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新郷に到着。 3回目の赴任なので、不安がなにもない、静かな気持ち。 それでも、部屋の電気を点けたら、目ざとい学生から 「先生の部屋に明かりが見えました。帰ってきたのですか?」 というメールが、さっそく届いた。 学校の中を歩いていると、たくさんの学生が声をかけてくれた。 大学の前の市場通りでは店の主人が「お帰り!」って手を振ってくれたし、 なんだか、故郷に帰ってきたような感じ。 心が和む。 日本にいる間は中国語を一言も話していなかったけど、 外事弁のスタッフと話す時は、それでも自然に言葉が出てきた。 テレビをつければ、当たり前だけど、全部中国語。 これも懐かしい感じ。 3年目ということで、これまでとは違ったことにも取り組みたいと思っている。 来年、日本に帰る時に、やりのこしたことがないように。 それだけは肝に銘じている。
2008年08月31日
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我が家で過ごすのも、残るところ今日と明日の2日間だけ。 土曜日は大阪で司馬遼太郎記念館に行ったり、本屋を巡ったりして過ごし、 日曜日の朝、関空発の飛行機で北京へ。 その日のうちに国内線に乗り換えて鄭州へ行き、そこから大学へ。 日本でのこの2か月間は有意義に過ごすことができました。 東京ではドームのバックネット席で野球(しかもイースタン!)を観戦し、 浅草で学生への土産を買い、鎌倉へも足を伸ばして散策をした。 出雲大社の60年に1回の本殿も見学したし、 岡山県内のソフトクリームを食べ歩いた(スイーツラリー)。 高校野球とオリンピックの中継を堪能しながら テレビゲームで名作『俺の屍を越えてゆけ』も完全制覇した。 奥行きの深さといい、キャラクターの見事さといい、ストーリーの素晴らしさなど、 どれを取っても、永遠に語り継がれるべき名作ゲームだと、あらためて感心した。 日本に帰る前から決めていた「家族のために毎日、食事を作る」という目標は、 在宅した日は必ず、自分で食事を作り、見事に達成。 野菜中心、量より品数をモットーにして2か月間。 食事のせいかどうか、家族全員の体重が2~3キロ落ちて、体脂肪もしっかりと減った。 食事だけでなく、余程の大雨以外は、奥さんと毎晩1時間以上の散歩をした。 お互いにいろいろなことを話しながら、近所を歩いた。 散歩だけでなく腹筋を鍛えたり、ステッパーをして汗を流したり、 ロデオボーイで揺られることも習慣にした。 新学期に向けての授業の準備も終わり、 日本でやるべきことはすべてやった、という感じ。 私の夢を支えて、応援してくれている家族のためにも、 また1年間、怪我や病気をせず、 学生のために一生懸命に頑張ります。 そしていろいろなところに出掛けて、たくさんの見聞を重ね、多くの中国人と交流してきます。 さて、では晩ご飯の用意をしに台所へ下ります。
2008年08月28日
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以前、記者をしていた時、ある会社の社長にインタビューをしたことがあります。 その時の話がとても印象に残っています。 その社長は、まだ若い頃から、健康管理は自分でやるものと決め、 毎朝2時間散歩をすることを自らに課しました。 そして、30代前半から始めたその習慣を70代後半(当時)になっても続けていました。 散歩の習慣は、40年近くになります。 しかも毎朝です。 雨が降っても、雪が吹雪いても、雲が出て真っ暗でも、疲れていても……。 朝の4時に、玄関を出て近所を散歩するのです。 出張などの時も、散歩の習慣は途切らせなかったといいます。 感心する私に、社長はこう言いました。 「雨が降れば、傘をさせばいい。レインコートだってあるじゃないか」 「寒かったら服を多く着ればすでしょ」 「暗い道なら懐中電灯を持って歩けば、何の問題もない」 そして、こう続けました。 「やる前にできない理由をあげるから何もできないんだよ」 仕事でもそうです。 社長が何かアイディアを出した時、多くの社員は「でも、それは……」と、 まず、できない理由をあれこれ出してきます。 そういう社員は会社の中で仕事ができない。 やる前に、できない理由を言うな。 自分で決めたことだから、やるだけ、ただそれだけだよ。 何年経っても、忘れられない言葉です。
2008年08月27日
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北京オリンピックがとうとう幕を閉じました。 いろいろなドラマがあり、感動、歓喜、驚愕……飽きない2週間でした。 選手の皆さん、大会の役員、ボランティア、そしてオリンピックに関わった全ての皆さん、 本当にお疲れ様でした。 素敵な2週間をありがとうございました。 そして、私にとっては最後の最後に大きなドラマが待っていました。 閉会式に、次回のロンドン・オリンピックのデモンストレイションで、 なんとジミー・ペイジが登場したからです。 実は、その日、私は朝からCDを作っていました。 中国で聴くためのCDです。 その1枚がLED ZEPPELINのマイ・ベストでした。 しかもそのオープニングに選んだのが「WHOLE LOTTA LOVE」でした。 それを、まさか北京で、今のジミー・ペイジが演奏してくれるなんて! ギターを低く下げて弾く姿は往年のままでした。 髪は白く、そして薄くなりましたが、格好良かったです! 涙が出そうになりました。 中国で暮らしていた2年間、 中国の人たちがどれだけオリンピックを楽しみにしていたか、 どれだけ待ち望んでいたか、 成功させるために、どれだけ頑張っていたかを見てきただけに、 今回の成功は、本当に嬉しいです。 何をどうやろうが、中国嫌いの皆さんからは批判が出るのでしょうが、 私は大満足でした。 来週、また中国に行って、学生たちとオリンピックについて たくさん話をしようと思っています。
2008年08月24日
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北京オリンピックももうすぐ閉幕。 期待されていた野球はメダルに届かず、4位という結果。 試合後はいろいろな選手が口々に「申し訳ない」と言っていたけど、 謝らなくてもいいんじゃないの。 韓国のイ・スンヨプも、日本戦でホームランを打ったことで「ゴメンナサイ」と 謝っていたけど、そんな必要ないよ。 日本は負けたけど、ずっと不調で悩んでいたイ・スンヨプが決勝戦の大舞台でも、 ホームランを打ったこと、見ていて、嬉しくなったよ。 試合なんだから、勝ち負けはあるけど、勝負は時の運。 またペナントレースで素晴らしいプレーを見せてよ。 ……って、私、日本にいるのはあと1週間だけ。 9月から、また中国暮らしが始まるから、プロ野球、見ることができないんだった。 新2年生たち、長い夏休みで、日本語を忘れていないかなあ。 早く会いたいなあ。 楽しみだなあ。 また毎日、毎晩、日本語で話をしようぜ!
2008年08月23日
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オリンピックもいよいよ残すところあと僅か。 今日は卓球で、日本の福原愛選手が中国の張怡寧と試合をした。 張怡寧は中国のテレビで何度も見て、その強さに感心していた。 その張怡寧と福原選手が試合をするというのは、私にとっては夢のような話。 福原選手も中国では人気があるが、張怡寧はそれ以上。 もはや人気だけではなく、尊敬される対象でもある。 以前、テニスのクリス・エバートが『アイス・ドール(氷の人形)』と呼ばれていた。 試合中に表情を変えずに、冷静にプレイをするところから付けられた愛称だが、 張怡寧も試合中に表情を変えない。 冷静に、厳しいスマッシュを打ってくる。 一方の福原選手は、今日はなんだか、とても嬉しそうに見えた。 卓球というスポーツを心から楽しんでいるようだった。 4歳で全日本選手権に出場した福原選手はまだ19歳。 試合中に笑顔を見せることなんて、これまであまりなかったのに。 今日は、負けたけど、見ているこちらも嬉しくなった。 でも、これでもう張怡寧の試合を見るチャンスは(日本では)ないだろうな。 日本選手が全員負けちゃったから。 日本選手が出ない試合なんて、放送してくれないもんな。 飛び込みもそうだったし(泣)。。 それにしても、勝った後、ニコリともしなかった張怡寧。 格好いいぜ!
2008年08月21日
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近所の(ということは私がかつて通学していた)中学校の話。 この頃、朝の登校時間に、男性教師が校門のあたりに立って、 登校してくる生徒達に声をかけている。 それも「オハヨウッ」という、「ヨ」の音がやけに高い、奇妙な挨拶(?)だ。 そして、生徒たちにかける声は、その「オハヨウッ」以外は、 「あと5分!」「早くしろ!」だけなのだという。 まあ、生徒の登校を見張っているということ。 私が生徒なら、そんな変な「オハヨウッ」には返事をしたくないなあ。 爽やかな挨拶をかけられたら、返事もするけど、 上から見下ろしているような、命令口調の「オハヨウッ」は、 言われるだけでいやだな。 そんな奇妙な挨拶、聞いたことないや。 普通に「おはよう」と爽やかに挨拶をして、 「今日も暑いけど頑張ろうな」とか「眠そうだけど、夜更かししたのか?」 「おっ、髪を切ったのか、似合ってるぞ」「朝ごはんはちゃんと食べた?」 ……こんな風に声をかけてもらえると、先生との距離が近くなるんだけど。 私が在学していた時は、そんな見張りはいなかったし、 先生と一緒に歩いて登校していたんだけど。 教師の質もすっかり変わりましたね。
2008年08月20日
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この2日間、お隣の岡山県内をウロウロしていました。 目的は「ソフトクリームを食べること」。 実はこんなチラシを見つけたのでした。 岡山県内の特徴あるソフトクリームを食べて、そのお店でスタンプを押してもらうというもの。 名付けて「スイーツ・ラリー」。 これを集めて応募すれば2万円の旅行券ほか、いろいろなプレゼントが当たる。 というわけで、週末を利用して、北から南へ、西から東へとクルマを走らせていました。 まずは、奥津湖畔で1個目のソフトクリーム。 これはスイーツラリーの対象ではないものの、ウォーミング・アップといったところ。 2個目は建部町のヨーグルトソフト。 小さな町のヨーグルト工場で作っているヨーグルトのソフトクリームです。 ほのかな酸味を味わいながら、製造工程を見ることもできます。 途中でサッポロワイナリーに寄って、ワインを試飲。(ここで運転を交代) 3個目は赤磐市の菊が峠でのマスカットソフト。 このへんで、早くも食傷気味で、食べるのに一苦労するようになっていました。 口直しに、キリンビアパークでビールを試飲。 初日の4個目のソフトクリームは岡山名産のピオーネの香りもかぐわしいピオーネソフト。 岡山市内のホテルにチェックインした後、夜、市内に繰り出して、この日5個目のソフト。 山田養蜂場のはちみつソフト。 食傷気味でも、「おいしい!」と思える濃厚さと優しい甘さでした。 2日目はまず岡山城と後楽園の見学からスタート。 奥に見えるのが岡山城(通称「烏城」です)。 岡山城は宇喜田秀家の居城だったものを、関が原で負けて、藩主が池田氏に変わったもの。 小早川秀秋や宇喜田秀家、豊臣秀吉、徳川家康などの人物関係を知ってから、 見ると、感慨もまた一入。 歴史をつまらない授業にした責任は誰に取ってもらえばいいのだろう。 その池田氏の庭園である後楽園の中で、2日目、1個目のソフトクリーム。 岡山といえば「桃」。 白桃ソフトです。 正直言って、朝からソフトクリームを食べたいという気にはなっていませんでした。 すべてはスタンプを貰うためです。 2個目は牛窓町まで足を伸ばして、そこのオリーブ園で。 みかんソフトです。 牛窓町は「日本のエーゲ海」とも言われ、風光明媚な海辺の町です。 その後、牛窓町から岡山市内へと戻って、ソバ屋さんで、そばソフトを。 ソバを食べているお客さんの隣で、ソフトクリームを食べました。 そして中国山地方面へと進んで、吉備中央町で、今回最後の黒豆豆乳ソフト。 「大豆研究所」という名前の豆腐屋さんが作っているソフトクリームです。 コクがあって、芳醇な香りがしました。 が、この時は、無理矢理おなかにおさめたという感じでした。 昨日と今日で食べたソフトクリームは全部で9個。 クルマを運転しているだけで、運動らしい運動もせず、ソフトクリームを食べていました。 しばらく甘いものは見たくないという気分です。
2008年08月17日
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学生の頃から、引っ越しをするたびに、たくさんの本を処分してきました。 古本屋に売ったものもありますが、大抵はゴミに出しました。 学生時代は1週間に3冊、社会人になってからも、通勤の行き帰りに、毎週1、2冊。 本を読んでいないと生きていけないので、 いつも部屋じゅうに本が溢れてしまいます。 先日、この暑い中(クーラーは使わないので)部屋の模様替えをしました。 部屋じゅうに本が積み重なり、にっちもさっちも行かなくなったからです。 5つある本棚は溢れて、もう一冊も収容できず、 押入れの中からも、引っ越してきた時の荷物に混じって、懐かしい本が出てきました。 というわけで、これら大量の本を売ることにしました。 みんなこれまでの引っ越しで、売ったり捨てたりすることなく、残ってきた本ばかりです。 江戸川乱歩章受賞作の歴年ハードカバー、芥川賞、直木賞などのハードカバー。 マンガの単行本、小説、競馬や格闘技の専門書、エッセイ、ノンフィクション……。 400冊ぐらいはあったでしょうか。 みんな思い出の本です。 勿論、今回も居残った本もたくさんあります。 クリスティやクイーンなど早川文庫、創元推理文庫など、学生時代に徹夜して読んだ本は、 やはりどうしても手放せませんでした。 まあ、ページが黄色く変色しているから、値段もつかないでしょうが。 まだ本棚に入りきらない本がたくさんあります。 「BOOK OFF」ではそんな私の思い出や、本の価値、意義などには無頓着に、 単価を元に買値を決めてくれました。 思い出はまたこれから作ります。
2008年08月14日
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出雲大社の御神殿が60年に一度の公開だというので、 予約券を手に入れ、昨日、行ってきました。 我が家から出雲大社までは、クルマで約2時間半。 60年に一度の公開だということで、全国から多くの人が来ていました。 中には42歳で見たことがあるという人が102歳の今年、見に来ていたとか、 24歳の時に見た人が、64歳の今年、孫と一緒に見に来たとか、 60年という年月の重みがずしりと感じられました。 見るための規則はいろいろとあります。 帽子は勿論、被ってはいけない。 Tシャツ、半パンはダメ。 上着の裾はズボンの中に入れ、サングラスも、サンダル、スリッパもダメ。 携帯電話が鳴ったら、その場で強制退出。 神聖な場ですからね。 中に見える古ぼけた建物が御神殿。 1770年に再建されてから、そのまま残っているそうです。 観覧者は、板壁や通路の欄干には触れてはならず、 大きな声を出してもいけません。 出雲大社の場合は、御神殿の中の神様は、外からは見えないようになっていて、 通路から正面に見えるのは5つの神体だけ。 本当の神様は拝むことができません。 これは言ってみれば、神様に対する見張りの役目。 詳しくは「逆説の日本史」(井沢元彦氏)に詳しく書いてあります。 日本人必読の書です。 是非、読んでください。 この日は、そういう説明は一切なく、 神殿の天井に描かれた雲の絵を見せられただけで、退場させられました。 神殿にいた時間は10分ぐらい。 中を見ながら、簡単な(本当に簡単な)説明を聞いたのが、 わずか1分ぐらい。 こちらは参拝客が10円硬貨を注連縄に向かって投げ、 注連縄に見事に刺さると、良縁に恵まれるという言い伝えがある。 若い女性が、一生懸命に10円硬貨を投げていました。 でもご縁だから5円硬貨のほうがいいんじゃないかと思ったのですが。 帰りは島根ワイナリーで、ワインをたくさん試飲して帰りました。 お盆前の、日本の休日でした。
2008年08月11日
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祝 オリンピック開幕。 昨夜の開会式は、人がいっぱい出てきて、中国らしかった。 多分、競技場にいた人だけで、うちの町の総人口の2倍か3倍あったんじゃないだろうか。 テレビから聞こえてきた中国語も、懐かしくて、嬉しかったです。 なんと言っても、日本がまだ言葉を持っていなかった時代に、 文字を持ち、都を建て、政治を行っていた国ですから。 ところで、最近、私のブログを、よく訪れてくれる人がいます。 他の人のところへも顔を見せているようで、 同じコメントをよく目にします。 ★みゆ きち★さんへ。 いちいち消すのが面倒だし、あなたのコメントは読まないので、 もう書き込みしないでください。 自分だけで性感エステを楽しんでね。 私、足りているから(笑)。。
2008年08月09日
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今日からオリンピック! 嬉しいなあ、楽しみだなあ。 テロだなんだと問題はありますが、100%完璧で、万人が満足するなんてこと、 ありえないのですから。 私は、素晴らしい演技、競技、試合が見られれば、それでOK。 政治的なことなんて、知りたいとも思いません。 鍛え抜かれた技、研ぎ澄まされた精神、観客たちの熱狂、興奮。 それがあればいいです。 東京でのオリンピック開催が検討されています。 そりゃ、私としては、日本での開催を楽しみにしているのですが、 きっと、日本なら、グチグチと文句を言ったり、しらけたり、なんだかんだと 雑音が多くて、国民一丸となった開催なんてできないでしょうから、 そんな日本人を見るくらいなら、日本で開催してほしくないです。 卓球のジャン・イーニン、飛び込みのワン・シン、ウー・ミン・シャー……。 日本の放送で見るチャンスはあるのでしょうか?
2008年08月08日
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全国の学力試験の成績を開示するかどうかで、一昨日、わが県でも会議が行われた。 最初から「非開示」という結論が決まっていたような会議だったようだ。 各自治体の教育委員会のお偉方が集り、 まず「開示したことによって発生した問題」を出し合ったという。 曰く、 「成績が悪い場合、教師が保護者に責められる、という例があった」 「成績が悪い場合、点数の悪い生徒に対して『お前が足を引っ張った』などと責める者がいる」 だから非開示にするべきだ、という方向で会議が進んだという。 あきれました。 そして情けなくなりました。 成績が悪いからこそ、では、どういう方法で成績を上げるのかを考えればいいことで、 成績の悪さが教師の教え方のせいなら、それは責められても仕方がないこと。 教え方が悪いのか、或いは学生の心を掴んでいないのか、 いずれにしろ、教師としての能力に欠ける者を、教育委員会がかばうことがおかしい。 成績に関して、子ども同士で争いが起きるなら、それを納得させて治めるのが教師。 むしろ、そういう機会を利用して、友情や助け合い、個々の尊重などを教えればいい。 それこそが教師の腕の見せ所であり、生徒と語り合うチャンスでしょ。 問題が起きた時の対処ができないと、自分で公言しているようなものでしょ、それって。 発生した問題を巧く解決するのが(教師に限らず)、世の中での「仕事」でしょ。 問題が起きない仕事なんて、この世にあるわけないじゃない。 社会に出て、営業の仕事をすれば、成績が貼り出され、 上司から怒られたり、指導を受けたりする。 社会に出れば、そんなことは当然のことだが、 教師の世界には、そういう競争原理はあるのだろうか。 競争を知らずに社会に出た子供たちが、 社会の生存競争の厳しさに耐え切れず、 会社を辞め、或いは責任を問われないアルバイトへと足を向ける。 または社会から逃避して家の中に引きこもる。 聞けば、教えることに自信を失って、学校に出てこない教師もいるという。 それでもクビにならないのが、「教師」という職業。 教育委員会が教師をかばうと、教師の質の向上なんて、まず不可能。 私が長年勤めていた会社の社長は、よく怒る人だったが、 ある時、社長がこう言っているのを耳にしたことがある。 「人間というものは、怒られて、いろいろなことを学んでいくもんだ」 成績が悪ければ、保護者に責められるって……。 責められて当たり前だし、 そうやって教師は成長していくんじゃないの。 というか、そうしなければ成長しないでしょ。 教師が成長しなければ、子供たちだって、成長できないでしょ。 叱られたり、責められたりすることを嫌がっているようじゃ、ダメだよ。
2008年08月06日
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赤塚不二夫さんの逝去はショックだった。 「ナンセンス」であることが低く見られていた時代から、 その「ナンセンス」さで世の中をリードしてきたのだから。 「ナンセンス」を売り物にした『ゲバゲバ90分』が、世の大人から総反発を受け、 低俗番組の烙印を押される前から、 赤塚さんは子どもたちから圧倒的な支持を受けていた。 そんな赤塚さんが紫綬褒章を貰っていたことを知って、 なんだか、とても嬉しかった。 去年のこの時期は阿久悠さんが泣くなって、 カラオケに行って、夫婦で、阿久悠さんの作詞による曲を歌いまくったものだった。 ZARDも阿久悠さんも、そして赤塚不二夫さんも、 亡くなった後には、それぞれの作品が、時代を超えて歌い継がれ、読み継がれる。 今、私は(一応)教師をしているが、 私が亡くなった後で、私の授業や教えを受け継いで教師になってくれる学生がいたら、 本当に嬉しいなあ。 そんな学生、いるかなあ? あと1ヵ月で、また新年度の授業が始まる。 しっかりと準備をしなければ。
2008年08月05日
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東京ではラーメンを食べまくっていました。 去年は品川の「品達」で『なんツッ亭』、『せたが屋』、『旭川ラーメンSaijoh』、 更には池袋で『日高屋』などの店に行きましたが、今回は、 新宿の『桂花』、『博多天神ラーメン』、中野の『青葉』、そして池袋で『俺の空』、 更に喜多方ラーメンの『坂内』の計5店でした。 『桂花』は熊本ラーメンで、一度、出張で熊本に行った時に、 地元の人が「おいしいよ」と紹介してくれた店です。 その時は時間がなくて寄れませんでしたが、新宿の店はずっと以前からあり、 何十回もその店の前を通ったのですが、何故かいつも満員で、素通りしていました。 で、今回、やっと食べることができました。 おいしいです! 最初にスープを一口すすった時に、「なんだこれ! うまい!」と思いました。 濃厚なとんこつスープで、麺は硬めの細めんです。 地元の人が勧めるわけですね。 納得しました。 中野の『青葉』は、マスコミなどでの露出も多い有名店です。 こちらはとんこつと魚介系のダブルスープで、麺は中太です。 聞くところによると、ダブルスープは、この青葉が元祖とか。 言うまでもなく、おいしかったです。 ボキャブラリーが少なくて、うまく説明できませんが、 私も奥さんも、ダイエットを気にしていながら、スープを全部、飲み干しました。 店の客の多くは、つけ麺のスープを追加して、スープだけを飲んでいました。 それくらいおいしいということです。 値段も650円と、味に比して安く、大満足でした。 私の奥さんは、すべての店を「おいしい!」とが気に入っていたのですが、 中でも最高評価だったのが、『俺の空』でした。 店に入った瞬間に、濃厚な魚介系スープの香りが漂ってきます。 この店もとんこつと魚介系のダブルスープですが、何よりも濃厚です。 ラーメンの味もさることながら、黒を基調にした店の内装も素敵で、 目と鼻と舌のすべてで満足できる店です。 喜多方ラーメンの『坂内』は、以前から好きだった店ですし、 『博多天神』も、多くのチェーン店があり、味は保証付きです。 中国にも(というか、小麦が豊富な中国だからこそ)様々な麺料理があります。 小麦粉だけでなく、米やジャガイモなどの麺もあり、 また味も千差万別といっていいほど、いろいろと味わうことができます。 日本では日本のラーメン、 中国では中国の麺料理。 どちらも大好きです。
2008年08月03日
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今回の東京行の目的は全部で4つ。 1つは「鎌倉散策」。 2番目が過去の自分の歴史探し。 3番目に、学生に頼まれている本を買うこと。 そして最後が、東京ドームでの野球観戦。 実はドームで野球が開催される日を選んで、旅行のスケジュールを決めた。 それも1軍の試合ではなくて、2軍(イースタン・リーグ)の試合。 高校野球と大学野球に興味を持っているので、 ドラフトで指名されてプロ入りした選手たちのその後に、興味がある。 今回見たのは、巨人対千葉ロッテ。 特に注目していたのが巨人のドラフト(高校生)1位の藤村大介(熊本工業)。 体は小さいが、足の速さなら球界一。 守備についている時も、ピッチャーの投球に集中して、体勢を取っていた。 もう一人、目についたのが、これも高校を卒業したばかりの中井大介(宇治山田商)。 体も大きく、連日ヒットを打ち、次の試合では満塁本塁打も打った。 こういう若い選手たちに混じって、小坂や清水などのベテランも頑張っていた。 テレビではなく球場で見る楽しみは、内外野すべてを見渡せること。 打球の処理、そのバックアップ、攻守交替の際の全力疾走など、 グランドでなければ見ることができない。 しかも今回はバックネット裏(自由席!)だったので、迫力も格別。 選手がすぐそこにいて、声も聞こえる。 だけど、なんだなあ。 我々の前に座っていた母親とその子ども連れは、なんとかならないかなあ。 試合が始まる前から終了するまで、ずっと母親同士で喋りっぱなし。 グランドなど見ずに、お互いに向かい合って、大きな声で喋ってばかり。 その子どもたちはというと、nintendoのDSで、ずっとテレビゲーム。 2軍の試合で、観客を集めるために、招待券をばら撒いたんだろうけど、 少しは周りの迷惑を考えたらどうなんだろう。 そして何よりも、1軍に上がること、来年も契約してもらうためにと、 必死にプレーをしている選手に対して、 あんたら、失礼だよ!
2008年08月01日
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