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2017.02.07
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カテゴリ: アート
図書館で絲山秋子著『末裔』という本を手にしたのです。
著者初の長篇家族小説ってか・・・・爆走気味の著者なので、いかなる自叙伝になっているやら。



末裔

絲山秋子著、講談社、2011年刊

<「BOOK」データベース>より
家族であることとはいったい何なのか。父や伯父の持っていた教養、亡き妻との日々、全ては豊かな家族の思い出。懐かしさが胸にしみる著者初の長篇家族小説。

<読む前の大使寸評>
著者初の長篇家族小説ってか・・・・爆走気味の著者なので、いかなる自叙伝になっているやら。

<大使寸評>
玄関ドアに鍵穴がないというミステリアスな冒頭があるわけで…
現実とも白昼夢とも区別できないような語り口で、これが自叙伝なのか?とも思うが、これもまた一興である♪

rakuten 末裔


著者の語り口を、ちょっとだけ見てみましょう。
p138~140
 きょうだいの中で、大人になってからもこの家に来ていたのは省三だけだった。足利の姉は、子どもが出来てからは来なかったと思う。
 省三の子どもたちは、「鎌倉のおじいちゃん、おばあちゃん」と呼んで伯父夫婦に懐いた。

「鎌倉のおじいちゃんってハイカラだよねえ」
 小学校に上がるか上がらないかの梢枝が大きな目を見張って言ったとき、伯父は、
「梢枝ちゃんもハイカラがわかる年になったのか」
 と言って笑ったものだ。
「だって昔から言うでしょ。ハイカラって」
「梢枝ちゃんに昔なんかあるもんか!」

  伯父は確かに、お洒落な人だった。ハンチングをかぶり、モスグリーンのオイルジャケットを着ていると年齢も国籍も不明になってしまうようだった。ジャケットの胸には赤と緑の散弾のケースを短い革のベルトで縫い止めてアクセサリーにしていた。ハミルトン・カーキの時計を省三が褒めると、「質流れだよ」と照れた。あの時計は形見分けのときに梢枝がもらったはずだ。

 朔矢は、大きくパネルに引き伸ばしたジャンの写真に夢中になった。そして犬の飼い方で伯父を質問攻めにしたものだ。そして梢枝はルネに、子どもと見なされてバカにされながらも、おやつをやったり、言葉を教え込もうとしてかまっていた(かまってもらっていたと言うべきか)。省三は伯父とワインを飲み、ソファで居眠りをした。靖子は台所で、鎌倉の商店街や横浜のデパートについて伯母と話し込んでいた。
 ここにかつて、幸せな家族の午後があった。

 しかし今、籠から逃れたルネは何を食べて生きているのだろうか。ひまわりの種だけってわけじゃないだろう。烏のようにゴミを漁るとも思えない。人になれていて愛嬌があるから、あちこちで猫のように餌をもらっているのだろうか。
 省三は、ルネに何か食べさせたくてたまらなくなった。

「ちょっと出かけるよ。すぐ戻る」
 話しかける相手がいて、待っていてくれと言って出かけるのはいつ以来だろう。

「ゴメンネ マタクルカラネ」
 省三の後ろ姿にルネが言った。きっと伯母の声だろう。そう言って伯母は訪問を切り上げ、帰って行くのだろう。
「すぐ戻るからな」
 省三は振り向いてルネに言ったが、かれは、
「マタクルカラネ」
 と繰り返した。省三はこの賢い鳥のことを不憫に思った。

ウン やや穏やかな、こういう語り口もあるのか♪
現実とも白昼夢とも区別できないような語り口で・・・これが自叙伝なのか?とも思うが、これもまた一興である♪

ご先祖の故郷を、もう少し見てみましょう
p261~263
 省三は車を停めて窓を下ろした。
 遠い昔の先祖とその仲間たちの一団が、一休みするべえ、などと言って馬に水を飲ませる光景が浮かんだ。彼らは思い思いに草履の紐を締め直したり、手拭を沢の水に浸したりしていた。

 省三はイメージの中の先祖の休息の時間を静かに眺め、それからまた発進した。
 そうか、この沢の水は千曲川に入るんだな。千曲川はすなわち信濃川だ。
 さっき登ってきた上野村の沢はどこかで利根川に入るんだろう。
 不思議なもんだ。同じとき、同じ山に降った雨が太平洋と日本海に分かれちまうんだから。

 山の境界というのはそういうものだ。矢印の根元のことなんだ。そして人間も雨水と同じように拡散し、混じり合い、ついにはどこの由来だかわからなくなってしまう。

 この沢の水は、いつのものなのだろう。
 最近なのか、去年なのか、十年前か、もっと前か。
 靖子が病院の窓越しにため息をついて眺めた長雨が岩からしみ出したものかもしれないし、父が溺死する遠因となった台風のもたらした雨と同じなのかもしれない。氷河やアルプスじゃあるまいしと思うが、そういう喩えをしてみたっていい。
 だが一人一人の人間など問題にならないくらい、水は流れ続けるのだ。

 飢饉に襲われた江戸時代も、戦国大名が走り抜けた時代も、半島から渡来人がやってきて人々が古墳を作った時代も、水は流れ続けるのだった。山の形も、人々の姿も違っただろうが、それでも、水は流れ続け、山と海とを結んでいる。

 そう考えたら俺なんかまるでどこにもいないようなもんだ。
 省三は何も映っていないルームミラーを見やった。
 時が後方に流れ去って行く。俺は、坂を下りながら古い時間へと遡上していくのだ。

 ついに小さな黒い車は森から出て、幅の広くなった川沿いに耕地が開けていくのをみた。まるで初めて人間の世界に入ってきたように無防備に、富井省三は佐久穂に下りてきた。

 里に入るということは、山が低くなるということなのか。
 集落の名前が標識に書いてある。なるほど「大日向」とはよく言ったものだ。蔵まで持った立派な農家が集まった集落は南に田畑を抱いたのびやかな風景だった。

 大きな黒い瓦屋根に天窓が並び、白い土壁を黒い柱と梁が縦横に区切る様が美しい。典型的な養蚕農家だった。確かこういう家を、出梁造りというのだと省三は思い出す。





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Last updated  2017.02.11 08:11:20
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