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日経夕刊のコラム「抗加齢を学ぶ」に載っていた、京都府立医科大学学長吉川敏一氏の「一日一日を大切に」という文章です( 2013年7月5日 )。 高齢者になると、一日は短く、貴重だ。若く元気な時とは、時間そのものは変わらないが、感じ方が違ってくる。若い時は、何気なく暮らしている平凡な毎日でも、老いて余命が短くなってくると、朝になって目覚めた時には、生きていられる喜びがこみ上げてくるらしい。今日も一日を健康で過ごせると、うれしくなるのだ。 大切な時間を、一刻たりとも無駄にしてはいけない。だらだらと過ごすのはやめよう。くよくよしたり、うつになったりしている時間はない。前向きに、明るく、行動的に過ごすべきだ。まだ自分の人生の中で、やり残していることは山ほどあるはずだ。迷惑さえかけなければ、他人の目を気にすることもない。実りあるもの挑戦しよう。アンチエイジングにもつながり、一石二鳥だ。 しかし、いつ何事が起こるかわからない。あまり長期の計画を立てず、直近のやりたいことを実行すべきだ。晩年は山中の落日のように、つるべ落としのごとく日が暮れる。ぐずぐずしていると、あっという間に死が訪れる。いつ死んでもよいと思えるように毎日を大切に過ごすことを心がけよう。仰せご尤もですが、吉川先生も書くことがなくなってきたのか、抗加齢というよりも、お話が死生論、終活論めいてきましたね。終末期には、これほど行動的に何かをしようと焦るよりも寧ろ、だらだらと過ごして無為の時間を楽しむことが老人の特典であると思うのですが、如何でしょうか。愚生としては、最後の時期に一番大切なのは、主にお目に掛かり、或いは主のお声を聞く、それを実体験することであると思っています。 本編へのコメントです。(ミンキエッティさん)わたしも偏屈さんに一票!(偏屈老人)ミンキエッティさん数少ない賛同者になって下さり、有難うございます。(Edelstoffさん)私も偏屈さんに一票です。あせらずあわてず、出来ることをやってお迎えを待つ、これが一番平安ですよね( 私の場合、定年まではファイルが追いかけてきますが )。(偏屈老人)Edelstoffさん賛同の票は、辛うじて二票ですか・・。
2014.04.30
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(「マザー・テレサ 愛と祈りのことば」より )貧しい人が飢えで死んだ場合、それを神さまのせいにしてはなりません。あなたや私がその人が必要としていたものを与えようとしなかったからなのです。つまり、私たちが神さまの愛を伝えるみ手の道具になろうとせず、パンの一切れを与えることなく、寒さから守ってやる衣服を与えようとしなかった結果なのです。キリストが、寒さに凍え、飢えで死にかけた人の姿をとって再びこの世に来給うたこと、淋しさに打ちひしがれた人の姿、温かい家庭を求めてさまよう子どもの姿をとって来給うたことに気づかなかった結果なのです。私たちクリスチャンにとって、これ程厳しい、心の痛む言葉があるでしょうか。自分の信仰について考えさせられる言葉です。 本編へのコメントです。(ミンキエッティさん)「ひときれのパンを惜しむ」か「そのかたを受け入れられない」心が生れる自分をいやになることがあります。イエス様を拒否したことになる、とそのたびに言い聞かせる自分もいやになるのです。(偏屈老人)ミンキエッテさんこんな自分でも、イエス様はお赦し下さると信じていますが・・。(ミンキエッティさん)偏屈さんそうです、そのお執り成しがなくば生きられません。
2014.04.29
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ルーマニアのブカレスト。とある日本食のレストランで、ミソ・スープを注文した客が、怒った様子で給仕を呼びつけた。「このスープの中に、ネジが一本入っているじゃないか! これは一体どういうわけだ!」すると、給仕は答えた。「幾らお金持ちの国のスープだからって、 三ユーロのスープにパソコンが入っているわけがないじゃないですか」 本編へのコメントです。(Edelstoffさん)ネジ入りの味噌汁、さぞ錆びのきいた味でしょうね。そういえば故伊丹十三氏( だったと思いますが定かではありません )が毎日味噌汁の具が豆腐とわかめの連続だったため、奥様に「たまには変わったものを入れてよ」と頼まれたそうです。その翌日の味噌汁の具はかなり変わっていて何だかさっぱりわからなかったので、奥様に「今日の味噌汁の具に何を入れたの?」と聞かれたら、「変わったものがいいっていうから、チューインガムを入れたわ」とのことでした。(偏屈老人)Edelstoffさん宮本信子女史も仲々やりますね。
2014.04.28
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心疼( うず )く出来事が頻発するうちに、卯月も終わりです。出来の悪さに心を疼かせつつ、どうしようもない駄句を並べましたので、この川柳紛い、「うづき」百柳と題しました。以下は、4月22日の「春乱心」百柳( 川柳紛い・その260 )の続きです。・声顔とも 甘味ばしった 某首相(しまりなく、さっぱり苦味ばしりません。)・対韓中 何故に 売国政治家が(訪韓、訪中しては、先方に媚びる発言を繰り返す売国政治家め!)・八パーセント 末広がりで まだ増える?(こんな末広がりは困ったものです。)・定数の 削減約束 今いずこ(解散や消費税アップの前提だった筈ですがねえ~。)・ITの 新規上場 ドット混む(こういう混み方なら、まあ良しとしますか。)・中国に残るは 貧者とバカのみか(富裕層はさっさと国外脱出を図っています。)・旅客船 政府の信頼 沈没し(セウォル号の事故、心からお悔やみ申し上げます。)
2014.04.27
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甲「どうしたんだい、この頃キミの髪の毛はバカに薄くなってきたぜ」乙「実は少々心配している事があるんだよ」甲「その心配事というのは何だい?」乙「いや、その髪の毛が薄くなる事なんだよ」 本編へのコメントです。(Edelstoffさん)この場合は、覚悟を決めて丸坊主にしたほうが、残り少ない毛に未練を持つよりも男前になりますよ。(偏屈老人)Edelstoffさんユル・ブリナーくらい男性的ならよいのですが・・。
2014.04.26
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やっと漕ぎ着けた日中首脳会談後、ぼやく首相、「やっと実現したのに、会談が怪談になってしまった・・」慰める官房長官、「そりゃあ、いきなりエレベーターで上がるみたいにはいきませんよ。 まあ、階段を一歩ずつ上がる心算ででやりましょう」 本編へのコメントです。(Edelstoffさん)エレベーターは急降下したら大事に至りますが、階段は踏み外さなければ安全ですから・・。(偏屈老人)Edelstoffさん怪談で、お化けが出ないといいのですが・・。
2014.04.25
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患者 「先生、どうも左の目がかすんで困りますが」眼科医「お年齢( とし )の加減ですよ」患者 「でも右の目だって同じ年に生まれたんですよ」 本編へのコメントです。(Edelstoffさん)この患者さんが男性なら、多分左横目で綺麗な人を見すぎて、左目を酷使したのでしょうね。(偏屈老人)Edelstoffさん酒飲みのことを左利きと言いますから、酒の飲み過ぎで、それが目に来たのかも知れません。(Edelstoffさん)ぎょぎょっ・・、生まれつき左利きで、おまけに酒飲み、私の左目の視力が落ちているのはそのためだったのですね・・。(偏屈老人)Edelstoffさんこれからは、せめて右手でお酒を飲んで下さい。
2014.04.24
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ライターの福光 恵氏が日経に連載されていたコラム「コトバの鏡」に載っていた「ソーハラ」という上司の「いいね!」に滅入るお話です( 2012年5月19日 )。 インターネットなる言葉が新語・流行語大賞にノミネートされたのは、1995年。以来、横文字のIT用語を覚えるのに、貴重な脳細胞をどんだけ使わされたことか。しかも何年使っても、まるでなじめない用語もある。 私の場合、その代表格は「ソーシャル・ネットワーク・サービス( SNS )」。ミクシィやらフェイスブックやら、SNSのサービスは使ってるのに、これのどこがソーシャルなネットワークのサービスなのか、今もまるでピンとこない。登場した当初は、「うちの子がネズミ講を?」と、勘違いした親もいたんじゃないだろうか。 というわけで今週のお題は、そのSNS関連の言葉「ソーハラ}だ。ソーシャル・ネットワーク・サービスでのハラスメント、略してソーハラ。とくに実名主義のフェイスブックが舞台になることが多く、部下がいやがっているのに上司が「友達」になりたがったり、オフの書き込みにもやたら「いいね!」を押したりして、部下をイヤな気持ちにさせることを言う。 ハラスメントはそもそも嫌がらせなどの意味だが、ソーハラの場合は、意図的にされることはまれ。ネットの空気を読めないおじさん上司が、知らず知らずにソーハラをやっていることが多い。それにしても、ソーシャルなんたらとは打って変わって、スッと染みいるこの言葉。部下はいないけど、気をつけよう、自分。2年ほど前の文章ですが、SNSが完全に定着した今なら福光氏の書きようも少し違ったものになるでしょうね。後半のソーハラの部分は、今でも十分ありそうなお話です。愚生が現役だったら、完全にソーハラ上司になって、部下にイヤがられていることでしょう。いや、今でも矢鱈「友達」になりたがるソーハラ爺です。気をつけます、ハイ。 本編へのコメントです。(Edelstoffさん)横文字のIT用語( ITが何の略なのかもおぼつかない・・・!)もさることながら、日本独特の略語はもっと分かりません。『スマホ』が何かやっとわかったと思いきや、今度は『マタハラ』、『ソーハラ』ですか・・。今度、里帰りするときは略語の通訳を雇わなくては。(偏屈老人)Edelstoffさん『マタハラ』も初めは、ハラスメントの常習犯のことで、「またハラ」かと思っていました。
2014.04.23
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春爛漫というには、ウクライナを始め、世界が乱れ過ぎていますので、この川柳紛いの駄句は「春乱心」百柳と題しました。以下は、4月13日の「ナンセンス」百柳( 川柳紛い・その259 )の続きです。・鳥インフルよりも ゴルフを優先し(お友達とのゴルフを止めなかった某首相・・。)・サメ2号 危機にゴルフを やめもせず(えひめ丸事故の際、ゴルフをやめずに批判され、サメの脳みそと酷評された元首相の2号が出来ました。)・真相は? ヨシミもハルコも 藪の中(喜美も晴子も、依然説明がよく分かりません。)・イメルダが 夫操る みんなの党(イメルダと呼ばれた前代表夫人・・。)・代紋が 政権批判の ウェブサイト(山口組がウェブサイトで安倍政権を右よりと批判しています。)・投げられた 靴をヒラリーと かわすなり(聴衆から靴を投げつけられたヒラリー夫人。)・理研には 利権がらみの 思惑が(成長戦略がらみの法人指定への焦りがあったようです。) 本編へのコメントです。(ミンキエッティさん)利科学研究所 ですか・・。(偏屈老人)ミンキエッテさん座布団をどうぞ・・。(ミンキエッティさん)偏屈老人さん利化学でしょうかね?
2014.04.22
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潜水士が、公休で大いにメカシこんで、銀座のクラブにやって来た。ホステス「ねえ、あなたの商売は何なの?」潜水士 「いいじゃないか、そんなこと」ホステス「まア、水臭い人ね」 本編へのコメントです。(ミンキエッティさん)水商売とも言えますものね・・。(偏屈老人)ミンキエッティさんおミズの女性から「水臭い」とは言われたくありませんが・・。
2014.04.21
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(「マザー・テレサ 愛と祈りのことば」より ) ある夜のこと、一人の男性が訪ねてきて、、「八人の子持ちのヒンズー教徒の家族が、このところ何も食べていません。食べるものがないのです」と告げてくれました。 そこで私は、一食に十分なお米を持ってその家に行きました。そこには、目だけが飛び出している子どもたちの飢えた顔があり、その顔がすべてを物語っていました。 母親は私からお米を受け取ると、それを半分に分けて、家から出て行きました。しばらくして戻ってきたので、「どこへ行っていたのですか、何をしてきたのですか」と尋ねました。「彼らもお腹を空かしているのです」という答えが返ってきました。「彼ら」というのは、隣りに住んでいるイスラム教徒の家族のことで、そこにも同じく八人の子どもがおり、やはり食べるものがなかったのでした。 この母親はそのことを知っていて、僅かの米の一部を他人と分け合う愛と勇気を発揮したのでした。自分の家族が置かれている状況にもかかわらず、私が持って行った僅かの米を隣人と分け合うことの喜びを感じていたのです。 その喜びをこわしたくなかったので、私はその夜、それ以上の米を持って行くことはせず、その翌日、もう少し届けておきました。 この貧しい母親の心の何とおおきくて豊かなことでしょう。これを読んで、自分の心の貧しさにただ恥じ入るばかりです。
2014.04.20
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甲「犬の中には、主人よりも利口なのがいるんだってね」何でも自慢する乙「そうさ、うちの犬を見な」
2014.04.19
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(「マザー・テレサ 愛と祈りのことば」より ) 生活の中にいろいろのことが入りこむので祈れない、という言い訳をする人たちがいます。 そんなことはあり得ません。 祈るために、仕事を中断する必要はないのです。仕事を祈りであるかのようにし続ければよいのです。 黙想をいつもしている必要もなければ、神と語っていることを意識することも必要ではありません----どれほどそれがすばらしい体験であるにせよ、大切なのは、神と共にあり、神と共に生き、神のみこころを自分のものとして行うことなのです。清い心で人々を愛し、すべての人、特に貧しい人々を愛することが、間断ない祈りになるのです。「清い心で人々を愛し、すべての人、特に貧しい人々を愛することが、間断ない祈りになるのです」ということの方が、我々が普段祈っている祈りよりも遥かに難しいように思います。 本編へのコメントです。(ミンキエッティさん)偏屈さんの仰る通りですね。努めます。(偏屈老人)ミンキエッティさんこういう記事を載せる度に内心忸怩たるものを感じています・・。
2014.04.18
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先生「徳川家康は、皆さんの年頃にはもうひとかどの大将でした」生徒「そして、先生くらいの時には、天下を取っていました」
2014.04.17
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(その1)子供「父ちゃん、『死に馬に鞭打つ』って、どういう意味?」知ったかぶりの父親「それはね、死んだ馬は痛がらないから、鞭で幾ら叩いてもよいってことさ」( 正しくは、「賭事などの際、回復が望めないような状態の相手に更に痛手を与えることのたとえ」です。)(その2)子供「父ちゃん、『騏りんも老いては駑馬( どば )に劣る』って、どういう意味?」知ったかぶりの父親「それはね、老いるとキリンビールもドバーッと飲めなくなるってことさ」( 正しくは、「どんなにすぐれた才能を持つ人でも、年をとって衰えると平凡な人にも及ばなくなるというたとえ」です。) 本編へのコメントです。(Edelstoffさん)この駑馬の父親に正解を教えることは、まさに死に馬に鞭打つようなものでしょうから、むしろこじつけの上手さをほめてあげるべきなのでしょうね。(偏屈老人)Edelstoffさん苦しいこじつけを考える作者へのお褒めの言葉と受け取ってよいのでしょうか・・?(Edelstoffさん)ご謙遜を・・。偏屈さんは『笑点』の大切りで、木久扇師匠よりも座布団をもらえますよ。
2014.04.16
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戦局の悪化によって、昭和16年10月から続いていた東條英機内閣の評判が悪くなっていた頃の「愛国行進曲」の替え歌です。・元歌「愛国行進曲」 見よ 東海の空明けて 旭日 高く輝けば 天地の正気 溌剌と 希望は躍る 大八洲( おおやしま ) おお 晴朗の朝雲に 聳ゆる富士の姿こそ 金甌( きんおう )無欠 揺るぎなき わが日本の 誇りなれ・替え歌「愛国行進曲」 見よ 東條の禿頭 ハエがとまれば ツルッと滑る 滑って止って また滑る 止って 滑ってまたとまる おお テカテカの禿頭 そびゆる富士も 眩しがり あの禿どけろと 口惜し泣き 雲にかくれて 大むくれ国民学校への入学が昭和18年でしたから、元歌こそ知っていましたものの、流石にこの替え歌までは知りませんでした。庶民は、このような形で国や政府を揶揄し、不満のはけ口としていたのですね。( 韓国は、何故こんな軍国主義的な歌に出てくる「東海」なる言葉を使いたがるのでしょうかね・・? )
2014.04.15
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客 「昨日買ったこの帯止め、本物の象牙だと言ってたでしょ。 よく見たらこれ、偽物じゃないの」店員「ハイ、私どもでは材料をアフリカから取り寄せていますが、 ひょっとしたら原産地のアフリカで、 象の入れ歯が流行っているのかも知れませんので、ハイ」
2014.04.14
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春眠の所為か、語呂合わせの川柳紛い駄句しか思い浮かびませんので、「ナンセンス」百柳と題しました。以下は、4月6日の「ハルウララ」百柳( 川柳紛い・その258 )の続きです。・アベノミクス 成長危うく クロダノミ(クロ頼み or 黒田のみ、どちらでしょうか?)・マッカーサー 道路に残す その名前(昔、マッカーサー道路と言われた新虎通りが開通しました。)・必須は 対権力の 自衛権(我々の自衛権も何とかして下さいね、アベさん。)・賃カツが いつの間にやら 賃上げへ(デフレ時代は、所謂賃カツ、賃金カットばやりでした。)・そのかみの 脂粉症をば 懐かしみ(夜の街の脂粉を求めて徘徊したものです。)・露出過度 ハレンチ・カンカン 踊る子ら(フレンチ・カンカンばらぬハレンチ・カンカン・・?)・フラメンコ 踊る本人 オカチメンコ(不細工を表す言葉、「オカチメンコ」も余り聞かなくなりました。)
2014.04.13
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新婚夫人「この間主人と喧嘩して、 その喧嘩記念に庭に木を一本植えましたの」先輩の夫人「まあそりゃ結構な思いつきだこと。 私たち夫婦だったら、今頃は素晴らしい並木道ができてるわよ」 本編へのコメントです。(Edelstoffさん)喧嘩記念はさておいて、立派な並木道は環境保護と町の景観改善になりますから、是非励んでください。(偏屈老人)Edelstoffさんこんな形で夫婦仲を天下に公表するのは一寸・・?
2014.04.12
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日経夕刊のコラム「あすへの話題」に載っていた前駐米大使藤崎一郎氏の「明治は遠く」と題する入欧論です( 2013年12月26日 )。 「奥さんたちはよく似合っているけどダンナさんたちはちょっとね」 フィリップ殿下の口元にほほえみ。二十五年ほど前の英国勤務のとき、女王陛下からバッキンガム宮殿に大使のお供で招かれた。大使館の同僚と一緒だった。家内たちは着物、我々は貸衣装屋で借りた燕尾服に身を固めていた。あとで聞くとちょっぴり皮肉屋で知られる殿下は、日本外交団に対し毎年同じ冗談を言われていたらしい。 それもあって駐米大使になるとき初めて和服をこしらえた。ホワイトハウスの外交団レセプションに招かれたとき、「前例がないらしいわよ」という家人の反対を「だからいいんだ」と押しきって紋付袴ででかけた。オバマ大統領は「大使、今日はクールだね」と言ってくれた。もっとも長身のオバマ夫妻の間に和服の我々夫婦がはさまって立つ四人の記念写真は七五三のそれに見えなくもない。飾るのはやや気おくれがする。 明治維新の先達は、発展のためには、なんでも取り入れることを臆さなかった。英国風海軍、大礼服、鹿鳴館、一丁ロンドン。もちろん肝心のところでは、和魂洋才を唱えたが。明治が終わって百年、いまだ欧州の名所になぞらえた呼び名があることにはひっかかる。日本アルプス、木曽川のラインくだりなどだ。南アルプス市の名は、十年ほど前、公募の結果という。 国粋主義をきどるつもりはない。でもラリルレロやシの音を外国人風に発音して歌ったり、外国の酒食に通ぶるのと似てちょっと気恥ずかしい。世界のどこで自分の大事な山を「なんとかフジ」と呼ぶだろうか。そろそろ明治の入欧的な呼称から脱却しませんか。最近、俳人中村草田男の名句「降る雪や 明治は 遠くなりにけり」に倣って、「昭和は 遠くなりにけり」という川柳紛いの駄句を作ろうと試みたばかりです。その昭和よりも更に遠い明治の影響が呼称に未だに残っていたとは。藤崎氏のご提案に全面的に賛成です。
2014.04.11
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甲「オレはこれで最後の催促をするんだぜ。 一体キミはいつあの金を返してくれるんだい?」乙「これが最後かい・・どうも有難う」 本編へのコメントです。(Edelstoffさん)最後の催促ということは、次は簀巻きにされて東京湾かどこかに放り込まれるということでしょうが。(偏屈老人)Edelstoffさんそれをやってしまうと、永久に取り立てられなくなりますから、果たしてそこまでやるかどうか・・?
2014.04.10
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日経夕刊のコラム「あすへの話題」に載っていた昭和電工相談役大橋光夫氏の「誇りと気概」と題する自衛隊員、消防士、警察官論です( 2013年10月29日 )。 1991年10月31日、湾岸戦争後の呉港でのこと。イラクがペルシャ湾に敷設した機雷の掃海作戦を無事完了し、帰国した海上自衛隊員を前に、落合俊群司令は最後の訓示を行った。以下、一部を紹介する。 「隊員諸君は、この半年間、ペルシャ湾において、劣悪な環境のもと、機雷処分という危険な作業を黙々と実施し、わが国の船舶の安全運行という任務を完遂し、国際的に貢献した。実に見事であり、大いに誇りとするところである。 だが、この『誇り』はペラペラしゃべるものではない。自分を磨く糧として、心の中にしまっておき、苦しいとき、自分を奮い立たせる道具として使ってほしい」 この訓示を聴いて、苦労を共にした部下に対する深い愛情を感ずるとともに、我々日本人の「気概」が問われた、と思うのは私だけではないだろう。 近年「気概」の言葉は死語になった感があるが、話が軽く長くなればなるほど、散漫になり、逆に「気概」は感じられなくなるものだ。 もちろん、多民族国家の米国などにおいては、自己主張がいかに必要かは解る。 しかし、人の心を打つのは言葉の量ではない。短い言葉で、聴く者に、自分の意思を正確に伝えられるかが勝負だ。 更にいえば、言葉が要らない時すらある。人は言葉よりも行動に感動するのだ。 グローバル化が進めば進むほど、一方で、その国の固有の文化と独自性が問われる。 日本人の文化「誇りと気概」を受け継いでいるのは、東日本大震災や伊豆大島の災害時にも黙々と救援活動をしている、自衛隊員、消防士と警察官ではないか。 彼らは命をかけて国民を守っている。大橋氏の言われる通り、自衛隊員、消防士、警察官の方々のお働きには頭が下がります。そして、それ以外にも社会の色々な場所で誇りと気概をもって黙々と働いておられる多くの職業人がおられるのも確かです。一番誇りと気概がないのは、我々自身が選ぶ政治家ではないでしょうか・・。
2014.04.09
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「野球で、アベ選手に守らせるとしたら、どのポジションがいいかな?」「まあ、保守本流を自認しているから、キャッチャーかな。 それとも、右寄りということを考えれば、ライトかなあ。 資質的には三流だから、サードという手もあるかも知れないけれど、 国会答弁での気の短さや考えの足りなさを見ると、最後はショートということに落ち着くね」 本編へのコメントです。(Edelstoffさん)今回はそれでも1年で放り出さずにまだ総理をやっていますから、一応ベンチ入りは確実でしょうか。 (偏屈老人)Edelstoffさん前回は体調不良で二軍落ち、さて今回は・・?
2014.04.08
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自衛隊の演習場で2等陸士の父親と3等陸尉の息子がバッタリ出会った。息子「お、お父さん」父親「ハッ! これは意外、上官殿は息子殿でありますか」 本編へのコメントです。(Edelstoffさん)この親子と同じような親子関係の家庭が知り合いのうちにあります。息子殿のご機嫌取りは大変そうです。(偏屈老人)Edelstoffさんジョークの上だけのお話と思っていましたが・・。
2014.04.07
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高知競馬に「ハルウララ」という113戦0勝の競走馬がいましたが、この川柳紛いもそれに優るとも劣らないドンビリの駄句ばかり。已むなく「ハルウララ」百柳と題しました。以下は、3月30日の「クリミア」百柳( 川柳紛い・その257 )の続きです。・異次元の 緩和で踊る アベクロサンバ(「チビクロサンボ」ではありません。)・政治家は「ホワイト」政府 目指すべし(ブラック企業ならぬブラック政府になりませんように。)・慰安婦を 検証すれば 疑問符が(かなりいい加減な調査で河野談話を出したようです。)・何とまあ 五億円もの 熊手買い(五億円の使途が熊手・・?)・政治家の信用? 無担保五億円(契約書なし、無担保で五億円も借りられるのです。)・慰安婦は いい案もなく 硬直化(いい解決の目途が立ちません。)・赤毛のアン 昔の愚生は 若げのアホ(NHKの朝ドラ「花子とアン」が始まりました。)
2014.04.06
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娘に肩を揉ませていた母親、「ああ、いい気持ちになったこと。 お蔭で疲れはすっかりどこかへ行ってしまったわ」「その筈だわ。 疲れは全部わたしの方へ来てしまったんですもの」
2014.04.05
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毎年4月1日、新社会人に向けた伊集院静氏のメッセージが、全国紙にサントリーの広告として掲載され、ああこの時期になったかという思いに駆られます。以下は、2014年度版です。「先駆者になれ。」新社会人おめでとう。今日、君はどんな職場で目の前を見ているだろうか。どんな仕事であれ、そこが君のスタートラインだ。新しい道が君の前にある。しかしその道はまだ見えない。新しい道とは何だろうか。それはまだ誰も分け入ってない場所に君の足で踏み込んで初めてできるものだ。そこはまだ闇のような世界かもしれない。光も音も感じないかもしれない。しかし勇気と信念があれば、必ず光はさしはじめる。明るい音も聞こえてくる。新しい道を踏み出せ。先駆者になれ。そうして誰もまだ見たことのない、まぶしい世界を見せてやろう。そのためには力が、汗が必要だ。やわらかな発想と強靭な精神を持って、ともに汗を流そう。新しい道をつくろう。後から続いて来る人たちの歌声を聞く日まで私たちは、一人一人が先駆者になろう。仕事は辛いぞ。苦しいぞ。でも自分だけのために生きているのではないことがわかれば、必ず道はひらく。少し疲れたら夕空を仰ぎ美味い一杯をやろう。新しい道を踏み出す君に乾杯。君に乾杯。 伊集院 静今の若い人たちはかなり醒めていて、折角の伊集院氏の名文も左程心に響かないのではないかと心配します。就活ならぬ終活に勤しむ愚生のような老人の方がぐっと来るかも知れません。人生に完敗した自分に向かって乾杯。 本編へのコメントです。(ミンキエッティさん)なかなかの名文ですよね。某国国営放送局モメ井会長の新入社員あて「お笑い挨拶」のほうが今どきの若者には「ウケ」るのかも知れません。受信料払いたくないなぁ・・。(偏屈老人)ミンキエッティさん国会で答弁する、あのみっともない姿を自分の家族には見せたくないでしょうね。
2014.04.04
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見物人「糸の端にリンゴをつけて、それは一体何だい?」釣り人「魚の餌さ」見物人「リンゴが餌? それは駄目だ、虫でなくっちゃ」釣り人「リンゴの中に虫がいるんだよ」 本編へのコメントです。(Edelstoffさん)リンゴの中の虫を見つけて、喰らいついてくるユリ・ゲラーみたいな魚にお目にかかってみたいです、はい。(偏屈老人)Edelstoffさんもしかしたら、リンゴが好きな魚もいるかも知れません・・。
2014.04.03
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(「マザー・テレサ 愛と祈りのことば」より ) 使徒たちはどう祈ったらいいかわからなくて、イエスに、教えてくださいと願いました。そこでイエスは「天にまします我らの父よ」という祈りをお教えになったのです。 私はこの祈りを私たちが唱える度に、神さまは、ご自分の掌をごらんになると思っています。そしてそこにはこう刻みつけられているのです。「わたしはあなたをわたしの手のひらに刻みつけた」( イザヤ49・16 ) 何と美しい表現でしょう。そしてそこには神さまの私たち一人ひとりへのお優しい愛が、はっきりと表れています。 イザヤ書のこの箇所を読むと必ず、イエス様の手のひらの御傷のあとを思います。私たちは今日も、主の祈りを唱えます。神さまどうか掌をごらんになって下さい。
2014.04.02
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米原万理女史の著書「発明マニア」から、女史の119の発明の105番目「『創造的な』判決を下す裁判官の判例」です。 ・・・ オハイオ州ペインズビル裁判所のマイク・シコネッティー判事のユニークな判決が一二月八日付『ザ・タイムズ( The Times )』紙に列挙されているので、一部紹介しよう。1.弾が込めてあるピストルを携帯していたため逮捕された男に下した判決は、死体安置所に連行して、死んだ人たちの姿を見せること。2.スクールバスのタイヤに穴を開けて駄目にした未成年者たちには、スクールバスが使えなくなったため遠足に行けなくなった低学年児童のためにピクニックを催して同行してあげることを命じた。3.ステレオのボリュームを目一杯上げて騒々しい音楽を鳴らし、隣人から訴えられた男には、森の中で一日を過ごし、静けさに感謝するか、落ち着いたクラシック音楽を聴く刑。4.警察官を豚呼ばわりした男には、ペインズビル市の中心部で豚とともに並んで「これは、警察官ではありません」という看板を掲げて二時間立っている刑。5.ポルノビデオ店で万引きした一八歳の高校生には、四時間目隠しをしてくだんのビデオ店前に立ち、「僕は悪徳を見てはいない」と叫ばせた。6.エリー湖の畔で公然とセックスをした男女のペアは、地元紙に謝罪文を掲載させられた。7.オハイオ州北部で大きな雪崩が続発した週には、いくつもの収監刑が雪かき刑に変更された。 ・・・ シコネッティー判事には、ぜひともどんどん出世してもらい、合衆国連邦裁判所の首席になって、ブッシュ大統領と側近たちの権力犯罪を「創造的法制」に基づいて裁いてもらいたいものだ。 まずは、劣化ウラン弾が大量投下されたイラク南部の砂漠地帯で半年間を過ごし、一つの爆弾の中に無数の小さな地雷がセットされたカセット爆弾や、核兵器並みの破壊力を誇る燃料気化爆弾デイジーカッターや、バンカーバスターの威力を、投下される側の立場で十分に味わってもらい、さらには、グアンタナモの収容所で拷問具一式を身を以て試してもらう、というのはいかがだろう。こんな判事が日本の最高裁にもいたらと思います。例えば、一票の格差の判決では、衆参両院の議員たちに東京など一票の価値が小さい場所で投票された全部の投票用紙を半分に切断する刑を命ずるとか・・。本編へのコメントです。(Edelstoffさん)一時期ドイツでは奥さんを1週間交換したり( あくまで住むところで家事担当だけです )、企業のトップが1研修員として自分の会社に変装して1週間もぐりで働いて現場を見たりする番組が流行りました。安倍首相をはじめ、政治家や、原発を支援する経団連のトップを1ヶ月福島第一の清掃業務につければ、放射能を浴びて少しはまともになるでしょうか。(偏屈老人)Edelstoffさん日本の政治家に対しては、創造的な判決が山ほど考えられそうです。
2014.04.01
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