東北の地では気の早い葉っぱはもう紅葉の始まりを始めていた まだ準備のできていない木々は赤い木の実を見せびらかせている 秋はもうその辺の曲がり角をこちらに曲がる寸前である 桜の古木もまた一年樹齢を重ねるため葉を落とす準備をしている 城跡を後にするとカトリック教会天主堂が見えてきた近づいてみると「天主堂」と看板の下がった武家屋敷門がある帰り道裏側から見ると十字架をデザインした側堂の窓ステンドグラスがあるべき礼拝堂の縦長窓バラ窓に模した丸窓と中世西洋のドーム式ゴシック様式に見えてくる案内書にはロマネスク様式とあるが私にはロマネスクと言えば塔の丸屋根しか思い浮かばない木造建築なのでゴシックとは言えないかもしれないがとにかく素晴らしい建築である国の重要文化財と言うのもうなずける
2009.09.18
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鶴岡城址公園2日目月山の弥陀ヶ原を散策する予定であったが朝から小雨模様予定を変更して鶴岡市内へ下り市内観光することにした城址公園近くでバスを降り川を渡る。この五間川は藤沢周平の小説「蝉しぐれ」で重要な場面に登場する。テレビドラマで見ただけだったのでホテルの談話室に備え付けの本でその場面を記した二、三十ぺージを読んで出かけた。若き藩士が今は殿様の側室となって後継ぎをもうけ跡目争いに巻き込まれたかっての幼馴染で恋人だった人を船で脱出させる、その場面がこの五間川である。赤い橋は「三雪橋」 橋を渡って城址に入ると高山樗牛の碑が目に入った。そういえばここはここは鶴岡藩士の子として樗牛が生まれた場所である「滝口入道」の作家、雑誌「太陽」の編集主幹として活躍し漱石らとともに第一回政府派遣留学生に選ばれていたが若くして病に倒れた文人であり次の「大寶館」に生誕の間が保存されている 城址には桜の古木が見事。城と言えば多くの人は櫓や天守の威容を好むが私は「城址」のこのような景色が大好きである。特に地方都市の城址公園は落ち着いていて精神安定剤10錠位の効果がある さらに歩を進めると大寶館と書かれた洋館が見えた。大正初期の町大工小林昌徳が建てた擬洋風建築とのこと我が国独自の近代建築のはしりと賞されているそういえば昭和の前半くらいまで日本全国、町役場、病院、学校などの公共建築は大体この様式のものであった曲折を経て今ここは郷土資料館としてさきの高山樗牛などの「郷土ゆかりの人物資料館」となっている 少し引き返すと庄内藩の藩校「致道館」がある。ここは孔子をはじめとする古典に学ぶことを教旨とする荻生徂徠の「徂徠学」を基に国家有用の士を輩出することが目的の藩校であった由 堀に映るのは現在のお城「鶴岡市役所」の影である味気ない
2009.09.18
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羽黒山国民休暇村羽黒山の宿は宿坊が主であと旧来の旅館が2.3軒有るのみでバスで数分かけて登った処にぽつんと国民休暇村がありスキー場とキャンプ場が一体となっている。 休暇村の宿舎は公共の宿とは思えねいくらい立派で設備も3-4星ホテルなみで我々の夫婦プランは料理も良かった温かい皿が個々に配膳されるが面白いことに山形の一目惚れ飯、茸の味噌汁、上品でおいしい漬物は自分で自由に取ってくる方式さらに選んでおくと帰宅後一泊につき2千数百円相当の地元産お土産が宅配便で届けられる我々にはおいしい浅漬けがクール便で送られてきたので近所に配った部屋も清潔でレセプションもホテルのコンセルシュみたいに親切だった周りには池をめぐる遊歩道が完備している。人気のないこれらの池は「二夜の池」と称するもので水面に映る月の影が美しく一度に2夜の月が見られることからこの名があるそうだなるほど暗い曇り空のもとでも池に映る木立の影はきれいである 月を愛でながら歌でも詠むのであろうか水中回廊が落ち着いている 水草と樹影の織りなす平面は花があればパーフェクトなのだが すぐ横はガマの原っぱフランクフルトソーセージが串刺しになて林立 池畔散歩から帰って食堂横の芝生に足を入れるとねじ花が何本も花をつけていたねじれ方をみると皆右ねじの螺旋状に捻れているこの花は皆そうなのだろうか暇な時にでも調べてみることにしよう
2009.09.17
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出羽神社参道 鶴岡駅から荷物を携えたまま羽黒山山頂までバスで来たリュックサックを背負って約2500段の石段を下るのは過酷過ぎる 頂上にある出羽神社に詣でてこの日の宿舎国民休暇村にゆく予定であったしかし見事な杉並木歩幅のせまい段差の少ない階段を見て魔がさした時間はたっぷりあった、参道と言われるよう本来上ってくる階段である案内書には上り50分下り40分とある。下りなら出来そうな気がしてきた初めのころはうっそうと茂る杉の大木の下、石畳と階段の快適な参道であった 途中に芭蕉の句碑塚 「涼しさや ほの三日月の 羽黒山」とある左右に灯篭まで備えた句碑塚は始めて見たこのころから足ががくがく始めた。坐骨神経痛の足に肩の荷が重くのしかかる中間点に茶屋がありそこからは木立の上に庄内平野が見渡せる 痛む足を引きずってさらに時間をかけて下ると国宝五重塔に出る塔とは言うが本当は大国主命を祀る出羽神社の末社で930年代平将門建立と伝えられ、1300年代室町時代に再建された東北地方最古の五重塔である。多くの寺社の五重塔が彩色されているのに対してここのは白木造り 杉木立の中にぽつんと立っているのが実に風雅であるすぐ近くには天然記念物の「爺杉」がある。樹齢1000年周囲10mの巨木周りの木々も大きいのでしめ縄がなければその大きさが実感できない さらに近隣の苔むした大木の根や岩屑が美しい ここを出て随神門と言う出羽神社の守り門を過ぎると宿坊の並ぶ羽黒の街タクシーで国民休暇村へと昇って行く、部屋からは月山が望める 上の写真で頂上のすぐ下八合目に広がる弥陀ヶ原の広がりが見える翌日、土日だけ一日3便運行のバスを捕まえて池塘の広がるこの平原を散策する予定だった。実際には翌日も翌々日も悪天候で果たせなかった
2009.09.16
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羽黒山 鶴岡からバスで直接羽黒山頂上へと向かったここには出羽三山にある出羽・月山・湯殿山の各神社の合同社が祀られているここに参れば三社を拝んだのと同じ御利益があるという、これはめでたい鳥居をくぐると大鐘を吊るした茅葺の鐘楼が目につくんん、待てよ神社に鐘は珍しい 社は見事な茅葺屋根で茅の厚さも1m以上ありそうだ普通神社の屋根は木肌葺き、銅板葺き、瓦拭きが多いが松林に囲まれたこの茅葺合同社は見事の一言につきる 屋根の裏側は朱塗りに見事な彫刻飾り木立に囲まれた社屋は威風堂々である 正面には下の看板の鏡池が一面に睡蓮、硬骨などの水草を浮かべている昔祈祷時に銅鏡を沈めたとのこと 境内には見事な木彫を施した小さなお堂がいくつか有るバスの団体客が次々と入れ替わってやってくるが本社から数十メートルしか離れていないそのようなお堂に参る人はほとんど無い 下のお堂の彫刻など柱に昇龍が巻きついた見ごたえのあるもの白装束の女性行者が一心に経を唱えている 冒頭で神社の鐘楼について記した想像した通り明治時代までは神仏習合(混淆)の古来の修験者道場であった山伏姿の修験者にとって山自体が神仏を超越した存在であり土着信仰の対象でもあったそんなわけで月山、羽黒山、湯殿山の各社は個々の難しい名前の神様はさておき、それぞれ月山権現と阿弥陀如来羽黒権現と観世音菩薩、湯殿山権現と大日如来を祀っていた富国強兵策の明治政府にとって仏教は余り有益でなく天皇制と神道を合体させることで日本と言う国の概念を作ることにし神仏合体社は神社にして多くの末寺は廃寺に追い込まれた修験道者としての山伏にとってそんなことはどうでも良かったのだろう身を賭して政府に抗議したということは読んだことが無い 私が羽黒山をを訪れたのは50年ぶりである神社名をずっと羽黒神社と思ってきたが実は出羽(でわ)神社であった私以外にもそう思っている人が多い気がしてならない 門前の博物館の名は「いでは会館」である
2009.09.16
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羽黒山への旅9月に入ってまた「大人の休日クラブ」割引が始まったので羽黒山へ出かけたまづ東京駅から上越新幹線「とき」で新潟までノンストップ 2階席に座るといつもの高速道路とは景色が違うノンストップの困ったところは現在位置が把握しにくい写真の榛名山の山並みからここは高崎あたりと分かる谷川岳の真下を貫く長いトンネルを抜けると越後程なく日本一の米所、越後平野は今刈り取りを前にした黄金原一部はもう早稲が刈り取られているが昔と違って今は藁は刻まれて田んぼに撒かれており、それはそれで一つの景色 新潟で羽越線の特急「いなほ」に乗り換え村上を過ぎると汽車はリアス式海岸に沿って走り奇岩が連なる絶景続き青い空に日本海が輝いていた帰宅して調べてみるとここは「笹の流れ」という名勝の地 帰りは自由席で海側の席に座ることにしよう ここでは帰路の写真を掲げておくことにする帰路はあいにくの荒天、窓を打つ雨滴に邪魔されながらシャッターチャンスを窺うがここぞと思うとトンネルに入る この日は海も大いに荒れていて冬の日本海を思わせる 山に囲まれた小さな平地には民家が密集して建ち並んでいる ややあって汽車が海岸線を離れると今度は庄内平野の始まりここでも一面の黄金原の広がりは見事イギリスのなだらかな丘陵の緑野を汽車で駆け抜けるのも良いが日本の黄金波うつ平野風景もいいものであるこんな光景を目にするのは久しぶりである写真中央部は激しい雨域、時折激しい雨滴が窓を曇らせるかと思うと一瞬青空が見えたりするそのたびに微妙な色の変化が見られて汽車の旅は楽しい
2009.09.14
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ふうせんかずら 昨年七五三で静岡の孫に会った時脇にあった風船蔓の種をとって「ジイジこれあげる」と言ってきれいな種子をくれた明日から小旅行に出かけようと思ってパーカーを出してみるとポケットからきれいな種が二個出てきた思い出してマンションの下に降りてみると金網塀にまだ風船蔓の枯れ蔓があり種を採取できた写真も撮ったが枯れ蔓では絵にならず例によって青木さんの素晴らしいページから拝借したのがこれ さて下で採取してきた種は4ミリ大の黒い種にそれぞれ見事なハート模様すべての種子にほぼ完璧なハート型ハートの中心に芯と繋がっていたへその緒のような小さな点写真用にハート型に並べるのが大変であったピンセットで布の上に並べようとしたがすぐ横を向いてしまう荷造りテープの糊面を上にしてくっ付けて形を作ったのが上の写真で、角度を変えてフラッシュを焚いたのが下の写真せっかくの作品である、今はまだ書棚の上の置いてあるが糊面に埃りが付くのでいつまでもとはいかないだろう来年プランターにでも植えようと思っているが、しまい込むと今年同様来年もどこかの片隅で終わってしまうだろう
2009.09.10
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先日田舎の義姉から季節もののスダチが送られてきたその中の同梱品に下の絵のようなお菓子が入れられていた「池の月」と言うもので細かい米粉を溶いてすかすかに焼きあげ砂糖の粉がまぶされている昔は結婚式の日花嫁さんは母親に連れられて神社参り、婚家でも義母に連れられて神社参りと近隣えの挨拶回りをした。その時見物子供たちにはこの「池の月」がふんだんに配られた。そこでこの菓子の別名は「お嫁さん菓子」と言われた義姉の手紙には今では探すのが大変だとのこと60年も経つと懐かしかろうと同梱されていたこの菓子すべて手作りで池に映った月がそうであるように二つと同じ大きさや文様は無いそうである さらにもう一つの素朴な菓子が入れてあったこちらは「くろむぎ」と言うもの炒った麦の粉をドウナツ状に固めて焼きやはり糖粉をまぶしてある麦粉をこねて食べる「はったい粉」を乾燥したようなもので味も似ている一種の和製クッキーであるが少し湿けったほうがおいしい「池の月」がやや上品なのに対してこちらは普通のおやつ 今のように多様でなかった時代には子供のお菓子やおやつにも主として米、麦、豆から作ったものが多い そういえば昔は正月の餅つきのとき、砂糖をたっぷり入れた餅をふんだんにつきあげ、半乾燥時に薄く切って乾燥保存しこれを煎ったり焼いたりフライしたりして一年中子供のおやつとしたものである現代っ子の味覚に米菓子や麦菓子は合うはずもなく老人夫婦は3時にコーヒーカップのサイドにおいて昔を忍んでいる
2009.09.09
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P1060319 posted by (C)taji0811今月初めPCをDELLに置き換えた。冊子体のマニュアルが一切無いので新しいOSとの取り組みや古いアップリケーションとの組み合わせなどでトラブルの連続実力もないのに値段につられたことを後悔したがそこは知識はなくても時間はあるのでトライアンドエラーで何とか使える設定ができた そんなわけで久しぶりのブログ発信であるもっぱら上の事情で新しいネタは皆無であるそこで前回の散歩の続き 公園の植物群の中に鮮やかな緑・白の葉紋を持つ半げしょうその近くに花筏と言う変わった葉っぱの木が有ることを知っている花の時期を過ぎこれらが今どうなっているのかと覗いてみることにした半化粧はこの時期濃緑一色しかたなく青木さんの素晴らしい写真ブログ「植物園へようこそ」からお借りしておいた 次に見ようとしたのは隣にある花筏である昨年まで車を持っており、あまり使わない車のバッテリー充電のついでによく出かけたのが板橋の赤塚植物園半化粧のほかにそこでよく見かけた変わり種が「はないかだ」である。これも今は花や実の跡が認められる程度で見るには忍びなかったそこで再び同じページにリンク 葉っぱの真中から地味な花が咲いているのがよく分かる花筏と言えば植物園で見かけて必ず立ち寄ったのが「なぎいかだ」 これも今は葉の上に黒い点を残すのみでさえない三たび先のページをお借りすることにする この葉っぱは花筏のそれとは違って堅く先に鋭いとげがあって痛いだが花は可憐でまさに花を乗せた笹舟のようである その実は更に派手で今度は「玉」を運ぶ筏である そこで思い出されたのがバルセロナで見かけた、下の写真のなぎ筏に似た植物、上に記した花筏となぎ筏の中間くらいの大きさの葉でとげもない 11月のグエル公園例のグロテスクなモザイックのトカゲ階段の近くで見かけたものでこの時期地味な花をつけていた 調べてみると日本にあるなぎ筏も地中海原産とのことである さてそんなわけでこの日の散歩では身近な植物の葉紋に注目した通りにある家の庭先や垣根に結構多くの紋入り葉があることに気がついた以下名前の同定はできておらず、やや不本意ではあるが散歩中の写真を掲げておく
2009.09.07
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